(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024060265
(43)【公開日】2024-05-02
(54)【発明の名称】放射冷却構造体および放射冷却構造体の製造方法
(51)【国際特許分類】
B32B 7/023 20190101AFI20240424BHJP
B32B 7/027 20190101ALI20240424BHJP
B32B 9/00 20060101ALI20240424BHJP
C09K 5/02 20060101ALI20240424BHJP
【FI】
B32B7/023
B32B7/027
B32B9/00 A
C09K5/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022167534
(22)【出願日】2022-10-19
(71)【出願人】
【識別番号】306037311
【氏名又は名称】富士フイルム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】小野 雅司
(72)【発明者】
【氏名】高田 真宏
【テーマコード(参考)】
4F100
【Fターム(参考)】
4F100AA11C
4F100AA17D
4F100AA20A
4F100AB10B
4F100AR00B
4F100AR00C
4F100AR00D
4F100AT00A
4F100BA04
4F100BA07
4F100BA10A
4F100BA10D
4F100EH462
4F100EH46D
4F100EH662
4F100EH66B
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4F100EJ422
4F100EJ48D
4F100JD10B
4F100JG05C
4F100JJ10D
4F100JN06B
4F100YY00B
4F100YY00C
4F100YY00D
(57)【要約】
【課題】高い冷却効果を有し、放射変調特性に優れた放射冷却構造体およびその製造方法を提供する。
【解決手段】支持体11と、支持体11上に形成された、可視光遮蔽性および赤外光反射性を有する反射層12と、反射層12上に形成された、S、Se及びTeから選ばれる少なくとも1種の原子を含む誘電体で構成された誘電体層13と、誘電体層13上に形成された、相転移材料を含む相転移材料層14と、を備えた放射冷却構造体。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
支持体と、
前記支持体上に形成された、可視光を遮蔽し、赤外光反射性を有する反射層と、
前記反射層上に形成された、S、Se及びTeから選ばれる少なくとも1種の原子を含む誘電体で構成された誘電体層と、
前記誘電体層上に形成された、相転移材料を含む相転移材料層と、を備えた放射冷却構造体。
【請求項2】
前記相転移材料は、温度変化によって金属-絶縁体転移を示す材料である、請求項1に記載の放射冷却構造体。
【請求項3】
前記相転移材料はV、Nd、Ni、Ge、Sb、Te、Fe、La、Sm、TiおよびCoから選ばれる少なくとも1種の原子を含む、請求項1または2に記載の放射冷却構造体。
【請求項4】
前記相転移材料はVO2を含む、請求項1または2に記載の放射冷却構造体。
【請求項5】
前記相転移材料層はVO2粒子の焼結膜である、請求項1または2に記載の放射冷却構造体。
【請求項6】
前記相転移材料層の膜厚が50nm以上である、請求項1または2に記載の放射冷却構造体。
【請求項7】
前記誘電体層はZn原子を含む、請求項1または2に記載の放射冷却構造体。
【請求項8】
前記誘電体層はZnSを含む、請求項1または2に記載の放射冷却構造体。
【請求項9】
前記誘電体層の膜厚が1μm以上である、請求項1または2に記載の放射冷却構造体。
【請求項10】
前記反射層の波長10μmの光の反射率が90%以上である、請求項1または2に記載の放射冷却構造体。
【請求項11】
前記反射層はAg、Au、Cu、Al、W、Mo、Pt、SnおよびZnから選ばれる少なくとも1種の原子を含む、請求項1または2に記載の放射冷却構造体。
【請求項12】
前記反射層はAl原子を含む、請求項1または2に記載の放射冷却構造体。
【請求項13】
前記誘電体層は以下の式(1)の条件を満たす、請求項1または2に記載の放射冷却構造体;
8μm≦4×D1×N1≦14μm ・・・(1)
D1は、前記誘電体層の膜厚であり、
N1は前記誘電体層の波長10μmにおける屈折率である。
【請求項14】
支持体上に、可視光を遮蔽し、赤外光反射性を有する反射層を形成する工程と、
前記反射層上に、S、Se及びTeから選ばれる少なくとも1種の原子を含む誘電体で構成された誘電体層を形成する工程と、
前記誘電体層上に、相転移材料の前駆体を含む前駆体分散液を塗布して相転移材料前駆体層を形成する工程と、
前記相転移材料前駆体層を加熱処理して前記前駆体を相転移材料に転化させて相転移材料層を形成する工程と、
を含む、放射冷却構造体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放射冷却構造体およびその製造方法に関する。より詳しくは、放射変調特性を有する放射冷却構造体およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ナノフォトニクス技術を用いて、波長選択的に吸収/反射/透過等の光学特性を制御する研究が盛んに行われている。その中で、例えば近赤外領域においては、太陽光の内、近赤外光だけをカットする遮熱材や、更には近赤外光の遮光を動的に制御するエレクトロクロミック材料などが、研究・開発、あるいは実用化されている。また例えば、中~遠赤外領域に目を向けると、大気の窓領域である8~13μm帯の放射率を制御する事によって物体の熱輻射を制御する放射冷却に関する検討が盛んに行われている。更には動的に赤外放射率を制御出来れば、暑い時(すなわち、高温時)のみ放熱機能を有する自己適応型のシステムを実現する事が可能であり、そういった検討も実際に行われている。
【0003】
特許文献1には、可視光透過性を有し赤外光反射性を有する第1層と、第1層上に形成され可視光透過性及び赤外光透過性を有する第2層と、第2層上に形成され温度変化によって電子状態が変化する相転移材料を含み可視光透過性を有する相転移層と、を備え、可視光透過性及び輻射変調特性を有する、積層体が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1では、色の自由度を高めることを目的として反射層に可視光透過性を有するものを用いている。しかしながら、本発明者の検討によれば、特許文献1に開示された構造体は、反射層に可視光透過性を有するものを用いているため、太陽光が構造体を透過して被冷却側にも流入してしまい、可視光透過性を必要としないアプリケーションにおいては、冷却効果について更なる改善の余地があることが分かった。
【0006】
よって、本発明の目的は、高い冷却効果を有し、かつ、放射変調特性に優れた放射冷却構造体およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は以下を提供する。
【0008】
<1> 支持体と、
上記支持体上に形成された、可視光を遮蔽し、赤外光反射性を有する反射層と、
上記反射層上に形成された、S、Se及びTeから選ばれる少なくとも1種の原子を含む誘電体で構成された誘電体層と、
上記誘電体層上に形成された、相転移材料を含む相転移材料層と、を備えた放射冷却構造体。
<2> 上記相転移材料は、温度変化によって金属-絶縁体転移を示す材料である、<1>に記載の放射冷却構造体。
<3> 上記相転移材料はV、Nd、Ni、Ge、Sb、Te、Fe、La、Sm、TiおよびCoから選ばれる少なくとも1種の原子を含む、<1>または<2>に記載の放射冷却構造体。
<4> 上記相転移材料はVO2を含む、<1>~<3>のいずれか1つに記載の放射冷却構造体。
<5> 上記相転移材料層はVO2粒子の焼結膜である、<1>~<3>のいずれか1つに記載の放射冷却構造体。
<6> 上記相転移材料層の膜厚が50nm以上である、<1>~<5>のいずれか1つに記載の放射冷却構造体。
<7> 上記誘電体層はZn原子を含む、<1>~<6>のいずれか1つに記載の放射冷却構造体。
<8> 上記誘電体層はZnSを含む、<1>~<6>のいずれか1つに記載の放射冷却構造体。
<9> 上記誘電体層の膜厚が1μm以上である、<1>~<8>のいずれか1つに記載の放射冷却構造体。
<10> 上記反射層の波長10μmの光の反射率が90%以上である、<1>~<9>のいずれか1つに記載の放射冷却構造体。
<11> 上記反射層はAg、Au、Cu、Al、W、Mo、Pt、SnおよびZnから選ばれる少なくとも1種の原子を含む、<1>~<10>のいずれか1つに記載の放射冷却構造体。
<12> 上記反射層はAl原子を含む、<1>~<10>のいずれか1つに記載の放射冷却構造体。
<13> 上記誘電体層は以下の式(1)の条件を満たす、<1>~<12>のいずれか1つに記載の放射冷却構造体;
8μm≦4×D1×N1≦14μm ・・・(1)
D1は、上記誘電体層の膜厚であり、
N1は上記誘電体層の波長10μmにおける屈折率である。
<14> 支持体上に、可視光を遮蔽し、赤外光反射性を有する反射層を形成する工程と、
上記反射層上に、S、Se及びTeから選ばれる少なくとも1種の原子を含む誘電体で構成された誘電体層を形成する工程と、
上記誘電体層上に、相転移材料の前駆体を含む前駆体分散液を塗布して相転移材料前駆体層を形成する工程と、
上記相転移材料前駆体層を加熱処理して上記前駆体を相転移材料に転化させて相転移材料層を形成する工程と、
を含む、放射冷却構造体の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、高い冷却効果を有し、かつ、放射変調特性に優れた放射冷却構造体およびその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下において、本発明の内容について詳細に説明する。
本明細書において、「~」とはその前後に記載される数値を下限値および上限値として含む意味で使用される。
本明細書における基(原子団)の表記において、置換および無置換を記していない表記は、置換基を有さない基(原子団)と共に置換基を有する基(原子団)をも包含する。例えば、「アルキル基」とは、置換基を有さないアルキル基(無置換アルキル基)のみならず、置換基を有するアルキル基(置換アルキル基)をも包含する。
【0012】
<放射冷却構造体>
本発明の放射冷却構造体は、
支持体と、
支持体上に形成された、可視光遮蔽性および赤外光反射性を有する反射層と、
反射層上に形成された、S、Se及びTeから選ばれる少なくとも1種の原子を含む誘電体で構成された誘電体層と、
誘電体層上に形成された、相転移材料を含む相転移材料層と、を備えることを特徴とする。
【0013】
本発明の放射冷却構造体は、高い冷却効果を有し、かつ、放射変調特性に優れている。このような効果が得られる理由は、以下によるものであると推測される。本発明の放射冷却構造体は、反射層/誘電体層/相転移材料層の積層構造である。相転移材料層は、温度を変化させることにより相転移してその電子状態などの特性を変化させることができる。例えば、二酸化バナジウム(VO2)の場合、低温時は誘電体状態(誘電体相)であるが、約68℃よりも高温になると金属状態(金属相)に相転移する。この相転移は可逆的に行われる。このため、相変化材料層が金属状態(金属相)の場合には、反射層/誘電体層/金属層の配置となり、反射層と相変化材料層の間での多重反射が生じる。このため、相変化材料層の消衰係数に従って、放射冷却構造体に光が吸収され、高い放射率を得ることができる。一方で、相変化材料層が誘電体状態(誘電体相)の場合には、反射層/誘電体層/誘電体層の配置となり、反射層上に単なる誘電体層が積層された構造となるため、大半の光は吸収されず、相変化材料層が金属状態(金属相)である場合よりも、放射率が低下する。このような原理により、本発明の放射冷却構造体は、相転移材料層の温度を変化させることで、放射率を動的に変動させることができる。また、本発明の放射冷却構造体の誘電体層は、S、Se及びTeから選ばれる少なくとも1種の原子を含む誘電体で構成されているので、誘電体層の誘電損失が小さく、相変化材料層が誘電体状態(誘電体相)となっている場合における放射冷却構造体の放射率をより低下させることができる。このため、温度変化による放射冷却構造体の放射率の変調量をより大きくすることができる。したがって、本発明の放射冷却構造体は放射変調特性に優れている。
また、人工的な日中放射冷却効果においては、冷却効果は構造自体の冷却能力-外部からの熱流入という式で表現される。ここで外部からの熱流入の大半は、太陽光によるものである。本発明の放射冷却構造体は、反射層として、可視光遮蔽性および赤外光反射性を有するものを用いる事で、放射冷却構造体に接する被冷却側への熱流入が大幅に抑制し、例えば可視光透過性が必要ない建材などのアプリケーションにおいて、総合的に高い冷却効果を実現する事が可能となる。
【0014】
以下、図面を用いて本発明の放射冷却構造体について説明する。
【0015】
図1は、本発明の放射冷却構造体の一例を示す図である。この放射冷却構造体1は、支持体11と、支持体11上に設けられた反射層12と、反射層12上に設けられた誘電体層13と、誘電体層13上に設けられた、相転移材料層14と、を有している。
【0016】
(支持体)
支持体11の種類としては、特に限定はない。例えば、ガラス基板、石英基板、合成石英基板、樹脂基板、セラミック基板、シリコン基板、その他半導体基板等が挙げられる。
【0017】
支持体11の厚さは、特に限定はないが、1~2000μmであることが好ましく、5~1000μmであることがより好ましく、50~1000μmであることが更に好ましい。
【0018】
(反射層)
図1に示すように、支持体11上には反射層12が設けられている。反射層12は、可視光遮蔽性および赤外光反射性を有するものである。なお、本明細書において、反射層が可視光遮蔽性を有するとは、反射層が可視光を反射、吸収またはその両方の特性を有することを意味する。また、可視光とは、波長400~700nmの光のことを意味する。また、反射層が赤外光反射性を有するとは、波長1.9~15μmのいずれかの波長の光の反射率が80%以上であることを意味する。
【0019】
反射層12の波長400~700nmにおける光の透過率の極小値は10%以下であることが好ましく、5%以下であることがより好ましく、3%以下であることが更に好ましい。また、反射層12の波長400~700nmにおける光の反射率の極大値は80%以上であることが好ましく、90%以上であることがより好ましく、95%以上であることが更に好ましい。
【0020】
反射層12の波長10μmの光の反射率は、90%以上であることが好ましく、95%以上であることがより好ましく、97.5%以上であることが更に好ましい。
【0021】
反射層12はAg(銀)、Au(金)、Cu(銅)、Al(アルミニウム)、W(タングステン)、Mo(モリブデン)、Pt(白金)、Sn(スズ)およびZn(亜鉛)から選ばれる少なくとも1種の原子を含む材料(反射層材料)で構成されていることが好ましい。反射層材料は、単金属であってもよく、合金であってもよく、上記原子を含む化合物であってもよい。反射層12は、単層膜であってもよく、2層以上の積層膜であってもよい。
【0022】
反射層12は、赤外光反射性に優れるという理由からMo、Au、Ag、Al、Cuから選ばれる少なくとも1種の原子を含む材料で構成されていることが好ましく、Al原子を含む材料で構成されていることがより好ましい。
【0023】
反射層12の線膨張係数は4~30(10-6/K)であることが好ましい。下限は、8(10-6/K)以上であることが好ましく、12(10-6/K)以上であることがより好ましい。上限は、27(10-6/K)以下であることが好ましく、24(10-6/K)以下であることがより好ましい。
【0024】
反射層12の膜厚は、1~1000nmであることが好ましい。下限は、10nm以上であることが好ましく、50nm以上であることがより好ましい。上限は、500nm以下であることが好ましく、300nm以下であることが更に好ましい。なお、各層の膜厚は、透過電子顕微鏡等を用いて放射冷却構造体の断面を観察することにより、測定できる。
【0025】
(誘電体層)
図1に示すように、反射層12上には誘電体層13が設けられている。誘電体層13は、S、Se及びTeから選ばれる少なくとも1種の原子を含む誘電体で構成されている。
【0026】
誘電体層13の比誘電率は1~100であることが好ましく、1~50であることがより好ましく、1~20であることが更に好ましい。なお、比誘電率とは、物体の誘電率と真空の誘電率との比のことである。比誘電率は無次元量である。
【0027】
誘電体層13の線膨張係数は4~10(10-6/K)であることが好ましい。下限は、4.5(10-6/K)以上であることが好ましく、5(10-6/K)以上であることがより好ましい。上限は、9(10-6/K)以下であることが好ましく、8(10-6/K)以下であることがより好ましい。
【0028】
誘電体層13の波長10μmにおける屈折率は、1.0~4.5であることが好ましい。下限は、1.2以上であることが好ましく、1.5以上であることがより好ましい。上限は、3以下であることが好ましく、2.5以下であることがより好ましい。
【0029】
誘電体層13は以下の式(1)の条件を満たすことが好ましく、式(2)の条件を満たすことがより好ましく、式(3)の条件を満たすことが更に好ましい。
8μm≦4×D1×N1≦14μm ・・・(1)
8.5μm≦4×D1×N1≦13μm ・・・(2)
9μm≦4×D1×N1≦12μm ・・・(3)
D1は、誘電体層の膜厚であり、
N1は誘電体層の波長10μmにおける屈折率である。
【0030】
誘電体層13を構成する誘電体としては、ZnS、ZnSe、SnS、GeS等が挙げられる。誘電体層13は、ZnSおよびZnSeから選ばれる少なくとも1種を含むものであることが好ましい。また、上記物質の混合物や、Teがドーピングされていても良い。屈折率や赤外での幅広い帯域でのロスが少ないという観点から、誘電体層13を構成する誘電体はZnSを含むものであることがより好ましい。
【0031】
誘電体層13は、イオンプレーティング、イオンビーム等の蒸着法、スパッタリング等の物理的気相成長法(PVD法)、化学的気相成長法(CVD法)、スピンコート法などの方法を用いて形成することができる。
【0032】
誘電体層13は、誘電体層の厚み方向に沿って誘電体層を構成する誘電体が柱状に成長した柱状結晶の層であることが好ましい。誘電体層がこのような柱状結晶の層であることにより、誘電体層において、入射光に対する損失が生じにくくなり、相変化材料層が誘電体状態(誘電体相)である場合における放射冷却構造体の放射率をより低下させることができる。このため、温度変化による放射冷却構造体の放射率の変調量をより大きくすることができる。このような柱状結晶の層で構成された誘電体層は、例えば、蒸着法やCVD法により、基板加熱条件、蒸着時の到達真空度などの条件を適宜選択することで形成することができる。例えば、ZnSまたはZnSeで構成された誘電体層を形成する場合、基板温度を高温に制御した状態や、成膜基材への応力が制御された条件下にて、蒸着法やCVD法を用いてZnS層またはZnSe層を形成することで、誘電体層の厚み方向に沿ってZnSまたはZnSeが柱状に成長した柱状結晶の層である誘電体層を形成することができる。
【0033】
なお、誘電体層が柱状結晶の層であることは、透過電子顕微鏡等を用いて誘電体層の断面を観察することにより確認することができる。
【0034】
誘電体層13の膜厚は、1μm以上であることが好ましく、1μmを超えることがより好ましく、1.1μm以上であることが更に好ましい。上限は、1.5μm以下であることが好ましく、1.4μm以下であることがより好ましく、1.3μm以下であることが更に好ましい。
【0035】
(相転移材料層)
図1に示すように、誘電体層13上には相転移材料層14が設けられている。相転移材料層14は、相転移材料を含む。
【0036】
相転移材料は、温度変化によって結晶構造が変化して固-固相転移を示す材料であることが好ましく、温度変化によって金属-絶縁体転移を示す材料であることがより好ましい。また、相転移材料は、温度変化によって屈折率、反射率、吸収率あるいは偏光特性などの光学特性が変化する材料であることが好ましい。
【0037】
相転移材料としては、V(バナジウム)、Nd(ニオブ)、Ni(ニッケル)、Ge(ゲルマニウム)、Sb(アンチモン)、Te(テルル)、Fe(鉄)、La(ランタン)、Sm(サマリウム)、Ti(チタン)およびCo(コバルト)から選ばれる少なくとも1種の原子を含む材料が挙げられ、V(バナジウム)を含む材料であることが好ましい。
【0038】
相転移材料の具体例としては、VO2(二酸化バナジウム)が挙げられる。VO2は、低温時では誘電体状態(誘電体相)であるが、約68℃よりも高温になると金属状態(金属相)に相転移する材料である。
相転移材料のその他の例としては、V4O7、V6O11、V2O3、V6O13、V5O9、V8O15、VO、Fe3O4、PrNiO3、NdNiO3、SmNiO3、Ti3O5、LaCoO3、Ti2O3、NbO2、GeTe、Sb2Te3、GeSbTeなどが挙げられる。
【0039】
相転移材料には、ドーパントがドープされていてもよい。相転移材料にドーパントをドープすることで、相転移温度を変化させることができる。例えば、二酸化バナジウム(VO2)の場合、タングステン(W)、フッ素(F)、Mg、Ca、Sr、Baなどをドープすることで、相転移温度を低下させることができる。
【0040】
相転移材料層は、VO2を含むものであることが好ましく、VO2粒子の焼結膜であることがより好ましい。VO2粒子の焼結膜で構成された相転移材料層は、前駆体原料液の塗布によって相転移材料層を形成する事が可能であり、大面積の相転移材料層を低コストで形成することができる。また、VO2粒子の焼結膜は、その表面に微小な凹凸が存在しているため、高温時において、入射光の表面反射をより抑制でき、より高い放射率を得ることができる。なお、相転移材料層が焼結膜であることは、透過電子顕微鏡等を用いて相転移材料層の断面を観察することにより確認することができる。
【0041】
相転移材料層14の膜厚は、50nm以上であることが好ましく、55nm以上であることがより好ましく、60nm以上であることが更に好ましい。相転移材料層14の膜厚の上限は、1000nm以下であることが好ましく、500nm以下であることがより好ましく、200nm以下であることが更に好ましい。相転移材料層14の膜厚が上記範囲であれば、温度変化による冷却率の変調量をより顕著に変化させることができる。
【0042】
図示しないが、相転移材料層14上に保護層が設けられていてもよい。保護層の材質としては、誘電体材料、金属酸化物、酸化物半導体、有機半導体、ポリマーなどが挙げられる。
【0043】
本発明の放射冷却構造体の形状は、特に限定はない。例えば、シート状、フィルム状、板状などが挙げられる。
【0044】
本発明の放射冷却構造体は、建築用として好ましく用いることができる。例えば、建物の壁、屋根、乗り物、荷台などに取り付けて建物内部や乗り物、運搬環境を冷却あるいは温度を一定に保つために用いることができる。また本発明の放射冷却構造体は、循環水制御装置に取り付ける事により、温度を一定に保った水を生成する事が出来る。即ち、輻射冷房等に利用できる。また、本発明の放射冷却構造体は、太陽電池、電子デバイス、熱電変換素子などに用いることもできる。
【0045】
<放射冷却構造体の製造方法>
次に、本発明の放射冷却構造体の製造方法について説明する。
本発明の放射冷却構造体の製造方法は、
支持体上に、可視光を遮蔽し、赤外光反射性を有する反射層を形成する工程と、
上記反射層上に、S、Se及びTeから選ばれる少なくとも1種の原子を含む誘電体で構成された誘電体層を形成する工程と、
上記誘電体層上に、相転移材料の前駆体を含む前駆体分散液を塗布して相転移材料前駆体層を形成する工程と、
上記相転移材料前駆体層を加熱処理して上記前駆体を相転移材料に転化させて相転移材料層を形成する工程と、
を含む、ことを特徴とする。
【0046】
支持体、反射層および誘電体層としては、上記放射冷却構造体に用いることができるものとして説明した支持体、反射層および誘電体層が挙げられる。
反射層および誘電体層は、イオンプレーティング、イオンビーム等の蒸着法、スパッタリング等の物理的気相成長法(PVD法)、化学的気相成長法(CVD法)、スピンコート法などの方法を用いて形成することができる。誘電体層は、蒸着法またはCVD法で形成することが好ましく、蒸着法で形成することがより好ましい。
また、ZnSまたはZnSeで構成された誘電体層を形成する場合、基板温度を高温に制御した状態や、成膜基材への応力が制御された条件下にて蒸着法やCVD法を用いてZnS層またはZnSe層を形成することで、誘電体層の厚み方向に沿ってZnSまたはZnSeが柱状に成長した柱状結晶の層である誘電体層を形成することができる。
【0047】
上記相転移材料前駆体層を形成する工程では、誘電体層上に、相転移材料の前駆体を含む前駆体分散液を塗布して相転移材料前駆体層を形成する。
【0048】
前駆体分散液に用いられる上記前駆体としては、酸化バナジウム、GeTe系の材料などが挙げられる。
【0049】
上記前駆体は粒子であることが好ましい。また、上記前駆体の平均粒子径は、1~100nmであることが好ましく、1~50nmであることがより好ましく、1~20nmであることが更に好ましい。
【0050】
上記前駆体が粒子である場合、前駆体分散液には、上記前駆体に配位する配位子が含まれていてもよい。前駆体分散液中での上記前駆体の分散性の観点から、上記前駆体には、配位子が配位していることが好ましい。配位子としては、上記前駆体の分散性を担保する観点から、炭素数6以上の鎖状の分子鎖を有する配位子であることが好ましく、炭素数10以上の鎖状の分子鎖を有する配位子であることがより好ましい。配位子は飽和化合物でもよく、不飽和化合物でもよい。配位子は、単座配位子であることが好ましい。配位子は、炭素数6以上の脂肪族アルコール、炭素数6以上の飽和脂肪酸、炭素数6以上の不飽和脂肪酸、炭素数6以上の脂肪族アミン化合物、炭素数6以上の脂肪族チオール化合物、炭素数6以上の脂肪族チオール化合物、炭素数6以上の有機リン化合物などが挙げられる。具体例としては、1-オクタデカノール、デカン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、ベヘン酸、オレイン酸、エルカ酸、オレイルアミン、オレイルアルコール、ステアリルアルコール、ドデシルアミン、ドデカンチオール、ヘキサデカンチオール、トリオクチルホスフィンオキシド、臭化セトリモニウム等が挙げられる。
【0051】
前駆体分散液は、溶剤を含むことが好ましい。溶剤としては特に制限されないが、上記前駆体を溶解し難い溶剤であることが好ましい。具体例としては、アルカン〔n-ヘキサン、n-オクタン等〕、ベンゼン、トルエン等が挙げられる。
【0052】
前駆体分散液の塗布方法としては、特に限定はない。スピンコート法、ディップ法、インクジェット法、ディスペンサー法、スクリーン印刷法、凸版印刷法、凹版印刷法、スプレーコート法等の塗布方法が挙げられる。
【0053】
上記相転移材料層を形成する工程では、上記相転移材料前駆体層を加熱処理して上記前駆体を相転移材料に転化させて相転移材料層を形成する。
【0054】
相転移材料前駆体層の加熱処理条件は、前駆体の種類により異なるが、例えば、加熱温度は、50~1000℃であることが好ましく、100~800℃であることがより好ましく、200~750℃であることが更に好ましい。加熱時間は、1~600分であることが好ましく、1~300分であることがより好ましく、1~120分であることが更に好ましい。
【0055】
また、前駆体として酸化バナジウムを用い、加熱処理により、酸化バナジウムを二酸化バナジウム(VO2)に転化する場合には、加熱温度は、200~800℃であることが好ましく、300~750℃であることがより好ましく、350~600℃であることが更に好ましい。加熱時間は、1~180分であることが好ましく、1~120分であることがより好ましく、3~90分であることが更に好ましい。
【0056】
最終的に形成される相転移材料層の膜厚が所望の膜厚となるように、
相転移材料前駆体層を形成する工程と、相転移材料層を形成する工程とを繰り返し行ってもよい。
【0057】
このようにすることで、相転移材料の焼結膜である相転移材料層を形成することができる。
【実施例0058】
以下に実施例を挙げて本発明を更に具体的に説明する。以下の実施例に示す材料、使用量、割合、処理内容、処理手順等は、本発明の趣旨を逸脱しない限り、適宜、変更することができる。従って、本発明の範囲は以下に示す具体例に限定されるものではない。
【0059】
[前駆体分散液の製造]
グローブボックス中で、フラスコに1-オクタデカノール7.92gとオレイルアミン30mLを測り取った。フラスコを真空引きしながら、125℃で1時間加熱して脱気を行った。次いで、窒素フロー状態に切り替え、フラスコ内にバナジウムオキシクロライド0.4mLを注入した。注入後、窒素フローを停止した。10℃/分の昇温速度で250℃まで昇温し、250℃到達後20分間保持した。次いで、反応液を室温に冷却し、グローブボックスに移動させた。次いでトルエン40mLを加え、反応液が略分散するまでボルテックスミキサーで攪拌した。次いで過剰量のメタノールを加え、粒子を沈殿させたのち遠心分離を行い、上澄みを除去した。沈殿物に16mLのクロロホルムを加えて再分散させ、酸化バナジウム(VOx)粒子のクロロホルム分散液(前駆体分散液1)を得た。
【0060】
[放射冷却構造体の製造]
(実施例1)
合成石英基板をエタノール中で5分間およびアセトン中で5分間それぞれ超音波洗浄を行った。
次に、超音波洗浄後の基板上にスパッタ法にて、Alを200nm成膜して反射層を形成した。なお、この反射層は、可視光遮蔽性および赤外光反射性を有するものであった。また、反射層の波長10μmの光(赤外光)の反射率は90%以上であった。また、反射層の波長400~700nmの光(可視光)の反射率の極大値は92%以上であり、前述の波長範囲の光の透過率の極小値は1%以下であった。
次に、反射層の表面に蒸着法にて、ZnSを1μm成膜して誘電体層を形成した。ZnSの蒸着は基板温度130℃、成膜レート3Å/s、真空度7×10ー4Paの条件で行った。
次に、誘電体層の表面に前駆体分散液1を滴下し、1500rpmで30秒間スピンコートして相転移材料前駆体層を形成した。続いて、基板を減圧下(120~160Pa)において、400℃60分間RTA(Rapid Thermal Annealing)処理を行い、VOx粒子を相転移材料であるVO2粒子に転化させてVO2粒子の焼結膜である相転移材料層を形成した。相転移材料層の膜厚は、切断面を透過電子顕微鏡(倍率100万倍)を用いて観察したところ、およそ64nmであった。また、RTA処理時における昇温速度は、室温から400℃までの間、38℃/分に調整した。また、RTA処理後の相転移材料層は、単相のVO2である事をXRD(X線回折)にて確認した。
このようにして放射冷却構造体を製造した。
得られた放射冷却構造体の切断面を透過電子顕微鏡(倍率100万倍)を用いて確認したところ、誘電体層は、誘電体層の厚み方向に沿って柱状に成長したZnSの柱状結晶の層であった。また、相転移材料層は、VO2粒子の焼結膜であった。
【0061】
(実施例2)
誘電体層の膜厚を1.2μmに変更した以外は、実施例1と同様の方法で放射冷却構造体を製造した。得られた放射冷却構造体の切断面を透過電子顕微鏡(倍率100万倍)を用いて確認したところ、誘電体層は、誘電体層の厚み方向に沿って柱状に成長したZnSの柱状結晶の層であった。また、相転移材料層は、VO2粒子の焼結膜であった。
【0062】
(実施例3)
前駆体分散液1の濃度を調整し、上記スピンコートとRTAの操作を交互に2回繰り返すことで、相転移材料層の膜厚を約95nmに調整した以外は、実施例1と同様の方法で放射冷却構造体を製造した。得られた放射冷却構造体の切断面を透過電子顕微鏡(倍率100万倍)を用いて確認したところ、誘電体層は、誘電体層の厚み方向に沿って柱状に成長したZnSの柱状結晶の層であった。また、相転移材料層は、VO2粒子の焼結膜であった。
【0063】
(実施例4)
反射層の表面に蒸着法にて、ZnSeを1.1μm成膜して誘電体層を形成した以外は、実施例1と同様の方法で放射冷却構造体を製造した。ZnSeの蒸着は、基板温度200℃、成膜レート3Å/s、真空度7×10ー4Paの条件で行った。得られた放射冷却構造体の切断面を透過電子顕微鏡(倍率100万倍)を用いて確認したところ、相転移材料層は、VO2粒子の焼結膜であった。
【0064】
【0065】
上記表中の誘電体層の屈折率の値は、波長10μmにおける屈折率である。
【0066】
<放射率の評価>
放射冷却構造体の放射率の評価は、フーリエ変換赤外分光光度計(FTIR-6600、日本分光製)を用いて行った。入射光の角度が20°となる落射式の反射測定アタッチメントを取り付けた。また、サンプルステージにヒーター及び熱電対を取り付け、温度制御およびモニターが可能な条件下で測定を行った。測定温度の範囲は20~90℃とした。ここで、放射率の指標には、波長8~14μmの範囲の光の平均吸収率を用いた。また、相転移材料層であるVO2層が金属状態(金属層)を示す高温時(80℃)における放射率と、VO2層が誘電体状態(誘電体層)を示す室温(20℃)における放射率との差分を、放射率変調量として算出した。
【0067】
【0068】
上記表に示すように、実施例の放射冷却構造体は、放射率変調量が大きく、温度変化により、放射率を大きく変化させることができ、放射率の変調特性に優れていた。また、高温条件下では高い放射率を有しており、高い冷却効果を有していた。
【0069】
実施例の放射冷却構造体は高温時に放射量が大きく、低温時に放射量が小さいため、自己適応型放射冷却構造や、恒温デバイスへの適用が好適である。