(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024000550
(43)【公開日】2024-01-05
(54)【発明の名称】訪花昆虫の誘引剤、及びその利用
(51)【国際特許分類】
A01N 31/14 20060101AFI20231225BHJP
A01P 19/00 20060101ALI20231225BHJP
A01M 1/00 20060101ALI20231225BHJP
A01M 1/02 20060101ALI20231225BHJP
【FI】
A01N31/14
A01P19/00
A01M1/00 Q
A01M1/02 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023101158
(22)【出願日】2023-06-20
(31)【優先権主張番号】P 2022099121
(32)【優先日】2022-06-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)農林水産省、令和3年度農林水産研究推進事業委託プロジェクト研究「農業における花粉媒介昆虫等の積極的利活用技術の開発」、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(71)【出願人】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(71)【出願人】
【識別番号】505094984
【氏名又は名称】株式会社アグリ総研
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】釘宮 聡一
(72)【発明者】
【氏名】前田 太郎
(72)【発明者】
【氏名】平岩 将良
(72)【発明者】
【氏名】横井 智之
(72)【発明者】
【氏名】橋本 美都
(72)【発明者】
【氏名】手塚 俊行
【テーマコード(参考)】
2B121
4H011
【Fターム(参考)】
2B121AA12
2B121CC13
2B121CC25
2B121EA21
4H011AC07
4H011BB03
(57)【要約】
【課題】ミツバチ科又はヒラタアブ亜科の訪花昆虫の誘引剤を提供する。
【解決手段】本発明の一態様は、所定の一般式で表される化合物(アニソール類縁化合物)の少なくとも一種を含む、ミツバチ科又はヒラタアブ亜科の訪花昆虫の誘引剤である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で表される化合物の少なくとも一種を含む、ミツバチ科又はヒラタアブ亜科の訪花昆虫の誘引剤。
【化1】
(式(1)中で、nは1~3の整数であり、Rは、水酸基、炭素数1~5のヒドロカルビル基、炭素数1~5のアルコキシ基、炭素数1~5のアルデヒド基、炭素数1~5のケトン基、及び、炭素数1~5のエステル基からなる群より選択される基であって、Rが複数ある場合(nが2又は3の場合)、R同士は互いに異なった基であってもよい。)
【請求項2】
式(1)において、少なくとも一つのRが、炭素数1~5のヒドロカルビル基、炭素数1~5のアルデヒド基、炭素数1~5のケトン基、及び、炭素数1~5のエステル基からなる群より選択される基であって、ベンゼン環に隣接する炭素原子においてC=C又はC=Oが形成されている、請求項1に記載の誘引剤。
【請求項3】
少なくとも一つの上記Rが、式(2)又は(3)で表されるものである、請求項2に記載の誘引剤。
(式(2)においてR1は、炭素数1~3のアルキル基、炭素数1~3のアルデヒド基、及び、炭素数1~3のエステル基からなる群より選択される基であり、
式(3)においてR2は水素原子、又は炭素数1~3のアルキル基である。)
【化2】
【請求項4】
式(1)に示すメトキシ基を基準として、Rがパラ位にある、請求項1~3の何れか1項に記載の誘引剤。
【請求項5】
上記化合物の濃度が10mg/L以上で50,000mg/L以下の範囲内である、請求項1~3の何れか1項に記載の誘引剤。
【請求項6】
訪花昆虫が、トラマルハナバチ、クロマルハナバチ、エゾオオマルハナバチ、シロスジヒゲナガハナバチ、ニッポンヒゲナガハナバチ、ニホンミツバチを含む日本在来のミツバチ科訪花昆虫から選択される一種である、請求項1~3の何れか一項に記載の誘引剤。
【請求項7】
訪花昆虫が、ホソヒラタアブ、ヒメヒラタアブを含むヒラタアブ亜科訪花昆虫から選択される一種である、請求項1~3の何れか一項に記載の誘引剤。
【請求項8】
請求項1~3の何れか一項に記載の誘引剤を用いて、ミツバチ科又はヒラタアブ亜科の訪花昆虫を誘引する方法。
【請求項9】
請求項1~3の何れか一項に記載の誘引剤を用いて、ミツバチ科又はヒラタアブ亜科の訪花昆虫を回収する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アニソール類縁化合物を含む訪花昆虫の誘引剤、及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
訪花昆虫には、コガネムシ類等のように植物に害を及ぼすものも、ミツバチ類やマルハナバチ類等のように農業で有用なものも存在する。そして、これらの訪花昆虫を誘引する技術は、昆虫の分布把握や個体数推定、害虫の防除、益虫の採集に活用できると期待される。
【0003】
訪花昆虫を誘引するための従来技術としては、例えば、特定の害虫種に対する誘引剤が特許出願されている(例えば、特許文献1:特開昭61‐060601「ヒメコガネ誘引剤」、特許文献2:特開昭56‐120602「ハナムグリ類透引剤」)。
【0004】
また、特許文献3:特開平06‐234602「昆虫相調査方法」には、やはり甲虫類を主に誘引する様々な揮発性成分が記載されている。これら揮発性成分の中には、アニソール類縁化合物であるアネトールも含まれている。
【0005】
一方、ミツバチ類やマルハナバチ類等の訪花昆虫とアニソール類縁化合物との関係は、例えば、非特許文献1~3等において記載がなされている。
【0006】
非特許文献1には、anethole や eugenol、geraniol、これらの混合物等を用いた、北米産の野生のマルハナバチ類やセイヨウミツバチの誘引捕獲に関する屋外実験について記載されている。
【0007】
非特許文献2には、オーストラリアのサトウキビ畑における、anethole や eugenol、eugenol と geraniol との混合物等を用いた、セイヨウミツバチの誘引捕獲に関する屋外実験について記載されている。
【0008】
非特許文献3には、p-anisaldehyde 等を用いた、各種訪花昆虫の誘引捕獲に関する、米国での屋外実験について記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開昭61‐060601号公報
【特許文献2】特開昭56‐120602号公報
【特許文献3】特開平06‐234602号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Journal of economic entomology., 1970, Vol.63, no.5, 1442p-1445p
【非特許文献2】J. Aust. ent. Soc.,1991, 30: p219-220
【非特許文献3】J. Chem. Ecol., 2006, 32: p917-927
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
非特許文献1では、実質的に、北米産の野生のマルハナバチ類やセイヨウミツバチの誘引について記載されるのみであり、誘引される訪花昆虫の全容についての記載は一切ない。非特許文献1では、特にセイヨウミツバチに関しては、eugenol に対して誘引された個体が少ないことが記載されているのみである。
【0012】
一方、非特許文献2では、セイヨウミツバチが、希釈していない anethole に誘引されることが示されている。非特許文献2では、誘引される訪花昆虫の全容についての記載は一切ない。
【0013】
非特許文献3では、セイヨウミツバチや野生の Lasioglossum 属コハナバチが、鉱物油で1/2希釈した p-anisaldehyde に誘引される一方で、マルハナバチ類はほぼ誘引されていないことが記載されている。
【0014】
なお、非特許文献3には、ハナアブ科(Syrphidae)の昆虫が p-anisaldehyde に誘引されることの記載があるが、その構成の内訳は明らかにされておらず、特許文献1~3、及び、非特許文献1~3の何れにも、ヒラタアブ亜科(Syrphinae)の訪花昆虫の誘引に関して記載がない。
【0015】
以上のように、非特許文献1~3では、訪花昆虫の誘引について断片的な知見は提供をしているものの、産業での活用に結び付くほどの知見を与えるものではない。
【0016】
本発明の一態様は、上記課題を解決するためになされたものであり、例えば、ハチ亜目(Apocrita)又はハエ亜目(Brachycera)の訪花昆虫を、とりわけそれらのうち、マルハナバチ属及びミツバチ属を含むミツバチ科の訪花昆虫、又はホソヒラタアブ属及びヒメヒラタアブ属を含むヒラタアブ亜科の訪花昆虫を選択的に誘引することができる誘引剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、上記の課題を解決するためのものであって、以下のものが含まれる。
【0018】
1)下記式(1)で表される化合物の少なくとも一種を含む、ミツバチ科又はヒラタアブ亜科の訪花昆虫の誘引剤。
【化1】
(式(1)中で、nは1~3の整数であり、Rは、水酸基、炭素数1~5のヒドロカルビル基、炭素数1~5のアルコキシ基、炭素数1~5のアルデヒド基、炭素数1~5のケトン基、及び、炭素数1~5のエステル基からなる群より選択される基であって、Rが複数ある場合(nが2又は3の場合)、R同士は互いに異なった基であってもよい。)
2)式(1)において、少なくとも一つのRが、炭素数1~5のヒドロカルビル基、炭素数1~5のアルデヒド基、炭素数1~5のケトン基、及び、炭素数1~5のエステル基からなる群より選択される基であって、ベンゼン環に隣接する炭素原子においてC=C又はC=Oが形成されている、1)に記載の誘引剤。
3)少なくとも一つの上記Rが、式(2)又は(3)で表されるものである、2)に記載の誘引剤。
(式(2)においてR1は、炭素数1~3のアルキル基、炭素数1~3のアルデヒド基、及び、炭素数1~3のエステル基からなる群より選択される基であり、
式(3)においてR2は水素原子、又は炭素数1~3のアルキル基である。)
【化2】
4)式(1)に示すメトキシ基を基準として、Rがパラ位にある、1)~3)の何れかに記載の誘引剤。
5)上記化合物の濃度が10mg/L以上で50,000mg/L以下の範囲内である、1)~4)の何れかに記載の誘引剤。
6)訪花昆虫が、トラマルハナバチ、クロマルハナバチ、エゾオオマルハナバチ、シロスジヒゲナガハナバチ、ニッポンヒゲナガハナバチ、ニホンミツバチを含む日本在来のミツバチ科訪花昆虫から選択される一種である、1)~5)の何れかに記載の誘引剤。
7)訪花昆虫が、ホソヒラタアブ、ヒメヒラタアブを含むヒラタアブ亜科訪花昆虫から選択される一種である、1)~5)の何れかに記載の誘引剤。
8)上記の1)~7)の何れかに記載の誘引剤を用いて、ミツバチ科又はヒラタアブ亜科の訪花昆虫を誘引する方法。
9)上記の1)~7)の何れかに記載の誘引剤を用いて、ミツバチ科又はヒラタアブ亜科の訪花昆虫を回収する方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明の一態様によれば、例えばミツバチ科又はヒラタアブ亜科の訪花昆虫の誘引剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】
図1は、本発明の一実施例における一次スクリーニングの方法、及び結果を示す図である。
【
図2】
図2は、本発明の他の実施例における野外試験の結果を示す図である。
【
図3】
図3は、本発明のさらに他の実施例における野外試験の結果を示す図である。
【
図4】
図4は、本発明のさらに他の実施例における野外試験の結果を示す図である。
【
図5】
図5は、本発明のさらに他の実施例における野外試験の結果を示す図である。
【
図6】
図6は、本発明のさらに他の実施例における野外試験の結果を示す図である。
【
図7】
図7は、本発明のさらに他の実施例における温室内試験の結果を示す図である。
【
図8】
図8は、本発明のさらに他の実施例における野外試験の結果を示す図である。
【
図9】
図9は、本発明のさらに他の実施例における野外試験及び網室内試験の結果を示す図である。
【
図10】
図10は、本発明のさらに他の実施例における網室内試験の結果を示す図である。
【
図11】
図11は、本発明のさらに他の実施例における大型飼育施設内試験の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
〔1.訪花昆虫の誘引剤〕
(訪花昆虫の誘引剤の概要)
本発明の一実施形態に係る訪花昆虫の誘引剤は、下記式(1)で表される化合物の少なくとも一種を含む。化合物は一種を単独で用いてもよく、二種以上を混合して用いてもよい。
【化3】
式(1)中で、nは1~3の整数であり、Rは、水酸基、炭素数1~5のヒドロカルビル基、炭素数1~5のアルコキシ基、炭素数1~5のアルデヒド基、炭素数1~5のケトン基、及び、炭素数1~5のエステル基からなる群より選択される基であって、Rが複数ある場合(nが2又は3の場合)、R同士は互いに異なった基であってもよい。
【0022】
(式(1)で表される化合物の詳細について)
式(1)で表される化合物は上記の通りであるが、水酸基には、フェノール性の水酸基(-Rが-OH)やアルコール性の水酸基(-Rが-R11-OH。ここでR11は炭素数1~5の炭化水素鎖。)が含まれる。
【0023】
炭素数1~5のヒドロカルビル基としては、例えば、炭素数1~5の、アルキル基、アルケニル基、又はアルキニル基が挙げられ、中でも炭素数1~5のアルケニル基であることが好ましい。炭素数1~5のアルケニル基としては、例えば、エチニル基;1-又は2-プロペニル基;1-、2-又は3-ブチニル基;1-、2-、3-又は4-ペンチニル基;等が挙げられる。
【0024】
炭素数1~5のアルコキシ基としては、例えば、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、ブトキシ基、等が挙げられる。
【0025】
炭素数1~5のアルデヒド基とは、基の末端に-CHOの構造を持ち、炭素数が1~5の基を指す。炭素数1~5のアルデヒド基として、例えば、-CHO;-CH=CH-CHO;等が挙げられる。
【0026】
炭素数1~5のケトン基とは、基の中に-C(=O)-の構造を持ち、炭素数が1~5の基を指す。炭素数1~5のケトン基として、例えば、-R12-C(=O)-R13-CH3等が挙げられ、R12及びR13は存在していても存在していなくてもよく、存在する場合は互いに独立に、不飽和結合を含んでいてもよい炭化水素鎖である。R12及びR13に含まれる炭素数の合計が0、1、2、又は3である。例えば、R12及びR13が共に存在しないとき、このケトン基は-C(=O)-CH3である。
【0027】
炭素数1~5のエステル基とは、基の中に-C(=O)-O-の構造を持ち、炭素数の合計が1~5の基を指す。炭素数の合計が1~5のエステル基として、例えば、-R14-C(=O)-O-R15-CH3、又は-R16-O-C(=O)-R17-CH3が挙げられる。ここで、R14及びR15は、存在していても存在していなくてもよく、存在する場合は互いに独立に、不飽和結合を含んでいてもよい炭化水素鎖である。同様に、R16及びR17は、存在していても存在していなくてもよく、存在する場合は互いに独立に、不飽和結合を含んでいてもよい炭化水素鎖である。R14及びR15に含まれる炭素数の合計が0、1、2、又は3であり、R16及びR17に含まれる炭素数の合計が0、1、2、又は3である。炭素数の合計が1~5のエステル基のより具体的な例は、上記の-R14-が、-CH=CH-で表され、R15に含まれる炭素数が0か1のものが挙げられる。なお、R15に含まれる炭素数が1のとき、このエステル基は-CH=CH-C(=O)-O-CH2-CH3である。
【0028】
式(1)のnは、Rの個数をさしているが、1~3の整数であり1か2であることが好ましい場合がある。Rは、式(1)に示されたメトキシ基を基準として、オルト、メタ、パラの何れの位置であってもよい。
なお、特に限定されないが、nが2か3の場合、Rのうちの一つは、式(1)に示されたメトキシ基を基準としてオルトの位置にある水酸基か炭素数1~5のアルコキシ基であってよく、他のRが、式(1)に示されたメトキシ基を基準としてメタの位置かパラの位置にあってよい。
【0029】
(式(1)で表される化合物の特に好ましい例示)
以下の例示1と例示2又は例示3とは互いに独立な条件であるが、同時に満たされていることがより好ましい。
・例示1:上記の化合物の特に好ましい一例は、式(1)に示すメトキシ基を基準として、一つのRがパラ位にあるものが挙げられる。
・例示2:上記の化合物の特に好ましい一例は、少なくとも一つのRが、炭素数1~5のヒドロカルビル基、炭素数1~5のアルデヒド基、炭素数1~5のケトン基、及び、炭素数1~5のエステル基からなる群より選択される基であって、ベンゼン環に隣接する炭素原子においてC=C又はC=Oが形成されている、ものである。
・例示3:例示2の中のより好ましい一例であり、少なくとも一つの上記Rが、式(2)又は(3)で表されるものである。ここで、式(2)においてR1は、炭素数1~3のアルキル基、炭素数1~3のアルデヒド基、及び、炭素数1~3のエステル基からなる群より選択される基であり、式(3)においてR2は水素原子、又は炭素数1~3のアルキル基である。
【化4】
【0030】
(式(1)で表される化合物の具体例)
式(1)で表される化合物の具体例として、例えば以下のものが挙げられるがこれらに限定されない。
・(E)-4-Methoxy-1-propenylbenzene[trans-Anethole]/CAS RN: 4180-23-8
・1-Allyl-4-methoxybenzene[p-allylanisole /Estragole]/CAS RN: 140-67-0
・4-Methoxybenzaldehyde[p-Anisaldehyde]/CAS RN: 123-11-5
・2-Methoxybenzaldehyde[o-Anisaldehyde]/CAS RN: 135-02-4
・4-Methoxybenzyl alcohol[p-Anisyl alcohol]/CAS RN: 105-13-5
・2-Methoxybenzyl alcohol[o-Anisyl alcohol]/CAS RN: 612-16-8
・1,4-Dimethoxybenzene/CAS RN: 150-78-7
・1,2,4-Trimethoxybenzene /CAS RN: 95-63-6
・4-Allyl-2-methoxyphenol[Eugenol]/CAS RN: 97-53-0
・4-Allyl-1,2-dimethoxybenzene[Methyl eugenol]/CAS RN: 93-15-2
・2-Methoxy-4-(1-propenyl)phenol[Isoeugenol]/CAS RN: 97-54-1
・1,2-Dimethoxy-4-(1-propenyl)benzene[Methyl isoeugenol]/CAS RN: 93-16-3
・1-(4-Methoxyphenyl)ethanone[p-Acetoanisole]/CAS RN: 100-06-1
・(E)-4-Methoxycinnamaldehyde/CAS RN: 24680-50-0
・Ethyl (E)-4-Methoxycinnamate/CAS RN: 24393-56-4
これらの中では、trans-Anethole;p-Anisaldehyde;が特に好ましい。また、別の観点では、eugenol;isoeugenol;1,4-dimethoxybenzene;が好ましい場合がある。
【0031】
(訪花昆虫について)
本発明の一実施形態に係る誘引剤は、一例では、ミツバチ科(Apidae)又はヒラタアブ亜科(Syrphinae)の訪花昆虫(成虫)を誘引する。
【0032】
ミツバチ科の訪花昆虫とは、特に限定されないが、例えば、マルハナバチ属(Bombus)、ヒゲナガハナバチ属(Eucera)、ミツバチ属(Apis)の昆虫が好ましい。
【0033】
マルハナバチ属の昆虫の中では、トラマルハナバチ、クロマルハナバチ、エゾオオマルハナバチが好ましい場合がある。ヒゲナガハナバチ属の昆虫の中では、シロスジヒゲナガハナバチ、ニッポンヒゲナガハナバチが好ましい場合がある。また、ミツバチ属の昆虫の中では、ニホンミツバチを含むトウヨウミツバチが好ましい。
【0034】
ヒラタアブ亜科の訪花昆虫とは、特に限定されないが、例えば、ホソヒラタアブ、ヒメヒラタアブ、シママメヒラタアブが好ましい場合がある。
【0035】
訪花昆虫は、飼養昆虫であっても野生種であってもよく、在来種(日本においては日本の在来種)であっても外来種であってもよい。具体的に例示した昆虫の中では、例えば、クロマルハナバチ、セイヨウオオマルハナバチ、エゾオオマルハナバチ、ニホンミツバチを含むトウヨウミツバチが、代表的な飼養昆虫である。具体的に例示した昆虫の中では、例えば、トラマルハナバチ、クロマルハナバチ、エゾオオマルハナバチ、ニホンミツバチ、シロスジヒゲナガハナバチ、ニッポンヒゲナガハナバチが代表的な日本在来のミツバチ科訪花昆虫である。
【0036】
本発明の他の実施形態に係る誘引剤は、一例では、ハチ亜目(Apocrita)の訪花昆虫を誘引する。ハチ亜目の訪花昆虫とは、例えば、ミツバチ上科(Apoidea)の訪花昆虫や、スズメバチ上科(Vespoidea)の訪花昆虫、アリ上科(Formicoidea)の昆虫を含むが、好ましくはミツバチ上科の訪花昆虫や、スズメバチ上科の訪花昆虫である。ミツバチ上科の訪花昆虫とは、上記したものも含むミツバチ科(Apidae)の訪花昆虫、コハナバチ科(Halicitidae)の訪花昆虫、ヒメハナバチ科(Andrenidae)の訪花昆虫を含む。スズメバチ上科の訪花昆虫とは、スズメバチ科(Vespidae)の訪花昆虫やツチバチ科(Scoliidae)の訪花昆虫を含む。
【0037】
また、本発明の他の実施形態に係る誘引剤は、一例では、ハエ亜目(Brachycera)の訪花昆虫を誘引する。ハエ亜目の訪花昆虫とは、例えば、ハナアブ上科(Syrphoidea)の訪花昆虫や、ミバエ上科(Tephritoidea)の訪花昆虫、オドリバエ上科(Empidoidea)の昆虫等を含むが、好ましくはハナアブ上科の訪花昆虫である。ハナアブ上科の訪花昆虫とは、上記したものも含むハナアブ科(Syrphidae)の訪花昆虫、アタマアブ科(Pipunculidae)の訪花昆虫等を含む。
【0038】
(訪花昆虫の誘引剤に含まれる他の成分など)
本発明の一実施形態に係る誘引剤は、例えば、媒体、酸化防止剤、保存剤、界面活性剤、その他の添加剤などを、式(1)で表される化合物に必要に応じて加えることによって製造することができる。例えば、液体のポリエチレングリコール(平均分子量200)を媒体に用いる場合、式(1)で表される化合物の濃度の下限は誘引の効果を発揮する限りにおいて特に限定されないが、例えば、1mg/L以上又は5mg/L以上であり、20mg/L以上であることがより好ましい場合がある。式(1)で表される化合物の濃度の上限は特に限定されないが、例えば、原液以下又は100,000mg/L以下であり、50,000mg/L以下であり、20,000mg/L以下である。なお、式(1)で表される化合物は濃度依存的に誘引の効果が強まる傾向にあるが、中でも trans-anethole 及び eugenol がその典型例であり、その濃度は20mg/L以上で20,000mg/L以下の範囲内であることが好ましい場合がある。一方で、p-anisaldehyde に関すれば、200mg/L前後の濃度で、ミツバチ科の訪花昆虫の誘引の効果が強い傾向がみられる(実施例も参照)。従って、ミツバチ科(特にマルハナバチ属)の訪花昆虫の誘引を目的とする場合、p-anisaldehyde の濃度は、例えば、20mg/L以上で20,000mg/L以下の範囲内であることが好ましい場合があり、50mg/L以上で500mg/L以下の範囲内であることが好ましい場合があり、180mg/L以上で220mg/L以下の範囲内であることが好ましい場合がある。また、ミツバチ科(特にマルハナバチ属)の訪花昆虫の誘引を目的とする場合、例えば、 isoeugenolや1,4-dimethoxybenzene の濃度は、20,000mg/L以下であることが好ましい場合があり、特に isoeugenol の濃度は、50mg/L以上で500mg/L以下の範囲内であることが好ましい場合があり、180mg/L以上で220mg/L以下の範囲内であることが好ましい場合がある。1,4-dimethoxybenzene の濃度は、500mg/L以上で5000mg/L以下の範囲内であることが好ましい場合があり、1800mg/L以上で2200mg/L以下の範囲内であることが好ましい場合がある。なお、ポリエチレングリコール(平均分子量200)に限らず、液体の媒体を用いる場合に、上記した濃度範囲、濃度の上限及び下限を適用してもよい。
【0039】
液体の媒体を用いて調製された誘引剤は、例えば、1)開口部のある容器に格納して、2)目的物に塗布や噴霧等をして、3)吸液性の素材(例えば、脱脂綿、紙、不織布、吸水性樹脂等)に吸液させて、4)マイクロカプセル化して、等の形態で、利用することが出来る。
【0040】
本発明の一実施形態に係る誘引剤は、例えば、水、ポリエチレングリコール等の液体および固体ポリマー類、メタノールやエタノール、グリセリン等のアルコール類、トリエチルシトレート等のエステル類、パラフィン等の脂肪族炭化水素類、ベンゼン等の芳香族炭化水素類、ナタネ油やオリーブ油等の植物油等の媒体を用いることによって、徐放性を持たせることもできる。
【0041】
〔2.訪花昆虫の誘引剤の利用法〕
本発明の一実施形態に係る誘引剤は、ミツバチ科又はヒラタアブ亜科の訪花昆虫を選択的に誘引することができるという特徴を有する。特に限定されるものではないが、以下のような利用法が考えられる。
【0042】
(1) 訪花昆虫の収集や捕獲に利用することができる。訪花昆虫の収集や捕獲に際しては、本発明の一実施形態に係る誘引剤をトラップに配置してもよい。実施例に示すように、この誘引剤は、多様な昆虫が生息する野外においても、ミツバチ科及びヒラタアブ亜科を選択的に誘引できる。従って、野外においても、栽培温室などの施設内においても、ミツバチ科及び/又はヒラタアブ亜科の訪花昆虫の誘引に利用することができる。ここで、「選択的に」とは、限定されないが例えば、誘引された昆虫の50%以上、又は70%以上の個体が、ミツバチ科及びヒラタアブ亜科の昆虫である。
【0043】
(2) 上記(1)で収集や捕獲した訪花昆虫を駆除したり、トラップごと別の場所に移動させることができる。例えば、訪花昆虫がスズメバチ類であればこれを駆除することができる。例えば、訪花昆虫がミツバチ科又はヒラタアブ亜科の昆虫であれば、これらの昆虫を効率的に収集して、利用するべき場所に移動させることができる。これらの昆虫(成虫)は、花粉媒介者(ポリネーター)として農作物の送受粉に利用することができる。また、これらの昆虫(成虫)を繁殖させて送受粉に利用することができる。また、ヒラタアブ亜科の幼虫は、例えばアブラムシ等を捕食する天敵昆虫として増殖したものを害虫防除に利用できる。
【0044】
(3) 本発明の一実施形態に係る誘引剤を、飼養昆虫を放飼中あるいは放飼後の空間に配置する。これによって、放飼した昆虫の、逃亡の防止、定着、或いは回収を早める。飼養昆虫を放飼中あるいは放飼後の空間が栽培施設等である場合は、放飼した昆虫の当該施設外への逃亡を防止するため、或いは放飼した昆虫を施設内に定着させるために用いることができる。また、栽培施設等でその放飼個体の回収を早めるために用いることができる。
【0045】
(4) 本発明の一実施形態に係る誘引剤を、送受粉を要する植物自体やその近傍に配置することによって、花粉媒介者(ポリネーター)を誘引し、植物の受粉を促進するために用いることができる。
(5) 本発明の一実施形態に係る誘引剤を、化学合成農薬を散布する地域外に配置することによって、花粉媒介者(ポリネーター)を誘引し、化学合成農薬への暴露を回避するために用いることができる。
【0046】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例0047】
以下、本発明の一形態を実施例に基づきより具体的に説明する。
【0048】
〔1.一次スクリーニング〕
図1の(A)に示す市販のファネル型トラップを用いて、以下の手順で、誘引成分の一次スクリーニングを行った。ファネル型トラップは、緑色の傘部、黄色のファネル部、及び半透明の底部の3つの主要部材からなる。
【0049】
図1の(B)に記載した植物由来の精油8種類、及びビーセント(市販のミツバチ誘引剤:フェロモン)夫々を、徐放性の溶媒であるポリエチレングリコール(PEG200)で50倍希釈し、キムワイプに塗布して、ファネル型トラップの底部に入れた。このファネル型トラップを、つくばにある国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構の試験圃場内のカボチャ圃場に設置した。
図1の(B)に結果を示すように、フェンネル及びスターアニスの精油を入れたトラップで、野生の花粉媒介昆虫であるトラマルハナバチが顕著に多く捕獲できた。
【0050】
野外試験に供したサンプルから放出される揮発性成分を捕集してGC-MS分析した結果、フェンネル及びスターアニスの精油に共通の特徴的成分として、trans-anethole 及び p-allylanisole を特定した。他にα-pinene やβ-pinene、limonene 等も両精油で検出されたが、これらマイナー成分は他の精油からも広く検出された。
【0051】
〔2.同定した化合物等の野外試験(1)〕
trans-Anethole、p-allylanisole に加えて、両精油から未検出だが同じアニソール化合物である p-anisaldehydeの標品を用い、上記の〔1.一次スクリーニング〕と同様の要領で、野外(カボチャ圃場)で試験をした。なお、標品の希釈濃度は、
図2中に示すように、20,000mg/L、2,000mg/L、200mg/L、及び20mg/L(一部化合物のみで実施)である。結果、trans-anethole はトラマルハナバチを最も強く誘引し、20mg/L以上で濃度依存的に捕獲数が増した。また、p-anisaldehyde は200mg/Lで最もよく誘引した。p-Allylanisole でもトラマルハナバチの誘引性が認められた。対照のα-pinene やβ-pinene、d,l-limonene にはトラマルハナバチの誘引性がほぼ無かった(
図2の(B))。
【0052】
この試験では、trans-anethole、p-anisaldehyde、及び p-allylanisole が、ヒラタアブ類(主にホソヒラタアブ及びヒメヒラタアブ)の成虫も誘引することが分かった (
図3)。
【0053】
〔3.同定した化合物等の野外試験(2)〕
trans-Anethole(濃度20,000mg/L)及び p-anisaldehyde(濃度200mg/L)を用い、これらを適当な間隔でトラップ内に補充をしながら、野外(カボチャ圃場)で、上記の〔1.一次スクリーニング〕と同様の要領で、約1カ月間の長期モニタリング試験をした。その結果、トラマルハナバチが11月まで活動することを把握できた (
図4)。
【0054】
〔4.同定した化合物等の野外試験(3)〕
trans-Anethole を用い、上記の〔2.同定した化合物等の野外試験(1)〕と同様の要領で、ただしカボチャ圃場ではなくセイタカアワダチソウ群落にトラップを設置し、誘引捕獲される総ての訪花昆虫を分類した。trans-anethole の濃度は、20,000mg/L、2,000mg/L、200mg/L、及び20mg/Lである。この場合も、trans-anethole は、トラマルハナバチやヒラタアブ類を誘引・捕獲でき(
図5の(B))、訪花昆虫が立ち寄る植物の把握にも使用できることが分かった。なお、〔2.同定した化合物等の野外試験(1)〕のうち trans-anethole を用いて、カボチャ圃場で誘引捕獲された総ての訪花昆虫を分類した結果を、
図5の(A)として示す。また、
図6として、〔2.同定した化合物等の野外試験(1)〕のうち p-anisaldehyde(濃度は、20,000mg/L、2,000mg/L、200mg/L、及び20mg/L)を用いて、カボチャ圃場で誘引捕獲された、体長2mm以上の総ての訪花昆虫を分類した結果を示す。トラップを設置する植物によって、捕獲される訪花昆虫の構成が異なることを把握できた。一方で、カボチャ圃場に設置した trans-anethole と p-anisaldehyde とで、捕獲される訪花昆虫の構成は似通っていた。
なお、
図5の(A)では、捕獲された訪花昆虫の総数(全供試濃度での合計)が117頭のうち、トラマルハナバチは76頭(約65%)、ヒラタアブ類は14頭(約12%)であった。
図5の(B)では総計78頭のうち、トラマルハナバチは8頭(約10%)、ヒラタアブ類は47頭(約60%)であった。また、
図6では総計90頭のうち、トラマルハナバチは45頭(50%)、ヒラタアブ類は15頭(約17%)であった。
【0055】
〔5.同定した化合物等のクロマルハナバチに対する温室内試験〕
上記の〔2.同定した化合物等の野外試験(1)〕と同様にして、trans-anethole、p-allylanisole、及び p-anisaldehyde の標品を用い、飼養昆虫であるクロマルハナバチが放飼された(株)アグリ総研の温室内で試験を実施した。なお、標品の希釈濃度は、
図7中に示すように、20,000mg/L、2,000mg/L、200mg/L、及び20mg/Lである。trans-Anethole 及び p-anisaldehyde、p-allylanisole は、飼養昆虫のクロマルハナバチに対しても温室内の試験で誘引性を示し(
図7)、放飼虫の回収や行動操作に利用できる。
【0056】
〔6.野外試験(4)〕
trans-Anethole、p-anisaldehyde、及び p-allylanisole の標品を用い、上記の〔1.一次スクリーニング〕と同様の要領で、つくばの試験圃場内の様々な植物群落(野外)にファネル型トラップを設置した。なお、全ての標品はPEG200を用いて希釈をしており、その希釈濃度は20,000mg/Lである。この試験により捕獲された昆虫群を分類し、一部を種同定した結果を
図8に示す。
【0057】
〔7.野外試験(5)と網室内試験(1)〕
野外試験(4)で用いた3成分と類似のアニソール類縁化合物群を用いた点、及び、カボチャ圃場(野外)又は網室内にファネル型トラップを設置した点以外は、野外試験(4)と同様にしてつくばで試験を行った。PEG200で希釈をした各アニソール類縁化合物の希釈濃度は、20,000mg/Lである。網室内には、クロマルハナバチを放飼しており、開花期にあるゴーヤ棚を設置して、そのゴーヤ棚にファネル型トラップを設置している。
カボチャ圃場で捕獲された野生のトラマルハナバチの捕獲数、及び、網室内で捕獲された放飼クロマルハナバチの捕獲数を、
図9に示す。各アニソール類縁化合物の誘引性はマルハナバチの種類によって異なる場合があるが、例えば、trans-anethole や、1,4-dimethoxybenzene は、何れのマルハナバチに対しても、高い誘引性を示した。また、isoeugenol や eugenol は、クロマルハナバチに対して選択的に、trans-anethole よりも高い誘引性を示した。
【0058】
〔8.網室内試験(2)〕
網室内試験(1)で試験したアニソール類縁化合物群のうち、クロマルハナバチに対して比較的強い誘引性があった、eugenol、isoeugenol、1,4-dimethoxybenzene、及び 1,2,4-trimethoxybenzene について、さらに濃度-応答関係を評価した。各アニソール類縁化合物を、20、200、2,000、及び20,000mg/Lの希釈濃度でPEG200溶液としてファネル型トラップに封入し、網室内試験(1)と同様に網室内に設置して、放飼クロマルハナバチの捕獲数を計数した。結果を
図10に示す。
【0059】
〔9.飼育施設内試験〕
クロマルハナバチを飼育する(株)アグリ総研の大型施設内において、飼育作業後に巣へ戻らない逃亡個体を回収するため、trans-anethole の原液20mLを脱脂綿に塗布し、上部を開封したアルミバッグ(6×16cm) に入れたものを黄色ファネルトラップに封入して同施設内に設置した。対照のトラップは何も入れずに設置した。約半年後にクロマルハナバチの捕獲数を計数した。結果を
図11に示す。