IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 富士フイルム株式会社の特許一覧

<>
  • 特開-圧電素子及びアクチュエータ 図1
  • 特開-圧電素子及びアクチュエータ 図2
  • 特開-圧電素子及びアクチュエータ 図3
  • 特開-圧電素子及びアクチュエータ 図4
  • 特開-圧電素子及びアクチュエータ 図5
  • 特開-圧電素子及びアクチュエータ 図6
  • 特開-圧電素子及びアクチュエータ 図7
  • 特開-圧電素子及びアクチュエータ 図8
  • 特開-圧電素子及びアクチュエータ 図9
  • 特開-圧電素子及びアクチュエータ 図10
  • 特開-圧電素子及びアクチュエータ 図11
  • 特開-圧電素子及びアクチュエータ 図12
  • 特開-圧電素子及びアクチュエータ 図13
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024052270
(43)【公開日】2024-04-11
(54)【発明の名称】圧電素子及びアクチュエータ
(51)【国際特許分類】
   H10N 30/853 20230101AFI20240404BHJP
   H10N 30/20 20230101ALI20240404BHJP
   H10N 30/045 20230101ALI20240404BHJP
   H10N 30/87 20230101ALI20240404BHJP
   H10N 30/06 20230101ALI20240404BHJP
【FI】
H01L41/187
H01L41/09
H01L41/257
H01L41/047
H01L41/29
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022158868
(22)【出願日】2022-09-30
(71)【出願人】
【識別番号】306037311
【氏名又は名称】富士フイルム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中村 誠吾
(72)【発明者】
【氏名】小林 宏之
(72)【発明者】
【氏名】杉本 真也
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 勉
(57)【要約】
【課題】低電圧で高い圧電性能が得られる圧電素子及び圧電アクチュエータを低コストに提供する。
【解決手段】圧電素子は、基板上に、第1電極、第1圧電膜、第2電極、第2圧電膜、及び、第3電極をこの順に備え、第1圧電膜及び第2圧電膜はいずれも、AサイトにPbを含み、BサイトにZr、Ti及びMを含む、ペロブスカイト型酸化物を主成分とし、MはV,Nb,Ta,Sb,Mo及びWから選択される金属元素であり、第1圧電膜と第2圧電膜に含まれるペロブスカイト型酸化物におけるPb組成比が異なり、第1圧電膜に対して、第1電極を接地し、第2電極を駆動電極として測定される分極-電界ヒステリシスと、第2圧電膜に対して、第2電極を接地し、第3電極を駆動電極として測定される分極-電界ヒステリシスとが、それぞれの原点に対し同じ電界方向にシフトしている。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に、第1電極、第1圧電膜、第2電極、第2圧電膜、及び、第3電極をこの順に備え、
前記第1圧電膜及び前記第2圧電膜はいずれも、
AサイトにPbを含み、BサイトにZr、Ti及びMを含む、ペロブスカイト型酸化物を主成分とし、MはV,Nb,Ta,Sb,Mo及びWから選択される金属元素であり、
前記ペロブスカイト型酸化物におけるPb組成比を、元素記号はそれぞれのモル比を表すものとして、Pb/(Zr+Ti+M)で規定した場合に、前記第1圧電膜における前記Pb組成比と前記第2圧電膜における前記Pb組成比とが異なり、
前記第1圧電膜と前記第2圧電膜はいずれも膜厚方向に自発分極が揃っており、かつ、前記第1圧電膜と前記第2圧電膜の前記自発分極の向きは同一であり、
前記第1圧電膜に対して、前記第1電極を接地し、前記第2電極を駆動電極として測定される分極-電界ヒステリシスと、前記第2圧電膜に対して、前記第2電極を接地し、前記第3電極を駆動電極として測定される分極-電界ヒステリシスとが、それぞれの原点に対し同じ電界方向にシフトしている、圧電素子。
【請求項2】
前記第1圧電膜及び前記第2圧電膜の各々に含まれる前記ペロブスカイト型酸化物の前記Bサイト中のZr/(Zr+Ti)で表されるZr組成比同士、Ti/(Zr+Ti)で表されるTi組成比同士、及び、前記BサイトにおけるM/(Zr+Ti+M)で表されるM組成比同士が、同一である、請求項1に記載の圧電素子。
【請求項3】
前記金属元素MがNbであり、前記Bサイトにおける前記M組成比をyとした場合、
0.08≦y≦0.15である、請求項2に記載の圧電素子。
【請求項4】
前記第1圧電膜に含まれる前記ペロブスカイト型酸化物における前記Pb組成比と、前記第2圧電膜に含まれる前記ペロブスカイト型酸化物における前記Pb組成比とが、0.01以上異なっている、請求項1に記載の圧電素子。
【請求項5】
前記第1圧電膜及び前記第2圧電膜のうち、前記Pb組成比が相対的に小さい圧電膜の膜厚が、前記Pb組成比が相対的に大きい圧電膜の膜厚よりも100nm以上薄い、請求項1に記載の圧電素子。
【請求項6】
前記Pb組成比が相対的に小さい圧電膜の膜厚が1.5μm以下である、請求項5に記載の圧電素子。
【請求項7】
前記Pb組成比が相対的に大きい圧電膜の膜厚が2μm以下である、請求項5に記載の圧電素子。
【請求項8】
前記第1電極と前記第3電極とが接続されている、請求項1に記載の圧電素子。
【請求項9】
前記第1圧電膜及び前記第2圧電膜のうち、前記Pb組成比が相対的に大きい圧電膜に、前記自発分極の向きと同じ向きの電界が印加され、前記Pb組成比が相対的に小さい電膜に、前記自発分極の向きと逆向きの電界が印加される、請求項1に記載の圧電素子。
【請求項10】
請求項1に記載の圧電素子と、前記圧電素子に駆動電圧を印加する駆動回路とを備えたアクチュエータであって、
前記駆動回路は、前記第1圧電膜及び前記第2圧電膜のうち、前記Pb組成比が相対的に大きい圧電膜に、前記自発分極の向きと同じ向きの電界を印加し、前記Pb組成比が相対的に小さい圧電膜に、前記自発分極の向きと逆向きの電界を印加する、アクチュエータ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、圧電素子及びアクチュエータに関する。
【背景技術】
【0002】
優れた圧電特性及び強誘電性を有する材料として、チタン酸ジルコン酸鉛(Pb(Zr,Ti)O、以下においてPZTという。)などのペロブスカイト型酸化物が知られている。ペロブスカイト型酸化物からなる圧電体は、基板上に、下部電極、圧電膜、及び上部電極を備えた圧電素子における圧電膜として適用される。この圧電素子は、メモリ、インクジェットヘッド(アクチュエータ)、マイクロミラーデバイス、角速度センサ、ジャイロセンサ、超音波素子(PMUT:Piezoelectric Micromachined Ultrasonic Transducer)及び振動発電デバイスなど様々なデバイスへと展開されている。
【0003】
圧電素子として、高い圧電特性を得るために、電極層を介して複数の圧電膜を積層した積層型の圧電素子が提案されている。
【0004】
例えば、特許文献1には、第1電極、Nb添加PZT膜、第2電極、Nb添加PZT膜、第3電極が順に積層された圧電素子が提案されている。Nb添加PZT膜は成膜時において、基板に対して上向きに自発分極の向きが揃うことが知られている。すなわち、特許文献1における2層のNb添加PZT膜はいずれも上向きに向きが揃った自発分極を有する。一般に、向きが揃った自発分極を有する圧電膜に対しては、その自発分極の向きと同じ向きの電界をかけた方が高い圧電性能が得られる。そのため、特許文献2では、第2電極を接地し、第1電極に正電位(+V)、第3電極に負電位(-V)を与えて駆動する第1の駆動方法、あるいは、第1電極を接地し、第2電極に負電位(-V)、第3電極に第2電極よりも絶対値の大きな負電位(-2V)を与えて駆動する第2の駆動方法などにより、2つのNb添加PZT膜にそれぞれ自発分極の向きと同じ向きの電界を印加している。これにより、1層のみの圧電素子と比較して略2倍の変位量を実現している。
【0005】
また、特許文献2には、第1電極、第1圧電膜、第2電極、第2圧電膜、第3電極が順に積層された圧電素子であって、第1圧電膜の自発分極が揃う向きと第2圧電膜の自発分極が揃う向きとが異なる圧電素子が提案されている。そして、具体例として、第1圧電膜がNb添加PZT膜であり、第2圧電膜がNb添加なしのPZT膜(以下において真性PZTという。)である場合が挙げられている。Nb添加PZT膜はポーリング処理をしない状態で自発分極の向きが揃っているが、真性PZT膜はポーリング処理をしない状態では自発分極の向きが揃っていない。そこで、真性PZT膜に、Nb添加PZT膜の自発分極の向きと逆向きに自発分極が揃うようにポーリング処理を施すことで、第1圧電膜の自発分極の向きと第2圧電膜の自発分極の向きを異なるものとしている。特許文献2においては、圧電素子の第1電極と第3電極を同電位とし、第2電極を駆動電極とすることで、第1圧電膜と第2圧電膜にそれぞれの自発分極の向きと同じ向きの電界を印加している。これにより、1層の圧電膜を駆動する大きさの電圧で、2層分の圧電性能が得られるため、低電圧で高い圧電性能を得ることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2013-80886号公報
【特許文献2】特開2013-80887号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1において、第3電極に第2電極よりも絶対値の大きな電圧を印加する第2の駆動方法で、第1の駆動方法と同等の圧電性能を得るためには、第3電極に非常に大きな電圧を印加する必要が生じ、低電圧では十分な圧電性能が得られない。上記の第1電極と第3電極に異なる符号の電圧を印加する第1の駆動方法を実施するためには、プラスの駆動回路とマイナスの駆動回路を備える必要があるため、高コストになる。
【0008】
また、特許文献2の圧電素子では、非常に良好な圧電性能が得られる。しかし、特許文献2の圧電素子を作製するためには、例えば、第1圧電膜をNb添加PZT膜であり、第2圧電膜が真性PZT膜とするように、第1圧電膜と第2圧電膜とは異なる材料を含む圧電膜から構成する必要がある。そのため、第1圧電膜と第2圧電膜を形成するためには、二種の異なるターゲットが必要であり、また、少なくとも一方の圧電膜にはポーリング処理を施す必要があり、十分な低コスト化が図れない。
【0009】
このように、高い圧電性能を得られる圧電素子は高コストあるいは、高電圧を印加する必要があり、低コストであり、かつ、低電圧で高い圧電性能を得られる圧電素子は実現できていなかった。
【0010】
本開示は、低電圧で高い圧電性能が得られる圧電素子及び圧電アクチュエータを低コストに提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本開示の圧電素子は、基板上に、第1電極、第1圧電膜、第2電極、第2圧電膜、及び、第3電極をこの順に備え、
第1圧電膜及び第2圧電膜はいずれも、
AサイトにPbを含み、BサイトにZr、Ti及びMを含む、ペロブスカイト型酸化物を主成分とし、MはV,Nb,Ta,Sb,Mo及びWから選択される金属元素であり、
ペロブスカイト型酸化物におけるPb組成比を、元素記号はそれぞれのモル比を表すものとして、Pb/(Zr+Ti+M)で規定した場合に、第1圧電膜におけるPb組成比と第2圧電膜におけるPb組成比とが異なり、
第1圧電膜と第2圧電膜はいずれも膜厚方向に自発分極が揃っており、かつ、第1圧電膜と第2圧電膜の自発分極の向きは同一であり、第1圧電膜に対して、第1電極を接地し、第2電極を駆動電極として測定される分極-電界ヒステリシスと、第2圧電膜に対して、第2電極を接地し、第3電極を駆動電極として測定される分極-電界ヒステリシスとが、それぞれの原点に対し同じ電界方向にシフトしている。
【0012】
第1圧電膜及び第2圧電膜の各々に含まれるペロブスカイト型酸化物のBサイト中のZr/(Zr+Ti)で表されるZr組成比同士、Ti/(Zr+Ti)で表されるTi組成比同士、及び、BサイトにおけるM/(Zr+Ti+M)で表されるM組成比同士が、同一であることが好ましい。
【0013】
金属元素MがNbであり、BサイトにおけるM組成比をyとした場合、0.08≦y≦0.15であることが好ましい。
【0014】
第1圧電膜に含まれるペロブスカイト型酸化物におけるPb組成比と、第2圧電膜に含まれるペロブスカイト型酸化物におけるPb組成比とが、0.01以上異なっていることが好ましい。
【0015】
第1圧電膜及び第2圧電膜のうち、Pb組成比が相対的に小さい圧電膜の膜厚が、Pb組成比が相対的に大きい圧電膜の膜厚よりも100nm以上薄いことが好ましい。
【0016】
Pb組成比が相対的に小さい圧電膜の膜厚が1.5μm以下であることが好ましい。
【0017】
Pb組成比が相対的に大きい圧電膜の膜厚が2μm以下であることが好ましい。
【0018】
第1電極と第3電極とが接続されていることが好ましい。
【0019】
第1圧電膜及び第2圧電膜のうち、Pb組成比が相対的に大きい圧電膜に、自発分極の向きと同じ向きの電界が印加され、Pb組成比が相対的に小さい圧電膜に、自発分極の向きと逆向きの電界が印加されることが好ましい。
【0020】
本開示のアクチュエータは、本開示の圧電素子と、圧電素子に駆動電圧を印加する駆動回路とを備えたアクチュエータであって、
駆動回路は、第1圧電膜及び第2圧電膜のうち、Pb組成比が相対的に大きい圧電膜に、自発分極の向きと同じ向きの電界を印加し、Pb組成比が相対的に小さい圧電膜に、自発分極の向きと逆向きの電界を印加する。
【発明の効果】
【0021】
本開示の技術によれば、低電圧で高い圧電性能が得られる圧電素子及びアクチュエータを低コストに提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】一実施形態の圧電素子の断面図である。
図2図2AはPb組成比が相対的に大きい圧電膜の分極-電圧ヒステリシス曲線を示す図であり、図2BはPb組成比が相対的に小さい圧電膜の分極-電圧ヒステリシス曲線を示す図である。
図3】アクチュエータの概略構成を示す図である。
図4】変形例のアクチュエータの概略構成を示す図である。
図5】変形例の圧電素子及びアクチュエータの概略構成を示す図である。
図6】変形例の圧電素子の断面図である。
図7】積層型圧電素子の問題点を説明するための図である。
図8図8Aは第1圧電膜14fのヒステリシス曲線であり、図8Bは第2圧電膜18fのヒステリシス曲線であり、図8Cは、圧電素子101の電圧に対する変位量を示す図である。
図9】本実施形態の圧電素子の効果の説明図である。
図10】本実施形態の圧電素子の効果の説明図である。
図11】比較例6、実施例1及び実施例6についての低電圧領域における圧電定数d31の電圧依存性を示すグラフである。
図12】比較例6及び実施例1の第2圧電膜の分極-電圧ヒステリシス曲線を示す図である。
図13】比較例6、実施例1及び実施例6の第2圧電膜の分極-電圧ヒステリシス曲線を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。なお、以下の図面においては、視認容易のため、各層の層厚及びそれらの比率は、適宜変更して描いており、必ずしも実際の層厚及び比率を反映したものではない。
【0024】
図1は、一実施形態の圧電素子1の層構成を示す断面模式図である。図1に示すように、圧電素子1は、基板10上に、第1電極12、第1圧電膜14、第2電極16、第2圧電膜18及び第3電極20をこの順に備えている。
【0025】
基板10としては特に制限なく、シリコン、ガラス、ステンレス鋼、イットリウム安定化ジルコニア、アルミナ、サファイヤ、シリコンカーバイド等の基板が挙げられる。基板10としては、シリコン基板の表面にSiO酸化膜が形成された熱酸化膜付きシリコン基板等の積層基板を用いてもよい。また、基板10としては、PET(polyethylene terephthalate)、PEN(polyethylene naphthalata)、及びポリイミド等の樹脂基板を用いてもよい。
【0026】
第1電極12は基板10上に形成されている。第1電極12の主成分としては特に制限なく、Au(金),Pt(プラチナ),Ir(イリジウム),Ru(ルテニウム)、Ti(チタン)、Mo(モリブデン)、Ta(タンタル)、Al(アルミニウム)等の金属または金属酸化物、及びこれらの組合せが挙げられる。また、ITO(Indium Tin Oxide)、LaNiO、及びSRO(SrRuO)等などを用いてもよい。
【0027】
第2電極16は第1圧電膜14の上に積層されており、第3電極20は第2圧電膜18の上に積層されている。第1電極12と第2電極16は対になって第1圧電膜14に電界を印加する。また、第2電極16と第3電極20は対になって第2圧電膜18に電界を印加する。
【0028】
第2電極16及び第3電極20の主成分としては特に制限なく、第1電極12で例示した材料の他、Cr等の一般的に半導体プロセスで用いられている電極材料、及びこれらの組合せが挙げられる。ただし、第1圧電膜14あるいは第2圧電膜18と接する層には酸化物導電体を使用することが好ましい。酸化物導電体層としては、具体的にはITO(Indium Tin Oxide)、Ir酸化物、SRO(SrRuO)の他、LaNiOやドーピングを行ったZnOが例示される。
【0029】
第1電極12、第2電極16及び第3電極20の厚みは特に制限なく、50nm~300nm程度であることが好ましく、100nm~300nmがより好ましい。
【0030】
第1圧電膜14及び第2圧電膜18は、成膜直後において膜厚方向に自発分極の向きが揃った圧電膜であり、一般式ABOで表されるペロブスカイト型酸化物であって、AサイトにPb(鉛),BサイトにZr(ジルコニウム),Ti(チタン)及び金属元素Mを含むペロブスカイト型酸化物を主成分とする。このペロブスカイト型酸化物は以下の一般式で表される。
Pb{(ZrTi1-x1-y}O
ここで、金属元素MはV(バナジウム),Nb(ニオブ),Ta(タンタル),Sb(アンチモン),Mo(モリブデン)及びW(タングステン)の中から選択される1以上の元素であることが好ましい。以下において、Pb{(ZrTi1-x1-y}OをM添加PZTという。なお、例えば、金属元素MがNbである場合、Nb添加PZTという。
【0031】
金属元素Mは、Vのみ、あるいはNbのみ等の単一の元素であってもよいし、VとNbとの混合、あるいはVとNbとTaの混合等、2あるいは3以上の元素の組み合わせであってもよい。金属元素Mがこれらの元素である場合、Aサイト元素のPbと組み合わせて非常に高い圧電定数を実現することができる。
【0032】
特には、金属元素MがNbであるPb{(ZrTi1-x1-yNb}O、すなわち、Nb添加PZTが最適である。このとき、0.08≦y≦0.15であることが好ましい。0.08≦yで、より高い圧電定数を得ることができる。MがNbであるNb添加PZTを用いて、スパッタ等の気相成長法による圧電膜を成膜すると、基板10から上向きに、より揃った自発分極を有する非常に高い圧電定数を有する圧電膜を得ることができる。なお、本明細書において、基板10を基準として、基板10から離れる方向を上、基板側を下と規定する。
【0033】
ここで、主成分とは80mol%以上を占める成分をいう。第1圧電膜14及び第2圧電膜18は、それぞれ90mol%以上をペロブスカイト型酸化物が占めることが好ましく、第1圧電膜14及び第2圧電膜18は、ペロブスカイト型酸化物からなる(但し、不可避不純物を含む。)ことがより好ましい。
【0034】
ペロブスカイト型酸化物におけるPb組成比aは、元素記号がそれぞれのモル比を表すものとして、a=Pb/(Zr+Ti+M)で規定される。
【0035】
同様に、ペロブスカイト型酸化物のBサイト中のZr組成比xは、x=Zr/(Zr+Ti)であり、Ti組成比1-x=Ti/(Zr+Ti)であり、Bサイトにおける金属元素Mの組成比であるM組成比yは、y=M/(Zr+Ti+M)、である。ここでも、式中に元素記号はそれぞれのモル比を表している。
【0036】
本圧電素子1においては、第1圧電膜14中のペロブスカイト型酸化物のPb組成比をa1、第2圧電膜18中のペロブスカイト型酸化物のPb組成比をa2とした場合、a1とa2は異なる。a1とa2とが異なるとは、測定誤差以上の差があることを意味する。組成の測定方法としては、ICP(Inductively Couples Plasma)発光分光あるいはXRF(X-ray Fluorescence)など複数の分析方法がある。例えばXRFで組成分析を行った場合、測定誤差は0.005程度である。なお、a1とa2は0.01以上異なること、すなわち|a1-a2|≧0.01であることが好ましい。
【0037】
また、第1圧電膜14及び第2圧電膜18の各々に含まれるペロブスカイト型酸化物のZr組成比同士、Ti組成比同士、及び、M組成比同士が、同一であることが好ましい。すなわち、第1圧電膜14中のペロブスカイト型酸化物のBサイト中のZr組成比をx1とし、BサイトにおけるM組成比をy1、第2圧電膜18中のペロブスカイト型酸化物のBサイト中のZr組成比をx2とし、BサイトにおけるM組成比をy2とした場合、x1とx2が同一であり、かつ、y1とy2が同一であることが好ましい。ここで、同一とは、測定誤差の範囲内で等しいことを意味する。
【0038】
なお、PZT系のペロブスカイト型酸化物においては、モルフォトロピック相境界(MPB)及びその近傍で高い圧電特性を示すといわれている。Zr/Tiモル比=55/45近傍がMPB組成であり、上記一般式では、MPB組成又はその近傍であることが好ましい。「MPB又はその近傍」とは、圧電膜に電界を印加した際に相転移を生じる領域のことである。具体的には、Zr:Ti(モル比)は45:55~55:45の範囲内、すなわちx=0.45~0.55の範囲内であることが好ましい。
【0039】
第1圧電膜14の膜厚t1及び第2圧電膜18の膜厚t2は0.2μm以上5μm以下が好ましく、1μm以上がより好ましい。第1圧電膜14と第2圧電膜18の膜厚は同一であってもよいし、異なっていてもよい。但し、第1圧電膜14及び第2圧電膜18のうち、Pb組成比が相対的に小さい圧電膜の膜厚が、Pb組成比が相対的に大きい圧電膜の膜厚よりも100nm以上薄いことが好ましい。この際、Pb組成比が相対的に小さい圧電膜の膜厚は1.5μm以下であることが好ましい。また、Pb組成比が相対的に大きい圧電膜の膜厚が2μm以下であることが好ましい。
【0040】
第1圧電膜14と第2圧電膜18はいずれも膜厚方向に自発分極が揃っており、かつ、第1圧電膜14の自発分極P1の向きと第2圧電膜18の自発分極P2の向きは同一である。図1に示す例においては、第1圧電膜14の自発分極P1の向き及び第2圧電膜18の自発分極P2の向きは、いずれも膜厚方向上向きである。なお、圧電膜中の自発分極が揃っているかどうか、及びその自発分極が揃っている向きは、きは圧電膜の分極-電界特性(又は分極-電圧特性)を示すP-Eヒステリシス(又はP-Vヒステリシス)曲線を測定することにより確認することができる。
【0041】
ポーリング処理が施されていない圧電膜において、外部電界が印加されていない状態で自発分極の向きが揃うのは、圧電膜内に結晶構造の歪や欠陥などに起因した電界(以下において自発内部電界と称する。)が生じているためと考えられる。外部電界が印加されていない状態で自発内部電界が生じていない圧電膜の場合、P-Eヒステリシス曲線(又はP-Vヒステリシス曲線)はその中心が原点と一致するような形状を描く。一方、自発内部電界が生じている圧電膜、すなわち、外部電界が印加されていない状態で自発分極の向きが揃っている圧電膜の場合、その自発内部電界に対して自発分極の向きが揃っているために、ヒステリシス曲線の中心が原点からずれる(シフトする)。P-Eヒステリシス曲線の場合、自発内部電界をEi、外部から印加される外部電界EoとするとEi+Eoの電界が印加されることにあるので、自発内部電界Eiの分だけヒステリシス曲線の中心が原点からシフトする。なお、P-Vヒステリシス曲線の場合、Eiと膜厚の積の分だけヒステリシス曲線の中心が原点からシフトすることになる。したがって、測定されたヒステリシス曲線の中心が原点からシフトしている場合、自発内部電界が生じており自発分極が揃っている、と見做すことができる。ヒステリシス曲線の中心の原点からのシフト量は自発分極の揃う度合いに比例しており、シフト量が大きいほど自発分極の揃う度合いが高い(自発内部電界が大きい)ことを意味する。また、このヒステリシス曲線の原点からのシフト方向によって、揃っている自発分極の向きを特定することができる。なお、P-Vヒステリシス曲線の場合、ヒステリシスの中心は、後述する2つの抗電圧間の中点と定義する。
以下において、「自発分極の向き」という場合には、自発内部電界によって揃っている自発分極の向きを意味する。
【0042】
本発明者らは、M添加PZT膜において、Pb組成比を変化させることによって、自発分極の揃う度合いを変化させることができることを見出した。Pb組成比を大きくすることにより、自発分極の揃う度合いが大きくなる傾向がある。Pb組成比によって自発分極の揃う度合いが変化するメカニズムは明らかではないが、ペロブスカイト型構造のAサイトであるPbの欠陥が自発分極の揃う度合いに関連していると推定される。Pb組成比がPb欠陥量と相関があり、Pb組成比によって自発分極の揃う度合いが変化し、その結果として抗電界が変化すると考えられる。
【0043】
図2Aに、第1圧電膜14及び第2圧電膜18のうちPb組成比が相対的に大きい圧電膜についての分極-電界(P-E)特性を示すP-Eヒステリシス曲線を示し、図2Bに、Pb組成比が相対的に小さい圧電膜についてのP-Eヒステリシス曲線を示す。なお、図2A及び図2Bは、測定対象の圧電膜の基板側の電極を接地し、上側の電極を駆動電極とし、圧電膜に掃引電圧を印加して測定された場合のヒステリシスを示している。
【0044】
図2A及び図2Bに示すヒステリシスはいずれも中心が原点から正電界側にシフトしている。図2Bに示すヒステリシスの正側の抗電界Ecrが、図2Aに示すヒステリシスの正側の抗電界Ecfよりも小さい。抗電界は分極が0となる電界であり、分極が反転する電圧である。これは、Pb組成比が相対的に小さい圧電膜に、自発分極の向きと逆向きの電界を印加した場合に、分極を反転させるために必要な電界強度が、Pb組成比が相対的に大きい圧電膜よりも小さいことを意味する。
【0045】
本圧電素子1は、M添加PZTを含む2層の圧電膜であって、膜厚方向の同じ向きに自発分極が揃っている2層の圧電膜が電極を挟んで積層されており、2層の圧電膜のPb組成比が異なる。本構成により、Pb組成比が同一の2層の圧電膜を備えた圧電素子と比較して、低電圧領域で高い圧電性能を得ることができる。ここで、低電圧領域とは、民生用機器に組み込む場合を想定した場合に好適な電圧領域であり、具体的には、絶対値が12V以下の電圧領域をいう。なお、7V以下、さらには5V以下の電圧で高い圧電性能が得られることが好ましい。
【0046】
既述のようにPb組成比を変化させることによって、自発分極の向きと逆向きの電界が印加される圧電膜の抗電界を自発分極の向きと同じ向きの電界が印加される圧電膜の抗電界よりも小さくすることができ、詳細は後述するが、結果として、低電圧領域において高い圧電性能を得ることができる。
【0047】
第1圧電膜14と第2圧電膜18は同じ向きに揃った自発分極P1、P2を有しており、一方の圧電膜に自発分極P1の向きと同じ向きの電界を印加し、他方の圧電膜に自発分極P2の向きと逆向きの電界を印加する場合、第1電極12と第3電極20を同極とし、第2電極16を第1電極12及び第3電極20と異極として電界を印加すればよい。したがって、1つの極性の駆動回路で駆動できるため、異なる極性の2つの駆動回路を備える場合と比較して低コスト化を図ることができる。
【0048】
なお、圧電素子1は第1電極12と第3電極20とは接続されていることが好ましい。第1電極12と第3電極20が接続されていれば、駆動制御が容易である。
【0049】
第1圧電膜14と第2圧電膜18は同じ向きに揃った自発分極を有するものであり、ポーリング処理は不要である。第1圧電膜14と第2圧電膜18とは同一の材料、及び成膜方法で成膜することが可能であり、低コスト化が図れる。
【0050】
図3に圧電素子1Aを備えたアクチュエータ5の概略構成を示す。なお、図3以降の図面において、図1と同一の構成要素には同一の符号を付している。アクチュエータ5は、圧電素子1Aと駆動回路30とを備える。図3に示す圧電素子1Aにおいては、第1圧電膜14fに含まれるペロブスカイト型酸化物におけるPb組成比が、第2圧電膜18に含まれるペロブスカイト型酸化物におけるPb組成比よりも大きい。すなわち、第1圧電膜14fが、Pb組成比が相対的に大きい圧電膜であり、第2圧電膜18rが、Pb組成比が相対的に小さい圧電膜である。
【0051】
駆動回路30は、電極間に挟まれた圧電膜に駆動電圧を供給する手段である。本例においては、第1電極12と第3電極20が駆動回路30のグランド端子に接続され、接地電位とされる。第2電極16は、駆動回路30の駆動電圧出力端子に接続され駆動電極として機能する。これにより、駆動回路30は、第1圧電膜14fと第2圧電膜18rに駆動電圧を印加する。本例において、駆動回路30は、第1圧電膜14fに自発分極P1の向きと同じ向きの電界Efを印加し、第2圧電膜18rに自発分極P2の向きと逆向きの電界Erを印加する。すなわち、駆動回路30は、駆動電極に負の電位を与えるマイナス駆動を実行するマイナス駆動回路である。
【0052】
これに対し、図4に示す変形例のアクチュエータ6のように、駆動電極に正の電位を与えるプラス駆動を実行する駆動回路32を備えてもよい。図4に示す例では、第2電極16が、駆動回路32のグランド端子に接続され、接地電位とされる。第1電極12と第3電極20が、駆動回路32の駆動電圧出力端子に接続されて駆動電極として機能する。この場合、駆動回路32がプラス駆動回路であるので、第1圧電膜14fに自発分極P1の向きと同じ向きの電界Efを印加し、第2圧電膜18rに自発分極P2の向きと逆向きの電界Erを印加することができる。
【0053】
圧電素子1Aを備えたアクチュエータ5、6は、1つ極性の駆動ドライバのみを備えればよく、低コストに実現できる。上記圧電素子1を備えるので、低電圧領域で大きな圧電性能が得られる。
【0054】
なお、既に述べた通り、図1に示す圧電素子1における第1圧電膜14が、相対的に小さいPb組成比のペロブスカイト型酸化物を含む圧電膜であり、第2圧電膜18が相対的に大きいPb組成比のペロブスカイト型酸化物を含む圧電膜であってもよい。相対的に小さいPb組成比のペロブスカイト型酸化物を含む第1圧電膜14を第1圧電膜14rとし、相対的に大きいPb組成比のペロブスカイト型酸化物を含む第2圧電膜18を第2圧電膜18fとする。
【0055】
図5に示す圧電素子1Bは、第1圧電膜14r及び第2圧電膜18fを備える。この場合、図5に示すように、第1圧電膜14rに自発分極P1の向きと逆向きの電界Erを印加し、第2圧電膜18fに自発分極P2の向きと同じ向きの電界Efを印加することで、1つの極性の駆動回路によって、低電圧領域で良好な圧電性能を得ることができる。
【0056】
図5に示すアクチュエータ7では、第1電極12及び第3電極20が駆動回路34のグランド端子に接続され、接地電位とされる。そして、第2電極16が駆動回路34の駆動電圧出力端子に接続されて駆動電極として機能する。この駆動回路34はプラス駆動回路である。
【0057】
なお、圧電素子1Bを用いる場合、マイナス駆動回路を備え、第2電極16をグランド端子に接続して接地電位とし、第1電極12及び第3電極20を駆動電圧出力端子に接続して駆動電極として機能するように構成してもよい。
【0058】
また、図1に示す圧電素子1は、第1圧電膜14と第2圧電膜18とを1層ずつ備えた2層の圧電膜が積層され2層積層型の圧電素子であるが、本開示の圧電素子としては、2層に限らず、3層以上の圧電膜を備えていてもよい。図6に示す圧電素子3のように、第1圧電膜14と第2圧電膜18を交互に複数備えてもよい。圧電素子3は、基板10上に、第1電極12、第1圧電膜14、第2電極16、第2圧電膜18、第3電極20、第1圧電膜14、第2電極16、第2圧電膜18及び第3電極20が順に積層されている。このように、M添加PZTであって、Pb組成比が異なる第1圧電膜14と第2圧電膜18とが、電極を介して交互に複数層備えられていてもよい。
【0059】
ここで、本開示の圧電素子が低電圧領域で大きな圧電性能を示す原理について説明する。
【0060】
図7に示す圧電素子101は、比較説明のための積層型圧電素子である。圧電素子101は、第1圧電膜14fと第2圧電膜18fが、同一の組成及び膜厚のNb添加PZT膜から構成されている。まず、圧電素子101の圧電性能について説明する(後記比較例4~6参照)。
【0061】
第1圧電膜14fと第2圧電膜18fとが同一の組成及び膜厚であるので、両者は同一の圧電特性を有し、分極-電圧特性を示すP-Vヒステリシス曲線は略同一となる。なお、一般に圧電膜の特性は、分極-電界(P-E)特性を示すP-Eヒステリシス曲線で議論するが、圧電素子中における圧電膜の振る舞いはその膜厚を考慮する必要がある。そのため、以下においては、各圧電膜の特性をP-Vヒステリシス曲線を用いて説明する。
【0062】
図7に示すように、第1電極12と第3電極20とを接地し、第2電極16を駆動電極とした場合の第1圧電膜14f、第2圧電膜18fのP-Vヒステリシス曲線をそれぞれ図8A及び図8Bに示す。第1圧電膜14fと第2圧電膜18fは組成及び膜厚が同一であるので、それぞれ下側の電極を接地して上側の電極を駆動電極とした場合は、両者ともに図8Aのヒステリシス曲線となるが、ここでは、第2圧電膜18fに対して、上側の電極である第3電極20を接地し、下側の電極である第2電極16を駆動電極としているので、図8Bのヒステリシス曲線は、図8Aに示すヒステリシス曲線を原点中心に180°回転したヒステリシス曲線となっている。
【0063】
第1圧電膜14fに自発分極P1の向きと同じ向きの電界Efを印加し、かつ、第2圧電膜18fに自発分極P2の向きと逆向きの電界Erを印加するように0から-Vの電位を第2電極16に与える。この際、第1圧電膜14f及び第2圧電膜18fは電圧の印加に伴いd31モードにより面内方向に伸縮し、これらの圧電膜の伸縮に伴い基板10が撓む。図8Cは、この際の基板10の一点の変位量の電圧依存性を模式的に示している。
【0064】
図7の第2電極16に与える電位を、0から-Vまで変化させた場合、第1圧電膜14fに対しては、自発分極P1の向きと同じ向きの電界が印加される。そのため、図8Aのヒステリシス曲線の下方に矢印で示すように分極は、電位が0から-Vへ変化するのに伴い、自発分極P1の向きと同じ向きで大きさが徐々に大きくなる。したがって、第1圧電膜14fにのみ0から-Vの電圧を印加した場合の変位量は図8C中に一点鎖線Iで示すように、Vが大きくなるほど大きくなる。図7の第2電極16に印加する駆動電位を、0から-Vまで変化させた場合、第2圧電膜18fに対しては、自発分極P2の向きと逆向きの電界Erが印加される。そのため、図8Bのヒステリシス曲線の下方に矢印で示すように分極は、印加電位が0から-Vへ変化するのに伴い、自発分極P2の向きの分極が徐々に小さくなり、抗電圧Vaで分極が反転した後、電界と同じ向きの分極が徐々に大きくなる。したがって、第2圧電膜18fにのみ0から-Vの電圧を印加した場合の変位量は図8C中に破線IIで示すように、分極の値が0になる抗電圧までは逆向きに変位する。第1圧電膜14fと第2圧電膜18fを同時に駆動した場合、図8C中に実線で示すように、両者の変位量を加算した振る舞いをする。そのため、第1圧電膜14f及び第2圧電膜18fを同時に駆動した場合、高電圧側では、非常に大きな変位量が得られるが、低電圧領域における変位量は、1層の圧電膜のみで得られる変位量よりも小さくなってしまう。
【0065】
これに対し、例えば図3に示す圧電素子1Aでは、自発分極P2の向きと逆向きに電界が印加される第2圧電膜18rの抗電圧が自発分極P1の向きと同じ向きに電界が印加される第1圧電膜14fの抗電圧よりも小さい。ここで、第2圧電膜18rに対して第2電極16を駆動電極として得られるヒステリシス曲線と、上記の図8Bに示したヒステリシス曲線を図9に重ねて示す。図9において、破線で示すヒステリシス曲線が、図8Bに示すヒステリシス曲線であり、実線で示すヒステリシス曲線が、圧電素子1Aの第2圧電膜18rのものである。実線のヒステリシス曲線の抗電圧Vbは破線のヒステリシス曲線の抗電圧Vaよりも原点側に位置する。すなわち、図9のヒステリシスの下方に模式的に示す通り、圧電素子1Aの第2圧電膜18rに自発分極P2の向きと逆向きの電界が印加する駆動電圧を加えた場合、破線のヒステリシス曲線を示す圧電膜、すなわち、圧電素子101の第2圧電膜18fに自発分極P2の向きと逆向きの電界を印加する駆動電圧を加えた場合よりも低電圧側で分極反転が生じる。
【0066】
図10は、変位量の電圧依存性の模式図であり、図7の圧電素子101を0から-Vの駆動電圧で駆動した場合の変位量の変化を破線で示し、図3の圧電素子1Aを0から-Vの駆動電圧で駆動した場合の変位量の変化を実線で示している。図10に示すように、0から-Vの駆動電圧を印加した場合において、圧電素子1Aは、図7の圧電素子101と比較して、低電圧領域で大きな変位が得られる。
【実施例0067】
以下、本開示の圧電素子の具体的な実施例及び比較例について説明する。
【0068】
最初に、各例の圧電素子の作製方法について説明する。製造方法の説明においては、図1に示した圧電素子1の各層の符号を参照して説明する。
【0069】
比較例1~3については、基板10上に第1電極12、第1圧電膜14及び第2電極16をこの順にスパッタ成膜して積層体を作製した。すなわち、比較例1~3は単層の圧電膜を備えた圧電素子である。
【0070】
比較例4~6及び実施例については、基板10上に、第1電極12、第1圧電膜14、第2電極16、第2圧電膜18、及び第3電極20をこの順にスパッタ成膜して積層体を作製した。すなわち、比較例4~6及び実施例は2層の圧電膜を備えた積層型の圧電素子である。
【0071】
各層の成膜には、RF(Radio frequency)スパッタ装置を用いた。各層の材料及び成膜条件(スパッタ条件)は以下の通りとした。
【0072】
(基板)
基板10として、熱酸化膜付きシリコン基板を用いた。
【0073】
(第1電極成膜)
第1電極12として、20nm厚のTi層及び150nm厚のIr層をこの順に基板10上に積層した。各層のスパッタ条件は以下の通りとした。
【0074】
-Ti層スパッタ条件-
ターゲット-基板間距離:100mm
ターゲット投入電力:600W
Arガス圧:0.5Pa
基板設定温度:350℃
【0075】
-Ir層スパッタ条件-
ターゲット-基板間距離:100mm
ターゲット投入電力:600W
Arガス圧:0.1Pa
基板設定温度:350℃
【0076】
(第1圧電膜及び第2圧電膜)
BサイトへのNb添加量を12at%としたNb添加PZTをターゲットして用い、以下のスパッタ条件にて成膜した。ターゲット中のPb量は化学量論組成よりも大きいa=1.3に設定し、Ti/Zrモル比はMPB組成(Ti/Zr=52/48)とした。
【0077】
-スパッタ条件-
ターゲット-基板間距離:60mm
ターゲット投入電力:500W
真空度:0.3Pa、Ar/O混合雰囲気(O体積分率10%)
基板設定温度:550℃~600℃
【0078】
基板設定温度は、成膜後の圧電膜中のPb組成比を制御するために各例の各圧電膜に適切に設定した。圧電膜中のPb組成比(表1参照)と基板設定温度との関係は以下の通りである。
Pb組成比1.1:600℃
Pb組成比1.11:575℃
Pb組成比1.12:550℃
例えば、成膜後のPb組成比a=Pb/(Zr+Ti+Nb)が1.1である比較例1に記載の第1圧電膜は設定基板温度600℃で成膜したものであり、Pb組成比aが1.11である比較例2の第1圧電膜は設定温度575℃で成膜したものである。
【0079】
各例における第1圧電膜14及び第2圧電膜18の膜厚は、それぞれ表1に示す通りとした。膜厚は成膜時間を変化させることにより調整した。なお、各例について、所望の膜厚となっていることを光学式の干渉膜厚計にて確認した。
【0080】
また、各圧電膜の組成はXRF(X-ray Fluorescence)分析により確認した。各例についてのPb組成比は表1に示す通りであり、上記Pb組成比と基板設定温度との関係を確認した。なお、Pb以外の組成比x、yは各例について誤差の範囲(ここでは、±0.005の範囲)で一致していることを確認した。
【0081】
(第2電極及び第3電極)
第2電極16及び第3電極20として、それぞれ50nmのIrO(z≦2)と100nmのIrをこの順に積層した。
【0082】
-IrO、Irのスパッタ条件-
ターゲット-基板間距離:100mm
ターゲット投入電力:200W
真空度:0.3Pa、Ir成膜時はAr雰囲気、IrO成膜時はAr/O混合雰囲気(O体積分率5%)
基板設定温度:室温
【0083】
(評価用電極パターンの形成)
比較例1~3については、第1電極12および第2電極16に電圧印加用電極パッドを形成するために、第2電極16、第1圧電膜14に対して順にフォトリソグラフィー及びドライエッチングによるパターニングを行った。
比較例4~6及び実施例については、第1電極12および第2電極16、第3電極20に電圧印加用電極パッドを形成するために、第3電極20、第2圧電膜18、第2電極16、第1圧電膜14、に対して順にフォトリソグラフィー及びドライエッチングによるパターニングを行った。
【0084】
<評価用サンプル>
各例の積層体から2mm×25mmの短冊状部分を切り出して、評価用サンプルとしてのカンチレバーを作製した。
【0085】
<圧電定数の測定>
各実施例及び比較例について、上記のようにして作製したカンチレバーを用いて圧電定数d31を測定した。I.Kanno et. al. Sensor and Actuator A 107(2003)68.に記載の方法に従い、-α±αV(すなわち、Vpp=-2α)の正弦波の印加電圧で行った。-α±αVの正弦波とは、-αVのバイアス電圧にαVの振幅の正弦波を加算した駆動信号である。例えば、Vpp=-10とは、-5Vのバイアス電圧に振幅5Vの正弦波を加算した駆動信号を用いることを意味する。なお、本例では、第1電極12及び第3電極20を接地し、第2電極16を駆動電極とし、第2電極16に駆動信号を与えて測定を行った。結果は表1に示す。表1に示す圧電定数d31は、Vpp=-10の駆動信号で測定した値である。
【0086】
本例では、第1電極12及び第3電極20を接地し、第2電極16を駆動電極としたので、第1圧電膜14と第2圧電膜18を備えた2層構造の圧電素子においては、第1圧電膜14に自発分極の向きと同じ向きの電界が印加され、第2圧電膜18には自発分極の向きと逆向きの電界が印加された。
【表1】
【0087】
比較例1~3に示すように圧電膜が単層である圧電素子において、Pb組成比が1.10から1.12に上昇するにつれ、より高い圧電定数d31が得られた。これに対し、同じ組成同士を2層積層した比較例4~6においては、単層で高い圧電定数が得られていたものほど、2層にした場合の圧電定数d31の増加率が低い、という結果であった。
【0088】
実施例1~10では、いずれも比較例4~6よりも高い圧電定数が得られた。実施例1~10は、第1圧電膜14のPb組成比と第2圧電膜18のPb組成比が異なる。実施例1~10においては、少なくとも両者の差は0.01以上である。実施例1と実施例2に示す通り、第1圧電膜14と第2圧電膜18のPb組成比の差が大きい方が、高い圧電定数が得られた。また、実施例2と実施例3に示す通り、Pb組成比が小さい第2圧電膜18の膜厚が第1圧電膜14の膜厚よりも小さい方が、高い圧電定数が得られた。
【0089】
実施例1及び実施例4~6に示す通り、Pb組成比が小さい第2圧電膜18の膜厚が薄いほど高い圧電定数が得られた。実施例4~6のように第2圧電膜18の膜厚が第1圧電膜14の膜厚よりも100nm以上薄い場合に、両者の膜厚が同一である場合と比較して1.1倍以上の圧電定数が得られた。
【0090】
実施例6~10に示す通り、Pb組成比が小さい第2圧電膜18の膜厚を固定した場合、第1圧電膜14の膜厚が第2圧電膜18の膜厚に対して1.5倍から2.5倍である場合に、両者の膜厚が同等である場合と比較して高い圧電定数得られた。
【0091】
比較例1、実施例1及び実施例6については、圧電定数d31の電圧依存性を測定した。その結果を図11に示す。図11に示すように、実施例1、6は、より低電圧の領域である-7Vppにおいても、比較例6に比べて大きな圧電定数d31が得られている。特に、実施例6は、-3Vppと非常に低い電圧で比較例6の3倍に近い圧電定数が得られており、-5Vppで350pm/Vを超える圧電定数d31が得られた。
このように、本実施例1~10は、10V以下の低電圧領域において、単に同じ組成の圧電膜を2層積層した構成よりも高い圧電性能を有することが明らかである
【0092】
また、比較例6、実施例1及び実施例6の第2圧電膜の分極-電圧特性を示す分極-電圧ヒステリシス曲線を測定した結果を図12及び図13に示す。
【0093】
図12に示すように、実施例1の第2圧電膜のヒステリシス曲線(図12中実線で示す)における正側の抗電圧(8V)は、比較例6の第2圧電膜のヒステリシス曲線(図12中破線で示す)の正側の抗電圧(10V)よりも小さい。駆動時において、第2圧電膜には、自発分極の向きと逆向きの電界が印加される。この際、分極反転が生じる正側の抗電圧でまでの低電圧側では圧電性能が低くなる。実施例1の第2圧電膜の正側の抗電圧が比較例6の第2圧電膜の正側の抗電圧よりも小さい、すなわち、実施例1の第2圧電膜は比較例6の第2圧電膜よりも自発分極が反転する電圧が小さいので、より低電圧側において実施例1は比較例6よりも大きな圧電定数d31が得られていると考えられる。
【0094】
さらに、図13に示すように、実施例6の第2圧電膜のヒステリシス曲線(図13中一点鎖線で示す)の正側の抗電圧は4V程度と実施例1の半分程度の大きさになっている。なお、図13中には図12に示した比較例6、実施例1についてのヒステリシスを併せて示している。圧電膜の抗電界は圧電膜の材料に依存するが、抗電圧は抗電界と膜厚の積であるため、同一の材料であっても膜厚が半分になれば抗電圧は半分になる。この効果により、実施例6では、図11に示したように、3V~5Vの非常に低い電圧領域においても大きな圧電定数d31が得られていると考えられる。
【符号の説明】
【0095】
1、1A、1B、3、101 圧電素子
5、6、7 アクチュエータ
10 基板
12 第1電極
14 第1圧電膜
14f Pb組成比が大きい第1圧電膜
14r Pb組成比が小さい第1圧電膜
16 第2電極
18 第2圧電膜
18f Pb組成比が大きい第2圧電膜
18r Pb組成比が小さい第2圧電膜
20 第3電極
30、32、34 駆動回路
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13