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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024051967
(43)【公開日】2024-04-11
(54)【発明の名称】物質検出装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 31/00 20060101AFI20240404BHJP
【FI】
G01N31/00 T
G01N31/00 U
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022158378
(22)【出願日】2022-09-30
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001841
【氏名又は名称】弁理士法人ATEN
(72)【発明者】
【氏名】石田 晃彦
(72)【発明者】
【氏名】才木 陸朗
(72)【発明者】
【氏名】渡慶次 学
【テーマコード(参考)】
2G042
【Fターム(参考)】
2G042AA01
2G042BC01
2G042CB03
2G042DA08
2G042FA14
2G042FB05
2G042FC05
2G042FC06
2G042HA10
(57)【要約】
【課題】比較的容易に製造可能な物質検出装置を提供する。
【解決手段】紙デバイス1は、試料液300中のカリウムイオン濃度を、テトラフェニルホウ酸イオンとの反応による沈殿物400の生成を利用して検出する装置である。紙デバイス1は、親水性領域1aとその外縁を画定する疎水性領域1bとを有するシート100を備えている。親水性領域1aには、試料液300が供給される試料供給部10と、試料供給部10と連通した試料液300の流路20とが形成されている。流路20は、カリウムイオンと反応して沈殿物400を生成すると共に、沈殿物400により流路20を試料液300が流れにくくするテトラフェニルホウ酸イオンを含んでいる。試料液300が試料供給部10に供給された際に、浸透距離lが当初カリウムイオン濃度に応じて変化する。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
親水性領域と当該親水性領域の外縁を画定する疎水性領域とを有するシートを備えており、
前記親水性領域に、水溶液中の被検出物質である第1の物質を含んだ試料液が供給される試料供給部と、前記試料供給部と連通した前記試料液の流路とが形成されており、
前記流路が、前記第1の物質と反応して沈殿物を生成すると共に、前記沈殿物により前記流路を前記試料液が流れにくくする第2の物質を含んでおり、
前記試料液が前記試料供給部に供給された際に、前記試料液が前記試料供給部から最も遠くまで到達する前記流路上の位置から前記試料供給部までの前記流路に沿った距離が、前記試料供給部に供給された前記試料液中の前記第1の物質の量に応じて変化することを特徴とする物質検出装置。
【請求項2】
前記第1の物質が金属イオンであることを特徴とする請求項1に記載の物質検出装置。
【請求項3】
前記第1の物質がカリウムイオンであり、前記第2の物質がテトラフェニルホウ酸イオンであることを特徴とする請求項2に記載の物質検出装置。
【請求項4】
前記試料供給部に、前記流路を流れる前記試料液と共に前記流路中を移動する色素が含まれていることを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載の物質検出装置。
【請求項5】
前記色素が、前記沈殿物を生成する前の前記第1及び第2の物質のいずれとも反応しないことを特徴とする請求項4に記載の物質検出装置。
【請求項6】
前記色素が、前記沈殿物に対する吸着指示薬であることを特徴とする請求項4に記載の物質検出装置。
【請求項7】
前記流路が、前記試料液に含まれる第3の物質との反応により発色を生じる1又は複数の物質を含んでいることを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載の物質検出装置。
【請求項8】
前記第1の物質がカリウムイオンであり、前記第2の物質がテトラフェニルホウ酸イオンであり、前記第3の物質が亜硝酸イオン及びリン酸イオンの少なくともいずれかであることを特徴とする請求項7に記載の物質検出装置。
【請求項9】
前記流路が、前記試料液のpHに応じた発色を生じる第4の物質を含んでいることを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載の物質検出装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シートを使用した物質検出装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、物質を検出する装置として、親水性領域及び疎水性領域を有するシート状の装置がある。例えば、親水性領域として試料液が浸透又は流れる領域(流路)を限定するために、ワックスのような疎水性物質を用いてシート上にパターンを描く。そして、親水性領域にあらかじめ染み込ませた試薬と親水性領域に導入した試料液とを反応させて発色させる装置が開発されている。非特許文献1~3はこのような技術の一例に関する。これらの文献において、被検出物質はカリウムイオンであり、カリウムイオンに対する選択性を有するイオノフォアであるバリノマイシンが用いられている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Gerold, C. T.; Bakker, E.; Henry, C. S. Selective Distance-Based K+ Quantification on Paper-Based Microfluidics. Anal. Chem. 2018, 90 (7), 4894-4900.
【非特許文献2】Soda, Y.; Citterio, D.; Bakker, E. Equipment-Free Detection of K+ on Microfluidic Paper-Based Analytical Devices Based on Exhaustive Replacement with Ionic Dye in Ion-Selective Capillary Sensors. ACS Sensors 2019, 4 (3), 670-677.
【非特許文献3】Lookadoo, D. B.; Schonhorn, J. E.; Harpaldas, H.; Uherek, C. M.; Schatz, P.; Lindgren, A.; Depa, M.; Kumar, A. A. Paper-Based Optode Devices (PODs) for Selective Quantification of Potassium in Biological Fluids. Anal. Chem. 2021, 93 (27), 9383-9389.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
非特許文献1~3によると、被検出物質に対してイオノフォアとして機能する特殊な物質を検出試薬に使用することが必須となる。また、このような特殊な物質の中には、高価であり容易に調達できないものもある。したがって、試薬の確保が容易でなく、それによって、装置の製造が困難になるおそれがある。
【0005】
本発明の目的は、比較的容易に製造可能な物質検出装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明1の物質検出装置は、親水性領域と当該親水性領域の外縁を画定する疎水性領域とを有するシートを備えており、前記親水性領域に、水溶液中の被検出物質である第1の物質を含んだ試料液が供給される試料供給部と、前記試料供給部と連通した前記試料液の流路とが形成されており、前記流路が、前記第1の物質と反応して沈殿物を生成すると共に、前記沈殿物により前記流路を前記試料液が流れにくくする第2の物質を含んでおり、前記試料液が前記試料供給部に供給された際に、前記試料液が前記試料供給部から最も遠くまで到達する前記流路上の位置から前記試料供給部までの前記流路に沿った距離が、前記試料供給部に供給された前記試料液中の前記第1の物質の量に応じて変化する。
【0007】
流路に含まれる第2の物質は、被検出物質である第1の物質と反応して沈殿物を生じ、これによって流路を試料液が流れにくくする作用を有する。これにより、試料液が試料供給部から最も遠くまで到達する流路上の位置が、試料液中に当初含まれた第1の物質の量に応じて変化するように装置が構成されている。したがって、試料液が最も遠くまで到達する位置に基づいて試料液に当初含まれていた第1の物質の量を評価できる。
【0008】
本発明1では、検出試薬である第2の物質が第1の物質と反応して沈殿物を生じるものであればよい。このような機能を有する試薬は比較的確保が容易である。このため、装置の製造が比較的容易である。
【0009】
また、本発明2においては、上記本発明1に加えて、前記第1の物質が金属イオンであることが好ましい。これによると、試料液中の金属イオンの検出が可能になる。
【0010】
また、本発明3においては、上記本発明2に加えて、前記第1の物質がカリウムイオンであり、前記第2の物質がテトラフェニルホウ酸イオンであることが好ましい。これによると、試料液中のカリウムイオンの検出が可能になる。
【0011】
また、本発明4においては、上記本発明1~3のいずれかに加えて、前記試料供給部に、前記流路を流れる前記試料液と共に前記流路中を移動する色素が含まれていることが好ましい。これによると、試料液が到達した領域と到達していない領域とが色素によって区別しやすい。
【0012】
また、本発明5においては、上記本発明4に加えて、前記色素が、前記沈殿物を生成する前の前記第1及び第2の物質のいずれとも反応しないことが好ましい。これによると、第1の物質及び第2の物質のいずれとも反応しない色素が用いられるので、色素が第1の物質の検出を妨げにくい。
【0013】
また、本発明6においては、上記本発明4又は5に加えて、前記色素が、前記沈殿物に対する吸着指示薬であることが好ましい。これによると、色素が沈殿物の吸着指示薬であることで、試料液が沈殿物によって流れを阻害される領域(沈殿物が発生する領域)が色素によって認識しやすい。
【0014】
また、本発明7においては、上記本発明1~6のいずれかに加えて、前記流路が、前記試料液に含まれる第3の物質との反応により発色を生じる1又は複数の物質を含んでいることが好ましい。これによると、第1の物質の検出と第3の物質の検出とが同時に可能となる。例えば、本発明7に係る流路が、第1の物質の検出用の流路と第3の物質の検出用の流路とを個別に含んでおり、第1の物質の検出用の流路に第2の物質が、第3の物質の検出用の流路に上記1又は複数の物質がそれぞれ含まれていてもよい。
【0015】
また、本発明8においては、上記本発明7に加えて、前記第1の物質がカリウムイオンであり、前記第2の物質がテトラフェニルホウ酸イオンであり、前記第3の物質が亜硝酸イオン及びリン酸イオンの少なくともいずれかであることが好ましい。これによると、カリウムイオンの検出と亜硝酸イオン及びリン酸イオンの少なくともいずれかの検出とが同時に可能となる。
【0016】
また、本発明9においては、上記本発明1~8のいずれかに加えて、前記流路が、前記試料液のpHに応じた発色を生じる第4の物質を含んでいることが好ましい。これによると、第1の物質の検出と試料液のpHの測定とが同時に可能となる。例えば、本発明9に係る流路が、第1の物質の検出用の流路とpHの測定用の流路とを個別に含んでおり、第1の物質の検出用の流路に第2の物質が、pHの測定用の流路に第4の物質がそれぞれ含まれていてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明の第1の実施形態に係る紙デバイスの斜視図である。
図2図1の紙デバイスにおいて、流路に沿って試料液が移動した様子を表す概略平面図である。
図3】流路へのテトラフェニルホウ酸ナトリウム水溶液の導入回数が異なる図1の紙デバイスを用いて、異なる濃度のカリウムイオンを含んだ試料液を滴下した際の試料液の浸透距離を比較したグラフである。
図4図1の紙デバイスに関する検量曲線を示したグラフである。
図5】色素としてフルオレセインを用いた図1の紙デバイスにカリウムイオンを含んだ試料液を滴下した際の試料液が移動した様子を示す図である。
図6】色素としてローダミンBを用いた図1の紙デバイスにカリウムイオンを含んだ試料液を滴下した際の試料液が移動した様子を示す図である。
図7】本発明の第2実施形態に係る紙デバイスの概略平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
[第1実施形態]
以下、本発明の一実施形態である第1実施形態に係る紙デバイス1(本発明でいう物質検出装置)について説明する。紙デバイス1は、試料である水溶液(以下、試料液とする)中の被検出物質(本発明でいう「第1の物質」)の濃度を、被検出物質と検出試薬(本発明でいう「第2の物質」)との反応による沈殿物の生成を利用して検出する装置である。被検出物質と検出試薬との組み合わせは、水溶液中で互いに反応して沈殿物を生ずるものであればどのような物質の組み合わせであってもよい。例えば、被検出物質と検出試薬との組み合わせには、表1に掲げるものが使用されてもよい。被検出物質としては、典型的には金属イオンであるが、金属イオン以外であってもよい。
【0019】
【表1】
【0020】
また、試料液の視認を容易にするための色素、特に、沈殿物を着色する吸着指示薬が用いられてもよい。例えば、フルオレセイン、ジクロロフルオレセイン、ブロモクレゾールグリーン、エオシン、メチルバイオレット、ローダミン6G、ブロモフェノールブルー等が使用される。なお、色素は、検出試薬による被検出物質の検出を妨げないようにするため、沈殿物を生成する前の被検出物質及び検出試薬のいずれとも反応しないものを使用することが好ましい。例えば、インジゴカルミン、フルオレセイン等の陰イオン性の色素が使用されることが好ましい。
【0021】
次に、図1及び図2を参照しつつ、紙デバイス1の構成について説明する。以下、上下及び左右方向は、図2の紙面上の上下及び左右方向を基準とする。紙デバイス1は、濾紙等の吸水性を有するシート100を備えている。
【0022】
シート100は領域1a及び領域1bを有している。領域1bは疎水性のインクを含侵させた疎水性を有する領域である。以下、領域1bを疎水性領域1bという。疎水性領域1bは、例えば、疎水性のソリッドインクを用い、ソリッドインク用のインクジェットプリンターを使用してシート100上にパターンを印刷することで形成する。パターンの印刷後、乾燥機を用いてシート100を加熱することにより、シート100上のインクを融解させつつシート100中に浸透させる。これにより、シート100の一方の表面から他方の表面まで疎水性のインクを含浸させた疎水性領域1bが形成される。疎水性領域1bは、疎水性のインクの乾燥物がシート中に存在した状態となる。なお、シート100上へのパターンの形成には、ソリッドインク式以外のインクジェットプリンターの他、スクリーン印刷、フォトリソグラフィー等が使用されてもよい。
【0023】
一方で、領域1aはインクを含侵させていない領域である。このため、領域1aは、シート100を構成する濾紙そのものの性質である親水性を有する領域である。以下、領域1aを親水性領域1aという。親水性領域1aは、疎水性領域1bによって外縁が画定されている。親水性領域1aの一か所に水溶液の試料液300を含ませると、その試料液300は、時間の経過に伴ってその一か所から周囲へと浸透していくことによって広がっていく。試料液300の広がりは、親水性領域1aと疎水性領域1bとの境界に到達するまで継続する。
【0024】
親水性領域1aは試料供給部10及び流路20を有している。試料供給部10は円板形状である。試料供給部10はシート100の左端部付近に位置している。流路20は試料供給部10に連通し、試料供給部10から右方に直線状に延びている。なお、試料供給部10の形状は、円板の他、様々であってもよい。
【0025】
流路20には検出試薬が保持されている。流路20に検出試薬を保持させる方法は以下の通りである。シート100を検出試薬の水溶液に浸漬させるか、流路20の一端又は両端に検出試薬の水溶液を導入し、毛管現象により、流路20の他の領域に水溶液を浸透させる。これにより、流路20全体に検出試薬を行き渡らせる。検出試薬は、流路20全体に均一に分布させることが好ましい。次に、流路20を乾燥させる。流路20の乾燥は、室内での風乾により行われたり、乾燥機、シリカゲルを含むデシケーター等を用いて行われたりする。
【0026】
試料供給部10には色素が保持されている。色素は、水溶液の状態で試料供給部10に浸透させた後、室内での風乾や、乾燥機、シリカゲルを含むデシケーター等を用いて試料供給部10を乾燥させることにより、試料供給部10に保持させる。試料供給部10に色素を保持させることに代えて、又は加えて、色素が試料液300に混合されてもよい。
【0027】
以下、紙デバイス1の作製方法、使用方法及び設計方法について、カリウムイオンを検出する場合を例に挙げて説明する。
【0028】
まず、紙デバイス1の作製方法の一例について説明する。カリウムイオン濃度を測定する検出試薬として、テトラフェニルホウ酸イオンを用いる。シート100には、保持粒子径が1~20μmの濾紙を使用する。例えば、保持粒子径7μmの濾紙(ADVANTEC 5A)を使用する。ソリッドインク式のインクジェットプリンター(ColorQube8570、ゼロックス社)を用いて、図1に示す疎水性領域1bのパターンをシート100に形成する。
【0029】
疎水性領域1bにおける流路20の上下方向の流路の幅は、1.5~4.0mmの範囲、例えば、2.5mmである。その後、パターンを形成したシート100を120℃に設定した乾燥機に2分間入れることで、シート100上で固化したソリッドインクを融解し、シート100中に浸透させる。これにより、親水性領域1aからなる試料供給部10及び流路20の外縁を画定する疎水性領域1bのパターンをシート100上に形成する。
【0030】
検出試薬としてテトラフェニルホウ酸イオンを用いるため、0.01~0.2mol/Lの範囲、例えば、0.2mol/Lのテトラフェニルホウ酸ナトリウム水溶液40μLを流路20の一端から導入し、毛管現象により流路20全体に浸透させる。次に、22~33℃の室内にシート100を置いて、流路20に含まれるテトラフェニルホウ酸ナトリウム水溶液を風乾させる。次に、色素として、フルオレセイン又はインジゴカルミンの水溶液の適量を試料供給部10に滴下し、試料供給部10を、風乾等の適宜の方法で乾燥させる。これにより、試料供給部10に色素を保持させる。このようにして、紙デバイス1を作製する。
【0031】
次に、紙デバイス1の使用例について説明する。カリウムイオンを含んだ試料液300を規定の量だけ試料供給部10に滴下して、紙デバイス1を適宜の期間、静置する。試料液300は、図2に示すように、試料供給部10から流路20を右方に向かって浸透していく。試料液300が浸透していく過程で、試料液300中のカリウムイオンが流路20に含まれるテトラフェニルホウ酸イオンと会合して沈澱物400が生じる。沈殿物400はシート100の繊維の間隙を狭めたり、埋めたりすることで、流路20に部分的に目詰まりを生じさせる。これによって、試料液300が流路20を流れにくくなる。沈殿物400の生成量に応じて目詰まりの程度が強まるほど、流路20における試料液300の流れは制限されていく。試料供給部10への試料液300の導入から所定時間が経過するまでに生成される沈殿物400の生成量は、試料供給部10に滴下された際の試料液300のカリウムイオン濃度(以下、当初カリウムイオン濃度とする)が高いほど大きい。したがって、当初カリウムイオン濃度が高いほど流路20における試料液300の流れが制限される。このため、上記所定時間の経過時に試料供給部10から最も遠くまで試料液300が到達する位置(以下、最遠到達位置21とする)は、当初カリウムイオン濃度が高いほど試料供給部10に近接する。つまり、試料供給部10から図2に示す最遠到達位置21までの距離(以下、浸透距離lとする)が、当初カリウムイオン濃度が高いほど短くなる。これにより、浸透距離lが短いほど当初カリウムイオン濃度が高いことを示し、浸透距離lが長いほど当初カリウムイオン濃度が低いことを示す。最遠到達位置21は、沈殿物400が生成される範囲よりも試料供給部10から離隔した位置になることがある。
【0032】
以上に基づき、浸透距離lの測定結果をあらかじめ取得された検量線と照合することにより、当初カリウムイオン濃度の定量が可能である。検量線は、カリウムイオン濃度が既知である試料液300を用いて、様々な濃度について浸透距離lを測定した結果に基づいて取得される(図4参照)。浸透距離lの測定は、試料液300が浸透した紙デバイス1をデジタル撮影し、その撮影結果を画像解析することによって読み取ることでなされる。画像解析としては、色素による着色領域の面積を評価する方法等が利用できる。あるいは、流路20の近傍に目盛りを設けておき、その目盛りを用いて長さを読み取ってもよいし、定規を用いて長さを計測してもよい。
【0033】
次に、紙デバイス1の設計方法の一例について説明する。紙デバイス1の設計要素として、試料液300の導入時から浸透距離lを計測するまでの経過時間、シート100の保持粒子径(孔径)、シート100の厚さ、流路20に導入する検出試薬のテトラフェニルホウ酸イオン濃度、検出試薬の量、検出試薬の流路20への導入方法、検出試薬の水溶液を導入した流路20の乾燥方法、流路20の上下方向の幅、流路20の形状、試料液300の導入量等がある。これらの設計要素は、紙デバイス1の応答性能、例えば、当初カリウムイオン濃度が高まるのに応じて浸透距離lが短くなるという当初カリウムイオン濃度に対する応答性能が適切に得られるように最適化されることが好ましい。カリウムイオン検出用の紙デバイス1について本発明者が行った種々の実験によると、紙デバイス1の設計要素について以下の通りであった。
【0034】
試料液300の導入時から浸透距離lを計測するまでの経過時間については、カリウムイオンを含まない試料液を使用したところ、浸透距離lが最も大きくなる長さは約5分間であった。
【0035】
シート100の保持粒子径(孔径)については、保持粒子径が1、3、7及び20μmの濾紙を用いた。その結果、7μm及び20μm、特に、7μmの濾紙を用いた場合に、浸透距離lに対する当初カリウムイオン濃度の変化を示す曲線の傾きが大きく、感度が高かった。
【0036】
流路20に導入するテトラフェニルホウ酸ナトリウム水溶液のテトラフェニルホウ酸イオン濃度を0.01~0.2mol/Lの範囲で変えて応答性能を確認した。その結果、0.2mol/Lで当初カリウムイオン濃度に対する最も高い応答性能が得られた。
【0037】
流路20に導入する検出試薬の量については、流路20への導入回数を以下のように変更しつつ、当初カリウムイオン濃度に対する応答性能を確認した。1回の導入に当たり、0.2mol/Lのテトラフェニルホウ酸イオン濃度のテトラフェニルホウ酸ナトリウム水溶液40μLを流路20の一端から導入し、流路20全域に浸透させると共に、流路20を風乾により乾燥させた。このような導入を1回、2回及び3回行った紙デバイス1をそれぞれ2つずつ、合計6つ用意した。そして、これらの紙デバイス1を用いて、カリウムイオン濃度0.01mol/L及び1.0mol/Lの試料液300に対する応答性能を確認した。図3はその結果を示すグラフである。ドット模様の棒グラフはカリウムイオン濃度0.01mol/Lの水溶液に対する浸透距離lを示し、斜線模様の棒グラフはカリウムイオン濃度1.0mol/Lの試料液300に対する浸透距離lを示す。図3に示すように、テトラフェニルホウ酸ナトリウム水溶液を3回導入した紙デバイス1において、2つの濃度の試料液300に対する浸透距離lの差異が最も大きい結果となった。つまり、カリウムイオン濃度に対する応答性能が最も高くなった。
【0038】
検出試薬の水溶液を流路20に導入する方法については、流路20を形成したシート100ごとテトラフェニルホウ酸ナトリウム水溶液に浸漬する浸漬法と、流路20の一端にテトラフェニルホウ酸ナトリウム水溶液を導入し、毛管現象により浸透させる浸透式A法と、浸透式A法を流路20の両端から施す浸透式B法とを互いに比較した。これらの方法の中で、カリウムイオン濃度に対する応答性能が比較的高かったのは、浸漬法及び浸透式A法であった。
【0039】
検出試薬の水溶液を導入した流路20を乾燥させる方法としては、シリカゲルを含むデシケーター内に放置する方法、室内で風乾する方法、乾燥機を用いる方法を比較した。その結果、乾燥に必要な時間はこの順で短かくなった。一方、カリウムイオン濃度に対する応答性能は、高い順に乾燥機、風乾、デシケーターとなった。しかし、乾燥時間が短くなるほど(特に乾燥機(乾燥温度60℃))、カリウムイオン濃度に対する応答の変動(繰り返し測定した際の変動係数)が大きくなる傾向にあった。このことから、乾燥時間を適当な長さに設定することが望ましいことが分かった。
【0040】
流路20の上下方向の幅については、設計値で1.5~4.0mmの範囲で変更しつつカリウムイオン濃度に対する応答性能を調べたところ,2.5mmの幅で最も高い応答性能が得られた。なお、ソリッドインク用のインクジェットプリンターを用いた上記方法により作製した実際の流路20の幅は作製過程で設計値より1mm程度狭くなった。
【0041】
流路20の形状については、浸透距離lを計測する便宜上、直線状であることが望ましいが、カリウムイオン濃度が浸透距離lに適切に反映される限り、その他の形状であってもよい。
【0042】
試料液300の体積については、10~30μLの範囲で変更しつつ、カリウムイオン濃度に対する応答性能を確認したところ、20~30μLで比較的高い性能が得られた。
【0043】
以上の実験結果に基づき、保持粒子径7μmの濾紙(ADVANTEC 5A)をシート100として用いて、上下方向の幅を2.5mmとした流路20に0.2mol/Lのテトラフェニルホウ酸ナトリウム水溶液40μLを浸透式A法を用いて保持させた紙デバイス1に、20μLの試料液300を導入して浸透距離lを測定することを、カリウムイオン濃度を変えつつ繰り返すことで検量線を作成した。その結果は図4に示す通りとなった。
【0044】
その他、色素について以下の実験を行った。陰イオン性の色素であるフルオレセインを試料供給部10に保持させた紙デバイス1を使用した。比較例として、陽イオン性の色素であるローダミンBを試料供給部10に保持させた紙デバイス1を使用した。
【0045】
図5に示すように、試料液300の最遠到達位置21aと、沈殿物400に対するフルオレセインの染色によって示される染色領域の右先端部22aとがほぼ一致した。一方で、図6に示すように、試料液300の最遠到達位置21bと、沈殿物400に対するローダミンBの染色によって示される染色領域の右先端部22bとの間に差が生じた。試料供給部10から試料液300の最遠到達位置21bまでの距離(浸透距離l)が、試料供給部10から染色領域の右先端部22bまでの距離より大きい結果となった。
【0046】
以上説明した本実施形態に係る紙デバイス1によると、流路20に含まれるテトラフェニルホウ酸イオンは、カリウムイオンと反応して沈殿物400を生じる。この沈殿物400は、流路20を試料液300が流れにくくする作用を有する。これにより、試料液300の最遠到達位置21が、規定の量の試料液300における当初カリウムイオン濃度に応じて、つまり、試料液300中に当初含まれたカリウムイオンの量に応じて変化するように紙デバイス1が構成されている。したがって、最遠到達位置21に基づいて試料液300に当初含まれていたカリウムイオンの検出が可能になり、また、当初含まれていたカリウムイオンの量を評価できる。
【0047】
本実施形態において、カリウムイオンと反応して沈殿物を生じるテトラフェニルホウ酸ナトリウムは比較的確保が容易である。このため、紙デバイス1の製造が比較的容易である。
【0048】
また、試料供給部10に試料液300と共に流路20中を移動する色素が含まれていることで、試料液300が到達した領域と到達していない領域とが色素によって区別しやすい。
【0049】
また、インジゴカルミン及びフルオレセインは、沈殿物400を生成する前のカリウムイオン及びテトラフェニルホウ酸イオンのいずれとも反応しない色素であるため、色素がカリウムイオンの検出を妨げにくい。
【0050】
また、色素が沈殿物400の吸着指示薬であるフルオレセインであることで、試料液300が沈殿物400によって流れを阻害される領域(沈殿物400が発生する領域)が色素によって認識しやすい。
【0051】
[第2の実施形態]
以下、図7を参照しつつ、本発明の別の一実施形態である第2の実施形態に係る紙デバイス2(本発明でいう物質検出装置)について説明する。紙デバイス2は、複数の被検出物質やpHを同時に検出可能である。以下において説明する紙デバイス2の構成は、このような複数の検出項目を検出可能な構成の一例である。
【0052】
紙デバイス2は、紙デバイス1の親水性領域1a及び疎水性領域1bと同様の方法で形成された親水性領域2a及び疎水性領域2bを有する濾紙製のシートによって構成されている。親水性領域2aは、連通流路501、試料供給部510、カリウムイオン検出流路520、リン酸イオン検出流路530、亜硝酸イオン検出流路540及びpH測定流路550を有している。なお、本実施形態においては、これらの検出流路によって構成される全体の流路が本発明でいう「流路」に相当する。
【0053】
連通流路501は、試料供給部510、カリウムイオン検出流路520、リン酸イオン検出流路530、亜硝酸イオン検出流路540及びpH測定流路550を互いに連通させる流路である。連通流路501は分岐流路501a、501b及び501cに分岐している。分岐流路501aは試料供給部510に連結し、分岐流路501bはカリウムイオン検出流路520に連結し、分岐流路501cはリン酸イオン検出流路530、亜硝酸イオン検出流路540及びpH測定流路550に連結している。
【0054】
試料供給部510に試料液が導入されると、試料供給部510から分岐流路501a及び501bを通じてカリウムイオン検出流路520へと試料液が浸透する。また、試料供給部510から分岐流路501a及び501cを通じてリン酸イオン検出流路530、亜硝酸イオン検出流路540及びpH測定流路550へと試料液が浸透する。
【0055】
カリウムイオン検出流路520は、第1の実施形態の流路20と同じ構成を有している。このため、試料供給部510に供給された試料液がカリウムイオン検出流路520に到達すると、試料液中のカリウムイオンがカリウムイオン検出流路520に含まれるテトラフェニルホウ酸イオンと会合して沈澱物が生じる。試料供給部510への試料液の供給から所定時間が経過するまでに生成される沈殿物の生成量は、試料供給部510に供給された際の試料液のカリウムイオン濃度が高いほど大きい。したがって、第1の実施形態と同様、上記所定時間の経過時に試料供給部510から最も遠くまで試料液が到達する位置は、試料供給部510に供給された際の試料液のカリウムイオン濃度が高いほど試料供給部510に近接する。よって、試料供給部510に供給された試料液に当初含まれていたカリウムイオン濃度が、カリウムイオン検出流路520の入り口から、試料液が上記所定時間の経過時に最も遠くまで到達する位置までの距離に反映される。そこで、試料液が上記所定時間の経過時に最も遠くまで到達する位置について、流路20の近傍に形成された目盛り521を読み取ることで上記カリウムイオン濃度を測定可能である。
【0056】
リン酸イオン検出流路530は、イノシンを保持した部分流路531、プリンヌクレオシドホスホリラーゼ(PNP)を保持した部分流路532、キサンチンオキシダーゼ(XOD)を保持した部分流路533、ペルオキシダーゼ(POD)を保持した部分流路534及び3,3’,5,5’-テトラメチルベンジジン(TMB)を保持した部分流路535を有している。試料供給部510からの試料液が、部分流路531及び532を通過する際に、試料液に含まれるリン酸イオンがPNPの存在下でイノシンと反応してヒポキサンチンとα-D-リボース1-リン酸とを生じる。次に、試料液が部分流路533を通過する際に、ヒポキサンチンがXODの存在下で水及び酸素と反応して尿酸と過酸化水素を生じる。次に、試料液が部分流路534を通じて部分流路535に到達する際に、過酸化水素がPODの存在下でTMBと反応して水とTMBの酸化体とを生じる。これにより、部分流路535が発色する。部分流路535が青色に発色することで、試料液にリン酸イオン(本発明でいう第3の物質)が含まれていることが検出される。また、その発色強度を測定することにより、試料液に当初含まれていたリン酸イオンの濃度を測定可能である。
【0057】
亜硝酸イオン検出流路540の先端部には、スルファニルアミド及びナフチルエチレンジアミンが保持されている。これらは、試料供給部510からの試料液中の亜硝酸イオンと反応してピンク色に発色する。亜硝酸イオン検出流路540の先端部が発色することで、試料液に亜硝酸イオン(本発明でいう第3の物質)が含まれていることが検出される。また、その発色強度を測定することにより、試料液に当初含まれていた亜硝酸イオンの濃度を測定可能である。
【0058】
pH測定流路550の先端部には、pH指示薬、例えば、チモールブルー、メチルレッド、ブロモチモールブルー及びフェノールフタレインの混合物(本発明でいう第4の物質)が保持されている。この指示薬は、試料供給部510からの試料液中のpHに応じた色で発色する。その発色状況を評価することにより、試料液のpHを測定可能である。
【0059】
以上説明した本実施形態によると、カリウムイオン濃度を測定するのみならず、リン酸イオン及び亜硝酸イオンの有無並びにその濃度の測定とpHの測定とが同時に可能である。
【0060】
<変形例>
以上は、本発明の好適な実施形態についての説明であるが、本発明は上述の実施形態に限られるものではなく、課題を解決するための手段に記載された範囲の限りにおいて様々な変更が可能なものである。
【0061】
第1の実施形態に係る紙デバイス1の設計方法において挙げた各種の設計要素について、第1の実施形態及び第2の実施形態では数値や流路の形状等の具体的な条件が示されている。しかし、これらの設計要素に係る条件は、装置全体のサイズ、使用される試料及び試薬、検出用途等に応じて、適宜調整されてよい。
【0062】
第2の実施形態に係る紙デバイス2には1つの試料供給部のみが形成されている。しかし、試料供給部は複数あってもよい、例えば検出対象となるイオンやpHの流路ごとに試料供給部が形成されていてもよい。
【0063】
第2の実施形態に係る紙デバイス2は、カリウムイオン検出流路520、リン酸イオン検出流路530、亜硝酸イオン検出流路540及びpH測定流路550を有している。つまり、検出対象ごとに流路が用意されている。しかし、1つの検出流路で複数の検出項目を検出する構成が採用されてもよい。
【0064】
第2の実施形態では、カリウムイオンの検出のみならず、リン酸イオン及び亜硝酸イオンの検出とpHの測定とを行うことができる。しかし、カリウムイオンの検出の他、リン酸イオン、亜硝酸イオン及びpHのいずれか1つ又は2つの検出が可能な構成が採用されてもよい。
【0065】
第1の実施形態に係る紙デバイス1及び第2の実施形態に係る紙デバイス2は、濾紙等の紙からなるシート状の部材である。シート状の部材である基材は、繊維の積層体(紙は繊維の積層体に対応する)又は多孔質体により構成することができる。繊維の積層体は、繊維の間に多数の空孔を有していることが好ましい。多孔質体は、多数の空孔を有していることが好ましい。電源やポンプ等がなくても、試料液は、毛管現象により、繊維の積層体又は多孔質体の中を移動することができる。
【0066】
繊維の積層体としては、例えば、紙、布等が挙げられる。多孔質体としては、例えば、珪藻土、ゼオライト等が挙げられる。基材としては、紙が好ましい。紙としては、例えば、有機高分子繊維からなる紙、ガラス繊維からなる紙が挙げられる。有機高分子繊維としては、例えば、植物繊維、酢酸セルロース繊維、ニトロセルロース繊維、ポリエステル繊維、ポリエチレン繊維、ポリプロピレン繊維、及びナイロンが挙げられる。
【0067】
第1の実施形態に係る紙デバイス1において、色素が用いられている。しかし、被検出物質と検出試薬との反応による沈殿物が着色している場合には、色素が用いられていなくてもよい。
【符号の説明】
【0068】
1 紙デバイス
1a 親水性領域
1b 疎水性領域
10 試料供給部
20 流路
21 最遠到達位置
100 シート
300 試料液
400 沈殿物
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7