IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ DIC株式会社の特許一覧 ▶ 国立大学法人東京工業大学の特許一覧

<>
  • 特開-分光法による界面領域の測定方法 図1
  • 特開-分光法による界面領域の測定方法 図2
  • 特開-分光法による界面領域の測定方法 図3
  • 特開-分光法による界面領域の測定方法 図4
  • 特開-分光法による界面領域の測定方法 図5
  • 特開-分光法による界面領域の測定方法 図6
  • 特開-分光法による界面領域の測定方法 図7
  • 特開-分光法による界面領域の測定方法 図8
  • 特開-分光法による界面領域の測定方法 図9
  • 特開-分光法による界面領域の測定方法 図10
  • 特開-分光法による界面領域の測定方法 図11
  • 特開-分光法による界面領域の測定方法 図12
  • 特開-分光法による界面領域の測定方法 図13
  • 特開-分光法による界面領域の測定方法 図14
  • 特開-分光法による界面領域の測定方法 図15
  • 特開-分光法による界面領域の測定方法 図16
  • 特開-分光法による界面領域の測定方法 図17
  • 特開-分光法による界面領域の測定方法 図18
  • 特開-分光法による界面領域の測定方法 図19
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024058435
(43)【公開日】2024-04-25
(54)【発明の名称】分光法による界面領域の測定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/35 20140101AFI20240418BHJP
   G01N 21/55 20140101ALI20240418BHJP
【FI】
G01N21/35
G01N21/55
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022165788
(22)【出願日】2022-10-14
(71)【出願人】
【識別番号】000002886
【氏名又は名称】DIC株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100215935
【弁理士】
【氏名又は名称】阿部 茂輝
(74)【代理人】
【識別番号】100189337
【弁理士】
【氏名又は名称】宮本 龍
(74)【代理人】
【識別番号】100188673
【弁理士】
【氏名又は名称】成田 友紀
(72)【発明者】
【氏名】林 智広
(72)【発明者】
【氏名】松田 智昌
(72)【発明者】
【氏名】一色 綾子
【テーマコード(参考)】
2G059
【Fターム(参考)】
2G059AA01
2G059AA05
2G059BB04
2G059BB08
2G059EE02
2G059EE12
2G059HH01
2G059JJ06
2G059KK04
(57)【要約】
【課題】本発明によれば、汎用分光装置のみで界面領域の情報が得られ、用途に応じた材料設計が可能となる分光法による界面領域の測定方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明の分光法による界面領域の測定方法は、プリズムを備える分光装置を用いて、試料の界面領域の赤外スペクトルを測定する方法である。
本発明の分光法による界面領域の測定方法は、前記試料と前記プリズム間の距離を調整しながら赤外スペクトルを測定する測定工程と;前記測定工程で得られた、前記各距離の前記赤外スペクトルを多変量スペクトル分離法でスペクトル分離し、前記界面領域の赤外スペクトルを算出する算出工程と;を含む。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
プリズムを備える分光装置を用いて、試料の界面領域の分光スペクトルを測定する、分光法による界面領域の測定方法であって、
前記試料と前記プリズム間の距離を調整しながら分光スペクトルを測定する、測定工程と、
前記測定工程で得られた、前記各距離の前記分光スペクトルを多変量スペクトル分離法でスペクトル分離し、前記界面領域の赤外スペクトルを算出する、算出工程と、
を含むことを特徴とする分光法による界面領域の測定方法。
【請求項2】
前記測定工程の前に、前記プリズム上に媒体を介して、前記試料を配置する、配置工程を含む、請求項1に記載の分光法による界面領域の測定方法。
【請求項3】
前記媒体が、気体または液体である、請求項2に記載の分光法による界面領域の測定方法。
【請求項4】
前記液体が、プロトン性溶媒、非プロトン性溶媒、及びイオン液体からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項3に記載の分光法による界面領域の測定方法。
【請求項5】
前記測定工程において、距離制御機構を用いて、前記試料と前記プリズム間の距離を調整し、
前記分光装置の前記プリズム上に、前記距離制御機構を設置する、請求項1又は2に記載の分光法による界面領域の測定方法。
【請求項6】
前記距離制御機構は、マイクロメータ及びピエゾアクチュエータからなる群から選択される少なくとも1種である、請求項5に記載の分光法による界面領域の測定方法。
【請求項7】
前記配置工程において、前記プリズム上に媒体を介して前記試料を配置する方法は、前記プリズムに前記媒体を滴下し、前記試料を前記媒体の上に配置する方法である、請求項2に記載の分光法による界面領域の測定方法。
【請求項8】
前記測定工程において、前記試料と前記プリズム間の前記距離を縮めながらスペクトルを測定する、請求項1又は2に記載の分光法による界面領域の測定方法。
【請求項9】
前記測定工程において、前記試料と前記プリズム間の前記距離は、測定した前記赤外スペクトルの水酸基、カルボニル基、アミノ基、アミド基からなる群から選択される少なくとも1つの官能基、または、炭素-炭素不飽和結合、もしくは芳香環に由来する特定吸収のピーク面積から算出する、請求項1又は2に記載の分光法による界面領域の測定方法。
【請求項10】
プリズムを備える赤外線分光装置を用いて、試料と液体との界面領域の赤外スペクトルを測定する、赤外分光法による界面領域の測定方法であって、
前記プリズム上に前記液体を滴下する工程と、
前記液体の上に試料を配置する工程と、
マイクロメータの先端を前記試料に接触させる工程と、
前記マイクロメータを用いてプリズムと試料間の距離を縮めて、赤外スペクトルを測定する工程と、
得られた各距離の前記赤外スペクトルのデータを多変量スペクトル分離法にてスペクトル分離し、界面領域のスペクトルを得る工程と、
を含み、
前記プリズムと前記試料間の前記距離は、前記赤外スペクトルのOH伸縮振動のピーク面積から計算することを特徴とする、分光法による界面領域の測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分光法による界面領域の測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
界面は摩擦、吸着、接着、化学反応など様々な現象が起こる場であり、固液、気液など様々な界面が存在する。実際の界面現象は幾何学的に定義される2次元の界面で起こるのではなく、1分子から数10分子の有限の厚さを持つ界面領域で起こる。界面現象を理解するためには、界面領域の分子を選択的に解析することが重要である。界面を選択的に分析する方法としては和周波発生(SFG)分光法、全反射型赤外分光法(ATR-IR)等がある(例えば、非特許文献1~3)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】高井まどか、長澤大樹、東倫之、野口秀典、魚崎浩平:タンパク質吸着に及ぼす材料界面の水分子構造-和周波発生分光法による解析から-、表面科学、35巻(2014)9号p.492-497。
【非特許文献2】森田成昭:高分子膜のin situ ATR-IR分光とケモメトリックス、分析化学/67巻(2018)4号p.179-186。
【非特許文献3】Hidehiko Asanuma, Hidenori Noguchi, Kohei Uosaki, and Hua-Zhong Yu: Water Structure at Superhydrophobic Quartz/Water Interfaces: A Vibrational Sum Frequency Generation Spectroscopy Study, J. Phys. Chem. C 2009, 113, 21155-21161.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、和周波発生(SFG)分光法は2次元的な平面が対象であり、厚さを有する界面領域の測定はできない。例えば、非特許文献1において、界面水分子を測定するため、和周波発生(SFG)分光法を利用し、試料表面(ポリマー)とタンパク質との相互関係について記載している。しかし、ポリマーに吸着している水の観点からの議論であって、界面領域としての作用が論じられていないという問題があった。
また、X線反射率法、原子間力顕微鏡法は構造化したものや無機物が対象となり、高分子などの有機物は対象外となるという問題があった。
全反射型赤外分光法(ATR-IR)は、全反射測定法とフローセルを組合せて液体と接触した高分子膜の状態を測定する方法である。しかし、測定領域が数百nm~μmレベルであるため、バルク領域も含んだデータとなっており、界面領域だけを取り出すことができていないという問題があった。
【0005】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、試料とプリズム間の距離を制御しながらスペクトルを測定することで、汎用分光装置のみで界面領域の情報が得られ、用途に応じた材料設計が可能となる分光法による界面領域の測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示の内容は、以下の実施態様を含む。
[1] プリズムを備える分光装置を用いて、試料の界面領域の分光スペクトルを測定する、分光法による界面領域の測定方法であって、
前記試料と前記プリズム間の距離を調整しながら分光スペクトルを測定する、測定工程と、
前記測定工程で得られた、前記各距離の前記分光スペクトルを多変量スペクトル分離法でスペクトル分離し、前記界面領域の赤外スペクトルを算出する、算出工程と、
を含むことを特徴とする分光法による界面領域の測定方法。
[2] 前記測定工程の前に、前記プリズム上に媒体を介して、前記試料を配置する、配置工程を含む、[1]に記載の赤外分光法による界面領域の測定方法。
[3] 前記媒体が、気体または液体である、[2]に記載の分光法による界面領域の測定方法。
[4] 前記液体が、プロトン性溶媒、非プロトン性溶媒、及びイオン液体からなる群から選択される少なくとも1種である、[3]に記載の分光法による界面領域の測定方法。
[5] 前記測定工程において、距離制御機構を用いて、前記試料と前記プリズム間の距離を調整し、
前記分光装置の前記プリズム上に、前記距離制御機構を設置する、[1]~[4]の何れかに記載の分光法による界面領域の測定方法。
[6] 前記距離制御機構は、マイクロメータ及びピエゾアクチュエータからなる群から選択される少なくとも1種である、[4]に記載の分光法による界面領域の測定方法。
[7] 前記配置工程において、前記プリズム上に媒体を介して前記試料を配置する方法は、前記プリズムに前記媒体を滴下し、前記試料を前記媒体の上に配置する方法である、[1]~[6]の何れかに記載の分光法による界面領域の測定方法。
[8] 前記測定工程において、前記試料と前記プリズム間の前記距離を縮めながらスペクトルを測定する、[1]~[7]の何れかに記載の分光法による界面領域の測定方法。
[9] 前記測定工程において、前記試料と前記プリズム間の前記距離は、測定した前記赤外スペクトルの水酸基、カルボニル基、アミノ基、アミド基からなる群から選択される少なくとも1つの官能基、または、炭素-炭素不飽和結合、もしくは芳香環に由来する特定吸収のピーク面積から算出する、[1]~[8]の何れかに記載の分光法による界面領域の測定方法。
[10] プリズムを備える赤外線分光装置を用いて、試料の界面領域の赤外スペクトルを測定する、赤外分光法による界面領域の測定方法であって、
前記プリズム上に水を滴下する工程と、
前記液体の上に試料を配置する工程と、
マイクロメータの先端を前記試料に接触させる工程と、
前記マイクロメータを用いてプリズムと試料間の距離を縮めて、赤外スペクトルを測定する工程と、
得られた各距離の前記スペクトルデータを多変量スペクトル分離法にてスペクトル分離し、界面領域のスペクトルを得る工程と、
を含み、
前記プリズムと前記試料間の前記距離は、前記赤外スペクトルのOH伸縮振動のピーク面積から計算することを特徴とする、分光法による界面領域の測定方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、汎用分光装置のみで界面領域の情報が得られ、用途に応じた材料設計が可能となる分光法による界面領域の測定方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1図1は第一実施形態の赤外分光法による界面領域の測定方法を示す図である。
図2図2は本実施形態の界面領域の測定方法において、各距離で得られるスペクトルの例を示す図である。
図3図3は本実施形態の界面領域の測定方法において、得られる界面領域のスペクトルの例を示す図である。
図4図4は第一実施形態の赤外分光法による界面領域の測定方法に用いる装置を示す図である。
図5図5はSAMの末端をアルキル基(C8)とした試料2表面の水滴画像である。
図6図6はSAMの末端をエチレングリコール基(EG3-OH)とした試料4表面の水滴画像である。
図7図7はSAMの末端をヒドロキシ(OH)とした試料3表面の水滴画像である。
図8図8は実施例1~3、比較例1~3で測定した界面領域のスペクトル。
図9図9はSAMの末端をアルキル基(C8)とした試料2の表面に培養したヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)の蛍光顕微鏡写真である。
図10図10はSAMの末端をエチレングリコール基(EG3-OH)とした試料3の表面に培養したヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)の蛍光顕微鏡写真である。
図11図11はSAMの末端をヒドロキシ(OH)とした試料4の表面に培養したヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)の蛍光顕微鏡写真である。
図12図12は試料2~4の表面の界面領域の厚さを示す模試図である。
図13図13は実施例4で測定したPDMS膜の界面領域のスペクトル及び比較例4の和周波発生(SFG)分光法ですペクトルである。
図14図14は3600cm-1において、水素結合が多い水分子のOH伸縮振動を示す模試図である。
図15図15は3200cm-1において、4配位の水素結合(氷の構造に類似)を形成している水分子のOH伸縮振動を示す模試図である。
図16図16はPDMSの表面上において、厚さ0.8nm界面領域の水分子の模試図である。
図17図17は実施例5で測定したグラファイト近傍のエタノールの界面領域のスペクトル、及び比較例5のバルクエタノールのスペクトルである。
図18図18は、プリズム-試料間距離とピーク面積の間の関係を示すグラフである。
図19図19は第二実施態様で測定した界面領域のスペクトル及び透過スペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明をさらに詳細に説明する。なお、本発明は以下に示す実施形態のみに限定されるものではない。
【0010】
(分光法による界面領域の測定方法)
本発明の一実施形態の、分光法による界面領域の測定方法(本実施形態の界面領域の測定方法ということがある)はプリズムを備える分光装置を用いて、試料の界面領域の分光スペクトルを測定する、分光法による界面領域の測定方法である。前記試料と前記プリズム間の距離を調整しながら分光スペクトルを測定する、測定工程と、前記測定工程で得られた、前記各距離の前記分光スペクトルを多変量スペクトル分離法でスペクトル分離し、前記界面領域の赤外スペクトルを算出する、算出工程と、を含む。前記分光法は、赤外分光法(後述第一実施形態)でもよく、UV-Vis分光法(後述第二実施形態)でもよい。前記分光装置は、前記赤外分光法、UV-Vis分光法に対応して、赤外線分光装置でもよく、UV-Vis分光装置でもよい。また、前記分光スペクトルは、前記赤外分光法、UV-Vis分光法に対応して、赤外線分光スペクトルでもよく、UV-Vis分光スペクトルでもよい。
【0011】
(第一実施形態:赤外分光法による界面領域の測定方法)
本発明の一実施形態の、赤外分光法による界面領域の測定方法(本実施形態の界面領域の測定方法ということがなる)は、プリズムを備える赤外線分光装置を用いて、試料の界面領域の赤外スペクトルを測定する方法である。本実施形態の界面領域の測定方法は、図1に示すように、以下の測定工程と算出工程とを含む。
測定工程:前記試料と前記プリズム間の距離を調整しながら赤外スペクトルを測定する。
算出工程:前記測定工程で得られた、前記各距離の前記赤外スペクトルを多変量スペクトル分離法でスペクトル分離し、前記界面領域の赤外スペクトルを算出する。
【0012】
[測定工程]
本実施形態の界面領域の測定方法は、例えば、図1に示すように、試料と前記プリズム間の距離を制御し、各距離のスペクトルを測定する工程を含む。
測定するスペクトルの数、距離の範囲については、特に限定がない。測定した各距離のスペクトルは、例えば、特定な試料の界面の水を測定する例において、図2に示すように、下から試料と前記プリズム間の距離が、それぞれ、34nm、86nm、125nm、221nm、247nm、280nm、362nmである場合で測定したスペクトル、及びバルク水のスペクトルを示す。
【0013】
前記測定工程において、距離制御機構を用いて、前記試料と前記プリズム間の距離を調整し、前記赤外線分光装置の前記プリズム上に、前記距離制御機構を設置することが好ましい。前記距離制御機構は、マイクロメータ及びピエゾアクチュエータからなる群から選択される少なくとも1種であっても良い。
例えば、図4に示すように、試料とプリズムとを対向して配置し、マイクロメータ、ピエゾアクチュエータなどの距離制御機構を用いて、試料の測定面とプリズムの面との距離を制御する。プリズムの表面でのエバネッセント場の強度は、プリズム表面から離れる距離に依存して減衰する。従って、試料の測定面とプリズムの面距離は、1μm以下であることが好ましく、500nm以下であることがより好ましい。
【0014】
プリズム表面と試料表面との間に媒体を含んでも良い。前記媒体が、気体または液体であってもよい。気体としては、常温常圧で安定的に存在する液体として存在するものであれば特に限定されないが、例えば、水素、窒素、酸素、二酸化炭素、ヘリウム、アルゴンなどが挙げられる。また、液体としては、常温常圧で液体として存在するものであれば、プロトン性溶媒、非プロトン性溶媒、或いはイオン液体であっても特に制限はない。プロトン性溶媒としては、例えば、水のほか、メタノール、エタノール、2-プロパノール、ブタノールなどのアルコール類、ギ酸、酢酸、プロピオン酸等のカルボン酸類、プロピルアミン、ブチルアミン等のアミン類が挙げられる。非プロトン性溶媒としては、アセトン、メチルエチルケトンなどのケトン類、酢酸エチル、酢酸ブチルなどのエステル類、ジエチルエーテル、テトラヒドロフランなどのエーテル類、ヘキサン、ヘプタンなどの炭化水素類、ベンゼン、トルエンなどの芳香族類、アセトニトリル、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドなどが挙げられるが、この限りではない。イオン液体としては、例えば、ヘキサフルオロリン酸1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムなどのイミダゾリウム塩、トリエチルペンチルホスホニウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミドなどのホスホニウム塩、1-エチル-1-メチルピロリジニウムブロマイドなどのピロリジニウム塩、1-エチルピリジニウムブロマイドなどのピリジニウム塩、1-メチル-1-プロピルピペリジニウムブロマイドなどのピペリジニウム塩などが挙げられる。これらの中でも、試料がバイオ材料などの場合には、媒体は液体であることが好ましく、更に界面の水や水素結合を測定するためにはプロトン性溶媒であることが好ましい。また、試料がセパレーターなどの電池材料の場合には、媒体はイオン液体であることが好ましい。
距離制御機構で調整した各距離においてのスペクトルは、試料の界面領域のスペクトルとこの媒体のバルク成分のスペクトルとの和である。
【0015】
前記測定工程において、前記試料と前記プリズム間の前記距離を縮めながらスペクトルを測定しても良い。
前記測定工程において、前記試料と前記プリズム間の前記距離は、測定した前記赤外スペクトルのOH伸縮振動のピーク面積から算出しても良い。
【0016】
プリズム-試料間距離とピーク面積の間には図18のような関係があり、その面積からプリズム-試料間距離を算出する。(この関係の距離依存性はプリズムと試料の間の物質の屈折率によって変化する)
【0017】
下記非特許文献A1のように、試料からの信号は、全反射プリズムからの距離に対して下記式(A)に示すように、指数関数的に減衰する。
【0018】
I ∝ exp(-2z/d) (A)
【0019】
zはプリズムからの距離、dは減衰長(プリズム、試料の屈折率、赤外光の波長、全反射の角度で決まる)
算出方法は、下記非特許文献A1の記載の方法を用いることができる。
【0020】
[非特許文献A1]Woods, D. A.; Bain, C. D. Total Internal Reflection Spectroscopy for Studying Soft Matter. Soft Matter 2014, 10 (8), 1071-1096.
【0021】
[算出工程]
本実施形態の界面領域の測定方法は、図1の中部に示すように、前記各距離の前記赤外スペクトルを多変量スペクトル分離法でスペクトル分離する工程を含む。例えば、下記非特許文献A2及び非特許文献A3で示す、公知の多変量スペクトル分離法(MCR法)を用いて、以下の式(1)示す計算式を用いてスペクトル分離を行うことができる。
【0022】
[非特許文献A2]Ruckebusch, C.; Blanchet, L. Multivariate Curve Resolution: A Review of Advanced and Tailored Applications and Challenges. Anal. Chim. Acta 2013, 765, 28-36.
[非特許文献A3]de Juan, A.; Jaumot, J.; Tauler, R. Multivariate Curve Resolution (MCR). Solving the Mixture Analysis Problem. Anal. Methods 2014, 6 (14), 4964-4976.
【0023】
D=CS+E (1)
上記(1)において、Dが測定結果を示し、Cが成分比を示し、Eがノイズを示す。Tは、転置行列を示す。
【0024】
例えば、図2の各距離でのスペクトルを分離することにより、界面領域のスペクトルを算出し、図3に示す界面領域のスペクトル(実線)が得られる。破線で示すバルク水のスペクトルと対比して、3600cm-1、3700cm-1付近において、バルク水と異なる孤立OHの伸縮振動による吸収が観測される。
【0025】
本手法では、2種類の表面が水を挟み込む配置をとる。そのため、スペクトルには試料-水界面領域、バルク領域、プリズム-水界面領域の3つのスペクトル成分が含まれる。スペクトル取得時に試料とプリズム間の距離を変化させた際に、試料-水界面領域、バルク領域のスペクトル強度は変化するが、プリズム-水界面領域のスペクトル強度は変化しない。
上記のように、本実施形態の界面領域の測定方法の一例に示すように、試料の界面近傍のスペクトル抽出の際に差スペクトルをとることで2成分とし、MCR法を適用することで確実に界面領域のスペクトルを得ることが可能である。
【0026】
[配置工程]
前記測定工程の前に、前記プリズム上に液体を介して、前記試料を配置する、配置工程を含むことが好ましい。
前記配置工程において、前記プリズム上に液体を介して前記試料を配置する方法は、前記プリズムに前記液体を滴下し、前記試料を前記液体の上に配置しても良い。
【0027】
本実施形態の界面領域の測定方法は、プリズムを備える赤外線分光装置を用いて、例えば、試料と液体との界面領域の赤外スペクトルであり、以下の工程1~5を含む測定方法であることがより好ましい。
工程1:前記プリズム上に前記液体を滴下する工程。
工程2:前記液体の上に試料を配置する工程。
工程3:マイクロメータの先端を前記試料に接触させる工程。
工程4:前記マイクロメータを用いてプリズムと試料間の距離を縮めて、赤外スペクトルを測定する工程。
工程5:得られた各距離の前記スペクトルデータを多変量スペクトル分離法にてスペクトル分離し、界面領域のスペクトルを得る工程。
【0028】
前記工程4において、前記試料間の前記距離は、前記赤外スペクトルの分子由来の特定吸収のピーク面積から計算することができる。前記分子由来の特定吸収とは、水酸基、カルボニル基、アミノ基、アミド基などの官能基由来の特定吸収、炭素-炭素不飽和結合、芳香環などの特定吸収などが挙げられるが、公知慣用の特定吸収であれば計算に用いることができる。例えば、試料と液体との界面の水分子との相互作用を測定する場合には、水酸基由来の特定吸収ピーク面積から計算することが好ましい。前記液体は、測定する界面相互作用に合わせて前記記載の液体から選択することができる。例えば、試料と液体との界面の水分子との相互作用を測定する場合には、液体としてはプロトン性溶媒を使用できる。これらの液体は単独であっても、2種以上を混合して使用しても構わない。また、水を使用する場合には、無機塩などを溶解させても良い。特に、生体に近い環境の界面測定を行う場合には、生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩水などが使用できる。
【0029】
(第二実施形態:UV-Vis分光法による界面領域の測定方法)
第一実施形態の赤外分光法の代わりに、UV-Vis分光法を用いた第二実施形態において、全反射型UV-Vis分光法に応用した例を以下に説明する。第一実施形態と異なる構成のみ説明する。
本実施形態において、還元型のチトクロームcを含む溶液を全反射プリズムとガラス基板の間に挟み、表面間距離を変えることによって、スペクトルセットを取得し、そこからMCR法で、ガラス界面近傍に吸着したチトクロームcの吸収スペクトルを取得することができる。
図19は第二実施態様で測定した界面領域のスペクトル及び透過スペクトルである。全反射型UV-Vis分光器で測定したチトクロームcの吸収スペクトル(溶液中およびガラス表面に吸着したチトクロームc)である。
図19のようにバルク中では還元型のチトクロームcが多いが、ガラス表面ではガラス基板との相互作用のため酸化型が多くなっていることが分かり、界面領域のスペクトルを取得していることが分かる。
【実施例0030】
以下、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれにより限定されるものではない。
【0031】
(原料と試薬)
Polydimethylsiloxane(PDMS)シート:
ダウ・ケミカル社製のSYLGARD(登録商標) 184 Silicone Elastomer Kitの取扱い説明書に従い2液を混合し、厚さ1mmの窪みを持たせたPTFE製の型に流し込んで硬化させて、厚さ1mmのシートを作製した。
グラファイト シート:MikroMasch社製のHIGHLY ORDERED PYROLYTIC GRAPHITE (HOPG)厚さ1mmのシートを購入し、表面を粘着テープで剥離し、清浄面を露出させて測定に供した。
C8:HS-(CH-CH:Sigma-Aldrich社製のをそのまま使用した。
OH:S-(CH-OH :Sigma-Aldrich社製のをそのまま使用した。
EG-OH:HS-(CH-(OCHCH-OH :Sigma-Aldrich社製のをそのまま使用した。
【0032】
(測定方法)
<水接触角の測定方法>
装置:SEO社製Phoenix Smart (A)
水:超純水(抵抗値18.2 MΩ)
測定条件:室温25℃、相対湿度 45%。
【0033】
<水滴画像の撮影方法>
装置:SEO社製Phoenix Smart (A)
水:超純水(抵抗値18.2 MΩ)
測定条件:室温25℃、相対湿度 45%。
【0034】
<赤外線分光装置>
日本分光株式会社製 FT/IR-4600
プリズム:ATR PRO ONE
【0035】
<距離制御機構>
株式会社ミツトヨ製マイクロメータヘッド MHF
【0036】
<多変量スペクトル分離法(Multivariate curve resolution: MCR)>
(装置)ソフト名:
Pythonプラットフォームで動作するPyMCR
【0037】
(製造例1)
「金表面に自己組織化単分子膜(SAM)の作成」
下記の非特許文献A4に記載の方法で試料1を作製した。
[非特許文献A4]Hayashi, T.; Tanaka, Y.; Koide, Y.; Tanaka, M.; Hara, M. Mechanism Underlying Bioinertness of Self-Assembled Monolayers of Oligo(ethyleneglycol)-Terminated Alkanethiols on Gold: Protein Adsorption, Platelet Adhesion, and Surface Forces. Phys. Chem. Chem. Phys. 2012, 14 (29), 10196-10206.
【0038】
(製造例2)
「SAMの末端をアルキル基(C8)とした試料を調製」
上記の非特許文献A4に記載の方法で試料2を作製した。
上記水接触角の測定方法で水接触角を測定した。その結果を表1に示す。また、水滴の画像は、図5に示す。
【0039】
(製造例3)
「SAMの末端をエチレングリコール基(EG-OH)とした試料を調製」
上記の非特許文献A4に記載の方法で試料3を作製した。
上記水接触角の測定方法で水接触角を測定した。その結果を表1に示す。また、水滴の画像は、図6に示す。
【0040】
(製造例4)
「SAMの末端をヒドロキシ基(OH)とした試料を調製」
上記の非特許文献A4に記載の方法で試料4を作製した。
上記水接触角の測定方法で水接触角を測定した。その結果を表1に示す。また、水滴の画像は、図7に示す。
【0041】
【表1】
【0042】
(実施例1)
「SAMの末端をアルキル基(C8)とした試料2の測定」
上記製造例2で得られた試料2を以下の方法で測定した。
(i)前記赤外分光装置のプリズム上に水滴を置き、試料2のSAM面を水滴に接するように試料2を置いた。
(ii)マイクロメーターで試料2とプリズム間の距離を変えながらIRスペクトルを測定した。
【0043】
具体的な調整方法は以下である。
プリズム-試料間距離の算出方法:
ダイヤモンド製プリズム、溶媒として水、ピークとしてOH伸縮振動領域3500 cm-1の波数を用いた。プリズム-試料間距離とピーク面積の間には図18のような関係があった。
取得した図2のスペクトルにおいて、それぞれのスペクトルのピーク面積から、上記の図18の関係性より、表面間の距離を算出した。
【0044】
測定開始距離 400 nm
終了距離 30 nm
サンプル数 7
2点間の平均間隔 50 nm
(iii)上記多変量スペクトル分離法を用いて、界面領域のスペクトルを得た。
上記の結果を図8に示す。
【0045】
(実施例2~3)
「SAMの末端をヒドロキシ基(OH)とした試料3、エチレングリコール基(EGOH)とした試料4の測定」
試料3、試料4を用いた以外は、実施例1と同様な方法で、それぞれ、試料3、試料4の界面領域のスペクトを得た。その結果を図8に示す。
【0046】
(比較例1)
「従来の方法を用いて、SAMの末端をメチル基(C8)とした試料2の測定」
SAMを形成した金表面を全反射プリズムの上に設置してスペクトル取得時間を10秒、スペクトル測定範囲を500から4000cm-1に設定してATR-IR測定を行い、試料2のスペクトルを得た。その結果を図8に示す。
【0047】
(比較例2~3)
試料3、試料4を用いた以外は、比較例1と同様な方法で、それぞれ、試料3、試料4のスペクトを得た。その結果を図8に示す。
【0048】
(参考例1)
「試料2~4において、細胞増殖へ評価」
下記非特許文献A5に記載の方法を用いた。
SAMの末端基に関して、細胞増殖への影響を確認するため、試料2~4の各SAM膜上でヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)を内皮細胞増殖培地で培養した。
【0049】
[非特許文献A5]Sekine, T.; Asatyas, S.; Sato, C.; Morita, S.; Tanaka, M.; Hayashi, T. Surface Force and Vibrational Spectroscopic Analyses of Interfacial Water Molecules in the Vicinity of Methoxy-Tri(ethylene Glycol)-Terminated Monolayers: Mechanisms Underlying the Effect of Lateral Packing Density on Bioinertness. J. Biomater. Sci. Polym. Ed. 2017, 28 (10-12), 1231-1243.
【0050】
上記非特許文献A5に記載の方法を参照して、細胞の核、細胞骨格、接着班の起点を観察するため、蛍光標識して細胞の状態を観察した。試料2~4の結果をそれぞれの図9~11に示す。
【0051】
(考察1)
実施例1~3、比較例1~3、参考例1~3の結果から、表1に示す試料2~4の水接触角の差、図5~7に示す試料2~4の表面の水滴画像の差、図9~11に示す細胞の接着状態の差をスペクトルでも確認可能であった。試料2~4の界面領域の厚さは、図12の模試図で示すように、それぞれ、約0.9nm、1.3nm、2.8nmであると開示されている(測定値)。
従来のように、プリズムと試料間の距離を制御せずに測定すると、図8に示す点線のように、すべて同じスペクトルとなった。
本実施形態の界面領域の測定方法を用いて、SAM上の変調水素結合状態を振動分光法により初めて定量的に解析した。
【0052】
(実施例4)
「疎水性表面上の界面水の測定」
試料5として、PDMS膜を用いた以外は、実施例1と同様な方法で、界面領域のスペクトルを策定した。その結果を図13に示す。
【0053】
(比較例4)
前記PDMS膜(試料5)を上記非特許文献3で記載の和周波発生(SFG)分光法でスペクトルを測定した。その結果を図13に示す。
【0054】
(考察2)
上記図13の結果から、比較例4ではSFG分光法では観測することが出来ない。しかし、実施例4では、界面より上部の層(0.8 nm)の領域の水分子の測定に成功している。
3600 cm-1: 水素結合が多い水分子のOH伸縮振動(図14に示す)
3200 cm-1: 4配位の水素結合(氷の構造に類似)を形成している水分子(図15に示す)
PDMSの表面上において、厚さ0.8nm界面領域の水分子の模試図(図16に示す)。
【0055】
比較例4のSFG分光法は、2つの周波数の異なる光を入射すると和の周波数をもつ光が発生する現象を利用している。SFGを発生させるためには、入射光に波長固定の可視光と波長可変の赤外光を用い、同時に照射する。SFG分光法は2次元的な平面の情報は得られるが、「厚さを有する界面領域」の情報は得られない。本発明方法では、バルク領域の影響を排除することで、界面領域のみの情報が得られる。
【0056】
(実施例5)
「グラファイト近傍のエタノールの測定」
試料1の代わりに、試料5としてグラファイト シートを用い、水の代わりにエタノールを用いた以外は、実施例1と同様な方法で、界面領域のスペクトルを測定した。その結果を図17に示す。
【0057】
(比較例5)
「バルクエタノールの測定」
通常の赤外吸収スペクトル測定方法で、エタノールの赤外スペクトルを測定した。その結果を図17に示す。
使用装置:日本分光株式会社製 FT/IR-4600
使用条件:距離制御機構を装備したATR-IR条件で測定
【0058】
(考察3)
グラファイトとの界面におけるエタノールはバルクのエタノールとは異なる状態で存在することを示した。この方法は界面領域における分子の存在状態を明らかにする有用な方法と考えられる。今後、界面における界面活性剤や潤滑剤の挙動を解析できるようになることが期待される。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本実施形態の分光法による界面領域の測定方法は、以下の種々の用途に使用することが期待される。例えば、本実施形態の分光法による界面領域の測定方法で設計された材料を用いることが有用と考えられる製品の例は以下で挙げられる。
【0060】
1.生体・生体成分と接触する材料
1-1 血液と接触する医療機器(血液回路、血液浄化器、人工肺、血液フィルター、貯血槽、人工心臓、埋め込み型医療機器、カテーテル、バッグ、チューブ、シリンジ)
1-2 体液と接触する医療機器、診断用機器(カテーテル、コンタクトレンズ、検体採取容器、イムノクロマト、バイオセンサ)
1-3 タンパク質等の汚れの付着防止(衣類、リネン類)
1-4 細胞培養器材
1-5 抗体医薬などのタンパク質製剤の保存容器
【0061】
2.工業用材料
2-1 潤滑剤(潤滑、さび止めなど)
2-2 界面活性剤
2-3 結露防止
2-4 電池部材(セパレーターや電極など)
【0062】
3.適用可能な分析装置
3-1 赤外線分光
3-2 紫外-可視吸収分光
3-3 全反射蛍光顕微鏡
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19