(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024051745
(43)【公開日】2024-04-11
(54)【発明の名称】変性リグニンの製造方法、及び変性リグニン
(51)【国際特許分類】
C08H 7/00 20110101AFI20240404BHJP
【FI】
C08H7/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022158061
(22)【出願日】2022-09-30
(71)【出願人】
【識別番号】504132881
【氏名又は名称】国立大学法人東京農工大学
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100140578
【弁理士】
【氏名又は名称】沖田 英樹
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼田 昌嗣
(72)【発明者】
【氏名】岡▲崎▼ 豊
(57)【要約】
【課題】本開示は、ある程度大きな分子量を維持しながら、溶解性又は分散性が向上した変性リグニンに関する。
【解決手段】リグニンと複数の官能基を有する多官能性化合物とを含み、官能基が、カルボキシル基、アルコール性水酸基、フェノール性水酸基、アミノ基、アミド基、チオール基、スルホ基、及びエポキシ基からなる群より選ばれる少なくとも1種である、混合物を、メカノケミカル法によって処理し、それにより、リグニンに由来するポリマー鎖に結合した官能基を有する変性リグニンを生成させることを含む、変性リグニンを製造する方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
リグニンと複数の官能基を有する多官能性化合物とを含み、前記官能基が、カルボキシル基、アルコール性水酸基、フェノール性水酸基、アミノ基、アミド基、チオール基、スルホ基、及びエポキシ基からなる群より選ばれる少なくとも1種である、混合物を、メカノケミカル法によって処理し、それにより、前記リグニンに由来するポリマー鎖に結合した前記官能基を有する変性リグニンを生成させることを含む、変性リグニンを製造する方法。
【請求項2】
前記混合物における前記リグニンの割合が、前記多官能性化合物の質量を基準として20質量%以下である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記メカノケミカル法が、前記混合物に乾式条件で剪断力を加えることを含む、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記変性リグニンが、5000以上の重量平均分子量を有する、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項5】
前記変性リグニンのN,N-ジメチルホルムアミドに対する分散性又は溶解性が、前記リグニンのN,N-ジメチルホルムアミドに対する分散性又は溶解性よりも大きい、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項6】
リグニンのポリマー鎖と、
前記ポリマー鎖に結合した、カルボキシル基、アルコール性水酸基、フェノール性水酸基、アミノ基、アミド基、チオール基、スルホ基、及びエポキシ基からなる群より選ばれる少なくとも1種の官能基と、
を有し、
5000以上の重量平均分子量を有する、変性リグニン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、変性リグニンの製造方法、及び変性リグニンに関する。
【背景技術】
【0002】
リグニンは、主に製紙工程又はバイオリファイナリーシステムの副産物として回収される。リグニンは一般に溶媒への溶解性が極めて低いことから、リグニンのより有効な利用のために、化学処理を含む方法によってその構造を改変することが試みられてきた(例えば、特許文献1、2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】中国特許出願公開第112321843号明細書
【特許文献2】特表2016-516676号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本開示は、ある程度大きな分子量を維持しながら、溶解性又は分散性が向上した変性リグニンに関する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本開示は以下の事項を含む。
[1]
リグニンと複数の官能基を有する多官能性化合物とを含み、前記官能基が、カルボキシル基、アルコール性水酸基、フェノール性水酸基、アミノ基、アミド基、チオール基、スルホ基、及びエポキシ基からなる群より選ばれる少なくとも1種である、混合物を、メカノケミカル法によって処理し、それにより、前記リグニンに由来するポリマー鎖に結合した前記官能基を有する変性リグニンを生成させることを含む、変性リグニンを製造する方法。
[2]
前記混合物における前記リグニンの割合が、前記多官能性化合物の質量を基準として20質量%以下である、[1]に記載の方法。
[3]
前記メカノケミカル法が、前記混合物に乾式条件で剪断力を加えることを含む、請求項[1]又は[2]に記載の方法。
[4]
前記変性リグニンが、5000以上の重量平均分子量を有する、[1]~[3]のいずれか一項に記載の方法。
[5]
前記変性リグニンのN,N-ジメチルホルムアミドに対する分散性又は溶解性が、前記リグニンのN,N-ジメチルホルムアミドに対する分散性又は溶解性よりも大きい、[1]~[4]のいずれか一項に記載の方法。
[6]
リグニンのポリマー鎖と、
前記ポリマー鎖に結合した、カルボキシル基、アルコール性水酸基、フェノール性水酸基、アミノ基、アミド基、チオール基、スルホ基、及びエポキシ基からなる群より選ばれる少なくとも1種の官能基と、
を有し、
5000以上の重量平均分子量を有する、変性リグニン。
【発明の効果】
【0006】
ある程度大きな分子量を維持しながら、溶解性又は分散性が向上した変性リグニンを得ることができる。また、大量の溶媒を用いる必要無しに、効率的に変性リグニンを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】硫酸リグニンのDLSによる粒度分布、紫外可視吸収スペクトル及び蛍光スペクトルである。
【
図2】ボールミル処理された硫酸リグニンのDLSによる粒度分布、紫外可視吸収スペクトル及び蛍光スペクトルである。
【
図3】変性リグニンのDLSによる粒度分布、紫外可視吸収スペクトル及び蛍光スペクトルである。
【
図4】変性リグニンのDLSによる粒度分布、紫外可視吸収スペクトル及び蛍光スペクトルである。
【
図5】変性リグニンのDLSによる粒度分布、紫外可視吸収スペクトル及び蛍光スペクトルである。
【
図6】単離された変性リグニンの赤外吸収スペクトルである。
【
図7】単離された変性リグニンのGPCクロマトグラムである。
【
図8】変性リグニンのDLSによる粒度分布、紫外可視吸収スペクトル及び蛍光スペクトルである。
【
図9】変性リグニンのDLSによる粒度分布、紫外可視吸収スペクトル及び蛍光スペクトルである。
【
図10】変性リグニンの紫外可視吸収スペクトル及び蛍光スペクトルである。
【
図11】変性リグニンのDLSによる粒度分布である。
【
図12】変性リグニンのDLSによる粒度分布である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明は以下の例に限定されない。
【0009】
変性リグニンを製造する方法の一例は、リグニンと複数の官能基を有する多官能性化合物とを含む混合物をメカノケミカル法によって処理し、それにより、リグニンに由来するポリマー鎖に結合した官能基を有する変性リグニンを生成させることを含む。
【0010】
処理されるリグニンは、フェニルプロパンから誘導される構成単位を含むポリマー鎖を有する重合体であり、その種類は特に制限されない。リグニンの例として、硫酸リグニン、アルカリリグニン、オルガノソルブリグニン、ソーダリグニン、及びリグニンスルホン酸が挙げられる。本開示に係る方法は、硫酸リグニン、アルカリリグニン、及びオルガノソルブリグニンのような難溶性のリグニンに適用することも可能である。リグニンが、微生物を用いた酵素糖化処理で生成する残渣リグニン、又は、製紙工程の副産物であってもよい。
【0011】
混合物におけるリグニンの割合が小さい、すなわち、混合物がリグニンに対して過剰量の多官能性化合物を含むと、メカノケミカル反応が特に効率的に進行し易い。係る観点から、例えば、処理される混合物におけるリグニンの割合が、多官能性化合物の質量を基準として20質量%以下、15質量%以下、10質量%以下、9.0質量%以下、8.0質量%以下、7.0質量%以下、6.0質量%以下、5.0質量%以下、4.0質量%以下、3.0質量%以下、2.0質量%以下、1.9質量%以下、1.8質量%以下、1.7質量%以下、1.6質量%以下、1.5質量%以下、1.4質量%以下、1.3質量%以下、1.2質量%以下、1.1質量%以下、又は1.0質量%以下であってもよい。混合物におけるリグニンの割合が、多官能性化合物の質量を基準として0.01質量%以上、0.02質量%以上、0.03質量%以上、0.04質量%以上、0.05質量%以上、0.06質量%以上、0.07質量%以上、0.08質量%以上、0.09質量%以上、又は0.1質量%以上であってもよい。
【0012】
多官能性化合物が有する複数の官能基は、カルボキシル基、アルコール性水酸基、フェノール性水酸基、アミノ基(アミド基を除く)、アミド基、チオール基、スルホ基、及びエポキシ基からなる群より選ばれる少なくとも1種を含むことができる。多官能性化合物中の複数の官能基のうち一部がメカノケミカル反応に関与することにより、残りの官能基がリグニンのポリマー鎖に導入されると考えられる。多官能性化合物の官能基は、カルボキシル基、アルコール性水酸基、アミノ基、アミド基、チオール基、スルホ基、及びエポキシ基からなる群より選ばれる少なくとも1種であってもよく、カルボキシル基、アルコール性水酸基、又はこれらの組み合わせであってもよい。多官能性化合物は、低分子化合物であってもよく、重合体のような高分子化合物であってもよい。多官能性化合物が2種以上の官能基を有していてもよい。2種以上の多官能性化合物を組み合わせてもよい。
【0013】
多官能性化合物が、1種の官能基を有する化合物であってもよい。1種の官能基を有する多官能性化合物の例としては、カルボキシル基を有するポリアクリル酸及びコハク酸;アルコール性水酸基を有するグルコース及びポリビニルアルコール;フェノール性水酸基を有するハイドロキノン及びポリビニルフェノール;アミノ基を有するp-フェニレンジアミン;アミド基を有するポリアクリルアミド;スルホ基を有するポリスチレンスルホン酸;並びに、エポキシ基を有するポリ[(フェニルグリシジルエーテル)-co-ホルムアルデヒド]、及びポリ[(o-クレシルグリシジルエーテル)-co-ホルムアルデヒド]が挙げられる。
【0014】
多官能性化合物が2種以上の官能基を有する化合物であってもよい。2種以上の官能基を有する多官能性化合物の例としては、カルボキシル基とアルコール性水酸基、チオール基又はスルホ基とを有する酒石酸、クエン酸、リンゴ酸、ジメルカプトコハク酸、4-メルカプト安息香酸、及び4-スルホ安息香酸;アルコール性水酸基とアミノ基又はチオール基とを有するトリスヒドロキシメチルアミノメタン、及びジチオエリトリトール;並びに、スルホ基とアミノ基とを有するスルファニル酸が挙げられる。
【0015】
メカノケミカル法は、混合物に剪断力を加えることを含んでもよい。特に、メカノケミカル法が、溶媒を実質的に含まない混合物が処理される乾式条件で行われてもよい。乾式条件の場合、処理される混合物に含まれる溶媒の量が、混合物の質量を基準として5質量%以下、4質量%以下、3質量%以下、2質量%以下、又は1質量%以下であってもよい。
【0016】
混合物に剪断力を加える方法は、メカノケミカル法において通常採用される方法から選択することができ、その例として、ボールミル及びビーズミル等の粉砕装置による方法が挙げられる。
【0017】
メカノケミカル法による処理の時間は、メカノケミカル反応が適切に進行するように調整され、例えば10分以上、15分以上又は20分以上であってもよく、120分以下であってもよい。2回以上に分けて処理が行われてもよく、その場合、2回以上の処理の合計時間が上記範囲内であってもよい。メカノケミカル法による処理の間、混合物の最高温度は30℃以上、40℃以上又は50℃以上であってもよく、150℃以下であってもよい。メカノケミカル反応が十分に進行した場合、混合物の温度がある程度上昇することが多い。
【0018】
メカノケミカル法によって生成する変性リグニンは、リグニンのポリマー鎖と、多官能性化合物に由来する官能基とを有する。多官能性官能基に由来する官能基は、リグニンのポリマー鎖に結合した、カルボキシル基、アルコール性水酸基、フェノール性水酸基、アミノ基、アミド基、チオール基、スルホ基、及びエポキシ基からなる群より選ばれる少なくとも1種の官能基であることができる。処理前のリグニンのポリマー鎖が、アルコール性水酸基及びフェノール性水酸基を有することがあるが、その場合、変性リグニンは、処理前のリグニン鎖のアルコール性水酸基及びフェノール性水酸基とは別に、多官能性官能基に由来するアルコール性水酸基、及び/又はフェノール性水酸基を有し得る。変性リグニンが、カルボキシル基、アミノ基、アミド基、チオール基、スルホ基、及びエポキシ基からなる群より選ばれる少なくとも1種の官能基を有していてもよい。
【0019】
メカノケミカル法によって生成する変性リグニンは、通常、処理前のリグニンと比較してある程度低い分子量を有する。ただし、本開示に係る方法によれば、ある程度大きな分子量が維持された変性リグニンを得ることができる。例えば、処理後の変性リグニンが、5000以上、6000以上、7000以上、8000以上、9000以上、又は10000以上の重量平均分子量を有していてもよい。変性リグニンの重量平均分子量は、通常、処理前のリグニンの重量平均分子量よりも小さい。ここでの重量平均分子量は、ゲル浸透クロマトグラフィーによって測定される、標準ポリスチレン換算値を意味する。
【0020】
大きな分子量を有する変性リグニンは一般に難溶性であるため、その重量平均分子量を直接測定することは一般に困難である。しかし、アセチル化等によって溶解性を向上した変性リグニンについて、溶媒可溶分の割合、又は溶媒可溶分の重量平均分子量を分析することにより、変性リグニンの分子量の程度を間接的に推定することができる。例えば、アセチル化後の溶媒可溶分の割合の比較に基づいて、変性リグニンの重量平均分子量を、処理前のリグニンの重量平均分子量と比較することができる。
【0021】
分子量が低下するとともに官能基が導入される結果、変性リグニンは、処理前のリグニンと比較して、溶媒に対してより高い分散性、又はより高い溶解性を有することができる。処理前のリグニン及び変性リグニンの分散性及び溶解性は、例えば、溶媒中のリグニン又は変性リグニンの粒度分布に基づいて、評価することができる。リグニン又は変性リグニンの粒度分布は、例えば、リグニン又は変性リグニンをN,N-ジメチルホルムアミドを加えて調製された試料液を用いた動的光散乱法(DLS法)によって測定される。リグニン又は変性リグニンの溶解のために、N,N-ジメチルホルムアミドを全体的に又は局所的に加熱してもよい。加熱温度は例えば120℃である。DLS法による分析は、例えば25℃(室温)の試料液を用いて行われる。試料液が未溶解の固形物を含む場合、固形物を除いた上澄み液がDLS法による分析に用いられてもよい。得られた粒度分布において、例えば、大部分の粒子の粒径がより小さいこと、及び/又は平均粒径がより小さいことは、溶媒に対する分散性又は溶解性がより大きいことを意味する。変性リグニンの試料液から得られる粒度分布において、個数基準の平均粒径が、100nm以下、90nm以下、80nm以下、70nm以下、60nm以下、50nm以下、40nm以下、30nm以下、20nm以下、又は10nm以下であってもよく、1nm以上であってもよい。変性リグニンの試料液から得られる粒度分布において、個数基準で99%以上の粒子の粒径が、100nm以下、90nm以下、80nm以下、70nm以下、60nm以下、50nm以下、40nm以下、30nm以下、20nm以下、又は10nm以下であってもよく、1nm以上であってもよい。
【0022】
変性リグニンを溶媒に分散又は溶解させることにより、変性リグニン溶液を得ることができる。変性リグニンが良好に分散又は溶解した変性リグニン溶液は、320nmの励起光によって、リグニンに由来する蛍光を発することがある。変性リグニン溶液を調製するために用いられ得る溶媒の例としては、N,N-ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホミド(DMSO)メタノール、エタノール、エチレングリコール、アセトニトリル、酢酸エチル、クロロホルム、及びトルエンが挙げられる。変性リグニン溶液における変性リグニンの濃度は、例えば、溶媒の体積を基準として0.001~50mg/mLであってもよい。
【実施例0023】
本発明は以下の実施例に限定されない。
【0024】
1.原材料
(1)リグニン
硫酸リグニン(SL)
スギ辺材をワイリーミル(Thomas Scientific)で粉砕した。得られた木粉をメッシュスクリーンで篩い分け、粒径0.15~1.0mmの木粉を回収した。回収された木粉を、ソックスレー装置を用いたアセトン抽出によって脱脂処理した。脱脂処理後の木粉を105℃で24時間、乾燥させた。乾燥後の木粉から、クラーソン法によって硫酸リグニン(SL)を調製した。
【0025】
アルカリリグニン(AL)
ナカライテスク株式会社製のアルカリリグニン(AL)を準備した。
【0026】
(2)多官能性化合物
以下の多官能性化合物を準備した。これらはいずれもナカライテスク株式会社製であった。
・L-酒石酸(TA)
・クエン酸(CA)
・グルコース(GL)
・ポリアクリル酸(PA)
・リンゴ酸
・コハク酸
・トリヒドロキシメチルアミノメタン
・p-フェニレンジアミン
・ポリビニルアルコール
【0027】
2.メカノケミカル法による変性リグニンの調製及び評価
2-1.硫酸リグニン(SL)/L-酒石酸(TA)
(1)ボールミル処理(メカノケミカル法)
硫酸リグニンの粉体とL-酒石酸との混合物を、ジルコニア製の容器内に配置した。容器内の混合物を、遊星型ボールミル(Pulverisette 7S、フリッチュジャパン株式会社)を用い、回転数600rpmで10分間粉砕することを3回繰り返した。1回の粉砕ごとに、15分間、混合物を冷却した。この方法で、リグニンの割合がL-酒石酸の質量を基準として0.1質量%、1.0質量%、又は10質量%である混合物をボールミル処理し、各混合物から変性リグニンを含む粉体を得た。比較のため、L-酒石酸が添加されていない硫酸リグニンを同様の方法でボールミル処理した。表1は、各リグニン試料の略称を示す。
【0028】
【0029】
(2)溶解性及び分散性
各リグニン試料の粉体を、120℃のN,N-ジメチルホルムアミド(DMF)に、リグニン試料の濃度が、DMFの体積を基準として0.1mg/mLとなるように加えた。SL及びBM-SLはDMFにほとんど溶解せず、粉体が沈殿し、DMFの呈色は観察されなかった。BM-SLTA(0.1%)及びBM-SLTA(1%)の粉体はDMFに全て溶解し、薄い黄色の透明な溶液が形成された。BM-SLTA(10%)の粉体は、大部分がDMFに溶解した。
【0030】
各リグニン試料の添加により形成された25℃(室温)の試料液(溶液又は分散液)を、ζ-電位と粒度分析計(ELSZ2000ZS、大塚電子株式会社)を用いた動的光散乱法(DLS)により分析し、粒度分布を得た。更に、液体試料の紫外可視吸収スペクトル及び蛍光(PL)スペクトル(励起光:320nm)を測定した。各測定は、目視される固形分(沈殿粒子)を含まない試料液を用いて行われた。
図1、
図2、
図3、
図4及び
図5は、それぞれ、SL、BM-SL、BM-SL
TA(0.1%)、BM-SL
TA(1%)及びBM-SL
TA(10%)のDLSによる粒度分布、紫外可視吸収スペクトル及び蛍光スペクトルを示す。各図において、(a)はDLSによる粒度分布であり、(b)は紫外可視吸収スペクトル及び蛍光スペクトルである。各図に挿入された写真は、試料液の写真である。DLSによる粒度分布において、数量基準の平均粒径も示されている。
【0031】
SL又はBM-SLを含む試料液は、10μmを超える粒径を有する粒子を含んでいることが確認された、また、これら試料液においてリグニンに由来する吸光及び発光も観測されなかった。
【0032】
BM-SLTA(0.1%)、BM-SLTA(1%)又はBM-SLTA(10%)を含む試料液においては、100nmを超える粒径を有する粒子の存在は実質的に確認されなかった。また、これらの試料液において、リグニンに由来する388nmの吸光ピーク及び蛍光ピークが観測された。溶液中のリグニンに関して、発色団間の距離が十分に保たれている場合にのみ蛍光が観測され、発色団間の距離が近すぎる場合には蛍光が消光することが知られている。したがって、蛍光スペクトルからも、変性リグニンは試料液中に分子スケールで良好に溶解又は分散したといえる。
【0033】
(3)赤外吸収スペクトル
BM-SL
TA(0.1%)、BM-SL
TA(1%)及びBM-SL
TA(10%)から、貧溶媒である水を用いて変性リグニンを単離した。単離された変性リグニン(IL-BM-SL
TA(0.1%)、IL-BM-SL
TA(1%)及びIL-BM-SL
TA(10%))を、FT-IR分光光度計(IRAffinity-1S、島津製作所)によって分析した。
図6は、単離された変性リグニンの赤外吸収スペクトルである。
図6中、(b)及び(c)は、(a)のスペクトルの一部の拡大図である。変性リグニンはカルボニル基に由来する1730cm
-1付近のピークと、カルボキシル基の-OHに由来する920cm
-1及び950cm
-1付近のピークを示し、特にIL-BM-SL
TA(0.1%)及びIL-BM-SL
TA(1%)においてこれらのピークが明瞭に観測された。これらのピークは、L-酒石酸のカルボキシル基に由来するピークとは異なる位置に観測されることから、遊離のL-酒石酸ではなく、リグニンのポリマー鎖に導入されたカルボキシル基に由来するものであることが示唆される。カルボキシル基に由来するピークの面積の、芳香環由来の1130cm
-1のピークの面積に対する比はBM-SL
TA(0.1%)では0.095で、IL-BM-SL
TA(1%)では0.067であり、ボールミル処理される混合物におけるリグニンの比率が低いと、カルボキシ基の導入量がより高くなる傾向があることが示唆された。
【0034】
(4)変性リグニンのアセチル化
単離された変性リグニン(IL-BM-SLTA(0.1%)、IL-BM-SLTA(1%)及びIL-BM-SLTA(10%))を、THFへの溶解性を向上させるために、一般的な手法に従ってアセチル化した。アセチル化された変性リグニンは、その一部がTHFに溶解した。アセチル化された変性リグニンのうち、室温のTHFに溶解した成分(THF溶解分)の割合は以下のとおりであった。THF溶解分の割合が小さいことは、変性リグニンの分子量がより大きいことを示唆する。
IL-BM-SLTA(0.1%):68.9質量%
IL-BM-SLTA(1%):64.6質量%
IL-BM-SLTA(10%):23.0質量%
【0035】
(5)GPC
アセチル化した変性リグニンを、以下の装置を用いたゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)によって分析した。
・液体クロマトグラフ:LC-10A(島津製作所)
・カラム:Shodex KF-801、KF-802、KF-802.5、KF-803(昭和電工)
・溶離液:テトラヒドロフラン(THF)
・流速:0.6mL/min
・カラム温度:50℃
・検出器:UV検出器(280nm)
・標準物質:ポリスチレン(分子量(MW):162、580、1270、2960、5000)
【0036】
図7はIL-BM-SL
TA(0.1%)、IL-BM-SL
TA(1%)及びIL-BM-SL
TA(10%)のGPCクロマトグラムである。グラフ中に記載されたMwの目盛は、標準ポリスチレン換算の重量平均分子量を示す。いずれの変性リグニンのTHF溶解分も、5000~数万程度の重量平均分子量(標準ポリスチレン換算)を有していた。したがって、THF未溶解分も含む変性リグニン全体の重量平均分子量は、5000を相当程度超えるといえる。SL及びBL-SLは、アセチル化後もTHFに溶解しなかったことから、5000~数万程度の重量平均分子量を有する比較的低分子量の成分を実質的に含んでいないと考えられる。
【0037】
(6)以上の結果から、リグニンとL-酒石酸との混合物のボールミル処理によって、リグニンのポリマー鎖が切断されるとともにポリマー鎖にカルボキシル基が導入されるメカノケミカル反応が進行することが確認された。メカノケミカル反応の結果、生成した変性リグニンは、分子スケール及びマクロスケールにおいてDMF中に良好に溶解又は分散された。
【0038】
2-2.硫酸リグニン(SL)/他の多官能性化合物
L-酒石酸に代えて、クエン酸(CA)、D-グルコース(GC)、リンゴ酸(MA)、コハク酸(SA)、トリスヒドロキシメチルアミノメタン(Tris)、p-フェニレンジアミン(pPA)、ポリアクリル酸(PA)、又はポリビニルアルコール(PVA)を用いたこと以外は上述のボールミル処理と同様の処理により、表2に示される、変性リグニンを含むリグニン試料を得た。
【0039】
【0040】
BM-SL
CA(0.1%)、及びBM-SL
GC(0.1%)について、硫酸リグニン/L-酒石酸の場合と同様に、DLSによる粒度分布の分析、及び紫外可視吸収スペクトル及び蛍光(PL)スペクトルの測定を行った。
図8及び
図9は、それぞれ、BM-SL
CA(0.1%)、及びBM-SL
GC(0.1%)のDLSによる粒度分布、紫外可視吸収スペクトル及び蛍光スペクトルを示す。
図8及び
図9において、(a)はDLSによる粒度分布であり、(b)は紫外可視吸収スペクトル及び蛍光スペクトルである。いずれの変性リグニンを含む試料液も、DLSによる粒度分布において100nmを超える粒径を有する粒子の存在は実質的に確認されなかった。また、これらの試料液において、リグニンに由来する388nmの吸光ピーク及び蛍光ピークが観測された。
【0041】
BM-SL
PA(0.1%)については紫外可視吸収スペクトル及び蛍光(PL)スペクトルの測定を行った。
図10に示されるように、BM-SL
PA(0.1%)の試料液においても、リグニンに由来する388nmの吸光ピーク及び蛍光ピークが観測された。BM-SL
MA(0.1%)、BM-SL
SA(0.1%)、BM-SL
Tris(0.1%)、BM-SL
pPA(0.1%)、及びBM-SL
PVA(0.1%)についても紫外可視吸収スペクトル及び蛍光(PL)スペクトルの測定を行い、リグニンに由来する吸光ピーク及び蛍光ピークが観測された。
【0042】
以上の結果から、低分子量又は高分子量の種々の多官能性化合物を用いたメカノケミカル反応により、溶媒に対する良好な溶解性又は分散性を有する変性リグニンが得られることが確認された。
【0043】
2-3.アルカリリグニン(AL)/L-酒石酸
硫酸リグニンに代えてアルカリリグニンを用いたこと以外は上述のボールミル処理と同様の処理により、表3に示される、変性リグニンを含むリグニン試料を得た。
【0044】
【0045】
各リグニン試料について、硫酸リグニン/L-酒石酸の場合と同様に、DLSによる粒度分布の分析を行った。
図11は、AL及びBL-ALのDLSによる粒度分布を示し、
図12は、BM-AL
TA(0.1%)、BM-AL
TA(1.0%)及びBM-AL
TA(10%)のDLSによる粒度分布を示す。DLSによる粒度分布において、数量基準の平均粒径も示されている。AL又はBM-ALを含む試料液は、1μmを超える粒径を有する粒子を含んでいることが確認された。BM-AL
TA(0.1%)、BM-AL
TA(1.0%)又はBM-AL
TA(10%)を含む試料液については、100nmを超える粒径を有する粒子の存在は実質的に確認されなかった。