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特開2024-58918血液の前処理方法、及び血液の前処理用試薬
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024058918
(43)【公開日】2024-04-30
(54)【発明の名称】血液の前処理方法、及び血液の前処理用試薬
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/48 20060101AFI20240422BHJP
【FI】
G01N33/48 H
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022166331
(22)【出願日】2022-10-17
(71)【出願人】
【識別番号】000003182
【氏名又は名称】株式会社トクヤマ
(72)【発明者】
【氏名】花澤 菜摘
(72)【発明者】
【氏名】菊池 重俊
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045BA08
2G045BB12
2G045CA25
(57)【要約】

【課題】 血液を生化学分析ないしは免疫分析に供する際に妨害となる赤血球を効率的かつ迅速に除去し、血液中の各種成分の分析の精度や効率を向上させる。
【解決手段】 測定対象とする血液に対し、分岐状のポリアルキレンイミンと不溶性無機粒子とを加え、生じた沈殿を分離して得た上清を分析に供する。ポリアルキレンイミン単独で加える場合よりも遥かに少ない添加量で済み、よって上清中にポリアルキレンイミンが残存して分析に影響を与えることを防止できる。また不溶性無機粒子は、アミノ基やアンモニウム基等の正帯電性の官能基を有したものを用いることが沈殿の形成や沈降に対しての効率が優れたものとなる。さらに分岐状のポリアルキレンイミンと不溶性無機粒子とは別々に加えても良いが、両者を同時に加える方が、沈殿の沈降が早く効率的である。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
血液を生化学分析ないしは免疫分析に供する際の前処理方法であって、測定対象とする血液に、分岐状のポリアルキレンイミンと不溶性無機粒子とを加え、混合液に生じた沈殿を分離したのち、得られた上清を前記分析に供する血液の前処理方法。
【請求項2】
前記不溶性無機粒子が、正帯電性の官能基を有する金属酸化物粒子である請求項1記載の血液の前処理方法。
【請求項3】
血液に対して、分岐状のポリアルキレンイミンと不溶性無機粒子とを同時に加える請求項1又は2記載の血液の前処理方法。
【請求項4】
分岐状のポリアルキレンイミンの添加量が、血液1mLに対してポリアルキレンイミンが1.0mg以下となる量である請求項1又は2記載の血液の前処理方法。
【請求項5】
血液に対して、分岐状のポリアルキレンイミンと不溶性無機粒子とを加え、生じた沈殿を分離する、血液からの赤血球の分離方法。
【請求項6】
極性溶媒、分岐状のポリアルキレンイミン及び不溶性無機粒子を含む組成物からなる血液の前処理用試薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血液を生化学分析ないしは免疫分析に供するに際して、各種分析の阻害物質となることの多い赤血球を効率的に分離する前処理方法、及びその方法に用いる分離用粒子に係る。
【背景技術】
【0002】
血液は、健康状態の確認などのため様々な分析に供されている。分析の対象とする成分は状況によって様々であり、その分析方法もそれに応じていくつもあるが、血液中の血球成分、特に量の多い赤血球が妨害物質となることが多い。従って、全血から赤血球を分離することにより血清もしくは血漿を採取し、該血清もしくは血漿を用いて検査(分析)が行われている。
【0003】
血液(全血)から血球成分を分離して血漿もしくは血清を得る方法としては、血液を遠心分離にかける方法が主に行われている。
【0004】
この遠心分離は時間を要し、また専用の装置が必要なため、遠心分離の時間を短縮したり、あるいは遠心分離そのものを行わずとも済むように、赤血球の凝集、沈殿を促進させる方法がいくつも提案されており、その中に、ポリエチレンイミン等のカチオン性ポリマーを用いる方法がある(例えば、特許文献1、2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平07-005173公報
【特許文献2】特表2005-503803号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記ポリエチレンイミンの使用は、確かに赤血球の凝集、沈殿の形成を促進して分離しやすくする優れた材料であるが、本発明者らの検討によれば次のような問題があることがわかった。
【0007】
即ち、遠心分離による沈降促進を不要とし、自然沈降のみで十分なものとするためには、ある程度以上の量のポリエチレンイミンの添加が必要となる。しかしながらポリエチレンイミン自体は水溶性であるため、多量のポリエチレンイミンを用いると、赤血球の凝集体が沈降して得られた上清中にもポリエチレンイミンが残存し、それがその後の分析に影響を及ぼす場合がある。
【0008】
従って本発明は、ポリエチレンイミンの使用量を抑えつつも、良好な赤血球の凝集、沈殿の形成を促進する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意検討した結果、ポリエチレンイミンに加えてさらに、酸化物粒子をも血液に添加することで、相対的に少ないポリエチレンイミン量でも良好な分離ができることを見出し、さらに検討を進めた結果、本発明を完成した。
【0010】
即ち本発明は、血液を生化学分析ないしは免疫分析に供する際の前処理方法であって、測定対象とする血液に、ポリアルキレンイミンと不溶性無機粒子とを加え、混合液に生じた沈殿を分離したのち、得られた上清を前記分析に供する血液の前処理方法である。
【発明の効果】
【0011】
本発明の前処理方法を行うことで、血液の分析の妨害となることの多い赤血球を血液から分離し、血清あるいは血漿を迅速に回収することが可能であり、かつ得られた血清あるいは血漿中に残存するポリアルキレンイミンの量も少なくできるため、分析結果に影響を与える可能性も低くできる。これにより、分析の自動化への応用も容易となる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
前記の通り本発明は、血液から赤血球を分離する技術に係り、得られた上清(血清ないしは血漿)は生化学分析ないしは免疫分析に供される。
【0013】
ここで、生化学分析とは、生体成分を分析して、疾患の診断や治療のモニタリング、予後の判定に用いられる手法である。本発明では生体成分として、血液を対象物としている。当該生化学分析は、血液を用いて沈殿を分離した後の上清を必要とする分析であれば特に限定されるものではないが、一般的に、タンパク質、各種酵素、電解質・金属、含窒素成分、脂質、及び糖関連物質などの分析が挙げられる。
【0014】
免疫分析とは、抗原と抗体の反応を利用して、分析対象となる抗原を検出する手法である。本発明における免疫分析とは、血液を用いて沈殿を分離した後の上清を必要とする当該分析であれば特に限定されるものではないが、具体的に、微小に存在するホルモンや腫瘍マーカー、また感染症の診断を行う分析である。
【0015】
対象とする血液は、ヒト血液だけでなく動物の血液でも特に制限なく用いることができるが、有用性の高さからヒト血液が好ましい。
【0016】
血液は原液を使用することもでき、希釈血液を使用することもできる。体積当たりの血清ないしは血漿の回収量の多さからは原液を用いる方が好ましい。なお希釈血液の場合、血液の希釈に用いられている溶媒は生体適合性の高い溶媒なら特に限定されないが、水や生理食塩水、緩衝液が好ましい。緩衝液として具体的には、HEPES、Tris、MESなどがあげられる。検査への影響を防ぐという観点から、水や生理食塩水がより好ましく、水がさらに好ましい。
【0017】
本発明において対象とする血液は、生体から直接採血したままの状態のものでもよいし、抗凝固剤等の添加物が含まれていても構わないが、生化学分析ないしは免疫分析を行うに際しては、抗凝固剤が含まれる血液が対象となるのが一般的である。抗凝固剤としては非リン酸系のものが好ましく、その例として、アルセバー液、クエン酸ナトリウム、ヘパリン、EDTAなどがあげられる。
【0018】
本発明においては、上記のような血液に対して分岐状のポリアルキレンイミンと、無機粒子とを加える。
【0019】
当該分岐状のポリアルキレンイミンとは、アミノ基とアルキレン基の繰り返し単位を有するポリマーであり、さらに分岐構造を有するものである。直鎖状のものでは十分な効果が得られない。
【0020】
当該分岐状ポリアルキレンイミンは、炭素原子を起点に分岐構造を有してもよいし、窒素原子を起点に分岐構造を有してもよく特に限定されない。その製法から、通常は窒素原子を起点に分岐しているものが入手しやすい。窒素原子を起点に分岐しているポリアルキレンイミンは、通常、第一級、第二級および第三級アミノ基を含んでいる。
【0021】
そしてこのようなポリアルキレンイミンの分岐の程度は、分子骨格中に存在する第一級、第二級および第三級アミノ基の存在比で表すことができる。本発明で用いる分岐状ポリアルキレンイミンにおける各アミノ基の割合は特に限定されるものではないが、第一級、第二級および第三級アミノ基のうち第三級アミノ基の割合が1~50モル%であることが好ましく、5~45モル%であることがより好ましく、10~40モル%であることがさらに好ましい。なお、ポリアルキレンイミンの分岐の程度は、15N-NMR測定を行い、得られたスペクトルから算出することができる。
【0022】
アルキレン基の炭素数は特に問わないが、例えばエチレンイミン、プロピレンイミン、ブチレンイミン、ジメチルエチレンイミン、ペンチレンイミン、ヘキシレンイミン、ヘプチレンイミン、オクチレンイミンといった炭素数2~8のアルキレン基が挙げられる。これらのアルキレン基の中でも、安価で入手しやすいという観点から、炭素数2のアルキレン基を有するポリエチレンイミンが特に好ましい。
【0023】
当該分岐状ポリアルキレンイミンは、数平均分子量が4万~20万のものを用いることが好ましい。数平均分子量が大きい方が分離性の向上効果が得られやすい。一方、あまりに分子量の大きなものは溶解性が低くなってしまう。分離性の向上効果がより顕著に得られる点で、好ましくは数平均分子量が6万以上、より好ましくは7万以上のものである。同じく数平均分子量が10万以下のものが好ましく、8万以下のものがより好ましい。当該分子量は、粘度法により測定した値である。
【0024】
このようなポリアルキレンイミンとしては、エポミンP―1000(日本触媒製)もしくはポリエチレンイミン(シグマアルドリッチ製)等として市場から入手できる。むろんアジリジンの開環重合などにより合成して入手してもよい。
【0025】
本発明で用いる無機粒子としては、入手のしやすさの点で金属酸化物粒子であることが好ましい。金属酸化物としては、シリカ、アルミナ、ジルコニア、チタニア、酸化鉄等の単独酸化物、及びこれらの複合酸化物などが挙げられる。
【0026】
沈降性を考慮すると比重の大きな金属酸化物の方が良い。合成法などにもよるがシリカは比重が2.0~2.2g/cm程度であり、アルミナは3.95~4.1g/cm程度、チタニアは3.8~4.2g/cm程度、ジルコニアは5.6g/cm程度、酸化鉄は5.2g/cm程度である。一方で、シリカは様々な粒子が比較的容易に入手でき、また合成する場合も安価かつ合成が容易である。これらを鑑みると、本発明で用いるものとしてはシリカあるいはシリカを含む複合酸化物(シリカ-ジルコニア、シリカ-チタニアなど)が好ましい。シリカを含む複合酸化物の場合には、合成の容易さの点でシリカが50モル%以上のものがより好ましい。
【0027】
当該無機粒子は、表面処理されるなどして種々の官能基を持ったものでもよい。特に正帯電性(カチオン性)の官能基を有するものであると、凝集、沈殿形成の促進効果がより高い。
【0028】
当該正帯電性の官能基を具体的に例示すると、アミノ基やアンモニウム基、ホスホニウム基等が挙げられる。
【0029】
当該アミノ基あるいはアンモニウム基としては、第1級~第3級アミノ基、第4級アンモニウム基が含まれる。
【0030】
第1級アミノ基としては、例えばアミノ基、アミノメチレン基、アミノエチレン基、アミノプロピレン基等のアミノアルキレン基、3-アミノ-1-エトキシプロピレン基、1-アミノ-エトキシメチレン基等のアミノアルコキシアルキレン基等が挙げられる。第2級アミノ基としては、1つの炭化水素基で置換されたアミノ基が挙げられる。例えば、N-アルキルアミノアルキレン基が含まれ、N-メチルアミノエチレン基、N-エチルアミノエチレン基等のN-アルキルアミノアルキレン基、イミダゾイル基等が挙げられる。第3級アミノ基としては、2つの炭化水素基で置換されたアミノ基が挙げられる。第3級アミノ基を有する官能基としては、例えばN-ジメチルアミノエチレン基、N-ジメチルアミノプロピレン基、N-ジエチルアミノエチレン基、N-ジブチルアミノエチレン基等が挙げられる。
【0031】
さらにはポリアルキレンイミン(ポリエチレンイミンやポリプロピレンイミン等)のような複数のアミノ基を持つ形態のものが無機粒子表面に結合していてもよい。
【0032】
第1級~第3級アミノ基は、窒素原子にプロトンが付加し、さらに各種酸イオンやハロゲンイオンを対イオンに有するようなアンモニウム塩であっても良い。
【0033】
第4級アンモニウム基としては、3つの炭化水素基で置換されたアンモニウム基が挙げられる。第4級アンモニウム基を有する官能基としては、トリメチルアンモニウム基、トリエチルアンモニウム基等のトリアルキルアンモニウム基等が挙げられる。
【0034】
第4級アンモニウム基における対イオンは水酸化物、各種酸イオンまたは又はハロゲンイオンが挙げられる。
【0035】
ホスホニウム基としては、3つの炭化水素基で置換された第4級ホスホニウム基が挙げられる。第4級ホスホニウム基を有する官能基としては、トリメチルホスホニウム基、トリエチルホスホニウム基等のトリアルキルホスホニウム基等が挙げられる。
【0036】
第4級ホスホニウム基における対イオンは水酸化物、各種酸イオンまたは又はハロゲンイオンが挙げられる。
【0037】
上記した各官能基における対イオンが酸イオンの場合は、酸としては塩酸、臭酸、ヨウ酸、酢酸、硫酸、硝酸及びリン酸等に由来するイオンが挙げられ、ハロゲンイオンとしては塩化物イオン、臭化物イオン、ヨウ化物イオン等が挙げられる。ただし、これら対イオンは、血液分析における分析対象と同一のイオンであったり、行う分析を妨害するイオンであったり、あるいは反応して別物質としてしまうようなイオンは避けるべきである。
【0038】
無機粒子が持つ正帯電性の官能基の量は特に限定されないが、持たせる場合には、その効果を十分に得るために0.1μmоl/g以上とすることが好ましく、0.5μmоl/g以上がより好ましく、1.0μmоl/g以上が特に好ましい。他方、粒子に持たせることの可能な量には限界があり、最大でも150μmоl/g程度であり、通常は100μmоl/g以下でも十分な効果が得られる。
【0039】
また本発明における無機粒子は、上述のような正帯電性の官能基以外にも、種々の官能基を有していてもよい。
【0040】
無機粒子が官能基を有する場合、当該官能基の含有量は、各官能基の種類に応じて公知の分析方法で把握すればよい。具体的には、固体NMRや赤外分光分析などで直接定量してもよいし、呈色試薬などを用いて間接的に求めても良い。この際、用いる呈色試薬は官能基の種類により適宜選択することができる。例えば、アミノ基の場合はFmoc基にてアミノ基を保護した後、ピペリジンで脱保護を行い、紫外可視吸光光度計にて遊離したFmoc誘導体の吸光度を測定することにより、官能基量を算出することができる。吸光度以外の方法でFmoc誘導体を定量してもよい。また官能基量は元素分析などで把握することも可能である。
【0041】
上記のような正帯電性の官能基を有する無機粒子は、市販されているものを使用しても良いし、シリカ等の粒子を表面処理することにより合成してもよい。
【0042】
具体的には、シリカ等の表面にアミノ基あるいは第4級アンモニウム基を導入できるシランカップリング剤等の表面処理剤が多数知られており、これを公知の方法で処理する方法で容易に得ることができる。
【0043】
当該アミノ基やアンモニウム基を導入できるシランカップリング剤としては、例えば3-アミノプロピルトリメトキシシラン、3-アミノプロピルトリエトキシシラン、N-フェニル-3-アミノプロピルトリメトキシシラン、N-2-(アミノエチル)-3-アミノプロピルメチルジメトキシシラン、N-2-(アミノエチル)-3-アミノプロピルトリメトキシシラン等のアミノ基を導入できるシランカップリング剤や、オクタデシルジメチル(3-トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライド、オクタデシルジメチル(8-トリエトキシシリルオクチル)アンモニウムクロライド等の第4級アンモニウム基を導入できるシランカップリング剤が市販されている。
【0044】
またポリアルキレンイミンを表面に結合させる方法としては、シリカ等の粒子にクロロ基を導入した後、加熱条件下で粒子表面のクロロ基とポリアルキレンイミンを反応させる方法が挙げられる。
【0045】
本発明において、上述のような無機粒子の大きさは特に限定されないが、大きすぎても、小さすぎても液体中への分散性が悪くなる傾向があるため、2~30μm程度の粒径が好ましい。より好ましくは2~25μm程度の粒径であり、3~20μm程度の粒径が特に好ましい。なお当該粒径は、動的光散乱法で測定される体積基準の累積50%粒径(D50)である。
【0046】
本発明における無機粒子は、血液に分散する程度の親水性のものを用いる。前記正帯電性の官能基は粒子を親水性にするから、この点でも正帯電性の官能基を持つ粒子は好適である。
【0047】
本発明においては、上述の分岐状ポリアルキレンイミンと不溶性無機粒子との双方を分析対象とする血液に加える。
【0048】
各々の添加量は特に限定されるものではないが、本発明の効果を顕著に受けられる点で、分岐状ポリアルキレンイミンの量は少なめの方が好ましく、具体的には血液1mLに対して1.0mg以下、より好ましくは0.5mg以下、さらには0.2mg以下、特に0.1mg以下とすることが好ましい。下限は0.01mg以上とすればよく、0.00.02mg以上がより好ましい。
【0049】
不溶性無機粒子の添加量としては、血液1mLに対して、不溶性無機粒子が500mg以下が好ましく、200mg以下がより好ましく、100mg以下が特に好ましい。また下限は2mg以上が好ましく、5mg以上がより好ましい。
【0050】
加える順番は、どちらか一方を加え、その後に残る一方を加える方法でもよいが、より沈殿の形成や沈降が良好となる点で、双方を同時に加える方法が好ましい。同時に加える場合には、分岐状ポリアルキレンイミンと不溶性無機粒子とを別々のものとして加えてもよいが、好ましくは双方が含まれる組成物(分散液やペースト)として加えることが好ましい。
【0051】
分岐状ポリアルキレンイミンはそのまま添加してもよいが、操作性や添加量の制御のしやすさ等の点から溶液として加えることが好ましい。さらに溶液として添加することで、血液との混合が速やかに行われ、分離時間の短縮や操作の簡便化に寄与する。
【0052】
当該溶液における溶媒は、血液との混和性や分岐状ポリアルキレンイミンの溶解性、分析への影響可能性などを考慮すると極性溶媒、特に水であることが好ましい。溶液とする際のポリアルキレンイミンの濃度は、粘性を低くして扱いやすくでき、また添加後のポリアルキレンイミン濃度を制御しやすいという観点から、
90質量%以下が好ましく、50質量%以下がより好ましく、20質量%以下が特に好ましい。下限は0.002質量%以上とすればよく、0.01質量%以上がより好ましく、0.1質量%以上が特に好ましい。
【0053】
不溶性無機粒子は、乾燥粉末、湿潤粉末あるいは分散液等の状態で添加できるが、血液へ迅速に分散させやすい点で、湿潤粉末あるいは分散液として添加することが好ましい。
【0054】
当該湿潤粉末あるいは分散液を調製する際に用いる溶媒もまた、水や各種アルコールなどの極性溶媒を用いることが好ましく、各種分析に影響を与える可能性が実質的にない点で水が最も好ましい。また、湿潤粉末や分散液に要求する物性、例えば保存性や粘度等を所望のものとするために、複数の溶媒を併用することも可能である。
【0055】
分散液とする場合の濃度としては、保存時の安定性や分散性、血液に加える際の効率などを考慮し、不溶性無機粒子の濃度が10mg/mL以上のものとすればよく、より好ましくは100mg/mL~1000mg/mLである。
【0056】
前述したとおり、分岐状ポリアルキレンイミンと不溶性無機粒子とは、双方が含まれる組成物として血液に加えることができる。この際、溶解性や分散性、操作性などを良好なものとできる点で、極性溶媒をも含んだものとすることが好ましい。このような組成物とする場合の各成分の含有量、および血液への添加量は以下のように決定することができる。即ち、ポリアルキレンイミンと溶媒との量関係は、前記溶液とする際の濃度の範囲となるように決定できる。また、血液へ添加するポリアルキレンイミンの量及び不溶性無機粒子の量から組成物へ配合する両成分の比が算出できるから、これに従ってポリアルキレンイミン、不溶性無機粒子および溶媒の量を決定すればよい。
【0057】
また溶液、分散液ないしは湿潤粉末、あるいは双方を含む組成物には、緩衝剤を含ませて血液のpHに近づけ、血液に加えた際のpH変化を抑制できるものとしてもよい。具体的には、HEPES、Tris、MES等が挙げられる。
【0058】
本発明においては、このようなポリエチレンイミンの溶液や不溶性無機粒子の分散液ないしは湿潤粉末を、あるいは溶媒に溶かしたポリエチレンイミンと不溶性無機粒子とを含む組成物を赤血球分離用試薬として製造、流通させることができる。
【0059】
本発明においては、上記分岐状ポリエチレンイミンおよび不溶性無機粒子は測定対象とする血液に拡散ないしは分散させる必要がある(以下、合わせて「分散」とする)。分散させないと、赤血球の凝集が十分に起きない可能性が高い。一般的には、なんらかの応力を加えて分散させる。その手段は適宜選択できるが、高すぎる応力は赤血球が壊れてしまい分離が困難になる場合もある。従って、超音波分散やホモジナイザーの使用は避け、容器を手で軽く振とうしたり、あるいはミックスローター、ローテーター等を用いる程度にすることが好ましい。分散にかける時間は、5秒~5分程度でよい。
【0060】
十分に分散させたならば、血液中の赤血球が凝集を起こして沈殿を生じるため、分析に供する上清を得るための分離が容易となる。
【0061】
分離方法としては自然沈降でよいが、必要に応じて遠心沈降を行っても良い。本発明における上記両成分を混合することで、赤血球の凝集が効率的に起こるため、自然沈降でも遠心沈降でも、従来よりも短い時間で沈殿の分離ができる。
【0062】
凝集した赤血球を、上記したような自然沈降や遠心沈降により分離することで上清(血清又は血漿)が得られるから、これを回収して必要な分析に供すればよい。
【0063】
さらに個別の赤血球よりも粒径の大きな凝集塊が生じているため、ろ過を行う場合でも従来よりも効率よく分離を行うことができる。
【0064】
凝集した赤血球を、上記したような自然沈降、遠心沈降やろ過等により分離することで上清(血清又は血漿)が得られるから、これを回収して必要な分析に供すればよい。
【0065】
むろん行う分析などによって必要な試料の量は異なるから、分離して得た上清のほぼ全量を用いる必要がある場合もあれば、一部を用いれば十分な量とできる場合もある。必要量の試料を回収する方法としては、沈降させただけで未だ容器内に沈殿物と上清の両方が存在している状態で、そこへ採取用の管を挿入するなどして液体(上清)の一部を回収しても良いし、デカンテーションやろ過などで固液分離を行った後、そこから必要量を回収する方法でも良く、特に制限されるものではない。
【0066】
また分析に先立ち、当該分析において必要な他の前処理がある際には、本発明の前処理を行うのと同じ容器内で行うことも可能である。
【0067】
また本発明の前処理方法におけるいずれの段階も、一般的な室温程度(20~28℃)で行えばよく、加熱あるいは冷却などを行う必要はない
【実施例0068】
以下、実施例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0069】
実験に供した血液としては、抗凝固剤としてアルセバー液を含有させたウマ保存血液を用いた。
【0070】
分岐状ポリエチレンイミン溶液(PEI-1)は、数平均分子量7万のものの30質量%水溶液として市販されているものを、リン酸緩衝生理食塩水で希釈して濃度1質量%として用いた。
【0071】
また、不溶性無機粒子としては以下のものを用いた。なお、P1は下記の方法で合成したものであり、P2は市販品である。
【0072】
・エチレンジアミノ基を持つシリカ粒子(P1)
P1はJournal of nanomaterials,2019,9(Article ID 2182471)に記載の方法に準じて合成した。
【0073】
得られた粒子の粒径は1.0μm程度であった。また粒子上に形成されたエチレンジアミノ基の量は、131μmol/gであった。
【0074】
・シリカ粒子(P2)
P2として、市販のシリカ粒子ワコーシル 5SIL(富士フィルム和光純薬株式会社)を用いた。粒径は5.0μmであった。
【0075】
なおこれら無機粒子の粒径は、動的光散乱法で測定して得た、体積基準の累積50%粒径(D50)である。
【0076】
実施例1
シリカ粒子P1の10mgに、リン酸緩衝生理食塩水(1×PBS)を加えて分散させた後遠心分離を行い、その状態で上清を取り除くことにより洗浄する操作を3回行った。
【0077】
血液200μLに対し、洗浄したシリカ粒子(P1)10mgおよび1質量%ポリエチレンイミン溶液(PEI-1)2μLを同時に添加してから混合物の入った容器を静置した。10分間経過後に混合物を観察したところ、上澄みの分離が見られた。この結果から、赤血球が分離できていると判断した。
【0078】
実施例2
血液に対してポリエチレンイミンとシリカ粒子を同時に加えるのではなく、1質量%ポリエチレンイミン溶液(PEI-1)をまず加え、5分間経過後にシリカ粒子(P1)を加えた以外は実施例1と同様の操作を行った。10分間経過時点では上澄みの分離が見られなかったが、30分間経過後には上澄みの分離が観察できた。
【0079】
実施例3
シリカ粒子としてP2を使用した以外は実施例1と同じ操作を行った。その結果、30分経過後に上澄みの分離が見られた。この結果から、赤血球が分離できていると判断した。
【0080】
比較例1
シリカ粒子をまったく添加せずに血液を30分間静置したが、全体に赤色不透明のままを保持し変化は見られなかった。
【0081】
比較例2
ポリエチレンイミンは添加せず、シリカ粒子(P1)のみを同量使用する以外は実施例1と同じ操作を行った。その結果、30分経過しても全体に赤色不透明のままを保持し変化は見られなかった。
【0082】
比較例3
無機粒子は添加せず、ポリエチレンイミン溶液(PEI-1)のみを同量使用する以外は実施例1と同じ操作を行った。その結果、30分経過しても全体に赤色不透明のままを保持し変化は見られなかった。