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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024004495
(43)【公開日】2024-01-17
(54)【発明の名称】重水素化芳香族化合物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07B 59/00 20060101AFI20240110BHJP
   C07C 15/20 20060101ALI20240110BHJP
   C07B 61/00 20060101ALN20240110BHJP
【FI】
C07B59/00
C07C15/20
C07B61/00 300
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020165834
(22)【出願日】2020-09-30
(71)【出願人】
【識別番号】000183646
【氏名又は名称】出光興産株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】弁理士法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】糸井 裕亮
(72)【発明者】
【氏名】八巻 太郎
(72)【発明者】
【氏名】飯田 真依子
(72)【発明者】
【氏名】森田 隆太
(72)【発明者】
【氏名】伴 慎太郎
【テーマコード(参考)】
4H006
4H039
【Fターム(参考)】
4H006AA02
4H006AC84
4H006AD11
4H006BA09
4H006BA39
4H006CN10
4H039CA99
4H039CD10
4H039CL60
(57)【要約】
【課題】重水素化率が高い重水素化芳香族化合物を効率的に製造できる重水素化芳香族化合物の製造方法を提供すること。
【解決手段】重水素化芳香族化合物を製造する重水素化芳香族化合物の製造方法であって、芳香族化合物を重水素含有溶媒中で重水素化させる工程を含み、前記芳香族化合物は、分子内に2つ以上の芳香環が結合手を介して結合する構造を有し、前記芳香族化合物が有する前記2つ以上の芳香環のうち、少なくとも1つが縮合芳香環であり、前記縮合芳香環のうち少なくとも1つは、他の芳香環との結合に係る前記結合手を有する第1縮合環原子と、前記第1縮合環原子と両脇で隣接する第2縮合環原子及び第3縮合環原子と、を含む芳香環を有し、前記第2縮合環原子及び前記第3縮合環原子の少なくとも一方は、前記第1縮合環原子、前記第2縮合環原子及び前記第3縮合環原子を含む芳香環に対して縮合する環のうち、6員環を構成する原子ではない。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
重水素化芳香族化合物を製造する重水素化芳香族化合物の製造方法であって、
芳香族化合物を重水素含有溶媒中で重水素化させる工程を含み、
前記芳香族化合物は、分子内に2つ以上の芳香環が結合手を介して結合する構造を有し、
前記芳香族化合物が有する前記2つ以上の芳香環のうち、少なくとも1つが縮合芳香環であり、
前記縮合芳香環のうち少なくとも1つは、他の芳香環との結合に係る前記結合手を有する第1縮合環原子と、前記第1縮合環原子と両脇で隣接する第2縮合環原子及び第3縮合環原子と、を含む芳香環を有し、
前記第2縮合環原子及び前記第3縮合環原子の少なくとも一方は、前記第1縮合環原子、前記第2縮合環原子及び前記第3縮合環原子を含む芳香環に対して縮合する環のうち、6員環を構成する原子ではない、
重水素化芳香族化合物の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の重水素化芳香族化合物の製造方法において、
前記重水素含有溶媒は、重ベンゼン又は重水である、
重水素化芳香族化合物の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の重水素化芳香族化合物の製造方法において、
前記縮合芳香環のうち少なくとも1つは、3つ以上の環が縮合した縮合芳香環である、
重水素化芳香族化合物の製造方法。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の重水素化芳香族化合物の製造方法において、
前記縮合芳香環のうち少なくとも1つは、
ピレン環、
フルオランテン環、
ベンゾフルオランテン環、
フェナントレン環、
ベンゾフェナントレン環、
クリセン環、
ベンゾクリセン環、
トリフェニレン環、
ベンゾトリフェニレン環、
ベンゾキサンテン環、
アントラセン環(但し、当該アントラセン環の1位~8位の少なくともいずれかの炭素原子が前記結合手を有する)、及び
ベンゾ[a]アントラセン環(但し、当該ベンゾ[a]アントラセン環の1位~6位及び8位~11位の少なくともいずれかの炭素原子が前記結合手を有する)からなる群から選択される少なくともいずれかの環である、
重水素化芳香族化合物の製造方法。
【請求項5】
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の重水素化芳香族化合物の製造方法において、
前記縮合芳香環のうち少なくとも1つは、下記式(101)~(144)で表される環からなる群から選択される少なくともいずれかの環である、
重水素化芳香族化合物の製造方法。
【化1】

【化2】

【化3】
(前記式(101)~(144)において、*は、それぞれ独立に、前記芳香族化合物中の他の芳香環に対する前記結合手の結合位置である。)
【請求項6】
請求項1から請求項5のいずれか一項に記載の重水素化芳香族化合物の製造方法において、
前記縮合芳香環は、下記式(X1)、(X2)、(X3)及び(X4)で表される環を含まない、
重水素化芳香族化合物の製造方法。
【化4】
(前記式(X1)、(X2)、(X3)及び(X4)において、*は、それぞれ独立に、前記芳香族化合物中の他の芳香環に対する前記結合手の結合位置である。)
【請求項7】
請求項1から請求項6のいずれか一項に記載の重水素化芳香族化合物の製造方法において、
前記芳香族化合物を重水素含有溶媒中で重水素化させる工程で、アルミニウム触媒、白金触媒、及びパラジウム触媒からなる群から選択される少なくとも1種の触媒を使用する、
重水素化芳香族化合物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重水素化芳香族化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
有機エレクトロルミネッセンス素子(以下、「有機EL素子」という場合がある。)は、携帯電話及びテレビ等のフルカラーディスプレイへ応用されている。有機EL素子に電圧を印加すると、陽極から正孔が発光層に注入され、また陰極から電子が発光層に注入される。そして、発光層において、注入された正孔と電子とが再結合し、励起子が形成される。このとき、電子スピンの統計則により、一重項励起子が25%の割合で生成し、及び三重項励起子が75%の割合で生成する。
有機EL素子の性能向上を図るため、有機EL素子に用いる化合物について様々な検討がなされている。有機EL素子の性能としては、例えば、輝度、発光波長、色度、発光効率、駆動電圧、及び寿命が挙げられる。
【0003】
例えば、特許文献1及び特許文献2には、有機EL素子用の化合物として、重水素化された化合物及びその製造方法が記載されている。
特許文献1には、アントラセンの9位及び10位の炭素原子にアリール基が結合しているアリール置換アントラセン化合物を重水素化する方法が記載されている。
特許文献2には、重水素化された中間体を合成するための複数の工程と、重水素化された複数の中間体を用いて重水素化ジアリールピレンを合成する工程とを含む方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】韓国登録特許第10-1427457号公報
【特許文献2】韓国登録特許第10-1790854号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載の方法では、アリール置換アントラセン化合物の分子中の軽水素を重水素化する効率(重水素化率)が低い。
特許文献2に記載の方法で重水素化されたジアリールピレンを製造するためには、複数の工程が必要であり、製造効率が低い。
【0006】
本発明の目的は、重水素化率が高い重水素化芳香族化合物を効率的に製造できる重水素化芳香族化合物の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様によれば、重水素化芳香族化合物を製造する重水素化芳香族化合物の製造方法であって、芳香族化合物を重水素含有溶媒中で重水素化させる工程を含み、前記芳香族化合物は、分子内に2つ以上の芳香環が結合手を介して結合する構造を有し、前記芳香族化合物が有する前記2つ以上の芳香環のうち、少なくとも1つが縮合芳香環であり、前記縮合芳香環のうち少なくとも1つは、他の芳香環との結合に係る前記結合手を有する第1縮合環原子と、前記第1縮合環原子と両脇で隣接する第2縮合環原子及び第3縮合環原子と、を含む芳香環を有し、前記第2縮合環原子及び前記第3縮合環原子の少なくとも一方は、前記第1縮合環原子、前記第2縮合環原子及び前記第3縮合環原子を含む芳香環に対して縮合する環のうち、6員環を構成する原子ではない、重水素化芳香族化合物の製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0008】
本発明の一態様によれば、重水素化率が高い重水素化芳香族化合物を効率的に製造できる重水素化芳香族化合物の製造方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】実施例1に係る製造方法で製造した重水素化芳香族化合物のH NMRスペクトルである。
図2】実施例1に係る製造方法で使用した芳香族化合物のH NMRスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本実施形態の重水素化芳香族化合物の製造方法は、重水素化芳香族化合物を製造する方法である。本実施形態の重水素化芳香族化合物の製造方法は、芳香族化合物を重水素含有溶媒中で重水素化させる工程を含む。前記芳香族化合物は、分子内に2つ以上の芳香環が結合手を介して結合する構造を有する。前記芳香族化合物が有する前記2つ以上の芳香環のうち、少なくとも1つが縮合芳香環である。前記縮合芳香環のうち少なくとも1つは、他の芳香環との結合に係る前記結合手を有する第1縮合環原子と、前記第1縮合環原子と両脇で隣接する第2縮合環原子及び第3縮合環原子と、を含む芳香環を有する。前記第2縮合環原子及び前記第3縮合環原子の少なくとも一方は、前記第1縮合環原子、前記第2縮合環原子及び前記第3縮合環原子を含む芳香環に対して縮合する環のうち、6員環を構成する原子ではない。
【0011】
本実施形態の重水素化芳香族化合物の製造方法で使用する芳香族化合物は、重水素化されていない芳香族化合物(非重水素化芳香族化合物と称する場合がある。)である。
【0012】
本明細書において、芳香環は、π電子の数が4n+2(nは0を含めた正の整数)である環を意味する。芳香環は、芳香族炭化水素環及び芳香族複素環の少なくともいずれかである。
【0013】
第1縮合環原子、第2縮合環原子及び第3縮合環原子を含む芳香環に対して縮合する環は、5員環、6員環、7員環又は8員環であることが好ましく、5員環又は6員環であることがより好ましい。
【0014】
「第2縮合環原子及び第3縮合環原子の少なくとも一方は、第1縮合環原子、第2縮合環原子及び第3縮合環原子を含む芳香環に対して縮合する環のうち、6員環を構成する原子ではない」とは、例えば、下記(E1)、(E2)又は(E3)に示すことを意味する。
【0015】
(E1)第2縮合環原子及び第3縮合環原子の一方が、第1縮合環原子、第2縮合環原子及び第3縮合環原子を含む芳香環に対して縮合する6員環を構成する原子であり、第2縮合環原子及び第3縮合環原子の他方が、第1縮合環原子、第2縮合環原子及び第3縮合環原子を含む芳香環以外の環を構成する原子ではない(第2縮合環原子及び第3縮合環原子の他方は、第1縮合環原子、第2縮合環原子及び第3縮合環原子を含む芳香環だけに含まれる。)
【0016】
(E2)第2縮合環原子及び第3縮合環原子の一方が、第1縮合環原子、第2縮合環原子及び第3縮合環原子を含む芳香環に対して縮合する6員環を構成する原子であり、第2縮合環原子及び第3縮合環原子の他方が、第1縮合環原子、第2縮合環原子及び第3縮合環原子を含む芳香環に対して縮合する5員環を構成する原子である。
【0017】
(E3)第2縮合環原子及び第3縮合環原子の両方が第1縮合環原子、第2縮合環原子及び第3縮合環原子を含む芳香環に対して縮合する環を構成する原子ではない。
【0018】
第1縮合環原子、第2縮合環原子及び第3縮合環原子を含む芳香環に対して縮合する環を構成する原子は、炭素原子又はヘテロ原子であり、ヘテロ原子としては、例えば、酸素原子、硫黄原子、窒素原子、ホウ素原子及びリン原子等が挙げられる。
【0019】
例えば、下記化合物BH-Aは、本実施形態の重水素化芳香族化合物の製造方法において使用する芳香族化合物に該当する。
【0020】
【化1】
【0021】
化合物BH-Aは、分子内に4つの芳香環を有する。化合物BH-Aは、4つの芳香環が結合手(単結合)を介して結合する構造を有する。化合物BH-Aが有する4つの芳香環のうち、2つが縮合芳香環(ピレン環)である。化合物BH-Aが有するピレン環は、下記の構造式の通り、他の芳香環B1(ベンゼン環)との結合に係る結合手を有する第1縮合環原子Cと、第1縮合環原子Cと両脇で隣接する第2縮合環原子C及び第3縮合環原子Cと、を含む芳香環A1を有する。
【0022】
【化2】
【0023】
化合物BH-Aにおいて、第2縮合環原子Cは、第1縮合環原子C、第2縮合環原子C及び第3縮合環原子Cを含む芳香環A1に対して縮合する6員環である環A2を構成する原子ではない。第3縮合環原子Cは、芳香環A1に対して縮合する環A2を構成する原子である。化合物BH-Aにおける環A1の第2縮合環原子C及び第3縮合環原子Cは、前述の(E1)の場合に相当する。
【0024】
例えば、下記化合物Ref-BH-Aは、本実施形態の重水素化芳香族化合物の製造方法において使用する芳香族化合物に該当しない。
【0025】
【化3】
【0026】
化合物Ref-BH-Aは、分子内に3つの芳香環を有する。化合物Ref-BH-Aは、3つの芳香環が結合手(単結合)を介して結合する構造を有する。化合物Ref-BH-Aが有する3つの芳香環のうち、2つが縮合芳香環(アントラセン環及びジベンゾフラン環)である。化合物Ref-BH-Aが有するアントラセン環は、下記の構造式の通り、他の芳香環B1(ベンゼン環)との結合に係る結合手を有する第1縮合環原子Cと、第1縮合環原子Cと両脇で隣接する第2縮合環原子C及び第3縮合環原子Cと、を含む芳香環A1を有する。芳香環A1は、他の芳香環(ジベンゾフラン環)との結合に係る結合手を有する第1縮合環原子Cと、第1縮合環原子Cと両脇で隣接する第2縮合環原子C及び第3縮合環原子Cと、を含む。第1縮合環原子Cは、他の芳香環としてのジベンゾフラン環を構成する1つの芳香環D1と結合手を介して結合している。
【0027】
【化4】
【0028】
化合物Ref-BH-Aにおいて、第2縮合環原子C及びCは、芳香環A1に対して縮合する6員環である環A2を構成する原子である。さらに、化合物Ref-BH-Aにおいて、第3縮合環原子C及びCは、芳香環A1に対して縮合する6員環である環A3を構成する原子である。このように、化合物Ref-BH-Aにおいて、第2縮合環原子C及びC並びに第3縮合環原子C及びCがいずれも芳香環A1に対して縮合する環A2又は環A3を構成する原子であるため、化合物Ref-BH-Aは、本実施形態の重水素化芳香族化合物の製造方法において使用する芳香族化合物に該当しない。
化合物Ref-BH-Aのように、第2縮合環原子及び第3縮合環原子が芳香環A1に対して縮合する環A2又は環A3を構成する原子であると、環A2又は環A3の第2縮合環原子及び第3縮合環原子の近傍の炭素原子に結合している水素原子と、環B1又は環D1に結合している水素原子とが互いに近接して、分子中にかさ高い部位が生じ、このようなかさ高い部位に位置する水素原子は、重水素化されにくい。
【0029】
本実施形態の重水素化芳香族化合物の製造方法において、縮合芳香環のうち少なくとも1つは、3つ以上の環が縮合した縮合芳香環であることが好ましい。
【0030】
本実施形態の重水素化芳香族化合物の製造方法において、縮合芳香環は、環形成炭素数が10以上30以下の縮合芳香族炭化水素環又は環形成原子数が9以上30以下の縮合芳香族複素環であることが好ましい。
【0031】
本実施形態の重水素化芳香族化合物の製造方法において、縮合芳香環のうち少なくとも1つは、ピレン環、フルオランテン環、ベンゾフルオランテン環、フェナントレン環、ベンゾフェナントレン環、クリセン環、ベンゾクリセン環、トリフェニレン環、ベンゾトリフェニレン環、ベンゾキサンテン環、アントラセン環(但し、当該アントラセン環の1位~8位の少なくともいずれかの炭素原子が前記結合手を有する)、及びベンゾ[a]アントラセン環(但し、当該ベンゾ[a]アントラセン環の1位~6位及び8位~11位の少なくともいずれかの炭素原子が前記結合手を有する)からなる群から選択される少なくともいずれかの環であることが好ましい。
【0032】
本実施形態の重水素化芳香族化合物の製造方法において、縮合芳香環のうち少なくとも1つは、下記式(101)~(144)で表される環からなる群から選択される少なくともいずれかの環であることが好ましい。
【0033】
【化5】
【0034】
【化6】
【0035】
【化7】
【0036】
(前記式(101)~(144)において、*は、それぞれ独立に、前記芳香族化合物中の他の芳香環に対する前記結合手の結合位置である。)
【0037】
本実施形態の重水素化芳香族化合物の製造方法において、前記縮合芳香環は、下記式(X1)、(X2)、(X3)及び(X4)で表される環を含まないことが好ましい。
【0038】
【化8】
【0039】
(前記式(X1)、(X2)、(X3)及び(X4)において、*は、それぞれ独立に、前記芳香族化合物中の他の芳香環に対する前記結合手の結合位置である。)
【0040】
例えば、前記式(102)で表される縮合環において、結合手が結合している芳香環の第2縮合環原子及び第3縮合環原子は、前述の(E3)の場合に相当する。
【0041】
本実施形態の重水素化芳香族化合物の製造方法において、芳香族化合物は、縮合芳香環を2つ以上有し、当該2つ以上の縮合芳香環は、いずれも、前述の(E1)、(E2)又は(E3)の場合のいずれかに相当する第1縮合環原子、第2縮合環原子及び第3縮合環原子と、を含む芳香環を有することが好ましく、前述の(E1)又は(E3)の場合のいずれかに相当する第1縮合環原子、第2縮合環原子及び第3縮合環原子と、を含む芳香環を有することがより好ましい。一実施形態において2つ以上の縮合芳香環は、互いに同一構造である。一実施形態においては、2つ以上の縮合芳香環は、互いに異なる構造である。なお、この同一構造とは、環骨格及び結合手の位置が互いに同じであることを意味する。
【0042】
本実施形態の重水素化芳香族化合物の製造方法において、芳香族化合物が縮合芳香環を複数有する場合、これらの複数の縮合芳香環は、いずれも、他の芳香環との結合に係る結合手を有する第1縮合環原子と、第1縮合環原子と両脇で隣接する第2縮合環原子及び第3縮合環原子と、を含む芳香環を有し、第2縮合環原子及び第3縮合環原子の少なくとも一方は、第1縮合環原子、第2縮合環原子及び第3縮合環原子を含む芳香環に対して縮合する環のうち6員環を構成する原子ではないことが好ましい。
【0043】
本実施形態の重水素化芳香族化合物の製造方法において、芳香族化合物が縮合芳香環を複数有する場合、これらの複数の縮合芳香環は、いずれも、前記式(101)~(144)で表される環からなる群から選択される少なくともいずれかの環であることが好ましい。
【0044】
本実施形態の重水素化芳香族化合物の製造方法において使用する芳香族化合物は、縮合芳香環中に前述の(E1)、(E2)又は(E3)の場合のいずれかに相当する第1縮合環原子、第2縮合環原子及び第3縮合環原子からなる組を複数組、有していることも好ましく、前述の(E1)又は(E3)の場合のいずれかに相当する第1縮合環原子、第2縮合環原子及び第3縮合環原子からなる組を複数組、有していることも好ましい。
【0045】
本実施形態の重水素化芳香族化合物の製造方法において使用する芳香族化合物中の縮合芳香環は、他の芳香環に対する結合手を複数有していてもよい。当該結合手を有する第1縮合環原子は、いずれも、第2縮合環原子及び第3縮合環原子と両脇で隣接し、第2縮合環原子及び第3縮合環原子の少なくとも一方は、第1縮合環原子、第2縮合環原子及び第3縮合環原子を含む芳香環に対して縮合する環を構成する原子ではないことが好ましい。
例えば、前記式(101)で表される縮合芳香環がさらに結合手を有する場合の一態様として、下記式(148)で表される縮合芳香環が挙げられる。
【0046】
【化9】
【0047】
前記式(148)で表される縮合芳香環は、他の芳香環との結合に係る結合手を有する第1縮合環原子C11と、第1縮合環原子C11と両脇で隣接する第2縮合環原子C12及び第3縮合環原子C13と、を含む芳香環A11、並びに他の芳香環との結合に係る結合手を有する第1縮合環原子C14と、第1縮合環原子C14と両脇で隣接する第2縮合環原子C15及び第3縮合環原子C16と、を含む芳香環A13を含む。
前記式(148)で表される縮合芳香環において、第2縮合環原子C12は、芳香環A11に対して縮合する環A12及び環A14を構成する原子ではなく、第3縮合環原子C13は、芳香環A11に対して縮合する環A12を構成する原子である。
前記式(148)で表される縮合芳香環において、第2縮合環原子C15は、芳香環A13に対して縮合する環A12及び環A14を構成する原子ではなく、第3縮合環原子C16は、芳香環A13に対して縮合する環A14を構成する原子である。
【0048】
本実施形態の重水素化芳香族化合物の製造方法において使用する芳香族化合物は、アントラセン環を有さないことも好ましい。
【0049】
本実施形態の重水素化芳香族化合物の製造方法において、重水素含有溶媒は、溶媒分子中に重水素を含んでいることが好ましい。重水素含有溶媒は、重ベンゼン(ベンゼン-d6、C)、重水(DO)、ベンゼン-d4(C)及び重トルエン(トルエン-d8,CD)からなる群から選択される少なくとも1種の溶媒を含むことが好ましく、重水素含有溶媒は、重ベンゼン(C)又は重水(DO)であることがより好ましい。
【0050】
本実施形態の重水素化芳香族化合物の製造方法において、芳香族化合物を重水素含有溶媒中で重水素化させる工程で、軽水素を重水素に交換できる触媒を少なくとも1種使用することが好ましく、例えば、ルイス酸H/D交換触媒を使用することも好ましい。
【0051】
本実施形態の重水素化芳香族化合物の製造方法において、前記芳香族化合物を重水素含有溶媒中で重水素化させる工程で、アルミニウム触媒、白金触媒、及びパラジウム触媒からなる群から選択される少なくとも1種の触媒を使用することが好ましい。
【0052】
アルミニウム触媒としては、例えば、三塩化アルミニウム及び塩化エチルアルミニウム等が挙げられる。
【0053】
また、芳香族化合物を重水素含有溶媒中で重水素化させる工程は、例えば、芳香族化合物と、該芳香族化合物の全質量に対して0.01質量%以上、200質量%以下のパラジウム触媒と白金触媒から成る混合触媒(質量比1:1)(パラジウム金属と白金金属の合計が芳香族化合物の全質量に対して0.0005質量%以上、20質量%以下)を、重水素化された溶媒(混合触媒1当量に対して1当量以上、20000当量以下、好ましくは10当量以上、700当量以下となる量)に加え、反応系を密封し、系内を水素ガスで置換した後、油浴中約20℃以上、200℃以下で、約30分以上、100時間以下、撹拌反応させる。
【0054】
本実施形態の重水素化芳香族化合物の製造方法によって製造される重水素化芳香族化合物の重水素化率は、70%以上であることが好ましく、80%以上であることがより好ましく、90%以上であることがさらに好ましい。
重水素化芳香族化合物の重水素化率は、NMR分析によって求めることができる。
【0055】
(芳香族化合物の具体例)
本実施形態の重水素化芳香族化合物の製造方法において、使用する芳香族化合物の具体例としては、例えば、以下の化合物挙げられる。ただし、本発明は、これら芳香族化合物の具体例に限定されない。
【0056】
【化10】
【0057】
(重水素化芳香族化合物の具体例)
本実施形態の重水素化芳香族化合物の製造方法よって製造される重水素化芳香族化合物の具体例としては、例えば、以下の化合物挙げられる。ただし、本発明は、これら重水素化芳香族化合物の具体例に限定されない。
【0058】
【化11】
【0059】
本実施形態の重水素化芳香族化合物の製造方法によれば、所定の縮合多環骨格を持つ芳香族化合物の分子中の軽水素を効率的に重水素化できる。
芳香族化合物の分子中の軽水素を重水素化するための従来の方法は、芳香族化合物を構成する芳香環を個別に重水素化した中間体を合成する工程と、当該重水素化した中間体を用いて、分子中の軽水素が重水素化された化合物を合成する工程とが必要であった。
本実施形態の重水素化芳香族化合物の製造方法は、製造目的の重水素体と同じ骨格を有する芳香族化合物(軽水素体)を重水素含有溶媒中で重水素化させる工程により、芳香族化合物の分子中の軽水素を重水素化できるため、従来の方法に比べて、製造方法の工程が少なく、効率的な製造が可能である。
また、縮合多環骨格として9,10-アントラセンジイルを有する芳香族化合物を重水素化する方法では、重水素化率が低いが、本実施形態の重水素化芳香族化合物の製造方法によれば、より高い重水素化率で重水素化芳香族化合物を製造できる。
【0060】
本実施形態の重水素化芳香族化合物の製造方法によって製造された重水素化芳香族化合物は、様々な用途の材料として使用可能であり、例えば、有機エレクトロルミネッセンス素子用材料としても使用可能である。
有機エレクトロルミネッセンス素子(有機EL素子と称する場合がある。)は、陽極及び陰極の両電極間に有機層を備える。この有機層は、有機化合物で構成される層を少なくとも一つ含む。あるいは、この有機層は、有機化合物で構成される複数の層が積層されてなる。有機層は、無機化合物をさらに含んでいてもよい。有機EL素子において、有機層のうち少なくとも一層は、発光層である。ゆえに、有機層は、例えば、一つの発光層で構成されていてもよいし、有機EL素子に採用され得る層を含んでいてもよい。有機EL素子に採用され得る層は、特に限定されないが、例えば、正孔注入層、正孔輸送層、電子障壁層、電子注入層、電子輸送層、及び正孔障壁層からなる群から選択される少なくともいずれかの層が挙げられる。
有機EL素子の有機層は、例えば、以下のいずれかの層構成であることが好ましい。
・電子障壁層/発光層/正孔障壁層
・正孔注入層/電子障壁層/発光層/正孔障壁層
・正孔輸送層/電子障壁層/発光層/正孔障壁層
・正孔注入層/正孔輸送層/電子障壁層/発光層/正孔障壁層
・電子障壁層/発光層/正孔障壁層/電子注入層
・電子障壁層/発光層/正孔障壁層/電子輸送層
・電子障壁層/発光層/正孔障壁層/電子輸送層/電子注入層
・正孔注入層/電子障壁層/発光層/正孔障壁層/電子注入層
・正孔注入層/電子障壁層/発光層/正孔障壁層/電子輸送層
・正孔注入層/電子障壁層/発光層/正孔障壁層/電子輸送層/電子注入層
・正孔輸送層/電子障壁層/発光層/正孔障壁層/電子注入層
・正孔輸送層/電子障壁層/発光層/正孔障壁層/電子輸送層
・正孔輸送層/電子障壁層/発光層/正孔障壁層/電子輸送層/電子注入層
・正孔注入層/正孔輸送層/電子障壁層/発光層/正孔障壁層/電子注入層
・正孔注入層/正孔輸送層/電子障壁層/発光層/正孔障壁層/電子輸送層
・正孔注入層/正孔輸送層/電子障壁層/発光層/正孔障壁層/電子輸送層/電子注入層
【0061】
本実施形態の重水素化芳香族化合物の製造方法によって製造された重水素化芳香族化合物は、有機EL素子の少なくともいずれかの有機層に含まれることが好ましい。重水素化芳香族化合物は、複数の層に含有されていてもよい。
【0062】
重水素化芳香族化合物は、一つの層中に単独で含有されていても、その他の少なくとも1種以上の化合物と共に含有されていてもよい。重水素化芳香族化合物と共に一つの層中で含有されるその他の化合物は、それぞれ独立に、重水素化されていない化合物(非重水素化化合物と称する場合がある。)であってもよいし、重水素化された化合物でもよい。
【0063】
なお、本発明は、上述の実施形態に限定されず、本発明の目的を達成できる範囲での変更、改良等は、本発明に含まれる。例えば、本発明の実施における具体的な材料、反応条件、構造、形状等は、本発明の目的を達成できる範囲で変更、改良等してもよい。
【実施例0064】
以下、本発明に係る実施例を説明する。本発明は、これらの実施例によって何ら限定されない。
【0065】
<化合物の製造>
(実施例1)
実施例1は、重水素化芳香族化合物としての化合物BH-1の製造方法に関する。化合物BH-1の合成スキームが、以下に示される。
【0066】
【化12】
【0067】
(1)重水素体(化合物BH-1)の合成
アルゴン雰囲気下、非重水素化芳香族化合物としての軽水素体(化合物BH-A)19.0g、塩化アルミニウム4.6g、及び重ベンゼンd1140mLをフラスコに加え、40℃で、29時間、還流撹拌した。室温まで冷却後、析出した固体を濾集した。得られた固体を水、及びアセトンで洗浄した。洗浄した固体を、トルエンとヘキサンの混合溶媒で再結晶し、橙色固体15.3g(収率:77%)を得た。この橙色固体は、マススペクトル分析の結果、重水素化芳香族化合物としての化合物BH-1であり、分子量580.85に対し、m/e=581であった。
【0068】
[重水素体(化合物BH-1)の重水素化率計算]
標品の軽水素体(化合物BH-A,分子量:554.69)10.2mg(0.0184mmol)を重テトラヒドロフラン中でNMR測定を行った。図2は、実施例1に係る製造方法で使用した芳香族化合物(化合物BH-A)のH NMRスペクトルである。二臭化メタンを基準とし100としたときに、分子中のプロトンの総積分値は、13259.62であり、1分子中のプロトン数は、26であった。
一方、重水素体(化合物BH-1,分子量:580.85)9.9mg(0.0170mmol)も重テトラヒドロフラン中でNMR測定を行った。図1は、実施例1に係る製造方法で製造した重水素化芳香族化合物(化合物BH-1)のH NMRスペクトルである。二臭化メタンを基準とし100としたときに、分子中のプロトンの総積分値は、802.61であった。軽水素体と重水素体とのモル比を考慮に入れると、重水素体の重水素化しきれなかったプロトンの総積分値は、802.61×(0.0184/0.0170)=868.71であった。重水素体のプロトンの総積分値と軽水素体のプロトンの総積分値とに基づいて計算すると、下記計算式のとおり、重水素化率は、93.4%であった。
{1-(868.71/13259.62)}×100=93.4%
【0069】
実施例1に係る製造方法は、所定の環構造を有する芳香族化合物(化合物BH-A)を用いたため、重水素化率が高い重水素化芳香族化合物(化合物BH-1)を効率的に製造できた。
図1
図2