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特開2024-55325リチウムバナジウム酸化物結晶体の製造方法、リチウムバナジウム酸化物結晶体、電極材料及び蓄電デバイス
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024055325
(43)【公開日】2024-04-18
(54)【発明の名称】リチウムバナジウム酸化物結晶体の製造方法、リチウムバナジウム酸化物結晶体、電極材料及び蓄電デバイス
(51)【国際特許分類】
   C01G 31/00 20060101AFI20240411BHJP
   H01M 4/485 20100101ALI20240411BHJP
   H01G 11/46 20130101ALI20240411BHJP
   H01G 11/86 20130101ALI20240411BHJP
【FI】
C01G31/00
H01M4/485
H01G11/46
H01G11/86
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022162152
(22)【出願日】2022-10-07
(71)【出願人】
【識別番号】000228578
【氏名又は名称】日本ケミコン株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504132881
【氏名又は名称】国立大学法人東京農工大学
(71)【出願人】
【識別番号】504358517
【氏名又は名称】有限会社ケー・アンド・ダブル
(74)【代理人】
【識別番号】100081961
【弁理士】
【氏名又は名称】木内 光春
(74)【代理人】
【識別番号】100112564
【弁理士】
【氏名又は名称】大熊 考一
(74)【代理人】
【識別番号】100163500
【弁理士】
【氏名又は名称】片桐 貞典
(74)【代理人】
【識別番号】230115598
【弁護士】
【氏名又は名称】木内 加奈子
(72)【発明者】
【氏名】近藤 竜也
(72)【発明者】
【氏名】町田 健治
(72)【発明者】
【氏名】直井 勝彦
(72)【発明者】
【氏名】岩間 悦郎
(72)【発明者】
【氏名】松村 圭祐
(72)【発明者】
【氏名】直井 和子
【テーマコード(参考)】
4G048
5E078
5H050
【Fターム(参考)】
4G048AA04
4G048AB02
4G048AC06
4G048AD03
4G048AD06
4G048AE05
5E078AB06
5E078BA27
5E078BA47
5E078BA62
5E078BA65
5E078BB30
5E078CA06
5E078DA03
5E078DA06
5E078FA02
5E078FA12
5H050AA04
5H050BA17
5H050CA07
5H050CB03
5H050GA02
5H050GA10
5H050HA02
5H050HA13
5H050HA14
(57)【要約】
【課題】省エネルギーで良好なレート特性を有するリチウムバナジウム酸化物結晶体の製造方法、良好なレート特性を有するリチウムバナジウム酸化物結晶体、電極材料及び蓄電デバイスを提供する。
【解決手段】水又は水を含む混合液を用意する工程と、水または水を含む混合液にバナジウム源とリチウム源が溶解され、pH5以上に調整された水溶液を用意する工程と、水溶液から液体を気化させ、リチウムバナジウム酸化物結晶体を析出させる乾燥工程を含む。析出する結晶体は、直径が50nm以下の一次粒子と、細孔分布で10nm以下にピークを有する細孔と、を備える。
【選択図】図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウムバナジウム酸化物結晶体の製造方法であって、
水又は水を含む混合液を用意する工程と、
水または水を含む混合液にバナジウム源とリチウム源が溶解され、pH5以上に調整された水溶液を用意する工程と、
前記水溶液から液体を気化させ、リチウムバナジウム酸化物結晶体を析出させる乾燥工程と、
を含むこと、
を特徴とするリチウムバナジウム酸化物結晶体の製造方法。
【請求項2】
前記水溶液を用意する工程が、
前記水又は前記混合液をpH5以上に調整するpH調整工程と、
pH5以上に調整された後、又はpHの5以上に調整される前の前記水又は前記混合液に、バナジウム源を溶解させるバナジウム溶解工程と、
を含むこと、
を特徴とする請求項1記載のリチウムバナジウム酸化物結晶体の製造方法。
【請求項3】
前記pH調整工程では、pH10以上に調整すること、
を特徴とする請求項2記載のリチウムバナジウム酸化物結晶体の製造方法。
【請求項4】
前記乾燥工程は1.67ml/min以上の気化速度による乾燥を含むこと、
を特徴とする請求項1又は2記載のリチウムバナジウム酸化物結晶体の製造方法。
【請求項5】
前記乾燥工程は、噴霧乾燥又は40℃以上60℃以下での減圧乾燥を含むこと、
を特徴とする請求項4記載のリチウムバナジウム酸化物結晶体の製造方法。
【請求項6】
前記乾燥工程を経て、液体を気化させた後、直ちに乾燥環境下で管理すること、
を特徴とする請求項5記載のリチウムバナジウム酸化物結晶体の製造方法。
【請求項7】
前記減圧乾燥を用い、液体を気化させた後も前記乾燥工程を継続すること、
を特徴とする請求項5記載のリチウムバナジウム酸化物結晶体の製造方法。
【請求項8】
前記乾燥工程は、60℃以上80℃以下での減圧乾燥を含むこと、
を特徴とする請求項4記載のリチウムバナジウム酸化物結晶体の製造方法。
【請求項9】
直径の平均が50nm以下の一次粒子と、
細孔分布で10nm以下にピークを有する細孔と、
を備え、
前記一次粒子が凝集し、前記一次粒子間に前記細孔を有する造粒体であること、
を特徴とするリチウムバナジウム酸化物結晶体。
【請求項10】
化学式Liで表されること、
を特徴とする請求項9記載のリチウムバナジウム酸化物結晶体。
但し、x=0.1~5、y=0.1~5、z=0.1~5、a=0~2であり、Mは、リチウムバナジウム酸化物結晶体にドープされたMo、W、Si、Cr又はTiであること。
【請求項11】
カチオンがディスオーダー化された結晶構造を有し、
X線回折の結果で表される結晶構造は、
入射角2θが32.2度付近にピークが現れ、
更に当該32.2度付近のピークよりも低角の範囲にはピークが無いか、
またはピークがあっても、当該32.2度付近のピークよりも低角の範囲に存在する全てのピークの回折強度は当該32.2度付近のピークの回折強度よりも小さいこと、
を特徴とする請求項9記載のリチウムバナジウム酸化物結晶体。
【請求項12】
前記32.2度付近のピークよりも低角の範囲に現われるピークの回折強度は、前記32.2度付近のピークの回折強度を100とすると50以下であること、
を特徴とする請求項11記載のリチウムバナジウム酸化物結晶体。
【請求項13】
請求項9乃至12の何れかに記載のリチウムバナジウム酸化物結晶体を含むことを特徴とする電極材料。
【請求項14】
請求項13記載の電極材料を正極又は負極に用いたこと、
を特徴とする蓄電デバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムバナジウム酸化物結晶体及びその製造方法、このリチウムバナジウム酸化物結晶体を含む電極材料、及びこの電極材料を正極又は負極に用いた蓄電デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
化学式LiVOのバナジン酸リチウムに代表されるリチウムバナジウム酸化物は、チタン酸リチウム(LiTi12)及びB型酸化チタン(TiO(B))よりも低充放電電位(V vs Li/Li+)である。しかも、リチウムバナジウム酸化物は、グラファイトよりも高充放電電位(V vs Li/Li+)である。従って、このリチウムバナジウム酸化物を負極材料に適用した蓄電デバイスには、高エネルギー密度と高い安全性が期待できる。
【0003】
また、リチウムバナジウム酸化物を負極材料として用いたキャパシタの理論容量は、チタン酸リチウムと比べると2倍以上になるとの報告がある。サイクル特性においても、リチウムバナジウム酸化物を負極材料として用いたキャパシタは、高い容量維持率及び高い充放電効率を維持する。
【0004】
そのため、このリチウムバナジウム酸化物の結晶体は、各種蓄電デバイスの用途が想定されて研究されている。蓄電デバイスとしては、正極及び負極にそれぞれ金属化合物粒子を用いたリチウムイオン二次電池、及び正極に活性炭、負極にリチウムイオンを可逆的に吸着/脱着可能な材料を用いたハイブリッドキャパシタが挙げられる。
【0005】
リチウムバナジウム酸化物結晶体の製造方法としては、次の方法が一般的に知られている。即ち、固相法又は液相法によってリチウム源とバナジウム源を混ぜ合わせる。そして、600℃以上の焼成によって結晶化及び結晶成長させる(例えば、非特許文献1参照)。
【0006】
但し、リチウムバナジウム酸化物結晶体は、通常はβ相の結晶構造を有する。β相の結晶構造は、ウルツ鉱型であり、空間群がPnm2である。β相の結晶構造を有するリチウムバナジウム酸化物結晶体を電極材料として用いた蓄電デバイスには、レート特性に問題を有する。具体的には、Cレートを上げると急激に入力特性及び出力特性が悪化する。または、充放電密度を上げると、充電できる充電容量及び放電できる放電容量が少なくなる。
【0007】
そこで、770℃以上の焼成によって、β相からγ相へリチウムバナジウム酸化物結晶体の構造を相転移させる方法が提案されている(例えば、非特許文献2参照。)。γ相の結晶構造は、所謂LISICON(Lithium Super Ionic CONductor)型であり、Pnma結晶構造である。γ相の結晶構造を有するリチウムバナジウム酸化物結晶体は、四面体のLiO配位構造及び四面体のVO配位構造を基本骨格とし、八面体のLiO配位構造を有する。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Zhiyong Liang, et al., Journal of Power Sources, 2014, Volume 252, Pages 244-247.https://doi.org/10.1016/j.jpowsour.2013.12.019
【非特許文献2】Chaoyi Liao, et al.,ADVANCED ENERGY MATERIALS, 2018, Vol.8, Issue.9, 1701621.https://doi.org/10.1002/aenm.201701621
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
γ相に相転移させたリチウムバナジウム酸化物結晶体が電極材料であると、蓄電デバイスのレート特性は良好になる。即ち、高い充放電密度で大充電容量及び大放電容量を達成できる。しかしながら、γ相に相転移させるには、製造工程中に770℃以上の焼成工程を導入しなければならない。
【0010】
昨今の地球環境保全の高まりに関連し、770℃以上の焼成工程は高エネルギー消費工程である。従って、γ相に相転移させるという、現状のリチウムバナジウム酸化物結晶体のレート特性向上策は、地球環境保全の観点で課題を有する。
【0011】
本発明の目的は、良好なレート特性を有するリチウムバナジウム酸化物結晶体を省エネルギーで製造する製造方法、良好なレート特性を有するリチウムバナジウム酸化物結晶体、電極材料及び蓄電デバイスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
前記の目的を達成するため、本実施形態のリチウムバナジウム酸化物結晶体の製造方法は、リチウムバナジウム酸化物結晶体の製造方法であって、水又は水を含む混合液を用意する工程と、水または水を含む混合液にバナジウム源とリチウム源が溶解され、pH5以上に調整された水溶液を用意する工程と、前記水溶液から液体を気化させ、リチウムバナジウム酸化物結晶体を析出させる乾燥工程と、を含む。
【0013】
前記水溶液を用意する工程が、前記水又は前記混合液をpH5以上に調整するpH調整工程と、pH5以上に調整された後、又はpHの5以上に調整される前の前記水又は前記混合液に、バナジウム源を溶解させるバナジウム溶解工程と、を含むようにしてもよい。
【0014】
前記pH調整工程では、pH10以上に調整するようにしてもよい。
【0015】
前記乾燥工程は1.67ml/min以上の気化速度による乾燥を含むようにしてもよい。
【0016】
前記乾燥工程は、噴霧乾燥又は40℃以上60℃以下での減圧乾燥であるようにしてもよい。
【0017】
前記乾燥工程を経て、液体を気化させた後、直ちに乾燥環境下で管理するようにしてもよい。
【0018】
前記減圧乾燥を用い、液体を気化させた後も前記乾燥工程を継続するようにしてもよい。
【0019】
前記乾燥工程は、60℃以上80℃以下での減圧乾燥であるようにしてもよい。
【0020】
また、前記の目的を達成するため、本実施形態のリチウムバナジウム酸化物結晶体は、直径が50nm以下の一次粒子と、細孔分布で10nm以下にピークを有する細孔と、を備え、前記一次粒子が凝集し、前記一次粒子間に前記細孔を有する造粒体である。
【0021】
このリチウムバナジウム酸化物結晶体は、化学式Liで表されるようにしてもよい。但し、x=0.1~5、y=0.1~5、z=0.1~5、a=0~2であり、Mは、リチウムバナジウム酸化物結晶体にドープされたMo、W、Si、Cr又はTiである。
【0022】
カチオンがディスオーダー化された結晶構造を有し、X線回折の結果で表される結晶構造は、入射角2θが32.2度付近にピークが現れ、更に当該32.2度付近のピークよりも低角の範囲にはピークが無いか、またはピークがあっても、当該32.2度付近のピークよりも低角の範囲に存在する全てのピークの回折強度は当該32.2度付近のピークの回折強度よりも小さいようにしてもよい。
【0023】
前記32.2度付近のピークよりも低角の範囲に現われるピークの回折強度は、前記32.2度付近のピークの回折強度を100とすると50以下であるようにしてもよい。
【0024】
このリチウムバナジウム酸化物結晶体を含む電極材料も本発明の一態様である。また、この電極材料を正極又は負極に用いた蓄電デバイスも本発明の一態様である。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、良好なレート特性を有するリチウムバナジウム酸化物結晶体を省エネルギーで製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】リチウムバナジウム酸化物結晶体の粉末X線回折分析によるX線回折スペクトルを示したグラフであり、(a)はカチオンディスオーダー化されている結晶構造のX線回折スペクトルを示し、(b)は本製造法で得られた長距離秩序のあるリチウムバナジウム結晶構造のX線回折スペクトルを示し、(c)は焼成工程を経て得られたβ相の結晶構造を有するリチウムバナジウム酸化物結晶体のX線回折スペクトルを示す。
図2】カチオンディスオーダーの結晶構造を有するリチウムバナジウム酸化物結晶体示す模式図である。
図3】カチオンディスオーダーの結晶構造を有するリチウムバナジウム酸化物結晶体の充放電カーブを示すグラフである。
図4】長距離秩序がある結晶構造を有するリチウムバナジウム酸化物結晶体の充放電カーブを示すグラフである。
図5】溶液試料に対する51V-NMR分析の結果を示すスペクトルであり、(a)は実施例1を示し、(b)は比較例1を示す。
図6】粉末X線回折分析の結果を示すスペクトルであり、(a)は実施例1を示し、(b)は比較例1を示す。
図7】実施例1のリチウムバナジウム結晶体の倍率1万倍の表面SEM像である。
図8】実施例1のリチウムバナジウム結晶体の倍率10万倍の表面SEM像である。
図9】実施例1及び比較例1の差分細孔容積分布である。
図10】実施例1及び比較例1の充電時の電流密度と充電容量との関係、及び放電時の電流密度と放電容量との関係を示すグラフである。
図11】実施例2の粉末X線回折分析の結果を示すスペクトルである。
図12】実施例3の溶液試料に対する51V-NMR分析の結果を示すスペクトルである。
図13】実施例4のリチウムバナジウム結晶体の倍率1万倍の表面SEM像である。
図14】実施例4のリチウムバナジウム結晶体の倍率10万倍のSEM像である。
図15】実施例1、実施例4及び比較例1の充電時の電流密度と充電容量との関係、及びと放電時の電流密度と充電容量との関係を示すグラフである。
図16】実施例5乃至7の粉末X線回折分析の結果を示すスペクトルである。
図17】実施例8及び9の粉末X線回折のスペクトルである。
図18】実施例8乃至10の差分細孔容積分布である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明を実施する形態について説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施形態に限定されるものでない。本発明において気化とは、物質が液体状態から気体状態に変化することを表す。
【0028】
(産業上の利用可能性)
リチウムバナジウム酸化物結晶体は、化学式Liで表される。x=0.1~5、y=0.1~5、z=0.1~5、a=0~2であり、Mは、リチウムバナジウム酸化物結晶体にドープされたMo、W、Si、Cr又はTiであるが、これらがドープされていなくともよい。代表的には、リチウムバナジウム酸化物結晶体は化学式LiVOで表され、電極材料としてリチウムイオンの挿入時には組成式Li3+bVOとなる。bは挿入されたリチウムイオンである。
【0029】
このリチウムバナジウム酸化物結晶体は、リチウムイオンが可逆的に挿入及び脱離可能な材料である。リチウムバナジウム酸化物結晶体は、蓄電デバイスの電極材料としての用途に好適である。蓄電デバイスとしては、リチウムイオン二次電池やリチウムイオンハイブリッドキャパシタが挙げられる。
【0030】
リチウムイオン二次電池において、正極はリチウム金属化合物を含む活物質層を有し、負極はリチウムバナジウム酸化物結晶体を含む活物質層を有し、正極及び負極はリチウムイオンが可逆的に挿入及び脱離されるファラデー反応電極となる。リチウムイオンハイブリッドキャパシタにおいて、正極は例えば活性炭を有する分極性電極であり、活性炭と電解質との境界面に形成される電気二重層の蓄電作用を利用し、負極は本リチウムバナジウム酸化物結晶体を含む活物質層を有し、リチウムイオンが可逆的に挿入及び脱離されるファラデー反応電極である。
【0031】
(リチウムバナジウム酸化物結晶体の製造方法)
このリチウムバナジウム酸化物結晶体は、次の通り製造される。まず必要なことは、pHが調整された水にバナジウム源を溶解させ、又はバナジウム源を溶解させた水溶液のpHを調整することである。水に溶解したバナジウム源からは、電離、プロトン化及び脱プロトン化の可逆反応がpHに応じて偏って発生することで、VO 3-イオン又はVOを構造中に含む陰イオンが生じる。VOを構造中に含む陰イオンは、バナジウムの周囲に4個の酸素イオンが結合し、酸素イオンの一部が水酸化している。例えば、この陰イオンはHVO 2-イオン又はHVO イオンである。以下、VO 3-イオン及びVOを構造中に含む陰イオンを総称してVOユニットという。
【0032】
VOユニットを含む水溶液には、リチウム源も溶解させる。バナジウム源に先立ってリチウム源を溶解させてもよい。リチウム源は、水に対して可溶なイオン解離性のリチウム含有化合物である。そして、リチウムイオン及びVOユニットの存在下で水分を気化させる。水分の揮散によって飽和濃度以上に濃縮され、VOユニットがリチウムイオンを取り込みつつ結晶化し、リチウムバナジウム酸化物結晶体が析出する。
【0033】
即ち、このリチウムバナジウム酸化物結晶体は、バナジウム源溶解工程、pH調整工程、リチウム溶解工程及び乾燥工程を経て製造される。pHを調整することで水溶液中にVOユニットが生成され、水分の気化によりリチウムバナジウム酸化物結晶体を析出させればよく、工程の順序は変更自在である。リチウム源はpH調整剤を兼ねることができ、pH調整工程とリチウム溶解工程とを同一又は重複する工程としてもよい。
【0034】
リチウム源及びバナジウム源を溶解させる溶媒は、イオン交換水若しくは蒸留水等の水、又は水を主とする混合液である。混合液中、水が溶媒中の50wt%以上を占めていればよい。そこで、混合液に、リチウム源やバナジウム源の溶解性を高めるためのアルコールを、溶媒として追加してもよい。アルコールは、メタノール、エタノール、ブタノール及びイソプロピルアルコール等が好適に使用される。混合液を用いた場合には、水分と混合した溶媒からなる液体成分が気化するようにすればよい。
【0035】
バナジウム源は、バナジウムの酢酸塩、硫酸塩、硝酸塩、ハロゲン化合物、又はキレート化剤である。具体的には、バナジウム源は、メタバナジン酸塩、酸化バナジウム、バナジウム(III)アセチルアセトナート、バナジウム(IV)オキシアセチルアセトナート、オキシ三塩化バナジウム、四塩化バナジウム、三塩化バナジウム、ポリバナジン酸塩、又はこれらの複数種である。メタバナジン酸塩は、例えばNHVO、NaVO、KVO等である。酸化バナジウムは、例えばV、V、V、V等である。
【0036】
バナジウム源を溶解させた水溶液は、少なくともpH5以上に調整する。好ましくは、バナジウム源を溶解させた水溶液は、pH10以上に調整される。水溶液がpH5以上であると、水相内に生成されるバナジウム酸化物イオン中、VOユニットの割合が大きくなる。水溶液がpH10以上であると、HVO 2-が減少し、VO 3-イオンの割合が増加する。一方、バナジウム源を溶解させた水溶液がpH5未満であると、VOユニットが生成されない。
【0037】
リチウム源としては、水酸化リチウム、水酸化リチウム水和物、酢酸リチウム、硝酸リチウム、炭酸リチウム、塩化リチウム及び乳酸リチウム等が挙げられる。バナジウム源とリチウム源は、リチウムバナジウム酸化物の化学量論比に従って水相中に投入される。LiVOの場合、バナジウムに対してリチウムが3倍のモル量となるように、バナジウム源とリチウム源を添加する。水酸化リチウムと五酸化バナジウムを添加する場合には、6モルの水酸化リチウムに対して1モルの五酸化バナジウムの割合で添加する。
【0038】
リチウム源は、好ましくは、水酸化リチウム又は水酸化リチウム水和物である。水酸化リチウム又は水酸化リチウム水和物は、強塩基であり、バナジウム源が溶解した水溶液のpHを調整し易い。即ち、リチウムバナジウム酸化物の材料源以外の不純物が水溶液に含まれずに済む。もっとも、他のpH調整剤は、リチウム源又はバナジウム化合物との反応性に乏しければ、特に限定されずに使用できる。他のpH調整剤としては、クエン酸、アンモニア、ジメチルアミン、トリメチルアミン及び水酸化ナトリウム等の水酸化物が挙げられ、これらの濃度によっても調整できる。
【0039】
リチウム源、バナジウム源及びpH調整剤が添加された水溶液は、マグネティックスターラー、電気モータ式撹拌機、エアモータ式撹拌機等の撹拌手段を用いて無色透明になるまで攪拌すればよい。水溶液の無色透明への変化は、リチウム源とバナジウム源の完全な溶解を示す。
【0040】
乾燥による結晶析出の方法は、リチウム源とバナジウム源が溶解した水溶液から十分に水分を揮散できれば、特に限定されず、40℃以上80℃以下という低温度環境下で乾燥させても、レート特性に優れたリチウムバナジウム酸化物結晶体が得られる。そこで、乾燥工程において適用される加熱温度は、好ましくは40℃以上80℃以下である。γ相に結晶構造を相転移させる770℃以上の焼成を追加する製法と比べ、この製造工程中で必要な熱エネルギーは小さくなる。
【0041】
更に好ましくは、乾燥工程は減圧乾燥とし、40℃以上60℃以下の温度環境下で、1.67ml/min以上の気化速度で水分を気化させる。または、更に好ましくは、乾燥工程は噴霧乾燥とし、1.67ml/min以上の気化速度で水分を気化させる。噴霧乾燥では、リチウムイオンとVOユニットが生成された水溶液を熱風中に噴霧し、瞬時に水分を気化させる。水蒸気は、熱風に載ってリチウムバナジウム酸化物結晶体から瞬時に離隔する。
【0042】
この製造方法では、リチウムバナジウム酸化物結晶体は、原始的には後述の長距離秩序が崩れたカチオンディスオーダーの結晶構造を採る。1.67ml/min以上の気化速度で水分を気化させることで、カチオンディスオーダーの結晶構造を有するリチウムバナジウム酸化物結晶体に水分が再接触するのを阻止でき、リチウムバナジウム酸化物結晶体の長距離秩序が回復することを防ぐことができる。
【0043】
但し、ロータリーエバポレータの恒温水槽が60℃以上80℃以下の温度範囲である場合、1.67ml/min以上の気化速度で水分を気化させたとしても、冷却器の水蒸気冷却能力の限界により系内に水分が残留してしまう。そのため、リチウムバナジウム酸化物結晶体に水分が再接触し、リチウムバナジウム酸化物結晶体の結晶構造に経時的に長距離秩序の配列規則性が現れる。
【0044】
ロータリーエバポレータの恒温水槽が40℃以上60℃以下の温度範囲であれば、冷却器による水蒸気の冷却は十分である。即ち、カチオンディスオーダーの結晶構造を採るリチウムバナジウム酸化物結晶体と水分とは、精度良く隔離される。そのため、結晶構造の長距離秩序に配列規則性が現れる変化は起り難い。また、噴霧乾燥では、熱風に乗せて水蒸気がリチウムバナジウム酸化物から瞬時に離隔されるため、リチウムバナジウム酸化物結晶体には、カチオンディスオーダーの結晶構造を維持できる。
【0045】
尚、水分から隔離し続けるため、40℃以上60℃以下の温度環境下で1.67ml/min以上の気化速度になるように減圧乾燥し、また1.67ml/min以上の気化速度になるように噴霧乾燥した後であっても、リチウムバナジウム酸化物を密閉容器に封入する等の水分管理が好ましい。減圧乾燥又は噴霧乾燥の後は、密閉容器に封入する前に、本リチウムバナジウム酸化物結晶体を真空乾燥し、水分の除去に更に努めてもよい。
【0046】
もっとも、この製造方法によれば、リチウムバナジウム酸化物結晶体の一次粒子は小粒径となり、またメソ孔以下の大きさの細孔が多く形成される。そのため、結晶構造がカチオンディスオーダーから配列規則性を有する長距離秩序の結晶構造に変化しても、リチウムバナジウム酸化物結晶体は高速充放電性能を有する。
【0047】
本リチウムバナジウム酸化物結晶体に金属種Mをドープし、LiVOとLiMOの固溶体にする場合、金属種Mの材料源は、リチウム源とバナジウム源とともに水溶液に溶解させればよく、化学式Liの化学量論比に従って混合すればよい。金属種Mの材料源として、リチウム源とバナジウム源とともに水溶液に溶解するMo、W、Si、Cr又はTiを含む金属、またはMo、W、Si、Cr又はTiを含む化合物が用いられる。また、金属種Mの材料源として、アルカリ金属類、アルカリ土類金属を用いてもよい。金属種Mとして用いられるアルカリ金属はNa、K、Rb、Csであり、アルカリ土類金属はCa、Sr、Ba、Raである。金属種MはMo、W、Si、Cr、Ti、アルカリ金属であるNa、K、Rb、Cs、又は、アルカリ土類金属であるCa、Sr、Ba、Raから選ばれる一種の金属種を含むように金属種の材料源を選択してもよい。また、金属種Mが1以上の金属種となるように金属種Mの材料源を複数選択してもよい。
【0048】
(析出物)
この製造方法によれば、リチウムバナジウム酸化物結晶体の一次粒子が凝集した造粒体が得られる。一次粒子の粒子径は平均50nm以下である。リチウムバナジウム酸化物結晶体は、この一次粒子の微小化によって、リチウムイオンの拡散係数が向上する。そのため、リチウムバナジウム酸化物結晶体は高速充放電性能を有する。
【0049】
造粒体には、微細な一次粒子が粒状に凝集することで細孔が形成されている。細孔は、一次粒子間に画成され、造粒体内部に通じる。細孔分布は、10nm以下にピークを有する。この細孔分布により、造粒体の内部にリチウムイオンが拡散し易く、リチウムバナジウム酸化物結晶体は高速充放電性能を有する。
【0050】
40℃以上60℃以下の温度環境下で、1.67ml/min以上の気化速度で水分を気化させる減圧乾燥し、または、1.67ml/min以上の気化速度で水分を気化させる噴霧乾燥した場合、リチウムバナジウム酸化物結晶体は、カチオンディスオーダーの結晶構造を有する。
【0051】
図1は、リチウムバナジウム酸化物結晶体をシミュレーションに基づくX線回折スペクトルと粉末X線回折測定によるX線回折スペクトルについて分析した結果を示すグラフである。図1の(c)は、焼成工程を経て得られたβ相の結晶構造を有するリチウムバナジウム酸化物結晶体の粉末X線回折のX線回折スペクトルを示す。図1の(a)は、粉末X線回折によって得られたカチオンディスオーダーの結晶構造を有するリチウムバナジウム酸化物結晶体のX線回折スペクトルである。また、図1の(b)は、粉末X線回折測定によって得られた長距離秩序のあるリチウムバナジウム酸化物結晶体のX線回折スペクトルである。
【0052】
図1の(a)乃至(c)に示すように、カチオンディスオーダーの結晶構造を有するリチウムバナジウム酸化物、長距離秩序のある結晶構造を有するリチウムバナジウム酸化物、及び焼成工程によって得られたβ相の結晶構造を有する本リチウムバナジウム酸化物は、双方とも、入射角2θが32.2度付近に鋭敏なピークが現れる点は同じである。尚、32.2度付近とは32.2±0.7度をいう。32.2度付近の鋭敏なピークは、リチウムバナジウム酸化物結晶体の結晶構造には、020面に2.72Åの面間距離を周期にしたLiO配位構造とVO配位構造の配列規則があることを示している。
【0053】
図1の(c)に示すように、β相の結晶構造は、32.2度付近の回折ピークよりも低角の範囲にも5本の回折ピークを有する。5本の回折ピークは、25度から30度の範囲に1本、20度から25度の範囲に3本、15度から20度の範囲に1本現われる。角度の大きいほうから順番に、111面、011面、101面、110面及び010面に3.17Å、3.66Å、3.90Å、4.13Å及び5.45Åの面間距離を周期にしたLiO配位構造とVO配位構造の配列規則の存在を示している。
【0054】
図1の(b)に示すように、長距離秩序を有するリチウムバナジウム酸化物結晶体の結晶構造は、図1の(c)に示したような32.2度付近の回折ピークよりも低角の範囲にも5本の回折ピークを有する。5本の回折ピークは、25度から30度の範囲に1本、20度から25度の範囲に3本、15度から20度の範囲に1本現われた。
【0055】
この5本の回折ピークが示すLiO配位構造とVO配位構造による長距離な範囲での配列の繰り返しパターンを長距離秩序という。即ち、β相の結晶構造を有するバナジン酸リチウム結晶体は、入射角2θが32.2度付近よりも低角の範囲に5種類の長距離秩序を有する。また、V5+の配位構造は四面体配位である。
【0056】
図1の(a)に示すように、カチオンディスオーダーの結晶構造を採ると、32.2度付近の回折ピークよりも低角の範囲に存在する全ての回折ピークは、32.2度付近の回折ピークよりも回折強度が小さくなっている。好ましくは、図1の(a)に示すように、32.2度付近のピークよりも低角の範囲に回折ピークが消失している。
【0057】
このX線回折の結果より、カチオンディスオーダー化したリチウムバナジウム酸化物結晶体の結晶構造は、次の構造となる。
【0058】
リチウムバナジウム酸化物結晶体の“平均”構造として、バナジウムの配位構造は、酸化数5+のVOによる六面体構造であり、バナジウムイオンが結晶格子中心に据えられている。なお、リチウムバナジウム酸化物結晶体に四面体構造によるVO配位構造が一部に残っていてもよい。更に、リチウムイオンを中心とするLiO配位構造も六面体構造を有している。
【0059】
“平均”構造とは、リチウムバナジウム酸化物結晶体に着目したときに結晶を全体的に見たときの構造である。局所的に結晶を見ると、カチオンオーダー化した配位構造を有するリチウムバナジウム酸化物結晶体の結晶構造は、β相の結晶構造を有するリチウムバナジウム酸化物結晶体のような長距離秩序とは異なり、LiO四面体の中あるいはVO四面体の中の中心金属であるLiやVは、四面体の一つの面側(底面)に近づき、四面体の中心から離れたLiOやVOが「短距離秩序」を成す。この短距離秩序は、約8Åごとの周期を有する。非常に短距離の間で秩序が形成されるため、X線回折のような分析では、平均化された結晶構造が確認される。例えば、完全に逆方向を向いたユニットが隣接した場合、X線回折の結果として、バナジウムやリチウムの座標は底面を共有する四面体同士の中心、つまり六面体構造をとる。
【0060】
図2に示すように、六面体構造を有する。図2中の大きい方の球は酸素原子を表し、小さい方の球はリチウム原子またはバナジウム原子を表す。なお、リチウム原子とバナジウム原子は、リチウム原子が3に対しバナジウム原子が1の比率で存在する。短距離的秩序は、図2に示す構造のように、酸素原子で構成された六面体の格子内にバナジウム原子又はリチウム原子を取り込んだ構造によって形成され得る。
【0061】
酸化数5+のVOによる六面体構造をとり、カチオンディスオーダーの結晶構造を有するリチウムバナジウム酸化物結晶体が生成された理由として次の理由が考えられる。なお、この理由はあくまで推論であり、この理由に縛られるものではない。
【0062】
即ち、pH5以上に調整された水溶液中ではバナジウムイオンはVOの配位構造が形成されている。また、水溶液中ではリチウムイオンはLi+として存在する。乾燥工程によって水溶液から液体を気化させる中で、水溶液中のVOの配位構造を備えるバナジウムイオンとリチウムイオンが含まれる水溶液は、飽和状態に近づく。飽和量を超えたVOの配位構造を有するバナジウムイオンとLi+からなるリチウムイオンは、乾燥工程によって急激に極微小な結晶核を形成しながら析出が始まる。
【0063】
この急激な析出によって、細密な構造をとるため、VOの四面体中心にバナジウムイオン有する配位構造から、周囲の他のVOと配位しながら六面体構造を有するVOを形成し、六方最密構造に結晶核が形成され始める。VOの配位構造として結晶核が形成される中で、VO同士が形成する隙間の一部にリチウムイオンを取り込みながらLiOの六面体の配位構造が形成されてゆく。急激な析出によって、六面体構造への配位構造の変化をしながら、細密に原子が充填された六方最密構造としてリチウムバナジウム酸化物結晶体が得られたと推測される。また、この急激な析出によって、リチウムイオンを取り込む極微小な結晶は不規則にリチウムイオン取り込みながら一次粒子として成長したと考えられる。
【0064】
そのため、六面体構造を有するVOの配置と六面体構造を有するLiOの配置が一部不規則的につながった部分が存在すると考えられる。この不規則なつながりによってリチウムイオンの配置の乱れ、ディスオーダー化が生じたと考えられる。
【0065】
リチウムバナジウム酸化物結晶体の構造は、VO配位構造とLiO配位構造の配列は、32.2度付近のピークよりも低角の範囲に現れる各種長距離秩序の全て又は一部が崩れてランダムになっている。換言すると、32.2度付近のピークよりも低角の範囲に現われる距離でのVO配位構造とLiO配位構造の配列の規則性が失われているか、規則性に従う割合が少なくなっている。
【0066】
より具体的には、カチオンディスオーダーの結晶構造を有するリチウムバナジウム酸化物結晶体は、020面に2.72Åの面間距離を周期にしたLiO配位構造とVO配位構造の配列規則(以下、基準秩序という)がある。一方、111面、011面、101面、110面及び010面に3.17Å、3.66Å、3.90Å、4.13Å及び5.45Åの面間距離を周期にしたLiO配位構造とVO配位構造の配列規則を保つ割合が、基準秩序よりも小さくなっているか、または長距離秩序は無くなっている。好ましくは、32.2度付近のピークよりも低角の範囲に現われるピークの回折強度は、32.2度付近のピークの回折強度を100とすると50以下であり、これにより、カチオンディスオーダーの結晶構造の性質が顕著に現れる。
【0067】
カチオンディスオーダー化されたリチウムバナジウム酸化物結晶体は、LiO配位構造とVO配位構造の長距離の配列規則性が既に乱れている。そのため、リチウムイオンの挿入前後及び脱離前後で、LiO配位構造とVO配位構造の長距離の配列が様変わりすることはない。長距離の配列が様変わりしなければ、リチウムイオンの挿入及び脱離に要するエネルギーは少なくて済み、リチウムイオンの拡散係数は向上する。従って、カチオンディスオーダーの結晶構造を有するリチウムバナジウム酸化物結晶体は、蓄電デバイスのレート特性を向上させるものである。
【0068】
乾燥方法及び水分管理によって、長距離秩序のあるリチウムバナジウム酸化物結晶体を生成するか、カチオンディスオーダーの結晶構造を維持させるかの選択は、蓄電デバイスの種類の応じるようにしてもよい。図3は、カチオンディスオーダーの結晶構造を有するリチウムバナジウム酸化物結晶体の充放電カーブを示すグラフであり、図4は、長距離秩序のあるリチウムバナジウム酸化物結晶体の充放電カーブを示すグラフである。なお、図3及び図4はそれぞれ充放電を4回行ったときの結果を表すグラフであり、一番濃い黒で表され、最も大容量の充放電領域まで延びている充放電の両カーブが1回目の充放電結果である。2回目から4回目にかけて、1回目の充放電結果から不可逆容量が減少した充放電カーブが重なるように得られた。
【0069】
図3に示すように、カチオンディスオーダーの結晶構造を有するリチウムバナジウム酸化物結晶体に係る充放電カーブは、1V付近のプラトー領域がなく、緩やかに傾斜している。従って、リチウムイオンキャパシタ等のキャパシタの電極材料に用いる場合には、カチオンディスオーダーの結晶構造を維持したリチウムイオン酸化物結晶体を生成するようにしてもよい。
【0070】
一方、図4に示すように、長距離秩序のあるリチウムバナジウム結晶体に係る充放電カーブは、1V付近にプラトー領域が存在している。従って、リチウムイオン二次電池等の電池の電極材料に用いる場合には、長距離秩序のあるリチウムイオン酸化物結晶体を生成するようにしてもよい。
【実施例0071】
以下、リチウムバナジウム酸化物結晶体に係る実施例をさらに詳細に説明する。なお、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0072】
(実施例1)
実施例1の製造方法により、リチウムバナジウム酸化物結晶体を作製した。この実施例1の製造方法では、室内の温湿度、常温及び大気環境下にて、リチウムバナジウム酸化物結晶体の材料源をpH11.82の水溶液に溶解した後、ロータリーエバポレータを用いて減圧乾燥し、直ちに乾燥粉末の真空乾燥と管理工程に移った。
【0073】
即ち、LiOHで表される水酸化リチウム一水和物(富士フィルム和光純薬工業株式会社:126-01211)をイオン交換水(HO)に溶解させた。LiOH水溶液が無色透明になるまで、マグネティックスターラーにより5分間攪拌した。次に、Vで表される五酸化バナジウム(関東化学株式会社:44017-00)を、LiOH水溶液に溶解させた。水溶液が非常に薄いオレンジ色又は無色透明になるまで、マグネティックスターラーにより5分間攪拌した。
【0074】
水酸化リチウムは、100mLのイオン交換水に対して1.2588gが投入され、五酸化バナジウムは、100mLのイオン交換水に対して0.9094gが投入された。30mmolの水酸化リチウムと5mmolの五酸化バナジウムが100mLのイオン交換水に溶解したことになる。水溶液には、リチウムとバナジウムとがLiVOの化学量論比に従って3:1の割合で含まれる。この水溶液は、pHを確認したところpH11.82にであった。
【0075】
ロータリーエバポレータ(東京理化器械株式会社,N-1110)とダイアフラム型ドライ真空ポンプ(ULVAC,DTC41)を準備し、pH11.82の水溶液を減圧乾燥した。試料フラスコに、LiOHとVを溶解した、pHが11.82の水溶液を収容し、恒温水槽の水温は40℃に設定し、系内は7kPaに減圧した。これにより、この減圧乾燥では、水分が1.67ml/minの気化速度で気化させた。
【0076】
減圧乾燥から約1時間後、目視により水分が気化し切ったことを確認し、直ちに、リーコック・キャピラリー管から窒素ガスを流入させて系内を常圧に戻した。更に、常圧に戻した後、直ちに、試料フラスコ内の析出物を、真空乾燥機に入れて1時間乾燥させた。真空乾燥機で乾燥させた後、析出物を温度27℃(常温)、水分濃度1ppm以下及び不活性雰囲気のグローブボックス内に移して保管した。
【0077】
次に、比較例1の製造方法によりリチウムバナジウム酸化物結晶体を作製した。比較例1の製造方法は、室内の温湿度、常温及び大気環境下にて、リチウムバナジウム酸化物結晶体の材料源を水溶液に溶解した後、ロータリーエバポレータを用いて減圧乾燥し、直ちに乾燥粉末の真空乾燥と管理工程に移した点で、実施例1の製造方法と同じである。但し、クエン酸によりpH3.09に調整された水溶液にVを溶解させた点で、実施例1と異なる。
【0078】
(実施例1のNMR)
LiOHとVを溶解させ、減圧乾燥前の水溶液を用い、核磁気共鳴分光法(NMR)によって、溶液試料に対する51V-NMR分析を行った。その結果を、図5に示す。図5の(a)は実施例1の溶液NMRのスペクトルを示し、(b)は比較例1の溶液NMRのスペクトルを示す。
【0079】
図5の(a)に示すように、実施例1では-535ppmと-560ppmにピークが生じていることが確認できる。-535ppmのピークはHVO 2-の存在を示し、-560ppmのピークはHVO の存在を示す。即ち、実施例1の製造方法では、pH11.82に調整することによって、VOユニットが生成されていることが確認できる。
【0080】
一方、図5の(b)に示すように、比較例1では-545ppmにピークが生じていることが確認できる。-545ppmのピークは[VO(HO)の存在を示す。即ち、比較例1の製造方法では、Vを溶解させた水溶液がpH3.09であり、pH5を下回っているために、VOユニットが生成されていないことが確認できる。
【0081】
(実施例1の粉末XRD)
実施例1及び比較例1の析出物をグローブボックスから取り出し、室内の温湿度で粉末X線回折解析により分析した。粉末X線回折分析では、装置メーカRigakuのSmartLabを用い、15°-40°の範囲を1.5°min-1で測定して得られた。その結果を図6に示す。図6の(a)は実施例1の粉末X線回折のスペクトルを示し、(b)は比較例1の粉末X線回折のスペクトルを示す。
【0082】
図6の(a)に示すように、実施例1では、入射角2θが32.2度付近に鋭敏なピークが現れている。このピークは、020面に2.72Åの面間距離を周期にしたLiO配位構造とVO配位構造の基準秩序が中間体に存在することを示している。LiVOは、LiO四面体とVO四面体の積み重ねで構成されている。LiO四面体は、リチウム原子を中心に4個の酸素原子を点共有する四面体であり、VO四面体は、バナジウム原子を中心に4個の酸素原子を点共有する四面体である。即ち、実施例1の析出物は、リチウムバナジウム酸化物結晶体であることが確認できる。
【0083】
しかも、図6の(a)に示すように、実施例1では、入射角2θが32.2度付近のピークよりも低角の範囲に現れるはずの5本のピークが消失している。具体的には、111面、011面、101面、110面及び010面に3.17Å、3.66Å、3.90Å、4.13Å及び5.45Åの面間距離を周期にしたLiO配位構造とVO配位構造の長距離秩序が無くなっている。従って、実施例1のリチウムバナジウム酸化物結晶体は、カチオンディスオーダーの結晶構造を有することが確認できる。
【0084】
一方、図6の(b)に示すように、比較例1では、入射角2θが32.2度付近のピークすら無く、入射角2θが少なくとも10度から60度の範囲に亘ってブロードになっている。この結果、比較例1の析出物はアモルファスの状態であり、比較例1の析出物には特定の結晶体が含有していないことが確認できる。即ち、pH5未満の水溶液にバナジウム源を溶解させ、40℃で減圧乾燥しても、リチウムバナジウム酸化物結晶体は得られないことが確認できる。
【0085】
換言すれば、pH5以上の水溶液にバナジウム源を溶解させることで、40℃という低温下での乾燥によっても、リチウムバナジウム酸化物結晶体を生成できることが確認された。そして、このリチウムバナジウム酸化物結晶体は、カチオンディスオーダーの結晶構造を有することが確認された。
【0086】
(実施例1の粒子構造)
実施例1のリチウムバナジウム酸化物結晶体の造粒体の表面を走査電子顕微鏡で観察した。図7は、実施例1のリチウムバナジウム結晶体の倍率1万倍の表面SEM像であり、図8は、実施例1のリチウムバナジウム結晶体の倍率10万倍のSEM像である。
【0087】
図7に示すように、リチウムバナジウム酸化物結晶体の造粒体は、5μm前後であった。そして、図8に示すように、この造粒体は一次粒子が凝集して成り、一次粒子の粒子径は平均50nm以下に微小化されていることが確認された。尚、一次粒子の粒子径は、SEM像から20箇所の一次粒子をランダムに選び出して平均して得た。
【0088】
図8に示すように、一次粒子間には細孔の存在が確認できる。実施例1及び比較例1において、細孔分布を測定した。細孔分布の測定方法としては、窒素ガス吸着測定法を用いた。具体的には、リチウムバナジウム酸化物結晶体の表面及び表面と連通した内部に形成された細孔に窒素ガスを導入し、窒素ガスの吸着量を求めた。次いで、導入する窒素ガスの圧力を徐々に増加させ、各平衡圧に対する窒素ガスの吸着量をプロットし、吸着等温曲線を得る。実施例1及び比較例1では、高精度ガス/蒸気吸着量測定装置(日本ベル株式会社製、BELSORP―max―N)を用いて測定した。
【0089】
図9は、横軸に細孔径を取り、測定ポイント間の細孔容積の増加分を縦軸に取った差分細孔容積分布であり、丸印のプロットは実施例1を示し、四角印のプロットは比較例1を示す。図9から分かるように、実施例1のリチウムバナジウム酸化物結晶体の造粒体は、細孔分布の10nm以下にピークを有し、0.003cm・g-1・mm-1以上の値が得られている。即ち、このリチウム酸化物結晶体の造粒体は、10nm以下の径の細孔を多く有することが確認された。
【0090】
また、実施例1のリチウムバナジウム酸化物リチウム結晶体の造粒体は、12.64m/gの比表面積を有することが確認された。比較例1のリチウムバナジウム酸化物リチウム結晶体の造粒体の比表面積は、10.05m/gであった。
【0091】
(実施例1のレート特性)
実施例1のリチウムバナジウム酸化物結晶体のレート特性を評価した。レート特性の評価に際し、実施例1及び比較例1のリチウムバナジウム酸化物結晶体を電極材料としてハーフセルを作製した。ハーフセルは2032型コインセルとした。
【0092】
電極材料として、実施例1及び比較例1のリチウムバナジウム酸化物結晶体には、マルチウォールカーボンナノチューブ(AMC、UBE株式会社)を導電助剤として混合した。0.8gのリチウムバナジウム酸化物結晶体に対して、0.2gのマルチウォールカーボンナノチューブを混合した。混合は遊星ボールミル(Fritch株式会社、PL―7)によって300rpmで12時間行った。ボールミル容器とボールには、20mLの容積を有し、ジルコニア製の遊星ボールミル容器と、直径1mm及び重量30gのジルコニアボールを使用した。
【0093】
複合体に対し、カルボキシメチルセルロースナトリウムとスチレンブタジエンゴムとを混合してスラリー状にした。複合体とカルボキシメチルセルロースナトリウムとスチレンブタジエンゴムとは、重量比で95:2.5:2.5の割合で混合した。このスラリーを銅箔の集電体上に塗布することで、集電体上に電極活物質層を形成した後、80℃で12時間真空乾燥し、圧延処理を行った。電極の厚みは20μmであり、電極活物質層の積層密度は、1.20mg/cmであった。この電極を作用電極W.E.とし、直径14mmの大きさに打ち抜いた。
【0094】
対極は直径16.5mmのリチウム金属とし、2032型コインセルの下蓋に貼り付けた。対極C.Eの上にポリプロピレン製のセパレータ(Celgard2400)、作用電極W.E、上蓋の順に載せ、加締めてセルを作製した。電解液の溶媒は、炭酸エチレン(EC)と炭酸ジメチル(DEC)を1:1の体積比で混合した混合液とし、溶質はLiPFで表される1.0M六フッ化リン酸リチウム(キシダ化学株式会社製)とした。
【0095】
作用電極W.E.の電位範囲(V vs Li/Li+)は0.1-2.5Vとした。出力及び入力の試験の際は、リチウムイオンの脱離を、リチウムバナジン酸リチウムの重量当たり0.1Ag-1で固定し、リチウムイオンの挿入の電流を10Ag-1まで変化させている。
【0096】
図10は、充電時と放電時の電流密度と容量との関係を示すグラフである。図10の実線で示すグラフは、放電時の電流密度と放電容量との関係を示すグラフである。図10の点線で示すグラフは、充電時の電流密度と充電容量との関係を示すグラフである。図10は、横軸に電流密度(Ag-1)をとり、縦軸に充電容量(mAhg-1)をとった。図10中、丸印のプロットは実施例1を示し、四角印のプロットは比較例1を示す。なお、実施例1と比較例1のプロットについて、放電時のプロットの方が、充電時のプロットに対し濃い黒色で示す。
【0097】
図10の放電時の関係から示されるように、実施例1のリチウムバナジウム酸化物結晶体を電極材料とした場合、リチウムイオン二次電池は、各電流密度において大容量を放電できる。また、図10の充電時の関係から示されるように、実施例1のリチウムバナジウム酸化物結晶体を電極材料とした場合、リチウムイオン二次電池は、各電流密度において大容量を充電できる。しかも、実施例1のリチウムバナジウム酸化物結晶体を電極材料とした場合、リチウムイオン二次電池は、電流密度を上げても充電容量の落ち込みが緩やかであった。
【0098】
このように、pH5以上の水溶液にバナジウム源を溶解し、乾燥によってリチウムバナジウム酸化物結晶体を析出させることで、蓄電デバイスのレート特性を向上させるリチウムバナジウム酸化物結晶体を製造できることが確認された。しかも、40℃の熱を加える乾燥によってリチウムバナジウム酸化物結晶体が製造でき、製造に必要なエネルギーを低減できる。また、充放電カーブにおいてプラトー領域がない電気化学特性を獲得でき、リチウムイオンキャパシタに特に好適となる。
【0099】
また、この製造方法により、リチウムバナジウム酸化物結晶体は、直径が50nm以下の一次粒子と、細孔分布で10nm以下にピークを有する細孔を備えることが確認された。このリチウムバナジウム酸化物結晶体は、蓄電デバイスのレート特性を向上させることが確認された。
【0100】
しかも、40℃という低温度で乾燥させ、水分を管理することで、リチウムバナジウム酸化物結晶体は、カチオンディスオーダーの結晶構造を有する。これにより、このリチウムバナジウム酸化物結晶体は、蓄電デバイスのレート特性を更に向上させることが確認された。
【0101】
(実施例2)
更に、実施例2の製造方法により、リチウムバナジウム酸化物結晶体を作製した。実施例2の製造方法は、Vを溶解させた水溶液のpHが実施例1の製造方法と異なる。実施例2の製造方法では、クエン酸を添加してpHを10に調整した。実施例2の製造方法は、pH以外の他の点につき実施例1の製造方法と同じである。
【0102】
(実施例2の粉末XRD)
実施例2の析出物をグローブボックスから取り出し、室内の温湿度で粉末X線回折解析により分析した。粉末X線回折分析の測定条件は実施例1及び比較例1と同じである。分析結果を図11に示す。図11は、pH10である実施例2の粉末X線回折のスペクトルを、pH3.09である比較例1とpH11.82である実施例1と共に示してある。
【0103】
図11に示すように、実施例2についても、入射角2θが32.2度付近に鋭敏なピークが現れている。また、図11に示すように、実施例2についても、入射角2θが32.2度付近のピークよりも低角の範囲に現れるはずの5本のピークが消失している。このように、実施例2の析出物についても、カチオンディスオーダーの結晶構造を有するリチウムバナジウム酸化物結晶体であることが確認できる。
【0104】
(実施例3)
更に、実施例3の製造方法により、リチウムバナジウム酸化物結晶体を作製した。実施例3の製造方法は、Vを溶解させた水溶液のpHが実施例1の製造方法と異なる。実施例3の製造方法では、クエン酸を添加してpHを5.01に調整した。実施例3の製造方法は、pH以外の他の点につき実施例1の製造方法と同じである。
【0105】
(実施例3のNMR)
LiOHとVを溶解させ、減圧乾燥前の水溶液を用い、核磁気共鳴分光法(NMR)によって、溶液試料に対する51V-NMR分析を行った。実施例3の溶液NMRのスペクトルを図12に示す。図12に示すように、図12に示すように、実施例3では-541ppmと-550ppmにピークが生じていることが確認できる。-541ppmのピークはVO 3-の存在を示す。即ち、Vを溶解させた水溶液をpH5以上に調整することによって、VOユニットが生成されていることが確認できる。
【0106】
従って、実施例3によって、pH5以上の水溶液にバナジウム源を溶解することで、VO4ユニットが生成されることが確認された。そのため、pH5以上の水溶液にバナジウム源を溶解し、乾燥によってリチウムバナジウム酸化物結晶体を析出させることで、蓄電デバイスのレート特性を向上させるリチウムバナジウム酸化物結晶体を製造できることが確認された。
【0107】
(実施例4)
実施例4の製造方法により、リチウムバナジウム酸化物結晶体を作製した。この実施例4の製造方法では、室内の温湿度、常温及び大気環境下にて、リチウムバナジウム酸化物結晶体の材料源をpH11.82の水溶液に溶解した後、ロータリーエバポレータを用いて減圧乾燥している。実施例1と異なる点は、減圧乾燥と水分管理工程との間に時間をおいた点である。
【0108】
即ち、実施例1と同一条件の減圧乾燥から約1時間後、目視により水分が気化し切ったことを確認した後、更にロータリーエバポレータで条件を変えずに1時間乾燥を続けた。1時間後、リーコック・キャピラリー管から窒素ガスを流入させて系内を常圧に戻し、試料フラスコ内の析出物を、真空乾燥機に入れて1時間乾燥させた。真空乾燥機で乾燥させた後、実施例1と同じくグローブボックス内に移して保管した。
【0109】
(実施例4の粒子構造)
実施例4のリチウムバナジウム酸化物結晶体の造粒体の表面を走査電子顕微鏡で観察した。図13は、実施例4のリチウムバナジウム結晶体の倍率1万倍の表面SEM像であり、図14は、実施例4のリチウムバナジウム結晶体の倍率10万倍のSEM像である。
【0110】
図13に示すように、リチウムバナジウム酸化物結晶体の造粒体は、5μm前後であった。そして、図14に示すように、この造粒体は一次粒子が凝集して成り、一次粒子の粒子径は平均50nm以下に微小化されていることが確認された。尚、一次粒子の粒子径は、SEM像から20箇所の一次粒子をランダムに選び出して平均して得た。
【0111】
このように、リチウム源とバナジウム源を溶解させた水溶液の水分が気化し切った後も1時間多く、ロータリーエバポレータの系内に析出物を放置した場合であっても、リチウムバナジウム酸化物結晶体の造粒体の構造及び大きさは、実施例1と変化なかった。細孔分布においても、実施例4は、10nm以下にピークを有し、0.003cm・g-1・mm-1以上の値が得られた。
【0112】
(実施例4の粉末XRD)
実施例4の析出物をグローブボックスから取り出し、実施例1と同一条件で粉末X線回折解析により分析した。その結果、実施例4の粉末X線回折のスペクトルが得られた。
【0113】
実施例4では、入射角2θが32.8度において一番強度の強いピークが得られ、32.2度付近に鋭敏なピークが現れている。このピークは、020面に2.72Åの面間距離を周期にしたLiO配位構造とVO配位構造の基準秩序が中間体に存在することを示している。即ち、実施例4の析出物は、リチウムバナジウム酸化物結晶体であることが確認できる。但し、入射角2θが32.2度付近のピークよりも低角の5本のピークが現れている。具体的には、入射角2θの低角側から16.4度、21.6度、22.8度、24.2度、28.2度にピークが得られた。111面、011面、101面、110面及び010面に3.16Å、3.68Å、3.90Å、4.11Å及び5.41Åの面間距離を周期にしたLiO配位構造とVO配位構造の長距離秩序が成り立っている。
【0114】
従って、実施例4のリチウムバナジウム酸化物結晶体は、実施例1と異なり、減圧乾燥と水分管理工程との間において、ロータリーエバポレータの系内に置き続けたことで、カチオンディスオーダーから長距離秩序を有する結晶構造に変化したことが確認できる。カチオンディスオーダーの結晶構造を有するリチウムバナジウム酸化物結晶体がロータリーエバポレータ内で水蒸気と接触することで、カチオンディスオーダーから長距離秩序を有する結晶構造に変化したものである。
【0115】
(実施例4のレート特性)
実施例4のリチウムバナジウム酸化物結晶体のレート特性を評価した。レート特性の評価のために作製したハーフセルは、実施例1及び比較例1と同一であり、出力及び入力の試験は、実施例1及び比較例1と同一である。
【0116】
図15は、充電時と放電時の電流密度と容量との関係を示すグラフである。図15の実線で示すグラフは、放電時の電流密度と放電容量との関係を示すグラフである。図15の点線で示すグラフは、充電時の電流密度と充電容量との関係を示すグラフである。図15は、横軸に電流密度(Ag-1)をとり、縦軸に充電容量(mAhg-1)をとった。図15中、黒丸印のプロットは実施例1を示し、四角印のプロットは比較例1を示し、白丸印のプロットは実施例4を示す。なお、実施例1と比較例1のプロットについて、放電時のプロットの方が、充電時のプロットに対し濃い黒色で示す。
【0117】
図15に実線のグラフで示すように、放電時の比較例1、実施例4の出力特性に着目すると、実施例4のリチウムバナジウム酸化物結晶体を電極材料とした場合、リチウムイオン二次電池は、比較例1と比べて各電流密度において大容量を放電できる。また、図15に点線のグラフで示すように、充電時の比較例1、実施例4の充電特性に着目すると、実施例4のリチウムバナジウム酸化物結晶体を電極材料とした場合、リチウムイオン二次電池は、比較例1と比べて各電流密度において大容量を充電できる。もっとも、実施例1のリチウムバナジウム酸化物結晶体を電極材料とした場合、各電流密度において放電容量が最も優れており、また各電流密度において充電容量が落ち込むことなく、特に優れていることが確認された。
【0118】
このように、pH5以上の水溶液にバナジウム源を溶解し、乾燥によってリチウムバナジウム酸化物結晶体を析出させることで、蓄電デバイスのレート特性を向上させるリチウムバナジウム酸化物結晶体を製造できることが確認された。また、乾燥工程後の放置によって水分と接触させることで、長距離秩序を有する結晶構造に変化させることが確認された。この長距離秩序を有する結晶構造のリチウムバナジウム酸化物結晶体は、充放電カーブにおいて1V付近にプラトー領域を有し、リチウムイオン二次電池に特に好適となる。
【0119】
また、長距離秩序を有する結晶構造に変化しても、リチウムバナジウム酸化物結晶体は、直径が50nm以下の一次粒子と、細孔分布で10nm以下にピークを有する細孔を備えることが確認された。このリチウムバナジウム酸化物結晶体は、蓄電デバイスのレート特性を向上させることが確認された。
【0120】
(実施例5-7)
実施例5乃至7の製造方法により、リチウムバナジウム酸化物結晶体を作製した。この実施例5乃至7の製造方法では、室内の温湿度、常温及び大気環境下にて、リチウムバナジウム酸化物結晶体の材料源をpH11.82の水溶液に溶解した後、ロータリーエバポレータを用いて減圧乾燥している。実施例1と異なる点は、減圧乾燥の後、リチウムバナジウム酸化物結晶体を室温における湿度30%の環境下に放置した点である。
【0121】
即ち、実施例1と同一条件の減圧乾燥から約1時間後、目視により水分が気化し切ったことを確認した後、直ちにリーコック・キャピラリー管から窒素ガスを流入させて系内を常圧に戻し、試料フラスコ内の析出物を、真空乾燥機に入れて1時間乾燥させた。真空乾燥機で乾燥させた後、実施例1とは異なり、実施例6は室温における湿度30%の環境下に12時間放置した。実施例7は室温における湿度30%の環境下に24時間放置した。実施例8は室温における湿度30%の環境下に36時間放置した。
【0122】
(実施例5-7の粉末XRD)
実施例5乃至7のリチウムバナジウム酸化物結晶体を、実施例1と同一条件で粉末X線回折解析により分析した。その結果を、実施例1と共に図16に示す。図16は実施例5乃至7の粉末X線回折のスペクトルを示す。
【0123】
図16に示すように、実施例5乃至7は、入射角2θが32.2度付近に鋭敏なピークを有しており、リチウムバナジウム酸化物結晶体であることが確認できる。但し、実施例5には、入射角2θが32.2度付近のピークよりも低角の5本のピークが現れ始め、実施例7では、入射角2θが32.2度付近のピークよりも低角の5本のピークが明確になっている。
【0124】
従って、減圧乾燥の後、リチウムバナジウム酸化物結晶体を水分が存在する環境下に放置することによっても、カチオンディスオーダーから長距離秩序を有する結晶構造に変化させることができると確認された。
【0125】
(実施例8-9)
実施例8及び9の製造方法により、リチウムバナジウム酸化物結晶体を作製した。この実施例8乃至9の製造方法では、室内の温湿度、常温及び大気環境下にて、リチウムバナジウム酸化物結晶体の材料源をpH11.82の水溶液に溶解した後、ロータリーエバポレータを用いて減圧乾燥している。また、減圧乾燥の後、直ちにリーコック・キャピラリー管から窒素ガスを流入させて系内を常圧に戻し、試料フラスコ内の析出物を、真空乾燥機に入れて1時間乾燥させた。そして、真空乾燥機で乾燥させた後、実施例1と同じくグローブボックス内に移して保管した。
【0126】
この実施例8及び9の製造方法では、ロータリーエバポレータの恒温水槽の水温が実施例1と異なる。実施例8では恒温水槽の水温を60℃に設定し、実施例9では恒温水槽の水温を70℃に設定した。もっとも、実施例8及び9の減圧乾燥によっても、水分が1.67ml/min以上の気化速度で気化する。
【0127】
(実施例8-9の粉末XRD)
実施例8及び9のリチウムバナジウム酸化物結晶体を、実施例1と同一条件で粉末X線回折解析により分析した。その結果を図17に示す。図17は実施例8及び9の粉末X線回折のスペクトルを示す。
【0128】
図17に示すように、実施例8及び9は、入射角2θが32.2度付近に鋭敏なピークを有しており、リチウムバナジウム酸化物結晶体であることが確認できる。但し、実施例9では、入射角2θが32.2度付近のピークよりも低角の5本のピークが明確になっており、長距離秩序を有する結晶構造のリチウムバナジウム酸化物結晶体が生成されていることが確認できる。
【0129】
一方、実施例8では、入射角2θが32.2度付近のピークよりも低角の5本のピークが現れ始めている。そのため、減圧乾燥において60℃が、カチオンディスオーダーの結晶構造が長距離秩序を有する結晶構造に変化し始める変化点であることが確認できる。即ち、60℃以上で減圧乾燥させることによっても、カチオンディスオーダーから長距離秩序を有する結晶構造に変化させることができると確認された。
【0130】
(実施例8-9の細孔分布)
実施例8及び9において、細孔分布を測定した。細孔分布の測定方法は実施例1と同一である。図18は、横軸に細孔径を取り、測定ポイント間の細孔容積の増加分を縦軸に取った差分細孔容積分布であり、丸印のプロットは実施例8を示し、四角印のプロットは実施例9を示す。
【0131】
図18から分かるように、実施例8及び実施例9のリチウムバナジウム酸化物結晶体の造粒体は、実施例1と同じく、細孔分布の10nm以下にピークを有する。このピークの値は、60℃で減圧乾燥した実施例8が0.003cm3・g-1・mm-1であり、70℃で減圧乾燥した実施例9が0.004cm3・g-1・mm-1である。また、60℃で減圧乾燥した実施例8の造粒体の比表面積は、12.76m/gであり、70℃で減圧乾燥した実施例9の造粒体の比表面積は、12.46m/gであった。
【0132】
このように、減圧乾燥で温度を60℃以上にすることで、長距離秩序の結晶構造を有するリチウムバナジウム酸化物結晶体を製造した場合であっても、造粒体は実施例1と同じく50nm以下の一次粒子と、10nm以下のピークを有するものである。
【0133】
(実施例10)
実施例10の製造方法により、リチウムバナジウム酸化物結晶体を作製した。0.9969gの水酸化リチウム一水和物(富士フィルム和光純薬工業株式会社:126-01211)をイオン交換水100mLに投入し、マグネティックスターラーによって5分攪拌することで溶解させた。得られた水溶液に、0.6859gの五酸化バナジウム(関東化学株式会社:44017-00)を投入し、マグネティックスターラーによって5分攪拌することで溶解させた。水溶液は、クエン酸によりpH11.82に調整された。乾燥工程において噴霧乾燥を用いている。噴霧乾燥の後は、析出物を真空乾燥機に入れて1時間乾燥させ、実施例1と同じくグローブボックス内に移して保管した。
【0134】
噴霧乾燥では、スプレードライヤ(BUCHI、ミニスプレードライヤーB-290(噴霧乾燥器))を用い、五酸化バナジウムと水酸化リチウムを溶解させたpH11.82の水溶液から水分を1.67ml/min以上の気化速度で気化させた。入口温度は160℃~180℃、乾燥空気速度(アスピレータ流速)は装置最大値の38m/h、原料供給流速(ポンプ速度)7.5mL/min(装置表示:25%)、噴霧用窒素ガス流量473L/h(装置表示:40mm)とした。
【0135】
(実施例10の粉末XRD)
実施例10の析出物をグローブボックスから取り出し、室内の温湿度で粉末X線回折解析により分析した。粉末X線回折分析の測定条件は実施例1及び比較例1と同じである。分析結果として、実施例10のX線回折スペクトルの中で入射角2θが70度以下の範囲において、32.7度に最も大きく鋭敏なピークが得られた。また、実施例10のX線回折スペクトルの内2番目に大きいピークを35.8度に、3番目に大きいピークを58.4度に得た。32.2度付近の回折ピークよりも低角の範囲に現れるはずの5本のピークは得られなかった。入り口温度が160℃、170℃及び180℃で噴霧乾燥した実施例10の粉末X線回折のスペクトルに差異はなく、160℃から180℃の範囲で同様のX線回折スペクトルが得られた。
【0136】
噴霧乾燥を用いた実施例10であっても、入射角2θが32.2度付近に鋭敏なピークが現れていることが確認できる。また、何れの入口温度であっても、入射角2θが32.2度付近のピークよりも低角の範囲に現れるはずの5本のピークが消失している。このように、乾燥工程として噴霧乾燥を用いた場合であっても、カチオンディスオーダーの結晶構造を有するリチウムバナジウム酸化物結晶体が得られることが確認できる。
【0137】
(実施例10の細孔分布)
実施例10において、細孔分布を測定した。細孔分布の測定方法は実施例1と同一である。図18の三角印のプロットが実施例10を示す。
【0138】
図18から分かるように、実施例10のリチウムバナジウム酸化物結晶体の造粒体は、実施例1と同じく、細孔分布の10nm以下にピークを有し、0.010cm3・g-1・mm-1以上の値が得られる。また、実施例10の造粒体の比表面積は、31.30m/gであった。
【0139】
このように、噴霧乾燥でリチウムバナジウム酸化物結晶体を製造することができ、製造されたリチウムバナジウム酸化物結晶体は、カチオンディスオーダーの結晶構造を有することが確認された。また、このリチウム酸化物結晶体の造粒体は、実施例1と同じく50nm以下の一次粒子と、10nm以下のピークを有するものである。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18