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  • 特開-磁性粒子を用いた試料前処理方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024056291
(43)【公開日】2024-04-23
(54)【発明の名称】磁性粒子を用いた試料前処理方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/48 20060101AFI20240416BHJP
【FI】
G01N33/48 H
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022163072
(22)【出願日】2022-10-11
(71)【出願人】
【識別番号】000003182
【氏名又は名称】株式会社トクヤマ
(72)【発明者】
【氏名】花澤 菜摘
(72)【発明者】
【氏名】梅本 詩織
(72)【発明者】
【氏名】菊池 重俊
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045BA08
2G045BB12
2G045CA25
(57)【要約】
【課題】 液体試料中の成分の分析に際して、同じ液体中に存在している分析の妨害物質、例えば血液を各種分析に供する際に妨害となる赤血球を効率的かつ迅速に除去し、液中成分の分析の効率を向上させる。
【解決手段】 分析対象物質および分析妨害物質が含まれる液体中に、当該分析妨害物質と作用する官能基を有する磁性粒子を分散させ、磁性粒子と分析妨害物質との複合体を形成させた後、生じた複合体を磁石に磁着させ、生じた上清を分離することで、妨害物質が除かれた分析用の液体が得られる。採用する官能基としては、例えば血液中の赤血球を除くのであれば、アミノ基、アンモニウム基等の正帯電性の基を採用すれば、効率的に赤血球の凝集を引き起こし、磁性粒子と共に磁着する。かつ分析対象物質の多くは影響を受けないため、分析結果に悪影響を与えることはほぼない。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体中に存在する成分の分析に先立って、分析の妨害となる物質を当該液中から分離するための試料前処理方法であって、
当該液体中に、前記分析の妨害となる物質と作用する官能基を有する磁性粒子を分散させ、当該磁性粒子と分析の妨害となる物質との複合体を形成させた後、当該複合体を磁石に磁着させる工程を有する、前記前処理方法。
【請求項2】
前記複合体を磁石に磁着させることにより生じた残液から、分析に供するためにその一部を採取する工程を有する請求項1記載の前処理方法。
【請求項3】
前記複合体を磁石に磁着させ、ついでその状態で固液分離を行う工程を有する請求項1記載の前処理方法。
【請求項4】
前記液体が血液である請求項1乃至3いずれか記載の前処理方法。
【請求項5】
前記分析の妨害となる物質が赤血球である請求項4記載の前処理方法。
【請求項6】
前記分析の妨害となる物質と作用する官能基が正帯電性のものである請求項5記載の前処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体状の分析試料の前処理方法に係る。詳しくは、分析対象成分と妨害物質が混在することが多い血液等の生体試料から、妨害物質を迅速かつ効率的に除去する方法に係る。
【背景技術】
【0002】
血液をはじめとする生体試料は、健康状態の確認などのため様々な分析に供されている。分析の対象とする成分は状況によって様々であるが、複雑な組成(成分)をもつ生体試料においては、ある成分を分析するための測定方法に対して、含まれる他の成分が妨害物質となり、正確な分析値が得られない場合も少なくない。そのため、このような妨害物質を試料から除去する前処理が種々行われている。
【0003】
このような分析の妨害となる物質を試料中から分離する試料前処理方法として、遠心分離やカラムクロマトグラフィー、透析、ろ過等の様々な分離の方法が知られている。しかしながら、遠心分離やカラムクロマトグラフィーでは、処理に複数の工程を必要とし、操作性が低い。また、透析の場合は、分離に長い時間を要するといった課題がある。さらに、ろ過の場合は除去できる物質のサイズに限りがあり、特に生体物質等の微小な成分を扱う場合には適用が困難となる。
【0004】
他方、特許文献1には、測定対象物質と特異的に結合する物質を固定化した磁性シリカ粒子を用い、この磁性シリカ粒子と測定対象物質の複合体を形成させ、これを分析に供する方法が開示されている。しかしながらこの方法では、分離される測定対象物質は磁性シリカ粒子と複合体を形成しているため、これをそのままクロマトグラフィー(HPLC、GC等)や質量分析などに供することができず、分析方法が限定されてしまったり、磁性粒子から再度分離するための操作が必要になってしまったりする。
【0005】
また磁性粒子を用いた物質分離方法としては、特許文献2に、対象物質と結合する物質を固定化した磁性シリカ粒子を用い、その磁性シリカと対象物質との複合体を形成させた後、固液分離する方法が開示されているが、この発明は、対象物質の分析を目的としたものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2012/173002号パンフレット
【特許文献2】特開2016-090570号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Journal of Nanomaterials, 2019, Article ID 2182471.
【非特許文献2】Nanoscale, 2011, 3, 701-705.
【非特許文献3】Journal of American chemistry society, 2019, 7(18), 15578-15584.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、血液などの液体中に含まれる分析対象の分析に先立って、実施する分析の妨害となる物質を迅速に除去することができ、かつ、様々な分析方法に適用可能な試料前処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意検討した結果、磁性粒子を用いて分離する方法において、分析対象とする側を磁性粒子と複合体にするのではなく、分析の妨害となる側を複合体とすれば、分析対象物質が簡単に溶液状態で得られ、それにより様々な分析に供することが容易である点に気づき本発明に到達した。
【0010】
即ち本発明は、液体中に存在する成分の分析に先立って、分析の妨害となる物質を当該液中から分離する試料前処理方法であって、
当該液体中に、前記分析の妨害となる物質と作用する官能基を有する磁性粒子を分散させ、当該磁性粒子と分析の妨害となる物質との複合体を形成させた後、当該複合体を磁石に磁着させる工程を有する、前記前処理方法である。
【発明の効果】
【0011】
本発明の前処理方法を行うことで、分析の妨害となる物質を分析対象試料から迅速に分離することができる。また、分析対象物質は溶液として回収できるため分析方法の制限も少ない。これにより、分析の自動化への応用も容易となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、実施例で使用した各磁性粒子の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、液体中に存在する成分の分析の前処理として、分析の妨害となる物質を当該液体中から分離する試料前処理方法である。
【0014】
本発明の前処理対象となる液体は、分析の対象となる物質を含むと同時に、分析の妨害となる物質を含みうる液体であれば特に限定はされない。なお当該分析の妨害となる物質(以下、単に「妨害物質」と記す)は含有している可能性があるのであれば、必ずしも含有している必要はない。含有しているか否かを別途分析等で確認し、その結果次第で本発明を適用するか否かを決定するよりも、可能性があるならば本発明の方法を適用する方が、総合的にみて簡潔、迅速になるのが通常である。
【0015】
具体的には、生体成分や汚水(生活排水や工業廃水)等が挙げられる。取り扱う液体の量と簡便に入手できる磁石の大きさ等を考慮した上での磁気分離の実現性という観点から、臨床検査等における生体成分を含む液体に好適に用いることができる。より具体的に例示すると、血液、汗、尿、唾液、消化管液、穿刺液(脳脊髄液、腹水、胸水)等の生体体液であり、好ましくは血液(全血)である。
【0016】
本発明における分析の妨害となる物質(妨害物質)とは、液体中に含まれる分析対象物質以外の物質のうち、測定値のずれや感度低下を引き起こすような物質の少なくとも一つを意味する。従って妨害物質は、分析対象とする物質と、その分析方法により決定される。
【0017】
一例を示すと、血液中の血清成分の濃度を吸光度測定により求めようとする場合、血液に含まれる血球成分が当該吸光度測定の妨害となるため、血球成分を除去しなければ、血清成分の正確な分析を行うことができない。すなわち、この場合、血球成分が分析の妨害物質となる。
【0018】
このように分析の正確性に対する要求性が特に高い血液においては、血球成分、特に含有量が多い赤血球が各種分析の妨害物質となることが多い。従来、血液中の赤血球は遠心分離やろ過により除去していたが、本発明の方法を用いれば、これら従来の方法よりも迅速、簡便に赤血球が分離でき、特に有用性が高い。
【0019】
なお血液の分析において、赤血球が妨害物質となる血液中の分析対象物質とその分析方法を例示すると下表に示す通りである。
【0020】
【表1】
【0021】
本発明は、上記例のような分析を行うに際し、妨害物質を分離するために行う前処理方法であり、当該分離は、妨害物質と磁性粒子との複合体を形成させ、この複合体(磁性体)を磁石に磁着させて行う。
【0022】
従って、この磁性粒子は、妨害物質と作用する官能基を有する。この際、分析が定量分析である場合は特に、当該磁性粒子は分析対象物質とは相互作用を起こして複合体を作るようなものであるべきではない。
【0023】
当該妨害物質と作用する官能基を有する磁性粒子は、分析する液体に分散可能なものであれば特に限定されないが、具体的には以下のような粒子が使用できる。
【0024】
即ち本発明における磁性粒子は、磁性体を含み、磁性を有する粒子である。当該磁性体としては、鉄、コバルト、マンガン、クロム、ニッケル、モリブデン及びこれらの合金等、並びにこれら金属の酸化物ないしは複合酸化物等が挙げられるが、磁界に対する感応性が優れており、安価で毒性が低いという観点から、酸化鉄が特に好ましい。
【0025】
さらに上記酸化鉄の中でも、特に化学的な安定性に優れることから、マグネタイト、γ-ヘマタイト、マグネタイト-α-ヘマタイト中間酸化鉄及びγ-ヘマタイト-α-ヘマタイト中間酸化鉄が好ましく、大きな飽和磁化を有し、外部磁場に対する感応性が優れていることから、マグネタイトが更に好ましい。なお、異なる2種以上の磁性体をもつ磁性粒子であっても良い。
【0026】
また磁性体は、強磁性(フェリ磁性、フェロ磁性)のものであっても超常磁性のものであってもよいが、磁性体の取り扱いやすさの観点から超常磁性の磁性体が好ましい。ここで超常磁性とは、外部磁場の存在下で物質の個々の原子磁気モーメントが整列し誘発された一時的な磁場を示し、外部磁場を取り除くと、部分的な整列が損なわれ磁場を示さなくなることをいう。
【0027】
このような磁性体は公知の方法で製造でき、例えば超常磁性の酸化鉄は、Massartにより報告された方法に準じて水溶性鉄塩及びアンモニアを用いる共沈法(R.Massart, IEEE Trans.Magn.1981,17,1247)や逆共沈法(Journal of the Ceramic Society of Japan. 2016, 124, 23-28.)及び水溶性鉄塩の水溶液中の酸化反応を用いた方法(Journal of Magnetism and Magnetic Materials. 2009, 321, 1417-1420.)等により合成することができる。
【0028】
本発明における磁性粒子(後述する官能基以外の部分)は、上記のような磁性体のみから構成されたものでも良いが、磁性体の保護や、官能基や機能性の付与、分散性等の調整しやすさ等の点から、磁性体の他にシリカ、アルミナなどの無機酸化物、ポリスチレン、ポリメタクリル酸メチル等のポリマー、あるいはデキストランなどの多糖類等の磁性体以外の成分を含む粒子である方が好適である。より好ましくは、官能基の導入のしやすさから無機酸化物やポリマーを含む粒子である。無機酸化物の場合、合成の容易さやコストの点で、シリカが特に好ましい。
【0029】
当該無機酸化物やポリマー等の成分をさらに含む場合、磁性体をコアとするコアシェル型や、磁性体が分散した分散型、磁性体が表面に存在する逆コアシェル型の粒子が挙げられる。製造コストと合成の簡便さから磁性体を無機酸化物やポリマーで被覆したコアシェル型が好適である。より好ましくは、無機酸化物、特にシリカで被覆したコアシェル型の粒子である。例えば非特許文献1や非特許文献2には、磁性体をシリカで被覆した磁性粒子が記載されており、このようなものが挙げられる。
【0030】
上記のような磁性粒子は市販されているものを用いても良いし、公知の方法で製造してもよい。例えば、前記特許文献や、非特許文献に記載の方法で製造することができる。
【0031】
本発明において用いる磁性粒子は、妨害物質と作用する官能基を有する。ここで本発明において当該「官能基」とは、水酸基やアミノ基のような少数の原子団からなり、共有結合、水素結合、イオン結合等により複合体を生じるものに限らず、ペプチドや糖、抗体、環状化合物など、2次元ないしは3次元的な構造も寄与して、他の化合物と一定のルールに従って相互作用をもつ物質を磁性粒子と結合させて生じる、上記相互作用をもつ構造部分(有機基)をも含む。
【0032】
前記磁性粒子が有する妨害となる物質と作用する官能基の種類は、妨害物質及び分析対象物質に応じて、公知の官能基から適宜選択することができる。即ち、当該官能基は妨害物質と効率的に反応する一方、分析対象物質とは複合体を作ってしまわないような官能基を、特異性や反応性などの公知の情報等を参照して適宜選択すればよい。なお複合体を作る、作らないは、反応性が完全に100%である、又は0%であることを意味するものではなく、要求する分析精度などにより、それを満足するようなレベルであればよい(妨害物質の殆どと反応して複合体を形成しつつ、分析対象物質とも若干は反応するような官能基でも、要求する分析精度次第で許容できる)。
【0033】
例えば血液から前記した血球を除き、得られた血清中のナトリウムやカリウムを測定しようとする場合には、血球と複合体を作り、かつナトリウムやカリウムとは複合体を形成しない官能基、具体的には例えば、正帯電性(カチオン性)の官能基を持つものを選択すればよい。
【0034】
磁性粒子が持ちうる官能基を具体的に例示すると、例えば正に帯電する官能基としては、アミノ基やアンモニウム基、ホスホニウム基等が挙げられる。
【0035】
当該アミノ基あるいはアンモニウム基としては、第1~3級アミノ基、第4級アンモニウム基が含まれる。
【0036】
第1級アミノ基としては、例えばアミノ基、アミノメチレン基、アミノエチレン基、アミノプロピレン基等のアミノアルキレン基、3-アミノ-1-エトキシプロピレン基、1-アミノ-エトキシメチレン基等のアミノアルコキシアルキレン基等が挙げられる。第2級アミノ基としては、1つの炭化水素基で置換されたアミノ基が挙げられる。例えば、N-アルキルアミノアルキレン基が含まれ、N-メチルアミノエチレン基、N-エチルアミノエチレン基等のN-アルキルアミノアルキレン基、イミダゾイル基等が挙げられる。第3級アミノ基としては、2つの炭化水素基で置換されたアミノ基が挙げられる。第3級アミノ基を有する官能基としては、例えばN-ジメチルアミノエチレン基、N-ジメチルアミノプロピレン基、N-ジエチルアミノエチレン基、N-ジブチルアミノエチレン基等が挙げられる。
【0037】
第1~3級アミノ基は、窒素原子にプロトンが付加し、さらに各種酸イオンやハロゲンイオンを対イオンに有するようなアンモニウム塩であっても良い。
【0038】
第4級アンモニウム基としては、3つの炭化水素基で置換されたアンモニウム基が挙げられる。第4級アンモニウム基を有する官能基としては、トリメチルアンモニウム基、トリエチルアンモニウム基等のトリアルキルアンモニウム基等が挙げられる。
【0039】
第4級アンモニウム基における対イオンは水酸化物、各種酸イオン又はハロゲンイオンが挙げられる。
【0040】
ホスホニウム基としては、3つの炭化水素機で置換された第4級ホスホニウム基が挙げられる。第4級ホスホニウム基を有する官能基としては、トリメチルホスホニウム基、トリエチルホスホニウム基等のトリアルキルホスホニウム基等が挙げられる。
【0041】
第4級ホスホニウム基における対イオンは水酸化物、各種酸イオン又はハロゲンイオンが挙げられる。
【0042】
上記した各官能基における対イオンが酸イオンの場合は、酸としては塩酸、臭酸、ヨウ酸、酢酸、硫酸、硝酸及びリン酸等に由来するイオンが挙げられ、ハロゲンイオンとしては塩化物イオン、臭化物イオン、ヨウ化物イオン等が挙げられる。ただし、これら対イオンは、分析対象と同一のイオンであったり、行う分析を妨害するイオンであったり、あるいは反応して別物質としてしまうようなイオンは避けるべきである。
【0043】
血液の赤血球と複合体を形成する基としては、マレイン酸イミド、コハク酸イミド、3-(2-ヒドロキシエチルチオ)コハク酸イミド、フタル酸イミド、テトラヒドロフタル酸イミド、グルタル酸イミド等の環状イミドが、窒素原子上の置換基により磁性粒子と結合したもの、即ち、環状イミド構造も挙げることができる。
【0044】
また、水酸基(シラノール基を含む)、チオール基、カルボキシル基、スルホン酸基、アミド基などを適宜選択できる。
【0045】
さらに生化学分野などでは、特定の物質と特異的に反応する物質ないしは化学構造が種々知られており、このような物質あるいは化学構造を利用することができる。例えば、ある抗原抗体反応を起こす組み合わせにおいて、当該抗原が本発明における妨害物質に該当する場合、対応する抗体を前記磁性粒子に結合させることで、両者の複合体を形成させることが可能である。むろん抗体そのものを直接結合させるのではなく、その反応性に寄与する主たる化学構造以外の部分において、各種原子団や官能基などが追加あるいは省略されたものを結合させてもよい。
【0046】
このような特異的な反応の組み合わせとしては、例えば、上記「抗原」-「抗体」間反応の他に、「糖鎖」-「タンパク質」間反応、「糖鎖」-「レクチン」間反応、「酵素」-「インヒビター」間反応、「タンパク質」-「ペプチド鎖」間反応、「染色体又はヌクレオチド鎖」―「ヌクレオチド鎖」間反応、「ヌクレオチド鎖」-「タンパク質」間反応等の相互反応が挙げられる。またシクロデキストリンやクラウンエーテルによる陽イオンの取り込み、キレートによる鎖形成などでもよい。
【0047】
従って、測定対象とする液体中に存在する妨害物質が、上記各反応におけるいずれか一方に該当するのであれば、対応する側の物質あるいは化学構造を磁性粒子に持たせればよい。
【0048】
なお前述の通りこれら官能基は分析対象物質と複合体を形成するようなものであるべきではないが、妨害物質でも分析対象物質でもない物質とは複合体を形成しても、しなくてもどちらでもよい。
【0049】
上記のような官能基を有する磁性粒子は、公知の方法で入手すればよい。例えば磁性粒子が、磁性体をシリカ等の無機酸化物で覆った構造の粒子、あるいはなんら被覆が行なわれていない場合でも磁性体自体が酸化物である場合には、無機酸化物に対して前述のような官能基を導入する方法をそのまま適用できる。
【0050】
具体的には、シリカ等の表面に各種官能基を導入できるシランカップリング剤等の表面処理剤が多数知られており、これを導入する官能基に応じて選択し、前記のような方法で製造ないしは市場から入手した磁性粒子を当該表面処理剤で処理する方法で容易に得ることができる。
【0051】
また、このようにして導入した官能基を起点に、さらに公知の化学反応を利用して、当該官能基を他の官能基に変換したり、他の化学物質を結合させたりすることもできる。
【0052】
前記したアミノ基やアンモニウム基を例にとると、3-アミノプロピルトリメトキシシラン、3-アミノプロピルトリエトキシシラン、N-フェニル-3-アミノプロピルトリメトキシシラン、N-2-(アミノエチル)-3-アミノプロピルメチルジメトキシシラン、N-2-(アミノエチル)-3-アミノプロピルトリメトキシシラン等のアミノ基を導入できるシランカップリング剤や、オクタデシルジメチル(3-トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライド、オクタデシルジメチル(8-トリエトキシシリルオクチル)アンモニウムクロライド等の第4級アンモニウム基を導入できるシランカップリング剤が市販されているから、これらを用いてシリカ等の無機酸化物を表面処理する一般的な方法で製造が可能である。
【0053】
前述した環状イミド構造は、第一級アミノ基を導入した磁性粒子に、対応するジカルボン酸ないしはその誘導体を反応させて得ることができる。
【0054】
むろんシランカップリング剤を用いる方法に限定されず、他のいかなる方法で官能基を導入してもよい。また、ポリマー粒子に各種の官能基を導入する方法も種々知られている。
【0055】
また本発明における磁性粒子は、妨害物質と作用する官能基を2種以上有していてもよい。この場合、これら官能基は各々が異なる妨害物質と作用するものであってもよいし、同じ妨害物質と作用するものでもよい。
【0056】
さらにまた、液体への分散性や安定性を向上させるなどの目的で、妨害物質とは作用しない官能基を有していてもよい。むろんこの場合、当該官能基は、分析対象物質と磁性粒子との複合体を形成させるようなものであるべきではない。
【0057】
本発明における磁性粒子が有する上記妨害物質と作用する官能基の量は適宜設定すればよいが、一般に、その量が多い方が妨害物質と複合体を作りやすくなる。他方、磁性粒子の粒径ないしは表面積や、表面構造にもよるが、官能基を導入できる量は物理的に限界がある。
【0058】
前記血液中の血球成分を、アミノ基又はアンモニウム基を有する磁性粒子と複合体を形成させて分離することを目的とした場合、当該アミノ基又はアンモニウム基の量は、0.1μmоl/g以上が好ましく、0.5μmоl/g以上がより好ましく、5μmоl/g以上がさらに好ましく、10μmоl/g以上が特に好ましい。上限は粒子に導入できる量であればよいが、一般的には150μmоl/g以下であり、100μmоl/g以下でも通常は十分な効果を持つ。
【0059】
なお官能基の含有量は呈色試薬及び紫外可視吸光光度計を用いることで算出することができ、用いる呈色試薬は官能基の種類により適宜選択することができる。例えば、アミノ基の場合はFmoc基にてアミノ基を保護した後、ピペリジンで脱保護を行い、紫外可視吸光光度計にて遊離したFmoc誘導体の吸光度を測定することにより、官能基量を算出することができる。
【0060】
本発明における上述のような官能基を有する磁性粒子の大きさは特に限定されないが、大きすぎても、小さすぎても液体中への分散性が悪くなり、妨害物質と効率的に複合体を作りにくくなる傾向があるため、0.1~50μm程度の粒径が好ましい。より好ましくは0.5~10μm程度の粒径であり、1.0~5.0μm程度の粒径が特に好ましい。なお当該粒径は、動的光散乱法で測定される個数基準の累積50%粒径(D50)である。
【0061】
本発明において用いる上記官能基を有する磁性粒子は、親水性でも疎水性でも良く、測定対象とする液体の物性に合わせて選択すればよい。例えば、血液などの生体試料は水系の液体であるから、この場合は用いる磁性粒子も親水性のものであることが好ましい。なおここでの「親水性」であるとは、100%の水に分散させようとした際に浮遊することなく全量が水中に分散することを指す(所謂、メタノール滴定法により測定される疎水化度(M値)が0%)。
【0062】
本発明においては、上述のような官能基を有する磁性粒子を、分析対象物質を含む液体、即ち測定対象とする液体に分散(均一に拡散)させる。
【0063】
液体に磁性粒子を分散させるに際し、両者を混合する手順は、液体側に磁性粒子を添加しても、逆に磁性粒子に対して液体を添加しても、いかなる方法でも良いが、容器に収容された液体に磁性粒子を添加する方法が好ましい(ただし以下では混合手順に依らず、いずれの手順であっても磁性粒子側を「添加する磁性粒子」とする)。
【0064】
添加する磁性粒子は、乾燥粉末、湿潤粉末あるいは分散液等の状態で添加できるが、測定対象とする液体へ迅速に分散させやすい点で、湿潤粉末あるいは分散液として添加することが好ましく、分散液として添加することが特に好ましい。
【0065】
当該湿潤粉末あるいは分散液を調製する際に用いる液体は、測定対象とする液体と混和可能であれば特に限定されないが、混和後に分析対象物質及び妨害となる物質の溶解性を低下させ難く、また用いる磁性粒子が凝集しにくい溶媒であることが好ましい。
【0066】
例えば、本発明の前処理方法を適用する有用性が特に高い血液を例にとると、血液の主成分は水であるから、上記溶媒としては水や各種アルコールなどの極性溶媒を用いることが好ましく、各種分析に影響を与える可能性が実質的にない点で水が最も好ましい。また、用いる磁性粒子側の観点からも、前述したようなアミノ基やアンモニウム基を持つものは磁性粒子が親水的であるため、当該粒子の分散性の観点から、やはり極性溶媒を好適に用いることができる。
【0067】
むろん測定対象とする液体の性質や、磁性粒子の持つ官能基によっては疎水性溶媒の方が好ましい場合もあり、これを排除するものではない。また、湿潤粉末や分散液に要求する物性、例えば保存性や粘度等を所望のものとするために、複数の溶媒を併用することも可能である。
【0068】
また血液中の妨害物質を除く際には、上記分散液ないしは湿潤粉末には、緩衝剤を含むものとしてもよい。具体的には、HEPES、Tris、MES等の非リン酸系の緩衝剤が挙げられる。
【0069】
分散液とする場合の濃度も適宜決定できるが、赤血球除去を目的にする場合を例に挙げると、保存時の安定性や分散性、血液に加える際の効率などを考慮し、磁性粒子の濃度が不溶性粒子の濃度が10mg/mL以上、1000mg/mL以下のものとすればよく、より好ましくは100mg/mL以上である。
【0070】
本発明において、測定対象とする液体へと分散させる磁性粒子の量は、妨害物質の量等に合わせて適宜調整すれば良い。なお一般的には、分散させる量が多いほど、複合体を形成する妨害物質の割合が多くなるが、分析対象物質の分析結果に影響を与える可能性が生じる。即ち、少なすぎると元々の妨害物質の影響により分析精度が低くなり、多すぎると分散させた磁性粒子の影響により分析精度が落ちる場合がある。
【0071】
血液中の血球成分を、前記したアミノ基やアンモニウム基等の正帯電性基を持つ磁性粒子を用いて分離する場合には、前記したような分析対象物質と分析方法に対しては当該磁性粒子による直接的な影響はほぼ無いが、液体に対して不溶物である磁性粒子があまりに多いと、後述する磁着を行った際に回収できる上清が少なくなっていくため、添加する量は、血液1mLに対して、磁性粒子が2000mg以下が好ましく、1000mg以下がより好ましい。多くの場合で700mg以下でよく、さらには500mg以下でも十分な場合も多い。また血球成分との複合体を十分に作らせるためには、磁性粒子が持つ正帯電性基の量が、血液1mL当りで0.052μmol以上となる量が好ましく、0.52μmol以上となる量がより好ましい。
【0072】
本発明においては、前記官能基を有する磁性粒子は測定対象とする液体に分散させる必要がある。分散させないと、磁性粒子の持つ官能基と妨害物質との複合体の形成が十分に起きない可能性が高い。磁性粒子を液体に添加するだけで十分に分散する場合もあるが、一般的には、なんらかの応力を加えて分散を行う。当該磁性粒子が液体中に分散するのであれば特に限定されず、振とう、攪拌、超音波やホモジナイザーを用いることができる。但し、高すぎる応力は測定対象とする液体に含まれる成分に悪影響を与えてしまう、例えば、血液であれば赤血球が壊れてしまい分離が困難になる場合もある。従って、血液を対象とする場合には、超音波分散やホモジナイザーの使用は避け、容器を手で軽く振とうしたり、あるいはミックスローター、ローテーター等を用いる程度にすることが好ましい。なおいずれにせよ、磁性粒子の分散性の観点から磁力によらない攪拌方法が好ましい。
【0073】
本発明においては、磁性粒子には妨害物質と作用し、複合体を形成する官能基を持たせているため、上記のようにして液体に磁性粒子を分散させることで、妨害物質と磁性粒子との複合体が形成される。
【0074】
ただし、一瞬で複合体を形成するとは限らず、要求する量(割合)の妨害物質が複合体を形成するためには、ある程度の時間を要することが通常である(以下、要求する量以上の妨害物質が複合体を形成したことを「完了」と称す)。処理の効率性を考慮すると、完了までの時間が長すぎることは好ましくないため、磁性粒子の持つ官能基の種類や存在密度、添加する磁性粒子の量などを調整し、30分以下で完了するようにすることが好ましく、10分以下が好ましく、5分以下が好ましく、1分以下がより好ましい。なおこの時間は、磁性粒子の添加からの時間であり、前記振とうや攪拌等を行う時間を含めた時間である。
【0075】
前記したアミノ基やアンモニウム基等の正帯電性基を持つ磁性粒子を用いて血液中の血球成分を分離する場合であれば、磁性粒子の官能基量やその添加量を前記した範囲とすれば、上記のような時間にできる。
【0076】
他方、完了までの時間の下限は特にないが、操作の手間などを考慮すると、後述する磁着を行うまでには、数秒~10秒程度の時間を要するのが一般的である。即ち通常は、上記複合体の形成の完了までの時間は5秒程度かかってもよく、10秒程度でも多くは問題はない。
【0077】
複合体の形成が完了したならば、当該複合体を、液体の残余の成分と分離する。
【0078】
本発明において、上記のようにして形成させた妨害物質と磁性粒子との複合体は、磁性粒子部分を持つため、磁着させることによって集めることが可能である。即ち、磁石を用いて磁着させることにより、自然沈降を待ったり、遠心沈降にかけたりするよりも遥かに素早く、粒子(複合体)が液中へ分散していた状態から、分離した状態とできる。
【0079】
なお当該磁着は、前記した複合体の形成が完了してから行う。換言すれば磁性粒子の添加した後、前記したような時間が経過してから行えばよい。むろん必要に応じ、完了後さらに時間が経過してから磁着させる操作を行っても良い。
【0080】
磁着させる方法は特に限定されず、液中に直接磁石を投入してもよいが、好ましくは、液体が入った容器の外側から磁石を接近させて容器の壁面越に磁場を与え、容器内壁に磁着させることが好ましい。磁着させる位置も特に限定されるものではないが、分離した液側(残液)を分析にかけることを考慮すると、用いた容器の底面あるいは側面でも下方である方が好ましい。
【0081】
上記複合体を磁着させる際に用いる磁石の種類や形状は、複合体を磁着させることができるものであれば、特に限定されない。例えば、ネオジム磁石のような永久磁石や、電磁石を用いることができる。
【0082】
上記のようにして複合体を形成させた磁性粒子を磁着することで、妨害物質は当該複合体の構成要素として液中から分離される。即ち、妨害物質が除去された液体を上清などの残液として得ることができる。
【0083】
本発明においては、このようにして得られる妨害物質が除去された液体を所望の分析に供すればよい。対象とする成分物質や分析方法の例は前述したとおりである。
【0084】
なおむろん、分析方法などにより必要な試料の量は異なるから、磁着させた粒子以外の残液のほぼ全量を用いる必要がある場合もあれば、一部を用いれば十分な量とできる場合もある。必要量の試料を回収する方法としては、容器内に採取用の管を挿入するなどして液体の一部を回収しても良いし、デカンテーションなどで固液分離を行った後、そこから必要量を回収する方法でも良く、特に制限されるものではない。
【0085】
いずれの場合も分析に必要な液体成分を採取・回収するには、複合体を形成した磁性粒子は磁着させたままの状態で行うことが好ましい。
【0086】
また分析に先立ち、当該分析において必要な他の前処理がある際には、複合体の形成や磁着に影響のない範囲で、本発明の前処理を行うのと同じ容器内で行うことも可能である。
【0087】
また本発明の前処理方法におけるいずれの段階も、測定対象とする液体や目的とする分析対象物質の安定性を考慮して行う温度を決定すればよい。例えば、血液を測定対象とする場合には、一般的な室温程度(20~28℃)で行えばよく、加熱あるいは冷却などを行う必要はない。ただし、複合体の形成速度の制御を目的としたり、分析対象とする液体あるいは分析対象物質の安定性や操作性などを考慮したりして、加熱あるいは冷却下で行うことを排除するものではない。
【実施例0088】
以下、実施例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0089】
なお本実施例、比較例では測定対象の液体である血液から、各種分析の妨害となる赤血球の分離を検討した。
【0090】
磁性粒子は以下の方法で合成した。
【0091】
(1)未修飾の磁性粒子の合成
特開2014―12632号公報に記載の方法に準じて粒径0.1μmの酸化鉄ナノ粒子を合成した。次いでこの酸化鉄ナノ粒子を、非特許文献1に記載の方法に準じてシリカ被覆を行い、複合酸化物として磁性粒子を得た。
【0092】
(2)官能基の付与
(2-1)アミノ基を導入した磁性粒子(PS1)
得られた未修飾の磁性粒子に対して、同じく非特許文献1に記載の方法に準じてアミノ基を持たせた。得られた磁性粒子(PS1)の粒径を測定したところ0.5μmであった。またアミノ基の含有量は32μmоl/gであった。
【0093】
(2-2)マレイン酸イミド基を導入した磁性粒子(PS2)
上記方法で製造したアミノ基を持つ磁性粒子(PS1)0.09gを酢酸1.5mL中に分散させ、加熱還流下で無水マレイン酸0.45gと8時間反応させることにより、マレイン酸イミド基を導入した。得られた磁性粒子(PS2)の粒径は0.5μm程度であった。
【0094】
(2-3)コハク酸イミド基を導入した粒子(PS3)
上記方法で製造したマレイミド基を有する磁性粒子(PS2)に対して、常法に従い2-メルカプトエタノールを加えて二重結合に付加させて、置換基を持つコハク酸イミド基へ変換した。得られた磁性粒子(PS3)の粒径は0.5μm程度であった。
【0095】
(2-4)カルボキシ基を導入した粒子(PS4)
上記方法で製造したアミノ基を持つ磁性粒子(PS1)0.1gをDMF10mL中に分散させ、室温で無水コハク酸0.5gと16時間反応させることにより、カルボキシ基を導入した。得られた磁性粒子の粒径は0.5μm程度であった。
【0096】
なお血液中には各種カルボン酸が存在しており、この方法で導入しているカルボン酸(カルボキシ基)も、赤血球と複合体を作るものではない。
【0097】
上記方法で合成した磁性粒子は、すべて以下の方法で洗浄を行った。なお前記粒径は、このような洗浄を行った後に測定した値である。
【0098】
即ち、30mg程度の磁性粒子を15mLのポリプロピレン製容器に量り取り、リン酸緩衝生理食塩水(1×PBS)500μL程度を添加し、磁性粒子を分散させた。ついで、容器の外側から磁場を与えて磁性粒子を着磁させ、マイクロピペットを用いて上清を除去した。同様の操作を2~3回繰り返し行うことで、磁性粒子を洗浄した。検討に用いた磁性粒子を以下の表に示す。
【0099】
実施例1
磁性粒子PS1の27mgに、リン酸緩衝生理食塩水(1×PBS)で1/10に希釈したマウス保存血液50μLを加えた後、ローテータ―を用いて10℃で撹拌した。ついで、容器の外側から磁場を与えて磁性粒子を磁着させ、マイクロピペットを用いて上清を回収した。回収した上清は透明であり、遠心分離により得られた上清とは目視で比較しても遜色はなかった。さらにこの上清を静置したが、沈殿の生成・沈降は見られなかった。この結果から、分離できていると判断した。この結果から、赤血球はほぼ全量が磁着された状態で容器内に残り、血球成分を含まない上清が得られていると判断した。
【0100】
比較例1
磁性粒子として、PS4を使用する以外は実施例1と同じ操作を行った。その結果、回収した上清は、磁性粒子を用いなかった場合と見た目の変化はなく、また静置しておくと、赤血球とみられるものの沈殿が生じているのが確認された。
【0101】
実施例2
血液50μLと、磁性粒子PS2の25mgとを混合し、ついで容器外壁に磁石を接触させた。その状態でデカンテーションを行って上清を回収したところ、赤血球を含まない透明な液体が回収できた。さらにこの上清を静置したが、沈殿の生成・沈降は見られなかった。この結果から、赤血球はほぼ全量が磁着された状態で容器内に残り、分離できていると判断した。
【0102】
実施例3
磁性粒子PS3を用いて、実施例2と同様の操作を行った結果、実施例2と同様の結果が得られた。
図1