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  • 特開-セレン評価方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024057689
(43)【公開日】2024-04-25
(54)【発明の名称】セレン評価方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 31/02 20060101AFI20240418BHJP
   G01N 31/00 20060101ALI20240418BHJP
   G01N 21/73 20060101ALI20240418BHJP
   G01N 27/62 20210101ALI20240418BHJP
【FI】
G01N31/02
G01N31/00 Y
G01N21/73
G01N27/62 G
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022164498
(22)【出願日】2022-10-13
(71)【出願人】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100123869
【弁理士】
【氏名又は名称】押田 良隆
(72)【発明者】
【氏名】加岳井 敦
【テーマコード(参考)】
2G041
2G042
2G043
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041DA14
2G042AA01
2G042BB20
2G042CA02
2G042DA01
2G042FA19
2G042GA05
2G043AA01
2G043BA01
2G043CA03
2G043EA08
2G043FA07
(57)【要約】
【課題】試料中に含まれる微量の全セレンを正確に、迅速・簡便に、かつ、安全・クリーン・低コストに評価出来る技術を提供する。
【解決手段】4価セレンと6価セレンを含む溶液にジルコニウム塩を加えてpHを1.5~5.5に調整して前記4価セレンと前記6価セレンを含むジルコニウムの白色ゲルを生成させるpH調整工程と、前記白色ゲルを熟成、沈殿させ、上澄み液と白色ゲルの沈殿物を得る沈殿工程と、前記白色ゲルの沈殿物を濾過して濾別白色ゲルを回収する濾過工程と、前記濾別白色ゲルを溶解して測定検体を得る溶解工程と、前記測定検体を分析機器に導入してセレンの定量結果を得る分析工程とを有することを特徴とするセレン評価方法。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
4価セレンと6価セレンを含む溶液にジルコニウム塩を加えてpHを1.5~5.5に調整して前記4価セレンと前記6価セレンを含むジルコニウムの白色ゲルを生成させるpH調整工程と、
前記白色ゲルを熟成、沈殿させ、上澄み液と白色ゲルの沈殿物を得る沈殿工程と、
前記白色ゲルの沈殿物を濾過して濾別白色ゲルを回収する濾過工程と、
前記濾別白色ゲルを溶解して測定検体を得る溶解工程と、
前記測定検体を分析機器に導入してセレンの定量結果を得る分析工程と、
を有することを特徴とするセレン評価方法。
【請求項2】
前記ジルコニウム塩のジルコニウムの価数が、4価であることを特徴とする請求項1に記載のセレン評価方法。
【請求項3】
前記ジルコニウム塩が、塩化ジルコニウム(ZrCl)、塩化酸化ジルコニウム(ZrClO)、塩化酸化ジルコニウム・八水和物(ZrClO・8HO)、硝酸酸化ジルコニウム(ZrO(NO)、及び、硝酸酸化ジルコニウム・二水和物(ZrO(NO・2HO)から選択される1種以上であることを特徴とする請求項1に記載のセレン評価方法。
【請求項4】
前記pHを2.0~5.0に調整することを特徴とする請求項1に記載のセレン評価方法。
【請求項5】
前記pH調整工程の前に前記溶液に緩衝剤を加えることを特徴とする請求項1に記載のセレン評価方法。
【請求項6】
前記緩衝剤が、酢酸を含むことを特徴とする請求項5に記載のセレン評価方法。
【請求項7】
前記白色ゲルが、Zr(OH)・nHO、ZrO(OH)・nHO、ZrO・nHO、[ZrO(OH)・nHO]m、及び、(CHCO)xZr(OH)yから選択される1種以上を含むことを特徴とする請求項1に記載のセレン評価方法。
【請求項8】
前記溶解が、塩酸、硝酸、及び、過酸化水素から選択される2種以上の溶媒でなされることを特徴とする請求項1に記載のセレン評価方法。
【請求項9】
前記分析機器が、ICP発光分光分析装置、ICP質量分析装置、マイクロ波プラズマ原子発光分光分析法、フレーム原子吸光装置、及び、フレームレス原子吸光装置から選択される1種以上であることを特徴とする請求項1に記載のセレン評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セレン評価方法、より詳しくは、溶液中のセレン評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セレンは、有色ガラスの製造など、古くから窯業分野で使われてきたが、現在では、その電気化学的特性から、高純度品が、電池や半導体などの材料として用いられており、通常品も、合金、プラスチック、インク、染料、ゴム、及び、殺虫剤などの材料として多用されている一方で、最近では、代替品の開発による脱セレン化も進んでいる。
また、セレンは、生体にとって、大切な必須ミネラルである反面、摂取可能な濃度範囲が狭いので、注意が必要な元素であり、排水基準などでも有害物質としての規制がなされている。より詳しくは、セレンは、一部地域の地表水のほか、金属製錬などのセレン化合物を産出する業種の排水に含まれており、その排水基準は、0.1mg/L以下と定められている。なお、水中に溶存する溶解性セレンは、4価セレン(HSeO 、SeO )と6価セレン(SeO 2-)であることが知られているものの、双方共に安定であり、特に、6価セレンに対しては、現在でも、有効な排水処理技術が確立されておらず、このため、排水中のセレンの濃度を正確に評価して把握することは、極めて重要である。
【0003】
ところで、試料中のセレンを評価出来る方法としては、現在のところ、以下の様な先行技術などが挙げられる。
まず、特許文献1には、ガラス試料をアルカリ性融剤により融解し、得られた溶融物を塩酸、及び、フッ化水素酸を加えて溶解し、放冷後、得られた溶液に共沈剤であるテルル、及び、還元剤である塩化ヒドラジニウムなどを加えて加熱することによりセレンを沈澱させ、更に、セレンを濾過分離した後、得られた分離物を誘導結合プラズマ発光分光分析法により分析することを特徴とする、ガラス中の微量セレンの分析方法が開示されている。
次に、非特許文献1には、海水中の4価セレンを水酸化ジルコニウムと共沈させ、共沈物を酸溶解した後、pH1に調整された溶解液に、2,3-ジアミノナフタレン(DAN)を加えることで生成した、蛍光性のピアセレノール(4価セレン-DAN錯体)をシクロヘキサンで抽出し、シクロヘキサン層の蛍光強度を分光蛍光光度計で測定する、溶媒抽出-蛍光光度法による海水中の微量4価セレンの定量方法が開示されている。
【0004】
次に、非特許文献2には、生体試料を硝酸・過塩素酸で溶解した後、塩酸による還元処理を行い、4価セレンのみを試料中に存在させ、6価セレンが存在しない条件下とし、水素化物発生装置、及び、原子吸光分析装置を用いて測定する、水素化物生成(還元気化)-原子吸光法による生物試料中の微量セレンの定量方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005-114505号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】日本海水学会誌_1991年45巻2号_p83-86
【非特許文献2】BUNSEKI_KAGAKU_Vol.41(1992)_T77-81
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、これらの先行技術文献に記載されたセレン評価方法では、それぞれ以下の様な問題を包含する。
まず、特許文献1の技術では、分析操作の過程で、触れると激しく体を腐食する危険な毒物として知られている、フッ化水素酸を多量に使用しており、安全性が損なわれることがある。
【0008】
次に、非特許文献1の技術では、環境負荷と人体への毒性の懸念から、労働安全衛生法の特定第2類物質、特別有機溶剤等に指定され、PRTR法(特定化学物質の環境への排出量の把握等、及び、管理の改善の促進に関する法律)でも、利用と廃棄が監視される物質でもある、ジクロロメタンを使用しており、引火点や爆発限界濃度などの危険性のほか、慢性毒性、急性毒性といった安全面を考慮する必要があり、クリーンな分析操作を行うことが出来ない。また、文献中において、本技術の分析条件では、6価セレンが水酸化ジルコニウムに共沈されないと記載されており、評価対象となる試料中に、4価セレンだけでなく、6価セレンが含まれる場合には、全セレンとしての正確な分析結果が得られない。
【0009】
次に、非特許文献2の技術では、分析を行う上で、水素化物発生装置(還元気化装置)が必須となるため、導入コストがかかるほか、装置の保守・管理のためのメンテナンスも必要となる。
【0010】
本発明は、上記の課題に鑑みてなされたものであり、試料中に含まれる微量の全セレンを正確に、迅速・簡便に、かつ、安全・クリーン・低コストに評価出来る技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上記の課題に対して、鋭意研究を積み重ねた結果、4価セレンと6価セレンを含む溶液にジルコニウム塩を加えた後、ジルコニウムの白色ゲルを生成させる条件を、ある一定の範囲内に制御することにより、4価セレンだけでなく、6価セレンの共沈をも可能となることを見出し、かつ、ジルコニウムの白色ゲルを溶解した後、その溶解液に対して、溶媒抽出やイオン交換などの更なる分離濃縮操作を行わず、直接、分析機器に導入、評価することが可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
即ち、上記の課題を解決するための本発明の一側面によれば、本発明の第1の態様は、4価セレンと6価セレンを含む溶液にジルコニウム塩を加えてpHを1.5~5.5に調整して前記4価セレンと前記6価セレンを含むジルコニウムの白色ゲルを生成させるpH調整工程と、前記白色ゲルを熟成、沈殿させ、上澄み液と白色ゲルの沈殿物を得る沈殿工程と、前記白色ゲルの沈殿物を濾過して濾別白色ゲルを回収する濾過工程と、前記濾別白色ゲルを溶解して測定検体を得る溶解工程と、前記測定検体を分析機器に導入してセレンの定量結果を得る分析工程とを有することを特徴とするセレン評価方法である。
【0013】
本発明の第2の態様は、第1の態様に記載の発明におけるジルコニウム塩のジルコニウムの価数が4価であることを特徴とするセレン評価方法である。
【0014】
本発明の第3の態様は、第1の態様に記載の発明におけるジルコニウム塩が、塩化ジルコニウム(ZrCl)、塩化酸化ジルコニウム(ZrClO)、塩化酸化ジルコニウム・八水和物(ZrClO・8HO)、硝酸酸化ジルコニウム(ZrO(NO)、及び、硝酸酸化ジルコニウム・二水和物(ZrO(NO・2HO)から選択される1種以上であることを特徴とするセレン評価方法である。
【0015】
本発明の第4の態様は、第1の態様に記載の発明において、前記pHを2.0~5.0に調整することを特徴とするセレン評価方法である。
【0016】
本発明の第5の態様は、第1の態様に記載の発明において、前記pH調整工程の前に前記溶液に緩衝剤を加えることを特徴とするセレン評価方法である。
【0017】
発明の第6の態様は、第5の態様に記載の発明において、前記緩衝剤が酢酸を含むことを特徴とするセレン評価方法である。
【0018】
本発明の第7の態様は、第1の態様に記載の発明において、前記白色ゲルがZr(OH)・nHO、ZrO(OH)・nHO、ZrO・nHO、[ZrO(OH)・nHO]m、及び、(CHCO)xZr(OH)yから選択される1種以上を含むことを特徴とするセレン評価方法である。
【0019】
本発明の第8の態様は、第1の態様に記載の発明において、前記溶解が塩酸、硝酸、及び、過酸化水素から選択される2種以上の溶媒でなされることを特徴とするセレン評価方法である。
【0020】
本発明の第9の態様は、第1の態様に記載の発明において、前記分析機器がICP発光分光分析装置、ICP質量分析装置、マイクロ波プラズマ原子発光分光分析法、フレーム原子吸光装置、及び、フレームレス原子吸光装置から選択される1種以上であることを特徴とするセレン評価方法である。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、試料中に含まれる微量の全セレンを正確に、迅速・簡便に、かつ、安全・クリーン・低コストに評価出来る技術を提供することが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】本発明に係る、セレン評価方法について、その全体像を示す操作フロー図である。
図2】本発明に係る、共沈剤(ジルコニウムの白色ゲル)の4価セレン、及び、6価セレンの捕集量(20℃)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の具体的な実施形態について、図面なども参照し、詳細に説明する。また、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲で、適宜、変更することが出来る。なお、各図面においては、適宜、一部、又は、全部が模式的に記載され、縮尺が変更されて記載される。更に、本明細書において、「~」は、所定の数値以上、かつ、所定の数値以下を指す。
【0024】
本発明に係る、セレン評価方法は、4価セレンと6価セレンを含む溶液にジルコニウム塩を加えてpHを1.5~5.5に調整して前記4価セレンと前記6価セレンを含むジルコニウムの白色ゲルを生成させるpH調整工程と、前記白色ゲルを熟成、沈殿させる沈殿工程と、前記白色ゲルを濾過して回収する濾過工程と、前記白色ゲルを溶解して測定検体を得る溶解工程と、前記測定検体を分析機器に導入してセレンの定量結果を得る分析工程とを有することを特徴とする。
【0025】
図1に本発明に係る評価法の全体像を示すフロー図を示す。図1に示す通り、本発明は、主に以下の5つの工程から構成される。
1.pH調整工程
2.沈殿工程
3.濾過工程
4.溶解工程
5.分析工程
【0026】
本発明の具体的な実施形態について、上記の工程を番号順に説明する。
1.pH調整工程
4価セレンと6価セレンを含む溶液に、共沈剤であるジルコニウムの白色ゲルの基となるジルコニウム塩を加えてpH調整し、4価セレンと6価セレンを含むジルコニウムの白色ゲルを生成させる。
【0027】
まず、ガラスビーカーなどの容器に分取された、水道水、河川水、湖沼水、地下水、井戸水、海水、家庭排水、及び、工場排水などの対象試料に、ジルコニウム塩を加える。
ジルコニウム塩は、特に限定されないが、入手の容易さ、使い易さ、価格、及び、分析廃液の処理にかかる手間などを考慮すると、塩化ジルコニウム(ZrCl)、塩化酸化ジルコニウム(ZrClO)、塩化酸化ジルコニウム・八水和物(ZrClO・8HO)、硝酸酸化ジルコニウム(ZrO(NO)、硝酸酸化ジルコニウム・二水和物(ZrO(NO・2HO)、炭酸ジルコニウム(ZrCO)、炭酸ジルコニル(ZrCH)、硫酸ジルコニウム(Zr(SO)、及び、硫酸ジルコニウム・四水和物(Zr(SO・4HO)など、4価の塩から選択される1種以上が好ましく、塩化ジルコニウム(ZrCl)、塩化酸化ジルコニウム(ZrClO)、塩化酸化ジルコニウム・八水和物(ZrClO・8HO)、硝酸酸化ジルコニウム(ZrO(NO)、及び、硝酸酸化ジルコニウム・二水和物(ZrO(NO・2HO)から選択される1種以上がより好ましく、塩化酸化ジルコニウム・八水和物(ZrClO・8HO)が特に好ましい。
【0028】
次に、酸とアルカリにより、試料のpHを1.5~5.5に調整し、ジルコニウムの白色ゲルを生成させる。
ここで、その白色ゲルの生成率向上、4価セレンと6価セレンの捕集量向上などを考慮すると、図2に示す通り、pHの範囲は、2.0~5.0が好ましく、2.0~4.8がより好ましく、2.0~4.6が特に好ましい。
使用する酸は、特に限定されないが、無機酸が好ましく、塩酸、硝酸、及び、硫酸がより好ましく、塩酸が特に好ましい。
使用するアルカリは、特に限定されないが、水酸化物、炭酸塩、及び、アンモニア水が好ましく、水酸化ナトリウム、炭酸ナトリウムがより好ましく、水酸化ナトリウムが特に好ましい。
なお、上記のpH調整では、pHの変動をより小さく抑えるため、事前に、試料に酢酸、酢酸と酢酸ナトリウムの混合試薬などの緩衝剤を加えておいても構わない。
【0029】
2.沈殿工程
生成した白色ゲルを熟成、沈殿させ、上澄み液と白色ゲルの沈殿物を得る工程である。
生成した白色ゲルの構造は、一般的にも未だ解明されておらず、Zr(OH)・nHO、ZrO(OH)・nHO、ZrO・nHO、[ZrO(OH)・nHO]mなどの組成が提唱されており、酢酸の様な緩衝剤を用いた場合には、(CHCO)xZr(OH)yの生成も考えられる。
【0030】
その白色ゲルの熟成条件は、特に限定されないが、その生成率向上、4価セレンと6価セレンの捕集量向上などを考慮すると、その白色ゲルを低温で加熱熟成させるのが好ましく、加熱温度は、40~120℃がより好ましく、60~100℃が特に好ましく、かつ、加熱時間は、10~60分がより好ましく、20~50分が特に好ましい。
白色ゲルを熟成、沈殿させることにより、後工程の濾過工程において、上澄み液と沈殿物となる白色ゲルとの分離が容易となる。
【0031】
3.濾過工程
熟成、沈殿させて得られた白色ゲルの沈殿物を、濾過物の濾別白色ゲルとして回収するため、吸引濾過を行う工程である。
濾過には、親水性PTFE濾紙を用い、洗浄は、純水で5~6回程行う。
この濾過については、自然濾過を行っても構わないが、濾過速度を考慮すると、吸引濾過を選択するのが好ましい。
濾過に用いる濾紙は、特に限定されず、通常の定量濾紙や酢酸セルロース濾紙でも構わないが、沈殿の溶解における利便性を考慮すると、親水性PTFE濾紙を選択するのが好ましい。
【0032】
4.溶解工程
前工程で得られた濾別白色ゲルを、濾紙ごと元の容器へ移し、低温で加熱して溶解する工程である。
濾別白色ゲルの溶解には、塩酸、硝酸、及び、硫酸などの無機酸を、それぞれ単一で用いても構わないが、濾別白色ゲルをより確実に溶解するためには、塩酸、硝酸、及び、過酸化水素から選択される2種以上からなる溶媒、即ち、王水(塩酸と硝酸の混酸)、塩酸と過酸化水素の混合溶媒、硝酸と過酸化水素の混合溶媒、塩酸と硝酸と過酸化水素の混合溶媒を用いるのが好ましく、王水、塩酸と硝酸と過酸化水素の混合溶媒を用いるのがより好ましく、塩酸と硝酸と過酸化水素の混合溶媒を用いるのが特に好ましい。
【0033】
また、加熱温度は、80~120℃が好ましく、完全溶解するまで目視観察を行うのが好ましい。なお、前工程の濾過工程において、酸などにより分解・溶解しない親水性PTFE濾紙を用いていた場合、濾別白色ゲルが溶解した溶解液との分離が容易となるほか、後工程の分析工程において、測定検体の噴霧効率低下など、測定への悪影響を及ぼさない。
【0034】
濾別白色ゲルが溶解した溶解液を、全量フラスコ、目盛り付き試験管、及び、目盛り付きポリプロピレン容器などの容器へ移し入れ、適宜、内標準法用のイットリウム溶液、ストロンチウム溶液などを加えて定容し、測定検体を得る。
【0035】
5.分析工程
測定検体を分析機器に導入し、全セレンの定量結果を得る工程である。
使用する分析機器は、全セレンの測定が可能な装置であれば、特に限定されないが、性能(測定感度や分解能など)、導入コスト、及び、保守・管理の容易さなどを考慮すると、ICP発光分光分析装置、ICP質量分析装置、マイクロ波プラズマ原子発光分光分析法、フレーム原子吸光装置、及び、フレームレス原子吸光装置より選択される1種以上が好ましく、ICP発光分光分析装置、ICP質量分析装置がより好ましく、ICP発光分光分析装置が特に好ましい。
【0036】
測定は、絶対検量線法、内標準法、及び、標準添加法などの方法で行うことができ、適宜、測定検体を水や酸などを用いて、測定するのに最適な倍率にまで希釈(薄める)し、希釈検体を作製するのが好ましい。
また、絶対検量線法、内標準法では、更なる測定精度向上のため、検量線作成用の標準溶液に、測定検体(又は、希釈検体)に含まれる量と同量の主成分元素を加え、溶液間の組成を合わせるマトリックスマッチング法(等組成法とも呼ばれる)を行っても構わない。
【実施例0037】
以下、本発明の一実施形態に係る、セレン評価方法について、実施例などを用いて詳しく説明するが、本発明は、これらの実施例などに限定されるものではない。また、これらの実施例などにおける試薬類は、特に説明が無い限り、全て富士フィルム和光純薬株式会社製(試薬特級)のもの、及び、これらから作製したものを用いた。更に、これらの実施例などにおける水は、全て超純水を用いた。
【実施例0038】
(1)通常検体1~3の作製
4価セレンと6価セレンを含む工場排水Aを3検体併行で前処理し、通常検体1~3を作製した。
まず、300mlガラスビーカーに工場排水Aを200ml分取し、これに塩化酸化ジルコニウム・八水和物(ZrClO・8HO)を用いて作製したジルコニウム水溶液(ジルコニウムとして、1g/Lの濃度のもの)を10ml加え、十分に撹拌した。
次に、希塩酸(1.2~6mol/L)と水酸化ナトリウム水溶液(5~25w/v%)を用いて、pHを1.5~5.5の範囲に調整した。これにより、4価セレンと6価セレンを含むジルコニウムの白色ゲルを生成させた。
【0039】
次に、生成させた白色ゲルを80℃で30分、加熱熟成した。その後、親水性PTFE濾紙(孔径(目の粗さ)0.1μm、直径47mm)を用いて吸引濾過を行い、濾別白色ゲルを濾液(上澄み液)から分離し、純水で5~6回洗浄した。
【0040】
次に、得られた濾別白色ゲルを濾紙ごと元のビーカーへ移し、塩酸8ml、硝酸4ml、及び、過酸化水素水2mlを添加して、120℃で加熱することにより、濾別白色ゲルを溶かして溶解液を作製させた。
【0041】
次に、この溶解液を20ml目盛り付きガラス試験管へ移し入れ、内標準法用のイットリウム溶液(1g/L)を0.2ml加え、水を用いて20mlに定容することで、測定検体を得た。
【0042】
(2)セレン添加検体4、5の作製
通常検体1~3とは別に、4価セレン、6価セレンの添加回収率を評価するための検体として、4価セレン添加検体4、6価セレン添加検体5を作製した。
【0043】
工場排水Aを200ml分取した後、予め、4価セレン標準溶液(10mg/L)を2ml加えたものと、それとは別に、工場排水Aを200ml分取した後、予め、6価セレン標準溶液(10mg/L)を2ml加えたものを、それぞれ準備し、通常検体1~3の作製と同様の操作を行い、測定検体を得た。
【0044】
即ち、分析操作過程における元素の損失などが無ければ、4価セレン添加検体4、6価セレン添加検体5の添加量は20μg(0.02mg)であり、どちらも、通常検体1~3よりも、セレン測定値として、1mg/L高値に検出される。
また、ICP発光分光分析装置などの分析機器では、同じ元素で価数が異なる形態のものが存在しても、どの形態のものも同じ元素として測定され、本発明の一実施形態の様に、4価セレンと6価セレンが含まれる場合には、どちらもセレンとして測定される。
【0045】
(3)空試験検体(BL)の作製
通常検体1~3、4価セレン添加検体4、6価セレン添加検体5とは別に、分析操作過程におけるセレンの汚染(コンタミ)の有無を確認するための検体として、空試験検体(BL)6、7を作製した。
300mlガラスビーカーに工場排水Aを分取せず、その代わりに、水を200ml加えた以外は、通常検体1~3の作製と同様の操作を行い、測定検体を得た。
【0046】
(4)分析機器による測定
上記の操作は、一般的な分析手段である検量線法の適用を想定したものだが、それに限らず、標準添加法の適用を想定し、測定検体(又は、希釈検体)を作製しても構わない。また、検量線法では、内標準を用いない「絶対検量線法」、若しくは、目的元素と物理的・化学的性質の類似した元素を内標準として用いる「内標準法」のどちらかを選択する。
【0047】
検量線法は、測定検体(又は、希釈検体)の対象元素濃度に対して、既知濃度の標準溶液を段階的に複数準備し、使用する分析機器特有の信号を測定することにより、濃度と信号との関係を求めて検量線を得る方法である。標準溶液は、可能な限り測定検体(又は、希釈検体)の液性に近付けるのが好ましく、測定検体(又は、希釈検体)に、対象元素以外の元素が多量に含まれている場合は、干渉作用による妨害を相殺するため、標準溶液にも、これらの元素を添加する。
【0048】
標準添加法は、1つの試料から所定量を分取した複数の併行試料を準備し、それぞれに標準溶液の異なる量を段階的に加え、対象元素濃度の異なった複数の測定検体(又は、希釈検体)を作製して、使用する分析機器特有の信号を測定する。
即ち、「分析対象である試料に、標準溶液を直接添加」して、測定検体(又は、希釈検体)を作製する。これにより、添加した標準溶液の濃度と信号との関係を求めて検量線を作成し、検量線とX軸との交点から、試料の対象元素濃度を得ることが出来る。この方法は、検量線が良好な直線性を示し、かつ、検量線とX軸が交差する場合に適用可能であり、共存元素の影響が除かれるため、複雑な組成、及び、液性の試料を分析する上で、非常に好ましい。
【0049】
但し、標準添加法は、1つの試料において、対象元素濃度の異なった測定検体(又は、希釈検体)を複数作製しなければならず、検量線法に比べて、測定検体(又は、希釈検体)数、ひいては、測定にかかる時間が、かなり増えてしまうデメリットもある。検量線法、標準添加法のどちらを選択するかは、試料に含まれる共存元素のほか、必要な分析精度や分析納期などを考慮して決定すればよい。
【0050】
各測定検体(又は、希釈検体)を、それぞれICP発光分光分析装置(アジレント・テクノロジー株式会社製のICP-OES「Agilent730-ES」)に導入し、検量線法(内標準法を適用)により、表1に示す測定条件で、セレン測定波長を196.026nm(内標準元素であるイットリウム測定波長は、371.029nm)として、含まれる全セレンを測定した。また、セレンの測定における検量線は、セレン濃度を、0mg/L、1mg/L、2mg/L、5mg/Lと、段階的に変えて準備した標準溶液を用いて作製した。
なお、標準溶液については、測定検体(又は、希釈検体)の酸濃度や内標準元素であるイットリウム濃度を合わせたほか、共沈元素であるジルコニウム濃度など、溶液間の組成を合わせるマトリックスマッチング法を行った。
【0051】
(5)評価結果
各測定検体(又は、希釈検体)におけるセレンの測定値から、工場排水Aに含まれる全セレンの定量値を算出した。具体的には、通常検体1~3の測定検体(又は、希釈検体)の測定値である「試料測定値」と、空試験検体(BL)の測定検体(又は、希釈検体)の測定値である「空試験値」から、下記式(I)により、全セレンの定量値を算出した。
また、各測定検体(又は、希釈検体)におけるセレンの測定値から、4価セレン分、6価セレン分の添加回収率を算出した。具体的には、4価セレン添加検体、6価セレン添加検体の測定検体(又は、希釈検体)の測定値である「添加測定値」と、通常検体1~3の測定検体(又は、希釈検体)の測定値である「試料測定値」から、下記式(II)により、4価セレン分、6価セレン分の添加回収率を算出した。
【0052】
【数1】
【0053】
【数2】
【0054】
上記の式(I)、(II)から算出された全セレンの評価結果を表2に示す。
【実施例0055】
工場排水Aの代わりに、4価セレンと6価セレンを含む工場排水Bを用いたこと以外は、実施例1と同様の操作を行い、全セレンの評価結果を求めた。
算出された全セレンの評価結果を表2に示す。
【0056】
【表1】
【0057】
【表2】
【0058】
(結論)
表2における全セレンの評価結果が示す通り、本発明を用いた実施例1、2では、通常検体1~3の3検体併行での定量値が良く一致しており、かつ、各添加検体の添加回収率も、4価セレン分、6価セレン分の双方で98%以上と良好であり、得られた全セレンの評価結果についての信頼性を判断する上で、非常に好ましい範囲となった。また、評価対象とした工場排水A、Bの全セレン平均値は、双方とも、排水基準である0.1mg/L以下をクリア出来ていた。
【0059】
即ち、本発明によれば、フッ化水素酸などの危険な毒物や、ジクロロメタンなどの環境負荷と人体への毒性が懸念される様な有機溶媒を使用せずともよく、更に、水素化物発生装置(還元気化装置)を導入する必要も無いため、試料中に含まれる微量の全セレンを正確に、迅速・簡便に、かつ、安全・クリーン・低コストに評価出来ることは言うまでもなく、上記の評価結果は、その裏付けとするのに十分なものであると言える。
また、本発明の技術範囲は、上記の一実施形態などで説明した態様に制限されるものではない。上記の一実施形態などで説明した要件の1つ以上は、省略されることが有り得る。なお、上記の一実施形態などで説明した要件は、適宜、組み合わせることが出来る。更に、法令で許容される限り、本明細書で引用した全ての文献の内容を援用し、本文の記載の一部とするものである。
図1
図2