(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024045721
(43)【公開日】2024-04-02
(54)【発明の名称】新規なホエイたんぱく質素材
(51)【国際特許分類】
A23J 1/20 20060101AFI20240326BHJP
A23C 9/13 20060101ALI20240326BHJP
【FI】
A23J1/20
A23C9/13
【審査請求】有
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024025379
(22)【出願日】2024-02-22
(62)【分割の表示】P 2019157533の分割
【原出願日】2019-08-30
(71)【出願人】
【識別番号】711002926
【氏名又は名称】雪印メグミルク株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000774
【氏名又は名称】弁理士法人 もえぎ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】武本 篤寛
(72)【発明者】
【氏名】浅田 耕平
(57)【要約】
【課題】
発酵乳やヨーグルトなどの酸乳ゲルの離水抑制や硬度上昇機能を持った改質MPホエイを含有する新たなホエイタンパク質素材を提供する。
【解決手段】
乳糖を20重量%以上含有するホエイ溶液に対して加熱とせん断を実施し、これにより変性・凝集したMPホエイを得る。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
全固形分あたり66~80重量%の乳糖、及び16~31重量%のMPホエイを含有し、前記MPホエイのメジアン径は5μm以下である液体状のホエイタンパク質素材。
【請求項2】
全固形分あたり66~80重量%の乳糖、及び16~31重量%のMPホエイを含有し、前記MPホエイのメジアン径は5μm以下である粉末状のホエイタンパク質素材。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の前記ホエイタンパク質素材を含有する発酵乳。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なホエイタンパク質素材に関する。
【背景技術】
【0002】
牛乳等の獣乳からチーズやカゼインを製造した際の副産物であるホエイは、その成分として乳糖、ミネラルやホエイタンパク質を含んでいる。このうち、ホエイタンパク質は良質なタンパク質源として認知されており、ホエイをUF膜で濃縮することでホエイタンパク質濃度を高め、乳糖やミネラル濃度を低減させたWPC(Whey Protein Concentrate)やWPI(Whey Protein Isolate)などのホエイタンパク質素材が製造販売されている。近年では、ホエイタンパク質を加熱することによって変性・凝集する性質を利用したMP(Microparticulated;微粒子化)ホエイの素材やその製造装置等が販売されている。MPホエイは一般的に、ホエイタンパク質の凝集物で、体積基準のメジアン径が0.5~10μm、5000g~15000gの遠心分離によって沈殿する画分である。
【0003】
特許文献1はホエイタンパク質を加熱せん断処理することで脂肪の代替として使用できるMPホエイの製造方法について開示している。
非特許文献1では、MPホエイを調製する際の乳糖や加熱温度がMPホエイの粒子径、構造および保水性に与える影響について報告している。乳糖濃度が高い状態で調製することでMPホエイの構造が変わり保水性が高くなるとしているが、乳糖濃度が13.5重量%のホエイ溶液について検討しているにすぎない。
【0004】
一般的に発酵乳やヨーグルトなどの離水抑制や硬度付与を目的としてWPCやWPIが用いられるが、非特許文献2、3では、5重量%のカゼインを含む酸乳ゲルと、2.5重量%のカゼインと2.5重量%のMPホエイを含む酸乳ゲルでは、後者のほうが硬度や動的粘弾性が低いことを報告している。このことから、MPホエイはWPCやWPIのように離水抑制や硬度付与効果がなく、逆に硬度を下げるものであることが一般に知られているといえる。
特許文献2では、部分加熱変性ホエイタンパク質によって振動に安定で離水の少ない発酵乳および製造方法について開示している。部分加熱変性ホエイタンパク質もMPホエイもどちらも加熱によってホエイタンパク質を凝集させたものである。しかしながら、MPホエイは体積基準のメジアン径が0.5~10μmであり5000g~15000gの遠心分離で沈殿するが、部分加熱変性ホエイタンパク質は可溶性の凝集体であり粒子径が小さく15000gでも沈殿しない。このため、部分加熱変性ホエイタンパク質は、その物理的な構造がMPホエイとは異なるものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特願平3-510449号公報
【特許文献2】特開平9-94059号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】International Journal of Food Science and Technology, 34 (1999) p523-531
【非特許文献2】International Dairy Journal, 59 (2016) p1-9
【非特許文献3】International Dairy Journal, 62 (2016) p43-52
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
MPホエイは、上記したように、一般的にはホエイタンパク質を加熱するなどして変性・凝集させることで製造されるが、その用途は、脂肪代替品としての使用に限られていた。
しかし、従来、無脂肪タイプの発酵乳は離水防止や保形性の付与が必要であるという課題があるが、MPホエイに従来なかった離水抑制や硬度上昇の機能を付与することができれば、この課題を解決する新たな機能性を有するホエイタンパク質素材となると考えられる。
【0008】
本発明の課題は、発酵乳などの酸乳ゲルの離水抑制や硬度上昇機能をもったMPホエイを含有する、従来にない特徴を有するホエイタンパク質素材及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため、本発明には以下の構成が含まれる。
[1]乳糖を20~40重量%含有するホエイ溶液に対して加熱とせん断を実施することからなるMPホエイを含有するホエイタンパク質素材の製造方法。
[2]前記ホエイ溶液のタンパク質含量が5重量%以上である[1]のホエイタンパク質素材の製造方法。
[3]前記ホエイ溶液が、濃度がホエイタンパク質1重量%に対して0.005重量%以上であるカルシウムをさらに含有する[1]又は[2]のホエイタンパク質素材の製造方法。
[4]前記ホエイ溶液の加熱を70℃以上で行う[1]~[3]のいずれかのホエイタンパク質素材の製造方法。
[5]全固形分あたり66~80重量%の乳糖、及び16~31重量%のMPホエイを含有し、前記MPホエイのメジアン径は5μm以下である液体状のホエイタンパク質素材。
[6]全固形分あたり66~80重量%の乳糖、及び16~31重量%のMPホエイを含有し、前記MPホエイのメジアン径は5μm以下である粉末状のホエイタンパク質素材。
[7][5]又は[6]のホエイタンパク質素材を含有する発酵乳。
【発明の効果】
【0010】
本発明は、発酵乳やヨーグルトなどの離水抑制や硬度上昇機能をもったMPホエイを含有する、従来にない特徴を有するホエイタンパク質素材及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、実施例1~3、比較例1、2で製造した乳酸ゲルの保水性を表す。
【
図2】
図2は、実施例1~3、比較例1、2で製造した乳酸ゲルの硬度を表す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の実施の形態に係るホエイタンパク質素材について以下に詳細に説明する。
(ホエイタンパク質)
原材料となるホエイタンパク質は、牛乳等の獣乳に含まれている。ホエイタンパク質が含まれるホエイ溶液は、ナチュラルチーズやカゼインを製造する際の副産物として得られる。ホエイ溶液から脂肪やカゼインファインを排除する工程、膜やイオン交換樹脂等を用いることで灰分や乳糖を除去しホエイタンパク質を濃縮する工程を経て濃縮ホエイ溶液が得られる。この後、噴霧乾燥や凍結乾燥することでWPCやWPIが得られる。
【0013】
本発明に関わるホエイタンパク質素材を製造するにあたっては、上述の液状の濃縮ホエイ溶液を用いてもよく、また市販のWPCやWPIを水等の溶媒に還元したものを用いてもよい。
ホエイ溶液中のタンパク質含量は5重量%以上が好ましく、10重量%~20重量%が最も好ましい。
本発明で、酸乳ゲルの離水抑制や硬度上昇機能をもったMPホエイを製造するためのホエイ溶液は、高濃度の乳糖を含有していることに特徴があり、ホエイ溶液中の乳糖濃度は20重量%以上が好ましく、30重量%以上がより好ましく、40重量%程度が最も好ましい。
また、ホエイ溶液中にはカルシウムが含まれていることが好ましく、ホエイ溶液中のカルシウム濃度はホエイタンパク質1重量%に対して0.005重量%以上であればよい。ホエイ溶液中にこの程度のカルシウムが存在することで、ホエイ溶液を加熱した際にホエイタンパク質が速やかに凝集し、これにせん断をかけることでMPホエイの形態とすることができる。
本発明に用いる乳糖は、食品であればどのようなものでも用いることができる。
本発明に用いるカルシウム素材は、食品であればどのようなものでも用いることができ、塩化カルシウム、乳酸カルシウム、リン酸カルシウム等を例示できるが、このうち塩化カルシウムが好ましい。
【0014】
(ホエイタンパク質の改質処理)
上記のホエイ溶液に対して加熱とせん断を実施する。加熱はホエイタンパク質が変性・凝集する温度であればよく、70℃以上が好ましく80℃以上がより好ましく、90℃以上が最も好ましい。せん断は市販の高圧均質機等で実施可能である。また加熱とせん断を同時に処理できる、例えば、かきとり式殺菌機等でも実施可能である。加熱とせん断を行うことができれば特に上記に限定されない。このような改質処理により、ホエイタンパク質は改質されたMPホエイとなる。
【0015】
(新規なホエイタンパク質素材)
改質処理によって得られたホエイ溶液をそのまま発酵乳やヨーグルトなどに用いてもよく、噴霧乾燥や凍結乾燥によって粉末にしてもよい。また、前記処理により改質したMPホエイは加熱せん断処理したホエイ溶液を遠心分離して得られる沈殿の画分であり、乳糖や灰分などの可溶性の物質を除去してMPホエイの画分のみを使用することも可能である。
すなわち、本発明による新規なホエイタンパク質素材は、酸乳ゲルの離水抑制や硬度上昇機能をもったMPホエイを含有するホエイ溶液であってもよいし、噴霧乾燥や凍結乾燥により粉末にされた前記MPホエイでもよい。また、遠心分離により乳糖や灰分などの可溶性物質を除去した前記MPホエイの画分であってもよい。
【0016】
具体的には、本発明のホエイタンパク質素材は、全固形分あたり66~80重量%の乳糖、及び16~31重量%のMPホエイを含有し、前記MPホエイのメジアン径は5μm以下である液体状、又は粉末状のホエイタンパク質素材である。
本発明のホエイタンパク質素材に含まれるMPホエイは、体積基準のメジアン径が0.5~5μmとなるものが好ましく、特に0.5~3.0μmが最も好ましい。
【0017】
本発明の製造方法で製造された新規なホエイタンパク質素材は、後述する実施例と比較例の検討から明らかなとおり、含有するMPホエイが、適度な柔軟性と多孔性を有する構造を持つに至った点に特徴がある。この点について、本発明の発明者らは、次のような機序であると推定しているが、本発明は、このような推定に基づいて限定的に解釈されるものではない。
すなわち、本発明は、特定の濃度の乳糖を含むホエイ溶液に対し、加熱とせん断を実施するという改質方法を採用することに特徴がある。
通常は、ホエイ溶液に加熱とせん断を実施すると、加熱やせん断の程度に応じてホエイタンパク質が変性・凝集する。しかし、適切な濃度の乳糖がホエイ溶液中に存在すると、ホエイタンパク質の熱やせん断による変性や凝集に対して乳糖が抑制的に作用し、その結果、改質されたMPホエイは、通常のMPホエイとは異なり、適度の柔軟性と多孔性を有する凝集体となる。
そして、本発明の改質処理を受けたMPホエイが発酵乳等に添加されると、疎水性相互作用により発酵乳中のガゼインカードのネットワークに取り込まれ、そのネットワークを補強すると考えられる。このため、本発明のMPホエイは適度な柔軟性と保水性を有するので、醗酵乳中のガゼインカードの硬度と保水性が向上すると推測している。
【0018】
このようにして製造された新規なホエイタンパク質素材は、全固形分あたり66~80重量%の乳糖、及び16~31重量%のMPホエイを含有し、前記MPホエイのメジアン径は5μm以下である液体状、又は粉末状のホエイタンパク質素材である。
【実施例0019】
以下、実施例を挙げて本発明を説明していくが、本発明が実施例に限定解釈されることはない。
[実施例1]
(1)ホエイ溶液の調製
WPIを10重量%濃度に還元し、乳糖を終濃度で10重量%、20重量%、30重量%、40重量%添加した。塩化カルシウムを終濃度で0.05重量%添加した。
(2)加熱せん断処理
ホエイ溶液を90℃で加熱しながらせん断処理した。ホエイ溶液の粒度分布(体積基準のメジアン径)および全タンパク質中のMPホエイ含量を測定した。MPホエイ画分は、加熱処理後のホエイ溶液を15000gで遠心分離した後、上清中のタンパク質濃度を測定することで算出した。
【0020】
得られたホエイ溶液中の乳糖濃度、全タンパク質中のMPホエイ含量、及びMPホエイの体積基準のメジアン径は、表1のとおりとなる。
【表1】
【0021】
表1の結果から明らかなとおり、乳糖濃度の増加に伴い、全タンパク質におけるMPホエイ濃度およびメジアン径が低下した。これは乳糖がホエイタンパク質の加熱による変性あるいは凝集に対して抑制的に働いたためである。この結果形成された改質MPホエイは、低濃度(0を含む)の乳糖存在下で加熱せん断を受けたMPホエイと比較して、適度に多孔性を有する構造になるものと考えられる。
【0022】
表1のデータから換算した乳糖及びMPホエイの固形分当たりの濃度とMPホエイの体積基準のメジアン径は次の表2のとおりとなる。これらのホエイタンパク質素材を酸乳ゲルに投入して、その効果を確認した。
【表2】
【0023】
(3)酸乳ゲルの調製
脱脂粉乳を10重量%濃度となるように水に還元させた。表1及び表2に示したMPホエイ溶液から可溶性タンパク質および乳糖を除去するために遠心分離を行い、沈殿を回収し蒸留水に再懸濁した。この操作を5回繰り返した。各水準のMPホエイをタンパク質として1.0重量%ずつ還元脱脂乳に添加した。1.5重量%のグルコノδラクトンを添加し酸乳ゲルを調製した。
【0024】
(4)酸乳ゲルの評価
酸乳ゲルの硬度および保水性を測定した。硬度は最大荷重で定義した。最大荷重は、テクスチャーアナライザーを用いて、酸乳ゲルを対象とした貫入試験により測定した。最大荷重は、具体的には、10℃に調整したサンプルをテクスチャーアナライザーに供し、測定スピード:1mm/秒、貫入距離:10mm、治具:直径16mm、高さ25mmの樹脂円柱プローブで測定できる。サンプルの大きさは、貫入距離の10mm以上の高さがあり、直径16mm以上であればよい。
保水性は酸乳ゲルを遠沈管に調製した後、2000g、10分間遠心分離した後、酸乳ゲルカード上に出た上清の重量と元の酸乳ゲルカード重量から算出した。具体的には下記の式で算出した。
酸乳ゲルの保水性=(1-(上清の重量)/酸乳ゲルカード重)×100%
【0025】
結果、
図1に示したように、実施例1~3ので改質したMPホエイを添加した酸乳ゲルは乳糖を添加していない比較例1と比較して保水性が高くなった。特に実施例3については、比較例2よりも保水性が有意に高くなった。
一方で、
図2に示したように、実施例3のみ、比較例1および2と比べて硬度が有意に高くなった。実施例3の改質MPホエイは特に酸乳ゲルの保水性と硬度を上昇させたことからカゼインのネットワーク形成に寄与している可能性が考えられる。
【0026】
これらの実験結果から、実施例1~3におけるホエイタンパク質素材は、全固形分あたり66~80重量%の乳糖、及び16~31重量%のMPホエイを含有し、前記MPホエイのメジアン径は5μm以下である液体状のホエイタンパク質素材であるが、酸乳ゲルの離水抑制や硬度上昇機能をもつことが明らかとなった。
また、上記液体状のホエイタンパク質素材を粉末化して得られた粉末状のホエイタンパク質素材においても、全固形分当たりで上記液体状のホエイタンパク質素材と同じ割合の乳糖とMPホエイを含有し、MPホエイのメジアン径も同じである。このため、酸乳ゲルに投入した場合にも、同様に酸乳ゲルの離水抑制や硬度上昇機能をもつものである。