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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024062130
(43)【公開日】2024-05-09
(54)【発明の名称】金属精製方法および金属精製装置
(51)【国際特許分類】
   C22B 21/06 20060101AFI20240430BHJP
   C22B 9/04 20060101ALI20240430BHJP
   C22B 19/04 20060101ALI20240430BHJP
   C22B 26/22 20060101ALI20240430BHJP
   C22B 13/02 20060101ALI20240430BHJP
【FI】
C22B21/06
C22B9/04
C22B19/04
C22B26/22
C22B13/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022169925
(22)【出願日】2022-10-24
(71)【出願人】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(71)【出願人】
【識別番号】519016181
【氏名又は名称】豊通スメルティングテクノロジー株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000241485
【氏名又は名称】豊田通商株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】川原 博
(72)【発明者】
【氏名】八百川 盾
(72)【発明者】
【氏名】日比 加瑞馬
(72)【発明者】
【氏名】箕浦 琢真
(72)【発明者】
【氏名】石井 博行
(72)【発明者】
【氏名】日下 裕生
(72)【発明者】
【氏名】長谷部 詩織
(72)【発明者】
【氏名】中野 悟志
【テーマコード(参考)】
4K001
【Fターム(参考)】
4K001AA02
4K001AA20
4K001AA30
4K001AA38
4K001BA22
4K001EA02
4K001EA03
4K001GA16
4K001GA19
(57)【要約】
【課題】スクラップ等を原料としたAl基溶湯からZnを効率的に除去または回収できる方法を提供する。
【解決手段】本発明は、低真空な第1領域(s1)と高真空な第2領域(s2)とをアルミニウム基溶湯(m)の湯面上に形成する真空化工程と、第2領域側にあるアルミニウム基溶湯中へ気泡を導入する気泡導入工程とを備える金属精製方法である。これにより、第2領域の湯面側から特定元素が蒸発(沸騰)し易くなり、アルミニウム基溶湯から特定元素を除去する精製処理を効率的に行なうことができる。導入される気泡は微細化されているとよい。第1領域側でアルミニウム基溶湯が局部的に加熱されるとよい。除去または回収される特定元素は、例えば、Alよりも飽和蒸気圧が大きいZn、MgまたはPbの一種以上である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
低真空な第1領域と高真空な第2領域とをアルミニウム基溶湯の湯面上に形成する真空化工程と、
該第2領域側にある該アルミニウム基溶湯中へ気泡を導入する気泡導入工程とを備え、
該第2領域の湯面側から特定元素を蒸発させて該アルミニウム基溶湯を精製する金属精製方法。
【請求項2】
前記気泡は、微細化されて導入される請求項1に記載の金属精製方法。
【請求項3】
前記気泡は、前記第2領域の湯面上方から該第2領域の湯面下方へ導入される請求項1に記載の金属精製方法。
【請求項4】
前記気泡の導入量は、0.01~1.5L/minである請求項1に記載の金属精製方法。
【請求項5】
前記第1領域側と前記第2領域側の差圧を100~5000Paとする請求項1に記載の金属精製方法。
【請求項6】
前記第2領域側の絶対圧力(P2)を0.1~1000Paとする請求項1または5に記載の金属精製方法。
【請求項7】
前記アルミニウム基溶湯を前記第1領域側で加熱する加熱工程をさらに備える請求項1に記載の金属精製方法。
【請求項8】
前記加熱工程は、前記第1領域側の湯面上でアーク放電させる局部加熱工程である請求項7に記載の金属精製方法。
【請求項9】
前記第2領域から蒸発した前記特定元素を回収する回収工程をさらに備える請求項1に記載の金属精製方法。
【請求項10】
前記特定元素は、Zn、MgまたはPbの一種以上である請求項1または9に記載の金属精製方法。
【請求項11】
低真空な第1領域と高真空な第2領域とをアルミニウム基溶湯の湯面上に形成する真空化手段と、
該第2領域側にある該アルミニウム基溶湯中へ気泡を導入する気泡導入手段とを備え、
該第2領域の湯面側から特定元素を蒸発させて該アルミニウム基溶湯を精製できる金属精製装置。
【請求項12】
前記第1領域側と前記第2領域側の差圧を所定範囲内にする差圧管理手段をさらに備える請求項11に記載の金属精製装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定元素を蒸発させてアルミニウム基溶湯を精製する方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
環境意識等の高揚に伴い、軽量なアルミニウム系部材が様々な分野で用いられている。新規に製錬(さらには精錬)されたアルミニウムを用いるよりも、スクラップを再利用すれば、大幅な省エネルギ化や環境負荷低減を図りつつ、アルミニウム系部材の利用を促進できる。
【0003】
スクラップを溶解した原料溶湯(「Al基溶湯」ともいう。)中には、Al以外の様々な元素が混在し得る。所望組成のAl基溶湯を調製するために、不要または過剰な元素の除去または低減が必要となる。このような精製方法の一つに、真空蒸留法(減圧蒸留法、真空脱ガス法、真空処理法)がある。真空蒸留法によれば、Alよりも蒸気圧が高い元素(例えばZn、Mg、Pb、H等)を、Al基溶湯から優先的に蒸発させて除去、回収等できる。これに関連する記載が下記の文献にある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平6-145832
【特許文献2】特開平7-41879
【特許文献3】特開平9-316558
【特許文献4】特開平11-256251
【特許文献5】特開2001-294949
【特許文献6】特開2002-339024
【特許文献7】WO2011/96170
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】大滝,五月女,森,工藤,田中:古河電工時報,104 (1999),25
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
例えば、特許文献1では、第1筒内にあるアルミニウム(合金)溶湯へ不活性ガスを吹き込みつつ、その上方から汚染物(Mg、Zn等)を真空排気し、汚染物を除去した溶湯を第2筒へ流下させている。具体的にいうと、総量40tのアルミニウム溶湯に、100リットル/分のアルゴンガスを吹き込みつつ、第1筒の上空にある処理室を0.5Torrにしている。溶湯が供給される第1筒の上流側は真空雰囲気ではなく、大気解放されている。このため高真空な第1筒内の溶湯柱は非常に長大となり、特許文献1の設備は全体的にかなり大規模なものとなる。
【0007】
また特許文献1の場合、第1筒内の溶湯の撹拌目的で多量のガスを吹き込み(つまりバブリング)している。このため、第1筒の上空を高真空に維持する大規模な排気設備が必要となる。さらに、特許文献1の場合、第1筒内に限らず、溶湯全体を真空蒸留法に適した高温まで加熱・維持する必要があり、エネルギー消費量の増大や炉体の消耗が顕著となる。従って、特許文献1のような設備や方法では、汚染物(Mg、Zn等)の効率的な除去や回収が困難である。
【0008】
本発明はこのような事情に鑑みて為されたものであり、特定元素を効率的に抽出できるアルミニウム基溶湯の精製方法等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究した結果、アルミニウム基溶湯の湯面付近に真空度の異なる少なくとも二以上の領域を設けると共に、高真空な領域(絶対圧力がより小さい領域)側のアルミニウム基溶湯へ気泡を導入して、その領域側から特定元素を効率よく蒸発(抽出)させることに成功した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0010】
《金属精製方法》
(1)本発明は、低真空な第1領域と高真空な第2領域とをアルミニウム基溶湯の湯面上に形成する真空化工程と、該第2領域側にある該アルミニウム基溶湯中へ気泡を導入する気泡導入工程とを備え、該第2領域の湯面側から特定元素を蒸発させて該アルミニウム基溶湯を精製する金属精製方法である。
【0011】
(2)本発明の金属精製方法(単に「精製方法」ともいう。)によれば、設備の大型化やコストの増大等を回避しつつ、アルミニウム基溶湯(「Al基溶湯」または単に「溶湯」ともいう。)に含まれる特定元素を、特定域から効率的に蒸発させて、除去や回収(留出)することができる。この理由は次のように考えられる。
【0012】
本発明では、特定元素を蒸発させる第2領域側のみならず、第2領域側へAl基溶湯を供給する第1領域側も真空雰囲気となっている。これにより、第2領域側の溶湯柱の高さは、両領域間の差圧により調整され、その大幅な抑制が可能となり、精製設備のコンパクト化、集約化等が図り易くなる。
【0013】
また本発明では、特定元素を蒸発させる第2領域側の溶湯中へ気泡が導入される。この気泡により、第2領域の湯面付近で生じる特定元素の蒸発や沸騰(適宜、沸騰を含めて「蒸発」という。)が促進される。この機序は次のように考えられる。
【0014】
特定元素は、液相(溶湯)から気相(蒸気)への相転移を経て、第2領域の湯面上へ放出される。相転移は、昇温と共に増加する平衡蒸気圧が、周囲の圧力(外圧)以上になったときに進行する。相転移には、溶湯表面(湯面)で生じる蒸発と、溶湯中(内部)で生じる沸騰がある。
【0015】
気泡を第2領域側へ導入すると、溶湯中に分散または溶解した気泡の少なくとも一部が、特定元素の沸騰核となり得る。これにより特定元素の沸騰が安定的に生じて、特定元素の湯面から蒸発が促進される。こうして本発明によれば、特定元素の除去効率や回収効率の向上が図られ得る。
【0016】
ちなみに、溶湯中で作用する圧力は、湯面上に作用する圧力(湯面上空の気圧)に加えて、その湯面からの深さにも依存する。このため、作用圧力(外圧)が小さくなる湯面付近で、特定元素は突発的な沸騰(突沸)を生じ易い。これは、過加熱状態の特定元素が自ら沸騰核を生成して、その湯面付近で発砲するためと考えられる。このような突沸は、溶湯の飛散を生じ、特定元素の安定した相転移(蒸発)を妨げ、ひいては特定元素の除去効率や回収効率を低下させ得る。
【0017】
一方本発明のように気泡を導入すると、その気泡が沸騰核となり、特定元素は僅かな過加熱で沸騰を生じるようになる。このため、溶湯温度の抑制や特定元素の突沸の抑止が可能となり、特定元素の蒸発の安定化、ひいては除去効率や回収効率の向上が図られるようになったと考えられる。
【0018】
《金属精製装置》
(1)本発明は金属精製装置としても把握される。例えば、本発明は、低真空な第1領域と高真空な第2領域とをアルミニウム基溶湯の湯面上に形成する真空化手段と、該第2領域側にある該アルミニウム基溶湯中へ気泡を導入する気泡導入手段とを備え、該第2領域の湯面側から特定元素を蒸発させて該アルミニウム基溶湯を精製できる金属精製装置でもよい。
【0019】
(2)本発明の金属精製装置は、第2領域から蒸発した特定元素を回収する回収手段を備えてもよい。また、本発明の金属精製装置は、第1領域側と第2領域側の差圧を所定範囲内にする差圧管理手段をさらに備えてもよい。
【0020】
《再生方法(装置)/回収方法(装置)》
(1)本発明は、例えば、スクラップ原料から、特定元素(例えばZnやMg等)を除去した再生Al合金を得る方法(再生方法)として把握されてもよい。特定元素を除去した再生Al合金は、凝固物(インゴット等)として利用されても、溶湯(半溶融状態を含む)のまま利用されてもよい。また、Al系スクラップの再生は、カスケードリサイクルに留まらず、展伸材等へのアップグレードリサイクルでもよい。
【0021】
(2)本発明は、さらに、Al基溶湯の精製や再生とは独立して、原料(例えばスクラップ)を溶解して得たAl基溶湯(原料)から特定元素を回収する方法または装置(特定元素の回収方法または回収装置)として把握されてもよい。
【0022】
《その他》
(1)本明細書でいう「真空」は、基準となる気圧(P0:通常は大気圧)よりも絶対圧力(P)が低いことをいう。真空度は、それらの差圧(ΔP=P0-P)であり、絶対圧力が小さいほど真空度は大きく、絶対圧力が大きいほど真空度は小さくなる。
【0023】
第1領域側や第2領域側の真空度や絶対圧力(P1、P2)は、例えば、各湯面上空や管路(配管)等に設けた計器(ゲージ・センサ等)の測定値により指標されるとよい。その測定値として、例えば、安定域の値または所定期間の平均値を採用するとよい。なお、特に断らない限り、本明細書でいう「圧力」は絶対圧力であり、特定空間の気圧(全圧)を意味する。
【0024】
(2)第1領域と第2領域は、溶湯の連通が可能であれば、近接(さらには隣接)して配置されても、離れて配置されてもよい。また、湯面上には、真空度の異なる3以上の領域が区画されていてもよい。
【0025】
本明細書でいう「領域(側)」には、湯面上方のみならず、湯面下方も含め得る。湯面下方は、例えば、溶湯深さ1/3程度の領域(上層域)を考慮すればよい。
【0026】
(3)溶湯には固液共存状態(半溶融状態)が含まれる。Al基溶湯は、Alが主成分(溶湯全体に対してAl含有量が50原子%超、70原子%以上さらには85原子%以上)であれば、具体的な組成を問わない。原料溶湯(精製前のAl基溶湯)中の特定元素濃度は問わないが、通常、溶湯全体に対して10質量%以下さらには5質量%以下程度である。本明細書でいう濃度や組成は、特に断らない限り、対象物(溶湯等)の全体に対する質量割合(質量%または単に「%」)で示す。
【0027】
(4)本明細書でいう「工程」と「手段」は相互に読み替えることができる。例えば、「~工程」を読み替えた「~手段」は「物」(金属精製装置等)の構成要素となり、「~手段」を読み替えた「~工程」は「方法」(金属精製方法等)の構成要素となり得る。
【0028】
本明細書でいう各「工程」の時間的な先後関係(経時的要素)等は問わない。例えば、真空化工程、気泡導入工程、加熱工程等は、併行して連続的になされてもよいし、各工程が交互になされてもよいし、各工程が離散的になされてもよい。
【0029】
(5)特に断らない限り、本明細書でいう「x~y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a~b」のような範囲を新設し得る。
【図面の簡単な説明】
【0030】
図1】金属精製装置の構成例を示す模式図である。
図2】金属精製過程を示す工程図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。本明細書で説明する内容は、金属精製方法のみならず金属精製装置にも該当し得る。方法に関する構成要素は、物(装置、(再生)Al合金(溶湯)等)に関する構成要素ともなり得る。
【0032】
《真空化》
(1)真空化(工程、手段)により、Al基溶湯の湯面上に、少なくとも2以上の真空域が形成される。これにより、絶対圧力が小さい高真空な領域(第2領域)において、溶湯柱高さを抑制しつつ、その湯面付近から特定元素を優先的に蒸発させられる。真空化手段は、例えば、各湯面の上空を囲う容体(槽体、チャンバ等)と、各容体内を排気する排気手段(真空ポンプ等)とを少なくとも備えるとよい。なお、溶湯柱高さの許容度に応じて、大気圧(以上)が作用する領域を湯面上に設けることもできる。
【0033】
(2)第2領域側の絶対圧力(P2)は、適宜調整され得るが、例えば、0.1~1000Pa、1~100Paさらには5~50Paである。第2領域の湯面上の真空度を大きく(P2を小さく)するほど、その湯面上における特定元素の分圧を小さくでき、特定元素の蒸発や沸騰を促進できる。
【0034】
第1領域側の絶対圧力(P1)に対して第2領域側の絶対圧力(P2)が過小(差圧(ΔP=P1-P2)が過大)になると、第2領域上の溶湯柱(槽体内の溶湯柱)が高くなり、設備全体が大型化し得る。ΔPは、例えば、100~5000Pa、200~1000Paさらには300~800Pa程度であるとよい。
【0035】
P1が小さいほど、第1領域の湯面に対する第2領域の湯面の高低差(溶湯柱高さ/溶湯ヘッド)は抑制され得るが、第1領域側の収容槽(炉体)の内面に蒸発物が堆積し易くなり、メンテナス頻度が増加し得る。P1は、Al基溶湯の加熱形態等にもよるが、例えば、100~10000Pa、200~5000Pa、400~2500Paとすればよい。
【0036】
(3)第1領域側と第2領域側の差圧(ΔP)は、所定範囲内に管理(維持)されるとよい(差圧管理工程、差圧管理手段)。これによりAl基溶湯の精製、特定元素の回収等を安定的に行える。
【0037】
差圧管理は、例えば、差圧が所定範囲外となったときに、第1領域側や第2領域側に通じる圧力回路間に設けた圧力弁(切替弁/差圧管理手段)を作動させて行える。具体例として、第1領域側と第2領域側の連通、少なくとも一方側の大気解放等を一時的または断続的に行なってもよい。
【0038】
《気泡導入》
(1)気泡導入(工程、手段)により、溶湯中へ気泡が導入され、少なくとも高真空な第2領域の湯面付近における特定元素の蒸発(沸騰を含む。)が促進される。気泡導入は、例えば、ガス源から供給されるガスを溶湯中へ圧送する気送管(パイプ)を介してなされる。
【0039】
(2)導入された気泡は、溶湯の撹拌(バブリング)よりも、特定元素の蒸発(沸騰)を促す気泡核(沸騰核)の生成に寄与するとよい。このため気泡は微細化されて導入されるとよい。
【0040】
気泡の微細化は、例えば、溶湯に浸漬される気送管の吐出部における微細孔の形成、気送管の吐出口付近に通気性を有する多孔体(フィルタ等)の配置、気送管自体または吐出部付近への振動付与(超音波振動等)、その吐出口付近への振動子の配置等によりなされ得る。本明細書では、微細化された気泡を「微細気泡」という。
【0041】
溶湯中へ導入される気泡(特に微細気泡)のサイズは問わないが、ミリサイズ(気泡径:1~10mmさらには2~5mm)、マイクロサイズ(気泡径:1~1000μmさらには10~100μm)、さらにはナノサイズ(気泡径:1~1000nmさらには50~500nm)であるとよい。なお、気泡径は、例えば、解析画像の視野中にある気泡の最大長(直径)の平均値により特定され得る。
【0042】
(3)気泡は、例えば、第2領域の湯面上方からその湯面下方へ導入されるとよい。これにより、第2領域の湯面付近で特定元素の蒸発(沸騰)を効率的に促進させられる。このような気泡導入は、例えば、第2領域の湯面上方からその湯面下方へ、気送管の吐出部を浸漬して行える。気送管の吐出部は、例えば、第2領域の湯面から深さ1~10cmさらには2~5cmに配置されるとよい。
【0043】
気泡は、特定元素の蒸発(沸騰)を促す気泡核(沸騰核)になればよい。このため、気泡の導入量は、例えば、0.01~1.5L/min、0.05~1L/minさらには0.1~0.5L/minでもよい。気泡が過少ではその導入効果が乏しくなるが、気泡が過多になると、真空度の低下や溶湯の飛散等が生じ得る。
【0044】
気泡となるガス(源)には、Al基溶湯の劣化(酸化等)を回避できる不活性ガス(希ガス(He、Ar等)、Nなど)を用いるとよい。不活性ガスは、単種でも複数種(混合ガス)でもよい。
【0045】
第2領域の湯面付近に、沸騰石等の多孔体(多窪体)をさらに配置してもよい。多孔体は、外表面側に開口した細かな孔や窪み等があればよく、気体を透過させる通気性はなくてもよい。多孔体は、第2領域の湯面下方に全体が浸漬された状態でもよいし、その一部が第2領域の湯面上方に浮遊した状態でもよい。多孔体は、粒状でも、板状でも、ブロック状でもよい。多孔体により、湯面付近における突沸が抑止されたり、導入された気泡の微細化も図られる。
【0046】
(4)高温なAl基溶湯に接触する槽体、気送管、多孔体、多孔質体(フィルタを含む)、振動子等は、その溶湯中で変質や溶出しない材料(耐熱性セラミックス、金属等)からなるとよい。
【0047】
湯面付近に配置する多孔体は、例えば、アルミナ(Al)、マグネシア(MgO)、炭化ケイ素(SiC)等の(多孔質)セラミックスからなるとよい。その気孔率(空隙率)は、20体積%以上さらには40体積%以上あるとよい。
【0048】
少なくとも先端部(吐出部)が溶湯に浸漬される気送管は、例えば、窒化珪素(Si)、チタン酸アルミ(AlTiO)、黒鉛(C)等からなるパイプであるとよい。パイプの吐出部は、例えば、側面に貫通した細孔を有して先端が閉塞されたものでも、微細気泡を噴出するノズル構造でも、気泡を微細化するオープンポアの多孔質体が先端開口に付加されたものでもよい。
【0049】
《加熱》
(1)特定元素の蒸発熱(気化熱)を補充しつつ、特定元素を安定的に蒸発(沸騰)させるため、溶湯の加熱(工程、手段)が必要となる。
【0050】
Al基溶湯は、例えば、第1領域側(特に湯面付近)で局部的に加熱されるとよい。これにより、エネルギ消費の抑制、昇温時間の短縮、加熱炉(坩堝)等の炉体の消耗(短寿命化)抑制等を図りつつ、溶湯を効率的に加熱できる。また、特定元素を蒸発させる第2領域とは異なる第1領域で局所的な加熱を行なうことにより、装置の大型化抑制、装置の構成自由度や配置自由度も確保される。さらに、局所加熱により、温度差を駆動力とする対流が生じ易くなる。この対流により、撹拌を行なうまでもなく、局部加熱される第1領域側から、特定元素が蒸発する第2領域側へ、高温なAl基溶湯(原料溶湯)が安定供給され得る。
【0051】
(2)局部加熱(工程、手段)は、高エネルギ密度の熱源を用いてなされるとよい。これにより第1領域の湯面付近を急速加熱して、第1領域に連なる第2領域の溶湯を効率的に高温化できる。
【0052】
熱源(装置)の種類、出力等は、溶湯を収容する湯槽(加熱炉、坩堝、流路等)や第1領域の形態等に応じて選択、調整されるとよい。熱源として、例えば、高エネルギビーム照射(レーザー照射、電子ビーム照射等)、放電(アーク放電等)などがある。いずれの熱源を用いても、加熱装置の簡素化、小型化、省エネルギ化または湯槽への負荷低減等を図り得る。
【0053】
高エネルギビーム照射によれば、加熱位置(第1領域)の調整を自在にまたは高精度に行える。放電によれば、高温なプラズマ供給により湯面付近を急速に加熱できる。放電は、湯面上に、一対の電極を配置してなされてもよいし、一方の電極を湯面上(第1領域の上空)に配置し、他方の電極(対極)をAl基溶湯(第1領域の湯面)としてもよい。後者の場合、Al基溶湯(他方の電極)と、その湯面上方に配置した電極(一方の電極)との間で放電がなされ、第1領域側の溶湯が効率的に急速加熱される。例えば、溶接等で利用されるアーク放電を用いれば、設備負担を低減しつつ、第1領域付近の溶湯を急速加熱して、第2領域を迅速に高温化できる。
【0054】
アルミニウム基溶湯の湯面へ付与される単位面積あたりのエネルギ量(エネルギ密度)は、10W/cm以上、10W/cm以上さらには10W/cm以上であるとよい。装置の過大化や湯面付近における突沸等を回避するため、敢えていえば、そのエネルギ密度は10W/cm以下としてもよい。
【0055】
(3)以下、局部加熱源の好例であるアーク放電について説明する。アーク放電による加熱(アーク加熱)は、電極間に発生する高温なアーク柱による。アーク柱の温度は、その部位により異なるが、少なくとも火炎等(<3000℃)よりも高温であり、例えば、4000℃以上さらには5000℃以上にも達する(参考文献:田中,溶接学会誌,77 (2008),50)。アーク柱による湯面付近の加熱は、直接アーク加熱でも間接アーク加熱でもよい。アーク加熱は、主に放射(輻射)や粒子(電子、プラズマイオン等)の運動エネルギ伝達等によると考えられる。本明細書でいうアーク加熱には、アーク放電をノズルや気流等で拘束して、指向性や加熱温度を高めたアークプラズマ加熱が含まれる。また、アーク放電の電源は、直流でも交流でもよい。
【0056】
アーク放電は、大気圧~準大気圧付近の雰囲気下(約10~10Pa)でなされてもよいが、第1領域のような低真空雰囲気下(約10~10Pa)でなされると、アーク放電の安定化ひいては溶湯の加熱の安定化が図られる。また低真空雰囲気中で局部加熱することにより、Al基溶湯の酸化抑制と第1領域側における蒸発抑制(炉壁や槽壁等への堆積抑制によるメンテナンス性の向上)も図られる。
【0057】
一方の電極には、例えば、Al基溶湯の湯面に対向する先端部を有するトーチ電極を用いるとよい。トーチ電極とAl基溶湯の間の通電(電圧の印加)により、トーチ電極の先端部とAl基溶湯の湯面間にアーク放電が生じ得る。
【0058】
Al基溶湯への通電は、例えば、金属等の導電体からなる湯槽を介したり、Al基溶湯に少なくとも一部が浸漬される対極を介してなされる。溶湯に浸漬される対極は、例えば、トーチ電極と同様に、Al基溶湯の上方側に配設されるとよい。これにより、Al基溶湯の上方に局部加熱に必要な構成・機能が集約され、装置のコンパクト化やメンテナンス性向上、Al基溶湯(湯槽)の供給・入替えの作業性向上等が図られる。
【0059】
トーチ電極は、その外周面が絶縁体で囲われているとよい。これにより自由放電が抑止され、トーチ電極の先端部とAl基溶湯の湯面(局部)間で生じるアーク放電を安定化できる。なお、自由放電は、トーチ電極(外周面を含む)と、対極表面、湯槽壁面、Al基溶湯の湯面等との間で生じ得る放電である。絶縁体がトーチ電極の外周面を囲う範囲は、自由放電を抑制できる範囲であればよい。通常、絶縁体はトーチ電極の先端部付近まであると好ましい。
【0060】
絶縁体は、トーチ電極を内挿(嵌入)する筒状・管状でもよいし、トーチ電極の外表面を覆う膜状でもよい。絶縁体がAl基溶湯の湯面へ供給されるガスの流路の少なくとも一部を構成すると、トーチ側のコンパクト化や簡素化が可能となる。
【0061】
アーク放電は熱陰極アークでも冷陰極アークでもよい。いずれにしても、トーチ電極は陰極(負極、カソード)であるとよい。このとき、湯槽や処理室の壁面とAl基溶湯(対極)とは略同電位であるとよい。高温下に曝される電極(トーチ電極、対極)は、炭素(黒鉛)、タングステン(W)などの高沸点材からなるとよい。電極の形態は問わないが、通常、(円)柱状または(丸)棒状である。
【0062】
アーク放電は、アルミニウム基溶湯の湯面上(特に第1領域)へ気流を付与しつつなされてもよい。気流は、例えば、ノズル等から噴出させたAr、He、N等の不活性ガス単体やそれらの混合ガス等からなるガス流、トーチ電極側から噴出されるガス流またはプラズマ流である。気流の付与は、継続的でも断続的でもよい。
【0063】
《特定元素》
飽和蒸気分圧がAlよりも高い特定元素が、第2領域側で優先的に蒸発(沸騰)して、その上方にある真空雰囲気(単に「上空」ともいう。)へ放出される。
【0064】
先ず、飽和蒸気圧(平衡蒸気圧)は温度に依存しており、温度が高くなるほど大きくなる。純金属単体(液相)の飽和蒸気圧(P)は、温度(T)の関数として下式(1)により示される(出典:長船:津山高専紀要 13(1975)63)。
logP=aT-1+blogT+cT+D (1)
ここで、log:常用対数、T:絶対温度(K)、a、b、cおよびD:定数である。
【0065】
また、複数の構成元素からなる温度Tにおける溶湯全体の飽和蒸気圧(Pt)は、各構成元素の飽和蒸気圧の分圧(P:飽和蒸気分圧という。)の総和として、下式(2)により示される(出典:長船:津山高専紀要 13(1975)63)。
Pt =ΣP=Σ(αi0) (2)
ここで、α:溶湯中における構成元素の活量、Pi0:構成元素単体(液相)の飽和蒸気圧である。活量(α)は、溶湯中における構成元素の濃度と溶湯温度に依存している。
【0066】
次に、溶湯に含まれる構成元素の飽和蒸気分圧(P)が、湯面上における構成元素の分圧よりも大きくなると、その構成元素は蒸発(沸騰)して、その湯面から上空へ放出される。これはAl基溶湯を構成する各元素について該当する。但し、Alの飽和蒸気圧は、Al基溶湯に含まれる他の元素の飽和蒸気圧よりも、無視できるほどに小さい。これは、活量を考慮した飽和蒸気分圧を考えても同様である。例えば、700℃における飽和蒸気圧は、Al:2×10-5Pa、Zn:8.4×10Pa、Mg:7.5×10Pa、Pb:6.7×10-1Paである。このため活量(濃度)を考慮しても、Alに対して、他の元素の蒸気圧(飽和蒸気分圧)は10~10倍程度も大きい。このため真空雰囲気中でも、Alは実質的に蒸発せず、それよりも蒸気圧が十分に大きい特定元素が主に蒸発する。なお、本明細書では、特に断らない限り、上述した飽和蒸気分圧を、単に「蒸気圧」という。
【0067】
Alに対する蒸気圧(飽和蒸気分圧)差が大きい特定元素として、例えば、Zn、MgまたはPbの一種以上がある。代表例は、蒸気圧が特に大きいZnである。このような特定元素は、溶湯中の濃度、溶湯温度、溶湯上空の真空度が大きくなるほど、湯面から蒸発(沸騰)し易くなり、効率的に除去・回収され得る(参考文献:大滝,五月女,森,工藤,田中:古河電工時報,104 (1999),25)。
【0068】
《精製》
Al基溶湯から特定元素を蒸発させる精製は、バッチ処理(一括処理)されても、連続処理(継続処理)されてもよい。バッチ処理によれば、処理室(例えば第2領域側の空間)内の圧力、湯面付近の温度、処理時間等に係る設定自由度を大きくできる。連続処理によれば、大量のAl基溶湯を効率的に処理でき、他の不純物除去処理や後続の鋳造工程等とも円滑に連携させ得る。
【0069】
《回収》
特定元素は捕捉・回収されて、資源として再利用されてもよい。このため本発明は、第2領域から蒸発した特定元素を回収する回収工程(手段)を備えてもよい。
【0070】
特定元素は、例えば、その蒸気をフィルタや冷却器(冷却蛇管等)で凝集・固化させて回収される。特定元素は、その一部が第2領域以外(第1領域等)からも蒸発し得るが、主に高真空な第2領域側で蒸発する。このため、第2領域側で特定元素の蒸気を凝集・固化すれば、特定元素の効率的な回収が可能となる。なお、特定元素は、固体状態に限らず、気体(蒸気)状態、液体状態、固液共存状態で回収されてもよい。
【実施例0071】
真空蒸留法により、Znを含むAl基溶湯からZnを除去(回収)する金属精製を行なった。このような具体例に基づいて本発明をより詳しく説明する。
【0072】
《装置》
真空蒸留に用いた金属精製装置D(単に「装置D」という。)の概要を図1に模式的に示した。説明の便宜上、図中に示した矢印方向を、上下方向または左右方向という。
【0073】
装置Dは、Al基溶湯m(単に「溶湯m」という。)を加熱保持する保持槽1と、溶湯mの湯面s1付近(第1領域)を加熱する局部加熱部4と、溶湯mの湯面s2付近(第2領域)からZn(特定元素)を回収する回収部5と、湯面s2の下方へ気泡を導入する気送部6とを備える。
【0074】
保持槽1(加熱炉)は、筐体11と、溶湯mを収容する坩堝12(湯槽)と、坩堝12内で原料金属(アルミニウム系スクラップ等)の溶解や溶湯mの温度調整を行えるヒータ13と、筐体11の上方を閉塞して保持槽1内に密閉された処理室v(上方空間)を形成する蓋体15とを備える。坩堝12はアルミナ製とし、ヒータ13は電気抵抗式とした。
【0075】
処理室vは、排気部31により減圧される。排気部31は、油回転式の真空ポンプ311(第1排気手段)と、処理室v内の圧力(真空度)を調整する調整弁312と、処理室vから吸い込まれる蒸気や微粒子等をトラップする排気フィルタ313と、処理室vに連通する排気管314を備える。なお、調整弁312は圧力ゲージ10の計測値(P1)に基づいて作動する。
【0076】
局部加熱部4(局部加熱手段)は、アーク放電aを生じさせる電源40、トーチ41および対極42を備える。トーチ41は、電極411(トーチ電極)と、電極411を囲繞するガス管412を備える。ガス管412には、上流側にあるガス源(ボンベ等)から不活性ガス(Ar)が供給される。ガス管412は、セラミックス等の絶縁材からなる。
【0077】
電源40には、TIG(Tungsten Inert Gas)溶接用電源を用いた。電極411も対極42も丸棒状電極とした。対極42の先端部は、溶湯mの上部に浸漬させた。電源40により、電極411と対極42の間で通電がなされると、湯面s1とその近傍上空にある電極411の先端部(先端面近傍)との間にアーク放電aが生じる。アーク放電aにより、ガス管412から供給されるガスの少なくとも一部が連続的にプラズマ化し、アーク柱やプラズマ流が安定して生成される。
【0078】
ガス管412の下流側から放出された不活性ガスの一部は、アーク放電aの外周囲と湯面s1に沿ったガス気流gとなる。ガス気流gにより、湯面s1が安定して加熱される。なお、ガス気流gにより、湯面s1上で生じた蒸気は、溶湯mの湯面に沿って拡散し、排気部31へ誘導される。その蒸気の一部は、温度の低下と共に液体または固体となってフィルター313や排気管314に堆積する。
【0079】
回収部5は、一端側が湯面s2付近(第2領域)に浸漬された筒体51と、筒体51に内挿される回収フィルタ52と、筒体51の他端側を気密に保持するチャンバ53とを備える。チャンバ53は排気部32により減圧される。排気部32は、油回転式の真空ポンプ321(第2排気手段)と、チャンバ53内の圧力(真空度)を調整する調整弁322と、回収フィルタ52を通過してチャンバ53に到達した蒸気や微粒子等をトラップする排気フィルタ323と、チャンバ53に連通する排気管324を備える。なお、筒体51は、セラミックス等の耐熱絶縁材からなる。また、調整弁322は圧力ゲージ50の計測値(P2)に基づいて作動する。本実施例では、排気部31と排気部32を併せて、単に「排気部3」という。排気部3により、本発明でいう真空化手段が構成される。後述する差圧管理部33(差圧管理手段)を、真空化手段に加えて考えてもよい。
【0080】
処理室vの圧力(P1)とチャンバ53の圧力(P2)は、P2<P1<P0(大気圧)とされる。これにより湯面s1と湯面s2の間の差圧(ΔP=P1-P2)と溶湯mの密度(ρ)とに応じた高低差(溶湯ヘッド:h)が生じる。
【0081】
その差圧(ΔP)は、差圧管理部33(差圧管理手段)により調整される。差圧管理部33(差圧管理手段)は、差圧ゲージ330と制御弁331を備える。差圧ゲージ330と制御弁331は共に、調整弁312と排気フィルタ313の間にある配管315と調整弁322と排気フィルタ323の間にある配管325との間に介装されている。なお、配管315に設けたリークバルブ34を開くと、配管315内が大気解放される。
【0082】
制御弁331は、差圧ゲージ330により検出される差圧に基づいて開閉動する。例えば、検出される差圧が所定の閾値以下のとき、制御弁331は配管315と配管325の連通を遮断して、処理室vとチャンバ53の間を所望の差圧(ΔP=P1-P2)にする。一方、その検出される差圧が所定の閾値超になると、制御弁331は配管315と配管325を連通させて差圧を調整する。
【0083】
特定元素の回収(精製)を終えるとき、処理室vとチャンバ53を実質的に等圧(P1≒P2、ΔP≒0)にする。このとき、湯面s1と湯面s2は実質的に同じ高さ(溶湯ヘッド:h≒0)となる。
【0084】
気送部6は、セラミックス製のパイプ61(気送管)と、パイプ61の先端部(吐出部)に設けられたセラミックス製のノズル62とを備える。ノズル62は、通気性を有する多数の微細孔を有する多孔質体である。上流側にあるガス源(ボンベ等)からパイプ61へ不活性ガスが圧送されると、湯面s2の下方に浸漬されたノズル62から微細気泡が溶湯mへ導入される。ノズル62は、例えば、湯面s2から深さ約100mmの間に配置される。
【0085】
《精製》
上述した装置Dを用いて、Zn(特定元素)を含むAl基溶湯(原料溶湯)の精製(特定元素の除去・回収)を図2に示す工程に沿って行った。具体的には次の通りである。
【0086】
(1)Al基溶湯
精製前のAl基溶湯(原料溶湯)として、Al-1.2%Znとなる溶湯を坩堝12内で調製した。Zn濃度は、溶湯または合金の全体に対するZnの質量割合である。溶湯となる金属原料には、市販の純Alと純Znを用いた。各試料で用いたAl基溶湯量は4600gとした。
【0087】
局部加熱(アーク放電)前の溶湯温度は750℃とした。溶湯温度は、湯面s1から約15mmの深さ位置で測定した。
【0088】
(2)減圧
真空ポンプ311、321を作動させて、密閉状態の処理室vとチャンバ53を排気して減圧した。処理室vの絶対圧力(P1)とチャンバ53内の絶対圧力(P2)が共に約500Paとなった後、P1、P2を表1に示す真空度に調整した。処理室vとチャンバ53の差圧(ΔP=P1-P2)は一定に保持した。このとき、湯面s1と湯面s2の間にできる高低差(h)は約3cmとなった。
【0089】
筒体51には、セラミックス(チタン酸アルミニウム)からなるパイプ(内径:60mm)を用いた。筒体51の下端部は、湯面s1から約15mm下方まで溶湯m中に浸漬させた。
【0090】
(3)アーク放電(局部加熱工程)
電源40に通電して、上述した減圧開始時からアーク放電aにより湯面s1を加熱した。アーク放電aは、電極411を負極(カソード)、対極42を正極(アノード)とする直流アークとした。なお、電極411にはφ3.2mmのタングステン棒、対極42にはφ6mmの黒鉛棒を用いた。対極42の下端部は、湯面s1から約50mmの深さ位置まで浸漬した。
【0091】
アーク放電aに際して、放電電流:100A、ガス気流gを形成するArガス流量:4L/minとした。湯面s1付近の溶湯温度(処理温度)を980℃まで昇温させて10分間保持した。その後、アーク放電を停止し、溶湯温度が850℃になるまで冷却してから、処理室vとチャンバ53の各圧力を大気圧まで復圧した。溶湯温度が850℃となるまで、上述した差圧(ΔP)は維持した。表1に示した処理時間は、減圧開始から復圧するまでの合計時間である。なお、溶湯温度は、既述したように、湯面s1から深さ15mm(溶湯深さの略中央)位置で測定した温度である。
【0092】
(4)気泡導入
表1に示した試料1では、気送部6により、湯面s2上方から溶湯m中へ不活性ガス(Ar)を0.3L/min送気した。これにより、ノズル62から湯面s2直下付近に微細気泡(気泡径:1~3mm程度)が導入された。気泡導入は、処理室vの真空減圧と同時に開始し、大気圧への復圧と共に終了した。ちなみに、ノズル62には窒化珪素製の多孔質体(東京モ―レックス坩堝株式会社製の窒化珪素脱ガスノズル)を用いた。
【0093】
試料C1では、気泡導入を行なわなかった。
【0094】
《観察・測定》
(1)特定元素の回収
処理室vおよびチャンバ53を大気圧まで復圧した後(精製処理後)に取り出した回収フィルタ52を観察した。試料1の方が試料C1よりも、回収フィルタ52に多くの堆積物が確認された。なお堆積物は、蛍光X線分析(XRF)による分析により、Zn(特定元素)であることを確認している。
【0095】
(2)特定元素の除去
精製処理前・後の溶湯mについて、各試料のZn濃度を次のように分析した。先ず、各溶湯mの一部をステンレス鋼製分析型へ注入し、大気中で自然冷却して凝固させた。次に、得られたAl合金の化学成分(Zn濃度)を誘導結合プラズマ発光分光分析装置(ICP)で測定した。こうして得られた結果を表1にまとめて示した。なお、処理前のZn濃度が試料1と試料C1で相違している理由は、処理に供した溶解原料組成のバラツキのためである。
【0096】
表1に示した試料1と試料C1の比較から明らかなように、高真空な湯面s2下方へ微細気泡を導入することにより、溶湯中のZnを顕著に低減(除去)できることが明らかになった。
【0097】
以上から、本発明により、Al基溶湯に含まれる特定元素を効率的に蒸発(沸騰)させて除去または回収できることが確認された。
【0098】
【表1】
【符号の説明】
【0099】
D 金属精製装置
3 排気部
4 局部加熱部
5 回収部
33 差圧管理部
6 気送部(気泡導入手段)
m Al基溶湯
s1 湯面(第1領域)
s2 湯面(第2領域)
a アーク放電
g ガス気流
図1
図2