(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024053465
(43)【公開日】2024-04-15
(54)【発明の名称】バクテリオファージ及びその利用
(51)【国際特許分類】
C12N 7/00 20060101AFI20240408BHJP
A61K 8/99 20170101ALI20240408BHJP
A61Q 11/00 20060101ALI20240408BHJP
A61P 1/02 20060101ALI20240408BHJP
C12N 15/34 20060101ALN20240408BHJP
【FI】
C12N7/00
A61K8/99 ZNA
A61Q11/00
A61P1/02
C12N15/34
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022159774
(22)【出願日】2022-10-03
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TRITON
(71)【出願人】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小松澤 均
(72)【発明者】
【氏名】松尾 美樹
(72)【発明者】
【氏名】レ グエン トラ ミ
(72)【発明者】
【氏名】谷本 幸太郎
(72)【発明者】
【氏名】菅井 克仁
(72)【発明者】
【氏名】岩野 英知
(72)【発明者】
【氏名】藤木 純平
(72)【発明者】
【氏名】菅井 基行
(72)【発明者】
【氏名】久恒 順三
【テーマコード(参考)】
4B065
4C083
【Fターム(参考)】
4B065AA98X
4B065AA98Y
4B065CA44
4C083AA031
4C083CC41
4C083EE32
(57)【要約】
【課題】う蝕原因菌であるS.ミュータンスに感染し、これを特異的に排除することが可能なバクテリオファージを提供する。
【解決手段】配列番号1で示される塩基配列からなるポリヌクレオチド、又は配列番号1で示される塩基配列と少なくとも90%以上の同一性を有する塩基配列からなるポリヌクレオチドを含む、バクテリオファージ。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1で示される塩基配列からなるポリヌクレオチド、又は配列番号1で示される塩基配列と少なくとも90%以上の同一性を有する塩基配列からなるポリヌクレオチドを含む、バクテリオファージ。
【請求項2】
請求項1記載のバクテリオファージを有効成分とするストレプトコッカス・ミュータンス増殖抑制剤。
【請求項3】
請求項1記載のバクテリオファージを有効成分とする口腔バイオフィルム形成阻害剤。
【請求項4】
請求項1記載のバクテリオファージを有効成分とするう蝕予防剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はストレプトコッカス・ミュータンスに特異的に感染するバクテリオファージに関する。
【背景技術】
【0002】
人類は、様々な細菌感染症を抗菌薬によって克服してきたが、既に臨床で使用されているほぼ全ての抗菌薬に対して耐性菌が出現している。薬剤耐性菌の出現及び蔓延は世界的に問題視されており、世界各国で薬剤耐性菌に対する対策が講じられている。日本でも2016年に薬剤耐性対策アクションプランが立ちあがり、抗菌薬の適正使用が提唱されているが、それに加えて新しい治療薬の開発も本アクションプランに掲げられている。しかし、抗菌薬の開発は頭打ちの状態であり、新しい観点からの開発が必要である。
【0003】
一方、2014年にnature誌から、ファージを用いた療法の有用性の報告がされた(非特許文献1)。これは薬剤耐性菌の問題を受け、ファージ療法が関心を集め始めていることを表している。ファージとは、細菌に特異的に感染するウイルスのことであり、正式にはバクテリオファージと呼ばれる。ファージが感染した細菌は細胞膜を破壊され、死滅する。自然界には多くのファージが存在することが明らかになっており、細菌に特異的に作用することから人体には無害である。そこで、これまでの抗菌薬に次ぐ第2の抗菌剤として、病原細菌を特異的に殺菌するバクテリオファージの探索が盛んになってきている。
【0004】
ヒトの口腔に常在するミュータンス菌はストレプトコッカス・ミュータンス(Streptococcus.mutans;以下、「S.ミュータンス」と称す」)とストレプトコッカス・ソブリヌス(Streptococcus.sobrinus)がある。S.ミュータンスは砂糖の成分であるスクロースを分解し、粘着性が高い不溶性グルカンを産生する。この不溶性グルカンがデンタルプラーク形成には必須の成分であり、S.ミュータンスのみが形成する。また、S.ミュータンスは酸産生能が高く、歯の成分を脱灰することでう蝕を誘発する。したがって、S.ミュータンスを口腔から除去することで、デンタルプラーク形成を抑制し、う蝕の発症を阻害することができ、さらに歯周病発症の抑制にもつながると考えられている。
【0005】
さらに、近年口腔と全身疾患との関連性が着目され、特に口腔細菌が糖尿病、動脈硬化症、関節リウマチ、アルツハイマー病(ALZ)、がんなど様々な疾患との関連が報告されている(非特許文献2)。また、S.ミュータンス自体が脳卒中や認知機能障害などと関連があることも報告されている(非特許文献3)。
したがって、S.ミュータンスの除去は、これらの疾患の予防にも繋がると考えられ、QOLの向上に大きく寄与すると考えられる。
【0006】
これまで、う蝕予防法としてブラッシング、洗口剤などの方法があるが、S.ミュータンスを排除することは困難であった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Reardon S. Nature 2014.510(7503):15-16.
【非特許文献2】Bui FQ, et al. Biomed J. 2019. 42(1):27-35
【非特許文献3】Watanabe I, et al. Sci Rep. 2016. 6:38561.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、う蝕原因菌であるS.ミュータンスに感染し、これを特異的に排除することが可能なバクテリオファージを提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、ヒト口腔由来分離株であるS.ミュータンス KSM96株から、S.ミュータンスに感染してその増殖を抑制し、当該菌によるバイオフィルム形成を阻害できる新たなバクテリオファージを見出した。
【0010】
本発明は、以下の1)~4)に係るものである。
1)配列番号1で示される塩基配列からなるポリヌクレオチド、又は配列番号1で示される塩基配列と少なくとも90%以上の同一性を有する塩基配列からなるポリヌクレオチドを含む、バクテリオファージ。
2)1)のバクテリオファージを有効成分とするストレプトコッカス・ミュータンス増殖抑制剤。
3)1)のバクテリオファージを有効成分とする口腔バイオフィルム形成阻害剤。
4)1)のバクテリオファージを有効成分とするう蝕予防剤。
【発明の効果】
【0011】
本発明のバクテリオファージは、S.ミュータンスの増殖を抑制し、当該細菌によるバイオフィルムの形成を阻害できることから、S.ミュータンスに起因する疾患、例えばう蝕の予防等に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明バクテリオファージの透過型電子顕微鏡像。
【
図2】本発明バクテリオファージの全長ゲノム配列及びORFを示す図。
【
図3】本発明バクテリオファージと既報のS.ミュータンスファージ(M102AD)のゲノム領域の比較。
【
図5】本発明バクテリオファージの各細菌種に対する感受性。
【
図6】本発明バクテリオファージのバイオフィルム形成阻害効果。
【
図7】本発明バクテリオファージのS.ミュータンスに対する増殖阻害効果;(A)高感受性株(KSM193) 1.0×10
7CFU添加、(B)高感受性株(KSM17) 1.0×10
7CFU添加。
【
図8】本発明バクテリオファージによるS.ミュータンスに対する増殖阻害効果;(A)中等度感受性株KSM96 1.0×10
7CFU添加、(B)低感受性株(KSM56) 1.0×10
7CFU添加。
【
図9】本発明バクテリオファージによるS.ミュータンスに対する増殖阻害効果。
【
図10】S.ミュータンスと他の細菌種の共培養時における本発明バクテリオファージの効果;(A)S.ミュータンス KSM193×L.lactis1306、(B)S.ミュータンス KSM193×S.sanguis GTC215、(C)S.ミュータンス KSM193×S.salivarius GTC217、(D)S.ミュータンス KSM193×S.gordoniiJCM12995、(E)S.ミュータンス KSM193 ×S.mitis GTC495。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明において、「ポリヌクレオチド」と云う用語は、DNA又はRNAを意味する。DNAには、cDNA、ゲノムDNA、及び合成DNAのいずれもが含まれ、「RNA」には、total RNA、mRNA、rRNA、tRNA、non-coding RNA及び合成のRNAのいずれもが含まれる。
【0014】
本発明のバクテリオファージは、配列番号1で示される塩基配列からなるポリヌクレオチド、又は配列番号1で示される塩基配列と少なくとも90%以上の同一性を有する塩基配列からなるポリヌクレオチドを含むものであり、より具体的には、当該ポリヌクレオチドをゲノムDNAとして有する。
【0015】
配列番号1で示される塩基配列と少なくとも90%以上の同一性を有する塩基配列としては、好ましくは95%以上、より好ましくは96%以上、より好ましくは97%以上、より好ましくは98%以上、より好ましくは99%以上の同一性をいう。
塩基配列の同一性は、Lipman-Pearson法(Science,1985,227:1435-1441)によって計算される。具体的には、遺伝情報処理ソフトウェアGENETYX Ver.12のホモロジー解析(Search homology)プログラムを用いて、Unit size to compare(ktup)を2として解析を行うことにより算出される。
【0016】
配列番号1で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを含むバクテリオファージはS.ミュータンス KSM96株(ヒト口腔由来分離株、広島大学大学院医系科学研究科細菌学教室保有株)から分離回収されたファージ粒子であり、Phage-KSM96として、独立行政法人製品評価技術基盤機構 バイオテクノロジーセンター 特許微生物寄託センター(NPMD)(〒292-0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)に寄託されている(NITE AP-03756(寄託日:2022年9月30日))。
当該ファージ粒子はHead(頭部)及びtail(尾部)から構成される。Headの直径は約50-60nm程度で、尾部は長いtailと当該tailの先端に短いtail-fiberを有する、典型的なSiphoviridaeの形態を呈する。(
図1)。当該ファージ粒子の構造はファージ粒子を酢酸ウラニルで染色し、透過電子顕微鏡で観察することができる。
【0017】
上記のファージ粒子からゲノムDNAを分離し、次世代シーケンサー(Miseq(Illumina社)とHiSeq X FIVE(Illumina社))を用いてファージゲノムの完全長を決定し、決定したゲノムDNAの塩基配列(配列番号1)を配列解析プログラム及び配列データベースを用いて解析することで、ORF(open reading frame)及び遺伝子の機能を推定した。
図2にファージの全長ゲノム配列及びORFを図示する。
バクテリオファージのゲノムDNAは環状であり、39820bp(塩基対)の長さであり、DNA上には48個の遺伝子(ORF)が存在する。
【0018】
本発明のバクテリオファージのゲノムDNAの塩基配列(配列番号1)を用いて、既存のファージのゲノムDNAとの相同性解析をnucleotide BLAST(https://blast.ncbi.nlm.nih.gov/Blast.cgi)を用いて検討したところ、既知のS.ミュータンスファージDNAであるM102AD(Delisle AL, et al. Appl. Environ. Microbiol. 2012, 78:2264-71)との配列同一性は25%以下であり(
図3の本発明ファージ(KSM96 phage)とM102ADファージの間の灰色で示す部分における一致率は86.04%)、本発明のバクテリオファージは新規なバクテリオファージであると云える。
【0019】
本発明のバクテリオファージのゲノムDNAの塩基配列(配列番号1)を用いて、相同性解析(nucleotide BLAST)と、Mauve(https://darlinglab.org/mauve/mauve.html)とiTOL ver.6(https://itol.embl.de)を用いて、既存のファージとの系統樹解析を行ったところ、本発明のバクテリオファージは既存のS.ミュータンスファージDNAであるM102AD,APCM01,M102(APCM01:Dalmasso M et al., PLoS One,2015, 23;10(9): e0138651., M102:Shibata Y,et al. FEMS Microbiol. Lett.2009, 294(1):68-73.)と同じクラスターに属したが、他のレンサ球菌のファージとは異なるクラスターであった(
図4)。
【0020】
本発明のバクテリオファージは、後述する実施例に示すとおり、上記のS.ミュータンス KSM96株をトリプチケース・ソイ液体培地で培養後、マイトマイシンCを添加(最終濃度0.05~0.2mg/ml)して更に培養を行った菌液から分離回収することができる。
【0021】
本発明のバクテリオファージは、後述する実施例に示すとおり、S.ミュータンスに特異的に感染し、他の口腔レンサ球菌や黄色ブドウ球菌には感染しない。そして、バクテリオファージが感染したS.ミュータンスはその増殖能が抑制され、S.ミュータンスによるバイオフィルム形成を阻害する。したがって、本発明のバクテリオファージは、S.ミュータンス増殖抑制剤、口腔バイオフィルム形成阻害剤、う蝕予防剤となり得、S.ミュータンスの増殖抑制のため、口腔バイオフィルムの形成を阻害するため、う蝕を予防するために使用できる。
【0022】
本発明において、「S.ミュータンスの増殖抑制」とは、S.ミュータンスの増殖能を低下させ、その菌数を低減することを意味する。S.ミュータンスの増殖抑制効果は、例えば、S.ミュータンスをTrypticase Soy液体培地で培養し、その濁度(OD650nm)を測定する方法を用いて確認することができる。
【0023】
本発明において、「口腔バイオフィルム形成阻害」とは、口腔内においてバイオフィルムを形成する細菌の共凝集を抑制することにより、バイオフィルムの形成を阻害することを意味する。本発明において、バイオフィルムを形成する細菌としては少なくともS.ミュータンスを含む口腔内細菌が挙げられる。
S.ミュータンスは、プラスチックシャーレでスクロース含有Trypticase Soy液体培地を用いて培養することでシャーレ底面にバイオフィルムを形成する。したがって、バイオフィルム形成阻害効果は、S.ミュータンスと同時に本発明のファージを当該培地に摂取して培養後、培地を除去し、底面に付着した菌を染色剤で染め、吸光度を測定する方法を用いて確認することができる。
【0024】
本発明において、「う蝕の予防」とは、う蝕の防止又は遅延を意味し、う蝕になる危険性の低下、う蝕原因の除去を包含する。
【0025】
本発明のS.ミュータンス増殖抑制剤、口腔バイオフィルム形成阻害剤、う蝕予防剤は、それ自体で、S.ミュータンスの増殖を抑制するため、口腔バイオフィルムの形成を阻害するため又はう蝕を予防するための医薬品、医薬部外品、口腔用組成物となり、また当該医薬品、医薬部外品、口腔用組成物に配合して使用される素材又は製剤となり得る。
【0026】
医薬品や医薬部外品として用いる場合の形態としては経口投与の形態が好ましく、その剤型は、例えば、液剤;錠剤、顆粒剤、細粒剤、粉剤、タブレット等の固形剤;或いは当該液剤又は固形剤を封入したカプセル剤、口腔用スプレー、トローチ等の様々な形態が挙げられる。
【0027】
口腔用組成物として用いる場合の具体的な形態としては、洗口剤、マウスウオッシュ、練歯磨、粉歯磨、水歯磨、口腔用軟膏剤、ゲル剤、錠剤、顆粒剤、細粒剤、グミゼリー、トローチ、タブレット、カプセル、キャンディー、チューインガム等が挙げられ、好ましくは、練歯磨、洗口剤、グミゼリー、トローチが挙げられる。
【0028】
当該医薬品、医薬部外品、口腔用組成物は、本発明のバクテリオファージを他の有効成分、医薬品や口腔用組成物等に許容される添加物、例えば発泡剤、発泡助剤、研磨剤、湿潤剤、粘結剤、増量剤、甘味剤、保存料、pH調整剤、殺菌剤、フッ化物、血行促進剤、消炎剤、酵素、粘着剤、顔料、色素、香料等を適宜組み合わせて、定法に従って調製することができる。
【0029】
上記医薬品、医薬部外品、口腔用組成物への本発明のバクテリオファージの含有量は、特に限定されず、一日投与量等に合わせて適宜調節すれば良い。
【0030】
上記医薬品、医薬部外品、口腔用組成物において、摂取又は投与量は、患者の体重、年齢、性別、症状などの種々の条件に応じて適宜決定することができるが、成人一人、一日当たり、本発明のバクテリオファージとして1.0×109cfu/mL以上、好ましくは1.0×1010cfu/mL以上で、1.0×1011cfu/mL以下、好ましくは1.0×1012cfu/mL以下が挙げられる。
【実施例0031】
実施例1 S. mutans KSM96株からのバクテリオファージの精製
-80℃凍結保存S. mutans KSM96株(ヒト口腔由来分離株、広島大学大学院医系科学研究科細菌学教室保有)を5mlのtrypticase Soy broth (Becton,Dickinson and Company,Franklin Lakes,NJ,USA)培地(TSB)に接種し、37℃、5%存在下(CO2インキュベーター)で一晩培養した。一晩培養した菌液200μlを20mlの新しいTSBに接種し、37℃、5%CO2存在下(CO2インキュベーター)で3時間~5時間培養した。菌の濁度が660nmで0.2~0.3に到達した段階で、マイトマイシンC(富士フィルム和光純薬)(0.1mg/ml)溶液20μlを20ml細菌培養液に添加し(最終濃度0.1μg/ml)、37℃、5%CO2存在下(CO2インキュベーター)で一晩培養した。培養液を遠心機(Allegra X-30R,Beckman Coulter社)で遠心後(8,500rpm,15分、4℃)、上清を回収し、ろ過膜 (DISMIC-25CSφ25mm,孔径:0.45μm,Toyo Roshi Kaisha,Ltd)でろ過滅菌を行った。高速遠心機(Optima(商標) TL,Beckman社)を用いて、ろ過液を25,000rpm、2時間、4℃の条件で遠心を行った。上清を除去し、沈査を少量(50μl)のTrypticase soy brothに懸濁した。得られたファージを本発明のバクテリオファージと称する。
【0032】
実施例2 バクテリオファージの電子顕微鏡による観察
(1)方法
実施例1で得られたファージ溶液をエステル支持膜(EM Japan,U1009:https://www.em-japan.com/supportfilm.html)に滴下し吸着させた。支持膜をSM buffer(10mM MgSO4,100mM NaCl,0.01% gelatin,50mM Tris-HCl[pH7.5])で2回洗浄を行った。支持膜を2%酢酸ウラニルで染色を行った後、染色サンプルを透過電子顕微鏡(Hitachi HT7700)で観察(75kV)を行った。
【0033】
(2)透過電子顕微鏡像を
図1に示す。
<ファージの形態的特徴>
・Head(頭部)及びtail(尾部)から成る。
・Headの直径が約50-60nm程度。
・長いtailを有し、tailの先端に短い尾部繊維状構造物(tail-fiber)を有する。
・典型的なSiphoviridaeの形態を呈する。
【0034】
実施例3 バクテリオファージの全塩基配列の決定
(1)方法
実施例1で得られたファージ粒子からPhage DNA isolation kit(Norgen社)を用いてDNAの抽出を行った。抽出したDNAを用いて、Enzymatics社の前処理試薬を用いて、シーケンス用のDNAライブラリーの作成を行った。Miseq(Illumina社)とHiseq X-Five(Illumina社)を用いてショットガンシーケンスを行い、生データ(fastqファイル)を取得した。取得したイルミナリードをshovill v1.0.9(https://github.com/tseemann/shovill)パイプラインを使用し、アセンブルしてドラフトゲノム配列(fastaファイル)を得た。得られたfastaファイルを用いてファージ解析ソフトである PHASTER (https://phaster.ca)とBLASTP(https://blast.ncbi.nlm.nih.gov/Blast.cgi?PAGE=Proteins)を用いて、遺伝子検索を行った。目的の遺伝子についてSnapGene(GSL Biotech LLC)を用いて、遺伝子マップを作製した。
【0035】
(2)結果
本発明のバクテリオファージDNAは環状であり、39,820bp(塩基対)の長さであった。また、本発明のバクテリオファージDNA上には48個の遺伝子(open reading frame)が存在していた(
図2)。
【0036】
実施例4 既存のS.mutansファージDNAとの相同性解析
本発明のバクテリオファージDNAの塩基配列と既存のS. mutansファージDNAとの相同性解析をnucleotide BLAST (https://blast.ncbi.nlm.nih.gov/Blast.cgi)を用いて検討した。
その結果、本発明のバクテリオファージDNAは、過去の報告のあったS.mutansファージDNAであるM102AD(Delisle AL, et al. Appl. Environ. Microbiol. 2012, 78:2264-71)との配列同一性は25%以下であり(
図3の本発明ファージ(KSM96 phage)とM102ADファージの間の灰色で示す部分における一致率は86.04%)、新規なバクテリオファージであることが明らかになった。
【0037】
実施例5 バクテリオファージDNAの既存のファージDNAとの系統樹解析
本発明のバクテリオファージDNAの塩基配列を用いて、相同性解析をnucleotide BLAST(https://blast.ncbi.nlm.nih.gov/Blast.cgi)を行い、一部の塩基配列に類似性を認めたファージDNAの塩基配列を用い、Mauve (https://darlinglab.org/mauve/mauve.html)とiTOL ver.6(https://itol.embl.de)を用いて系統樹解析を行った。
図4に示すように、本発明のバクテリオファージDNAは過去の報告のあったS. mutansファージDNAであるM102AD,APCM01,M102(APCM01:Dalmasso M et al., PLoS One,2015, 23;10(9): e0138651., M102:Shibata Y,et al. FEMS Microbiol. Lett.2009, 294(1):68-73.)と同じクラスターに属したが、他のレンサ球菌のファージとは異なるクラスターであった。
【0038】
実施例6 本発明のバクテリオファージの各細菌種に対する感受性試験
(1)方法
-80℃凍結保存S.mutans及び以下に示す他の細菌種を5ml Trypticase soy液体培地に接種し、37℃、5%CO2存在下(CO2インキュベーター)で一晩培養した。一晩培養菌液をTSBで10倍希釈し、希釈した菌液100μlをTrypticase soy寒天培地に接種し、コンラージ棒により寒天培地上に拡げた。実施例1で得たファージ溶液5μlを寒天培地上に滴下し、37℃、5%CO2存在下(CO2インキュベーター)で一晩培養した。ファージ液を滴下した部分に形成した阻止円を肉眼で判定し、感受性の有無を評価した。
<実験で使用した菌株>
S.mutans 臨床分離株123株
Streptococcus sobrinus MS5103
Streptococcus salivarius GTC217
Streptococcus sanguinis GTC215
Lactococcus lactis ATCC11454
Streptococcus oralis ATCC10557
Streptococcus mitis GTC495
Staphylococcus aureus MW2
【0039】
(2)結果
本バクテリオファージはS.mutansに特異的に感受性を示した(
図5)。また、S.mutans 123株中、120株に感受性を示したことから、本発明のバクテリオファージは広くS.mutans株に有効である(表1)。
【0040】
【0041】
実施例7 バクテリオファージのS.mutansバイオフィルム形成に対する効果
(1)方法
-80℃凍結保存S.mutansを5ml Trypticase soy broth培地に接種し、37℃、5%CO2存在下(CO2インキュベーター)で一晩培養した。一晩培養菌液をTSBで濁度1.0に調整(109/ml)後、100倍希釈を行った。濁度1.0の菌液及び100倍希釈液10μlを2% sucroseを含むTrypticase soy broth培地90μl(96ウェルプレート)に接種した。菌の接種と同時に本ファージ(2×108~2×1010粒子)をウェルに添加し、37℃、5% CO2存在下(CO2インキュベーター)で一晩培養した。菌液を除去し、各ウェルを生理食塩水で3回洗浄を行った。洗浄後、0.1%クリスタルバイオレット溶液100μlを各ウェルプレートに添加し、15分、室温で静置した。その後、クリスタルバイオレット溶液を除去し、各ウェルを生理食塩水で3回洗浄した。ウェルプレート底面に形成したバイオフィルムが青く染まるので、写真撮影を行った。その後、マイクロプレートリーダー(Bio-Rad社)で吸光度(OD:595nm)を測定した。
【0042】
(2)結果
本発明のバクテリオファージにはS.mutansによるバイオフィルム形成を阻害する効果が認められた。当該バイオフィルム形成阻害効果はS.mutansの菌量の100倍以上のファージ量を添加することで、認められた(
図6)。
また、S.mutans臨床分離株9株についても同様に阻害効果が認められた(表2)。
【0043】
【0044】
実施例8 バクテリオファージによるS.mutans増殖阻害効果の検討1
(1)方法
-80℃凍結保存の臨床分離S.mutans(高感受性株:KSM193、KSM17、非感受性株:KSM56、本ファージ産生株:KSM96及び表3の株)を5ml Trypticase Soy broth培地に接種し、37℃、5%CO2存在下(CO2インキュベーター)で一晩培養した。一晩培養菌液をTSBで濁度1.0に調整(109/ml)後、10μl(107CFU)をTrypticase Soy broth培地80μlに接種した。菌の接種と同時にファージ(2×109,2×1010)を菌液に添加し、37℃、5%CO2存在下(CO2インキュベーター)で培養した。培養中に経時的にマイクロプレートリーダー(iMark(商標),Bio-rad社)で濁度(OD:660nm)を測定した(KSM193、KSM17、KSM56、KSM96)。表3の株については、培養後、6時間及び12時間の濁度(OD:660nm)を計測し、ファージ非添加の濁度値(control)に対する割合を算出した。
【0045】
(2)結果
本発明のバクテリオファージは多くのファージ感受性菌の増殖を抑制した。その抑制効果は細菌量の100倍以上のファージ粒子を添加することで著名であった。バクテリオファージ非感受性及び低感受性株ではその効果は認めなかった(
図7-8、表3)。
【0046】
【0047】
実施例9 バクテリオファージによるS.mutans増殖阻害効果の検討2
(1)方法
-80℃凍結保存の臨床分離S.mutans(高感受性株:KSM193)を5ml Trypticase Soy broth培地に接種し、37℃、5%CO2存在下(CO2インキュベーター)で一晩培養した。一晩培養菌液をTSBで濁度1.0に調整(109/ml)後、10μlをTrypticase soy broth培地80μlに接種し、37℃、5%CO2存在下(CO2インキュベーター)で培養した。濁度(OD:660nm)0.2に到達後、ファージ(2×1010粒子)を菌液に添加し、37℃、5%CO2存在下(CO2インキュベーター)で培養し、経時的に濁度(OD:660nm)を測定した。
【0048】
(2)結果
本発明バクテリオファージは増殖過程の菌にも有効であり、増殖の阻害効果が認められた(
図9)。
【0049】
実施例10 S.mutansと他の細菌種の共培養時におけるバクテリオファージの効果の検討
(1)方法
1)定量性PCRを用いた各細菌種の菌数を求める検量線の作成
-80℃凍結保存の臨床分離S.mutans UA159株及び下記に示すその他の細菌種を5mlのTrypticase Soy broth培地に接種し、37℃、5%CO2存在下(CO2インキュベーター)で一晩培養した。
Streptococcus salivarius GTC217
Streptococcus sanguinis GTC215
Lactococcus lactis ATCC11454
Streptococcus gordonii JCM12995
Streptococcus mitis GTC495
【0050】
一晩培養菌液をTSBで濁度1.0に調整(109/ml)後、1mlの菌液を遠心(15,000rpm、10分、4℃)し、上清を捨て、沈査をLysis buffer(1% Triton X-100,2mM EDTA,20mM Tris-HCl[pH8.0])に懸濁後、95℃、15分処理を行った。再度、遠心後(15,000rpm、10分、4℃)、上清を回収しDNA溶液(109/mlのDNA溶液)を調整した。得られたDNA溶液をlysis bufferで10倍~10000倍の希釈液を作製した。調整したDNAを鋳型に下記に示す菌種特異的プライマーを用いて、定量性PCR法により各菌種の細菌数を算出した。定量性PCRは定量性PCR機器(LightCycler(登録商標) 96、Roche社製)、試薬はFS Essential DNA Green MMx(Roche社)を用いて、反応条件は下記に示す条件で行った。各DNA希釈液を用いて定量性PCRにより算出されたCt値を用いて、菌数とCt値の検量線を作成した。
【0051】
2)PCR条件
Preincubation 1cycle 95℃ for 600s
Amplification 45cycle 95℃ for 10s
60℃ for 30s
Preincubation 1cycle 95℃ for 30s
Melting 1cycle 95℃ for 10s
60℃ for 60s
97℃ for 1s
【0052】
【0053】
3)共培養試験
実験1:S.mutans KSM193株と他の細菌種1株の計2菌種の共培養
実験2:S.mutans 1株(KSM193、KSM83,KSM29株)と他の細菌種3株(S.salivarius,S.sanguinis,S.mitis)の計4菌種での共培養
【0054】
-80℃凍結保存の臨床分離S.mutans(高感受性株:KSM193、KSM83,KSM29)及び下記に示すその他の細菌種を5mlのTrypticase Soy broth培地に接種し、37℃、5% CO2存在下(CO2インキュベーター)で一晩培養した。
Streptococcus salivarius GTC217
Streptococcus sanguinis GTC215
Lactococcus lactis ATCC11454
Streptococcus gordonii JCM12995
Streptococcus mitis GTC495
【0055】
一晩培養菌液をTSBで濁度1.0に調整(109/ml)後、Trypticase soy broth培地で100倍に希釈(107/ml)した。新しいTrypticase Soy broth培地500μlに希釈したS. mutans菌液10 μl(105 CFU)及び他の細菌の菌液10μl(105CFU)を添加した。
実験1:S.mutans KSM193株と他の細菌種1株の計2菌種の共培養
実験2:S.mutans 1株(KSM193、KSM83,KSM29株)と他の細菌種3株(S.salivarius,S.sanguinis,S.mitis)の計4菌種での共培養
【0056】
各細菌を接種と同時にバクテリオファージ溶液20μl(2×1010粒子)を添加し、37℃、5% CO2存在下(CO2インキュベーター)で8時間、培養した。培養液を遠心機(Beckman社)で遠心した(8,500rpm、15分、4℃)。上清を捨て、沈査(菌体)にLysis buffer(1%Triton X-100,2mM EDTA,20mM Tris-HCl[pH8.0])に懸濁後、95℃、15分処理を行い、遠心後(15,000 rpm、10分、4℃)、上清を回収しDNA溶液を調整した。調整したDNAを鋳型に表4に示す菌種特異的プライマーを用いて、定量性PCR法によりCt値を算出した。検量線を用いて、各サンプル中の細菌数を算出し、各細菌の割合を算出した。
【0057】
(2)結果
S.mutansと他の口腔レンサ球菌1種あるいは3種を共培養の系で、バクテリオファージを添加することでS.mutansのみが顕著に菌数の割合が減少した(
図10、表5)。
【0058】