(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024061665
(43)【公開日】2024-05-07
(54)【発明の名称】アミン系抽出剤の分析方法および管理方法
(51)【国際特許分類】
G01N 30/88 20060101AFI20240425BHJP
G01N 30/06 20060101ALI20240425BHJP
【FI】
G01N30/88 C
G01N30/06 Z
G01N30/06 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023180505
(22)【出願日】2023-10-19
(31)【優先権主張番号】P 2022168681
(32)【優先日】2022-10-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145872
【弁理士】
【氏名又は名称】福岡 昌浩
(74)【代理人】
【識別番号】100091362
【弁理士】
【氏名又は名称】阿仁屋 節雄
(72)【発明者】
【氏名】矢野 正樹
(57)【要約】 (修正有)
【課題】アミン系抽出剤に含まれる脂肪族モノカルボン酸を精度よく分析する。
【解決手段】3級アミン化合物の塩酸塩と、有機溶媒と、3級アミン化合物に由来する脂肪族モノカルボン酸とを含有するアミン系抽出剤を試料溶液として準備する準備工程と、試料溶液にアルカリ性水溶液を混合し、脂肪族モノカルボン酸を脂肪族モノカルボン酸塩として水相へ抽出するアルカリ性溶媒抽出工程と、水相を分取して酸性水溶液を混合後、疎水性有機溶媒を混合し、脂肪族モノカルボン酸塩を脂肪族モノカルボン酸として有機相へ抽出する酸性溶媒抽出工程と、脂肪族モノカルボン酸を含有する有機相にトリメチルシリル化剤を添加して、脂肪族モノカルボン酸のトリメチルシリル化物を含有する分析用試料を調製するトリメチルシリル化工程と、分析用試料をガスクロマトグラフにより測定し、脂肪族モノカルボン酸の含有量を分析する分析工程と、を有する、アミン系抽出剤の分析方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
3級アミン化合物の塩酸塩と、有機溶媒と、前記3級アミン化合物に由来する脂肪族モノカルボン酸を含む反応生成物とを含有するアミン系抽出剤を試料溶液として準備する準備工程と、
前記試料溶液にアルカリ性水溶液を混合して、前記脂肪族モノカルボン酸を脂肪族モノカルボン酸塩として水相へ溶媒抽出するアルカリ性溶媒抽出工程と、
前記脂肪族モノカルボン酸塩を含有する水相を分取して前記水相に酸性水溶液を混合し酸性混合液を調製した後、前記酸性混合液に疎水性有機溶媒を混合し、前記脂肪族モノカルボン酸塩を前記脂肪族モノカルボン酸として前記疎水性有機溶媒を含む有機相へ溶媒抽出する酸性溶媒抽出工程と、
前記脂肪族モノカルボン酸を含有する有機相を分取して前記有機相にトリメチルシリル化剤を添加して、前記脂肪族モノカルボン酸をトリメチルシリル化し、トリメチルシリル化物を含有する分析用試料を調製するトリメチルシリル化工程と、
前記分析用試料をガスクロマトグラフにより測定し、前記脂肪族モノカルボン酸の含有量を分析する分析工程と、を有する、
アミン系抽出剤の分析方法。
【請求項2】
前記アルカリ性溶媒抽出工程では、前記水相のpHが11以上13以下になるように前記試料溶液と前記アルカリ性水溶液を混合する、
請求項1に記載のアミン系抽出剤の分析方法。
【請求項3】
前記酸性溶媒抽出工程では、前記酸性混合液のpHが1以上3以下となるように前記水相と前記酸性水溶液とを混合する、
請求項1又は請求項2に記載のアミン系抽出剤の分析方法。
【請求項4】
前記アルカリ性溶媒抽出工程では、前記試料溶液と前記アルカリ性水溶液との混合物を遠心分離する、
請求項1又は請求項2に記載のアミン系抽出剤の分析方法。
【請求項5】
前記分析工程では、前記分析用試料を測定して得たクロマトグラムにおける前記脂肪族モノカルボン酸に由来するピーク面積から前記脂肪族モノカルボン酸の含有量を定量する、
請求項1又は請求項2に記載のアミン系抽出剤の分析方法。
【請求項6】
請求項1又は請求項2に記載のアミン系抽出剤の分析方法において、前記分析工程で測定された記脂肪族モノカルボン酸の含有量が予め設定した閾値を超えたとき、前記アミン系抽出剤が劣化したと評価する、
アミン系抽出剤の管理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アミン系抽出剤の分析方法および管理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ニッケルの湿式製錬法において、コバルトを含有する塩化ニッケル水溶液からコバルトを分離回収して電気コバルトを製造することがある。このとき、ニッケルとコバルトとを分離する方法として、例えば、3級アミン化合物を有機溶媒で希釈したアミン系抽出剤を用いた方法がある。具体的には、コバルトを含有する塩化ニッケル水溶液とアミン系抽出剤とを混合して、塩化コバルトとしてアミン系抽出剤へと溶媒抽出し、コバルトとニッケルとを分離させることができる。
【0003】
アミン系抽出剤は洗浄しながら繰り返し使用される(例えば特許文献1)。ただし、アミン系抽出剤に含まれる3級アミン化合物は、溶媒抽出の際、強酸性で且つ高濃度の塩化ニッケル水溶液と接触することで徐々に反応して、様々な反応生成物が生成してしまう。これらの反応生成物は洗浄しても完全に除去しきれないため、洗浄の繰り返しにより系内に蓄積してしまう。
【0004】
この反応生成物のうち、特に脂肪族モノカルボン酸は、溶媒抽出の際、エントレインメント(有機相中に懸濁する微細な水相の液滴)の洗浄不良を引き起こす傾向があった。この洗浄不良にともない、塩化コバルトを溶媒抽出するアミン系抽出剤に、塩化ニッケル水溶液が混入し、コバルトとニッケルとの分離が阻害されることがあった。このことから、特許文献1では、再生したアミン系抽出剤における脂肪族モノカルボン酸の含有量を45体積ppm以下に維持する方法が開示されている。
【0005】
脂肪族モノカルボン酸がコバルトとニッケルとの分離に影響を及ぼすことから、ニッケルの湿式製錬法において、アミン系抽出剤における脂肪族モノカルボン酸の含有量を精度よく分析することが求められている。例えば、脂肪族モノカルボン酸を1体積ppmオーダーの濃度で分析できることが求められている。
【0006】
脂肪族モノカルボン酸の分析方法としては、例えば脂肪族モノカルボン酸をメチルエステル化またはトリメチルシリル化して、ガスクロマトグラフ(以下GCともいう)で測定する方法が提案されている(例えば特許文献2や3など)。
【0007】
特許文献2には、12-ヒドロキシステアリン酸と水酸化リチウム一水和物とを反応させて得られる12-ヒドロキシステアリン酸リチウムの反応生成物中に含まれる遊離脂肪酸の分析方法であって、反応生成物に対し、トリメチルシリル誘導体化試薬を用いて誘導体化処理を施すことにより、その反応生成物中に含まれる遊離脂肪酸をトリメチルシリル化し、誘導体化処理後の溶液を濾過し、得られた濾液に対して加熱処理を施し、ガスクロマトグラフィーにより、加熱処理後の溶液に含まれるトリメチルシリル化した遊離脂肪酸を分析することが開示されている。
【0008】
特許文献3には、熱分解ガスクロマトグラフィー・マススペクトル法を用いる皮脂の分析方法であって、遊離脂肪酸のみが熱分解され検出される温度、コレステロールエステル以外の全ての皮脂の構成脂質が熱分解され検出される温度、全ての皮脂の構成脂質が熱分解され検出される温度及びメチル化された皮脂の構成脂質を構成する脂肪酸が検出される温度において皮脂を熱分解し、各温度で検出された成分の情報を対比することを特徴とする皮脂の分析技術が開示されている。
【0009】
脂肪族モノカルボン酸はそのままGCに供すると、分離カラムに吸着し定量性が得られなくなるため、特許文献2や3では、メチルエステル化またはトリメチルシリル化により誘導体化したうえでGCに供している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2020-84200号公報
【特許文献2】特開2017-187314号公報
【特許文献3】特開2008-224333号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかし、アミン系抽出剤における脂肪族モノカルボン酸を分析する際に特許文献2や3の方法を採用すると、以下のように精度よく分析できないことがあった。
【0012】
アミン系抽出剤には、3級アミン化合物の反応生成物として脂肪族モノカルボン酸だけでなく、2級アミン化合物、3級アミド化合物なども含まれる。3級アミン化合物の反応生成物のうち2級アミン化合物は、トリメチルシリル化剤と反応することがあり、脂肪族モノカルボン酸のトリメチルシリル化を阻害してしまう。そのため、特許文献2のように分析を行った場合、脂肪族モノカルボン酸を精度よく分析できない。
【0013】
また、特許文献3では、脂肪族モノカルボン酸をメチルエステル化するために水酸化テトラメチルアンモニウムを使用しているが、これはアルカリ性であるため、アミン系抽出剤に含まれる酸性成分(例えば塩酸など)と反応して消費されてしまう。そのため、脂肪族モノカルボン酸のメチルエステル化が阻害され、脂肪族モノカルボン酸を精度よく分析できない。
【0014】
そこで、本発明は、アミン系抽出剤に含まれる脂肪族モノカルボン酸を精度よく分析する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は、上述した課題を解決すべく鋭意検討を行った。そして、使用後に再生したアミン系抽出剤に対して、前処理として、アルカリ性水溶液による溶媒抽出と酸性水溶液による溶媒抽出とを行うことで脂肪族モノカルボン酸を効率的にトリメチルシリル化することができ、精度よく分析できることを見出した。
【0016】
前述の知見に基づいて成された本発明の態様は、以下の通りである。
【0017】
本発明の第1の態様は、
3級アミン化合物の塩酸塩と、有機溶媒と、前記3級アミン化合物に由来する脂肪族モノカルボン酸を含む反応生成物とを含有するアミン系抽出剤を試料溶液として準備する準備工程と、
前記試料溶液にアルカリ性水溶液を混合して、前記脂肪族モノカルボン酸を脂肪族モノカルボン酸塩として水相へ溶媒抽出するアルカリ性溶媒抽出工程と、
前記脂肪族モノカルボン酸塩を含有する水相を分取して前記水相に酸性水溶液を混合し酸性混合液を調製した後、前記酸性混合液に疎水性有機溶媒を混合し、前記脂肪族モノカルボン酸塩を前記脂肪族モノカルボン酸として前記疎水性有機溶媒を含む有機相へ溶媒抽出する酸性溶媒抽出工程と、
前記脂肪族モノカルボン酸を含有する有機相を分取して前記有機相にトリメチルシリル化剤を添加して、前記脂肪族モノカルボン酸をトリメチルシリル化し、トリメチルシリル化物を含有する分析用試料を調製するトリメチルシリル化工程と、
前記分析用試料をガスクロマトグラフにより測定し、前記脂肪族モノカルボン酸の含有量を分析する分析工程と、を有する、
アミン系抽出剤の分析方法。
【0018】
本発明の第2の態様は、第1の態様において、
前記アルカリ性溶媒抽出工程では、前記水相のpHが11以上13以下になるように前記試料溶液と前記アルカリ性水溶液を混合する。
【0019】
本発明の第3の態様は、第1又は第2の態様において、
前記酸性溶媒抽出工程では、前記酸性混合液のpHが1以上3以下となるように前記水相と前記酸性水溶液とを混合する。
【0020】
本発明の第4の態様は、第1~第3のいずれか1つの態様において、
前記アルカリ性溶媒抽出工程では、前記試料溶液と前記アルカリ性水溶液との混合物を遠心分離する。
【0021】
本発明の第5の態様は、第1~第4のいずれか1つの態様において、
前記分析工程では、前記分析用試料を測定して得たクロマトグラムにおける前記脂肪族モノカルボン酸に由来するピーク面積から前記脂肪族モノカルボン酸の含有量を定量する。
【0022】
本発明の第6の態様は、
第1~第5の態様に記載のアミン系抽出剤の分析方法において、前記分析工程で測定された記脂肪族モノカルボン酸の含有量が予め設定した閾値を超えたとき、前記アミン系抽出剤が劣化したと評価する、
アミン系抽出剤の管理方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、アミン系抽出剤に含まれる脂肪族モノカルボン酸を精度よく分析する。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】
図1は、実施例1における脂肪族モノカルボン酸の分析フローを示す図である。
【
図2】
図2は、分析用試料のクロマトグラムの一例である。
【
図5】
図5は、比較例1、2における脂肪族モノカルボン酸の分析フローを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
<本発明の一実施形態>
以下、本発明の一実施形態にかかるアミン系抽出剤における脂肪族モノカルボン酸の分析方法について説明する。
【0026】
本発明の実施形態について、以下の順番で説明する。
1.準備工程
2.アルカリ性溶媒抽出工程
3.酸性溶媒抽出工程
4.トリメチルシリル化工程
5.分析工程
【0027】
(1.準備工程)
まず、試料溶液を準備する。本実施形態では、試料溶液として、溶媒抽出法で使用されるアミン系抽出剤であって、溶媒抽出法で使用した後、不純物などを除去して再生させたものを例として説明する。
【0028】
ここで、アミン系抽出剤を用いた溶媒抽出法について、例えばニッケルの湿式製錬法の場合を例として説明する。
【0029】
まず、3級アミン化合物と塩酸を反応させて生成した3級アミン化合物の塩酸塩および有機溶媒を含むアミン系抽出剤を準備する。このアミン系抽出剤を、コバルトを含有する塩化ニッケル水溶液と混合する。この混合により、コバルトは塩化コバルトとして3級アミン化合物の塩酸塩と塩化物錯体を形成してアミン系抽出剤へ溶媒抽出され、3級アミン化合物と塩化物錯体を形成しない塩化ニッケルは抽出残液に残留する。続いて、塩化コバルトを含むアミン系抽出剤を分取する。その後、アミン系抽出剤から塩化コバルトを逆抽出する。具体的には、塩化コバルトを含むアミン系抽出剤と酸性水溶液とを混合することにより、塩化コバルトは酸性水溶液へ溶媒抽出される。これにより、コバルトとニッケルとを分離する。
【0030】
溶媒抽出法で逆抽出の際に分取される、使用済みのアミン系抽出剤は、再生することで繰り返し使用することができる。以下、その再生方法について説明する。
【0031】
まず、使用済みのアミン系抽出剤に対してアルカリ中和処理を施す。使用済みのアミン系抽出剤においては、逆抽出の際にコバルトが抽出されるものの、コバルト以外の金属元素(例えば、亜鉛、鉄、銅など)が残留することがある。また、3級アミン化合物が塩化ニッケル水溶液との接触で徐々に反応し、これに由来する反応生成物も残留することがある。アルカリ中和処理により、これら不純物をアミン系抽出剤から除去する。そして、アルカリ中和処理後、塩酸を添加することで、アミン系抽出剤を活性化処理(再生処理)する。再生処理を施したアミン系抽出剤は、塩化ニッケル水溶液に含まれるコバルトの溶媒抽出に繰り返し使用することができる。
【0032】
本実施形態の試料溶液としては、溶媒抽出で使用した後、アルカリ中和処理および塩酸添加による再生処理を施したアミン系抽出剤となる。
【0033】
再生処理を施したアミン系抽出剤においては、3級アミン化合物が、再生処理の際に添加した塩酸との反応により、3級アミン化合物の塩酸塩を形成する。また、アルカリ中和処理により不純物が取り除かれるものの、その一部が残留することがある。アミン系抽出剤の繰り返し使用により不純物が蓄積する傾向がある。以下、各成分について説明する。
【0034】
3級アミン化合物としては、例えば塩酸酸性の条件下で、コバルトや銅などの金属元素を含む塩化物と3級アミンの塩化物錯体を形成し、金属元素を抽出できるようなものであれば特に限定されない。例えば、トリ-n-オクチルアミン(以下、TNOAともいう)などを用いることができる。
【0035】
有機溶媒は、3級アミン化合物の塩酸塩を希釈する希釈剤である。有機溶媒としては、3級アミン化合物の塩酸塩の溶解性や水に対する溶解度の低さや良好な油水分離性の観点からは、芳香族系有機溶媒を用いることが好ましい。芳香族系有機溶媒としては、例えばナフタレン、アルキルナフタレンおよびアルキルベンゼンの混合物などを用いることができる。
【0036】
再生処理を施したアミン系抽出剤には、上述した3級アミン化合物の塩酸塩や有機溶媒以外に、再生処理では除去しきれない不純物が蓄積して含まれている。不純物としては、3級アミン化合物の反応生成物やアルカリ中和処理で除去しきれない金属元素が含まれる。
【0037】
反応生成物には、例えば脂肪族モノカルボン酸や2級アミン化合物、3級アミド化合物などが含まれる。これらの不純物は、使用する3級アミン化合物の種類によっても異なる。例えば3級アミン化合物が上述したTNOAの場合、脂肪族モノカルボン酸としてはヘプタン酸やオクタン酸などが、2級アミン化合物としてはジ-n-オクチルアミン(以下、DNOAともいう)などが、また3級アミド化合物としてはジ-n-オクチルオクタンアミドなどが生成する。
【0038】
アミン系抽出剤に含まれる金属元素としては、塩化ニッケル水溶液に含まれるものであって、例えば亜鉛や鉄、銅などがある。
【0039】
アミン系抽出剤において3級アミン化合物の塩酸塩の濃度は特に限定されない。アミン系抽出剤中の3級アミン化合物の濃度は10体積%以上40体積%以下であることが好ましい。
【0040】
(2.アルカリ性溶媒抽出工程)
次に、上記試料溶液とアルカリ性水溶液とを混合する。この混合により溶媒抽出を行い、水相と有機相とに分離する。このときの水相をアルカリ抽出‐水相、有機相をアルカリ抽出‐有機相とする。
【0041】
混合により、試料溶液に含まれる反応生成物のうち脂肪族モノカルボン酸がアルカリ性水溶液と反応して脂肪族モノカルボン酸塩を形成する。脂肪族モノカルボン酸はアルカリ抽出‐水相に溶解し、アルカリ抽出‐水相へ溶媒抽出される。一方、疎水性である3級アミン化合物や、アルカリ性水溶液よりも弱アルカリ性である2級アミン化合物はアルカリ抽出‐水相へ溶解せず、アルカリ抽出‐有機相に残留する。2級アミン化合物などは、後述のトリメチルシリル化工程にてトリメチルシリル化剤と反応してしまい、脂肪族モノカルボン酸のトリメチルシリル化を阻害するものである。アルカリ性溶媒抽出によれば、脂肪族モノカルボン酸と、そのトリメチルシリル化を阻害する2級アミン化合物とを水相と有機相とに分離することができる。具体的には、アルカリ抽出‐水相には、アルカリ性水溶液や脂肪族モノカルボン酸塩が含まれる。アルカリ抽出‐有機相には、3級アミン化合物、有機溶媒、反応生成物である2級アミン化合物や3級アミド化合物などが含まれる。
【0042】
上述の分離後、脂肪族モノカルボン酸を含むアルカリ抽出‐水相を分取する。
【0043】
アルカリ性水溶液としては、脂肪族モノカルボン酸塩を形成し、かつ2級アミン化合物よりも強アルカリ性であれば特に限定されない。入手の容易さ等の観点からは、アルカリ金属水酸化物を含む水溶液が好ましく、例えば水酸化ナトリウムまたは水酸化カリウムを用いることができる。
【0044】
試料溶液に反応生成物である3級アミド化合物が存在する場合、3級アミド化合物と高濃度のアルカリ性水溶液と反応し、脂肪族モノカルボン酸が生成してしまうことがある。脂肪族モノカルボン酸の生成を抑制する観点からは、アルカリ性水溶液は、3級アミド化合物が反応しないようなpHが13を超えないことが好ましい。具体的には、アルカリ性水溶液のpHは13以下であることが好ましく、pH11以上pH13以下であることがより好ましい。
【0045】
アルカリ性水溶液の添加量は特に限定されないが、アルカリ性水溶液と試料溶液との混合により形成されるアルカリ抽出‐水相のpHが11以上13以下となるように混合することが好ましい。これにより、3級アミド化合物から脂肪族モノカルボン酸が生成することを抑制することができる。
【0046】
また、試料溶液に金属元素(金属イオン)が残留している場合、アルカリ性水溶液との混合により金属水酸化物が析出し、水相と有機相との分離を阻害することがある。この分離阻害を低減する観点からは、試料溶液とアルカリ性水溶液との混合物を遠心分離し、析出物を分離することが好ましい。なお、遠心分離を考慮し、試料溶液とアルカリ性水溶液との混合は蓋付きの遠心分離容器を用いてもよい。
【0047】
なお、試料溶液は高粘度であるため、試料溶液を採取するときは、試料溶液を正確な体積で採取する観点からは、0.1mgまで試料の重量を量り取ることができる電子天秤を用いるとよい。正確な溶液の体積を採取できるホールピペット、マイクロピペット、電動連続分注ピペットなどを用いて採取する場合、これらの内壁に試料溶液が付着し、正確な体積を採取しにくいためである。
【0048】
(3.酸性溶媒抽出工程)
次に、アルカリ性溶媒抽出工程で分取したアルカリ抽出‐水相に酸性水溶液を混合し、酸性混合液を調製する。そして、酸性混合液に疎水性有機溶媒を添加する。これにより溶媒抽出を行い、水相と有機相とに分離する。
【0049】
酸性混合液においては、脂肪族モノカルボン酸塩が酸性水溶液との反応により脂肪族モノカルボン酸となる。酸性混合液に含まれる脂肪族モノカルボン酸は、疎水性有機溶媒との混合により、疎水性有機溶媒を含む有機相に溶解し抽出される。なお、このときの水相を酸抽出‐水相、有機相を酸抽出‐有機相とする。
【0050】
上述の分離後、脂肪族モノカルボン酸を含む酸抽出‐有機相を分取する。
【0051】
酸性水溶液としては、脂肪族モノカルボン酸よりも強酸性であって、酸化力が弱い酸性物質を含むものであれば特に限定されない。入手の容易さや取り扱い性の観点からは塩酸、硫酸およびリン酸の少なくとも1つを用いることが好ましい。
【0052】
酸性水溶液の添加量としては、酸性混合液を酸性に調整し、脂肪酸モノカルボン酸塩を脂肪酸モノカルボン酸にできれば特に限定されない。好ましくは、酸性混合液のpHが1以上3以下となるように酸性水溶液の添加量を適宜調整するとよい。例えば、アルカリ抽出-水相に含まれるアルカリ性物質に対して、酸性水溶液に含まれる酸性物質が過剰量となるようにするとよい。例えば、アルカリ性溶媒抽出工程で0.5mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液を10mL添加したアルカリ抽出-水相を2.5mL分取した場合であれば、1.2mol/Lの塩酸を2.5mL添加するとよい。
【0053】
疎水性有機溶媒としては、脂肪族モノカルボン酸を溶解でき、また酸性水溶液と反応せず、さらには後述のトリメチルシリル化剤と反応しないものであれば特に限定されない。具体的には、トルエン、キシレン、ヘキサン、ヘプタンおよびオクタン等を用いることができる。これらは1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0054】
(4.トリメチルシリル化工程)
次に、酸性溶媒抽出工程で分取した酸抽出‐有機相にトリメチルシリル化剤を添加し、酸抽出-有機相に含まれる脂肪族モノカルボン酸をトリメチルシリル化する。これにより、脂肪族モノカルボン酸トリメチルシリル化物を含む分析用試料を調製する。
【0055】
脂肪族モノカルボン酸は分離カラムに吸着しやすいため、そのままGCで測定すると、クロマトグラム上でテーリングピークとなってしまい、脂肪族モノカルボン酸に由来するピークを定量性良く分析できないことがある。この点、脂肪族モノカルボン酸トリメチルシリル化物によれば、分離カラムへの吸着を抑制できるため、テーリングピークにならず、そのピークを定量性良く分析することができる。
【0056】
また、脂肪族モノカルボン酸を吸着カラムに吸着しにくくする方法として、トリメチルシリル化以外に、メチルエステル化剤を用いたメチルエステル化もある。ただし、メチルエステル化剤では、メチルエステル化のために加熱する必要があり、この加熱にともなって3級アミド化合物が分解して脂肪族モノカルボン酸が生成するおそれがあり、また毒性を有するため取り扱い性が悪いことがある。この点、トリメチルシリル化剤によれば、トリメチルシリル化を室温で反応させることができるものがある。つまり、添加して放置するだけでトリメチルシリル化を行うことができる。そのため、3級アミド化合物の分解を抑制しつつ、トリメチルシリル化を安全に行うことができる。
【0057】
トリメチルシリル化は、室温で酸抽出-有機相にトリメチルシリル化剤を添加し放置するとよい。反応時間は、脂肪族モノカルボン酸のすべてをトリメチルシリル化できれば特に限定されないが、例えば120分以上とするとよい。また、トリメチルシリル化は、3級アミド化合物の分解を抑制する観点からは非加熱で行うとよく、その反応温度としては、20℃以上40℃以下が好ましく、25℃以上30℃以下であることがより好ましい。
【0058】
トリメチルシリル化剤としては、N,O-ビス(トリメチルシリル)トリフルオロアセトアミド(以降、BSTFAともいう)、トリメチルクロロシラン(以降、TMCSともいう)、N-トリメチルシリルイミダゾール、N,O-ビス(トリメチルシリル)アセトアミド、N-メチル-N-トリメチルシリルトリフルオロアセト3級アミド、N-(トリメチルシリル)ジメチルアミン、N-(トリメチルシリル)ジエチルアミン、N-メチル-N-トリメチルシリルアセトアミド、1,1,1,3,3,3-ヘキサメチルジシラザン等を用いることができる。これらは1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。室温でのトリメチルシリル化をより効率よく行う観点からは、BSTFAとTMCSとを併用することが好ましく、TMCSを添加したBSTFA(以下、BSTFA-TMCSともいう)を用いるとよい。TMCSは、他のトリメチルシリル化剤と併用したときにトリメチルシリル化の触媒としても機能し、室温でのトリメチルシリル化をより確実に行うことが可能となる。
【0059】
トリメチルシリル化剤の添加量は、脂肪族モノカルボン酸をトリメチルシリル化できれば特に限定されないが、脂肪族モノカルボン酸のモル数の1.5倍以上とすることが好ましい。例えば、ハンドリングを考慮して酸抽出-有機相を0.5mL分取した場合にはBSTFA-TMCSを0.5mL添加するとよい。
【0060】
なお、トリメチルシリル化剤としてBSTFAおよびTMCSを併用する場合、トリメチルシリル化の際に塩酸が生成することがある。塩酸はGCの分離カラムに悪影響を及ぼすため、酸抽出-有機相に塩酸受容体としてピリジンを添加することが好ましい。塩酸受容体の添加量は特に限定されない。例えば、酸抽出-有機相を0.5mL分取してBSTFA-TMCSを0.5mL添加する場合にはピリジンを0.5mL添加するとよい。
【0061】
(5.分析工程)
次に、分析用試料をガスクロマトグラフィーにより分析する。本実施形態では、測定装置としてガスクロマトグラフ(GC)を用いて、脂肪族モノカルボン酸を定量する場合を例として説明する。
【0062】
GCの検出器としては、特に限定されないが、微量の脂肪族モノカルボン酸を測定する観点からは水素炎イオン化検出器、バリア放電イオン化検出器、質量分析計などを用いるとよい。これらの中でも、質量分析計を検出器としたガスクロマトグラフ質量分析計(以降、GC-MSと表記することがある)を採用し、SIM(Selected Ion Monitoring)モードで測定することが好ましい。
【0063】
GC-MSを用いてSIMモードで測定することにより、マススペクトルのフラグメントピークを選択することで成分を分離することができる。具体的に説明すると、例えば、分析用試料に、脂肪族モノカルボン酸に由来するピークと重なるようなピークを有する未知の化合物(反応生成物など)が含まれる場合、脂肪族モノカルボン酸のみを検出することができない。この点、フラグメントピークは化合物に固有な情報であるため、未知の化合物が含まれるような場合であっても、脂肪族モノカルボン酸のフラグメントピークを選択し、脂肪族モノカルボン酸のみを検出することが可能となる。
【0064】
しかも、SIMモードでの測定によれば、GC-MSで一般的に採用されるスキャンモードと比較して、10倍程度の高い感度を得ることができる。そのため、微量の脂肪族モノカルボン酸をより精度よく分析することが可能となる。
【0065】
GC-MSに分析用試料を供し、クロマトグラムを取得する。クロマトグラムから脂肪族モノカルボン酸トリメチルシリル化物に由来するピークの面積値を算出する。そして、予め求めた、脂肪族モノカルボン酸トリメチルシリル化物に由来するピークの面積値と、その濃度との相関を示す検量線に基づき、分析用試料について算出されたピークの面積値から、分析用試料に含まれる脂肪族モノカルボン酸トリメチルシリル化物の濃度を定量する。この定量値を、分析用試料に含まれる脂肪族モノカルボン酸に換算する。
【0066】
なお、検量線は以下のように作成するとよい。例えば、試料溶液に含まれる脂肪族モノカルボン酸と同一の試薬を準備し、分析用試料の調製と同様にトリメチルシリル化することで、脂肪族モノカルボン酸トリメチルシリル化物の濃度が既知である標準試料を調製する。このとき、試薬の脂肪族モノカルボン酸も高粘度のため、試料と同様に電子天秤で重量を量り取るとよい。濃度を体積ppmに変換するためには、脂肪族モノカルボン酸のSDSや文献に記載されている密度の値を利用すればよい。
【0067】
この標準試料について上記と同様にGC-MSを用いてクロマトグラムを取得し、脂肪族モノカルボン酸トリメチルシリル化物に由来するピークの面積値を算出する。そして、脂肪族モノカルボン酸の濃度を適宜変更して濃度の異なる標準試料を調製し、上記と同様に脂肪族モノカルボン酸トリメチルシリル化物に由来するピークの面積値を算出する。濃度の異なる複数の標準試料の測定結果から、脂肪族モノカルボン酸トリメチルシリル化物に由来するピークの面積値と、その濃度との相関を示す検量線を得る。検量線で採用する濃度は、上記の通り体積ppmに変換しているため、試料溶液中の脂肪族モノカルボン酸濃度も体積ppmで算出できる。
【0068】
また、GCへの分析用試料の注入方法は特に限定されず、スプリット注入法、スプリットレス注入法などの公知の方法を採用することができる。
【0069】
以上により、試料溶液に含まれる脂肪族モノカルボン酸を定量することができる。
【0070】
<本実施形態に係る効果>
本実施形態によれば、以下に示す1つ又は複数の効果を奏する。
【0071】
(a)本実施形態では、溶媒抽出法で使用し、アルカリ中和処理および再生処理を施したアミン系抽出剤を試料溶液としている。この試料溶液に対して、まず、アルカリ性溶媒抽出工程にて、アルカリ性水溶液を混合する。これにより、試料溶液に含まれる反応生成物のうち脂肪族モノカルボン酸を脂肪族モノカルボン酸塩として水相(アルカリ抽出‐水相)へ溶解させて抽出することができる。一方、3級アミン化合物、反応生成物である2級アミン化合物や3級アミド化合物、その他の同定できなかった有機化合物のほとんどと、金属元素(金属塩化物など)などを有機相(アルカリ抽出‐有機相)に残留させることができる。つまり、試料溶液から脂肪族モノカルボン酸をアルカリ抽出‐水相へ抽出することができる。次に、酸性溶媒抽出工程にて、脂肪族モノカルボン酸塩を含むアルカリ抽出‐水相に酸性水溶液を混合して酸性混合液を調製した後、疎水性有機溶媒を添加する。これにより、脂肪族モノカルボン酸を有機相(酸抽出‐有機相)へ抽出することができる。また、トリメチルシリル化は水溶液中では反応できないが、脂肪族モノカルボン酸を有機相へ抽出することで、後述のトリメチルシリル化が可能となる。次に、トリメチルシリル化工程にて、脂肪族モノカルボン酸を含む酸抽出‐有機相にトリメチルシリル化剤を添加する。酸抽出‐有機相においては、試料溶液に含まれる2級アミン化合物などが除去されているので、2級アミン化合物によりトリメチルシリル化剤が消費されることを抑制することができる。つまり、脂肪族モノカルボン酸のトリメチルシリル化を効率よく行うことができる。また、トリメチルシリル化を室温で行えるので、もし意図せずに生成して酸抽出‐有機相に残留した有機化合物が含まれている場合、その有機化合物が副反応を起こしてしまうリスクと、加熱による火傷のリスクを低減することができる。以上により、脂肪族モノカルボン酸トリメチルシリル化物を生成し、分析用試料を得る。この分析用試料によれば、2級アミン化合物や3級アミド化合物が除去されているので、ガスクロマトグラフィーで分析したときに、脂肪族モノカルボン酸トリメチルシリル化物を精度よく定量することができる。
【0072】
(b)本実施形態では、分析用試料を調製する際に、2級アミン化合物や3級アミド化合物を予め除去しているので、脂肪族モノカルボン酸を微量であっても精度よく分析することができる。例えば、試料溶液に含まれる脂肪族モノカルボン酸を1体積ppmオーダーで定量することができる。
【0073】
(c)また本実施形態によれば、ガスクロマトグラフィーにより脂肪族モノカルボン酸を分析できるので、測定効率を向上させることができる。例えば、液体クロマトグラフィーで分析を行う場合、イオンペア剤を使用する必要がある。ただし、イオンペア剤の濃度が液体クロマトグラフの検出器の感度を考慮したときに高濃度となるため、装置内を汚染させてしまうことがある。また、分析後、洗浄によりバックグラウンドが低くなるまでの時間が長くなる等、時間のロスが多くなる。この点、ガスクロマトグラフィーによれば、イオンペア剤を使用せずに分析できるので、測定効率を向上させることができる。
【0074】
(d)アルカリ性溶媒抽出工程では、得られる水相のpHが11以上13以下とすることが好ましい。これにより、試料溶液にアルカリ性水溶液を混合したときに、試料溶液に含まれる3級アミド化合物の分解、それにともなう脂肪族モノカルボン酸の生成を抑制することができる。
【0075】
(e)酸性溶媒抽出工程では、アルカリ抽出‐水相と酸性水溶液とを混合するときに、その酸性混合液のpHが3以下となるように、酸性水溶液の添加量を調整することが好ましい。これにより、アルカリ性溶媒抽出工程で生成した脂肪族モノカルボン酸塩を脂肪族モノカルボン酸として酸抽出‐有機相へより確実に抽出することができる。
【0076】
(f)トリメチルシリル化工程では、トリメチルシリル化物としてBSTFAおよびTMCSを併用することが好ましい。これにより、酸抽出‐有機相に添加して室温で放置するだけで、脂肪族モノカルボン酸を安全にトリメチルシリル化することができる。
【0077】
(g)分析工程では、質量分析計を検出器としたガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)を採用し、SIMモードで測定することが好ましい。これにより、分析用試料に未知の化合物が含まれている場合であっても、ピークの保持時間だけではなくマススペクトルのフラグメントピークでも分離ができるため、脂肪族モノカルボン酸をより確実に検出することができる。
【0078】
<他の実施形態>
以上、本発明の実施形態について説明してきたが、本発明は、上述した実施形態に何等限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々に改変することができる。
【0079】
上述の実施形態では、試料溶液として、溶媒抽出で使用した後、アルカリ中和処理および再生処理を施したアミン系抽出剤の場合を説明したが、試料溶液はこれに限定されない。例えば、特開2020-84200号公報に記載するように、塩化コバルト水溶液の製造において、抽出段、洗浄段または逆抽出段等で得られる有機相に含まれる脂肪族モノカルボン酸を分析することもできる。
【0080】
例えば、抽出段で得られる有機相は、塩化コバルトとアミン系抽出剤が主成分であって、3級アミン化合物の塩酸塩と塩化物錯体を形成する塩化コバルトや、有機溶媒や、除去しきれずに混入した塩化ニッケルなどを含む。
また例えば、洗浄段で得られる有機相は、抽出段で得られる有機相と塩化コバルト水溶液とを接触させ、抽出段で混入した塩化ニッケルが除去された3級アミン化合物の塩酸塩と塩化物錯体を形成する塩化コバルトや、有機溶媒が主成分である。
また例えば、逆抽出段で得られる有機相は、洗浄段で得られる有機相と希塩酸とを混合した後に得られるものであって、3級アミン化合物の塩酸塩と塩化物錯体を形成する塩化コバルトが除去されたものである。
【0081】
上述の実施形態では、再生処理を施したアミン系抽出剤に含まれる脂肪族モノカルボン酸の量を測定したが、この定量値に基づいてアミン系抽出剤を管理することができる。具体的には、ニッケルの湿式製錬においては、まず、アミン系抽出剤を用いて溶媒抽出を行い、使用後のアミン系抽出剤を回収する。続いて、この使用後のアミン系抽出剤に上述した再生処理を行い、再生処理済みのアミン系抽出剤を得る。この再生処理済みのアミン系抽出剤について上述の分析方法により脂肪族モノカルボン酸の含有量を測定する。この含有量を予め設定した閾値と比較し、閾値以下であれば、再生処理後のアミン系抽出剤が劣化していないと判定する。この場合、そのまま再利用するとよい。一方、閾値を超えれば、アミン系抽出剤が劣化したものと判定する。この場合、例えばアミン系抽出剤を交換する、もしくは、再生処理後のアミン系抽出剤に未使用のアミン系抽出剤をつぎ足し、脂肪族モノカルボン酸の含有量が閾値以下となるように調整するとよい。このように、ニッケルの湿式製錬において、アミン系抽出剤を繰り返し利用する際、脂肪族モノカルボン酸の含有量に基づき、アミン系抽出剤の劣化状態を判定して管理することができる。
【0082】
なお、脂肪族モノカルボン酸の含有量の閾値は、例えば、湿式製錬の際にコバルトとニッケルとの分離が進まない場合の数値を参照して適宜設定するとよい。
【実施例0083】
以下、本発明をさらに詳細な実施例に基づき説明するが、本発明は、これら実施例に限定されない。
【0084】
(実施例1)
本実施例において用いた試薬の詳細は以下の通りである。
・水酸化ナトリウム:富士フイルム和光純薬株式会社製
・塩酸:富士フイルム和光純薬株式会社製
・トルエン:富士フイルム和光純薬株式会社製
・BSTFA-TMCS:東京化成工業株式会社製
・ピリジン:富士フイルム和光純薬株式会社製
・ヘプタン酸:富士フイルム和光純薬株式会社製
・オクタン酸:富士フイルム和光純薬株式会社製
なお、BSTFA-TMCSとは、TMCSを添加したBSTFAを示す。
【0085】
本実施例では、
図1に示すようなフローで分析用試料を調製し脂肪族モノカルボン酸を定量した。
【0086】
具体的には、まず、蓋付きの遠心分離容器(容積15mL)に、電子天秤を使って試料Aを1.0079g量り取って装填した。ここで試料Aは、溶媒抽出法で使用した後、不純物などを除去して再生させたアミン系抽出剤を用いた。
【0087】
次に、濃度が0.5mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液を、電動連続分注ピペット(エッペンドルフ製 Multipette(R) E3)を使って10.00mL加え、蓋をしてから5分間振り混ぜた。10分間静置後、有機相と水相の間に固体物質が生成して分離が不十分となったので4000rpmで5分間遠心分離した。この操作により、固体物質が遠心分離容器の底に沈殿したこと、有機相と水相が分離したこと、また、pH試験紙で水相のpHが12であることを確認した。
【0088】
次に、電動連続分注ピペットで水相2.500mLをスクリュー瓶(マルエム製 容積20mL)に分取し、電動連続分注ピペットで1.2mol/Lの塩酸を2.500mL、電動連続分注ピペットでトルエンを5.000mL加え、蓋をしてから1分間振り混ぜた。10分間静置後、トルエン相と水相が分離したことを確認し、電動連続分注ピペットでトルエン相をスクリュー瓶(マルエム製 容積10mL)に0.500mL分取した。pH試験紙で水相のpHを確認したところpHは3であった。
【0089】
次に、電動連続分注ピペットでBSTFA-TMCSを0.5mLおよびピリジンを0.5mL加え、蓋をして室温で120分間放置し、分析用試料を調製した。
【0090】
その後、得られた分析用試料をGC-MS測定用のバイアル瓶に移液し、GC-MSにセットし、表1の条件で測定を行い、
図2に示すクロマトグラムを得た。
【0091】
【0092】
100mLのメスフラスコに、電子天秤を使ってヘプタン酸を0.4153g量り取って装填して、トルエンを加えて100mLとした。この溶液を電動連続分注ピペットで1mLを分取したものを100mLのメスフラスコに装填してトルエンで希釈して100mLとした溶液をヘプタン酸標準溶液(濃度:45.1体積ppm)とし、これを電動連続分注ピペットおよびメスフラスコを使用しトルエンで希釈して、ヘプタン酸標準試料1(濃度:0.56体積ppm)、ヘプタン酸標準試料2(濃度:1.13体積ppm)、ヘプタン酸標準試料3(濃度:2.26体積ppm)、ヘプタン酸標準試料4(濃度:4.51体積ppm)、ヘプタン酸標準試料5(濃度:11.3体積ppm)を調製した。なお、ヘプタン酸の密度は富士フイルム和光純薬のヘプタン酸のSDSに記載の0.92g/mLを採用して、標準試料の濃度(体積ppm)を算出した。
【0093】
次に、電動連続分注ピペットでそれぞれの溶液0.50mLをスクリュー瓶(マルエム製 容積10mL)に分取した。またトルエンのみ0.50mLをスクリュー瓶(マルエム製 容積10mL)に入れた溶液(ヘプタン酸標準試料0とする)も調製した。これら6種類の溶液にそれぞれ電動連続分注ピペットでBSTFA-TMCSを0.5mLおよびピリジンを0.5mL加え、蓋をして室温で120分間放置した。前述の操作により調製した溶液をそれぞれトリメチルシリル化-ヘプタン酸標準試料0、トリメチルシリル化-ヘプタン酸標準試料1、トリメチルシリル化-ヘプタン酸標準試料2、トリメチルシリル化-ヘプタン酸標準試料3、トリメチルシリル化-ヘプタン酸標準試料4、トリメチルシリル化-ヘプタン酸標準試料5とした。これらを分析用試料と同様に測定用のバイアル瓶に移液してGC-MSにセットし表1の条件で測定した。測定結果から得た検量線を
図3に示す。良好な直線性が得られた。
【0094】
オクタン酸についてもヘプタン酸と同様にして検量線を作成した。オクタン酸の検量線を
図4に示す。良好な直線性が得られた。なお、量り取ったオクタン酸の重量は0.4149gで、ヘプタン酸の密度は富士フイルム和光純薬のオクタン酸のSDSに記載の0.91g/mLを採用した。
図3に示した検量線を基に、試料Aから検出されたヘプタン酸トリメチルシリル化物に由来するピークのピーク面積から濃度を算出したところ、試料Aに含有するヘプタン酸は20体積ppmであった。また、
図4に示した検量線を基に、試料Aから検出されたオクタン酸トリメチルシリル化物に由来するピークのピーク面積から濃度を算出したところ、試料Aに含有するオクタン酸は10体積ppmであった。
【0095】
(比較例1)
比較例1では、
図5に示すように、アルカリ性水溶液での溶媒抽出、酸性水溶液での溶媒抽出を行わず、試料Aにトルエンを添加して希釈した後、BSTFA-TMCSを添加し、室温にて放置してトリメチルシリル化を行った。得られた分析用試料についてGC-MSを用いて分析を行った。
【0096】
分析用試料について分析を行った結果、試料Aから検出されたオクタン酸トリメチルシリル化物に由来するピークの面積値からオクタン酸の濃度を算出したところ、試料Aに含有するオクタン酸は40体積ppmであった。比較例1でのオクタン酸の定量値が実施例1と比較して高くなることが確認された。比較例1では、アルカリ性水溶液での溶媒抽出を行わず、試料Aに含まれる3級アミド化合物を除去していない。そのため、トリメチルシリル化反応中に3級アミド化合物の一部が加水分解して生成したオクタン酸もトリメチルシリル化物となって検出されたものと考えられる。
【0097】
(比較例2)
比較例2では、BSTFA-TMCSを添加したときに60℃で加熱した以外は比較例1と同様に分析用試料を調製し分析を行った。
【0098】
分析用試料について分析を行った結果、試料Aから検出されたオクタン酸トリメチルシリル化物に由来するピークの面積値からオクタン酸の濃度を算出したところ、試料Aに含有するオクタン酸は140体積ppmであった。比較例2でのオクタン酸の定量値が、比較例1と同様、実施例1よりも高くなることが確認された。比較例2では、トリメチルシリル化の際に加熱したため、比較例1よりも3級アミド化合物の加水分解が促進され、比較例1より多く生成したオクタン酸もトリメチルシリル化物となって検出されたものと考えられる。
【0099】
以上のように、溶媒抽出法で使用した後、再生させたアミン系抽出剤に対し、アルカリ溶媒抽出、酸性溶媒抽出およびトリメチルシリル化を行うことにより、アミン系抽出剤に含まれる反応生成物のうち脂肪族モノカルボン酸をトリメチルシリル化し、その他の反応生成物と分離することができる。これにより、脂肪族モノカルボン酸を微量であっても精度よく定量することができる。