(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024004766
(43)【公開日】2024-01-17
(54)【発明の名称】リン脂質二重膜分子融合剤
(51)【国際特許分類】
C12N 15/06 20060101AFI20240110BHJP
C07K 7/08 20060101ALI20240110BHJP
C07K 14/155 20060101ALI20240110BHJP
【FI】
C12N15/06
C07K7/08 ZNA
C07K14/155
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022104579
(22)【出願日】2022-06-29
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TRITON
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【弁理士】
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【弁理士】
【氏名又は名称】當麻 博文
(74)【代理人】
【識別番号】100137729
【弁理士】
【氏名又は名称】赤井 厚子
(74)【代理人】
【識別番号】100151301
【弁理士】
【氏名又は名称】戸崎 富哉
(74)【代理人】
【識別番号】100152308
【弁理士】
【氏名又は名称】中 正道
(74)【代理人】
【識別番号】100201558
【弁理士】
【氏名又は名称】亀井 恵二郎
(72)【発明者】
【氏名】寺村 裕治
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 佑哉
(72)【発明者】
【氏名】馬場 照彦
【テーマコード(参考)】
4H045
【Fターム(参考)】
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA17
4H045CA05
4H045EA20
4H045EA50
4H045FA10
(57)【要約】
【課題】リン脂質二重膜分子の表面に導入するだけで、融合剤を用いずともリン脂質二重膜分子同士の融合を生じさせる化合物および該化合物を用いたリン脂質二重膜分子の融合方法の提供。
【解決手段】下記式(1):
[式(1)中、Xはリン脂質二重膜透過性ペプチド、Yは酸素、硫黄、リンまたは窒素を含んでいてもよい炭化水素基、Zは高分子電解質または水溶性高分子である。]
で表される化合物。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1):
【化1】
[式(1)中、Xはリン脂質二重膜透過性ペプチド、Yは酸素、硫黄、リンまたは窒素を含んでいてもよい炭化水素基、Zは高分子電解質または水溶性高分子である。]
で表される化合物。
【請求項2】
前記ペプチドが、Transactivator of transcription、R8、R12、R16、HIV-1 Rev、HTLV-II Rexおよびリン脂質二重膜透過性を有するそれらの変異体からなる群から選択される、請求項1に記載の化合物。
【請求項3】
前記炭化水素基が、炭素数20~45の鎖状炭化水素基である、請求項1に記載の化合物。
【請求項4】
前記鎖状炭化水素基が、脂質である、請求項3に記載の化合物。
【請求項5】
前記脂質が、リン脂質である、請求項4に記載の化合物。
【請求項6】
前記リン脂質が、下記式(2):
【化2】
[式(2)中、mは7~16の整数である。]
で表される、請求項5に記載の化合物。
【請求項7】
前記式(2)中のmが、7~10の整数である、請求項6に記載の化合物。
【請求項8】
前記高分子電解質または水溶性高分子が、酸素、硫黄または窒素を含んでいてもよい炭素数90~1365の水溶性の炭化水素鎖である、請求項1に記載の化合物。
【請求項9】
前記高分子電解質または水溶性高分子が、下記式(3):
【化3】
[式(3)中、nは45~455の整数である。]
で表される、請求項8に記載の化合物。
【請求項10】
式(3)中のnが、68~228の整数である、請求項9に記載の化合物。
【請求項11】
前記ペプチドが、Transactivator of transcriptionであり、
前記炭化水素基が、下記式(2):
【化4】
[式(2)中、mは7~10の整数である。]
であり、
前記高分子電解質または水溶性高分子が、下記式(3):
【化5】
[式(3)中、nは68~228の整数である。]
で表される、請求項1に記載の化合物。
【請求項12】
請求項1~11のいずれか1項に記載の化合物を含む、リン脂質二重膜分子融合剤。
【請求項13】
前記リン脂質二重膜分子が、リポソーム、エクソソーム、細胞または脂質ナノ粒子である、請求項12に記載の剤。
【請求項14】
以下の工程を含む、リン脂質二重膜分子Aおよびリン脂質二重膜分子Bの融合方法。
(1)リン脂質二重膜分子Aおよびリン脂質二重膜分子Bを混合する工程、
(2)混合されたリン脂質二重膜分子Aおよびリン脂質二重膜分子Bを請求項1~11のいずれか1項に記載の化合物で処理する工程。
【請求項15】
前記リン脂質二重膜分子Aおよびリン脂質二重膜分子Bがそれぞれ、リポソーム、エクソソーム、細胞または脂質ナノ粒子である、請求項14に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なリン脂質二重膜分子融合剤、および当該リン脂質二重膜分子融合剤を用いたリン脂質二重膜分子融合法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞融合は、2つ以上の細胞が融合する現象のことであり、同種細胞間のみならず、異種細胞間においても生じる現象である。特に、異種細胞同士の細胞融合は、融合前の細胞の形質とは異なる新たな形質を持つ細胞を生み出す方法として、以前から利用されてきた。
例えば、モノクローナル抗体を調製するために、抗体産生B細胞とミエローマ細胞を融合させたハイブリドーマは、複製可能であり、かつ、所望の抗体を産生する細胞として、古くから使用されてきた。また、近年では、糖尿病の新たな治療方法として、間葉系細胞と膵島細胞の融合細胞を移植する方法が提唱されている(非特許文献1)。間葉系細胞と膵島細胞の融合細胞は、20日程度の培養後においても膵島機能が維持されており、これをラットに移植すると、3ヶ月程度にわたり血糖低下が認められた。
【0003】
以上のように、細胞融合は、研究分野および医療分野において広く利用されている。細胞同士を融合する方法としては、主として、センダイウイルス法、PEG(ポリエチレングリコール)法および電気的融合法が知られている。
センダイウイルス法は、センダイウイルスが細胞膜同士の橋渡しとなり融合を促進すると考えられている。この方法は、融合細胞の画分へのウイルスの混入を完全に回避することが難しく、融合した細胞の医療への使用にはあまり適していない。
PEG法は、専用機器を必要とせず、試薬も安価であり、従来から主に用いられてきた方法である。しかしながら、この方法は、細胞融合効率および再現性が低く、また細胞の種類によっても細胞融合効率が大きく異なる。
電気的融合法は、交流電圧を印加することで、電極間に存在する細胞を接触させ、次いで直流パルス電圧を印加することで、細胞膜に穿孔が開け、接触している細胞同士の融合を引き起こす方法である。この方法は、前記2つの方法よりも効率良く細胞を融合することができる。しかし、この方法は、特別な装置が必要であること、電圧の印加により細胞の生存率が低下するなどの問題点を有している。また、細胞の選択性に乏しく、異種同士の細胞を融合させることは困難である。
【0004】
また、近年、一本鎖ポリDNAをPEG-脂質複合体に結合させ、これを接着させたい細胞に導入し、一本鎖DNAの相補配列を利用して細胞同士を接着させる方法(非特許文献2および非特許文献3)が報告されている。この方法は、細胞同士を接着させる上では有効な方法であるが、この方法では、当該分子が接着箇所以外には存在しないため(非特許文献3のFig.2など参照のこと)、1個の細胞に対し複数(3以上)の細胞を融合させることは難しいと考えられる。
【0005】
また、発明者らは、PEG法よりも効率良く細胞融合を促進する化合物(2量体形成ペプチド-PEG-リン脂質からなる複合体)を開発した(特許文献1)。しかし、当該化合物は、それのみでは細胞融合の効率が低く、融合効率を引き上げるために依然として細胞融合剤(PEG)が必要となる点が課題であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開2020/262617号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Yanaiら, PLOS ONE Volume 8 Issue 5 e54499 2013
【非特許文献2】Teramuraら, Biomaterials 31:2229-2235 2010
【非特許文献3】Teramuraら, Biomaterials 48:119-128 2015
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、リン脂質二重膜分子の表面に導入するだけで、融合剤を用いずともリン脂質二重膜分子同士の融合を生じさせる化合物を開発し、該化合物を用いたリン脂質二重膜分子の融合方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、リン脂質二重膜透過性ペプチド、ポリエチレングリコール(PEG)およびリン脂質二重膜と相互作用可能な脂質からなる化合物をリポソームまたは細胞などのリン脂質二重膜分子と混合したところ、該化合物が膜表面に導入され、リン脂質二重膜分子同士の凝集および融合がみられることを確認し、以て本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、
[1]下記式(1):
【0011】
【0012】
[式(1)中、Xはリン脂質二重膜透過性ペプチド、Yは酸素、硫黄、リンまたは窒素を含んでいてもよい炭化水素基、Zは高分子電解質または水溶性高分子である。]
で表される化合物;
[2]前記ペプチドが、Transactivator of transcription、R8、R12、R16、HIV-1 Rev、HTLV-II Rexおよびリン脂質二重膜透過性を有するそれらの変異体からなる群から選択される、[1]に記載の化合物;
[3]前記炭化水素基が、炭素数20~45の鎖状炭化水素基である、[1]または[2]に記載の化合物;
[4]前記鎖状炭化水素基が、脂質である、[3]に記載の化合物;
[5]前記脂質が、リン脂質である、[4]に記載の化合物;
[6]前記リン脂質が、下記式(2):
【0013】
【0014】
[式(2)中、mは7~16の整数である。]
で表される、[5]に記載の化合物;
[7]前記式(2)中のmが、7~10の整数である、[6]に記載の化合物;
[8]前記Zが、酸素、硫黄または窒素を含んでいてもよい炭素数90~1365の水溶性の炭化水素鎖である、[1]~[7]のいずれか1つに記載の化合物;
[9]前記Zが、下記式(3):
【0015】
【0016】
[式(3)中、nは45~455の整数である。]
で表される、[8]に記載の化合物;
[10]式(3)中のnが、68~228の整数である、[9]に記載の化合物;
[11]前記ペプチドが、Transactivator of transcriptionであり、
前記炭化水素基が、下記式(2):
【0017】
【0018】
[式(2)中、mは7~10の整数である。]
であり、
前記高分子電解質または水溶性高分子が、下記式(3):
【0019】
【0020】
[式(3)中、nは68~228の整数である。]
で表される、[1]に記載の化合物;
[12][1]~[11]のいずれか1つに記載の化合物を含む、リン脂質二重膜分子融合剤;
[13]前記リン脂質二重膜分子が、リポソーム、エクソソーム、細胞または脂質ナノ粒子である、[12]に記載の剤;
[14]以下の工程を含む、リン脂質二重膜分子Aおよびリン脂質二重膜分子Bの融合方法。
(1)リン脂質二重膜分子Aおよびリン脂質二重膜分子Bを混合する工程、
(2)混合されたリン脂質二重膜分子Aおよびリン脂質二重膜分子Bを[1]~[11]のいずれか1つに記載の化合物で処理する工程;
[15]前記リン脂質二重膜分子Aおよびリン脂質二重膜分子Bがそれぞれ、リポソーム、エクソソーム、細胞または脂質ナノ粒子である、[14]に記載の方法;
を提供する。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、従来法のような融合剤を用いることなく、効率のよくリン脂質二重膜分子の融合を誘導することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】Tat-5k-DPPEへのリポソームの吸着を示す図である。
【
図2】Tat-5k-DPPEへのリポソームの吸着量を示す図である。
【
図3】Tat-1k-脂質を導入されたリポソームの粒径を示す図である。
【
図4】Tat-5k-脂質を導入されたリポソームの粒径を示す図である。
【
図5】Tat-40k-脂質を導入されたリポソームの粒径を示す図である。
【
図6】Tat-1k-脂質を導入されたリポソームの多分散指数(PDI)を示す図である。
【
図7】Tat-5k-脂質を導入されたリポソームの多分散指数(PDI)を示す図である。
【
図8】Tat-40k-脂質を導入されたリポソームの多分散指数(PDI)を示す図である。
【
図9】Tat-1k-脂質を導入されたリポソームの表面電位を示す図である。
【
図10】Tat-5k-脂質を導入されたリポソームの表面電位を示す図である。
【
図11】Tat-40k-脂質を導入されたリポソームの表面電位を示す図である。
【
図12】Tat-5k-脂質を導入されたリポソームの細胞形態を示す図である。
【
図13】FITC-Tat-5k-脂質を導入されたリポソームのDPPC1分子当たりのFITC-Tat-5k-脂質の分子数を示す図である。
【
図14】Tat-5k-脂質の臨界ミセル濃度を示す図である。
【
図15】Tat-5k-脂質のリポソームへの導入量とTat-5k-脂質の臨界ミセル濃度の相関を示す図である。
【
図16】蛍光色素を内包するリポソームの蛍光強度の変化を示す図である。
【
図17】蛍光色素を内包するリポソームの蛍光漏出率を示す図である。
【
図18】Tat-5k-DMPEを導入された細胞の接着および融合を示す図である。
【
図19】Tat-5k-脂質を導入された細胞の接着および融合を示す図である。
【
図20】Tat-5k-脂質を導入された細胞の凝集を示す図である。
【
図21】Tat-5k-脂質を導入されたエクソソームとリポソーム懸濁液のリポソームの粒径を示す図である。
【
図22】Tat-5k-脂質を導入されたエクソソームとリポソーム懸濁液のリポソームの多分散指数(PDI)を示す図である。
【
図23】Tat-5k-脂質を導入されたエクソソームとリポソーム懸濁液のリポソームの蛍光強度の変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明は、下記式(1)で表される化合物である(以下「本発明の化合物」とも記載する)。
【0024】
【0025】
[式(1)中、Xはリン脂質二重膜透過性ペプチド、Yは酸素、硫黄、リンまたは窒素を含んでいてもよい炭化水素基、Zは高分子電解質または水溶性高分子である。]
【0026】
式(1)において、Xのリン脂質二重膜透過性ペプチドは、リン脂質二重膜に対する透過性を備えたペプチドであれば特に制限されない。また、その長さも使用し易い長さであれば特に限定されず、例えば、アミノ酸が5~100残基、好ましくは5~50残基、より好ましくは8~20残基である。
【0027】
そのようなXとしては、例えば、Transactivator of transcription(Tat)、R8、R12、R16、HIV-1 Rev、HTLV-II Rexならびにリン脂質二重膜透過性を有するそれらの変異体などが挙げられる。
Tatは、ヒト免疫不全ウイルスのTransactivator of transcriptionタンパク質由来のペプチドであり、そのアミノ酸配列としては、例えば、YGRKKRRQRRR(配列番号1)が挙げられる。
R8、R12、R16はそれぞれ、Tatを基に改良された合成ペプチドであり、そのアミノ酸配列としては、例えば、RRRRRRRR(R8:配列番号2)、RRRRRRRRRRRR(R12:配列番号3)、RRRRRRRRRRRRRRRR(R16:配列番号4)が挙げられる。
HIV-1 Revは、HIV-1のゲノムによってコードされるRevタンパク質の一部であり、そのアミノ酸配列としては、例えば、TRQARRNRRRRWRERQR(配列番号5)が挙げられる。
HTLV-II Rexは、HTLV-IIのゲノムによってコードされるRexタンパク質の一部であり、そのアミノ酸配列としては、例えば、TRRQRTRRARRNR(配列番号6)が挙げられる。
【0028】
上記リン脂質二重膜透過性を有するそれらの変異体は、上記配列番号1~6と実質的に同一のアミノ酸配列が挙げられる。上記配列番号1~6で表されるアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列としては配列番号1~6で表されるアミノ酸配列と約95%以上、好ましくは約98%以上、最も好ましくは99%以上の相同性を有するアミノ酸配列などが挙げられる。ここで「相同性」とは、当該技術分野において公知の数学的アルゴリズムを用いて2つのアミノ酸配列をアラインさせた場合の、最適なアラインメント(好ましくは、該アルゴリズムは最適なアラインメントのために配列の一方もしくは両方へのギャップの導入を考慮し得るものである)における、オーバーラップする全アミノ酸残基に対する同一アミノ酸および類似アミノ酸残基の割合(%)を意味する。「類似アミノ酸」とは物理化学的性質において類似したアミノ酸を意味し、例えば、芳香族アミノ酸(Phe, Trp, Tyr)、脂肪族アミノ酸(Ala, Leu, Ile, Val)、極性アミノ酸(Gln, Asn)、塩基性アミノ酸(Lys, Arg, His)、酸性アミノ酸(Glu, Asp)、水酸基を有するアミノ酸(Ser, Thr)、側鎖の小さいアミノ酸(Gly, Ala, Ser, Thr, Met)などの同じグループに分類されるアミノ酸が挙げられる。このような類似アミノ酸による置換はペプチドの性質に変化をもたらさない(即ち、保存的アミノ酸置換である)ことが予測される。保存的アミノ酸置換の具体例は当該技術分野で周知であり、種々の文献に記載されている(例えば、Bowieら, Science, 247: 1306-1310 (1990)を参照)。
【0029】
本明細書におけるアミノ酸配列の相同性は、相同性計算アルゴリズムNCBI BLAST (National Center for Biotechnology Information Basic Local Alignment Search Tool)を用い、以下の条件(期待値=10;ギャップを許す;マトリクス=BLOSUM62;フィルタリング=OFF)にて計算することができる。アミノ酸配列の相同性を決定するための他のアルゴリズムとしては、例えば、Karlinら, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 90: 5873-5877 (1993)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはNBLASTおよびXBLASTプログラム(version 2.0)に組み込まれている(Altschulら, Nucleic Acids Res., 25: 3389-3402 (1997))]、Needlemanら,J. Mol. Biol., 48: 444-453 (1970)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはGCGソフトウェアパッケージ中のGAPプログラムに組み込まれている]、MyersおよびMiller, CABIOS, 4: 11-17 (1988)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはCGC配列アラインメントソフトウェアパッケージの一部であるALIGNプログラム(version2.0)に組み込まれている]、Pearsonら,Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 85: 2444-2448 (1988)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはGCGソフトウェアパッケージ中のFASTAプログラムに組み込まれている]等が挙げられ、それらも同様に好ましく用いられ得る。
【0030】
また、上記リン脂質二重膜透過性を有するそれらの変異体は、例えば、(1)配列番号1~6で表されるアミノ酸配列中の1または数個(1~5個)のアミノ酸が欠失したアミノ酸配列、(2)配列番号1~6で表されるアミノ酸配列に1または数個(1~5個)のアミノ酸が付加したアミノ酸配列、(3)配列番号1~6で表されるアミノ酸配列に1または数個(1~5個)のアミノ酸が挿入されたアミノ酸配列、(4)配列番号1~6で表されるアミノ酸配列中の1または数個(1~5個)のアミノ酸が他のアミノ酸で置換されたアミノ酸配列、または(5)それらを組み合わせたアミノ酸配列を含むペプチドも含まれる。上記のようにアミノ酸配列が挿入、欠失または置換されている場合、その挿入、欠失または置換の位置は、リン脂質二重膜透過性を維持させる限り、特に限定されない。なお、置換に用いられるアミノ酸は、類似アミノ酸が好ましく用いられる。
【0031】
式(1)のYは「酸素、硫黄、リンまたは窒素を含んでいてもよい炭化水素基」である。Yの「炭化水素」は、Xのリン脂質二重膜透過性ペプチドと同様にリン脂質二重膜に対する透過性を備えた炭化水素であれば特に制限されず、鎖状炭化水素(直鎖型または分岐型のいずれであってもよい)、環状炭化水素、芳香族炭化水素など、特にその構造は限定されず、また、飽和炭化水素であっても不飽和炭化水素であってもよく、特に、疎水性または親油性が高い炭化水素が好ましい。
本実施形態におけるYの「酸素、硫黄、リンまたは窒素を含んでいてもよい炭化水素基」として、限定はしないが、例えば、炭素数20~45の炭化水素であって、場合によっては酸素、硫黄、リンまたは窒素が含まれる置換基、特に、炭素数20~45の炭化水素であって、場合によっては酸素、硫黄、リンまたは窒素を含む鎖状炭化水素からなる置換基などを挙げることができる。
より具体的には、本実施形態におけるYの「酸素、硫黄、リンまたは窒素を含んでいてもよい炭化水素基」として、脂質からなる(脂質を含んでなる)置換基を挙げることができる。さらに、前記脂質としては、例えば、アシルグリセロール、セラミドなどの単純脂質、リン脂質、糖脂質、リポタンパク質、スルホ脂質などの複合脂質、脂肪酸、テルペノイド、ステロイド(ステロール、コレステロールなど)、カロテノイドなどを挙げることができる。中でも、好ましくは、リン脂質、セラミド、ステロイドなどで、特に好ましくはリン脂質である。
【0032】
上記リン脂質のより具体的な例として、式(2)のリン脂質を挙げることができる。
【0033】
【0034】
[式(2)中、mは7~16の整数である。]
式(2)中、mは好ましくは、7~10、より好ましくは、7または10である。
より具体的には、特に限定はしないが、例えば、
1,2-ジノナノイル-sn-グリセロ-3-ホスホエタノールアミン(1,2-Dinonanoyl-sn-glycero-3-phosphoethanolamine)(m=7)、1,2-ジデカノイル-sn-グリセロ-3-ホスホリルエタノールアミン(1,2-Didecanoyl-sn-glycero-3-phosphoethanolamine)(m=8)、1,2-ジウンデカノイル-sn-グリセロ-3-ホスホエタノールアミン(1,2-Diundecanoyl-sn-glycero-3-phosphoethanolamine)(m=9)、1,2-ジラウロイル-sn-グリセロ-3-ホスホエタノールアミン(1,2-Dilauroyl-sn-glycero-3-phosphoethanolamine(DLPE))(m=10)、1,2-ジトリデカノイル-sn-グリセロ-3-ホスホエタノールアミン(1,2-Ditridecanoyl-sn-glycero-3-phosphoethanolamine)(m=11)、1,2-ジミリストイル-sn-グリセロ-3-ホスホエタノールアミン(1,2-Dimyristoyl-sn-glycero-3-phosphoethanolamine(DMPE))(m=12)、1,2-ジペンタデカノイル-sn-グリセロ-3-ホスホエタノールアミン(1,2-Dipentadecanoyl-sn-glycero-3-phosphoethanolamine)(m=13)、1,2-ジパルミトイル-sn-グリセロ-3-ホスホエタノールアミン(1,2-Dipalmitoyl-sn-glycero-3-phosphoethanolamine(DPPE))(m=14)、1,2-ジヘプタデカノイル-sn-グリセロ-3-ホスホエタノールアミン(1,2-Diheptadecanoyl-sn-glycero-3-phosphoethanolamine)(m=15)または1,2-ジステアロイル-sn-グリセロ-3-ホスホエタノールアミン(1,2-Distearoyl-sn-glycero-3-phosphoethanolamine(DSPE))(m=16)などを挙げることができる。
【0035】
式(1)中、Zは高分子電解質または水溶性高分子である。より具体的には、酸素、硫黄または窒素を含んでいてもよい炭素数90~1365、好ましくは炭素数136~683、より好ましくは炭素数228~546の直鎖型または分岐型の水溶性の炭化水素鎖である。
Zとして使用可能な「酸素、硫黄または窒素を含んでいてもよい水溶性の炭化水素鎖」としては、特に限定はしないが、糖鎖などの水溶性高分子の他、例えば、下記の式(4)で示されるポリエチレングリコール(polyethylene glycol:PEG)などが好ましい。
【0036】
【0037】
[式(3)中、nは45~455の整数である。]
式(1)のZがPEGの場合、その分子量は、例えば、約2kDa~約20kDa、好ましくは、約3kDa~約10kDaであり、最も好ましくは約5KDaである。式(3)中のnは、約2kDa~約20kDaのPEGの場合、45≦n≦455で表される整数、約3kDa~約10kDaのPEGの場合、68≦n≦228で表される整数、約5kDaのPEGの場合、n=114である。
【0038】
式(1)のZがPEGの場合に、一般式(1)の化合物は、下記の一般式(1’)として表すことができる。
【0039】
【0040】
[式(1’)中、Xはリン脂質二重膜透過性ペプチド、Yは酸素、硫黄、リンまたは窒素を含んでいてもよい炭化水素基、nは45~455の整数である。]
式(1’)のX、Yは、式(1)のX、Yと同じであってよい。式(1’)のnは、式(3)のnと同じであってよい。
【0041】
好ましくは、式(1’)中、XはTransactivator of transcription、R8、R12、R16、HIV-1 RevおよびHTLV-II Rexからなる群から選択されるいずれか(好ましくはTransactivator of transcription)であり、Yは下記式(2):
【0042】
【0043】
[式(2)中、mは7~10の整数(好ましくは、7または10)である。]
であり、nは68~228の整数(好ましくは、114)である。
【0044】
式(1)のZの炭化水素鎖と、Xであるリン脂質二重膜透過性ペプチドを結合させる場合、適当なリンカーを介して結合させても、直接結合させてもよい。リン脂質二重膜透過性ペプチドとZは、当該技術分野における周知技術を用いることで、容易に結合させることができる。リン脂質二重膜透過性ペプチドとZの炭化水素鎖を結合させる方法について、ZがPEGの場合について、以下に例を挙げて説明する。
【0045】
1.マレイミド基とチオール基の反応を利用する方法
本方法は、マレイミド基を導入したPEGとC末端にチオール基を有するリン脂質二重膜透過性ペプチドを反応させる方法である。この方法によると、マレイミド基がリンカーとして機能する。すなわち、マイケル付加反応によりPEGに導入されたマレイミド基とリン脂質二重膜透過性ペプチドのC末端チオール基が反応して、PEGとリン脂質二重膜透過性ペプチドが結合する。リン脂質二重膜透過性ペプチドのC末端へのチオール基の導入は、如何なる方法を用いてもよいが、例えば、システインをリン脂質二重膜透過性ペプチドのC末端に付加することで、チオール基をリン脂質二重膜透過性ペプチドのC末端に導入することができる。
あるいは、架橋剤であるN-(6-Maleimidocaproyloxy)succinimide(EMCS)などを用いて、リン脂質二重膜透過性ペプチドのアミノ基(例えば、リン脂質二重膜透過性ペプチドのC末端に付加したリシン残基のアミノ基など)にマレイミド基を導入する。このマレイミドを導入したリン脂質二重膜透過性ペプチドとチオール基を導入したPEGを反応させることで、PEGとリン脂質二重膜透過性ペプチドを結合させることができる。
マレイミド基を導入したPEG、チオール基を導入したPEGは、当該技術分野における周知技術を用いて調製可能であり、また、市販のもの(日油株式会社など)を使用してもよい。
【0046】
2.PEGのCOOH基を利用する方法
COOHを有するPEGと、リン脂質二重膜透過性ペプチドのアミノ基またはOH基とのカップリング反応を利用して、PEGとリン脂質二重膜透過性ペプチドを結合させることができる(アミド結合またはエステル結合を形成)。例えば、N,N’-ジクロロヘキシルカルボジイミド(DCC)などのカップリング試薬を用いて、PEGのCOOH基を活性化し、リン脂質二重膜透過性ペプチドのC末端のアミノ基(Lysのアミノ基など)またはC末端のOH基(SerやThrのOH基など)と結合させることができる。
【0047】
3.PEGのNH 2基を利用する方法
アミノ基を導入したPEGのNH 2基とリン脂質二重膜透過性ペプチドのCOOH基とのカップリング反応を利用して、PEGとリン脂質二重膜透過性ペプチドを結合させることができる(アミド結合を形成)。例えば、N,N’-ジクロロヘキシルカルボジイミド(DCC)などのカップリング試薬を用いて、リン脂質二重膜透過性ペプチドのCOOH基を活性化し、PEGのアミノ基と結合させることができる。
【0048】
4.PEGのOH基を利用する方法
PEGのOH基とリン脂質二重膜透過性ペプチドのCOOH基とのカップリング反応を利用して、PEGとリン脂質二重膜透過性ペプチドを結合させることができる(エステル結合を形成)。例えば、N,N’-ジクロロヘキシルカルボジイミド(DCC)などのカップリング試薬を用いて、リン脂質二重膜透過性ペプチドのCOOH基を活性化し、PEGのOH基と結合させることができる。
【0049】
5.PEGの-N3とプロパルギル基との反応を利用する方法
クリック反応により、PEGのアジド基(N3)とプロパルギル基を銅触媒存在下で結合させる。プロパルギル基を有するアミノ酸を含有するリン脂質二重膜透過性ペプチドを調製し、アジド基を末端に有するPEGと反応させ、PEGとリン脂質二重膜透過性ペプチドを結合させることができる。
【0050】
式(1)のXとZを結ぶリンカーとしては、例えば、マレイミド基、チオール基、アミノ基、アミド基、カルボキシル基、ヒドロキシル基、アジド基などを含むリンカーまたはその一部が挙げられる。具体例としては、例えば、下記の式(4)が挙げられる。
【0051】
【0052】
式(1)のZとYを結合させる場合、適当なリンカーを介して結合させても、直接結合させてもよい。
YがCOOH基を有しZがアミノ基もしくはヒドロキシル基を有する場合、または、Yがアミノ基もしくはヒドロキシル基を有しZがCOOH基を有する場合には、COOHを利用したカップリング反応によりYとZを結合させることができる。例えば、Yがカルボン酸を有するアルキル鎖からなる場合、YのCOOH基をN,N’-ジクロロヘキシルカルボジイミド(DCC)などのカップリング試薬で活性化した後、Zのアミノ基またはヒドロキシル基と結合させることができる。
あるいは、Yが活性エステル基であるN-ヒドロキシルスクシンイミド基(NHS)を有しZがアミノ基もしくはヒドロキシル基を有する場合、または、Yがアミノ基もしくはヒドロキシル基を有しZが活性エステル基であるN-ヒドロキシルスクシンイミド基(NHS)を有する場合、NHSを利用して、アミノ基もしくはヒドロキシル基との反応を利用して、YとZを結合させることができる。例えば、実施例で示すように、Yが、アミノ基を有するDLPE、DMPE、DPPEまたはDSPEなどの場合には、活性エステル基であるN-ヒドロキシルスクシンイミド基(NHS)を持つZと結合させることができる。
なお、YまたはZに対する、アミノ基、ヒドロキシル基、カルボキシル基またはN-ヒドロキシルスクシンイミド基の導入は、当該技術分野における周知の方法によって容易に実施することができる。
【0053】
式(1)のYとZを結ぶリンカーとしては、例えば、マレイミド基、チオール基、アミノ基、アミド基、カルボキシル基、ヒドロキシル基、アジド基などを含むリンカーまたはその一部が挙げられる。具体例としては、例えば、下記の式(5)が挙げられる。
【0054】
【0055】
本発明の第2の実施形態は、本発明の化合物を含むリン脂質二重膜分子融合剤(以下「本発明のリン脂質二重膜分子融合剤」)である。本実施形態は、本発明の化合物がリン脂質二重膜分子Aのリン脂質二重膜表面に本発明の化合物のXまたはYを介して導入され、該表面に露出したY(Xがリン脂質二重膜表面に導入された場合)またはX(Yがリン脂質二重膜表面に導入された場合)を介して、同様に本発明の化合物がその表面に導入されたリン脂質二重膜分子Bと凝集し、融合剤を使用せずにリン脂質二重膜分子AとBを融合することに基づいており、所望のリン脂質二重膜分子同士の融合させるための試薬等として使用することができる。本実施形態のリン脂質二重膜分子融合剤は、本発明の化合物のみを含むものであっても、適当な溶媒に溶解したものであってもよい。
【0056】
本発明のリン脂質二重膜分子融合剤によって融合されるリン脂質二重膜分子は、リン脂質二重膜によって内部と外部が区切られた球状構造であれば特に制限されず、例えば、リポソーム、エクソソーム、細胞または脂質ナノ粒子(LNP)などが挙げられる。ここで「細胞」とは、株化された細胞のみならず、動物(ヒトおよび非ヒト動物)の組織から採取した初代培養細胞(プライマリー細胞)であってもよく、細胞が由来する組織も限定されない。また、融合させる細胞は、同種細胞同士であっても、異種細胞同士であってもよい。
【0057】
本発明の第3の実施形態は、本発明のリン脂質二重膜分子融合剤を含むリン脂質二重膜分子融合用キット(以下「本発明のリン脂質二重膜分子融合用キット」)である。
本発明のリン脂質二重膜分子融合用キットは、本発明のリン脂質二重膜分子融合剤を少なくとも含むことを特徴とする。また、リン脂質二重膜分子融合を実施する上で必要な試薬等(例えば、PBSおよび培地など)が含まれていてもよい。
本発明のリン脂質二重膜分子融合用キットには、使用説明書が含まれていてもよく、または、当該使用方法を掲載したウェブサイトなどの情報が記載された情報書面等が含まれていてもよい。使用説明書は、CDやDVDなどの記録媒体に記録されて添付されてもよい。
【0058】
本発明の第4の実施形態は、リン脂質二重膜分子同士を融合させる方法(以下「本発明のリン脂質二重膜分子融合方法」)である。
本実施形態は、融合させたいリン脂質二重膜分子をリン脂質二重膜分子Aおよびリン脂質二重膜分子Bとした場合、以下の(1)および(2)を含む、リン脂質二重膜分子融合方法であってよい。
(1)リン脂質二重膜分子Aおよびリン脂質二重膜分子Bを混合する工程。
(2)混合されたリン脂質二重膜分子Aおよびリン脂質二重膜分子Bを本発明の化合物で処理する工程。
【0059】
第4の実施形態にかかるリン脂質二重膜分子融合方法では、まず、融合させる2つのリン脂質二重膜分子を混合する。具体的には、培地に分散させたリン脂質二重膜分子Aおよびリン脂質二重膜分子Bを混合し、リン脂質二重膜分子Aおよびリン脂質二重膜分子Bが均一になった後、当該リン脂質二重膜分子に悪影響を及ぼさない温度(例えば、4℃~37℃程度)にて、適当な時間(例えば、5分間~15分間程度)インキュベートする。その後、本発明の化合物を培地に添加し、混合した後、当該リン脂質二重膜分子に悪影響を及ぼさない温度(例えば、4℃~37℃程度)にて、適当な時間(例えば、15分間~1時間程度)インキュベートする。リン脂質二重膜分子Aおよびリン脂質二重膜分子Bの膜表面に本発明の化合物の一方の端のXまたはYを導入し、もう一方の端のYまたはXをリン脂質二重膜分子の表面上に提示させる。提示されたYまたはXを介してリン脂質二重膜分子Aおよびリン脂質二重膜分子Bが互いに凝集し、融合する。
リン脂質二重膜分子Aおよびリン脂質二重膜分子Bを混合する際の互いの分子密度は、適宜、自由に選択することができる。リン脂質二重膜分子と本発明のリン脂質二重膜分子融合剤との混合比率は、特に限定されないが、例えば、10 4~10 6 個程度のリン脂質二重膜分子に対して、本発明の化合物は10 6~10 9個となるように加えて混合してもよい。
【実施例0060】
細胞、培地、血清、試薬および材料
細胞として、CCRF-CEM、HepG2および293Tを理化学研究所バイオリソース研究センターから購入した。
リン酸緩衝生理食塩水、RPMI 1640、DMEM、FBS、DiIおよびDiOをInvitrogen社から購入した。
Millex-GV low protein binding durapore(PVDF) Membrane 0.22 μmをMerck Millipore Ltd.社から購入した。
FreeStyleTM 293 Expression Mediumをgibco社から購入した。
Vivaspin Turbo 15 membrane 100,000 MWCOをSARTORIUS社から購入した。
リン脂質として、1,2-Dinonanoyl-sn-glycero-3-phosphocholine(DC9PC)をAvanti Polar Lipids社から購入し、1,2-Dilauroyl-sn-glycero-3-phosphoethanolamine (DLPE)をBachem社から購入し、1,2-Dimyristoyl-sn-glycero-3-phosphoethanolamine (DMPE)、1,2-Dipalmitoyl-sn-glycero-3-phosphoethanolamine (DPPE)、1,2-Distearoyl-sn-glycero-3-phosphoethanolamine (DSPE)、α-3-[(3-maleimido-1-oxopropyl)aminopropyl-ω-(succinimidyloxy carboxy)] polyethylene glycol (Mal-PEG(1kDa)-NHS, MW 1000 Da)、α-3-[(3-maleimido-1-oxopropyl)aminopropyl-ω-(succinimidyloxy carboxy)] polyethylene glycol (Mal-PEG(5kDa)-NHS, MW 5000 Da)、α-3-[(3-maleimido-1-oxopropyl)aminopropyl-ω-(succinimidyloxy carboxy)] polyethylene glycol (Mal-PEG(40kDa)-NHS, MW 40000 Da)および1,2-Dipalmitoyl-sn-glycero-3-phosphocholine (DPPC)を日油株式会社から購入した。
蛍光色素として、5(6)-Carboxyfluorescein (CF)、Rhodamine 6G、および1,6-Diphenyl-1,3,5-hexatriene (DPH)をシグマ‐アルドリッチ社から購入した。
膜透過性ペプチドとして、Tat:YGRKKRRQRRRC(配列番号7)、およびFITC-Tat:FITC-YGRKKRRQRRRC(配列番号8)をシグマ‐アルドリッチ社から購入した。
溶媒として、Diethyl ether、Dichloromethane、およびTriethylamineを関東化学株式会社から購入した。
スピンカラムをサーモフィッシャーサイエンティフィック社から購入した。
L-Cysteine、Cholesterol、Sodium Dodecyl Sulfate (SDS)、Dimethyl Sulfoxide (DMSO)、Ethanol、Dulbecco’s phosphate-buffered saline (PBS; pH 7.4)およびコレステロールキット(コレステロールE-テストワコー)を富士フイルム和光純薬株式会社から購入した。
Extrusion filters (1.0、0.4、0.2、0.1 μm) (Nuclepore Track-Etch Membrane) をワットマン社から購入した。
【0061】
MPCポリマーによるチューブおよびガラス容器の処理
Tatがカチオン性であるため、静電相互作用によってTat-PEG-脂質が容器表面に非特異的に吸着する。そこで、非特異的吸着を防ぎ、Tatの細胞侵入性による脂質二重層との相互作用を促進するために、すべての容器、キュベット、チューブをMPCポリマーでコートした。容器、キュベット、チューブにMPCポリマー溶液(0.5%、エタノール中)を入れ、一晩回転させ、過剰な溶液を除去した後、空気中で乾燥させた。
【0062】
DC9PEの合成
DC9PC(28 mg)をネジ口ガラス遠沈管(岩城、50 mL 型)に入れ、ジエチルエーテル 10 mLを加えて撹拌子で分散、溶解させた(アズワン 多連スターラM-1 使用)。次いで250 mM ethanolamine-HCl (pH4.16) 2 mL とphospholipase D from Streptomyces sp. (旭化成ファーマ, T-138) 水溶液(30U/mL) 1 mLを加え密栓した。予め槽内を35℃とした低温インキュベータ(ヤマト科学IJ200)内に設置の高速振とう機(アズワンASCM-1)へ遠沈管を装着し、撹拌子で二相が混和する速度(1000 rpm)で振とうした。90min振とうした後、遠沈管をインキュベータから取り外し、各遠沈管のジエチルエーテルを窒素気流で留去した。残渣の水相 (約3 mL)に超純水0.2 mLを加え、次いでCHCl3 4 mLとMeOH 8 mLを加えて振とうし、均一溶液とした。混合溶液を等量(約3.8 mL)でネジ口ガラス試験管(岩城、11 mL型)4本に分注し、それぞれにCHCl31 mLと超純水1 mLを加えて密栓後、振とうした。試験管を遠心機(アズワンC-12B)で遠心(~2500 rpm)し、明確に二相に分離させた。下層のCHCl3相(約3 mL)をパスツールピペットで分離回収し、試験管4本分を合一した。溶媒のCHCl3を留去して,DC9PEを得た。
【0063】
Mal-PEG-脂質の合成
(i)1,2-Dinonanoyl-sn-glycero-3-phosphoethanolamine (DC9PE、20 mg, 1 Eq)、1,2-Dilauroyl-sn-glycero-3-phosphoethanolamine (DLPE、20 mg, 1 Eq)、1,2-Dimyristoyl-sn-glycero-3-phosphoethanolamine (DMPE、20 mg, 1 Eq)、1,2-Dipalmitoyl-sn-glycero-3-phosphoethanolamine (DPPE、20 mg, 1 Eq)および1,2-Distearoyl-sn-glycero-3-phosphoethanolamine (DSPE、20 mg, 1 Eq)のいずれかと(ii)Mal-PEG(5kDa)-NHS(180 mg, Mw=6k, 1.1 Eq)およびMal-PEG(40kDa)-NHS(1200 mg, Mw=41k, 1.1 Eq)のいずれかと(iii)トリエチルアミン(3.0~5.0 μL)とをジクロロメタンに加え、室温で2日間撹拌反応させた。反応溶液をジエチルエーテル(3.0 L)で再沈殿し、乾燥させることでMal-5k-脂質(DC9PE、DLPE、DMPE、DPPE、DSPE)、Mal-40k-脂質(DC9PE、DLPE、DMPE、DPPE、DSPE)(収率80%)が白色粉末として得られた。
また、1,2-Dinonanoyl-sn-glycero-3- phosphoethanolamine (DC9PE、20 mg, 1 Eq)、1,2-Dilauroyl-sn-glycero-3-phosphoethanolamine (DLPE、20 mg, 1 Eq)、および1,2-Dipalmitoyl-sn-glycero-3-phosphoethanolamine (DPPE、20 mg, 1 Eq)のいずれかとMal-PEG(1kDa)-NHS(60 mg, Mw=2k, 1.1 Eq)とトリエチルアミン(3.0~5.0 μL)とをジクロロメタンに加え、室温で2日間撹拌反応させた。反応溶液をジエチルエーテル(3.0 L)で再沈殿し、乾燥させることでMal-1k -脂質(DC9PE、DLPE、DPPE)(収率78%(Tat-1k-DC9PE), 67%(Tat-1k-DLPE), 49%(Tat-1k-DPPE))が白色粉末として得られた。
【0064】
膜透過性ペプチド-PEG-脂質の合成
膜透過性ペプチド(Tat:YGRKKRRQRRRCまたはFITC-Tat:FITC-YGRKKRRQRRRC)をMal-PEG(1k)-脂質、Mal-PEG(5k)-脂質またはMal-PEG(40k)-脂質に結合させた。具体的には、Mal-PEG(1k)-脂質 (100 μL, 10 mg/mL in PBS, 1 Eq)、Mal-PEG(5k)-脂質 (100 μL, 10 mg/mL in PBS, 1 Eq)およびMal-PEG(40k)-脂質 (100 μL, 10 mg/mL in PBS, 1 Eq)のいずれかと膜透過性ペプチド溶液(Tat: 91 μL, for Mal-PEG(1k)-lipid, Tat: 30 μL, FITC-Tat: 37 μL, for Mal-PEG(5k)-lipid, Tat: 4.5 μL, for Mal-PEG(40k)-lipid, 10 mg/mL in DMSO, 1.1 Eq)を混合し、1日室温で撹拌した。膜透過性ペプチド(TatまたはFITC-Tat)と分子量1kDa、5kDaまたは40kDaのPEGのいずれかと、および脂質(DC9PE、DLPE、DMPE、DPPE、DSPE)から構成される膜透過性ペプチド-PEG-脂質(Tat-1k-(DC9PE、DLPE、DMPE、DPPE、DSPE)、Tat-5k-(DC9PE、DLPE、DMPE、DPPE、DSPE)、FITC-Tat-5k-(DC9PE、DLPE、DMPE、DPPE、DSPE)、Tat-40k-(DC9PE、DLPE、DMPE、DPPE、DSPE))を得た。
【0065】
Mal-PEG-脂質のマレイミド基の不活性化
マレイミド基を潰すため、Mal-PEG-脂質(1 mg)に、システイン溶液(100 μL, 1 mg/mL, in PBS)を加え、マレイミド基が不活性化したPEG-脂質(10 mg/mL, in システイン溶液)を得た。
【0066】
リポソーム作製
Dipalmitoylphosphatidylcholine (DPPC) (1 mL、10 mg/mL、in ethanol)、Cholesterol (530 μL、10 mg/mL、in ethanol) (DPPC:Cholesterol = 1:1 [mol:mol])をナスフラスコに入れ、エタノールを減圧除去(ロータリーエバポレーター, RV 10, digital V, IKA, Staufen im Breisgau, Germany)し、ナスフラスコの壁面に脂質膜を形成させた。デシケーター (真空デシケーター VS型, AS ONE, Osaka, Japan)で一晩真空乾燥させた後、ナスフラスコ内に1.5 mLのリン酸緩衝生理食塩水(PBS) (蛍光標識する場合は5(6)-Carboxyfluorescein (0.5 mM, in MilliQ, 1.5 mL, pH 7.4, Rhodamine 6G solution (1.5 mL, in water, 0.2 mM)))を入れた。マグネチックスターラー(STIRRER SW-M60, NISSIN, Tokyo, Japan)を用いて二時間攪拌させ、機械的に薄膜をはがすことでリポソーム懸濁液を作製した。また、リポソーム懸濁液を1.0、0.4、0.2、0.1 μmのフィルターでリポソームの粒径を揃えた(エクストルーダー, Avanti Polar Lipids, Inc., Birmingham, AL, USA)。蛍光標識したリポソーム懸濁液においては、リポソームに内包されなかった蛍光物質を取り除くため、遠心機(MX301, TOMY SEIKO Co, Ltd., Tokyo, Japan, 70分間, 20000 g, 4 ℃)を使いリポソームを沈殿させた。上清を取り除き、PBS(1.5 mL)で再懸濁させた。リンスは計4回繰り返し行い、洗浄済みのリポソームはPBS(1.5 mL)に懸濁した。
【0067】
作製したリポソームの物性評価
1.粒径および表面電位測定
リポソーム懸濁液をPBSで希釈し(liposome suspension:PBS = 1:9 (5.0 μL:45 μL))、粒径測定用のセルに入れ(50 μL, High Precision Cell(ZEN2112))、動的光散乱測定装置(ゼータサイザーナノ ZS, Malvern Instruments Co., Ltd., Worcestershire, U.K)で粒径を測定した。また、リポソーム懸濁液(10 mg/mL in PBS)を塩化ナトリウム水溶液(NaCl aq, 1.0 mM, in MiliQ)で希釈し(liposome suspension:NaCl aq = 1:49 (20 μL:980 μL))、表面電位を測定した(ゼータサイザーナノ ZS)。
2.コレステロール定量
リポソーム数の推定のためにリポソーム懸濁液中のコレステロール濃度をコレステロールキット(コレステロールE-テストワコー)の用法に従って定量した。リポソームの構造を破壊してコレステロールを正確に定量するためにSDS溶液(SDS aq, 1 mg/mL, in MiliQ)で処理(30分間, 37℃)したリポソーム懸濁液(20 μL, 10 mg/mL, in PBS)と、発色試薬(3.0 mL)とを反応(5分間, 37 ℃)させ、プレートリーダー(AD 200 Plate Reader, BECKMANCOULTER, Miami, FL, USA)で吸光度を測定した(600 nm, Ref: 700 nm)。検量線はコレステロール標準液(コレステロール濃度: 0,100,200,400,600 mg/dL)で作成し、各サンプル中に含まれるコレステロール濃度を定量した。
【0068】
QCM-Dによる膜透過性ペプチドとリポソームの結合性評価
Tat-PEG-脂質に対するリポソーム(脂質二重層)の相互作用を評価するために、水晶振動子マイクロバランス測定装置(QCM-D)を用いてTat-5k-脂質へのリポソームの吸着を確認した。
前処理としてQCM金基板をethanolとacetoneでそれぞれ5分間超音波洗浄したのち、酸素プラズマ処理を5 分間行った。続いてこの基板を1-dodecanethiol溶液2.4 μLとあらかじめ15 分間バブリングを行い脱酸素したethanol 5 mLの混合溶液中に一晩浸漬させ、基板の表面に末端がCH
3の単分子層 (CH
3-SAM膜) を自己組織化法により作製した。これをethanolで洗浄することで未反応の1-dodecanethiolを取り除いてから乾燥させた。
このQCM金基板をQCM装置に取り付け、Tat-5k-脂質とリポソームの結合を観察した。はじめに、PBSで安定化させたのち、50 μg/mLのTat-5k-脂質(Tat-5k-DPPE)を流した。その後PBSを流したのち、基板表面上のTat-PEG-脂質が吸着していない部分をブロッキングするために、1 mg/mLのBovine serum albumin (BSA) 溶液を流したのち再度PBSで洗浄した。最後に、リポソーム溶液(40 μL/mL コレステロール濃度)を流したのちPBSで洗浄した。また、対照実験として、5k-脂質(5k-DPPE)を流し、1 mg/mLのBSA溶液を流したのちPBSで洗浄し、リポソーム溶液(40 μL/mL コレステロール濃度)を流したのちPBSで洗浄した。
Tat-5k-DPPEではリポソームの吸着が認められ、5k-DPPEではリポソームの吸着が認められなかった(
図1、2)。これらの結果からTatによるリポソームの吸着量は787 ng/cm
2であり、Tatによるリポソームの顕著な吸着が誘導されることが確認できた。
【0069】
膜透過性ペプチド-PEG-脂質が導入されたリポソームの粒径および表面電位測定
リポソーム懸濁液(85 μL, 10 mg/mL)を遠心(70分間20000 g, 4℃)し、上清を取り除き、リポソームをTat-1k-脂質溶液(50 μL, in PBS, 1.0 mg/mL)、1k-脂質溶液(50 μL, in PBS, 1.0 mg/mL)、Tat-5k-脂質溶液(50 μL, in PBS, 1.0 mg/mL)、5k-脂質溶液(50 μL, in PBS, 1.0 mg/mL)、Tat-40k-脂質溶液(50 μL, in PBS, 1.0 mg/mL)または40k-脂質溶液(50 μL, in PBS, 1.0 mg/mL)に懸濁し、静置(1h, 37 ℃)した。リポソーム懸濁液をPBSで希釈し(liposome suspension = 1 : 9 (5.0 μL : 45 μL))、希釈したリポソーム懸濁液(50 μL)を粒径測定用のセル(High Precision Cell (ZEN2112))に入れ、ゼータサイザーで粒径および多分散指数(PDI)を測定した。また、リポソーム懸濁液を塩化ナトリウム溶液(1.0 mM, in MilliQ)で希釈し(liposome suspension : NaCl aq = 1 : 49 (20 μL : 980 μL))、表面電位を測定した(ゼータサイザーナノZS)。
Tat-1k-脂質、1k-脂質、Tat-5k-脂質(DMPE、DPPE、DSPE)、5k-脂質、Tat-40k-脂質、および40k-脂質で処理したリポソームにおいて粒径と多分散指数の著しい変化は見られなかった(
図3~11)。Tat-5k-DC9PEまたはTat-5k-DLPEで処理したリポソームにおいて粒径と多分散指数の著しい増大が確認され、融合が示唆された(
図4、7)。また、Tat-5k-脂質で処理したリポソームにおいて、リポソーム表面にTat(カチオン性)が導入されたために、表面電位の負電荷から正電荷への変化が生じたと考えられる。また、Tat-5k-DC9PEとTat-5k-DLPEで処理したリポソームにおいて、表面電位の変化の大きさが小さいことから、これらのリポソームでは融合した後に、表面からの脱離が起きていることが示唆される(
図10)。
【0070】
膜透過性ペプチド-PEG-脂質と反応させた後のリポソーム形態観察
蛍光色素(CF)を内包したリポソーム懸濁液(20 μL, 10 mg/mL)をPMB30でコートされた1.5 mLチューブ(PMB30 coated tube)に入れ、遠心(70分間20000 g, 4℃)し、上清を取り除いた。リポソームのペレットを各Tat-5k-脂質溶液(50 μL, in PBS, 1.0 mg/mL)に懸濁し、静置(30分間, 37 ℃)した。その後、PBS(150 μL)を加えてTat-5k-脂質を導入されたリポソームの懸濁液(200 μL, in PBS)とし、ガラスボトムディッシュに播種、インキュベート(室温30分間)した。PBS(1.0 mL)でディッシュをリンス(5回)し、ディッシュに吸着していないリポソームを取り除いた後、倒立型蛍光顕微鏡(IX83, OLYMPUS, Tokyo, Japan)でガラス基板表面に吸着したリポソームの蛍光を観察し、各1試行1サンプルあたり5枚撮影(倍率x10)した。
いずれのTat-5k-脂質で処理したリポソームにおいても、形態の変化が観察され、凝集塊が観察された(
図12)。特に、Tat-5k-DLPEとTat-5k-DC9PEで処理した場合には、顕著に大きい凝集塊が観察された。他方、5k-脂質では、このような凝集塊がみられなかった。これは、
図4および7とほぼ一致している。
【0071】
膜透過性ペプチド-PEG-脂質のリポソーム表面への導入量測定
リポソーム懸濁液(20 μL, 10 mg/mL)を遠心(70分間20000 g, 4℃)し、上清を取り除いた。リポソームのペレットをそれぞれのFITC-Tat-5k-脂質溶液(50 μL, in PBS, 1.0 mg/mL)に懸濁させ、静置(30分間, 37 ℃)した。その後、リポソーム表面に導入されなかったFITC-Tat-5k -脂質を取り除くため、PBS(1.0 mL)を加え、再度遠心(70分間20000 g, 4℃)し、上清を取り除き、PBS(80 μL)で再懸濁した。FITC-Tat-5k-脂質が導入されたリポソーム懸濁液(40 μL)をPBS(3.0 mL)に懸濁させ、石英セルに入れ蛍光光度計(FP-6600, JASCO Corp., Tokyo, Japan)を用いて蛍光強度を測定した(Ex : 488 nm, Em(Tat) : 528 nm)。濃度既知のFITC-Tat-5k-脂質溶液(10、1.0、0.50、0.20、0.10、0.050、0.025、0.0013 μg/mL) で検量線を作成し、各サンプル中に含まれるFITC-Tat-PEG-脂質の分子数を定量し、リポソーム数の推定値からリポソーム一つあたりに導入されたFITC-Tat-5k-脂質の分子数を算出した。
各種Tat-5k-脂質のリポソームへの導入量は、DLPE(C12)>DMPE(C14)>DPPE(C16)>DSPE (C18)の順であり、脂質のアシル鎖長の短いものほどリポソームへの導入量が多いという結果が得られた(
図13)。これまでの結果から、リポソームの融合の起こりやすさは、Tat-5k-脂質の導入量の多さに比例することが示唆される。
【0072】
膜透過性ペプチド-PEG-脂質の臨界ミセル濃度 (Critical Micelle Concentration : CMC)
それぞれのTat-5k-脂質溶液(18 μL, 10、1、10
-1、10
-2、10
-3、10
-4、10
-5 mg/mL)に1,6-diphenyl-1,3,5-hexatriene (DPH)溶液(2.0 μL, 30 μM, in THF)を加え、インキュベート(120分間、37 ℃)後、超微量蛍光光度計(Nanodrop 3300, Thermo Fisher Scientific, Waltham, MA, USA)で蛍光強度を測定した(Ex : 357 nm, Em : 430 nm)。DPHの蛍光はTat-5k脂質の会合体であるミセルの疎水性ドメインにインターカレートすることで強度が急激に増加することが知られているため、Tat-5k-脂質溶液濃度とDPHの蛍光強度との関係から、各サンプルのCMCを求めた(
図14)。
各種Tat-5k-脂質のCMCは、DC9PE(C9)>DLPE(C12)>DMPE(C14)>DPPE(C16)>DSPE(C18)の順であり、脂質のアシル鎖長の短いものほど、CMCが大きいという結果が得られた(
図8)。各種Tat-5k-脂質のCMCが大きいほど、リポソームへの導入量が大きいという傾向(正の相関)が見られた(
図15)。
【0073】
膜透過性ペプチド-PEG-脂質が導入された蛍光内包リポソームの融合検証
蛍光色素(CFまたはRhodamine 6G)を内包したリポソーム懸濁液(20 μL, 10 mg/mL)をPMB30でコートされた1.5 mL チューブ(PMB30 coated tube)に入れ、遠心(70分間20000 g, 4℃)し、上清を取り除いた。CFを内包したリポソームとRhodamine 6Gを内包したリポソーム1:1で混合し、Tat-5k-脂質溶液(50 μL, in PBS, 1.0 mg/mL)、5k-DLPE(50 μL, in PBS, 1.0 mg/mL, control)または5k-DC9PE(50 μL, in PBS, 1.0 mg/mL, control)に懸濁させ、静置(0, 1, 3, 5h, 37 ℃)した。その後、PBS(450 μL)を加えて、励起光(488nm)を照射し、蛍光光度計を用いて蛍光強度を測定した。
蛍光色素CFおよびRhodamine 6Gを混ぜて励起光を照射したとき、蛍光共鳴エネルギー移動(Fluorescence Resonance Energy Transfer:FRET)が観察される。このFRETを調べることで、蛍光色素を内包するリポソームの融合を調べることができる。対照実験として、PBS、5k-DC9PEおよび5k-DLPEを反応させたリポソームでは、FRETは見られなかった。一方で、各種類のTat-5k-脂質を反応させたリポソームでは、FRETが検出された(
図16)。これは、Tat-5k-脂質がリポソームの融合を引き起こし、リポソーム内部の蛍光色素が混合されたことによってFRETが起きたことを示唆する。特に、Tat-5k-DLPEおよびTat-5k-DC9PEの蛍光(518nm)において、顕著な蛍光強度の減少が見られ、強い融合が示唆された。
【0074】
膜透過性ペプチド-PEG-脂質が導入された蛍光内包リポソームの蛍光漏出率検証
蛍光色素(CF)を内包したリポソーム懸濁液(20 μL, 10 mg/mL)をPMB30でコートされた1.5 mL チューブ(PMB30 coated tube)に入れ、遠心(70分間20000 g, 4℃)し、上清を取り除いた。CFを内包したリポソームを、Triton X-100(control)、Tat-5k-脂質溶液(50 μL, in PBS, 1.0 mg/mL)、5k-DLPE(50 μL, in PBS, 1.0 mg/mL, control)または5k-DC9PE(50 μL, in PBS, 1.0 mg/mL, control)に懸濁させ、静置(1h, 37 ℃)した。その後、PBS(950 μL)を加えて、励起光(488nm)を照射し、蛍光光度計を用いて蛍光強度を測定した。
リポソーム内に内包された蛍光色素CFは50 mMと非常に高濃度であり、励起光を照射したとき、濃度消光のため蛍光を発しない。しかし、内包されているCFがリポソーム外の水相に漏出することで蛍光濃度が減少し、蛍光を検出することができる。この蛍光を調べることで、蛍光色素を内包するリポソームの漏出率を調べることができる。5k-DC9PE、5k-DLPE、Tat-5k-DC9PEまたはTat-5k-DLPEを反応させたリポソームの蛍光が高くなっていた。また、アシル鎖長の短いTat-5k-脂質を反応させるほど、リポソームの蛍光が高い傾向にあった(
図17)。
【0075】
膜透過性ペプチド-PEG-脂質による細胞融合(1)
CCRF-CEM細胞懸濁液(1 mL, 1.0×10
5、2本)を調製し、各々にDiO溶液(2 μL)またはDiI溶液(2μL)を加え、37℃で15分インキュベートした。細胞懸濁液のそれぞれに培地を9 mL加え、遠心し、上清を除去した。染色された各々の細胞を合一し、細胞を遠心し、細胞ペレットにそれぞれ1 mg/mL、0.75 mg/mL、0.5 mg/mLおよび0.25 mg/mLのTat-5k-DMPE溶液を加えて懸濁し、室温で3時間インキュベートした。そして、各々の細胞懸濁液に培地を10 mL加え、遠心し、上清を除去した。その後、2 mLの細胞培養液に懸濁し、PMB30コート細胞ディッシュに播種し、0、24時間後、共焦点顕微鏡で観察した。
0時間後の観察では、いずれの濃度のTat-5k-DMPEにおいても、細胞同士の接着を誘導していることがわかった(
図18)。また24時間後の観察においては、いずれの濃度のTat-5k-DMPEにおいても細胞融合が確認できたが、高濃度のTat-5k-DMPEで処理することで、より多くの細胞融合が確認できた(
図18)。
【0076】
膜透過性ペプチド-PEG-脂質による細胞融合(2)
CCRF-CEM細胞懸濁液(1 mL, 1.0×10
5、2本)を調製し、各々にDiO溶液(2 μL)またはDiI溶液(2μL)を加え、37℃で15分インキュベートした。細胞懸濁液のそれぞれに培地を9 mL加え、遠心し、上清を除去した。染色された各々の細胞を合一し、細胞を遠心し、細胞ペレットにそれぞれ1 mg/mLのTat-5k-DMPE、Tat-5k-DPPEおよびTat-5k-DSPE溶液を加えて室温で3時間インキュベートした。そして、各々の細胞懸濁液に培地を10 mL加え、遠心し、上清を除去した。その後、2 mLの細胞培養液に懸濁させ、PMB30コート細胞ディッシュに播種し、0、24時間後、共焦点顕微鏡で観察した。
0時間後の観察では、いずれの膜透過性ペプチド-PEG-脂質においても、細胞同士の接着を誘導していることがわかった。特にTat-5k-DPPEが大きな細胞凝集体の形成を誘導していた(
図19)。また24時間後の観察においては、Tat-5k-DMPE、Tat-5k-DPPEによる細胞融合が確認できた(
図19)。
【0077】
膜透過性ペプチド-PEG-脂質による細胞融合(3)
HepG2細胞懸濁液(1 mL, 1.0×10
5)を調製し、細胞を遠心し、細胞ペレットにそれぞれ5 mg/mLのTat-5k-DLPE、Tat-5k-DMPE、Tat-5k-DPPEおよびTat-5k-DSPE溶液を加えて室温で30分インキュベートした。そして、それぞれ細胞懸濁液に培地を10 mL加え、遠心し、上清を除去した。その後、1 mLの細胞培養液に懸濁させ、PMB30コート細胞ディッシュに播種し、0、24時間後、倒立顕微鏡で観察した。
0時間後と24時間後の観察においてTat-5k-DLPE>Tat-5k-DMPE>Tat-5k-DPPE>Tat-5k-DSPEの順で、細胞凝集の誘導能が高いことが示唆された(
図20)。
【0078】
エクソソームの精製
293T細胞(10 mL、2x107、16 dish)を調製し、DMEM培養液からFree style培養液に置換し、3日間培養を続けた。その後、培養液を回収し、エクソソームを精製した。100 rpm, 3 min、500 g, 30 min、2000 g, 30 minでそれぞれ遠心を行い、0.22 μmのPVDFフィルターに通すことで、細胞などの不純物を除去した。遠心濃縮器(100,000 MWCO)を用いて、2000 g 20 min遠心することで、エクソソーム懸濁液の濃縮を行った。回収したエクソソーム懸濁液のタンパク質濃度はμBCA測定の結果、2.1 mg/mLであった。
【0079】
膜透過性ペプチド-PEG-脂質が導入されたエクソソームとリポソームの粒径
上記の通りに調製したエクソソーム懸濁液(1 mL、2.1 mg/mL)にエクソソーム単離試薬を500 μL加え、4℃で1時間インキュベートした。インキュベート後、20000 g, 70 minで遠心して、エクソソームペレットを得た。リポソーム懸濁液(100 μL, 10 mg/mL)に、PBS(500 μL)を加え、20000 g, 70 minで遠心して、リポソームペレットを得た。それぞれPBS 62.5μLで懸濁して、12.5μLのエクソソーム懸濁液と12.5μLのリポソーム懸濁液を混合した。そこにTat-5k-DC9PE(25 μL, in PBS, 2.0 mg/mL)、Tat-5k-DLPE(25 μL, in PBS, 2.0 mg/mL)、Tat-5k-DMPE(25 μL, in PBS, 2.0 mg/mL)、5k-DC9PE(25 μL, in PBS, 2.0 mg/mL, control)、 5k-DLPE(25 μL, in PBS, 2.0 mg/mL, control)または5k-DMPE(25 μL, in PBS, 2.0 mg/mL, control)を加えて、懸濁し、静置(2h, 37 ℃)した。エクソソームリポソーム懸濁液をPBSで希釈し(liposome suspension = 1 : 9 (5.0 μL : 45 μL))、希釈したリポソーム懸濁液(50 μL)を粒径測定用のセル(High Precision Cell (ZEN2112))に入れ、ゼータサイザーで粒径および多分散指数(PDI)を測定した。
エクソソーム(元のサイズ:80nm)とリポソーム(元のサイズ:120nm)と全ての種類のTat-5k-脂質を混合し、反応させた(2h)のちに、DLSでリポソーム粒径を測定した。Tat-5k-DC9PE、Tat-5k-DLPE、Tat-5k-DMPEで処理したリポソームにおいて粒径と多分散指数の増大が確認され、融合が示唆された(
図21、22)。
【0080】
蛍光膜染色を用いたエクソソームとリポソーム融合検証実験
上記の通りに調製したエクソソーム懸濁液(1 mL、2.1 mg/mL)にDiI溶液(5μL)を加え、37℃で30分インキュベートした。その後、エクソソーム単離試薬を500 μL加え、4℃で1時間インキュベートした。インキュベート後、20000 g, 70 minで遠心して、エクソソームペレットを得た。リポソーム懸濁液(100 μL, 10 mg/mL)に、PBS(900μL)とDiO溶液(5μL)を加え、37℃で30分インキュベートした。その後、PBS(500μL)を加え、20000 g, 70 minで遠心して、リポソームペレットを得た。それぞれ87.5μLで懸濁して、12.5μLのエクソソーム懸濁液と12.5 μLのリポソーム懸濁液を混合させた。そこにTat-5k-DC9PE(25 μL, in PBS, 2.0 mg/mL)、Tat-5k-DLPE(25 μL, in PBS, 2.0 mg/mL)、Tat-5k-DMPE(25 μL, in PBS, 2.0 mg/mL)、5k-DC9PE(25 μL, in PBS, 2.0 mg/mL, control)、 5k-DLPE(25 μL, in PBS, 2.0 mg/mL, control)または5k-DMPE(25 μL, in PBS, 2.0 mg/mL, control)に懸濁させ、静置(2h, 37 ℃)した。その後、その懸濁液(10μL)とPBS(990 μL)を混合し、励起光(488nm)を照射し、蛍光光度計を用いて蛍光強度を測定した。
対照実験として、PBSを反応させたリポソームでは、FRETは見られなかった。一方で、Tat-5k-DC9PE、Tat-5k-DLPEを反応させたリポソームでは、Tat-5k-DMPEやペプチドを持たない5k-脂質を反応させたリポソームに比べて、著しいFRETが検出された(
図23)。これは、Tat-5k-DC9PE、Tat-5k-DLPEがエクソソームとリポソームの融合を引き起こし、リポソーム内部の蛍光色素が混合されたことによってFRETが起きたことを示唆する。特に、Tat-5k-DLPEの蛍光(518nm)において、顕著な蛍光強度の減少が見られ、強い融合が示唆された。Tat-5k-DMPEは粒径の増大が観察されたが、FRETは起きておらず、エクソソームとリポソームの凝集が示唆された。
本発明によれば、従来法のような細胞融合剤を用いることなく、効率のよくリン脂質二重膜分子の融合を誘導することができる。さらに、薬剤を含むリポソームとエクソソームを予め混合し、リン脂質二重膜透過性ペプチド、ポリエチレングリコール(PEG)およびリン脂質二重膜と相互作用可能な脂質からなる化合物で処理することで、エクソソームとリポソームの融合を通じて容易に薬剤をエクソソームに導入することが可能となり、当該エクソソームを対象に投与することによって、エクソソームの標的となる細胞に薬剤を送達することができる。