(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024053287
(43)【公開日】2024-04-15
(54)【発明の名称】制御装置、制御方法およびプログラム
(51)【国際特許分類】
G06N 10/70 20220101AFI20240408BHJP
G06N 3/02 20060101ALI20240408BHJP
【FI】
G06N10/70
G06N3/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022159435
(22)【出願日】2022-10-03
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 2022年5月31日に第46回量子情報技術研究会(QIT46)オンライン開催にて公開
(71)【出願人】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(74)【代理人】
【識別番号】100124844
【弁理士】
【氏名又は名称】石原 隆治
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 泰成
(72)【発明者】
【氏名】徳永 裕己
(72)【発明者】
【氏名】前蔵 遼
(57)【要約】
【課題】学習した量子状態にノイズが乗っている場合であっても、正しい期待値を推定する。
【解決手段】測定された量子状態を学習する量子状態学習部と、学習済みの量子状態から複数回のサンプリングを行って複数個のデータを生成し、生成された前記複数個のデータに含まれる値の分布に基づくパウリ演算子の期待値を統計的に算出するデータ処理部と、を備える制御装置である。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定された量子状態を学習する量子状態学習部と、
学習済みの量子状態から複数回のサンプリングを行って複数個のデータを生成し、生成された前記複数個のデータに含まれる値の分布に基づくパウリ演算子の期待値を統計的に算出するデータ処理部と、を備える、
制御装置。
【請求項2】
前記量子状態学習部は、測定された量子状態をニューラルネットワーク量子状態として学習し、
前記データ処理部は、ニューラルネットワークが持つ振幅の計算の機能を用いて、前記期待値を算出する、
請求項1に記載の制御装置。
【請求項3】
前記量子状態学習部は、複数の量子状態を測定した測定結果として得られる測定値のビット列を用いて、測定された前記量子状態を学習する、
請求項1に記載の制御装置。
【請求項4】
コンピュータが実行する制御方法であって、
測定された量子状態を学習するステップと、
学習済みの量子状態から複数回のサンプリングを行って複数個のデータを生成し、生成された前記複数個のデータに含まれる値の分布に基づくパウリ演算子の期待値を統計的に算出するステップと、を備える、
制御方法。
【請求項5】
コンピュータを、請求項1から3のいずれか1項に記載の制御装置における各部として機能させるためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、制御装置、制御方法およびプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
量子コンピュータは、量子力学の重ね合わせの原理を活用して計算を行う技術で、素因数分解や量子化学計算などの問題を高速に解けることが期待されているため、その開発が世界で盛んに進められている。量子コンピュータが扱う量子ビットには、古典コンピュータのような0と1が入れ替わるエラーの他に、0と1の「重ね合わせ」の比率がずれる特有のエラーが発生する。そこで、量子コンピュータにおいて発生する誤り(量子エラー)を削減する方法が研究されている。従来、量子エラーを削減する方法として、量子誤り訂正および量子誤り抑制が知られている。
【0003】
量子誤り訂正は符号化によってエラーを検出し回復する枠組みであるが、符号化のために多くの量子ビットとフィードバック制御を要求するため、まだ研究段階にある(例えば、非特許文献1)。他方、量子誤り抑制は量子誤り訂正に比べ小さなオーバーヘッドで統計的にエラーが無い計算結果を推定する手法であり、計算資源が限られている現在盛んに活用されている(例えば、非特許文献2)。
【0004】
量子誤り抑制の一種である仮想蒸留法が開示されている(例えば、非特許文献5および非特許文献6)。また、少ない測定回数でモグラフィを行う方法が探求されている。近年では機械学習の分野で発展してきたニューラルネットワークを使って量子状態を表現するニューラルネットワーク量子状態を用いたトモグラフィ手法が研究されている(例えば、非特許文献3および非特許文献4)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Fowler, Austin G., et al. "Surface codes: Towards practical large-scale quantum computation." Physical Review A 86.3 (2012): 032324.
【非特許文献2】Temme, K., Bravyi, S., & Gambetta, J. M. (2017). Error mitigation for short-depth quantum circuits. Physical review letters, 119(18), 180509.
【非特許文献3】Carleo, G., & Troyer, M. (2017). Solving the quantum many-body problem with artificial neural networks. Science, 355(6325), 602-606.
【非特許文献4】Beach, M. J., De Vlugt, I., Golubeva, A., Huembeli, P., Kulchytskyy, B., Luo, X., ... & Torlai, G. (2019). QuCumber: wavefunction reconstruction with neural networks. SciPost Physics, 7(1), 009.
【非特許文献5】Koczor, B. (2021). Exponential error suppression for near-term quantum devices. Physical Review X, 11(3), 031057.
【非特許文献6】Huggins, W. J., McArdle, S., O'Brien, T. E., Lee, J., Rubin, N. C., Boixo, S., ... & McClean, J. R. (2021). Virtual distillation for quantum error mitigation. Physical Review X, 11(4), 041036.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来の技術では、学習した量子状態にノイズが乗っている場合、得られる期待値もノイズが乗った値となってしまうため、期待値を正しく推定することができないという問題がある。
【0007】
開示の技術は、学習した量子状態から得られる期待値の推定精度を向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
開示の技術は、測定された量子状態を学習する量子状態学習部と、学習済みの量子状態から複数回のサンプリングを行って複数個のデータを生成し、生成された前記複数個のデータに含まれる値の分布に基づくパウリ演算子の期待値を統計的に算出するデータ処理部と、を備える制御装置である。
【発明の効果】
【0009】
開示の技術によれば、学習した量子状態から得られる期待値の推定精度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】量子測定システムのシステム構成の一例を示す図である。
【
図2】量子測定システムに含まれる各装置の機能構成の一例を示す図である。
【
図3】学習処理の流れの一例を示すフローチャートである。
【
図4】量子状態蒸留処理の流れの一例を示すフローチャートである。
【
図5】コンピュータのハードウェア構成の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態(本実施の形態)を説明する。以下で説明する実施の形態は一例に過ぎず、本発明が適用される実施の形態は、以下の実施の形態に限られるわけではない。
【0012】
(従来の問題点)
まず、従来の問題点について説明する。量子コンピュータは、量子力学の重ね合わせの原理を活用して計算を行う技術で、素因数分解や量子化学計算などの問題を高速に解けることが期待されているため、その開発が世界で盛んに進められている。古典コンピュータを構成する素子である(古典)ビットは、0または1の値をとる。他方、量子コンピュータを構成する素子である量子ビットは、0と1に加えて、0と1の連続的な重ね合わせ状態をとることができる。この重ね合わせ状態を用いると、ビットの値が0の場合と1の場合の計算を同時に実行することが可能となるが、量子ビットを観測するとその値は0または1に確定し、重ね合わせ状態が壊れてしまう。このため、量子的なデータは一般にコピーが出来ないことが知られている。n個の量子ビットで構成される量子計算機の状態は、2n×2nの密度行列と呼ばれる複素行列ρで表現することができる。与えられた量子計算機の状態に対する物理的な量の期待値は、オブザーバブルと呼ばれる2n×2nの複素行列Oを用いてTr[ρO]として計算される。
【0013】
量子ビットにはエラーが生じやすいため、量子物理の実験や量子計算の結果として得られる量子状態はノイズが乗った状態となってしまう。すなわち、本来得たかった状態が密度行列ρtrueで表現されるのに対して、異なるノイズが乗った異なる密度行列の状態ρnoisyが得られてしまう。すると、得られるオブザーバブルの期待値もTr[ρtrueO]からTr[ρnoisyO]に変化してしまう。
【0014】
多くのケースで我々が知りたい情報は、計算にノイズが乗っていなかった場合に得られる期待値Tr[ρtrueO]である。このため、計算におけるエラーを削減するための様々な手法が検討されてきた。エラーを削減する手法は大きく二つに分けられる。一つは量子誤り訂正であり、もう一つは量子誤り抑制である。量子誤り訂正は符号化によってエラーを検出し回復する枠組みであるが、符号化のために多くの量子ビットとフィードバック制御を要求するため、まだ研究段階にある(例えば、非特許文献1)。他方、量子誤り抑制は、量子誤り訂正に比べ小さなオーバーヘッドで統計的にエラーが無い計算結果を推定する手法であり、計算資源が限られている現在盛んに活用されている(例えば、非特許文献2)。
【0015】
特に、量子誤り抑制方の一種である仮想蒸留法(例えば、非特許文献5および非特許文献6)は、多くのノイズにおいてはρnoisyの最大固有値ベクトルをvとしたとき、縦ベクトルvとその双対であるvv†の積としてρtrue~vv†と近似できることを用いてノイズの小さなエラーを評価する手法である。この条件はノイズが確率的なノイズであるときに特によく成り立つことが知られている。
【0016】
この条件が成り立つとき、ある整数mについてのTr[ρm
noisyO]/Tr[ρm
noisy]の値は、mを大きくすると、Tr[ρtrueO]に近づくことを用いる。Tr[ρm
noisyO]/Tr[ρm
noisy]の数式は、数学的な変形を行うと、式(1)の形にできる。
【0017】
【数1】
式(1)の分子と分母は、複数のノイズの乗った状態ρ
noisyのm個のコピーを一度に用意し、これらに錯乱(Derangement)と呼ばれる操作Λを施して量子計算を測定する期待値として評価することができる。こうすることで、素朴に期待値を計算した場合に生じる推定値のバイアス|[Tr[ρ
trueO]-Tr[ρ
noisyO]|を、利用したコピーの数mに対して指数関数的に小さくすることができる手法として注目を集めている。
【0018】
ただし、一度にm個のコピーを用意するにはm倍の計算機サイズが必要となり現代の量子計算機では実現できるmが強い制約を受けること、また、錯乱(Derangement)の操作が複雑なためこの操作自体にノイズが生じてバイアスが完全には消えないことなどが、仮想蒸留法の活用を制限していた。
【0019】
エラーを削減する試みとは独立に、量子状態トモグラフィと呼ばれる分野がある。量子状態トモグラフィとは、できるだけ少ない回数の量子状態に対する測定で、対象となる密度行列ρの行列の全要素を特徴づけようとする枠組みのことである。素朴な量子状態トモグラフィは量子ビットの数に対して指数関数的に多くのサンプリングを必要とするため、大規模な系では実用的ではない。このため、少ない測定回数でモグラフィを行う方法が探求されてきた。近年では機械学習の分野で発展してきたニューラルネットワークを使って量子状態を表現するニューラルネットワーク量子状態を用いたトモグラフィ手法(例えば、非特許文献3および非特許文献4)が発展してきている。
【0020】
ニューラルネットワーク量子状態は限定的な表現能力を持つため、任意の量子状態に対して少ない測定回数でトモグラフィが出来るわけではないが、物理学において興味のある多くの物理系は少ない測定回数でトモグラフィが出来ることが知られている。他方、密度行列ρを学習したニューラルネットワーク量子状態は、密度行列の全要素を直接保持しているわけではないため、我々が行うことができる操作は以下の二種類のみに限られている。
【0021】
1)(サンプリング)i行i列の成分ρiiの確率で、添え字iを取得する。(密度行列の対角成分は実で、対角成分の和が1となることが保証されている。)
2)(振幅の計算)与えられた添え字i,jについて、i行j列の成分
【0022】
【数2】
を計算する。ただし、算出される成分は、行列の要素ρ
ijに、全要素で共通の係数Zがかかったものである。
【0023】
ニューラルネットワーク量子状態で可能な操作は上記のように限定的であり、全ての行列要素が短い時間で計算できるわけではない。それでもなお、上記の操作のみで学習した量子状態ρに対するオブザーバブルOの期待値Tr[ρO]が短い時間で計算できることが知られている。しかし、学習した量子状態そのものがノイズの乗った状態ρnoisyである場合、得られる期待値もまたノイズが乗った値Tr[ρnoisyO]となる。従って、今まではニューラルネットワーク量子状態は学習した状態自体にノイズが乗ってしまっている場合、ノイズの無い状態の期待値を推定する目的では活用できなかった。
【0024】
(本実施の形態の概要)
そこで、本実施の形態に係る量子測定システムは、ノイズの乗っている量子状態ρnoisyを用いてノイズの乗っていない期待値Tr[ρtrueO]を正確に推定しようとすると、既存の方法では大きなオーバーヘッドが必要になるという課題を解決するものである。具体的な既存手法として、仮想蒸留法では量子計算機の必要サイズが大きくなり、素朴に量子状態トモグラフィを行う方法では指数関数的な量子計算機の測定とデータ取得後の古典計算機での指数関数的な時間を要する処理が必要になる。また、ニューラルネットワーク量子状態を用いる方法では、ノイズのある状態をそのまま学習してしまうため期待値からノイズを除去することができない。
【0025】
すなわち本実施の形態の目的は、従来技術に比べて少ない回数の量子計算機の利用と、古典計算機を用いた計算時間により、推定値のバイアスを低減しつつ、ノイズの乗っている量子状態ρnoisyを用いてノイズの乗っていない期待値Tr[ρtrueO]の推定を行うことである。
【0026】
なお、量子誤り抑制では、統計的な推定を行えるようにするために量子計算の実行内容に追加の処理を施す必要があり、これが新たなエラーを誘発するという欠点がある。また、特に仮想蒸留法では量子状態のm個のコピーを同時に用意する必要があるが、このためにはm倍大きな量子計算機を用意する必要があり、初期の量子計算機には過大な要求である。
【0027】
また、もう一つの従来技術である量子状態トモグラフィでは量子状態を表現する密度行列ρを直接得ることができる。この密度行列とオブザーバブルの行列の間で行列積を計算しトレースを取ることで、期待値の値を計算することができる。しかし、この場合に得られるのはノイズの乗った期待値であるので、ノイズの無い期待値は計算出来ていない。また、量子状態トモグラフィを行うには量子ビット数nに対して指数関数的な量のデータセットが必要となるうえ、行列とオブザーバブルの積やトレースを計算するためにもnに対して指数関数的な時間やメモリが必要となる。ニューラルネットワーク量子状態を用いたトモグラフィを用いれば必要なデータセットの数や計算を行う時間、メモリの要求は緩和されるが、それでもノイズの乗った期待値しか得られないという欠点は依然として残る。
【0028】
以下、与えられた量子状態およびオブザーバブルOに基づいて期待値を計算するプロセスを例にして、ノイズの無い量子計算機の状態を効率的に推定する手法について説明する。
【0029】
図1は、量子測定システムのシステム構成の一例を示す図である。量子測定システム1は、制御装置10と量子計算機20とを備える。制御装置10および量子計算機20は、通信可能に接続されている。
【0030】
制御装置10は、上述した古典コンピュータの一例であって、量子計算機20の量子状態を測定し、測定結果に基づく演算によって量子状態を学習する。
【0031】
量子計算機20は、上述した量子コンピュータの一例であって、制御装置10によって制御または計測される量子ビットを備える装置である。
【0032】
図2は、量子測定システムに含まれる各装置の機能構成の一例を示す図である。制御装置10は、量子状態測定部11と、量子状態学習部12と、データ処理部13と、を備える。量子計算機20は、量子状態生成部21を備える。
【0033】
量子状態生成部21は、量子状態の生成方法を示す情報の入力を受けて、量子状態を生成する。生成方法の記述は、古典コンピュータが理解する形式で生成される。量子状態の生成方法を示す情報は、制御装置10から入力されてもよいし、他の装置から入力されてもよい。
【0034】
量子状態測定部11は、量子計算機20が備える量子ビットの量子状態を測定する。測定の対象となる量子状態は、ノイズが乗った量子状態である。測定結果は、例えばノイズの乗った量子状態を測定した古典的なビット例である。
【0035】
量子状態学習部12は、量子状態測定部11による測定結果を学習し、学習済みの量子状態を生成する。学習済みの量子状態は、例えばニューラルネットワーク量子状態(Neural network quantum state)である。
【0036】
ニューラルネットワーク量子状態は、量子状態に対してPOVM(Positive operator-valued measure)測定を行って得られる確率分布を再現するように学習された制限ボルツマンマシンである。一般的な量子状態トモグラフィに対して表現可能な分布は限定されているが、物理学で興味の対象となる量子状態はニューラルネットワーク量子状態で効率的に表現できることが知られている。
【0037】
データ処理部13は、学習された量子状態を用いてノイズが除去されたオブザーバブルの期待値を推定する。そして、データ処理部13は、推定された期待値を出力する。
【0038】
次に、制御装置10の動作について説明する。前提として、入力となるパラメータであるコピー数m、学習のために使うサンプル数N、期待値推定のために用いるサンプル数Mが決まっているものとする。また、ターゲットとなるn量子ビットの量子状態ρから量子状態を学習するためのデータをサンプリングできるものとし、オブザーバブルをOとし、オブザーバブルはパウリ行列の和で表すことができるものとする。
【0039】
また、以下に示す学習処理が開始される前に、量子計算機20の量子状態生成部21は、対象となる量子状態を生成する。例えば、量子状態生成部21は、対象となる量子状態ρがN個生成する。
【0040】
図3は、学習処理の流れの一例を示すフローチャートである。量子状態測定部11は、対象となる量子状態に複数の基底で測定を行う(ステップS101)。例えば、量子状態測定部11は、入力されたN個の量子状態をあらかじめ定められた方法で測定する。なお、ニューラルネットワーク量子状態の学習において、最適な測定方法は問題に依存するため、測定方法は限定されない。
【0041】
続いて、量子状態測定部11は、測定結果に基づくデータセットを生成する(ステップS102)。例えば、量子状態測定部11は、測定結果としてそれぞれの量子状態からnビットのビット列を得て、Nnビットの古典的な測定値の系列を生成する。
【0042】
次に、量子状態学習部12は、データセットを用いて量子状態を学習する(ステップS103)。例えば、量子状態学習部12は、入力されたNnビットの測定値を用いてニューラルネットワーク量子状態の学習を行う。ニューラルネットワーク量子状態の学習方法は、例えば非特許文献3または非特許文献4に開示された方法であってもよいし、他の方法であってもよい。
【0043】
データ処理部13は、量子状態蒸留処理を実行する(ステップS104)。量子状態蒸留処理は、学習された量子状態を用いてノイズが除去されたオブザーバブルの期待値を推定する処理である。量子状態蒸留処理の詳細については次に説明する。
【0044】
図4は、量子状態蒸留処理の流れの一例を示すフローチャートである。データ処理部13は、量子状態蒸留処理を開始すると、混合状態の量子状態に基づいて添え字をサンプリングする(ステップS201)。
【0045】
例えば、データ処理部13は、学習されたニューラルネットワーク量子状態からM回のサンプリングを行い、サンプル(s1,s2,・・・sM)を得る。ここで、各siはρの添え字を表すnビット列である。データ処理部13は、得られたサンプルを並び替えて、S1=(s1,sM,・・・sM-m+2),S2=(s2,s1,・・・sM-m+3),SM=(sM,sM-1,・・・sM-m+1)というm個のサイズのM個のデータを得る。ここで、各Siはnmビットの列であり、n量子ビットの量子状態のm個のコピーから得られたビット列として扱われる。
【0046】
次に、データ処理部13は、サンプリングされた値の分布と混合状態の量子状態とに基づいて、パウリ演算子の期待値を統計的に算出する(ステップS202)。例えば、データ処理部13は、サンプリングされたデータと、ニューラルネットワークが持つ「振幅の計算」の機能とを用いて、ノイズが除去されたオブザーバブルの期待値を推定する。
【0047】
以下、上述した量子状態蒸留処理によってノイズが除去されたオブザーバブルの期待値が得られる理由について説明する。m個のコピーに対して仮想蒸留を行った結果として得られる期待値は、以下の式(2)で表されることが知られており、ノイズのない場合の期待値に近い値になると期待される(例えば、非特許文献5および非特許文献6)。
【0048】
【数3】
ここで、Λは、錯乱(Derangement)を表す演算子であり、nm次元のベクトルv=(v
1・・・v
nm)
Tに作用すると、Λv=(v
m+1,v
m+2,・・・v
m-1,v
m)
Tのように要素を左にm個シフトする機能を有する行列である。以降では、期待値の分子と分母をそれぞれ独立に評価する。ここで、分子でO=Iとすると分母と一致することから、分子の評価方法を与えれば分母の評価方法は自明である。したがって、以下では仮想状態蒸留を行った結果として得られる期待値の表式のうち、分子の評価方法のみを与えればよいことがわかる。
【0049】
期待値の分子は、数式の変形により式(3)とすることができる。
【0050】
【数4】
ここで、S,Tはnmビットの添え字である。式(3)はさらに式(4)に変形できる。
【0051】
【0052】
【0053】
【数7】
の確率でサンプリングして期待値を得ることを表す。
【0054】
したがって、S1,・・・SMをサンプリングされた値として扱い、S=Siのケースについて期待値を取る内部の値を評価することで、統計的に仮想蒸留で得られる期待値を、実際に仮想蒸留を行わずに推定することができる。
【0055】
また、期待値を取る内部の項(すなわち、
【0056】
【0057】
添え字Tについての総和は、Λが単なる置換でありOが高々L個のパウリ行列の和であることから、総和を取るべきTの添え字の数は高々L個しかなく、その添え字は短い時間で計算できる値である。また、期待値の中に現れる
【0058】
【数9】
の項については、S,Tのnmビットの要素をnビットずつに区切ってS=(b
1,b
2,・・・b
m),T=(t
1,t
2,・・・t
m)としたとき、
【0059】
【0060】
これは未知の係数がかかった状態であればニューラルネットワーク量子状態の「振幅の計算」を用いて計算することができる。また、係数については全要素で共通のため、式(5)に示される項の計算において分子と分母で打ち消しあって消えるため問題ない。従って、上述した学習処理および量子状態蒸留処理を用いて、式(4)を短い時間で評価することができる。
【0061】
制御装置10は、例えば、
図5に示すコンピュータ500のハードウェア構成により実現される。
図5に示すコンピュータ500は、入力装置501と、表示装置502と、外部I/F503と、通信I/F504と、プロセッサ505と、メモリ装置506とを有する。これらの各ハードウェアは、それぞれがバス507により通信可能に接続される。
【0062】
入力装置501は、例えば、キーボードやマウス、タッチパネル等である。表示装置502は、例えば、ディスプレイ等である。なお、コンピュータ500は、入力装置501及び表示装置502のうちの少なくとも一方を有していなくてもよい。
【0063】
外部I/F503は、記録媒体503a等の外部装置とのインタフェースである。なお、記録媒体503aとしては、例えば、CD(Compact Disc)、DVD(Digital Versatile Disk)、SDメモリカード(Secure Digital memory card)、USB(Universal Serial Bus)メモリカード等が挙げられる。
【0064】
通信I/F504は、他の装置や機器、システム等との間でデータ通信を行うためのインタフェースである。プロセッサ505は、例えば、CPU等の各種演算装置である。メモリ装置506は、例えば、HDDやSSD、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)、フラッシュメモリ等の各種記憶装置である。
【0065】
制御装置10は、
図5に示すコンピュータ500のハードウェア構成を有することにより、後述する各種処理を実現することができる。なお、
図5に示すコンピュータ500のハードウェア構成は一例であって、コンピュータ500は、他のハードウェア構成を有していてもよい。例えば、コンピュータ500は、複数のプロセッサ505を有していてもよいし、複数のメモリ装置506を有していてもよい。
【0066】
本実施の形態によれば、与えられた量子状態を少ない測定回数で測定し、短い計算時間で演算することによって、ノイズが除去された期待値を小さいバイアスで推定することができるようになる。例えば、量子状態が確率的な消極ノイズと呼ばれる典型的なノイズに晒されているような状態では、ニューラルネットワークが得意とする量子状態について、トモグラフィよりはるかに少ない回数の測定回数で、かつ、計算の過程に追加の操作をすることなしにノイズが除去された状態に関する情報を得ることができる。したがって、学習した量子状態から得られる期待値の推定精度を向上させることができる。
【0067】
(付記)
以上の実施形態に関し、更に以下の付記項を開示する。
(付記項1)
メモリと、
前記メモリに接続された少なくとも1つのプロセッサと、を含む制御装置であって、
前記プロセッサは、
測定された量子状態を学習し、
学習済みの量子状態から複数回のサンプリングを行って複数個のデータを生成し、生成された前記複数個のデータに含まれる値の分布に基づくパウリ演算子の期待値を統計的に算出する、
制御装置。
(付記項2)
前記プロセッサは、測定された量子状態をニューラルネットワーク量子状態として学習し、
ニューラルネットワークが持つ振幅の計算の機能を用いて、前記期待値を算出する、
付記項1に記載の制御装置。
(付記項3)
前記プロセッサは、複数の量子状態を測定した測定結果として得られる測定値のビット列を用いて、測定された前記量子状態を学習する、
付記項1または付記項2に記載の制御装置。
(付記項4)
コンピュータが実行する制御方法であって、
測定された量子状態を学習し、
学習済みの量子状態から複数回のサンプリングを行って複数個のデータを生成し、生成された前記複数個のデータに含まれる値の分布に基づくパウリ演算子の期待値を統計的に算出する、
制御方法。
(付記項5)
コンピュータを、付記項1から3のいずれか1項に記載の制御装置における各部として機能させるためのプログラムを記憶した非一時的記憶媒体。
【0068】
以上、本実施の形態について説明したが、本発明はかかる特定の実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の要旨の範囲内において、種々の変形・変更が可能である。
【符号の説明】
【0069】
1 量子測定システム
10 制御装置
11 量子状態測定部
12 量子状態学習部
13 データ処理部
20 量子計算機
21 量子状態生成部
500 コンピュータ
501 入力装置
502 表示装置
503 外部I/F
503a 記録媒体
504 通信I/F
505 プロセッサ
506 メモリ装置
507 バス