(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024049535
(43)【公開日】2024-04-10
(54)【発明の名称】経皮的細胞外インピーダンス制御装置
(51)【国際特許分類】
A61N 1/02 20060101AFI20240403BHJP
【FI】
A61N1/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022155812
(22)【出願日】2022-09-29
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和4年6月29日 第61回日本生体医工学会大会 令和4年7月26日 iScience https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=4173446
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和4年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業、センター・オブ・イノベーション加速支援「Well-Being社会に貢献する感性統合解析パッケージDXの社会実装」、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】100163186
【弁理士】
【氏名又は名称】松永 裕吉
(72)【発明者】
【氏名】眞溪 歩
(57)【要約】
【課題】接触インピーダンスの影響を受けにくい細胞外インピーダンス制御装置を提供する。
【解決手段】経皮的細胞外インピーダンス制御装置100は、被験者の体表に取り付けられて被験者の生体電位を捕捉する電極対200に接続されて使用され、電極対200に負性インピーダンスを付加し、負性インピーダンスの抵抗成分およびリアクタンス成分が調整可能である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者の体表に取り付けられて前記被験者の生体電位を捕捉する電極対に接続されて使用される経皮的細胞外インピーダンス制御装置であって、
前記電極対に負性インピーダンスを付加し、
前記負性インピーダンスの抵抗成分およびリアクタンス成分が調整可能である
ことを特徴とする経皮的細胞外インピーダンス制御装置。
【請求項2】
インピーダンスが調整可能な負荷回路と、
第1の端子対に前記電極対が接続され、第2の端子対に前記負荷回路が接続され、前記第1の端子対が前記第2の端子対に接続された前記負荷回路のインピーダンスを正負反転した負性インピーダンス特性を呈する二端子対回路と備えた、請求項1に記載の経皮的細胞外インピーダンス制御装置。
【請求項3】
前記負荷回路が、第1の可変抵抗と、前記第1の可変抵抗に直列接続された第2の可変抵抗と、前記第2の可変抵抗に並列接続された可変容量とを有する、請求項2に記載の経皮的細胞外インピーダンス制御装置。
【請求項4】
前記生体電位が横隔膜活動電位を含む、請求項1ないし3のいずれかに記載の経皮的細胞外インピーダンス制御装置。
【請求項5】
被験者の体表に取り付けられて少なくとも前記被験者の横隔膜活動電位を捕捉する電極対に接続されて使用され、前記電極対に負性インピーダンスを付加する経皮的細胞外インピーダンス制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人体の体表に電気的装置を取り付けて身体内の身体活動電流を体外からコントロールする技術に関する。
【背景技術】
【0002】
生命活動している人体のさまざまな組織には微弱な電流が流れていることが知られている。例えば、神経細胞はその興奮と抑制によって脳機能を担っており、興奮するかしないかは神経細胞内外の電圧である膜電位が決定し、その膜電位はシナプスを電源とする電流が決定する。より詳細には、神経細胞間の信号の受け渡しの有無によってシナプス付近の細胞膜は現れたり消えたりする電池のように振る舞う。このシナプス電池から神経細胞内に流れ込んだ電流は別の場所の細胞膜を通り抜けて神経細胞外に出て頭部を回って電池に戻ってくる。このような脳の神経回路を電気回路として見ると、シナプス電池に、神経細胞内の電気抵抗、細胞膜の電気抵抗、神経細胞外の電気抵抗(頭皮付近とそれ以外)が直列につながっている構造になる。この電気回路にたくさん電流が流れれば、オームの法則によって神経細胞の核付近の細胞膜内外に生じる電圧も大きくなる。そして、この電圧がある値以上になると、その神経細胞は発火と呼ばれる状態になり、すなわち興奮して次の神経細胞へと信号を伝達する。
【0003】
細胞外の抵抗値を減少させ電流を増加させることができれば神経細胞をより興奮させることができると予想される。そのような考えのもと、本願発明の発明者は、被験者の頭皮に取り付けた電極対に負性抵抗を接続し、この負性抵抗の作用で細胞外抵抗値を増減することで脳内の神経回路に流れる電流を増減させることができる経頭蓋細胞外インピーダンス制御装置(transcranial Extracellular Impedance Control、以下tEICと呼ぶ。)を開発した(特許文献1参照)。そして、行動実験を通じて、tEICの使用により脳機能を促進できる効果が確認された。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
tEICは頭部に使用することを想定しているが、電極対を頭皮以外の体表に取り付けて使用することもできる。例えば、電極対を腕や脚に取り付けて使用すると、負性抵抗の作用で細胞外抵抗値を増減することでその部位の細胞に流れる電流を増減させることができる。しかし、そのことが人体にとってどのような効果があるのか、特に脳活動にどのような影響を及ぼすのか不明である。すなわち、tEICを頭部以外で使用する場合の有効性が不明である。
【0006】
また、tEICは、電極対を取り付ける箇所に頭皮の汚れや角質が残っていると接触インピーダンスが大きくなって十分に機能しなくなるおそれがある。そのため、tEICを使用する場合、被験者の頭皮を十分に磨いて汚れや角質をよく取り除く必要があるが、これは被験者および術者に大変負担をかけるものである。また、tEICを頭部以外に使用する場合、部位によっては体表の汚れや角質を十分に取り除くことができないことも想定される。このため、電極対が取り付けられる体表に汚れや角質が残っていても十分に機能を発揮することができる、すなわち接触インピーダンスの影響を受けにくい細胞外インピーダンス制御装置が求められる。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一局面に従うと、被験者の体表に取り付けられて前記被験者の生体電位を捕捉する電極対に接続されて使用される経皮的細胞外インピーダンス制御装置であって、前記電極対に負性インピーダンスを付加し、前記負性インピーダンスの抵抗成分およびリアクタンス成分が調整可能である経皮的細胞外インピーダンス制御装置が提供される。
【0008】
この構成によると、負性インピーダンスの抵抗成分およびリアクタンス成分を調整することで電極対の接触インピーダンスがキャンセルされた状態で電極対に対して接触インピーダンスを付加することができる。
【0009】
具体的には、上記経皮的細胞外インピーダンス制御装置は、インピーダンスが調整可能な負荷回路と、第1の端子対に前記電極対が接続され、第2の端子対に前記負荷回路が接続され、前記第1の端子対が前記第2の端子対に接続された前記負荷回路のインピーダンスを正負反転した負性インピーダンス特性を呈する二端子対回路と備えている。
【0010】
例えば、前記負荷回路は、第1の可変抵抗と、前記第1の可変抵抗に直列接続された第2の可変抵抗と、前記第2の可変抵抗に並列接続された可変容量とを有する。
【0011】
好ましくは、前記生体電位は横隔膜活動電位を含んでいる。すなわち、少なくとも横隔膜活動電位に経皮的細胞外インピーダンス制御装置を介入させることで有意な効果が得られる。
【0012】
また、本発明の一局面に従うと、被験者の体表に取り付けられて少なくとも前記被験者の横隔膜活動電位を捕捉する電極対に接続されて使用され、前記電極対に負性インピーダンスを付加する経皮的細胞外インピーダンス制御装置が提供される。
【発明の効果】
【0013】
本発明によると、接触インピーダンスの影響を受けにくい細胞外インピーダンス制御装置が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の一実施形態に係る経皮細胞外インピーダンス制御装置の内部構成図である。
【
図2】電極対を通じた生体電位計測に係る電気回路モデルの模式図である。
【
図3A】負荷回路のインピーダンスに対する電極対の電流変化特性を表すグラフである。
【
図3B】負荷回路のインピーダンスに対する電極対の電圧変化特性を表すグラフである。
【
図4】呼吸運動、横隔膜活動電位、心電図の30秒間のスナップショットグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、適宜図面を参照しながら、本発明の実施の形態を詳細に説明する。ただし、必要以上に詳細な説明は省略する場合がある。例えば、既によく知られた事項の詳細説明や実質的に同一の構成に対する重複説明を省略する場合がある。これは、以下の説明が不必要に冗長になるのを避け、当業者の理解を容易にするためである。なお、発明者は、当業者が本発明を十分に理解するために添付図面および以下の説明を提供するのであって、これらによって特許請求の範囲に記載の主題を限定することを意図するものではない。また、図面に描かれた各部材の寸法、細部の詳細形状などは実際のものとは異なることがある。
【0016】
≪実施形態≫
図1は、本発明の一実施形態に係る経皮細胞外インピーダンス制御装置(percutaneous Extracellular Impedance Control、以下pEICと呼ぶことがある。)の内部構成図である。本実施形態に係るpEIC100は、被験者の体表に取り付けられて被験者の生体電位、例えば、少なくとも横隔膜活動電位(electric activity of diaphragm)を捕捉する電極対200に接続されて使用される。
【0017】
電極対200は第1の電極201と第2の電極202とを有する。電極201、202はいずれも受動電極であり、インピーダンスは例えば10kΩ以下である。電極対200は被験者の体表に直接貼着してもよいし、例えばベルト様のものに配置して当該ベルトを被験者に巻き付けることで被験者の体表に接触させるようにしてもよい。例えば、横隔膜活動電位を捕捉したい場合、正中線を挟んで腹部前面左右2箇所、剣状突起の上下2箇所、腹部と背部の2箇所など、横隔膜活動電位が良好に捕捉できる体表箇所に電極201,202を配置すればよい。
【0018】
pEIC100の基本構成は負荷が接続された二端子対回路である。具体的には、pEIC100は、二端子対回路10と、それに接続された負荷回路20とを備えている。pEIC100は単3電池2本で駆動することができる。
【0019】
二端子対回路10は第1の端子対11(以下、Port Iと称することがある。)と第2の端子対12(以下、Port IIと称することがある。)の二つの端子対を有している。一例として、二端子対回路10の第1の端子対11に電極対200が接続可能にされており、第2の端子対12に負荷回路20が接続されている。端子対11、12に二端子対回路10のPort IおよびPort IIのどちらを割り当てるかは、後述するpEIC100の使用タイプ(Type IとType II)に応じて決まる。ここでは便宜的に、電極対200をPort Iに、負荷回路20をPort IIにそれぞれ接続して使用する場合をType Iとし、電極対200をPort IIに、負荷回路20をPort Iにそれぞれ接続して使用する場合をType IIとする。
【0020】
図2は、電極対を通じた生体電位計測に係る電気回路モデルの模式図である。人体は多数のアクティブ電流源と静的アドミタンスの集まり(図左側の回路)と考えることができ、ノートンの定理より、それは1個の電流源と1個のアドミタンスの並列回路が電極対に接続された回路(図中央の回路)に等価回路としてモデル化される。等価回路における電流源から発生する電流は、モデル化前の原回路において電極対を短絡したときに電極間に流れる電流であり、等価回路におけるアドミタンスyは、原回路においてすべての電流源を停止したときに電極対から見えるアドミタンスである。したがって、電極対200を通じてpEIC100を人体に接続した場合の電極対200の電流と電圧は容易に計算することができる。
【0021】
二端子対回路10において、端子対11が端子対12に接続された負荷回路20のインピーダンスを正負反転した負性インピーダンス特性を呈するようになっている。これにより、pEIC100は、端子対11に接続される電極対200に対して負性インピーダンスを付加できるようになっている。
【0022】
図3Aおよび
図3Bは、負荷回路20のインピーダンスz
pEICに対する電極対200の電流変化特性(
図3A)および電圧変化特性(
図3B)を表すグラフである。ここでは便宜のため、
図2に示した等価回路におけるインピーダンスz(=1/y)および負荷回路20のインピーダンスz
pEICをいずれも虚部を持たない抵抗成分だと仮定する。
図3Aのz
pEIC-i特性グラフを参照すると、電極対200の電流iはpEIC100をType Iで使用する場合にはプラスに増幅され、Type IIで使用する場合にはマイナスに増幅されることがわかる。ここで注意すべきは、pEIC100は本質的には負性インピーダンスであって電流源ではないため、外部から人体に電流を流して電流刺激を与えているわけではなく体積電流(volume current)の分布を変化させているに過ぎないという点である。Type Iでは体内を流れる生体活動電流の一部が外部に取り出されてプラスに増幅されて生体に戻され、Type IIではマイナスに増幅されて生体に戻される。被験者はこれを知覚することはない。
【0023】
図3Bのz
pEIC-v特性グラフを参照すると、電極対200の電圧vは電流iの特性とは逆にpEIC100をType Iで使用する場合にはマイナスに増幅され、Type IIで使用する場合にはプラスに増幅されることがわかる。z
pEIC-v特性形状は、オームの法則により、zと(-z
pEIC)の並列接続z//-z
pEICの合成インピーダンスと同じ特性形状となる。なお、上記の電極対200の電流iおよび電圧vの各変化特性を見ると電流iおよび電圧vが無限大に発散するのではないかという心配があるが、pEIC100の駆動源は単3電池2本であることから電極対200の電流iおよび電圧vは安全な値で飽和して発散することはない。
【0024】
図1へ戻り、負荷回路20は二端子回路であり、具体的には、可変抵抗21(抵抗値をr
1とする。)と、可変抵抗21に直列接続された可変抵抗22(抵抗値をR
1とする。)と、可変抵抗22に並列接続された可変容量23(容量値をC
1とする。)とを有する。可変抵抗21の一端と可変抵抗22および可変容量23の一端が二端子対回路10の端子対12に接続されている。このように、負荷回路20において構成要素の受動素子の電気特性が調整できるようになっており、全体として負荷回路20はインピーダンスの抵抗成分およびリアクタンス成分が調整可能になっている。
【0025】
上記でz
pEIC-i特性およびz
pEIC-v特性を説明する際に、
図2に示した等価回路におけるインピーダンスz(=1/y)が虚部を持たない抵抗成分だと仮定したが、これには電極対200の電極201,202が接触する体表の汚れや角質を十分に拭き取っておくことが前提となる。体表の汚れや角質が残っているとそれが容量成分となってインピーダンスzの虚部(リアクタンス成分)が無視できなくなるからである。
【0026】
人体は電気的には複数の抵抗成分Rと容量成分Cが連結された回路と考えることができる。これをフォスター展開すると、人体は、
図1中に示したように互いに並列接続された抵抗素子(抵抗値をR
2とする。)および容量素子(容量値をC
2とする。)に別の抵抗素子(抵抗値をr
2とする。)が直列接続されたRC回路として近似することができる。負荷回路20はこのような人体のRC回路の構成を模したものである。
【0027】
負荷回路20において特に可変容量23の容量値C
1を適宜調整することで、電極201,202の接触部分の体表の汚れや角質などに起因する残存容量成分がキャンセルされて、
図3に示した理想特性に近い状態で電極対200の電圧vおよび電流iをコントロールすることができる。換言すると、pEIC100によれば、体表に汚れや角質が多少残っていても電極対200の電圧vおよび電流iを精度良くコントロールすることができる。
【0028】
より詳細には、複素インピーダンスの実部(すなわち抵抗成分)をRe、虚部(すなわちリアクタンス成分)をImで表すとして、Type IではRe{z}>Re{zpEIC}かつIm{z}<Im{zpEIC}の条件のとき、Type IIではその逆にRe{z}<Re{zpEIC}かつIm{z}>Im{zpEIC}の条件のときに、pEIC100は安定動作する。この条件を満たさないと、pEIC100が接続された電極対200の電圧vは発散または発振してしまう。負荷回路20のインピーダンスzpEICの虚部を主に決定するのは可変容量23の容量値C1である。Type IIでは上記のIm{z}>Im{zpEIC}という条件からしてC1は小さくてもよいため可変容量23はそれほど重要な構成要素というわけではなく、場合によっては省略しても構わない。一方、Type IではIm{z}<Im{zpEIC}という条件からしてより大きなC1が求められることから、可変容量23は非常に重要な構成要素となり得、また、その容量値調整は電極対200の電圧精度に大きく影響する。
【0029】
≪実施例≫
発明者は、行動実験を通じて、pEICを横隔膜運動に介入させると被験者の覚醒度をコントロールできることを示す有意な結果を得た。以下、実験の背景、概要とともにpEIC100の実施例について説明する。
【0030】
〔背景〕
一般に、人の情動・感情は、覚醒度(刺激的な度合い)と感情価(快か不快か)との2軸で評価されると考えられている。情動・感情のうち覚醒度は、覚醒度の高い画像を見ればたちまち想起される。個人差はあるだろうが、血まみれの人間や鮮やかな打ち上げ花火の画像を見ることを思えば容易に想像される。人の情動・感情の生成には、内受容感覚(内臓等、自律神経系が制御する主に身体感覚)が関与しているという仮説があり、近年、研究が盛んである。例えば、緊張や不安は、単位時間内の呼吸や心拍の上昇と相関があることが、経験的にも科学的行動実験によっても知られている。また、呼吸や心拍は、横隔膜電図や心電図によって電気的に測定することができる。これら電気活動は筋肉の運動によって生じると考えられがちであるが、例えば横隔膜電図は人工呼吸器の入力に用いられることがあり、単なる筋肉活動のモニタではなく筋肉への制御信号も含んでいる。そこで、発明者は、横隔膜活動電位が捕捉可能な電極にpEICを接続すれば呼吸制御に介入することができ、しいては情動・感情の制御が可能になるだろうと考えた。
【0031】
〔実験概要〕
実験には男性15名、女性16名の計31名が参加した。参加者の平均年齢は22.1歳、標準偏差は2.1である。参加者に電極を取り付けて実験試行中の脳波、心電図、横隔膜活動電位、呼吸を測定した。具体的には、ベルトに横隔膜活動電位測定用の7個のモノポーラ電極(EDG2ないしEDG8)とバイポーラ電極1個(EDG1)を埋め込み、そのベルトを参加者の腹部に巻き付けて計8個の電極が参加者の腹部に接触させた。EDG1とEDG2は正中線を挟んで腹部前面左右2箇所に配置され、これら電極をpEIC100に接続してEDG1とEDG2にpEIC100を介入させた。これ以外に、参加者の剣状突起直下の正中線上にエアバッグ型呼吸センサを配置し、頭部に脳波測定用に32個の電極を取り付け、胸部に心電図測定用のバイポーラ電極を取り付けた。いずれの電極も受動電極であり、インピーダンスは50kΩ以下になるようにした。特にpEIC100が接続されるEDG1およびEDG2のインピーダンスは10kΩ以下とした。
【0032】
〔実験要領〕
pEIC100をType Iで使用する場合、Type IIで使用する場合、およびプラセボ(被験者に電極対200が取り付けられているがpEIC100がオフにされた状態。以下、Shamと称する。)の場合の3つの実験を行った。実験に使用する画像はIAPS(International Affective Picture System)から覚醒度{高 or 低}×感情価{高 or 低}の4つ条件に該当するものを381(=127×3)枚選択し、各実験において127枚の画像を一枚ずつ3秒おきにランダムに参加者に提示して画像に対する感情価をできるだけ早く直感的に快または不快の二択回答してもらった。
【0033】
Type I, Type IIではpEIC100の負荷回路20の各素子の値調整は、上述の各タイプにおけるpEIC100の安定動作条件を考慮して例えば次のように行う。Type Iの場合、可変抵抗21、22の抵抗値r
1,R
1は人体のRC回路の抵抗値r
2,R
2よりも小さくし(r
1<r
2、R
1<R
2)、可変容量23の容量値C
1は人体のRC回路の容量値C
2よりも大きくし(C
1>C
2)、EDG1-2の電極間電圧を十分に低い安定状態にしておく。そこから可変抵抗21、22の抵抗値を増大させるとともに可変容量23の容量値を減少させる。Type IIではその逆の調整方法を行う。これを
図3のグラフで説明すると、始め負荷回路20のインピーダンスz
pEICを漸近線(システム理論でいうところの極)であるz
pEIC=zから離れた値にしておいて徐々にzに近づけていることになる。ただし、z
pEICをあまりzに近づけすぎるとEDG1-2の電極間電圧が飽和してしまうため、EDG1-2の電極間電圧がpEIC100をオフにしたときのおおよそ10倍程度になるレベルに調整することが好ましい。
【0034】
図4は、呼吸運動(Respiration A.U.)、横隔膜活動電位(EDG)、心電図(ECG)の30秒間のスナップショットグラフである。ShamではEDG1-2およびEDG3~EDG8の信号振幅はいずれも1mV以下であるが、Type I, Type IIではEDG1-2は10mV程度に増幅されている(図中枠内を参照)。また、呼吸運動と比較すると、EDG1-2の波形周期と呼吸運動の波形周期は一致している。このことから、pEIC100を接続することにより特に横隔膜活動電位を増大させることができることがわかる。さらに、ECGが、ShamではEDG1-2の呼吸運動周期の波形に対して下向きのヒゲ状に重畳されるが、Type Iでは上向きのヒゲ状に、Type IIでは下向きのヒゲ状に重畳されている。これは、Type IではEDG1-2がマイナスに増幅され、Type IIではプラスに増幅されることを表しており、
図3Bに示したz
pEIC-v特性と一致する。
【0035】
〔実験結果と考察〕
図5は実験結果を示すグラフである。結果A、C(current arousal effect)は現在提示されている画像の覚醒度の高低(A=Lが覚醒度:低、A=Hが覚醒度:高を表す。)に対する回答の反応時間(Reaction time)および正解率(Hit rate)の結果を示す。結果B、D(previous arousal effect)は一つ前に提示された画像の覚醒度の高低(a=Lが一つ前の覚醒度:低、a=Hが一つ前の覚醒度:高を表す。)に対する回答の反応時間および正解率を示す。
【0036】
(結果Aの分析)
Shamでは感情価を回答させているにもかかわらず、提示画像の覚醒度が低い(A=L)場合と比べて覚醒度が高い(A=H)方が反応時間が短く、正解率が高いといったように覚醒度の高低によって反応時間および正解率に有意な差が現れた。ここで反応時間はあまり重要ではないので正解率のみについて見る(Cohen’s d値を見る)と、Type Iではこの効果が減少し、Type IIでは増大している。
【0037】
(結果Cの分析)
結果Aの効果を提示画像の覚醒度の高低に分けて調べると、Type Iで覚醒度が低い(A=L)ときの正解率が向上している。
【0038】
(結果Bの分析)
Shamでは一つ前に提示された画像の覚醒度の高低に対して、現在提示されている画像の感情価に対する回答の反応時間および正解率に有意な差が生じた。一方、Type I, Type IIではそのような効果は完全に消失している。
【0039】
(結果Dの分析)
結果Bの効果を一つ前に提示された画像の覚醒度の高低に分けて調べると、Type Iで覚醒度が低い(a=L)ときの正解率が向上している。
【0040】
〔考察〕
人の情動・感情は脳と身体の両方が関与して生じているという仮説があり、本実験は、身体も因果的に関係していることを、行動実験を通じて証明するものである。その証明では、身体が身体の活動によって生じさせた電流を増減させる電気的装置(pEIC100)を横隔膜活動電位に介入させ、感情価を評価する行動実験を行い、反応時間と正解率に統計的に有意な結果を得た。なお、正解率の向上は、一般的な感情価評価と個人のそれが一致傾向にあることを意味しているだけである。従って、正解率が高いことは「普通の人間化」していることを意味する。
【0041】
一般に、覚醒度が高い刺激には感情価の高低が生じるが、覚醒度が低ければ感情価の高低の幅は小さくなって評価が難しくなる。逆に考えると、覚醒度を制御できれば、刺激に対する感情価の幅を増幅することも減衰させることもできると言える。その点、pEIC100は、身体内の身体活動電流の分布を制御することによって、覚醒度の増幅・減衰を行っていると示唆される。すなわち、pEIC100を横隔膜活動電位に介入させることにより、間接的に感情価の幅を制御できると言える。例えば、ちょっとしたことに対し情動的に反応したり、その逆に何事に対しても感情的に無関心になるような症状・疾病に対し、pEIC100は治療効果を持つと考えられる。その場合、pEIC100は電気的に正負真逆の影響を与えることができるため、治療が無効化になった場合、反転させることができる。電気的反転は、必ずしも治療的反転を産まないが、少なくともpEIC100の電源を切れば、その時点で治療効果はゼロにできる。
【0042】
五感を通じて入力される信号は、それ自体が痛みを伴うようなものでなければ、本来は情動・感情とは無関係な物理量・化学量である。入力信号が意味として解釈され、その覚醒度が高ければ、その信号は(物理量でも化学量でもない)情動・感情としても処理される、したがって、覚醒度を調整すれば、物理・化学刺激を、単なる物理・化学刺激としても、あるいはより高次に情動・感情刺激としても処理させることができる。情動・感情に対して鈍感でも敏感でも、何らかの精神的不具合をきたすことがあり、その程度が大きくなれば精神疾患にもつながる。これまでの研究からも、本実験からも、覚醒度のゲイン調整は内受容感覚によってなされていることが示唆されている。pEIC100を用いた覚醒度ゲインの調整は、精神的安定に貢献できる。
【0043】
≪変形例・応用例≫
(1)pEIC100は腹部(横隔膜活動電位への介入)での使用に限定されることはなく、それ以外の部位に使用可能である。例えば、頭部に使用する場合、pEIC100は接触インピーダンスの影響を受けにくく改良されたtEICとして動作する。
(2)電極対200の電極は2個に限定されない。例えば、正極用および負極用にそれぞれ複数の電極を用意してもよい。
【0044】
以上のように、本発明における技術の例示として、実施の形態を説明した。そのために、添付図面および詳細な説明を提供した。したがって、添付図面および詳細な説明に記載された構成要素の中には、課題解決のために必須な構成要素だけでなく、上記技術を例示するために、課題解決のためには必須でない構成要素も含まれ得る。そのため、それらの必須ではない構成要素が添付図面や詳細な説明に記載されていることをもって、直ちに、それらの必須ではない構成要素が必須であるとの認定をするべきではない。また、上述の実施の形態は、本発明における技術を例示するためのものであるから、特許請求の範囲またはその均等の範囲において種々の変更、置き換え、付加、省略などを行うことができる。
【符号の説明】
【0045】
100 経皮的細胞外インピーダンス制御装置(pEIC)
200 電極対
10 二端子対回路
11 端子対(第1の端子対)
12 端子対(第2の端子対)
20 負荷回路
21 可変抵抗(第1の可変抵抗)
22 可変抵抗(第2の可変抵抗)
23 可変容量