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特開2024-59516ウイルス感染及び/又はウイルス感染症に関する情報を提供する方法及びシステム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024059516
(43)【公開日】2024-05-01
(54)【発明の名称】ウイルス感染及び/又はウイルス感染症に関する情報を提供する方法及びシステム
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20240423BHJP
   G16H 50/80 20180101ALI20240423BHJP
【FI】
G01N33/68
G16H50/80
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022167238
(22)【出願日】2022-10-18
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(71)【出願人】
【識別番号】505314022
【氏名又は名称】国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所
(71)【出願人】
【識別番号】320003264
【氏名又は名称】KAGAMI株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100138210
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 達則
(72)【発明者】
【氏名】猪阪 善隆
(72)【発明者】
【氏名】木村 友則
(72)【発明者】
【氏名】木村 志保子
(72)【発明者】
【氏名】三田 真史
【テーマコード(参考)】
2G045
5L099
【Fターム(参考)】
2G045CB30
2G045DA35
2G045FB06
2G045FB13
2G045GC15
5L099AA04
(57)【要約】
【課題】対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症に関する情報を提供する。
【解決手段】対象のD-アミノ酸に関する指標を用いて、対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症の検出及び/又は病期分類についての判定を行い、判定の結果に基づき、対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症に関する情報を提供することを含む方法。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症に関する情報を提供する方法であって、
前記対象のD-アミノ酸に関する指標を用いて、前記対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症の検出及び/又は病期分類についての判定を行い、
前記判定の結果に基づき、前記対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症に関する情報を提供する
ことを含む方法。
【請求項2】
前記D-アミノ酸に関する指標が、血液中のD-アミノ酸に関する測定値又はその補正値若しくは補正式である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記D-アミノ酸に関する指標が、前記D-アミノ酸量を、前記対象の生体内物質(例えばL-アミノ酸)に関する指標で補正した値又は式である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記D-アミノ酸に関する指標が、前記D-アミノ酸量を、前記対象の腎機能に関する指標で補正した値又は式である、請求項2に記載の方法。
【請求項5】
前記D-アミノ酸が、D-プロリン、D-セリン、D-アラニン、及びD-アスパラギンからなる群から選択される1又は2以上のD-アミノ酸である、請求項1~4の何れか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記ウイルスが、オルソミクソウイルス、コロナウイルス、パラミクソウイルス、ラブドウイルス、アレナウイルス、ブニヤウイルス、フィロウイルス、レトロウイルス、トガウイルス、フラビウイルス、ピコルナウイルス、アストロウイルス、カリシウイルス、レオウイルス、パルボウイルス、アデノウイルス、パピローマウイルス、ポリオーマウイルス、ヘルペスウイルス、ヘパドナウイルス、及びポックスウイルスから選択される科に属するウイルスである、請求項1~5の何れか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記ウイルス感染及び/又はウイルス感染症の検出についての判定が、
・前記対象の前記D-アミノ酸に関する指標が低下傾向を示した場合に、前記対象がウイルスに感染した、及び/又は、ウイルス感染症に罹患したと判定すること
を含む、請求項1~6の何れか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記ウイルス感染及び/又はウイルス感染症の病期分類についての判定が、
・前記対象の前記D-アミノ酸に関する指標が低下した場合に、前記対象がウイルス感染症の悪化状態であると判定すること、
・前記対象の前記D-アミノ酸に関する指標が上昇した場合に、前記対象がウイルス感染症の改善状態であると判定すること、及び/又は、
・前記対象の前記D-アミノ酸に関する指標が低下及び上昇を反復した後、健常基準範囲に収束した場合に、前記対象がウイルス感染症の治癒状態であると判定すること
からなる群から選択される、請求項1~7の何れか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記ウイルス感染及び/又はウイルス感染症の検出及び/又は病期分類についての判定が、前記対象の前記D-アミノ酸に関する指標を、ウイルス感染及び/又はウイルス感染症に関する判定基準と比較することにより行われる、請求項1~8の何れか一項に記載の方法。
【請求項10】
前記対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症に関する情報が:
・前記対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症の検出の有無;
・前記対象のウイルス感染症の病期の分類;
・前記対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症の検査結果及び/又は診断結果の妥当性の検証;及び
・前記対象のウイルス感染症の治療手段の選択
からなる群から選択される事象に関する情報である、請求項1~9の何れか一項に記載の方法。
【請求項11】
前記ウイルス感染症の治療手段が、抗ウイルス薬、血液浄化療法、人工呼吸器、及び体外式膜型人工肺(ECMO)から選択される手段を含む、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
請求項1~11の何れか一項に記載の方法を実施するためのシステムであって、
前記システムは、入力部と、分析測定部と、記憶部と、データ処理部と、出力部とを含み、
前記入力部は、対象からの情報を入力し、
前記分析測定部は、前記入力部から入力された対象からの情報を分析測定することにより、対象のD-アミノ酸に関する指標を取得し、
前記記憶部は、ウイルス感染及び/又はウイルス感染症に関する判定基準を記憶し、
前記データ処理部は、前記分析測定部で取得された対象の前記指標を、前記記憶部に記憶された前記判定基準に基づいて処理することにより、対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症についての判定を実施し、
前記出力部は、前記データ処理部による判定の結果を、対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症に関する情報として出力する
ように構成される、システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウイルス感染及び/又はウイルス感染症に関する情報を提供する方法及びシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
ウイルス等の病原体(病原性微生物)が様々な感染経路を通して宿主の細胞・組織・臓器に定着・侵入・増殖することを感染という。宿主に侵入した病原体は多くの場合、生体防御機構によって感染できずに宿主から排除されるが、感染が成立し発熱等の何らかの症状や徴候が現れた(発症した)状態を感染症という。コロナウイルスやインフルエンザウイルス等のウイルスによる感染及びそれにより生じる感染症は、パンデミックにより医療・経済に対する脅威を引き起こす恐れがある。ウイルス感染やウイルス感染症の検出においては、遺伝子検査(PCR法等)、免疫学的検査(抗原検出法等)、抗体・抗原検査等が実用化されている。また、ウイルス感染症の重症化リスクを予測するバイオマーカーとしては、尿中肝型脂肪酸結合タンパク質(L-FABP)(特許文献1)が提案されている。
【0003】
近年、キラルアミノ酸を識別して分析する技術の高性能化により、哺乳類をはじめとする生体において、微量なD-アミノ酸とL-アミノ酸を識別した定量的な研究が進展した。これにより、従来は技術的限界ゆえに総アミノ酸(D-アミノ酸+L-アミノ酸)、又は便宜的にL-アミノ酸として取り扱われてきた、一部のD-アミノ酸の存在や機能が明らかになってきている。哺乳類の腸内においては、ビブリオ属細菌に対しD-アミノ酸酸化酵素(DAO)のD-アミノ酸代謝によって宿主の腸管免疫が調整されることが示されている(非特許文献1)。また、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)に感染し、抗レトロウイルス治療を受けたヒトの血中のD-アスパラギン、D-セリン、D-アラニン、及びD-プロリンの%D値({D-アミノ酸/(D-アミノ酸+L-アミノ酸)}×100)が、対象の年齢及び腎機能マーカー(eGFR)には相関するものの、HIV感染による変動は観察されなかったことが報告されている(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第6933834号公報
【特許文献2】特許第6868878号公報
【特許文献3】特許第6993654号公報
【特許文献4】国際公開第2020/196436号
【特許文献5】国際公開第2013/140785号
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Sasabe J, Miyoshi Y, Rakoff-Nahoum S, Zhang T, Mita M, Davis BM, Hamase K, Waldor MK. Interplay between microbial D-amino acids and host D-amino acid oxidase modifies murine mucosal defence and gut microbiota. Nat Microbiol. 2016 Jul 25;1(10):16125. doi: 10.1038/nmicrobiol.2016.125.
【非特許文献2】Yap SH, Lee CS, Furusho A, Ishii C, Shaharudin S, Zulhaimi NS, Kamarulzaman A, Kamaruzzaman SB, Mita M, Leong KH, Hamase K, Rajasuriar R. Plasma D-amino acids are associated with markers of immune activation and organ dysfunction in people with HIV. AIDS. 2022 Jun 1;36(7):911-921. doi: 10.1097/QAD.0000000000003207.
【非特許文献3】Kawamura M, Hesaka A, Taniguchi A, Nakazawa S, Abe T, Hirata M, Sakate R, Horio M, Takahara S, Nonomura N, Isaka Y, Imamura R, Kimura T. Measurement of glomerular filtration rate using endogenous D-serine clearance in living kidney transplant donors and recipients. EClinicalMedicine. 2021 Dec 5;43:101223. doi: 10.1016/j.eclinm.2021.101223.
【非特許文献4】Hesaka A, Yasuda K, Sakai S, Yonishi H, Namba-Hamano T, Takahashi A, Mizui M, Hamase K, Matsui R, Mita M, Horio M, Isaka Y, Kimura T. Dynamics of D-serine reflected the recovery course of a patient with rapidly progressive glomerulonephritis. CEN Case Rep. 2019 Nov;8(4):297-300. doi: 10.1007/s13730-019-00411-6.
【非特許文献5】Sasabe J, Miyoshi Y, Suzuki M, Mita M, Konno R, Matsuoka M, Hamase K, Aiso S. D-amino acid oxidase controls motoneuron degeneration through D-serine. Proc Natl Acad Sci U S A. 2012 Jan 10;109(2):627-32. doi: 10.1073/pnas.1114639109.
【非特許文献6】Fang Y, Zhang H, Xie J, Lin M, Ying L, Pang P, Ji W. Sensitivity of Chest CT for COVID-19: Comparison to RT-PCR. Radiology. 2020 Aug;296(2):E115-E117. doi: 10.1148/radiol.2020200432.
【非特許文献7】Ai T, Yang Z, Hou H, Zhan C, Chen C, Lv W, Tao Q, Sun Z, Xia L. Correlation of Chest CT and RT-PCR Testing for Coronavirus Disease 2019 (COVID-19) in China: A Report of 1014 Cases. Radiology. 2020 Aug;296(2):E32-E40. doi: 10.1148/radiol.2020200642.
【非特許文献8】Hesaka A, Sakai S, Hamase K, Ikeda T, Matsui R, Mita M, Horio M, Isaka Y, Kimura T. D-Serine reflects kidney function and diseases. Sci Rep. 2019 Mar 25;9(1):5104. doi: 10.1038/s41598-019-41608-0.
【非特許文献9】Kimura T, Hamase K, Miyoshi Y, Yamamoto R, Yasuda K, Mita M, Rakugi H, Hayashi T, Isaka Y. Chiral amino acid metabolomics for novel biomarker screening in the prognosis of chronic kidney disease. Sci Rep. 2016 May 18;6:26137. doi: 10.1038/srep26137.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ウイルス感染やそれにより生じるウイルス感染症は、パンデミックやバイオテロにみられるように、医療上、経済上、安全保障上の社会問題を引き起こす可能性を有しており、それらの対処に必要となる精度の高い臨床情報を提供する方法が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、ウイルスに感染した対象の血中のキラルアミノ酸(D-アミノ酸とL-アミノ酸に識別されたアミノ酸)を網羅的且つ高精度に定量し解析したところ、ウイルス感染の有無及びウイルス感染症における病態、病勢、病期と、血中のキラルアミノ酸量との間に関連が存在し、血中D-アミノ酸量の変動が一定のパターンを有することを見出した。更に、斯かる関連性について鋭意研究を行った結果、ウイルス感染及び/又はウイルス感染症に関する情報を提供する指標として、血中D-アミノ酸に関する指標を開発することで、感染症の臨床検査、診断、治療における臨床上の有用性を見出し、上記課題の解決法を提供する本発明の完成に至った。
【0008】
即ち、本発明の主旨は例えば以下に関する。
[項1]対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症に関する情報を提供する方法であって、
前記対象のD-アミノ酸に関する指標を用いて、前記対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症の検出及び/又は病期分類についての判定を行い、
前記判定の結果に基づき、前記対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症に関する情報を提供する
ことを含む方法。
[項2]前記D-アミノ酸に関する指標が、血液中のD-アミノ酸に関する測定値又はその補正値若しくは補正式である、項1に記載の方法。
[項3]前記D-アミノ酸に関する指標が、前記D-アミノ酸量を、前記対象の生体内物質(例えばL-アミノ酸)に関する指標で補正した値又は式である、項2に記載の方法。
[項4]前記D-アミノ酸に関する指標が、前記D-アミノ酸量を、前記対象の腎機能に関する指標で補正した値又は式である、項2に記載の方法。
[項5]前記D-アミノ酸が、D-プロリン、D-セリン、D-アラニン、及びD-アスパラギンからなる群から選択される1又は2以上のD-アミノ酸である、項1~4の何れか一項に記載の方法。
[項6]前記ウイルスが、オルソミクソウイルス、コロナウイルス、パラミクソウイルス、ラブドウイルス、アレナウイルス、ブニヤウイルス、フィロウイルス、レトロウイルス、トガウイルス、フラビウイルス、ピコルナウイルス、アストロウイルス、カリシウイルス、レオウイルス、パルボウイルス、アデノウイルス、パピローマウイルス、ポリオーマウイルス、ヘルペスウイルス、ヘパドナウイルス、及びポックスウイルスから選択される科に属するウイルスである、項1~5の何れか一項に記載の方法。
[項7]前記ウイルス感染及び/又はウイルス感染症の検出についての判定が、
・前記対象の前記D-アミノ酸に関する指標が低下傾向を示した場合に、前記対象がウイルスに感染した、及び/又は、ウイルス感染症に罹患したと判定すること
を含む、項1~6の何れか一項に記載の方法。
[項8]前記ウイルス感染及び/又はウイルス感染症の病期分類についての判定が、
・前記対象の前記D-アミノ酸に関する指標が低下した場合に、前記対象がウイルス感染症の悪化状態であると判定すること、
・前記対象の前記D-アミノ酸に関する指標が上昇した場合に、前記対象がウイルス感染症の改善状態であると判定すること、及び/又は、
・前記対象の前記D-アミノ酸に関する指標が低下及び上昇を反復した後、健常基準範囲に収束した場合に、前記対象がウイルス感染症の治癒状態であると判定すること
からなる群から選択される、項1~7の何れか一項に記載の方法。
[項9]前記ウイルス感染及び/又はウイルス感染症の検出及び/又は病期分類についての判定が、前記対象の前記D-アミノ酸に関する指標を、ウイルス感染及び/又はウイルス感染症に関する判定基準と比較することにより行われる、項1~8の何れか一項に記載の方法。
[項10]前記対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症に関する情報が:
・前記対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症の検出の有無;
・前記対象のウイルス感染症の病期の分類;
・前記対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症の検査結果及び/又は診断結果の妥当性の検証;及び
・前記対象のウイルス感染症の治療手段の選択
からなる群から選択される事象に関する情報である、項1~9の何れか一項に記載の方法。
[項11]前記ウイルス感染症の治療手段が、抗ウイルス薬、血液浄化療法、人工呼吸器、及び体外式膜型人工肺(ECMO)から選択される手段を含む、項10に記載の方法。
[項12]項1~11の何れか一項に記載の方法を実施するためのシステムであって、
前記システムは、入力部と、分析測定部と、記憶部と、データ処理部と、出力部とを含み、
前記入力部は、対象からの情報を入力し、
前記分析測定部は、前記入力部から入力された対象からの情報を分析測定することにより、対象のD-アミノ酸に関する指標を取得し、
前記記憶部は、ウイルス感染及び/又はウイルス感染症に関する判定基準を記憶し、
前記データ処理部は、前記分析測定部で取得された対象の前記指標を、前記記憶部に記憶された前記判定基準に基づいて処理することにより、対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症についての判定を実施し、
前記出力部は、前記データ処理部による判定の結果を、対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症に関する情報として出力する
ように構成される、システム。
【発明の効果】
【0009】
本発明の方法及びシステムによれば、対象に関するD-アミノ酸に関する指標を用いて判定を行うことにより、対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症に関する情報を高い精度で及び/又は効率的に提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、実施例1におけるインフルエンザウイルス感染マウスの血中D-アミノ酸量の経時変化を示すグラフである。A:D-Ala、B:D-Asn、C:D-Pro、D:D-Ser。
図2図2は、実施例1におけるインフルエンザウイルス感染マウスの血中D-アミノ酸量を、非感染マウスとの対比で示すグラフである。A:D-Ala、B:D-Asn、C:D-Pro、D:D-Ser。
図3図3は、実施例1におけるインフルエンザウイルス感染マウスの血中D-アミノ酸比率(%D)を、非感染マウスとの対比で示すグラフである。A:D-Ala、B:D-Asn、C:D-Pro、D:D-Ser。
図4図4は、実施例1におけるインフルエンザウイルス感染マウスの体重を、非感染マウスとの対比で示すグラフである。
図5-1】図5-1は、実施例2におけるコロナウイルス感染ヒトの血中D-アミノ酸量の経時変化を示すグラフである。A:D-Ala、B:D-Asn。
図5-2】図5-2は、実施例2におけるコロナウイルス感染ヒトの血中D-アミノ酸量の経時変化を示すグラフである。C:D-Pro、D:D-Ser。
図6図6は、実施例2におけるコロナウイルス感染ヒトの血中D-アミノ酸量を、非感染ヒトとの対比で示すグラフである。A:D-Ala、B:D-Asn、C:D-Pro、D:D-Ser。
図7図7は、実施例2におけるコロナウイルス感染ヒトの血中D-アミノ酸比率(%D)を、非感染ヒトとの対比で示すグラフである。A:D-Ala、B:D-Asn、C:D-Pro、D:D-Ser。
図8図8は、実施例2におけるコロナウイルス感染ヒトのうち、末期腎不全患者の血中D-アミノ酸量の経時変化を示すグラフである。
図9図9は、実施例2におけるコロナウイルス感染ヒトの血中D-アミノ酸量の単変量解析による診断能力ROC(receiver operating characteristic)曲線である。A:D-Ala、B:D-Pro、C:D-Ser。
図10図10は、実施例2におけるコロナウイルス感染ヒトの血中D-アミノ酸比率(%D)の単変量解析による診断能力ROC曲線である。A:D-Ala、B:D-Pro、C:D-Ser。
図11図11は、実施例2におけるコロナウイルス感染ヒトの血中D-アミノ酸量の二変量解析による診断能力ROC曲線のAUC(area under the curve)及びその95%信頼区間を示す表である。
図12図12は、本発明のシステムの構成の一例を模式的に示すブロック図である。
図13図13は、本発明のシステムによる処理(本発明の方法)の一例を模式的に示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を具体的な実施の形態に即して詳細に説明する。但し、本発明は以下の実施の形態に束縛されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において、任意の形態で実施することが可能である。
【0012】
なお、本明細書で引用されている特許文献(特許出願公開公報、特許公報等)及び非特許文献は、その全体が参照により本明細書に組み込まれるものとする。
【0013】
本明細書において、アミノ酸及びその残基は、当業者に周知の三文字略称で表す場合がある。本明細書において使用する主な略称を以下の表に示す。
【表1】
【0014】
[ウイルス感染及び/又はウイルス感染症に関する情報を提供する方法(本発明の方法)]
本発明の一側面は、対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症に関する情報を提供する方法であって、前記対象のD-アミノ酸に関する指標を用いて、前記対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症の検出及び/又は病期分類についての判定を行い、前記判定の結果に基づき、前記対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症に関する情報を提供することを含む方法(以下適宜「本発明の方法」と略称する。)に関する。
【0015】
本発明の方法は、ウイルス感染及び/又はウイルス感染症に対する新しい評価・アプローチである、対象のD-アミノ酸に関する指標(例えば血中D-アミノ酸量)を用いることで、対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症についての情報を提供するものである。これにより、例えば対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症の検出及び/又は病期分類の精度を向上させることが可能となる。また、例えば適切な治療手段の選択を補助する方法である。
【0016】
・D-アミノ酸・L-アミノ酸
本明細書において「D-アミノ酸」(適宜「D体」と略称する。)及び「L-アミノ酸」(適宜「L体」と略称する。)とは、IUPAC命名法のD/L表記法に基づくアミノ酸の立体異性体を意味する。D体とL体とは鏡像異性体の関係にある。生体内のタンパク質構成アミノ酸はその大部分がL体であることが知られている。なお、グリシンにはD体とL体の異性体が存在しないが、本明細書では別途明記しない限り、グリシンは便宜的にD体として扱うものとする。
【0017】
本明細書において、D-アミノ酸の具体例としては、限定されるものではないが、グリシン、D-アラニン、D-ヒスチジン、D-イソロイシン、D-アロ-イソロイシン、D-ロイシン、D-リシン、D-メチオニン、D-フェニルアラニン、D-スレオニン、D-アロ-スレオニン、D-トリプトファン、D-バリン、D-アルギニン、D-システイン、D-グルタミン、D-プロリン、D-チロシン、D-アスパラギン酸、D-アスパラギン、D-グルタミン酸、及びD-セリンが挙げられる。中でも、D-プロリン、D-セリン、D-アラニン、及びD-アスパラギン等が好ましい。これらのD-アミノ酸は、何れか1種類を単独で用いてもよく、何れか2種以上を任意の組み合わせで用いてもよい。
【0018】
なお、生物試料に含まれるD-システインは、生体外では酸化されてD-シスチンへと変化する。このため、D-システインの代わりにD-シスチンに関する指標(例えば量)を測定することで、生物試料に含まれるD-システインに関する指標(例えば量)を算出することができる。
【0019】
・D-アミノ酸に関する指標
本明細書において「D-アミノ酸に関する指標」とは、生体から取得される任意の指標であって、D-アミノ酸と何らかの関連を有する指標を意味する(なお、対象から得られたD-アミノ酸に関する指標の測定値や検査値を、単に「D-アミノ酸の検査値」等と略称する場合もある。)。D-アミノ酸に関する指標の例としては、血中のD-アミノ酸に関する測定値又はその補正値若しくは補正式が挙げられる。
【0020】
血中のD-アミノ酸に関する指標の測定値の例としては、血中D-アミノ酸量が挙げられる。本明細書において「血中D-アミノ酸量」とは、特定の血液量中に含まれるD-アミノ酸量を意味する。血中D-アミノ酸量は、濃度で表されてもよい。血中D-アミノ酸量は、採取された血液において、遠心分離、沈降分離、或いは分析のための前処理が行われた試料における量として測定される。従って、血中D-アミノ酸量は、採取された全血、血清、血漿等の血液に由来する血液試料におけるD-アミノ酸量として測定され得る。一例として、HPLCを用いた分析の場合、所定量の血液に含まれるD-アミノ酸量は、クロマトグラムで表され、ピークの高さ・面積・形状について標準品との比較やキャリブレーションによる解析によって定量することができる。
【0021】
血中のD-アミノ酸に関する測定値の補正値若しくは補正式としては、血中D-アミノ酸量を補正処理して得られる任意の値又は式が挙げられる。具体例としては、血中D-アミノ酸量の補正D/L比、血中D-アミノ酸比率を表す%D({D-アミノ酸/(D-アミノ酸+L-アミノ酸)}×100)、D-アミノ酸クリアランス、D-アミノ酸排泄率(非特許文献3、4)、更には、D-アミノ酸量を説明変数とし、目的に応じて補正された式や値、更には予め設定された式等により算出された値等が挙げられる。
【0022】
血中D-アミノ酸量の補正値の別の例としては、生理的変動要因、例えば年齢、性別、BMI等の要因により血中D-アミノ酸量を調整した値が挙げられる。また、D-アミノ酸の動態が腎臓の働きの影響を受ける場合には、血中D-アミノ酸量の補正値として、腎機能の指標により血中D-アミノ酸量を調整した値を用いてもよい。斯かる腎機能の指標としては、限定を意図するものではないが、クレアチニン、シスタチンC、イヌリンクリアランス、クレアチニンクリアランス、尿蛋白、尿中アルブミン、β2-MG、α1-MG、NAG、L-FABP、NGAL、糸球体濾過量、推算糸球体濾過量(eGFR)、D-アミノ酸による腎機能測定値及び推定式(特許文献2、3、4)等から1又は2以上を選択して用いることができる。具体例として、血中D-アミノ酸量と血中クレアチニン量との比(血中D-アミノ酸量/血中クレアチニン量)を求める補正等が挙げられる。更に、神経変性疾患(ALS等)、自己免疫疾患(多発性硬化症等)、代謝性疾患(糖尿病等)等で体内のD-アミノ酸が変動していることが知られていることから(特許文献5、非特許文献5)、それぞれの疾患の変動要因やマーカーで血中D-アミノ酸量を補正することも可能である。
【0023】
D-アミノ酸に関する指標の別の例として、対象の血中D-アミノ酸量を、対象の生体内物質(例えばL-アミノ酸)に関する指標で補正した値又は式を用いてもよい。ここで、補正に用いられる対象の生体内物質としては、限定されるものではないが、例えば対象の血中L-アミノ酸量や、総アミノ酸量等が挙げられる。
【0024】
なお、D-アミノ酸に関する指標として、血中D-アミノ酸量を他の検査値等により補正した値を用いる場合は、血中D-アミノ酸量の変動(例えば低下又は上昇)に基づくウイルス感染及び/又はウイルス感染症の検出及び/又は病期分類の判定基準や判定・解析手法を、血中D-アミノ酸量に対する補正内容に応じて適宜設定・変更することができる。一例として、血中D-アミノ酸量を逆数(例えば[1/血中D-アミノ酸量])や乗数として補正した値をD-アミノ酸に関する指標として用いる場合は、血中D-アミノ酸量の変動(例えば低下又は上昇)に基づき設定された判定基準について、逆数(例えば、血中D-アミノ酸量の低下は値の増加を、上昇は値の減少を示す)や対数として用いることができる。
【0025】
なお、本発明の方法においては、D-アミノ酸に関する指標(例えば血中D-アミノ酸量、補正D/L比、%D({D-アミノ酸/(D-アミノ酸+L-アミノ酸)}×100)、D-アミノ酸クリアランス、D-アミノ酸排泄率等のうち、何れか一種を単独で用いてもよく、何れか任意の二種以上を組み合わせて用いてもよい。後者の場合、D-アミノ酸に関する指標を複数同時に組み合わせたパネル検査に供してもよい。
【0026】
また、本発明の方法において、対象のD-アミノ酸に関する指標を測定するための検体は、単一の検査で取得された1又は2以上の検体であってもよく、複数の検査で取得された2以上の検体であってもよい。また、複数の検体を使用する場合は、同一の時点で取得された検体であってもよく、複数の異なる時点で取得された検体であってもよい。これらの検体の形態は、後述する種々の態様に応じて適宜選択すればよい。
【0027】
血液等の試料中のD-アミノ酸量及び/又はL-アミノ酸量は、任意の方法によって測定することができ、例えばキラルカラムクロマトグラフィー法や、酵素法を用いた測定、更にはアミノ酸の光学異性体を識別するモノクローナル抗体を用いる免疫学的手法によって定量することができる。試料中のD-アミノ酸量及び/又はL-アミノ酸量は、当業者に周知ないかなる方法を用いて実施しても構わない。例としては、以下のクロマトグラフィー法や酵素法(Y. Nagata et al., Clinical Science, 73 (1987), 105. Analytical Biochemistry, 150 (1985), 238., A. D'Aniello et al., Comparative Biochemistry and Physiology Part B, 66 (1980), 319. Journal of Neurochemistry, 29 (1977), 1053., A. Berneman et al., Journal of Microbial & Biochemical Technology, 2 (2010), 139., W. G. Gutheil et al., Analytical Biochemistry, 287 (2000), 196., G. Molla et al., Methods in Molecular Biology, 794 (2012), 273., T. Ito et al., Analytical Biochemistry, 371 (2007), 167等)、抗体法(T. Ohgusu et al., Analytical Biochemistry, 357 (2006), 15等 )、ガスクロマトグラフィー(GC)(H. Hasegawa et al., Journal of Mass Spectrometry, 46 (2011), 502., M. C. Waldhier et al., Analytical and Bioanalytical Chemistry, 394 (2009), 695., A. Hashimoto, T. Nishikawa et al., FEBS Letters, 296 (1992), 33., H. Bruckner and A. Schieber, Biomedical Chromatography, 15 (2001), 166. , M. Junge et al., Chirality, 19 (2007), 228., M. C. Waldhier et al., Journal of Chromatography A, 1218 (2011), 4537等)、キャピラリー電気泳動法(CE)(H. Miao et al., Analytical Chemistry, 77 (2005), 7190., D. L. Kirschner et al., Analytical Chemistry, 79 (2007), 736., F. Kitagawa, K. Otsuka, Journal of Chromatography B, 879 (2011), 3078., G. Thorsen and J. Bergquist, Journal of Chromatography B, 745 (2000), 389等)、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)(N. Nimura and T. Kinoshita, Journal of Chromatography, 352 (1986), 169., A. Hashimoto et al., Journal of Chromatography, 582 (1992), 41., H. Bruckner et al., Journal of Chromatography A, 666 (1994), 259., N. Nimura et al., Analytical Biochemistry, 315 (2003), 262., C. Muller et al., Journal of Chromatography A, 1324 (2014), 109., S. Einarsson et al., Analytical Chemistry, 59 (1987), 1191., E. Okuma and H. Abe, Journal of Chromatography B, 660 (1994), 243., Y. Gogami et al., Journal of Chromatography B, 879 (2011), 3259., Y. Nagata et al., Journal of Chromatography, 575 (1992), 147., S. A. Fuchs et al., Clinical Chemistry, 54 (2008), 1443., D. Gordes et al., Amino Acids, 40 (2011), 553., D. Jin et al., Analytical Biochemistry, 269 (1999), 124., J. Z. Min et al., Journal of Chromatography B, 879 (2011), 3220., T. Sakamoto et al., Analytical and Bioanalytical Chemistry, 408 (2016), 517., W. F. Visser et al., Journal of Chromatography A, 1218 (2011), 7130., Y. Xing et al., Analytical and Bioanalytical Chemistry, 408 (2016), 141., K. Imai et al., Biomedical Chromatography, 9 (1995), 106., T. Fukushima et al., Biomedical Chromatography, 9 (1995), 10., R. J. Reischl et al., Journal of Chromatography A, 1218 (2011), 8379., R. J. Reischl and W. Lindner, Journal of Chromatography A, 1269 (2012), 262., S. Karakawa et al., Journal of Pharmaceutical and Biomedical Analysis, 115 (2015), 123., Hamase K, et al.,Chromatography 39 (2018) 147-152 等)が挙げられる。
【0028】
本発明における光学異性体の分離分析系は、複数の分離分析を組み合わせてもよい。具体例として、光学異性体を有する成分を含む試料を、移動相としての第一の液体と共に、固定相としての第一のカラム充填剤に通じて、前記試料の前記成分を分離するステップ、前記試料の前記成分の各々をマルチループユニットにおいて個別に保持するステップ、前記マルチループユニットにおいて個別に保持された前記試料の前記成分の各々を、移動相としての第二の液体と共に、固定相としての光学活性中心を有する第二のカラム充填剤に流路を通じて供給し、前記試料の成分の各々に含まれる前記光学異性体を分割するステップ、及び前記試料の成分の各々に含まれる前記光学異性体を検出するステップを含むことを特徴とする光学異性体の分析方法を用いることにより、試料中のD-アミノ酸量及び/又はL-アミノ酸量を測定することができる(特許第4291628号公報)。HPLC分析では、予めo-フタルアルデヒド(OPA)や4-フルオロ-7-ニトロ-2,1,3-ベンゾキサジアゾール(NBD-F)のような蛍光試薬でD-及びL-アミノ酸を誘導体化したり、N-tert-ブチルオキシカルボニル-L-システイン(Boc-L-Cys)等を用いてジアステレオマー化する場合がある(浜瀬健司及び財津潔、分析化学、53巻、677~690(2004))。代替的には、アミノ酸の光学異性体を識別するモノクローナル抗体、例えばD-アミノ酸又はL-アミノ酸等に特異的に結合するモノクローナル抗体を用いる免疫学的手法によって、試料中のD-アミノ酸量及び/又はL-アミノ酸量を測定することができる。また、D-アミノ酸及びL-アミノ酸の合計量を指標とする場合、D-アミノ酸及びL-アミノ酸を分離して分析する必要はなく、D-アミノ酸及びL-アミノ酸を区別せずにアミノ酸を分析することもできる。その場合も酵素法、抗体法、GC、CE、HPLCで分離及び定量することができる。
【0029】
なお、本明細書において、D-アミノ酸、L-アミノ酸、クレアチニン、タンパク質等の生体分子や薬剤の量は、単なる質量、重量、物質量(mol)のみならず、組織・細胞・器官・分子ユニット単位や体積・重量当たりの質量、重量、物質量(mol)、血液や尿のような液体中の質量、重量、物質量(mol)、濃度、比重、及び密度等、計測され得る任意の物理量で表現される。
【0030】
・ウイルス及びウイルス感染症
本明細書において「ウイルス」とは、遺伝情報を担う核酸とこれを覆うタンパク質の殻とをその最少構成要素とする微小な感染性構造体で、他生物の細胞を利用して自己を複製させるものをいう。本発明が適用可能なウイルスは、ヒトに感染する限り特に限定されず、何れのウイルスであってもよいが、感染により宿主生物に感染症を呈するウイルスが挙げられる。
【0031】
ウイルスの例としては、特に限定されるものではないが、オルソミクソウイルス(A型インフルエンザウイルス、B型インフルエンザウイルス、C型インフルエンザウイルス等)、コロナウイルス(SARSコロナウイルス(SARS-CoV)、MERSコロナウイルス(MERS-CoV)、SARSコロナウイルス2(SARS-CoV-2))等、パラミクソウイルス(麻疹ウイルス、ムンプスウイルス等)、ラブドウイルス、アレナウイルス、ブニヤウイルス、フィロウイルス、レトロウイルス(ヒト免疫不全ウイルス(HIV)等)、トガウイルス、フラビウイルス(C型肝炎ウイルス(HCV)等)、ピコルナウイルス(ライノウイルスA~C型等)、アストロウイルス、カリシウイルス、レオウイルス、パルボウイルス、アデノウイルス(ヒトアデノウイルスA~G型等)、パピローマウイルス、ポリオーマウイルス、ヘルペスウイルス(単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)、単純ヘルペスウイルス2型(HSV-2)、水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)等)、ヘパドナウイルス(B型肝炎ウイルス(HBV)等)、ポックスウイルス(痘そうウイルス、牛痘ウイルス、サル痘ウイルス、ラクダ痘ウイルス等)等の各科に属するウイルスが挙げられる。
【0032】
本明細書において「感染」とは、ウイルス等の病原体が様々な感染経路を通して宿主の細胞・組織・臓器に吸着・定着・侵入・増殖した状態をいい、顕性感染、不顕性感染、及び持続感染(潜伏感染)を含む。本明細書において「感染症」とは感染が成立して何らかの症状や徴候が現れる状態(例えば、インフルエンザでは発熱、悪寒、頭痛、筋肉痛、関節痛等、COVID-19では肺炎等)をいう。
【0033】
ウイルス感染症の例としては、特に限定されるものではないが、風邪症候群、インフルエンザ、重症急性呼吸器症候群(SARS)、中東呼吸器症候群(MERS)、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)、流行性耳下腺炎(おたふく風邪)、その他のウイルス性肺炎、水痘、帯状疱疹、麻疹、口唇ヘルペス、性器ヘルペス、B型肝炎、C型肝炎、天然痘、サル痘等が挙げられる。
【0034】
・対象
本明細書において「対象」とは、限定されるものではないが、例えば脊椎動物が挙げられる。脊椎動物としては、哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、及び魚類が挙げられる。哺乳類としては、ヒトの他、マウス、ラット、モルモット、サル、ウサギ、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ラクダ、イヌ、ネコ等の非ヒト哺乳類が挙げられる。鳥類としては、例えばニワトリ等が挙げられる。中でも対象としてはヒト又は非ヒト哺乳類が好ましく、特にヒトが好ましい。また、ウイルス感染及び/又はウイルス感染症細胞の移植や遺伝子改変や薬剤(DNA、RNA、各種ワクチン等)によりウイルス感染及び/又はウイルス感染症を誘発させた各種動物を、対象として用いてもよい。更には、所定のウイルス感染症モデルとなる各種動物の個体、細胞、組織、オルガノイド等を、対象として用いてもよい。
【0035】
・判定基準
本発明の方法は、その一態様によれば、対象のD-アミノ酸に関する指標を、所定の判定基準と比較することにより、対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症の検出についての判定を行う。本明細書において「判定基準」とは、対象のD-アミノ酸に関する指標を用いて、対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症の検出についての判定を行うための任意の基準を意味する。例としては、限定されるものではないが、単一の数値からなる所定の基準値(適宜「判定基準値」という。)や、上限値及び下限値によって定められる所定の基準範囲(適宜「判定基準範囲」という。)が挙げられる。即ち、本明細書において「判定基準」とは、「判定基準値」及び「判定基準範囲」を包含する用語である。
【0036】
対象のD-アミノ酸に関する指標を所定の判定基準と比較する方法は特に限定されない。判定基準として判定基準値を用いる場合には、例えば、判定基準値をD-アミノ酸に関する指標の上限値として用い、対象のD-アミノ酸に関する指標が、当該判定基準値と同値以上となるか否か、或いは当該判定基準値を上回るか否か、等を基準として判定を行うことができる。或いは、判定基準値をD-アミノ酸に関する指標の下限値として用い、対象のD-アミノ酸に関する指標が、当該判定基準値と同値以下となるか否か、或いは当該判定基準値を下回るか否か、等を基準として判定を行うことができる。一方、判定基準として判定基準範囲を用いる場合には、例えば、対象のD-アミノ酸に関する指標が、当該判定基準範囲内に収まっているか、当該判定基準範囲を上回るか、それとも当該判定基準範囲を下回るか、等を基準として判定を行うことができる。或いは、対象のD-アミノ酸に関する指標が経時的に、当該判定基準範囲外から当該判定基準範囲内に変動するか、当該判定基準範囲内から当該判定基準範囲外に変動するか、当該判定基準範囲外に持続的に存在するか、或いは当該判定基準範囲内に持続的に存在するか、等を基準として判定を行うことができる。
【0037】
本発明の方法では、判定基準として、単一の判定基準値又は判定基準範囲を使用してもよく、複数の判定基準値又は判定基準範囲を併用してもよく、1又は2以上の判定基準値と1又は2以上の判定基準範囲とを併用してもよい。
【0038】
・ウイルス感染及び/又はウイルス感染症の検出
本発明の方法は、その一態様によれば、対象のD-アミノ酸に関する指標を用いて、対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症の検出についての判定を行い、前記判定の結果に基づき、前記対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症の検出等に関する情報を提供することを含む。
【0039】
具体的には、対象のD-アミノ酸に関する指標の変動を以て、対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症を検出し、その検出結果に関する情報を提供することができる。例えば、インフルエンザ感染が疑われる対象(例えば患者、医療従事者等)において、対象のD-アミノ酸に関する指標の一種である血中D-アミノ酸量の検査値が低下した場合に、前記対象がウイルスに感染した、及び/又は、ウイルス感染症に罹患したと判定し、当該判定結果をウイルス感染及び/又はウイルス感染症の検出情報として提供することができる。また、例えば、インフルエンザ感染が疑われる対象において、血中D-アミノ酸量の検査値が低下傾向を示した場合に、前記対象がウイルスに感染した、及び/又は、ウイルス感染症に罹患したと判定し、当該判定結果をウイルス感染及び/又はウイルス感染症の検出情報として提供することができる。
【0040】
この場合、対象のD-アミノ酸に関する指標の検査値を、過去の同一対象の健常状態におけるD-アミノ酸に関する指標から決定された判定基準や、ウイルス感染及び/又はウイルス感染症を有することが既知の患者又は患者集団のD-アミノ酸に関する指標から決定された判定基準と比較することにより、前記の検出を行ってもよい。例えば、ウイルス感染及び/又はウイルス感染症を有する対象の血中のD-アミノ酸及び/又はL-アミノ酸のプロファイルと、ウイルス感染及び/又はウイルス感染症を有しない対象の血中のD-アミノ酸及び/又はL-アミノ酸のプロファイルとが異なることを利用し、対象のD-アミノ酸に関する指標の検査値と、予め設定されたD-アミノ酸に関する指標の判定基準(基準範囲又は臨床判断値等)とを比較することによって、ウイルス感染の検出有無を判定することができる。具体例としては、D-アミノ酸に関する指標として血中D-アミノ酸量を用い、対象の血中D-アミノ酸量の検査値が所定の判定基準よりも低い場合、或いは、所定の判定基準よりも大きな低下傾向を示す場合に、当該対象がウイルス感染及び/又はウイルス感染症について陽性であると判定することができる。
【0041】
なお、D-アミノ酸に関する指標として、血中D-アミノ酸量を他の検査値等により補正した値を用いる場合は、血中D-アミノ酸量の変動(例えば低下又は上昇)に基づくウイルス感染及び/又はウイルス感染症の検出の判定基準や判定・解析手法を、血中D-アミノ酸量に対する補正内容に応じて適宜設定・変更することができる。一例として、血中D-アミノ酸量を逆数や乗数として補正した値をD-アミノ酸に関する指標として用いる場合は、血中D-アミノ酸量の変動(例えば低下又は上昇)に基づき設定された判定基準について、逆数や対数として用いることができる。
【0042】
従来、ウイルス感染及び/又はウイルス感染症を有する対象において、D-アミノ酸に関する指標の変動(例えば血中D-アミノ酸量の低下又は低下傾向)が認められたとの報告は存在せず、ウイルス感染及び/又はウイルス感染症罹患の有無と、D-アミノ酸に関する指標の変動(例えば血中D-アミノ酸量の低下又は低下傾向)との間に関連性が存在することは知られていなかった。よって、本発明の方法は、臨床においてウイルス感染及び/又はウイルス感染症の検出及び診断に極めて有用である。
【0043】
・ウイルス感染及び/又はウイルス感染症の病期分類
本発明の方法は、その一態様によれば、対象のD-アミノ酸に関する指標を用いて、対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症の病期分類についての判定を行い、前記判定の結果に基づき、前記対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症の病期分類等に関する情報を提供することを含む。
【0044】
本明細書において、ウイルス感染症の症状の程度が増悪することを「悪化」といい、また、増悪の程度に応じて「中等症化」又は「重症化」(例えば、COVID-19では人口呼吸器やECMOが必要な状態)等という。また、本明細書において、症状の程度が軽減することを「改善」、「回復」、又は「寛解」といい、病原体が体外に排除された状態を「治癒」という。また、本明細書において、症状の経過や結果、及び見通しのことを「転帰」という。
【0045】
本明細書において、ウイルス感染症の「病期分類」とは、対象の感染症の病期を、その進行度合いに応じて「潜伏期」、「急性期(悪化期)」、「回復期(改善期)」、「治癒」、「後遺症期」等に分類することをいう。一般的に、遺伝子検査(分子生物学的検査)、免疫学的検査、画像診断や身体所見から分類されるものであり、重症度や治療法決定、予後評価の基礎となる。病期の定義や基準については、関連学術団体や学会等が定める各種感染症の取り扱い規約等から補正や標準化を行ってもよい。
【0046】
斯かる態様において、本発明の方法は、
・前記対象の前記D-アミノ酸に関する指標が低下した場合に、前記対象がウイルス感染症の悪化状態であると判定すること、
・前記対象の前記D-アミノ酸に関する指標が上昇した場合に、前記対象がウイルス感染症の改善状態であると判定すること、及び/又は、
・前記対象の前記D-アミノ酸に関する指標が低下及び上昇を反復した後、健常基準範囲に収束した場合に、前記対象がウイルス感染症の治癒状態であると判定すること
を含んでいてもよい。
【0047】
また、斯かる態様においては、対象のD-アミノ酸に関する指標の検査値を、ウイルス感染症の病期が分類されたウイルス感染症患者のD-アミノ酸に関する指標から決定された判定基準と比較することにより、前記病期分類を行ってもよい。
【0048】
具体的には、例えば、対象のD-アミノ酸に関する指標の一種である血中D-アミノ酸量の検査値を用い、ウイルス感染症の病期を分類することができる。即ち、ウイルス感染症の進行度に応じてウイルス感染症を有する対象の血中のD-アミノ酸及びL-アミノ酸のプロファイルが変動することを利用し、対象のD-アミノ酸に関する指標の検査値を、予め設定された血中D-アミノ酸量に基づく判定基準値(基準範囲又は臨床判断値等)と比較することによって、ウイルス感染症の病期分類についての判定を行い、対応する治療や転帰に関する情報を提供することができる。例えば、血中D-アミノ酸に関する指標を用い、判定基準値が設定されたウイルス感染症の病期分類と、対象の検査値とを比較することにより、対象のウイルス感染症の病期分類についての判定を行い、得られた判定結果を、対象のウイルス感染症の病期分類等に関する情報として提供してもよい。
【0049】
また、例えば、対象のD-アミノ酸に関する指標の一種である血中D-アミノ酸量の検査値の変動を以て、対象のウイルス感染症の病期を分類することができる。即ち、対象の血中D-アミノ酸量の検査値が低下及び/又は低下傾向を示す期間は、当該対象がウイルス感染症の急性期、悪化及び/又は重症化を呈する状態や病期、若しくは、改善及び/又は回復がみられない状態や病期にあると分類できる。更に、対象の血中D-アミノ酸量の検査値が上昇及び/又は上昇傾向を示す期間は、当該対象がウイルス感染症の回復期、改善及び/又は回復を呈する状態や病期にあると分類することができる。また、一態様では、対象の血中D-アミノ酸量が一過性の低下、上昇、又はその反復を示した後、健常状態の基準範囲に収束する場合、当該対象がウイルス感染症の寛解、転帰良好、又は治癒期にあると分類することができる。更に、ウイルス感染症は、悪化状態の継続により、軽症から中等症、重症へと進行していくことから、病期の継続時間、血中D-アミノ酸量の変動の程度等から、併せて重症度を分類することもできる。
【0050】
また、一態様によれば、対象のD-アミノ酸に関する指標の一種である血中D-アミノ酸量について、その検査値の低下が維持されている場合に、当該対象はウイルス感染症が悪化及び/又は重症化している状態、或いは、ウイルス感染症の改善及び/又は回復がみられない状態であると判定することができる。また、対象の血中D-アミノ酸量の検査値がいったん低下した後、上昇に転じる場合に、当該対象はウイルス感染症が改善している状態、又は回復状態であると判定することができる。
【0051】
また、一態様によれば、対象のD-アミノ酸に関する指標の検査値が、一過性の低下若しくは上昇、又はそれらの繰り返しを示した後、同一対象の過去の健常状態における当該指標の基準範囲や、所定の健常状態の基準個体群により設定される当該指標の基準範囲に収束する場合に、当該対象は感染症の寛解、転帰良好、又は治癒状態であると判定することができる。
【0052】
対象のD-アミノ酸に関する指標の検査値の低下及び上昇は、例えば、同一対象の過去の健常状態における当該指標の基準値又は基準範囲や、所定の健常状態の基準個体群により設定される当該指標の基準値又は基準範囲や予め定められた臨床判断値を判定基準として、これを対象のD-アミノ酸に関する指標の検査値と比較することによって決定することもできる。又は、対象の2点以上の経時的な検査値間の比較によって決定することもできる。
【0053】
なお、D-アミノ酸に関する指標として、血中D-アミノ酸量を他の検査値等により補正した値を用いる場合は、血中D-アミノ酸量の変動(例えば低下又は上昇)に基づくウイルス感染及び/又はウイルス感染症の病期分類の判定基準や判定・解析手法を、血中D-アミノ酸量に対する補正内容に応じて適宜設定・変更することができる。一例として、血中D-アミノ酸量を逆数や乗数として補正した値をD-アミノ酸に関する指標として用いる場合は、血中D-アミノ酸量の変動(例えば低下又は上昇)に基づき設定された判定基準について、逆数や対数として用いることができる。
【0054】
従来、ウイルス感染及び/又はウイルス感染症を有する対象において、ウイルス感染及び/又はウイルス感染症の病期に応じて、D-アミノ酸に関する指標の変動(例えば血中D-アミノ酸量の低下又は上昇のパターン)が認められたとの報告は存在せず、ウイルス感染及び/又はウイルス感染症の病期と、D-アミノ酸に関する指標の変動(例えば血中D-アミノ酸量の低下又は上昇のパターン)との間に関連性が存在することは知られていなかった。よって、本発明の方法は、臨床においてウイルス感染及び/又はウイルス感染症の検出及び診断に極めて有用である。
【0055】
・ウイルス感染及び/又はウイルス感染症の検査結果及び/又は診断結果の妥当性の検証
本発明の方法は、前記のウイルス感染及び/又はウイルス感染症の検出及び/又は病期分類の判定結果に基づき、他の情報を提供することも可能である。例えば、一態様によれば、本発明の方法は、対象のD-アミノ酸に関する指標の検査値に基づき行われた、前述のウイルス感染及び/又はウイルス感染症の検出及び/又は病期分類の判定結果に基づいて、前記対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症の検査結果及び/又は診断結果の妥当性の検証に関する情報を提供することもできる。
【0056】
ウイルス感染検査に汎用されるPCR検査や抗体検査は、採取検体(鼻や喉の拭い液や喀痰等)に含まれるウイルス量やタンパク質量等の原因により、測定限界を下回る場合も少なくなく偽陰性が呈されるという問題があった(非特許文献6、7)。血中D-アミノ酸量は、その摂取、吸収、輸送、分布、代謝(合成・分解)、排泄、作用等の一部がウイルス感染による影響を受け変動することから、対象の血中D-アミノ酸量等のD-アミノ酸に関する指標の検査値の変動は、従来の検査マーカーの変動と原理的に異なるため、真陽性・偽陽性の判定において有用性が高い。即ち、対象の環境や症状等からウイルス感染の疑いがあるが、所定の検査において陰性との結果が得られている場合は、D-アミノ酸に関する指標の検査値を用いて、偽陰性(第二種過誤)・真陰性の判定をすることもできる。特に、対象の血中D-アミノ酸量が低下(減少)する現象は、ウイルス感染に特異的であるため、ウイルスやその断片の直接的な検出と異なり、宿主の生理変動についてD-アミノ酸とL-アミノ酸を識別し、疾患状態の表現型(phenotype)を検査することが可能なD-アミノ酸に関する指標は、特別な特徴を有し、ウイルス感染の検出及び/又は検査結果の真偽判定に効果を奏する。
【0057】
本明細書において「検査又は診断結果の妥当性の検証」とは、問診や対象から採取された検体(咽頭分泌物、痰・気道分泌物、尿、膣分泌物、糞便、血液、髄液等)の検査(生化学検査、血清学検査、内分泌検査、微生物学検査、ウイルス学検査、培養検査、顕微鏡検査、遺伝子検査(PCR法、ハイブリダイゼーション等)、免疫学的検査(抗原・抗体検出法)、病理学検査、画像検査(内視鏡検査、造影剤検査、超音波検査、CT検査、MRI検査等)、特定の薬剤の効果や副作用を予め調べるコンパニオン診断に関する検査等、偽陽性、偽陰性の判定を含み得る臨床検査によって診断された対象について、原理の異なる別の指標を用いることで診断結果の妥当性を検証することをいう。具体例として、所定のペア血清の抗体検出によって陽性と判定された対象について、対象の血中D-アミノ酸量等のD-アミノ酸に関する指標による判定に基づき、対象のウイルス感染及び/ウイルス感染症が陽性と判定されれば真陽性、陰性と判定されれば偽陽性(第一種過誤)と判定することができる。逆に、陰性と判定された対象について、対象の血中D-アミノ酸量等のD-アミノ酸に関する指標による判定に基づき、対象のウイルス感染及び/ウイルス感染症が陽性と判定されれば偽陰性(第二種過誤)、陰性と判定されれば真陰性と判定することができる。
【0058】
前記のウイルス感染及び/又はウイルス感染症の検出及び/又は病期分類の判定結果に基づく、検査結果及び/又は診断結果の妥当性の検証は、その指標の判定基準(本明細書において「基準範囲」又は「臨床判断値」ともいう。)を用いる比較や解析により実施される。本発明において用いられ得る判定基準(基準範囲又は臨床判断値)は、対象個々の健常状態における検査値により対象個別の基準値及び臨床判断値を設定され、又は、一定の基準を満たす健常者(基準固体)又は感染、及び感染症を有する対象集団の検査値分布の中央の一般に95%区間として設定されるが、目的に応じて任意の区間を設定することもできる。判定基準は、特定の病態について、一般にその診断、予防や治療、予後について判定を行う基準で、診断閾値、治療閾値、予防医学閾値がある。これらの閾値(カットオフ値)は、ROC曲線(Receiver Operating Characteristic curve)、多変量ロジスティック回帰モデル、Cox比例ハザードモデル等を用いた予測能・判定能に関する解析データや結果が利用され、症例対照研究、臨床医学の経験則、症例集積研究、コホート研究、専門家による合意等により設定され得る。例えば、前記の各種の検査値を、本発明の方法によるD-アミノ酸に関する指標に基づく判定結果と比較することにより、対象の検査又は診断結果の妥当性の検証結果に関する情報を提供することができる。また、任意の2点以上の時点における対象のD-アミノ酸に関する指標の検査値において、経時的に上昇を示す場合を上昇傾向、低下を示す場合を低下傾向とした場合に、それら2点以上の時点における対象のD-アミノ酸に関する指標の検査値を比較・解析することにより、検査結果及び/又は診断結果のより詳細な妥当性検証が可能となる。
【0059】
・ウイルス感染及び/又はウイルス感染症の治療手段の選択
また、一態様によれば、本発明の方法は、対象のD-アミノ酸に関する指標の検査値に基づき行われた、前述のウイルス感染及び/又はウイルス感染症の検出及び/又は病期分類の判定結果に基づいて、前記対象のウイルス感染症の治療手段の選択に関する情報を提供することもできる。
【0060】
本明細書において、「治療手段の選択」とは、特定の疾患を診断された対象において、手術、放射線療法、化学療法、薬物療法、免疫療法、食事療法、運動療法等や、更にそれぞれの技術(例えば、術式、投与法等)から最適な手段を選んだり、或いはその優先度を決定すること、また、所定の治療手段の選択が好適になるように対象に処置を加えることをいう。選択の基準や目的として、疾患の治癒、症状の軽減又は排除、疾患の進行の停止又は減速、疾患又は症状の予防、基礎疾患の悪化抑制、副作用の回避又は最小化、費用対効果、QOLの向上・維持等がある。
【0061】
一態様によれば、本発明の方法の実施前に、ウイルス感染症を有することが既知の対象について、ウイルス感染症の治療手段に応答する対象、及び/又は、応答しない対象を峻別しておき、これらの対象のD-アミノ酸に関する指標の測定値から、予め治療手段の選択に関する判定基準を設定しておく。その上で、本発明の方法の実施に際し、新たな対象から得られたD-アミノ酸に関する指標の検査値を、前記既知の対象に基づき設定された判定基準と比較し、得られた判定結果を、対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症の治療手段の選択に関する情報として提供することができる。
【0062】
一態様によれば、本発明の方法により、対象のD-アミノ酸に関する指標を用いて、ウイルス感染症の治療手段の選択を補助するための情報を提供することができる。ウイルス感染や治療におけるウイルス感染症の応答や変化に関連して、対象の血中のD-アミノ酸及びL-アミノ酸のプロファイルが異なることを利用し、対象のD-アミノ酸に関する指標の検査値を、予め設定された判定基準(基準範囲又は臨床判断値)と比較することによって、薬物療法、酸素療法(経鼻カニュラ、HFNC、CPAP、NPPV等、呼吸不全)、外科的治療、人工呼吸管理(人工呼吸器等)、ECMO(extracorporeal membrane oxygenation)、血液浄化療法(透析、血漿交換、アフェレシス等)、血栓症対策、腎障害対策、対症療法(解熱、鎮咳等)、食事療法等から最適な手段を選択したり、或いはその優先度の決定について補助する。治療段階においても対象のD-アミノ酸に関する指標をリアルタイムにモニタリングすることによって、次段階の治療手段の選択を補助するための情報を提供することができる。更にパンデミックやバイオテロ時にはD-アミノ酸に関する指標D-アミノ酸に関する指標による判定に基づいて、対象の医療・治療の優先度を決定して選別するトリアージや、警戒期、パンデミック期、移行期それぞれのパンデミックフェーズにおけるリスクアセスメントに利用することができる。薬物療法に主に用いられる抗ウイルス薬は、ウイルスの宿主細胞への吸着・侵入阻害、細胞内での脱殻阻害・核酸合成阻害・タンパク質合成阻害、細胞外への放出阻害等の効果を示す薬剤であり、酸素療法や人工呼吸器の使用、ECMOは、重症化した対象に用いられる。
【0063】
また、一態様によれば、本発明の方法により、対象のD-アミノ酸に関する指標を用いて、ウイルス感染症の治療手段として最適な抗ウイルス薬等の薬剤を選択したり、或いはその優先度の決定について補助するための情報を提供することができる。具体例として、対象のD-アミノ酸に関する指標を用いて、予め所定の薬剤の効果や副作用、副反応に関する判定基準(基準範囲又は臨床診断値)を設定し、対象の検査値と比較することにより、薬剤投与の可否を検討することができる。また、一態様によれば、対象のD-アミノ酸に関する指標を用いて、薬剤投与後の効果や副作用、副反応を予測、判定したり、投与の継続や中止、或いは投与量や投与タイミングの決定について補助するための情報を提供することができる。更には、対象のD-アミノ酸に関する指標を用いて、対象におけるD-アミノ酸に関する指標の値を調整する手段の決定について補助するための情報を提供することができる。更には、対象のD-アミノ酸に関する指標を用いて、対象におけるD-アミノ酸に関する指標の値を調整する手段をスクリーニングするための情報を提供することができる。
【0064】
ウイルス感染症の治療手段として使用可能な薬剤の具体例としては、限定されるものではないが、以下が例示される。ウイルス感染症治療薬として、ノイラミニダーゼ阻害薬(オセルタミビル、ザナミビル、ペラミビル、ラニナミビル等)、M2蛋白阻害薬(アマンタジン等)、RNAポリメラーゼ阻害薬(ファビピラビル、モルヌピラビル等)、キャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害薬(バロキサビル、マルボキシル等)、抗ヘルペスウイルス薬(アシクロビル、バラシクロビル、ファムシクロビル、アメナメビル等)、抗サイトメガロウイルス薬(ガンシクロビル、ホスカルネット、バルガンシクロビル等)、抗B型肝炎ウイルス薬(エンテカビル、テノホビル、ラミブジン、アデホビル等)、抗C型肝炎ウイルス薬(ソホスブビル、リバビリン、レジバスビル等)、ヌクレオシド系逆転写阻害薬(テノホビル、エムトリシタビン等)、非ヌクレオシド系逆転写酵素阻害薬(リルピピリン、エファビレンツ等)、インテグラーゼ阻害薬(エルビテグラビル、ドルテグラビル等)、プロテアーゼ阻害薬(ダルナビル、リトナビル等)、CCR5阻害薬(マラビロク等)抗菌薬、漢方薬(葛根湯、小青竜湯、麻黄湯等)、アセトアミノフェン、NSAIDs、抗ヒスタミン薬、免疫抑制薬(ステロイド、バリシチニブ等)、中和抗体薬(レムデシビル、カシリビマブ、イムデビマブ、ソトロビマブ等)、ヤヌスキナーゼ阻害薬(バリシチニブ)、RNA合成酵素阻害薬(レムデシビル)、生理活性ペプチド(アドレノメデュリン等)、GM-CSF製剤(サルグラモスチム等)、抗凝固薬(ヘパリン等)、抗寄生虫薬(イベルメクチン等)、ヒト化抗ヒトIL-6受容体モノクローナル抗体(トシリズマブ、サリルマブ等)、セリンプロテアーゼ阻害薬(ナファモスタット等)、ワクチン(DNAワクチン、RNAワクチン、弱毒化ワクチン、アデノウイルスベクターワクチン等)、経口補液、輸液、輸血、等が用いられ得る。
【0065】
・その他
本発明の方法は、以上の他にも種々の情報の提供に利用することができる。例えば、一態様によれば、本発明の方法は、対象のD-アミノ酸に関する指標の検査値に基づき行われた、前述のウイルス感染及び/又はウイルス感染症の検出及び/又は病期分類の判定結果に基づいて、ウイルス感染及び/又はウイルス感染症のスクリーニングやその病態の診断に関する情報を提供することもできる。また、一態様によれば、本発明の方法は、対象のD-アミノ酸に関する指標の検査値に基づき行われた、前述のウイルス感染及び/又はウイルス感染症の検出及び/又は病期分類の判定結果に基づいて、薬剤開発における効果・副作用・副反応のスクリーニングや治験の判定、代替的なエンドポイント等に関する情報を提供することもできる。前記複数の情報は、目的に応じて個別に提供されてもよく、同時に提供されてもよい。
【0066】
[ウイルス感染及び/又はウイルス感染症に関する情報を提供するシステム(本発明のシステム)]
本発明の一側面は、本発明の方法を実施することにより、対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症に関する情報を提供するためのシステム(適宜「本発明のシステム」と略称する。)に関する。
【0067】
図12は、本発明のシステムの構成の一例を模式的に示すブロック図である。但し、図12に示す構成はあくまでも一例であり、本発明のシステムの構成はこれに何ら限定されるものではない。図12に示す試料分析システム10は、記憶部11と、入力部12と、分析測定部13と、データ処理部14と、出力部15とを含む。記憶部11は、ウイルス感染及び/又はウイルス感染症に関する判定基準を含む種々の情報を記憶するように構成される。入力部12は、対象からの情報を含む種々の情報を入力できるように構成される。分析測定部13は、対象からの情報を分析測定することにより、対象のD-アミノ酸に関する指標を取得する等、種々の分析測定を実施できるように構成される。データ処理部14は、対象のD-アミノ酸に関する指標を前記判定基準に基づいて処理することにより、対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症についての判定を実施する等、種々の演算処理を実施できるように構成される。出力部15は、ウイルス感染及び/又はウイルス感染症に関する情報を含む種々の情報を出力できるように構成される。
【0068】
具体的に、記憶部11は、例えばRAM、ROM、フラッシュメモリ等のメモリ装置、ハードディスクドライブ等の固定ディスク装置や、フレキシブルディスク、光ディスク等の可搬用の記憶装置等により構成される。記憶部11は、入力部12から入力されたデータ及び指示、分析測定部13で測定したデータ、データ処理部14で行った演算処理結果等の他、試料分析システム10を実現する情報処理装置の各種処理に用いられるコンピュータプログラムやデータベース等、種々の情報を記憶するように構成される。コンピュータプログラムは、例えばCD-ROM、DVD-ROM等のコンピュータ読み取り可能な記録媒体や、インターネットを介してインストールされてもよい。コンピュータプログラムは、公知のセットアッププログラム等を用いて記憶部11にインストールされる。
【0069】
入力部12は、試料分析システム10の外部とのインターフェイスであり、キーボード、マウス等の操作部も含む。これにより、入力部12は、分析測定部13で測定したデータや、データ処理部14で行う演算処理の指示等を入力することができる。また、入力部12は、例えば分析測定部13が外部にある場合、操作部とは別に、測定したデータ等をネットワークや記憶媒体を介して入力することができるインターフェイス部を含んでもよい。
【0070】
分析測定部13は、対象からの情報を分析測定することにより、対象のD-アミノ酸に関する指標を取得するように構成される。例えば、分析測定部13は、対象の血液試料から少なくともD-アミノ酸量を測定できるように構成することができる。従って、分析測定部13は、アミノ酸のD体及びL体の分離及び測定を可能にする構成を有してもよい。アミノ酸は1種類ずつ分析する構成であってもよいが、一部又は全ての種類のアミノ酸についてまとめて分析する構成であってもよい。分析測定部13は、以下のものに限定されることを意図するものではないが、例えば試料導入部、光学分割カラム、検出部を備えたキラルクロマトグラフィーシステム、好ましくは高速液体クロマトグラフィーシステムであってもよい。特定のアミノ酸量のみを検出する観点では、酵素法や免疫学的手法による定量を実施してもよい。分析測定部13は、検査値の評価システムとは別に構成されていてもよく、測定したデータ等をネットワークや記憶媒体を用いて入力部12を介して入力してもよい。
【0071】
データ処理部14は、分析測定部13により測定されたD-アミノ酸に関する指標を、前記記憶部に記憶された判定基準と比較することで、対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症についての情報の選択ができる。D-アミノ酸に関する指標は、対象の生体内物質の量(例えば、D-アミノ酸量、又は検査の指標)で補正した式又は値であってもよく、生理的変動要因、例えば、年齢、性別、BMI等で補正した式又は値であってもよい。データ処理部14は、記憶部に記憶しているプログラムに従って、分析測定部13で測定され、記憶部11に記憶されたデータに対して、各種の演算処理を実行する。演算処理は、データ処理部に含まれるCPUにより行われる。このCPUは、分析測定部13、入力部12、記憶部11、及び出力部15を制御する機能モジュールを含み、各種の制御を行うことができる。これらの各部は、それぞれ独立した集積回路、マイクロプロセッサ、ソフトウェア等で構成されてもよい。
【0072】
出力部15は、データ処理部で演算処理を行った結果である、対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症についての情報を出力するように構成さる。出力部15は、演算処理の結果を直接表示する液晶ディスプレイ等の表示装置、プリンタ等の出力手段であってもよいし、外部記憶装置への出力又はネットワークを介して出力するためのインターフェイス部であってもよい。
【0073】
図13は、本発明のシステムによる処理(本発明の方法)の一例を模式的に示すフローチャートである。但し、図13に示す処理はあくまでも一例であり、本発明のシステムによる処理はこれに何ら限定されるものではない。まず、ウイルス感染及び/又はウイルス感染症に関する判定基準を入力部12から読み込んで記憶部11に記憶する(ステップS1)。次に、対象のD-アミノ酸に関する情報を入力部12から読み込んで記憶部11に記憶する(ステップS2)。続いて、分析測定部13において、記憶部11に記憶された対象からの情報を分析測定することにより、対象のD-アミノ酸に関する指標を取得する(ステップS3)。次にデータ処理部14において、分析測定部13で取得された対象のD-アミノ酸に関する指標を、記憶部11に記憶された判定基準に基づいて処理することにより、対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症についての判定を実施する(ステップS4)。続いて、データ処理部14による対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症についての判定結果を、対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症に関する情報として記憶部11に記憶、出力部15から出力する(ステップS5)。
【0074】
[その他]
以上、本発明を具体的な実施の形態に即して詳細に説明したが、本発明はこれらの実施の形態に限定されるものではなく、当業者であれば上記の説明から他の様々な発明概念を導き出すことが可能であるところ、それらは何れも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0075】
例えば、汎用の情報処理装置を用いて本発明のシステムを実現し、本発明の方法を実施するためのコンピュータープログラム(適宜「本発明のプログラム」という。)を提供することも可能である。具体的に、本発明のプログラムは、汎用の情報処理装置にインストールして実行することにより、当該情報処理装置及びそれに接続された入出力インターフェースや分析装置等の外部機器を、例えば図12に示す、記憶部11と、入力部12と、分析測定部13と、データ処理部14と、出力部15とを含む試料分析システム10として機能させることが可能なコンピューターインストラクションを含むプログラムとして構成することができる。斯かる本発明のプログラムは、当業者には周知のコンピュータープログラミングの知識により実現可能である。斯かる本発明のプログラム、及び、当該プログラムを含むCD-ROM等の記録媒体も、本発明の技術的範囲に含まれる。
【0076】
本発明は、対象におけるD-アミノ酸に関する指標の検査値を、所定の判定基準(基準範囲又は臨床判断値)と比較することにより実施可能であることから、医師による判断を要することなく、臨床検査・健康診断・データ処理業者等の医師以外の者や、分析・解析システム、及び分析・解析プログラムにより実施可能であり、惹いてはいわゆる医療行為等には該当しない。即ち、対象のD-アミノ酸に関する指標に基づく、対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症の検出及び/又は病期分類についての判定結果として提供することから、医師による診断・治療等の医療行為を代替するものではなく、その診断・治療等の精度向上や効率化を実現する予備方法又は補助方法として、極めて高い技術的有用性を有する。
【実施例0077】
以下、本発明を実施例に則して更に詳細に説明するが、これらの実施例はあくまでも説明のために便宜的に示す例に過ぎず、本発明は如何なる意味でもこれらの実施例に限定されるものではない。当業者は本明細書の記載に基づいて容易に本発明に修飾・変更を加えることが可能であるところ、それらは何れも本発明の技術的範囲に含まれるものとする。
【0078】
実施例において、記号の意味は下記の通りである。
PD-AA:血漿中D-アミノ酸量(nmol/mL、μM)
PL-AA:血漿中のL-アミノ酸濃度(nmol/mL、μM)
PCre:血漿中のクレアチニン濃度
P%D:(PD-AA/PD-AA+PL-AA)×100(%)
【0079】
[実施例1:インフルエンザモデルマウス試験]
特定病原体管理施設で飼育したC57BL6マウス(SLC、東京、日本)において、短期間に重度の感染を誘発するために、H1N1インフルエンザウイルス株(ATCC、マナサス、米国)をPR8のTCID50(組織培養感染量中央値(Median tissue culture infectious dose)、50%感染量)の50倍を含む10Lの水を、麻酔をかけた4週齢の個体(n=7)に経鼻投与して感染させた。感染後所定のスケジュールにて各個体と対照個体(n=5)から血液を採取し、血漿中のキラルアミノ酸(D-アミノ酸とL-アミノ酸)を2D-HPLCで定量分析した。
【0080】
なお、本実験は、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所の動物委員会によって承認され、日本の動物保護管理法のガイドラインに従って実施された。
【0081】
図1は、実施例1におけるインフルエンザウイルス感染マウスの血中D-アミノ酸量の経時変化を示すグラフである。図1AはPD-Ala、図1BはPD-Asn、図1CはPD-Pro、図1DはPD-Serのデータを示す。これらのデータから明らかなように、インフルエンザウイルス感染マウスの血中D-アミノ酸量は、何れも感染後に経時的に低下(減少)していることから、血中D-アミノ酸量の変動によりウイルス感染に関する情報を提供することが可能である。また、インフルエンザウイルス感染マウスの血中D-アミノ酸量は上昇に転じることなく継続的な低下を示しており、その間症状(体重減少、図4参照)が続き重症化及び死亡したことから、インフルエンザウイルス感染マウスは、感染後の試験期間に亘り急性期(悪化期)であったと判定することができる。
【0082】
図2は、実施例1におけるインフルエンザウイルス感染マウス群と非感染マウス(対照)群のPD-AAについてt検定(*<0.05)を実施したグラフである。図2AはPD-Ala、図2BはPD-Asn、図2CはPD-Pro、図2DはPD-Serのデータを示す。これらのデータによると、インフルエンザウイルス感染マウスのPD-AAは、何れも対照群に対し有意に低下(減少)していることから、血中D-アミノ酸量の低下に基づいてウイルス感染を判定できることが分かる。複数のPD-AAを用いてパネル検査をすることにより、より精度の高い判定をすることが可能である。
【0083】
図3は、実施例1におけるインフルエンザウイルス感染マウス群と非感染マウス(対照)群の血中D-アミノ酸比率(P%D={PD-AA/(PD-AA+L-AA)}×100)についてt検定(*<0.05)を実施したグラフである。図3AはP%D-Ala、図3BはP%D-Asn、図3CはP%D-Pro、図3DはP%D-Serのデータを示す。これらのデータによると、インフルエンザウイルス感染マウスのP%D-Alaは対照群に対し有意に低下しており、P%D-Asn、P%D-Pro、P%D-Serは対照群に対し低下傾向を示していることから、血中D-アミノ酸比率の低下に基づいてウイルス感染を判定できることが分かる。複数のP%D-AAを用いてパネル検査をすることにより、より精度の高い判定をすることが可能である。上述したPD-AA、P%D-AAを合わせたパネル検査の実施により、更に判定精度を高めることができる。また、これらの判定結果を用いることにより、PCR検査等の他のウイルス感染及び/又はウイルス感染症に関する検査結果の妥当性の検証に利用することができる。
【0084】
図4は、実施例1におけるインフルエンザウイルス感染マウスの体重を、非感染マウスとの対比で示すグラフである。このデータから、インフルエンザウイルス感染症の症状の一つであるマウスの体重は明確に減少しており、インフルエンザモデルマウスが重症化インフルエンザモデルとして機能していることが示されている。
【0085】
[実施例2:COVID-19の臨床試験]
新型コロナウイルス感染症COVID-19の重症患者におけるウイルス吸着療法の有効性と安全性を評価するための第1相及び第2相のシングルアーム、多施設、オープンブラインド試験による臨床研究の一部として観察研究を実施した(CA1CH-COVID、日本臨床試験登録ID:052200134)。
【0086】
被験者の選択基準は、18歳以上、事前登録検査における血液のSARS-CoV-2陽性、及び人工呼吸又はECMOの何れかを必要とするCOVID-19の重症例(n=5、なお1例は腎不全患者)とし、除外基準は、血行動態が不安定で血液浄化療法を受けることが困難な患者とした。主要アウトカムは、回復後の人工呼吸又はECMOの中止とし、副次アウトカムは、(i)吸気酸素分圧に対する動脈酸素分圧の比(PaO2/FiO2比)を指標とした呼吸機能の改善、及び(ii)血液のSARS-CoV-2陰性とした。
【0087】
0日目のSARS-CoV-2の血液検査を含む適格性確認によるスクリーニング後、患者は3日間連続してSARS-CoV-2吸着カラムを使用した血液浄化療法を受けた。0~15日の期間、対象患者から採取した血液の血漿中のキラルアミノ酸(PD-AA、PL-AA)についてHPLCで定量分析した。対照として、本発明者の既報文献のうち、E. Clinical. Medicine, 2022,(非特許文献3)、Sci. Rep., 2019,(非特許文献8)に記載の健常集団を用いた。
【0088】
なお、本臨床研究は、大阪大学中央倫理審査委員会(#CRB5180007)によって承認され、全ての被験者から書面によるインフォームドコンセントを得て、ヘルシンキ宣言、及び人間を対象とする医学研究のための倫理ガイドラインに準拠して実施された。
【0089】
図5は、実施例2におけるCOVID-19患者の治療経過におけるPD-AAの経時変化を示すグラフ(腎不全患者を除く)である。図5AはPD-Ala、図5BはPD-Asn、図5CはPD-Pro、図5DはPD-Serのデータを示す。なお、水平線は健常対照の基準範囲(95%信頼区間)を示す。これらのデータから明らかなように、何れのCOVID-19患者のPD-AAも基準範囲よりも低値、或いは低下傾向を示していることから、血中D-アミノ酸量の低下及び低下傾向により、対象がCOVID-19に罹患していることを判定することができる。また、患者群は0日目の時点でECMOを必要とする重症化状態であったが、治療(ウイルス吸着療法)が開始されると回復状態を呈し、最終的に何れの患者も寛解・治癒状態へとの経過を辿った。PD-AAは、急性期(悪化期、重症化期)に示した低下から、回復期(改善期)には上昇に転じ、最終的に基準範囲に収束、若しくは近づくという特徴的なパターンを示していることから、血中D-アミノ酸量を用いてウイルス感染症の病期の分類が可能である。また、ウイルス吸着療法のような治療法の効果を評価すること、効果的な治療法の選択を補助することもできる。
【0090】
図6は、実施例2におけるCOVID-19患者群と健常対照群の血中D-アミノ酸量についてt検定(*<0.05)を実施したグラフである。図6AはPD-Ala、図6BはPD-Asn、図6CはPD-Pro、図6DはPD-Serのデータを示す。これらのデータによると、COVID-19患者群のPD-Ala、PD-Pro、PD-Serは、健常対照群に対し有意に低下(減少)しており、PD-Asnは健常対照群に対し低下傾向を示すことから、血中D-アミノ酸量の低下に基づいてウイルス感染症を判定できることが分かる。複数のPD-AAを用いてパネル検査をすることにより、より精度の高い判定をすることが可能である。
【0091】
図7は、実施例2におけるCOVID-19患者群と健常対照群の血中D-アミノ酸比率(%PD={PD-AA/(PD-AA+PL-AA)}×100)についてt検定(*<0.05)を実施したグラフである。図7AはP%D-Ala、図7BはP%D-Asn、図7CはP%D-Pro、図7DはP%D-Serのデータを示す。これらのデータから明らかなように、COVID-19患者群のP%D-AAは、何れも健常対照群に対し有意に低下していることから、血中D-アミノ酸比率の低下に基づいてウイルス感染症を判定することができる。複数のP%D-AA及び図6のPD-AAを用いてパネル検査をすることにより、より精度の高い判定をすることが可能である。上述したPD-AA、P%D-AAを合わせたパネル検査の実施により、更に判定精度を高めることができる。また、これらの判定結果を用いることにより、PCR検査等の他のウイルス感染及び/又はウイルス感染症に関する検査結果の妥当性の検証に利用することができる。
【0092】
図8は、実施例2におけるCOVID-19患者群のうち、上記解析から除外された末期腎不全患者の治療経過におけるPD-AAの経時変化を示すグラフである。このデータによると、COVID-19に罹患した末期腎不全患者のPD-AAは、特許文献5や非特許文献9で知られている通りベースラインが高いものの、他のCOVID-19患者と同様の特徴的な変動パターンを示す。従って、腎機能マーカー(例えばPCre等)で補正することにより、上記図6及び図7で示した例と同様の評価・判定を実施することができる。
【0093】
図9は、実施例2における被験者のPD-AAを変数とするCOVID-19の予測(診断)に関するROC(receiver operating characteristic)曲線である。図9AはPD-Ala、図9BはPD-Pro、図9CはPD-Serのデータを示す。これらのデータによると、PD-Alaを変数として用いた場合のAUC(area under the curve)は0.929、PD-Proを変数として用いた場合のAUCは0.967、PD-Serを変数として用いた場合のAUCは0.878と、何れも高い予測(診断)能を有することが分かる。
【0094】
図10は、実施例2における被験者のP%D-AAを変数とするCOVID-19の予測(診断)に関するROC曲線である。図10AはP%D-Ala、図10BはP%D-Pro、図10CはP%D-Serのデータを示す。これらのデータによると、P%D-Alaを変数として用いた場合のAUCは1.000、P%D-Proを変数として用いた場合のAUCは1.000、P%D-Serを変数として用いた場合のAUCは0.996と、何れも極めて高い予測(診断)能を有することが分かる。
【0095】
図11は、実施例2における被験者の複数PD-AAを多変数とするCOVID-19の予測(診断)に関するROC曲線のAUCを示す表である。これらのデータによると、2変数ではPD-Ser・ProのAUCは0.967、PD-Ser・AlaのAUCは0.946、PD-Pro・AlaのAUCは0.982、3変数ではPD-Ser・Pro・AlaのAUCは1.000と、何れも高い予測(診断)能を有することが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0096】
本発明は、ウイルス感染及び/又はウイルス感染症の診断・治療等の分野において、極めて高い有用性を有する。
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図2
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図5-1】
図5-2】
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