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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024058679
(43)【公開日】2024-04-26
(54)【発明の名称】リシール細胞セット及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/10 20060101AFI20240418BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20240418BHJP
【FI】
C12N5/10
C12Q1/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022165180
(22)【出願日】2022-10-14
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和4年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、革新的先端研究開発支援事業ソロタイプ「生体組織の適応・修復機構の時空間的解析による生命現象の理解と医療技術シーズの創出」、「共変動ネットワークによる疾患特異的iPS細胞の神経分化過程の解析と理解」、委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願、令和元年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、未来社会創造事業、探索加速型(探索研究)、「革新的な知や製品を創出する共通基盤システム・装置の実現」、「超解像蛍光抗体法による共変動ネットワーク解析法の開発」、「正常/病態モデル細胞構築・解析法の開発とその創薬支援への応用」、委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願、令和3年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、ムーンショット型研究開発事業(通常型)、「複雑臓器制御系の数理的包括理解と超早期精密医療への挑戦」、委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100139594
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健次郎
(72)【発明者】
【氏名】加納 ふみ
(72)【発明者】
【氏名】村田 昌之
(72)【発明者】
【氏名】國重 莉奈
(72)【発明者】
【氏名】野口 誉之
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
4B063QA18
4B063QQ02
4B063QQ08
4B063QR90
4B063QS40
4B063QX10
4B065AA90X
4B065AA90Y
4B065AB10
4B065AC20
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】本発明の目的は、疾患(例えば糖尿病)の病態の解析のための効率的なモデル細胞を提供することである。
【解決手段】前記課題は、本発明の2つの異なる細胞の外来性細胞質を含む、リシール細胞、及びその製造方法によって解決することができる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
2つの異なる細胞の外来性細胞質を含む、リシール細胞。
【請求項2】
前記2つの異なる細胞が、正常細胞及び疾患由来細胞、又は若齢細胞及び老齢細胞である請求項1に記載のリシール細胞。
【請求項3】
2つの異なる細胞の外来性細胞質を含む、2つ又は3つ以上のリシール細胞セットであって、前記2つ又は3つ以上のリシール細胞における外来性細胞質の比率が異なる、前記細胞セット。
【請求項4】
前記2つの異なる細胞の、一方の細胞の細胞質のみを含むリシール細胞、及び/又は他方の細胞の細胞質のみを含むリシール細胞を更に含む、請求項3に記載の細胞セット。
【請求項5】
前記2つの異なる細胞が、正常細胞及び疾患由来細胞、又は若齢細胞及び老齢細胞である、請求項4に記載の細胞セット。
【請求項6】
請求項2に記載のリシール細胞、又は請求項5に記載の細胞セットを分析することを特徴とする、生命現象の解析方法。
【請求項7】
請求項2に記載のリシール細胞、又は請求項5に記載の細胞セットに、疾患の治療又は予防用候補物質を接触させることを特徴とする、治療又は予防用化合物のスクリーニング方法。
【請求項8】
(a)細胞を含む培地に穿孔活性を持つ生物毒素を添加し、インキュベートする工程、
(b)2つの異なる細胞の外来性細胞質の混合物を添加し、インキュベートする工程、及び
(c)カルシウムイオンを添加し、インキュベートする工程、
を含む、リシール細胞の製造方法。
【請求項9】
前記2つの異なる細胞が、正常細胞及び疾患由来細胞、又は若齢細胞及び老齢細胞である、請求項8に記載のリシール細胞の製造方法。
【請求項10】
(a)細胞を含む培地に穿孔活性を持つ生物毒素を添加し、インキュベートする工程、
(b)2つの異なる細胞の外来性細胞質の混合物及びATPを添加し、インキュベートする工程、及び
(c)カルシウムイオンを含む培地を添加し、インキュベートする工程、
を含み、前記(b)工程において、2つの異なる細胞の外来性細胞質の混合比率の異なる2つ又は3つ以上の混合物を用い、2つ又は3つ以上のリシール細胞のセットを調製する、リシール細胞セットの製造方法。
【請求項11】
前記2つの異なる細胞が、正常細胞及び疾患由来細胞、又は若齢細胞及び老齢細胞である、請求項10に記載のリシール細胞セットの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リシール細胞セット及びその製造方法に関する。本発明によれば、例えば、疾患細胞の病態を、簡便に解析することができる。
【背景技術】
【0002】
セミインタクト細胞リシール技術は、コレステロール依存性の膜穿孔活性を持つタンパク質毒素を利用することによって細胞膜に孔を形成させ、そして膜不透過性の化合物、生体分子、又は細胞質成分などを細胞内に導入し、その後、カルシウム依存的に、細胞膜の孔を封入し、リシール細胞を作製する技術である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】「サイエンティフィック・リポート(Scientific Reports)」(英国)2017年、第7巻、p1-14
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明者らは、セミインタクト細胞リシール技術を用いて、正常細胞又は糖尿病細胞の細胞質をリシール細胞に封入し、正常細胞又は糖尿病細胞のモデル細胞を作製した(非特許文献1)。しかしながら、糖尿病の病態の解析を行うことは容易ではなかった。
本発明の目的は、疾患(例えば糖尿病)の病態の解析のための効率的なモデル細胞を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、疾患の病態の解析のための効率的なモデル細胞について、鋭意研究した結果、驚くべきことに、セミインタクト細胞リシール技術により、2つの異なる細胞(例えば、疾患細胞と正常細胞)の細胞質の混合物をリシール細胞に封入することにより、容易に疾患の病態解析のための優れたモデル細胞を作製できることを見出した。
本発明は、こうした知見に基づくものである。
従って、本発明は、
[1]2つの異なる細胞の外来性細胞質を含む、リシール細胞、
[2]前記2つの異なる細胞が、正常細胞及び疾患由来細胞、又は若齢細胞及び老齢細胞である[1]に記載のリシール細胞、
[3]2つの異なる細胞の外来性細胞質を含む、2つ又は3つ以上のリシール細胞セットであって、前記2つ又は3つ以上のリシール細胞における外来性細胞質の比率が異なる、前記細胞セット、
[4]前記2つの異なる細胞の、一方の細胞の細胞質のみを含むリシール細胞、及び/又は他方の細胞の細胞質のみを含むリシール細胞を更に含む、[3]に記載の細胞セット、
[5]前記2つの異なる細胞が、正常細胞及び疾患由来細胞、又は若齢細胞及び老齢細胞である、[3]又は[4]に記載の細胞セット、
[6][2]に記載のリシール細胞、又は[5]に記載の細胞セットを分析することを特徴とする、生命現象の解析方法、
[7][2]に記載のリシール細胞、又は[5]に記載の細胞セットに、疾患の治療又は予防用候補物質を接触させることを特徴とする、治療又は予防用化合物のスクリーニング方法、
[8](a)細胞を含む培地に穿孔活性を持つ生物毒素を添加し、インキュベートする工程、(b)2つの異なる細胞の外来性細胞質の混合物を添加し、インキュベートする工程、及び(c)カルシウムイオンを添加し、インキュベートする工程、を含む、リシール細胞の製造方法、
[9]前記2つの異なる細胞が、正常細胞及び疾患由来細胞、又は若齢細胞及び老齢細胞である、[8]に記載のリシール細胞の製造方法、
[10](a)細胞を含む培地に穿孔活性を持つ生物毒素を添加し、インキュベートする工程、(b)2つの異なる細胞の外来性細胞質の混合物及びATPを添加し、インキュベートする工程、及び(c)カルシウムイオンを含む培地を添加し、インキュベートする工程、を含み、前記(b)工程において、2つの異なる細胞の外来性細胞質の混合比率の異なる2つ又は3つ以上の混合物を用い、2つ又は3つ以上のリシール細胞のセットを調製する、リシール細胞セットの製造方法、及び
[11]前記2つの異なる細胞が、正常細胞及び疾患由来細胞、又は若齢細胞及び老齢細胞である、[10]に記載のリシール細胞セットの製造方法、
に関する。
【発明の効果】
【0006】
本発明のリシール細胞によれば、容易に疾患の病態を解析することができる。また、疾患の病態の時間的経過を解析することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】2つの異なる細胞(A細胞及びB細胞)の細胞質を用い、5つのリシール細胞のセットを作製した場合の模式図である。
図2】2つの異なる細胞の細胞質を、不連続の混合比率でセミインタクト細胞に封入する実施態様(A)、及び連続した混合比率でセミインタクト細胞に封入する実施態様(B)を示した図である。
図3図3Aは、インスリン刺激後30分後に固定した病態進行モデル細胞系列において、20種類のタンパク質の核、細胞質、細胞全体でのこれらのタンパク質の変化するパターンを解析した結果である。図3Aの右の図は、インタクト細胞をインスリン刺激してからの60分間の細胞内蛋白質の時間的同調性を、PLOM-CON解析法により解析した図である。図3Bは、解析対象とするタンパク質の単一細胞内の「タンパク質量」を「特徴量」として、横軸を「病態進行過程」と考えて、バイオマーカーの探索を行った結果である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
[1]リシール細胞セット
本発明のリシール細胞セットは、2つの異なる細胞の外来性細胞質を含む、少なくとも1つのリシール細胞を含む。
【0009】
《リシール細胞》
本発明のリシール細胞は、2つの異なる細胞の外来性細胞質を含む。本明細書において、「リシール細胞」とは、セミインタクト細胞リシール技術を用いて作製された細胞を意味する。具体的には、ストレプトリシン0などの蛋白質毒素の細胞膜穿孔活性を利用して細胞膜を穿孔し、細胞質を流失させた細胞(以下、セミインタクト細胞と称することがある)に、他の細胞又は組織等から調製した外来性細胞質を添加及び導入する。その後、Ca2+と細胞質因子依存的に、セミインタクト細胞の細胞膜にできた孔を閉鎖することによって作製される細胞である。限定されるものではないが、本発明のリシール細胞は、後述の「リシール細胞の製造方法」によって作製することができる。
【0010】
前記2つの異なる細胞は、特に限定されないが、例えば正常細胞及び疾患由来細胞、若齢細胞及び老齢細胞、又は前駆体細胞及び分化細胞が挙げられる。
【0011】
本発明のリシール細胞は、前記2つの異なる細胞の細胞質を含む。2つの細胞質の含有比(混合比)は特に限定されるものではない。例えばA細胞とB細胞との細胞質は、0:100~100:0の含有比(混合比)で、本発明のリシール細胞に含まれることができる。例えば、A細胞及びB細胞の細胞質の含有比は、0:100、5:95、10:90、15:85、20:80、25:75、30:70、35:65、40:60、45:55、50:50、55:45、60:40、65:35、70:30、75:25、80:20、85:15、90:10、95:5、又は100:0であることができる。もちろん、例えば10:90と15:85との間の11:89、12:88、13:87、14:88の含有比であってもよい。
なお、A細胞及びB細胞の細胞質の含有比が0:100である場合、B細胞の細胞質のみが含まれ、そしてA細胞及びB細胞の細胞質の含有比が100:0である場合、A細胞の細胞質のみが含まれることを意味する。
【0012】
本発明のリシール細胞は、3つ以上の異なる細胞の細胞質を含んでもよい。異なる細胞の数は、限定されるものではないが、3種、4種、5種、6種、7種、8種、9種、又は10種が挙げられる。3種以上の異なる細胞の細胞質の含有比(混合比)も特に限定されるものではない。
例えば、4種の異なる細胞の細胞質を用いる場合、正常細胞及び疾患由来細胞の細胞質の含有比を縦の系列とし、若齢細胞及び老齢細胞の細胞質の含有比を横の系列として2次元での混合比で細胞質を混合することができる。このような2次元の細胞系列によって、疾患と加齢との関連を解析できる細胞系列を作製することができる。
【0013】
(疾患由来細胞)
前記2つの異なる細胞が正常細胞及び疾患由来細胞である場合、疾患由来細胞は特に限定されるものではなく、様々な疾患由来の細胞を用いることができる。
疾患としては、生活習慣病(例えば、アルツハイマー病、糖尿病、高脂血症、癌、心疾患、高血圧性疾患、又は慢性腎不全)、感染症(例えば、ウイルス性感染症、又は細菌性感染症)、炎症性疾患(例えば、肝炎、肝硬変、心内膜炎、膵炎、又は慢性甲状腺炎)、筋ジストロフィー、クローン病、膠原病、全身性エリテマトーデス、多発性硬化症、パーキンソン病、又はハンチントン病が挙げられる。
前記癌としては、舌癌、歯肉癌、悪性リンパ腫、悪性黒色腫、上顎癌、鼻癌、鼻腔癌、喉頭癌、咽頭癌、神経膠腫、髄膜腫、神経膠腫、神経芽細胞腫、甲状乳頭腺癌、甲状腺濾胞癌、甲状腺髄様癌、原発性肺癌、扁平上皮癌、腺癌、肺胞上皮癌、大細胞性未分化癌、小細胞性未分化癌、カルチノイド、睾丸腫瘍、前立腺癌、乳癌、乳房ペーシジェット病、乳房肉腫、骨腫瘍、甲状腺癌、胃癌、肝癌、急性骨髄性白血病、急性前髄性白血病、急性骨髄性単球白血病、急性単球性白血病、急性リンパ性白血病、急性未分化性白血病、慢性骨髄性白血病、慢性リンパ性白血病、成人型T細胞白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫、原発性マクログロブリン血症、小児性白血病、食道癌、胃・大腸平滑筋肉腫、胃・腸悪性リンパ腫、膵・胆嚢癌、十二指腸癌、大腸癌、原発性肝癌、肝芽腫、子宮上皮内癌、子宮頸部扁平上皮癌、子宮腺癌、子宮腺扁平上皮癌、子宮体部腺類癌、子宮肉腫、子宮癌肉腫、子宮破壊性奇胎、子宮悪性絨毛上皮腫、子宮悪性黒色腫、卵巣癌、中胚葉性混合腫瘍、腎癌、腎盂移行上皮癌、尿管移行上皮癌、膀胱乳頭癌、膀胱移行上皮癌、尿道扁平上皮癌、尿道腺癌、ウィルムス腫瘍、横紋筋肉腫、線維肉腫、骨肉腫、軟骨肉腫、滑液膜肉腫、粘液肉腫、脂肪肉腫、ユーイング肉腫、皮膚扁平上皮癌、皮膚基底細胞癌、皮膚ボーエン病、皮膚ページェット病、皮膚悪性黒色腫、悪性中皮癌、転移性腺癌、転移性扁平上皮癌、転移性肉腫および中皮腫が挙げられる。
【0014】
(正常細胞)
本発明に用いる正常細胞は、疾患由来細胞と異なる特徴を有し、疾患由来細胞の細胞質と正常細胞の細胞質とを混合してリシール細胞を作製できる限りにおいて、特に限定されない。通常は、全く疾患を有していない細胞を正常細胞として用いる。しかしながら、用いる疾患由来細胞が、大腸癌由来細胞である場合、大腸癌以外の疾患を有する細胞を正常細胞として用いてもよい。更に、正常細胞は、疾患由来細胞と同一の個体の細胞でもよく、異なる個体の細胞でもよく、例えば培養細胞(継代細胞)を用いることもできる。
【0015】
(若齢細胞及び老齢細胞)
前記2つの異なる細胞が若齢細胞及び老齢細胞の場合、例えば若齢細胞として若齢の生物体から取得した細胞と用い、老齢細胞として老齢の生物体から取得した細胞を用いてもよい。若齢の生物体と老齢の生物体とは、出生してからの期間が異なっていれば、特に限定されず、前記期間の差は、例えば1カ月~100年のいずれかの期間でもよい。また、若齢細胞としてin vitroでの継代の短い細胞を用い、老齢細胞として、in vitroでの継代の長い細胞を用いてもよい。更に、若齢細胞として正常のヒトなどから取得した細胞と用い、老齢細胞として早老症(ウェルナー症候群など)の患者の細胞から取得した細胞を用いてもよい。
【0016】
(前駆体細胞及び分化細胞)
前記2つの異なる細胞が前駆体細胞及び分化細胞の場合、例えば前駆体細胞として、胚性幹細胞を用い、分化細胞として、内胚葉性細胞、中胚葉性細胞、又は外肺葉性細胞を用いることができる。また前駆体細胞として、造血幹細胞を用い、分化細胞として、血球細胞を用いることができる。また前駆体細胞として、肝幹細胞を用い、分化細胞として、肝臓細胞を用いることができる。また前駆体細胞として、神経幹細胞を用い、分化細胞として、神経細胞又はグリア細胞を用いることができる。前駆体細胞として未分化のiPS細胞、分化細胞として神経などに分化誘導したiPS細胞を用いることができる。
【0017】
《リシール細胞セット》
本発明のリシール細胞セットは、2つの異なる細胞の外来性細胞質を含む、2つ又は3つ以上のリシール細胞セットである。前記2つ又は3つ以上のリシール細胞における外来性細胞質の比率(含有率)が異なっている。
本発明のリシール細胞セットは、2つの異なる細胞の外来性細胞質を含むリシール細胞に加えて、一方の細胞の細胞質のみを含むリシール細胞、及び/又は他方の細胞の細胞質のみを含むリシール細胞を更に含んでもよい。すなわち、2つの異なる細胞が、A細胞及びB細胞の場合、A細胞の細胞質を100%含むリシールA細胞のみを含んでもよく、B細胞の細胞質を100%含むリシールB細胞のみを含んでもよく、リシールA細胞及びリシールB細胞を含んでもよい。
【0018】
リシール細胞セットにおける、リシール細胞の種類の数は、特に限定されないが、例えば、下限は2種以上であり、ある態様では3種以上であり、ある態様では4種以上であり、ある態様では5種以上であり、ある態様では6種以上であり、ある態様では7種以上であり、ある態様では8種以上であり、ある態様では9種以上であり、ある態様では10種以上である。リシール細胞の種類の数の上限は、細胞の解析に応じて、適宜変更することができるが、例えば、100種以下であり、ある態様では100種以下であり、ある態様では90種以下であり、ある態様では80種以下であり、ある態様では70種以下であり、ある態様では60種以下であり、ある態様では50種以下であり、ある態様では40種以下であり、ある態様では30種以下であり、ある態様では20種以下であり、ある態様では10種以下であり、ある態様では9種以下であり、ある態様では8種以下であり、ある態様では7種以下であり、ある態様では6種以下であり、ある態様では5種以下である。前記リシール細胞セットに含まれる細胞の種類の上限と下限とは、適宜組み合わせて細胞セットの種類の数の範囲とすることができ、例えば2~6種、8~10種、又は5~20種などを選択することができる。
なお、本明細書において、リシール細胞の種類とは、2つの異なる細胞の細胞質の含有比の異なる細胞の種類を意味する。
【0019】
細胞セットに含まれる2つの異なる細胞の外来性細胞質を含むリシール細胞における2つの細胞質の含有比(混合比)は特に限定されるものではない。例えば、後述の「リシール細胞セットの製造方法」における「不連続混合比率法」によれば、含有比(混合比)は不連続に変化させることが可能である。一方、「連続混合比率法」によれば、含有比(混合比)は連続的に変化させることができる。
含有比(混合比)が不連続に変化する場合、例えば0:100、5:95、10:90、15:85、20:80、25:75、30:70、35:65、40:60、45:55、50:50、55:45、60:40、65:35、70:30、75:25、80:20、85:15、90:10、95:5、又は100:0とすることが可能である。また、前記含有比(混合比)から、任意に選択して細胞セットを作製することもできる。
含有比(混合比)が連続的に変化する場合は、様々な含有比(混合比)を有するリシール細胞が、リシール細胞セットに含まれる。
【0020】
本発明のリシール細胞セットにおいて、2つの異なる細胞として、正常細胞及び疾患由来細胞を用いる場合、リシール細胞セットは、正常モデル細胞と病態モデル細胞との多様なフェノタイプ解析(例えば、タンパク質局在、遺伝子発現変動解析、エピジェネティクス動態解析、メタボローム解析、又はリピドーム解析など)に用いることができる。そして、それらの差分解析結果に基づき、病態発現に関わる、遺伝子、タンパク質、代謝関連分子、又は脂質などの分子情報を得ることができる。
【0021】
[2]生命現象の解析方法
本発明の生命現象の解析方法は、前記リシール細胞、又は前記リシール細胞セットを分析することを特徴とするものである。
特に、2つの異なる細胞として正常細胞及び疾患由来細胞を用いるリシール細胞セットを用いた場合、疾患の長期間の進行過程を解析することが可能である。
【0022】
本発明の生命現象の解析方法における解析手段は、特に限定されるものではなく、タンパク質解析、遺伝子解析、糖解析、脂質解析、又はメタボローム解析などが挙げられる。
タンパク質解析手段としては、蛍光抗体法(細胞内局在)、ウェスタンブロッティング法、ELISA法、二次元電気泳動法、又は質量分析法などが挙げられる。
遺伝子解析手段としては、塩基配列解析、遺伝子発現解析(例えば、RT-PCR法)、FISH法、又はエピジェネティクス解析などが挙げられる。
糖解析手段としては、質量分析法、レクチンアレイ法、又は抗糖鎖抗体法などが挙げられる。脂質の分析手段としては、GC/MS法、LC/MS法、TLC法、HPLC法などが挙げられる。
【0023】
本発明の疾患の解析方法においては、作製されたリシール細胞セットをそのまま分析することもできるが、培養後に分析してもよい。前記リシール細胞は、培養によって分裂増殖することもできるからである。
【0024】
[3]疾患の治療又は予防用化合物のスクリーニング方法
本発明の疾患の治療又は予防用化合物のスクリーニング方法は、前記リシール細胞、又は前記リシール細胞セットに、疾患の治療又は予防用候補物質を接触させることを特徴とする。
【0025】
本発明のスクリーニング方法における接触工程は、前記リシール細胞、又は前記リシール細胞セットと、候補物質とを接触させる工程である。
試験物質(候補物質)は、特に限定されるものではないが、例えば、ケミカルファイルに登録されている種々の公知化合物(ペプチドを含む)、コンビナトリアル・ケミストリー技術(Terrett,N.K.ら,Tetrahedron,51,8135-8137,1995)によって得られた化合物群、あるいは、ファージ・ディスプレイ法(Felici,F.ら,J.Mol.Biol.,222,301-310,1991)などを応用して作成されたランダム・ペプチド群、又は低分子化合物を用いることができる。また、微生物の培養上清、細胞の培養上清、生体内の体液、植物若しくは海洋生物由来の天然成分、又は動物組織抽出物などもスクリーニングの試験物質として用いることができる。
【0026】
接触工程における細胞と試験物質との接触のタイミング、すなわち、試験物質の添加の時期は、特に限定されるものではなく、前記リシール細胞、又は前記リシール細胞セットの製造直後でもよく、又は継代培養後でもよい。試験物質の濃度も、適宜決定することができるが、試験物質の疾患に対する治療又は予防作用を発揮する最適濃度があると考えられるため、何段階かに希釈して試験することが好ましい。
【0027】
(分析工程)
本発明のスクリーニング方法は、分析工程を含んでもよい。本発明における分析工程において、前記試験物質のリシール細胞に対する疾患の予防又は治療活性を分析する。予防又は治療活性は、それぞれの疾患において、適宜選択することができる。例えば、疾患の進行に従って増加するマーカーが存在する場合、そのマーカーを減少させる試験物質は、疾患の予防又は治療活性を有すると判断することができる。例えば、疾患が糖尿病の場合、肝細胞・筋細胞においてインスリン依存的糖新生酵素の発現抑制を回復させる(インスリン抵抗性を解除する)ことのできる試験物質、又は膵β細胞においてインスリン分泌を回復させる試験物質は、糖尿病の予防又は治療活性を有すると判断することができる。
【0028】
本発明のスクリーニング方法において、リシール細胞セットを用いる場合、疾患のいずれの進行過程において、試験物質が効果を示すかを分析することができる。すなわち、試験物質が、正常細胞の細胞質を多く含むリシール細胞に効果があれば、疾患の初期段階において、試験物質が効果を示すと判断できる。一方、試験物質が、疾患由来細胞の細胞質を多く含むリシール細胞に効果があれば、疾患の後期段階において、試験物質が効果を示すと判断できる。
【0029】
[4]リシール細胞セットの製造方法
本発明のリシール細胞セットの製造方法は、基本的にリシール細胞の製造方法を用いるものである。
【0030】
《リシール細胞の製造方法》
本発明のリシール細胞の製造方法は、(a)細胞を含む培地に穿孔活性を持つ生物毒素を添加し、インキュベートする工程、(b)2つの異なる細胞の外来性細胞質の混合物を添加し、インキュベートする工程、及び(c)カルシウムイオンを添加し、インキュベートする工程、を含む。
【0031】
《リシール細胞セットの製造方法》
本発明のリシール細胞セットの製造方法は、(a)細胞を含む培地に穿孔活性を持つ生物毒素を添加し、インキュベートする工程、(b)2つの異なる細胞の外来性細胞質の混合物を添加し、インキュベートする工程、及び(c)カルシウムイオンを添加し、インキュベートする工程、を含み、前記(b)工程において、2つの異なる細胞の外来性細胞質の混合比率の異なる2つ又は3つ以上の混合物を用い、2つ又は3つ以上のリシール細胞のセットを調製する。
【0032】
《工程(a)》
前記工程(a)においては、細胞を含む培地に穿孔活性を持つ生物毒素を添加し、インキュベートする。本工程は、セミインタクト細胞を作製するために、穿孔活性を持つ生物毒素により、細胞を穿孔する工程である。
【0033】
(穿孔活性を持つ生物毒素)
穿孔活性を持つ生物毒素としては、特に限定されるものではないが、コレステロール依存性細胞溶解毒素、ブドウ球菌α毒素、又はウェルシュ菌θ毒素が挙げられるが、コレステロール依存性細胞溶解毒素が好ましい。コレステロール依存性細胞溶解毒素としては、ストレプトリジンO、リステリオリジンO、スイリシン、ケイニリシン、イクイシミリシン、ニューモリシン、パーフリンゴリシンO、テタノリシンO、ミチリシン、Streptococcus mitis由来ヒト血小板凝集因子、レクチノリシン、シュードニューモリシン、バジノリシン、セリゲリオリシンO、イバノリシンO、アルベオリシンO、アンスラリシンO、ピオリシンO、又はインターメディリシンが挙げられるが、ストレプトリジンO、又はリステリオリシンOが好ましい。
穿孔活性を有する生物毒素は、界面活性剤などによる細胞への穿孔と比較して穏やかであり、カルシウムイオンによるリシールが効果的に実施できる。
【0034】
(コレステロール依存性細胞溶解毒素)
コレステロール依存性細胞溶解毒素は、細胞膜のコレステロールを受容体とする毒素であり、細胞を穿孔することができる。
例えば、ストレプトリジンO(SLO)は、連鎖球菌が菌体外に産生するコレステロール結合細菌毒素であり、60,400の分子量を有するタンパク質である。SLOは、細胞膜のコレステロールに選択的に結合し、多量体の環状複合体を形成することで30nm程度の孔を細胞膜に形成することができる。また、形成された孔は、融合することなどにより200nm程度まで大きくなることもある。形成された孔は、カルシウムイオン依存的に閉じる。また、SLOは、酸素感受性であり、酸素存在下に長時間さらされることにより失活させることができる。
穿孔活性を有する生物毒素の培地中の濃度は、細胞に孔が生じる限りにおいて、特に限定されるものではないが、例えば0.001~1,000μg/mLであり、好ましくは0.01~100μg/mLであり、より好ましくは0.05~10μg/mLであり、最も好ましくは0.083~0.125μg/mLである。当業者は、それぞれ生物毒素の穿孔活性及び細胞への毒性の強弱に応じて、生物毒素の濃度を適宜調整して用いることができる。
【0035】
工程(a)において使用する培地は、特に限定されず、使用する細胞に応じて適宜選択することができるが、例えばPBS、DMEM、EMEM、G-MEM、MEM alpha、Ham’s F-12、Ham’s F-12K、IMDM、DMEM/F12、Essential 8、HBSS、又はRPMI-1640(RPMI-1640)が挙げられる。培地に血清を添加すると生物毒素が血清成分に吸着し、作用が弱まることがあるため、無血清培地が好ましい。
【0036】
前記生物毒素を添加した後に、1~10分氷上で静置することが好ましい。例えばSLOはコレステロールに結合し、25℃以上で穿孔活性を持つため、添加したSLOを氷上で細胞になじませるためである。他の生物毒素も、細菌由来のものが多く、細菌の増殖温度で穿孔活性を示すものが多い。また、氷上でSLOなどの生物毒素を細胞膜に結合させ、その後に細胞に結合していないSLOなどの生物毒素を洗い流すことが好ましい。その後、温度を上げSLOなどの生物毒素を活性化させることによって、開孔からSLOが細胞質内に入ることを防止し、細胞内のオルガネラへのダメージを防ぐことができる。
生物毒素によるインキュベーションは、限定されるものではないが、25℃以上で行うことが好ましく、より好ましくは30℃以上であり、更に好ましくは35℃以上である。インキュベーション温度の上限は、生物毒素が失活しない限り、特に限定されるものではないが、例えば50℃以下であり、好ましくは45℃以下であり、より好ましくは40℃以下である。
インキュベーション時間も、細胞に孔が形成され、そして細胞に悪影響が無い限りにおいて、特に限定されるものではないが、例えば1~60分であり、好ましくは2~30分であり、より好ましくは5~20分であり、最も好ましくは8~15分である。
【0037】
本発明において用いる細胞としては、特に限定されるものではないが、生物から分離された初代培養細胞、又は継代培養細胞を用いることができる。細胞の由来も、特に限定されるものではなく、哺乳類としては、例えばヒト、サル、イヌ、ネコ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウシ、ウマ、ウサギ、モルモット、ラット、及びマウスを挙げることができる。また、鳥類としては、ニワトリ、ウズラ、アヒル、ガチョウ、ダチョウ、及びホロホロチョウを挙げることができ、爬虫類としては、ワニ、カメ、及びトカゲを挙げることができ、両生類としては、カエル、及びイモリを挙げることができ、魚類としては、テラピア、タイ、ヒラメ、サメ、及びサケを挙げることができる。更に、無脊椎動物としては、カニ、貝類、クラゲ、及びエビを挙げることができる。更に昆虫細胞を用いることもできる。コレステロール依存性細胞溶解毒素を用いる場合、細胞膜にコレステロールを発現している細胞が好ましい。
【0038】
《工程(b)》
工程(b)においては、2つの異なる細胞の外来性細胞質の混合物を添加し、インキュベートする。本工程は、工程(a)において形成された孔を介して、2つの異なる細胞の外来性細胞質を細胞内へ移行(流入)させる工程である。本工程(b)においては、更にATPを添加することによって、リシールの効率を上昇させることができる。
【0039】
《2つの異なる細胞の外来性細胞質の混合物》
「2つの異なる細胞」は、2つの異なる細胞である限りにおいて、特に限定されるものではないが、前記「[1]リシール細胞セット」の項に記載の「2つの異なる細胞」を用いることができる。2つの異なる細胞の外来性細胞質の混合比率の異なる2つ又は3つ以上の混合物を用い、2つ又は3つ以上のリシール細胞のセットを調製することができる。また、3つ以上の異なる細胞を用いることもできる。
【0040】
例えば、図1には、2つの異なる細胞として、A細胞及びB細胞の細胞質を用い、5つのリシール細胞のセットを作製した場合の例を示している。左端にA細胞の細胞質を100%含むリシール細胞を示し、右端にB細胞の細胞質を100%含むリシール細胞を示す。その2つの細胞の間に、A細胞の細胞質:B細胞の細胞質を、左から80:20、50:50、20:80の比率で含むリシール細胞を示している。すなわち、左から右の矢印に従って、A細胞の細胞質の含有量が減少し、B細胞の細胞質の含有量が増加している。
例えば、A細胞の細胞質と、B細胞の細胞質の混合比率を「不連続」に変更する方法と、「連続」して変更する方法を、以下に説明する。
【0041】
(不連続混合比率法)
図2(A)は、2つの異なる細胞の細胞質を、不連続の混合比率でセミインタクト細胞に封入する実施態様である。具体的には、A細胞の細胞質とB細胞の細胞質とを様々な混合比で予め調整する。例えば、100:0、87.5:12.5、75.0:25.0、62.5:37.5、50.0:50.0、37.5:62.5、25.0:75.0、12.5:87.5、及び0:100の混合比率で細胞質を予め調製する。これらの混合比率の細胞質を、96ウェルプレートの各ウェルに分注し、工程(a)で得られたセミインタクト細胞及びATPをそれぞれのウェルに添加する。この方法により、不連続な細胞質混合比率を有するリシール細胞のセットを得ることができる。
【0042】
(連続混合比率法)
図2(B)は、2つの異なる細胞の細胞質を、連続した混合比率でセミインタクト細胞に封入する実施態様である。具体的には、A細胞の細胞質とB細胞の細胞質とを、別々に調製する。カバーグラス上に播種した細胞を工程(a)に従い、セミインタクト細胞とする。その状態のカバーグラスの両端より、A細胞の細胞質とB細胞の細胞質とを逆方向に流し混合させる。この方法により、2種の細胞質を連続的な割合で有するリシール細胞のセットを得ることができる。
【0043】
工程(b)において、細胞質を含む培地がカルシウムイオンを含んでいる場合は、カルシウムイオンにより穿孔活性を持つ生物毒素によって形成された孔が閉孔することがある。従って、培地にカルシウムキレート剤を添加することが好ましい。キレート剤としては、カルシウムをキレートできる限りにおいて、限定されるものではないが、EGTA(Ethylene Glycol Tetraacetic Acid)EDTA(Ethylene Diamine Tetraacetic Acid)、NTA(Nitrilo Triacetic Acid)、DTPA(Diethylene Triamine Pentaacetic Acid)、HEDTA(Hydroxyethyl Ethylene Diamine Triacetic Acid)、TTHA(Triethylene Tetramine Hexaacetic Acid)、PDTA(1,3-Propanediamine Tetraacetic Acid)、DPTA-OH(1,3-Diamino-2-hydroxypropane Tetraacetic Acid)、HIDA(Hydroxyethyl Imino Diacetic Acid)、DHEG(Dihydroxyethyl Glycine)、GEDTA(Glycol Ether Diamine Tetraacetic Acid)、CMGA(Dicarboxymethyl Glutamic Acid)、又はEDDS((S,S)-Ethylene Diamine Disuccinic Acid)が挙げられる。
カルシウムキレート剤の濃度も、その効果が得られる限りにおいて限定されるものではないが、例えば0.1~5mMであり、より好ましくは0.5~3mMである。
【0044】
工程(b)においては、カリウムイオン濃度を上昇させるために、トランスポートバッファーを添加してもよい。トランスポートバッファーに前記カルシウムキレート剤を添加してもよい、トランスポートバッファーとしては、例えば25mM HEPES-KOH(pH7.4)、0.115M CHCOOK、2.5mM MgClの組成のトランスポートバッファーが挙げられる。
培地中のカリウムイオン濃度も、本発明の効果が得られる限りにおいて限定されるものではないが、好ましくは1~1,000mMであり、より好ましくは10~500mMであり、更に好ましくは50~300mMである。
【0045】
《ATP》
本工程においては、好ましくはATPを添加する。ATPはミトコンドリアの活性、膜融合、膜の修復、及びストレス応答などに作用し、リシールの効率を上昇させることができる。ATPの濃度は、限定されるものではないが、好ましくは0.1~100mMであり、より好ましくは0.5~50mMであり、より好ましくは1~10mMである。
【0046】
工程(b)におけるインキュベーションの温度は、細胞質が細胞内へ移行できる限りにおいて特に限定されるものではないが、例えば4℃~50℃であり、好ましくは15~45℃であり、より好ましくは25~42℃であり、最も好ましくは30~40℃である。
インキュベーション時間も、細胞質が細胞内へ移行できる限りにおいて特に限定されるものではないが、例えば1~120分であり、好ましくは3~60分であり、より好ましくは5~40分であり、最も好ましくは10~30分である。
【0047】
《工程(c)》
工程(c)においては、カルシウムイオンを添加し、インキュベートする。本工程は、カルシウムイオンによって、細胞に形成された孔を塞ぐ工程である。すなわち、セミインタクト細胞をリシールする工程である。
添加するカルシウムイオンとしては、限定されるものではなく、カルシウム塩を用いることができる。具体的には、例えばCaClを用いることができる。カルシウムイオン濃度は、細胞がリシールされる限りにおいて、特に限定されるものではないが、例えば0.1~10mMであり、好ましくは0.2~5mMであり、より好ましくは0.3~2mMである。カルシウムイオンの添加は、カルシウムイオンを含む培地を用いてもよく、カルシウムイオンを含む緩衝液を用いてもよい。
工程(c)におけるインキュベーションの温度は、細胞の孔が塞がれる限りにおいて特に限定されるものではないが、例えば25℃~50℃であり、好ましくは30~45℃であり、より好ましくは35~40℃である。
インキュベーション時間も、細胞の孔が塞がれる限りにおいて特に限定されるものではないが、例えば1~30分であり、好ましくは2~15分であり、より好ましくは3~10分である。
【0048】
《作用》
従来の創薬・医療は、ある程度病態が進行してから、病態進行相(フェーズ)ごとに、様々な手法で病態を解析し、その疾患原因、創薬標的の同定、又は投薬手法などの治療法の探索を行った。従って、疾患の極めて早期に生起し、(病態発現までに至らなく、また健常に引き返せる)未病状態、そしてそれを特徴づける生体分子群の正常及び攪乱状態を細胞レベルにおいて検出することは困難であった。更に、個人差が顕著に現れる疾患の発症において、「未病」状態を特定する手法は存在していなかった。本発明は、長時間を要する病態の発症段階を、リシール細胞セット(細胞系列)によって再現することが可能である。そしてリシール細胞セットを培養 plate (例えば、96 well plateなど)上には配列させ、昨今の様々な生体分子解析法を駆使して、病態進行過程における生体分子群、細胞フェノタイプ、細胞形態などの様々な多次元の生物情報を一気に取得することで、「未病」状態と「発症」状態の多次元の生物情報を基にした新規バイオマーカーの同定を可能にする。更に、正常または病態細胞質を個人の細胞組織から調製し、病態進行モデル細胞系列を作成し同様に解析することで、これからの精密医療に必須となる最適な個別化医療及び創薬のための有用なモデル細胞系列を提供できる。
【実施例0049】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【0050】
《実施例1》
本実施例では、正常細胞と糖尿病細胞とを用いて、「糖尿病進行モデル肝細胞」系列のリシール細胞セットを調製した。
正常および糖尿病モデルマウス肝臓からそれぞれ正常細胞質および糖尿病細胞質を調整し、正常細胞質:糖尿病細胞質=0:100、12.5:87.5、25:75、37.5:62.5、50:50、62.5:37.5、75:25、87.5:12.5および100:0の混合比で混和し、96ウェルプレート上にリシール細胞セットを調整した。
【0051】
《実施例2》
本実施例では、実施例1で得られた糖尿病のリシール細胞セットを用いて、糖尿病に伴う、タンパク質を蛍光抗体法により解析した。
前記96ウェルプレートのリシール細胞セットに、100μg/mLのインスリンを添加し、刺激した。インスリン刺激後、0分、15分、30分後に、細胞をパラホルムアルデヒドで固定した。インスリン刺激した肝臓細胞で活性化又は不活性化することが報告されている16種類のタンパク質(Actin、Ser473番目のリン酸化RAC-alpha serine/threonine-protein kinase(Akt(pSer473))、Forkhead box protein O1(FoxO1)、Ser256番目のリン酸化FoxO1(FoxO1(pSer256))、Ser319番目のリン酸化FoxO1 (FoxO1(pSer319))、Ser9番目のリン酸化Glycogen synthase kinase-3 beta(GSK3β(pSer9))、Ser235番目および236番目のリン酸化40S ribosomal protein S6(S6RP(pSer235, 236))、Serine/threonine-protein kinase mTOR(mTOR(pSer2448))、Sorting nexin-9(SNX9)、Thr202番目およびTyr204番目のリン酸化Mitogen-activated protein kinase(Erk(pThr202, pTyr204))、Cytochrome c oxidase subunit 4(COXIV)、Citrate Synthase、Succinate dehydrogenase [ubiquinone] iron-sulfur subunit(SDHB)、Ser209番目のリン酸化Eukaryotic translation initiation factor 4E(eIF4E(pSer209))、Tyr999番目のリン酸化Insulin Receptor(IR(pTyr999)))の抗体を用いて蛍光抗体法で染色した。細胞染色画像から、糖尿病進行に伴う各タンパク質の量を単一細胞ごとに核、細胞質、細胞全体でその蛍光染色強度より測定した。
【0052】
図3Aに示すように、インスリン刺激後30分後に固定した病態進行モデル細胞系列において、20種類のタンパク質の核、細胞質、細胞全体での量が病態進行に伴って変化した。これらのタンパク質量が変化するパターンは以下の4種類に分類されることがわかった。
(1)病態進行に伴って量的変化を示さないタンパク質(Ser2448番目のリン酸化mTORなど)
(2)病態進行に伴いその量が単調に徐々に減少してゆく蛋白質群(細胞質のアクチンなど)
(3)病態進行の初期に急激な増加を見せ、そのまま病態後期までその強度を維持するタンパク質(ミトコンドリア蛋白質SDHB:Succinate dehydrogenase [ubiquinone] iron-sulfur subunitなど)
(4)病態進行の後半部分で急激にその量を減少させるタンパク質(Serine 473番目のリン酸化Akt:p-Akt(Ser473)など)
これらの4種のパターンのうち、(3)または(4)のタンパク質は、それぞれ病態進行の初期(3)または後期(4)に急激に細胞内環境が変化した結果、そのモデル細胞に入力されたインスリンシグナル伝達の状態がその相転移点の前後で大きく変化していることを示していると考えられた。すなわち、正常な細胞状態から糖尿病の細胞状態に大きく相転移したことを反映している可能性が高いと考えられた。
従って、(4)のパターンを示すタンパク質の量は、相転移前(未病状態)と相転移後(病態発症状態)を見わけるバイオマーカーになると考えられた。逆に、(3)のパターンを示すタンパク質は、相転移前(正常状態)と相転移後(病態発症状態)を見わける病態発現初期のバイオマーカーになると考えられた。
【0053】
図3Aの右側の図は、インタクト細胞をインスリン刺激してからの60分間の細胞内蛋白質の時間的同調性を指標にして得られた「共変動ネットワーク」を、PLOM-CON解析法により示した図である。本解析により、肝臓細胞のインスリンシグナル伝達に関わる重要な蛋白質ネットワークの「ハブ」となっていることが推定されるタンパク質が見出された。更に、解析対象とするタンパク質の単一細胞内の「タンパク質量」を「特徴量」として、横軸を「病態進行過程」と考えて、バイオマーカーの探索を行った(図3B)。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明のリシール細胞セットによれば、様々な疾患の病態解析、治療薬のスクリーニングに用いることができる。
図1
図2
図3