(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024061967
(43)【公開日】2024-05-09
(54)【発明の名称】アルデヒド臭に対する嗅覚受容体の抑制剤、アルデヒド臭の消臭剤、アルデヒド臭の消臭方法
(51)【国際特許分類】
A61K 31/235 20060101AFI20240430BHJP
A61L 9/01 20060101ALI20240430BHJP
A61K 31/365 20060101ALI20240430BHJP
A61K 31/357 20060101ALI20240430BHJP
A61K 31/121 20060101ALI20240430BHJP
A61K 31/275 20060101ALI20240430BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240430BHJP
A61K 8/37 20060101ALI20240430BHJP
A61K 8/49 20060101ALI20240430BHJP
A61K 8/40 20060101ALI20240430BHJP
A61K 8/31 20060101ALI20240430BHJP
A61K 8/35 20060101ALI20240430BHJP
A61Q 15/00 20060101ALI20240430BHJP
A61P 27/00 20060101ALI20240430BHJP
C11B 9/00 20060101ALI20240430BHJP
C12Q 1/02 20060101ALN20240430BHJP
C12N 5/10 20060101ALN20240430BHJP
【FI】
A61K31/235
A61L9/01 H
A61L9/01 J
A61L9/01 K
A61K31/365
A61K31/357
A61K31/121
A61K31/275
A61P43/00 111
A61K8/37
A61K8/49
A61K8/40
A61K8/31
A61K8/35
A61Q15/00
A61P27/00
C11B9/00 S
C11B9/00 L
C11B9/00 N
C11B9/00 V
C11B9/00 B
C12Q1/02 ZNA
C12N5/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022169647
(22)【出願日】2022-10-24
(71)【出願人】
【識別番号】000102544
【氏名又は名称】エステー株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504132881
【氏名又は名称】国立大学法人東京農工大学
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100161506
【弁理士】
【氏名又は名称】川渕 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100152146
【弁理士】
【氏名又は名称】伏見 俊介
(74)【代理人】
【識別番号】100220836
【弁理士】
【氏名又は名称】堂前 里史
(72)【発明者】
【氏名】江口 諒
(72)【発明者】
【氏名】田澤 寿明
(72)【発明者】
【氏名】福谷 洋介
(72)【発明者】
【氏名】金牧 怜奈
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
4C083
4C086
4C180
4C206
4H059
【Fターム(参考)】
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4H059BA02
4H059BA22
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4H059BB03
4H059BB45
4H059BB46
4H059DA09
4H059EA32
(57)【要約】
【課題】アルデヒド臭に対して特異的に応答する嗅覚受容体の応答を抑制する、アルデヒド臭に対する嗅覚受容体の抑制剤;アルデヒド臭の消臭効果が充分に発揮されやすいアルデヒド臭の消臭剤;およびアルデヒド臭の消臭方法を提供する。
【解決手段】本発明のアルデヒド臭に対する嗅覚受容体の抑制剤は、アルデヒド臭に対する嗅覚受容体の応答を抑制する。嗅覚受容体は、OR6B1、Olfr449、OR6B1と同等の機能を有するポリペプチド、およびOlfr449と同等の機能を有するポリペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種以上の嗅覚受容体である。抑制剤は、サリチル酸エチル、エチレンブラシレート、フラクトン、アセチルセドレン、α-ダマスコン、β-イオノン、シトロネルニトリル、D-リモネンおよびメチルベンゾエートからなる群から選ばれる少なくとも1種以上から選択される。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルデヒド臭に対する嗅覚受容体の応答を抑制する抑制剤であり、
前記嗅覚受容体が、OR6B1、Olfr449、OR6B1と同等の機能を有するポリペプチド、およびOlfr449と同等の機能を有するポリペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種以上の嗅覚受容体であり、
前記抑制剤が、サリチル酸エチル、エチレンブラシレート、フラクトン、アセチルセドレン、α-ダマスコン、β-イオノン、シトロネルニトリル、D-リモネンおよびメチルベンゾエートからなる群から選ばれる少なくとも1種以上から選択される、アルデヒド臭に対する嗅覚受容体の抑制剤。
【請求項2】
エチレンブラシレート、フラクトン、アセチルセドレンおよびシトロネルニトリルからなる群から選ばれる少なくとも1種以上から選択される、請求項1に記載のアルデヒド臭に対する嗅覚受容体の抑制剤。
【請求項3】
請求項1または2に記載のアルデヒド臭に対する嗅覚受容体の抑制剤を含む、アルデヒド臭の消臭剤。
【請求項4】
請求項1または2に記載のアルデヒド臭に対する嗅覚受容体の抑制剤を用いる、アルデヒド臭の消臭方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルデヒド臭に対する嗅覚受容体の抑制剤、アルデヒド臭の消臭剤、アルデヒド臭の消臭方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルデヒドは工場排気、タバコの煙、体臭、口臭等に含まれ、不快な匂いを発生する。アルデヒド臭の消臭に関し、吸着処理を利用した物理的消臭や中和反応を利用した化学的消臭が提案されている。例えば特許文献1には、アミノ基、イミノ基を有する化合物をシリカ多孔質体の細孔内に担持させたアルデヒド吸着剤が開示されている。
【0003】
一方で嗅覚は、嗅神経細胞の嗅覚受容体が匂い分子に応答し、認識されている。この嗅覚受容体の匂い分子に対する応答に着目し、悪臭の知覚を抑制することが提案されている。例えば特許文献2には、幅広い匂い物質を区別なく認識する受容体、すなわち、Broadly Tuned嗅覚受容体として、OR2W1、OR1A1、OR10A6が主に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009-82786号公報
【特許文献2】特開2018-121623号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1のような物理的消臭、化学的消臭においては、匂いの原因となるアルデヒドを消臭剤、吸着剤によって別の化合物に変換することで匂いを消す。そのため、アルデヒドと消臭剤等との分子的な接触を必要とする。この点を考慮すると、例えば、密閉空間では経時的にアルデヒド臭の消臭効果が発揮され得るが、解放空間、大空間では消臭効果が得られにくい。
そこで本発明者は鋭意検討し、使用環境にかかわらず、種々の使用条件下でもアルデヒド臭の消臭効果が得られやすくするために、アルデヒド臭に感応する嗅覚受容体の応答を抑制することに想到した。
しかし、特許文献2に開示のBroadly Tuned嗅覚受容体は、アルデヒド臭に対する応答の特異性が不充分である。そのためこれらのBroadly Tuned嗅覚受容体の応答を抑制するだけでは、アルデヒド臭の消臭効果が充分に発揮されない。
【0006】
本発明は、アルデヒド臭に対して特異的に応答する嗅覚受容体の応答を抑制する、アルデヒド臭に対する嗅覚受容体の抑制剤;アルデヒド臭の消臭効果が充分に発揮されやすいアルデヒド臭の消臭剤;およびアルデヒド臭の消臭方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、下記の態様を有する。
[1]アルデヒド臭に対する嗅覚受容体の応答を抑制する抑制剤であり;前記嗅覚受容体が、OR6B1、Olfr449、OR6B1と同等の機能を有するポリペプチド、およびOlfr449と同等の機能を有するポリペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種以上の嗅覚受容体であり;前記抑制剤が、サリチル酸エチル、エチレンブラシレート、フラクトン、アセチルセドレン、α-ダマスコン、β-イオノン、シトロネルニトリル、D-リモネンおよびメチルベンゾエートからなる群から選ばれる少なくとも1種以上から選択される、アルデヒド臭に対する嗅覚受容体の抑制剤。
[2]エチレンブラシレート、フラクトン、アセチルセドレンおよびシトロネルニトリルからなる群から選ばれる少なくとも1種以上から選択される、[1]のアルデヒド臭に対する嗅覚受容体の抑制剤。
[3][1]または[2]のアルデヒド臭に対する嗅覚受容体の抑制剤を含む、アルデヒド臭の消臭剤。
[4][1]または[2]のアルデヒド臭に対する嗅覚受容体の抑制剤を用いる、アルデヒド臭の消臭方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明のアルデヒド臭に対する嗅覚受容体の抑制剤によれば、アルデヒド臭に対して特異的に応答する嗅覚受容体の応答を抑制できる。
本発明のアルデヒド臭の消臭剤およびアルデヒド臭の消臭方法によれば、アルデヒド臭の消臭効果が充分に発揮されやすい。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】実施例においてアセトアルデヒドに対する嗅覚受容体の応答強度(fold increase)を測定した結果を示す図である。
【
図2】実施例においてアセトアルデヒドに対するOR6B1の応答強度の濃度依存性を測定した結果を示す図である。
【
図3】実施例において低級アルデヒド、炭素数6以上のアルデヒドに対する嗅覚受容体の応答強度(fold increase)を測定した結果を示す図である。
【
図4】実施例において悪臭および悪臭と抑制剤を混合したサンプルについて「快・不快度」および「悪臭強度」を採点した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本明細書における以下の用語の意味は、下記の通りである。
「嗅覚受容体と同等の機能を有するポリペプチド」とは、細胞膜上に発現可能なポリペプチドであって、匂い分子の結合により、細胞内のcAMPの産生を引き起こすポリペプチド、または細胞外から細胞内へのカルシウムイオンの流入を促進するポリペプチドをいう。
「アゴニスト」とは、嗅覚受容体に結合し、当該嗅覚受容体の応答を活性化する化合物である。
「アンタゴニスト」とは、嗅覚受容体に結合し、当該嗅覚受容体のアゴニストによる活性化を阻害する化合物である。
「パーシャルアゴニスト」とは、アゴニストであって、当該アゴニストが結合する嗅覚受容体に相対的に弱く作用し、当該嗅覚受容体の応答を活性化する化合物である。
「インバースアゴニスト」とは、嗅覚受容体に結合し、当該嗅覚受容体の応答を不活化させる化合物である。すなわち、「インバースアゴニスト」は、不活性型受容体への親和性が高く、平衡を不活性型受容体優位の方向へずらし、細胞内シグナルの発生を抑制する。
数値範囲を示す「~」は、その前後に記載された数値を下限値および上限値として含むことを意味する。
【0011】
アミノ酸配列の配列同一性は、基準アミノ酸配列に対する対象アミノ酸配列の配列同一性として、次のようにして求めることができる。まず、基準アミノ酸配列および対象アミノ酸配列をアラインメントする。ここで、各アミノ酸配列には、配列同一性が最大となるようにギャップを含めてもよい。次いで、基準アミノ酸配列および対象アミノ酸配列において、一致したアミノ酸のアミノ酸残基数を算出し、下記式(1)にしたがって、配列同一性を求めることができる。
配列同一性(%)=(一致したアミノ酸残基数/対象アミノ酸配列の総アミノ酸残基数)×100 ・・・式(1)
【0012】
<アルデヒド臭に対する嗅覚受容体の抑制剤>
一実施形態に係るアルデヒド臭に対する嗅覚受容体の抑制剤は、アルデヒド臭に対する嗅覚受容体の応答を抑制する。アルデヒド臭に対する嗅覚受容体は、OR6B1、Olfr449、OR6B1と同等の機能を有するポリペプチド、およびOlfr449と同等の機能を有するポリペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種以上の嗅覚受容体である。
【0013】
OR6B1は、ヒト嗅覚受容神経での発現が確認されている嗅覚受容体であり、Gene ID:135946としてGenBank(NCBI)に登録されている。OR6B1は、配列番号1のアミノ酸配列からなるポリペプチドである。
【0014】
Olfr449は、マウス嗅覚受容神経での発現が確認されている嗅覚受容体であり、Gene ID:259067としてGenBank(NCBI)に登録されている。Olfr449は、配列番号2のアミノ酸配列からなるポリペプチドである。
【0015】
本発明者は鋭意検討した結果、上述の各嗅覚受容体が低級アルデヒドに対して特異的に応答する受容体、すなわち、アルデヒド臭に対する嗅覚受容体であることを見出した。したがって、上述のアルデヒド臭に対する嗅覚受容体の応答を抑制することで、アルデヒド臭の知覚を効果的に抑制できる。
【0016】
本発明者は種々の物質を試験して検討した結果、サリチル酸エチル、エチレンブラシレート、フラクトン、アセチルセドレン、α-ダマスコン、β-イオノン、シトロネルニトリル、D-リモネンおよびメチルベンゾエートの各物質が、アルデヒド臭に対する嗅覚受容体の応答を抑制することを見出した。
【0017】
一実施形態に係るアルデヒド臭に対する嗅覚受容体の抑制剤は、以下の2点を満足するため、アルデヒド臭に対する嗅覚受容体のアンタゴニストとして機能していると考えられる。
・抑制剤と混合した後のアルデヒド臭に対する嗅覚受容体において、アルデヒド臭に対する嗅覚受容体が低級アルデヒドと接触したとき、抑制剤を混合していないときに比べて低級アルデヒドに対して応答しにくくなること。
・抑制剤と混合した後のアルデヒド臭に対する嗅覚受容体が当該抑制剤に対しては応答しないこと。
【0018】
一実施形態に係るアルデヒド臭に対する嗅覚受容体の抑制剤においては、アルデヒド臭の消臭剤としての用途への適用を考慮すると、官能試験において消臭効果が確認されているものの使用が好ましい。この点、エチレンブラシレート、フラクトン、アセチルセドレンおよびシトロネルニトリルからなる群から選ばれる少なくとも1種以上から選択される、アルデヒド臭に対する嗅覚受容体の抑制剤は、本発明者が実施した官能試験においても消臭効果が認められているため好ましい。
【0019】
低級アルデヒドはアルデヒド基を有し、かつ、炭素数が1から5の化合物である。低級アルデヒドは特に限定されず、直鎖からなる化合物であってもよく、分岐鎖を有する化合物であってもよい。また、低級アルデヒドは環状構造を有する化合物であってもよい。
低級アルデヒドは一種単独で用いてもよく、二種以上を併用してもよい。
【0020】
低級アルデヒドとしては、例えば、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、プロパナール、ブタナール、ペンタナール等の直鎖アルデヒド;2-メチルプロパナール、2-メチルブタナール等の分岐鎖アルデヒド;シクロプロパンカルボキシアルデヒド等の環状アルデヒド等が挙げられる。
なかでも、アルデヒド臭に対する嗅覚受容体は、アセトアルデヒド、プロパナール、ブタナールおよびペンタナールからなる群から選ばれる少なくとも1種以上の低級アルデヒドに対する特異的な応答強度を示しやすい。
【0021】
一実施形態において、OR6B1はOR6B1と同等の機能を有するポリペプチドと代替可能である。OR6B1と同等の機能を有するポリペプチドのアミノ酸配列は、OR6B1のアミノ酸配列と80%以上の相同性を示すことが好ましく、85%以上の相同性を示すことがより好ましく、90%以上の相同性を示すことがさらに好ましく、95%以上の相同性を示すことがさらにいっそう好ましく、98%以上の相同性を示すことが特に好ましく、99%以上の相同性を示すことが最も好ましい。
【0022】
一実施形態において、Olfr449はOlfr449と同等の機能を有するポリペプチドと代替可能である。Olfr449と同等の機能を有するポリペプチドのアミノ酸配列は、Olfr449のアミノ酸配列と80%以上の相同性を示すことが好ましく、85%以上の相同性を示すことがより好ましく、90%以上の相同性を示すことがさらに好ましく、95%以上の相同性を示すことがさらにいっそう好ましく、98%以上の相同性を示すことが特に好ましく、99%以上の相同性を示すことが最も好ましい。
【0023】
OR6B1およびOlfr449の他にも、これらと同等の機能を有するポリペプチドであれば、アルデヒド臭に対する嗅覚受容体として使用され得る。例えば、ヒトおよびマウス以外の他の動物由来の相同な嗅覚受容体が挙げられる。ヒトおよびマウス以外の他の動物として、例えばラット、その他の実験モデル生物が挙げられる。
【0024】
抑制剤による抑制効果を検証するに際して、アルデヒド臭に対する嗅覚受容体を実験的に用いることができる。アルデヒド臭に対する嗅覚受容体は、低級アルデヒドに対する応答性を失わない範囲内であれば、任意の態様で使用され得る。例えば、アルデヒド臭に対する嗅覚受容体は、アルデヒド臭に対する嗅覚受容体を天然に発現する細胞または組織およびこれらの培養物;アルデヒド臭に対する嗅覚受容体を担持した嗅覚受容細胞の膜;アルデヒド臭に対する嗅覚受容体を発現する遺伝子組換え細胞およびその培養物;アルデヒド臭に対する嗅覚受容体が発現した遺伝子組換え細胞の膜;アルデヒド臭に対する嗅覚受容体が発現した脂質二重膜等の態様での使用が想定され得る。また、アルデヒド臭に対する嗅覚受容体として嗅粘液を有する組織(嗅上皮、嗅粘膜等)を用いてもよい。
【0025】
一実施形態においてアルデヒド臭に対する嗅覚受容体としては、アルデヒド臭に対する嗅覚受容体を天然に発現する細胞、アルデヒド臭に対する嗅覚受容体を発現する遺伝子組換え細胞およびこれらの培養物の使用が好ましい。
特に、アルデヒド臭に対する嗅覚受容体を発現するヒト由来の遺伝子組換え細胞の使用が好ましい。ヒト由来の遺伝子組換え細胞は、例えば、アルデヒド臭に対する嗅覚受容体をコードする遺伝子を組み込んだベクターを用いてヒト培養細胞を形質転換することで調製できる。
形質転換に際しては、細胞膜におけるアルデヒド臭に対する嗅覚受容体の発現の促進のために、アルデヒド臭に対する嗅覚受容体をコードする遺伝子の使用に加えて、RTP(receptor-transporting protein)をコードする遺伝子の使用が好ましい。ヒトRTP1Sをコードする遺伝子を、アルデヒド臭に対する嗅覚受容体をコードする遺伝子とともに細胞に導入できるからである。
RTP1Sの例としては、ヒトRTP1Sが挙げられる。ヒトRTP1Sは、GeneID:132112としてGenBankに登録されている。
【0026】
アルデヒド臭に対する嗅覚受容体を実験的に用いる際には、金属イオンを用いてもよい。
金属イオンの使用態様、存在態様は特に限定されない。例えば、金属イオン含有液中でアルデヒド臭に対する嗅覚受容体と試験物質とを混合する方法;アルデヒド臭に対する嗅覚受容体を担持した膜またはアルデヒド臭に対する嗅覚受容体が発現した細胞もしくは組織を、金属イオン含有液に浸漬した状態で試験物質と混合する方法;アルデヒド臭に対する嗅覚受容体が発現した細胞、組織を培養する培地に金属イオンを添加し、次いで試験物質を添加する方法;アルデヒド臭に対する嗅覚受容体が発現した細胞、組織を培養する培地に、試験物質とともに金属イオン含有液を混合する方法が挙げられる。
金属イオンとしては、銅イオン、銀イオン等が挙げられるが、銅イオンが好ましい。金属イオンの濃度は特に限定されず、10~300μMでもよく、1~1000μMでもよい。
【0027】
(作用効果)
以上説明した一実施形態に係るアルデヒド臭に対する嗅覚受容体の抑制剤は、アルデヒド臭に特異的に応答する嗅覚受容体(すなわち、OR6B1、Olfr449、OR6B1と同等の機能を有するポリペプチド、およびOlfr449と同等の機能を有するポリペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種以上の嗅覚受容体)のアンタゴニストとして機能する。そのため、一実施形態に係るアルデヒド臭に対する嗅覚受容体の抑制剤は、アルデヒド臭に対する嗅覚受容体の応答を抑制できる。
【0028】
アルデヒド臭に対する嗅覚受容体の抑制剤によれば、アルデヒド臭に対する嗅覚受容体のアルデヒド臭に対する応答を抑制できる。そのため、使用対象の空間において同程度の消臭効果を得るために必要な濃度は、従来の物理的消臭や化学的消臭の場合と比較して低く設定できる可能性が高い。そのため、アルデヒドよりも高濃度で対象空間にアンタゴニストを存在させる必要もない。よって、アルデヒド臭の抑制剤は、アルデヒド臭の消臭剤の有効成分として実用的である。
【0029】
一実施形態に係る探索方法によれば、アルデヒド臭の抑制剤、すなわち、アルデヒド臭に対する嗅覚受容体のアンタゴニストを消臭剤の有効成分として使用できる。アンタゴニストはアルデヒド臭と拮抗してその応答および悪臭の知覚を阻害することから、従来の物理的消臭や化学的消臭のように事前に拡散した状態を維持する必要もなくなる。そのため、アンタゴニストのアルデヒド臭の抑制剤は、スプレー剤等の瞬間的な消臭用途にも好適である。
【0030】
<アルデヒド臭の消臭剤、アルデヒド臭の消臭方法>
一実施形態によれば、上述の一実施形態に係るアルデヒド臭に対する嗅覚受容体の抑制剤を含む消臭剤が提供される。一実施形態に係る消臭剤によれば、アルデヒド臭に対する嗅覚受容体の抑制剤が結合することで、嗅覚受容体のアルデヒド臭に対する応答を抑制する。その結果、アルデヒド臭の知覚が阻害され、消臭効果が発揮される。
【0031】
一実施形態によれば、上述の一実施形態に係るアルデヒド臭に対する嗅覚受容体の抑制剤を用いる消臭方法が提供される。一実施形態に係る消臭方法によれば、アルデヒド臭に対する嗅覚受容体の抑制剤が結合することで、嗅覚受容体のアルデヒド臭に対する応答を抑制する。その結果、アルデヒド臭の知覚が阻害され、消臭効果が発揮される。
【0032】
一実施形態において、消臭剤は、アルデヒド臭に対する嗅覚受容体のアンタゴニストからなる態様でもよく、組成物の態様でもよい。組成物の場合、アルデヒド臭に対する嗅覚受容体のアンタゴニストはアルデヒド臭を抑制するための有効成分として組成物に含有される。組成物は、アルデヒド臭に対する嗅覚受容体のアンタゴニストによるアルデヒド臭抑制作用が損なわれない範囲内であれば、アルデヒド臭に対する嗅覚受容体のアンタゴニスト以外の他の成分をさらに含んでもよい。他の成分としては、例えば、消臭成分、防臭成分、芳香成分、添加剤が挙げられる。
【0033】
一実施形態によれば、アルデヒド臭に対する嗅覚受容体のアンタゴニストを用いたアルデヒド臭の抑制方法が提供される。アルデヒド臭の抑制方法では、アセトアルデヒド臭の抑制対象(個体)に、アルデヒド臭に対する嗅覚受容体のアンタゴニストを適用する。アルデヒド臭に対する嗅覚受容体のアンタゴニストの適用に際しては、組成物は、アルデヒド臭に対する嗅覚受容体のアンタゴニストによるアルデヒド臭抑制作用が損なわれない範囲内であれば、抑制対象が低級アルデヒドにさらされる前でもよく、抑制対象が低級アルデヒドにさらされる後でもよく、抑制対象が低級アルデヒドにさらされるのと同時でもよい。
【0034】
一実施形態においては、アルデヒド臭の抑制対象が低級アルデヒドにさらされる前に、アルデヒド臭に対する嗅覚受容体のアンタゴニストとして消臭剤が適用される。適用されたアルデヒド臭に対する嗅覚受容体のアンタゴニストは、抑制対象においてアルデヒド臭に対する嗅覚受容体の応答を阻害する。その結果、抑制対象が低級アルデヒドにさらされても、低級アルデヒドに対する応答が抑制され、アルデヒド臭の知覚が抑制される。
消臭剤は、アルデヒド臭の抑制対象に携行されてもよく、アルデヒド臭が発生し得る空間に静置されてもよく、アルデヒド臭が発生し得る物質と混合されてもよい。
【0035】
適用例として例えば、人間および動物用のトイレまたは排泄物処理;医療施設、介護施設、介護施設の排泄物処理;紙おむつ、生理用品;自動車内、排気ガス、喫煙空間、介護空間の臭気処理、特に飲酒時の呼気、体臭、体液を対象とした臭気処理;肌着、下着、マスク、フェイスシールド、リネン類等の服飾類、布製品、織物;洗濯用洗剤、柔軟剤;香粧品、洗浄剤、デオドラント等の外用剤、医薬品;食品等;建材に由来する低級アルデヒド処理;アルデヒド臭が発生する製品の製造設備等が挙げられる。ただし、アルデヒド臭の抑制剤の適用はこれら例示には何ら限定されない。
【実施例0036】
以下、実施例を用いて本発明をさらに詳しく説明する。ただし、本発明は以下の実施例の記載に限定されない。
【0037】
<ヒト嗅覚受容体発現細胞の調製>
(pCI-ヒト嗅覚受容体ベクター、pCI-ヒトRTP1Sベクター)
GenBankに登録されている配列情報を基に、表1、2に記載のヒト嗅覚受容体をコードする遺伝子をクローニングした。各遺伝子は、human genomic DNA Human mixed(G3041:Promega)を鋳型としたPCR法によりクローニングした。PCR法により増幅した各遺伝子をpCIベクター(Invitrogen)に製品プロトコルにしたがって組み込んだ。具体的には、pCIベクター上に存在するNheI制限酵素サイト、BamHI制限酵素サイトを利用してRhoタグ配列が組み込み、その下流のMluI制限酵素サイト、NotI制限酵素サイトを利用してRhoタグ配列の下流に嗅覚受容体遺伝子を組み込んだ。次いで、ヒトRTP1Sをコードする遺伝子をpCIベクターのMluI制限酵素サイト、NotI制限酵素サイトへ組み込んだ。
【0038】
【0039】
【0040】
Hana3A細胞を50%コンフルエントになるように96ウェルプレート(コーニング、BioCoat)で培養した。表3に示す組成の反応液を調製し、クリーンベンチ内で15分静置した後、96ウェルプレート(コーニング、BioCoat)の各ウェルに50μLずつ添加した。37℃、5%CO2雰囲気保持したインキュベータ内で24時間培養し、表1、2に示したヒト嗅覚受容体392種のそれぞれを発現させたHana3A細胞を調製した。
【0041】
【0042】
<低級アルデヒド>
以下の低級アルデヒドを匂い物質として使用した。
・アセトアルデヒド
・プロパナール
・ブタナール
・ペンタナール
【0043】
<炭素数6以上のアルデヒド>
以下の炭素数6以上のアルデヒドを匂い物質として使用した。
・ヘキサナール
・ヘプタナール
・オクタナール
・ノナナール
・デカナール
・ウンデカナール
・ドデカナール
【0044】
<Glo Sensorアッセイ>
嗅覚受容体の応答の測定には、Glo Sensorアッセイを行った。Hana3A細胞に発現した嗅覚受容体は、細胞内在性のGαsおよびGαоlfと共役し、アデニル酸シクラーゼを活性化することで、細胞内cAMP量を増加させる。細胞内cAMP量の増加をホタルルシフェラーゼ遺伝子由来の発光値として測定し、嗅覚受容体の応答強度を測定した。
ルシフェラーゼの活性測定には、Glo Sensor cAMP Reagent(Promega)を用い、製品プロトコルにしたがって測定を行った。各種刺激条件について、ルシフェラーゼ由来の発光値を刺激直後から1分間毎に10回測定し、得られた曲線の面積値を応答値とした。なお、刺激をしない条件においても同様の測定を行い、(刺激条件の発光値)-(刺激なしの発光値)を応答強度の測定値とした。
【0045】
<低級アルデヒドに応答する嗅覚受容体の探索>
(OR6B1の同定)
嗅覚受容体発現細胞の培養物から培地を取り除き、10mMのHEPESを含むHBSS緩衝液で希釈したGlo Sensor cAMP Reagentを96ウェルプレートの各ウェルに25μLずつ添加した。細胞を遮光環境で2~3時間培養して細胞内にcAMP Reagentを導入した。最後に、匂い物資としてアセトアルデヒド水溶液を96ウェルプレートのウェル間の壁面を形成する壁部の上面に静置した後ウェルプレートの蓋を閉じ、アセトアルデヒドをウェルプレートの蓋の内側で揮発させることにより嗅覚受容体発現細胞と匂い物資を接触させた。その後、Glo Sensorアッセイを行い、悪臭分子に対する嗅覚受容体の応答強度(fold increase)を測定した。結果を
図1に示す。
【0046】
図1の縦軸は、各受容体発現細胞のアセトアルデヒドに対する相対応答強度を示す(
図1)。相対応答強度はアセトアルデヒドの非存在下での応答強度を1として算出した。同濃度のアセトアルデヒドおよび同時間の接触条件下での応答強度を1としている。
392種類の嗅覚受容体を発現させた各細胞について、アセトアルデヒドに対する応答を測定した。
【0047】
結果、アセトアルデヒドに対して最も高い応答性を示した嗅覚受容体としてOR6B1が同定された(
図1)。
また、図示は省略するが、本発明が別途行った実験の結果から、OR6B1のマウスホモログのOlfr449もアセトアルデヒドに対して強く応答することが分かった。
【0048】
(OR6B1の応答の低級アルデヒドに対する濃度依存性)
異なる濃度のアセトアルデヒドに対するOR6B1の応答を測定した。結果を
図2に示す。結果、OR6B1はアセトアルデヒドに濃度依存的な応答を示し、アセトアルデヒド受容体であることが確認された。
【0049】
(低級アルデヒドに対するOR6B1の応答確認)
低級アルデヒドとしてアセトアルデヒド、プロパナール、ブタナール、ペンタナールを使用し、OR6B1の応答を確認した。炭素数6以上のアルデヒドとしてヘキサナール、ヘプタナール、オクタナール、ノナナール、デカナール、ウンデカナール、ドデカナールを使用し、OR6B1の応答を確認した。低級アルデヒドおよび炭素数6以上のアルデヒドはいずれも気体状態でOR6B1に接触させ、その後、OR6B1の応答強度を測定した。
【0050】
応答強度の測定に際しては、OR6B1を発現させた細胞に各試薬の終濃度が100μMになるようにOR6B1と接触させて刺激した。GloMax Discover Microplate Reader装置(プロメガ社製品)を用いて1分間刻みで発光値を経時的に19回測定した。19回の合計の面積値から応答強度を算出した。結果を
図3に示す。
図3のControlは低級アルデヒド、炭素数6以上のアルデヒドによる刺激がないときのOR6B1の発光値を示す。このControlの発光値に対する相対強度を算出し、
図3に示した。
この結果から、OR6B1はこれらの低級アルデヒドに対しては応答を示す一方で、炭素数6以上のアルデヒドに対しては応答を示さず、低級アルデヒドに特異的に応答する受容体であることが確認された。
【0051】
<試験物質>
試験物質(Compounds)として105種の化合物を10mMのHEPESを含むHBSS緩衝液で希釈し、終濃度が100μMになるよう調製した。
【0052】
<OR6B1のアンタゴニストの探索>
OR6B1発現細胞の培養物から培地を取り除き、10mMのHEPESを含むHBSS緩衝液で希釈したGloSensor cAMP Reagentを96ウェルプレートの各ウェルに25μLずつ添加した。細胞を2~3時間培養して細胞内にcAMP Reagentを導入した。その後、GloSensorアッセイを行い、試験物質を添加する前の嗅覚受容体の応答強度を測定した。次いで、96ウェルプレートの各ウェルに試験物質を終濃度が表4に示す各濃度となるように添加し、10分後にGloSensorアッセイを行い、試験物質に対する嗅覚受容体の応答強度(fold increase)を測定し、基準データを得た。
その後、悪臭分子としてアセトアルデヒドの1%水溶液を96ウェルプレートのウェル間の壁面を形成する壁部の上面に静置した後ウェルプレートの蓋を閉じ、アセトアルデヒドをウェルプレート内で揮発させることにより嗅覚受容体発現細胞と悪臭分子を接触させた。この状態でGloSensorアッセイを行い、悪臭分子に対する嗅覚受容体の応答強度(fold increase)を測定し、試験データを得た。
応答強度の測定結果を表4に示す。
【0053】
【0054】
表4に示すように、応答強度の測定の結果、アンタゴニストとして、サリチル酸エチル、エチレンブラシレート、フラクトン、アセチルセドレン、α-ダマスコン、β-イオノン、シトロネルニトリル、D-リモネン、メチルベンゾエートが同定された。これら9種類の化合物はOR6B1のアセトアルデヒドに対する応答を抑制したことから、OR6B1のアンタゴニストとして機能していると考えられる。また、これらの9種類の化合物はアルデヒド臭に対する消臭効果が充分に発揮されやすい抑制剤であると考えられる。
一方、エストラゴール、フェニルアセトアルデヒドジメチルアセタール、サリチル酸ヘキシルについては、OR6B1のアセトアルデヒドに対する応答抑制効果が確認されなかった。
【0055】
<官能試験>
(試験サンプル)
以下の試験サンプルを使用し、アセトアルデヒド臭の消臭効果を試験した。
・エチレンブラシレート
・フラクトン
・アセチルセドレン
・シトロネルニトリル
【0056】
(試験内容)
1.評価者
官能試験は10名の評価者で行った。10名の評価者は、別途実施した嗅覚テストに合格した20代または30代の男性または女性で構成した。
【0057】
2.アセトアルデヒド臭気の準備
アセトアルデヒド水溶液(10質量%)を調製した。ろ紙にアセトアルデヒド水溶液2gを染み込ませた後、当該ろ紙を10Lのバッグに封入し、内部を無臭空気で満たした。その後室温で一晩静置し、アセトアルデヒドガスを得た。
【0058】
3.試験サンプルの準備
3cmに切断した試香紙を用意し、各試験サンプルを1滴(約0.05g)染み込ませた後、3Lのバッグに封入し、内部を無臭空気で満たした。その後室温で半日静置し、各サンプルの香り空気を得た。
容積3Lのバッグに無臭空気を注入した。さらに各サンプルの香り空気400mLをバッグに追加して注入した。その後、さらにアセトアルデヒドガス50mLをバッグに追加して注入した。作製した香り空気のサンプルを表5に示す。
【0059】
【0060】
4.評価の実施
表5に示す悪臭およびA~Dの各サンプルを評価者に提示した。10名中5名には、悪臭、A、B、C、Dの順番で各サンプルを提示し、残る5名には、悪臭、D、C、B、Aの順番で各サンプルを提示した。各評価者は、下記の基準にしたがって、「快・不快度」、「悪臭強度」の2項目を採点した。
10名分の採点結果の平均値を
図4、表6に示す。
【0061】
「快・不快度」
次の評価基準で+4点から-4点まで1点刻みの9段階で評価した。
+4:極端に快適である
+3:非常に快適である
+2:快適である
+1:やや快適である
0:快適でも不快でもない
-1:やや不快である
-2:不快である
-3:非常に不快である
-4:極端に不快である
【0062】
「悪臭強度」
次の評価基準で+5点から0点まで1点刻みの6段階で評価した。
+5:強烈
+4:強い
+3:らくに感知できる
+2:弱い
+1:やっと感知できる
0:無臭
【0063】
【0064】
本実施例では、芳香消臭脱臭剤協議会の定める感覚的消臭試験の基準を採用した。芳香消臭脱臭剤協議会では悪臭強度または快・不快度が1段階以上軽減した場合を「消臭効果あり」としている。
官能試験の結果から、エチレンブラシレート、フラクトン、アセチルセドレン、シトロネルニトリルのいずれも、官能的な消臭効果が確認された。特に、フラクトン、アセチルセドレンおよびシトロネルニトリルでは悪臭強度および快・不快度の双方が1段階以上軽減しており、官能的な消臭効果が高いことが確認された。