(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024047245
(43)【公開日】2024-04-05
(54)【発明の名称】物質生産性を向上させるターゲット代謝物質の決定方法、および物質生産方法
(51)【国際特許分類】
C12P 7/64 20220101AFI20240329BHJP
C12N 1/13 20060101ALI20240329BHJP
【FI】
C12P7/64 ZNA
C12N1/13
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022152767
(22)【出願日】2022-09-26
(71)【出願人】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504150450
【氏名又は名称】国立大学法人神戸大学
(74)【代理人】
【識別番号】110003708
【氏名又は名称】弁理士法人鈴榮特許綜合事務所
(72)【発明者】
【氏名】今村 壮輔
(72)【発明者】
【氏名】高谷 和宏
(72)【発明者】
【氏名】加藤 悠一
(72)【発明者】
【氏名】蓮沼 誠久
【テーマコード(参考)】
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
4B064AD85
4B064CA19
4B064CC01
4B064CC24
4B064DA16
4B064DA20
4B065AA83X
4B065AA83Y
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA01
4B065BC50
4B065CA13
4B065CA60
(57)【要約】
【課題】 藻類の物質生産と増殖とを両立させることで物質生産性を向上させることが可能な技術を提供すること。
【解決手段】 量を減少させることによって物質生産性を向上させるターゲット代謝物質の決定方法であって、第1藻類株、および前記第1藻類株と比較して、物質を高蓄積するが増殖速度が低下していない第2藻類株のそれぞれについて、中央代謝経路における複数種類の代謝物質の量を測定することと、前記第1藻類株と比較して前記第2藻類株の方が量が少ない代謝物質をターゲット代謝物質と決定することとを含む方法。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
量を減少させることによって物質生産性を向上させるターゲット代謝物質の決定方法であって、
第1藻類株、および前記第1藻類株と比較して、物質を高蓄積するが増殖速度が低下していない第2藻類株のそれぞれについて、中央代謝経路における複数種類の代謝物質の量を測定することと、
前記第1藻類株と比較して前記第2藻類株の方が量が少ない代謝物質をターゲット代謝物質と決定することと
を含む方法。
【請求項2】
前記中央代謝経路が、解糖系、TCA回路、並びに解糖系およびTCA回路の代謝物質から派生する有機物の生合成経路である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
有機物の前記生合成経路が、ヌクレオチド、アミノ酸、糖、脂肪酸、および脂質の生合成経路である請求項2に記載の方法。
【請求項4】
請求項1~3の何れか1項に記載の方法に従って決定されたターゲット代謝物質の少なくとも一つを、前記第1藻類株と比較して低減した量で産生するように、藻類を培養することを含む物質生産方法。
【請求項5】
前記培養が、前記ターゲット代謝物質の少なくとも一つの産生が抑制される条件下で前記藻類を培養することにより行われる請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記培養が、前記ターゲット代謝物質の少なくとも一つを前記第1藻類株と比較して低減した量で産生するように遺伝子改変した変異株を培養することにより行われる請求項4に記載の方法。
【請求項7】
前記ターゲット代謝物質が、2-ホスホグリセリン酸、ホスホエノールピルビン酸、乳酸、アセチルCoA、2-オキソグルタル酸、コハク酸、フマル酸、1-デオキシ-D-キシルロース5-リン酸、2-C-メチル-D-エリスリトール4-リン酸、2-C-メチル-D-エリスリトール2,4-シクロ二リン酸、セリン、グリシン、グルタミン酸、グルタミン、およびトレオニンである請求項4に記載の方法。
【請求項8】
前記物質生産方法が油脂生産方法である請求項4に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物質生産性を向上させるターゲット代謝物質の決定方法、および物質生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
藻類を培養して油脂などの有用物質を生産することが行われている。例えば、藻類により生産された油脂(すなわち、藻類油脂)は、液体燃料の原料として利用することができる。藻類油脂の炭素は、光合成によって固定された空気中の二酸化炭素に由来するため、藻類油脂の生産とその利用は、環境負荷の低減に寄与する。一般に、油脂などの有用物質を高蓄積する藻類は、その増殖が低下する。このように、油脂などの有用物質の蓄積と藻類細胞の増殖はトレードオフの関係であるため、藻類を培養して油脂などの有用物質を生産した場合、物質生産性の低下を招いている。
【0003】
油脂蓄積量を向上させる技術として、藻類において油脂合成に関わる特定の遺伝子の発現を強化する手法(非特許文献1)や、培地から窒素やリンなどを除去して、藻類を栄養飢餓状態にする手法(非特許文献2および3)が知られている。
【0004】
非特許文献1の方法では、油脂合成に関わる酵素遺伝子の発現を強化すると、その酵素が基質とする物質は専ら油脂合成に使用され、その物質から中央代謝経路へ向かう代謝が減少し、増殖に悪影響を及ぼすことが考えられる。また、非特許文献2および3の方法では、生育に必須な栄養素を培地から除去するため、物質生産と増殖を両立させることはできない。このように従来法では、物質生産と増殖の両立は難しい。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Camilo F. Munoz, Ruud A. Weusthuis, Sarah D’Adamo and Rene H. Wijffels “Effect of Single and Combined Expression of Lysophosphatidic Acid Acyltransferase, Glycerol-3-Phosphate Acyltransferase, and Diacylglycerol Acyltransferase on Lipid Accumulation and Composition in Neochloris oleoabundans”, Front. Plant Sci., 29 November 2019 | https://doi.org/10.3389/fpls.2019.01573
【非特許文献2】Masako Iwai, Keiko Ikeda, Mie Shimojima, Hiroyuki Ohta. “Enhancement of extraplastidic oil synthesis in Chlamydomonas reinhardtii using a type-2 diacylglycerol acyltransferase with a phosphorus starvation-inducible promoter.” Plant Biotechnol J. 2014 Aug; 12(6):808-19. doi: 10.1111/pbi.12210
【非特許文献3】Yu Zhang, Yufang Pan, Wei Ding, Hanhua Hu, Jin Liu. “Lipid production is more than doubled by manipulating a diacylglycerol acyltransferase in algae”, GCB-Bioenergy (2020) DOI: 10.1111/gcbb.12771
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、藻類において物質生産と増殖とを両立させることで物質生産性を向上させることが可能な技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第1側面によると、量を減少させることによって物質生産性を向上させるターゲット代謝物質の決定方法であって、
第1藻類株、および前記第1藻類株と比較して、物質を高蓄積するが増殖速度が低下していない第2藻類株のそれぞれについて、中央代謝経路における複数種類の代謝物質の量を測定することと、
前記第1藻類株と比較して前記第2藻類株の方が量が少ない代謝物質をターゲット代謝物質と決定することと
を含む方法が提供される。
【0008】
本発明の第2側面によると、第1側面に係る方法に従って決定されたターゲット代謝物質の少なくとも一つを、前記第1藻類株と比較して低減した量で産生するように、藻類を培養することを含む物質生産方法が提供される。
【発明の効果】
【0009】
本発明によると、藻類において物質生産と増殖とを両立させることで物質生産性を向上させることが可能な技術が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、カルビン回路(CBB回路)、解糖系、およびTCA回路、並びにこれら代謝経路の代謝物質から派生する有機物の生合成経路を示す図である。
【
図2】
図2は、カルビン回路(CBB回路)、解糖系、およびTCA回路、並びにこれら代謝経路の代謝物質から派生する有機物の生合成経路を示す図である。
【
図3】
図3は、2-PGA(2-ホスホグリセリン酸)の量の測定結果を示すグラフである。
【
図4】
図4は、PEP(ホスホエノールピルビン酸)の量の測定結果を示すグラフである。
【
図5】
図5は、Lac(乳酸)の量の測定結果を示すグラフである。
【
図6】
図6は、AcCoA(アセチルCoA)の量の測定結果を示すグラフである。
【
図7】
図7は、Cit(クエン酸)の量の測定結果を示すグラフである。
【
図8】
図8は、2-OG(2-オキソグルタル酸)の量の測定結果を示すグラフである。
【
図9】
図9は、Suc(コハク酸)の量の測定結果を示すグラフである。
【
図10】
図10は、Fum(フマル酸)の量の測定結果を示すグラフである。
【
図11】
図11は、Mal(リンゴ酸)の量の測定結果を示すグラフである。
【
図12】
図12は、DXP(1-デオキシ-D-キシルロース5-リン酸)の量の測定結果を示すグラフである。
【
図13】
図13は、MEP(2-C-メチル-D-エリスリトール4-リン酸)の量の測定結果を示すグラフである。
【
図14】
図14は、MEcPP(2-C-メチル-D-エリスリトール2,4-シクロ二リン酸)の量の測定結果を示すグラフである。
【
図15】
図15は、Ser(セリン)の量の測定結果を示すグラフである。
【
図16】
図16は、Gly(グリシン)の量の測定結果を示すグラフである。
【
図17】
図17は、Ala(アラニン)の量の測定結果を示すグラフである。
【
図18】
図18は、Val(バリン)の量の測定結果を示すグラフである。
【
図19】
図19は、Leu(ロイシン)の量の測定結果を示すグラフである。
【
図20】
図20は、Glu(グルタミン酸)の量の測定結果を示すグラフである。
【
図21】
図21は、Gln(グルタミン)の量の測定結果を示すグラフである。
【
図22】
図22は、GABA(γ-アミノ酪酸)の量の測定結果を示すグラフである。
【
図23】
図23は、Pro(プロリン)の量の測定結果を示すグラフである。
【
図24】
図24は、Arg(アルギニン)の量の測定結果を示すグラフである。
【
図25】
図25は、His(ヒスチジン)の量の測定結果を示すグラフである。
【
図26】
図26は、Asp(アスパラギン酸)の量の測定結果を示すグラフである。
【
図27】
図27は、Asn(アスパラギン)の量の測定結果を示すグラフである。
【
図28】
図28は、Lys(リシン)の量の測定結果を示すグラフである。
【
図29】
図29は、Met(メチオニン)の量の測定結果を示すグラフである。
【
図30】
図30は、Thr(トレオニン)の量の測定結果を示すグラフである。
【
図31】
図31は、Ile(イソロイシン)の量の測定結果を示すグラフである。
【
図32】
図32は、Phe(フェニルアラニン)の量の測定結果を示すグラフである。
【
図33】
図33は、Tyr(チロシン)の量の測定結果を示すグラフである。
【
図34】
図34は、Trp(トリプトファン)の量の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
図1および
図2に示すように、カルビン回路(CBB回路)で固定された炭素が、脂肪酸合成へと代謝されるには、解糖系およびTCA回路を経由する。同様に、カルビン回路(CBB回路)で固定された炭素が、カロテノイド生合成経路やアミノ酸生合成経路へと代謝されるには、解糖系およびTCA回路を経由する。解糖系およびTCA回路は、増殖に必要なエネルギーを産生する。このため、有用物質の蓄積と藻類細胞の増殖はトレードオフの関係にある。
【0012】
そこで、本発明者らは、物質生産と増殖とを両立させることができるシアニディオシゾン(Cyanidioschyzon merolae)GP1株、および物質生産と増殖とを両立させることができないシアニディオシゾン(Cyanidioschyzon merolae)GPc株(コントロール株ともいう)のそれぞれについて、中央代謝経路における複数種類の代謝物質の量を測定し、代謝物質の量の違いを調べた。その結果、GP1株は、コントロール株と比較すると、中央代謝経路を構成する幾つかの物質の量が減少していることを新たに見出した。
【0013】
この結果から、GP1株は、カルビン回路で固定された炭素が中央代謝経路において代謝される割合を減少させ、カルビン回路で固定された炭素が油脂生産などの物質生産において代謝される割合を増加させ、これにより物質生産と増殖とを両立させていると考えられる。中央代謝経路は、エネルギー生産など生命維持に必要な反応を担う経路であり、その代謝物質の量は多い。したがって、中央代謝経路の代謝物質の量を、藻類の増殖に影響を及ぼさない範囲で削減させることで、物質生産性を向上させることができると考えられる。このような新たな着想に基づいて、本発明者らは、本発明を完成させるに至った。
【0014】
以下に、本発明の実施形態について説明する。以下に説明する実施形態は、上記側面の何れかをより具体化したものである。以下に記載する事項は、単独で又は複数を組み合わせて、上記側面の各々に組み入れることができる。
【0015】
<1.物質生産性を向上させるターゲット代謝物質の決定方法>
量を減少させることによって物質生産性を向上させるターゲット代謝物質の決定方法は、
第1藻類株、および前記第1藻類株と比較して、物質を高蓄積するが増殖速度が低下していない第2藻類株のそれぞれについて、中央代謝経路における複数種類の代謝物質の量を測定することと、
前記第1藻類株と比較して前記第2藻類株の方が量が少ない代謝物質をターゲット代謝物質と決定することと
を含む。
【0016】
この方法において、物質生産性は、藻類が生産可能な物質の物質生産性であり、例えば、油脂、デンプンの物質生産性であり、好ましくは、油脂の物質生産性である。
【0017】
本明細書において「物質生産性」の用語は、藻類を培養して物質生産を行った場合における、藻類1個体の物質生産速度と、藻類の増殖速度とを掛け合わせることにより算出することができる、藻類の物質生産能力を指す。「物質生産性」は、藻類1個体の物質生産速度と、藻類の増殖速度とを掛け合わせることにより数値化することができるが、2種類の藻類株の物質生産性を比較する場合、必ずしも数値化する必要はない。例えば、2種類の藻類株を、同一条件下で培養して物質生産を行った場合、2種類の藻類株の間で藻類1個体の物質生産速度が同じであれば、増殖速度が大きい藻類株は、増殖速度が小さい藻類株と比較して高い物質生産性を示すということができる。また、2種類の藻類株が、物質生産と増殖とを両立させることができる藻類株と、物質生産と増殖とを両立させることができない藻類株であり、2種類の藻類株の物質生産速度が同程度である場合、前者の藻類株は後者の藻類株と比較して高い物質生産性を示すということができる。
【0018】
藻類は、典型的には微細藻類である。微細藻類は、例えば、光合成真核生物であって、単細胞生物又はその群体である。微細藻類は、例えば、コナミドリムシ(Chlamydomonas reinhardtti)及びボトリオコッカス(Botryococcus)などの単細胞緑藻、シアニディオシゾン(Cyanidioschyzon merolae)などの単細胞紅藻、フェオダクチラム(Phaeodactylum)などの珪藻、又は、それらの群体である。微細藻類は真核生物でなくてもよく、光合成を行う原核生物、例えば、シアノバクテリアなどのバクテリアであってもよい。
【0019】
「第1藻類株」は、好ましくは、物質生産と増殖とを両立させることができない藻類株である。背景技術の欄に記載したとおり、通常の藻類株は物質生産と増殖とを両立させることができないため、通常の藻類株を第1藻類株として使用することができる。第1藻類株は、本明細書においてコントロール株とも呼ぶ。「第1藻類株」として、例えば、シアニディオシゾン(Cyanidioschyzon merolae)GPc株、またはシアニディオシゾン野生株である10D株を使用することができる。
【0020】
「第1藻類株と比較して、物質を高蓄積するが増殖速度が低下していない第2藻類株」は、好ましくは、物質生産と増殖とを両立させることができる藻類株である。「第2藻類株」として、例えば、シアニディオシゾン(Cyanidioschyzon merolae)GP1株を使用することができる。シアニディオシゾン(Cyanidioschyzon merolae)GP1株は、下記文献に記載される:Satoshi Fukuda, Eri Hirasawa, Tokiaki Takemura, Sota Takahashi, Kaumeel Chokshi, Imran Pancha, Kan Tanaka and Sousuke Imamura “Accelerated triacylglycerol production without growth inhibition by overexpression of a glycerol-3-phosphate acyltransferase in the unicellular red alga Cyanidioschyzon merolae, Scientific Reports (2018) 8: 12410。第1藻類株と第2藻類株は、同一の種であることが好ましい。
【0021】
一実施形態において、「中央代謝経路」は、解糖系、TCA回路、並びに解糖系およびTCA回路の代謝物質から派生する有機物の生合成経路である。一実施形態において、「解糖系およびTCA回路の代謝物質から派生する有機物の生合成経路」は、ヌクレオチド、アミノ酸、糖、脂肪酸、および脂質の生合成経路である。一例によれば、「中央代謝経路」は、解糖系、TCA回路、アミノ酸の生合成経路、脂肪酸の生合成経路、およびカロテノイドの生合成経路である。本明細書において「代謝物質」の用語は、代謝を受ける前の物質(すなわち、基質)、代謝の過程の中間生産物、および最終生成物のすべてを包含する。
【0022】
代謝物質の量の測定は、公知の方法により行うことができる。例えば、代謝物質の量の測定は、藻類のサンプルから代謝物質を抽出し、得られた抽出液をキャピラリー電気泳動-飛行時間型質量分析(CE-TOFMS)で分析することにより行うことができる。
【0023】
この方法では、代謝物質の量の測定結果に基づいて、第1藻類株と比較して第2藻類株の方が量が少ない代謝物質をターゲット代謝物質と決定する。
【0024】
例えば、以下に記載するとおりターゲット代謝物質を決定することができる。まず、第1藻類株の複数のサンプルを準備し、これらサンプルの各々について各代謝物質の量を測定するとともに、第2藻類株の複数のサンプルを準備し、これらサンプルの各々について各代謝物質の量を測定する。測定結果から、第1藻類株の各代謝物質の量の平均値および第2藻類株の各代謝物質の量の平均値を算出する。第1藻類株と比較して第2藻類株における平均値が小さかった場合、第1藻類株の各代謝物質の量と第2藻類株の各代謝物質の量との間に有意差があるか否かを決定する。有意差があった場合、その代謝物質をターゲット代謝物質と決定することができる。
【0025】
<2.物質生産方法>
物質生産方法は、上記の「物質生産性を向上させるターゲット代謝物質の決定方法」に従って決定されたターゲット代謝物質の少なくとも一つを、前記第1藻類株(コントロール株)と比較して低減した量で産生するように、藻類を培養することを含む。この方法において、物質生産方法は、好ましくは油脂生産方法である。この方法で培養される藻類は、前述の第1藻類株および前述の第2藻類株と同一の種であることが好ましい。
【0026】
この方法では、ターゲット代謝物質を、第1藻類株(コントロール株)と比較して低減した量で産生するように藻類を培養するが、藻類の増殖速度を第1藻類株(コントロール株)と比較して低下させない範囲で、ターゲット代謝物質の産生量を低減させることが好ましい。このように、コントロール株と比較して増殖速度を低下させない範囲で、中央代謝経路の代謝物質の量を低下させることによって、油脂生産などの物質生産に使用される炭素化合物を増加させることができる。
【0027】
一つの実施形態によれば、上記の物質生産方法において、前記培養は、前記ターゲット代謝物質の少なくとも一つの産生が抑制される条件下で前記藻類を培養することにより行われる。例えば、ATP/ADPの比、NADH/NADPHの比、アセチルCoA/CoAの比などを調整することにより、ターゲット代謝物質の産生を、藻類の増殖に影響を及ぼさない範囲で(具体的には、コントロール株と比較して増殖速度を低下させない範囲で)抑制することができる。
【0028】
別の実施形態によれば、上記の物質生産方法において、前記培養は、前記ターゲット代謝物質の少なくとも一つを前記第1藻類株と比較して低減した量で産生するように遺伝子改変した変異株を培養することにより行われる。この実施形態は、特定のターゲット代謝物質を低減した量で産生するように遺伝子改変した変異株を使用するため、特定のターゲット代謝物質の産生量だけを選択的に低減させるのに効果的である。
【0029】
ターゲット代謝物質としては、例えば、2-ホスホグリセリン酸(2-PGA)、ホスホエノールピルビン酸(PEP)、乳酸(Lac)、アセチルCoA(AcCoA)、2-オキソグルタル酸(2-OG)、コハク酸(Suc)、フマル酸(Fum)、1-デオキシ-D-キシルロース5-リン酸(DXP)、2-C-メチル-D-エリスリトール4-リン酸(MEP)、2-C-メチル-D-エリスリトール2,4-シクロ二リン酸(MEcPP)、セリン(Ser)、グリシン(Gly)、グルタミン酸(Glu)、グルタミン(Gln)、およびトレオニン(Thr)が挙げられる。なお、上記の「物質生産性を向上させるターゲット代謝物質の決定方法」を用いれば、ここで例示したもの以外の物質をターゲット代謝物質として決定することができるため、ターゲット代謝物質は、ここで例示したものに限定されない。
【0030】
<3.効果>
本発明に従って、物質生産性を向上させるターゲット代謝物質を決定し、かかるターゲット代謝物質を低減した量で産生するように藻類を培養すると、藻類の物質生産と増殖とを両立させることができ、これにより藻類の物質生産性を向上させることができる。
【実施例0031】
本実施例では、物質生産と増殖とを両立させることができない第1藻類株として、シアニディオシゾン(Cyanidioschyzon merolae)GPc株(コントロール株ともいう)を使用し、物質生産と増殖とを両立させることができる第2藻類株として、シアニディオシゾン(Cyanidioschyzon merolae)GP1株を使用して、ターゲット代謝物質を決定した。
【0032】
(1)代謝物質の量の測定
各藻類株について、以下の代謝物質の量を測定した。以下の代謝物質は、
図1および2で示す代謝経路において太字で示される。代謝物質の量の測定は、キャピラリー電気泳動-飛行時間型質量分析(CE-TOFMS)により行った。
【0033】
2-PGA:2-ホスホグリセリン酸(解糖系の代謝物質)
PEP:ホスホエノールピルビン酸(解糖系の代謝物質)
Lac:乳酸(解糖系の代謝物質)
AcCoA:アセチルCoA(TCA回路の代謝物質)
Cit:クエン酸(TCA回路の代謝物質)
2-OG:2-オキソグルタル酸(TCA回路の代謝物質)
Suc:コハク酸(TCA回路の代謝物質)
Fum:フマル酸(TCA回路の代謝物質)
Mal:リンゴ酸(TCA回路の代謝物質)
DXP:1-デオキシ-D-キシルロース5-リン酸(カロテノイドの生合成経路の代謝物質)
MEP:2-C-メチル-D-エリスリトール4-リン酸(カロテノイドの生合成経路の代謝物質)
MEcPP:2-C-メチル-D-エリスリトール2,4-シクロ二リン酸(カロテノイドの生合成経路の代謝物質)
Ser:セリン(アミノ酸の生合成経路の代謝物質)
Gly:グリシン(アミノ酸の生合成経路の代謝物質)
Ala:アラニン(アミノ酸の生合成経路の代謝物質)
Val:バリン(アミノ酸の生合成経路の代謝物質)
Leu:ロイシン(アミノ酸の生合成経路の代謝物質)
Glu:グルタミン酸(アミノ酸の生合成経路の代謝物質)
Gln:グルタミン(アミノ酸の生合成経路の代謝物質)
GABA:γ-アミノ酪酸(アミノ酸の生合成経路の代謝物質)
Pro:プロリン(アミノ酸の生合成経路の代謝物質)
Arg:アルギニン(アミノ酸の生合成経路の代謝物質)
His:ヒスチジン(アミノ酸の生合成経路の代謝物質)
Asp:アスパラギン酸(アミノ酸の生合成経路の代謝物質)
Asn:アスパラギン(アミノ酸の生合成経路の代謝物質)
Lys:リシン(アミノ酸の生合成経路の代謝物質)
Met:メチオニン(アミノ酸の生合成経路の代謝物質)
Thr:トレオニン(アミノ酸の生合成経路の代謝物質)
Ile:イソロイシン(アミノ酸の生合成経路の代謝物質)
Phe:フェニルアラニン(アミノ酸の生合成経路の代謝物質)
Tyr:チロシン(アミノ酸の生合成経路の代謝物質)
Trp:トリプトファン(アミノ酸の生合成経路の代謝物質)
測定結果を
図3~34に示す。
【0034】
(2)ターゲット代謝物質の決定
図3~34に示すとおり、GP1株において以下の代謝物質の量が、コントロール株と比較して少なかった:2-ホスホグリセリン酸(2-PGA)、ホスホエノールピルビン酸(PEP)、乳酸(Lac)、アセチルCoA(AcCoA)、2-オキソグルタル酸(2-OG)、コハク酸(Suc)、フマル酸(Fum)、1-デオキシ-D-キシルロース5-リン酸(DXP)、2-C-メチル-D-エリスリトール4-リン酸(MEP)、2-C-メチル-D-エリスリトール2,4-シクロ二リン酸(MEcPP)、セリン(Ser)、グリシン(Gly)、グルタミン酸(Glu)、グルタミン(Gln)、およびトレオニン(Thr)。これら代謝物質をターゲット代謝物質と決定した。
【0035】
上記代謝物質のなかには、GP1株においてコントロール株と比較して50%以上の量が低減している代謝物質もあった。GP1株は、カルビン回路で固定された炭素が中央代謝経路において代謝される割合を減少させ、カルビン回路で固定された炭素が油脂生産において代謝される割合を増加させ、これにより油脂生産と増殖とを両立させていると考えられる。中央代謝経路は、エネルギー生産など生命維持に必要な反応を担う経路であり、その代謝物質の量は多い。したがって、中央代謝経路の代謝物質の量を、藻類の増殖に影響を及ぼさない範囲で削減させることで、油脂の物質生産性を向上させることができると考えられる。
【0036】
なお、本実施例では、光合成による炭素固定から油脂合成に至る全ての代謝物質の量を測定できていないため、上記のターゲット代謝物質以外の代謝物質も、藻類の増殖に影響を及ぼさない範囲で削減させることで、物質生産性を向上させることができると考えられる。また、上記の原理(すなわち、中央代謝経路の代謝物質の量を、藻類の増殖に影響を及ぼさない範囲で削減させることで、油脂の物質生産性を向上させることができるという原理)は、油脂以外の有機物質の物質生産に適用することができ、種々の有機物質の物質生産と増殖との両立を可能とすることができる。