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特開2024-508アミノアシル-tRNA合成酵素、カイコ、非天然アミノ酸含有タンパク質の製造方法、及びシルクタンパク質
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024000508
(43)【公開日】2024-01-05
(54)【発明の名称】アミノアシル-tRNA合成酵素、カイコ、非天然アミノ酸含有タンパク質の製造方法、及びシルクタンパク質
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/55 20060101AFI20231225BHJP
   A01K 67/033 20060101ALI20231225BHJP
   C12N 9/16 20060101ALI20231225BHJP
   C12N 15/113 20100101ALI20231225BHJP
   C12P 21/00 20060101ALI20231225BHJP
   C07K 14/435 20060101ALI20231225BHJP
【FI】
C12N15/55
A01K67/033 501
C12N9/16 Z ZNA
C12N15/113 Z
C12P21/00 A
C07K14/435
【審査請求】未請求
【請求項の数】16
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023086125
(22)【出願日】2023-05-25
(31)【優先権主張番号】P 2022099078
(32)【優先日】2022-06-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(71)【出願人】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100154852
【弁理士】
【氏名又は名称】酒井 太一
(72)【発明者】
【氏名】寺本 英敏
(72)【発明者】
【氏名】小島 桂
(72)【発明者】
【氏名】伊賀 正年
(72)【発明者】
【氏名】吉岡 太陽
(72)【発明者】
【氏名】坂本 健作
(72)【発明者】
【氏名】山口 芳美
【テーマコード(参考)】
4B064
4H045
【Fターム(参考)】
4B064AG01
4B064CA19
4B064CC24
4B064DA16
4B064DA20
4H045AA10
4H045AA20
4H045CA51
4H045EA60
4H045FA74
(57)【要約】
【課題】チロシンをターゲットとする遺伝暗号拡張手法をカイコに適用可能な、アミノアシル-tRNA合成酵素を提供する。非天然チロシン含有タンパク質を製造可能なカイコを提供する。
【解決手段】配列番号1~4のいずれかに示されるアミノ酸配列等の所定のアミノ酸配列を含み、チロシン特異的tRNAに所望の非天然アミノ酸を結合させる活性を有する、アミノアシル-tRNA合成酵素。前記非天然アミノ酸はチロシン類縁体であることが好ましい。前記アミノアシル-tRNA合成酵素を絹糸腺に発現するカイコ。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a1)~(d3)のいずれか一つのアミノ酸配列を含み、チロシン特異的tRNAに所望の非天然アミノ酸を結合させる活性を有する、アミノアシル-tRNA合成酵素。
(a1)配列番号1に示されるアミノ酸配列
(a2)配列番号1に示されるアミノ酸配列のアミノ酸番号36位及び179位以外の部位において、1~数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換若しくは付加されたアミノ酸配列
(a3)配列番号1に示されるアミノ酸配列のアミノ酸番号36位及び179位以外の部位において、80%以上の同一性を有するアミノ酸配列
(b1)配列番号2に示されるアミノ酸配列
(b2)配列番号2に示されるアミノ酸配列のアミノ酸番号36位及179位以外の部位において、1~数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換若しくは付加されたアミノ酸配列
(b3)配列番号2に示されるアミノ酸配列のアミノ酸番号36位及び179位以外の部位において、80%以上の同一性を有するアミノ酸配列
(c1)配列番号3に示されるアミノ酸配列
(c2)配列番号3に示されるアミノ酸配列のアミノ酸番号36位及び179位以外の部位において、1~数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換若しくは付加されたアミノ酸配列
(c3)配列番号3に示されるアミノ酸配列のアミノ酸番号36位及び179位以外の部位において、80%以上の同一性を有するアミノ酸配列
(d1)配列番号4に示されるアミノ酸配列
(d2)配列番号4に示されるアミノ酸配列のアミノ酸番号36位及び179位以外の部位において、1~数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換若しくは付加されたアミノ酸配列
(d3)配列番号4に示されるアミノ酸配列のアミノ酸番号36位及び179位以外の部位において、80%以上の同一性を有するアミノ酸配列
【請求項2】
前記非天然アミノ酸はチロシン類縁体である、請求項1に記載のアミノアシル-tRNA合成酵素。
【請求項3】
前記非天然アミノ酸は、下記一般式(1)で表されるアミノ酸である、請求項1に記載のアミノアシル-tRNA合成酵素。
【化1】
[式(1)中、Rはハロゲン原子、アシル基、エチニル基、シアノ基、アジド基、又はニトロ基を表す。
nはRの数を表し、1~4のいずれかの整数であり、nが2以上である場合、R同士は互いに同一でも異なっていてもよい。]
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載のアミノアシル-tRNA合成酵素を絹糸腺に発現するカイコ。
【請求項5】
前記アミノアシル-tRNA合成酵素をコードするポリヌクレオチド、並びに、該ポリヌクレオチドを絹糸腺特異的に発現させるプロモーターを有する、請求項4に記載のカイコ。
【請求項6】
前記ポリヌクレオチドを絹糸腺特異的に発現させるプロモーターは、前記ポリヌクレオチドを後部絹糸腺特異的に発現させるプロモーターである、請求項5に記載のカイコ。
【請求項7】
前記ポリヌクレオチドを絹糸腺特異的に発現させるプロモーターは、フィブロインL鎖、フィブロインH鎖、又はP25/fhx由来のプロモーターである、請求項5に記載のカイコ。
【請求項8】
請求項1~3のいずれか一項に記載のアミノアシル-tRNA合成酵素を絹糸腺に発現するカイコに、非天然アミノ酸を投与する工程を有する、非天然アミノ酸含有タンパク質の製造方法。
【請求項9】
前記カイコが、前記アミノアシル-tRNA合成酵素をコードするポリヌクレオチド、並びに、該ポリヌクレオチドを絹糸腺特異的に発現させるプロモーターを有する、請求項8に記載の製造方法。
【請求項10】
前記非天然アミノ酸はチロシン類縁体である、請求項8に記載の製造方法。
【請求項11】
前記非天然アミノ酸は、下記一般式(1)で表されるアミノ酸である、請求項8に記載の製造方法。
【化2】
[式(1)中、Rはハロゲン原子、アシル基、エチニル基、シアノ基、アジド基、又はニトロ基を表す。
nはRの数を表し、1~4のいずれかの整数であり、nが2以上である場合、R同士は互いに同一でも異なっていてもよい。]
【請求項12】
前記Rが塩素原子又はヨウ素原子である、請求項11に記載の製造方法。
【請求項13】
前記非天然アミノ酸含有タンパク質が、シルクタンパク質である、請求項8に記載の製造方法。
【請求項14】
チロシン類縁体を含有し、前記チロシン類縁体は、チロシンの側鎖の少なくとも一つ以上の水素原子がハロゲン原子、又はニトロ基によって置換されている、シルクタンパク質。
【請求項15】
前記シルクタンパク質がフィブロインを含む、請求項14に記載のシルクタンパク質。
【請求項16】
前記チロシン類縁体は、チロシンの側鎖の1つ以上の水素原子が塩素原子又はヨウ素原子によって置換されている、請求項14又は15に記載のシルクタンパク質。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アミノアシル-tRNA合成酵素、カイコ、非天然アミノ酸含有タンパク質の製造方法、及びシルクタンパク質に関する。
【背景技術】
【0002】
シルクは、環境への負荷の低い循環型素材として、繊維素材としてのみならず医療素材、電子材料、産業用資材等として多方面での活用が期待されている。
【0003】
バイオテクノロジーや化学的手法を利用して天然シルクの性質を改変する技術は、多方面への活用を進める上で重要な技術である。近年、天然には存在しない人工アミノ酸を一次構造中に直接導入する遺伝暗号拡張手法が、新たな形でのタンパク質改変を可能にするバイオテクノロジーとして発展している。
しかし、カイコ個体ではフェニルアラニン(Phe)又はメチオニン(Met)をターゲットとする遺伝暗号拡張手法が報告されているのみである(特許文献1~2、非特許文献1~3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2015-015927号公報
【特許文献2】国際公開第2018/190333号
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】寺本英敏 “カイコの遺伝暗号拡張による非天然アミノ酸含有タンパク質素材の創製” 生化学 2021, 93, 298-304.
【非特許文献2】Teramoto H. et al. “Genetic Code Expansion of the Silkworm Bombyx mori to Functionalize Silk Fiber” ACS Synth. Biol. 2018, 7, 801-806.
【非特許文献3】Teramoto H. and Kojima K. “Incorporation of Methionine Analogues Into Bombyx mori Silk Fibroin for Click Modifications” Macromol. Biosci. 2015, 15, 719-727.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、Pheはフィブロインの非結晶領域にのみ少量(35個/分子)存在し、大規模な化学修飾やバルク状態でのシルクの物性を改変するためのターゲットとしては適していない。Metも非結晶領域にのみ存在し、さらに少数(4個/分子)である。
【0007】
一方、チロシン(Tyr)は、フィブロインの結晶領域と非結晶領域の双方に存在し、Phe及びMetに比べ存在量が多い(287個/分子)。
【0008】
そこで本発明は、チロシン(Tyr)をターゲットとする遺伝暗号拡張手法をカイコに適用可能な、アミノアシル-tRNA合成酵素を提供することを目的とする。
また、本発明は、非天然アミノ酸含有タンパク質を製造可能な、カイコ、及び非天然アミノ酸含有タンパク質の製造方法を提供することを目的とする。
また、本発明は、チロシン類縁体を含有する、シルクタンパク質を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、新規にアッセイ系を構築し、多くのチロシル-tRNA合成酵素の変異体を作製するとともにそれらの活性を検討した。その結果、カイコチロシル-tRNA合成酵素のアミノ酸配列の、36位及び179位のアミノ酸に特定の変異を有するものが、非天然チロシンの認識の特異性に優れるものであることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は以下の態様を有する。
【0010】
<1> 以下の(a1)~(d3)のいずれか一つのアミノ酸配列を含み、チロシン特異的tRNAに所望の非天然アミノ酸を結合させる活性を有する、アミノアシル-tRNA合成酵素。
(a1)配列番号1に示されるアミノ酸配列
(a2)配列番号1に示されるアミノ酸配列のアミノ酸番号36位及び179位以外の部位において、1~数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換若しくは付加されたアミノ酸配列
(a3)配列番号1に示されるアミノ酸配列のアミノ酸番号36位及び179位以外の部位において、80%以上の同一性を有するアミノ酸配列
(b1)配列番号2に示されるアミノ酸配列
(b2)配列番号2に示されるアミノ酸配列のアミノ酸番号36位及179位以外の部位において、1~数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換若しくは付加されたアミノ酸配列
(b3)配列番号2に示されるアミノ酸配列のアミノ酸番号36位及び179位以外の部位において、80%以上の同一性を有するアミノ酸配列
(c1)配列番号3に示されるアミノ酸配列
(c2)配列番号3に示されるアミノ酸配列のアミノ酸番号36位及び179位以外の部位において、1~数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換若しくは付加されたアミノ酸配列
(c3)配列番号3に示されるアミノ酸配列のアミノ酸番号36位及び179位以外の部位において、80%以上の同一性を有するアミノ酸配列
(d1)配列番号4に示されるアミノ酸配列
(d2)配列番号4に示されるアミノ酸配列のアミノ酸番号36位及び179位以外の部位において、1~数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換若しくは付加されたアミノ酸配列
(d3)配列番号4に示されるアミノ酸配列のアミノ酸番号36位及び179位以外の部位において、80%以上の同一性を有するアミノ酸配列
<2> 前記非天然アミノ酸はチロシン類縁体である、前記<1>に記載のアミノアシル-tRNA合成酵素。
<3> 前記非天然アミノ酸は、下記一般式(1)で表されるアミノ酸である、前記<1>に記載のアミノアシル-tRNA合成酵素。
【化1】
[式(1)中、Rはハロゲン原子、アシル基、エチニル基、シアノ基、アジド基、又はニトロ基を表す。
nはRの数を表し、1~4のいずれかの整数であり、nが2以上である場合、R同士は互いに同一でも異なっていてもよい。]
<4> 前記<1>~<3>のいずれか一つに記載のアミノアシル-tRNA合成酵素を絹糸腺に発現するカイコ。
<5> 前記アミノアシル-tRNA合成酵素をコードするポリヌクレオチド、並びに、該ポリヌクレオチドを絹糸腺特異的に発現させるプロモーターを有する、前記<4>に記載のカイコ。
<6> 前記ポリヌクレオチドを絹糸腺特異的に発現させるプロモーターは、前記ポリヌクレオチドを後部絹糸腺特異的に発現させるプロモーターである、前記<5>に記載のカイコ。
<7> 前記ポリヌクレオチドを絹糸腺特異的に発現させるプロモーターは、フィブロインL鎖、フィブロインH鎖、又はP25/fhx由来のプロモーターである、前記<5>に記載のカイコ。
<8> 前記<1>~<3>のいずれか一つに記載のアミノアシル-tRNA合成酵素を絹糸腺に発現するカイコに、非天然アミノ酸を投与する工程を有する、非天然アミノ酸含有タンパク質の製造方法。
<9> 前記カイコが、前記アミノアシル-tRNA合成酵素をコードするポリヌクレオチド、並びに、該ポリヌクレオチドを絹糸腺特異的に発現させるプロモーターを有する、前記<8>に記載の製造方法。
<10> 前記非天然アミノ酸はチロシン類縁体である、前記<8>又は<9>に記載の製造方法。
<11> 前記非天然アミノ酸は、下記一般式(1)で表されるアミノ酸である、前記<8>~<10>のいずれか一つに記載の製造方法。
【化2】
[式(1)中、Rはハロゲン原子、アシル基、エチニル基、シアノ基、アジド基、又はニトロ基を表す。
nはRの数を表し、1~4のいずれかの整数であり、nが2以上である場合、R同士は互いに同一でも異なっていてもよい。]
<12> 前記Rが塩素原子又はヨウ素原子である、前記<11>に記載の製造方法。
<13> 前記非天然アミノ酸含有タンパク質が、シルクタンパク質である、前記<8>~<12>のいずれか一つに記載の製造方法。
<14> チロシン類縁体を含有し、前記チロシン類縁体は、チロシンの側鎖の少なくとも一つ以上の水素原子がハロゲン原子、又はニトロ基によって置換されている、シルクタンパク質。
<15> 前記シルクタンパク質がフィブロインを含む、前記<14>に記載のシルクタンパク質。
<16> 前記チロシン類縁体は、チロシンの側鎖の1つ以上の水素原子が塩素原子又はヨウ素原子によって置換されている、前記<14>又は<15>に記載のシルクタンパク質。
【0011】
前記<8>は、別の側面として、以下の態様を有していてもよい。
<8’> 前記<1>~<7>のいずれか一つに記載のカイコに、非天然アミノ酸を投与する工程を有する、非天然アミノ酸含有タンパク質の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、チロシン(Tyr)をターゲットとする遺伝暗号拡張手法をカイコに適用可能な、アミノアシル-tRNA合成酵素を提供できる。
また、本発明によれば、非天然アミノ酸含有タンパク質を製造可能な、カイコ、及び非天然アミノ酸含有タンパク質の製造方法を提供できる。
また、本発明によれば、チロシン類縁体を含有する、シルクタンパク質を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】実施例で使用したAmber Suppression System(ASS)の概要を説明する模式図である。
図2】ASSの構築にあたり、大腸菌でBmtRNAを発現させた結果を示す図である。
図3】ASSの構築にあたり、大腸菌でBmTyrRSとMJR11bを組み合わせて発現させた場合での結果を示す図である。
図4】BmTyrRS(Y36V/Q179C)変異体、及びBmTyrRS(H74A/D170T)変異体の、チロシン及びチロシン誘導体に係る活性を確認した結果を示す図である。
図5】ヒトTyrRSのアミノ酸結合部位の結晶構造示す模式図である。
図6】ランダム・レプリカ法によるBmTyrRS(36位/179位変異体)のクロラムフェニコール耐性の検定結果を示す図である。
図7】ランダム・レプリカ法で単離されたBmTyrRS変異体(36位/179位変異)のクロラムフェニコール耐性の確認結果を示す図である。
図8】実施例で作製した組換えベクターの構造を示す模式図である。
図9】3-AzTyrを含む人工飼料で飼育した、H12~15系統が生産したフィブロインの、一頭あたりの重量を示すグラフである。
図10】3-AzTyrを含む人工飼料で飼育した、H12~15系統が生産したフィブロイン中の、3-AzTyrの存在に由来する蛍光標識の検出結果を示す画像である。
図11】ハロゲン化Tyrを含む人工飼料で飼育した、H12~15系統が生産したフィブロインの、一頭あたりの重量を示すグラフである。
図12】ハロゲン化Tyrを含む人工飼料で飼育した、H12~15系統が生産したフィブロインへのハロゲン化Tyr導入量の指標となる、質量分析結果の質量スペクトルのピークの強度比の結果を示すグラフである。
図13】ハロゲン化Tyr含有フィブロインの熱重量分析データである。
図14】ハロゲン化Tyr含有フィブロインの示差走査熱量測定データである。
図15】ハロゲン化Tyr含有精練糸の最大点応力の平均値を示すデータである。
図16】ハロゲン化Tyr含有精練糸のヤング率の平均値を示すデータである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明のアミノアシル-tRNA合成酵素、カイコ、非天然アミノ酸含有タンパク質の製造方法、及びシルクタンパク質の実施形態を説明する。
【0015】
≪アミノアシル-tRNA合成酵素≫
実施形態のアミノアシル-tRNA合成酵素は、以下の(a1)~(d3)のいずれか一つのアミノ酸配列を含み、チロシン特異的tRNAに所望の非天然アミノ酸を結合させる活性を有するタンパク質である。
(a1)~(d3)とは、以下の(a1)~(a3)、(b1)~(b3)、(c1)~(c3)及び(d1)~(d3)である。
【0016】
(a1)配列番号1に示されるアミノ酸配列
(a2)配列番号1に示されるアミノ酸配列のアミノ酸番号36位及び179位以外の部位において、1~数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換若しくは付加されたアミノ酸配列
(a3)配列番号1に示されるアミノ酸配列のアミノ酸番号36位及び179位以外の部位において、80%以上の同一性を有するアミノ酸配列
【0017】
(b1)配列番号2に示されるアミノ酸配列
(b2)配列番号2に示されるアミノ酸配列のアミノ酸番号36位及179位以外の部位において、1~数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換若しくは付加されたアミノ酸配列
(b3)配列番号2に示されるアミノ酸配列のアミノ酸番号36位及び179位以外の部位において、80%以上の同一性を有するアミノ酸配列
【0018】
(c1)配列番号3に示されるアミノ酸配列
(c2)配列番号3に示されるアミノ酸配列のアミノ酸番号36位及び179位以外の部位において、1~数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換若しくは付加されたアミノ酸配列
(c3)配列番号3に示されるアミノ酸配列のアミノ酸番号36位及び179位以外の部位において、80%以上の同一性を有するアミノ酸配列
【0019】
(d1)配列番号4に示されるアミノ酸配列
(d2)配列番号4に示されるアミノ酸配列のアミノ酸番号36位及び179位以外の部位において、1~数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換若しくは付加されたアミノ酸配列
(d3)配列番号4に示されるアミノ酸配列のアミノ酸番号36位及び179位以外の部位において、80%以上の同一性を有するアミノ酸配列
【0020】
tRNAのアミノアシル化は、それぞれのアミノ酸に対応するアミノアシル-tRNA合成酵素(aaRS)によって触媒される。aaRSはタンパク質を構成する20種のアミノ酸間で厳密な基質特異性を有している。例えば、チロシンに対応するaaRSは、チロシル-tRNA合成酵素(TyrRS)と呼ばれる。
前記(a1)~(d3)のアミノ酸配列を有するタンパク質は、カイコTyrRSのポリペプチド分子の全長に該当するものであって、チロシン特異的tRNAに所望の非天然アミノ酸を結合させる活性を有する。
【0021】
即ち、より具体的には、実施形態のアミノアシル-tRNA合成酵素は、上記の(a1)~(d3)のいずれか一つのアミノ酸配列から構成され、チロシン特異的tRNAに所望の非天然アミノ酸を結合させる活性を有するタンパク質であるといえる。
【0022】
このチロシン特異的tRNAに所望の非天然アミノ酸を結合させる活性を有するタンパク質は、該活性を有していればよいのであって、前記(a1)~(d3)のいずれかの配列に加えて、タンパク質タグ等の任意の配列(例えば、ヒスチジンタグ、HAタグ、GFP等)をさらに有していてもよい。任意の配列は、タンパク質のC末端に付加されていることが好ましい。
【0023】
配列番号5に、野生型のカイコチロシル-tRNA合成酵素のアミノ酸配列を示す。
本実施形態のアミノアシル-tRNA合成酵素は、配列番号1~4に示されるように、配列番号5のアミノ酸配列において、少なくとも、アミノ酸番号36位及び179位にアミノ酸置換を有する。
【0024】
各配列番号1~4の、配列番号5のアミノ酸配列の、36位のTyr(Y)及び179位のGln(Q)における置換は以下である。
【0025】
配列番号1:
36位 Tyr(Y)からLeu(L)への置換
179位 Gln(Q)からLeu(L)への置換
【0026】
配列番号2:
36位 Tyr(Y)からVal(V)への置換
179位 Gln(Q)からLeu(L)への置換
【0027】
配列番号3:
36位 Tyr(Y)からThr(T)への置換
179位 Gln(Q)からLeu(L)への置換
【0028】
配列番号4:
36位 Tyr(Y)からIle(I)への置換
179位 Gln(Q)からIle(I)への置換
【0029】
上記の(a2)、(b2)、(c2)及び(d2)のアミノ酸配列の、アミノ酸番号36位及び179位以外の部位において、欠失、挿入、置換若しくは付加されてよいアミノ酸の数としては、1~50個であってもよく、1~40個であってもよく、1~30個であってもよく、1~20個であってもよく、1~10個であってもよく、1~5個であってもよく、1~3個であってもよく、1~2個であってもよい。
【0030】
上記の(a3)、(b3)、(c3)及び(d3)のアミノ酸配列の、アミノ酸番号36位及び179位以外の部位における同一性としては、80%以上であってもよく、85%以上であってもよく、90%以上であってもよく、95%以上であってもよく、99%以上であってもよい。
【0031】
後述の実施例において示されるように、本発明者らによる天然/非天然チロシンを標的とした、カイコTyrRSの網羅的なアミノ酸置換の解析の結果、アミノ酸番号36位及び179位に、上記のアミノ酸置換を有するアミノアシル-tRNA合成酵素は、天然チロシンを認識し難く、非天然チロシンの認識の特異性に優れるものであることを見出だした。
【0032】
本実施形態のアミノアシル-tRNA合成酵素は、非天然チロシンの認識の特異性に優れることから、非天然アミノ酸含有タンパク質の製造において、高効率に非天然アミノ酸を含有させることを可能とする、非常に有用なものである。
【0033】
実施形態のアミノアシル-tRNA合成酵素は、チロシン特異的tRNAに所望の非天然アミノ酸を結合させる活性を有する。当該非天然アミノ酸は、L体であってよい。
当該非天然アミノ酸としては、チロシン類縁体であることが好ましい。チロシン類縁体としては、チロシンの側鎖の少なくとも一つ以上の水素原子が置換基によって置換されていることが好ましく、チロシン側鎖のベンゼン環の少なくとも一つ以上の水素原子が置換基によって置換されていることがより好ましい。前記置換基としては、例えば、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素等のハロゲン原子;アセチル基等のアシル基;エチニル基;シアノ基;アジド基;ニトロ基等が挙げられ、ハロゲン原子、アジド基、又はニトロ基が好ましく、ハロゲン原子又はアジド基がより好ましい。
【0034】
チロシン類縁体としては、下記一般式(1)で表されるチロシン類縁体が好ましい。
【0035】
【化3】
【0036】
[式(1)中、Rはハロゲン原子、アシル基、エチニル基、シアノ基、アジド基、又はニトロ基を表す。
nはRの数を表し、1~4のいずれかの整数であり、nが2以上である場合、R同士は互いに同一でも異なっていてもよい。]
【0037】
nは1~3のいずれかの整数であってよく、1又は2であってよく、1であってよい。
【0038】
式(1)中、Rはハロゲン原子、アセチル基、エチニル基、シアノ基、アジド基、又はニトロ基であることが好ましい。
【0039】
式(1)中、Rはハロゲン原子、アジド基、又はニトロ基であることがより好ましく、ハロゲン原子又はアジド基であることがさらに好ましい。
前記Rのハロゲン原子としては、塩素、臭素、又はヨウ素が好ましい。
【0040】
上記式(1)において、例えばnが2である場合のチロシン類縁体の一例として、3,5-ブロモチロシン、3-ブロモ-5-ニトロチロシン、2-フルオロ-3-アジドチロシン等を例示できる。
【0041】
前記一般式(1)で表されるチロシン類縁体としては、下記一般式(1-1)で表されるチロシン類縁体であることが好ましい。
【0042】
【化4】
【0043】
[式(1-1)中、R、R及びRはそれぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、アシル基、エチニル基、シアノ基、アジド基、又はニトロ基を表す。ただし、R、R及びRの全てが水素原子となることはない。]
【0044】
前記式(1-1)における前記R、R及びRとしては、それぞれ独立して、ハロゲン原子、アジド基、又はニトロ基であることが好ましく、ハロゲン原子又はアジド基であることがより好ましい。
【0045】
前記一般式(1-1)で表されるチロシン類縁体としては、下記一般式(1-2)で表されるチロシン類縁体であることが好ましい。
【0046】
【化5】
【0047】
[式(1-2)中、Rはハロゲン原子、アジド基、又はニトロ基を表す。]
【0048】
前記式(1-2)における前記Rとしては、ハロゲン原子、又はアジド基が好ましい。
【0049】
≪カイコ≫
実施形態のカイコは、本発明の一実施形態のアミノアシル-tRNA合成酵素を絹糸腺に発現するものである。
【0050】
実施形態のアミノアシル-tRNA合成酵素としては、上記に例示したものが挙げられる。
【0051】
実施形態のアミノアシル-tRNA合成酵素を絹糸腺に発現するカイコによれば、絹糸腺で作られるタンパク質に対し本来のコドンとは通常は対応しないアミノ酸(非天然アミノ酸)を導入することが可能である。
【0052】
また、実施形態のアミノアシル-tRNA合成酵素は、非天然チロシンの認識の特異性に優れることから、これを発現する実施形態のカイコは、絹糸腺で作られるタンパク質に対し、高効率に該非天然アミノ酸を導入することができる。
【0053】
実施形態のアミノアシル-tRNA合成酵素をカイコ全体に発現させることによって生じる毒性を回避するという観点からは、実施形態のカイコは、本発明の一実施形態のアミノアシル-tRNA合成酵素を絹糸腺特異的に発現するものであることが好ましい。
【0054】
絹糸腺は、前部絹糸腺、中部絹糸腺及び後部絹糸腺に大別される。実施形態のカイコは、本発明の一実施形態のアミノアシル-tRNA合成酵素を後部絹糸腺に発現することが好ましく、後部絹糸腺特異的に発現することがより好ましい。
【0055】
実施形態のカイコは、実施形態のアミノアシル-tRNA合成酵素をコードするポリヌクレオチド、並びに、該ポリヌクレオチドを絹糸腺特異的に発現させるプロモーターを有するものであることが好ましい。実施形態のカイコは、当該ポリヌクレオチドをゲノム上に有するものであってよく、当該ポリヌクレオチド及びプロモーターがゲノム上に導入された遺伝子組換体、形質転換体、トランスジェニック動物等であってよい。ポリヌクレオチドとしてはDNAであることが好ましい。
【0056】
実施形態のアミノアシル-tRNA合成酵素をコードするポリヌクレオチドは、上記の(a1)~(d3)のいずれか一つのアミノ酸配列に対応するものであればよい。
【0057】
一例として、配列番号1に示されるアミノ酸配列をコードするDNAの塩基配列(実施例1のカイコが有するもの)を、配列番号6に示す。
【0058】
一例として、配列番号2に示されるアミノ酸配列をコードするDNAの塩基配列(実施例2のカイコが有するもの)を、配列番号7に示す。
【0059】
一例として、配列番号3に示されるアミノ酸配列をコードするDNAの塩基配列(実施例3のカイコが有するもの)を、配列番号8に示す。
【0060】
一例として、配列番号4に示されるアミノ酸配列をコードするDNAの塩基配列(実施例4のカイコが有するもの)を、配列番号9に示す。
【0061】
上記の絹糸腺特異的に発現させるプロモーターとしては、前記ポリヌクレオチドを絹糸腺特異的に発現させることができるプロモーターであれば特に制限されず、絹糸腺の上記三つの部位のいずれか一つ又は二つ以上の組み合わせからなる部位で発現、好ましくは特異的に発現させることができるプロモーターであってもよい。
中部絹糸腺特異的に発現させるプロモーターとして、例えば、セリシン1タンパク質またはセリシン2タンパク質をコードするDNAのプロモーターが挙げられる。中部絹糸腺特異的に発現させるプロモーターを用いることにより、中部絹糸腺で生産されるタンパク質に非天然アミノ酸を導入することができる。カイコの中部絹糸腺で生産されるタンパク質としてはセリシンが挙げられる。
また、後部絹糸腺特異的に発現させるプロモーターとしては、フィブロインL鎖(FibL)タンパク質をコードするDNAのプロモーター、フィブロインH鎖(FibH)タンパク質をコードするDNAのプロモーター、P25/fhxタンパク質をコードするDNAのプロモーター等が挙げられ、フィブロインL鎖(FibL)タンパク質をコードするDNAのプロモーターが好ましい。後部絹糸腺特異的に発現させるプロモーターを用いることにより、後部絹糸腺で生産されるタンパク質に非天然アミノ酸を導入することができる。カイコの後部絹糸腺で生産されるタンパク質はフィブロインであり、フィブロインがカイコの繭糸タンパク質の大部分を占めているため、後部絹糸腺特異的に発現させるプロモーターを用いることで、シルクタンパク質の性質の制御がより容易となる。
【0062】
前記プロモーターを用いる際には、同時に、前記ポリヌクレオチドの発現、その後のタンパク質への翻訳等を制御するための他の配列を用いてもよく、そのような配列としては例えば3’UTR(非翻訳領域)、5’UTR配列等が挙げられる。
【0063】
実施形態のカイコの作出に用いるホストのカイコとしては、後述する実施形態の非天然アミノ酸含有タンパク質の製造方法において、非天然アミノ酸を含むタンパク質を製造できるカイコであれば特に制限されず、例えば、遺伝子組換え作製用として広く用いられるw1-pnd等の系統を用いても構わないが、飼料として投与された非天然アミノ酸のカイコ個体への取り込み量を増加させるという観点から、人工飼料摂食性に優れたカイコを用いることが好ましい。例えば、日01号、日509号、日510号、日603号、日604号、中604号、中605号等の品種が好ましく、非天然アミノ酸を含む人工飼料の1個体あたりの摂食量が多い白/CS(系統名:MCS601)がより好ましい。
また、実施形態のカイコを実用系統と交配したF1交雑種を作出してもよい。実用系統としては、日137号、日202号、日509号、日510号、日509号×日510号、日603号×日604号、MNS1、MN2、MNS200、MN202、中146号、中509号×中510号、中604号×中605号、MCS4、日137号×中146号等が挙げられる。
【0064】
また、実施形態のカイコの作出に用いるカイコとしては、前述のとおり特に制限されず、非休眠卵を産下する性質のカイコまたは休眠卵を産下する性質のカイコの、どちらも用いることが可能である。休眠卵を産下する性質のカイコを用いる場合には、「低温暗催青法」を用いて非休眠卵を産下させることができる。すなわち、胚子を胸肢発生期以後、特に剛毛発生期以後を15℃程度に保護する。この低温期間は、日数にして10日以上必要である。胚の反転から頭部着色の頃までを暗黒に保つ。その後孵化した幼虫を飼育して得たカイコ蛾は非休眠卵を産下する。(蚕種総論 著者:高見丈夫 発行:全国蚕種協会(昭和44年5月31日))。
【0065】
低温暗催青法以外の方法として、幼虫期の光条件をコントロールすることで非休眠卵を産下させる方法(特開2003-88274参照)を採択してもよい。
【0066】
低温暗催青法等の方法を用いても非休眠卵が得られないカイコを使用する場合は、カイコ卵を浸酸処理することで、卵を休眠打破してもよい。前記浸酸処理の具体的な方法として、採卵から3~4時間後のカイコ卵を室温で30分間程度塩酸に浸漬させ、水洗により塩酸を洗い流した後、卵を風乾させることが挙げられる。前記塩酸は、例えば比重1.11のものを用いることができる(Ai-Chun Zhao et.al., Insect Science (2012) Vol.19, pp.172-182.参照)。
【0067】
実施形態のカイコの作出方法としては、例えばカイコ卵へポリヌクレオチドを導入する方法が挙げられる。カイコ卵へのポリヌクレオチドの導入は、例えば、カイコの発生初期卵へ、トランスポゾンをベクターとして注射する方法(Tamura,T. ,et.al.,Nature Biotechnology,(2000)Vol.18, pp.81-84.参照)に従って行うことができる。
【0068】
例えば、トランスポゾンの逆位末端反復配列(Handler,A.M.,et.al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A.,(1998)Vol.95, pp.7520-7525.参照。)の間に上記DNAを挿入したベクターとともに、トランスポゾン転移酵素をコードするDNAを有するベクター(ヘルパーベクター)をカイコ卵に導入する方法が挙げられる。ヘルパーベクターとしては、pHA3PIG (Tamura, T., et.al., Nature Biotechnology,(2000)Vol.18, pp.81-84.参照。)が挙げられるが、これに限定されるものではない。
【0069】
本明細書におけるトランスポゾンとしては、piggyBacが好ましいが、これに限定されるものではなく、マリナー(mariner)、ミノス(minos)等を用いることもできる(Shimizu,K.,Insect Mol.Biol.,(2000)Vol.9,pp.277-281.参照。)。
【0070】
また、実施形態のカイコの作出にはバキュロウイルスベクターを使用することもできる(Yamao,M.,et.al., Genes Dev.(1999)Vol.13,pp.511-516.参照。)。
【0071】
上述したトランスポゾンをベクターとして注射する方法、バキュロウイルスベクターを使用する方法、及びその他のカイコ卵へのポリヌクレオチドの導入方法は前記アミノ酸配列を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドに対して用いてもよく、また、実施形態のカイコを用いた非天然アミノ酸含有タンパク質の製造において、製造される任意のタンパク質をコードするポリヌクレオチドに対して用いてもよい。
【0072】
カイコ卵へのポリヌクレオチドの導入は、当業者においては一般的な方法により実施することができる。例えば、以下のように、特開2012-187123号公報に記載の方法で実施することができる。
カイコ卵へポリヌクレオチド注入用の管を使用して直接卵内へポリヌクレオチドを導入することが可能であるが、好ましい態様としては、前もって物理的または化学的に卵殻に穴を空け、該穴からポリヌクレオチドを導入する。
【0073】
本実施形態において、物理的に卵殻に穴を空ける方法としては、例えば針、微小レーザー等を用いて穴を空ける方法が挙げられる。中でも、針を用いた方法によって卵殻に穴を空ける方法が好ましい。用いられる針としては、カイコの卵殻に穴を空けることができるものであれば、その材質、強度等は、特に制限されない。一方、化学的に卵殻に穴を空ける方法としては、例えば薬品(次亜塩素酸等)等を用いて穴を空ける方法が挙げられる。
【0074】
本実施形態において、ポリヌクレオチド導入方法としては、上記のカイコ卵に物理的または化学的に穴を空け、ポリヌクレオチド注入用の管を該穴から卵内に挿入し、ポリヌクレオチドを注入する工程を、針とポリヌクレオチド注入用の管が一体型となったマニュピュレーターを使用して行うことが好ましい。マニュピュレーターを構成要素の1つとする装置を使用できる。
【0075】
このような装置しては、解剖顕微鏡、照明装置、可動式のステージ、顕微鏡に金具で固定した粗動マニュピュレーター、このマニュピュレーターに付けたマイクロマニュピュレーター、ポリヌクレオチドを注射するための空気圧を調整するインジェクターから構成されるものが挙げられる。なお、使用される装置としては、特許第1654050号公報に記載の装置または該装置を改良した装置が挙げられる。
【0076】
カイコ卵にポリヌクレオチドが導入されたか否かは、例えば、注射したポリヌクレオチドを卵から再度抽出して測定する方法(Nagaraju,J., et.al., Appl.Entomol.Zool.,(1996)Vol.31,pp.589-598.参照。)や、注射した遺伝子としてのポリヌクレオチドの卵内での発現を見る方法(Tamura,T.,et.al.,(1990)Jpn. J. Genet.,Vol.65,pp.401-410.参照。)等によって確認することができる。カイコ卵に導入されたポリヌクレオチドが、カイコの染色体に組込まれ、遺伝子組換えカイコが得られたか否かは、たとえばポリヌクレオチドを注射した卵から育った成虫を交配し(相互に、あるいは非組換えカイコと)受精卵を得、その産卵後6~10日にマーカー遺伝子(たとえば、EGFPや、DsRed,CFP,YFPなど)の発現を蛍光顕微鏡で観察することや、体色マーカー遺伝子(たとえば、Bm-aaNATなど)の発現を目視で確認することによって可能である。
【0077】
カイコ卵に導入したポリヌクレオチドがカイコにおいて発現しているかどうかは、インジェクションした卵(G0世代)から成長した個体が産んだ卵(G1世代)については、マーカー遺伝子の発現を蛍光顕微鏡で観察して確認する。なお、カイコからトータルRNAを抽出し、抽出したRNAをテンプレートに、RT-PCRにより導入遺伝子の確認をしてもよい。
【0078】
また、カイコに導入したポリヌクレオチドがカイコ個体のどの部位で発現しているのかを確認する方法は、例えば、幼虫から組織を摘出し、各組織別に発現を確認する方法や、CFP、GFP、EGFP、YFP、DsRED等の既知のレポーター遺伝子等を用い、蛍光顕微鏡を用いてカイコ個体を観察する方法等によって確認することができる。
【0079】
≪非天然アミノ酸含有タンパク質の製造方法≫
実施形態の非天然アミノ酸含有タンパク質の製造方法は、本発明の一実施形態のカイコに、非天然アミノ酸を投与する工程を有する。
【0080】
本明細書において「非天然アミノ酸含有タンパク質」とは、タンパク質が、非天然アミノ酸に由来するアミノ酸残基を含有することを意味する。
【0081】
本実施形態で製造されるタンパク質は、タンパク質の本来のチロシン残基の位置の一部又は全部に、非天然アミノ酸に由来するアミノ酸残基を含有してもよい。
【0082】
実施形態のカイコは、上記≪カイコ≫で例示したものが挙げられる。
【0083】
前記カイコは、前記アミノアシル-tRNA合成酵素をコードするポリヌクレオチド、並びに、該ポリヌクレオチドを絹糸腺特異的に発現させるプロモーターを有するものであることが好ましい。
【0084】
非天然アミノ酸とは、通常はタンパク質を構成しないアミノ酸を意味する。タンパク質を構成するアミノ酸とは、20種の標準天然アミノ酸、セレノシステイン、及びピロリジンを意味する。すなわち、本明細書において、非天然アミノ酸とは、タンパク質を構成するこれらアミノ酸の類縁体(修飾アミノ酸)、又はタンパク質を構成するこれらアミノ酸以外の任意のアミノ酸を意味する。
【0085】
実施形態の非天然アミノ酸含有タンパク質に含まれるアミノ酸はL体であってよい。
【0086】
実施形態のカイコは、チロシン特異的tRNAに所望の非天然アミノ酸を結合させる活性を有するアミノアシル-tRNA合成酵素を発現する。そのため、用いられる非天然アミノ酸はチロシン類縁体であることが好ましい。チロシン類縁体としては、チロシンの側鎖の少なくとも一つ以上の水素原子が置換基によって置換されていることが好ましく、チロシン側鎖のベンゼン環の少なくとも一つ以上の水素原子が置換基によって置換されていることがより好ましい。前記置換基としては、例えば、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素等のハロゲン原子;アセチル基等のアシル基;エチニル基;シアノ基;アジド基;ニトロ基等が挙げられ、ハロゲン原子、アジド基、又はニトロ基が好ましく、ハロゲン原子又はアジド基がより好ましい。
【0087】
チロシン類縁体としては、下記一般式(1)で表されるチロシン類縁体が好ましい。
【0088】
【化6】
【0089】
[式(1)中、Rはハロゲン原子、アシル基、エチニル基、シアノ基、アジド基、又はニトロ基を表す。
nはRの数を表し、1~4のいずれかの整数であり、nが2以上である場合、R同士は互いに同一でも異なっていてもよい。]
【0090】
nは1~3のいずれかの整数であってよく、1又は2であってよく、1であってよい。
【0091】
式(1)中、Rはハロゲン原子、アセチル基、エチニル基、シアノ基、アジド基、又はニトロ基であることが好ましい。
【0092】
式(1)中、Rはハロゲン原子、アジド基、又はニトロ基であることがより好ましく、ハロゲン原子又はアジド基であることがさらに好ましい。
前記Rのハロゲン原子としては、塩素、臭素、又はヨウ素が好ましい。後に実施例で説明を加えるように、たとえばRが塩素原子であるチロシン類縁体をカイコに投与することで、絹糸の強度を向上することができる。また、たとえばRがヨウ素原子であるチロシン類縁体をカイコに投与することで、絹糸の柔軟性を向上することができる。
【0093】
前記一般式(1)で表されるチロシン類縁体としては、下記一般式(1-1)で表されるチロシン類縁体であることが好ましい。
【0094】
【化7】
【0095】
[式(1-1)中、R、R及びRはそれぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、アシル基、エチニル基、シアノ基、アジド基、又はニトロ基を表す。ただし、R、R及びRの全てが水素原子となることはない。]
【0096】
前記式(1-1)における前記R、R及びRとしては、それぞれ独立して、ハロゲン原子、アジド基、又はニトロ基であることが好ましく、ハロゲン原子又はアジド基であることがより好ましい。
【0097】
前記一般式(1-1)で表されるチロシン類縁体としては、下記一般式(1-2)で表されるチロシン類縁体であることが好ましい。
【0098】
【化8】
【0099】
[式(1-2)中、Rはハロゲン原子、アジド基、又はニトロ基を表す。]
【0100】
前記式(1-2)における前記Rとしては、ハロゲン原子、又はアジド基が好ましい。前記Rとしては、とくに塩素原子又はヨウ素原子が好ましい。
【0101】
製造される非天然アミノ酸含有タンパク質は、特に制限されることはなく、遺伝子組換え等によって導入されるなどして、絹糸腺で発現させた任意のタンパク質を含んでよく、カイコが絹糸腺において生産するシルクタンパク質が好ましい。シルクタンパク質としては、フィブロイン及び/又はセリシンを含むものが挙げられ、フィブロインを含むものが好ましい。前記フィブロインとしては、フィブロインL鎖及び/又はフィブロインH鎖を含む。
絹糸腺において任意のタンパク質をコードする外来性のポリヌクレオチドを強制発現させ、任意のタンパク質を絹糸腺に生産させてもよい。
【0102】
絹糸腺で作られるタンパク質は繭糸としてカイコ体外に分泌されるため、特別の回収方法を用いずとも回収が容易であり、また多量のタンパク質を容易に得ることができる。
【0103】
実施形態のカイコを用いた非天然アミノ酸含有タンパク質の製造にあたって、タンパク質に含有される非天然アミノ酸の種類及び含有量を確認する方法としては、種々の方法を選択できるが、質量分析法による分析を行うのが好ましく、MALDI-TOF-MS法により質量スペクトルを測定する方法が特に好ましい。
【0104】
本実施形態の非天然アミノ酸含有タンパク質の製造方法によれば、製造される非天然アミノ酸含有タンパク質に、本来のタンパク質の性質や機能を向上又は改変させることができる。更には、本来のタンパク質にない新たな性質や機能を付与することができる。例えば、非天然アミノ酸の導入手法をシルクタンパク質に適用することで、シルクタンパク質に非天然アミノ酸を含有させ、本来のシルクにはない性質や機能を付与することができる。
【0105】
本実施形態の非天然アミノ酸含有タンパク質の製造方法を用いることで、従来の改変手法における問題点を解決できる。例えば、化学反応にともなう毒性の懸念が小さい、「後加工」であるため機能性分子が失活しないなどの利点があり、特異的な化学反応が可能な官能基の導入により、従来の「化学的方法」によらない精密かつクリーンなタンパク質の化学改変を行うことが可能である。例えば、アジド基又はエチニル基を有する非天然アミノ酸をシルクタンパク質にとりこませることで、アジド基又はエチニル基との反応を介して、任意のタンパク質、ペプチド、薬剤、色素、糖鎖、架橋分子、キレート分子等の分子をシルクに結合させることが可能である。このような改変により、シルクの物性そのものを変化させることが可能である。従って、カイコが絹糸腺において生産するタンパク質の有用性を飛躍的に増大させる。また、シアノ基やフッ素など特徴的な赤外吸収や核磁気共鳴を示す原子(団)を残基特異的に導入することで、これまで不可能であった局所的なシルクの構造情報が得られる。
【0106】
前記非天然アミノ酸含有タンパク質を含む材料、又は前記非天然アミノ酸含有タンパク質からなる材料の形態は特に制限されず、例えば、溶液状、パウダー状、繊維状、スポンジ状、フィルム状、ブロック状などの形態が挙げられる。
【0107】
本発明の一実施形態のカイコに、非天然アミノ酸を投与することとしては、経口投与が挙げられる。経口投与としては、非天然アミノ酸を含有する飼料を、前記カイコに給餌することが挙げられる。
【0108】
本実施形態で投与する非天然アミノ酸は、天然アミノ酸と同時に与えることができ、用いる非天然アミノ酸は1種類のみでもよく、2種類以上の非天然アミノ酸を同時に与えることもできる。
【0109】
本実施形態におけるカイコの飼育方法は、当業者において一般的なカイコの飼育方法に従い、非天然アミノ酸を含有する飼料を与え、行うことができる。例えば、「文部省(1978) 蚕種製造.pp193、実教出版社、東京」に記載の方法に従って飼育を行うことができる。
【0110】
また、光によって化学反応が引き起こされる官能基を有する非天然アミノ酸をカイコに給餌する場合、非天然アミノ酸に光が照射されない条件下で、カイコを飼育することが好ましい。好ましい飼育方法として、光を一切照射しない連続暗期環境下でカイコを飼育する方法が挙げられる。または、カイコには光が照射されていてもよいが、前記の光によって化学反応が引き起こされる官能基を有する非天然アミノ酸には光が照射されない条件下で、カイコを飼育する方法が挙げられ、例えば、給餌する餌の周囲の空間を物理的に光源から遮蔽し、該非天然アミノ酸をカイコに与え、さらに、カイコが絹糸腺から該非天然アミノ酸を含有するタンパク質を生産する際に、該タンパク質に光が照射されない環境でカイコを飼育する等の方法が挙げられる。
【0111】
本実施形態のカイコを用いたタンパク質製造方法は、残基特異的非天然アミノ酸導入法である。したがって、本実施形態によれば該カイコに投与する非天然アミノ酸の種類を変えるだけで、同一の系統のカイコから任意の種類の非天然アミノ酸を含有するタンパク質を製造することができる。
【0112】
≪シルクタンパク質≫
本発明の一実施形態として、チロシン類縁体を含有するシルクタンパク質を提供する。
【0113】
本明細書において、シルクタンパク質がチロシン類縁体を含有することとは、シルクタンパク質が、チロシン類縁体に由来するアミノ酸残基を含有することを意味する。
【0114】
実施形態のシルクタンパク質は、シルクタンパク質の本来のチロシン残基の位置の一部又は全部に、前記チロシン類縁体に由来する残基を含有してもよい。
【0115】
チロシン類縁体としては、上記の≪カイコ≫及び≪非天然アミノ酸含有タンパク質の製造方法≫で例示したものが挙げられる。
【0116】
チロシン類縁体としては、チロシンの側鎖の少なくとも一つ以上の水素原子が置換基によって置換されていることが好ましく、チロシン側鎖のベンゼン環の少なくとも一つ以上の水素原子が置換基によって置換されていることがより好ましい。前記置換基としては、例えば、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素等のハロゲン原子;アセチル基等のアシル基;エチニル基;シアノ基;アジド基;ニトロ基等が挙げられ、ハロゲン原子、アジド基、又はニトロ基が好ましく、ハロゲン原子、又はニトロ基がより好ましく、ハロゲン原子によって置換されているものがさらに好ましい。
【0117】
チロシン類縁体としては、下記一般式(1)で表されるチロシン類縁体が好ましい。
【0118】
【化9】
【0119】
[式(1)中、Rはハロゲン原子、アシル基、エチニル基、シアノ基、アジド基、又はニトロ基を表す。
nはRの数を表し、1~4のいずれかの整数であり、nが2以上である場合、R同士は互いに同一でも異なっていてもよい。]
【0120】
nは1~3のいずれかの整数であってよく、1又は2であってよく、1であってよい。
【0121】
実施形態のシルクタンパク質において、前記Rは、ハロゲン原子又はニトロ基であることが好ましく、ハロゲン原子であることがより好ましい。
【0122】
前記Rにおけるハロゲン原子としては、塩素、臭素、又はヨウ素が好ましい。
【0123】
また、実施形態のシルクタンパク質における好ましいチロシン類縁体として、上記の≪カイコ≫及び≪非天然アミノ酸含有タンパク質の製造方法≫で例示した、前記一般式(1-1)で表されるチロシン類縁体や、前記一般式(1-2)で表されるチロシン類縁体を例示できる。
【0124】
前記式(1-1)中、R、R及びRはそれぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、アシル基、エチニル基、シアノ基、アジド基、又はニトロ基を表す。ただし、R、R及びRの全てが水素原子となることはない。
【0125】
実施形態のシルクタンパク質において、前記式(1-1)における、前記R、R及びRは、それぞれ独立して、ハロゲン原子、又はニトロ基であることが好ましく、ハロゲン原子であることがより好ましい。
【0126】
実施形態のシルクタンパク質において、前記式(1-2)における、前記Rは、ハロゲン原子、又はニトロ基であることが好ましく、ハロゲン原子であることがより好ましい。
【0127】
シルクタンパク質としては、フィブロイン及び/又はセリシンを含むものが挙げられ、フィブロインを含むものが好ましく、前記シルクタンパク質を含むシルクを例示できる。前記フィブロインとしては、フィブロインL鎖及び/又はフィブロインH鎖を含む。
【0128】
シルクタンパク質がフィブロインを含む場合、フィブロインへの前記チロシン類縁体の導入量の指標として、フィブロインL鎖に由来するペプチド断片SVTINQYSDNEIPRに対する質量分析で得られた、質量スペクトルのピークの強度比(チロシン類縁体を含有する前記ペプチド断片に由来するピーク強度/チロシン類縁体を含有しない前記ペプチド断片に由来するピーク強度)を採用できる。
当該ピーク強度比の値としては、0.01以上であってよく、0.01以上1以下であってよく、0.02以上0.7以下であってよく、0.05以上0.5以下であってよい。
【0129】
実施形態のシルクタンパク質は、チロシンの側鎖の少なくとも一つ以上の水素原子がハロゲン原子によって置換されている(例えば、前記式(1)におけるRがハロゲン原子を有する)ハロゲン化チロシン等のチロシン類縁体を含有することにより、耐熱性を向上可能である。
実施形態のシルクタンパク質は、フィブロインの昇温速度2℃/分、窒素雰囲気下におけるDSC(示差走査熱量測定)で得られる吸熱ピークが、300℃以上であってよく、300~320℃であってよい。
【0130】
また、シルクタンパク質は、後に実施例で説明を加えるように、チロシンの側鎖の一つ以上の水素原子が塩素原子によって置換されているチロシン類縁体(たとえば3-クロロ-L-チロシン)を含有することにより、強度を向上可能である。このようなシルクタンパク質は、高強度繊維への応用が見込まれる。
【0131】
さらに、シルクタンパク質は、後に実施例で説明を加えるように、チロシンの側鎖の一つ以上の水素原子がヨウ素原子によって置換されているチロシン類縁体(たとえば3-ヨード-L-チロシン)を含有することにより、柔軟性を向上することができる。このようなシルクタンパク質は、力学的な適合性に優れるバイオマテリアル等への応用が見込まれる。
【0132】
実施形態のシルクタンパク質は、チロシンの側鎖の少なくとも一つ以上の水素原子がアジド基によって置換されている(例えば、前記式(1)におけるRがアジド基を有する)アジド化チロシン等のチロシン類縁体を含有することにより、物性を改変可能である。
実施形態のシルクタンパク質は、シルクタンパク質を含む生糸を繰製して撚糸し、60℃に加熱した7%(w/w)ラーゼンパワーII(幸新堂化学工業所製)および2%(w/w)ラーゼンパワー(幸新堂化学工業所製)を含む水溶液中で15分間前処理し、液量に対して1体積%のアルカラーゼ2.5L(幸新堂化学工業所製)を添加して55℃で30分間酵素精練処理した後に乾燥して得られた精練糸(試験糸(繊度9.95デニール[d]であってよい。))の力学物性を、温度20℃、湿度65%RH環境下で、テンシロン万能材料試験機で計測した最大点応力が440MPa以上であってよく、440~600MPaであってよく、450~550MPaであってよく、ヤング率が13GPa以上であってよく、13~16GPaであってよく、13.5~15GPaであってよい。
【実施例0133】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0134】
<カイコ由来チロシルtRNA合成酵素(BmTyrRS)の改変種類の選定のためのアッセイ系Amber Suppression System(ASS)の構築>
図1は、実施例で使用したAmber Suppression System(ASS)の概要を説明する模式図である。BmTyrRSの活性を、大腸菌を使って検出するシステムを以下のように構築した。BmTyrRSを、アンバー終止コドン(UAGコドン)を認識するtRNA(アンバーサプレッサーtRNA)と一緒に大腸菌内で発現させる。この時、レポーター遺伝子であるクロラムフェニコール・アセチルトランスフェラーゼ(CAT)遺伝子のアンバー変異体も併せて発現させる(なお、図1中のmRNAの配列(配列番号14)は、ASSの概要を説明するために作成した摸擬的な配列である。)。このCATの変異型遺伝子は10位のグルタミン・コドンがアンバー・コドンに置換されている。アンバーサプレッサーtRNAがBmTyrRSによってアミノ酸を結合すると、このアンバー・コドンが翻訳されて完全長のCATが発現し、大腸菌にクロラムフェニコール耐性を与える。ホスト大腸菌の当該耐性を調べることで、BmTyrRSの活性を判定することが可能である(図1)。
【0135】
<ASSに使用するtRNAの選定(1)>
アンバーサプレッサーtRNAとして、カイコ由来のチロシンtRNAのアンチコドンを、アンバー終止コドンのアンチコドンであるCUAに置換した変異体BmtRNAを作製した(配列番号10)。カイコ由来のBmTyrRSと共発現させるためである。カイコ由来の分子同士であるので、BmTyrRSがBmtRNAと相互作用してアミノ酸を受け渡すことができると考えた。
【0136】
しかし、このBmtRNAのみを大腸菌MV1184株内で発現させたところ、大腸菌がクロラムフェニコール耐性を示すことがわかった(図2)。図2ではBmtRNAの3つのクローンを実験に使用し、同じBmtRNAについて3回のアッセイを繰り返して再現性を確認している。図2内のCmXの表記は、培地のクロラムフェニコール濃度を示しておりXmg/Lの意味である。コロニーは右に行くにしたがって接種している大腸菌懸濁液が希釈されている。本結果では、BmtRNAのみを発現させても、大腸菌がCm34までクロラムフェニコール濃度に対して耐性を持つことを示している。
対照としてBmtRNA遺伝子を載せていないプラスミド(空ベクター)だけを大腸菌に導入した場合では、Cm7という低いクロラムフェニコール濃度でも大腸菌は増殖していない。よって、ここで示されているクロラムフェニコール耐性は、BmtRNAの発現によるものである。
【0137】
このような結果が示された理由としては、BmtRNAが、大腸菌のいずれかのアミノアシルtRNA合成酵素から認識されてアミノ酸を受け取り、その結果UAGコドンが翻訳されて耐性が生じたということが考えられる。BmTyrRSを共発現させる前に既に耐性が生じているため、このBmtRNAがたとえBmTyrRSに認識されるtRNAであっても、BmTyrRSの活性を検出する目的では、BmtRNAを使用できないことがわかった。
【0138】
<ASSに使用するtRNAの選定(2)>
サプレッサーtRNAだけを発現させてもクロラムフェニコール耐性が生じないことが重要であることがわかったので、古細菌由来のチロシンtRNAをアンバーサプレッサーtRNAに改変したもの(MJR11b)を試した。MJR11b遺伝子の塩基配列を配列番号11に示す。このMJR11bのみでは耐性を生じないが、BmTyrRSと共発現させるとCm100までの耐性を生じることがわかった(図3)。
【0139】
また、全長BmTyrRS(配列番号5)と、C末端のドメインを除去した短鎖型(trunacted)のBmTyrRS(配列番号12)での活性の比較も行った。C末ドメインは動物のTyrRSにしか存在しないドメインであり、大腸菌TyrRSには存在しない。このため全長では大腸菌内で発現しない可能性も考えられたため、短鎖型BmTyrRSも用意して活性を比べた。結果として、全長であっても短鎖型であっても活性があり、MJR11bと相互作用してUAGコドンを翻訳できることがわかった。以下の実験では、BmTyrRS変異体の活性を調べるために全長BmTyrRSとMJR11bを常に組み合わせて実験を進めた。
【0140】
<BmTyrRS変異体の作製(1)>
ここでのBmTyrRSの改変は、3位置換チロシン誘導体を特異的に認識するBmTyrRS変異体を得ることを試みた。3位置換チロシン誘導体とは、3-クロロ-L-チロシン(ClY、3-ClTyr)、3-ブロモ-L-チロシン(BrY、3-BrTyr)、3-ヨード-L-チロシン(IY、3-ITyr)、3-アジド-L-チロシン(AzY、3-AzTyr)、3-ニトロ-L-チロシンである。
従来、3-ハロゲン化チロシンを特異的に認識する大腸菌由来及び古細菌由来のチロシルtRNA合成酵素(TyrRS)が報告されている(既報1:Kiga, D., Sakamoto, K., Kodama, K., Kigawa, T., Matsuda, T., Yabuki, T., Shirouzu, M., Harada, Y., Nakayama, H., Takio, K., Hasegawa, Y., Endo, Y., Hirao, I., Yokoyama, S., “An engineered Escherichia coli tyrosyl-tRNA synthetase for site-specific incorporation of an unnatural amino acid into proteins in eukaryotic translation and its application in a wheat germ cell-free system”, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 99, 9715-9720 (2002)、既報2:Sakamoto, K., Murayama, K., Oki, K., Iraha, F., Kato-Murayama, M., Takahashi, M., Ohtake, K., Kobayashi, T., Kuramitsu, S., Shirouzu, M., Yokoyama S., “Genetic encoding of 3-iodo-l-tyrosine in Escherichia coli for single-wavelength anomalous dispersion phasing in protein crystallography”, Structure 17, 335-344 (2009))。
【0141】
そこでまず、これらの既存の知見に基づいて、ハロゲン化チロシンを特異的に認識可能な、カイコのBmTyrRS変異体が得られるかを確認した。BmTyrRSと他の生物種のTyrRSのアミノ酸配列の比較を行って、対応するアミノ酸残基を特定した。配列比較にはCOVALT(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/tools/cobalt)を使用した。この結果、既知の大腸菌TyrRS変異体の変異(Y37V/Q1915)は、BmTyrRSにおいてはY36V/Q179Cが対応することがわかった。(ここで、アミノ酸は一文字表記であり、本明細書において例えば、Y36Vとは、36位のチロシンからバリンへの変異を表している。2つの変異の間のスラッシュはこれらの変異の両方がTyrRSに起きていることを意味している。Y36V/Q179Cは、36位と179位の二重変異体の意味である。)同様に、古細菌TyrRS変異体の変異(H70A/D158T)はBmTyrRSにおいてはH74A/D170Tが対応する。
【0142】
前記Y36V/Q179C変異体、及びH74A/D170T変異体の解析結果を図4及び表1に示す。
【0143】
図及び表中の記載は、培地中に含有されるチロシンとして、「none」はチロシンのみを含有する群、「ClY」はチロシン及び3-クロロ-L-チロシン(ClY)を含有する群、「BrY」はチロシン及び3-ブロモ-L-チロシン(BrY)のみを含有する群、「IY」はチロシン及び3-ヨード-L-チロシン(IY) のみを含有する群、「AzY」はチロシン及び3-アジド-L-チロシン(AzY)のみを含有する群、「nitroY」はチロシン及び3-ニトロ-L-チロシンのみを含有する群を意味する。
【0144】
本明細書において、大腸菌の増殖(クロラムフェニコール耐性)を指標とする対象のアミノ酸対するTyrRSの認識(活性)の程度は、高い順から、++、+、+-、-と表記する。
【0145】
【表1】
【0146】
BmTyrRS(H74A/D170T)変異体は、チロシン、又は図中のチロシン誘導体を含有するいずれの培地においても、クロラムフェニコール耐性を生じさせなかったので、変異の導入によって活性を完全に失ったと考えられる(図4、表1)。
【0147】
BmTyrRS(Y36V/Q179C)変異体は、チロシン誘導体を大腸菌の増殖培地に添加していない群(none)でも耐性を生じさせたことから、BmTyrRS(Y36V/Q179C)は、おそらく天然のチロシンを認識してMJR11bに結合させたと判定された(図4、表1)。図では対照実験として野生型BmTyrRS(WT)の活性を示しており、Cm100までのクロラムフェニコール耐性を生じさせている。BmTyrRS(Y36V/Q179C)も同じレベルの耐性を生じさせている。
【0148】
しかし上記のとおり、BmTyrRS(Y36V/Q179C)変異体は、チロシン誘導体非添加の培地(none)であっても耐性を生じていることから、天然のチロシンも同様に認識しており、チロシン誘導体の認識の特異性に劣っていた。
チロシン誘導体非添加の培地(none)であっても耐性を生じている場合、チロシン誘導体を認識できなくとも耐性が生じる。このため、BmTyrRS(Y36V/Q179C)が天然のチロシンの他に、これらのチロシン誘導体も認識してサプレッサーtRNAに結合させる活性があるかどうかは判定がつかない。
【0149】
そして、天然のチロシンに対する認識能の高いBmTyrRS変異体(培地noneの項目が++のもの)では、天然のチロシンに対する認識能の低いBmTyrRS変異体(例えば、培地noneの項目が+、+-、又は-のもの)よりもチロシン誘導体をtRNAに結合させる効率は低いと考えられる。つまり、原料としてチロシン誘導体と天然のチロシンの両方を含む場合に、天然のチロシンに対する認識能の高いBmTyrRS変異体は、チロシンとチロシン誘導体の両方と相互作用するので、チロシン誘導体をtRNAに結合させる機会が比較的に少ないと考えられるからである。
【0150】
以上のとおり、他の生物における知見に基づいて作製されたBmTyrRS(H74A/D170T)変異体およびBmTyrRS(Y36V/Q179C)変異体は、活性を喪失しているか、非天然アミノ酸の認識の特異性に乏しいものであった。
【0151】
<BmTyrRS変異体の作製(2)>
そこで、チロシン誘導体の認識の特異性に優れたBmTyrRS変異体を得る目的で、アミノ酸認識部位にランダム変異を導入して、得られた変異体ライブラリーの中からクロラムフェニコール耐性を生じた大腸菌を選択するという方法(以下、ランダム・レプリカ法)を採用することとした。この際に、いずれの部位をランダムに変異させるかを決定する必要がある。2か所をランダム変異させるならば、20×20=400通りの異なる変異体を含むライブラリーを作製した。
【0152】
・改変部位の選択
改変部位の選択は2つの観点から進めた。1つは立体構造の観点である。BmTyrRSの結晶構造は報告されていないため、ヒト由来TyrRSの立体構造(PDB ID:4QBT)をBmTyrRSの構造とみなして、アミノ酸結合ポケットに入っているチロシンのチロシン環の3位から距離的に近いアミノ酸残基を特定した(図5)。図5にヒトTyrRS分子においてアミノ酸結合部位を構成するアミノ酸残基(ドット部分)を示した。ヒトTyrRSのアミノ酸残基番号と、対応するカイコのアミノ酸残基番号(カッコ内)を示している。基質チロシンは黒塗部分で示した。チロシン環の3位は水酸基(4位)を中心に対称な位置に2か所存在する。1つの個所からは36位のチロシンと179位のグルタミンが最も近い。この2つを同時にランダムに変異させると400通りの変異体が理論的に得られる。もう1つの個所は74位のヒスチジンと170位のアスパラギン酸が最も近い。
これらの2か所ずつのペアは、上記のように大腸菌TyrRSと古細菌TyrRSにおける変異部位であり、アミノ酸特異性を改変する上でこれまでに実績のある部位である。これが第2の観点である。
【0153】
ランダム・レプリカ法では、通常の増殖培地で得られた各コロニー(つまり大腸菌クローン)1つずつについて、BrYを添加した培地と、添加していない選択培地とにそれぞれ移し、BrYを指標とする選抜を行った。選択培地はクロラムフェニコールを含有しており、UAGコドンが何かしらのアミノ酸に翻訳されてCATが発現した大腸菌がコロニーを形成できる。よって、BrY添加培地でコロニーを形成するが、非添加培地ではコロニーを形成しない大腸菌クローンを見つけることができれば、その大腸菌ではBrY特異的なBmTyrRS変異体が発現していると期待できる。
【0154】
36位と179位を組み合わせた変異体ライブラリー遺伝子を大腸菌に導入して、まずクロラムフェニコール(添加濃度は34mg/L)を含んだ培地でコロニー形成をさせた。数百以上のコロニーが得られ、それらをレプリカ法によって、1つずつBrY添加培地と非添加培地に移した(図6)。図6中の実線で仕切られた各2枚の培地について、これらの2枚の培地の同じ位置には同じ大腸菌クローンが接種されている。よって、各セクションで60種類のクローンクロラムフェニコール耐性(添加濃度は34mg/L)が検定されている。2枚の培地のうち破線の左側は非添加培地であり、右側がBrY添加培地である。全部で412個のクローンの判定を行った。当然、BrY添加培地ですべてのクローンはコロニーを形成した。BrY非添加培地ではコロニー形成をしないか、形成が弱いクローンを14個見出した(太枠で囲ったクローン)。
【0155】
このようにして得られた14個のクローンについて改めてBrY特異性の判定を行った。クロラムフェニコール濃度は100mg/Lまでの4通り(0,17,34,50及び100mg/L)で確認した(図7)。各クロラムフェニコール濃度について10倍ずつの希釈を行って耐性を調べている。破線の上は非添加倍、下はBrY添加培地である。上下で同じ番号を持つクローンは同じクローンである。BrY添加培地では全てのクローンが生育した。その中で非添加培地では生育しないクローンとして2クローン(5と7)が確認された。
増殖の差があまり顕著でないが、増殖差が認められるクローンが8クローン(1,2,3,8,9,10,13,14)認められた。残り遺伝子の塩基配列の解析結果から、クローン5と7は同じL36/L179変異を持っていた。
特異性の弱いクローンの変異は、36位がG,V,I,又はLであり、179位がC,V,I,L,T,又はDであった。
【0156】
本実験では、有意なBrY特異性を示した変異は次の9通りであった。
クローン1: G36/I179/P394Q
クローン2: L36/I179/D378Y
クローン3: I36/C179
クローン5と7:L36/L179
クローン8: I36/V179
クローン9: V36/T179
クローン10: V36/I179
クローン13: L36/T179/E470Am(Amはアンバー変異の意味)及び
クローン14: L36/D179/K61N
※4つの変異体(クローン1,2,13,および14)には計画していない変異も生じていた。
【0157】
<BmTyrRS変異体の作製(3)>
これらの9通りの変異を含む24の変異体について個別にチロシン誘導体に対する特異性を調べた。計画していない変異が生じているクローンからはこの変異を除去して変異体を作製しなおした。追加で作製した15通りの変異体はいずれも36位と179位にそれぞれ見出された変異の組み合わせだが、全部の可能性を網羅しているのではなく、L36とV36変異体を重点的に作製し、他は比較的ランダムに組み合わせたものである。
【0158】
非添加培地及び5種類の3位置換チロシン誘導体(ClY, BrY, IY, AzY,ニトロチロシン)を添加した5種類の添加培地での増殖を調べて表にまとめた(表2)。
この実験により、チロシン誘導体のBrY添加・非添加培地で増殖に有意に差がある以下の4通りの変異を見出した。
L36/L179
V36/L179
T36/L179
I36/I179
【0159】
【表2】
【0160】
なお、前回の実験で増殖差が顕著であったL/L変異体、即ちY36L/Q179L変異体のみが前回の実験結果を再現した。再現しなかった変異体については、余分な変異を除去した影響もあったかもしれない。
【0161】
以上のとおり、上記の一連の実験の結果、上記の36位/179位のランダム変異体から、チロシン誘導体の認識の特異性に優れた4種の変異体(Y36L/Q179L、Y36V/Q179L、Y36T/Q179L、及びY36I/Q179I)が見出された。これらの変異体は、いずれもClY、BrY、IY、AzYに対して特異的な活性を示した。Y36L/Q179L、及びY36T/Q179L変異体については3-ニトロチロシン(nitroY)に対しても若干の活性が認められた。
【0162】
<カイコTyrRS変異体の作製>
カイコTyrRSの遺伝子はカイコ幼虫の絹糸腺から既存の手法でクローニングして取得した。塩基配列から予測されるTyrRSのアミノ酸配列(配列番号5)は、データベースに登録されている配列(Acc. No. AQM56846)と完全に一致した。
【0163】
上記実験で見出された下記の表3に記載の4種の変異について、以下の手順により、カイコTysRS変異体を作製した。
【0164】
【表3】
【0165】
<組換えベクターの作製>
当業者の常識の範囲である既存の手法に準じ、配列番号1~4のいずれかに示されるアミノ酸配列をそれぞれコードする、配列番号6~9のいずれかに示される塩基配列からなるDNA(BmTyrRS)を有するpiggyBacベクター(5塩基の5’UTR配列を含む)(図8)をそれぞれ作製した。
なお、上記ベクターにはフィブロインL鎖(FibL)由来のプロモーターの配列(配列番号13)および3’UTR配列をそれぞれ、上記BmTyrRSの5’および3’側に付加した。FibL由来のプロモーター配列を付加することにより、目的遺伝子を後部絹糸腺で特異的に発現させることが可能である。これにより、変異型遺伝子が幼虫の全身で発現することで生じると想定される幼虫の発育不全を回避することができた。
【0166】
<トランスジェニックカイコの作出と組換え遺伝子の発現確認>
[実施例1~4]
受精卵へのpiggyBacベクターのインジェクションおよびその後の組換え体のスクリーニング等は、当業者の常識の範囲である既存の方法に準じて行った。なお、白/CS(系統名:MCS601)は休眠卵を産下し、前述の低温暗催青法による非休眠化ができない系統であるため、前述の浸酸処理によって卵の休眠打破を行った。ゲノム中に挿入された変異型遺伝子のコピー数を、リアルタイムPCR法を用いて解析し、変異型遺伝子をホモで有する、実施例1~4のトランスジェニックカイコの系統を確立した。これらのトランスジェニックカイコの系統を、それぞれH12~15と名付けた(表3)。
【0167】
<3-AzTyr含有シルクタンパク質の製造>
実施例1~4のトランスジェニックカイコH12~15系統を、5齢起蚕から2日目まで通常組成の人工飼料を給餌した後、3日目以降、前記人工飼料の総重量100重量%に対して、0.00又は0.25重量%(dry diet換算)の3-AzTyr(前記一般式(1-2)で表されるアミノ酸において、R=N)を含む人工飼料を給餌した。カイコの一頭当たりのフィブロイン生産量(2回実験の平均値)を図9に示す。
【0168】
フィブロイン中の3-AzTyrの存在を確認するため、3-AzTyr中のアジド(N)基に特異的な化学反応(クリック反応)を用いて以下の方法でフィブロインを蛍光標識した。
【0169】
繭層を尿素精練して得たフィブロインを、50mg/mLの濃度になるように8M LiBr水溶液に35℃で2時間加熱して溶解させた。この溶解液1.6μLを18.4μLの反応溶液(16.4μLの8M尿素水溶液、1μLの1Mトリス塩酸緩衝液(pH8)、1μLの5mM carboxyrhodamine 110 DBCO (Click Chemistry Tools)の混合溶液)と混合し、室温で一晩インキュベートした。反応溶液7.5μLを12.5μLの8M尿素水溶液および10μLの6×サンプルバッファーと混合して1mg/mLの濃度に調製した後、50℃で15分加熱して還元処理を行った。還元処理した試料液をSDS-PAGEで分離した。ゲルは4~15%(w/v)濃度のMini-PROTEAN TGXプレキャストゲル(Bio-Rad)を用い、泳動電圧は100Vとした。
ゲルを純水中で洗浄した後、蛍光シグナルをFusion FX7イメージングシステム(Vilber)で撮影した。同じゲルをBio-Safe CBB stain(Bio-Rad)で染色し、同イメージングシステムで撮影した。
【0170】
図10に、撮影した蛍光シグナルおよびCBB染色像を示す。バンドはフィブロインL鎖に対応する。
【0171】
各H12~15系統に3-AzTyrを含む人工飼料を給餌して得られたフィブロインL鎖において、アジド基に由来する蛍光シグナルが確認され、3-AzTyrを含有するフィブロインが得られたことが確認できた。
【0172】
<ハロゲン化Tyr含有シルクタンパク質の製造>
トランスジェニックカイコH12~15系統を、5齢起蚕から2日目まで通常組成の人工飼料を給餌した後、3日目以降、前記人工飼料の総重量100重量%に対して、0.00又は0.25重量%(dry diet換算)のハロゲン化Tyr(前記一般式(1-2)で表されるアミノ酸において、R=Cl、Br、又はI)を含む人工飼料を給餌した。カイコの一頭当たりのフィブロイン生産量(3回実験の平均値)を図11に示す。
【0173】
フィブロイン中へのハロゲン化Tyr導入量は以下の方法で算出した。
繭層を約50 mg/mLの濃度になるように8M LiBr水溶液に35℃で40分間加熱して溶解させた。この溶解液を8M 尿素水溶液に約4.5 mg/mLの濃度になるように希釈し、さらに還元剤を含むサンプルバッファーと混合して約3 mg/mLの濃度に調整した後、室温で30分以上静置して還元処理を行った。還元処理した試料液をSDS-PAGEで分離し、FibLのバンドを切り出して脱色・洗浄・乾燥処理した後、トリプシンにより37℃で一晩ゲル内消化した。生じたペプチド断片を抽出して乾燥固化した後、0.1%(v/v)TFA水溶液とアセトニトリルの、体積比2:1混合液に溶解した。この溶解液をHCCAで飽和させた0.1%(v/v)TFA水溶液とアセトニトリルの、体積比2:1混合液と混合し、MALDIターゲットプレート上に滴下して乾燥させ、質量分析データを取得した。
FibLのトリプシン消化で生じたペプチド断片のうち、Tyrを1つ含む断片SVTINQYSDNEIPR (1636 Da)に着目し、Tyrがハロゲン化Tyrに置換されることによって生じた新たなピーク(3-ClTyr:1670 Da、3-BrTyr:1714 Da、3-ITyr:1762 Da)が確認された。
これらの結果から、各H12~15系統のカイコにハロゲン化Tyrを含む人工飼料を給餌して、ハロゲン化Tyrを含有するフィブロインを製造可能であることが確認できた。
【0174】
また、上記元ピークとハロゲン化Tyrに置換されることによって生じた新たなピークとの強度比からハロゲン化Tyrの導入量を見積もった。
【0175】
図12に、フィブロインへのハロゲン化Tyr導入量の指標となる、上記の質量分析ピークの強度比(チロシン類縁体を含有する前記ペプチド断片に由来するピーク強度/チロシン類縁体を含有しない前記ペプチド断片に由来するピーク強度)の結果を示す。
【0176】
<ハロゲン化Tyr含有シルクタンパク質の熱分析>
トランスジェニックカイコH12系統を、5齢起蚕から2日目まで通常組成の人工飼料を給餌した後、3日目以降、前記人工飼料の総重量100重量%に対して、0.00又は0.25重量%(dry diet換算)のハロゲン化Tyrを含む人工飼料を給餌した。収穫した繭層を炭酸精練して得たフィブロイン試料4~6mgについて、昇温速度2℃/分(350℃まで)、窒素気流中における熱分解挙動を、熱分析計(リガク社製、型番:TG8120)、および熱容量測定装置(TA Instruments社製、型番:DSC Q100、熱流束型)を用い、熱重量分析(TGA)および示差走査熱量測定(DSC)の各データを取得した。
【0177】
図13に熱重量分析(TGA)の結果を、図14に示差走査熱量測定(DSC)の結果を示す。
各シルクタンパク質の、TGAで得られた最大の重量減少率を示す温度は、ハロゲン化Tyrを含有しない通常のシルクタンパク質が302℃であり、3-ClTyr含有シルクタンパク質が313℃であり、3-BrTyr含有シルクタンパク質が309℃であり、3-ITyr含有シルクタンパク質が311℃であった。
各シルクタンパク質の、DSCで得られた吸熱ピーク(ピークトップの値)は、ハロゲン化Tyrを含有しない通常のシルクタンパク質が296℃であり、3-ClTyr含有シルクタンパク質が304℃であり、3-BrTyr含有シルクタンパク質が306℃であり、3-ITyr含有シルクタンパク質が309℃であった。
【0178】
ハロゲン化Tyrの導入により、最大の重量減少率を示す温度、および熱分解温度が高温側にシフトしたことから、ハロゲン化Tyrの導入によりフィブロインの耐熱性が向上したことが示された。
【0179】
この結果は、ハロゲン化Tyrの導入によってフィブロインの構造安定性が向上したことを示唆しており、Tyrをターゲットとした遺伝暗号拡張手法は、従来のPhe及びMetをターゲットとする手法では確認されない顕著な改変効果をシルクに及ぼすことを示している。
【0180】
<ハロゲン化Tyr含有シルクタンパク質の力学物性分析>
トランスジェニックカイコH12系統を、5齢起蚕から2日目まで通常組成の人工飼料を給餌した後、3日目以降、前記人工飼料の総重量100重量%に対して、0.00又は0.175重量%(dry diet換算)の3-ClTyrもしくは3-ITyrを含む人工飼料を給餌した。
【0181】
このトランスジェニックカイコH12系統から得られた繭を乾燥させ、既存の方法で生糸を繰製して撚糸し、60℃に加熱した7%(w/w)ラーゼンパワーII(幸新堂化学工業所製の助剤)および2%(w/w)ラーゼンパワー(幸新堂化学工業所製の助剤)を含む水溶液中で15分間前処理した。
【0182】
その後、液量に対して1体積%のアルカラーゼ2.5L(幸新堂化学工業所製)を添加して55℃で30分間酵素精練処理して乾燥させることで、精練糸を得た。
【0183】
こうして得られた3種類の精練糸のうち、ハロゲン化Tyrを含有しない精練糸の繊度は16.1[d](デニール)であった。3-ClTyrを含む精練糸の繊度は8.45[d]であった。3-ITyrを含む精練糸の繊度は7.76[d]であった。
【0184】
以上の3種類の精練糸について、最大点応力(破断強度)とヤング率を、温度20℃、湿度65%RH環境下で、テンシロン万能材料試験機(エー・アンド・デイ製、型番:RTG-1210)を用いて計測した(n=30)。その結果を以下の表4及び図15図16に示す。なお、最大点応力は、試料に加わった断面積あたりの最大の力であり、試料のヤング率の値が小さいほど柔らかく、大きいほど硬いことが分かる。
【0185】
図15は、ハロゲン化Tyr含有精練糸の最大点応力の平均値を示すデータであり、図16は、ハロゲン化Tyr含有精練糸のヤング率の平均値を示すデータである。
【表4】

図15及び表4に示すように、3-ClTyrを含有する精練糸の最大点応力は、ハロゲン化Tyrを含有しない精練糸(表4中の「none」参照)の最大点応力、及び3-ITyrを含有する精練糸の最大点応力よりも有意に高かった。また、3-ITyrを含有する精練糸の最大点応力と、ハロゲン化Tyrを含有しない精練糸の最大点応力との間に有意な差は見られなかった。有意差検定にはTukey HSD検定を用い、有意水準の値は0.01である。
【0186】
以上の結果から、トランスジェニックカイコH12に3-ClTyrを含有する人工飼料を給餌し、フィブロインに3-ClTyrを含ませることで、ハロゲン化Tyrを含有しない絹糸よりも強度に優れた絹糸を産生できることが明らかになった。
【0187】
なお、ハロゲン化Tyrを含有しない精練糸の最大点応力の最大値は578.9[MPa]、最小値は415.4[MPa]であった。3-ClTyrを含有する精練糸の最大点応力の最大値は639.7[MPa]、最小値は433.9[MPa]であった。3-ITyrを含有する精練糸の最大点応力の最大値は583.4[MPa]、最小値は438.3[MPa]であった。
【0188】
一方、図16及び表4に示すように、3-ITyrを含有する精練糸のヤング率は、3-ClTyrを含有する精練糸のヤング率、及びハロゲン化Tyrを含有しない精練糸のヤング率よりも有意に低かった。3-ClTyrを含有する精練糸のヤング率と、ハロゲン化Tyrを含有しない精練糸のヤング率との間に有意な差は見られなかった。
【0189】
以上の結果から、3-ITyrを含有する精練糸は、ハロゲン化Tyrを含有しない精練糸に比して柔らかく、したがって生体組織等への力学的な適合性に優れることが明らかになった。
【0190】
ハロゲン化Tyrを含有しない精練糸のヤング率の最大値は14.15[GPa]、最小値は11.31[GPa]であった。3-ClTyrを含有する精練糸のヤング率の最大値は16.33[GPa]、最小値は8.52[GPa]であった。3-ITyrを含有する精練糸のヤング率の最大値は13.50[GPa]、最小値は5.41[GPa]であった。
【0191】
以上のとおり、Tyrをターゲットとする遺伝暗号拡張手法をカイコに適用することにより、上記の各種の非天然チロシンが導入されたシルクを製造可能であること、更にはシルクの物性を改変可能であることが示された。
【0192】
各実施形態における各構成及びそれらの組み合わせ等は一例であり、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、構成の付加、省略、置換、およびその他の変更が可能である。また、本発明は各実施形態によって限定されることはなく、請求項(クレーム)の範囲によってのみ限定される。
図1
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【配列表】
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