(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024056290
(43)【公開日】2024-04-23
(54)【発明の名称】血液の前処理方法、及び赤血球分離用粒子
(51)【国際特許分類】
G01N 33/48 20060101AFI20240416BHJP
【FI】
G01N33/48 H
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022163071
(22)【出願日】2022-10-11
(71)【出願人】
【識別番号】000003182
【氏名又は名称】株式会社トクヤマ
(72)【発明者】
【氏名】花澤 菜摘
(72)【発明者】
【氏名】梅本 詩織
(72)【発明者】
【氏名】菊池 重俊
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045BA08
2G045BB12
2G045CA25
(57)【要約】 (修正有)
【課題】血液を生化学分析ないしは免疫分析に供する際に妨害となる赤血球を効率的かつ迅速に除去し、液中成分の分析の精度や効率を向上させる。
【解決手段】測定対象とする血液に対し、マレイミド構造やスクシンイミド構造などの環状イミド構造を含む官能基を有する不溶性粒子とを混合する。不溶性粒子としては、例えば、シリカなどの金属酸化物や、酸化鉄をシリカで被覆した複合酸化物粒子などが使用できる。酸化鉄などとして磁性を持つ酸化物を採用し磁性粒子としてもよい。環状イミド構造の効果により赤血球が凝集して沈殿の形成とその沈降が起きやすくなり、また磁性粒子を用いた場合には磁着による分離が可能となる。その後、生じた沈殿から上清を分離して回収すれば、赤血球が除かれた分析試料が得られる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
血液を生化学分析ないしは免疫分析に供する際の前処理方法であって、測定対象とする血液と、環状イミド構造を含む官能基を有する不溶性粒子とを混合し、混合液に生じた沈殿を分離したのち、得られた上清を前記分析に供する血液の前処理方法。
【請求項2】
前記不溶性粒子が無機酸化物粒子である請求項1記載の血液の前処理方法。
【請求項3】
前記無機酸化物粒子がシリカ粒子、もしくはシリカを含む複合酸化物粒子である請求項2記載の血液の前処理方法。
【請求項4】
前記無機複合酸化物粒子が磁性粒子である請求項2記載の血液の前処理方法。
【請求項5】
血液に対して、環状イミド構造を含む官能基を有する不溶性粒子を加え、生じた沈殿を分離する、血液からの赤血球の分離方法。
【請求項6】
環状イミド構造を含む官能基を有する不溶性粒子からなる、血液からの赤血球分離用粒子。
【請求項7】
請求項6記載の赤血球分離用粒子を含む、血液からの赤血球分離用試薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血液を生化学分析ないしは免疫分析に供するに際して、各種分析の阻害物質となることの多い赤血球を効率的に分離する前処理方法、及びその方法に用いる分離用粒子に係る。
【背景技術】
【0002】
血液は、健康状態の確認などのため様々な分析に供されている。分析の対象とする成分は状況によって様々であり、その分析方法もそれに応じていくつもあるが、血液中の血球成分、特に量の多い赤血球が妨害物質となることが多い。従って、全血から赤血球を分離することにより血清もしくは血漿を採取し、該血清もしくは血漿を用いて検査(分析)が行われている。
【0003】
血液(全血)から血球成分を分離して血漿もしくは血清を得る方法としては、血液を遠心分離にかける方法や、メンブランフィルター等にかけてろ過する方法などが知られている。さらに遠心分離による方法では、シリカなどを血液凝固促進剤として用い、血餅の形成を促進する方法が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
他方、液体状態の生体試料から特定の物質を迅速に分離する方法としては、磁性粒子を用いた方法が提案されている(例えば、特許文献2、3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平11-64332号公報
【特許文献2】国際公開第2012/173002号パンフレット
【特許文献3】特開2016-090570号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、遠心分離やろ過による方法では比較的長い作業時間を要し、また手間がかかるという問題があった。また血液凝固促進剤を用いる方法は遠心分離の時間が短縮できるが、凝固成分を含む血漿を得ることはできない。
【0007】
また特許文献2や3は、血液からの赤血球の分離については沈黙している。
【0008】
従って、簡便かつ短い時間で血液から赤血球を分離する方法が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意検討した結果、表面にマレイミド構造を含む官能基を持たせた粒子が、赤血球を凝集させ、その沈降・分離を容易にすることを見出し、さらに検討を進めて本発明を完成した。
【0010】
即ち本発明は、血液を生化学分析ないしは免疫分析に供する際の前処理方法であって、測定対象とする血液と、環状イミド構造を含む官能基を有する不溶性粒子とを混合し、混合液に生じた沈殿を分離したのち、得られた上清を前記分析に供する血液の前処理方法である。
【発明の効果】
【0011】
本発明の前処理方法を行うことで、血液の分析の妨害となることの多い赤血球を血液から分離し、血清あるいは血漿を迅速に回収することが可能となる。これにより、分析の自動化への応用も容易となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、実施例で使用した各粒子の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
前記の通り本発明は、血液から赤血球を分離する技術に係り、得られた上清(血清ないしは血漿)は生化学分析ないしは免疫分析に供される。
【0014】
ここで、生化学分析とは、生体成分を分析して、疾患の診断や治療のモニタリング、予後の判定に用いられる手法である。本発明では生体成分として、血液を対象物としている。当該生化学分析は、血液を用いて沈殿を分離した後の上清を必要とする分析であれば特に限定されるものではないが、一般的に、タンパク質、各種酵素、電解質・金属、含窒素成分、脂質、及び糖関連物質などの分析が挙げられる。
【0015】
免疫分析とは、抗原と抗体の反応を利用して、分析対象となる抗原を検出する手法である。本発明における免疫分析とは、血液を用いて沈殿を分離した後の上清を必要とする当該分析であれば特に限定されるものではないが、具体的に、微小に存在するホルモンや腫瘍マーカー、また感染症の診断を行う分析である。
【0016】
対象とする血液は、ヒト血液だけでなく動物の血液でも特に制限なく用いることができるが、有用性の高さからヒト血液が好ましい。
【0017】
血液は原液を使用することもでき、希釈血液を使用することもできる。体積当たりの血清ないしは血漿の回収量の多さからは原液を用いる方が好ましい。なお希釈血液の場合、血液の希釈に用いられている溶媒は生体適合性の高い溶媒なら特に限定されないが、水や生理食塩水、緩衝液が好ましい。緩衝液として具体的には、HEPES、Tris、MESなどがあげられる。希釈する場合には、検査への影響を防ぐという観点から水や生理食塩水がより好ましく、水がさらに好ましい。
【0018】
本発明において対象とする血液は、生体から直接採血したままの状態のものでもよいし、抗凝固剤等の添加物が含まれていても構わないが、生化学分析ないしは免疫分析を行うに際しては、抗凝固剤が含まれる血液が対象となるのが一般的である。抗凝固剤としては、その例として、アルセバー液、クエン酸ナトリウム、ヘパリン、EDTAなどがあげられる。
【0019】
本発明においては、上記のような血液に対して、環状イミド構造を含む官能基を有する不溶性粒子を混合する。
【0020】
当該環状イミド構造を有する官能基は以下の式で示すことができる。
【0021】
【0022】
(式中、Rは水素原子又は有機基であり、-X-は、イミド構造部分〔C(=O)-N-C(=O)〕と結合して環を形成する、置換又は非置換の有機基である。)
【0023】
上記構造が粒子と結合する態様は限定されず、Rが有機基であってその有機基側で粒子と結合していても良いし、-X-が持つ置換基で粒子と結合していてもよいが、当該構造を粒子に持たせやすい点で、R側で粒子と結合していることが好ましい。
【0024】
-X-は、イミド構造部分と結合して環を形成している有機基であるが、環状構造の形成のし易さや安定性を考慮すると、5員環ないし7員環の環状イミドが好ましいため、-X-で示される有機基の主鎖原子数は2個から4個であることが好ましい。より好ましくは5員環又は6員環となる2個あるいは3個であり、5員環を形成することになる主鎖原子数が2個である有機基が特に好ましい。また主鎖を構成する原子は全て炭素原子であることが好ましい。さらに-X-における主鎖部分は二重結合などの不飽和結合を有していてもよい。
【0025】
-X-は、置換基を有していても良い。当該置換基は特に限定されず、炭素原子、水素原子以外に、酸素原子、硫黄原子、窒素原子、塩素原子などのヘテロ原子を含む置換基であってもよい。また置換基同士が結合し、-X-の一部又は全部を構成の一部とする環を形成していてもよい。置換基が大きすぎると赤血球とマレイミド構造部分との接近を妨げる可能性があるため、好ましくは炭素数が6以下、より好ましくは炭素数が2以下である。
【0026】
本発明において好適な環状イミドを具体的に例示すると以下の通りである(但し、Rが水素原子である場合の名称)。
【0027】
マレイン酸イミド、3-クロロマレイン酸イミド、3,4-ジクロロマレイン酸イミド、コハク酸イミド、3-メチルコハク酸イミド、3,4-ジメチルコハク酸イミド、3-ヒドロキシコハク酸イミド、3-クロロコハク酸イミド、3-(2-ヒドロキシエチルチオ)コハク酸イミド、フタル酸イミド、テトラヒドロフタル酸イミド、グルタル酸イミド等。
【0028】
これらのような環状イミドが、窒素原子上のRを介してコアとなる粒子と結合したものが好ましく、そのRとしては炭素数が2個から10個の有機基が好ましい。
【0029】
本発明において、上述の環状イミド構造を含む官能基は不溶性粒子上に存在する。なおここでの不溶性とは本発明で対象とする血液に実質的に溶けないことを意味する。
【0030】
当該不溶性粒子は、有機物からなっていても、無機物からなっていても、それらの複合体でも良い。自然沈降により、又は遠心沈降をかけて分離する際には、より沈降速度が速くなる点で比重の高い無機物であることが好ましく、なかでも合成の容易さの点で無機酸化物であることがより好ましく、さらにはシリカあるいはシリカを含む複合酸化物が特に好ましい。また磁着により分離する場合には、無機物あるいは、無機物と有機物との複合体が好ましい。
【0031】
無機酸化物としては、シリカ、アルミナ、ジルコニア、チタニア、酸化鉄等の単独酸化物、及びこれらの複合酸化物などが挙げられる。
【0032】
有機物としては、ポリスチレン、ポリメタクリル酸メチルなどのポリマーやデキストランなどの多糖類が挙げられる。
【0033】
なお前記磁着による分離を行う場合には、不溶性粒子は磁性体を含む必要がある。当該磁性体としては、安価で毒性が低いという観点から、酸化鉄が好ましく、なかでも化学的な安定性に優れることから、マグネタイト、γ-ヘマタイト、マグネタイト-α-ヘマタイト中間酸化鉄及びγ-ヘマタイト-α-ヘマタイト中間酸化鉄が好ましい。大きな飽和磁化を有し、外部磁場に対する感応性が優れていることから、マグネタイトが特に好ましい。
【0034】
当該磁性体は単独で不溶性粒子としても良いし、シリカなどの他の酸化物との複合酸化物として含まれていてもよいし、ポリマーなどとの複合体となっていてもよい。
【0035】
複合体ないしは複合酸化物とする場合、磁性体をコアとするコアシェル型や、磁性体が分散した分散型、磁性体が表面に存在する逆コアシェル型の粒子が挙げられる。製造コストと合成の簡便さから磁性体を無機酸化物やポリマーで被覆したコアシェル型が好適である。より好ましくは、無機酸化物、特にシリカで被覆したコアシェル型の粒子(複合酸化物粒子)である。
【0036】
上記のような不溶性粒子に前述の環状イミド構造を含む官能基を持たせたものは市販されているし、また必要に応じて公知の方法で合成すればよい。
【0037】
具体的には、例えば不溶性粒子がシリカ等の無機酸化物である場合には、第一級アミノ基を導入できるシランカップリング剤で処理した後、対応するジカルボン酸ないしはその誘導体を反応させて環状イミド構造をとらせることができる。なお、シリカ等の場合はシランカップリング剤で直接第一級アミノ基を導入する方法が有用性が高いが、シランカップリング剤に限らず、他の方法で第一級アミノ基を導入してもよい。また、環状イミド構造とできるのであれば、他の官能基を導入し、それを必要な手順で変換していく方法も採用可能である。
【0038】
また上記処理に供する不溶性粒子も様々なものが市販されているし、市場から入手できないものであれば、公知の方法で合成すればよい。
【0039】
本発明において、上記不溶性粒子が持つ環状イミド構造の量は特に限定されないが、その量が多い方が赤血球を凝集させやすい。他方、粒子の粒径ないしは表面積や、表面構造にもよるが、官能基を導入できる量は物理的に限界がある。これらを鑑みると、本発明において用いる不溶性粒子の持つ環状イミド構造の量は、0.1μmоl/g以上が好ましく、0.5μmоl/g以上がより好ましく、5μmоl/g以上がさらに好ましく、10μmоl/g以上が特に好ましい。上限は粒子に導入できる量であればよいが、一般的には150μmоl/g以下であり、100μmоl/g以下でも通常は十分な効果を持つ。
【0040】
本発明において、上述の表面に環状イミド構造を含む官能基を有する不溶性粒子の粒径は特に限定されず、血液に分散可能なものであればよいが、一般に大きすぎても、小さすぎても液体中への分散性が悪くなり、赤血球と効率的に作用しにくくなる傾向があるため、0.1~50μm程度の粒径が好ましい。より好ましくは0.5~10μm程度の粒径であり、0.5~5.0μm程度の粒径が特に好ましい。なお当該粒径は、動的光散乱法で測定される個数基準の累積50%粒径(D50)である。
【0041】
本発明において用いる上記の粒子は、水に分散可能な親水性のものである。血液は水系の液体であるから、親水性でなくては分散が困難である。なお、環状イミド構造は親水性が高いため、通常は、この環状イミド構造を持たせていることで粒子自体も親水性となっている。しかしながら、置換基等によっては親水性が低下して血液への分散性が不十分な場合もあり得る。そのような場合には、親水性を増大させる表面処理剤で更に処理するなどして、必要な親水性を持たせればよい。
【0042】
本発明においては、上述のような表面に環状イミド構造を含む官能基を有する不溶性粒子(ここ以下では単に「環状イミド構造を有す粒子」)を、血液と混合する。
【0043】
環状イミド構造を有す粒子と血液との混合において、両者を混合する手順は、血液に環状イミド構造を有す粒子を添加しても、逆に環状イミド構造を有す粒子に対して血液を添加しても、いかなる方法でも良いが、容器(採血管など)に収容された血液に環状イミド構造を有す粒子を添加する方法が好ましい(ただし以下では混合手順に依らず、いずれの手順であっても環状イミド構造を有す粒子側を「添加する」と表記する)。
【0044】
添加する環状イミド構造を有す粒子は、乾燥粉末、湿潤粉末あるいは分散液等の状態で添加できるが、血液へ迅速に分散(均一に拡散)させやすい点で、湿潤粉末あるいは分散液として添加することが好ましく、分散液として添加することが特に好ましい。
【0045】
当該湿潤粉末あるいは分散液を調製する際に用いる液体は、血液と混和可能であれば特に限定されないが、血液の主成分は水であるから、この溶媒としては水や各種アルコールなどの極性溶媒を用いることが好ましく、各種分析に影響を与える可能性が実質的にない点で水が最も好ましい。さらに、用いる環状イミド構造を有す粒子側の分散性の観点からも、やはり極性溶媒、特に水を好適に用いることができる。なお湿潤粉末や分散液に要求する物性、例えば保存性や粘度等を所望のものとするために、複数の溶媒を併用することも可能である。
【0046】
分散液とする場合の濃度としては、保存時の安定性や分散性、血液に加える際の効率などを考慮し、不溶性粒子の濃度が10mg/mL以上、1000mg/mL以下のものとすればよく、より好ましくは100mg/mL以上である。
【0047】
また分散液ないしは湿潤粉末とする場合には、緩衝剤を含むものとしてもよい。具体的には、HEPES、Tris、MES等の非リン酸系の緩衝剤が挙げられる。
【0048】
本発明においては、このような分散液、あるいは湿潤粉末を赤血球分離用試薬として製造、流通させることができる。
【0049】
本発明において、血液へと分散させる環状イミド構造を有す粒子の量は特に限定されないが、液体に対して不溶物である環状イミド構造を有す粒子があまりに多いと、回収できる上清が少なくなってしまうため、添加する量は、血液1mlに対して、環状イミド構造を有す粒子が2000mg以下が好ましく、1000mg以下がより好ましい。多くの場合で700mg以下でよく、さらには500mg以下でも十分な場合も多い。また血球成分との複合体を十分に作らせるためには、添加する粒子が持つ環状イミド構造の量が、血液1ml当りで0.052μmol以上となる量が好ましく、0.52μmol以上となる量がより好ましい。
【0050】
本発明においては、前記官能基を有する環状イミド構造を有す粒子は血液に均一に分散(拡散)させる。均一に分散させないと、部分的に赤血球の凝集が十分起きない可能性がある。環状イミド構造を有す粒子を液体に添加するだけで十分に分散する場合もあるが、一般的には、なんらかの応力を加えて分散させる。その手段は、当該環状イミド構造を有す粒子が液体中に分散するものであればよいが、高すぎる応力は赤血球が壊れてしまい分離が困難になる場合もある。従って、超音波分散やホモジナイザーの使用は避け、容器を手で軽く振とうしたり、あるいはミックスローター、ローテーター等を用いる程度にすることが好ましい。なお、環状イミド構造を有す粒子における不溶性粒子が磁性体を含むものである場合には、分散性の観点から磁力によらない攪拌方法が好ましい。分散にかける時間は、5秒~5分程度でよい。
【0051】
十分に分散させたならば、血液中の赤血球が凝集を起こして沈殿を生じるため、分析に供する上清を得るための分離が容易となる。
【0052】
分離方法としては、自然沈降、遠心沈降あるいは磁着などを行うことができる。環状イミド構造を有す粒子を用いることで、赤血球の凝集が効率的に起こるため、自然沈降ないしは遠心沈降であれば、従来よりも短い時間で沈殿の分離ができる。
【0053】
また赤血球の凝集は、環状イミド構造を有す粒子を介して生じているから、当該粒子として磁性体を含む磁性粒子を採用すれば、磁着によりこの凝集体を集めることができ、自然沈降や遠心沈降よりもさらに簡単かつ効率的に分離ができる。
【0054】
さらに個別の赤血球よりも粒径の大きな凝集塊が生じているため、ろ過を行う場合でも従来より効率よく分離を行うことができる。
【0055】
凝集した赤血球を、上記したような自然沈降、遠心沈降や磁着等により分離することで上清(血清又は血漿)が得られるから、これを回収して必要な分析に供すればよい。
【0056】
むろん行う分析などによって必要な試料の量は異なるから、分離して得た上清のほぼ全量を用いる必要がある場合もあれば、一部を用いれば十分な量とできる場合もある。必要量の試料を回収する方法としては、沈降ないしは磁着させただけで未だ容器内に沈殿物と上清の両方が存在している状態で、そこへ採取用の管を挿入するなどして液体(上清)の一部を回収しても良いし、デカンテーションやろ過などで固液分離を行った後、そこから必要量を回収する方法でも良く、特に制限されるものではない。
【0057】
なお分離を磁着で行う場合、分析に必要な液体成分を採取・回収するに際しては、磁着させたままの状態で行うことが好ましい。
【0058】
また分析に先立ち、当該分析において必要な他の前処理がある際には、本発明の前処理を行うのと同じ容器内で行うことも可能である。
【0059】
また本発明の前処理方法におけるいずれの段階も、一般的な室温程度(20~28℃)で行えばよく、加熱あるいは冷却などを行う必要はない
【実施例0060】
以下、実施例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0061】
実験に供した血液としては、抗凝固剤としてアルセバー液を含有させたマウス保存血液をリン酸緩衝生理食塩水(1×PBS)で10倍に希釈したものを用いた。
【0062】
表面に環状イミド構造を含む官能基を有する不溶性粒子は、以下の方法で合成した。
【0063】
・マレイン酸イミド構造を持つ磁性粒子(E1)
特開2014―12632号公報に記載の方法に準じて粒径0.1μmの酸化鉄ナノ粒子を合成した。この酸化鉄ナノ粒子を、Journal of nanomaterials,2019,9(Article ID 2182471)に記載の方法に準じてシリカ被覆及びアミノ基導入を行った。さらに、得られたアミノ基を持つ磁性シリカ粒子0.09gを酢酸1.5mL中に分散させ、加熱還流下で無水マレイン酸0.45gと8時間反応させることにより、マレイン酸イミド基を導入した。
【0064】
得られた磁性粒子の粒径は0.5μm程度であった。また粒子上に形成されたマレイミド基の量は、63.5μmol/gであった。
【0065】
・コハク酸イミド構造を持つ磁性粒子(E2)
上記方法で製造した磁性粒子(E1)25mgを濃度1mMの2-メルカプトエタノールのTris塩酸緩衝液溶液50mLに分散させた後、容器の外側から磁場を与えて磁性粒子を着磁させ、マイクロピペットを用いて上清を除去した。ついで、再度2-メルカプトエタノールのTris塩酸緩衝液溶液(1mM)50mLを加えて粒子を分散させ、30分間静置した。続いて、容器の外側から磁場を与えて磁性粒子を着磁させ、マイクロピペットを用いて上清を除去することで得られた粒子をコハク酸イミド構造を持つ磁性粒子(E2)とした。
【0066】
・カルボキシ基を持つ磁性粒子(CE)
前記磁性粒子E1の製造方法に準じて製造したアミノ基を持つ磁性シリカ粒子の0.1gを、DMF10mL中に分散させ、室温で無水コハク酸0.5gと16時間反応させることにより、カルボキシ基を導入した。
【0067】
得られた磁性粒子の粒径は0.5μm程度であった。
【0068】
実施例1
磁性粒子E1の25mgに、リン酸緩衝生理食塩水(1×PBS)を加えて分散させた後、粒子を磁着させ、その状態で上清を取り除くことにより洗浄する操作を3回行った。
【0069】
希釈血液50μLと、洗浄した磁性粒子25mgとを混合してから60分間経過後に容器外壁に磁石を接触させた。その状態でデカンテーションを行って上清を回収したところ、透明な液体が回収できた。さらにこの上清を静置したが、沈殿の生成・沈降は見られなかった。この結果から、赤血球はほぼ全量が磁着された状態で容器内に残り、分離できていると判断した。
【0070】
実施例2
磁性粒子としてE2を使用する以外は実施例1と同じ操作を行った。その結果、同様に透明の液体が回収でき、静置しても沈殿の生成・沈降は見られなかった。この結果から、赤血球はほぼ全量が磁着された状態で容器内に残り、分離できていると判断した。
【0071】
比較例1
磁性粒子をまったく添加せずに血液を30分間静置したが、全体に赤色不透明のままを保持し変化は見られなかった。
【0072】
比較例2
磁性粒子としてCEを使用する以外は実施例1と同じ操作を行った。その結果、回収した上清は、磁性粒子を用いなかった場合と見た目の変化はなく、また静置しておくと、赤血球とみられるものの沈殿が生じているのが確認された。