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特開2024-50084クロマトグラフのデータ処理方法、データ処理装置、及びクロマトグラフ
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024050084
(43)【公開日】2024-04-10
(54)【発明の名称】クロマトグラフのデータ処理方法、データ処理装置、及びクロマトグラフ
(51)【国際特許分類】
   G01N 30/86 20060101AFI20240403BHJP
【FI】
G01N30/86 H
G01N30/86 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022156691
(22)【出願日】2022-09-29
(71)【出願人】
【識別番号】503460323
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテクサイエンス
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】福田 真人
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 正人
(57)【要約】
【課題】ノイズの影響を受けにくく、より適切なピーク検出が可能となるクロマトグラフのデータ処理方法、データ処理装置、及びクロマトグラフを提供する。
【解決手段】クロマトグラフのデータ処理方法は、クロマトグラフで計測された信号強度の時系列データf(t)のうち最大の信号強度を与えるデータ点の時刻である暫定ピーク時刻Tよりも前方及び後方の非ピーク時間区間の少なくとも一方に含まれるデータ点に基づいて、暫定ベースラインL(t)を決定する暫定ベースライン決定工程S1と、暫定ベースラインL(t)に基づいて、ベースライン線分L(t)を決定するベースライン線分決定工程S4と、を備える。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
クロマトグラフで計測された信号強度の時系列データに基づいてデータ処理を行うクロマトグラフのデータ処理方法であって、
前記時系列データのうち最大の信号強度を与えるデータ点の時刻である暫定ピーク時刻Tよりも前方及び後方の非ピーク時間区間の少なくとも一方に含まれるデータ点に基づいて、暫定ベースラインを決定する暫定ベースライン決定工程と、
前記暫定ベースラインに基づいて、ベースライン線分を決定するベースライン線分決定工程と、を備え、
前記ベースライン線分決定工程は、
前記暫定ベースライン以下の信号強度のデータ点であって、前記暫定ピーク時刻Tよりも前方であり且つ該暫定ピーク時刻Tに最も近い時刻のデータ点又はその近傍のデータ点であるスタート点Sと、
前記暫定ベースライン以下の信号強度のデータ点であって、前記暫定ピーク時刻Tよりも後方であり且つ該暫定ピーク時刻Tに最も近い時刻のデータ点又はその近傍のデータ点であるエンド点Eと、
を結ぶ線分を、前記ベースライン線分とする工程である
ことを特徴とするクロマトグラフのデータ処理方法。
【請求項2】
請求項1に記載のクロマトグラフのデータ処理方法であって、
前記暫定ベースライン決定工程において、
前記暫定ピーク時刻Tよりも前方の前記非ピーク時間区間に含まれるデータ点の1つである暫定スタート点Sと、
前記暫定ピーク時刻Tよりも後方の前記非ピーク時間区間に含まれるデータ点の1つである暫定エンド点Eと、
を結ぶ直線を暫定ベースラインとする
ことを特徴とするクロマトグラフのデータ処理方法。
【請求項3】
請求項2に記載のクロマトグラフのデータ処理方法であって、
前記暫定スタート点Sの信号強度と前記暫定エンド点Eの信号強度との差が所定値を超えるか否か判定する第1判定工程と、
前記第1判定工程で前記差が所定値を超えたと判定されたときに、データ処理をエラー停止させる停止工程と、をさらに備える
ことを特徴とするクロマトグラフのデータ処理方法。
【請求項4】
請求項1又は請求項2に記載のクロマトグラフのデータ処理方法であって、
前記スタート点Sから前記エンド点Eまでの範囲における前記ベースライン線分上のピーク面積を算出するピーク面積算出工程をさらに備える
ことを特徴とするクロマトグラフのデータ処理方法。
【請求項5】
請求項4に記載のクロマトグラフのデータ処理方法であって、
前記時系列データは、複数のピークを含んでおり、
前記暫定ピーク時刻Tのデータ点を含む第1のピークについて、前記ピーク面積算出工程においてピーク面積を算出した後に、
前記複数のピークの全てについてピーク面積を算出したか否か判定する第2判定工程と、
前記第2判定工程で前記複数のピークの全てについてピーク面積を算出していないと判定されたときに、前記スタート点Sから前記エンド点Eまでの前記第1のピークのデータ点を前記時系列データから除外した新たな時系列データを作成する除外工程と、をさらに備え、
前記新たな時系列データに対して、少なくとも前記ベースライン線分決定工程及び前記ピーク面積算出工程を繰り返して、第2のピークのピーク面積を得る
ことを特徴とするクロマトグラフのデータ処理方法。
【請求項6】
クロマトグラフで計測された信号強度の時系列データに基づいてデータ処理を行うクロマトグラフのデータ処理装置であって、
前記時系列データのうち最大の信号強度を与えるデータ点の時刻である暫定ピーク時刻Tよりも前方及び後方の非ピーク時間区間の少なくとも一方に含まれるデータ点に基づいて、暫定ベースラインを決定する暫定ベースライン決定部と、
前記暫定ベースラインに基づいて、ベースライン線分を決定するベースライン線分決定部と、を備え、
前記ベースライン線分決定部は、
前記暫定ベースライン以下の信号強度のデータ点であって、前記暫定ピーク時刻Tよりも前方であり且つ該暫定ピーク時刻Tに最も近い時刻のデータ点又はその近傍のデータ点であるスタート点Sと、
前記暫定ベースライン以下の信号強度のデータ点であって、前記暫定ピーク時刻Tよりも後方であり且つ該暫定ピーク時刻Tに最も近い時刻のデータ点又はその近傍のデータ点であるエンド点Eと、
を結ぶ線分を、前記ベースライン線分とする
ことを特徴とするクロマトグラフのデータ処理装置。
【請求項7】
試料に含まれる成分を分離して計測するクロマトグラフユニットと、
請求項6のクロマトグラフのデータ処理装置と、を備えた
ことを特徴とするクロマトグラフ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、液体クロマトグラフ等のクロマトグラフィー技術に関し、特にクロマトグラフのデータ処理方法、データ処理装置、及びクロマトグラフに関するものである。
【背景技術】
【0002】
クロマトグラフでは、横軸が時間、縦軸が信号強度の波形データから、分析試料に含まれる成分の種類や量等が求められる。その際、装置によって検出されたデータに基づいて、信号強度が立ち上がるスタート点や立ち下がるエンド点等の特徴点が検出されて波形処理が行われる。
【0003】
具体的には例えば、スタート点を一定データ点数下回り続ける所として見つける方法(例えば、特許文献1参照。)や、微分係数を用いてピークの変化点を見つける方法が知られている(例えば、特許文献2参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2014-211393号公報
【特許文献2】特開2018-116027号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載の技術では、1つのノイズで大きくスタート点を外す可能性があるという問題があった。
【0006】
また、特許文献2に記載の技術では、直接検出信号値を扱うよりも微分係数がノイズの影響を受け易いという問題があった。
【0007】
そこで本開示では、ノイズの影響を受けにくく、より適切なピーク検出が可能となるクロマトグラフのデータ処理方法、データ処理装置、及びクロマトグラフを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するために、ここに開示するクロマトグラフのデータ処理方法の一態様は、クロマトグラフで計測された信号強度の時系列データに基づいてデータ処理を行うクロマトグラフのデータ処理方法であって、前記時系列データのうち最大の信号強度を与えるデータ点の時刻である暫定ピーク時刻Tよりも前方及び後方の非ピーク時間区間の少なくとも一方に含まれるデータ点に基づいて、暫定ベースラインを決定する暫定ベースライン決定工程と、前記暫定ベースラインに基づいて、ベースライン線分を決定するベースライン線分決定工程と、を備え、前記ベースライン線分決定工程は、前記暫定ベースライン以下の信号強度のデータ点であって、前記暫定ピーク時刻Tよりも前方であり且つ該暫定ピーク時刻Tに最も近い時刻のデータ点又はその近傍のデータ点であるスタート点Sと、前記暫定ベースライン以下の信号強度のデータ点であって、前記暫定ピーク時刻Tよりも後方であり且つ該暫定ピーク時刻Tに最も近い時刻のデータ点又はその近傍のデータ点であるエンド点Eと、を結ぶ線分を、前記ベースライン線分とする工程であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本開示によれば、ノイズの影響を受けにくく、より適切なピーク検出が可能となるクロマトグラフのデータ処理方法、データ処理装置、及びクロマトグラフを提供することができる。
【0010】
上記した以外の課題、構成及び効果は、以下の実施例の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】クロマトグラフの概略構成を示すブロック図である。
図2】クロマトグラフのデータ処理装置の概略構成を示すブロック図である。
図3】クロマトグラムの例を示す図である。
図4】データ処理方法の手順の一例を示すフロー図である。
図5】暫定ベースライン決定工程の手順を説明するための図である。
図6】ベースライン線分決定工程の手順を説明するための図である。
図7】面積算出工程の手順を説明するための図である。
図8】非ピーク時間区間の求め方を説明するための図である。
図9】重心法を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本開示、その適用物或いはその用途を制限することを意図するものでは全くない。
【0013】
1.液体クロマトグラフ100の構成
図1及び図2に、本開示に係るクロマトグラフの一例である液体クロマトグラフ100の概略構成を示す。この液体クロマトグラフ100は、試料に含まれる成分を分離して計測するクロマトグラフユニット101と、データ処理装置160と、表示部170と、を備える。
【0014】
クロマトグラフユニット101は、移動相である液体が貯蔵される移動相容器110、移動相を送液するポンプ120、試料を注入するオートサンプラ130、カラムオーブン141により恒温に保たれて試料中の成分を分離させるカラム140、分離された成分を検出する検出器150を備える。
【0015】
データ処理装置160は、検出結果を処理する装置である。
【0016】
表示部170は、検出結果及び処理結果を表示する装置である。
【0017】
なお、液体クロマトグラフ100を構成する各部は、主としてデータ処理装置160の処理内容を除き、通常の装置と同様に構成することができるものであるため、詳細な説明は省略する。
【0018】
2.データ処理装置160の詳細な構成
上記データ処理装置160は、図1及び図2に示すように、制御処理部161と、データ保持部162と、演算処理部163とを備えている。
【0019】
制御処理部161は、液体クロマトグラフ100全体の動作を制御するもので、制御部161a、図示しない操作パネルの操作等に応じて測定条件を設定する測定条件設定部161b、及び測定結果等を記録する記録部161cを備える。
【0020】
データ保持部162は、測定結果に基づいて処理されたデータ等を保持するようになっている。
【0021】
演算処理部163は、測定結果に基づいた処理を行うものであり、具体的には、例えば、検出器150から出力されるアナログ信号をD/A変換等する信号処理部163a、特徴点の抽出や分析等を行う演算部163b、及び分析結果の判定等を行う判定部163cを備えている。
【0022】
演算部163bは、例えば、後述する暫定ベースライン決定工程S1の処理を行う暫定ベースライン決定部、停止工程S3の処理を行う停止部、ベースライン線分決定工程S4の処理を行うベースライン線分決定部、及びピーク面積算出工程S5の処理を行うピーク面積算出部として機能する。
【0023】
判定部163cは、例えば、第1判定工程S2の処理を行う第1判定部、及び第2判定工程S6の処理を行う第2判定部として機能する。
【0024】
3.データ処理動作
上記のような液体クロマトグラフ100では、計測動作によって例えば図3図5図7に示すような波形データ(「クロマトグラム」ともいう。)が得られる。
【0025】
図3の波形データは、液体クロマトグラフ100により複数のアミノ酸成分を含むアミノ酸試料を分離したときに得られるデータの一例である。この波形データは、検出器150により実際に検出される、横軸が時間、縦軸が信号強度の離散データであり、言い換えると離散的な信号強度の時系列データf(t)となっている。時間と成分の関係は予め既知であるため、波形データのピーク頂点の横軸上の保持時間によって、分析試料に含まれる成分が特定される(定性処理)。また、波形データのピーク面積によって、その成分の含有物質量が計量される(定量計算処理)。これらのような処理は、演算処理部163の処理によって行われる。
【0026】
なお、時系列データとしては、離散データのままでもよいし、当該離散データに例えば非線形最小二乗法を用いてガウシアン関数等の仮想曲線算出処理(カーブフィッティング)等の数学的処理を施すことにより得られた仮想曲線のデータを用いてもよい。また、各工程の処理内容に応じて、これらのデータを選択的に使い分けてもよい。さらに、そのような種々の手法による分析結果を対比可能に表示できるようにしたりしてもよい。なお、離散データに基づいて仮想曲線を得る手法は、特に限定されるものではなく、クロマトグラフのデータ処理方法の分野で一般的に用いられる手法を適宜採用できる。
【0027】
なお、本明細書において、特徴点とは、波形データの定性処理及び定量計算処理に用いるためにデータ処理によって抽出されるデータ点のことをいう。特徴点は、具体的には例えば、図3及び図5に示すピーク頂点、暫定ピーク頂点T、スタート点S、エンド点E、暫定スタート点S、暫定エンド点E、バレー点、ショルダー点等である。
【0028】
また、本明細書において、スタート点Sとエンド点Eとを結ぶ線分をベースライン線分といい、定量計算処理に用いられる。
【0029】
さらに、本明細書において、暫定スタート点Sと暫定エンド点Eとを結ぶ直線、好ましくは線分を暫定ベースラインという。
【0030】
なお、本明細書において、「(任意の2点を結ぶ)直線」とは、当該2点を最短距離で結ぶ真っ直ぐな線をいい、「(当該2点を結ぶ)線分」とは、直線のうち当該2点を両端とする当該2点間の部分をいう。
【0031】
本開示の技術は、上述の時系列データf(t)に基づいてデータ処理を行う方法であり、以下に説明するように、ベースライン線分の設定方法に特徴がある。
【0032】
具体的には、図4に示すように、本開示に係るデータ処理方法の一例は、暫定ベースライン決定工程S1と、任意の第1判定工程S2と、任意の停止工程S3と、ベースライン線分決定工程S4と、任意のピーク面積算出工程S5と、任意の第2判定工程S6と、任意の除外工程S7と、を備える。
【0033】
3.1.実施例1
まず、実施例1として、暫定ベースライン決定工程S1と、ベースライン線分決定工程S4と、任意のピーク面積算出工程S5とを備えるデータ処理動作について説明する。
【0034】
<暫定ベースライン決定工程>
図5は、暫定ベースライン決定工程を説明するための図である。
【0035】
暫定ベースライン決定工程S1は、時系列データf(t)を構成するデータ点のうち最大の信号強度(本明細書において、任意のデータ点の信号強度を「信号値」ともいう。)を与えるデータ点の時刻である暫定ピーク時刻Tよりも前方及び後方の非ピーク時間区間の少なくとも一方に含まれるデータ点に基づいて、暫定ベースラインL(t)を決定する工程である。
【0036】
具体的には例えば、まず、暫定ピーク時刻Tよりも前方の非ピーク時間区間A1(「前方非ピーク時間A1」ともいう。)に含まれるデータ点の1つを、暫定スタート点Sとして抽出する。
【0037】
また、暫定ピーク時刻Tよりも後方の非ピーク時間区間A2(「後方非ピーク時間A2」ともいう。)に含まれるデータ点の1つを、暫定エンド点Eとして抽出する。
【0038】
そして、暫定スタート点Sと、暫定エンド点Eと、を結ぶ直線を暫定ベースラインL(t)とする。
【0039】
暫定スタート点S及び暫定エンド点Eは、暫定ベースラインを決定するためのものであるから、暫定スタート点Sを与える時刻が暫定エンド点Eを与える時刻よりも前である限り、両者とも前方非ピーク時間区間A1及び後方非ピーク時間区間A2のいずれか一方に含まれるデータ点から抽出されてもよい。なお、ピークのスタート点S及びエンド点E、延いてはベースライン線分をより適切に求める観点からは、暫定スタート点Sを前方非ピーク時間区間A1、暫定エンド点Eを後方非ピーク時間区間A2から抽出することが望ましい。
【0040】
本明細書において、非ピーク時間区間とは、ピークがない時間区間をいう。非ピーク時間区間に含まれるデータ点の点数は、特に限定されるものではないが、例えば30点~200点程度とすることができる。また、非ピーク時間区間は、原則としてピークがない時間区間であれば、いずれの時間区間も採用することができるが、データ処理の対象時間範囲(データ収集の開始時刻から最終時刻までの時間範囲)の中で、最前方の所定点数(例えば50点以上500点以下、好ましくは80点以上200点以下、具体的には例えば100点)を前方非ピーク時間区間A1、最後方の所定点数(例えば50点以上500点以下、好ましくは80点以上200点以下、具体的には例えば100点)を後方非ピーク時間区間A2とすることが好ましい。なお、非ピーク時間区間の設定方法の詳細については、「5.非ピーク時間区間の設定方法」の項目において、後述する。
【0041】
暫定スタート点S及び暫定エンド点Eは、非ピーク時間区間を構成するデータ点から抽出され、後述するスタート点S及びエンド点Eを決定できる限り、いずれのデータ点でもよく、例えばユーザが任意に設定してもよい。なお、暫定ベースラインのドリフトを抑制する観点から、両者とも、所定の信号強度を与えるデータ点であることが好ましい。所定の信号強度とは、具体的に例えば、最大値、最大値の80%の信号強度、平均値等が挙げられる。所定の信号強度は、暫定スタート点S、暫定エンド点E、スタート点S及びエンド点Eの決定容易性の観点から、最大値であることがより好ましい。
【0042】
<暫定ベースライン決定工程:ダイビングボード法>
後方非ピーク時間区間A2を用いず、前方非ピーク時間区間A1のみから、暫定スタート点S及び暫定エンド点Eを抽出する場合について述べる。例えば、測定されたクロマトグラムにおいて、ピークの後方に後方非ピーク時間区間A2を見出すのに十分長い時間が確保されていない場合、例えば、緊急検体処理のため最終ピークが出現し終わった時点で即測定を完了した場合等が想定される。
【0043】
このような状況では前方非ピーク時間区間A1から暫定スタート点Sと暫定エンド点Eの両方を見出せばよい。前方非ピーク時間区間A1のデータ点から信号値が大きいものを順に、例えば10個選び出す。その10個のデータ点の中から、一番早い時刻のデータ点を暫定スタート点Sに、一番遅い時刻のデータ点を暫定エンド点Eに割り当てる。この場合、前方非ピーク時間区間A1のデータ点の総数が100点以上あることが望ましい。また、暫定スタート点Sと暫定エンド点Eによって規定される直線がほぼ水平であることが想定されている。このため水平度は一定の範囲以内、すなわち暫定スタート点Sの信号値と暫定エンド点Eの信号値との差Dが所定値以内であることを確認しておくことが好ましい。水平度を確認する方法としては、例えば後述する実施例2の構成を採用することができる。
【0044】
抽出された10個のデータ点から暫定スタート点Sと暫定エンド点Eとの2点を選び出す方法とは別に、10個のデータ点全てを用いて回帰直線を引く方法もある。この方法であっても、水平度を確認することは好ましい。
【0045】
前方非ピーク時間区間A1を用いず、後方非ピーク時間区間A2のみを用いて、暫定スタート点S及び暫定エンド点Eを抽出する場合も想定される。例えば、試料注入後、クロマトグラムの信号値ばらつきや乱れのため、暫定ピークTtの前に一定時間の前方非ピーク時間区間A1が確保できない場合等である。後方非ピーク時間区間A2のみを用いる場合も、上述の前方非ピーク時間区間A1のみを用いる場合と同様に処理することができる。
【0046】
<ベースライン線分決定工程>
図6は、ベースライン線分決定工程S4を説明するための図である。
【0047】
ベースライン線分決定工程S4は、暫定ベースラインに基づいて、ベースライン線分を決定する工程である。
【0048】
具体的には例えば、まず、暫定ベースライン以下の信号強度のデータ点であって、暫定ピーク時刻Tよりも前方であり且つ該暫定ピーク時刻Tに最も近い時刻のデータ点又はその近傍のデータ点を、スタート点Sとして抽出する。
【0049】
また、暫定ベースライン以下の信号強度のデータ点であって、暫定ピーク時刻Tよりも後方であり且つ該暫定ピーク時刻Tに最も近い時刻のデータ点又はその近傍のデータ点を、エンド点Eとして抽出する。
【0050】
そして、スタート点Sと、エンド点Eと、を結ぶ線分を、ベースライン線分とする。
【0051】
本例のデータ処理動作によれば、SN比が著しく低い状態にあっても、ピークのスタート点S及びエンド点E、延いてはベースライン線分L(t)をより適切に求めることができる。
【0052】
なお、「暫定ピーク時刻Tに最も近い時刻のデータ点の近傍のデータ点」とは、例えば、暫定ピーク時刻Tに最も近い時刻のデータ点の所定数、好ましくは5つ、より好ましくは1つ暫定ピーク時刻T側のデータ点をいう。
【0053】
<ピーク面積算出工程>
上記のようにしてベースライン線分を決定したら、当該ベースライン線分を用いて、ピーク面積算出等の定量計算処理を行うことができる。
【0054】
具体的には例えば、図7に示すように、スタート点Sからエンド点Eまでの範囲におけるベースライン線分L(t)上のピーク面積∫(f(t)-L(t))dtを算出してもよい。
【0055】
なお、時系列データが離散データである場合には、上述のごとく数学的処理により得られたピークの仮想曲線と、ベースライン線分と、で囲まれる領域の面積を、ピーク面積として算出する。
【0056】
例えば図5図7に示す時系列データでは、暫定ピーク時刻T近傍のデータ点を観察すると、外見上3つ程度のピークが重なっているようにも見える。これは、本来、1つの成分に由来する1つのピークであるにも拘わらず、ノイズ成分の影響が大きく、外見上ピーク頂点が複数に分割されているように見えていることを意味する。従来のデータ処理方法では、このようなピークは、3つのピークに分割されて抽出され、ピーク面積も3つのピークに由来するものとして3種類算出されていた。
【0057】
本構成の暫定ベースラインに基づいてベースライン線分を決定するデータ処理動作によれば、このようなノイズ成分の影響により外見上ピーク頂点が複数に分割されているようなピークであっても、1つのピークとして認識することが可能であり、当該ピークのピーク面積をより適切に求めることができる。
【0058】
3.2.実施例2
次に、実施例2として、実施例1のデータ処理動作に加えて、任意の第1判定工程S2と、任意の停止工程S3と、を備えるデータ処理動作について説明する。
【0059】
<第1判定工程及び停止工程>
図4に示すように、暫定ベースライン決定工程S1と、ベースライン線分決定工程S4との間に、暫定ベースライン決定工程S1で得られた暫定ベースラインが適切かどうか判断する第1判定工程S2を備えてもよい。
【0060】
第1判定工程S2では、具体的には例えば、暫定スタート点Sの信号強度と暫定エンド点Eの信号強度との差Dが所定値を超えるか否か判定する。
【0061】
差Dが所定値以下と判定されたときには、暫定ベースラインが適切であるとして、次のベースライン線分決定工程S4へ進む。
【0062】
差Dが所定値を超えると判定されたときには、暫定ベースラインが不適切であるとして、停止工程S3へ進み、データ処理をエラー停止させる。
【0063】
本例によれば、暫定ベースラインのドリフトが著しく、暫定スタート点Sの信号強度と暫定エンド点Eの信号強度との差Dが所定値を超える場合にデータ処理をエラー停止させるから、より適切なベースライン線分を得られるように調整を行うことが可能となる。
【0064】
なお、差Dの所定値は、特に限定されるものではなく、クロマトグラフのデータ処理方法の分野で一般的に設定される値を採用できる。差Dの所定値としては、例えばノイズの100倍、代表的なピーク高さの1/100倍等の初期的な設定パラメータを使用してもよく、具体的には例えば、100mV等とすることができる。また、差Dの所定値として、任意の値をユーザが入力できるようにしてもよい。
【0065】
また、暫定ベースラインのドリフトを抑制する観点から、ブランクサブトラクト法を採用してもよい。具体的には例えば、暫定ベースライン決定工程の前に、予め成分を含まないブランク試料の計測を行っておき、成分を含む試料の時系列データからブランク試料の時系列データを差し引いて、その差分データを暫定ベースライン決定工程S1に供してもよい。
【0066】
3.3.実施例3
さらに、実施例3として、実施例1又は実施例2のデータ処理動作に加えて、任意の第2判定工程S6と、任意の除外工程S7と、を備えるデータ処理動作について説明する。
【0067】
<第2判定工程及び除外工程>
例えば図3に示すように、試料が複数の成分を含む場合には、時系列データには複数の成分に由来する複数のピークが含まれ、複数のピークの全てについてピーク面積を算出することが考えられる。
【0068】
この場合、例えば図4に示すように、ピーク面積算出工程S5の後に、第2判定工程S6及び除外工程S7を設けて、ベースライン線分決定工程S4、ピーク面積算出工程S5、第2判定工程S6及び除外工程S7を繰り返すことにより、全てのピークについてピーク面積を算出することができる。
【0069】
具体的には、暫定ピーク時刻Tのデータ点を含む第1のピークについて、ピーク面積算出工程S5においてピーク面積を算出した後に、第2判定工程S6で、全ピークについてピーク面積を算出したか否かを判定する。
【0070】
第2判定工程S6で、全ピークについてピーク面積を算出したと判定されたときには、データ処理動作は終了する。
【0071】
第2判定工程S6で、全ピークについてピーク面積を算出していないと判定されたときには、除外工程S7に進む。
【0072】
除外工程S7では、スタート点Sからエンド点Eまでの第1のピークのデータ点を時系列データf(t)から除外した新たな時系列データを作成する。この新たな時系列データには、第1のピークのデータ点が含まれないから、暫定ピーク頂点Tも除外される。従って、新たな時系列データにおいて、新たに暫定ピーク頂点Tを設定する。当該新たな暫定ピーク頂点Tは、第2のピークのデータ点ということになる。当該新たな暫定ピーク頂点Tと、暫定ベースライン決定工程A1で求めた暫定ベースラインと、に基づいて、第2のピークについて、新たにスタート点S、エンド点E、ベースライン線分を決定し(ベースライン線分決定工程S4)、第2のピークのピーク面積を算出する(ピーク面積算出工程S5)。
【0073】
このように、新たな時系列データに対して、ベースライン線分決定工程S4及びピーク面積算出工程S5を繰り返し適用することにより、全ピークのピーク面積を得ることができる。
【0074】
本例によれば、時系列データに複数のピークが含まれる場合であっても、効果的なピーク検出が可能となる。
【0075】
なお、本例では、ベースライン線分決定工程S4及びピーク面積算出工程S5を繰り返す構成であるが、暫定ベースライン決定工程S1及び任意の第1判定工程S2を含めて、繰り返す構成としてもよい。
【0076】
4.バンチング処理
1つのピークあたりのデータ点数は、データ処理速度の観点から、20点~100点程度が好ましく、20点~50点程度がより好ましい。データ点数が多い場合には、暫定ベースライン決定工程S1の前に、予め代表的なピーク幅を設定して、そのピーク幅に従って、データ点をバンチングしてもよい。バンチング処理の方法は、特に限定されるものではなく、クロマトグラフのデータ処理の分野で一般的に用いられる方法を適宜採用できる。
【0077】
具体的には、例えば複数のピーク等が隣接している場合等には、入力された半値全幅のピーク幅w等、代表的なピークの時間軸方向の特徴的な長さや区間、点数があらかじめ又は後に設定して、当てはめを行ってもよい。すなわち、例えば入力される(与えられる)ピーク幅に基づき仮想曲線を回帰する対象の実データ点数が決定される。時系列データのサンプリング間隔が細かい場合には、例えばwに基づき15~30点に相当する時間に適切にバンチングしたり、Savitzky-Golay法等により実測点群を平滑化前処理する等してもよい。
【0078】
より詳しくは、上記ピーク幅wは、データ処理システム(CDS)における所定の演算や入力によって与えられる波形処理用の入力変数であり、例えば0.1分間と入力される場合、対象ピークの半値全幅が0.1分間を目安としてデータ点間隔を計算する基準となる。例えば、サンプリング間隔50msで実際のデータを取り込んでいる場合、0.1分間は6s=6,000msであり、wの点数は120点となる。これを約30点に集約するためには、サンプリング間隔を200msにする必要があり、結果として4点を纏めて1データ点化する即ちバンチング処理を実行することができる。これからわかるようにwは非常に有用なパラメータである。入力値wに基づくバンチング処理はノイズを低減するのみならず、波形処理の前工程としてオペレータの意図するピーク波形をCDSが想定できる。すなわち、CDSにとって多すぎず少なすぎず、処理しやすいデータ点数に最適化することができる。
【0079】
5.非ピーク時間区間の設定方式
以下、非ピーク時間区間の設定方式の詳細について説明する。以下に説明する方式は、上述の方法と組み合わせて用いてもよいし、上述の方法に代えて用いてもよい。
【0080】
なお、本開示のデータ処理に供されるクロトマトグラムは有効な時間区間のデータに限る。つまり、後述の<前方非ピーク時間区間の特殊性>節で扱うような注入ショックや、クロマトグラム最後のカラム洗浄に伴う特殊な乱れ等がない「有効なデータ」として切り出されたものである。ここで、「有効なデータ」は、積分禁止のインテグレーション・インヒビットが前/後にかかっていれば、それらが解除されている中間区間である。
【0081】
また、本明細書において、「ピーク時間区間」とは、ピークが存在する時間区間又はピークが存在すると考えられる時間区間をいう。また、「ベースライン」とは、上述の「ベースライン線分」とは異なる概念であり、ピーク時間区間以外の時間区間(上述の非ピーク時間区間を含む)のデータ点を意味する。
【0082】
以下、非ピーク時間区間の設定方式の例として、後方非ピーク時間区間の事例から設定方式を列挙する。
【0083】
<非ピーク時間区間の設定方式1:シンプルな自動方式>
ステップ101:データ収集の最終時刻、即ち第1データ点tから過去に100データ点遡って時間区間[t100,t]を自動設定する。
【0084】
ステップ102:上記の100に当たる変数nを手動入力可能とする。つまりn=50なら、[t50,t]となる。一般には[t,t]である。
【0085】
<非ピーク時間区間の設定方式2:手動方式>
ステップ201:ユーザが前述の[t,t]のnを入力する。
【0086】
ステップ202:ユーザが前述の[t,t]をクロマトグラム画面のカーソルを用いてnを増減する。
【0087】
ステップ203:数値入力かカーソル設定で、tの方も時刻tに増加し、[t,t]を[t(n+i-1),t]のようにする。
【0088】
ステップ204:ステップ203と等価だが、後方非ピーク時間区間は、tとtを直接入力することや、又はどちらか一点と時間幅を用いて、任意の[t,t]に設定できる。
【0089】
<非ピーク時間区間の設定方式3:インテリジェントな自動方式>
簡単のため、以降、必要に応じて、ブランクサブトラクト処理は済ませておくことが望ましい。
【0090】
ステップ301:前述のステップ202を自動化する。アルゴリズム1は最終時刻tを固定して、tを何処まで採用するかを最大tまで過去側へ探索する。ベースラインのノイズが入力閾値1を超えてしまったら、その1個手前の時刻をtとして、後方非ピーク時間区間は[t,t]になる。入力閾値1を超えなかった場合、その時間区間は[t,t]と設定する。
【0091】
ステップ302:前述のステップ204を自動化する。アルゴリズム2に従い、任意の時刻tとtを設定し、時間区間[t,t]を決定することもできる。アルゴリズム2の一例として、[t,t]の全区間に対してベースライン各時刻の1階微分係数を求める。
【0092】
ここでSavitzky Golay法を利用しても良い。先ず1階微分係数の絶対値が入力閾値2を超えない連続区間を検索する。例えば、最大長の連続区間を後方非ピーク時間区間[t,t]として採用する。又は、一定の時間長(入力データ点最小数nminが10等)を超えていれば最も未来側の連続区間を[t,t]として採用する。この背景として、入力閾値2を超える場合、ベースラインではなくピーク時間区間であると想定する考え方を採用している。
【0093】
ステップ302の微分係数の替わりに、例えば5点ごとに一定区間を区切り、それぞれのRMS(root mean square)を比較することもできる。この場合、あるRMSが入力閾値3を超えない連続区間を探索することになる。
【0094】
微分係数でもなく、RMSでもない、直接クロマトグラムの縦軸の検出信号値を探索することもできる。つまり、検出信号値が入力閾値4を超えればピーク時間区間、越えなければ非ピーク時間区間であるとする単純なアルゴリズムも採用可能である。
【0095】
<前方非ピーク時間区間の特殊性>
前方非ピーク時間区間は、基本的には過去から未来への順方向に探索する。そのため設定方式も後方非ピーク時間区間の全く逆になり、[t,t]を扱う。
【0096】
前方非ピーク時間区間は後方非ピーク時間区間に比較し、特殊事象がある。それはデータ収集開始に伴うベースラインの乱れである。1つは注入に伴う試料溶媒や、注入バルブ切り替えによる圧力変動によるベースラインの乱れである。もう1つはデータ収集の開始に同期するグラジエント溶離法のスタートに伴う移動相系のベースラインの乱れである。これらは、それぞれの要因によって様々な時刻にベースラインの乱れとして現れる。
【0097】
前方非ピーク時間区間には、程度も様々だがこのようなベースラインの乱れが存在し易いので、後方非ピーク時間区間よりは注意を要する。冒頭述べたクロトマトグラムの有効な時間区間の考え方は、この種の特殊なベースラインの乱れを回避するための手段である。一律にデータの収集時間をすべてクロマトグラムとみなさない考え方である。
【0098】
前述のシンプルな自動方式は、ベースラインの乱れが無視できる程度に小さければ、そのまま利用できる。無視できなければ、使用者に手動方式を利用してもらう。
【0099】
ベースラインの乱れが無視できない場合、インテリジェントな自動方式には、乱れの時間区間を回避するように工夫が必要である。自動方式でも予め乱れの回避時間を設定しておくのは実用的な良い方法である。ベースラインの個々の状況を見ながら、個々に乱れを回避するアルゴリズムは前述の閾値を用いたり、1階微分係数等を利用したりすることが望ましい。
【0100】
<非ピーク時間区間の設定方式の実施例>
図8は、非ピーク時間区間の求め方を説明するための図である。
【0101】
ステップS11:前方非ピーク時間区間Fを求めるために、有効クロマトグラムの時刻ゼロを始点として、前方から1階微分係数やRMS、又は検出信号値等が設定閾値Tを超えるまで探索する。図8に示す通り、概ねピークの裾野でFの右端点が決定される。ステップ301で述べた1点手前で探索を終了する手法はここでも有効である。簡単にはFの左端点は時刻ゼロである。
【0102】
ステップS12:後方非ピーク時間区間Bも有効クロマトグラムの終了時刻を終点として、後方から過去の方向へ1階微分係数等が設定閾値Tを超えるまで探索する。同様に概ねピークの裾野でBの左端点も決定される。1点手前で探索を終了する方法も採用可である。Bの右端点も簡単には終了時刻である。
【0103】
この場合、ベースラインの一部Iは、前方からアプローチしても後方からアプローチしても、ピーク時間区間に阻まれてアクセスできない。
【0104】
特筆すべきは、本設定閾値Tは、ピークを探索する時の閾値Tよりも大きいことが特徴である。何故ならば、ピークを細かく(fine)見つけるという目的ではなく、ピークのない、即ち非ピーク時間区間を粗く(coarse)見つけるための閾値Tだからである。
【0105】
本開示のデータ処理装置の一例では、ピーク探索用閾値Tと非ピーク時間区間探索用閾値Tの2種類の閾値を持ち、前者Tは後者Tに等しいか、又は小さい特徴がある。
【0106】
因みに閾値を2種類持つことにより、ピークのエンド点を見出す場面で、Tによりピークの極大時刻から細かく裾野に向かってエンド点を逐次的に探索するより、Tにより粗く後方非ピーク時間区間を見出す方法のほうが簡単で、より自然なエンド点を見出すことが期待される。
【0107】
6.特徴点の探索方法
6.1.バレー点の探索方法
例えば、暫定ベースラインを以下とならないバレー点が存在する場合、複数のピークを1つのピークとして認識するおそれがある。
【0108】
以下、クロマトグラム中のピーク時間区間内の基本的な処理として、バレー点の探索方法の一例を概説する。
【0109】
<ピーク検出の第1ステップ>
波形処理を開始するにあたり、ピーク幅wは予め入力設定されている。極端に時間の短いノイズのような縦軸の検出信号をピークと誤認しないためである。理想的には1本のピークは横軸20点~100点のデータ点から形成される。1ピーク当たりのデータ点が多い場合には、上述のごとく、バンチング処理により点数削減することが望ましい。
【0110】
対象時間範囲の中で、まず信号強度が最大のデータ点(「最大点」ともいう。)を見つけ、当該データ点を含むピークを第1のピークとする。例えば、最大点から左側に時刻を1点ずつずらすスキャンをしながら、暫定ベースラインL(t)を下回る最初の時刻を探す。暫定ベースラインL(t)を下回る最初の時刻のデータ点か、又は当該データ点の1個手前の点をスタート点Sとする。右側にも同様にスキャンし、エンド点Eを見つける。
【0111】
次に、上述の「3.3.実施例3」の項目で説明したように、第1ピークの時間区間[S,E](「第1ピーク時間区間」ともいう。)の外側で、第2のピークになりそうな最大点を見つける。そして、第2ピークのS点とE点も決定する。これを次々と繰り返し、あれば第3,第4のピークも見出す。本明細書では時間区間ごとにそれぞれの最大点と呼び、同一時間区間内にあるピークは極大点と称する。
【0112】
<第1ピーク時間区間内の初期的な処理>
第1ピーク時間区間[S,E]内に複数のピークが存在する可能性を想定し、1階微分係数を用いて極大点と極小点を探す。簡単のため、谷が形成されない肩状のショルダーピークは、ここでは扱わない。
【0113】
極大点は、最大点が形成するピークの構成点でないことを要請する。従って、極大点と最大点の間には必ず極小点、すなわち、谷状のバレー点を要請することになる。例えば、Savitzky Golay法による1階微分係数を縦軸にプロットする。1階微分係数が正から負へ、又は負から正へ変化するわけだが、折れ線グラフ状の当該プロット連続線が1階微分係数ゼロの横軸と交差する時刻が、それぞれ極大点や極小点になる。ここでは、極小点は暫定的に求まっていればよく、精密には後述の方法によりバレー点として測定する。
【0114】
ピーク幅の利用法として、極大点と極小点、又は極小点と極大点の時間差が異常に近接している場合(例えば、ピーク幅の1/10倍の時間差以内)はエラーとして、その両者の存在を認めないようにしてもよい。1/10,1/5倍等は入力設定可とする。
【0115】
<精密なバレー点の求め方>
<精密なバレー点の求め方1:CCF(Complementally Curve-Fitting)法>
特許第6995361号に係る方法である。暫定極小点近傍の時間区域からバレー点を見出す方法には先ず下に凸の2次曲線を用いるCCF法がある。例えば、暫定極小点の左右それぞれ3つのデータ点、すなわち近傍時間区間の合計7点を用いて回帰曲線を求める。その最小点の時刻を最もらしいとしてアサインし、バレー点の時刻と決定する。7,9,11点等は入力設定可能である。
【0116】
<精密なバレー点の求め方2:重心法>
図9は重心法を説明するための図である。
【0117】
重心は1次のモーメント(積率)μから、下記式(1)に基づいて求められる。図9において、例えばデータ7点の信号強度の最小値を見つけB線として水平線を描く(n=7,n=2m+1)。中心時刻をtとして、各時間差をモーメントの腕の長さ、B線から縦軸の距離を質量のように扱う。
【0118】
【数1】
【0119】
ここで、距離f(ti+m)は時刻ti+mの信号値で正かゼロの数である。f(ti+m)が重みの役割を果たすように、分母の式により重みの合計が1になるようにf(ti+m)を規格化している。μ(t)にtを加えたものが重心の時刻になる。
【0120】
を極小点近傍で左右に1個ずつ変化させ、μがゼロに最も近い場合のtをバレー点として採用する。μは負の数になる場合もある。また、暫定ベースラインをB線として利用することも可である。
【0121】
重心法は、バレー点近傍は左右ほぼ均等に質量(信号強度)が分布しているはずだという前提条件に基づいている。また、上下をひっくり返すと、ピーク頂点探索にも重心法は利用可能である。その場合、B線に相当する基準線として最大値を採用する。
【0122】
<水平線を下方から当てる極小点探索法>
スタート点S及びエンド点Eそれぞれの時刻を端点とする水平線分を描く。
【0123】
当該線分を全体的に鉛直方向に一定の上昇幅で上昇させていくと、最初はデータ2点と近接遭遇している。それらは点S、点E近傍のピーク波形の裾野に存在するデータ点群である。バレー点が1つ存在する場合、遭遇点が2点から3点に増えるときがくる。簡単な遭遇点とは、水平線分が上昇して折れ線グラフを横切ったあと、縦軸方向で水平線分以下の点を指す。
【0124】
この3点に遭遇した時に、異常近接点か否か、前述のピーク幅1/10倍判定を実施する(上記<第1ピーク時間区間内の初期的な処理>節の最終段落参照)。異常近接点でない場合に極小値と判断する。その後、精密にバレー点探索を実施する。異常近接点の場合は、ピークのより外側の1点を暫定極小値とする。
【0125】
この方法は徐々に水平線分を上昇することにより、複数の極小値探索にも適用できる。極小点が複数の場合、上方から別の水平線を下降することにより極大点も探索し、極大点と極小点が交互に並んでいることを確認しながら処理しなければならない。ここでも1/10倍ピーク幅による異常近接点判定法を利用することが望ましい。
【0126】
なお、この方法は微分係数を利用しない極大・極小点の探索法として紹介した。1/10倍ピーク幅の利用は有効であり、倍数を1/5倍、1/20倍にすることは任意である。
【0127】
6.2.その他の特徴点の探索方法
<その他のCCFの利用>
ピークの頂点:CCF法を利用して、上に凸の2次曲線により最大点や極大点の時刻を決定してもよい。
【0128】
ショルダーピーク:Savitzky Golay法により2階の微分係数を計算し、変曲点を求める。これが暫定のショルダー点になる。CCF法を利用して、極大極小点のないなだらかな3次曲線により精密なショルダー点の時刻を決定する。
【0129】
6.3.その他の探索方法
上述したCCF法や重心法の発展形として、教師あり機械学習もある。横軸時間の上に凸、又は下に凸の2次関数を生成して、教師データを複数パターン作成する。当該2次関数には適当なランダムなノイズを重ね合わせ、入力データとする。意図的に生成するデータを用いるため頂点やバレー点の正解の時刻が予めわかっているので、機械学習の線形結合パラメータ(重み)群が決定されていく。また、<その他のCCFの利用>節のショルダーピークの機械学習も同様に考えられる。
【0130】
7.その他の事項
上述のデータ処理動作で抽出又は設定された暫定スタート点S、暫定エンド点E、スタート点S、エンド点E等の特徴点、暫定ベースライン、ベースライン線分等は、図5図7に示すような形で、分析結果として適宜表示部170に表示されるようにしてもよい。また、これらの特徴点、暫定ベースライン、ベースライン線分等が表示されるか否かをユーザが選択できるようにしてもよい。
【0131】
なお、上記の例では液体クロマトグラフを例に挙げて説明したが、これに限らず、例えばガスクロマトグラフ等の種々のクロマトグラフに対して、同様の処理を適用することができる。
【0132】
なお、本明細書において、時刻と時間の主な使い分けを説明する。時刻は、時々刻々と進む時計の各時点を表す。時刻には取り決めた原点、時刻ゼロがある。例えば、2020年4月1日16時10分10秒というような時点が時刻である。一方、時間は時間の長さを表し、10秒間とか、1.2分間とか時刻Aと時刻Bの差、期間である。保持時間も時間の一種である。
【0133】
8.構成例
以上で説明した本開示に係るクロマトグラフのデータ処理方法の構成とその効果の例を示す。構成の一例は、クロマトグラフで計測された信号強度の時系列データに基づいてデータ処理を行うクロマトグラフのデータ処理方法であって、前記時系列データのうち最大の信号強度を与えるデータ点の時刻である暫定ピーク時刻Tよりも前方及び後方の非ピーク時間区間の少なくとも一方に含まれるデータ点に基づいて、暫定ベースラインを決定する暫定ベースライン決定工程と、前記暫定ベースラインに基づいて、ベースライン線分を決定するベースライン線分決定工程と、を備え、前記ベースライン線分決定工程は、前記暫定ベースライン以下の信号強度のデータ点であって、前記暫定ピーク時刻Tよりも前方であり且つ該暫定ピーク時刻Tに最も近い時刻のデータ点又はその近傍のデータ点であるスタート点Sと、前記暫定ベースライン以下の信号強度のデータ点であって、前記暫定ピーク時刻Tよりも後方であり且つ該暫定ピーク時刻Tに最も近い時刻のデータ点又はその近傍のデータ点であるエンド点Eと、を結ぶ線分を、前記ベースライン線分とする工程であることを特徴とする。
【0134】
本構成によれば、SN比が著しく低い状態にあっても、ピークのスタート点及びエンド点、延いてはベースライン線分をより適切に求めることができる。
【0135】
前記暫定ベースライン決定工程において、前記暫定ピーク時刻Tよりも前方の前記非ピーク時間区間に含まれるデータ点の1つである暫定スタート点Stと、前記暫定ピーク時刻Tよりも後方の前記非ピーク時間区間に含まれるデータ点の1つである暫定エンド点Eと、を結ぶ直線を暫定ベースラインとすることが好ましい。
【0136】
本構成によれば、暫定ピーク時刻Tの前後におけるデータ点を基準として暫定ベースラインを決定するから、ピークのスタート点及びエンド点、延いてはベースライン線分をより適切に求めることができる。
【0137】
前記暫定スタート点Sの信号強度と前記暫定エンド点Eの信号強度との差が所定値を超えるか否か判定する第1判定工程と、前記第1判定工程で前記差が所定値を超えたと判定されたときに、データ処理をエラー停止させる停止工程と、をさらに備えることが好ましい。
【0138】
本構成によれば、暫定ベースラインのドリフトが著しく、暫定スタート点Stの信号強度と暫定エンド点Eの信号強度との差が所定値を超える場合にデータ処理をエラー停止させるから、より適切なベースライン線分を得られるように調整を行うことが可能となる。
【0139】
前記スタート点Sから前記エンド点Eまでの範囲における前記ベースライン線分上のピーク面積を算出するピーク面積算出工程をさらに備えることが好ましい。
【0140】
本構成によれば、ノイズ成分の影響が大きく、外見上ピーク頂点が複数に分割されているようなピークであっても、1つのピークとして認識することが可能であり、当該ピークのピーク面積をより適切に求めることができる。
【0141】
前記時系列データは、複数のピークを含んでおり、前記暫定ピーク時刻Tのデータ点を含む第1のピークについて、前記ピーク面積算出工程においてピーク面積を算出した後に、前記複数のピークの全てについてピーク面積を算出したか否か判定する第2判定工程と、前記第2判定工程で前記複数のピークの全てについてピーク面積を算出していないと判定されたときに、前記スタート点Sから前記エンド点Eまでの前記第1のピークのデータ点を前記時系列データから除外した新たな時系列データを作成する除外工程と、をさらに備え、前記新たな時系列データに対して、少なくとも前記ベースライン線分決定工程及び前記ピーク面積算出工程を繰り返して、第2のピークのピーク面積を得ることが好ましい。
【0142】
本構成によれば、時系列データに複数のピークが含まれる場合であっても、効果的なピーク検出が可能となる。
【0143】
また、以上で説明した本開示に係るクロマトグラフのデータ処理装置及びクロマトグラフの構成とその効果の例を示す。
【0144】
すなわち、ここに開示するクロマトグラフのデータ処理装置の一態様は、クロマトグラフで計測された信号強度の時系列データに基づいてデータ処理を行うクロマトグラフのデータ処理装置であって、前記時系列データのうち最大の信号強度を与えるデータ点の時刻である暫定ピーク時刻Tよりも前方及び後方の非ピーク時間区間の少なくとも一方に含まれるデータ点に基づいて、暫定ベースラインを決定する暫定ベースライン決定部と、前記暫定ベースラインに基づいて、ベースライン線分を決定するベースライン線分決定部と、を備え、前記ベースライン線分決定部は、前記暫定ベースライン以下の信号強度のデータ点であって、前記暫定ピーク時刻Tよりも前方であり且つ該暫定ピーク時刻Tに最も近い時刻のデータ点又はその近傍のデータ点であるスタート点Sと、前記暫定ベースライン以下の信号強度のデータ点であって、前記暫定ピーク時刻Tよりも後方であり且つ該暫定ピーク時刻Tに最も近い時刻のデータ点又はその近傍のデータ点であるエンド点Eと、を結ぶ線分を、前記ベースライン線分とすることを特徴とする。
【0145】
また、ここに開示するクロマトグラフの一態様は、試料に含まれる成分を分離して計測するクロマトグラフユニットと、上述のクロマトグラフのデータ処理装置と、を備えたことを特徴とする。
【0146】
本構成によれば、SN比が著しく低い状態にあっても、ピークのスタート点及びエンド点、延いてはベースライン線分をより適切に求めることができる。
【0147】
以上述べたように、本開示によれば、例えばSN比が著しく低い状態にあっても、ピークのスタート点及びエンド点、延いてはベースライン線分を適切に求めることができる。
【産業上の利用可能性】
【0148】
本開示は、ノイズの影響を受けにくく、より適切なピーク検出が可能となるクロマトグラフのデータ処理方法、データ処理装置、及びクロマトグラフを提供することができるので、極めて有用である。
【符号の説明】
【0149】
100 液体クロマトグラフ
110 移動相容器
120 ポンプ
130 オートサンプラ
140 カラム
141 カラムオーブン
150 検出器
160 データ処理装置
161 制御処理部
161a 制御部
161b 測定条件設定部
161c 記録部
162 データ保持部
163 演算処理部
163a 信号処理部
163b 演算部
163c 判定部
170 表示部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9