(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024056178
(43)【公開日】2024-04-23
(54)【発明の名称】硫酸ニッケル水溶液の製造方法
(51)【国際特許分類】
C01G 53/10 20060101AFI20240416BHJP
【FI】
C01G53/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022162900
(22)【出願日】2022-10-11
(71)【出願人】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001704
【氏名又は名称】弁理士法人山内特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】安田 創
(72)【発明者】
【氏名】永井 啓明
(72)【発明者】
【氏名】山口 洋平
【テーマコード(参考)】
4G048
【Fターム(参考)】
4G048AA07
4G048AB02
4G048AB08
4G048AE01
(57)【要約】
【課題】粗硫酸ニッケル溶液に含まれる鉄と亜鉛を充分に除去できる硫酸ニッケル水溶液の製造方法を提供する。
【解決手段】不純物として鉄および亜鉛を含む粗硫酸ニッケル溶液に硫化剤を添加して亜鉛の硫化物沈澱を生じさせ、固液分離により硫化終液と硫化澱物とを生成する硫化工程S2と、硫化終液に空気を吹込むと共にアルカリを添加して、酸化中和反応により鉄および亜鉛を含む沈澱物を生じさせ、固液分離により中和終液と中和澱物とを生成する中和工程S3とからなり、硫化工程S2において、硫化終液の鉄と亜鉛の比率を亜鉛/鉄の重量比で0.6~10に調整した上で、中和工程S3において、硫化終液である粗硫酸ニッケル水溶液のpHを5.5~6.0にする。亜鉛を含む沈澱物が生成されやすく、亜鉛濃度の低い硫酸ニッケル水溶液が得られる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
不純物として鉄および亜鉛を含む粗硫酸ニッケル溶液に硫化剤を添加して亜鉛の硫化物沈澱を生じさせ、固液分離により硫化終液と硫化澱物とを生成する硫化工程と、
前記硫化終液に空気を吹込むと共にアルカリを添加して、酸化中和反応により鉄および亜鉛を含む沈澱物を生じさせ、固液分離により中和終液と中和澱物とを生成する中和工程とからなり、
前記硫化工程において、前記硫化終液の鉄と亜鉛の比率を亜鉛/鉄の重量比で0.6~10に調整した上で、前記中和工程において、前記硫化終液である粗硫酸ニッケル水溶液のpHを5.5~6.0にする
ことを特徴とする硫酸ニッケル水溶液の製造方法。
【請求項2】
前記中和工程において、前記粗硫酸ニッケル水溶液を直列に接続された複数段の反応槽に順に流し、最前段の前記反応槽から最後段の前記反応槽にかけて前記粗硫酸ニッケル水溶液のpHを段階的に上昇させ、最後段の前記反応槽における前記粗硫酸ニッケル水溶液のpHを5.5~6.0にする
ことを特徴とする請求項1記載の硫酸ニッケル水溶液の製造方法。
【請求項3】
前記硫化終液の鉄濃度は200~800mg/L、亜鉛濃度は200~8000mg/Lの範囲内である
ことを特徴とする請求項1または2記載の硫酸ニッケル水溶液の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硫酸ニッケル水溶液の製造方法に関する。さらに詳しくは、本発明は、鉄および亜鉛を含む粗硫酸ニッケル溶液から亜鉛および鉄を除去した硫酸ニッケル水溶液を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
硫酸ニッケル水溶液の製造方法として、以下の方法が知られている(例えば、特許文献1)。まず、ニッケル原料を溶解、浸出するなどして、粗硫酸ニッケル溶液を得る(溶解・浸出工程)。この溶解・浸出工程では、例えば、銅製錬の副産物として得られる粗硫酸ニッケル結晶を水で溶解する。こうして得られた粗硫酸ニッケル溶液を加圧容器内で硫化剤と反応させ、亜鉛を硫化物沈澱として除去する(硫化工程)。つぎに、中和反応により粗硫酸ニッケル水溶液に含まれる鉄を水酸化物として除去し、中和終液を得る(中和工程)。最後に、溶媒抽出により中和終液中のニッケルを抽出、逆抽出して硫酸ニッケル水溶液を得る(溶媒抽出工程)。
【0003】
特許文献1の硫化工程では粗硫酸ニッケル溶液に含まれる亜鉛とともにニッケルの一部が難溶性の硫化物沈澱(硫化澱物)となり、ニッケルロスに繋がる。硫化剤の添加量、滞留時間を増やすと亜鉛の除去が進むが、ニッケルも硫化物沈澱を生成してロスする。すなわち、亜鉛を完全に除去するために硫化反応を促進させると、ニッケルも硫化物を生成しやすくなるため、硫化澱物量が増加し、硫化澱物中のニッケル含有率も上昇してしまう。なお、硫化澱物は、硫酸ニッケル水溶液の製造プロセスから系外に払出されて、硫化澱物中の銅の回収等の後処理に供される。
【0004】
一方で、硫化工程後の中和工程(脱鉄工程)でも鉄とともにニッケルが水酸化物として沈澱するが、後工程においてこの沈澱物は酸溶解され、大部分のニッケルは溶解濾液として系内に繰り返されるため、系外に払出されるニッケルロスを増加させることは無い。そこで、硫化工程ではニッケルロスが極端に増えない程度に亜鉛の除去を行って、硫化後液中に亜鉛を残留させ、残留した亜鉛はその後の中和工程において完全に除去することができれば、ニッケルロスを最小化でき、この観点からは望ましい形態となる。しかしながら、中和工程後の中和終液に亜鉛が残留すると、残留した亜鉛は、その後の溶媒抽出工程で中和終液から抽出されるものの、溶媒抽出工程の負荷を上昇させ、亜鉛の逆抽出に係る薬剤使用量を増加させる等の理由で好ましくない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記事情に鑑み、粗硫酸ニッケル溶液に含まれる鉄と亜鉛を充分に除去できる硫酸ニッケル水溶液の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
第1発明の硫酸ニッケル水溶液の製造方法は、不純物として鉄および亜鉛を含む粗硫酸ニッケル溶液に硫化剤を添加して亜鉛の硫化物沈澱を生じさせ、固液分離により硫化終液と硫化澱物とを生成する硫化工程と、前記硫化終液に空気を吹込むと共にアルカリを添加して、酸化中和反応により鉄および亜鉛を含む沈澱物を生じさせ、固液分離により中和終液と中和澱物とを生成する中和工程とからなり、前記硫化工程において、前記硫化終液の鉄と亜鉛の比率を亜鉛/鉄の重量比で0.6~10に調整した上で、前記中和工程において、前記硫化終液である粗硫酸ニッケル水溶液のpHを5.5~6.0にすることを特徴とする。
第2発明の硫酸ニッケル水溶液の製造方法は、第1発明において、前記中和工程において、前記粗硫酸ニッケル水溶液を直列に接続された複数段の反応槽に順に流し、最前段の前記反応槽から最後段の前記反応槽にかけて前記粗硫酸ニッケル水溶液のpHを段階的に上昇させ、最後段の前記反応槽における前記粗硫酸ニッケル水溶液のpHを5.5~6.0にすることを特徴とする。
第3発明の硫酸ニッケル水溶液の製造方法は、第1または第2発明において、前記硫化終液の鉄濃度は200~800mg/L、亜鉛濃度は200~8000mg/Lの範囲内であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
第1発明によれば、硫化工程において、硫化終液の鉄と亜鉛の比率を亜鉛/鉄の重量比で0.6~10に調整しておき、中和工程において、粗硫酸ニッケル水溶液のpHを5.5~6.0にするので、亜鉛を含む沈澱物が生成されやすく、亜鉛濃度の低い硫酸ニッケル水溶液が得られる。また、硫化工程では亜鉛の沈澱を多くする必要がないので硫化剤の添加量を減少させ、その結果ニッケル沈澱物も多くしないようにしてニッケルロスを減少させることができる。
第2発明によれば、中和工程において、粗硫酸ニッケル水溶液のpHを段階的に上昇させるので、急激なpH上昇操作に伴う局所的な過度のpH上昇を抑えることができる。その結果、中和工程においても、中和剤の添加量を減少させ、ニッケル沈澱物を多くしないようにすることができる。
第3発明によれば、硫化終液の鉄と亜鉛の比率に加えて、鉄濃度、および亜鉛濃度を調整することにより、より亜鉛を含む沈澱物が生成されやすくなり、亜鉛濃度の低い硫酸ニッケル水溶液が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明の一実施形態に係る硫酸ニッケル水溶液の製造方法を示す全体工程図である。
【
図2】中和工程S3から溶媒抽出工程S4までの工程図である。
【
図3】中和工程S3の設備図と溶媒抽出工程S4の工程図である。
【
図4】Zn‐H
2O系におけるZnの状態図である。
【
図5】亜鉛と鉄の重量比と中和終液の亜鉛濃度の関係を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
つぎに、本発明の実施形態を図面に基づき説明する。
(製造方法の全体工程)
図1に示すように、本実施形態の硫酸ニッケル水溶液の製造方法は、溶解・浸出工程S1、硫化工程S2、中和工程S3、溶媒抽出工程S4を順に実行するものである。
【0011】
溶解・浸出工程S1では、例えば、銅製錬の副産物として発生する粗硫酸ニッケル結晶をニッケル原料とする。このニッケル原料(粗硫酸ニッケル結晶)を水に溶解して粗硫酸ニッケル溶液を得る。この粗硫酸ニッケル溶液には鉄や亜鉛などの不純物が含まれている。
【0012】
硫化工程S2では、粗硫酸ニッケル溶液に硫化剤を投入して亜鉛を除去する。硫化反応により亜鉛などの不純物を含む沈澱物が生成するが、この沈澱物にはニッケルも含まれる。沈澱物を含む硫化スラリーは固液分離して硫化澱物を除去した硫化終液である粗硫酸ニッケル水溶液を得る。硫化澱物はそのまま系外に払い出すが沈澱したニッケルはロスになるので、ニッケルの沈澱物が多くならないようにし、結果として亜鉛の沈澱物も多くならないように操業する。したがって、粗硫酸ニッケル水溶液(硫化終液)には、なお亜鉛と鉄が含まれているが、この状態の粗硫酸ニッケル水溶液が中和工程S3に供給される。
【0013】
中和工程S3では硫化工程S2で得た粗硫酸ニッケル水溶液(硫化終液)に、空気を吹込むと共にアルカリを添加して、酸化中和反応により鉄および亜鉛を含む沈澱物を生成し中和スラリーを得る。中和スラリーは固液分離して中和澱物を除去し、濾液である中和終液を得る。中和澱物は硫酸でレパルプされ、中和澱物中のニッケルを溶出(硫酸溶解)した後、再度濾過され、ニッケルを含む溶解濾液は、例えば、溶解・浸出工程S1に返され再利用される。残渣(2次中和澱物)は系外に払い出されるが、残渣にはニッケルがほとんど含まれていないので、系外払い出しによってもニッケルロスは多くは無い。発明の名称でいう「硫酸ニッケル水溶液」は、このようにして得られた中和終液をいう。
【0014】
溶媒抽出工程S4では、中和工程S3で得た濾液(中和終液)に含まれるニッケルを溶媒抽出により抽出し、さらにニッケルが抽出された有機溶媒からコバルトイオン等による置換によりニッケルを放出すると高純度硫酸ニッケル水溶液を得ることができる。これで得られた高純度硫酸ニッケル水溶液には鉄および亜鉛を含む不純物が除去されている。
【0015】
本実施形態は、以上の溶解・浸出工程S1、硫化工程S2、中和工程S3および溶媒抽出工程S4からなるが、本発明としては、少なくとも硫化工程S2および中和工程S3を有していればよい。その他の工程は省略してもよいし、実行してもよい。
【0016】
(中和工程S3と溶媒抽出工程S4の詳細)
以下、中和工程S3と溶媒抽出工程S4の詳細を、
図2および
図3を参照しながら詳述する。
【0017】
中和工程S3では反応槽10が用いられるが、反応槽10の段数は任意であり、1段でも2段以上でもよいが、以下では2段の反応槽10A,10Bを用いた場合を例にとって説明する。2段の反応槽10A,10Bは直列に接続されており、粗硫酸ニッケル水溶液は前段の反応槽10Aから後段の反応槽10Bに向かって順に流される。各反応槽10A,10Bには、空気を吹込むと共にアルカリ(たとえば、消石灰スラリー)が添加され、粗硫酸ニッケル水溶液のpH(中和反応pH)を調整する。
【0018】
粗硫酸ニッケル水溶液のpH調整は、前段の反応槽10Aから後段の反応槽10Bにかけて中和反応pHを段階的に上昇させる。中和終液の不純物濃度の高低は主に後段の反応槽10BのpHに依存することから、後段の反応槽10Bにおける粗硫酸ニッケル水溶液のpHを5.5~6.0にすることが好ましい。前段の反応槽10AのpHは、後段の反応槽10BのpHよりも低くするが、このような段階的調整により無理なくpH調整を行うことができる。また、粗硫酸ニッケル水溶液のpHを段階的に上昇させるので、急激なpH上昇操作に伴う局所的な過度のpH上昇を抑えることができる。その結果、中和剤の添加量を減少させ、ニッケル沈澱物を多くしないようにすることができる。
【0019】
上記の段階的pH調整は、反応槽を3段以上用いて操業する場合も同様であり、最前段の反応槽から最後段の反応槽にかけて中和反応pHを段階的に上昇させるとよい。また、中和工程を1段の反応槽で行なう場合には、その反応槽のpHを5.5~6.0にすればよい。
【0020】
後段の反応槽10Bからは中和スラリーが排出される。中和スラリーは中和反応により生じた沈澱物(中和澱物)を含むスラリーである。中和スラリーは濾過機20で固液分離され中和澱物と濾液(中和終液)とに分離される。
【0021】
濾過機20としては、フィルタープレスやリーフフィルタなどのケーキ濾過機を好適に用いることができる。ケーキ濾過機は濾過対象液に含まれる固体粒子を濾材で捕捉してケーキ層を形成し、ケーキ層に通液することでケーキ層による濾過を行なう。ケーキ濾過機はバッチ式で操作されるものが多い。すなわち、通液により所定量のケーキが形成されたら、濾過操作を終了してケーキを排出するよう運転される。
【0022】
中和工程S3で生じた中和澱物をそのまま系外に排出すると、既述のごとくニッケルロスが大きくなるため、中和澱物からニッケルを回収する処理が行なわれる。
図2では概略的に示しているが、中和澱物は硫酸溶解槽51に排出され、硫酸溶解槽51では中和澱物に水または低ニッケル濃度の硫酸ニッケル水溶液を添加してレパルプし、昇温した後に、硫酸を添加する。硫酸により中和澱物に含まれる水酸化ニッケルが溶解する(硫酸溶解)。硫酸の添加量は、硫酸溶解槽内のスラリー(溶解後スラリー)の液相のpHが3.0~4.1となる量であることが好ましい。硫酸溶解槽51のpHを3.0~4.1に調整することで、中和澱物に含まれる水酸化ニッケルを充分に溶解できる。硫酸溶解槽51から排出された溶解後スラリーは固液分離装置52に導入される。
【0023】
固液分離装置52は溶解後スラリーを2次中和澱物と溶解濾液とに固液分離する。固液分離装置52としてフィルタープレスを好適に用いることができる。2次中和澱物は、硫酸ニッケル水溶液の製造プロセスから系外に払出され、2次中和澱物中の鉄の回収等の後処理に供される。溶解濾液は、
図1にも示すように、例えば、溶解・浸出工程S1に戻され、再利用される。
【0024】
一方、
図3に示すように、濾過機20から排出された濾液(中和終液)は濾液槽30に貯留される。濾液槽30に貯留された濾液は中和終液ともいい、溶媒抽出工程S4に供給される。
【0025】
溶媒抽出工程S4は、既述のごとく溶媒抽出の手段で、最終的に高純度硫酸ニッケル水溶液を得る工程である。この溶媒抽出工程S4は、抽出段S41、洗浄段S42、交換段S43、ニッケル回収段S44、コバルト回収段S45、逆抽出段S46からなる工程を例示できる。これらの工程には、向流多段方式の抽出装置、特にミキサーセトラーが好適に用いられる。
【0026】
以下、工程順に説明する。抽出段S41には濾液槽30に貯められていた中和終液が供給される。抽出段S41では、中和終液中のニッケルを有機相に抽出し、酸性抽出剤にニッケルを担持させる。酸性抽出剤としては、特に限定されないが、ジ-(2-エチルヘキシル)ホスホン酸(通称D2EHPA)などの燐酸エステル系酸性抽出剤が用いられる。特に、2-エチルヘキシルホスホン酸モノ-2-エチルヘキシルが好ましい。酸性抽出剤を用いた溶媒抽出では、抽出反応に水素イオンが関与するため、pHによって抽出率が変化する。抽出率は金属によって異なり、Fe>Zn>Cu>Mn>Co>Ca>Mg>Niの順に抽出されやすい。
【0027】
抽出段S41から洗浄段S42、交換段S43、ニッケル回収段S44、コバルト回収段S45、逆抽出段S46まで有機相の流れに従って順にpHを下げていくと、それぞれの段で各金属を分離回収できる。硫化工程S2で不充分にしか分離できなかった亜鉛の残りは、中和工程S3で分離されているので、溶媒抽出工程S4では、主にニッケルとコバルトを分離する。なお、亜鉛は溶媒に抽出されやすいので、溶媒抽出工程S4では邪魔な存在になる。そこで、亜鉛と鉄は前工程の硫化工程S2と中和工程S3で事前に除去しておかれる。
【0028】
抽出段S41で得られたニッケル保持有機相は洗浄段S42に送られる。なお、抽出残液は系外に排出される。洗浄段S42では、ニッケル保持有機相をニッケルを含有する洗浄液で洗浄する。交換段S43では、洗浄後のニッケル保持有機相(ニッケルを担持した酸性抽出剤)とコバルト等の不純物を含んだ含コバルト硫酸ニッケル水溶液とを接触させて、ニッケル保持有機相中のニッケルと含コバルト硫酸ニッケル水溶液中の不純物とを置換する。これにより高純度硫酸ニッケル水溶液を得ることができる。
【0029】
ニッケル回収段S44では、交換後有機相に硫酸を添加してpH4.0程度に調整する。これにより、交換後有機相に残留したニッケルを逆抽出して、ニッケル回収液を得る。ニッケルを逆抽出した後のニッケル回収後有機相はコバルト回収段S45に送られる。コバルト回収段S45では、有機相に塩酸を添加してpH1.0程度に調整する。これにより、有機相に担持されたコバルトを逆抽出して、コバルト回収液を得る。コバルト回収液は塩化コバルト水溶液である。
逆抽出段S46では、有機相に硫酸を添加して有機相に残存する不純物を除去する。逆抽出段で不純物が除去された有機相は、抽出段S41と交換段S43とに繰り返し供給される。
【0030】
(本発明の技術原理)
本発明の技術原理を
図4および
図5を参照しながら説明する。
中和工程S3に供給される粗硫酸ニッケル水溶液は、なお不純物として少なくとも鉄および亜鉛を含んでいる。例えば、中和工程S3への供給時点において、硫化終液の鉄濃度は200~800mg/Lであり、亜鉛濃度は200~8000mg/Lである。
【0031】
中和工程S3において、鉄と亜鉛の比率を亜鉛/鉄の重量比で0.6~10に調整した上で、粗硫酸ニッケル水溶液のpHを5.5~6.0にすると、亜鉛濃度の低い硫酸ニッケル水溶液を得ることができる。その理由を以下に説明する。
なお、鉄と亜鉛の比率調整は、粗硫酸ニッケル溶液中の鉄濃度を基準として、中和工程S3の前工程である硫化工程S2で得られる硫化終液中に残留させる亜鉛濃度を調整することで行うことができる。亜鉛濃度の調整は、硫化剤の添加量、言い換えれば酸化還元電位を調整することで実施できる。鉄濃度の調整のために、例えば、硫酸第一鉄を添加等しても良い。
【0032】
まず、本発明の背景にある技術常識を説明する。
図4は、Zn‐H
2O系(Zn10mg/L)において、電位を縦軸にとりpHを横軸にとった亜鉛(Zn)の状態図である。電位がほぼ-1.0Vから-2.0Vであれば全pH領域で亜鉛が金属として存在し、電位が約-1.0V以上であってpHが7.0より低いときは亜鉛がイオンとして存在し、pHが7.0より高いときは亜鉛が水酸化物として存在する。この状態図の示すものは技術常識として公知である。
【0033】
図4の状態図からすれば、亜鉛濃度を10mg/L以下にするにはpHを7.0以上にする必要がある。したがって、水酸化亜鉛を生成して亜鉛を除去するという観点からは、中和反応pHを7.0以上とすることが好ましいといえる。しかしながら、本発明者は、実際にはpH5.5~6.0の範囲(
図4において×マークを入れた部分)でも亜鉛を10mg/L以下まで除去可能であり、亜鉛が水酸化物以外の形態で除去できることを見出した。
図4における×マークは、
図3における第2反応槽10BでのpH条件、酸化還元電位条件に基づいている。
なお、pHが5.5未満では、鉄および亜鉛の除去が不十分であり、一方でpHが6.0を超えるとニッケルの沈澱が増加するので、本発明の製造方法には適さない。
【0034】
図5は、中和始液中のZn/Fe重量比と中和終液のZn濃度の関係を示したグラフであり、ビーカースケールによる試験結果により作製したものである。試験結果の詳細は実施例1として後に記載されている。
この
図5から分かるように、中和始液の亜鉛/鉄の重量比を0.6~10の範囲内とすると中和終液の亜鉛濃度を40mg/L未満にまで除去できることが確認された。なお、亜鉛/鉄の重量比が約0.6で亜鉛濃度を低減できることは、後述する実施例2の実験結果でも明らかにしているが、亜鉛/鉄の重量比が、1.3倍と10倍程度でも亜鉛濃度を低減できることは実施例1の実験からも明らかである。ゆえに、亜鉛/鉄の重量比が0.6を越え10までの範囲でも亜鉛濃度低減の効果があることは明白である。
【0035】
図5において左端の点で示したデータのように、亜鉛イオンに対して鉄イオンが過剰に存在するとき、例えば、亜鉛/鉄の重量比で0.6未満のとき、亜鉛を充分に除去できることは分かっていた。しかし、本発明では、鉄に対して亜鉛が濃度比で10倍多く存在する場合にも亜鉛を除去できることから、従来の技術常識であった鉄に亜鉛が共沈する現象やFeZnO
2のような化合物を形成するメカニズムとは異なるメカニズムで亜鉛が除去されていると考えられる。
【実施例0036】
以下に実施例および比較例を説明する。
(実施例1)
硫化工程S2における硫化終液に硫酸亜鉛結晶を加えて亜鉛濃度を調製した粗硫酸ニッケル水溶液を調整し、本発明の中和工程S3における反応条件を模したビーカー試験を行った。その結果は
図5に示すとおりである。鉄に対して亜鉛が1.3倍程度の重量を含む粗硫酸ニッケル水溶液を用いた場合に、濾過後の濾液の亜鉛濃度は1mg/L未満まで除去することができた。このときの中和前の液(粗硫酸ニッケル水溶液)の亜鉛濃度は1000mg/L、鉄濃度は760mg/Lであった。また、鉄に対して亜鉛が10倍程度含む粗硫酸ニッケル水溶液を用いた場合に、濾過後の濾液の亜鉛濃度は30mg/L程度まで除去することができた。このときの中和前の液(粗硫酸ニッケル水溶液)の亜鉛濃度は8000mg/L、鉄濃度は760mg/Lであった。
【0037】
(比較例1)
図5に示すように、鉄に対して亜鉛が重量比で100倍以上含まれている粗硫酸ニッケル水溶液を用いた場合には、中和後濾過した濾液の亜鉛濃度は540mg/Lと、実施例1での中和後濾液中の亜鉛濃度30mg/L程度を大きく上回り、亜鉛が充分に除去できていない結果となった。このときの中和前の液(粗硫酸ニッケル水溶液)の亜鉛濃度は160g/L、鉄濃度は760mg/Lであった。
【0038】
(実施例1と比較例1のまとめ)
実施例1と比較例1との比較から分かるように、中和始液のZn/Fe重量比が0.6~10の範囲内にあれば、亜鉛濃度を大きく低減できることが分かった。
【0039】
(実施例2)
本発明の中和工程S3に対応するよう、実操業において、粗硫酸ニッケル水溶液に空気を吹込むと共にアルカリを添加して、中和反応により不純物を含む沈澱物を生じさせ、固液分離により中和終液と中和澱物を生成した。この実験では、粗硫酸ニッケル水溶液は直列に接続された3段の反応槽に順に流すことで中和反応を生じさせた。
【0040】
前段反応槽への供給時点における粗硫酸ニッケル水溶液(中和始液)は、ニッケル濃度が100~120g/L、コバルト濃度が2~5g/L、鉄濃度が200~800mg/L、亜鉛濃度が200~500mg/L、pHが1.0~2.5である。
【0041】
反応槽への粗硫酸ニッケル水溶液の流量は20~40L/分である。第一段反応槽の中和反応pHを3.40~4.15、第二段反応槽の中和反応pHを5.50~5.90、第三段反応槽(最後段反応槽)の中和反応pHを5.65~6.00とした。反応温度(反応槽内の粗硫酸ニッケル水溶液の温度)は50~60℃である。
【0042】
最後段反応槽から排出された中和スラリーをフィルタープレスで固液分離し、濾液を濾液槽に貯留した。濾液槽には固液分離1バッチ分の濾液が貯留される。固液分離が1バッチ終了するたびに、濾液槽内の濾液(中和終液)の亜鉛濃度および鉄濃度を原子吸光光度法により測定した。この操作を6バッチ行った。
【0043】
表1に最後段反応槽における中和反応pHと中和終液の亜鉛濃度および鉄濃度を示す。いずれの場合も中和終液では亜鉛を1.0mg/L以下まで、また鉄を10mg/L以下まで除去できていることがわかった。
【0044】
【0045】
表1に示した中和始液の亜鉛濃度、鉄濃度について、6バッチ分の平均値を算出すると、亜鉛濃度が448mg/L、鉄濃度が659mg/Lとなる。このときの亜鉛/鉄の重量比は0.68である。実施例2の結果から、実操業においても実施例1と同様の結果が得られることが分かる。なお、鉄と亜鉛の重量比が0.6を下廻ると、硫化工程での亜鉛除去量が増加して、ニッケルロスの増加につながった。また、10を越えると亜鉛を除去できなくなった。
【0046】
以上より、鉄と亜鉛の比率を亜鉛/鉄の重量比で0.6~10に調整した上で、中和反応pHを5.5~6.0とすれば、中和終液の鉄濃度を低い状態に保ちつつ、亜鉛濃度を40mg/L未満にできる。そして、本発明によれば、ニッケルロスを生じさせることなく亜鉛と鉄を除いた硫酸ニッケル水溶液を得ることができる。