(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024057595
(43)【公開日】2024-04-24
(54)【発明の名称】酸化物結晶材料の分析方法
(51)【国際特許分類】
G01N 1/28 20060101AFI20240417BHJP
G01N 1/44 20060101ALI20240417BHJP
【FI】
G01N1/28 X
G01N1/44
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023175391
(22)【出願日】2023-10-10
(31)【優先権主張番号】P 2022164342
(32)【優先日】2022-10-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145872
【弁理士】
【氏名又は名称】福岡 昌浩
(74)【代理人】
【識別番号】100091362
【弁理士】
【氏名又は名称】阿仁屋 節雄
(72)【発明者】
【氏名】淵本 幸宏
【テーマコード(参考)】
2G052
【Fターム(参考)】
2G052AA11
2G052AB01
2G052AB26
2G052AD32
2G052AD46
2G052EB11
2G052FD09
2G052GA13
2G052GA15
2G052GA24
(57)【要約】
【課題】酸化物結晶材料に含まれる成分を精度よく分析する。
【解決手段】酸化物結晶材料から形成される固体試料を準備する工程と、固体試料を溶解させて分析用試料を調製する工程と、を有し、酸化物結晶材料は、希土類元素を含み、分析用試料を調製する工程は、固体試料と硝酸、硫酸および二硫酸塩とを混合し混合液を調製する工程と、混合液を温度140℃~160℃で加熱し、第1処理液を得る工程と、第1処理液を温度200℃~340℃で加熱し、第2処理液を得る工程と、第2処理液に塩酸を混合して酸化物結晶材料が溶解する分析用試料を得る工程と、を有する、酸化物結晶材料の分析方法である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化物の単結晶または多結晶を含む酸化物結晶材料から形成される固体試料を準備する工程と、
前記固体試料を溶解させて分析用試料を調製する工程と、を有し、
前記酸化物結晶材料は、希土類元素を含み、
前記分析用試料を調製する工程は、
前記固体試料と硝酸、硫酸および二硫酸塩とを混合し混合液を調製する工程と、
前記混合液を温度140℃~160℃で加熱し、前記混合液に含まれる成分の一部を前記硝酸による酸化で酸分解または溶解し、第1処理液を得る工程と、
前記第1処理液を温度200℃~340℃で加熱し、前記第1処理液に含まれる成分を前記硫酸による酸化で酸分解または溶解し、第2処理液を得る工程と、
前記第2処理液に塩酸を混合して前記酸化物結晶材料が溶解する前記分析用試料を得る工程と、を有する、
酸化物結晶材料の分析方法。
【請求項2】
前記固体試料は粒状体であって、粒径が30μm以下である、
請求項1に記載の酸化物結晶材料の分析方法。
【請求項3】
前記二硫酸塩は二硫酸カリウムである、
請求項1又は2に記載の酸化物結晶材料の分析方法。
【請求項4】
前記酸化物結晶材料は、ガドリニウム・スカンジウム・ガリウム・ガーネット結晶、タンタル酸リチウム結晶およびニオブ酸リチウム結晶の少なくとも1つを含む、
請求項1又は2に記載の酸化物結晶材料の分析方法。
【請求項5】
前記混合液を調製する工程では、前記硝酸と前記硫酸とをモル比が1:1~4:1となるように添加する、
請求項1又は2に記載の酸化物結晶材料の分析方法。
【請求項6】
前記混合液を調製する工程では、前記二硫酸塩を前記固体試料に対してモル比で2倍以上となるように添加する、
請求項1又は2に記載の酸化物結晶材料の分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化物結晶材料の分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、酸化物結晶材料は、例えば光アイソレータやSAWフィルタなどの製品における主要な構成部材の材質として注目されている。光アイソレータでは、磁界を印加することにより入射光の偏光面を回転させるファラデー回転子の材料として、ガドリニウム・スカンジウム・ガリウム・ガーネット結晶(GSGG結晶)が注目されている。またSAWフィルタでは、圧電基板の材料として、タンタル酸リチウム結晶(LT結晶)やニオブ酸リチウム結晶(LN結晶)などが注目されている(非特許文献1を参照)。
【0003】
上述した製品に要求される品質を確保するため、酸化物結晶材料においては構成元素や不純物を把握することが重要となる。
【0004】
一般に、固体試料に含まれる金属元素を分析する場合、まず前処理として固体試料を溶液化する。続いて、溶液化した前処理溶液を所定の濃度に調製した分析用試料を調製する。その後、この分析用試料を所定の分析機器、例えば誘導結合プラズマ発光分析計(ICP-OES)や高周波誘導結合プラズマ質量分析計(ICP-MS)、原子吸光分析計などを用いて分析する。
【0005】
固体試料を溶液化する方法としては、湿式酸分解法、もしくはアルカリ熔融や酸性熔融などの乾式融解法などがある。湿式酸分解法は、塩酸や硝酸、硫酸などの鉱酸を用いて固体試料を分解して溶液化する方法である。乾式融解法であるアルカリ熔融は、固体試料をアルカリ性の融剤とともに高温で加熱することで固体試料を溶液化する方法である。例えば非特許文献2には、融剤として四ホウ酸リチウムを用いてチタン酸バリウムを溶融させた後、この溶融物を塩酸で加熱溶解して溶液化する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】光学結晶、1995年、培風館
【非特許文献2】BUNSEKI KAGAKU Vol.35、No.8、pp631-635(1986)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
湿式酸分解法では、処理温度が低く、操作し易いものの、酸化物結晶材料を溶液化するために長時間を要するばかりか、固体試料でも難分解性の酸化物結晶材料は完全に溶液化できないことがある。難分解性の固体試料は複数の酸を含む混酸を使用することで溶液化することもできるが、混酸に使用するフッ化水素はガラスを腐食させるため、特別な器具や装置を必要とし、取り扱い性や分析効率を低下させるおそれがある。
【0008】
一方、アルカリ熔融では、難分解性の固体試料でも溶液化させやすいものの、高温で加熱しながら熔融処理を行うため、前処理の際に試料が揮発したりすることで分析値がばらつき分析精度が低くなるおそれがある。また、非特許文献2に示すアルカリ熔融では、溶液化させる固体試料に対してアルカリ性の融剤を多量に使用する必要があり、分析において多量の融剤により分析のバックグランドが上昇し、それに伴って定量下限値が上昇してしまうことがある。つまり、分析精度が低くなるおそれがある。さらには、分析に供する試料の粘度が高く、分析装置への負荷が大きくなったり、融剤に存在する不純物の影響により分析値がばらついたりすることがある。
【0009】
酸化物結晶材料の中でも希土類元素を含む酸化物結晶、例えばガドリニウム・スカンジウム・ガリウム・ガーネット結晶やタンタル酸リチウム結晶(LT結晶)、ニオブ酸リチウム結晶(LN結晶)などは難分解性であり、上述した湿式酸分解法や乾式融解法では溶液化させにくく、これらの成分を精度よく分析できないことがある。
【0010】
本発明は、酸化物結晶材料に含まれる成分を精度よく分析する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の第1の態様は、
酸化物の単結晶または多結晶を含む酸化物結晶材料から形成される固体試料を準備する工程と、
前記固体試料を溶解させて分析用試料を調製する工程と、を有し、
前記酸化物結晶材料は、希土類元素を含み、
前記分析用試料を調製する工程は、
前記固体試料と硝酸、硫酸および二硫酸塩とを混合し混合液を調製する工程と、
前記混合液を温度140℃~160℃で加熱し、前記混合液に含まれる成分の一部を前記硝酸による酸化で酸分解または溶解し、第1処理液を得る工程と、
前記第1処理液を温度200℃~340℃で加熱し、前記第1処理液に含まれる成分を前記硫酸による酸化で酸分解または溶解し、第2処理液を得る工程と、
前記第2処理液に塩酸を混合して前記酸化物結晶材料が溶解する前記分析用試料を得る工程と、を有する、
酸化物結晶材料の分析方法。
【0012】
本発明の第2の態様は、第1の態様において、
前記固体試料は粒状体であって、粒径が30μm以下である。
【0013】
本発明の第3の態様は、第1又は第2の態様において、
前記二硫酸塩は二硫酸カリウムである。
【0014】
本発明の第4の態様は、第1~第3の態様のいずれかにおいて、
前記酸化物結晶材料は、ガドリニウム・スカンジウム・ガリウム・ガーネット結晶、タンタル酸リチウム結晶およびニオブ酸リチウム結晶の少なくとも1つを含む。
【0015】
本発明の第5の態様は、第1~第4の態様のいずれかにおいて、
前記混合液を調製する工程では、前記硝酸と前記硫酸とをモル比が1:1~4:1となるように添加する。
【0016】
本発明の第6の態様は、第1~第5の態様のいずれかにおいて、
前記混合液を調製する工程では、前記二硫酸塩を前記固体試料に対してモル比で2倍以上となるように添加する。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、酸化物結晶材料に含まれる成分を精度よく分析することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】
図1は、本発明の一実施形態にかかる酸化物結晶材料の分析方法のフローを示す工程概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
<本発明の一実施形態>
以下、本発明の一実施形態にかかる酸化物単結晶の分析方法について説明する。
図1は、本発明の一実施形態にかかる酸化物結晶材料の分析方法のフローを示す工程概略図である。本実施形態の分析方法は準備工程S1、混合工程S2、第1酸化工程S3、第2酸化工程S4、酸溶解工程S5および分析工程S6を有する。以下、各工程について詳述する。
【0020】
(準備工程S1)
まず、分析対象である固体試料を準備する。この固体試料は、酸化物の単結晶または多結晶を含む酸化物結晶材料から形成される。固体試料は、例えば酸化物結晶材料のインゴットから採取したり、単結晶基板上にエピタキシャル成長により形成された薄膜から採取したりすることができる。酸化物結晶材料は、希土類元素を含み、安定してオキソ酸を形成するものである。本実施形態では、希土類元素として、例えば、ガドリニウム、スカンジウム、タンタル、ニオブなどが挙げられる。具体的には、固体試料を構成する酸化物結晶材料は、ガドリニウム・スカンジウム・ガリウム・ガーネット結晶(GSGG結晶)、タンタル酸リチウム結晶(LT結晶)およびニオブ酸リチウム結晶(LN結晶)の少なくとも1つを含む。酸化物結晶材料は、上記結晶のみで構成してもよく、上記結晶と他の金属とが結合して化合物を構成してもよい。このような化合物としては、例えば、CrやNdなどのドープ化合物、あるいはGSGG結晶の結晶構造にアルカリ金属が構成元素となった化合物などを挙げることができる。
【0021】
固体試料の形態は特に限定されず、例えば粒状体や塊状体などであるとよい。固体試料を効率よくかつ確実に溶解させる観点からは固体試料は粒状体であるとよい。好ましくは、粒状体の粒径が30μm以下であることが好ましく、10μm以下であることがより好ましく、5μm以下であることがさらに好ましく、1μm以下であることが最も好ましい。ここで粒径は、粒状体の最大粒径を示し、例えば粒度分布装置を用いて測定されるD90が対応する。粒径を上記範囲に調整する観点から固体試料は粉砕するとよい。その粉砕方法は特に限定されず、例えばハサミやペンチなどを用いて粉砕してもよく、またミルなどの従来公知の粉砕機を用いて粉砕してもよい。
【0022】
(混合工程S2)
続いて、例えば粉砕により粒状体とした固体試料と、硝酸、硫酸および二硫酸塩とをガラス製のビーカなど所定の容器内に添加して混合し、混合液を調製する。
【0023】
固体試料を構成する酸化物結晶材料でも、GSGG結晶やLT結晶、LN結晶を含む材料は、酸化しにくく酸分解させにくい。そこで、本実施形態では、融剤として二硫酸塩を選択するとともに、硝酸および硫酸を混合し、この混合液を、硝酸および硫酸のそれぞれが高い酸化力を発現する温度帯で加熱保持することで、固体試料を塩酸に溶解させやすい形態(可溶性の錯体)とする。
【0024】
硝酸は、後述するように、混合液を温度140℃~160℃で加熱したときに固体試料に含まれる成分の一部を酸化して酸分解または溶解させることができる。また硝酸は、この温度帯では二硫酸塩の分解を抑制することができる。
【0025】
硫酸は、混合液を温度200℃~340℃で加熱したときに、固体試料に含まれる成分のうち硝酸では酸分解できない成分を酸化して酸分解または溶解させることができる。しかも硫酸は、この温度帯で二硫酸塩を分解して二硫酸イオンや過酸化水素を生成させ、これらを固体試料に含まれる成分の酸分解に寄与させ、錯体形成反応をより向上させることができる。
【0026】
二硫酸塩は、融剤であって、固体試料を硝酸や硫酸で分解する際に分解を補助する機能を有する。具体的には、硝酸による酸化の段階では分解せずに、硫酸による酸化の段階で分解して二硫酸イオンから三酸化硫黄を生成し、固体試料の酸分解をより促進させる。つまり、二硫酸塩は、固体試料を構成する成分を可溶性の錯体に形成する反応の促進に寄与する。また、二硫酸塩は、機器分析により成分を定量するときにバックグラウンドの上昇や分析機器への負荷を抑制することができる。二硫酸塩としては二硫酸カリウムが好ましい。なお、二硫酸塩はその反応性を向上させる観点から粒状体であることが好ましい。
【0027】
混合液において、硝酸、硫酸および二硫酸塩のそれぞれの添加量は固体試料を酸分解できるような量であれば特に限定されない。後述する硝酸による酸化と硫酸による酸化とを効率よく進める観点からは、硝酸と硫酸とをモル比率が1:1~4:1となるように添加することが好ましい。
【0028】
また、二硫酸塩の添加量は固体試料に対してモル比で2倍以上となるような量とすることが好ましい。より好ましくは2.5倍以上、さらに好ましくは3.0倍以上となるような量とするとよい。二硫酸塩は加熱により溶解する際に分解することがあるので、二硫酸塩を混合液中に溶存させ、固体試料の酸分解を促す観点からは、二硫酸塩の添加量は固体試料よりも多く添加するとよい。この点、添加量を上記比率とすることにより、固体試料を安定して酸分解できるとともに、生成する可溶性の錯体を溶液中でより安定させた状態で維持することができる。つまり、溶解させた固体試料の析出や沈殿を抑制することができる。なお、二硫酸塩の添加量について上限値は特に限定されないが、混合液への溶解度以下とするとよい。
【0029】
(第1酸化工程S3)
続いて、混合液を開放状態で加熱して温度140℃~160℃まで昇温させ、この温度に保持する。混合液をこのような温度に調整することで、硝酸の揮発を抑制しつつ、主に硝酸の酸化力を高めることができる。これにより、混合液に含まれる固体試料のうち、硝酸で酸化できる成分を酸分解または溶解させることができる。この結果、固体試料の残渣と酸分解成分とを含む第1処理液を得る。なお、混合液の温度を140℃~160℃に保持させることで、硫酸の酸化力の発現を抑制し、二硫酸塩の分解を抑制できるので、二硫酸塩を硝酸に溶存させながらも、そのまま保持することができる。
【0030】
なお、混合液を140℃~160℃に保持する時間は、硝酸による酸分解が十分に進行できれば特に限定されない。また、混合液の加熱方法は従来公知の方法を採用するとよい。また加熱は、分解反応を効率よく進行させる観点からは混合液を緩やかに昇温させるとよい。
【0031】
(第2酸化工程S4)
続いて、第1処理液を開放状態でさらに加熱して温度200℃~340℃まで昇温させ、この温度に保持する。これにより、主に硫酸の酸化力を高めることができ、固体試料の残渣を酸化して酸分解または溶解させることができる。また、このとき硫酸により二硫酸塩を分解させて、二硫酸イオンや過酸化水素を生成させることができ、これらにより固体試料の残渣の酸分解を補助し、酸分解をより促進させることができる。また、この温度では硝酸が徐々に揮発するものの、温度の上昇とともに硫酸の酸化力が高まることで酸分解または溶解をより促進させることができる。この結果、固体試料の酸分解成分を含む第2処理液を得ることができる。固体試料の酸分解成分は、後述する塩酸などの塩酸に溶解可能な錯体を形成している。この錯体は、例えば固体試料に含まれる酸化物結晶の成分に二硫酸イオンが配位して構成される。
【0032】
加熱により得られた第2処理液は、取り扱い性の観点から、例えば室温まで冷却させるとよい。冷却により、酸分解成分(酸溶液に可溶な錯体)や反応せずに残存する二硫酸塩を含む固化物が析出する。
【0033】
なお、第1処理液の加熱温度は、硫酸の酸化力を高める観点から200℃以上とするとよく、硫酸の揮発を抑制する観点から340℃以下とするとよい。加熱温度は好ましくは270℃~320℃である。第1処理液を200℃~340℃に保持する時間は、硫酸による酸分解が十分に進行できれば特に限定されない。また、第1処理液の加熱方法は従来公知の方法を採用するとよい。また加熱は、分解反応を効率よく進行させる観点からは、第1処理液から硫酸の白煙が生じるまで緩やかに昇温させとよい。
【0034】
(酸溶解工程S5)
続いて、室温まで冷却した第2処理液に塩酸を添加し加熱する。これにより、第2処理液に含まれる酸分解成分などの固形分を溶解させる。酸分解成分は塩酸に可溶な錯体を形成しており、塩酸の添加により溶解させることができる。これにより、分析用試料として、固体試料が溶解した塩酸溶液を得ることができる。
【0035】
第2処理液に添加する塩酸の添加量は、固体試料の酸分解成分を完全に溶解できれば特に限定されない。また、添加する塩酸の濃度も特に限定されない。
【0036】
なお、塩酸を添加した後に加熱する温度は、例えば60℃以上110℃以下とするとよい。
【0037】
(分析工程S6)
上述した酸溶解工程で得られた塩酸溶液は例えば内部標準物質などを添加することで分析用試料として分析装置に供することができる。この分析装置としては、固体試料に含まれる無機元素を所定の検出限界値以上で検出できる装置であれば特に限定されない。例えば、誘導結合プラズマ発光分析計(ICP-OES)や、誘導結合プラズマ質量分析計(ICP-MS)、原子吸光分析計などを用いることができる。
【0038】
以上により、固体試料に含まれる成分、例えば固体試料を構成する金属元素や固体試料に含まれる不純物元素などを定量することができる。
【0039】
<本実施形態に係る効果>
本実施形態によれば、以下に示す1つ又は複数の効果を奏する。
【0040】
希土類元素を含む酸化物結晶として、例えばガドリニウム・スカンジウム・ガリウム・ガーネット結晶、タンタル酸リチウム結晶およびニオブ酸リチウム結晶の少なくとも1つを含む酸化物結晶材料から形成される固体試料は、硫酸と融剤とを使用しても酸分解または溶解させにくく、完全に溶液化しにくいため、固体試料に含まれる成分を精度よく定量できない。
【0041】
これに対して本実施形態では、上述の固体試料に硫酸だけでなく硝酸を添加するとともに融剤として二硫酸塩を添加して得られる混合液を開放状態で加熱し、140℃~160℃の温度帯と200℃~340℃の温度帯のそれぞれで所定時間、保持している。140℃~160℃の温度帯で保持することにより、硝酸の揮発を抑制しながらも、その酸化力を高めて、固体試料に含まれる成分の一部を酸化して酸分解または溶解させることができる。また、200℃~340℃の温度帯で保持することにより、硫酸を残存させつつ、その酸化力を高めるとともに、二硫酸塩を分解させて二硫酸イオンや過酸化水素を生成させる。これらの成分により、硝酸で酸分解または溶解しきれない固体試料の残渣を酸分解または溶解させることができる。この結果、固体試料に含まれる成分を可溶性の錯体に形成することができる。そして、可溶性の錯体を含む第2処理液に塩酸を添加して加熱することにより、固体試料に含まれる成分が溶解した塩酸溶液を得る。この塩酸溶液によれば、固体試料を残渣なく溶解できるため、分析用試料として分析装置に供することで、固体試料に含まれる成分(金属元素を含む無機元素など)を精度よく定量することができる。このように本実施形態によれば、硫酸と融剤とでは完全に溶解できない酸化物結晶材料から形成される固体試料を湿式条件下で簡易かつ迅速に溶解させることができ、固体試料を精度よく分析することができる。
【0042】
また本実施形態では、融剤として二硫酸塩を使用しているため、アルカリ性の融剤を使用する場合と比較して、分析用試料を測定する際に分析装置でのバックグラウンドの上昇や装置の不具合を抑制することができる。バックグラウンドの上昇を抑制することで、定量下限値を低減し、分析値のばらつきを抑制することができる。つまり、固体試料の分析をより精度よく行うことができる。
【0043】
また本実施形態では、硝酸、硫酸および二硫酸塩を用いることで固体試料を湿式条件下で溶解しているため、アルカリ熔融などの乾式融解法と比較して、測定対象成分の揮発を抑制することができ、定量精度を高く維持することができる。しかも、腐食性を有するフッ化水素などを使用することがないので、特別な器具や装置が不要となる。
【0044】
また本実施形態では、二硫酸塩として二硫酸カリウムを使用することが好ましい。二硫酸カリウムによれば、固体試料を酸分解や溶解させて錯体形成する際の反応速度をより穏やかにすることができ、錯体形成をより確実に行うことができる。
【0045】
また本実施形態では、固体試料として粒径が30μm以下の粒状体を用いることが好ましい。例えば酸化物結晶材料からなるインゴットから採取した試料を所定の粒径となるように粉砕して固体試料とすることが好ましい。粒状体とすることで、重量当たりの表面積を大きくすることができ、酸分解や溶解などの反応性を向上させることができる。しかも、酸分解や溶解に要する時間を短縮することができる。この結果、固体試料をより確実かつ迅速に溶解させることができる。
【0046】
また本実施形態では、混合液を調製する際、硝酸と硫酸とをモル比が1:1~4:1となるように添加することが好ましい。このようなモル比率で添加することにより、2段階の温度域でそれぞれ加熱を行うときに各段階での反応をより効率よく進めることができる。
【0047】
また本実施形態では、二硫酸塩を固体試料に対してモル比が2倍以上となるように添加することが好ましい。これにより、200℃~340℃で加熱したときに、二硫酸塩を分解させて固体試料の残渣をより確実に酸分解または溶解させ、可溶性の錯体の形成反応をより確実に行うことができる。また、第2処理液において可溶性の錯体を安定した状態で維持することができ、最終的に得られる分析用試料において、固体試料が溶解した成分の沈殿や析出を抑制することができる。この結果、分析用試料を分析したときに分析値のばらつきをより抑制することができる。
【0048】
以上、本発明の実施形態について説明してきたが、本発明は、上述した実施形態に何等限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々に改変することができる。
【0049】
上述の実施形態では、硝酸と硫酸とを使用する場合について説明したが、本発明はこれに限定されず、塩酸などの鉱酸を添加してもよい。また、腐食耐性を有する特別な器具や装置を使用することで、フッ化水素などを添加してもよい。これらの添加量は硝酸や硫酸による効果を損ねない範囲で少量とするとよい。
【実施例0050】
以下、本発明をさらに詳細な実施例に基づき説明するが、本発明は、これら実施例に限定されない。
【0051】
(実施例1)
本実施例では、酸化物結晶材料からなる固体試料として、ガドリニウム・スカンジウム・ガリウム・ガーネット等の酸化物ガーネット構造を有する化合物からなる試料を準備した。この試料としては、酸化物単結晶の上部から採取したもの(サンプルNo.1)と、酸化物単結晶の下部から採取したもの(サンプルNo.2)を準備した。これらのサンプルは粉砕により粒状体としたものであり、その粒径はD10=10μm,D50=20μm,D90=25μmであった。本実施例では、これらのサンプルのそれぞれについて、以下の手順により溶液化して分析を行った。なお、サンプルの粒径はレーザー回折方式粒度分布計(堀場製作所製「LA-950V2」)を用いて測定した。
【0052】
まず、粒状体の固体試料0.1gをガラス製ビーカに入れ、二硫酸塩として、予め砂状に粉砕した二硫酸カリウム1gを添加した。続いて、ビーカ内に少量の水を添加し、硝酸と(1+1)硫酸をそれぞれ10mlをさらに添加した。これにより、固体試料を含む混合液を調製した。なお、硝酸と硫酸とはモル比が2:1となるように添加した。また、二硫酸カリウムはサンプルに対してモル比で2倍以上となるように添加した。
【0053】
次に、ビーカを穏やかに加熱して、混合液の温度を140℃~160℃まで昇温させ、この温度範囲で所定時間、保持した。この温度で保持することにより、固体試料に含まれる成分の一部を酸化して酸分解または溶解させた。これにより、固体試料の残渣を含む第1処理液を得た。
【0054】
次に、ビーカをさらに加熱し、第1処理液の温度を200℃~340℃まで昇温させ、第1処理液から硫酸白煙を生じさせた。そして、この温度範囲で、第1処理液に含まれる内容物(固体試料の残渣)が完全に溶解するまで、加熱保持した。これにより、第2処理液を得た。なお、加熱保持中、内容物が凝集しないよう適宜撹拌を行った。
【0055】
次に、第2処理液を室温まで静置冷却した。放冷後、少量の純水を加えて硫酸を希釈後、塩酸20mlを添加し加熱した。これにより、第2処理液に含まれる溶解性の錯体を塩酸で再度溶解させ、塩酸溶液を得た。塩酸溶液を静置放冷した後、所定の内部標準物質を一定量添加し、分析用試料を調製した。
【0056】
次に、分析用試料をフラスコに移し入れて200mlに定容した。この分析用試料を適宜希釈した後、ICP発光分光分析装置を用いて分析し、別途調製した検量線系列を用いて被分析元素であるガドリニウム・スカンジウム・ガリウムを分析した。
【0057】
本実施例では、各サンプルについて上述した操作および測定を複数回行って、各測定で得られた定量値を比較した。その結果、定量値の相対標準偏差が1%未満であった。定量値のばらつきを抑えられたことから、固体試料を残渣なく完全に溶解できることが確認された。よって、各サンプルについて、ガドリニウム・スカンジウム・ガリウムの定量値を精度よく測定できることが確認された。
【0058】
(比較例1)
比較例1では、固体試料に硝酸を添加せずに硫酸と二硫酸塩を添加した以外は実施例1と同様の操作を行った。
【0059】
比較例1では、硝酸を添加しなかったため、固体試料と硫酸と二硫酸塩とを混合した後、この混合液を200℃~340℃まで加熱し、硫酸白煙が生じる状態に所定時間、加熱保持した。しかし、比較例1では、溶液中に固体試料の残渣があり、固体試料を完全に溶解できないことが確認された。
【0060】
以上説明したように、固体試料として、ガドリニウム・スカンジウム・ガリウム・ガーネット結晶、タンタル酸リチウム結晶およびニオブ酸リチウム結晶の少なくとも1つ含む試料に硝酸、硫酸および二硫酸塩を添加し、2段階の異なる温度帯で加熱保持することで、固体試料を簡便かつ迅速に残渣なく溶解し、固体試料に含まれる成分を精度よく分析することができる。