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▶ 山陽特殊製鋼株式会社の特許一覧

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024050310
(43)【公開日】2024-04-10
(54)【発明の名称】被削性と窒化特性に優れた窒化用鋼
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240403BHJP
   C22C 38/32 20060101ALI20240403BHJP
   C22C 38/24 20060101ALI20240403BHJP
   C21D 9/32 20060101ALN20240403BHJP
   C21D 1/06 20060101ALN20240403BHJP
【FI】
C22C38/00 301N
C22C38/32
C22C38/24
C21D9/32 A
C21D1/06 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022157112
(22)【出願日】2022-09-29
(71)【出願人】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100185258
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 宏理
(74)【代理人】
【識別番号】100134131
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 知理
(72)【発明者】
【氏名】井手口 貴弘
(72)【発明者】
【氏名】橋本 和弥
【テーマコード(参考)】
4K042
【Fターム(参考)】
4K042AA18
4K042BA03
4K042BA05
4K042CA02
4K042CA06
4K042CA08
4K042CA09
4K042CA12
4K042CA13
4K042DA04
4K042DB07
4K042DC01
4K042DC02
4K042DC03
4K042DD02
4K042DD05
4K042DE02
4K042DE03
4K042DE05
(57)【要約】
【課題】 加工性と窒化後の硬さと芯部硬さのバランスのよい窒化用鋼を提供。
【解決手段】 質量%で、C:0.12~0.30%、Si:0.10~0.40%、Mn:0.50~1.50%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:0.50~2.00%、Mo:0.03~0.30%、Al:0.025~0.300%、N:0.004~0.030%、V:0.05~0.30%、残部Fe及び不可避的不純物からなり、式1(0.15<0.10×Cr+0.67×Al+0.24×V<0.43)の関係性を満足する窒化用鋼。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.12~0.30%、Si:0.10~0.40%、Mn:0.50~1.50%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:0.50~2.00%、Mo:0.03~0.30%、Al:0.025~0.300%、N:0.004~0.030%、V:0.05~0.30%、残部Fe及び不可避的不純物からなり、
式1の関係性を満足する窒化用鋼。
0.15<0.10×Cr+0.67×Al+0.24×V<0.43・・・式1
ただし、式1中の元素記号には、該当成分の質量%の値を代入する。
【請求項2】
質量%で、C:0.12~0.30%、Si:0.10~0.40%、Mn:0.50~1.50%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:0.50~2.00%、Mo:0.03~0.30%、Al:0.025~0.300%、N:0.004~0.030%、V:0.05~0.30%、残部Fe及び不可避的不純物からなり、
式1及び式2の関係性を満足し、
その窒化前組織がフェライト及びベイナイトからなる組織であってベイナイトの割合が面積率で30~85%であり、
その芯部硬さが190~315Hvである窒化用鋼。
0.15<0.10×Cr+0.67×Al+0.24×V<0.43・・・式1
0.25<0.80×C+0.10×Cr+0.36×Mo<0.50・・・式2
ただし、式1及び式2中の元素記号には、該当成分の質量%の値を代入する。
【請求項3】
質量%でC:0.12~0.30%、Si:0.10~0.40%、Mn:0.50~1.50%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:0.50~2.00%、Mo:0.03~0.30%、Al:0.025~0.300%、N:0.004~0.030%、V:0.05~0.30%であり、
さらに、選択的付加的成分としてNb:0.10%以下、Ti:0.020~0.200%、B:0.0030%以下のいずれか1種または2種以上を含有し、
残部Fe及び不可避的不純物からなり、
式1の関係性を満足する窒化用鋼。
0.15<0.10×Cr+0.67×Al+0.24×V<0.43・・・式1
ただし、式1中の元素記号には、該当成分の質量%の値を代入する。
【請求項4】
質量%でC:0.12~0.30%、Si:0.10~0.40%、Mn:0.50~1.50%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:0.50~2.00%、Mo:0.03~0.30%、Al:0.025~0.300%、N:0.004~0.030%、V:0.05~0.30%であり、
さらに、選択的付加的成分としてNb:0.10%以下、Ti:0.020~0.200%、B:0.0030%以下のいずれか1種または2種以上を含有し、
残部Fe及び不可避的不純物からなり、
式1及び式2の関係性を満足し、
その窒化前組織がフェライト及びベイナイトからなる組織であってベイナイトの割合が面積率で30~85%であり、
その芯部硬さが190~315Hvである窒化用鋼。
0.15<0.10×Cr+0.67×Al+0.24×V<0.43・・・式1
0.25<0.80×C+0.10×Cr+0.36×Mo<0.50・・・式2
ただし、式1及び式2中の元素記号には、該当成分の質量%の値を代入する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱間鍛造後に、ガス窒化やガス軟窒化などにより鋼表面に窒素を侵入させる表面硬化処理を施して使用される機械構造用部品、例えば自動車、建設機械、工作機械などのギアなどの動力伝達部品の素材として好適な窒化用鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から歯車などの動力伝達部品に用いられる機械構造用鋼として強度と靭性の両立を志向した窒化用鋼が提案されている。
たとえば、本願出願人は、鋼成分の適正化すること(質量%で、C:0.10~0.40%、Si:0.10~0.50%、Mn:0.50~1.50%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:0.50~1.50%、Mo:0.05~0.30%、Al:0.15~0.80%、N:0.005~0.030%、残部Fe)に加えて、窒化前組織を焼入焼戻処理によりマルテンサイトとし、窒化物の種類とその割合をNAl/NCrが0.2以上と規定することで、従来の窒化用鋼に比べて優れた表面硬さ(800Hv以上)と硬化層深さ(0.25mm以上)を備えた鋼を発明している(特許文献1、特許第6300647号参照。)。
【0003】
また、鋼成分(C:0.20~0.30%、Si:0.25%以下、Mn:0.50%未満、P:0.03%以下、S:0.05%以下、Cr:1.00超~2.00%、Mo:0.10~0.50%未満、V:0.10~0.50%、Al:0.10超~0.20%、Ti:0.10%以下、N:0.0060~0.020%以下を含有し、かつ18<27C+9Mn+7Cr+8Mo及び22<37C+6Mn+8Cr+11Vの条件を満足し、残部がFe)を規定し、熱間鍛造や熱処理条件を規定することでベイナイト組織が70%以上、窒化後の表面硬さが650Hv以上、450Hv以上の範囲と定義された硬化深さが0.2mm以上のベイナイト型窒化部品が提案されている(特許文献2参照。)。
【0004】
また、表面硬さと有効硬化層深さを確保するべく、鋼成分をC:0.05~0.30%、Si:0.003~0.50%、Mn:0.4~3.0%、Cr:0.2~0.9%、Al:0.19~0.70%、V:0.05~1.0%及びMo:0.05~0.50%、を含有し、0.5%≦1.9Al+Cr≦1.8%を満足し、残部がFeとする窒化用鋼が提案されている(特許文献3参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2015-229780号公報
【特許文献2】特開2006-022350号公報
【特許文献3】特表2010-147224号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述の従来の提案では、AlやV、Ti等の添加量が高いことや、芯部組織の硬さが不十分であること、化合物層厚さの規定が厳しいことなどが課題であった。
たとえば、特許文献1に記載の窒化用鋼は、窒化前組織がマルテンサイトであり、C量やAl量、V量が高いため、被削性や加工性の観点からは、部品製造にコストがかかる。
【0007】
また、特許文献2に記載の窒化用鋼はCr量が多いため、硬化深さを高めるためにV量を多くすることや、窒化温度を高くせざるを得なくなっており、原料コストの高まりや表面硬さ不足が懸念される。また、芯部硬さも過剰となり、被削性等が悪化することが懸
念される。
【0008】
また、特許文献3に記載の窒化用鋼では、硬化深さに悪影響を与えるCr量を低減しており、低下した芯部硬さを補うためにVとAl、Moを多量に添加せざるを得ないものであるから原料コストがかかる。
【0009】
このように窒化物を形成し窒化による表面硬さを上げうるAlやCrは、多量に入れると硬化深さが低下してしまう。また、A1線以下の温度で熱処理することが求められる窒化処理の過程ではマルテンサイト変態を利用することができない。そこで動力伝達用部品等の芯部硬さを確保するためには、さらに合金成分を工夫して添加する必要があるものの、合金成分を過剰に添加することは、被削性などの加工性を阻害してしまうこととなりやすい。
【0010】
そこで、上述の機械構造用鋼を窒化する際の背景を踏まえ、本発明は、加工性と窒化後の硬さと芯部硬さのバランスのよい窒化用鋼を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
そこで、本願発明者らは鋭意検討の結果、Al、V、Crの成分バランスの最適化により、加工性を損なうことなく、窒化後の特性に優れる窒化用鋼を得た。そして、熱間鍛造後はフェライトとベイナイトの混相組織となり、被削性と窒化性のバランスに優れ、窒化時に合金窒化物を適切に析出させることができる合金設計とした。
【0012】
そこで、本発明の課題を解決するための第1の手段は、
質量%で、C:0.12~0.30%、Si:0.10~0.40%、Mn:0.50~1.50%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:0.50~2.00%、Mo:0.03~0.30%、Al:0.025~0.300%、N:0.004~0.030%、V:0.05~0.30%、残部Fe及び不可避的不純物からなり、式1の関係性を満足する窒化用鋼である。
0.15<0.10×Cr+0.67×Al+0.24×V<0.43・・・式1
ただし、式1中の元素記号には、該当成分の質量%の値を代入する。
【0013】
その第2の手段は、
質量%で、C:0.12~0.30%、Si:0.10~0.40%、Mn:0.50~1.50%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:0.50~2.00%、Mo:0.03~0.30%、Al:0.025~0.300%、N:0.004~0.030%、V:0.05~0.30%、残部Fe及び不可避的不純物からなり、式1及び式2の関係性を満足し、その窒化前組織がフェライト及びベイナイトからなる組織であってベイナイトの割合が面積率で30~85%であり、その芯部硬さが190~315Hvである窒化用鋼である。
0.15<0.10×Cr+0.67×Al+0.24×V<0.43・・・式1
0.25<0.80×C+0.10×Cr+0.36×Mo<0.50・・・式2
ただし、式1及び式2中の元素記号には、該当成分の質量%の値を代入する。
【0014】
その第3の手段は、
質量%でC:0.12~0.30%、Si:0.10~0.40%、Mn:0.50~1.50%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:0.50~2.00%、Mo:0.03~0.30%、Al:0.025~0.300%、N:0.004~0.030%、V:0.05~0.30%であり、
さらに、選択的付加的成分としてNb:0.10%以下、Ti:0.020~0.200%、B:0.0030%以下のいずれか1種または2種以上を含有し、
残部Fe及び不可避的不純物からなり、式1の関係性を満足する窒化用鋼である。
0.15<0.10×Cr+0.67×Al+0.24×V<0.43・・・式1
ただし、式1中の元素記号には、該当成分の質量%の値を代入する。
【0015】
その第4の手段は、
質量%でC:0.12~0.30%、Si:0.10~0.40%、Mn:0.50~1.50%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:0.50~2.00%、Mo:0.03~0.30%、Al:0.025~0.300%、N:0.004~0.030%、V:0.05~0.30%であり、
さらに、選択的付加的成分としてNb:0.10%以下、Ti:0.020~0.200%、B:0.0030%以下のいずれか1種または2種以上を含有し、
残部Fe及び不可避的不純物からなり、
式1及び式2の関係性を満足し、その窒化前組織がフェライト及びベイナイトからなる組織であってベイナイトの割合が面積率で30~85%であり、その芯部硬さが190~315Hvである窒化用鋼である。
0.15<0.10×Cr+0.67×Al+0.24×V<0.43・・・式1
0.25<0.80×C+0.10×Cr+0.36×Mo<0.50・・・式2
ただし、式1及び式2中の元素記号には、該当成分の質量%の値を代入する。
【0016】
なお、これらの手段におけるPとSは不可避的不純物として含有する量の上限を規定するものであって、意図的に添加している成分ではないから、0%であってもよい。
【発明の効果】
【0017】
本発明の手段によると、加工性と窒化後の硬さと芯部硬さのバランスのよい窒化用鋼が得られる。すなわち、本発明の窒化用鋼は芯部硬さが190~315Hvと加工性に優れている。また、本発明の窒化用鋼は、これを窒化した場合には、その窒化後の表面硬さが700Hv以上となるものであって、400Hv以上となる表層部の硬化層深さが0.30mm以上となるなど、窒化後の硬さも備え得る。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の実施の形態の説明に先立ち、窒化用鋼の化学成分を規定する理由について述べる。なお、化学成分の%は質量%である。
【0019】
C:0.12~0.30%
Cは素材硬さを上昇させる成分である。Cが0.12%未満であると、窒化後の芯部硬さが十分に得られず低下するので、部品としての強度不足を招くこととなる。他方、Cが過多であると素材硬さが上昇することで加工性が低下してしまう。すなわち、被削性、冷間加工性が劣ることとなる。また窒素の鋼表面からの拡散を阻害することとなり、硬化層深さが低減してしまう。そこで、Cは0.30%以下とする。。
【0020】
Si:0.10~0.40%
Siは鋼の製造時の脱酸に有用な成分である。Siが0.10%未満であると、製造時の脱酸不足を招きやすくなるので、介在物品位が低下してしまうことなる。他方、Siが0.40%を超えると、素材硬さの上昇によりかえって加工性が低下してしまうこととなる。そこで、Siは0.10~0.40%とする。
【0021】
Mn:0.50~1.50%
Mnは芯部硬さ(素材硬さ)を向上させる成分であることから、Mnが0.50%を下回ると、芯部硬さが不足を招く。他方、Mnは素材硬さが増すと被削性や鍛造性などの加工性を阻害するので加工性が低下することとなる。そこで、Mnは0.50~1.50%とする。
【0022】
Cr:0.50~2.00%
Crは、鋼の芯部硬さを向上させ、また鋼を窒化した際の硬さを向上させる成分である。Crが過少であると、窒化後の硬さが不足することとなり、芯部硬さも不十分なものとなる。他方、Crが過多であると、素材硬さが上昇することで加工性が低下する。また、窒素の拡散が阻害されることによって、硬化層深さが低減する。
そこで、Crは0.50~2.00%とする。望ましくは、Crは1.00~1.80%である。
【0023】
Mo:0.03~0.30%
Moは、素材硬さを向上させる成分である。Moが0.03%を下回ると、窒化後の芯部硬さを低下させ、強度不足を招く。他方、Moが0.30%を超えると、素材硬さの上昇によりかえって加工性が低下してしまい、被削性、冷間加工性が劣ることとなる。
【0024】
Al:0.025~0.300%
Alは製造時の脱酸に有用な成分である。Alが過少であると、鋼の製造時の脱酸不足を招きやすく、介在物品位が低下する。また、窒化した後の鋼部品の表面硬さ、硬化層深さも不足することとなる。Alが過多であると、粗大な窒化物(AlN)が形成することで、疲労特性や加工性が低下することとなる。そこで、Alは0.025~0.300%とする。望ましくはAlは0.050~0.200%である。
【0025】
N:0.004~0.030%
Nは炭窒化物を形成する成分である。Nが過少であると炭窒化物が不足し、結晶粒が粗大化するので、靭性や疲労特性が低下しやすくなる。他方、Nが過多であると、粗大な炭窒化物が形成される結果、疲労特性や加工性が低下し、またピン止め効果のある微細な炭窒化物が減少することからピンニング効果が発揮されず、結晶粒が粗大化する。そこで、Nは0.004~0.030%とする。
【0026】
V:0.05~0.30%
Vは鋼の硬度を向上させるために有用な成分であり、窒素拡散を阻害する影響が小さいので硬化層の深さの減少を防止するためにも有用な成分である。AlとVは複合的に作用して、VはNとのクラスターを形成しNの拡散を担保し、そこにAlとNの窒化物が発生することで硬化層深さが向上するので、硬化層深さが大きく向上する。Vが過少であると硬化層深さが不足する。他方、Vが過多であると、加工性が悪化するほか、V成分に起因してコストが増加する。そこで、Vは0.05~0.30%とする。
【0027】
なお、残部はFe及び不可避不純物である。なお、PとSはいずれも不可避的不純物として含有される場合があるので、次のとおり上限を規定する。
【0028】
P:0.030%以下(不可避不純物)
Pは粒界偏析を助長して靭性を低下させる成分である。そこで、不可避的不純物としてPが含まれる場合、Pは0.030%以下とする。
【0029】
S:0.030%以下(不可避不純物)
Sが過多であると、粗大なMnSを多量に形成することから、靭性や疲労強度の低下を招く。そこで、Sが含まれる場合は、Sは0.030%以下とする。
【0030】
本発明における選択的付加的成分について説明する。本発明の鋼の成分に、以下の範囲において、Nb、Ti、Bのうち1種または2種以上を選択して添加することができる。
【0031】
Nb:0.10%以下
Nbは硬さを向上させる成分であるが、過多になると硬さの上昇に伴って加工性が悪化してしまう。そこで、Nbを含有する場合は、0.10%以下までとする。
【0032】
Ti:0.020~0.200%
Tiは窒化物や炭窒化物の析出により硬度を向上させる成分である。Tiが0.020%を下回ると、微細な窒化物量に不足するので、Tiによって曲げ疲労強度の強化が十分に得られることはない。他方、Tiが過多であると、粗大な炭窒化物が増加することから、曲げ疲労強度が低下することとなる。そこで、Tiを添加する場合は、0.020~0.200%とする。
【0033】
B:0.0030%以下
Bは素材硬さを上昇させる成分であるが、0.0030%を超えると、素材硬さの上昇に伴い加工性が低下してしまう。また、炭ホウ化物形成による脆化も招来してしまう。そこで、Bを添加する場合は、0.0030%以下とする。
【0034】
次に、式1及び式2を規定する理由について説明する。
0.15<0.10×Cr+0.67×Al+0.24×V<0.43・・・式1
0.25<0.80×C+0.10×Cr+0.36×Mo<0.50・・・式2
各式の元素記号には、該当する鋼成分の質量%の値を代入して求める。
【0035】
まず、式1は、CrとAlとVを用いた指標で、窒化硬さと硬化層深さに関わる指標である。式1の数値が0.15以下であると、窒化硬さに不足したり、硬化層深さが不足することとなる。0.43以上である場合も硬化層深さが不足しやすくなる。
【0036】
式2はCとCrとMoを用いた指標で、窒化後の芯部硬さや素材硬さに関わる指標である。式2の値が0.25以下であると、芯部硬さが不足し、強度不足を招来する。式2の値が0.50以上であると、素材硬さが高すぎて部品の加工性(被削性や冷間加工性)が悪くなることとなる。
【0037】
窒化前の組織がフェライト及びベイナイトからなる組織であって、かつ、ベイナイトの割合が面積率で30~85%であること
本発明の窒化用鋼は、窒化処理前の組織がフェライト+ベイナイト組織であり、その組織中におけるベイナイトの割合は、面積率で30~85%であることが望ましい。
ベイナイトの割合が30%未満と過少であると、素材硬さが低くなり、部品全体の強度が十分に得られないこととなる。他方、ベイナイトの割合が85%超であると、芯部硬さが高くなりすぎ、加工性が悪くなってしまう。そこで、ベイナイトの割合を、面積率で30~85%とすることが望ましく、かかる鋼は芯部硬さと被削性のバランスに優れるものとなる。
なお、窒化前組織がマルテンサイト組織であると硬さに優れる。もっとも、特定の部品用途以外では硬さが過剰となるので、硬すぎることで製造性が下がってしまう。またマルテンサイト組織であると熱処理ひずみが発生しやすく切削工程の追加が必要になる場合がある。
【0038】
焼準後硬さ:190~315Hv
焼準後の芯部硬さが過度に硬すぎると、加工性に劣ることとなる。他方で、焼準後の芯部硬さが不足すると、窒化後の芯部硬さが不足し、ギアなどの部品全体の強度に不足することともなる。そこで、好ましい焼準後硬さは190~315Hvである。
【0039】
表1の実施例1~19、比較例1~5に示す各化学成分と残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼について、100kgを真空溶解炉で溶製した。次いで、熱間鍛造により径40mmの棒鋼を作製し、その後、焼ならしとして700~950℃の温度で1~3時間保持後、空冷を実施した。ベイナイト変態を促すように実施例では冷却速度は0.3-0.6℃/sとしている。
【0040】
焼ならしはカンタル炉を用い、具体的には次の手順で実施している。まず、所定の保持温度に設定した炉内に、上記の成分の各供試材を投入し、供試材の昇温時間を30分確保する。その後、任意の時間保持してから、空冷もしくは水冷を実施する。保持時間の選定については炉に装入する鋼材の量や寸法を考慮するものとする。
【0041】
さらに焼ならし後に、580℃で2~6時間の窒化処理を実施した。
【0042】
【表1】
【0043】
次いで、鋼組織中におけるベイナイトの面積率(%)、窒化後の表面硬さ、窒化後の硬化層深さ、及び芯部硬さ(焼準後硬さ)を次の手順で測定し、表2に示した。
【0044】
【表2】
【0045】
<評価方法>
表1の各鋼の表面からの硬さ分布をJIS Z 2244に準拠してビッカース硬度計にて測定し、表1に示す各実施例鋼および各比較例鋼の表面硬さと有効硬化層の深さを表2に記載する。
(1)表面硬さ
表面硬さは、表面から0.05mmの深さ位置における硬さとし、JIS Z 2244に準拠してビッカース硬度計にて測定した。
(2)表面硬化層深さ
表面からの硬さ分布をJIS Z 2244に準拠してビッカース硬度計にて測定し、400Hv以上の硬さを維持している領域を硬化層深さとした。
(3)窒化後の芯部硬さ
窒化後の試験片を切断し断面の芯部硬さをJIS Z 2244に準拠してビッカース硬度計にて測定した。
【0046】
また、窒化前の各鋼の組織については、焼準後の各鋼を鏡面研磨し、ナイタール液でエッチングした後、光学顕微鏡で観察し、各組織を特定し、判別した。判別された各組織については、撮像された顕微鏡画像について画像処理ソフトで当該ピクセル数をカウントするなどして、組織毎の比率を求め、全組織中におけるベイナイトの面積率を%で表2に示した。
【0047】
本願の実施例No.1~19の鋼は、ベイナイト組織の面積率が35~80%であり、芯部硬さが190~315Hvと加工性に優れている。また、これらの鋼を窒化した場合には、その窒化後の表面硬さが700Hv以上となるものであって、硬化層深さが0.30mm以上となるなど、実用性のある窒化層が形成されており、加工性とのバランスに優れた窒化用鋼となっている。そこで、これらの鋼で加工された部品に窒化処理をすることで、機械構造用部品、とりわけ歯車などの動力伝達部品を好適に得ることができる。
【0048】
比較例No.1は、CとMnが過多であり、式2の値もオーバーしており、ベイナイト組織も過多となっている。そして、芯部硬さが高すぎて加工性に劣ったものとなっている。また硬化層深さが不足している。
比較例No.2は、AlとVが過少であり、硬化層深さが不足している。
比較例No.3は、式1、式2の値がいずれも下回っており、満足しておらず、表面硬さが低く、芯部硬さも不足している。
比較例No.4は、Moが過少であり、芯部硬さが不足し、窒化後の硬化層深さも不足している。
比較例No.5は、式1の値が下回っており、窒化後の表面硬さ及び硬化層深さが不足している。