(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024053662
(43)【公開日】2024-04-16
(54)【発明の名称】地際部処理用植物害虫防除剤、及び、植物害虫防除方法
(51)【国際特許分類】
A01N 37/02 20060101AFI20240409BHJP
A01P 7/04 20060101ALI20240409BHJP
【FI】
A01N37/02
A01P7/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022160004
(22)【出願日】2022-10-04
(71)【出願人】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(71)【出願人】
【識別番号】390006596
【氏名又は名称】住友化学園芸株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000626
【氏名又は名称】弁理士法人英知国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】吉田 重信
(72)【発明者】
【氏名】山内 智史
(72)【発明者】
【氏名】勝本 俊行
(72)【発明者】
【氏名】川瀬 穂高
(72)【発明者】
【氏名】市川 直美
(72)【発明者】
【氏名】勝間 史乃
(72)【発明者】
【氏名】吉永 勝
(72)【発明者】
【氏名】森川 憂乃
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 つかさ
(72)【発明者】
【氏名】安西 正人
【テーマコード(参考)】
4H011
【Fターム(参考)】
4H011AC01
4H011BB06
4H011DD03
4H011DE15
(57)【要約】
【課題】 安全性が高く、薬害が少なく、優れた害虫防除性を示し、薬剤抵抗性害虫が出現しにくい物質を有効成分として用いた害虫防除剤を提供することを課題とする。
【解決手段】 酢酸を有効成分として含有する地際部処理用植物害虫防除剤であって、防除対象害虫が飛翔性害虫である、地際部処理用植物害虫防除剤。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酢酸を有効成分として含有する地際部処理用植物害虫防除剤であって、防除対象害虫が飛翔性害虫である、地際部処理用植物害虫防除剤。
【請求項2】
前記飛翔性害虫がアブラムシ又はハモグリバエである、請求項1に記載の地際部処理用植物害虫防除剤。
【請求項3】
前記植物が、キュウリである、請求項1又は2に記載の地際部処理用植物害虫防除剤。
【請求項4】
請求項1又は2に記載の地際部処理用植物害虫防除剤を、植物の地際部に散布するステップを含む、植物害虫防除方法。
【請求項5】
請求項3に記載の地際部処理用植物害虫防除剤を、植物の地際部に散布するステップを含む、植物害虫防除方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、地際部処理用植物害虫防除剤、及び、植物害虫防除方法に関する。特に酢酸を有効成分として含む地際部処理用植物害虫防除剤、及び、該地際部処理用植物害虫防除剤を用いた植物害虫防除方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、農作物や園芸用の害虫防除剤(防虫剤)として、有機リン系、カーバメート系、合成ピレスロイド系等の合成農薬が広く使用されてきている。上記例示される合成農薬は、対象となる害虫に適切に使用された場合、害虫防除効果が高いものが多い。
【0003】
しかしながら、ある特定の害虫に対し、上記合成農薬を長年使用したり、同一系統の合成農薬を連続的に散布したりすると、該害虫は薬剤に対し抵抗性を有するようになるという問題、すなわち、薬剤抵抗性害虫の出現という問題があった。
また、環境問題の観点から、周囲の自然を汚染せず、人体に対して有害でなく安全性が高く、かつ、優れた害虫防除活性を示す、害虫防除剤が求められるようになってきた。
【0004】
そこで、天然物由来の物質を有効成分とする害虫防除剤等も使用されるようになった。食品原料としても使用される天然系物質として、植物油(特許文献1等)、脂肪酸グリセリド(特許文献2等)、還元澱粉糖化物(特許文献3等)等が例示される。これらの天然系物質は、害虫の気門を塞ぐ物理防除系の害虫防除剤である。
しかしながら、これらの物質を園芸用の水系防虫剤として一般に普及させるには、他の化合物との組み合わせや配合条件を含め、配合技術が要求されるという課題があった。
【0005】
一方、水への溶解性の観点から、病害防除剤としてではあるが、酢酸(食酢等)が使用されてきた(特許文献4等)。しかしながら、植物害虫防除剤としての酢酸の使用については記載された特許文献はなく、人体に対して安全性の高い酢酸を配合した害虫防除剤の開発が望まれていた。
【0006】
ところで、植物の害虫は主として茎葉部に生息するため、害虫防除する場合、防除剤を葉面散布することが一般的である。しかしながら、葉面の表面積は大きく形状も複雑で立体的にも入り組んでおり、また、風等により散布された防除剤が狙った方向と異なる方向に流れやすいため、葉の表裏を含めて万遍なくムラなく十分に散布することは難しく、結果、使用者にとり面倒な作業となっている上に、実際の防除効果が理論上の防除効果より低下してしまうという課題もあった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭56-140911号公報
【特許文献2】特開2005-170892号公報
【特許文献3】特許第4764720号公報
【特許文献4】特開2006-50982号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、安全性が高く、薬害が少なく、優れた害虫防除性を示し、薬剤抵抗性害虫が出現しにくい物質を有効成分として用いた植物害虫防除剤を提供することを課題とする。
また、使用者にとり、害虫防除処理がやりやすい植物害虫防除剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記事情に鑑みて鋭意検討した結果、酢酸を有効成分とする地際部処理用植物害虫防除剤を見出した。
【0010】
すなわち、本発明の地際部処理用植物害虫防除剤は、酢酸を有効成分として含有し、防除対象害虫が、飛翔性害虫であることを特徴とする。
【0011】
前記飛翔性害虫がアブラムシ又はハモグリバエであることが好ましい。
【0012】
前記植物が、キュウリであることが好ましい。
【0013】
本発明の植物害虫防除方法は、前記地際部処理用植物害虫防除剤を、植物の地際部に散布するステップを含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明の地際部処理用植物害虫防除剤により、安全性が高く、薬害が少なく、優れた害虫防除性を示し、薬剤抵抗性害虫が出現しにくい物質を有効成分として用いた害虫防除剤を提供することができる。
また、使用者にとっても、狙い場所が分かりやすい地際部に散布すればよいため、害虫防除処理しやすい地際部処理用植物害虫防除剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図2】防除効果試験2の無処理区の写真の例である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の実施形態について、以下に具体的に説明する。
【0017】
(植物害虫防除剤)
本発明の地際部処理用植物害虫防除剤は、酢酸を有効成分として含有することを特徴とする。「植物害虫防除剤」とは、植物の害虫防除を用途とした剤である。また、「地際部処理用」とは、植物の地際部への散布等により根に処理を施すものである。地際部とは、地面及びその近く、あるいは、植物の株元と地面の境を指す。
【0018】
酢酸は、食酢(米酢、米黒酢、大麦黒酢等の穀物酢、リンゴ酢、ブドウ酢等の果実酢、合成酢、蒸留酢等)に含まれる酢酸であってもよいし、試薬レベルの酢酸であってもよい。
【0019】
酢酸の濃度(酸度)は、害虫防除の効果が得られる範囲であれば、特に限定はされない。害虫の種類、処理条件(散布量等)によるが、たとえば、酸度0.05%~2.0%であり、0.05%~1.0%、0.1%~1.0%、0.1%~0.5%がより好ましい。
なお、酸度(%)は、独立行政法人農林水産消費安全技術センター(FAMIC)の「醸造酢の酸度測定方法手順書」に従い、測定される。概要としては、試料を0.5mol/L水酸化ナトリウム溶液で滴定し、pH8.2±0.3となるまでに消費した水酸化ナトリウム溶液の量から、酢酸を換算値とし酸度を算出するものである。具体的には、下記式(数1)により計算される。
【0020】
【0021】
地際部処理用植物害虫防除剤は、上述した酢酸と水のみを含有する他、酢酸以外の成分を含有したものであってもよい。たとえば、食酢に含まれる酢酸以外の成分(アミノ酸、有機酸、アルコール等)を含有してもよい。さらに、植物害虫防除剤として一般的に配合される成分(安定化剤、界面活性剤、pH調整剤、肥料成分、着色剤、着香剤等)を含有していてもよい。
【0022】
防除対象となる害虫は、食酢で防除可能なものであれば、特に限定されないが、飛翔性害虫が例示される。飛翔性害虫とは、飛翔によって移動する昆虫のことであり、たとえばアブラムシ類(有翅)、ハモグリバエ類、アザミウマ類、コナジラミ類、キノコバエ類、タマバエ類、ショウジョウバエ類、ウンカ類、ヨコバイ類、グンバイムシ類、ハムシ類、カメムシ類、ハバチ類、テントウムシダマシ類、ゾウムシ類、チョウ目成虫(アゲハ類、ヨトウムシ類、イラガ類、ケムシ類、ドクガ類、ハマキムシ類、スカシバ類、キリガ類、シャクトリムシ類、シンクイムシ類、メイチュウ類、ノメイガ類、シャクトリムシ類、タバコガ類、キリガ類、ミノガ類、ネキリムシ類等)等が例示される。
【0023】
防除対象となる植物は、上述した害虫が発生する植物であれば、特に限定されない。たとえば、アサガオ、アスター、インパチェンス、カーネーション、ガーベラ、ガザニア、カンパニュラ、キキョウ、キク、キンセンカ、グロキシニア、ケイトウ、アイスランドポピー、コスモス、プリムラ、サルビア、ジニア、カスミソウ、スイートピー、スターチス、ストック、パンジー、デルフィニウム、トルコギキョウ、ひまわり、ベゴニア、ペチュニア、リンドウ、ルピナス、シクラメン、ダリア、チューリップ、アジサイ、バラ、シャクヤク、いんげんまめ、トマト、ミニトマト、ナス、ピーマン、キュウリ、すいか、メロン、かぼちゃ、にがうり、いちご、ハクサイ、キャベツ、コマツナ、チンゲンサイ、シュンギク、オクラ、シソ、ホウレンソウ、エンドウ、そらまめ、とうもろこし、ダイコン、カブ、ニンジン、ゴボウ、ネギ、タマネギ、アスパラガス、ばれいしょ、かんしょ、さといも等が例示される。
【0024】
地際部処理用植物害虫防除剤は、植物の地際部への散布等により根に処理を施すものである。地際部とは、地面及びその近く、あるいは、植物の株元と地面の境を指す。
害虫は主に茎葉に寄生するところ、地際部処理用植物害虫防除剤は植物の地際部だけに散布等の処理をしても、茎葉での害虫防除効果があることを利用したものである(後述する防除効果試験を参照)。地際部は茎葉に比べ、散布等の処理すべき面積が小さく、散布対象部分への狙いを定めやすく、風等にも防除剤が流されにくいことから、地際部処理用植物害虫防除剤を、対象となる地際部に効率的に散布等の処理をすることができる。このため、使用者は、地際部処理用の害虫防除剤を対象となる地際部に特段の配慮なく万遍なくムラなく十分に散布することができる。このため、使用者にとっても扱いやすい。
【0025】
本発明の植物害虫防除方法は、植物の地際部に上述した地際部処理用植物害虫防除剤を散布するステップを含む。
【実施例0026】
(防除効果試験1)
地際部処理用植物害虫防除剤を用いて、アブラムシが未発生のキュウリに対し、地際部処理を施す処理区、及び、無処理区を画定した。
【0027】
植物害虫防除剤は、酢酸(酸度0.1%水溶液)を使用した。キュウリ(品種:台木、RK-3、穂木、極光607。生育ステージ:生育期、草丈30~40cm程度)を試験前日に定植した。アブラムシ類はワタアブラムシを評価した。
【0028】
各処理区に、キュウリ3株を1連制として3連制で実施した。また、試験温室内にワタアブラムシの発生源として、ワタアブラムシが寄生したキュウリを5株配置した。
【0029】
地際部処理は、植物の地際部にスプレートリガーを用いて30回/株(30mL)で処理することで行った。
各処理区と処理概要を表1に示す。
【0030】
【0031】
処理を開始してから、2-3日に1回の間隔で処理し、調査を4回行った。その後、処理を停止し、停止後に調査を2回行った。
処理日及び調査日を表2に示す。
【0032】
【0033】
まず、薬害について目視にて調査を行った。
各調査日ごとに、下記「薬害調査基準」で評価した。薬害調査基準は、一般財団法人日本植物防疫協会が発行する新農薬実用化試験に沿ったものである。また、下記「薬害に関する評価基準」で総合的に評価した。
【0034】
「薬害調査基準」
-:薬害を認めない。
+:軽微な薬害症状を認める。
++:中程度の薬害症状を認める。
+++:重度の薬害症状を認める。
「薬害に関する評価基準」
-:薬害なし。
±:薬害が認められるが実用上問題ない程度。
+:薬害が認められ実用上問題がある。
なお、薬害症状は、葉、花弁の変色・枯れ、生長点の委縮・枯れ、株全体の枯死等で判断する。実用上問題があるか否かは、植物の生長に影響があるか否かで判断する。
【0035】
薬害調査結果を表3に示す。
【0036】
【0037】
表3に示したとおり、地際部処理のみ行った処理区では、無処理区と同様に薬害は認められず、薬害なしと評価された。
【0038】
次に、薬効について、各株に寄生する成幼虫数を有翅、無翅に分けて調査し、それらを合計した生存頭数から下記の式(数2)を用いて防除価を求めた。
【0039】
【0040】
薬効調査結果を表4、表5に示す。表4は生存頭数のデータであり、表5は生存頭数のデータから算出された防除価を示したものである。
【0041】
【0042】
【0043】
表4、表5より、処理区(地際部処理)においては、処理開始から防除価は44~59程度を推移し、処理停止7日後も14日後も防除価は35~38であった。
【0044】
すなわち、処理中は、地際部処理の処理区においても防除価50前後の薬効がみられた。
また、処理停止14日後では、地際部処理の処理区では薬効の急激な低下はみられなかった。植物害虫防除剤が処理停止後も薬効が維持されやすいものと考えられる。
【0045】
(防除効果試験2)
地際部処理用植物害虫防除剤を用いて、ハモグリバエによる被害が認められないキュウリに対し、地際部処理を施す処理区、無処理区を画定した。
【0046】
植物害虫防除剤は、酢酸(酸度0.1%水溶液)を使用した。キュウリ(品種:穂木ニーナ(S-27)、台木(GT-2)。生育ステージ:4~5葉期)を試験当日に6号ポットに定植した。定植後、慣行栽培と同様に施肥及び潅水を実施した。
【0047】
各処理区に、キュウリ4株を1連制として3連制で実施した。また、ハモグリバエは自然発生であった。
【0048】
地際部処理は、植物の地際部にスプレートリガーを用いて30回/株(30mL)で処理することで行った。
各処理区と処理概要を表6に示す。
【0049】
【0050】
処理を開始してから、2-3日に1回の間隔で処理し、薬害調査を4回、薬効の調査を1回行った。
処理日、薬害調査日、薬効調査日を表7示す。
【0051】
【0052】
まず、薬害について目視にて調査を行った。
各調査日ごとに、下記「薬害調査基準」で評価した。また、下記「薬害に関する評価基準」で総合的に評価した。
【0053】
「薬害調査基準」
-:薬害を認めない。
+:軽微な薬害症状を認める。
++:中程度の薬害症状を認める。
+++:重度の薬害症状を認める。
「薬害に関する評価基準」
-:薬害なし。
±:薬害が認められるが実用上問題ない程度。
+:薬害が認められ実用上問題がある。
なお、薬害症状は、葉、花弁の変色・枯れ、生長点の委縮・枯れ、株全体の枯死等で判断する。実用上問題があるか否かは、植物の生長に影響があるか否かで判断する。
【0054】
薬害調査結果を表8に示す。
【0055】
【0056】
表8に示したとおり、地際部処理のみ行った処理区では、無処理区と同様に薬害は認められず、薬害なしと評価された。
【0057】
次に、薬効について、各区全葉を対象に、「マイン数調査基準」でマイン数を下記3段階で調査した。また、全マイン数の合計により防除価を算出した。防除価は下記式(数3)を用いて算出した。
【0058】
「マイン数調査基準」
1;小マイン 長さ3cm以下
2:中マイン 長さ3cm以上蛹化脱出直前
3:大マイン 蛹化脱出後
【0059】
【0060】
【0061】
【0062】
表9より、処理区(地際部処理)においては、処理開始19日後(処理停止5日後)の防除価は22.4であった。
【0063】
すなわち、地際部処理の処理区では、ハモグリバエの寄生する茎葉に対し、植物害虫防除剤を直接処理しなくても、一定の防除効果があることが分かった。
【0064】
本発明は以下に示した項目の構成を有し得る。
[項1]
酢酸を有効成分として含有する地際部処理用植物害虫防除剤であって、
防除対象害虫が飛翔性害虫である、地際部処理用植物害虫防除剤。
[項2]
前記飛翔性害虫がアブラムシ又はハモグリバエである、上記項1に記載の地際部処理用植物害虫防除剤。
[項3]
前記植物が、キュウリである、上記項1又は2に記載の地際部処理用植物害虫防除剤。
[項4]
上記項1~3いずれか一項に記載の地際部処理用植物害虫防除剤を、植物の地際部に散布するステップを含む、植物害虫防除方法。