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特開2024-4773ウシ胚の体外培養方法、ウシ胚、及びウシの生産方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024004773
(43)【公開日】2024-01-17
(54)【発明の名称】ウシ胚の体外培養方法、ウシ胚、及びウシの生産方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/073 20100101AFI20240110BHJP
   A01K 67/02 20060101ALI20240110BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20240110BHJP
【FI】
C12N5/073 ZNA
A01K67/02
C12N15/09 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022104592
(22)【出願日】2022-06-29
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (1)発行日:2021年9月27日、刊行物:THE FASEB JOURNAL,Vol.35,Issue 10,e21904、(2)ウェブサイトの掲載日:2021年10月14日、ウェブサイトのアドレス:https://www.hokudai.ac.jp/news/2021/10/post-918.html;https://www.hokudai.ac.jp/news/pdf/211014_pr2.pdf、(3)発行日:2021年11月5日、刊行物:日経産業新聞、2021年11月5日付朝刊、第7面
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
2.TRITON
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100162868
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 英輔
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】川原 学
(72)【発明者】
【氏名】秋沢 宏紀
(72)【発明者】
【氏名】高橋 昌志
(72)【発明者】
【氏名】唄 花子
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065BC06
4B065BC46
4B065CA47
4B065CA60
(57)【要約】
【課題】胚盤胞期以降の胚の急速な退行や分化能の喪失が抑制され、生体胚と類似した遺伝子発現及び形態的特徴を有する体外培養胚が得られるウシ胚の体外培養方法、並びに、前記ウシ胚の体外培養方法を用いたウシ胚及びウシの生産方法を提供する。
【解決手段】ウシ胚の体外培養方法は、培地が含浸しているゲル上でウシ胚盤胞期胚を培養する培養工程を含む。ウシ胚は、前記ウシ胚の体外培養方法により得られる。体外受精により得られるウシ胚は、体外受精から10日後において、IFNT、GJB1、MYL3、ETS2、ID2、SSLP1、及びASCL2からなる群より選ばれる1種以上の遺伝子が発現している。ウシの生産方法は、前記ウシ胚の体外培養方法により得られるウシ胚を受胚牛に移植して受胎させる移植工程を含む。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
培地が含浸しているゲル上でウシ胚盤胞期胚を培養する培養工程を含む、ウシ胚の体外培養方法。
【請求項2】
前記培養工程において、3v/v%以上7v/v%以下の酸素存在下で培養する、請求項1に記載のウシ胚の体外培養方法。
【請求項3】
前記培養工程において、1日間以上培養する、請求項1又は2に記載のウシ胚の体外培養方法。
【請求項4】
前記培地が、培地の容量に対して10v/v%以上50v/v%以下の血清代替物を含む、請求項1又は2に記載のウシ胚の体外培養方法。
【請求項5】
前記ゲルが、アガロースゲルである、請求項1又は2に記載のウシ胚の体外培養方法。
【請求項6】
請求項1又は2に記載のウシ胚の体外培養方法により得られる、ウシ胚。
【請求項7】
体外受精により得られるウシ胚であって、
体外受精から10日後において、IFNT、GJB1、MYL3、ETS2、ID2、SSLP1、及びASCL2からなる群より選ばれる1種以上の遺伝子が発現している、ウシ胚。
【請求項8】
体外受精から10日後において、OCT4、NANOG、及びSOX2からなる群より選ばれる1種以上の遺伝子の発現量が、体外受精から8日後における同一遺伝子の発現量の1/10以下である、請求項7に記載のウシ胚。
【請求項9】
請求項1又は2に記載のウシ胚の体外培養方法により得られるウシ胚を受胚牛に移植して受胎させる移植工程を含む、ウシの生産方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウシ胚の体外培養方法、ウシ胚、及びウシの生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
哺乳類初期胚培養技術は、母体(子宮)に非依存的に発育できる胚盤胞期までの発育を主眼としている。哺乳類初期胚は子宮に着床するまでは細胞培養液中で発育させることが可能であり、一般に初期胚の体外培養として実験動物であるマウス、ヒト、そしてウシ等の家畜で研究、産業、及び医療の目的で広く実施されている。試験管内で受精させる体外受精と体外培養を組み合わせて、胚盤胞期まで発育した胚を受精卵移植することで子宮内に戻して個体発生させることで繁殖の人為的な制御が可能になる。
【0003】
子宮に着床する胚の発育ステージには種特異性があり、マウスやヒトでは胚盤胞期直後に着床するが、ウシでは胚盤胞期では着床せずに卵円形胚、伸長期胚、そして紐状期胚へと発育したのちに着床することが知られている。したがって、理論的にはウシ胚は胚盤胞期以降も子宮に着床することなく自律的に発育可能であるといえる。しかし、胚盤胞期以降にウシ胚を発育させる体外培養系が世界中で試みられているが、これまでに発生生物学的に発育が裏付けられ、且つ、個体作出に成功した研究例は無い。
【0004】
ウシ胚は、胚盤胞期以降に指数関数的に細胞数が増加して急速に成長する。近年、受精卵の一部をバイオプシーして、ウシの遺伝的能力を推定することで個体の育種改良効率を飛躍的に上げる方法が模索されているが、胚盤胞期胚の細胞数は数百と限られており、バイオプシーにより傷害を受けた胚の受胎率は低下することが危惧されている。しかし、胚盤胞期以降にウシ胚を体外培養可能な系が作出されれば、バイオプシーによる傷害が胚全体に占める割合も相対的に低下し、初期胚の着床能を保ちつつ遺伝的能力を査定したウシ胚及び個体を生産できる可能性がある。
【0005】
ウシにおいて胚盤胞期以降へ発生させる試みの多くは、培地成分の富栄養化と、ゲル等の基質に胚を埋没させるもの(例えば、非特許文献1等参照)の二つのアプローチに大別される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Brandao D O et al., “Post hatching development: a novel system for extended in vitro culture of bovine embryos.”, Biol Reprod Vol. 71, Issue 6, pp. 2048-2055, 2004.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、非特許文献1等に代表される従来のウシ胚の体外培養方法では、数日間の生存期間の延長は可能なものの、分化能等の胚としての特性は培養中に失われてしまう。さらに、これまでの報告ではマーカー遺伝子の発現や母体への移植後の発生能の検証は行われておらず、発生学的な生体胚との類似性については議論できていない。
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、胚盤胞期以降の胚の急速な退行や分化能の喪失が抑制され、生体胚と類似した遺伝子発現及び形態的特徴を有する体外培養胚が得られるウシ胚の体外培養方法、並びに、前記ウシ胚の体外培養方法を用いたウシ胚及びウシの生産方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、培地が含浸しているゲル上でウシ胚盤胞期胚を体外培養することで、胚盤胞期以降の胚の急速な退行や分化能の喪失が抑制され、生体胚と類似した遺伝子発現及び形態的特徴を有するウシ胚が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、以下の態様を含む。
(1) 培地が含浸しているゲル上でウシ胚盤胞期胚を培養する培養工程を含む、ウシ胚の体外培養方法。
(2) 前記培養工程において、3v/v%以上7v/v%以下の酸素存在下で培養する、(1)に記載のウシ胚の体外培養方法。
(3) 前記培養工程において、1日間以上培養する、(1)又は(2)に記載のウシ胚の体外培養方法。
(4) 前記培地が、培地の容量に対して10v/v%以上50v/v%以下の血清代替物を含む、(1)~(3)のいずれか一つに記載のウシ胚の体外培養方法。
(5) 前記ゲルが、アガロースゲルである、(1)~(4)のいずれか一つに記載のウシ胚の体外培養方法。
(6) (1)~(5)のいずれか一つに記載のウシ胚の体外培養方法により得られる、ウシ胚。
(7) 体外受精により得られるウシ胚であって、
体外受精から10日後において、IFNT、GJB1、MYL3、ETS2、ID2、SSLP1、及びASCL2からなる群より選ばれる1種以上の遺伝子が発現している、ウシ胚。
(8) 体外受精から10日後において、OCT4、NANOG、及びSOX2からなる群より選ばれる1種以上の遺伝子の発現量が、体外受精から8日後における同一遺伝子の発現量の1/10以下である、(7)に記載のウシ胚。
(9) (1)~(5)のいずれか一つに記載のウシ胚の体外培養方法により得られるウシ胚を受胚牛に移植して受胎させる移植工程を含む、ウシの生産方法。
【発明の効果】
【0011】
上記態様のウシ胚の体外培養方法によれば、胚盤胞期以降の胚の急速な退行や分化能の喪失が抑制され、生体胚と類似した遺伝子発現及び形態的特徴を有する体外培養胚が得られる。上記態様のウシ胚は、胚盤胞期以降の胚の急速な退行や分化能の喪失が抑制され、生体胚と類似した遺伝子発現及び形態的特徴を有するものである。上記態様のウシの生産方法は、前記ウシ胚の体外培養方法により得られるウシ胚を用いており、所望のウシの繁殖及び改良に貢献し得るものである。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本実施形態のウシ胚の体外培養方法で用いられるウシ胚の体外培養システムの一例を示す概略構成図である。
図2A】実施例1における従来の液滴培養法により作製したウシ胚盤胞期胚を用いたon-gel培養法を示す概略構成図である。
図2B】実施例1における人工授精し、on-gel培養した68日目の胚の超音波画像である。
図2C】実施例1におけるD12のin vivo由来胚及びD14のon-gel培養胚の切片の観察像である。スケールバーは200μmを示す。
図2D】実施例1における21%(v/v)又は5%(v/v)O2下で培養したD12のon-gel培養胚、及びD12のin vivo由来胚の抗SOX2抗体及び抗SOX17抗体を用いた蛍光免疫染色の共焦点画像である。スケールバーは200μmを示す。
図3A】実施例1におけるD8.5、D9.0及びD9.5のon-gel培養胚の抗OCT4抗体及び抗CDX2抗体を用いた蛍光免疫染色の共焦点画像である。スケールバーは200μmを示す。
図3B】実施例1におけるon-gel培養胚中のCDX2陽性細胞の総数に対するCDX2及びOCT4二重陽性細胞の割合を示すプロットである。
図3C】実施例1におけるD8.5、D9.0及びD9.5のon-gel培養胚の抗SOX2抗体及び抗SOX17抗体を用いた蛍光免疫染色の共焦点画像である。スケールバーは200μmを示す。
図3D】実施例1におけるD10のin vivo由来胚の抗SOX2抗体、抗SOX17抗体及び抗NANOG抗体を用いた蛍光免疫染色の共焦点画像である。スケールバーは200μmを示す。
図3E】実施例1におけるD8.0、D9.0及びD10のon-gel培養胚中のSOX17陽性細胞の総数に対するSOX2陽性又は陰性であってSOX17陽性である細胞の割合を示すグラフである。
図3F】実施例1におけるDMSO又は100μMのROCK阻害剤Y27632処理したon-gel培養胚の抗SOX2抗体及び抗SOX17抗体を用いた蛍光免疫染色の共焦点画像である。スケールバーは200μmを示す。
図4A】実施例1におけるD8.0のIVC胚及びD14のin vivo由来胚の細胞サンプルでの多能性関連遺伝子の発現レベルをRNA-seqに基づいて比較したグラフである。アスタリスクは、edgeRテストを使用して分析された有意差を表す(p<0.05)。
図4B】実施例1におけるD8.0のIVC胚及びD14のin vivo由来胚の細胞サンプルのRNA-seqデータからの各転写産物のRPKM値によって計算された転写因子の発現レベルに基づいた自己組織化マップである。
図4C】実施例1における遺伝子オントロジー(GO)解析の超幾何分布テスト(上)及び遺伝子セット濃縮分析(下)の結果を示すグラフである。各テストの上位5つのGO termが表示されている。アスタリスクは、有意差を表す(p<0.05)。
図4D】実施例1におけるWnt、FGF、及びVEGFシグナル伝達経路に関連する遺伝子のRPKM値に基づいたヒートマップである。アスタリスクは、有意差を表す(p<0.05)。
図4E】実施例1におけるD20のon-gel培養胚の栄養膜細胞のギャップ結合(左)及びD21のon-gel培養胚の二核細胞(右)を示す透過電子顕微鏡(TEM)像である。
図4F】実施例1におけるD8.0、D10及びD14のon-gel培養胚のTE細胞を使用したRT-qPCRの結果を示すグラフである。「N.D.」は、閾値である50サイクル下で検出されなかったことを表す。アスタリスクは有意差を表しており、「*」はp<0.05、「**」はp<0.01である。
図4G】実施例1におけるD10のon-gel培養胚及びD10のin vivo由来胚のTE細胞を使用したRT-qPCRの結果を示すグラフである。「N.D.」は、閾値である50サイクル下で検出されなかったことを表す。アスタリスクは有意差を表しており、「*」はp<0.05、「**」はp<0.01である。
図5】実施例2における2021年9月21日に経膣的に生まれた子牛を示す画像(左上)及びその後の出産が形態学的に正常であったことを示す画像(左下)、並びに、2021年11月29日に経膣的に生まれた子牛を示す画像(右上)である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
≪ウシ胚の体外培養方法≫
本実施形態のウシ胚の体外培養方法は、培地が含浸しているゲル上でウシ胚盤胞期胚を培養する培養工程を含む。
【0014】
本実施形態のウシ胚の体外培養方法では、足場(フィーダー細胞やプラスチックシャーレ等の基質)への接着に依存した方法や、ゲルの中に埋め込むといった方法等の従来の体外培養法とは異なり、ゲル上に胚を配置するという非常に簡便な方法である。本実施形態のウシ胚の体外培養方法は、適用に特殊な技術が一切必要ないということに加え、培養後の胚の取り扱いも容易であるという利点を含んでいる。本実施形態のウシ胚の体外培養方法で得られたウシ胚は、基質からの剥離や培養容器の破壊といった工程を経ることなく、ガラスキャピラリーやマイクロピペッターでそのまま操作することができる。従って、操作時における胚細胞の物理的損傷及び基質等のコンタミネーションは極めて少なく、バイオプシーの信頼性を向上するとともに、スムーズな胚移植につながることから、後述する実施例に示すように、移植後の発育も良好である。
【0015】
また、本実施形態のウシ胚の体外培養方法において最も画期的な点は、胚を気相に暴露しつつ培養できる点である。従来のゲル内に作られた空洞の中で胚を培養する、いわゆる「トンネル法」では、胚が細胞数を増加させ体積を増大させると胚全体がゲルと接することになる。このことは、Epi細胞の生存を支持する効率的なガス交換を妨げるものと考えられ、実際にEpi細胞の顕著なネクローシスによる喪失が観察されている。
【0016】
これに対して、本実施形態のウシ胚の体外培養方法は、気相と液相という二つの相に胚を暴露するという発想のもと行われており、液相からの栄養の供給と、気相との接触による効率的なガス交換を同時に達成できる革新的な方法である。本実施形態のウシ胚の体外培養方法は、古典的な培養法の一つである「気相-液相境界面培養法」を初期胚培養に初めて応用したものである。一般的な気相-液相境界面培養法では、多孔メンブレン等のいわゆる「インサート」上に細胞を播種し、これをアッセイ培地上に静置することで細胞の二層への曝露を可能とする。ウシ胚の場合、基質に接着すると急速な分化が起こり、胚としての性質の維持が困難になるため、本実施形態のウシ胚の体外培養方法ではこれを回避するためインサートの代わりにゲルを用いることで上記問題を解決した。
【0017】
すなわち、本実施形態のウシ胚の体外培養法によれば、上記構成を有することで、胚盤胞期以降の胚の急速な退行や分化能の喪失が抑制され、生体胚と類似した遺伝子発現及び形態的特徴を有する体外培養胚(好ましくは、成熟した胚盤胞期胚以降の胚)が得られる。
【0018】
次いで、本実施形態のウシ胚の体外培養法の各工程について、以下に詳細を説明する。
【0019】
<培養工程>
培養工程では、培地が含浸しているゲル上でウシ胚盤胞期胚を培養する。
【0020】
図1は、本実施形態のウシ胚の体外培養方法で用いられるウシ胚の体外培養システムの一例を示す概略構成図である。以下、図1を参照しながら、本工程について説明する。
【0021】
ウシ胚の体外培養システム10は、培養容器3の各ウェル内に、ゲル1が配置されており、ゲル1上にウシ胚盤胞期胚Bが配置されている。培地2は、ゲル1に含浸していればどのような状態であってもよいが、図1に示すように、ゲル1の高さの半分程度までウェル内を満たしている状態であってもよい。これにより、ゲル1の乾燥を防ぎ、培地2に含まれる栄養成分を持続的にウシ胚盤胞期胚Bに供給することができる。
【0022】
また、図1に示すウシ胚の体外培養システム10において、ウシ胚盤胞期胚Bは、培地2が含浸しているゲル1上で培養することで、気相と液相という二つの相に曝露しながら培養することができる。
【0023】
[ゲル]
培養工程で用いられるゲルとしては、細胞又は細胞塊の培養において一般的に用いられる公知のものを使用することができる。このようなゲルを構成する材料としては、例えば、ゲル化する細胞外マトリックス由来成分、多糖類、キチン、ポリ(3-ヒドロキシアルカノエート)(ポリ(β-ヒドロキブチレート)及びポリ(3-ヒドロキシオクタノエート)等))、ポリ(3-ヒドロキシ脂肪酸)、フィブリン、寒天、アガロース等が挙げられ、これらに限定されない。多糖類としては、例えば、アルギネート、セルロース、デキストラン、プルラン(pullulane)、ポリヒアルロン酸、及びそれらの誘導体等が挙げられる。
【0024】
ゲル化する細胞外マトリックス由来成分としては、例えば、コラーゲン(I型、II型、III型、V型、XI型等)、マウスEHS腫瘍抽出物(IV型コラーゲン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン等を含む)より再構成された基底膜成分(商品名:マトリゲル)、グリコサミノグリカン、ヒアルロン酸、プロテオグリカン、ゼラチン等が挙げられ、これらに限定されない。
【0025】
これらは単独で、又は2種以上を組み合わせて使用することができる。
中でも、ゲルとしては、目視又は倒立顕微鏡等で明瞭に観察することができることから、透明度が高いものを用いることが好ましく、アガロースゲルがより好ましい。
【0026】
[培地]
培養工程で用いられる培地としては、血清等の成分未詳物を含まない完全合成培地であることが好ましく、胚の急速な分化を抑えつつ、胚盤胞期以降の発生を支持できることから、幹細胞の培養にも用いられる血清代替物を含むことがより好ましい。培地が血清代替物を含むことで、培養条件等の外部環境に敏感なEpi細胞の生存性及び完全性が飛躍的に向上することができ、長期間の培養が可能となる。
【0027】
血清代替物としては、例えば、アルブミン(例えば、脂質リッチアルブミン、組換えアルブミン等のアルブミン代替物;植物デンプン、デキストラン及びタンパク質加水分解物等)、トランスフェリン(又は他の鉄輸送体)、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール、3’-チオグリセロール、及びこれらの均等物等が挙げられる。また、KnockOut(登録商標) Serum Replacement(KSR)、GlutaMax(登録商標)等が挙げられる。これらは単独で、又は2種以上を組み合わせて使用することができる。中でも、血清代替物としては、KSRが好ましい。
【0028】
培地中の血清代替物(好ましくは、KSR)の濃度は、1v/v%以上とすることができ、10v/v%以上50v/v%以下が好ましく、15v/v%以上45v/v%以下がより好ましく、20v/v%以上40v/v%以下がさらに好ましく、25v/v%以上35v/v%以下が特に好ましい。
【0029】
培養工程で用いられる基礎培地としては、例えば、αMEM培地、Neurobasal培地、Neural Progenitor Basal培地、NS-A培地、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、最小必須培地(MEM)、Eagle MEM、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、Glasgow MEM(GMEM)、Improved MEM Zinc Option、IMDM、Medium 199培地、DMEM/F12培地、StemPro-34SFM培地、ハム培地、RPMI 1640培地、HTF培地、Fischer’s培地、Advanced DMEM、Advanced DMEM/F12、Advanced MEM、Advanced RPMI培地、及びこれらの混合培地等が挙げられるが、これらに限定されない。中でも、RPMI 1640培地が好ましい。
【0030】
培地は、その他公知の添加物を含んでもよい。添加物は特に限定されないが、例えば、ポリアミン類、ミネラル、糖類(例えば、グルコース等)、有機酸(例えば、ピルビン酸、乳酸等)及びその塩(ナトリウム塩、カリウム塩等)、アミノ酸(例えば、必須アミノ酸(EAA)、非必須アミノ酸(NEAA)、L-グルタミン等)、還元剤(例えば、2-メルカプトエタノール等)、ビタミン類(例えば、アスコルビン酸、d-ビオチン等)、抗生物質(例えば、ストレプトマイシン、ペニシリン等)、緩衝剤(例えば、HEPES等)、栄養添加物(例えば、B27 supplement、N2 supplement、StemPro-Nutrient Supplement等)、セレン化合物(亜セレン酸ナトリウム等)が挙げられる。これらを単独で、又は2種以上を組み合わせて使用することができる。各添加物は公知の濃度範囲で含むことができる。一方で、線維芽細胞増殖因子(FGF)等の増殖因子や成長因子は、細胞分化を誘導することが知られるため、培地は増殖因子や成長因子を含まないことが好ましい。また、ステロイドもエストロゲン様の作用を示し、生存や細胞分化に影響を及ぼす可能性があることから、培地はステロイドを含まないことが好ましい。
【0031】
[培養条件]
培養工程では、例えば、公知の細胞培養容器を用いて、ウシ胚盤胞期胚、ゲル、及び培地を図1に示すような配置とすることで、培養することができる。
【0032】
培養条件は以下に限定されないが、胎内の環境に近しいことから、好ましくは3v/v%以上7v/v%以下、より好ましくは4v/v%以上6v/v%以下の酸素存在下で行うことができる。また、上記範囲の酸素濃度であって、1v/v%以上10v/v%以下、好ましくは3v/v%以上7v/v%以下、より好ましくは4v/v%以上6v/v%以下の二酸化炭素存在下で行うことができる。
【0033】
培養温度は約30℃以上40℃以下であり、好ましくは約38.5℃である。
【0034】
培養期間は、好ましくは1日間以上、より好ましくは約2日間(例えば、48±12時間、好ましくは48±6時間)である。或いは、2日間以上の長期間とすることもできる。
【0035】
本実施形態のウシ胚の培養方法において、成熟した胚盤胞期胚以降の胚が得られたことは、目視又は顕微鏡等による形態観察や、後述するマーカー遺伝子の発現を分析することで確認することができる。
【0036】
[ウシ胚盤胞期胚の作製方法]
培養工程で用いられるウシ胚盤胞期胚は、ウシ胎内から摘出されたものであってもよく、体外培養によって得られるものであってもよいが、体外培養によって得られるものが好ましい。体外培養によって作製されるウシ胚盤胞期胚は、例えば、参考文献1(Brinster RL et al., “A METHOD FOR IN VITRO CULTIVATION OF MOUSE OVA FROM TWO-CELL TO BLASTOCYST.”, Exp Cell Res., Vol. 32, pp. 205-208, 1963.)等に記載の体外培養方法を用いて、体外受精させた受精卵から誘導することができる。或いは、例えば、参考文献2(Holm P et al., “High bovine blastocyst development in a static in vitro production system using SOFaa medium supplemented with sodium citrate and myo-inositol with or without serum-proteins”, Theriogenology, Vol.52, Issue 4, pp. 683-700,1999.)等に記載の体外培養方法を用いて、体外受精させた受精卵から誘導することもできる。
【0037】
体外培養によるウシ胚盤胞期胚の作製方法として具体的には、以下の工程を含むことができる。
卵母細胞と精子を体外受精させて受精卵を得る工程1;及び、
得られた受精卵を培地の微小液滴(マイクロドロップ)内で培養する工程2。
【0038】
(工程1)
工程1で用いられる卵母細胞は、雌ウシの卵巣から回収する。例えば、雌ウシの卵巣から卵丘細胞-卵母細胞複合体(COC)を回収し、該COCを約30℃以上40℃以下(好ましくは約38.5℃)、1v/v%以上10v/v%以下(好ましくは3v/v%以上7v/v%以下、より好ましくは4v/v%以上6v/v%以下)の二酸化炭素存在下、且つ、約80RH%以上の加湿雰囲気下(好ましくは、約100RH%の飽和水蒸気下)で体外培養することにより成熟することができる。COCの培養に用いられる培地としては、例えば、TCM-199培地(Thermo Fisher Scientific社製)等が挙げられるが、これに限定されない。
【0039】
また、工程1で用いられる精子は、雄ウシから公知の方法で回収する。或いは、凍結保存しておいた精液を解凍して用いることもできる。
体外受精の際に用いられる培地としては、例えば、ブラケット及びオリファント(BO)培地等が挙げられるが、これに限定されない。BO培地は、約1.0mmol/L以上4.0mmol/L以下(好ましくは、約2.5mmol/L)のテオフィリン、約6.0μg/mL以上9.0μg/mL以下(好ましくは、約7.5μg/mL)のヘパリンナトリウム塩を含むことができる。精液をBO培地で希釈して、適宜精子濃度を調整して用いる。
【0040】
次いで、工程1において、公知の培養容器上に、精子を含むBO培地の微小液滴(100μL程度)を作製し、該微小液滴に成熟した卵母細胞(又は、COC)を加える。その後、約30℃以上40℃以下(好ましくは約38.5℃)、1v/v%以上10v/v%以下(好ましくは3v/v%以上7v/v%以下、より好ましくは4v/v%以上6v/v%以下)の二酸化炭素存在下、且つ、約80RH%以上(好ましくは、約100RH%)の加湿雰囲気下で媒精することで、受精卵を得る。
【0041】
工程1における媒精時間は、好ましくは10時間以上、より好ましくは12時間以上である。
【0042】
(工程2)
工程2では、工程1得られた受精卵を培地の微小液滴(100μL程度)内で培養する。工程2で用いられる培地としては、例えばmSOFai培地等が挙げられるが、これに限定されない。COCを用いた場合には、工程1得られた受精卵をmSOFai培地に移した後、ガラスピペット等によりピペッティングすることで、卵丘細胞を除去することができる。
【0043】
工程2における培養条件としては、例えば、微小液滴(100μL程度)1個当たり、約10個以上30個以下(好ましくは薬20個)の受精卵が含むように調整し、約30℃以上40℃以下(好ましくは約38.5℃)、1v/v%以上10v/v%以下(好ましくは3v/v%以上7v/v%以下、より好ましくは4v/v%以上6v/v%以下)の二酸化炭素存在下、且つ、約80RH%以上(好ましくは、約100RH%)の加湿雰囲気下で培養することで、ウシ胚盤胞期胚を得る。
【0044】
培養期間は、好ましくは3日間以上、より好ましくは5日間以上、さらに好ましくは8日間(例えば、96±12時間、好ましくは96±6時間)である。
【0045】
ウシ胚盤胞期胚が得られたことは、目視や顕微鏡等により胚の形態を観察することで確認することができる。
【0046】
≪ウシ胚≫
<第1実施形態>
本発明の第1実施形態に係るウシ胚は、上述したウシ胚の体外培養方法により得られるものである。
【0047】
本実施形態のウシ胚は、後述する実施例に示すように、従来の体外培養法により得られる胚盤胞期胚とは異なり、成熟した胚盤胞期胚であり、胚盤胞期以降の胚の急速な退行や分化能の喪失が抑制され、生体胚と類似した遺伝子発現及び形態的特徴を有するものである。また、本実施形態のウシ胚は、後述する実施例に示すように、受胚牛に移植した際に着床能を有することが確認されており、さらには、該ウシ胚由来の子牛が受胚牛において経膣的に出産されたことから、個体形成能を有することが確認されている。しかしながら、遺伝子発現プロファイルの相違等により、生体由来のウシ胚(特に、成熟した胚盤胞期胚)やその他従来の体外培養法で得られたウシ胚(特に、胚盤胞期胚)との相違を特定し、本実施形態のウシ胚を特定することは非常に困難であり、実際的ではない。このため、製造方法により特定することが現実的である。
【0048】
<第2実施形態>
本発明の第2実施形態に係るウシ胚は、体外受精により得られるウシ胚であって、体外受精から10日後において、IFNT、GJB1、MYL3、ETS2、ID2、SSLP1、及びASCL2からなる群より選ばれる1種以上の遺伝子が発現している。
【0049】
IFNTは、妊娠認識因子であるインターフェロン・タウをコードする遺伝子である。トロホブラスト細胞において産生及び分泌され、胚盤胞期から着床時までという時期特異的な発現様式を持つ。
GJB1は、膜貫通型タンパク質であるギャップ結合β1(gap junction protein beta 1)タンパク質をコードする遺伝子である。
MYL3は、ミオシン軽鎖3(myosin light chain 3)をコードする遺伝子である。
ETS2は、IFNTの上流に存在すると推定されている転写因子であるETS proto-oncogene 2をコードする遺伝子である。
ID2は、転写調節因子である分化抑制タンパク質2をコードする遺伝子である。
SSLP1は、Ly-6/uPARスーパーファミリーの一つであるsecreted seminal vesicle Ly6 proteinをコードする遺伝子である。SSLP1は、ウシ胚の栄養膜細胞に特有の二核細胞に特異的に発現する。
ASCL2は、Wnt標的転写因子であるachaete scute-like 2をコードする遺伝子である。
すなわち、上述した遺伝子は成熟した胚盤胞期胚以降において発現が上昇するマーカー遺伝子である。体外受精から10日後において、これら遺伝子のうち、1種以上の遺伝子が発現していることから、本実施形態のウシ胚は、体外受精から10日後において、成熟した胚盤胞期胚以降の胚を形成しているといえる。
【0050】
また、本実施形態のウシ胚は、体外受精から10日後において、OCT4、NANOG、及びSOX2からなる群より選ばれる1種以上の遺伝子の発現量が、体外受精から8日後における同一遺伝子の発現量の、好ましくは1/10以下、より好ましくは1/100以下である。さらに好ましくは、体外受精から10日後において、上述した遺伝子のうちの1種以上の遺伝子の発現量が測定下限未満、すなわち、遺伝子が発現していない、或いは、発現がほとんど確認できない状態である。
すなわち、上述した遺伝子は、代表的な多能性関連遺伝子であり、いずれも成熟した胚盤胞期胚以降において発現が減少又は消失するマーカー遺伝子である。体外受精から10日後において、これら遺伝子のうち、1種以上の遺伝子の発現量が体外受精から8日後における同一遺伝子の発現量よりも低下していることから、本実施形態のウシ胚は、体外受精から10日後において、成熟した胚盤胞期胚以降の胚を形成しているといえる。
【0051】
上記マーカー遺伝子の発現レベルは、免疫染色、FACS解析、定量PCR、RNAseq等の公知の方法を用いて分析することにより確認できる。
【0052】
本実施形態のウシ胚における上記遺伝子の発現プロファイルは、生体胚と類似している。一方で、後述する実施例(特に、図2C)に示すように、生体胚では受精から12日後において胚盤葉下層(Hypoblast)が形成されて明確に視認できるのに対して、本実施形態のウシ胚では、体外受精から14日後において胚盤葉下層(Hypoblast)が形成されており、胚盤葉下層(Hypoblast)の形成遅延がみられる。
【0053】
また、本実施形態のウシ胚を受胚牛に移植した際に着床能を有し、さらには、該ウシ胚由来の子牛が受胚牛において経膣的に出産できることから、本実施形態のウシ胚は個体形成能を有する。
【0054】
本実施形態のウシ胚の作製方法は、特に限定されないが、例えば、上述したウシ胚の体外培養方法により得られる。
【0055】
≪ウシの生産方法≫
本実施形態のウシの生産方法は、上述したウシ胚の体外培養方法により得られるウシ胚を受胚牛に移植して受胎させる移植工程を含む。
【0056】
本実施形態のウシの生産方法によれば、上述したウシ胚の体外培養方法により得られるウシ胚を用いることで、所望のウシの繁殖及び改良を容易に行うことができる。
【0057】
次いで、本実施形態のウシの生産方法を構成する工程について、以下に詳細を説明する。
【0058】
<移植工程>
移植工程では、上述したウシ胚の体外培養方法により得られるウシ胚を受胚牛に移植して受胎させる。
【0059】
受胚牛は、移植するウシ胚の日齢と排卵周期を同期することが好ましい。エストラジオール、性腺刺激ホルモン放出ホルモンGnRH等のホルモンやプロスタグランジンF2αを受胚牛に投与することで、排卵周期を調節することができる。また、排卵周期の同期の前に、予め受胚牛の排卵周期や子宮内を、超音波検査装置等を用いて検査しておいてもよい。
排卵周期の同期に用いられる薬剤や、ウシ胚は、例えば、膣内薬物放出装置(CIDR)等を使用して、受胚牛に投与することができる。
【0060】
<選別工程>
本実施形態のウシの生産方法は、上記移植工程の前に、上述したウシ胚の体外培養方法により得られるウシ胚を選別する選別工程を更に含むことができる。
【0061】
従来の体外培養法で得られる未成熟の胚盤胞期胚は、細胞数が少なく、検査用に使用できる細胞数は15個程度が限界である。そのため、十分な量のDNAサンプルの回収が望めず、複数の遺伝子診断は困難であった。或いは、複数の遺伝子診断を行うためには、DNAの増幅が必須であり、精度に問題があった。
【0062】
一方で、上述したウシ胚の体外培養方法により得られるウシ胚は、従来の体外培養法で得られる未成熟の胚盤胞期胚よりも細胞数が多いため、十分量のDNAサンプルの回収が可能となる。その結果、ウシ胚の性判別、各種遺伝子診断、肉質等のDNAマーカー解析等、複数の診断、解析が可能となる。また、複数の遺伝子診断を行うためにDNAの増幅も不要であるため、1段階で高精度の検査が可能となる。
【0063】
以上のことから、選別工程では、ウシ胚から十分量のDNAサンプルを回収して各種遺伝子診断等や、DNAマーカー解析を行い、その結果を踏まえて、所望の形質を有するウシ胚を選別して、上記移植工程に用いることができる。
【実施例0064】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0065】
[実施例1]
ウシの組織化された胚発生を仲介する第1及び第2の細胞の系統分離の根底にある分化メカニズムを明らかにすることを目的として、“on-gel培養”と名付けた新規培養システムにより、ウシ胚における細胞の系統分離を評価した。
【0066】
(原料及び方法)
1.ウシ胚の準備
ウシ卵母細胞の回収、体外卵母細胞の成熟、受精(IVF)、及びその後の胚盤胞期までの体外胚培養は、既報に従い実施した。具体的には、食肉処理場由来の卵巣から収集した卵丘細胞-卵母細胞複合体(COC)を、TCM-199培地(Thermo Fisher Scientific Inc.)で、38.5℃、空気中5%CO2の飽和水蒸気圧下で20~22時間培養した。In vitroで成熟した卵母細胞を、2.5 mMテオフィリン(和光純薬工業株式会社)及び7.5 μg/mLのヘパリンナトリウム塩(ナカライテスク株式会社)を含むブラケット及びオリファント(BO)培地に移した。続いて、凍結融解した精液をBO培地中で600×gで7分間遠心分離し洗浄した。精子を5×106 cells/mLの最終濃度となるようにCOCを含む液滴中に添加した。受精卵は、12時間のインキュベーション後にピペッティングによって卵子周囲の卵丘細胞を除去して、mSOFai培地中で5%(v/v)CO2及び5%(v/v)O2の飽和水蒸気下、38.5℃で8日間培養した。
【0067】
in vivoで生育した胚(生体胚)は、発情同期牛への人工授精後、10、12、及び14日目に加温したラクトリンガー溶液(日本全薬工業株式会社)で非外科的子宮灌流によって収集した。
【0068】
2.RNA-seqのライブラリー調製
実体顕微鏡下でマイクロフェザーブレード(フェザー安全剃刀株式会社)を使用して、体外受精後8日目の(IVF D8)胚盤胞及びin vivoで生育した人工授精から14日目の胚(in vivo D14伸長胚)からそれぞれ内部細胞塊(ICM)及び胚盤部分を機械的に除去した。残りの栄養外胚葉(TE)サンプルのトータルRNAは、ReliaPrepTM RNA Cell Miniprep System(Promega)を製造元のプロトコールに従って使用して抽出した。
【0069】
D8胚盤胞期胚からは20胚分、D14生体胚からは2胚分の機械的に単離されたTEを、1サンプル分としてRNA抽出に供した。合計で、100個のIVF D8及び10個のIVF D14胚盤胞をこの分析のために準備した。
【0070】
グループあたり5つのRNAサンプルを200 pg/μLの濃度に調整し、SMARTer Ultra Low Input RNA Kit for Sequencing-v3(Takara Bio)を使用してcDNA合成用に調製した。増幅したcDNAを超音波処理によって200 bpの断片にし、Low Input Library Prep Kit(Takara Bio)を使用して処理した。構築されたライブラリーの品質を評価した後、cBot(Illumina)を使用してHiSeq SR FlowCellv3でクラスターを形成した。シークエンスは、HiSeq 2500(Illumina)を使用して、一方向から一度に50 bpを測定することにより実行した。
【0071】
3.RNA-seqのバイオインフォマティクス分析
マッピングの前に、蛍光シグナルの補正、及びクオリティ値に基づくデータの品質確認を行い、アダプターシーケンスは削除した。シークエンスリードはウシリファレンスゲノム(ensembl UMD3.1)にマッピングした。マップされたシークエンスリード100万あたりのエクソンのキロベースあたりのリード(RPKM)値を計算し、発現解析に使用した。主成分分析は、中心スケールのRPKM値の特異値分解によって実行した。RPKM値が0より大きい転写産物は発現していると見なした。サンプルは、グループ平均法と距離測度としての1-ピアソン相関係数を使用して階層的にクラスター化した。差次的発現解析は、Rパッケージの一つであるedgeRで、発現が確認された転写産物に対して実行した。フィッシャーの直接確率検定のp値が0.01未満の転写産物は、サンプル間で差次的に発現したものと見なした。
【0072】
4.免疫染色及び共焦点顕微鏡
一次抗体としては、ヤギ抗OCT4抗体(希釈比率1:400、ab27985; Abcam)、ウサギ抗CDX2抗体(希釈比率1:200、ab76541; Abcam)、ウサギ抗SOX2抗体(希釈比率1:1500、ab92494; Abcam)、ヤギ抗-SOX17抗体(希釈比率1:1500、AF1924; R&D Systems)、及びウサギ抗NANOG抗体(希釈比率1:10000、500-P236; PeproTech)を用いた。二次抗体としては、AlexaFluor555ヤギ抗ウサギIgGポリクローナル抗体(ab150082; Thermo Fisher Scientific Inc.)及びAlexa Fluor488ロバ抗ヤギIgGH&L(ab150129:Abcam)を用いた。
【0073】
胚盤胞期胚の透明帯は、0.05%(w/v)プロナーゼ(Sigma-Aldrich)を使用して除去した。胚は、4%(w/v)パラホルムアルデヒド(PFA;和光純薬工業)含有リン酸緩衝生理食塩水(PBS)で60分間、固定し、0.2%(v / v)TritonX-100含有PBSで60分間透過処理した。次に、0.01%(v/v)Tween20含有PBSで希釈したBlockingOne(1:5; Nacalai Tesque、Inc.)(ブロッキングバッファー)を使用して45分間ブロッキングを行った。なお、一次抗体反応時の温度とインキュベーション時間は、標的タンパク質によって変更し、具体的には、OCT4、SOX2、SOX17、NANOGでは4℃で一晩、CDX2では37℃で一晩とした。次に、胚を0.1%(v/v)Triton X-100及び0.3%(w/v)ウシ血清アルブミン(Sigma-Aldrich)含有PBSで5回(各10分)洗浄し、次いで、ブロッキングバッファーで希釈したそれぞれの二次抗体と共に室温で30分間インキュベートした。核は、0.2%(w/v)ポリビニルアルコール含有PBSで調製された25 mg/mLのHoechst33342(Sigma-Aldrich)で対比染色した。蛍光シグナルは、TCS SP5II共焦点レーザー走査型顕微鏡(Leica)を使用して視覚化した。特定のタンパク質陽性細胞数は、各胚を1つのサンプルと見なした蛍光画像に基づいて割球を手動でカウントすることによって決定した。各細胞カウントにおいて、胚は2~5回の個別の実験から収集した。
【0074】
5.胚盤胞期後のウシ胚のin vitro培養(on-gel培養)
アガロースゲルでの胚盤胞期胚培養(on-gel培養)は、精巣組織の器官培養に着目した以前の研究に基づいて行った。具体的には、アガロース粉末(Agarose S、同仁化学研究所)を再蒸留水で1.5%(w/v)の濃度に希釈し、オートクレーブにかけた。ゲルを10cmの皿に注ぎ、室温で固化させた後、10 mm×10 mm×5 mmのゲル片を切り出した。切り出したゲルを4ウェルディッシュ(Thermo Fisher Scientific Inc.)に入れた。次いで、30%(v/v)ノックアウト血清代替物(KSR、Thermo Fisher Scientific Inc.)、1×非必須アミノ酸(Sigma Aldrich Japan)、1×必須アミノ酸(Sigma-Aldrich)、及び1×インスリン-トランスフェリン-セレン溶液(Thermo Fisher Scientific Inc.)を添加した0.5mLの培地(RPMI1640、富士フィルム和光純薬株式会社)を各ウェルに添加し、38.5℃で一晩インキュベートした。次に、使用した培地を、同一の新鮮な培地と交換し、ゲルをその約半分の高さまで浸漬した。IVF D8胚盤胞期胚を培地で数回洗浄し、ガラスピペットを使用して少量の培地でゲル片の表面に配置した(図2)。5~6個の胚盤胞期胚を個々のゲル片に置き、その後の培養は5%(v/v)CO2の飽和水蒸気下で38.5℃で行った。培養開始直後は、胚盤胞期胚は配置中に導入された培地に囲まれていた。しかし、この余分な培地がゲルに吸収されると、胚盤胞期胚は気相と液相の両方にさらされるようになった。胚の光学顕微鏡写真は、DMi8顕微鏡(Leica)を使用して取得した。
【0075】
6.生存分析
さまざまな条件での胚の生存率は、カプランマイヤー法を用いて生存曲線として表し、ログランク検定を使用してグループ間で有意な差があるかどうか分析した。実体顕微鏡を用いて調べた形態学的外観に基づいて胚の死を判断した。各条件下で3つの独立した実験を実施し、各条件に付き5~6個の胚を供試した。
【0076】
7.胚移植
代理母への胚移植は、既報に従い行なった。具体的には、人工授精の7日前から北海道大学のレシピエントホルスタイン牛に、プロゲステロン放出デバイス(CIDR; InterAg)を膣内留置することで新たな卵胞発育の開始を阻止し、デバイスの挿入時と抜去時にそれぞれ2 mgの安息香酸エストラジオールと25 mgのジノプロストを投与した。D10 on-gel胚は、排卵後のD9で同期したレシピエントの排卵した側の子宮角に移植した。合計7個のD10胚が5頭の個別のレシピエントに移植された。最初の2回の移植では、2つの胚が各レシピエントの排卵した側の子宮角に移植された。移植日に再びCIDRが挿入され、2週間後に抜去された。超音波検査(5 MHz、HS101V、Honda Electronics)によって妊娠が診断された。
【0077】
8.定量PCR(qPCR)
全RNA抽出、cDNA合成、及びその後のPCR分析は、既報に従って実施した。胚のTE部分を実体顕微鏡下で機械的に単離した。20個の胚盤胞期胚、5個のD10 on-gel培養胚、及び2個のD14 on-gel培養胚から単離したTEをプールし、ReliaPrep RNA細胞抽出キット(Promega)を使用して、製造元のプロトコールに従ってRNAを抽出した。
D10 on-gel培養胚とin vivo由来胚の遺伝子発現比較のために(図4G)、サンプルごとに1つの胚からTE部分を抽出した。青森県産業技術センター畜産研究所で人工授精を行ってから10日後に、非外科的子宮灌流によりin vivo由来の胚を回収した。
【0078】
3回の実験でサンプルを採取し、溶解バッファーで溶解し、cDNA合成まで-80℃で保存した。cDNAは、ReverTra Ace qPCRマスターミックス(東洋紡)を使用して合成した。THUNDERBIRD SYBR qPCR Mix(東洋紡)を使用して反応混合物を調製した後、qPCRを実施した。qPCR分析に使用されるプライマーセットを表1に示す。
【0079】
【表1】
【0080】
サーマルサイクリング条件は、95℃で30秒間の1サイクル(変性)、続いて95℃で10秒間の50サイクル(変性)、各プライマーセットに対応するアニーリング温度で15秒間(プライマーアニーリング)、及び72℃で30秒間(延長)であった。相対的なmRNA存在量は、各サンプルの参照遺伝子としてYWHAZ(チロシン3-モノオキシゲナーゼ/トリプトファン5-モノオキシゲナーゼ活性化タンパク質ゼータ)、GAPDH(グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ)、及びACTB(アクチンベータ)の幾何平均を使用して、ΔΔCt法によって計算した。結果は、単一のqPCR反応における各グループの3~6回の生物学的複製の平均として表した。
【0081】
9.異なるO2濃度下でのon-gel培養
on-gel培養ゲル中のO2濃度に関係なく、胚盤胞期までの胚培養は5%O2下で実施した。
on-gel培養は、21%O2及び5%CO2(21%O2グループ)、又は、5%O2及び5%CO2(5%O2グループ)の下で行われ、生物学的特性に対するさまざまなO2濃度の影響を調べた。
【0082】
10.ROCK阻害剤処理
100 μMのY27632(ENZO Life Sciences)又は同等量のDMSOをon-gel培養中の培地に添加して、ROCKシグナル伝達を阻害した。
【0083】
11.自己組織化マップ(SOM)
転写因子のSOMは、RパッケージのKohonenを使用して示した。遺伝子オントロジー(GO)データベースで「転写因子」という用語で注釈が付けられた遺伝子は、この分析では転写因子と見なした。
【0084】
12.GO term解析
GOを使用した転写産物の機能アノテーションは、Ingenuity Pathway Analysis(Qiagen)によって実行した。2つの異なる統計分析である、遺伝子セット濃縮分析(GSEA)及び超幾何分布テスト(HyperG)を実施して、D8サンプルとD14サンプルの間で差次的に発現する遺伝子が豊富なGO termを特定した。GSEAでは、D8サンプルとD14サンプル間の発現の変化に基づいて、上述のように各転写産物の発現値を計算した。同じGO termで注釈が付けられた遺伝子の各セットについて、元の検定統計量は、アップレギュレートされた遺伝子の発現値(D8サンプルよりもD14サンプルで3倍以上発現された転写産物、p <0.01 )の合計をセットのサイズの平方根で割った商として計算された。GO termアノテーションに関係なく、アップレギュレートされた遺伝子セットからランダムに抽出された同数の遺伝子に対して同じ手順を実行し、得られた値を元の検定統計量と比較した。この比較はすべての組み合わせに対して実行され、Upper tailは、元の検定統計量よりも合計の組み合わせの数だけ大きい検定統計量を持つ組み合わせの数の商として定義した。0.01未満のUpper tailは統計的に有意であると見なした。
【0085】
HyperGでははじめに、発現が確認された全転写産物、及びアップレギュレートされた遺伝子、という二つのグループでそれぞれ別々に各GO termの出現頻度を計算した。2つのグループが同じサイズであると仮定した場合に、全転写産物グループより、アップレギュレートされた遺伝子グループにおいて高い出現頻度を持つGO termは、アップレギュレートされた遺伝子を豊富であると見なした。HyperG分析は、既報に従い実行した。
【0086】
13.光学顕微鏡及び透過型電子顕微鏡用の半超薄及び超薄切片の準備
胚は、2.5 %グルタルアルデヒド含有0.1 Mリン酸緩衝液(PB)(pH 7.4)を用いて、4℃で2時間固定した。PBで3回洗浄した後、サンプルを1%(w/v)OsO4含有0.1 M PBを用いて4℃で2時間さらに固定し、再度PBで3回洗浄した。サンプルを一連の段階的エタノールに浸すことによって脱水した。メチルオキシランを使用してエタノールを除去し、サンプルをEpon溶液に包埋し、連続的に切片化して半薄切片(厚さ1μm)を形成した。次に、これらの切片を0.3%塩基性トルイジンブルーで染色し、光学顕微鏡(DMi8、Leica)を使用して観察した。Eponで包埋されたサンプルを80nmの厚さにスライスし、JEM-2100(JEOL Ltd.)を使用して透過電子顕微鏡イメージングのために観察した。
【0087】
14.統計分析
qPCR分析のデータは、平均±平均の標準誤差(SEM)として表した。D8、D10、及びD14 TEサンプルの相対的な遺伝子発現レベルに関するデータの有意差(図4F)は、D8とD10、及びD8とD14の胚サンプルを比較した結果である。ダネットの検定を使用してデータを統計的に分析し、分析にはRソフトウェアを使用した。0.05未満のp値は統計的に有意であると見なした。
【0088】
(結果)
1.on-gel培養による胚盤胞期以降の胚の発生
マウスやヒトの胚とは異なり、ウシ胚の胚盤胞発生後の発達を維持するための信頼できる培養方法はまだ確立されていない。したがって、胚盤胞期以降の系統分離の正確な時間経過を評価するために、on-gel培養を開発した(図2A)。具体的には、胚盤胞期胚は、最適化された培地で満たされた長方形のアガロースゲル上で培養され、培養期間中に気相と液相の両方にさらされた(図2A及び上記「5.胚盤胞期後のウシ胚のin vitro培養(on-gel培養)」を参照)。on-gel培養された胚盤胞期胚は、胚盤胞期以降の生存確率の向上を示し、肉眼的形態及び細胞増殖能に関して、それらのin vivo対応胚との顕著な類似性を示した(図、省略)。
【0089】
さらに、胚移植試験を使用して、on-gel培養胚の発生の完全性を確認した。5回の移植試験のうち最初の2回では、2つの胚を各レシピエントの黄体側の子宮角に移植した。これらの移植では、レシピエントのうち1頭が1つの胚に由来する受胎産物を妊娠していた。この胚は、エコー診断によると少なくとも妊娠42日目に達したが、満期の発達を完了することができなかった。一方、他の3回の移植では、レシピエントごとに1つの胚を移植し、そのうち2回ではエコーにより妊娠が確認された。これら移植胚は2021年8月17日の妊娠241日の時点でまだ生存していた(図2B図2B中、矢印は、心拍のある胎児を示している)。
【0090】
さらに、胚盤葉層の形成を、切片イメージングと胚盤葉マーカーのqPCRの両方によって確認した(切片イメージングではn=2胚;図2C;矢印は栄養胚葉(trophoblast)層を示し、矢頭は胚盤葉下(Hypoblast)層を示す)。in vivo由来胚と比較してon-gel培養胚の発達が遅れたため、胚盤葉下層は、in vivo由来胚ではっきりと見えたが、D12のon-gel培養胚ではほとんど観察されなかった。D14胚は、栄養膜層全体を裏打ちする別個の胚盤葉下層を確立し、on-gel培養システムの有効性を強調した。on-gel培養胚のEpi細胞(他の胚細胞よりも酸化ストレスに敏感である)数は、D10の後に減少した(図、省略)。
【0091】
長期培養におけるEpi細胞数の減少を防ぐため、正常酸素分圧(空気に相当:21%O2)ではなく、低酸素分圧(5%O2)でon-gel培養を行った。生存確率、D12の総細胞数、さらにはD12のSOX2陽性細胞の数が、正常酸素条件下で培養された胚と比較して、低酸素条件下で培養された胚で有意に増強された(図2D)。
同様に、低酸素条件下でのon-gel培養により、胚はマーカータンパク質の局在パターンに関してin vivoの対応胚との高度な類似性を示した(各条件でn=3胚;図2D)。
【0092】
2.ウシ胚盤胞期胚における3つの細胞系統への分離
次に、胚盤胞期以降の細胞系統の分離を、on-gel培養胚を使用して検討した。免疫染色により、OCT4発現がD8.5からのTE細胞で急速にダウンレギュレーションされたことが明らかになった(D8.5、D9.0、及びD9.5のそれぞれn=6、9、及び10胚;図3A及び図3B)。
TE細胞におけるOCT4発現は、D9.5ではほとんど観察されなくなった。OCT4及びCDX2のこれらの排他的な発現パターンは、最初の細胞系統分離の確立を示唆した(図3A及び図3B))。
【0093】
一方、ICM細胞のSOX2とSOX17は、D8.5から割球間で別々の発現を示し始め、D9で非常に排他的となったが、SOX2陽性細胞とSOX17陽性細胞はそれぞれICM内でランダムな空間的配置を示した(図3C)。その後、SOX17陽性PrE細胞は、in vivo由来胚と同様に卵割腔沿って整列し(図3C図3E)、EpiとPrEの空間的分離がD10までに完了したことを示しており、以前の研究の結果と一致した。
したがって、Epi及びPrE前駆細胞のこれらの観察結果は、ウシ胚における第2の細胞系統分離が、マウス胚におけるものと同様に、ICM内の“Salt and Pepper”分布によって進行したという最初の実証を提供した。
【0094】
次に、特異的阻害剤Y27632を使用して、マウス胚盤胞期胚においてICM形態を調節するRho関連キナーゼ(ROCK)活性を低下させることにより、ウシ胚におけるEpiとPrEの分離プロセスを調節するメカニズムを調査した。
DMSOで処理されたコントロールでは、SOX2陽性のEpi細胞及びSOX17陽性のPrE細胞がICM領域内に密集していた(n=毎日3個の胚;図3F)。対照的に、Y27632で処理された胚のSOX2及びSOX17陽性細胞は、D9.0でICM領域から逸脱し始め、その後、D10で胚全体に広がった(毎日n=5胚;図3F)。一方で、SOX2とSOX17の発現強化は、Y27632処理下でも継続し、D10でのSOX2とSOX17の相互に排他的な発現をもたらした(図3F)。
【0095】
これらの結果は、ROCKシグナル伝達の阻害が、胚内のICM細胞の空間分布を破壊したが、Epi及びPrE系統に対するICM細胞の運命制限に影響を与えなかったことを示した。
【0096】
3.栄養膜細胞の成熟
ウシの栄養膜の成熟は、第1及び第2の細胞系統の分離中に発生し、微小絨毛の発達、二核細胞の出現、ギャップ結合の形成等の明確な形態学的特徴によって認識される。しかしながら、栄養膜の成熟に伴うトランスクリプトームの変化はまだ解明されておらず、胚盤胞期以降のウシ胚発生の基本的な理解を妨げている。
【0097】
代表的な多能性マーカーの発現レベルは、D14 TE細胞で大幅にダウンレギュレーションされた(図4A)。転写因子の発現のみに基づいて作成されたSOMは、D14 TEがD8 TEとはまったく異なる転写ネットワークを獲得したことを示唆した(図4B)。栄養膜細胞の機能的特徴づけは、アップレギュレートされた遺伝子を多く含むGO-termを検出する、2種類のGO分析、HyperGとGSEAにより行った(図4C)。HyperGは、リストに含まれる遺伝子の数に基づいて検定統計量を算出したが、GSEAは、各遺伝子の発現量値に基づいて検定統計量を算出した(図4C)。両解析ともに有意と判断された唯一のGO-termは「細胞外空間」であり、D14 TEでの細胞内コミュニケーションの強化を示した(図4C)。
【0098】
これらの結果に基づいて、細胞外空間での相互作用を伴うリガンド及び受容体遺伝子の発現の変化を調べた。特に、Wnt、FGF、及びVEGFのシグナル伝達経路は、哺乳類の着床前及び妊娠初期の発生に関与しているため、これらの経路に焦点を当てた。
RPKMの変化を示すヒートマップは、Wnt遺伝子の中で、Wnt11がD14 TEで有意にアップレギュレートされたことを示した(図4D)。 Wnt5b及びWnt6の高発現にみられるように、「非古典的な」Wntシグナル伝達が、マウスの場合と同様に、ウシの妊娠維持に重要である可能性が示された(図4D)。FGFR1、FGFR2、及びVEGFR1を含む受容体遺伝子のアップレギュレーションは、成熟栄養膜細胞におけるFGF及びVEGFシグナル伝達の役割を示唆した(図4D)。
【0099】
on-gel培養胚に由来するTEは、ギャップ結合の形成や二核細胞等の明確な成熟特性の発現により、in vitroで栄養膜の成熟を調べるための好ましいモデルとなる可能性がある(図4E図4E中、矢印は核膜を示し、矢頭は濃縮クロマチンを示す)。実際、RNA-seqに示されているように、TE成熟中のいくつかのアップレギュレートされた遺伝子の発現は、胚がon-gel培養された場合にのみD10で誘導され、液滴培養法では誘導されなかった(図、省略)。
【0100】
また、on-gel培養胚に由来するTEのqPCR分析は、TEにおける多能性マーカーOCT4及びSOX2の発現がD10で劇的にダウンレギュレーションされたことを明らかにし、TEにおける分化多能性がD10の時点で事実上喪失したことを示唆した(図4F)。これは、図3Aの免疫蛍光観察と一致している。成熟TEの特性(ギャップ結合形成にはGJB1、ミオシンクロスブリッジにはMYL3、二核細胞形成にはSSLP1、広範な細胞増殖にはASCL2)を細胞に与えると推定される遺伝子の発現がD10から検出され、D14のon-gel培養胚で劇的にアップレギュレートされた(図4F)。転写因子ETS2とID2は、マウスTEの着床後の発達に関与しており、D14のon-gel培養胚でアップレギュレートされた(図4F)。注目すべきことに、反芻動物特有の母体認識因子である、ETS2の下流標的の1つであるIFNTは、D14胚でアップレギュレートされた(図4F)。
【0101】
最後に、重要な遺伝子の発現をD10 on-gel培養胚とそれらのin vivo由来の対応胚との間で比較して、on-gel培養が遺伝子発現レベルに関して生理学的条件を模倣するかどうかを調べた(図4G)。
多能性因子の中で、OCT4とNANOGの発現はグループ間で同等だったが、SOX2の発現はon-gel胚で大幅に低かった(図4G)。TE関連の重要な転写因子であるCDX2、TEAD4、GATA3、ETS2、及びID2は、in vivo由来の胚と比較して、on-gel培養胚ではダウンレギュレートされたが、on-gel培養胚におけるTEの機能的成熟をサポートする遺伝子(IFNT、ASCL2、SSLP1、及びCCN2を含む)の発現は、in vivo由来の胚と同等か、それよりも比較的高かった(図4G)。
【0102】
(考察)
ウシ胚盤胞期胚は、マウス胚盤胞期胚よりも妊娠の確立に多くの時間を必要とする。これにより、ウシ胚とマウス胚の間でTEが固有の特性を獲得するために必要な期間に差が生じる可能性がある。しかしながら、TE細胞の確立、すなわちTEの成熟のための細胞の特性変化について、これまで詳細に議論されていなかった。さらに、第1の系列分離とそれに続く第2の系列分離の時間的連続性は、ウシの着床前胚では調べられてこなかった。
【0103】
まず、D8.0からD14における劇的なトランスクリプトミクスの変化を発見した。これは、この期間中の分子レベルでのTEのグローバルな特性変化を示している(図、省略)。
OCT4は、CDX2等の主要なTE決定因子の機能的発現を妨げることから、ICM固有の多能性ネットワークを維持する上で最も重要な要素である。したがって、OCT4の発現状態はTE成熟の優れた指標とすることができる。免疫染色分析により、CDX2陽性TE細胞の80%以上がD8.0でもOCT4を発現していることが明らかになった(図、省略)。さらに、これまでの研究では、OCT4 mRNAの発現はICMとTEの間で区別がつかず、D8.0周辺のウシ胚盤胞期胚では第1の系統分離は不完全であることが示されていた。ICMにおけるEpiとPrEの分離を解析するために行った免疫染色の結果から、EpiマーカーSOX2とPreマーカーSOX17の発現が多くのICMで重複していることが明らかになった(図、省略)。
この結果は、他のマーカー、すなわち、EpiマーカーであるNANOG、及びD8上のICMで分離した局在を示したPrEマーカーであるGATA6を使用してEpi及びPrEの分離を特定した、これまでの研究の結果とはわずかに異なった。
【0104】
SOX17はマウス胚の後期PrEマーカーの1つであり、64細胞期胚においてGATA6陽性PrE細胞で発現し始める。対照的に、ウシSOX17タンパク質は、胚盤胞期胚の初期段階でほとんどすべての割球で発現し、胚の発達が進むにつれて徐々にICM領域に限定される。マーカータンパク質の発現パターンにおけるこれらの違いは、種特異的な発生の可塑性を反映している可能性がある。それを示す顕著な例の一つとして、マウスの場合とは異なり、胚全体から機械的に分離されたウシICMは、発生から満期まで生き残ることができることが報告されている。
【0105】
on-gel培養法は、液滴ベースの培養等の従来の方法の発生上の限界を克服するために開発され、胚盤胞期以降の系統分離の詳細な時間経過を決定することを可能にする。
【0106】
TE細胞からのOCT4発現の消失は、D9.5で完了することが実証され、TE細胞の多能性の完全な消失をサポートした(図3A及び図3B)。
この結果は、TE細胞でのOCT4発現がD9で劇的に減少し、in vivoでD11では事実上検出できなかったことを示すこれまでの研究の結果と一致した。興味深いことに、ウシ胚における第2の細胞系統の分離は、第1の分離と並行して進行することがわかった。D9.5までに、SOX2とSOX17の発現は割球間で排他的になり、その後、PrE細胞が胞胚腔に沿うよう整列し、この時点でEpiとPrEは空間的にも分離された(図3C)。この現象は、第1の細胞分離の完了後に第二の細胞分離が起こるマウス胚とはまったく異なり、反芻動物特有の初期胚発生のメカニズムである可能性がある。
【0107】
Y27632処理によりICM形態を変化させたときにもSOX2とSOX17が排他的な発現を示すようになったことから、ウシ胚における2番目の分離は、部分的に細胞の自律的なプロセスであることが示された(図3F)。
胚盤胞亀背形成前のY27632処理は、D7.5上のCDX2陽性TE細胞の数を増加させることが示されており、ROCKシグナル伝達がウシ胚盤胞の細胞系統決定に寄与することを示唆した。
【0108】
本実施例では、多能性マーカーの劇的なダウンレギュレーション、転写ネットワークの変化、及びGO-termを決定因子として使用した機能的解析によって、2回にわたる系統分離中及びその後のウシ栄養膜成熟の持続が実証された(図4A図4C)。
【0109】
FGFシグナル伝達は、妊娠の成功に寄与する可能性がある。このことは、受胎率の高い未経産牛から得られた受胎産物が、受胎率の低い未経産牛から得られた受胎産物よりも高いFGFR2発現を示した、これまでの研究によって裏付けられている。
したがって、本実施例で示されたFGFRの高発現は、栄養膜の適切な分化だけでなく、母体の子宮内膜とのクロストークにも関与している可能性がある(図4D)。
【0110】
Wntシグナル伝達経路は、ウシの着床前胚の発生に寄与すると示唆されており、非古典的なWNT経路の活性化因子であるDKK1の添加は、胚移植後の妊娠率を高める。
D14 TEサンプルにおけるWnt11のアップレギュレーション(図4D)は、非古典的なWnt経路がウシの着床前胚発生において重要な役割を果たす可能性を裏付けた。
【0111】
さらに、マーカー遺伝子の時間依存性の変化を、on-gel培養胚を使用して検討した(図4F)。これら遺伝子の発現量の上昇は、D10胚が、成熟したTEに特有の形態学的変化を示す準備段階にあることを示した。二核細胞の出現は、in vivoでのD16後にのみ徐々に検出された。
一方、妊娠認識因子IFNT、その上流調節因子と推定されるETS2、及びTE優勢に発現する転写因子ID2の発現がD12のon-gel培養胚で上昇していることがわかり、on-gel培養胚由来の成熟TE細胞がD14において生理学的に機能していることが示唆された(図4F)。
【0112】
一連の結果は、ウシTE細胞が2回の系統分離中に機能的成熟を開始することを初めて実証した。また、いくつかの重要な転写因子の発現状態が、on-gel培養したサンプルとin vivo由来のD10TEサンプルの間で異なることも観察された(図4G)。子宮内環境は、OCT4、SOX2、CDX2等の因子の胚性遺伝子発現に影響を与えることが示されている。本実施例では、長期のin vitro培養により、この転写ネットワークの適切な確立が損なわれた可能性があった。
今後の研究では、着床前胚の遺伝子発現の正しいパターンを開始するために必要な決定的な要因を、on-gel培養で胚の周囲の環境を操作することによって定義することを予定している。
【0113】
成熟したTE機能を促進する遺伝子の発現は、in vivo由来の胚よりもon-gel培養胚で同等かそれよりいくらか大きかったことにも着目する必要がある。TE機能に関連する遺伝子発現のこれらの増加のいくつかは、胚がon-gel培養された場合にのみ観察されたが、液滴培養された胚では観察されなかった(図、省略)。
【0114】
on-gel培養胚の着床の成功と子宮内での胎子の発育の継続に加えて(図2A及び図2B)、on-gel培養法は少なくともD10まで発育の完全性を維持することが示された。
【0115】
結論として、本実施例は、未成熟なウシ胚盤胞期胚がどのように発生学上の可塑性を失い、異なる細胞系統を確立するかを証明した。第1及び第2の細胞系統の分離はD9.5で同時に終了し、これはTE細胞の成熟栄養膜への急速な質的変化を伴う。
本実施例から得られた結果は、人間を含む非齧歯類の哺乳類において採用されている着床戦略へのより深い洞察を提供した。
【0116】
[実施例2]
次いで、実施例1で確立されたon-gel培養法を用いて、on-gel培養胚の生存率等の検証をおこなった。
【0117】
(原料及び方法)
すべての実験は、北海道大学の実験動物の管理と使用に関する規制委員会によって承認され、実行した。
【0118】
1.D10 on-gel培養胚の胚移植
実施例1では、D10on-gel培養成熟胚盤胞期胚を使用して5回の胚移植セッションを実施した。北海道大学のレシピエントホルスタイン未経産牛は、排卵の同期前に線形プローブ(10 MHz、HLV-475; Honda Electronics)を備えた超音波検査装置(HS-2100V; Honda Electronics)によって、排卵周期と子宮内容物の正常性について繰り返し検査した。
子宮内膜炎は、必要に応じて抗生物質の子宮内注射によって治療した。未経産牛は、膣内薬物放出装置(CIDR1900; Zoetis Japan)を使用して7日間(-10日目から-2日目、IVFの日は0日目と指定)、2 mgの安息香酸エストラジオール(E2)(Ovahormon注射、ASKA Animal Health Co.、Ltd)及び25 mgのジノプロスト(プロスタグランジンF;PGF)(Pronalgon F、ゾエティスジャパン)をデバイスの挿入時及び抜去時にそれぞれ投与して、排卵を同期した。
【0119】
0日目(排卵日)に、レシピエントに100 μgの性腺刺激ホルモン放出ホルモンGnRHを投与した。卵巣は超音波検査(5 MHz、HS101V、Honda Electronics)で毎日検査し、1頭の未経産牛は1日目にもう1頭の未経産牛は2日目に排卵を確認した。
【0120】
胚移植(ET)は10日目の午前中に行われた。表2に、実験スケジュールの詳細を示す。
【0121】
【表2】
【0122】
CIDR装置は、受胎を容易にするために6日目から2週間挿入した。黄体の存在と位置は8日目に超音波検査で確認した。胚移植は10日目に行った。胚と培地はプラスチックストロー(005592、IMV Technologies)に移し、直ちに装填した。使い捨てETガン(MO5、ミサワ医科工業株式会社)に入れ、黄体と同側の子宮角にすばやく移植した。胚移植時に、塩酸リドカイン(Xylocaine(登録商標)2v/v%、サンド株式会社)による尾側硬膜外麻酔を行った。妊娠は妊娠30日後の超音波検査(HS101V)によって診断した。レシピエントのうち、妊娠嚢が見える2頭は満期まで妊娠した。
【0123】
2.微小液滴での従来培養法によるウシ胚の調製
ウシ卵母細胞の回収、IVM、IVF、及びその後の胚盤胞期までのin vitro培養(IVC)は、前述のように既報に従い実行した。具体的には、食肉処理場由来の卵巣から収集した卵丘卵母細胞複合体(COC)を、TCM-199培地(Thermo Fisher Scientific Inc.)で、38.5℃、空気中5%CO2の飽和水蒸気下で20~22時間培養した。第二減数分裂中期まで成熟した卵を、2.5 mMテオフィリン(富士フィルム和光純薬工業株式会社)及び7.5μg/mLヘパリンナトリウム塩(ナカライテスク株式会社)を含むブラケット及びオリファント(BO)培地に移した。続いて、凍結融解した精液をBO培地中で600×gで7分間遠心洗浄した。精子を5×106 cells/mLの最終濃度でCOCに添加した。推定受精卵は、12時間のインキュベーション後にピペッティングによって卵丘細胞を除去し、mSOFai培地を用いて5%(v/v)CO2及び5%(v/v)O2の飽和水蒸気下、38.5℃で8日間培養した。
【0124】
3.ウシ未成熟胚盤胞期胚のon-gel培養
アガロース粉末(Agarose S、同仁化学研究所)を再蒸留水で1.5%(w/v)の濃度に希釈し、オートクレーブにかけた。ゲルを10cmの皿に注ぎ、室温で固化させた後、10 mm×10 mm×5 mmのゲル片を切り出した。切り出したゲルを4ウェルディッシュ(Thermo Fisher Scientific Inc.)に入れた。次いで、30%(v/v)ノックアウト血清代替物(KSR、Thermo Fisher Scientific Inc.)、1×非必須アミノ酸(Sigma Aldrich Japan)、1×必須アミノ酸(Sigma-Aldrich)、及び1×インスリン-トランスフェリン-セレン溶液(Thermo Fisher Scientific Inc.)を添加した0.5mLの培地(RPMI1640、富士フィルム和光純薬株式会社)を各ウェルに添加し、38.5℃で一晩インキュベートした。次に、使用した培地を、同一の新鮮な培地と交換し、ゲルをその約半分の高さまで浸漬した。IVF D8胚盤胞期胚を培地で数回洗浄し、ガラスピペットを使用して少量の培地でゲル片の表面に配置した。5~6個の胚盤胞期胚を個々のゲル片に置き、その後の培養は5%(v/v)CO2及び5%(v/v)O2の飽和水蒸気下で38.5℃で行った。培養開始直後には、胚盤胞期胚は配置中に導入された培地に囲まれていた。しかし、この余分な培地がゲルに吸収されると、胚盤胞期胚は気相と液相の両方にさらされるようになった。
【0125】
4.採血及び血液検査
分娩後1、3、7、14、21、及び28日目に、生化学的成分の分析のために、ヘパリンナトリウムチューブ(Venoject II;テルモ)を使用して子牛の頸静脈から血液サンプルを収集した。採血後、サンプルを直ちに1,660×gで15分間、室温で遠心分離して血漿を分離し、分析まで-30℃で保存した。血漿グルコース、血中尿素窒素、総コレステロール、総タンパク質、アルブミン、カルシウム、無機リン、γ-グルタミルトランスフェラーゼ、及びアンモニアの濃度は、DRI-CHEM 3000V臨床血液分析装置(富士フィルム)を使用して測定した。
【0126】
(結果)
on-gel培養胚の生存率を検証するために、上記表2に示すスケジュールに従って、ETを行った。
【0127】
実施された5回のETのうち、2頭のレシピエントのホルスタイン雌牛が妊娠したことを確認したが、対応する受胎産物の完全な発達を確認することはできなかった。
【0128】
さらに、IVCが大型子孫症候群(LOS)の発症に寄与する要因である可能性を考慮し、on-gel培養胚に由来する新生子牛の体調を評価した。LOSは、出生時のサイズが大きいことと胎盤の異常を特徴とする。これらは、in vitroで作製された(IVP)胚からの牛の生産に関して懸念される主要な問題である。オンゲル培養は長期間の培養を伴うIVCシステムであるため、実際の適用には、on-gel培養胚に由来する胎子及び胎盤の完全性の評価を行う必要がある。
【0129】
本実施例では、ET後の2つのon-gel培養胚の満期発生を確認し、その出生時体重を測定し、血液生化学的分析を行った。さらに、出生後の体重をモニターし、出生後の胚盤葉を決定した。その結果、on-gel培養において、in vivoの対応胚で見られる着床前の発達がD10で再現することを示した。
【0130】
したがって、これらの発見は、この培養システムを使用して、動物の生産及びウシの発生生物学研究のための発生的に成熟した胚盤胞を作製できることを示した。
【0131】
D10 on-gel培養胚が移植された2頭の妊娠中のレシピエントのそれぞれから、2021年9月21日と11月29日にそれぞれ補助なしで子牛が経膣的に生まれた(図5左上及び右上)。いずれも自発的に呼吸を行い、正常な外観であった。
出生時の体重(40kgと46kg)と在胎週数(286日と285日)は典型的な範囲内であり、2022年3月25日時点で生存しており、障害がみられなかった。
したがって、ETを介してD10 on-gel培養胚の全期間の発達を確認し、on-gel培養システムによって作製された成熟胚盤胞期胚を使用して牛の生産の再現性を実証された。
【0132】
レシピエントから出産された子牛の出産後の体重はそれぞれ2.6kgと3.0kgであったが、形態学的異常の形跡は見られなかった(図5左下)。出生後の胚盤葉の数は、出生後から各胚盤葉を手動で分離することによって数えた(162及び96)。出生後の体重と胚盤葉の数の両方ともにそれぞれの正常範囲内であった。
したがって、これらの結果から、on-gel培養された成熟胚盤胞のTEが、満期までの適切な胎子の発育をサポートする胎盤を形成する能力を持っていることが示された。
【0133】
on-gel培養によって得られた成熟胚盤胞由来の新生子牛が健康であることをさらに確認するために、on-gel培養由来と対照人工授精(AI)由来の子牛の両方から収集された末梢血サンプルの分析に基づいて代謝プロファイルを調べた。
重要な兆候を表す9つの生化学的指標(血漿グルコース、血中尿素窒素、総コレステロール、総タンパク質、アルブミン、カルシウム、無機リン、γ-グルタミルトランスフェラーゼ、及びアンモニア)の分析結果から、いずれの場合も、on-gel培養由来の子牛の濃度は、生後0、3、7、14、及び28日でAI由来の子牛について得られた値と同等であることが明らかとなった(表3)。
【0134】
【表3】
【0135】
牛生産のためのIVPシステムに関連する未解決の問題の中で、LOSは難産と胎盤の維持の発生率の上昇に関連している。胎子の異常発育に寄与する要因はまだ十分に決定されていないが、IVCでの血清の添加は、ET後の生存率を低下させ、LOSを含む異常な胎子の発育を引き起こすことが確認されている。特に、on-gel培養された成熟胚盤胞に由来する2頭の子牛は、新生児期に異常な表現型を示さず、出生時体重、胎盤重量、胚盤葉の数、及び代謝プロファイルはAI由来の子牛と同等であった。
したがって、これらの結果から、ウシ胎子血清の代わりに血清代替物であるKSRを使用するon-gel培養システムにより、胎子及び胎盤の成長に対する血清の有害な影響がリセットされることが示唆された。
【0136】
本実施例では、on-gel培養を使用して、2回の細胞分離を受けた発生学的に成熟した胚盤胞期胚の発達を促進できることが示唆された。on-gel培養により、従来の液滴培養法とバイオプシーの組み合わせよりも多くの細胞数を取得可能なことから、このシステムは、胚の着床前段階で遺伝子評価を行うための新しい方法となる可能性がある。
【0137】
さらに、on-gel培養システムにより、少なくともIVCの開始後D10まで、in vivoの対応胚で観察されるレベルに匹敵する細胞分化のレベルを再現した。
したがって、on-gel培養システムは、ウシ特有の着床前発生を評価するための一連の分析に貢献できると考える。さらに、on-gel培養による長期間のIVCにより、胚移植するための胚のより厳密な選択が可能になることを考慮すると、on-gel培養システムを使用して、胚移植による牛のより効率的な生産を促進できると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0138】
本実施形態のウシ胚の体外培養方法によれば、胚盤胞期以降の胚の急速な退行や分化能の喪失が抑制され、生体胚と類似した遺伝子発現及び形態的特徴を有する体外培養胚が得られる。本実施形態のウシ胚は、胚盤胞期以降の胚の急速な退行や分化能の喪失が抑制され、生体胚と類似した遺伝子発現及び形態的特徴を有するものである。本実施形態のウシの生産方法は、前記ウシ胚の体外培養方法により得られるウシ胚を用いており、所望のウシの繁殖及び改良に貢献し得るものである。
【符号の説明】
【0139】
1…ゲル、2…培地、3…培養容器、10…ウシ胚の体外培養システム、B…ウシ胚盤胞期胚
図1
図2A
図2B
図2C
図2D
図3A
図3B
図3C
図3D
図3E
図3F
図4A
図4B
図4C
図4D
図4E
図4F
図4G
図5
【配列表】
2024004773000001.app