(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024052272
(43)【公開日】2024-04-11
(54)【発明の名称】圧電素子及びアクチュエータ
(51)【国際特許分類】
H10N 30/853 20230101AFI20240404BHJP
H10N 30/045 20230101ALI20240404BHJP
H10N 30/87 20230101ALI20240404BHJP
H10N 30/06 20230101ALI20240404BHJP
【FI】
H01L41/187
H01L41/257
H01L41/047
H01L41/29
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022158870
(22)【出願日】2022-09-30
(71)【出願人】
【識別番号】306037311
【氏名又は名称】富士フイルム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小林 宏之
(72)【発明者】
【氏名】中村 誠吾
(72)【発明者】
【氏名】杉本 真也
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 勉
(57)【要約】
【課題】低電圧で高い圧電性能が得られる圧電素子及び圧電アクチュエータを低コストに提供する。
【解決手段】圧電素子は、基板上に第1電極、第1圧電膜、第2電極、第2圧電膜、及び第3電極をこの順に備え、第1圧電膜と第2圧電膜はいずれも膜厚方向に自発分極が揃っており、かつ、自発分極の向きは同一であり、一方の圧電膜のヒステリシス曲線における、正側の抗電圧をVcf
+、負側の抗電圧をVcf
-、両者の差の絶対値|Vcf
+-Vcf
-|をΔVf、2つの抗電圧Vcf
+の絶対値及びVcf
-の絶対値のうち大きい方をVcfとし、他方の圧電膜のヒステリシス曲線における、正側の抗電圧をVcr
+、負側の抗電圧をVcr
-、両者の差の絶対値|Vcr
+-Vcr
-|をΔVcr、2つの抗電圧Vcr
+の絶対値及びVcf
-の絶対値のうち大きい方をVcrとした場合に、ΔVcr<ΔVcf-0.2、かつ、Vcr<Vcf-0.2を満たす。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に、第1電極、第1圧電膜、第2電極、第2圧電膜、及び、第3電極をこの順に備え、
前記第1圧電膜と前記第2圧電膜はいずれも膜厚方向に自発分極が揃っており、かつ、前記第1圧電膜と前記第2圧電膜の前記自発分極の向きは同一であり、
前記第1圧電膜と前記第2圧電膜のうちの一方の圧電膜の分極-電圧特性を示すヒステリシス曲線における、正側の抗電圧をVcf+、負側の抗電圧をVcf-、両者の差の絶対値|Vcf+-Vcf-|をΔVf、2つの抗電圧Vcf+の絶対値及びVcf-の絶対値のうち大きい方をVcfとし、
前記第1圧電膜と前記第2圧電膜のうちの他方の圧電膜の分極-電圧特性を示すヒステリシス曲線における、正側の抗電圧をVcr+、負側の抗電圧をVcr-、両者の差の絶対値|Vcr+-Vcr-|をΔVcr、2つの抗電圧Vcr+の絶対値及びVcf-の絶対値のうち大きい方をVcrとした場合に、
ΔVcr<ΔVcf-0.2、かつ、Vcr<Vcf-0.2
ここで、単位はいずれも[V]である、
を満たす、圧電素子。
【請求項2】
|Vcr++Vcr-|≦ΔVcr
をさらに満たす、請求項1に記載の圧電素子。
【請求項3】
前記一方の圧電膜に、前記自発分極の向きと同じ向きの電界が印加され、前記他方の圧電膜に、前記自発分極の向きと逆向きの電界が印加される、請求項1に記載の圧電素子。
【請求項4】
前記第1電極と前記第3電極が接続されている、請求項1に記載の圧電素子。
【請求項5】
前記第1圧電膜及び前記第2圧電膜はいずれも、
一般式Pb{(ZrxTi1-x)1-yMy}O3
MはV,Nb,Ta,Sb,Mo及びWからなる群より選ばれる金属元素であり
0<x<1、0<y<1、
で表されるペロブスカイト型酸化物を含む、請求項1に記載の圧電素子。
【請求項6】
前記金属元素MがNbであり、yが0.1より大きい、請求項5に記載の圧電素子。
【請求項7】
前記第1圧電膜と前記第2圧電膜は同一組成である、請求項1に記載の圧電素子。
【請求項8】
前記他方の圧電膜の膜厚が、前記一方の圧電膜の膜厚よりも薄い、請求項7に記載の圧電素子。
【請求項9】
請求項1に記載の圧電素子と、前記圧電素子に駆動電圧を印加する駆動回路とを備えたアクチュエータであって、
前記駆動回路は、前記一方の圧電膜に、前記自発分極の向きと同じ向きの電界を印加し、前記他方の圧電膜に、前記自発分極の向きと逆向きの電界を印加する、アクチュエータ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、圧電素子及びアクチュエータに関する。
【背景技術】
【0002】
優れた圧電特性及び強誘電性を有する材料として、チタン酸ジルコン酸鉛(Pb(Zr,Ti)O3、以下においてPZTという。)などのペロブスカイト型酸化物が知られている。ペロブスカイト型酸化物からなる圧電体は、基板上に、下部電極、圧電膜、及び上部電極を備えた圧電素子における圧電膜として適用される。この圧電素子は、メモリ、インクジェットヘッド(アクチュエータ)、マイクロミラーデバイス、角速度センサ、ジャイロセンサ、超音波素子(PMUT:Piezoelectric Micromachined Ultrasonic Transducer)及び振動発電デバイスなど様々なデバイスへと展開されている。
【0003】
圧電素子として、高い圧電特性を得るために、電極層を介して複数の圧電膜を積層した積層型の圧電素子が提案されている。
【0004】
例えば、特許文献1には、第1電極、Nb添加PZT膜、第2電極、Nb添加PZT膜、第3電極が順に積層された圧電素子が提案されている。Nb添加PZT膜は成膜時において、基板に対して上向きに自発分極の向きが揃うことが知られている。すなわち、特許文献1における2層のNb添加PZT膜はいずれも上向きに向きが揃った自発分極を有する。一般に、向きが揃った自発分極を有する圧電膜に対しては、その自発分極の向きと同じ向きの電界をかけた方が高い圧電性能が得られる。そのため、特許文献2では、第2電極を接地し、第1電極に正電圧(+V)、第3電極に負電圧(-V)を印加する第1の駆動方法、あるいは、第1電極を接地し、第2電極に負電圧(-V)、第3電極に第2電極よりも絶対値の大きな負電圧(-2V)を印加する第2の駆動方法などにより、2つのNb添加PZT膜にそれぞれ自発分極の向きと同じ向きの電界を印加している。これにより、1層のみの圧電素子と比較して略2倍の変位量を実現している。
【0005】
また、特許文献2には、第1電極、第1圧電膜、第2電極、第2圧電膜、第3電極が順に積層された圧電素子であって、第1圧電膜の自発分極が揃う向きと第2圧電膜の自発分極が揃う向きとが異なる圧電素子が提案されている。そして、具体例として、第1圧電膜がNb添加PZT膜であり、第2圧電膜がNb添加なしのPZT膜(以下において真性PZTという。)である場合が挙げられている。Nb添加PZT膜はポーリング処理をしない状態で自発分極の向きが揃っているが、真性PZT膜はポーリング処理をしない状態では自発分極の向きが揃っていない。そこで、真性PZT膜に、Nb添加PZT膜の自発分極の向きと逆向きに自発分極が揃うようにポーリング処理を施すことで、第1圧電膜の自発分極の向きと第2圧電膜の自発分極の向きを異なるものとしている。特許文献2においては、圧電素子の第1電極と第3電極を同電位とし、第2電極を駆動電極とすることで、第1圧電膜と第2圧電膜にそれぞれの自発分極の向きと同じ向きの電界を印加している。これにより、1層の圧電膜を駆動する大きさの電圧で、2層分の圧電性能が得られるため、低電圧で高い圧電性能を得ることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2013-80886号公報
【特許文献2】特開2013-80887号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1において、第3電極に第2電極よりも絶対値の大きな電圧を印加する第2の駆動方法で、第1の駆動方法と同等の圧電性能を得るためには、第3電極に非常に大きな電圧を印加する必要が生じ、低電圧では十分な圧電性能が得られない。上記の第1電極と第3電極に異なる符号の電圧を印加する第1の駆動方法を実施するためには、プラスの駆動回路とマイナスの駆動回路を備える必要があるため、高コストになる。
【0008】
また、特許文献2の圧電素子では、非常に良好な圧電性能が得られる。しかし、特許文献2の圧電素子を作製するためには、例えば、第1圧電膜をNb添加PZT膜であり、第2圧電膜が真性PZT膜とするように、第1圧電膜と第2圧電膜とは異なる材料を含む圧電膜から構成する必要がある。そのため、第1圧電膜と第2圧電膜を形成するためには、二種の異なるターゲットが必要であり、また、少なくとも一方の圧電膜にはポーリング処理を施す必要があり、十分な低コスト化が図れない。
【0009】
このように、高い圧電性能を得られる圧電素子は高コストあるいは、高電圧を印加する必要があり、低コストであり、かつ、低電圧で高い圧電性能を得られる圧電素子は実現できていなかった。
【0010】
本開示は、低電圧で高い圧電性能が得られる圧電素子及び圧電アクチュエータを低コストに提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本開示の圧電素子は、基板上に、第1電極、第1圧電膜、第2電極、第2圧電膜、及び、第3電極をこの順に備え、
第1圧電膜と第2圧電膜はいずれも膜厚方向に自発分極が揃っており、かつ、第1圧電膜と第2圧電膜の自発分極の向きは同一であり、
第1圧電膜と第2圧電膜のうちの一方の圧電膜の分極-電圧特性を示すヒステリシス曲線における、正側の抗電圧をVcf+、負側の抗電圧をVcf-、両者の差の絶対値|Vcf+-Vcf-|をΔVf、2つの抗電圧Vcf+の絶対値及びVcf-の絶対値のうち大きい方をVcfとし、
第1圧電膜と第2圧電膜のうちの他方の圧電膜の分極-電圧特性を示すヒステリシス曲線における、正側の抗電圧をVcr+、負側の抗電圧をVcr-、両者の差の絶対値|Vcr+-Vcr-|をΔVcr、2つの抗電圧Vcr+の絶対値及びVcf-の絶対値うち大きい方をVcrとした場合に、
ΔVcr<ΔVcf-0.2、かつ、Vcr<Vcf-0.2
ここで、単位はいずれも[V]である、
を満たす。
【0012】
さらに、|Vcr++Vcr-|≦ΔVcrを満たすことが好ましい。
【0013】
一方の圧電膜に、自発分極の向きと同じ向きの電界が印加され、他方の圧電膜に、自発分極の向きと逆向きの電界が印加されることが好ましい。
【0014】
第1電極と第3電極が接続されていることが好ましい。
【0015】
第1圧電膜及び第2圧電膜はいずれも、
一般式Pb{(ZrxTi1-x)1-yMy}O3
MはV,Nb,Ta,Sb,Mo及びWからなる群より選ばれる金属元素であり
0<x<1、0<y<1、
で表されるペロブスカイト型酸化物を含むことが好ましい。
【0016】
金属元素MがNbであり、yが0.1より大きいことが好ましい。
【0017】
第1圧電膜と第2圧電膜は同一組成であってもよい。
【0018】
第1圧電膜と第2圧電膜は同一組成である場合、他方の圧電膜の膜厚が、一方の圧電膜の膜厚よりも薄いことが好ましい。
【0019】
本開示のアクチュエータは本開示の圧電素子と、圧電素子に駆動電圧を印加する駆動回路とを備えたアクチュエータであって、
駆動回路は、一方の圧電膜に、自発分極の向きと同じ向きの電界を印加し、他方の圧電膜に、自発分極の向きと逆向きの電界を印加する。
【発明の効果】
【0020】
本開示の技術によれば、低電圧で高い圧電性能が得られる圧電素子及び圧電アクチュエータを低コストに提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図2】
図2Aは一方の圧電膜の分極-電圧ヒステリシス曲線を示す図であり、
図2Bは他方の圧電膜の分極-電圧ヒステリシス曲線を示す図である。
【
図4】変形例のアクチュエータの概略構成を示す図である。
【
図5】変形例の圧電素子及びアクチュエータの概略構成を示す図である。
【
図7】積層型圧電素子の問題点を説明するための図である。
【
図8】
図8Aは第1圧電膜14fのヒステリシス曲線であり、
図8Bは第2圧電膜18fのヒステリシス曲線であり、
図8Cは、圧電素子101の電圧に対する変位量を示す図である。
【
図9】本実施形態の圧電素子の効果の説明図である。
【
図10】本実施形態の圧電素子の効果の説明図である。
【
図11】実施例及び比較例における第1圧電膜の分極-電圧ヒステリシス曲線を示す図である。
【
図12】比較例2の第2圧電膜の分極-電圧ヒステリシス曲線を示す図である。
【
図13】実施例4の第2圧電膜の分極-電圧ヒステリシス曲線を示す図である。
【
図14】実施例6の第2圧電膜の分極-電圧ヒステリシス曲線を示す図である。
【
図15】実施例及び比較例の圧電素子についての低電圧領域における変位量を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。なお、以下の図面においては、視認容易のため、各層の層厚及びそれらの比率は、適宜変更して描いており、必ずしも実際の層厚及び比率を反映したものではない。
【0023】
図1は、一実施形態の圧電素子1の層構成を示す断面模式図である。
図1に示すように、圧電素子1は、基板10上に、第1電極12、第1圧電膜14、第2電極16、第2圧電膜18及び第3電極20が順に積層されてなる。
【0024】
基板10としては特に制限なく、シリコン、ガラス、ステンレス鋼、イットリウム安定化ジルコニア、アルミナ、サファイヤ、シリコンカーバイド等の基板が挙げられる。基板10としては、シリコン基板の表面にSiO2酸化膜が形成された熱酸化膜付きシリコン基板等の積層基板を用いてもよい。また、基板10としては、PET(polyethylene terephthalate)、PEN(polyethylene naphthalata)、及びポリイミド等の樹脂基板を用いてもよい。
【0025】
第1電極12は基板10の上に形成されている。第1電極12の主成分としては特に制限なく、Au(金),Pt(プラチナ),Ir(イリジウム),Ru(ルテニウム)、Ti(チタン)、Mo(モリブデン)、Ta(タンタル)、Al(アルミニウム)等の金属または金属酸化物、及びこれらの組合せが挙げられる。また、ITO(Indium Tin Oxide)、LaNiO3、及びSRO(SrRuO3)等などを用いてもよい。
【0026】
第2電極16は第1圧電膜14の上に積層されており、第3電極20は第2圧電膜18の上に積層されている。第1電極12と第2電極16は対になって第1圧電膜14に電界を印加する。また、第2電極16と第3電極20は対になって第2圧電膜18に電界を印加する。
【0027】
第2電極16及び第3電極20の主成分としては特に制限なく、第1電極12で例示した材料の他、Cr等の一般的に半導体プロセスで用いられている電極材料、及びこれらの組合せが挙げられる。ただし、第1圧電膜14あるいは第2圧電膜18と接する層には酸化物導電体を使用することが好ましい。酸化物導電体層としては、具体的にはITO(Indium Tin Oxide)、Ir酸化物、SRO(SrRuO3)の他、LaNiO3やドーピングを行ったZnOが例示される。
【0028】
第1電極12、第2電極16及び第3電極20の厚みは特に制限なく、50nm~300nm程度であることが好ましく、100nm~300nmがより好ましい。
【0029】
第1圧電膜14及び第2圧電膜18は、いずれも膜厚方向に自発分極が揃っており、自発分極が揃う向きが同一である。
図1に示す例においては、第1圧電膜14の自発分極P1の向き及び第2圧電膜18の自発分極P2の向きは、いずれも膜厚方向上向きである。なお、本明細書において、基板10を基準として、基板10から離れる方向を上、基板側を下と規定する。なお、圧電膜中の自発分極が揃っているかどうか、及びその自発分極が揃っている向きは、圧電膜の分極-電圧特性(又は分極-電界特性)を示すP-Vヒステリシス曲線(又はP-Eヒステリシス曲線)を測定することにより確認することができる。
【0030】
ポーリング処理が施されていない圧電膜において、外部電界が印加されていない状態で自発分極の向きが揃うのは、圧電膜内に結晶構造の歪や欠陥などに起因した電界(以下において自発内部電界と称する。)が生じているためと考えられる。外部電界が印加されていない状態で自発内部電界が生じていない圧電膜の場合、P-Eヒステリシス曲線(又はP-Vヒステリシス曲線)はその中心が原点と一致するような形状を描く。一方、自発内部電界が生じている圧電膜、すなわち、外部電界が印加されていない状態で自発分極の向きが揃っている圧電膜の場合、その自発内部電界に対して自発分極の向きが揃っているために、ヒステリシス曲線の中心が原点からずれる(シフトする)。P-Eヒステリシス曲線の場合、自発内部電界をEi、外部から印加される外部電界EoとするとEi+Eoの電界が印加されることにあるので、自発内部電界Eiの分だけヒステリシス曲線の中心が原点からシフトする。なお、P-Vヒステリシス曲線の場合、Eiと膜厚の積の分だけヒステリシス曲線の中心が原点からシフトすることになる。したがって、測定されたヒステリシス曲線の中心が原点からシフトしている場合、自発内部電界が生じており自発分極が揃っている、と見做すことができる。ヒステリシス曲線の中心の原点からのシフト量は自発分極の揃う度合いに比例しており、シフト量が大きいほど自発分極の揃う度合いが高い(自発内部電界が大きい)ことを意味する。また、このヒステリシス曲線の原点からのシフト方向によって、揃っている自発分極の向きを特定することができる。なお、P-Vヒステリシス曲線の場合、ヒステリシスの中心は、後述する2つの抗電圧間の中点と定義する。
以下において、「自発分極の向き」という場合には、自発内部電界によって揃っている自発分極の向きを意味する。
【0031】
図2Aは、第1圧電膜14と第2圧電膜18のうちの一方の圧電膜のヒステリシス曲線を示す。この一方の圧電膜の正側の抗電圧をVcf
+、負側の抗電圧をVcf
-、両者の差の絶対値|Vcf
+-Vcf
-|をΔVfとする。また正側の抗電圧Vcf
+の絶対値及び負側の抗電圧Vcf
-の絶対値のうち大きい方を抗電圧Vcfとする。
図2Aの場合であればVcfは正側の抗電圧Vcf
+である。
【0032】
図2Bは、第1圧電膜14と第2圧電膜18のうちの他方の圧電膜のヒステリシス曲線を示す。この他方の圧電膜の正側の抗電圧をVcr
+、負側の抗電圧をVcr
-、両者の差の絶対値|Vcr
+-Vcr
-|をΔVcrとする。また、正側の抗電圧Vcr
+の絶対値及び負側の抗電圧Vcr
-の絶対値のうちの大きい方を抗電圧Vcrとする。
図2Bの場合であればVcrは正側の抗電圧Vcr
+である。
【0033】
圧電素子1は、
ΔVcr<ΔVcf-0.2、かつ、Vcr<Vcf-0.2 (1)
を満たす。
なお、ΔVcf×0.5<ΔVcrであることが好ましい。
【0034】
第1圧電膜14が
図2Aに示すヒステリシス曲線を示す一方の圧電膜であり、第2圧電膜18が
図2Bで示すヒステリシス曲線を示す他方の圧電膜であってもよいし、逆に、第2圧電膜18が
図2Aに示すヒステリシス曲線を示す一方の圧電膜であり、第1圧電膜14が
図2Bで示すヒステリシス曲線を示す他方の圧電膜であってもよい。
【0035】
抗電圧は、ヒステリシス曲線において、分極がゼロになる電圧であり、
図2A及び
図2Bに示すように、1つのヒステリシス曲線に2つの抗電圧がある。正側の抗電圧とは、2つの抗電圧のうち相対的に正電圧側(図中右側)の抗電圧を指し、負側とは相対的に負電圧側(図中左側)の抗電圧を指す。正側の抗電圧と負側の抗電圧が共に正の値であってもかまわないし、正側の抗電圧が正の値であり、負側の抗電圧が負の値であってもかまわない。
【0036】
図2A及び
図2Bは、それぞれの圧電膜14、18の下側の電極12、16を接地、上側の電極16、20を駆動電極とし、圧電膜14、18に掃引電圧を印加して取得される一方及び他方の圧電膜のヒステリシス曲線である。この場合、第1圧電膜14のヒステリシス曲線と第2圧電膜18のヒステリシス曲線は、いずれもヒステリシス曲線の原点から同じ電界方向(
図2A、
図2Bでは正の電界方向)にシフトしている。なお、圧電膜14、18の上側の電極16、20を接地し、下側の電極12、16を駆動電極とし、圧電膜14、18に掃引電圧を印加して取得される一方及び他方の圧電膜のヒステリシス曲線は、
図2A及び
図2Bに示したヒステリシス曲線を原点中心に180°回転したものとなる。第1圧電膜14及び第2圧電膜18のP-V特性の測定に際しては、上側の電極、下側の電極のどちらを駆動電極として測定してもかまわない。
【0037】
図2Aに示すようにΔVcfは一方の圧電膜のヒステリシス曲線の幅に相当し、ΔVcrは他方の圧電膜のヒステリシス曲線の幅に相当する。なお、抗電圧は
図2A,
図2Bに示すように、各圧電膜について測定されたヒステリシスから特定されるが、測定値には、測定誤差±0.2V程度を含む。そのため、ΔVcf±0.2[V]の範囲はΔVcfと同等と見做す。ΔVcr<ΔVcf-0.2を満たすということは、他方の圧電膜のヒステリシス曲線の幅が一方の圧電膜のヒステリシス曲線の幅よりも小さいことを意味し、右辺の「-0.2」は、測定誤差を考慮したものである。
【0038】
Vcr<Vcf-0.2は、他方の圧電膜の抗電圧Vcrが一方の圧電膜の抗電圧Vcfよりも小さいことを示す。これは、他方の圧電膜が自発分極の向きに逆向きに電界が印加された場合に分極反転する電圧が、一方の圧電膜に自発分極の向きに逆向きの電界が印加された場合に分極反転するまでの電圧よりも小さいことを意味する。ここでも右辺の「-0.2」は、測定誤差を考慮したものである。Vcf±0.2[V]の範囲はVcfと同等であると見做す。
【0039】
抗電圧Vcは抗電界Ecと膜厚tの積で表される、したがって、一方の圧電膜の抗電界の差をΔEcf、膜厚をtfとし、他方の圧電膜の抗電界の差をΔEcr、膜厚をtrとした場合、
ΔVcf=ΔEcf×tf
ΔVcr=ΔEcr×tr
である。
【0040】
例えば、第1圧電膜14と第2圧電膜18とが全く同じ組成の圧電体から構成されている場合、他方の圧電膜の膜厚trを一方の圧電膜の膜厚tfよりも薄くする(tr<tfとする)ことで上記(1)式を満たす構成とすることができる。第1圧電膜14と第2圧電膜18と同一組成である場合、一方の圧電膜の膜厚tfに対して、他方の圧電膜の膜厚trが0.4倍から0.9倍であることが好ましい。
【0041】
図1に示す例では、第1圧電膜14の膜厚t1がtfであり、第2圧電膜18の膜厚t2がtrとしている。すなわち、
図1は、第1圧電膜14が
図2Aのヒステリシス曲線を有する上述の一方の圧電膜であり、第2圧電膜18が
図2Bのヒステリシス曲線を有する他方の圧電膜である例を示している。
【0042】
なお、第1圧電膜14と第2圧電膜18とが異なる圧電体から構成されており、一方の圧電膜の抗電界の差ΔEcfが他方の圧電膜の抗電界の差ΔEcrよりも大きい場合には、一方の圧電膜の膜厚tfと他方の圧電膜の膜厚trがtf≦trの関係にあったとしても、(1)式を満たすことができる。但し、第1圧電膜14と第2圧電膜18は同一組成の圧電体から構成されていれば、材料を共通とすることができ、製造コストを抑制することができ、好ましい。
【0043】
さらに、圧電素子1は、さらに、|Vcr++Vcr-|≦ΔVcrを満たすことが好ましい。他方の圧電膜のヒステリシス曲線の中心は、(Vcr++Vcr-)/2で表される。したがって、|Vcr++Vcr-|≦ΔVcrは、ヒステリシス曲線の中心と原点との距離がヒステリシス幅の半分以下であること、すなわち、ヒステリシス曲線が原点を含んでいることを意味する。他方の圧電膜のヒステリシス曲線のシフト量が小さければ、抗電圧Vcrを比較的小さく押さえることができる。
【0044】
第1圧電膜14及び第2圧電膜18を構成する圧電体としては、成膜直後において膜厚方向に自発分極の向きが揃った膜が得られ、かつ上記式(1)を満たすものであれば特に制限はない。第1圧電膜14及び第2圧電膜18は、ペロブスカイト型酸化物を主成分とすることが好ましい。ここで、主成分とは80mol%以上を占める成分をいう。第1圧電膜14及び第2圧電膜18は、それぞれ90mol%以上をペロブスカイト型酸化物が占めることが好ましく、第1圧電膜14及び第2圧電膜18は、ペロブスカイト型酸化物からなる(但し、不可避不純物を含む。)ことがより好ましい。
【0045】
ペロブスカイト型酸化物としては、Pb(鉛),Zr(ジルコニウム),Ti(チタン)及びO(酸素)を含む、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT:lead zirconate titanate)系であることが好ましい。
【0046】
特に、ペロブスカイト型酸化物が、PZTのBサイトに添加物として金属元素Mを含む、下記一般式(2)で表される化合物であることが好ましい。
Pb{(ZrxTi1-x)1-yMy}O3 (2)
ここで、金属元素MはV(バナジウム),Nb(ニオブ),Ta(タンタル),Sb(アンチモン),Mo(モリブデン)及びW(タングステン)の中から選択される1以上の元素であることが好ましい。ここで、0<x<1、0<y<1である。なお、一般式(2)において、Pb:{(ZrxTi1+x)1-yMy}:Oは、1:1:3が基準であるが、ペロブスカイト構造を取り得る範囲でずれていてもよい。以下において、Pba{(ZrxTi1-x)1-yMy}O3をM添加PZTという。なお、例えば、金属元素MがNbである場合、Nb添加PZTという。
【0047】
金属元素Mは、Vのみ、あるいはNbのみ等の単一の元素であってもよいし、VとNbとの混合、あるいはVとNbとTaの混合等、2あるいは3以上の元素の組み合わせであってもよい。金属元素Mがこれらの元素である場合、Aサイト元素のPbと組み合わせて非常に高い圧電定数を実現することができる。
【0048】
特には、金属元素MがNbであるPb{(ZrxTi1-x)1-yNby}O3が最適である。このとき、y>0.1で、より高い圧電定数を得ることができる。MがNbであるNb添加PZTを用いて、スパッタ等の気相成長法による圧電膜を成膜すると、自発分極が基板から膜厚方向上向きに、より揃った非常に高い圧電定数を有する圧電膜を得ることができる。
【0049】
第1圧電膜14のペロブスカイト型酸化物と第2圧電膜18のペロブスカイト型酸化物は同一組成であることが好ましい。ここで、各元素記号がそれぞれのモル比を示すとした場合に、ペロスカイト型酸化物におけるPb組成比Pb/(Zr+Ti+M)、Bサイト中のZr組成比Zr/(Zr+Ti)、Ti組成比Ti/(Zr+Ti)、及び金属元素Mの組成比であるM組成比M/(Zr+Ti+M)とする。第1圧電膜14のペロブスカイト型酸化物と第2圧電膜18のペロブスカイト型酸化物が同一組成であるとは、Pb組成比同士、Zr組成比同士、Ti組成比同士及びM組成比同士が測定誤差の範囲内で等しいことをいう。
【0050】
第1圧電膜14及び第2圧電膜18の膜厚t1、t2は0.2μm以上5μm以下が好ましく1μm以上がより好ましい。既述の通り、第1圧電膜14と第2圧電膜18とが同一の組成のペロブスカイト型酸化物からなる場合、第1圧電膜14を一方の圧電膜とする場合には、第1圧電膜14の膜厚t1を第2圧電膜18の膜厚t2よりも厚くすればよい。逆に、第2圧電膜18を一方の圧電膜にする場合には、第2圧電膜18の膜厚t2を第1圧電膜14の膜厚t1よりも厚くすればよい。
【0051】
本圧電素子1は、既述の通り、膜厚方向に沿った同じ向きに自発分極が揃っている2層の圧電膜が電極を挟んで積層されており、他方の圧電膜のヒステリシス幅が一方の圧電膜のヒステリシス幅より小さく、かつ抗電圧が小さい。本構成により、ヒステリシス曲線が同一の圧電膜を2層備えた圧電素子と比較して、一方の圧電膜に自発分極の向きと同じ向きの電界を印加し、他方の圧電膜に自発分極の向きと逆向きの電界を印加する駆動をした場合において、低電圧領域で高い圧電性能を得ることができる。ここで、低電圧領域とは、民生用機器に組み込む場合を想定した場合に好適な電圧領域であり、具体的には、絶対値が12V以下の電圧領域をいう。なお、7V以下、さらには5V以下の電圧で高い圧電性能が得られることが好ましい。
【0052】
第1圧電膜14と第2圧電膜18は同じ向きに揃った自発分極P1、P2を有しており、第1圧電膜14に、自発分極P1の向きと同じ向きの電界を印加し、第2圧電膜18に、自発分極P2の向きと逆向きの電界を印加する場合、第1電極12と第3電極20を同極とし、第2電極16を第1電極12及び第3電極20と異極として電界を印加すればよい。したがって、1つの極性の駆動回路で駆動できるため、異なる極性の2つの駆動回路を備える場合と比較して低コスト化を図ることができる。
【0053】
なお、圧電素子1は第1電極12と第3電極20とは接続されていることが好ましい。第1電極12と第3電極20が接続されていれば、駆動制御が容易である。
【0054】
第1圧電膜14と第2圧電膜18は同じ向きに揃った自発分極を有するものであり、ポーリング処理は不要である。第1圧電膜14と第2圧電膜18とは同一の材料、及び成膜方法でも成膜可能であり、低コスト化が図れる。
【0055】
図3に圧電素子1Aを備えたアクチュエータ5の概略構成を示す。なお、
図3以降の図面において、
図1と同一の構成要素には同一の符号を付している。アクチュエータ5は、圧電素子1と駆動回路30とを備える。
図3に示す圧電素子1Aにおいて、第1圧電膜14fが
図2Aのヒステリシス曲線を有する一方の圧電膜であり、第2圧電膜18が
図2Bのヒステリシス曲線を有する他方の圧電膜である。ここでは、第1圧電膜14fと第2圧電膜18rとが同一組成のペロブスカイト型酸化物からなり、第2圧電膜18rの膜厚t2が第1圧電膜14fの膜厚t1よりも薄い。
【0056】
駆動回路30は、電極間に挟まれた圧電膜に駆動電圧を供給する手段である。本例においては、第1電極12と第3電極20が駆動回路30のグランド端子に接続され、接地電位とされる。第2電極16は、駆動回路30の駆動電圧出力端子に接続され駆動電極として機能する。これにより、駆動回路30は、第1圧電膜14fと第2圧電膜18rに駆動電圧を印加する。本例において、駆動回路30は、第1圧電膜14fに自発分極P1の向きと同じ向きの電界Efを印加し、第2圧電膜18rに自発分極P2の向きと逆向きの電界Erを印加する。すなわち、駆動回路30は、駆動電極に負の電位を与えるマイナス駆動を実行するマイナス駆動回路である。
【0057】
これに対し、
図4に示す変形例のアクチュエータ6のように、駆動電極に正の電位を与えるプラス駆動を実行する駆動回路32を備えてもよい。
図4に示す例では、第2電極16が、駆動回路32のグランド端子に接続され、接地電位とされる。第1電極12と第3電極20が、駆動回路32の駆動電圧出力端子に接続されて駆動電極として機能する。この場合、駆動回路32がプラス駆動回路であるので、第1圧電膜14fに自発分極P1の向きと同じ向きの電界Efを印加し、第2圧電膜18rに自発分極P2の向きと逆向きの電界Erを印加することができる。
【0058】
圧電素子1Aを備えたアクチュエータ5、6は、1つ極性の駆動回路のみを備えればよく、低コストに実現できる。上記圧電素子1Aを備えるので、低電圧領域で大きな圧電性能が得られる。
【0059】
なお、既に述べた通り、
図1に示す圧電素子1における第2圧電膜18が
図2Aに示すヒステリシス曲線を有する一方の圧電膜であり、第1圧電膜14が
図2Bに示すヒステリシス曲線を有する他方の圧電膜であってもよい。ここで、第2圧電膜18が
図2Aに示すヒステリシス曲線を有する一方の圧電膜である場合、第2圧電膜18fと表記し、第1圧電膜14が
図2Bに示すヒステリシス曲線を有する他方の圧電膜である場合、第1圧電膜14rと表記する。
【0060】
図5に示す圧電素子1Bは、例えば、第1圧電膜14rと第2圧電膜18fとが同一組成のペロブスカイト型酸化物からなり、第1圧電膜14rの膜厚t1が第2圧電膜18fの膜厚t1よりも薄い。
【0061】
この場合、第2圧電膜18fに自発分極P2の向きと同じ向きの電界Efを印加し、第1圧電膜14rに自発分極P1の向きと逆向きの電界Erを印加することで、1つの極性の駆動回路によって、低電圧領域で良好な圧電性能を得ることができる。
【0062】
図5に示すアクチュエータ7では、第1電極12及び第3電極20が駆動回路34のグランド端子に接続され、接地電位とされる。そして、第2電極16が駆動回路34の駆動電圧出力端子に接続されて駆動電極として機能する。この駆動回路34はプラス駆動回路である。
【0063】
なお、圧電素子1Bを用いる場合、マイナス駆動回路を備え、第2電極16をグランド端子に接続して接地電位とし、第1電極12及び第3電極20を駆動電圧出力端子に接続して駆動電極として機能するように構成してもよい。
【0064】
また、
図1に示す圧電素子1は、第1圧電膜14と第2圧電膜18とを1層ずつ備えた2層の圧電膜が積層された2層積層型の圧電素子であるが、本開示の圧電素子としては、2層に限らず、3層以上の圧電膜を備えていてもよい。
図6に示す圧電素子3のように、第1圧電膜14と第2圧電膜18を交互に複数備えてもよい。圧電素子3は、基板10上に、第1電極12、第1圧電膜14、第2電極16、第2圧電膜18、第3電極20、第1圧電膜14、第2電極16、第2圧電膜18及び第3電極20が順に積層されている。このように、
図2Aに示すヒステリシス曲線を有する圧電膜と、
図2Bに示すヒステリシス曲線を有する圧電膜とが、電極を介して交互に複数層備えられていてもよい。
【0065】
ここで、圧電素子1が低電圧領域で大きな圧電性能を示す原理について説明する。
【0066】
図7に示す圧電素子101は、比較説明のための積層型圧電素子である。圧電素子101は、第1圧電膜14fと第2圧電膜18fが、いずれも
図2Aに示すヒステリシス曲線を示す圧電膜である。まず、圧電素子101の圧電性能について説明する(後記比較例2参照)。
【0067】
図7に示すように、第1電極12と第3電極20とを接地し、第2電極16を駆動電極とした場合の第1圧電膜14f、第2圧電膜18fのP-Vヒステリシス曲線をそれぞれ
図8A及び
図8Bに示す。第1圧電膜14fと第2圧電膜18fは組成及び膜厚が同一であるので、それぞれ下側の電極を接地して上側の電極を駆動電極とした場合は、両者ともに
図8Aのヒステリシス曲線となるが、ここでは、第2圧電膜18fに対して、上側の電極である第3電極20を接地し、下側の電極である第2電極16を駆動電極としているので、
図8Bのヒステリシス曲線は、
図8Aに示すヒステリシス曲線を原点中心に180°回転したヒステリシス曲線となっている。
【0068】
第1圧電膜14fに自発分極P1の向きと同じ向きの電界Efを印加し、かつ、第2圧電膜18fに自発分極P2の向きと逆向きの電界Erを印加するように0から-Vの電位を第2電極16に与える。この際、第1圧電膜14f及び第2圧電膜18fは電圧の印加に伴いd
31モードにより面内方向に伸縮し、これらの圧電膜の伸縮に伴い基板10が撓む。
図8Cは、この際の基板10の一点の変位量の電圧依存性を模式的に示している。
【0069】
図7の第2電極16に与える電位を、0から-Vまで変化させた場合、第1圧電膜14fに対しては、自発分極P1の向きと同じ向きの電界が印加される。そのため、
図8Aのヒステリシス曲線の下方に矢印で示すように分極は、電位が0から-Vへ変化するのに伴い、自発分極P1の向きと同じ向きで大きさが徐々に大きくなる。したがって、第1圧電膜14fにのみ0から-Vの電圧を印加した場合の変位量は
図8C中に一点鎖線Iで示すように、Vが大きくなるほど大きくなる。
図7の第2電極16に印加する駆動電位を、0から-Vまで変化させた場合、第2圧電膜18fに対しては、自発分極P2の向きと逆向きの電界Erが印加される。そのため、
図8Bのヒステリシス曲線の下方に矢印で示すように分極は、印加電位が0から-Vへ変化するのに伴い、自発分極P2の向きの分極が徐々に小さくなり、抗電圧Vaで分極が反転した後、電界と同じ向きの分極が徐々に大きくなる。したがって、第2圧電膜18fにのみ0から-Vの電圧を印加した場合の変位量は
図8C中に破線IIで示すように、分極の値が0になる抗電圧までは逆向きに変位する。第1圧電膜14fと第2圧電膜18fを同時に駆動した場合、
図8C中に実線で示すように、両者の変位量を加算した振る舞いをする。そのため、第1圧電膜14f及び第2圧電膜18を同時に駆動した場合、高電圧側では、非常に大きな変位量が得られるが、低電圧領域における変位量は、1層の圧電膜のみで得られる変位量よりも小さくなってしまう。
【0070】
これに対し、例えば、
図3に示す圧電素子1Aでは、第2圧電膜18rのヒステリシス幅が第1圧電膜14fのヒステリシス幅よりも小さく、抗電圧が小さい。第2圧電膜18rに対して第2電極16を駆動電極として得られるヒステリシス曲線を、上記の
図8Bに示したヒステリシス曲線を
図9に重ねて示す。
図9において、破線で示すヒステリシス曲線が、
図8Bに示すヒステリシス曲線であり、実線で示すヒステリシス曲線が、圧電素子1の向きの第2圧電膜18rのものである。実線のヒステリシス曲線の抗電圧Vbは破線のヒステリシス曲線の抗電圧Vaよりも原点側に位置する。すなわち、
図9のヒステリシスの下方に模式的に示す通り、圧電素子1Aの第2圧電膜18rに自発分極P2の向きと逆向きの電界が印加する駆動電圧を加えた場合、破線のヒステリシス曲線を示す圧電膜、すなわち、圧電素子101の第2圧電膜18fに自発分極P2の向きと逆向きの電界を印加する駆動電圧を加えた場合よりも低電圧側で分極反転が生じる。
【0071】
図10は、変位量の電圧依存性の模式図であり、
図7の圧電素子101を0から-Vの駆動電圧で駆動した場合の変位量の変化を破線で示し、
図3の圧電素子1Aを0から-Vの駆動電圧で駆動した場合の変位量の変化を実線で示している。
図10に示すように、0から-Vの駆動電圧を印加した場合において、圧電素子1Aは、
図7の圧電素子101と比較して、低電圧領域で大きな変位が得られる。
【実施例0072】
以下、本開示の圧電素子の具体的な実施例及び比較例について説明する。最初に、各例の圧電素子の作製方法について説明する。各層の成膜には、RF(Radio frequency)スパッタ装置を用いた。製造方法の説明においては、
図1に示した圧電素子1の各層の符号を参照して説明する。
【0073】
(第1電極成膜)
基板10として、熱酸化膜付きシリコン基板を用いた。基板10上に第1電極12をRF(radio-frequency)スパッタリングにて成膜形成した。具体的には、第1電極12として、TiW層及びIr層をこの順に基板10上に積層した。各層のスパッタ条件は以下の通りとした。
【0074】
-TiW層スパッタ条件-
ターゲット-基板間距離:100mm
ターゲット投入電力:600W
Arガス圧:0.5Pa
基板設定温度:350℃
【0075】
-Ir層スパッタ条件-
ターゲット-基板間距離:100mm
ターゲット投入電力:600W
Arガス圧:0.1Pa
基板設定温度:350℃
【0076】
(第1圧電膜)
RFスパッタリング装置内に上記第1電極12付きの基板10を載置し、第1圧電膜14として、BサイトへのNb添加量を12at%としたNb添加PZT膜を成膜した。Nb添加PZTをターゲットとして用い、スパッタ条件は、以下の通りとした。ターゲット中のPb量は化学量論組成よりも多く設定し、Ti/Zrモル比はMPB組成(Ti/Zr=52/48)とした。
【0077】
-第1圧電膜スパッタ条件-
ターゲット-基板間距離:60mm
ターゲット投入電力:500W
真空度:0.3Pa、Ar/O2混合雰囲気(O2体積分率10%)
基板設定温度:700℃
【0078】
なお、第1圧電膜14の膜厚t1は、各実施例、比較例について表1に示す通りとした。膜厚t1は成膜時間を変化させることにより調整した。
【0079】
(第2電極)
第1圧電膜14上に、第2電極16として50nmのIrOz(Z≦2)と100nmのIrをこの順に積層した。スパッタ条件は以下の通りとした。
【0080】
-IrOz、Irのスパッタ条件-
ターゲット-基板間距離:100mm
ターゲット投入電力:200W
真空度:0.3Pa、Ir成膜時はAr雰囲気、IrOz成膜時はAr/O2混合雰囲気(O2体積分率5%)
基板設定温度:室温
【0081】
(第2圧電膜)
第2電極16上に、第2圧電膜18として、BサイトへのNb添加量を12at%としたNb添加PZT膜を成膜した。第1圧電膜14と第2圧電膜18の成膜には同一のターゲットを用い、成膜条件も同一とした。なお、第2圧電膜18の膜厚t2は、各実施例及び比較例について表1に示す通りとした。膜厚t2は成膜時間を変化させることにより調整した。なお、比較例1は第2圧電膜18及び第3電極20を備えない第1圧電膜14単層の圧電素子とした。
【0082】
(第3電極)
第2圧電膜18上に、第3電極20として50nmのIrOzと100nmのIrをこの順に積層した。スパッタ条件は第2電極16と同一とした。
【0083】
(評価用電極パターンの形成)
比較例1については、第1電極12および第2電極16に電圧印加用電極パッドを形成するために、第2電極16、第1圧電膜14に対して順にフォトリソグラフィー及びドライエッチングによるパターニングを行った。
比較例2及び実施例についても、第1電極12および第2電極16、第3電極20に電圧印加用電極パッドを形成するために、第3電極20、第2圧電膜18、第2電極16、第1圧電膜14、に対して順にフォトリソグラフィー及びドライエッチングによるパターニングを行った。
【0084】
以上の工程により電極と圧電体層を積層してなる積層体を作製した。
【0085】
(評価用サンプルの準備)
-評価用サンプル1-
積層体から2mm×25mmの短冊状部分を切り出して、評価用サンプル1としてカンチレバーを作製した。
【0086】
-評価用サンプル2-
積層体から、圧電膜の表面中心に直径400μmの円形にパターニングされた第3電極を有する25mm×25mmの部分を切り出して、評価用サンプル2とした。
【0087】
<圧電特性の測定>
各実施例及び比較例についての圧電特性の評価として、圧電定数d31を測定した。
圧電定数d31の測定は、評価用サンプル1を用いて実施した。I.Kanno et. al. Sensor and Actuator A 107(2003)68.に記載の方法に従い、第1電極12及び第3電極20を接地し、第2電極16に駆動信号を与えて、圧電定数d31を測定した。各例について、印加電圧を-1、-3、-5、-7、-10、及び-15Vのそれぞれとした場合における圧電定数d31を測定した。例えば、印加電圧が-1Vの場合の圧電定数d31は、-0.5Vのバイアス電圧に0.5Vの振幅の正弦波を加算した駆動信号を第2電極16に印加して測定した。測定結果を表2に示す。
【0088】
<分極-電圧特性の測定>
各実施例及び比較例の圧電素子について、評価用サンプル2を用いて、分極-電圧(P-V)ヒステリシス曲線を測定した。各実施例及び比較例の圧電素子の第1圧電膜14、第2圧電膜18のそれぞれについて、周波数1kHzの条件で飽和分極に至るまで電圧を印加して、測定を実施した。なお、第1圧電膜14のヒステリシス測定の場合には、第1電極12を接地して、第2電極16を駆動電極として第1圧電膜14に掃引電圧を印加した。また、第2圧電膜18のヒステリシス測定の場合には、第2電極16を接地して、第3電極20を駆動電極として第2圧電膜18に掃引電圧を印加した。
【0089】
図11は、実施例1の圧電素子の第1圧電膜について得られたP-Vヒステリシス曲線である。なお、比較例1、2及び実施例2~8の圧電素子の第1圧電膜はいずれも実施例1の第1圧電膜と同じ膜厚であるため、いずれも
図11に示すヒステリシス曲線で表される特性を有する。
図11に示すヒステリシス曲線において、正側の抗電圧Vcf
+は7.7V、負側の抗電圧Vcf
-は-0.6Vである。したがって、ΔVcfは8.3Vである。
【0090】
図12は、比較例2の圧電素子の第2圧電膜について得られたP-Vヒステリシス曲線である。
図12に示すヒステリシス曲線において、正側の抗電圧Vcr
+は7.6V、負側の抗電圧Vcr
-は-0.5Vである。したがって、ΔVcrは8.1Vである。なお、測定値には±0.2V程度の誤差を含むため、
図12に示すヒステリシス曲線の幅は
図11に示すヒステリシス曲線と略同等と見做せる。
【0091】
図13は、実施例4の圧電素子の第2圧電膜について得られたP-Vヒステリシス曲線である。
図13に示すヒステリシス曲線において、正側の抗電圧Vcr
+は4.4V、負側の抗電圧Vcr
-は-0.3Vである。したがって、ΔVcrは4.7Vである。
【0092】
図14は、実施例6の圧電素子の第2圧電膜について得られたP-Vヒステリシス曲線である。
図14に示すヒステリシス曲線において、正側の抗電圧Vcr
+は3.1V、負側の抗電圧Vcr
-は-0Vである。したがって、ΔVcrは3.1Vである。
【0093】
上記のようにして得られた各実施例及び比較例の圧電素子の第1圧電膜のヒステリシス曲線におけるVcf-、Vcf+、ΔVcf、及び第2圧電膜のヒステリシス曲線におけるVcr-、Vcr+、ΔVcrを表1に示す。
【0094】
【0095】
図15は、各圧電素子について、印加電圧と圧電定数d
31との関係をグラフ化したものである。実施例1~10は、-7Vでの駆動時において、比較例1、2の圧電定数d
31よりも大きい圧電定数、具体的には1.3倍以上の圧電定数が得られている。同等の圧電膜を2層備えた比較例2は、-7Vにおける圧電定数d
31は比較例1の圧電定数d
31をやや上回るが、7Vよりも低い電圧域における圧電定数d
31は、比較例1の圧電定数d
31よりも大幅に低かった。
【0096】
実施例1~実施例10は、いずれも
ΔVcr<ΔVcf-0.2、かつ、Vcr<Vcf-0.2
を満たす。
【0097】
特に、実施例1~6及び実施例9~10は7Vで比較例1、2よりも大きい圧電定数を示し、かつ、-15Vで素子の破壊を生じていないという良好な結果が得られた。
【0098】
実施例7は印加電圧-5Vで最大の圧電定数d31を示し、その後、さらに電圧が高くなると圧電定数が低下し、数値の低下具合から印加電圧-15Vでは、素子破壊が生じていると考えられる。また、実施例8は印加電圧-5Vで最大の圧電定数d31を示し、-10Vでは素子が破壊されており、圧電定数d31は測定できなかった。実施例7及び実施例8の第2圧電膜は薄いために、耐電圧が低いと考えられる。しかし、印加電圧-3V~-5Vでは、比較例1に対し非常に高い圧電定数d31が得られ、低電圧領域において、高い圧電性能が得られることが明らかである。