IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 山陽特殊製鋼株式会社の特許一覧

<>
  • 特開-金属塑性加工用金型及びその製造方法 図1
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024061966
(43)【公開日】2024-05-09
(54)【発明の名称】金属塑性加工用金型及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B21D 37/01 20060101AFI20240430BHJP
   B21D 37/20 20060101ALI20240430BHJP
【FI】
B21D37/01
B21D37/20 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022169645
(22)【出願日】2022-10-24
(71)【出願人】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100087398
【弁理士】
【氏名又は名称】水野 勝文
(74)【代理人】
【識別番号】100128783
【弁理士】
【氏名又は名称】井出 真
(74)【代理人】
【識別番号】100128473
【弁理士】
【氏名又は名称】須澤 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100160886
【弁理士】
【氏名又は名称】久松 洋輔
(72)【発明者】
【氏名】三浦 滉大
【テーマコード(参考)】
4E050
【Fターム(参考)】
4E050JA01
4E050JB09
4E050JC02
4E050JD03
4E050JD05
(57)【要約】
【課題】複合硬さを評価・制御することで、被膜の耐久性を高める。
【解決手段】金型基材の表面に、Ti、Al、Crの少なくとも1種を含む窒化物または炭窒化物のいずれかを含む硬質被膜を被覆した塑性加工用金型であって、前記硬質被膜の膜厚は1μm以上であり、金型基材の表面に形成された硬質被膜に対して、JIS Z 2244-1に規定された硬さ記号HV0.1に従う荷重条件にて、硬さ試験を実施したときのビッカース硬さを複合硬さと定義したときに、複合硬さが800HV0.1以上であることを特徴とする被膜の耐久性に優れた金属塑性加工用金型。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金型基材の表面に、Ti、Al、Crの少なくとも1種を含む窒化物または炭窒化物のいずれかの硬質被膜を被覆した塑性加工用金型であって、
前記硬質被膜の膜厚は1μm以上であり、金型基材の表面に形成された硬質被膜に対して、JIS Z 2244-1に規定された硬さ記号HV0.1に従う荷重条件にて、硬さ試験を実施したときのビッカース硬さを複合硬さと定義したときに、複合硬さが800HV0.1以上であることを特徴とする被膜の耐久性に優れた金属塑性加工用金型。
【請求項2】
金型基材の表面粗さがRa<0.1μm、Rz<0.5μmであることを特徴とする請求項1に記載の被膜の耐久性に優れた金属塑性加工用金型。
【請求項3】
金型基材は、Cを0.9mass%以下、Crを9mass%以下含み、残部がFeを主体とする冷間ダイス鋼で構成されていることを特徴とする請求項1または2に記載の被膜の耐久性に優れた金属塑性加工用金型。
【請求項4】
金型基材は、Cを1.0~1.3mass%、Crを9mass%以下含み、残部がFeを主体とする粉末高速度工具鋼で構成された請求項1または2に記載の被膜の耐久性に優れた金属塑性加工用金型。
【請求項5】
金型基材の表面が窒化処理された請求項3に記載の被膜の耐久性に優れた金属塑性加工用金型。
【請求項6】
金型基材の表面が窒化処理された請求項4に記載の被膜の耐久性に優れた金属塑性加工用金型。
【請求項7】
金型基材の表面に、Ti、Al、Crの少なくとも1種を含む窒化物または炭窒化物のいずれかの硬質被膜を被覆した塑性加工用金型の製造方法であって、
金型基材の表面に形成された硬質被膜に対して、JIS Z 2244-1に規定された硬さ記号HV0.1に従う荷重条件にて、硬さ試験を実施したときのビッカース硬さを複合硬さと定義したとき、
予め、前記硬質被膜の膜厚を1μm以上とする条件にて、複合硬さが800HV0.1以上となるように、金型基材及び前記硬質被膜の製造条件を決定する製造条件決定ステップと、
決定した前記製造条件に基づき、前記塑性加工用金型を製造することを特徴とする塑性加工用金型の製造方法。
【請求項8】
前記製造条件決定ステップにおいて、金型基材の表面粗さをRa<0.1μm、Rz<0.5μmとすることを特徴とする請求項7に記載の塑性加工用金型の製造方法。
【請求項9】
前記製造条件決定ステップにおいて、Cを0.9mass%以下、Crを9mass%以下含み、残部がFeを主体とする冷間ダイス鋼を、金型基材の素材として決定することを特徴とする請求項7又は8に記載の塑性加工用金型の製造方法。
【請求項10】
前記製造条件決定ステップにおいて、Cを1.0~1.3mass%、Crを9mass%以下含み、残部がFeを主体とする粉末高速度工具鋼を、金型基材の素材として決定することを特徴とする請求項7又は8に記載の塑性加工用金型の製造方法。
【請求項11】
前記製造条件決定ステップにおいて、 金型基材の表面に窒化処理することを決定する、請求項9に記載の塑性加工用金型の製造方法。
【請求項12】
前記製造条件決定ステップにおいて、 金型基材の表面に窒化処理することを決定する、請求項10に記載の塑性加工用金型の製造方法。




【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
プレス加工、鍛造加工等に使用され耐摩耗性が必要とされる塑性加工用金型に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鍛造やプレス加工といった塑性加工には、冷間ダイス鋼、熱間ダイス鋼、高速度工具鋼及び超硬合金等の金属・鋼を母材とする金型が用いられてきた。上記加工方法は、室温付近で加工を行う冷間加工と、被加工材が400℃以上に加熱される温間加工や熱間加工に分類される。いずれの金型でも被加工材との凝着摩耗が問題となり、作業面の耐摩耗性が要求される。
【0003】
近年、被加工材の高強度化と表面改質技術の向上に伴い、金型表面に硬質被膜を形成し、耐摩耗性を向上させた金型が種々提案されている。硬質被膜の施工方法にはCVD(化学蒸着法)、PVD(物理蒸着法)、TRD法(熱反応析出拡散法)、PCVD法(プラズマ化学蒸着法)等がある。特にPVD法やPCVD法は、施工温度が500℃以下と比較的低温に抑えられているため、金型の変寸が少なく、被膜施工後の熱処理が不要であることから、広く普及している。
【0004】
このような被膜加工を施した金型では、主に被膜の剥離によって金型寿命となる。被膜剥離は、被膜が金型基材の変形に追随できないことに起因し、き裂の発生や剥離に至る。例えば、特許文献1には、膜組成、膜構造、膜厚、母材との硬度差を制御した耐久性の優れた硬質材料被覆塑性加工用金型が開示されている。特許文献2には、金型の作業面の表面粗さ、膜種を制御することで、良好な耐凝着性と平滑性を併せ持つ金型が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第4771223号
【特許文献2】特許第7029646号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述したように、金型使用環境下で表面に付与される応力により、被膜が基材の変形に追随できないことに起因して、き裂の発生及び被膜剥離に至り、金型寿命となる。したがって、いかに金型表面を凹みにくくするかが重要である。しかしながら、従来は、金型表面の凹みにくさの明確な指針とその制御因子について何らの検討もなく、改善の余地あった。また、金型表面が凹みにくくても、硬質被膜と金型基材の密着性が低い場合には、硬質被膜が早期に剥離して、金型寿命となる。
【0007】
本発明は、金型基材と硬質被膜の複合硬さと、金型基材と硬質被膜の密着性を評価・制御することで、被膜の耐久性を高めたものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本願発明に係る金属塑性加工用金型は、(1)金型基材の表面に、Ti、Al、Crの少なくとも1種を含む窒化物または炭窒化物のいずれかの硬質被膜を被覆した塑性加工用金型であって、前記硬質被膜の膜厚は1μm以上であり、金型基材の表面に形成された硬質被膜に対して、JIS Z 2244-1に規定された硬さ記号HV0.1に従う荷重条件にて、硬さ試験を実施したときのビッカース硬さを複合硬さと定義したときに、複合硬さが800HV0.1以上であることを特徴とする。
【0009】
(2)金型基材の表面粗さがRa<0.1μm、Rz<0.5μmであることを特徴とする上記(1)に記載の被膜の耐久性に優れた金属塑性加工用金型。
【0010】
(3)金型基材は、Cを0.9mass%以下、Crを9mass%以下含み、残部がFeを主体とする冷間ダイス鋼で構成されていることを特徴とする上記(1)または(2)に記載の被膜の耐久性に優れた金属塑性加工用金型。
【0011】
(4)金型基材は、Cを1.0~1.3mass%、Crを9mass%以下含み、残部がFeを主体とする粉末高速度工具鋼で構成された上記(1)または(2)に記載の被膜の耐久性に優れた金属塑性加工用金型。
【0012】
(5)金型基材の表面が窒化処理された上記(3)に記載の被膜の耐久性に優れた金属塑性加工用金型。
【0013】
(6)金型基材の表面が窒化処理された上記(4)に記載の被膜の耐久性に優れた金属塑性加工用金型。
【0014】
(7)本願発明に係る塑性加工用金型の製造方法は、金型基材の表面に、Ti、Al、Crの少なくとも1種を含む窒化物または炭窒化物のいずれかの硬質被膜を被覆した塑性加工用金型の製造方法であって、金型基材の表面に形成された硬質被膜に対して、JIS Z 2244-1に規定された硬さ記号HV0.1に従う荷重条件にて、硬さ試験を実施したときのビッカース硬さを複合硬さと定義したとき、予め、前記硬質被膜の膜厚を1μm以上とする条件にて、複合硬さが800HV0.1以上となるように、金型基材及び前記硬質被膜の製造条件を決定する製造条件決定ステップと、決定した前記製造条件に基づき、前記塑性加工用金型を製造することを特徴とする。
【0015】
(8)前記製造条件決定ステップにおいて、金型基材の表面粗さをRa<0.1μm、Rz<0.5μmとすることを特徴とする上記(7)に記載の塑性加工用金型の製造方法。
【0016】
(9)前記製造条件決定ステップにおいて、Cを0.9mass%以下、Crを9mass%以下含み、残部がFeを主体とする冷間ダイス鋼を、金型基材の素材として決定することを特徴とする上記(7)又は(8)に記載の塑性加工用金型の製造方法。
【0017】
(10)前記製造条件決定ステップにおいて、Cを1.0~1.3mass%、Crを9mass%以下含み、残部がFeを主体とする粉末高速度工具鋼を、金型基材の素材として決定することを特徴とする上記(7)又は(8)に記載の塑性加工用金型の製造方法。
【0018】
(11)前記製造条件決定ステップにおいて、 金型基材の表面に窒化処理することを決定する、上記(9)に記載の塑性加工用金型の製造方法。
【0019】
(12)前記製造条件決定ステップにおいて、 金型基材の表面に窒化処理することを決定する、上記(10)に記載の塑性加工用金型の製造方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、金型基材及び硬質被膜の複合硬さと、密着性と、を高めることによって、金型表面が凹みにくく、被膜剥離が抑制され、被膜の耐久性が高い金型を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】複合硬さの試験装置の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の実施形態について説明する。本実施形態の金型は、プレス加工、鍛造加工等に使用される、耐摩耗性が必要とされる塑性加工用金型(以下、金型と略す場合がある)である。金型は、金型基材及び硬質被膜からなる。
【0023】
(金型基材について)
金型基材には、高強度な工具鋼が好ましく、冷間ダイス鋼、熱間ダイス鋼、高速度工具鋼及び粉末高速度工具鋼がより好ましい。焼戻時に二次硬化する冷間ダイス鋼、熱間ダイス鋼、高速度工具鋼及び粉末高速度工具鋼を用いることにより、被膜施工時の軟化を抑制することができる。
【0024】
ここで、ダイス鋼とは、クロム、マンガン、モリブデン、バナジウムなどを含み、金型等使用時に焼入焼戻処理が行われたものであり、硬度、耐摩耗性が良好で、焼き入れ歪などが少なく、更に靭性に優れた材料である。冷間ダイス鋼は、熱間ダイス鋼よりも炭素をより多く含有しており、熱間ダイス鋼よりも熱を加えたときに硬度が下がりやすい。
【0025】
高速度工具鋼とは、切削工具や汎用工具に使用されており、ハイス鋼ともいう。ハイス鋼は、粉末ハイス鋼(粉末高速度工具鋼)であってもよいし、溶解ハイス鋼であってもよい。粉末ハイス鋼は、粉末状の材料を加圧しながら焼結して、成形したものであり、靭性及び耐摩耗性に優れる。溶解ハイス鋼は、電気炉で溶解した材料を圧延して成形したものであり、耐摩耗性やコスト面に優れる。
【0026】
これらの工具鋼の中で靭性が高い工具鋼を用いることによって、金型の割れやチッピングを抑制することができる。かかる観点から、Cを0.9mass%以下、Crを9mass%以下含むFeを主体とした冷間ダイス鋼、Cを1.0~1.3mass%、Crを9mass%以下含みFeを主体とした粉末高速度工具鋼を使用することが望ましい。当該冷間ダイス鋼は、一次炭化物が少ないため、靭性に優れる。また、当該冷間ダイス鋼において、Cを0.6mass%以上とすること、Crを5mass%以上とすることがより望ましい。当該粉末高速度工具鋼は、一次炭化物のサイズが1~2μmと小さいため、靭性に優れる。当該粉末高速度工具において、Crを3.5mass%以上とすることがより望ましい。
【0027】
(表面粗さについて)
金型基材に対して、形状加工工程を実施することにより、所定の表面粗さを付与しておくことが望ましい。表面粗さは、好ましくはRa<0.1μm、Rz<0.5μmであり、より好ましくはRa<0.05μm、Rz<0.3μmである。かかる範囲に表面粗さを調整しておくことにより、被膜と金型基材との密着性を高めることができる。
【0028】
表面粗さは、金型基材の表面に対して、研削加工、研磨加工、切削加工及び放電加工などを施すことにより、調整できる。ここで、形状加工工程は、複数の工程を組み合わせてもよく、例えば研削加工で荒加工した後、研磨による仕上げ加工を施すことによって、表面粗さを調整してもよい。所望の表面粗さを確実に得るために、ダイヤモンドペーストを用いたバフ研磨を実施してもよい。
【0029】
(窒化処理について)
表面粗さの調整後、金型基材の表面に対して、窒化処理を施すことが望ましい。窒化処理を施すことにより、複合硬さを向上させることができる。窒化処理は、好ましくは、イオン窒化処理、ラジカル窒化処理である。イオン窒化処理、ラジカル窒化処理は、処理時に化合物層が形成されにくいため、化合物層が形成されることによる表面粗さの増大によって、密着力が低下することを防止できる。
【0030】
イオン窒化処理(プラズマ窒化処理)は、窒化性ガスに窒素及び水素を使用し、真空雰囲気下で金型基材と窒化炉の炉壁との間に直流電圧を印加してグロー放電を生じさせ、このグロー放電により得られた窒素イオンと水素イオンの基材表面に対する衝突作用を利用して窒化処理を行う方法である。真空雰囲気における圧力は、好ましくは、13Pa以上1.3kPa以下である。直流電圧は、数百ボルト程度が好ましい。
【0031】
ラジカル窒化処理は、ガス流量・処理圧力・プラズマ出力などを高精度に制御して得られる窒化作用の高いラジカルを効率よく利用して窒化処理を行う方法であり、窒化処理中のイオンとラジカルの生成量を調整することにより、化合物層の生成を抑制し得る方法である。
【0032】
ただし、イオン窒化処理及びラジカル窒化処理以外の窒化処理(例えば、ガス窒化処理)を採用してもよい。この場合、窒化処理後に、化学物層を除去することが望ましい。これにより、所望の表面粗さを得ることができる。
【0033】
(硬質被膜について)
硬質被膜は、Ti、Al、Crの少なくとも1種を含む窒化物または炭窒化物から構成されている。AlやCrを主成分とする硬質被膜の場合、被膜の耐酸化性が高く、酸化による硬度の低下と被膜剥離が抑制されるため、金型表面の温度が増加する場合には特に好ましい。なお、本発明の効果を阻害しない範囲で、Siが硬質被膜に含まれていてもよい。Siを添加することによって、硬質被膜の耐酸化性を向上させることができる。ここで、窒化物は、好ましくはTiNであり、より好ましくは、CrN、AlCrNである。また、炭窒化物は、好ましくはTiCNである。窒化物は、一種の窒化物で構成してもよいし、二種以上の窒化物で構成してもよい。例えば、CrN、TiN、AlCrN及びTiCNのうち1種のみで硬質皮膜を構成してもよいし、複数種で硬質皮膜を構成してもよい。
【0034】
硬質被膜の成膜方法は、好ましくは、CVD法(化学蒸着法)、PVD法(物理蒸着法)、TRD法(熱反応析出拡散法)、PCVD法(プラズマ化学蒸着法)であり、より好ましくは、PVD法、PCVD法である。PVD法及びPCVD法は、施工温度が500℃以下であるため、施工時の金型の変寸が少なく、被膜施工後の熱処理が不要であることから、好適に用いることができる。
【0035】
PVD法には、真空蒸着、スパッタリング、イオンプレーティングが含まれる。適用部材の広さや金型の寸法精度の観点からイオンプレーティングが好ましい。寸法精度と硬度の観点から、処理温度は500℃以下が好ましい。
【0036】
硬質被膜の膜厚は、1μm以上であり、好ましくは2μm以上である。膜厚を1μm以上に設定することにより、所望の耐摩耗性効果及び複合硬さが得られるからである。複合硬さは、金型表面の凹みにくさを定量的に表す評価指標であり、複合硬さが高いほど凹みにくい金型となる。
【0037】
ここで、複合硬さとは、硬質被膜及び金型基材からなる複合体の硬さのことであり、金型基材の表面に形成された硬質被膜に対して、JIS Z 2244-1に規定された硬さ記号HV0.1に従う荷重条件にて、硬さ試験を実施したときのビッカース硬さのことである。
【0038】
複合硬さは、800HV0.1以上であり、好ましくは850HV0.1以上であり、より好ましくは900HV0.1以上である。HVの右側に表記された下付きの0.1は、硬さ試験時の荷重(0.98N)を表している。
【0039】
(実施例1)
本発明について、実施例を示しながら詳細に説明する。
【0040】
【表1】
【0041】
表1に示す試料について、表面粗さ測定、複合硬さ測定、膜厚測定、スクラッチ試験(密着性評価)を実施した。試料には、冷間ダイスおよび粉末高速度工具鋼を素材とする板状試験片を使用した。冷間ダイス鋼は、大気中で1030~1050℃の温度で空冷焼入し、500~600℃の温度で焼戻した後、板状(一辺が40mm、他辺が50mm、厚みが7mm)に加工し、試験面を研削加工した。粉末高速度工具鋼は、1130~1150℃の温度で油冷焼入し、560~600℃の温度で焼戻した後、板状(一辺が40mm、他辺が50mm、厚みが7mm)に加工し、試験面を研削加工した。なお、各板状試験片については、JISZ2245に基づき、ロックウェル硬さ(HRC)も測定した。
なお、基材の成分は表1に示す通りであり、基材に含まれるFe以外の成分を記載している。
【0042】
研削加工後の試験面(つまり、硬質被膜形成前)について、サーフコム1400D―3DF(東京精密)を用いて表面粗さ(Ra、Rz)を測定した。測定長さは5mm、カットオフ値は0.8mm、フィルタはフィルタ種別ガウシアン、測定速度は0.3mm/sとした。
【0043】
一部の窒化する試料(試料No.6)に関しては、表面粗さ(Ra、Rz)の測定後に、500℃、2hourの条件にて、イオン窒化処理を実施した。窒化後の性状を確認したところ、化合物層がなく、拡散層は約30μmであった。
【0044】
PVD法により、各板状試験片の試験面にAlCrN(市販品)、TiN(市販品)、TiCN(市販品)及びCrN(市販品)の1種からなる硬質被膜を形成した。一部の窒化した試料は窒化後に硬質被膜を形成した。硬質被膜の膜厚は、カロテスト法により評価した。具体的には、オートクレーター(ナノテック社)を用いて、ボール直径30mm、モーター速度400rpm、テスト時間30秒及びダイヤモンドスラリー1μmの条件にて、ダイヤモンドスラリーを滴下しながら、回転する鋼球で試料表面を研磨した後、研磨痕と鋼球半径に基づき算出した。
【0045】
図1の模式図に示す通り、マイクロビッカース硬さ試験機(フューチャーテックFM-700)を用いて、硬質被膜の表面に圧子を圧入してビッカース硬さHV0.1(試験荷重:0.98N)を求めた。各板状試験片について、同様のビッカース硬さ試験を5回実施し、その平均値を表1に記載した。
【0046】
スクラッチ試験により、硬質被膜の密着力を評価した。スクラッチ試験は、テーブルの上に固定した試料にダイヤモンド圧子を密着させ、徐々に荷重を加えていき、同時にテーブルを一定の速度で移動させることで膜の密着性を測定する試験である。CSR1000(レスカ製)を使用し、圧子半径を200μm、初期荷重を1N、最終荷重を121N及び圧子走査速度を10mm/minに設定して、試験を実施した。臨界荷重は摩擦力が急激に立ち上がる荷重とした。
【0047】
試料No.9では、硬質被膜の膜厚が1μm以下であるため、複合硬さが800HV0.1未満となった。試料No.10では、炭素及びクロムが過剰であるため、複合硬さが800HV0.1未満となった。試料No.11では、表面粗さRa,Rzが過度に大きいため、複合硬さは800HV0.1以上になったものの、臨界荷重が低く、密着性が不良であった。試料No.1,6を比較して、窒化処理を施すことによって、複合硬さ及び臨界荷重が高まることがわかった。
【0048】
(実施例2)
表1の試料No.2,10の板状試験片を用いて、直径30mm、高さ250mmのカップ成型用金型を作製して、実金型における寿命で評価を行った。硬質被膜の形成処理は、各板状試験片をカップ状に成型した後に実施した。そして、被加工材に、S55Cを用い、冷間鍛造を行った。金型の寿命は、目視で被膜剥離が生じたときの成型個数(カップ状成型品の個数)を被膜寿命とした。その結果を、表2に示す。
【0049】
【表2】


図1