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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024052273
(43)【公開日】2024-04-11
(54)【発明の名称】圧電素子及びアクチュエータ
(51)【国際特許分類】
   H10N 30/853 20230101AFI20240404BHJP
   H10N 30/045 20230101ALI20240404BHJP
   H10N 30/20 20230101ALI20240404BHJP
【FI】
H01L41/187
H01L41/257
H01L41/09
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022158871
(22)【出願日】2022-09-30
(71)【出願人】
【識別番号】306037311
【氏名又は名称】富士フイルム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小林 宏之
(72)【発明者】
【氏名】中村 誠吾
(72)【発明者】
【氏名】杉本 真也
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 勉
(57)【要約】
【課題】低電圧で高い圧電性能が得られる圧電素子及び圧電アクチュエータを低コストに提供する。
【解決手段】圧電素子は、基板上に第1電極、第1圧電膜、第2電極、第2圧電膜、及び第3電極をこの順に備え、第1圧電膜及び第2圧電膜はいずれも金属元素Mを添加したPZTを主成分とし、第1圧電膜と第2圧電膜のうちの一方の圧電膜は、膜厚方向に揃った自発分極を有しており、その一方の圧電膜の分極-電圧特性を示すヒステリシス曲線における正側の電圧をVcf、負側の抗電圧をVcfとし、他方の圧電膜の分極-電圧特性における、正側の抗電圧をVcr、負側の抗電圧をVcrとした場合に、|Vcr+Vcr|<|Vcf+Vcf|-0.2を満たす。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に、第1電極、第1圧電膜、第2電極、第2圧電膜、及び、第3電極をこの順に備え、
前記第1圧電膜及び前記第2圧電膜は、
Pb{(ZrTi1-x1-y}O
MはV,Nb,Ta,Sb,Mo及びWからなる群より選ばれる金属元素であり、
0<x<1、0<y<1、0.9≦a≦1.2
で表されるペロブスカイト型酸化物を主成分とし、
前記第1圧電膜と前記第2圧電膜とにおいて、少なくともx、yは同一であり、
前記第1圧電膜と前記第2圧電膜のうちの一方の圧電膜は、膜厚方向に揃った自発分極を有しており、
前記一方の圧電膜の分極-電圧特性を示すヒステリシス曲線における正側の電圧をVcf、負側の抗電圧をVcfとし、
前記第1圧電膜と前記第2圧電膜のうちの他方の圧電膜の分極-電圧特性における、正側の抗電圧をVcr、負側の抗電圧をVcrとした場合に
|Vcr+Vcr|<|Vcf+Vcf|-0.2
ここで、単位はいずれも[V]である、
を満たす、圧電素子。
【請求項2】
|Vcr+Vcr|≦|Vcr-Vcr|をさらに満たす、請求項1に記載の圧電素子。
【請求項3】
前記他方の圧電膜も、膜厚方向に揃った自発分極を有しており、
前記一方の圧電膜と前記他方の圧電膜の前記自発分極の向きが同一である、請求項1に記載の圧電素子。
【請求項4】
前記一方の圧電膜に、前記一方の圧電膜の前記自発分極の向きと同じ向きの電界が印加され、前記他方の圧電膜に、前記一方の圧電膜に印加される前記電界と逆向きの電界が印加される、請求項1に記載の圧電素子。
【請求項5】
前記一方の圧電膜の分極-電圧特性を示すヒステリシス曲線における2つの抗電圧の間隔で規定されるヒステリシス幅が、前記他方の圧電膜の前記ヒステリシス幅と等しい、請求項1に記載の圧電素子。
【請求項6】
前記一方の圧電膜の(001)面配向度をαとした場合に、前記他方の圧電膜の(001)面配向度が0.95α以下である、請求項1に記載の圧電素子。
【請求項7】
前記一方の圧電膜の(001)面配向度をαとした場合に、前記他方の圧電膜の(001)面配向度が0.80α以下である、請求項1に記載の圧電素子。
【請求項8】
前記第1電極と前記第3電極が接続されている、請求項1に記載の圧電素子。
【請求項9】
前記金属元素MがNbであり、yが0.1より大きい、請求項1に記載の圧電素子。
【請求項10】
請求項1に記載の圧電素子と、前記圧電素子に駆動電圧を印加する駆動回路とを備えたアクチュエータであって、
前記駆動回路は、前記一方の圧電膜に、前記一方の圧電膜の前記自発分極の向きと同じ向きの電界を印加し、前記他方の圧電膜に、前記一方の圧電膜に印加される前記電界と逆向きの電界を印加する、アクチュエータ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、圧電素子及びアクチュエータに関する。
【背景技術】
【0002】
優れた圧電特性及び強誘電性を有する材料として、チタン酸ジルコン酸鉛(Pb(Zr,Ti)O、以下においてPZTという。)などのペロブスカイト型酸化物が知られている。ペロブスカイト型酸化物からなる圧電体は、基板上に、下部電極、圧電膜、及び上部電極を備えた圧電素子における圧電膜として適用される。この圧電素子は、メモリ、インクジェットヘッド(アクチュエータ)、マイクロミラーデバイス、角速度センサ、ジャイロセンサ、超音波素子(PMUT:Piezoelectric Micromachined Ultrasonic Transducer)及び振動発電デバイスなど様々なデバイスへと展開されている。
【0003】
圧電素子として、高い圧電特性を得るために、電極層を介して複数の圧電膜を積層した積層型の圧電素子が提案されている。
【0004】
例えば、特許文献1には、第1電極、Nb添加PZT膜、第2電極、Nb添加PZT膜、第3電極が順に積層された圧電素子が提案されている。Nb添加PZT膜は成膜時において、基板に対して上向きに自発分極の向きが揃うことが知られている。すなわち、特許文献1における2層のNb添加PZT膜はいずれも上向きに向きが揃った自発分極を有する。一般に、向きが揃った自発分極を有する圧電膜に対しては、その自発分極の向きと同じ向きの電界をかけた方が高い圧電性能が得られる。そのため、特許文献2では、第2電極を接地し、第1電極に正電圧(+V)、第3電極に負電圧(-V)を印加する第1の駆動方法、あるいは、第1電極を接地し、第2電極に負電圧(-V)、第3電極に第2電極よりも絶対値の大きな負電圧(-2V)を印加する第2の駆動方法などにより、2つのNb添加PZT膜にそれぞれ自発分極の向きと同じ向きの電界を印加している。これにより、1層のみの圧電素子と比較して略2倍の変位量を実現している。
【0005】
また、特許文献2には、第1電極、第1圧電膜、第2電極、第2圧電膜、第3電極が順に積層された圧電素子であって、第1圧電膜の自発分極が揃う向きと第2圧電膜の自発分極が揃う向きとが異なる圧電素子が提案されている。そして、具体例として、第1圧電膜がNb添加PZT膜であり、第2圧電膜がNb添加なしのPZT膜(以下において真性PZTという。)である場合が挙げられている。Nb添加PZT膜はポーリング処理をしない状態で自発分極の向きが揃っているが、真性PZT膜はポーリング処理をしない状態では自発分極の向きが揃っていない。そこで、真性PZT膜に、Nb添加PZT膜の自発分極の向きと逆向きに自発分極が揃うようにポーリング処理を施すことで、第1圧電膜の自発分極の向きと第2圧電膜の自発分極の向きを異なるものとしている。特許文献2においては、圧電素子の第1電極と第3電極を同電位とし、第2電極を駆動電極とすることで、第1圧電膜と第2圧電膜にそれぞれの自発分極の向きと同じ向きの電界を印加している。これにより、1層の圧電膜を駆動する大きさの電圧で、2層分の圧電性能が得られるため、低電圧で高い圧電性能を得ることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2013-80886号公報
【特許文献2】特開2013-80887号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1において、第3電極に第2電極よりも絶対値の大きな電圧を印加する第2の駆動方法で、第1の駆動方法と同等の圧電性能を得るためには、第3電極に非常に大きな電圧を印加する必要が生じ、低電圧では十分な圧電性能が得られない。上記の第1電極と第3電極に異なる符号の電圧を印加する第1の駆動方法を実施するためには、プラスの駆動回路とマイナスの駆動回路を備える必要があるため、高コストになる。
【0008】
また、特許文献2の圧電素子では、非常に良好な圧電性能が得られる。しかし、特許文献2の圧電素子を作製するためには、例えば、第1圧電膜をNb添加PZT膜であり、第2圧電膜が真性PZT膜とするように、第1圧電膜と第2圧電膜とは異なる材料を含む圧電膜から構成する必要がある。そのため、第1圧電膜と第2圧電膜を形成するためには、二種の異なるターゲットが必要であり、また、少なくとも一方の圧電膜にはポーリング処理を施す必要があり、十分な低コスト化が図れない。
【0009】
このように、高い圧電性能を得られる圧電素子は高コストあるいは、高電圧を印加する必要があり、低コストであり、かつ、低電圧で高い圧電性能を得られる圧電素子は実現できていなかった。
【0010】
本開示は、低電圧で高い圧電性能が得られる圧電素子及び圧電アクチュエータを低コストに提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本開示の圧電素子は、基板上に、第1電極、第1圧電膜、第2電極、第2圧電膜、及び、第3電極をこの順に備え、
第1圧電膜及び第2圧電膜は、
Pb{(ZrTi1-x1-y}O
MはV,Nb,Ta,Sb,Mo及びWからなる群より選ばれる金属元素であり、
0<x<1、0<y<1、0.9≦a≦1.2
で表されるペロブスカイト型酸化物を主成分とし、
第1圧電膜と第2圧電膜とにおいて、少なくともx、yは同一であり、
第1圧電膜と第2圧電膜のうちの一方の圧電膜は、膜厚方向に揃った自発分極を有しており、
前記一方の圧電膜の分極-電圧特性を示すヒステリシス曲線における正側の電圧をVcf、負側の抗電圧をVcfとし、
第1圧電膜と第2圧電膜のうちの他方の圧電膜の分極-電圧特性における、正側の抗電圧をVcr、負側の抗電圧をVcrとした場合に、
|Vcr+Vcr|<|Vcf+Vcf|-0.2
ここで、単位はいずれも[V]である、
を満たす。
【0012】
|Vcr+Vcr|≦|Vcr-Vcr|をさらに満たすことが好ましい。
【0013】
他方の圧電膜も、膜厚方向に揃った自発分極を有していてもよく、この場合、
一方の圧電膜と他方の圧電膜の自発分極の向きが同一であることが好ましい。
【0014】
一方の圧電膜に、その自発分極の向きと同じ向きの電界が印加され、他方の圧電膜に、一方の圧電膜に印加される前記電界と逆向きの電界が印加されることが好ましい。
【0015】
一方の圧電膜の分極-電圧特性を示すヒステリシス曲線における2つの抗電圧の間隔で規定されるヒステリシス幅が、他方の圧電膜のヒステリシス幅と等しいことが好ましい。
【0016】
一方の圧電膜の(001)面配向度をαとした場合に、他方の圧電膜の(001)面配向度が0.95α以下であることが好ましい。
【0017】
一方の圧電膜の(001)面配向度をαとした場合に、他方の圧電膜の(001)面配向度が0.80α以下であることが、より好ましい。
【0018】
第1電極と第3電極が接続されていることが好ましい。
【0019】
金属元素MがNbであり、yが0.1より大きいことが好ましい。
【0020】
本開示のアクチュエータは本開示の圧電素子と、圧電素子に駆動電圧を印加する駆動回路とを備えたアクチュエータであって、
駆動回路は、一方の圧電膜に、その自発分極の向きと同じ向きの電界を印加し、他方の圧電膜に、一方の圧電膜に印加される電解と逆向きの電界を印加する。
【発明の効果】
【0021】
本開示の技術によれば、低電圧で高い圧電性能が得られる圧電素子及びアクチュエータを低コストに提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】一実施形態の圧電素子の断面図である。
図2図2Aは一方の圧電膜の分極-電圧ヒステリシス曲線を示す図であり、図2Bは他方の圧電膜の分極-電圧ヒステリシス曲線を示す図である。
図3】アクチュエータの概略構成を示す図である。
図4】変形例のアクチュエータの概略構成を示す図である。
図5】変形例の圧電素子及びアクチュエータの概略構成を示す図である。
図6】変形例の圧電素子の断面図である。
図7】積層型圧電素子の問題点を説明するための図である。
図8図8Aは第1圧電膜14fのヒステリシス曲線であり、図8Bは第2圧電膜18fのヒステリシス曲線であり、図8Cは、圧電素子101の電圧に対する変位量を示す図である。
図9】本実施形態の圧電素子の効果の説明図である。
図10】本実施形態の圧電素子の効果の説明図である。
図11】実施例及び比較例における第2圧電膜の分極-電圧ヒステリシス曲線を示す図である。
図12】比較例2の第1圧電膜の分極-電圧ヒステリシス曲線を示す図である。
図13】実施例2の第1圧電膜の分極-電圧ヒステリシス曲線を示す図である。
図14】実施例4の第1圧電膜の分極-電圧ヒステリシス曲線を示す図である。
図15】実施例及び比較例の圧電素子についての低電圧領域における圧電定数d31の電圧依存性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。なお、以下の図面においては、視認容易のため、各層の層厚及びそれらの比率は、適宜変更して描いており、必ずしも実際の層厚及び比率を反映したものではない。
【0024】
図1は、一実施形態の圧電素子1の層構成を示す断面模式図である。図1に示すように、圧電素子1は、基板10上に、第1電極12、第1圧電膜14、第2電極16、第2圧電膜18及び第3電極20をこの順に備えている。
【0025】
基板10としては特に制限なく、シリコン、ガラス、ステンレス鋼、イットリウム安定化ジルコニア、アルミナ、サファイヤ、シリコンカーバイド等の基板が挙げられる。基板10としては、シリコン基板の表面にSiO酸化膜が形成された熱酸化膜付きシリコン基板等の積層基板を用いてもよい。また、基板10としては、PET(polyethylene terephthalate)、PEN(polyethylene naphthalata)、及びポリイミド等の樹脂基板を用いてもよい。
【0026】
第1電極12は基板10上に形成されている。第1電極12の主成分としては特に制限なく、Au(金),Pt(プラチナ),Ir(イリジウム),Ru(ルテニウム)、Ti(チタン)、Mo(モリブデン)、Ta(タンタル)、Al(アルミニウム)等の金属または金属酸化物、及びこれらの組合せが挙げられる。また、ITO(Indium Tin Oxide)、LaNiO、及びSRO(SrRuO)等などを用いてもよい。
【0027】
第2電極16は第1圧電膜14の上に積層されており、第3電極20は第2圧電膜18の上に積層されている。第1電極12と第2電極16は対になって第1圧電膜14に電界を印加する。また、第2電極16と第3電極20は対になって第2圧電膜18に電界を印加する。
【0028】
第2電極16及び第3電極20の主成分としては特に制限なく、第1電極12で例示した材料の他、Cr等の一般的に半導体プロセスで用いられている電極材料、及びこれらの組合せが挙げられる。ただし、第1圧電膜14あるいは第2圧電膜18と接する層には酸化物導電体を使用することが好ましい。酸化物導電体層としては、具体的にはITO(Indium Tin Oxide)、Ir酸化物、SRO(SrRuO)の他、LaNiOやドーピングを行ったZnOが例示される。
【0029】
第1電極12、第2電極16及び第3電極20の厚みは特に制限なく、50nm~300nm程度であることが好ましく、100nm~300nmがより好ましい。
【0030】
第1圧電膜14及び第2圧電膜18は、一般式ABOで表されるペロブスカイト型酸化物であって、AサイトにPb(鉛),BサイトにZr(ジルコニウム),Ti(チタン)及び金属元素Mを含むペロブスカイト型酸化物を主成分とする。このペロブスカイト型酸化物は以下の一般式で表される。
Pb{(ZrTi1-x1-y}O
ここで、金属元素MはV(バナジウム),Nb(ニオブ),Ta(タンタル),Sb(アンチモン),Mo(モリブデン)及びW(タングステン)の中から選択される1以上の元素であることが好ましい。ここで、0<x<1、0<y<1、0.9≦a≦1.2である。以下において、Pb{(ZrTi1-x1-y}OをM添加PZTという。なお、例えば、金属元素MがNbである場合、Nb添加PZTという。
【0031】
金属元素Mは、Vのみ、あるいはNbのみ等の単一の元素であってもよいし、VとNbとの混合、あるいはVとNbとTaの混合等、2あるいは3以上の元素の組み合わせであってもよい。金属元素Mがこれらの元素である場合、Aサイト元素のPbと組み合わせて非常に高い圧電定数を実現することができる。
【0032】
特には、金属元素MがNbであるPb{(ZrTi1-x1-yNb}Oが最適である。このとき、y>0.1で、より高い圧電定数を得ることができる。MがNbであるNb添加PZTを用いて、スパッタ等の気相成長法による圧電膜を成膜すると、基板10から上向きに、より揃った自発分極を有する非常に高い圧電定数を有する圧電膜を得ることができる。本明細書において、基板10を基準として、基板10から離れる方向を上、基板10側をしたと規定する。
【0033】
ここで、主成分とは80mol%以上を占める成分をいう。第1圧電膜14及び第2圧電膜18は、それぞれ90mol%以上をペロブスカイト型酸化物が占めることが好ましく、第1圧電膜14及び第2圧電膜18は、ペロブスカイト型酸化物からなる(但し、不可避不純物を含む。)ことがより好ましい。
【0034】
ペロブスカイト型酸化物におけるPb組成比aは、元素記号がそれぞれのモル比を表すものとして、a=Pb/(Zr+Ti+M)で規定される。
【0035】
同様に、ペロブスカイト型酸化物のBサイト中のZr組成比xは、x=Zr/(Zr+Ti)であり、Ti組成比1-x=Ti/(Zr+Ti)であり、Bサイトおける金属元素Mの組成比であるM組成比yは、y=M/(Zr+Ti+M)、である。ここでも、式中に元素記号はそれぞれのモル比を表している。
【0036】
本圧電素子1においては、第1圧電膜14と第2圧電膜18に含まれるペロブスカイト酸化物におけるZr組成比同士、Ti組成比同士、M組成比同士は同一である。すなわち、第1圧電膜14中のペロブスカイト型酸化物のPb組成比をa1、Zr組成比をx1、M組成比をy1とし、第2圧電膜18中のペロブスカイト型酸化物のPb組成比をa2、Zr組成比をx2、M組成比をy2とした場合、x1とx2が同一であり、y1とy2で同一である。ここで、同一とは、測定誤差の範囲で等しいことを意味する。なお、第1圧電膜14及び第2圧電膜18におけるPb組成比同士は同一であってもよいし、異なっていてもよい。組成の測定方法としては、ICP(Inductively Couples Plasma)発光分光あるいはXRF(X-ray Fluorescence)など複数の分析方法がある。例えばXRFで組成分析を行った場合、測定誤差は0.005程度である。
【0037】
なお、PZT系のペロブスカイト型酸化物においては、モルフォトロピック相境界(MPB)及びその近傍で高い圧電特性を示すといわれている。Zr/Tiモル比=55/45近傍がMPB組成であり、上記一般式では、MPB組成又はその近傍であることが好ましい。「MPB又はその近傍」とは、圧電膜に電界を印加した際に相転移を生じる領域のことである。具体的には、Zr:Ti(モル比)は45:55~55:45の範囲内、すなわちx=0.45~0.55の範囲内であることが好ましい。
【0038】
第1圧電膜14及び第2圧電膜18の膜厚は0.2μm以上5μm以下が好ましく1μm以上がより好ましい。第1圧電膜14と第2圧電膜18の膜厚は同一であってもよいし、異なっていてもよい。一方の圧電膜の膜厚に対して、他方の圧電膜の膜厚を相対的に薄くすることも好ましい。
【0039】
本例において、第1圧電膜14及び第2圧電膜18は、いずれも膜厚方向に自発分極が揃っており、自発分極が揃う向きが同一である。図1に示す例においては、第1圧電膜14の自発分極P1の向き及び第2圧電膜18の自発分極P2の向きは、いずれも膜厚方向上向きである。なお、圧電膜中の自発分極が揃っているかどうか、及びその自発分極が揃っている向きは、圧電膜の分極-電圧特性(又は分極-電界特性)を示すP-Vヒステリシス曲線(又はP-Eヒステリシス曲線)を測定することにより確認することができる。
【0040】
ポーリング処理を施されていない圧電膜において、外部電界が印加されていない状態で自発分極の向きが揃うのは、圧電膜内に結晶構造の歪や欠陥などに起因した電界(以下において自発内部電界と称する。)が生じているためと考えられる。外部電界が印加されていない状態で自発内部電界が生じていない圧電膜の場合、P-Eヒステリシス曲線(又はP-Vヒステリシス曲線)はその中心が原点と一致するような形状を描く。一方、自発内部電界が生じている圧電膜、すなわち、外部電界が印加されていない状態で自発分極の向きが揃っている圧電膜の場合、その自発内部電界に対して自発分極の向きが揃っているために、ヒステリシス曲線の中心が原点からずれる(シフトする)。P-Eヒステリシス曲線の場合、自発内部電界をEi、外部から印加される外部電界EoとするとEi+Eoの電界が印加されることにあるので、自発内部電界Eiの分だけヒステリシス曲線の中心が原点からシフトする。なお、P-Vヒステリシス曲線の場合、Eiと膜厚の積の分だけヒステリシス曲線の中心が原点からシフトすることになる。したがって、測定されたヒステリシス曲線の中心が原点からシフトしている場合、自発内部電界が生じており自発分極が揃っている、と見做すことができる。ヒステリシス曲線の中心の原点からのシフト量は自発分極の揃う度合いに比例しており、シフト量が大きいほど自発分極の揃う度合いが高い(自発内部電界が大きい)ことを意味する。また、このヒステリシス曲線の原点からのシフト方向によって、揃っている自発分極の向きを特定することができる。なお、P-Vヒステリシス曲線の場合、ヒステリシス曲線の中心は、後述する2つの抗電圧間の中点と定義する。
以下において、「自発分極の向き」という場合には、自発内部電界によって揃っている自発分極の向きを意味する。
【0041】
図2Aは、第1圧電膜14と第2圧電膜18のうちの一方の圧電膜のヒステリシス曲線を示す。この一方の圧電膜の正側の抗電圧をVcf、負側の抗電圧をVcf、とする。また正側の抗電圧Vcfの絶対値及び負側の抗電圧Vcfの絶対値のうち大きい方を抗電圧Vcfとする。図2Aの場合であればVcfは正側の抗電圧Vcfである。
【0042】
図2Bは、第1圧電膜14と第2圧電膜18のうちの他方の圧電膜のヒステリシス曲線を示す。この他方の圧電膜の正側の抗電圧をVcr、負側の抗電圧をVcr、とする。また、正側の抗電圧Vcrの絶対値及び負側の抗電圧Vcrの絶対値のうちの大きい方を抗電圧Vcrとする。図2Bの場合であればVcrは正側の抗電圧Vcrである。
【0043】
抗電圧は、ヒステリシス曲線において、分極がゼロになる電圧であり、図2A及び図2Bに示すように、1つのヒステリシス曲線に2つの抗電圧がある。正側の抗電圧とは、2つの抗電圧のうち相対的に正電圧側(図中右側)の抗電圧を指し、負側とは相対的に負電圧側(図中左側)の抗電圧を指す。正側の抗電圧と負側の抗電圧が共に正の値であってもかまわないし、正側の抗電圧が正の値であり、負側の抗電圧が負の値であってもかまわない。
【0044】
本明細書において、ヒステリシス曲線の正側の抗電圧と負側の抗電圧との間隔をヒステリシス幅と規定し、両者の中点をヒステリシス曲線の中心と規定する。このとき、ヒステリシス曲線の中心と原点との距離がヒステリシス曲線のシフト量である。
【0045】
圧電素子1は、
|Vcr+Vcr|<|Vcf+Vcf|-0.2 (1)
を満たす。
【0046】
上記式(1)は、他方の圧電膜のヒステリシス曲線のシフト量が一方の圧電膜のヒステリシス曲線のシフト量よりも小さいことを意味する。一方の圧電膜のヒステリシス曲線の中心Hcfは、(Vcf+Vcf)/2で表される。これは、一方の圧電膜のヒステリシス曲線のシフト量である。他方の圧電膜のヒステリシス曲線の中心Hcrは、(Vcr+Vcr)/2で表される。これは、他方の圧電膜のヒステリシス曲線のシフト量である。なお、抗電圧は図2A図2Bに示すように、各圧電膜について測定されたヒステリシスから特定されるが、測定値には、測定誤差±0.2V程度を含む。したがって、例えば、|Vcf+Vcf|±0.2[V]の範囲は|Vcf+Vcf|と同等であるとみなす。式(1)の右辺における「-0.2」は測定誤差を考慮したものである。
【0047】
第1圧電膜14が図2Aのヒステリシス曲線を示す一方の圧電膜であり、第2圧電膜18が図2Bのヒステリシス曲線を示す他方の圧電膜であってもよいし、逆に、第2圧電膜18が図2Aに示すヒステリシス曲線を示す一方の圧電膜であり、第1圧電膜14が図2Bで示すヒステリシス曲線を示す他方の圧電膜であってもよい。
【0048】
また、圧電素子1は、さらに、|Vcr+Vcr|≦|Vcr-Vcr|を満たすことが好ましい。他方の圧電膜のヒステリシス曲線の中心は、(Vcr+Vcr)/2で表される。したがって、|Vcr+Vcr|≦|Vcr-Vcr|は、ヒステリシス曲線の中心がヒステリシス幅の半分以下であること、すなわち、ヒステリシス曲線が原点を含んでいることを意味する。
【0049】
図1に示した例では、第1圧電膜14及び第2圧電膜18はいずれも膜厚方向に自発分極が揃っており、自発分極が揃う向きが同一である。しかしながら、第1圧電膜14と第2圧電膜18とは、一方の圧電膜のヒステリシス曲線のシフト量よりも他方の圧電膜のヒステリシス曲線のシフト量が小さい、という条件(上記(1)式)を満たしていればよい。既述の通り、ヒステリシス曲線のシフト量が小さいほど自発分極の揃う度合いが小さいことを意味する。本開示の技術においては、他方の圧電膜の自発分極の揃う度合いが一方の圧電膜の自発分極の揃う度合いよりも小さければよいため、他方の圧電膜としては、自発分極が揃っていない状態、すなわち、ヒステリシス曲線の中心が原点に略一致しているものであってもよい。
【0050】
また、本例の圧電素子1においては、一方の圧電膜のヒステリシス曲線における2つの抗電圧の差で規定されるヒステリシス幅が、他方の圧電膜のヒステリシス曲線におけるヒステリシス幅と等しい。
【0051】
一方の圧電膜のヒステリシス幅は|Vcf-Vcf|で表され、他方の圧電膜のヒステリシス幅は|Vcr-Vcr|で表される。|Vcf-Vcf|と|Vcr-Vcr|が等しいとは、測定誤差の範囲で等しいことを意味する。したがって、
|Vcf-Vcf|-0.2≦|Vcr-Vcr|≦|Vcf-Vcf|+0.2の範囲であれば、一方の圧電膜と他方の圧電膜のヒステリシス幅が等しいと見做す。
【0052】
図2A及び図2Bは、それぞれの圧電膜14、18の下側の電極12、16を接地し、上側の電極16、20を駆動電極とし、圧電膜14、18に掃引電圧を印加して取得される一方及び他方の圧電膜のヒステリシス曲線である。本例では、第1圧電膜14のヒステリシス曲線と第2圧電膜18のヒステリシス曲線は、いずれもヒステリシス曲線の原点から同じ電界方向(図2A図2Bでは正の電界方向)にシフトしている。なお、圧電膜14、18の上側の電極16、20を接地し、下側の電極12、16を駆動電極とし、圧電膜14、18に掃引電圧を印加して取得される一方及び他方の圧電膜のヒステリシス曲線は、図2A及び図2Bに示したヒステリシス曲線を原点中心に180°回転したものとなる。第1圧電膜14及び第2圧電膜18のP-V特性の測定に際しては、上側の電極、下側の電極のどちらを駆動電極として測定してもかまわない。
【0053】
既述の通り、第1圧電膜14と第2圧電膜18とは、少なくともPb組成比a以外の組成比が同一である金属元素M添加PZT(以下において、M-PZTとする。)を主成分とする。そして、本例において、M-PZT膜は、(001)面に優先配向している。第1圧電膜14と第2圧電膜18の一方の圧電膜が図2Aに示すヒステリシス曲線を備え、他方の圧電膜が図2Bに示すヒステリシス曲線を備えた構成を実現する方法の一例としては、第1圧電膜14と第2圧電膜18の(001)面配向度を変化させる方法が挙げられる。例えば、第2圧電膜18の配向度をαとした場合に、第1圧電膜14の配向度を0.95α以下とすることにより、第2圧電膜18を一方の圧電膜とし、第1圧電膜14を他方の圧電膜とすることができる。すなわち、配向度を相対的に低下させることで、ヒステリシス曲線のシフト量を相対的に小さくすることができる。他方の圧電膜の配向度は一方の圧電膜の配向度αに対し0.9α以下であることがより好ましく、0.85α以下であることがさらに好ましい。なお、(001)面配向度の測定方法については、後述の実施例において説明する。
【0054】
一方の圧電膜の配向度が他方の圧電膜の配向度の0.95倍以下であれば、Pb組成比aは同一であってもよいし、異なっていてもよい。第1圧電膜14と、第2圧電膜18のスパッタ成膜時の条件を異ならせることにより、配向度を異ならせることができる。例えば、ターゲットは同一のターゲットを用い、成膜時の基板温度を変化させる。M添加PZTの成膜時の基板温度は550℃から720℃程度の範囲が好ましい。この温度範囲で、相対的に低い温度で成膜すると、配向度が高い圧電膜が得られ、相対的に高い基板温度で成膜すると配向度が低い圧電膜が得られる。そのため、例えば、第1圧電膜14の成膜時には、相対的に高い基板温度で成膜し、その後、第2圧電膜18の成膜時には、相対的に低い基板温度で成膜することにより、第1圧電膜14の配向度を第2圧電膜18の配向度の0.95倍以下とすることができる。なお、同一のターゲットを用いた場合、基板温度を変化させると、Pb組成比aが変化する。相対的に高い基板温度で成膜するとPb組成比aが相対的に低くなり、相対的に低い基板温度で成膜するとPb組成比aが相対的に高くなる。そのため、同一ターゲットを用いて、配向度の異なる第1圧電膜14と第2圧電膜18を成膜すると、配向度の高い圧電膜のPb組成比aが、配向度の低い圧電膜のPb組成比aよりも大きいものとなる。なお、Pbはスパッタ成膜時に抜けやすいため、ターゲットにおけるPb組成比は、化学量論比のPb組成比a=1よりも大きく設定する。また、成膜後の第1圧電膜14及び第2圧電膜18におけるPb組成比aは1より大きいことが好ましい。なお、Pb以外の組成比は基板温度を変化させても略変化しない。
【0055】
なお、相対的に高い基板温度で成膜する第1圧電膜14のターゲットとしてPb組成比aが相対的に大きいものを用い、相対的に低い基板温度で成膜する第2圧電膜18のターゲットとしてPb組成比aが相対的に小さいものを用いれば、第1圧電膜14と第2圧電膜18の組成を同一とし、かつ、第1圧電膜14の配向度を第2圧電膜18の配向度よりも低くすることもできる。
【0056】
本圧電素子1は、既述の通り、Pb以外の組成比が同一のM添加PZTを含む2層の圧電膜が電極を挟んで積層されており、他方の圧電膜のヒステリシス曲線のシフト量が一方の圧電膜のヒステリシス曲線のシフト量よりも小さい。本構成により、圧電素子1を、一方の圧電膜(図3の例では第1圧電膜14)に、自発分極の向きと同じ向きの電界を印加し、他方の圧電膜(図3の例では第2圧電膜18)に、一方の圧電膜に印加される電界と逆向きの電界を印加して駆動した場合に、低電圧領域で良好な圧電性能を得ることができる。ここで、低電圧領域とは、民生用機器に組み込む場合を想定した場合に好適な電圧領域であり、具体的には、絶対値が12V以下の電圧領域をいう。なお、7V以下、さらには5V以下の電圧で高い圧電性能が得られることが好ましい。
【0057】
図3に示す一例のように、第1圧電膜14に、自発分極P1の向きと同じ向きの電界を印加し、第2圧電膜18に、第1圧電膜14に印加する電界と逆向き(すなわち、本例では自発分極P2の向きと逆向き)の電界を印加する場合、1つの極性の駆動回路で駆動できるため、異なる極性の2つの駆動回路を備える場合と比較して低コスト化を図ることができる。すなわち、第1電極12と第3電極20を同極とし、第2電極16を第1電極12及び第3電極20と異なる極とすれば、1つの極性の駆動回路で駆動することができる。そして、この場合、第1圧電膜14と第2圧電膜18には互いに逆向きの電界が印加されることになる。
【0058】
なお、圧電素子1は第1電極12と第3電極20とは接続されていることが好ましい。第1電極12と第3電極20が接続されていれば、駆動制御が容易である。
【0059】
第1圧電膜14と第2圧電膜18は、共にM添加PZTからなるペロブスカイト型酸化物を主成分とするので、第1圧電膜14と第2圧電膜18とは1つのターゲットを用いて成膜することができる。1つのターゲットで第1圧電膜14及び第2圧電膜18を成膜した場合には、低コスト化が図れる。
【0060】
図3に圧電素子1Aを備えたアクチュエータ5の概略構成を示す。なお、図3以降の図面において、図1と同一の構成要素には同一の符号を付している。アクチュエータ5は、圧電素子1Aと駆動回路30とを備える。図3に示す圧電素子1Aにおいては、第1圧電膜14rが図2Bのヒステリシス曲線を有する他方の圧電膜であり、第2圧電膜18fが図2Aのヒステリシス曲線を有する一方の圧電膜である。
【0061】
駆動回路30は、電極間に挟まれた圧電膜に駆動電圧を供給する手段である。本例においては、第1電極12と第3電極20が駆動回路30のグランド端子に接続され、接地電位とされる。第2電極16は、駆動回路30の駆動電圧出力端子に接続され駆動電極として機能する。これにより、駆動回路30は、第1圧電膜14rと第2圧電膜18fに互いに逆向きの駆動電圧を印加する。本例において、駆動回路30は一方の圧電膜である第2圧電膜18fに自発分極P2の向きと同じ向きの電界Efを印加し、他方の圧電膜である第1圧電膜14rに第2圧電膜18fに印加する電界Efと逆向きの電界Erを印加するために、駆動電極に正の電位を与えるプラス駆動を実行するプラス駆動回路である。
【0062】
これに対し、図4に示す変形例のアクチュエータ6のように、駆動電極に負の電位を与えるマイナス駆動を実行する駆動回路32を備えてもよい。図4に示す例では、第2電極16が、駆動回路32のグランド端子に接続され、接地電位とされる。第1電極12と第3電極20は、駆動回路32の駆動電圧出力端子に接続されて駆動電極として機能する。この場合、駆動回路32がマイナス駆動回路であるので、一方の圧電膜である第2圧電膜18fに自発分極P2の向きと同じ向きの電界Efを印加し、他方の圧電膜である第1圧電膜14rに第2圧電膜18fに印加する電界Efと逆向きの電界Erを印加することができる。
【0063】
このように、圧電素子1Aを備えたアクチュエータ5、6は、1つ極性の駆動回路のみを備えればよく、低コストに実現できる。上記圧電素子1を備えるので、低電圧領域で大きな圧電性能が得られる。
【0064】
なお、既に述べた通り、第1圧電膜14が図2Aに示すヒステリシス曲線を有する一方の圧電膜であり、第2圧電膜18が図2Bに示すヒステリシス曲線を有する他方の圧電膜であってもよい。図2Aのヒステリシス曲線を有する第1圧電膜14を第1圧電膜14fとし、図2Bのヒステリシス曲線を有する第2圧電膜18を第2圧電膜18rとする。
【0065】
図5に示す圧電素子1Bは、第1圧電膜14f及び第2圧電膜18rを備える。この場合、図5に示すように、一方の圧電膜である第1圧電膜14fに自発分極P1の向きと同じ向きの電界Efを印加し、他方の圧電膜である第2圧電膜18rに第1圧電膜14fに印加する電界Efと逆向きの電界Erを印加することで、1つの極性の駆動回路によって、低電圧領域で良好な圧電性能を得ることができる。
【0066】
図5に示すアクチュエータ7では、第1電極12及び第3電極20が駆動回路34のグランド端子に接続され、接地電位とされる。第2電極16は、駆動回路34の駆動電圧出力端子に接続されて駆動電極として機能する。この駆動回路34はマイナス駆動回路である。なお、圧電素子1Bとプラス駆動回路を備え、第2電極16をグランド端子に接続して、接地電位とし、第1電極12及び第3電極20を駆動電力出力端子に接続して、駆動電極として機能するように構成してもよい。
【0067】
また、図1に示す圧電素子1は、第1圧電膜14と第2圧電膜18とを1層ずつ備えた2層の圧電膜が積層され2層積層型の圧電素子であるが、本開示の圧電素子としては、2層に限らず、3層以上の圧電膜を備えていてもよい。図6に示す圧電素子3のように、第1圧電膜14と第2圧電膜18を交互に複数備えてもよい。圧電素子3は、基板10上に、第1電極12、第1圧電膜14、第2電極16、第2圧電膜18、第3電極20、第1圧電膜14、第2電極16、第2圧電膜18及び第3電極20が順に積層されている。このように、図2Aに示ヒステリシス曲線を有する一方の圧電膜と、図2Bに示すヒステリシス曲線を有する他方の圧電膜とが、電極を介して交互に複数層備えられていてもよい。
【0068】
ここで、圧電素子1が低電圧領域で大きな圧電性能を示す原理について説明する。
まず、図7に示すように、図1に示した層構成の圧電素子1と同様の積層構造であるが、第1圧電膜14fと第2圧電膜18fが、いずれも図2Aに示すヒステリシス曲線を示す圧電膜である圧電素子101の圧電性能について説明する(後記比較例2参照)。
【0069】
図7に示すように、第1電極12と第3電極20とを接地し、第2電極16を駆動電極とした場合の第1圧電膜14f、第2圧電膜18fのヒステリシス曲線をそれぞれ図8A及び図8Bに示す。第1圧電膜14fと第2圧電膜18fは組成及び膜厚が同一であるので、両者のそれぞれに対してそれぞれの下側の電極を接地して上側の電極を駆動電極とした場合は、両者ともに図8Aのヒステリシス曲線となるが、ここでは、第2圧電膜18fに対して、上側の電極である第3電極20を接地し、下側の電極である第2電極16を駆動電極としているので、図8Bのヒステリシス曲線は、図8Aに示すヒステリシス曲線を原点中心に180°回転したヒステリシス曲線となっている。
【0070】
図7の第2電極16に与える電位を、0から-Vまで変化させた場合、第1圧電膜14fに対しては、自発分極P1の向きと同じ向きの電界が印加される。そのため、図8Aのヒステリシス曲線の下方に矢印で示すように分極は、電位が0から-Vへ変化するのに伴い、自発分極P1の向きと同じ向きで大きさが徐々に大きくなる。したがって、第1圧電膜14fにのみ0から-Vの電圧を印加した場合の変位量は図8C中に一点鎖線Iで示すように、Vが大きくなるほど大きくなる。図7の第2電極16に印加する駆動電位を、0から-Vまで変化させた場合、第2圧電膜18fに対しては、自発分極P2の向きと逆向きの電界Erが印加される。そのため、図8Bのヒステリシス曲線の下方に矢印で示すように分極は、印加電位が0から-Vへ変化するのに伴い、自発分極P2の向きの分極が徐々に小さくなり、抗電圧Vaで分極が反転した後、電界と同じ向きの分極が徐々に大きくなる。したがって、第2圧電膜18fにのみ0から-Vの電圧を印加した場合の変位量は図8C中に破線IIで示すように、分極の値が0になる抗電圧までは逆向きに変位する。第1圧電膜14fと第2圧電膜18fを同時に駆動した場合、図8C中に実線で示すように、両者の変位量を加算した振る舞いをする。そのため、第1圧電膜14f及び第2圧電膜18を同時に駆動した場合、高電圧側では、非常に大きな変位量が得られるが、低電圧領域における変位量は、1層の圧電膜のみで得られる変位量よりも小さくなってしまう。
【0071】
これに対し、例えば、図3に示す構成の圧電素子1Aでは、第1圧電膜14rのヒステリシス幅が第2圧電膜18fのヒステリシス幅よりも小さく、抗電圧が小さい。第1圧電膜14rに対して第2電極16を駆動電極として得られるヒステリシス曲線と、上記の図8Bに示したヒステリシス曲線を図9に重ねて示す。図9において、破線で示すヒステリシス曲線が、図8Bに示すヒステリシス曲線であり、実線で示すヒステリシス曲線が、圧電素子1Aの第1圧電膜14rのものである。実線のヒステリシス曲線の抗電圧Vbは破線のヒステリシス曲線の抗電圧Vaよりも原点側に位置する。すなわち、図9のヒステリシスの下方に示す通り、圧電素子1Aの第1圧電膜14rに、第2圧電膜18fに印加する電界Efと逆向きの電界Erが印加する駆動電圧を加えた場合、破線のヒステリシス曲線を示す圧電膜、すなわち、圧電素子101の第1圧電膜14fに、第2圧電膜18fに印加する電界Efと逆向きの電界Erを印加する駆動電圧を加えた場合よりも低電圧側で分極反転が生じる。
【0072】
図10は、図7の圧電素子101を0から-Vの駆動電圧で駆動した場合の変位量の変化を破線で示し、図3の圧電素子1を0から-Vの駆動電圧で駆動した場合の変位量の変化を実線で示している。図10に示すように、0から-Vの駆動電圧を印加した場合において、圧電素子1は、図7の圧電素子101と比較して、低電圧領域で大きな変位が得られる。
【0073】
他方の圧電膜のヒステリシス曲線のシフト量が小さければ、自発分極の向きと反対の電界が印加された場合に分極反転する電圧(抗電圧)を、シフト量が大きい場合と比較して低電圧とすることができる。したがって、より低電圧領域での圧電性能を高めることができる。
【0074】
他方の圧電膜のヒステリシス曲線のシフト量が一方の圧電膜のヒステリシス曲線のシフト量よりも小さく、かつ、両者のヒステリシス幅が等しい場合、他方の圧電膜に対して自発分極の向きと逆向きの電界を印加して駆動する場合における、分極反転する電圧(抗電圧)を、シフト量が一方の圧電膜と同等以上である場合と比較して低電圧とすることができる。
【実施例0075】
以下、本開示の圧電素子の具体的な実施例及び比較例について説明する。最初に、各例の圧電素子の作製方法について説明する。各層の成膜には、RF(Radio frequency)スパッタ装置を用いた。製造方法の説明においては、図1に示した圧電素子1の各層の符号を参照して説明する。
【0076】
(第1電極成膜)
基板10として、熱酸化膜付きシリコン基板を用いた。基板10上に第1電極12をRF(radio-frequency)スパッタリングにて成膜形成した。具体的には、第1電極12として、50nm厚のTiW層及び200nm厚のIr層をこの順に基板10上に積層した。各層のスパッタ条件は以下の通りとした。
【0077】
-TiW層スパッタ条件-
ターゲット-基板間距離:100mm
ターゲット投入電力:600W
Arガス圧:0.5Pa
基板設定温度:350℃
【0078】
-Ir層スパッタ条件-
ターゲット-基板間距離:100mm
ターゲット投入電力:600W
Arガス圧:0.1Pa
基板設定温度:350℃
【0079】
(第1圧電膜)
RFスパッタリング装置内に上記第1電極12付きの基板10を載置し、第1圧電膜14として、BサイトへのNb添加量を12at%としたNb添加PZT膜を成膜した。Nb添加PZTをターゲットとして用い、スパッタ条件は、以下の通りとした。比較例1、2及び実施例1~6については、Pb組成比a=1.3とし、Ti/Zrモル比はMPB組成(Ti/Zr=52/48)、すなわち、x=0.52、Nb組成比y=0.12としたターゲットを用いた。実施例7についてはPb組成比a=1.5としたターゲットを用いた。
【0080】
-第1圧電膜のスパッタ条件-
ターゲット-基板間距離:60mm
ターゲット投入電力:500W
真空度:0.3Pa、Ar/O混合雰囲気(O体積分率10%)
基板設定温度:600℃~710℃(各例の温度は表1に示す通りとした。)
【0081】
なお、第1圧電膜14の膜厚は、各実施例、比較例について表1に示す通りとした。膜厚は成膜時間を変化させることにより調整した。
【0082】
(第2電極)
第1圧電膜14上に、第2電極16として50nmのIrO(z≦2)と100nmのIrをこの順に積層した。スパッタ条件は以下の通りとした。
【0083】
-IrO、Irのスパッタ条件-
ターゲット-基板間距離:100mm
ターゲット投入電力:200W
真空度:0.3Pa、Ir成膜時はAr雰囲気、IrO成膜時はAr/O混合雰囲気(O体積分率5%)
基板設定温度:室温
【0084】
(第2圧電膜)
第2電極16上に、第2圧電膜18として、BサイトへのNb添加量を12at%としたNb添加PZT膜を成膜した。比較例2及び実施例1~6については、第1圧電膜14と第2圧電膜18の成膜には同一のターゲットを用いた。実施例7の第1圧電膜14についてはPb組成比a=1.5としたターゲットを用いたが、実施例7の第2圧電膜については、他の実施例と同様に、Pb組成比a=1.3のターゲットを用いた。成膜条件は第1圧電膜のスパッタ条件において、基板設定温度を600℃とした以外は同じとし、膜厚は2μmとした。第2圧電膜18は、比較例2及び実施例1~7について同一のスパッタ条件及び膜厚で成膜した。なお、比較例1は第2圧電膜18及び第3電極20を備えない第1圧電膜14単層の圧電素子とした。
【0085】
(第3電極)
第2圧電膜18上に、第3電極20として50nmのIrOと100nmのIrをこの順に積層した。スパッタ条件は第2電極16と同一とした。
【0086】
(評価用電極パターンの形成)
比較例1については、第1電極12および第2電極16に電圧印加用電極パッドを形成するために、第2電極16、第1圧電膜14に対して順にフォトリソグラフィー及びドライエッチングによるパターニングを行った。
比較例2及び実施例についても、第1電極12および第2電極16、第3電極20に電圧印加用電極パッドを形成するために、第3電極20、第2圧電膜18、第2電極16、第1圧電膜14、に対して順にフォトリソグラフィー及びドライエッチングによるパターニングを行った。
【0087】
以上の工程により電極と圧電体層を積層してなる積層体を作製した。
【0088】
<配向度の測定>
RIGAKU製、RINT-ULTIMAIIIを用いたXRD(X-Ray diffraction)解析により(001)面配向度を求めた。各例について測定したXRDチャートにおいて、ペロブスカイト構造の(001)面の強度I(001)、(001)面の強度I(110)、(111)面の強度I(111)から、配向度を求めた。
配向度=I(001)/{I(001)+I(110)+I(111)}×100 %
なお、表1には、第1圧電膜の配向度として、第2圧電膜18の配向度を100とした場合の第2圧電膜18の配向度を示している。
【0089】
<鉛量の測定>
各圧電膜についてのPb組成比はXRF(X-ray Fluorescence)分析により測定した。
【0090】
(評価用サンプルの準備)
-評価用サンプル1-
積層体から2mm×25mmの短冊状部分を切り出して、評価用サンプル1としてカンチレバーを作製した。
【0091】
-評価用サンプル2-
積層体から、圧電膜の表面中心に直径400μmの円形にパターニングされた第3電極を有する25mm×25mmの部分を切り出して、評価用サンプル2とした。
【0092】
<圧電特性の測定>
各実施例及び比較例についての圧電特性の評価として、圧電定数d31を測定した。
圧電定数d31の測定は、評価用サンプル1を用いて実施した。I.Kanno et. al. Sensor and Actuator A 107(2003)68.に記載の方法に従い、第1電極12及び第3電極20を接地し、第2電極16に駆動信号を与えて、圧電定数d31を測定した。各例について、印加電圧を-1、-3、-5、-7、-10、及び-15Vのそれぞれとした場合における圧電定数d31を測定した。例えば、印加電圧が-1Vの場合の圧電定数d31は、-0.5Vのバイアス電圧に0.5Vの振幅の正弦波を加算した駆動信号を第2電極16に印加して測定した。測定結果を表2に示す。
【0093】
<分極-電圧特性の測定>
各実施例及び比較例の圧電素子について、評価用サンプル2を用いて、分極-電圧(P-V)ヒステリシス曲線を測定した。各実施例及び比較例の圧電素子の第1圧電膜14、第2圧電膜18のそれぞれについて、周波数1kHzの条件で飽和分極に至るまで電圧を印加して、測定を実施した。なお、第1圧電膜14のP-V特性測定の場合には、第1電極12を接地して、第2電極16を駆動電極として第1圧電膜14に掃引電圧を印加した。また、第2圧電膜18のP-V特性測定の場合には、第2電極16を接地して、第3電極20を駆動電極として第2圧電膜18に掃引電圧を印加した。
【0094】
図11は、比較例2の第2圧電膜についてのP-Vヒステリシス曲線である。なお、比較例2及び実施例1~7の圧電素子の第2圧電膜はいずれも比較例2の第2圧電膜と同じであるため、いずれも図11に示すヒステリシス特性を示す。図11に示すヒステリシス曲線において、正側の抗電圧Vcfは7.5V、負側の抗電圧Vcfは-0.5Vである。したがって、シフト量(|Vcf+Vcf|)は、3.5Vである。
【0095】
図12は、比較例2の圧電素子の第1圧電膜について得られたP-Vヒステリシス曲線である。図12に示すヒステリシス曲線において、正側の抗電圧Vcrは7.7V、負側の抗電圧Vcrは-0.5Vである。したがって、シフト量は、3.6Vである。なお、測定値には±0.2V程度の誤差を含むため、図12に示すヒステリシス曲線は図11に示すヒステリシス曲線と略同等と見做せる。
【0096】
図13は、実施例2の圧電素子の第1圧電膜について得られたP-Vヒステリシス曲線である。図13に示すヒステリシス曲線において、正側の抗電圧Vcrは6.1V、負側の抗電圧Vcrは-2.0Vである。したがって、シフト量は、2.1Vである。
【0097】
図14は、実施例4の圧電素子の第1圧電膜について得られたP-Vヒステリシス曲線である。図14に示すヒステリシス曲線において、正側の抗電圧Vcrは4.1V、負側の抗電圧Vcrは-3.9Vである。したがって、シフト量は、0.1Vである。本例は、ヒステリシス曲線の原点からのシフトがほとんどない例である。配向度が低く、自発分極がほとんど揃っていないと考えられる。
【0098】
上記のようにして得られた各実施例及び比較例の圧電素子の第1圧電膜のヒステリシス曲線におけるVcr、Vcr、シフト量、及び第2圧電膜のヒステリシス曲線におけるVcf、Vcf、シフト量を表1に示す。
【0099】
【表1】

【表2】
【0100】
図15は、各圧電素子について、印加電圧と圧電定数d31との関係をグラフ化したものである。実施例1~7は、-7Vでの駆動時において、比較例1、2の圧電定数d31よりも大きい圧電定数、具体的には1.3倍以上の圧電定数が得られている。同等の圧電膜を2層備えた比較例2は、-7Vにおける圧電定数d31は比較例1の圧電定数d31をやや上回るが、7Vよりも低い電圧領域における圧電定数d31は、比較例1の圧電定数d31よりも大幅に低かった。
【0101】
実施例1~実施例7は、いずれも
|Vcr+Vcr|<|Vcf+Vcf|-0.2
を満たす。
すなわち、ヒステリシス曲線のシフト量が相対的に大きい圧電膜(ここでは第2圧電膜)とシフト量が相対的に小さい圧電膜(ここでは、第1圧電膜)を備え、第2圧電膜に自発分極の向きと同じ向きの電界を印加し、第1圧電膜に第2圧電膜に印加する電界と逆向きの電界を印加することにより、低電圧領域で高い圧電性能が得られることが明らかである。
【0102】
実施例6は、第1圧電膜の厚みが第2圧電膜よりも薄い例である。実施例6では、低電圧領域における圧電定数の向上効果が特に高かった。圧電膜の抗電界は圧電膜の材料に依存するが、抗電圧は抗電界と膜厚の積であるため、同一の材料であっても膜厚が半分になれば抗電圧は半分になる。これにより、実施例6では、第1圧電膜の抗電圧を大幅に小さくでき、低電圧領域における顕著な圧電定数の向上が得られたと考えられる。
【符号の説明】
【0103】
1、2、3、101 圧電素子
5、6、7 アクチュエータ
10 基板
12 第1電極
14 第1圧電膜
14f 一方の圧電膜である第1圧電膜
14r 他方の圧電膜である第1圧電膜
16 第2電極
18 第2圧電膜
18f 一方の圧電膜である第2圧電膜
18r 他方の圧電膜である第2圧電膜
20 第3電極
30、32、34 駆動回路
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15