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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024056156
(43)【公開日】2024-04-23
(54)【発明の名称】メチオニン制限剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/7076 20060101AFI20240416BHJP
   A61P 3/00 20060101ALI20240416BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20240416BHJP
【FI】
A61K31/7076
A61P3/00
A61P43/00 105
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022162868
(22)【出願日】2022-10-11
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和4年4月7日にAging Cell 第21巻、5号および国立大学法人広島大学のウェブサイトにて発表
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度 国立研究開発法人日本医療研究開発機構、革新的先端研究開発支援事業(全ライフコースを対象とした個体の機能低下機構の解明「S-アデノシルメチオニン(SAM)代謝が関与する寿命延長メカニズムの解明」)委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】100121728
【弁理士】
【氏名又は名称】井関 勝守
(74)【代理人】
【識別番号】100165803
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 修平
(72)【発明者】
【氏名】水沼 正樹
【テーマコード(参考)】
4C086
【Fターム(参考)】
4C086AA01
4C086AA02
4C086EA18
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZC19
4C086ZC21
4C086ZC52
(57)【要約】
【課題】簡便かつ継続的なメチオニン量の低減を可能にするメチオニン制限剤を提供する。
【解決手段】本発明に係るメチオニン制限剤は、S-アデノシルホモシステイン又はその薬学的に許容可能な塩を有効成分として含むことを特徴とするメチオニン制限剤である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
S-アデノシルホモシステイン又はその薬学的に許容可能な塩を有効成分として含む、メチオニン制限剤。
【請求項2】
AMP依存性プロテインキナーゼを活性化する、請求項1に記載のメチオニン制限剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はメチオニン制限剤に関し、特にS-アデノシルホモシステインを有効成分として含むメチオニン制限剤に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、生物中においてアミノ酸の一種であるメチオニン量を低減(メチオニン制限)することで生物の寿命を延長できることが知られている。
【0003】
例えば、非特許文献1では必須アミノ酸であるL-メチオニンの食餌中の濃度を0.86%から0.17%に生涯にわたって減少させた結果、雄のFischer344ラットの寿命が30%延長されたことが開示されている。また非特許文献1におけるメチオニン制限は、低メチオニン食餌により行われたことが開示されている。
【0004】
他方、非特許文献2ではヒトの寿命延長戦略としてビーガン食によるメチオニン制限が有効でありうることが開示されている。例えば、豆類やナッツ類などの植物性タンパク質は動物性タンパク質よりもメチオニンの量が少ない傾向にあり、ビーガン食によるメチオニン制限が実行可能であることが開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Orentreich, N., Matias, J. R., DeFelice, A., & Zimmerman, J. A. (1993). Low methionine ingestion by rats extends life span. The Journal of Nutrition, 123, 269-274.
【非特許文献2】McCarty, M. F., Barroso-Aranda, J., & Contreras, F. (2009). The low-methionine content of vegan diets may make methionine restriction feasible as a life extension strategy. Medical Hypothesis, 72, 125-128.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
メチオニンは肉類・乳製品などの様々な食品に多く含まれていることが知られている。そのため、これまでのメチオニン制限では、例えば上述の非特許文献2に開示されているような低脂肪性ビーガン食によるものや、カロリー制限によるものなどが用いられてきた。しかし、いずれも動物にとって負担の大きい方法であり、継続してメチオニンを制限することは難しいという問題があった。また、これまでにメチオニン制限を可能とする物質は知られていなかった。これらの事情から、簡便かつ継続的にメチオニン制限を行うことは困難であるという問題があった。
【0007】
本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、その目的は、簡便かつ継続的なメチオニン制限を可能にするメチオニン制限剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成するために、本発明者らは、鋭意研究の結果、S-アデノシルホモシステインを有効成分として含ませることで、メチオニンを有効に制限できるメチオニン制限剤を提供できることを見出して本発明を完成した。
【0009】
具体的に、本発明に係るメチオニン制限剤は、S-アデノシルホモシステイン又はその薬学的に許容可能な塩を有効成分として含むことを特徴とする。
【0010】
本発明に係るメチオニン制限剤は、メチオニン代謝系におけるS-アデノシルメチオニン(以下、単に「SAM」ともいう)合成を活性化し、SAMの原料であるメチオニンの量を減少させることを原理とするものである。通常、メチオニン代謝系では、生体内においてメチオニンとATPを原料としてSAMを合成し、このSAMのメチル基を他の分子に供与することでS-アデノシルホモシステイン(以下、単に「SAH」ともいう)を合成している。今回、本発明者らは、このようなメチオニン代謝系において、SAHを有効成分として含むメチオニン制限剤を投与するとSAM合成が活性化し、これにより、SAMの原料であるメチオニン(Met)が消費され、細胞内のメチオニン量を低減(メチオニン制限)できることを明らかにした。このため、SAHを利用することで簡便かつ継続的なメチオニン制限を可能にするメチオニン制限剤を提供することができる。
【0011】
本発明に係るメチオニン制限剤は、AMP依存性プロテインキナーゼを活性化することができる。
【0012】
このようにすると、細胞内のメチオニン量を減少させることに加え、生物の寿命を延長することもできる。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係るメチオニン制限剤によると、メチオニン代謝系におけるS-アデノシルメチオニン合成を活性化し、細胞内のメチオニンの量を減少させることができる。このため、簡便かつ継続的なメチオニン制限を可能にする。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は本実施形態に係るメチオニン制限剤によるメチオニン制限の原理を説明する概要図である。
図2図2は本実施例に係るメチオニン制限剤が酵母細胞内のアミノ酸のうちメチオニンのみを有意に減少させたことを示すグラフである。
図3図3は本実施例に係るメチオニン制限剤が酵母細胞内のSAM合成を促進し、メチオニンを減少させたことを示すグラフであり、(a)は細胞内のメチオニン量を示し、(b)は細胞内のSAM量を示す。
図4図4は本実施例に係るメチオニン制限剤が酵母のオートファジーを誘導することを示す写真及びグラフである。
図5図5は本実施例に係るメチオニン制限剤が線虫のメチオニンを減少させたことを示す写真及びグラフである。
図6図6は本実施例に係るメチオニン制限剤が線虫のオートファジーを誘導したことを示すグラフである。
図7図7は本実施例に係るメチオニン制限剤が線虫の寿命を延長したことを示すグラフである。
図8図8は本実施例に係るメチオニン制限剤が線虫のAMP依存性プロテインキナーゼを活性化したことを示す写真及びグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を実施するための形態を説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用方法或いはその用途を制限することを意図するものではない。
【0016】
<メチオニン制限剤>
本実施形態に係るメチオニン制限剤について以下説明する。なお、本明細書において「メチオニン制限剤」とは、細胞内のメチオニン量を低減する剤のことを指す。
【0017】
本発明の一実施形態は、下記化学式(I)により表されるS-アデノシルホモシステイン又はその薬学的に許容可能な塩を有効成分として含むメチオニン制限剤である。
【0018】
【化1】
【0019】
本実施形態において、S-アデノシルホモシステインの薬学的に許容可能な塩は、特に制限されることはなく、例えば塩酸塩又はスルホン酸塩などを用いることができる。
【0020】
本実施形態において、メチオニン制限剤中のS-アデノシルホモシステイン又はその薬学的に許容可能な塩の含有量は、有効成分として含むものであればよく、細胞内のメチオニン量を低減できる限りにおいて、その含有量は特に制限されない。例えば、本実施形態に係るメチオニン制限剤は、該制限剤の全重量を基準として、S-アデノシルホモシステイン又はその薬学的に許容可能な塩を、0.1重量%、0.5重量%、1重量%、3重量%、5重量%、10重量%、15重量%、20重量%、25重量%、30重量%、35重量%、40重量%、45重量%、50重量%、55重量%、60重量%、65重量%、70重量%、75重量%、80重量%、85重量%、90重量%、95重量%又は100重量%で含むものであってよい。
【0021】
本実施形態において、メチオニン制限剤は、製剤添加物を含むものであってもよい。製剤添加物は、後述する剤形に応じて適宜選択することができる。製剤添加物としては、例えば滅菌水や生理食塩水、植物油、乳化剤、懸濁剤、界面活性剤、安定剤、香味剤、賦形剤、pH安定剤、ビヒクル、防腐剤及び結合剤などが挙げられ、その種類は特に制限されない。また製剤添加物の含有量も特に制限されず、細胞内のメチオニン量を低減できる限りにおいて、適宜調節することができる。例えば、有効成分であるS-アデノシルホモシステイン又はその薬学的に許容可能な塩と製剤添加物の含有量を合計して100重量%となるように調節することができる。
【0022】
本実施形態において、メチオニン制限剤の剤形は特に制限されず、任意である。例えば、経口剤であってよいし、注射剤であってもよい。経口剤としては、例えば錠剤、カプセル剤、顆粒剤及び舌下などが挙げられる。
【0023】
本実施形態において、メチオニン制限剤の投与方法は特に制限されず、任意である。例えば、経口投与、注射投与などが挙げられる。
【0024】
本実施形態において、メチオニン制限剤が適用される対象は、細胞内のメチオニン量を低減できる限りにおいて特に制限されない。例えば、対象は哺乳類動物、線虫、酵母などである。哺乳類動物も特に制限されないが、例えばヒト、ネズミ、ウシ、ヤギ、ブタ、イヌ及びネコなどである。
【0025】
図1を参照しつつ、本実施形態に係るメチオニン制限剤によるメチオニン制限の原理について説明する。なお、図1中、太線の上矢印は増加を示し、太線の下矢印は減少を示す。図1の上側に示すように、通常、メチオニン代謝系では、生体内でメチオニン(Met)とアデノシン三リン酸(ATP)からS-アデノシルメチオニン(SAM)が合成される。そして、このSAMがメチル基を他の分子に供与することでS-アデノシルホモシステイン(SAH)が合成される。今回、本発明者らは、このようなメチオニン代謝系において、SAHを有効成分として含むメチオニン制限剤を投与するとSAM合成が活性化し、これにより、SAMの原料であるメチオニン(Met)が消費され、細胞内のメチオニン量を低減(メチオニン制限)することを明らかにした。さらに、図1の中央に示すように、上述の機構によって細胞内のメチオニン(Met)量が減少すると、それに連動してTOR複合体1(TORC1)の阻害が起こり、該複合体の機能が低下する。なお、TOR複合体1(TORC1)とは、真核生物に広く保存されたセリン・スレオニンキナーゼ複合体であり、タンパク質の合成、代謝、老化、発癌などに関与するものである。そのため、TOR複合体1(TORC1)の機能が低下することにより、生物の寿命を延長することができる。続いて、図1の下側に示すように、上述の機構によって細胞内のメチオニン(Met)量が減少すると、オートファジーの活性化も誘発する。なお、オートファジーとは、栄養飢餓に応答して不要となったタンパク質などを分解し、必要ならば分解で得たアミノ酸を再利用するシステムであり、特に長寿にはオートファジーの誘導が重要な役割を果たしている場合が多く報告されている。そのため、オートファジーの活性化により、上述のTOR複合体1(TORC1)の機能低下と相まって、生物の寿命を延長することができる。
【0026】
また、図1の左上側に示すように、本実施形態に係るメチオニン制限剤は、AMP依存性プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化することができる。このような活性化したAMPKは異化反応を促進することができ、生物の寿命を延長することができる。これは、上述した細胞内のメチオニン制限とは関係なく起こるものであり、別ルートとしてAMP依存性プロテインキナーゼ(AMPK)の活性化を引き起こす。なお、以上のメチオニン制限剤による作用効果については、後の実施例にて詳細に示される。
【0027】
上述したように、本実施形態に係るメチオニン制限剤は、メチオニン代謝系におけるSAM合成を活性化し、SAMの原料であるメチオニンの量を減少させることができる。このため、簡便かつ継続的なメチオニン制限を可能にする。
【0028】
<メチオニン制限剤の製造方法>
本実施形態に係るメチオニン制限剤の製造方法は、特に制限されない。例えば、本実施形態に係るメチオニン制限剤の有効成分である、市販されているS-アデノシルホモシステインを購入し、適宜精製を行ったうえで製剤添加物と混合させ、公知の方法により製剤化して製造できる。なお製剤添加物は必須ではないため、S-アデノシルホモシステインのみを用いて製剤化して製造するものであってもよい。また、市販されているS-アデノシルホモシステインのかわりに、化学合成したS-アデノシルホモシステインを用いるものであってもよい。S-アデノシルホモシステインの化学合成方法は特に制限されず、当業者において既知の合成方法であれば適宜使用することができる。また、本実施形態において、メチオニン制限剤の有効成分として、S-アデノシルホモシステインを含有する酵母を用いることもできる。このような酵母としては、例えば酒酵母などが挙げられる。
【実施例0029】
以下に、本発明に係るメチオニン制限剤について詳細に説明するための実施例を示す。
【0030】
(メチオニン制限剤)
上記化学式(I)で表されるS-アデノシルホモシステイン(SAH)(シグマ社製)を購入し、メチオニン制限剤として用いた。メチオニン制限剤中のSAHの含有量は100重量%である。
【0031】
(メチオニン制限剤による酵母中における各アミノ酸含量の変化)
酵母野生株を合成液体培地で対数期(A600nm=0.2)まで培養した。その合成液体培地にSAHの最終濃度が1mMとなるようにメチオニン制限剤を添加し、さらに8時間培養した(A600nm=0.4)。コントロールは、上記メチオニン制限剤の添加と同じ細胞濃度まで増殖させたものを使った(A600nm=0.4)。細胞を集菌し(OD600=30)、ポアサイズ0.45μmのフィルターで濾過した。内部カチオン標準物質はメチオニンスルホン、内部アニオン標準物質は2-モルフォリノエタンスルホン酸を用いた。凍結乾燥した試料を50μLのMilli-Q水に溶解し、キャピラリー電気泳動-飛行時間型質量分析計(CE-TOFMS、アジレント・テクノロジー社製)による分析を行った。分析の結果を図2に示す。なお、図2中、縦軸は相対アミノ酸含量としており、これはコントロールの酵母細胞のアミノ酸の値をそれぞれ1とし、メチオニン制限剤を添加した場合の酵母細胞のアミノ酸の値と比較した値である。また、図2中、横軸はアミノ酸の種類としており、Mはメチオニン、Vはバリン、Lはロイシン、Kはリシン、Iはイソロイシン、Sはセリン、Fはフェニルアラニン、Hはヒスチジン、Eはグルタミン酸、Qはグルタミン、Pはプロリン、Gはグリシン、Yはチロシン、Tはトレオニン、Wはトリプトファン、Nはアスパラギン、Aはアラニン、Dはアスパラギン酸、Rはアルギニンを示す。また、図2中、それぞれの値は平均値±標準偏差を示し、nsは有意差なし、*はp<0.05、**はp<0.01、***はp<0.001を示す(t検定)。
【0032】
図2のグラフの左端に示すように、メチオニン制限剤を添加することで、コントロールの場合と比較して酵母細胞内のメチオニン(M)のみが有意に減少していたことが分かった。この結果から、本実施例に係るメチオニン制限剤は、生体内のメチオニン量を低減(メチオニン制限)できることが分かった。
【0033】
(メチオニン制限剤による酵母中のSAM量とMet量の変化)
酵母野生株を、メチオニンの代わりに安定同位体[methyl-13C]Metを20mg/L含む合成液体培地で一晩前培養した。その後、新たにメチオニンの代わりに安定同位体[methyl-13C]Metを20mg/L含む合成液体培地で対数増殖期(A600nm=0.2)まで培養した。これらの手順は、メチオニンの外部供給源が[methyl-13C]Metのみであることを保証するためのものである。その後、培養液を2つに分け、一方に1mMのメチオニン制限剤の水溶液を加え、さらに8時間培養した(A600nm=0.4)。もう一方はコントロールとし、対数増殖期まで培養した(A600nm=0.4)。[メチル-13C]Met及び[メチル-13C]SAMの含有量は、mg乾燥菌体重量あたりのnmolとして表した。[methyl-13C]由来のMet及びSAMの抽出は、細胞を集菌し(OD600nm=15)、20mLの冷水で2回洗浄した後、1mLの10%過塩素酸で1時間抽出した。上清をMilli-Q水で希釈し、キャピラリー電気泳動-飛行時間型質量分析計(CE-TOFMS)による分析を行った。分析の結果を図3に示しており、(a)は酵母細胞内の[メチル-13C]Met量、(b)は酵母細胞内の[メチル-13C]SAM量を示す。なお、図3中、-はコントロール、+は介入群を示す。また、図3中、それぞれの値は平均値±標準偏差を示し、***はp<0.001(t検定)を示す。
【0034】
図3(a)に示すように、メチオニン制限剤を添加することで、細胞内[メチル-13C]Met量は有意に減少したことが分かった。これは上述の結果とも一致している。一方で、図3(b)に示すように、メチオニン制限剤を添加することで、細胞内[メチル-13C]SAM量は有意に増加したことが分かった。この結果から、本実施例に係るメチオニン制限剤は、酵母細胞内のSAM合成を促進することでSAMの原料であるメチオニン(Met)を消費し、酵母細胞内のメチオニン量を低減していることが推察された。
【0035】
(メチオニン制限剤による酵母のオートファジーへの影響)
メチオニン制限剤による酵母のオートファジーへの影響を確認するために、GFP-Atg8 clevageアッセイを行った。なお、GFP-Atg8 clevageアッセイは、オートファジーの活性を測る周知の生化学的手法である。Atg8はオートファゴソーム形成に必須の因子で、オートファゴソーム膜上に存在し、液胞内に運搬された後、分解される。Atg8に蛍光タンパク質であるGFPを融合させるとGFPは強固な構造のために分解されずにSDS-PAGE上で遊離GFPとして検出され、この量をもってオートファジー活性を評価することができる。本試験では、まず、Nair, U., Thumm, M., Klionsky, D. J., & Krick, R. (2011). GFP-Atg8 protease protection as a tool to monitor autophagosome biogenesis. Autophagy, 7, 1546-1550に開示される方法に準じてGFP-Atg8発現プラスミドを保有する酵母細胞を作製し、当該酵母細胞をウラシル欠乏させた液体SD培地にて対数期(A600nm=0.2)まで増殖させた。SDC培地にSAHの最終濃度が1mMとなるようにメチオニン制限剤を添加し、さらに8時間培養した(A600nm=0.4)。コントロールとして、液体SDC培地で対数期(A600nm=0.4)まで細胞を増殖させたものを使用した。トリクロロ酢酸(TCA)を最終濃度約9%まで添加し、少なくとも5分間氷上で静置した。細胞を冷したアセトンで2回洗浄し、乾燥させた。ペレットを100μLの尿素バッファー(50mM Tris[pH7.5]、1mM EDTA、6M尿素、1% SDS、1mM PMSF、1x complete protease inhibitor cocktail)に再懸濁した。1% Tween20を加え、室温で等量のガラスビーズでボルテックスして溶解し、その後65℃で10分間加熱した。さらに、SDS-PAGEと抗GFP抗体及び抗PSTAIR抗体を用いたイムノブロッティングを用いて分析を行った。ウェスタンブロッティングの結果のシグナルの定量化にはImageJを用い、統計解析にはGraphPad Prism 9を用いた。分析の結果を図4に示す。なお、図4中のグラフは、遊離GFPの量をCdc28量で規格化した相対強度を示している。また、図4中、それぞれの値は平均値±標準偏差を示し、***はp<0.001(t検定)を示す。
【0036】
図4に示すように、メチオニン制限剤を添加することで、遊離-GFPの量が増加したことが分かった。この結果から、本実施例に係るメチオニン制限剤は、酵母におけるオートファジーを誘導できることが分かった。
【0037】
(メチオニン制限剤による線虫のMet量の変化)
線虫(C.elegans野生株)におけるMet量の変化を確認するために、HSP-6遺伝子のプロモーター領域とGFPを融合したhsp-6p::GFP線虫を用いて、hsp-6p::GFPレポーターアッセイを実施した。Amin, M. R., Mahmud, S. A., Dowgielewicz, J. L., Sapkota, M., & Pellegrino, M. W. (2020). A novel gene-diet interaction promotes organismal lifespan and host protection during infection via the mitochondrial UPR. PLoS Genetics, 16, e1009234に基づく当該アッセイでは、細胞内のメチオニン量が減少するとhsp-6遺伝子が増加することが報告されており、この量をもって線虫におけるMet量の変化を評価することができる。本試験では、まず、同調した卵を、未処理、Met単独(10mM)、メチオニン制限剤単独(50、100μM)、及びMet(10mM)とメチオニン制限剤(100μM)を含むOP50菌を塗布したNGMプレートに置いた。3日後、成虫の1日目を、固定化のために20mM テトラミソールを用いた2%寒天パッドをスライドガラスにマウントした。蛍光画像は、Axio Imager M2顕微鏡と10X/0.25対物レンズを使用して取得し、ZEN2012ソフトウェアを使用して処理した。取得した画像はImageJで腸内のGFP強度を測定することによりスコア化した。分析の結果を図5に示す。なお、図5の上側の写真中スケールバーは100μmであり、図5の下側のグラフの縦軸は線虫の腸内における相対的なGFP強度を定量化したものを示している。また、図5中、nsは有意差なし、***はp<0.001を示す。なお、検定はone-way ANOVA with Tukey’s correctionにて行っている。
【0038】
図5のコントロール、100μM SAHの結果に示すように、メチオニン制限剤単独により処理することで、コントロールと比較してGFPの蛍光が有意に強くなったことが分かった。すなわち、メチオニン制限剤の処理によって線虫内のhsp-6p::GFPが増加したことが分かり、細胞内のメチオニン量は減少したことが分かった。一方、Met単独(10mM Met)で処理した場合、GFPの蛍光は見られず、線虫内においてhsp-6p::GFPの増加は見られなかった。また、Metとメチオニン制限剤の両方で処理した場合、100μM メチオニン制限剤単独処理の場合と比較して、GFPの蛍光が有意に減少したことが分かった。すなわち、メチオニン制限剤の処理によって線虫内のhsp-6p::GFPが増加したことが分かり、細胞内のメチオニン量は減少したことが分かった。これらの結果から、本実施例に係るメチオニン制限剤は、線虫のメチオニン量を低減(メチオニン制限)できることが分かった。
【0039】
(メチオニン制限剤による線虫のオートファジーへの影響)
線虫(C.elegans野生株)のHLH-30::GFP株を用いて、オートファジーの評価を行った。HLH-30は線虫のオートファジーを調節する因子として知られており、細胞内におけるHLH-30の核局在化がオートファジーのアップレギュレートに関連することが知られている。まず、Settembre, C., Zoncu, R., Medina, D. L., Vetrini, F., Erdin, S., Erdin, S., Huynh, T., Ferron, M., Karsenty, G., Vellard, M. C., Facchinetti, V., Sabatini, D. M., & Ballabio, A. (2012). A lysosome-to-nucleus signalling mechanism senses and regulates the lysosome via mTOR and TFEB. Embo Journal, 31, 1095-1108に開示される方法に準じて線虫のHLH-30::GFP株を作製し、当該株の同調した卵を、未処理又はメチオニン制限剤(SAH濃度50μM)を添加した大腸菌OP50株を含むNGMプレートに置いた。数日後、成虫1日目の線虫を20mM テトラミソールを用いて2%寒天パッドで対物スライドにマウントし、固定化した。蛍光画像は、Axio Imager M2顕微鏡と10X/0.25対物レンズ(Zeiss)を用いて取得し、ZEN2012ソフトウェアを使用して処理した。すべてのサンプルはマウント後5分以内に撮影した。分析の結果を図6に示す。なお、顕微鏡画像は以下のように分類した:none,GFPが細胞質に拡散し、細胞質と核の間に強度差がない;low,GFPが一部の腸管細胞で細胞質より強く核に局在する;medium,GFPがすべての腸管細胞で細胞質より強く核に局在する;high,GFPがすべての腸管細胞の核にのみ局在している。また、図6中、***はp<0.001を示す。なお、検定はchi-square testにて行っている。
【0040】
図6に示すように、メチオニン制限剤で処理をすることで、未処理の場合と比較してlowとmediumの割合が増加したことが分かった。従って、GFPの核局在化が誘導されることが分かり、すなわちHLH-30の核局在化が誘導されることが分かった。この結果から、本実施例に係るメチオニン制限剤は、線虫のオートファジーを誘導できることが分かった。
【0041】
(メチオニン制限剤による線虫の寿命への影響)
寿命測定は、抗生物質無添加の固形NGMプレート上で行った。線虫の餌となる大腸菌OP50株をLB培地で37℃で12~16時間培養し、NGMプレートに播種した。すべての線虫(C.elegans野生株)は測定前に少なくとも2世代継代した。卵を持った1日目の成虫線虫を、未添加又は各濃度のメチオニン制限剤(SAHの濃度で10、50μM)を含むNGM上で6時間の時限産卵により同期化させた。数日後、20~30匹の同期した若齢成虫を60μM 5-フルオロ-2’デオキシウリジン(FUdR)とメチオニン制限剤を含むNGM又はFUdRのみのNGMプレートに移した。生存率は、若齢成虫を置いた時を0としてプロットし、数日おきに生死を測定し、スコア化した。生存曲線はGraphPad Prism 7を用いて作成した。p値はlog-rank(Mantel-Cox)testにより決定した。測定した結果を図7に示す。なお、図7中、**はp<0.01、***はp<0.001を示す。また、検定はone-way ANOVA with Tukey’s correctionにて行っている。
【0042】
図7に示すように、メチオニン制限剤を溶解した培地(10μM SAH、50μM SAH)で処理した線虫については、コントロール(SAH 0μM)の場合と比較して線虫の生存率が高くなったことが分かった。この結果から、本実施例に係るメチオニン制限剤は、線虫の寿命を延長できることが分かった。
【0043】
(メチオニン制限剤による線虫のAMP依存性プロテインキナーゼへの影響)
まず、SAH未添加の培地及びSAH濃度が1、10、50、100μMとなるようにメチオニン制限剤をそれぞれ添加したNGMプレートに成虫線虫(C.elegans野生株)を移して静置し、卵を産ませた。その後、同培地上で3000個の同調した卵を2日間培養した。L4ステージまで成長した線虫をそれぞれ回収し、M9バッファーを用いて2回洗浄した。それらの線虫を100μLのタンパク質溶解バッファー(150mM NaCl、1% NP-40、50mM Tris-HCl(pH8.0)に再懸濁した。その線虫を10秒間のソニケーションを2回用いて溶解させた。溶解液は4℃で最大速度でスピンダウンし、上清は-20℃で保存した。サンプルバッファーを加え、95℃で5分間煮沸し、16μgのサンプルをロードしてSDS-PAGEで分離し、PVDF膜にトランスファーした。ブロットをStarting Block T20(TBS)Blocking Bufferで1時間ブロッキングし、一次抗体として抗リン酸化AMPK抗体又は抗チューブリン抗体を用いて、4℃で一晩静置した。それぞれの二次抗体を用いてさらに1時間反応させた。最後に、BioRad ChemiDocイメージングシステムを使用して、タンパク質のシグナルを検出した。分析の結果を図8に示す。なお、図8中のグラフは、野生株線虫をSAH未処理又は1、10、50、100μMのSAHで処理した場合のAMPKリン酸化レベル(Phos.AMPK)をα-tubulin量で規格化した相対強度を示している。また、図8中、*はp<0.05を示す。なお、検定はone-way ANOVA with Tukey’s correctionにて行っている。
【0044】
図8に示すように、メチオニン制限剤による処理をすることで、コントロール(0μM SAH)の場合と比較して、Phos.AMPK/α-tubulinの値が上昇したことが分かった(1、10、50、100μM SAH)。この結果から、本実施例に係るメチオニン制限剤は、AMP依存性プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化できることが分かった。
【0045】
上述の結果から、本実施例に係るメチオニン制限剤は、酵母及び線虫のメチオニン代謝系におけるS-アデノシルメチオニン合成を活性化し、細胞内のメチオニンの量を減少できることが分かった。従って、簡便かつ継続的なメチオニン制限を可能にするメチオニン制限剤として有用であることが分かった。
図1
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図7
図8