(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024047010
(43)【公開日】2024-04-05
(54)【発明の名称】潤滑剤の製造方法および潤滑剤
(51)【国際特許分類】
C10M 177/00 20060101AFI20240329BHJP
C08F 2/46 20060101ALI20240329BHJP
C10N 70/00 20060101ALN20240329BHJP
C10N 30/06 20060101ALN20240329BHJP
C10N 30/00 20060101ALN20240329BHJP
【FI】
C10M177/00
C08F2/46
C10N70:00
C10N30:06
C10N30:00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022152419
(22)【出願日】2022-09-26
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り https://www.tribology.jp/conference/tribology_conference/21matsue/portal/participants/program/data/jast2021matsue.zip, 令和3年10月14日 トライボロジー会議2021 秋 松江,令和3年10月29日 https://www.wtc-2022.org/abstract/export/abstract-A102170YK.pdf, 令和4年6月29日 WTC 2022 - 7th World Tribology Congress, CITE CENTRE DE CONGRES (50 Quai Charles de Gaulle, 69006 Lyon, France), 令和4年7月11日 WTC 2022 - 7th World Tribology Congress, 令和4年7月12日
(71)【出願人】
【識別番号】391002487
【氏名又は名称】学校法人大同学園
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100126170
【弁理士】
【氏名又は名称】水野 義之
(72)【発明者】
【氏名】杣谷 啓
(72)【発明者】
【氏名】小林 優馬
(72)【発明者】
【氏名】岡部 貴雄
【テーマコード(参考)】
4H104
4J011
【Fターム(参考)】
4H104BE04A
4H104BE05A
4H104BE27A
4H104BE29A
4H104BG06A
4H104BG12A
4H104BH11A
4H104JA01
4H104LA03
4H104LA20
4J011AC04
4J011PA36
4J011PA45
4J011PB33
4J011PC02
4J011PC08
4J011QA08
4J011QA13
4J011QA32
4J011SA04
4J011SA16
4J011SA84
4J011VA05
4J011WA10
(57)【要約】
【課題】粒子をイオン液体中に分散させた潤滑剤をより容易に製造する技術を提供する。
【解決手段】潤滑剤22の製造方法は、少なくとも1種のモノマーを含む液状の原料モノマーおよび光重合開始剤とからなる、モノマー混合液10を調製する工程と、調製されたモノマー混合液10を、予め準備されたイオン液体20に添加して、イオン液体中20にモノマー混合液を分散あるいは溶解させた、含モノマーイオン液体21を調製する工程と、調製された含モノマーイオン液体21に、光重合開始剤が感度を有し、かつ、イオン液体20を透過する波長の光を照射して、原料モノマーを重合させることにより、ポリマー粒子を生成する工程と、を有している。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
潤滑剤の製造方法であって、
(a)少なくとも1種のモノマーを含む液状の原料モノマーおよび光重合開始剤とからなる、モノマー混合液を調製する工程と、
(b)前記工程(a)において調製された前記モノマー混合液を、予め準備されたイオン液体に添加して、前記イオン液体中に前記モノマー混合液を分散あるいは溶解させた、含モノマーイオン液体を調製する工程と、
(c)前記工程(b)において調製された前記含モノマーイオン液体に、前記光重合開始剤が感度を有し、かつ、前記イオン液体を透過する波長の光を照射して、前記原料モノマーを重合させることにより、ポリマー粒子を生成する工程と、
を備える、
潤滑剤の製造方法。
【請求項2】
前記原料モノマーは、2種のモノマーを含んでいる、請求項1記載の潤滑剤の製造方法。
【請求項3】
前記2種のモノマーの少なくとも一方は、フッ素含有モノマーである、請求項2記載の潤滑剤の製造方法。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか記載の潤滑剤の製造方法によって製造された潤滑剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、潤滑剤に関し、特に、イオン液体を利用した潤滑剤に関する。
【背景技術】
【0002】
常温付近で液体の塩であるイオン液体は、電気伝導性、化学的安定性、難燃性および不揮発性等の種々の特性を有している。特に、化学的安定性や難燃性は、潤滑剤として好ましい特性であり、また、不揮発性は、高真空環境下における潤滑剤として望ましい特性である。そこで、このように優れた特性を有しているイオン液体を潤滑剤として利用することが、種々提案されている(例えば、非特許文献1参照)。
【0003】
このように潤滑剤として期待されるイオン液体には、極めて多くの種類が存在するものの、潤滑剤として好適な物性を有するイオン液体の多くは、フッ素をはじめとするハロゲンを含んでいる。ハロゲンを含むイオン液体を金属部材の潤滑剤として使用した場合、摺動面(摩擦面)において発生するトライボケミカル反応によって、イオン液体に由来するハロゲンと摩擦面の金属材料とが反応し、摩擦面の近傍で金属材料が腐食する虞がある。また、イオン液体を金属以外の材料で形成された部材の潤滑剤として使用した場合、腐食等は発生しないものの、イオン液体が分解して、潤滑剤としての特性が劣化し、あるいは、分解生成物がアウトガスとして放出される等の問題が生じる可能性がある。
【0004】
ところで、イオン液体に粒子を分散させることによって、潤滑性が改善可能であることが知られている。例えば、非特許文献2では、官能基を付与したカーボンナノチューブをイオン液体に分散させることにより、潤滑性が向上することが報告されている。このことから、イオン液体中に粒子を分散させることによって、トライボケミカル反応を抑制し、良好な特性を有する潤滑剤を実現することが期待される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Y. Kondou, T. Koyama, S. Sasaki, Journal of the Vacuum Society of Japan Vol. 56 (2013), 77
【非特許文献2】B. Wang, X. Wang, W. Lou, J. Hao, Journal of Physical Chemistry C Vol. 114 (2010), 8749
【非特許文献3】T. Okabe,.D. Moritaka, M. Miyatake, Y. Kondo, S. Sasaki, SYoshimoto, Precision Engineering, Vol. 47 (2017), 97
【非特許文献4】T. Torimoto, K. Okazaki, T. Kiyama, K. Hirahara, N.Tanaka, S. Kuwabata, Applied Physics Letters Vol. 89 (2006), 243117
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、イオン液体に粒子を分散させることは、必ずしも容易ではない。イオン液体に粒子を分散させる方法としては、非特許文献2に記載された方法のほか、
図7(a)に示すように、分散させる粒子PTDの表面を界面活性剤SFTで修飾し、界面活性剤SFTで表面修飾された粒子PTDをイオン液体ILaに添加する方法が知られている(例えば、非特許文献3参照)。
【0007】
界面活性剤SFTは、通常、粒子PTDと親和性のある官能基部FNGと、イオン液体ILaと親和性のある長鎖部LCSで構成される。しかしながら、イオン液体ILaは、イオン液体ILaを構成するカチオンやアニオンが異なると、その化学的性質も大きく変化する。そのため、イオン液体ILaの種類に応じて適切な長鎖部LCSを有する界面活性剤SFTを選択することが困難であり、場合によっては、新たに界面活性剤SFTを設計・合成する必要が生じる。
【0008】
また、粒子PTDに表面修飾する手順は、非特許文献2に記載された方法と同様に煩雑であり、さらに、表面修飾された粒子PTDには、表面修飾に使用されなかった界面活性剤SFT等が残存するため、表面修飾された粒子PTDをイオン液体ILaに添加した潤滑剤には、多くの不純物が混入する。
【0009】
加えて、表面修飾は、イオン液体ILaの外部で行う必要があるため、粒子PTDの粒径は、粒子PTDを単独で取り扱うことが可能な程度よりも小さくすることができない。そのため、粒子PTDの粒径を十分に小さくして、粒子PTDをイオン液体ILa中に安定して分散させることは、必ずしも容易ではない。
【0010】
また、イオン液体に粒子を分散させるさらに別の方法として、
図7(b)に示すように、スパッタリングによりイオン液体ILb中において粒子PTSを生成することも提案されている(例えば、非特許文献4参照)。スパッタリングによる粒子PTSの生成は、Ar
+等の不活性ガスのイオンIIGをターゲットTGTに衝突させて原子AMSを離脱させ、離脱した原子AMSをイオン液体ILb中で凝集させることにより行われる。この方法によれば、スパッタリングの条件を適宜設定することにより、粒子PTSの粒径を十分に小さくすることができるので、粒子PTSをイオン液体ILb中に安定して分散させることができる。
【0011】
しかしながら、スパッタリングにより粒子PTSを生成した場合、イオン液体ILbにイオンIIGや原子AMSが衝突することにより、イオン液体ILbを構成するカチオンやアニオンが分解あるいは変質し、潤滑剤としての特性が低下する虞がある。
【0012】
本発明は、上述した従来の課題を解決するためになされたものであり、粒子をイオン液体中に分散させた潤滑剤をより容易に製造する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的の少なくとも一部を達成するために、本発明は、以下の形態又は適用例として実現することが可能である。
【0014】
[適用例1]
潤滑剤の製造方法であって、(a)少なくとも1種のモノマーを含む液状の原料モノマーおよび光重合開始剤からなる、モノマー混合液を調製する工程と、(b)前記工程(a)において調製された前記モノマー混合液を、予め準備されたイオン液体に添加して、前記イオン液体中に前記モノマー混合液を分散あるいは溶解させた、含モノマーイオン液体を調製する工程と、(c)前記工程(b)において調製された前記含モノマーイオン液体に、前記光重合開始剤が感度を有し、かつ、前記イオン液体を透過する波長の光を照射して、前記原料モノマーを重合させることにより、ポリマー粒子を生成する工程と、を備える、潤滑剤の製造方法。
【0015】
この適用例によれば、含モノマーイオン液体に、光重合開始剤が感度を有し、かつ、イオン液体を透過する波長の光を照射することにより、イオン液体中に分散した状態で原料モノマーが重合し、ポリマー粒子が生成される。そのため、この適用例を適用することにより、粒子をイオン液体中に分散させた潤滑剤を、より容易に製造することが可能となる。そして、照射した光の波長や強度と、照射時間とを適宜設定することにより、ポリマー粒子の粒径を調整することができるので、ポリマー粒子がイオン液体中において分散状態を維持できるようにすることがより容易となる。
【0016】
[適用例2]
前記原料モノマーは、2種のモノマーを含んでいる、適用例1記載の潤滑剤の製造方法。
【0017】
この適用例によれば、光の照射によるモノマーの重合がより容易になるとともに、モノマー毎の反応性の違いが重合に与える影響を低減することができるので、さらに容易に、粒子をイオン液体中に分散させた潤滑剤を製造することができる。
【0018】
[適用例3]
前記2種のモノマーの少なくとも一方は、フッ素含有モノマーである、適用例2記載の潤滑剤の製造方法。
【0019】
この適用例によれば、生成されるポリマー粒子が摩擦係数の低いフッ素系のポリマーで構成されるので、得られる潤滑剤を用いた際の摩擦係数をより低くすることができる。
【0020】
なお、本発明は、種々の態様で実現することが可能である。例えば、潤滑剤の製造方法、その製造方法で製造された潤滑剤等の態様で実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明の一実施形態としての潤滑剤の製造工程を示す工程図。
【
図2】モノマーAおよびモノマーBにより生成されるポリマーの構造例を示す構造式。
【
図3】実施形態に示した方法により生成された固形物の光学顕微鏡写真。
【
図4】潤滑特性の評価として行った摩擦摩耗試験の様子を示す説明図。
【
図5】摩擦摩耗試験後の試験片の表面状態を示す説明図。
【
図6】摩擦摩耗試験後の試験片の表面粗さの評価結果を示す説明図。
【
図7】イオン液体中に粒子を分散するための従来技術を示す説明図。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明を実施するための形態を以下の順序で説明する。
A.実施形態:
B.実施例:
B1.ポリマー粒子の生成確認:
B2.潤滑特性の評価:
B3.異なる条件でのポリマー粒子の生成確認:
C.変形例:
【0023】
A.実施形態:
図1は、本発明の一実施形態としての潤滑剤の製造工程を示す工程図である。本実施形態では、まず、
図1(a)に示すように、ポリマーナノ粒子(後述する)の生成原料となる常温付近において液体(以下、単に「液体」と呼び、同様に常温付近において固体であるものを単に「固体」と呼ぶ)の2種類のモノマー(原料モノマー)と、光重合開始剤とを混合し、モノマー混合液10を調製する。
【0024】
具体的には、2種類のモノマーおよび光重合開始剤を適宜秤量し、秤量したモノマーおよび光重合開始剤を容器内に装入する。そして、容器内においてモノマーと光重合開始剤との攪拌を行うことにより、モノマー混合液10が得られる。
【0025】
なお、上述の通り、モノマーとしては液状のものを使用しているが、光重合開始剤としては、液体のものや固体(粉体)のものを使用することができる。粉体の光重合開始剤を使用する場合、光重合開始剤がモノマーに溶解するように、必要に応じて、モノマーおよび光重合開始剤を容器内に装入した後に、重合が開始しない程度の温度で湯煎を行う。
【0026】
混合される2種類のモノマーのうち、第1のモノマーとしては、例えば、次の構造式で表される1,6-ビス(アクリロイルオキシ)-2,2,3,3,4,4,5,5-オクタフルオロヘキサン(1,6-Bis(acryloyloxy)-2,2,3,3,4,4,5,5-octafluorohexane:以下、「モノマーA」とも呼ぶ)が使用される。
【化1】
【0027】
また、第2のモノマーとしては、例えば、次の式で表される1H,1H,2H-ヘプタデカフルオロ-1-デセン(1H,1H,2H-Heptadecafluoro-1-decene:以下、「モノマーB」とも呼ぶ)が使用される。
【化2】
【0028】
なお、本実施形態では、原料モノマーとして上述のモノマーAおよびモノマーBを使用しているが、原料モノマーとしては、常温付近において液体で、ラジカル重合が可能な炭素-炭素不飽和二重結合を有する種々のフッ素含有モノマーを使用することができる。
【0029】
2種類のモノマーの割合は、使用するモノマーに応じて適宜設定される。原料モノマーとして上述のモノマーAおよびモノマーBを使用する場合、モノマーAおよびモノマーBの割合は、例えば、それぞれ50重量%に設定される。
【0030】
光重合開始剤としては、種々のものを使用することが可能であるが、例えば、アシルフォスフィンオキシド系の光重合開始剤や、アルキルフェノン系の光重合開始剤を用いることができる。アシルフォスフィンオキシド系の光重合開始剤としては、フェニルビス(2,4,6-トリメチルベンゾイル)ホスフィンオキシド(Phenylbis(2,4,6-trimethylbenzoyl)phosphine oxide:以下、「開始剤A」とも呼ぶ)等が挙げられる。この光重合開始剤は、Omnirad 819(Omniradは、IGM Resins B.V.の登録商標)等として、商業的に入手可能である。また、アルキルフェノン系の光重合開始剤としては、Omnirad 1173等として上市されている2-ヒドロキシ-2-メチルプロピオフェノン(2-Hydroxy-2-methylpropiophenone:以下、「開始剤B」とも呼ぶ)等が挙げられる。
【0031】
モノマー混合液10における光重合開始剤の分量は、使用するモノマーや光重合開始剤の種類に応じて適宜設定される。原料モノマーとして上述のモノマーAおよびモノマーBを使用し、光重合開始剤として上述の開始剤Aを使用する場合、光重合開始剤の分量は、例えば、モノマー混合液の全重量に対して2重量%に設定される。
【0032】
調製されたモノマー混合液10は、
図1(b)に示すように、あらかじめ準備されたイオン液体20に滴下される。イオン液体20は、カチオン(陽イオン)とアニオン(陰イオン)との少なくとも一方が有機化合物からなる、常温付近で液体の塩であり、化学的安定性および難燃性に優れているため、潤滑剤として好適に使用できる。イオン液体20は、また、不揮発性であり、真空中においてもほとんど蒸発しないため、特に高真空環境下における潤滑剤として好適に使用できる。
【0033】
イオン液体20を構成するカチオンとしては、次の式で表されるN,N-ジエチル-N-メチル-N-(2-メトキシエチル)アンモニウム(DEME:N,N-Diethyl-N-methyl-n-(2-methoxyethyl)ammonium)が使用される。
【化3】
【0034】
また、アニオンとしては、次の式で表されるビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド(TFSI:Bis(trifluoromethanesulfonyl)imide)が使用される。
【化4】
【0035】
なお、DEMEおよびTFSIからなるイオン液体([DEME][TFSI])は、高い熱安定性を有しており、また、粘度が比較的低い(25℃で67mPa・s)ため、潤滑剤に好適に使用できるが、イオン液体としては、[DEME][TFSI]をはじめとするアンモニウム系のイオン液体のほか、イミダゾリウム系、コリン系、スルホニウム系、ピラゾリウム系、ピリジニウム系、ピロリジニウム系、あるいは、ホスホニウム系の種々のイオン液体を使用することができる。また、複数種類のイオン液体を混合して使用することも可能である。使用するイオン液体は、これらの種々のイオン液体から、温度範囲等の使用環境や、目標とする粘度等の物性値に基づいて、適宜選択することができる。
【0036】
イオン液体20に滴下されるモノマー混合液10の分量は、イオン液体20の種類や、モノマー混合液10に使用されたモノマーの種類に応じて、適宜設定される。イオン液体20として上述の[DEME][TFSI]を使用し、原料モノマーとして上述のモノマーAおよびモノマーBを使用する場合、例えば、20重量部のイオン液体20に対して、1重量部のモノマー混合液10が滴下される。
【0037】
モノマー混合液10が滴下されたイオン液体20には、物理攪拌と超音波攪拌(
図1(c))とが施される。これにより、モノマー混合液が分散あるいは溶解したイオン液体(含モノマーイオン液体)21が得られる。このように、モノマー混合液10をイオン液体20に分散あるいは溶解させることにより、含モノマーイオン液体21中には、原料モノマーと光重合開始剤と略均一に含まれる。
【0038】
このように得られた含モノマーイオン液体21に、
図1(d)に示すように、波長が470nmの青色光を照射する。これにより、含モノマーイオン液体21中に含まれる光重合開始剤からラジカルが放出され、放出されたラジカルにより、原料モノマーである2種類のモノマーがラジカル共重合する。そして、2種類のモノマーがラジカル共重合することによって、粒子径がナノサイズ(約10~100nm)のフッ素系のポリマー粒子(ポリマーナノ粒子)が生成され、生成されたポリマーナノ粒子がイオン液体中に分散した潤滑剤22が得られる。
【0039】
なお、本実施形態においては、波長が470nmの青色光を含モノマーイオン液体21に照射しているが、含モノマーイオン液体21に照射する光の波長は、光重合開始剤に感度があり、かつ、イオン液体20に吸収されない波長であれば、適宜変更できる。例えば、波長が470nmの青色光に換えて、波長が365nmの紫外光を含モノマーイオン液体21に照射することも可能である。
【0040】
含モノマーイオン液体21への光の照射時間は、照射光の強度および波長、使用するモノマーや光重合開始剤の種類、および、目標とするポリマー粒子の粒子径に応じて適宜設定される。原料モノマーとして上述のモノマーAおよびモノマーBを使用し、光重合開始剤として上述の開始剤Aを使用する場合において、波長が470nmで強度が3Wの青色光を照射する場合、例えば、照射時間を120秒とすることにより、粒子径がナノサイズのポリマー粒子が生成される。
【0041】
このように、本実施形態によれば、イオン液体中にポリマーナノ粒子が分散した潤滑剤22が得られる。この潤滑剤22を2つの摺動部材の摺動部分に導入することにより、イオン液体中に分散したポリマーナノ粒子が、各摺動部材の摺動面の間に入り込む。これにより、摺動面間に隙間が生じ、摺動面の接触部の近傍で生じるトライボケミカル反応が抑制されるので、イオン液体に由来する元素(特にフッ素等のハロゲン)によって各摺動部材の摺動面に腐食等が発生することを抑制することができる。
【0042】
また、上述の通り、ポリマーナノ粒子の生成原料として、フッ素含有モノマーを使用することにより、生成されるポリマーナノ粒子は、フッ素系のポリマーで構成される。一般的に、フッ素系のポリマーは摩擦係数が低いため、摺動面の間に入り込んだポリマーナノ粒子によって、摺動部材間の摩擦係数が上昇することを抑制することができる。
【0043】
図2は、モノマーAおよびモノマーBにより生成されるポリマーの構造例を示す構造式である。上述のように、モノマーAおよびモノマーBを使用した場合、
図2において構造の一例を示すように、モノマーAの両端の炭素-炭素不飽和二重結合と、モノマーBの炭素-炭素不飽和二重結合とにおいて重合反応が発生する。そのため、モノマーAに由来する構造AとモノマーBに由来する構造Bとが結合したフッ素系のポリマーが生成される。
【0044】
なお、
図2では、構造Aと構造Bとが交互に結合した例を示しているが、実際に生成されるポリマーにおいては、必ずしも
図2に示すように構造Aと構造Bとが交互に結合するとは限らない。そして、生成されるポリマーは、構造Aを含むモノマーAに由来する構造と、構造Bを含むモノマーBに由来する構造とが多数結合した状態となっている。そのため、生成されたポリマーの構造を特定することが極めて困難であるため、構造によって決まるポリマーの特性を直接特定することができない。また、異なる複数のモノマーを使用しているため、それらの割合や重合反応の条件の変化により、得られるポリマーの特性が大きく変化するため、特性で表現することも極めて困難である。
【0045】
B.実施例:
B1.ポリマー粒子の生成確認:
実施形態において示した方法によって、潤滑剤を製造し得ることを確認するため、イオン液体中において、2種類のモノマーが光共重合され、ポリマー粒子が生成されることを確認した。
【0046】
具体的には、モノマーAおよびモノマーBの割合を各50重量%とし、全重量の2重量%の開始剤Aを含むモノマー混合液を調製した。次いで、0.1gのモノマー混合液を2gの[DEME][TFSI]に滴下し、攪拌することにより含モノマーイオン液体を調製した。そして、調製した含モノマーイオン液体に3Wの青色光(波長:470nm)を照射して、粒子観察用試料を得た。なお、粒子観察用試料の作製にあたっては、生成されるポリマー粒子が光学顕微鏡で観察可能となるように、青色光の照射時間を10分とした。青色光の照射の後、得られた粒子観察用試料を濾過して生成された固形物(生成固形物)を取り出し、取り出した生成固形物をアセトンにて超音波洗浄した。そして、洗浄した生成固形物を光学顕微鏡で観察した。
【0047】
図3は、粒子観察用試料に含まれていた生成固形物の光学顕微鏡写真である。
図3に示すように、生成固形物は、粒径が約20~50μmの球状の白色粒子であった。この結果から、モノマーを分散したイオン液体に青色光を照射することにより、モノマーがラジカル共重合し、ポリマー粒子が生成されることが確認できた。
【0048】
B2.潤滑特性の評価:
実施形態において示した方法によって作成された潤滑剤の潤滑特性を評価した。具体的には、上記粒子観察用試料の作成の際と同様に、含モノマーイオン液体を調製し、調製した含モノマーイオン液体に3Wの青色光(波長:470nm)を照射して、実施例としての潤滑剤を得た。なお、実施例としての潤滑剤の作成にあたっては、ポリマー粒子がナノサイズとなるように、照射時間を120秒とした。また、イオン液体[DEME][TFSI]を、比較例としての潤滑剤として準備した。
【0049】
次いで、実施例および比較例としての潤滑剤の試料を用いて、摩擦摩耗試験により潤滑特性の評価を行った。
図4は、潤滑特性の評価として行った摩擦摩耗試験の様子を示す説明図である。
図4(a)は、具体的な摩擦摩耗試験の方式を示し、
図4(b)は、摩擦摩耗試験の結果を示している。
【0050】
図4(a)に示すように、摩擦摩耗試験は、円盤状の試験片TPCの上に配置されたボールBLLを往復動して摺動させるボールオンディスク方式で行った。ボールBLLとしては、耐摩耗性が高い高炭素クロム軸受鋼鋼の一種であるSUJ2で形成された直径10mmの鋼球を使用し、試験片TPCとしては、SUJ2で形成された直径24mm、厚さ7.8mmの鋼製のディスクを使用した。なお、摩擦摩耗試験に先立って、試験片TPCの表面にアルミナを砥粒としてバフ研磨を施し、試験片TPCの表面を鏡面状態に仕上げた。
【0051】
そして、30μlの潤滑剤をボールBLLと試験片TPCとの間に滴下し、摩擦摩耗試験を行った。なお、ボールBLLを試験片TPCに押しつける垂直荷重は4.5Nとし、験摺動距離は10mmとし、摺動速度は分速3140mmとした。また、摩擦摩耗試験は、室温(RT)環境下で、30分(1800秒)行った。
【0052】
摩擦摩耗試験を行った結果、
図4(b)に示すように、比較例の潤滑剤を使用した場合、動摩擦係数μは、約0.06~0.07となった。一方、実施例の潤滑剤を使用した場合、動摩擦係数μは、試験の開始から300秒までは約0.07~0.09と比較例と比べて高かったものの、その後徐々に低下し、最終的に比較例よりもやや低い約0.05~0.07となった。この結果から、ポリマーナノ粒子を含まない比較例と、ポリマーナノ粒子を含む実施例とで、潤滑剤を使用した際の動摩擦係数μは、略同等であることが判った。
【0053】
次いで、摩擦摩耗試験を行った後の試験片について、表面状態の評価を行った。具体的には、摩擦摩耗試験を行った後の試験片をアセトンにて超音波洗浄し、洗浄した試験片の電子顕微鏡による観察と、表面粗さの評価を行った。
【0054】
図5は、摩擦摩耗試験後の試験片の表面状態を示す説明図である。
図5(a)および
図5(c)は、それぞれ、比較例および実施例の潤滑剤を使用したときの、試験片表面の電子顕微鏡写真を示している。また、
図5(b)は、
図5(a)の白枠部分を拡大した写真を示している。
【0055】
図5(a)から判るように、比較例としての潤滑剤を使用した場合、試験片の表面には明確な摩耗痕が現れた。また、摩耗痕の他、
図5(b)に示すように、試験片の表面には、大きさが約10μmの粒状物と、大きさが約2μmの暗色の領域が存在していた。なお、粒状物は、トライボケミカル反応によってイオン液体を構成するカチオン(TFSI)から発生したフッ素と、試験片の素材であるSUJ2とが反応した反応生成物と考えられる。また、暗色の領域は、フッ素による腐食によって生じた腐食痕と考えられる。
【0056】
一方、
図5(c)から判るように、実施例としての潤滑剤を使用した場合、試験片の表面に、摩擦痕や腐食痕がほとんど現れなかった。この結果から、上記実施形態で示した方法で生成された実施例の潤滑剤を使用することにより、ポリマーナノ粒子によって摺動面が保護され、摺動する部材の耐摩耗性を向上させることが可能であることが確認できた。
【0057】
図6は、摩擦摩耗試験後の試験片の表面粗さの評価結果を示す説明図である。
図6(a)および
図6(c)は、それぞれ、比較例および実施例の潤滑剤を使用したときの、試験片表面の電子顕微鏡写真を示している。
図6(b)および
図6(d)は、
図6(a)および
図6(c)のそれぞれに描かれた白線上における表面粗さの評価結果を示している。
【0058】
図6(b)に示すように、比較例の潤滑剤を使用した場合、摩耗痕による振幅が約0.5μmの高さの変動に加え、反応生成物と思われる1μmを超える凸部や、腐食痕と思われる約2~4μmの凹部が存在していることが判った。
【0059】
一方、
図6(d)に示すように、実施例の潤滑剤を使用した場合、摩耗痕による極めて小さい高さの変動が見られたものの、試験片の表面は、略平坦となっていることが判った。この結果からも、上記実施形態に示した方法で生成された実施例の潤滑剤を使用することにより、ポリマーナノ粒子によって摺動面が保護され、摺動する部材の耐摩耗性を向上させることが可能であることが確認できた。
【0060】
B3.異なる条件でのポリマー粒子の生成確認:
上述の通り、イオン液体中において、モノマーが光共重合され、ポリマー粒子が生成されることを確認したが、ポリマー粒子の原料となるモノマーの種類、光重合開始剤の種類、あるいは、照射光の波長等のポリマー粒子の生成条件を変更しても、イオン液体中においてポリマー粒子が生成されることを確認した。
【0061】
具体的には、上記モノマーAおよびモノマーBに加え、これらのモノマーとは異なるモノマーとして、次の構造式で表されるアクリル酸1H,1H,2H,2H-ヘプタデカフルオロデシル(1H,1H,2H,2H-Heptadecafluorodecyl acrylate:以下、「モノマーC」とも呼ぶ)を準備した。
【化5】
【0062】
次いで、次の表1に示す分量で5種類のモノマー混合液(モノマー混合液1~5)を調製した。なお、表1から判るように、モノマー混合液1~5において、光重合開始剤の分量は、モノマー混合液の全重量の約3.23重量%とした。
【表1】
【0063】
このように調製したモノマー混合液1~5のそれぞれ0.1gを、2gの[DEME][TFSI]に滴下し、攪拌することにより、5種の含モノマーイオン液体を調製した。なお、5種の含モノマーイオン液体の調製は、それぞれ2つずつ行い、2群5種の含モノマーイオン液体を得た。
【0064】
2群の含モノマーイオン液体のうち、一方の群の含モノマーイオン液体には、波長が470nmで強度が3Wの青色光を照射し、他方の群の含モノマーイオン液体には、波長が365nmで強度が3Wの紫外光を照射した。また、青色光の照射時間は、10分とし、紫外光の照射時間は5分とした。青色光あるいは紫外光の照射の後、上述の例と同様に、生成固形物を取り出し、洗浄後に生成固形物を光学顕微鏡で観察した
【0065】
観察の結果、いずれの試料においても、
図3と同様に球状の白色粒子が確認できた。この結果から、モノマーの種類、光重合開始剤の種類、あるいは、照射光の波長を変えても、ポリマー粒子が生成されることが確認できた。また、ポリマー粒子の粒径は、照射光の照射時間を調整することにより、適宜設定可能である。従って、モノマーの種類、光重合開始剤の種類、あるいは、照射光の波長を種々変更しても、イオン液体中にポリマーナノ粒子が分散した潤滑剤を製造できることが判った。
【0066】
C.変形例:
本発明は上記実施形態および上記実施例に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の態様において実施することが可能であり、例えば次のような変形も可能である。
【0067】
C1.変形例1:
上記実施形態および上記実施例では、ポリマー粒子の原料となる原料モノマーとして、2種のフッ素含有モノマーを使用しているが、2種のモノマーの一方がフッ素含有モノマーであれば良い。このようにしても、生成されるポリマー粒子はフッ素系のポリマーで構成されるので、ポリマー粒子の摩擦係数を低くすることができる。但し、生成されるポリマー粒子の摩擦係数をより低くすることができるので、原料モノマーとしては、2種のフッ素含有モノマーを使用するのが好ましい。
【0068】
さらに、2種のモノマーは、フッ素を含まないモノマーとしても良い。このようにしても、摺動面の間に入り込んだポリマーナノ粒子によって、摺動面間に隙間が生じ、摺動面の接触部の近傍で生じるトライボケミカル反応が抑制されるので、各摺動部材の摺動面に腐食等が発生することを抑制することができる。但し、この場合、生成されるポリマー粒子がフッ素系ではなくなるため、ポリマー粒子の摩擦係数の上昇により、摺動部材間の摩擦係数が上昇する可能性がある。
【0069】
C2.変形例2:
上記実施形態および上記実施例では、2種のモノマーの共重合によりポリマー粒子を生成しているが、ポリマー粒子は、単一のモノマーの重合により生成することも可能であり、3種以上のモノマーの共重合により生成することも可能である。但し、光重合がより容易となる点で、ポリマー粒子の生成は、2種以上のモノマーの共重合で行うのが好ましい。また、3種以上のモノマーを使用した場合、モノマー毎の反応性の違いにより共重合を良好に行うことが難しくなるので、ポリマー粒子の生成は、2種のモノマーの共重合により行うのが好ましい。
【0070】
C3.変形例3:
上記実施形態および上記実施例では、粒径がナノサイズのポリマーナノ粒子を潤滑剤22に分散させているが、潤滑剤に分散させるポリマー粒子の粒径は、必ずしもナノサイズである必要はない。但し、ポリマー粒子の粒径は、潤滑剤中においてポリマー粒子が安定して分散されるように設定される。なお、ポリマー粒子が安定して分散されているか否かは、潤滑剤を静置してから、実際の使用状況に基づいて決定された静置時間(例えば、1週間や1ヶ月)が経過した際に、ポリマー粒子が沈殿しているか否かで判断することができる。
【符号の説明】
【0071】
10…モノマー混合液
20…イオン液体
21…含モノマーイオン液体
22…潤滑剤
AMS…原子
BLL…ボール
FNG…官能基部
IIG…イオン
ILa,ILb…イオン液体
LCS…長鎖部
PTD,PTS…粒子
SFT…界面活性剤
TGT…ターゲット
TPC…試験片