(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024059250
(43)【公開日】2024-05-01
(54)【発明の名称】フェナントロリン化合物、希土類金属抽出剤、及び希土類金属の抽出方法
(51)【国際特許分類】
C07D 471/04 20060101AFI20240423BHJP
C22B 59/00 20060101ALI20240423BHJP
C22B 3/36 20060101ALI20240423BHJP
B01D 11/04 20060101ALI20240423BHJP
【FI】
C07D471/04 112T
C07D471/04 CSP
C22B59/00
C22B3/36
B01D11/04 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022166818
(22)【出願日】2022-10-18
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「高効率な資源循環システムを構築するためのリサイクル技術の研究開発事業」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504209655
【氏名又は名称】国立大学法人佐賀大学
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(71)【出願人】
【識別番号】505374783
【氏名又は名称】国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
(71)【出願人】
【識別番号】000176660
【氏名又は名称】株式会社三徳
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大渡 啓介
(72)【発明者】
【氏名】古郷 宏明
(72)【発明者】
【氏名】成田 弘一
(72)【発明者】
【氏名】尾形 剛志
(72)【発明者】
【氏名】矢板 毅
(72)【発明者】
【氏名】小林 徹
(72)【発明者】
【氏名】松田 基史
【テーマコード(参考)】
4C065
4D056
4K001
【Fターム(参考)】
4C065AA04
4C065AA19
4C065BB09
4C065CC09
4C065DD02
4C065EE02
4C065HH08
4C065JJ01
4C065KK08
4C065LL01
4C065PP01
4D056AB08
4D056AC11
4D056AC18
4D056AC27
4D056BA06
4D056CA06
4D056CA22
4D056CA26
4D056DA01
4D056DA05
4D056DA06
4D056DA10
4K001AA39
4K001BA19
4K001DB33
(57)【要約】
【課題】希土類金属を抽出するための抽出剤として利用可能な新規化合物を提供することを課題とする。
【解決手段】下記一般式(1)で表されるフェナントロリン化合物又はその塩。
(式中、R
1及びR
2は、それぞれ独立して、水素原子又は炭素数1以上20以下の置換若しくは無置換の炭化水素基であり;R
3~R
8は、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、炭素数1以上20以下の置換若しくは無置換の炭化水素基、又は炭素数1以上20以下の置換若しくは無置換の炭化水素オキシ基である。)
【選択図】
図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表されるフェナントロリン化合物又はその塩。
【化1】
(一般式(1)中、R
1及びR
2は、それぞれ独立して、水素原子又は炭素数1以上20以下の置換若しくは無置換の炭化水素基であり;R
3~R
8は、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、炭素数1以上20以下の置換若しくは無置換の炭化水素基、又は炭素数1以上20以下の置換若しくは無置換の炭化水素オキシ基であり;R
3とR
4、R
4とR
5、R
5とR
6、R
6とR
7、及びR
7とR
8が炭素数1以上20以下の置換若しくは無置換の炭化水素基又は炭素数1以上20以下の置換若しくは無置換の炭化水素オキシ基である場合、これらは互いに結合して環を形成していてもよい。)
【請求項2】
下記一般式(1)で表されるフェナントロリン化合物及びその塩から選択される1種以上を含む、希土類金属抽出剤。
【化2】
(一般式(1)中、R
1及びR
2は、それぞれ独立して、水素原子又は炭素数1以上20以下の置換若しくは無置換の炭化水素基であり;R
3~R
8は、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、炭素数1以上20以下の置換若しくは無置換の炭化水素基、又は炭素数1以上20以下の置換若しくは無置換の炭化水素オキシ基であり;R
3とR
4、R
4とR
5、R
5とR
6、R
6とR
7、及びR
7とR
8が炭素数1以上20以下の置換若しくは無置換の炭化水素基又は炭素数1以上20以下の置換若しくは無置換の炭化水素オキシ基である場合、これらは互いに結合して環を形成していてもよい。)
【請求項3】
抽出対象である希土類金属が、イットリウム(Y)、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、ツリウム(Tm)、イッテルビウム(Yb)、及びルテチウム(Lu)からなる群より選択される1種以上である、請求項2に記載の希土類金属抽出剤。
【請求項4】
前記一般式(1)中、R1が水素原子であり、R2が2-エチルヘキシル基であり、R3~R8が水素原子である、請求項2に記載の希土類金属抽出剤。
【請求項5】
希土類金属を含む水溶液と、請求項2~4のいずれか1項に記載の希土類金属抽出剤及び有機溶媒を含む抽出溶液とを接触させ、前記水溶液から前記希土類金属を抽出する溶媒抽出工程を含む、希土類金属の抽出方法。
【請求項6】
2種類以上の希土類金属を含む水溶液と、請求項2~4のいずれか1項に記載の希土類金属抽出剤及び有機溶媒を含む抽出溶液とを接触させ、前記2種類以上の希土類金属を相互に分離する相互分離工程を含む、希土類金属の相互分離方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェナントロリン化合物、希土類金属抽出剤、及び希土類金属の抽出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
希土類金属は、永久磁石、及びレーザー材料等に用いられており、特に希土類磁石は、電気製品、自動車、及び風力タービン等に使用されるクリーンエネルギー産業に欠かせない素材である。そのため、今後、希土類金属の需要増加が予想されている。しかしながら、希土類金属は、産出地が偏在しており、供給量及び価格の変動が大きいという資源リスクがある。そのため、最近では、資源保全のため、製品からの希土類金属の回収及びリサイクルの重要性が一層高まっている。
【0003】
混合物等から希土類金属を回収するための工業的手法としては、該混合物等を鉱酸等の酸に溶解した液からの溶媒抽出する方法が広く一般的に用いられている。溶媒抽出に用いられる代表的な抽出剤としては、例えばリン系抽出剤であるジ-2-エチルヘキシルリン酸(D2EHPA)(非特許文献1、非特許文献2);2-エチルヘキシルホスホン酸-モノ-2-エチルヘキシル(大八化学工業株式会社製「PC-88A」)(特許文献1);及びフェニルホスホン酸エステル等のリン酸エステル(特許文献2);等が挙げられる。リン系抽出剤は、リンを含むため、リン系抽出剤を使用した溶媒抽出を行う場合には、劣化した抽出剤又は水に溶解した抽出剤による汚染を防ぐための高度な排水処理設備が必要である。また、リン系抽出剤を用いた溶媒抽出を行うには、大規模な分離施設が必要である。さらに、リン酸エステルは、対象となる回収目的物の濃度が低い場合には効率的な抽出が困難であり、逆抽出の際に高濃度の酸を要するといったデメリットもある。
【0004】
そのため、最近では、リンを含まないジアルキルジグリコールアミド酸を抽出剤として用いた溶媒抽出による希土類金属の回収も行われている(特許文献3)。しかしながら、ジアルキルジグリコールアミド酸を用いた溶媒抽出法においても、分離工程が複雑である、大規模な分離設備が必要である、及び有機溶媒を大量に使用する必要がある等の問題が依然として残されている。
【0005】
さらに、希土類金属は、各元素が高純度で回収されることで、価値が上がることから、その相互分離技術の向上も求められている。しかしながら、希土類金属イオンの内、特に原子番号が57番~71番の元素(ランタノイド)のイオンは、いずれも3価が安定であり、イオンサイズの差も極めて小さく、化学的性質が非常によく似ている。そのため、希土類金属、特にランタノイドの相互分離は非常に困難である。上述したリン系抽出剤又はジアルキルジグリコールアミド酸を用いた溶媒抽出法でも、十分な相互分離性能は得られていないのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2013/128536号
【特許文献2】特開2012-184503号公報
【特許文献3】特開2015-212423号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】T.G.Lenz, M.Smutz, J.Inorg.Nucl.Chem., 30, 621-637 (1968).
【非特許文献2】C.A.Morais, V.S.T.Ciminelli, Hydrometallurgy, 73, 237-244 (2004).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、希土類金属を抽出するための抽出剤として利用可能な新規化合物を提供することである。
また、本発明の他の課題は、該化合物を含有する新規な希土類金属抽出剤、該希土類金属抽出剤を用いて希土類金属を抽出する方法、又は該希土類金属抽出剤を用いて希土類金属を相互に分離する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った。その結果、2位及び9位に特定の置換基を有するフェナントロリン化合物又はその塩が、希土類金属を抽出するための抽出剤として好適に利用可能であることを見出し、本発明を完成させた。すなわち、本発明の要旨は、以下の通りである。
【0010】
〔1〕
下記一般式(1)で表されるフェナントロリン化合物又はその塩。
【化1】
(一般式(1)中、R
1及びR
2は、それぞれ独立して、水素原子又は炭素数1以上20以下の置換若しくは無置換の炭化水素基であり;R
3~R
8は、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、炭素数1以上20以下の置換若しくは無置換の炭化水素基、又は炭素数1以上20以下の置換若しくは無置換の炭化水素オキシ基であり;R
3とR
4、R
4とR
5、R
5とR
6、R
6とR
7、及びR
7とR
8が炭素数1以上20以下の置換若しくは無置換の炭化水素基又は炭素数1以上20以下の置換若しくは無置換の炭化水素オキシ基である場合、これらは互いに結合して環を形成していてもよい。)
〔2〕
下記一般式(1)で表されるフェナントロリン化合物及びその塩から選択される1種以上を含む、希土類金属抽出剤。
【化2】
(一般式(1)中、R
1及びR
2は、それぞれ独立して、水素原子又は炭素数1以上20以下の置換若しくは無置換の炭化水素基であり;R
3~R
8は、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、炭素数1以上20以下の置換若しくは無置換の炭化水素基、又は炭素数1以上20以下の置換若しくは無置換の炭化水素オキシ基であり;R
3とR
4、R
4とR
5、R
5とR
6、R
6とR
7、及びR
7とR
8が炭素数1以上20以下の置換若しくは無置換の炭化水素基又は炭素数1以上20以下の置換若しくは無置換の炭化水素オキシ基である場合、これらは互いに結合して環を形成していてもよい。)
〔3〕
抽出対象である希土類金属が、イットリウム(Y)、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、ツリウム(Tm)、イッテルビウム(Yb)、及びルテチウム(Lu)からなる群より選択される1種以上である、〔2〕に記載の希土類金属抽出剤。
〔4〕
前記一般式(1)中、R
1が水素原子であり、R
2が2-エチルヘキシル基であり、R
3~R
8が水素原子である、〔2〕又は〔3〕に記載の希土類金属抽出剤。
〔5〕
希土類金属を含む水溶液と、〔2〕~〔4〕のいずれかに記載の希土類金属抽出剤及び有機溶媒を含む抽出溶液とを接触させ、前記水溶液から前記希土類金属を抽出する溶媒抽出工程を含む、希土類金属の抽出方法。
〔6〕
2種類以上の希土類金属を含む水溶液と、〔2〕~〔4〕のいずれかに記載の希土類金属抽出剤及び有機溶媒を含む抽出溶液とを接触させ、前記2種類以上の希土類金属を相互に分離する相互分離工程を含む、希土類金属の相互分離方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、希土類金属を抽出するための抽出剤として利用可能な新規化合物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】合成例1で得た1,10-フェナントロリン-2,9-ジカルボン酸の
1H-NMRスペクトルである。
【
図2】合成例1で得た1,10-フェナントロリン-2,9-ジカルボン酸のFT-IRスペクトルである。
【
図3】合成例2で得た9-((2-エチルヘキシル)カルバモイル)-1,10-フェナントロリン-2-カルボン酸の
1H-NMRスペクトルである。
【
図4】合成例2で得た9-((2-エチルヘキシル)カルバモイル)-1,10-フェナントロリン-2-カルボン酸の
13C-NMRスペクトルである。
【
図5】合成例2で得た9-((2-エチルヘキシル)カルバモイル)-1,10-フェナントロリン-2-カルボン酸のFT-IRスペクトルである。
【
図6】実施例1における、希土類金属の抽出率を示すグラフである。
【
図7】実施例2における、希土類金属の抽出率を示すグラフである。
【
図8】実施例3における、希土類金属の抽出率を示すグラフである。
【
図9】実施例4における、希土類金属の抽出率を示すグラフである。
【
図10】実施例5における、希土類金属の抽出率を示すグラフである。
【
図11】実施例6における、希土類金属の抽出率を示すグラフである。
【
図12】比較例1における、希土類金属の抽出率を示すグラフである。
【
図13】比較例2における、希土類金属の抽出率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の詳細を説明するにあたり、具体例を挙げて説明するが、本発明の趣旨を逸脱し
ない限り以下の内容に限定されるものではなく、適宜変更して実施することができる。
【0014】
1.フェナントロリン化合物又はその塩
本発明の第1の実施形態は、一般式(1)で表されるフェナントロリン化合物又はその塩(以下、単に「フェナントロリン化合物」と称することがある。)である。本実施形態に係るフェナントロリン化合物は、希土類金属に四座配位可能であり、錯形成により希土類金属を補足することで、希土類金属を抽出できるものと考えられる。
【0015】
【0016】
一般式(1)中、R1及びR2は、それぞれ独立して、水素原子又は炭素数1以上20以下の置換若しくは無置換の炭化水素基である。
【0017】
なお、本明細書において、炭化水素基には、脂肪族炭化水素基及び芳香族炭化水素基が含まれる。脂肪族炭化水素基は、直鎖状の炭化水素基に限られず、分岐構造を有していてもよく、環状構造を有していてもよい。芳香族炭化水素基は、単環式、多環式、又は縮合環式であってよい。
また、本明細書において、炭化水素基が置換基を有する場合、炭化水素基の炭素数として示した数には置換基の炭素数が含まれるものとする。
【0018】
R1及びR2で表される置換若しくは無置換の炭化水素基の炭素数は、炭化水素基が脂肪族炭化水素基である場合、通常1以上、好ましくは2以上、より好ましくは4以上、さらに好ましくは6以上であり、また、通常20以下、好ましくは18以下、より好ましくは16以下、さらに好ましくは12以下である。上記上限値及び下限値は、任意に組み合わせることができる。したがって、脂肪族炭化水素基の好ましい炭素数としては、例えば1以上18以下、2以上20以下、4以上16以下、及び6以上12以下の範囲が挙げられる。
炭化水素基が芳香族炭化水素基である場合、その炭素数は、通常6以上、好ましくは8以上、より好ましくは10以上であり、また、通常20以下、好ましくは18以下、より好ましくは16以下、さらに好ましくは12以下である。上記上限値及び下限値は、任意に組み合わせることができる。したがって、芳香族炭化水素基の好ましい炭素数としては、例えば6以上18以下、8以上20以下、8以上16以下、及び10以上12以下の範囲が挙げられる。
【0019】
R1及びR2で表される無置換の脂肪族炭化水素基としては、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、sec-ブチル基、イソブチル基、tert-ブチル基、n-ペンチル基、イソペンチル基、ネオペンチル基、n-ヘキシル基、n-ヘプチル基、n-オクチル基、2-エチルヘキシル基、n-ノニル基、n-デシル基、n-ウンデシル基、n-ドデシル基、n-トリデシル基、n-テトラデシル基、n-ペンタデシル基、n-ヘキサデシル基、n-ヘプタデシル基、n-オクタデシル基、n-ノナデシル基、及びn-イコシル基等の直鎖又は分岐の飽和脂肪族炭化水素基;ビニル基、
アリル基、イソプロぺニル基、3-ブテニル基、2-メチル-2-ブテニル基、4-ペンテニル基、3-ペンテニル基、3-メチル-3-ペンテニル基、5-ヘキセニル基、6-ヘプテニル基、及び7-オクテニル基等の直鎖又は分岐の不飽和脂肪族炭化水素基;シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロオクチル基、及びシクロドデシル基等の環状構造を有する飽和脂肪族炭化水素基;1-シクロプロペニル基、2-シクロプロペニル基、1-シクロブテニル基、2-シクロブテニル基、1-シクロペンテニル基、2-シクロペンテニル基、3-シクロペンテニル基、1-シクロヘキセニル基、2-シクロヘキセニル基、及び3-シクロヘキセニル基等の環状構造を有する不飽和脂肪族炭化水素基;等が挙げられる。
【0020】
R1及びR2で表される無置換の芳香族炭化水素基としては、フェニル基、ビフェニリル基、ターフェニリル基、ナフチル基、アントラセニル基、フェナントレニル基、ピレニル基、フルオレニル基、インデニル基、フルオランテニル基、トリフェニレニル基、及びペリレニル基等が挙げられる。なお、これらの基において結合手の位置は特に限定されない。
【0021】
R1及びR2で表される炭化水素基が置換基を有する場合、前記置換基としては、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、及びヨウ素原子等のハロゲン原子;メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、sec-ブチル基、イソブチル基、tert-ブチル基、n-ペンチル基、ネオペンチル基、及びn-ヘキシル基等の炭素数1以上6以下のアルキル基;シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、及びシクロヘキシル基等の炭素数3以上6以下のシクロアルキル基;フェニル基、トリル、及びナフチル基等の炭素数6以上12以下のアリール基;ベンジル基、フェネチル基、及び3-フェニルプロピル基等の炭素数6以上12以下のアリールアルキル基;メトキシ基、エトキシ基、n-プロピルオキシ基、イソプロピルオキシ基、グリシジルオキシ基、n-ブトキシ基、sec-ブトキシ基、イソブトキシ基、tert-ブトキシ基、及びn-ヘキシルオキシ基等の炭素数1以上6以下のアルコキシ基;シクロプロピルオキシ基、シクロブチルオキシ基、シクロペンチルオキシ基、及びシクロヘキシルオキシ基等の炭素数3以上6以下のシクロアルキルオキシ基;フェニルオキシ基、トリルオキシ、及びナフチルオキシ等の炭素数6以上12以下のアリールオキシ基;ベンジルオキシ基、フェネチルオキシ基、及び3-フェニルプロピルオキシ基等の炭素数6以上12以下のアリールアルキルオキシ基;等が挙げられる。
【0022】
R1及びR2は、それぞれ独立して、水素原子又は炭素数1以上20以下の置換若しくは無置換の脂肪族炭化水素基であることが好ましい。また、R1及びR2のうち一方が水素原子であり、他方が炭素数1以上20以下の置換若しくは無置換の脂肪族炭化水素基であることがより好ましい。
【0023】
一般式(1)中、R3~R8は、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、炭素数1以上20以下の置換若しくは無置換の炭化水素基、又は炭素数1以上20以下の置換若しくは無置換の炭化水素オキシ基である。R3とR4、R4とR5、R5とR6、R6とR7、及びR7とR8が炭素数1以上20以下の置換若しくは無置換の炭化水素基又は炭素数1以上20以下の置換若しくは無置換の炭化水素オキシ基である場合、これらは直接結合又は任意の連結基を介して互いに結合して環を形成していてもよい。
【0024】
R3~R8で表されるハロゲン原子としては、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子等が挙げられる。
【0025】
R3~R8で表される炭素数1以上20以下の置換若しくは無置換の炭化水素基としては、R1及びR2で表される炭素数1以上20以下の置換若しくは無置換の炭化水素基と
して例示したもの等が挙げられ、その好ましい態様も同様である。
【0026】
R3~R8で表される炭素数1以上20以下の置換若しくは無置換の炭化水素オキシ基中の炭化水素基は、R3~R8で表される炭素数1以上20以下の置換若しくは無置換の炭化水素基と同義であり、その好ましい態様も同様である。
【0027】
R3~R8は、それぞれ独立して、水素原子、炭素数1以上20以下の置換若しくは無置換の脂肪族炭化水素基、又は炭素数1以上20以下の置換若しくは無置換の脂肪族炭化水素オキシ基であることが好ましく、水素原子であることがより好ましい。
【0028】
フェナントロリン化合物の塩としては、アンモニウム塩;メチルアンモニウム塩、エチルアンモニウム塩等のモノアルキルアンモニウム塩;ジメチルアンモニウム塩、ジエチルアンモニウム塩等のジアルキルアンモニウム塩;トリメチルアンモニウム塩、トリエチルアンモニウム塩等のトリアルキルアンモニウム塩;テトラメチルアンモニウム塩、テトラエチルアンモニウム塩、テトラブチルアンモニウム塩等のテトラアルキルアンモニウム塩;リチウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩;塩酸塩、硝酸塩、硫酸塩、酢酸塩等の無機酸塩;等が挙げられる。
【0029】
なお、上記モノアルキルアンモニウム塩、ジアルキルアンモニウム塩、トリアルキルアンモニウム塩、及びテトラアルキルアンモニウム塩におけるアルキル基の炭素数は、特に限定されず、通常1以上、好ましくは2以上であり、また、好ましくは20以下、より好ましくは16以下である。上記上限値及び下限値は、任意に組み合わせることができる。したがって、各種アンモニウム塩のアルキル基の好ましい炭素数としては、例えば1以上20以下、及び2以上16以下の範囲が挙げられる。
【0030】
本実施形態に係るフェナントロリン化合物の具体例としては、以下に示すものが挙げられる。
【0031】
【0032】
本実施形態に係るフェナントロリン化合物の製造方法は、特に限定されず、公知の有機合成法を適宜組み合わせた製造方法を採用することができる。
【0033】
具体的な製造方法としては、例えば下記スキーム1に示すように、一般式(2)で表される2位及び9位にメチル基を有するフェナントロリン誘導体を酸化し、一般式(3)で表される2位及び9位にカルボキシ基を有するフェナントロリン誘導体を得る酸化工程、及び一般式(3)で表されるフェナントロリン誘導体の一方のカルボキシ基をアミド化するアミド化工程を含む製造方法が挙げられる。なお、スキーム1中のR1~R8は、それぞれ、一般式(1)中のR1~R8と同一である。
【0034】
【0035】
酸化工程において、一般式(2)で表されるフェナントロリン誘導体のメチル基を酸化する方法は、特に限定されず、例えば二酸化セレン、過マンガン酸カリウム等の公知の酸化剤を用いて酸化すればよい。
また、一般式(3)で表されるフェナントロリン誘導体の市販品が存在する場合は、酸化工程を省略し、その市販品をアミド化工程の原料としてもよい。
【0036】
アミド化工程におけるアミド化の方法は、特に限定されず、公知のアミド化法又は公知の方法に準じたアミド化法を適宜選択して採用することができる。公知のアミド化法としては、例えば酸塩化物を経由する方法、リン酸系縮合剤を用いる方法、カルボジイミド系縮合剤を用いる方法等が挙げられる。
【0037】
酸塩化物を経由する方法は、一般式(3)で表されるフェナントロリン誘導体の一方のカルボキシ基を塩化チオニルによりクロロカルボニル基に変換するクロロカルボニル化反応工程;及びクロロカルボニル化反応工程の生成物とR1R2NH(R1及びR2は、それぞれ、一般式(1)中のR1~R8と同一である。)で表されるアミンとを、塩基存在下で反応させるアミド化反応工程;を含む方法である。
【0038】
リン酸系縮合剤を用いる方法は、一般式(3)で表されるフェナントロリン誘導体とR1R2NH(R1及びR2は、それぞれ、一般式(1)中のR1~R8と同一である。)で表されるアミンとを、ジフェニルリン酸アジド(DPPA)、ジエチルリン酸シアニド(DEPC)等のリン酸系縮合剤の存在下で反応させるアミド化反応工程を含む方法である。
【0039】
カルボジイミド系縮合剤を用いる方法は、一般式(3)で表されるフェナントロリン誘導体とR1R2NH(R1及びR2は、それぞれ、一般式(1)中のR1~R8と同一である。)で表されるアミンとを、カルボジイミド系縮合剤及びアルコールの存在下で反応させるアミド化反応工程を含む方法である。カルボジイミド系縮合剤としては、1,3-ジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC)、1,3-ジイソプロピルカルボジイミド(DIC)等の非水溶性カルボジイミド;1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(EDAC)等の水溶性カルボジイミド(WSCD);等が挙げ
られる。また、アルコールとしては、1-ヒドロキシベンゾトリアゾール(HOBt)、1-ヒドロキシ-7-アザベンゾトリアゾール(HOAt)、及びエチル(ヒドロキシイミノ)シアノアセタート(Oxyma)等が挙げられる。
【0040】
2.希土類金属抽出剤
本発明の第2の実施形態は、本発明の第1の実施形態に係るフェナントロリン化合物及びその塩(以下、単に「フェナントロリン化合物」と称することがある。)から選択される1種以上を含有する希土類金属抽出剤である。
本実施形態に係る希土類金属抽出剤は、希土類金属抽出剤を含有する抽出溶液を使用した溶媒抽出法による希土類金属抽出、及び高分子膜に希土類金属抽出剤を包含させた吸着剤を使用した固相抽出法による希土類金属抽出のいずれにも利用することができる。これらのうち、本実施形態に係る希土類金属抽出剤は、高い抽出性能を達成する観点から、溶媒抽出法により好適に利用できる。
【0041】
本実施形態に係る希土類金属抽出剤は、種々の希土類金属の抽出に利用することができる。該希土類金属抽出剤は、希土類金属の中でも、特にテルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、ツリウム(Tm)、イッテルビウム(Yb)、及びルテチウム(Lu)のような重希土類金属、並びにイットリウムの抽出率が高く、これらの希土類金属の抽出に好適である。
また、本実施形態に係る希土類金属抽出剤は、フェナントロリン化合物の構造、抽出条件等を制御することにより、希土類金属の相互分離も可能となる。例えば、後述する実施例に示すように、9-((2-エチルヘキシル)カルバモイル)-1,10-フェナントロリン-2-カルボン酸を希土類金属抽出剤として使用し、抽出剤濃度や抽出温度のような抽出条件を適切に選択することにより、原子番号が連続し、イオンサイズも酷似するテルビウム(Tb)とジスプロシウム(Dy)とを効率的に相互分離することができる。
【0042】
本実施形態に係る希土類金属抽出剤におけるフェナントロリン化合物の総含有率は、特に限定されないが、好ましくは90質量%以上、より好ましくは95質量%以上、さらに好ましくは98質量%以上、特に好ましくは99質量%以上であり、100質量%であってもよい。希土類金属抽出剤中のフェナントロリン化合物以外の成分としては、希土類金属の抽出を阻害しない限り特に限定されず、例えばフェナントロリン化合物の製造過程で使用した試薬に代表される不純物等が挙げられる。
【0043】
3.希土類金属の抽出方法及び希土類金属の相互分離方法
本発明の第3の実施形態は、希土類金属を含む水溶液と、本発明の第2の実施形態に係る希土類金属抽出剤及び有機溶媒を含む抽出溶液とを接触させ、前記水溶液から前記希土類金属を抽出する溶媒抽出工程を含む希土類金属の抽出方法である。
【0044】
また、本発明の第4の実施形態は、本発明の第3の実施形態に係る抽出方法により2種類以上の希土類金属を相互に分離する方法である。より具体的には、本発明の第4の実施形態に係る希土類金属の相互分離方法は、2種類以上の希土類金属を含む水溶液と、本発明の第2の実施形態に係る希土類金属抽出剤及び有機溶媒を含む抽出溶液とを接触させ、前記2種類以上の希土類金属を相互に分離する相互分離工程を含む。相互分離工程においては、水溶液中に含まれる2種以上の希土類金属のうちの1種が他の希土類金属よりも高い抽出率で抽出溶液に抽出される。
【0045】
上記抽出方法及び上記相互分離方法は、簡素な溶媒抽出法を用いた方法であり、大規模な分離施設も必要ない。また、これらの方法では、リンを使用する必要がないため、高度な排水処理設備を必要としない。
【0046】
本発明の第3の実施形態における溶媒抽出工程で用いる希土類金属を含む水溶液(以下、「水相」と称することがある。)は、抽出対象である希土類金属を1種以上含むものである限り、特に限定されない。ただし、水相に抽出対象でない金属が含まれる場合、水相は、希土類金属の抽出率と抽出対象でない金属の抽出率との間に差が生じる条件となるよう調製されることが望ましい。
【0047】
本発明の第4の実施形態における相互分離工程で用いる希土類金属を含む水溶液(以下、「水相」と称することがある。)は、相互分離対象となる2種以上の希土類金属を含むものである限り、特に限定されない。水相に相互分離対象でない金属が含まれる場合、水相は、相互分離すべき希土類金属の抽出率と相互分離対象でない金属の抽出率との間に差が生じる条件となるよう調製されることが望ましい。
【0048】
希土類金属を含む水溶液における希土類金属の総濃度は、特に限定されないが、好ましくは0.01mmol/L以上、より好ましくは0.05mmol/L以上、さらに好ましくは0.10mmol/L以上、特に好ましくは1.00mmol/L以上であり、また、好ましくは100mmol/L以下、より好ましくは50mmol/L以下、さらに好ましくは20mmol/L以下、特に好ましくは10mmol/L以下である。上記上限値及び下限値は、任意に組み合わせることができる。したがって、希土類金属を含む水溶液における希土類金属の好ましい総濃度としては、例えば0.01mmol/L以上100mmol/L以下、0.05mmol/L以上50mmol/L以下、0.10mmol/L以上20mmol/L以下、及び1.00mmol/L以上10mmol/L以下の範囲が挙げられる。
【0049】
希土類金属を含む水溶液は、有機酸及び無機酸から選択される1種以上の酸を含有していてもよい。有機酸としては、ギ酸、酢酸、シュウ酸、クエン酸、コハク酸、乳酸、酒石酸、マロン酸、及びグリコール酸等が挙げられる。無機酸としては、塩酸、硝酸、及び硫酸等が挙げられる。
【0050】
希土類金属を含む水溶液のpHは、特に限定されないが、好ましくは1.5以上、より好ましくは2.0以上、さらに好ましくは2.5以上であり、また、好ましくは4.5以下、より好ましくは4.0以下、さらに好ましくは3.5以下である。上記上限値及び下限値は、任意に組み合わせることができる。したがって、希土類金属を含む水溶液の好ましいpHとしては、例えば1.5以上4.5以下、2.0以上4.0以下、及び2.5以上3.5以下の範囲が挙げられる。
【0051】
希土類金属を含む水溶液のpHは、上記酸及び塩基から選択される化合物により調整することができる。塩基としては、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリ金属水酸化物;水酸化カルシウム、水酸化バリウム等のアルカリ土類金属水酸化物;アンモニア;等が挙げられる。
【0052】
また、希土類金属を含む水溶液は、上記酸及び上記塩基に由来する塩又はその他の塩を1種以上含有していてもよい。これらの塩としては、例えばギ酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、シュウ酸ナトリウム、塩化ナトリウム、硝酸ナトリウム、チオシアン酸ナトリウム、過塩素酸ナトリウム、硫酸ナトリウム、及びこれらのナトリウムをカリウム又はアンモニウムに変えた塩が挙げられる。
【0053】
本発明の第3の実施形態における溶媒抽出工程及び本発明の第4の実施形態における相互分離工程で用いる抽出溶液(以下、「有機相」と称することがある。)は、本発明の第1の実施形態に係るフェナントロリン化合物と有機溶媒とを含む限り、特に限定されない。抽出溶液は、希土類金属の抽出又は相互分離を阻害しない範囲において、他の成分を含
有していてもよい。
【0054】
抽出溶液中の希土類金属抽出剤の濃度は、特に限定されず、水相中の希土類金属の総濃度、水相のpH、及び抽出温度等の諸条件;並びに抽出の目的(例えば、高抽出率での希土類金属の抽出、特定の希土類金属同士の相互分離等)に応じて適宜選択することができる。後述する実施例1~3に示されるように、抽出溶液におけるフェナントロリン化合物の濃度が高くなるにつれて希土類金属の抽出率が向上し、フェナントロリン化合物の濃度が特定範囲内にあると相互分離性能が向上する傾向が見られる。より具体的には、希土類金属の総濃度が1.5mmol/Lである水相から希土類金属を抽出する場合、有機相中のフェナントロリン化合物の濃度を1.0mmol/Lから5.0mmol/Lへと高めていくにつれ、希土類金属全体の抽出率が向上する傾向が見られる。また、有機相中のフェナントロリン化合物の濃度を2.0mmol/L以上4.0mmol/L以下とすると、重希土類金属、特にTbとDyとの相互分離性能が向上する傾向が見られる。本実施形態においては、かかる傾向を考慮し、フェナントロリン化合物の総濃度が抽出の目的に合った濃度となるよう、有機相中の希土類金属抽出剤の濃度を設定することが望ましい。
【0055】
上述したように、抽出溶液における希土類金属抽出剤の濃度は、各種条件及び抽出の目的により選択されるものではあるが、具体的な濃度範囲の例を以下に示す。
抽出溶液における希土類金属抽出剤の濃度の下限としては、フェナントロリン化合物の総濃度が1.0mmol/L以上、1.5mmol/L以上、又は2.0mmol/L以上となる濃度が挙げられる。また、抽出溶液における希土類金属抽出剤の好適な濃度の上限としては、フェナントロリン化合物の総濃度が100.0mmol/L以下、50.0mmol/L以下、20.0mmol/L以下、15.0mmol/L以下、10.0mmol/L以下、5.0mmol/L以下、又は4.0mmol/L以下となる濃度が挙げられる。上記上限値及び下限値は、任意に組み合わせることができる。したがって、抽出溶液における希土類金属抽出剤の好ましい濃度としては、例えばフェナントロリン化合物の総濃度が1.0mmol/L以上100.0mmol/L以下、1.0mmol/L以上50.0mmol/L以下、1.0mmol/L以上20.0mmol/L以下、1.0mmol/L以上15.0mmol/L以下、1.5mmol/L以上10.0mmol/L以下、1.5mmol/L以上5.0mmol/L以下、及び2.0mmol/L以上4.0mmol/L以下となる範囲が挙げられる。
【0056】
抽出溶液に含まれる有機溶媒は、フェナントロリン化合物を溶解可能であり、かつ、水相と相分離可能である限り、特に限定されない。有機溶媒としては、例えばシクロヘキサン、トルエン、ベンゼン、キシレン、エチルベンゼン、ジエチルベンゼン、イソプロピルベンゼン、アミルベンゼン、ジアミルベンゼン、アミルトルエン、ケロシン等の炭化水素溶媒;クロロベンゼン、プロモベンゼン、クロロホルム、テトラクロロメタン、クロロエタン等のハロゲン化炭化水素溶媒;ペンタノール、ヘキサノール、ヘプタノール、オクタノール、2-エチルヘキサノール、ノナノール、デカノール、ウンデカノール、ドデカノール等の脂肪族アルコール;等が挙げられる。有機溶媒は、1種単独で用いてもよく、2種以上を任意の組み合わせ及び比率で用いてもよい。
【0057】
本発明の第3の実施形態における溶媒抽出工程は、上記水相と上記有機相とを接触させることで、水相中の希土類金属を有機相に抽出する工程である。また、本発明の第4の実施形態における相互分離工程は、上記水相と上記有機相とを接触させることで、水相中の2種以上の希土類金属のうち1種を他の希土類金属よりも高い抽出率で有機相に抽出する工程である。溶媒抽出工程及び相互分離工程における抽出操作は、特に限定されず、溶媒抽出法に利用される公知の操作又は公知の操作に準じた操作を採用することができる。公知の抽出操作としては、水相と有機相との混合した後、相分離して有機相を回収する操作手順が挙げられる。より具体的には、例えば、任意の容器に水相と有機相とを入れ、振盪
機等を用いて水相と有機相とを十分に混合した後、静置、遠心分離等により混合液を水相と有機相とに相分離させ、分離した有機相を回収することで、希土類金属を溶媒抽出することができる。また、水相と有機相との混合及び相分離は、向流多段ミキサーセトラーを用いて行ってもよく、分液漏斗等の抽出器具を用いて手作業で行ってもよい。上記混合、相分離、及び回収の一連の操作を行う回数(サイクル数)は、特に限定されず、1回又は2回であってもよく、3回以上であってもよい。本発明の第3の実施形態では、サイクル数が少なくても高い抽出率を実現することができる。また、本発明の第4の実施形態では、サイクル数が少なくても高い相互分離性能を実現することが可能である。そのため、これらの方法は、有機溶媒の使用量を従来技術よりも低減でき、作業も簡便である。
【0058】
溶媒抽出工程及び相互分離工程において、一度の抽出操作で接触させる水相の体積に対する有機相の体積の比は、特に限定されないが、好ましくは0.3以上、より好ましくは0.5以上、さらに好ましくは1.0以上であり、また、好ましくは3.0以下、より好ましくは2.0以下、さらに好ましくは1.5以下である。上記上限値及び下限値は、任意に組み合わせることができる。したがって、水相の体積に対する有機相の体積の比の好ましい範囲としては、例えば0.3以上3.0以下、0.5以上2.0以下、及び1.0以上1.5以下の範囲が挙げられる。
【0059】
溶媒抽出工程及び相互分離工程において、水相と有機相とを接触させる時間は、特に限定されないが、好ましくは1分以上、より好ましくは1時間以上、さらに好ましくは5時間以上であり、また、好ましくは100時間以下、より好ましくは70時間以下、さらに好ましくは20時間以下である。上記上限値及び下限値は、任意に組み合わせることができる。したがって、水相と有機相との好ましい接触時間としては、例えば1分以上100時間以下、1時間以上70時間以下、及び5時間以上20時間以下の範囲が挙げられる。なお、ここでいう水相と有機相との接触時間とは、上述した混合、相分離、及び回収の操作のうち、混合を行う時間を意味する。
【0060】
また、溶媒抽出工程及び相互分離工程において、水相と有機相とを接触させる温度(抽出温度)は、特に限定されず、上述した各種条件及び抽出の目的に応じて適宜選択することができる。後述する実施例4~6に示されるように、抽出温度を低くするにつれて相互分離性能は低下するものの、希土類金属の抽出率は向上する傾向が見られる。一方、抽出温度を高くするにつれて希土類金属の抽出率は微減するものの、相互分離性能が向上する傾向が見られる。かかる傾向を考慮し、抽出の目的に合った温度となるよう、抽出温度を設定することが好ましい。また、有機溶媒に引火点がある場合、安全性の観点から、抽出温度を有機溶媒の引火点未満とすることも好ましい。
【0061】
上述したように、抽出温度は、各種条件、抽出の目的、及び有機溶媒の種類により選択されるものではあるが、具体的な温度範囲の例を以下に示す。
【0062】
希土類金属の抽出率を向上する観点からは、抽出温度の上限は、好ましくは有機溶媒の沸点未満、より好ましくは有機溶媒の引火点未満、さらに好ましくは45℃以下、特に好ましくは30℃以下、最も好ましくは15℃以下である。抽出温度の下限は、水の凝固点及びフェナントロリン化合物の溶解度を考慮すると、好ましくは5℃以上、より好ましくは10℃以上である。上記上限値及び下限値は、任意に組み合わせることができる。したがって、希土類金属の抽出率を向上するために好ましい抽出温度としては、例えば5℃以上有機溶媒の沸点未満、5℃以上有機溶媒の引火点未満、5℃以上45℃以下、10℃以上30℃以下、及び10℃以上15℃以下の範囲が挙げられる。
【0063】
一方、希土類金属、特にTbとDyのような重希土類金属の相互分離性能を向上する観点からは、抽出温度は、好ましくは20℃以上、より好ましくは30℃以上、さらに好ま
しくは40℃以上であり、また、好ましくは有機溶媒の沸点以下、より好ましくは有機溶媒の引火点未満である。上記上限値及び下限値は、任意に組み合わせることができる。したがって、相互分離性能を向上するために好ましい抽出温度としては、例えば20℃以上有機溶媒の沸点以下、30℃以上有機溶媒の沸点以下、及び40℃以上有機溶媒の引火点未満の範囲が挙げられる。
【0064】
なお、有機相が2種以上の有機溶媒を含み、該2種以上の有機溶媒が引火点を有する場合、上記「有機溶媒の引火点未満」とは、引火点の最も低い有機溶媒の引火点未満を意味するものとする。
また、有機相が2種以上の有機溶媒を含む場合、上記「有機溶媒の沸点未満」とは、沸点の最も低い有機溶媒の沸点未満を意味するものとする。
【0065】
本発明の第3の実施形態に係る抽出方法は、抽出の目的を阻害しない範囲において、その他の工程を含んでいてもよい。また、本発明の第4の実施形態に係る相互分離方法は、相互分離の目的を阻害しない範囲において、その他の工程を含んでいてもよい。その他の工程としては、溶媒抽出工程又は相互分離工程で回収した有機相と逆抽出溶液と接触させることで、希土類金属を逆抽出溶液に逆抽出する逆抽出工程;逆抽出工程で得た抽出液に含まれる希土類金属(0価でない希土類金属)を還元する還元工程;等が挙げられる。
逆抽出工程における逆抽出操作は、特に限定されず、公知の操作又は公知の操作に準じた操作を採用することができる。また、逆抽出溶液としては、塩酸水溶液、クエン酸水溶液等の酸性水溶液を使用できる。
また、還元工程における還元方法としては、抽出液を濃縮乾固して得た残渣の水素還元;電解還元;等の公知の還元方法を適宜採用することができる。
【実施例0066】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。したがって、本発明の範囲は以下に示す具体例により限定的に解釈されるべきものではない。
【0067】
なお、以下の実施例において、「室温」とは、8±4℃を意味する。
また、実施例における1H-NMR、13C-NMR、及びFT-IRの測定条件は、以下の通りである。
【0068】
・1H-NMR測定条件
装置名:NMR system 400(アジレント・テクノロジー株式会社製)
周波数:400MHz
測定温度:25℃
測定溶媒:CDCl3又は(CD3)2SO
内部標準物質:テトラメチルシラン(TMS)
【0069】
・13C-NMR測定条件
装置名:NMR system 400(アジレント・テクノロジー株式会社製)
周波数:100MHz
測定温度:25℃
測定溶媒:CDCl3
内部標準物質:テトラメチルシラン(TMS)
【0070】
・FT-IR測定条件
装置名:IR Affinity 1(株式会社島津製作所製)
測定法:KBr錠剤法
測定範囲:500~4,000cm-1
分解能:1cm-1
【0071】
<フェナントロリン化合物の合成>
(合成例1:1,10-フェナントロリン-2,9-ジカルボン酸の合成)
1000mL三ツ口丸底フラスコに、2,9-ジメチル-1,10-フェナントロリン0.5水和物19.46g(90.39mmol)及びピリジン500mLを加え、攪拌した。得られた溶液に二酸化セレン40.71g(366.86mmol,原料に対して4.1当量)を加え、55℃で22時間撹拌した。TLC(展開溶媒:酢酸エチル)で反応の進行をモニタリングし、原料の消失を確認した後、反応混合液を室温まで降温した。
【0072】
その後、自然濾過により反応混合液から無機物を除去し、エバポレーション及び真空乾燥により濾液から溶媒を除去することで、赤色固体を得た。この赤色固体に1mol/L硝酸を加え、さらに0.1mol/L硝酸を加えることでpHを約2に調整すると、橙色固体が生じた。橙色固体を自然濾過により濾取し、クロロホルム300mLと混合した後、自然濾過を行うことで、薄橙色固体を得た。
【0073】
この薄橙色固体について、
1H-NMR及びFT-IRを測定した。
1H-NMR測定結果を
図1及び表1に示す。また、FT-IR測定結果を
図2及び表2に示す。
これらの測定結果から、薄橙色固体が1,10-フェナントロリン-2,9-ジカルボン酸(以下、「CAPTACA」と称することがある。)であることが確認された(収量17.74g;収率73,2%;TLC(展開溶媒;クロロホルム:イソプロパノール=
3:1(v/v))R
f=0.00)。
【0074】
【0075】
【0076】
(合成例2:9-((2-エチルヘキシル)カルバモイル)-1,10-フェナントロリン-2-カルボン酸の合成)
100mL二ツ口フラスコに、合成例1で得たCAPTACA0.200g(0.746mmol)を加え、さらに窒素気流下でクロロホルム40mLを加えて撹拌した。得られた溶液に、1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩0
.186g(0.970mmol、原料に対して1.3当量)及び1-ヒドロキシベンゾトリアゾール0.131g(0.969mmol、原料に対して1.3当量)を加え、室温で1時間撹拌した。続いて、滴下ロートを用いて、2-エチルヘキシルアミン0.125g(0.967mmol、原料に対して1.3当量)とクロロホルム10mLとの混合溶液を15分かけて反応液に滴下し、室温で28時間撹拌した。
【0077】
その後、自然濾過により反応系内の不溶物を除去し、濾液を1mmol/L硝酸溶液70mLで3回洗浄した。洗浄後の濾液から目的物を0.01mol/L水酸化ナトリウム溶液60mLで3回抽出した。抽出後に回収した水相をクロロホルム15mLで2回洗浄し、洗浄後の水相に1mol/L硝酸1mLを加えることで、pHを3~4に調整した。水相から目的物をクロロホルム70mLで3回抽出し、抽出後に回収した有機相を1mmol/L硝酸溶液50mLで2回洗浄した。続いて、有機相を無水硫酸ナトリウムにより脱水し、さらに有機相から溶媒を減圧留去することで、薄黄色粘性固体を得た。
【0078】
この薄黄色粘性固体について、
1H-NMR、
13C-NMR、及びFT-IRを測定した。
1H-NMR測定結果を
図3及び表3に、
13C-NMR測定結果を
図4及び表4に、FT-IR測定結果を
図5及び表5に示す。
これらの結果から、薄黄色粘性固体が9-((2-エチルヘキシル)カルバモイル)-1,10-フェナントロリン-2-カルボン酸(以下、「EHPTACA」と称することがある。)であることが確認された(収量0.052g;収率18.38%;TLC(展
開溶媒;クロロホルム:メタノール=9:1(v/v))R
f=0.30)。
【0079】
【0080】
【0081】
【0082】
<希土類金属の抽出>
(実施例1:希土類金属抽出剤濃度の検討)
EHPTACAをクロロホルムに溶解し、EHPTACAの濃度が1.0mmol/Lの抽出溶液(有機相)を調製した。
次いで、希土類金属15種類をそれぞれ0.1mmol/L、硝酸ナトリウムを0.1
mol/Lの濃度で含有する水溶液(水相)2.0mLと、有機相2.0mLとを容器に入れ、振盪機を用いて抽出温度30℃、振盪速度100rpmの条件で66時間振盪した。その後、得られた混合液を有機相と水相とに相分離した。
【0083】
振盪(抽出)前後の水相のpH及び希土類金属イオンの濃度をpHメーター(東亜ディーケーケー社製「HM-30R」)及び誘導結合プラズマ原子発光分光光度計(ICP-
AES;島津製作所製「ICPE-9820」)を用いて測定した。これにより、希土類
金属の水相から有機相への抽出率を求めた。結果を
図6に示す。また、抽出前後の水相のpH、並びに下記式(I)及び(II)より求めたTbとDyとの分離係数βを、表6に示す。
【0084】
【0085】
【0086】
(実施例2:希土類金属抽出剤濃度の検討)
有機相中のEHPTACAの濃度を3.0mmol/Lに変更した以外は実施例1と同様にして希土類金属の抽出を行った。希土類金属の抽出率を
図7に、抽出前後の水相のpH及び分離係数βを表6に示す。
【0087】
(実施例3:希土類金属抽出剤濃度の検討)
有機相中のEHPTACAの濃度を5.0mol/Lに変更した以外は実施例1と同様にして希土類金属の抽出を行った。希土類金属の抽出率を
図8に、抽出前後の水相のpH及び分離係数βを表6に示す。
【0088】
(実施例4:抽出温度の検討)
EHPTACAをクロロホルムに溶解し、EHPTACAの濃度が3.0mmol/Lの抽出溶液(有機相)を調製した。
次いで、希土類金属15種類をそれぞれ0.1mmol/L、硝酸ナトリウムを0.1mol/Lの濃度で含有する水溶液(水相)1.5mLと、有機相1.5mLとを容器に入れ、振盪機を用いて抽出温度15℃、振盪速度150rpmの条件で12時間振盪した。その後、得られた混合液を有機相と水相とに相分離した。
【0089】
振盪(抽出)前後の水相のpH及び希土類金属イオンの濃度を実施例1と同様にして測定し、希土類金属の抽出率を求めた。結果を
図9に示す。また、抽出前後の水相のpH、並びに上記式(I)及び(II)より求めたTbとDyとの分離係数βを、表6に示す。
【0090】
(実施例5:抽出温度の検討)
希土類金属の抽出温度を30℃に変更した以外は実施例4と同様にして希土類金属の抽出を行った。希土類金属の抽出率を
図10に、抽出前後の水相のpH及び分離係数βを表6に示す。
【0091】
(実施例6:抽出温度の検討)
希土類金属の抽出温度を45℃に変更した以外は実施例4と同様にして希土類金属の抽
出を行った。希土類金属の抽出率を
図11に、抽出前後の水相のpH及び分離係数βを表6に示す。
【0092】
(比較例1)
2-エチルヘキシルホスホン酸2-エチルヘキシルエステル(大八化学工業株式会社製「PC-88A」)をクロロホルムに溶解し、PC-88Aの濃度が20.0mmol/Lの抽出溶液(有機相)を調製した。
この有機相を用いた以外は実施例1と同様にして希土類金属の抽出を行った。希土類金属の抽出率を
図12に、抽出前後の水相のpH及び分離係数βを表6に示す。
【0093】
(比較例2)
2,9-ジ((2-エチルヘキシル)カルバモイル)-1,10-フェナントロリン(EHPTAEH)をクロロホルムに溶解し、EHPTAEHの濃度が10.0mmol/Lの抽出溶液(有機相)を調製した。
この有機相を用いた以外は実施例1と同様にして希土類金属の抽出を行った。希土類金属の抽出率を
図13に、抽出前後の水相のpH及び分離係数βを表6に示す。
【0094】
【0095】
EHPTACAとEHPTAEHとは、ともに希土類金属に四座配位可能であるが、抽出剤としてEHPTACAを用いた実施例1~3では、抽出剤濃度が低濃度であっても希土類金属を効率よく抽出でき、EHPTAEHを用いた比較例2では、抽出剤濃度が高濃度であってもほとんどの希土類金属イオンを抽出できないことがわかった。これらの結果から、EHPTACAが高い抽出性能を有することが確認された。
また、抽出剤としてEHPTACAを用いると、特にY及び重希土類金属を良好に抽出できることがわかった。
【0096】
さらに、EHPTAEH濃度3mmol/Lの抽出溶液を用いた実施例2では、Tb-Dyの分離係数βが3.069であり、一方で、公知の抽出剤であるPC-88Aを用いた比較例1におけるTb-Dyの分離係数βは2.394であることから、EHPTAEHの濃度を適切に調整することで、TbとDyとの相互分離性能を向上できることがわかった。
【0097】
実施例4~6では、抽出温度が高くなるにつれて、Tb-Dyの分離係数βが高くなっ
ていた。一方、抽出温度が低くなるにつれて、希土類金属の抽出率は向上した。すなわち、実施例4~6より、抽出剤としてEHPTACAを用いると、抽出温度によって、希土類金属の抽出率及び分離係数が変動することがわかった。公知の抽出剤を用いると、抽出温度の変化による分離係数の向上は期待できないため、上記結果は、EHPTACA特有の現象であるといえる。