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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024062871
(43)【公開日】2024-05-10
(54)【発明の名称】ヒラメ類の性識別方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/12 20060101AFI20240501BHJP
   C12Q 1/6844 20180101ALI20240501BHJP
   C12Q 1/6879 20180101ALI20240501BHJP
【FI】
C12N15/12
C12Q1/6844 Z ZNA
C12Q1/6879 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】19
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022171001
(22)【出願日】2022-10-25
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 1.発行日 令和4年9月5日 2.刊行物名 令和4年度 日本水産学会秋季大会 講演要旨集 3.公開者 坂本崇、服部ヒカルドショウヘイ、熊沢渓一郎、中本正俊、中野佑紀、藤加菜子、山口寿哉、北野健、山本榮一 [刊行物等] 1.開催日 令和4年9月5日~7日 2.集会名 令和4年度 日本水産学会秋季大会 3.公開者 坂本崇、服部ヒカルドショウヘイ、熊沢渓一郎、中本正俊、中野佑紀、藤加菜子、山口寿哉、北野健、山本榮一 [刊行物等] 1.ウェブサイトの掲載 令和4年9月16日 2.ウェブサイトのアドレス https://doi.org/10.3389/fgene.2022.1007548 3.公開者 坂本崇、服部ヒカルドショウヘイ、熊沢渓一郎、中本正俊、中野佑紀、藤加菜子、山口寿哉、北野健、山本榮一
(71)【出願人】
【識別番号】504196300
【氏名又は名称】国立大学法人東京海洋大学
(74)【代理人】
【識別番号】100120031
【弁理士】
【氏名又は名称】宮嶋 学
(74)【代理人】
【識別番号】100120617
【弁理士】
【氏名又は名称】浅野 真理
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【弁理士】
【氏名又は名称】反町 洋
(72)【発明者】
【氏名】坂本 崇
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA18
4B063QQ02
4B063QQ08
4B063QQ42
4B063QR08
4B063QR32
4B063QR55
4B063QR62
4B063QS25
4B063QS32
4B063QS34
4B063QX02
(57)【要約】
【課題】ヒラメ類の遺伝的な性を正確に識別し得る方法の提供。
【解決手段】ヒラメ類のamh(抗ミュラー管ホルモン)遺伝子の発現調節領域のヌクレオチド配列の長さおよび/または該amh遺伝子のエクソン2、3、4、6または7における一塩基多型を同定する工程を含んでなる、ヒラメ類の遺伝的な性を識別する方法。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒラメ類のamh(抗ミュラー管ホルモン)遺伝子の発現調節領域のヌクレオチド配列の長さおよび/または該amh遺伝子のエクソン2、3、4、6または7における一塩基多型を同定する工程を含んでなる、ヒラメ類の遺伝的な性を識別する方法。
【請求項2】
前記ヒラメ類のamh遺伝子が配列番号1で表されるヌクレオチド配列の少なくとも一部を有するものである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記発現調節領域が、配列番号1で表されるヌクレオチド配列における第1番~第911番の領域内の少なくとも一部である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記発現調節領域のヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチドまたはこれに相補的なポリヌクレオチドを核酸増幅法により増幅することを含んでなる、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記発現調節領域のヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチドまたはこれに相補的なポリヌクレオチドを電気泳動により検出することを含んでなる、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記発現調節領域において、配列番号1の第364番~第373番および/または第535番~第808番に対応するヌクレオチド配列を含む領域の欠失が存在する場合、ヒラメ類の遺伝的な性を雄と判定する、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記発現調節領域において、10bp以上のヌクレオチド残基の欠失が存在する場合、ヒラメ類の遺伝的な性を雄と判定する、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記一塩基多型に対応するヌクレオチド残基が、以下の(1)~(5)から選択される、請求項1に記載の方法:
(1)amh遺伝子の開始コドンから第289番目、第631番目、第924番目、第2014番目または第2134番目のヌクレオチド残基、
(2)amh遺伝子の開始コドンから第493番目のヌクレオチド残基、
(3)amh遺伝子の開始コドンから第1445番目のヌクレオチド残基、
(4)amh遺伝子の開始コドンから第2544番目のヌクレオチド残基、
(5)amh遺伝子の開始コドンから第2546番目のヌクレオチド残基。
【請求項9】
以下のいずれかを同定する工程を含んでなる、請求項8に記載の方法。
(1)amh遺伝子の開始コドンから第289番目、第631番目、第924番目、第2014番目または第2134番目のヌクレオチド残基が、シトシン(C)残基であるかまたはチミン(T)残基であるか、
(2)amh遺伝子の開始コドンから第493番目のヌクレオチド残基が、チミン(T)残基であるかまたはグアニン(G)残基であるか、
(3)amh遺伝子の開始コドンから第1445番目のヌクレオチド残基が、グアニン(G)残基であるかまたはアデニン(A)残基であるか、
(4)amh遺伝子の開始コドンから第2544番目のヌクレオチド残基が、グアニン(G)残基であるかまたはチミン(T)残基であるか、
(5)amh遺伝子の開始コドンから第2546番目のヌクレオチド残基が、アデニン(A)残基であるかまたはチミン(T)残基であるか。
【請求項10】
(1)において、
前記開始コドンから第289番目、第631番目、第924番目、第2014番目または第2134番目のヌクレオチド残基が、シトシン(C)残基のみである場合、ヒラメ類の遺伝的な性を雌と判定し、
前記開始コドンから第289番目、第631番目、第924番目、第2014番目または第2134番目のヌクレオチド残基がチミン(T)残基のみである場合、あるいはシトシン(C)残基またはチミン(T)残基である場合、ヒラメ類の遺伝的な性を雄と判定する、請求項8または9に記載の方法。
【請求項11】
(2)において、
前記開始コドンから第493番目のヌクレオチド残基が、チミン(T)残基のみである場合、ヒラメ類の遺伝的な性を雌と判定し、
前記開始コドンから第493番目のヌクレオチド残基がグアニン(G)残基のみである場合、あるいはチミン(T)残基またはグアニン(G)である場合、ヒラメ類の遺伝的な性を雄と判定する、請求項8または9に記載の方法。
【請求項12】
(3)において、
前記開始コドンから第1445番目のヌクレオチド残基が、グアニン(G)残基のみである場合、ヒラメ類の遺伝的な性を雌と判定し、
前記開始コドンから第1445番目のヌクレオチド残基がアデニン(A)残基残基のみである場合、あるいはアデニン(A)残基またはグアニン(G)である場合、ヒラメ類の遺伝的な性を雄と判定する、請求項8または9に記載の方法。
【請求項13】
(4)において、
前記開始コドンから第2544番目のヌクレオチド残基が、グアニン(G)残基のみである場合、ヒラメ類の遺伝的な性を雌と判定し、
前記開始コドンから第2544番目のヌクレオチド残基がチミン(T)残基残基のみである場合、あるいはチミン(T)残基またはグアニン(G)である場合、ヒラメ類の性を遺伝的な雄と判定する、請求項8または9に記載の方法。
【請求項14】
(5)において、
前記開始コドンから第2546番目のヌクレオチド残基が、アデニン(A)残基のみである場合、ヒラメ類の遺伝的な性を雌と判定し、
前記開始コドンから第2546番目のヌクレオチド残基がチミン(T)残基残基のみである場合、あるいはチミン(T)残基またはアデニン(A)である場合、ヒラメ類の性を遺伝的な雄と判定する、請求項8または9に記載の方法。
【請求項15】
前記同定工程が、前記ヒラメ類のamh遺伝子のエクソン2、3、4、6または7における一塩基多型に対応する残基を含むポリヌクレオチドまたはこれに相補的なポリヌクレオチドを核酸増幅法により増幅することを含んでなる、請求項1に記載の方法。
【請求項16】
前記ヒラメ類がヒラメ(Paralichthys olivaceus)ある、請求項1に記載の方法。
【請求項17】
請求項1に記載の方法に用いるための核酸分子であって、
ヒラメ類のamh遺伝子の少なくとも一部をコードするポリヌクレオチドまたはこれに相補的なポリヌクレオチドにハイブリダイズするヌクレオチド断片を含み、かつ
前記ポリヌクレオチドが、ヒラメ類のamh遺伝子の発現調節領域のヌクレオチド配列および/またはヒラメ類のamh遺伝子のエクソン2、3、4、6または7における一塩基多型に対応する残基を含む、核酸分子。
【請求項18】
請求項1に記載の方法に用いるためのプライマーペアであって、
ヒラメ類のamh遺伝子の少なくとも一部をコードするポリヌクレオチドまたはこれに相補的なポリヌクレオチドにおいて、ヒラメ類のamh遺伝子の発現調節領域および/またはエクソン2、3、4、6または7における一塩基多型に対応する領域を核酸増幅法において増幅しうる、プライマーペア。
【請求項19】
請求項17に記載の核酸分子および/または請求項18に記載のプライマーペアを含んでなる、ヒラメ類の遺伝的な性の識別用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒラメ類の性を識別する方法に関する。より詳細には、ヒラメ類のamh(Anti-Mullerina Hormone:抗ミュラー管ホルモン)遺伝子における発現調節領域のヌクレオチド配列の長さや、amh遺伝子中の特定の一塩基多型を利用してヒラメ類の遺伝的な性を検査する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒラメ類は北東アジア(日本、韓国、中国)の漁業および養殖業において商業的重要性が高い養殖対象種である。性決定は、遺伝的にはXX-XYの雄性異型生殖システム(非特許文献1)、環境的には性ステロイドと水温(非特許文献1)によって制御されている(非特許文献2)。
【0003】
一般にヒラメ類の雌は性成熟後の成長速度が雄よりも優れているため、雌性生産の向上のために雌性発生やXX遺伝子型間の交配(正常な雌との偽雄)による全XX子孫生産が採用されている。また、病気に対する感受性などの雌特有の形質も、ほとんどの魚種で雌が好まれる要因となっている(非特許文献3)。しかしながら、雄の遺伝的要因がないと思われるにもかかわらず、一部の個体は自然に雌が雄に性転換し、XX子孫の中に好ましくない表現型の雄が生まれる場合がある(非特許文献2)。22℃前後の温暖な水温が雄性化に影響を与える大きな要因であるとも考えられるが、他のストレス要因も関与している可能性がある(非特許文献4)。しかしながら、ヒラメ類の遺伝的な雌雄の正確な識別を可能とする手法は本発明者らの知る限り何ら報告されていない。
【0004】
したがって、ヒラメ類の遺伝的な雌雄の正確な識別を可能とする手法が依然として求められているといえる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Yamamoto,E.1999.Studies on sex-manipulation and production of cloned populations in hirame,Paralichthys olivaceus(Temminck et Schlegel).Aquaculture,173,235-246.
【非特許文献2】Hayashi,Y.,Kobira,H.,Yamaguchi,T.,Shiraishi,E., Yazawa,T.,Hirai,T.,Kamei,Y.,Kitano,T.,2010.High temperature causes masculinization of genetic female medaka by elevation of cortisol.Mol.Reprod.Dev.77,679-686.https://doi.org/10.1002/mrd.21203
【非特許文献3】Peterson, B.C.David, K.B. 2012.Effects of Gender and Sex Hormones on Disease Susceptibility of Channel Catfish to Edwardsiella ictaluri.J.WorldAquac.Soc.43,733-738.https://doi.org/10.1111/j.1749-7345.2012.00588.x
【非特許文献4】Mankiewicz,J.L.,Godwin,J.,Holler,B.L.,Turner,P.M.,Murashige,R.,Shamey,R.,Daniels,H.V.,Borski,R.J.,2013.Masculinizing effect of background color and cortisol in a flatfish with environmental sex-determination.Integr.Comp.Biol.53,755-765.https://doi.org/10.1093/icb/ict093
【発明の概要】
【0006】
本発明者らは、今般、鋭意検討した結果、ヒラメ類のamh(Anti-Mullerina Hormone:抗ミュラー管ホルモン)遺伝子における発現調節領域のヌクレオチド配列の長さや、amh遺伝子中の特定の一塩基多型がヒラメ類正確な遺伝的な雌雄判別の指標となることを見出した。本発明はこの知見に基づくものである。
【0007】
したがって、本発明は、ヒラメ類の遺伝的な性を正確に識別し得る方法を提供することを目的とする。
【0008】
本発明の一実施態様によれば、以下が提供される。
[1]ヒラメ類のamh(抗ミュラー管ホルモン)遺伝子の発現調節領域のヌクレオチド配列の長さおよび/または該amh遺伝子のエクソン2、3、4、6または7における一塩基多型を同定する工程を含んでなる、ヒラメ類の遺伝的な性を識別する方法。
[2]上記ヒラメ類のamh遺伝子が配列番号1で表されるヌクレオチド配列にコードされるものである、[1]に記載の方法。
[3]上記発現調節領域が、配列番号1で表されるヌクレオチド配列における第1番~第911番のヌクレオチド領域内の少なくとも一部である、[2]に記載の方法。
[4]上記発現調節領域のヌクレオチド配列によりコードされるポリヌクレオチドまたはこれに相補的なポリヌクレオチドを核酸増幅法により増幅することを含んでなる、[1]に記載の方法。
[5]上記発現調節領域を含むヌクレオチド領域をコードするポリヌクレオチドまたはこれに相補的なポリヌクレオチドを電気泳動により検出することを含んでなる、[4]に記載の方法。
[6]上記発現調節領域において、配列番号1の第364番~第373番および/または第535番~第808番に対応するヌクレオチド配列を含む領域の欠失が存在する場合、ヒラメ類の遺伝的な性を雄と判定する、[1]に記載の方法。
[7]上記発現調節領域において、10bp以上のヌクレオチド残基の欠失が存在しない場合、ヒラメ類の遺伝的な性を雌と判定する、[1]に記載の方法。
[8]上記一塩基多型に対応するヌクレオチド残基が、以下の(1)~(5)から選択される、[1]に記載の方法:
(1)amh遺伝子の開始コドンから第289番目、第631番目、第924番目、第2014番目または第2134番目のヌクレオチド残基、
(2)amh遺伝子の開始コドンから第493番目のヌクレオチド残基、
(3)amh遺伝子の開始コドンから第1445番目のヌクレオチド残基、
(4)amh遺伝子の開始コドンから第2544番目のヌクレオチド残基、
(5)amh遺伝子の開始コドンから第2546番目のヌクレオチド残基。
[9]以下のいずれかを同定する工程を含んでなる、[8]に記載の方法。
(1)amh遺伝子の開始コドンから第289番目、第631番目、第924番目、第2014番目または第2134番目のヌクレオチド残基が、シトシン(C)残基であるかまたはチミン(T)残基であるか、
(2)amh遺伝子の開始コドンから第493番目のヌクレオチド残基が、チミン(T)残基であるかまたはグアニン(G)残基であるか、
(3)amh遺伝子の開始コドンから第1445番目のヌクレオチド残基が、グアニン(G)残基であるかまたはアデニン(A)残基であるか、
(4)amh遺伝子の開始コドンから第2544番目のヌクレオチド残基が、グアニン(G)残基であるかまたはチミン(T)残基であるか、
(5)amh遺伝子の開始コドンから第2546番目のヌクレオチド残基が、アデニン(A)残基であるかまたはチミン(T)残基であるか。
[10](1)において、
上記開始コドンから第289番目、第631番目、第924番目、第2014番目または第2134番目のヌクレオチド残基が、シトシン(C)残基のみである場合、ヒラメ類の遺伝的な性を雌と判定し、
上記開始コドンから第289番目、第631番目、第924番目、第2014番目または第2134番目のヌクレオチド残基がチミン(T)残基のみである場合、あるいはシトシン(C)残基またはチミン(T)残基である場合、ヒラメ類の遺伝的な性を雄と判定する、[8]または[9]に記載の方法。
[11](2)において、
上記開始コドンから第493番目のヌクレオチド残基が、チミン(T)残基のみである場合、ヒラメ類の遺伝的な性を雌と判定し、
上記開始コドンから第493番目のヌクレオチド残基がグアニン(G)残基のみである場合、あるいはチミン(T)残基またはグアニン(G)である場合、ヒラメ類の遺伝的な性を雄と判定する、[8]または[9]に記載の方法。
[12](3)において、
上記開始コドンから第1445番目のヌクレオチド残基が、グアニン(G)残基のみである場合、ヒラメ類の遺伝的な性を雌と判定し、
上記開始コドンから第1445番目のヌクレオチド残基がアデニン(A)残基残基のみである場合、あるいはアデニン(A)残基またはグアニン(G)である場合、ヒラメ類の遺伝的な性を雄と判定する、[8]または[9]に記載の方法。
[13](4)において、
上記開始コドンから第2544番目のヌクレオチド残基が、グアニン(G)残基のみである場合、ヒラメ類の遺伝的な性を雌と判定し、
上記開始コドンから第2544番目のヌクレオチド残基がチミン(T)残基残基のみである場合、あるいはチミン(T)残基またはグアニン(G)である場合、ヒラメ類の性を遺伝的な雄と判定する、[8]または[9]に記載の方法。
[14](5)において、
上記開始コドンから第2546番目のヌクレオチド残基が、アデニン(A)残基のみである場合、ヒラメ類の遺伝的な性を雌と判定し、
上記開始コドンから第2546番目のヌクレオチド残基がチミン(T)残基残基のみである場合、あるいはチミン(T)残基またはアデニン(A)である場合、ヒラメ類の性を遺伝的な雄と判定する、[8]または[9]に記載の方法。
[15]上記同定工程が、上記ヒラメ類のamh遺伝子のヌクレオチド配列の少なくとも一部によりコードされかつ上記amh遺伝子のエクソン2、3、4、6または7における一塩基多型に対応する残基を含むポリヌクレオチドまたはこれに相補的なポリヌクレオチドを核酸増幅法により増幅することを含んでなる、[1]に記載の方法。
[16]上記ヒラメ類がヒラメ(Paralichthys olivaceus)ある、[1]に記載の方法。
[17][1]に記載の方法に用いるための核酸分子であって、
ヒラメ類のamh遺伝子の少なくとも一部をコードするポリヌクレオチドまたはこれに相補的なポリヌクレオチドにハイブリダイズするヌクレオチド断片を含み、かつ
上記ポリヌクレオチドが、ヒラメ類のamh遺伝子の発現調節領域のヌクレオチド配列および/またはヒラメ類のamh遺伝子のエクソン2、3、4、6または7における一塩基多型に対応する残基を含む、核酸分子。
[18][1]に記載の方法に用いるためのプライマーペアであって、
ヒラメ類のamh遺伝子の少なくとも一部をコードするポリヌクレオチドまたはこれに相補的なポリヌクレオチドにおいて、ヒラメ類のamh遺伝子の発現調節領域および/またはエクソン2、3、4、6または7における一塩基多型に対応する領域を核酸増幅法において増幅しうる、プライマーペア。
[19][17]に記載の核酸分子および/または[18]に記載のプライマーペアを含んでなる、ヒラメ類の遺伝的な性の識別用キット。
【0009】
本発明によれば、集団内の遺伝的差異やゲノムの組換えによる影響を受けること無く、正確にヒラメ類の遺伝的な性を識別することができる。また、本発明によれば、性成熟前に生きたままでヒラメ類の遺伝的な性を識別できる。また、本発明によれば、amh遺伝子における発現調節領域のヌクレオチド配列の長さや一塩基多型を指標としてヒラメ類の性別を簡易迅速に判別できる。かかる本発明は、雌雄を早期に確定しうることから、養成する親魚の雌雄の尾数の調整や雌雄による出荷時期の調整において特に有利に利用することができる。また、表現型では判定できない遺伝的な雄と性転換した(偽)雄とを区別することができ、全雌生産時の親魚選抜に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】Aは、ファミリーAのヒラメ連鎖群9(LG9)のPoli185TUFのオートラジオグラフ(autoradiograph)である。雄親からの212bpの低い方のアレルは、このファミリーの雄が受け継ぐユニークなアレルであった。 Bは、ファミリーAのヒラメ連鎖群9(LG9)-雄の連鎖地図と、ファミリーBのヒラメ連鎖群9(LG9)-雌の連鎖地図である。マーカー間の地図距離をセンチメートル単位(cM)で示す。ファミリーAでは点線で囲んだ35マーカーが性決定遺伝子座に完全連鎖した近い位置にマップされ、ファミリーBでは点線で囲んだ46マーカーが完全連鎖した近い位置にマップされた。直線で囲んだ12マーカーは、ファミリーAおよびBで共通に完全連鎖しており、性決定遺伝子座に極近接したマーカーであることが検出された。これにより、この性決定遺伝子座領域に存在する遺伝子が雄から遺伝することにより、子孫が雄になることが証明された。
図2】ヒラメ(Paralichthys olivaceus)のX染色体連鎖型amh遺伝子(X染色体上のamhをコードする対立遺伝子:以下、「amhx」ともいう)とY染色体連鎖型amh遺伝子(Y染色体上のamhをコードする対立遺伝子:以下、「amhy」ともいう)の5’上流領域の増幅パターンおよび構造を示す。 Aは、表現型の雌であるXX個体と雄であるXY個体にてPCRにより増幅したamhxとamhyの5’上流領域のアガロースゲル電気泳動の写真である。推定プロモーターが欠失したため、amhyバンドはamhxより短くなる。これにより、遺伝的な性を判別することができる。 Bは、amhyとamhxの構造を示す模式図である。5’上流領域における3つのamhy特異的欠失、両方の開始コドンおよび停止コドン、エクソン2におけるSNPの位置を示す。エクソン2におけるチミン(T)およびシトシン(C)はそれぞれamhyおよびamhxに遺伝的に強く連鎖していた。1~7の番号を付したボックスはそれぞれの番号を持つエクソン、その間のボックスはイントロンを表す。矢印は、Aで使用したプライマーの位置を示す。
図3】P.olivaceusの性分化に伴うamhy,amhx,amhrII,cyp19a1a mRNAの発現解析の結果を示す。 Aは、稚魚の体幹におけるqRT-PCRによる発現プロファイリングにおいて、amhyはXY遺伝子型でのみ特異的に発現し、孵化後25日目にピークがあったことを示すグラフである。これにより、XY個体におけるamhy特異的な発現が雄化に強く関わっていることが証明された。 Bは、稚魚の体幹におけるqRT-PCRによる発現プロファイリングにおいて、amhxは同時期にはほとんど検出されなかったが、孵化後70日目と80日目に弱い発現が検出されたことを示すグラフである。 CおよびDは、同時期のamhrII(C)およびcyp19a1a mRNA(D)の定量分析の結果を示すグラフである。Dにおいて、cyp19a1aのみ性差のある発現が孵化後80日目のXXサンプルで検出された。 Eは、性分化開始前後のXY生殖腺に限定したamhリボプローブの空間局在を示す写真である。孵化後100日目には、生殖細胞が分布してシストを形成するXY生殖腺の腹端でシグナルが認識された。一方で、卵巣腔(OC)が明瞭なXX生殖腺では、amhの検出可能なシグナルは見つからなかった。 FはXYにおけるamhyとamhxの発現量とXXにおけるamhxとの関係を示すグラフである。絶対発現量はamhyより全般的に低いが、なぜかXXの個体はXYよりamhxを多く発現していた。差は一元配置分散分析(One-Way ANOVA)とTurkey postテストにより、p<0.05で有意とみなした。
図4】CRISPR/Cas9システムを用いたamh変異体ヒラメの作製に関する図である。 Aの上段は、amh遺伝子座を標的としたcrRNAの位置を示す模式図である。エクソン(白枠)、非翻訳領域(灰色枠)、イントロン(横線)、CRISPR/Cas9システムによるcrRNAの標的配列(矢印)を示している。標的配列間の数字は、CRISPR/Cas9システムによるおおよその欠失量を示す。 Aの下段は、野生型amhと、2つの標的領域の割合が異なる典型的な変異型amhの塩基配列を示す。下線は2つのcrRNA標的配列を示す。横線は野生型配列、破線は欠失をそれぞれ示す。スラッシュは長い配列の省略を示す。括弧内の数字は、欠失(-)または挿入(+)の大きさを示す。 Bは、孵化後200日目の野生型およびamh変異体ヒラメの生殖腺の組織像である。コントロール群では、遺伝的雄性生殖腺は多数の精原細胞を含む典型的な精巣を、遺伝的雌性生殖腺は多数の卵母細胞と卵巣の形態的特徴を示す卵巣腔(OC)を保有する典型的な卵巣を、それぞれ示している。amh変異体では、遺伝的な雄と雌の生殖腺は、多くの卵母細胞と卵巣腔を含む典型的な正常卵巣を示している。スケールバーは50μmである。これにより、amh遺伝子の機能が、雄化に関わっていることが証明された。
【発明の具体的説明】
【0011】
ヒラメ類の性を識別する方法
本発明のヒラメ類の遺伝的な性を識別する方法は、ヒラメ類のamh(抗ミュラー管ホルモン)遺伝子の発現調節領域のヌクレオチド配列の長さおよび/または該amh遺伝子のエクソン2、3、4、6または7における一塩基多型を同定する工程を含んでなることを特徴とする。
【0012】
本発明のヒラメ類とは、ヒラメ科とダルマガレイ科も属する魚の総称をいい、好ましくはカレイ目カレイ亜目ヒラメ科の魚類である。好適な例としては、ヒラメ(英名:Bastard halibut;Olive flounder;Japanese flounder、学名Paralichthys olivaceus)が挙げられる。
【0013】
また、amh(Anti-Mullerina Hormone:抗ミュラー管ホルモン)はTGF-β(Transforming growth factor-β)スーパーファミリーに属する糖たんぱく質として知られている。amh遺伝子配列における上述のような発現調節領域内の配列長多型および位置の特定の一塩基多型がヒラメ類正確な雌雄判別の指標となることは意外な事実である。
【0014】
本発明の一実施態様によれば、ヒラメ類のamh遺伝子のヌクレオチド配列は、以下の配列番号1で表されるヌクレオチド配列の少なくとも一部を有するものである。
【0015】
5’-GTATGAATTGTAGTTTTCTTTACCCCAGAAAAGGTTCTTTATATTTAAATACTTTATATTTACATCGAGGGGACCCTCTCTACGGAGGTCACCATGTTTTTTACATTAGTCCAGACTGGACAAACTAAACACCTTTTTAGTTTTTATGAAAACTGAAGCTACCACAGTTTTTTTTCATGTTTGGAAGGAGAGTGTGAGGTGAGGGGTGTTCAGCTGCAACATGCAATTTCAACACTAGATATCACAAAATTCTACACACTGAACCTTTAAGTGGCATGATAAAATATGATTAATAATCTTGACAATAACATGTATATAATGTGTAATTTGTTTTCTTAAAACAGGCAACATTCAAATATGTTCTGACGATGGCATTGATGCAAGAGTTACTTCAAACTGTATTTTAAATGCAATGTTACTACATTAGGTTATGTTTGGGCTTTTAATTTCACCTCAGGATCAAAGTTCAGTTCAGTTGCACAGCAAACACAAACCTTTGTCTGAGAATATTTGCTCTGCACCTACAAAGCATTCATTTAATACATCCTTTTCCAGCCTGTGGGGGGGGCTGTTTCATGTTTCATCAGTAAGTCATAGGAAGTCATTTCTATAATCTTGAAACCCTGGTTGATGTGTGTCCTCACCTCCTCCTCCTCATTAACAAAGATTAGGTGTGTAAGAGCTTAACTTGCTTCCTGGAGGTGAACAAAAAACATCTTTGTGTGCAGCCAACAACACTAACACAACCCACACGTTTAAAATCACCAAGGACACGATCTTCCTATTTTGGCAGCGTGTTAGTGAGAAGAGAAGGTGGGAGTGCACACCTCCCATCCTCTGAAGCTGGACCCATTCAGAAGAAAGAGTAGAAAAAAGGACTGACAGCACGGACACACCACAGACGGTGAAGTATGCCGGTGGTGAACGTCTTCTGCTGCGGAGCGCTGGTGCTCTGCTGGACCTGTGCAGCACTGACAGGTCAGACTCCATGCAGTTCCAACTTTATTCATGCCCTGTTTGTCAAGTGCATTTACATTTGATGTTATGGTGCTGCAAGCTTATCAGTGACGGTGTTTGCATGGAGTTCATGTTCTTGTCTTTTAAGCTTCTTTTCAGTGTTTCATGTAAATTGTTCTGATTCCTCAAACCTCATTGGCCTCCACAGTTTCTCATCCCTCCCCTCACCTTGCACCGTGCTAGTGGATGACATATTTGCAGCACTGCGTGAAGGTGTGGGGGCCGACGGTGAACTCGCAAGCAGCAGTTTTGCTCTGTTTGGGGTCTGCGCAGTGTCTGACAGTTCATCGGGATCAGTCTTACTGGAGCTCGCCAAGGAAACGAGCAGAAGCCAGAGAAGAGGTTTGGAGGTTTTGCATCCAACTGGAGGTGAGAGTTTGTCATTGAGTGTAAATGTTGTGTTTTTAAATCTTCATGTCAAACATAGTTTTCTCCATCAGTGCTTGTGACTGAGGAAGATGACAGAGGAGCTCTGGAGTTGACCTTTGACCTGCCTCAGTCTCCTCTGCTCAGGCTGAGCCCGTGCTGCTCCTGGCGTTTCAAAGTCCACTTAAAGGTGACGACCTGAACGTGACTTTCTCTAGTCTGTCTTTGCAGCCTCACACACAGGTAAGAAGAGGTCTTCTGTGAATATAGCCCAAATTACACACTCTGTTATATGTTGATTGTTTTAGGTGTAGTAATAATTTTGAAGTGCAGAATATTGCAGATGATGAGCAAACATTTCCAAGCCCAAATTGTTCTCTTTTGGTTTTCAGTCTGTGTGCATTTCAGCAGAAACACAGTACATACTGCTGACAGGAAACGCATCAGAGCCAGCTTTGTTCAGAAATGGAGGATTTCTGTCGAGGCCAAGTCCCCTGATCTGAGTAAGATCCCAGTTTCTTGTGTTTTTTCGTTTTCTTGTTTCGTGTGAACTCTGCTCATATTTACTCTCTCACTCTTGTAGAGCCGAACCTTAAAGACATGCTCATTGGTGAGAAATTAGGAAGTGGCATCAATATATCTCCACTTCTGCTTTTCTCTGGGGGAACTGAGACAAGGTTGTTTTAGCTTTCCTGTTCCCTGTCAAAGTTTTACCACAGTGACGTCAGAGTGGTTGCTCATGAACTTTTTTTTTATTTCCTTGGCTGTAGACGTGTTTCAGGATCAACCTCCTCCTCGTCACAGACCTTCTCCTTCCTGTGTGAGCTGAGGCGCTTCCTGTGCGATGTCTTGCCTCAGGACCGCCCTGAGTCCCCTCAGCTCCAGCTGGACTCCCTACAGTCCATGCCCCAGCTATCGCTGGGCTTGTCCTCCAGCGAGACCCTGCTGGCGGGGCTGATCAACTCCTCTCCCCCACCGTCTTCTCCTTCTCTCGATGGGGCTCCATGCTTCAGGTGCATCATGGACAGTTGGCTCTGTCTCCTTCTCTGTTGGAGGAGCTCAGGCAGAGGGTGGAGCAAACTGAGATGCAGATGATGGAGGTGATAAGGGGAAAGGAGGTGGGTAGCAGGGCCACAGAGAGGCTGGGGAGGCTCAAAGAACTCAGTGCGTTACCAGAGAAGGAACCGGCAGCAGGTGATGTGCACAAGAGAGTAGTGTCTTATTGTCTATAGCAGTGTTCCCCCAACTTTTTGTCATGCATCTCCTCGTAATCCTGTGAGATGAACTCATTTAACAGTTTTCTCTGCTGCATGTACCAGGAGAGAGCCAGTACCGCGCCTTTCTTCTCCTGAAGGCCCTGCAGACGGTGACCCGTACCTACGAGCTGCAGATAGGAGTGCGGAACACCAGAGCGGGCTCCAATGACCCGGCGAGGGGCAACATCTGCAGCCTGAGGAGTCTCACCGTGTCCCTCGAGAGGCATCTTGTGGGGCCAAACACGGCCGCCATCAACAACTGCCGAGGCTCTTGCACGTTCCCCTGTTCAACGCCATCAACCATGCCGTCCTGCTCAACTCCCACATCGAGAGCGAGAACGTGGACGAGCGCGCCCCGTGCTGCGTGCCTGTGGCCTACGAGGCCCTTGAGGTGGTGGATTGAACGAACATGGTACTTATCTCTCCGTTAAACCAGATGTTGTGGCAAAGGAGTGTGGATGCCGCTAAAGCTGTTTTTGGAGACTATTCATGACACCAAAGAAATTTTAGTTGTTTAATAGTAACTGTAGCTTGTTAGATGAAGTAAGTGTCATATGCACACTGTTAATACACATATTTATTCAGGGAGGTCTTTTTAATATGTTGGAGTAAATGCACACAGCAAAATGTTCCTCTCACTCACTACTAACAAGATTTATTGAAAACTAAAATATACATGTTAACAGATATTTGATGTTATGATTCAAGTATCAGTATTATCATCTTCCACTGTTTGTAAATCTGTCTTAAGAAGTTCTCTGAATAATAAAAAGACATTGTTCCATCAAATTAAAAAGCACATTTTGAAGTGTTTTGAAATATTGATTTAATATGATAAATATTTCTGAATAAATATTTTTTTCTCTGACATATAAATTTAAATGTAACATTTTCTATCCTTATATCATTAAATTGAAAGTGTAA-3’(配列番号1)
【0016】
配列番号1において、下線部は、上流側から順に、amh遺伝子のプロモーター開始地点(配列番号1の第241番~第249番に相当)、後述する雄における発現制御領域の二つの欠失領域(配列番号1の第364番~第373番および第535番~第808番に相当)、開始コドン(配列番号1の第912~第914番に相当)、開始コドンから第289番目、第493番目、第631番目、第924番目、第1445番目、第2014番目、第2134番目、第2544番目および第2546番目の一塩基多型に対応するヌクレオチド残基(配列番号1の第1200番、第1404番、第1542番、第1835番、第2356番、第2925番、第3045番、第3455番および第3457番に相当)を示す。
【0017】
ヒラメ類のamh遺伝子の発現調節領域のヌクレオチド配列の長さを同定する工程
本発明の一実施態様によれば、amh遺伝子の発現調節領域の長さを指標として、ヒラメ類の遺伝的な性を識別することができる。
【0018】
本発明の一実施態様によれば、ヒラメ類の雌雄の指標となる発現調節領域は、配列番号1で表されるヌクレオチド配列における第1番~第911番のヌクレオチド領域内の少なくとも一部または全部の領域(amh遺伝子の開始コドンより上流)とされる。配列番号1に示される通り、amh遺伝子のプロモーター(配列番号1の第241番~第249番のヌクレオチド配列:ATCACAAAA)も当該領域内に存在している。
【0019】
本発明の発現調節領域は、ヒラメ類のamh遺伝子の遺伝的な性の調整に寄与し、雌雄の指標となる限りにおいて領域の長さは適宜設定してよく、配列番号1で表されるヌクレオチド配列において、通常は第1番~第911番、好ましくは第241番~第911番、より好ましくは第364番~第911番としてもよい。
【0020】
また、ヒラメ類が遺伝的に雄である場合、amh遺伝子の発現調節領域は、配列番号1において下線で示される10残基(配列番号1の第364番~第373番のヌクレオチド配列:TGACGATGGC)と274残基(配列番号1の第535番~第808番のヌクレオチド配列:ATTTAATACATCCTTTTCCAGCCTGTGGGGGGGGCTGTTTCATGTTTCATCAGTAAGTCATAGGAAGTCATTTCTATAATCTTGAAACCCTGGTTGATGTGTGTCCTCACCTCCTCCTCCTCATTAACAAAGATTAGGTGTGTAAGAGCTTAACTTGCTTCCTGGAGGTGAACAAAAAACATCTTTGTGTGCAGCCAACAACACTAACACAACCCACACGTTTAAAATCACCAAGGACACGATCTTCCTATTTTGGCAGCGTGTTAGTGAGAAG)の領域を欠失することが本発明者らの検討により明らかとなった。したがって、本発明の実施態様によれば、ヒラメ類の雄が有するY染色体上のamhをコードする対立遺伝子、すなわち、Y染色体連鎖型amh遺伝子の発現調節領域中の上記領域が欠失することを指標として、ヒラメ類の遺伝的な性を簡易かつ迅速に識別することができる。
【0021】
したがって、上記発現調節領域において、配列番号1の第364番~第373番または第535番~第808番に対応するヌクレオチド配列を含む領域の欠失が存在する場合、ヒラメ類の遺伝的な性を雄と判定する。また、さらなる精度の向上の観点からは、配列番号1の第364番~第373番および第535番~第808番に対応するヌクレオチド配列を含む領域の欠失が存在する場合、ヒラメ類の遺伝的な性を雄と判定する。
【0022】
また、本発明の一実施態様によれば、上記発現調節領域において、配列番号1の第364番~第373番または第535番~第808番に対応するヌクレオチド配列を含む領域の欠失が存在しない場合、ヒラメ類の遺伝的な性を雌と判定する。また、さらなる精度の向上の観点からは、配列番号1の第364番~第373番および第535番~第808番に対応するヌクレオチド配列を含む領域の欠失が存在しない場合、ヒラメ類の遺伝的な性を雌と判定する。
【0023】
本発明の好ましい実施態様によれば、上記発現調節領域の上記欠失が存在する場合、欠失領域の長さは、例えば、配列番号1の第1番~amh遺伝子の開始コドン前までの1~911bpの範囲であってもよいが、第364番~第373番および第535番~第808番のサイズを考慮すれば、10bp以上または274bp以上、好ましくは10~671bpまたは274~377bp、より好ましいは10~284bpである。
【0024】
本発明では、例えば、被験体であるヒラメ類の個体の一部、例えば鰭(尾鰭、背鰭、胸鰭、腹鰭、尻鰭)、血液、腎臓筋肉などの核が存在する組織から試料を採取し、得られた試料からゲノムDNAやmRNA等の核酸試料を抽出し、必要であればmRNAから逆転写酵素によりcDNAを作製して得られた核酸試料を用いることができる。また、得られた核酸試料を鋳型として、例えば、後述するプライマーペアを用いて核酸増幅法を実施し、得られた核酸試料を用いることができる。核酸増幅法としては、例えば、ゲノムDNAまたはcDNAを鋳型とする場合には通常のPCR法等を用いることができ、mRNAを鋳型とする場合には、RT-PCR法、NASBA法等を用いることができる。
【0025】
したがって、本発明の一実施態様によれば、ヒラメ類の遺伝的な性を識別する方法は、amh遺伝子の上記発現調節領域のヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチドまたはこれに相補的なポリヌクレオチドを核酸増幅法により増幅することを含んでなる。かかる実施態様においては、当業者に広く知られた技術常識に従い、核酸増幅法に用いるプライマーおよび核酸増幅の反応条件を適宜選択することができる。
【0026】
本発明の方法の好ましい一つの態様において、核酸増幅法は、amh遺伝子の上記発現調節領域のヌクレオチド配列を含む領域を増幅対象とするプライマーのペアを用いて実施することができる。このようなプライマーペアを構成する2本のプライマーは、増幅の対象となる領域の塩基配列に基づいて当業者が適宜設計することができる。例えば、プライマーペアの一方のプライマーを、増幅対象領域の塩基配列中における5’末端部分の塩基配列を有するものとし、他方のプライマーを、増幅対象領域の相補鎖の塩基配列中における5’末端部分の塩基配列を有するものとすることができる。
核酸増幅法等のターゲット領域の検出方法のさらなる詳細は、後述する一塩基多型を同定する工程に準じて実施することができる。
【0027】
また、本発明の好ましい実施態様によれば、ヒラメ類の遺伝的な性を識別する方法は、amh遺伝子の上記発現調節領域のヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチドまたはこれに相補的なポリヌクレオチドを電気泳動により検出することをさらに含んでなる。電気泳動としては、アガロースゲル電気泳動、ポリアクリルアミドゲル電気泳動、キャピラリー電気泳動等が挙げられる。この場合、上記発現調節領域に対応する特定の長さのポリヌクレオチドのバンドが検出されるか否かにより、ヒラメ類の遺伝的な性を迅速に識別することができる。
【0028】
ヒラメ類のamh遺伝子のエクソン2、3、4、6または7における一塩基多型を同定する工程
本発明の一実施態様によれば、ヒラメ類のamh遺伝子のエクソン2、3、4、6または7における一塩基多型を同定する工程を含んでなる。ヒラメ類の遺伝的な性のより正確な識別の観点からは、発現調節領域のヌクレオチド配列の長さと組み合わせて、エクソン2、3、4、6または7における一塩基多型をヒラメ類の遺伝的な性の峻別の指標とすることが好ましい。
【0029】
本発明の一実施態様によれば、エクソン2、3、4、6または7における一塩基多型は、以下の(1)~(5)に相当する。
(1)amh遺伝子の開始コドンから第289番目(エクソン2:配列番号1の第1200番)、第631番目(エクソン3:配列番号1の第1542番)、第924番目(エクソン3配列番号1の第1835番)、第2014番目(エクソン7:配列番号1の第2925番)または第2134番目(エクソン7:配列番号1の第3045番)のヌクレオチド残基、
(2)amh遺伝子の開始コドンから第493番目(エクソン2:配列番号1の第1404番)のヌクレオチド残基、
(3)amh遺伝子の開始コドンから第1445番目(エクソン6:配列番号1の第2356番)のヌクレオチド残基、
(4)amh遺伝子の開始コドンから第2544番目(エクソン7:配列番号1の第3455番)のヌクレオチド残基、
(5)amh遺伝子の開始コドンから第2546番目(エクソン7:配列番号1の第3457番)のヌクレオチド残基。
ここで、後述する表8にも示される通り、上記括弧内はヌクレオチド残基が存在するエクソンと配列番号1において相当する番号を示す。
【0030】
本発明の一実施態様によれば、ヒラメ類の遺伝的な性を識別する方法は、以下のいずれかを同定する工程を含んでなる。
(1)開始コドンから第289番目、第631番目、第924番目、第2014番目または第2134番目のヌクレオチド残基が、シトシン(C)残基であるかまたはチミン(T)残基であるか、
(2)開始コドンから第493番目のヌクレオチド残基が、チミン(T)残基であるかまたはグアニン(G)残基であるか、
(3)開始コドンから第1445番目のヌクレオチド残基が、グアニン(G)残基であるかまたはアデニン(A)残基であるか、
(4)開始コドンから第2544番目のヌクレオチド残基が、グアニン(G)残基であるかまたはチミン(T)残基であるか、
(5)開始コドンから第2546番目のヌクレオチド残基が、アデニン(A)残基であるかまたはチミン(T)残基であるか。
【0031】
また、本発明の一実施態様によれば、(1)において、
上記開始コドンから第289番目、第631番目、第924番目、第2014番目または第2134番目のヌクレオチド残基が、シトシン(C)残基のみである場合、ヒラメ類の遺伝的な性を雌と判定し、
上記開始コドンから第289番目、第631番目、第924番目、第2014番目または第2134番目のヌクレオチド残基がチミン(T)残基のみである場合、あるいはシトシン(C)残基またはチミン(T)残基である場合、ヒラメ類の遺伝的な性を雄と判定することができる。
【0032】
また、本発明の一実施態様によれば、(2)において、
上記開始コドンから第493番目のヌクレオチド残基が、チミン(T)残基のみである場合、ヒラメ類の遺伝的な性を雌と判定し、
上記開始コドンから第493番目のヌクレオチド残基がグアニン(G)残基のみである場合、あるいはチミン(T)残基またはグアニン(G)である場合、ヒラメ類の遺伝的な性を雄と判定することができる。
【0033】
また、本発明の一実施態様によれば、(3)において、
上記開始コドンから第1445番目のヌクレオチド残基が、グアニン(G)残基のみである場合、ヒラメ類の遺伝的な性を雌と判定し、
上記開始コドンから第1445番目のヌクレオチド残基がアデニン(A)残基残基のみである場合、あるいはアデニン(A)残基またはグアニン(G)である場合、ヒラメ類の遺伝的な性を雄と判定することができる。
【0034】
また、本発明の一実施態様によれば、(4)において、
上記開始コドンから第2544番目のヌクレオチド残基が、グアニン(G)残基のみである場合、ヒラメ類の遺伝的な性を雌と判定し、
上記開始コドンから第2544番目のヌクレオチド残基がチミン(T)残基残基のみである場合、あるいはチミン(T)残基またはグアニン(G)である場合、ヒラメ類の性を遺伝的な雄と判定することができる。
【0035】
また、本発明の一実施態様によれば、(5)において、
上記開始コドンから第2546番目のヌクレオチド残基が、アデニン(A)残基のみである場合、ヒラメ類の遺伝的な性を雌と判定し、
上記開始コドンから第2546番目のヌクレオチド残基がチミン(T)残基残基のみである場合、あるいはチミン(T)残基またはアデニン(A)である場合、ヒラメ類の遺伝的な性を雄と判定することができる。
【0036】
また、ヒラメ類の遺伝的な性のより正確な識別の観点からは、(4)または(5)の一塩基多型の遺伝型(ヌクレオチド残基)を指標とすることが好ましく、(5)を指標とすることがより好ましい。
【0037】
本発明では、ヒラメ類のamh遺伝子のエクソン2、3、4、6または7における一塩基多型を同定する工程において、ヒラメ類のamh遺伝子のエクソン2、3、4、6または7における一塩基多型に対応する残基を含むポリヌクレオチドまたはこれに相補的なポリヌクレオチドを核酸増幅法により増幅することが好ましい。
【0038】
核酸増幅法としては、発言制御領域の場合と同様、例えば、ゲノムDNAまたはcDNAを鋳型とする場合には通常のPCR法等を用いることができ、mRNAを鋳型とする場合には、RT-PCR法、NASBA法等を用いることができる。
【0039】
本発明の方法の好ましい一つの態様において、核酸増幅法は、ヒラメ類のamh遺伝子の(1)~(5)のいずれかに位置するヌクレオチド残基に対応する残基を含む領域を増幅対象とするプライマーのペアを用いて実施することができる。このようなプライマーペアを構成する2本のプライマーは、増幅の対象となる領域の塩基配列に基づいて当業者が適宜設計することができる。例えば、プライマーペアの一方のプライマーを、増幅対象領域の塩基配列中における5’末端部分の塩基配列を有するものとし、他方のプライマーを、増幅対象領域の相補鎖の塩基配列中における5’末端部分の塩基配列を有するものとすることができる。
【0040】
上記核酸増幅法を用いる場合、プライマーの鎖長は15~100ヌクレオチド、より好ましくは少なくとも17ヌクレオチド、さらに好ましくは少なくとも18ヌクレオチド、さらに好ましくは18~50ヌクレオチド、さらに特に好ましくは18~40ヌクレオチドとされる。このような鎖長を有するプライマーは、特に夾雑物を含む核酸試料を用いて核酸増幅法を実施する上で好ましいものである。
【0041】
核酸増幅法により得られた増幅産物の塩基配列の解析は、例えば、シークエンス用プライマーを用いるダイレクトシークエンス法等により容易に行なうことができる。このような方法は当技術分野において周知であり、例えば、市販のキットを用いて実施することができる。
【0042】
また、本発明の方法において、核酸増幅法を用いる場合、アレル特異的PCR法を実施できるようにプライマーを設計することもできる。具体的には、プライマーの一方をヒラメ類のamh遺伝子(1)~(5)のいずれかに位置するヌクレオチド残基における一塩基多型に対合できるように設計し、他方を(1)~(5)のヌクレオチド残基における一塩基多型を含まない領域に対合できるように設計することができる。このように設計されたプライマーペアを用いて核酸増幅法を実施すると、核酸試料中に該一塩基多型が存在する場合には増幅産物が得られ、該一塩基多型が存在しない場合には増幅産物が得られない。したがって、この場合には、増幅産物の有無を検出することにより一塩基多型の有無を判定することができる。
【0043】
本発明の方法の別の好ましい一つの態様において、上述の一塩基多型により特定の制限酵素による認識配列が失われるかまたは生成する場合には、制限断片長多型(RFLP)を利用する方法、例えば、PCR-RFLP法を用いることができる。このような方法は、例えば、上述の核酸増幅法において上記制限酵素認識配列を包含する領域を増幅するようなプライマーペアを用い、得られた増幅断片をこの制限酵素で消化した後、得られる断片の数およびそれらの鎖長を調べることにより実施することができる。このような方法は当技術分野において周知であり、当業者であれば、適切な制限酵素、プライマー、増幅反応条件、制限酵素反応条件等を適宜設定することができる。
【0044】
また、本発明の方法の別の好ましい一つの態様において、プローブを用いたハイブリダイゼーション法等により、上記同定工程を実施することができる。このようなプローブは、当該領域の塩基配列に基づいて当業者が適宜設計することができる。したがって、本発明によれば、当該プローブと被検体であるヒラメ類の個体由来の核酸試料とのハイブリダイゼーションを行ない、次いでハイブリダイゼーション複合体の存在を検出する工程を含んでなる、ヒラメ類の性を識別する方法が提供される。ハイブリダイゼーション複合体の存在は、ヒラメ類の性決定遺伝子amhにおける該一塩基多型の存在を示す。このハイブリダイゼーション法を用いる方法は、上述の核酸増幅法を用いる方法により得られる増幅産物である核酸試料に対して適用することもできる。
【0045】
ハイブリダイゼーション法に用いられる場合の、プローブの鎖長は15~100ヌクレオチド、より好ましくは少なくとも17ヌクレオチド、さらに好ましくは少なくとも18ヌクレオチド、さらに好ましくは18~50ヌクレオチド、さらに特に好ましくは18~40ヌクレオチドとされる。このような鎖長を有するプローブは、特に夾雑物を含む核酸試料を用いてハイブリダイゼーション法を実施する上で好ましいものである。
【0046】
ハイブリダイゼーション法によるヒラメ類の遺伝的な性の識別に当たっては、ストリンジェントな条件下において、核酸試料と上述のプローブとのハイブリダイゼーションの有無を検出することにより、上記第169番目のヌクレオチド残基における一塩基多型を検出することができる。本発明の方法において、「ストリンジェントな条件」とは、ハイブリダイゼーションのための条件として、「5×SSPE、5×Denhardt’s液、0.5%ドデシル硫酸ナトリウム(sodium dodecyl sulfate、SDS)、50%ホルムアミド、200μg/mL鮭精子DNA、42℃オーバーナイト」、洗浄のための条件として、「0.5×SSC、0.1%SDS、42℃」の条件である。
「よりストリンジェントな条件」とは、ハイブリダイゼーションのための条件として、「5×SSPE、5×Denhardt’s液、0.5%SDS、50%ホルムアミド、200μg/mL鮭精子DNA、42℃オーバーナイト」、洗浄のための条件として、「0.2×SSC、0.1%SDS、65℃」の条件である。
【0047】
核酸試料は必要であれば制限酵素処理等を施し、ハイブリダイゼーションに適切な長さとすることもできる。ハイブリダイゼーション法とこれによる一塩基多型の検出法としては、当技術分野において公知のいずれの方法を用いてもよい。例えば、サザンハイブリダイゼーション、コロニーハイブリダイゼーション等の技術を用いることができ、これらの方法の詳細については、例えば、J.Sambrook,E.F.Frisch,T.Maniatis;Molecular Cloning 2nd edition, Cold Spring Harbor Laboratory(1989)を参照することができる。
【0048】
本発明の方法において、ハイブリダイゼーション法により一塩基多型を検出する場合、上述のプローブを基板上に固定したDNAチップを作製し、このDNAチップと被験体であるヒラメ類の個体由来の核酸試料とをハイブリダイゼーション条件下で接触させ、ハイブリダイゼーションの有無を検出してもよい。したがって、本発明によれば、上述のプローブを基板上に固定してなる、(1)~(5)のヌクレオチド残基における一塩基多型を検出しうるDNAチップ、さらには、このDNAチップを用いて該一塩基多型を検出する工程を含んでなる、ヒラメ類の遺伝的な性を識別する方法が提供される。本発明において基板に結合させるプローブの鎖長は特に制限されないが、好ましくは15~100ヌクレオチド、より好ましくは15~50ヌクレオチド、さらに好ましくは17~25ヌクレオチドとされる。このようなDNAチップを用いて一塩基多型を検出する技術は当技術分野において周知であり(ポストシークエンスのゲノム科学、第1巻「SNP遺伝子多型の戦略」、松原謙一・榊佳之、中山書店、p128-135、2000年)、当業者であれば、上述のプローブを用いて適切なDNAチップを作製し、このDNAチップを用いて該一塩基多型を検出することができる。
【0049】
また、本発明の方法の別の一つの態様として、SNaPshotTM法またはPyrosequencing法などのプライマーエクステンション法、あるいはTaqManPCR法などの遺伝子型決定法(タイピング法)を用いて上記第169番目のヌクレオチド残基における一塩基多型を検出することもできる。これらの手法は当業者に公知であり、その操作手順および使用するプライマーおよび/またはプローブの具体的な塩基配列は、当業者であれば容易に決定することができる。しかしながら、これらに限定されるものではなく、遺伝子の一塩基多型を検出しうる方法であれば、いかなる方法を用いることもできる。
【0050】
核酸分子/プライマーペア
本発明の別の態様として、本発明の方法に用いるための核酸分子が提供される。本発明の好ましい核酸分子は、ヒラメ類のamh遺伝子の少なくとも一部をコードするポリヌクレオチドまたはこれに相補的なポリヌクレオチドにハイブリダイズするヌクレオチド断片を含み、かつ
上記ポリヌクレオチドが、ヒラメ類のamh遺伝子の発現調節領域のヌクレオチド配列および/またはヒラメ類のamh遺伝子のエクソン2、3、4、6または7における一塩基多型に対応する残基を含む。
【0051】
本発明の一実施態様によれば、上記核酸分子において、ヒラメ類の雌雄の指標となる発現調節領域は、配列番号1で表されるヌクレオチド配列における第1番~第911番のヌクレオチド領域内の少なくとも一部または全部の領域(amh遺伝子の開始コドンより上流)とされる。
【0052】
また、本発明の一実施態様によれば、ヒラメ類のamh遺伝子の遺伝的な性の指標とする観点から、上記核酸分子において、ヒラメ類のamh遺伝子の少なくとも一部をコードするポリヌクレオチドまたはこれに相補的なポリヌクレオチドは、配列番号1の第364番~第373番または第535番~第808番に対応するヌクレオチド配列を含む領域を含んでなる。
【0053】
また、本発明の一実施態様によれば、上記核酸分子において、ヒラメ類のamh遺伝子のエクソン2、3、4、6または7における一塩基多型に対応する残基は、以下の(1)~(5)に相当する。
(1)開始コドンから第289番目、第631番目、第924番目、第2014番目または第2134番目のヌクレオチド残基、
(2)開始コドンから第493番目のヌクレオチド残基、
(3)開始コドンから第1445番目のヌクレオチド残基、
(4)開始コドンから第2544番目のヌクレオチド残基、
(5)開始コドンから第2546番目のヌクレオチド残基。
【0054】
本発明の好ましい一つの態様において、本発明の核酸分子はハイブリダイゼーション法におけるプローブとして使用することができる。このようなプローブとして用いられる核酸分子は、当該領域の塩基配列に基づいて当業者が適宜設計することができる。ハイブリダイゼーション法におけるプローブとして用いられる場合の、核酸分子の鎖長は上述の通りである。
【0055】
本発明の別の実施態様によれば、本発明の方法に用いるためのプライマーペアが提供される。本発明の別の好ましい実施態様によれば、プライマーペアは、ヒラメ類のamh遺伝子の少なくとも一部をコードするポリヌクレオチドまたはこれに相補的なポリヌクレオチドにおいて、ヒラメ類のamh遺伝子の発現調節領域またはエクソン2、3、4、6または7における一塩基多型に対応する領域を核酸増幅法において増幅しうる。プライマーの鎖長等の詳細は上述の通りである。
【0056】
試薬/キット
本発明において、ヒラメ類のamh遺伝子の発現調節領域のヌクレオチド配列の長さおよび/または一塩基多型を指標としたヒラメ類の性の識別法を実施するために必要な試薬をまとめてキットとすることができる。
したがって、本発明の一実施態様によれば、ヒラメ類の性の識別のためのキットは、ヒラメ類のamh遺伝子の発現調節領域のヌクレオチド配列の長さを同定しうる試薬を備えたものである。
また、本発明の好ましい実施態様によれば、ヒラメ類の性の識別のためのキットは、amh遺伝子のエクソン2、3、4、6または7における一塩基多型を同定しうる試薬を備えたものである。また、本発明のより好ましい実施態様によれば、ヒラメ類の性の識別のためのキットは、以下のいずれかを備えたものである。
(1)ヒラメ類のamh遺伝子をコードするポリヌクレオチドにおいて、開始コドンから第289番目、第631番目、第924番目、第2014番目または第2134番目のヌクレオチド残基が、シトシン(C)残基であるかまたはチミン(T)残基であるかを同定しうる試薬;
(2)ヒラメ類のamh遺伝子のコードするポリヌクレオチドにおいて、開始コドンから第493番目のヌクレオチド残基が、チミン(T)残基であるかまたはグアニン(G)残基であるかを同定しうる試薬;
(3)ヒラメ類のamh遺伝子のコードするポリヌクレオチドにおいて、開始コドンから第1445番目のヌクレオチド残基が、グアニン(G)残基であるかまたはアデニン(A)残基であるかを同定しうる試薬;
(4)ヒラメ類のamh遺伝子のコードするポリヌクレオチドにおいて、開始コドンから第2544番目のヌクレオチド残基が、グアニン(G)残基であるかまたはチミン(T)残基であるかを同定しうる試薬;
(5)ヒラメ類のamh遺伝子のコードするポリヌクレオチドにおいて、開始コドンから第2546番目のヌクレオチド残基が、アデニン(A)残基であるかまたはチミン(T)残基であるかを同定しうる試薬;
【0057】
本発明のキットは、上述の本発明による核酸分子および/または本発明によるプライマーペアを試薬として含んでなるものであってもよい。
【0058】
また、本発明のキットは、ヒラメ類のamh遺伝子が発現するタンパク質において、amh遺伝子の発現調節領域のヌクレオチド配列の長さや、amh遺伝子中の(1)~(5)のいずれかの一塩基多型に対応するアミノ酸残基の変異を識別し得る抗体を試薬として包含していてもよく、本発明にはかかる態様も包含される。
【0059】
ヒラメ類の性の識別用マーカー/マーカーとしての使用
また、本発明においては、amh遺伝子の発現制御領域の長さや上記一塩基多型を同定しうる限りにおいて、ヒラメ類のamh遺伝子由来のポリヌクレオチドまたはそれらの断片をブリの性の識別マーカーとして利用することができる。
【0060】
したがって、本発明の別の実施態様によれば、ヒラメ類のamh遺伝子の発現調節領域のヌクレオチド配列を含んでなるポリヌクレオチドからなる、ヒラメ類の遺伝的な性の識別用マーカーが提供される。また、本発明の別の好ましい実施態様によれば、ヒラメ類のamh遺伝子の少なくとも一部をコードし、amh遺伝子のエクソン2、3、4、6または7における一塩基多型に対応するヌクレオチド残基を含んでなるポリヌクレオチドからなる、ヒラメ類の遺伝的な性の識別用マーカーが提供される。また、本発明の別のより好ましい実施態様によれば、ヒラメ類のamh遺伝子の少なくとも一部をコードし、以下のうち少なくとも一つのヌクレオチド残基を含んでなるポリヌクレオチドからなる、ヒラメ類の遺伝的な性の識別用マーカーが提供される。
(1)開始コドンから第289番目、第631番目、第924番目、第2014番目または第2134番目のヌクレオチド残基、
(2)開始コドンから第493番目のヌクレオチド残基、
(3)開始コドンから第1445番目のヌクレオチド残基、
(4)開始コドンから第2544番目のヌクレオチド残基、
(5)開始コドンから第2546番目のヌクレオチド残基。
【0061】
さらに別の態様によれば、ヒラメ類の遺伝的な性の識別用マーカーとしての、上記いずれかのポリヌクレオチドの使用が提供される。
【0062】
上記核酸分子、プライペア、キット、ヒラメ類の遺伝的な性の識別用マーカーおよびマーカーとしての使用については、本発明のヒラメの識別方法に準じて当業者は好適に実施することができる。
【実施例0063】
以下の実施例に基づいて本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0064】
倫理規定
本研究は、東京海洋大学(TUMSAT)の「実験動物の飼養および使用に関する指針」にしたがって実施された。東京海洋大学における魚類を用いた実験は、機関指針を遵守する限り特別な許可を必要とせず,本研究も同様である。
【0065】
本研究で使用した魚の出所
性連鎖マイクロサテライトマーカーを同定するため、鳥取県水産試験場(日本、鳥取県)において、第二極体の保持(減数分裂性雌性化)により産まれた雌(A-雌:XX)と、正常な二倍体魚同士の交配により得られた正常雄(A-雄:XY)によりファミリー(ファミリーA)を作成した。幼生は、平均全長20~50mmとなった孵化後41~70日から低用量のエストロゲン(エストラジオール-17β;E2)を投与した(餌重量0.3μg/g)。エストロゲン処理の目的は、自然発生的な雌雄逆転を抑制することであった。幼生は水温20℃の一定条件下で飼育した。孵化から9ヶ月後、生殖腺の目視検査により子孫の性別を決定した。表現型の雌雄の割合はそれぞれ46.2%(n=36)と53.8%(n=42)であった。親とそのF1子孫のジェノタイピングにより遺伝地図が構築された。
【0066】
性決定遺伝子座の精密地図を作成するため、ホルモン処理により性転換した雌(B-雌:XY)と性転換した雄(B-雄:XX)を交配し、マイクロサテライトマーカーPoli30MHFSとPoli31MHFSを用いてスクリーニングした別のファミリー(ファミリーB)を作製した。子孫の性別は、生後8ヶ月の生殖腺の目視検査により決定した。マッピングには合計38のファミリーB個体(雄25、雌13)を使用した。雌雄を逆転させた個体を用いたのは、雌と雄では組換え率が異なるからである。雌はセントロメア付近で組換え率が高いが、雄はテロメア付近で組換え率が高いのである。我々は、ファミリーAとファミリーBを用いた連鎖解析により、P.olivaceusの性決定遺伝子座の特徴をより正確に把握することができると期待した。
【0067】
後述するY染色体連鎖型amh遺伝子(amhy)の有無と表現型性別の関連性解析には、由良川河口域(日本、舞鶴湾)で捕獲された野生稚魚を使用した。稚魚は標準体長50mm以上で、野生ですでに表現型の性別が決定されていると思われる。これらの稚魚は地引網で採集され、水産研究・教育機構・養殖研究所・上浦庁舎(大分県)でさらに1年間飼育され、実体顕微鏡による目視で全個体の生殖腺性別を決定した。遺伝子解析のために、各個体の尾鰭からゲノムDNAをフェノール/クロロホルムまたはDNeasy Blood and Tissue kit(Qiagen, Hilden, Germany)を用いて抽出した。
【0068】
実験魚の飼育条件
遺伝子発現解析用のサンプルは、性決定遺伝子候補のエクソン2に一塩基多型(SNP)が存在することから選択した一対の交配から得た(配列決定の項の説明参照)。孵化と稚魚の飼育は、紫外線処理した海水で18℃、100日間、一定の光サイクル(16時間明/8時間暗)の下で行った。幼生・稚魚は孵化後20日から80日の間、5日または10日ごとに計測・サンプリングした(表1参照)。残りの魚はサンプリングし、生殖腺組織学により表現型の性別を決定した(孵化後100日)。尾鰭は性遺伝子型判定用にエタノールで固定し、体幹は発現解析用にRNALater(商標)(Ambion Inc., Austin, USA)または4%パラフォルムアルデヒドで固定した。
【0069】
【表1】
【0070】
マイクロサテライトマーカーによるジェノタイピングと性決定遺伝子座の連鎖解析
マイクロサテライトジェノタイピングは、0.2 pmoL/μLの非標識プライマーと0.03 pmoL/μLのT4ポリヌクレオチドキナーゼを用いて[γ-33P]ATPで末端標識したもの、および1×バッファー、0.2mM dNTP、1%ウシ血清アルブミン、0.02 UのTaq DNA polymeraseおよび50ngのテンプレートDNAからなる10μL反応溶液で行われた。各マイクロサテライトマーカーには特定のアニーリング温度が使用された。PCRはGeneAmp(商標)PCR System 9700(Applied Biosystems, Foster City, USA)を用い、以下の条件で行った:95℃での初期変性2分、95℃30秒、アニーリング温度1分、72℃1分、72℃3分の最終伸長を35サイクル行った。増幅産物を10μLのローディングバッファー(95%ホルムアミド、10mM EDTA、0.05%ブロモフェノールブルー、キシレンシアノール)と混合し、95℃で10分間変性させた後、氷上で急冷した。その後、各サンプル2μlを6%変性ポリアクリルアミドゲル(アクリルアミド:ビスアクリルアミド=19:1比)にロードした。電気泳動後、ゲルを標準ゲル乾燥機で30分間乾燥させ、イメージングプレート(FUJIFILM、東京、日本)に一晩暴露した。イメージングプレートはBio-image Analyzer, BAS1000(FUJIFILM)でスキャンした。
【0071】
日本産ヒラメの性決定遺伝子座を同定するための連鎖解析は、3つのステップで行われた。ステップ1では、A家44個体(雄22個体、雌22個体)の63個のマイクロサテライトマーカーの父方遺伝対立遺伝子の分離を解析し、性連鎖の有無を検討した。これらのマーカーは、日本産ヒラメの遺伝的連鎖地図のすべての連鎖群(LG)を代表するように選択された。これらのマーカーのうち、父方に遺伝する対立遺伝子の分離を解析し、雌雄連鎖の有無を調べた。各遺伝子座の遺伝子型と表現型の性との連鎖は、Map Manager QTソフトウェアプログラムを用いて検定した。LODスコアが3.0を超えるマーカーを性連鎖の可能性があるマーカーとした。ステップ2では、性連鎖マーカーと、同じLGにマッピングされた他のマーカーを用いて、ファミリーAの全個体(雄42個体、雌36個体)の遺伝子型を決定した。ステップ3では、性決定遺伝子座の精密マッピングのために、同じLG(LG 9)上の59個のマーカーを用いて、ファミリーBの個体(雄25個体、雌13個体)の遺伝子型決定を行った。地図はMapChart v2.0 を用いて作成した。
【0072】
性連鎖マイクロサテライトマーカーを含むスキャフォールドの塩基配列解析
若狭湾の野生個体群から捕獲したヒラメのドラフトゲノムを、Illumina short readsとPacBio long readsを用いた全ゲノムショットガンアセンブリによって構築した。このゲノムアセンブリは、DDBJのデータベースにアクセッション番号BRVK01000001-BRVK01002790で登録されている。
【0073】
性連鎖マイクロサテライトマーカーは、BLASTN(Altschul,S.F.,Gish,W.,Miller,W.,Myers,E.W.,Lipman,D.J.,1990.Basic local alignment search tool.J. Mol. Biol.215,403-410.https://doi.org/10.1016/S0022-2836(05)80360-2)を用いて、P.olivaceus ゲノムのドラフトスキャフォールドと比較した。その結果、P.olivaceusゲノムを構成する遺伝子が特定され、その遺伝子は GENSCAN(Altschul, S.F., Gish, W.,Miller,W.,Myers,E.W.,Lipman,D.J., 1990. Basic local alignment search tool. J. Mol. Biol.215,403-410. https://doi.org/10.1016/S0022-2836(05)80360-2)によって解析された。同定された遺伝子の潜在的な役割は、UniProtデータベースのアノテーションに基づいて推測された(2021.UniProt:The universal protein knowledgebase in 2021. Nucleic Acids Res. 49,D480-D489. https://doi.org/10.1093/nar/gkaa1100)。
【0074】
再シーケンスと性連鎖SNPsのスクリーニング
野生捕獲P.olivaceus 17個体のゲノムをIllumina HiSeq Xプラットフォームで150-bpペアエンドリードで配列決定した。ライブラリーの構築と配列決定は、BGI(中国、深セン)が行った。低品質配列はTrimomatic v3.6(Bolger,A.M.,Lohse,M.,Usadel,B.2014.Trimmomatic:A flexible trimmer for Illumina Sequence Data. Bioinformatics 30: 2114-2120. pmid:24695404)を用いて切り落とし、BWA-mem v0.7.12(Li and Durbin, 2009)を用いてデフォルトパラメータで参照としてamh含有スキャフォールド(786.920 bp)に対してマッピングを行った。SNP検出はSamtools mpileup(Garrison, E., Marth, G. 2012. Haplotype-based variant detection from short-read sequencing. arXiv:3907v2 2012.)を用い、minimum coverage=10, maximum coverage=50のパラメータで実施した。VcflibソフトウェアのVcffilterを用いて低品質配列に由来する変異を除去した後、VCFtoolsを用いて高精度多型をパラメータmac7,max0mac7,max-missing-count 0でフィルタリングした(Danecek,P.,Auton,A.,Abecasis,G.,Albers,C.A.,Banks, E.,DePristo,M.A.,Handsaker, R.E.,Lunter,G.,Marth,G.T.,Sherry,S.T.,McVean,G.,Durbin,R.2011.The variant call format and VCFtools.Bioinformatics 27,2156-2158.10.1093/bioinformatics/btr330)。
【0075】
amh遺伝子のSNPを検出するため、野生捕獲したP.olivaceus(雌20、雄8)を用いて直接塩基配列の解析を行った。PCR断片を特定のプライマーを用いて増幅し、ABI PRISM 3100キャピラリーシーケンサー(Applied Biosystems,Foster City,USA)上でBigDye Terminator法を用いて塩基配列を決定した。配列はGENETYX v12.0(GENETYX, 東京, 日本)を用いて解析した。
【0076】
XX型およびXY型のP.olivaceusにおけるamhの比較配列解析
amh遺伝子のエクソン、イントロン、5′および3′-フランキング領域を含む配列を増幅するために、Qiagen DNA Extraction Kit(Qiagen,Hilden,Germany)を用いてXXおよびXY魚の尾鰭からDNAが抽出された。PCRは、Ex Taq polymerase(Takara Bio,Shiga,Japan)と以下の表2に示すプライマーを用いて、総量10μlで行った。増幅はThermocycler T professional BASIC 96 Gradient (Biometra GmbH,Goettingen,Germany)で実施した。断片をゲルから切り出し、精製し、pGEM-T easy vector(Promega,Corporation,Madison,WI)にクローン化した。配列決定は前のセクションで述べたように行った。
【0077】
【表2】
【0078】
RACE-PCRによる3′非翻訳領域
amhyの5′および3′非翻訳領域を単離するために、amhを発現する遺伝的雄稚魚(孵化後55日)の生殖腺を使用した。X特異的amh遺伝子(amhx)の5′および3′非翻訳領域を単離するために、XX成熟雌の卵巣組織を使用した。抽出したRNAをClontech SMART rapid amplification of cDNA ends(RACE) Amplification Kit(BD Biosciences,Franklin Lakes, USA) を用いて逆転写し、製造者の指示にしたがって以下の表3に示したプライマーを用いてPCRを実施した。PCRで増幅された断片は、前のセクションで説明したように、クローン化され、配列決定された。
【0079】
【表3】
【0080】
amh遺伝子の5′上流領域増幅による性遺伝子型判定
尾鰭試料を50 mM NaOHで95℃、5分間処理し、Tris-HCl(pH8.0)で平衡化した後、短時間遠心分離してDNA鋳型を単離した。DNAを含む水相を、KOD Fx Neo(東洋紡績、大阪、日本)およびプライマーamhFw1 5′-AAGTTCAGTTCAGTTGCACAGC-3′(配列番号26)およびamhRv1 5′-CTTGACAAACAGGGCATGAATA-3′(配列番号27)を用いて以下の条件で遺伝子型判定に使用した。94℃で2分間の初期変性、95℃で30秒、64℃で30秒、68℃で1分の35サイクル、68℃で3分間の最終伸長。増幅産物を1%アガロースゲルで電気泳動し、エチジウムブロマイド染色で可視化した。2本のバンド(931 bpと687 bp)を有する試料を遺伝子型雄(XY)とし、1本のバンド(931 bp)を有する試料を遺伝子型雌(XX)としてスコアリングを行った。
【0081】
qRT-PCRによる性分化期の発現解析
RNeasy mini kit(QIAGEN K.K.,東京,日本)を用いて、製造者の指示にしたがって稚魚の体幹からtotal RNAを抽 出した。RNAサンプル(1μg)をデオキシリボヌクレアーゼI増幅グレード(Invitrogen)で処理し、SuperScript III RNase H-Reverse Transcriptase(Invitrogen)を用いてオリゴ(dT)12-18で製造業者の指示にしたがって逆転写を行った。定量的リアルタイムPCR(qRT-PCR)は、amhyとamhx の両方に対応する Premix Ex Taq(商標)と特異的 TaqMan minor-groove binder(MGB)プローブまたはcyp19a1aとamhrIIのTB Green(商標) Premix Ex Taq(商標)(共にタカラバイオインチ、日本、滋賀)を用いて20μl の反応量で行った。増幅は1μlの一次鎖cDNA(約25ng)と5pmolの各プライマーを用いて、StepOne Plus Real-Time PCR system(Applied Biosystems, Foster City, USA)で行われた。転写量は、4つの希釈点を持つ標準曲線法を用いて定量し、elf1aの値に対して正規化した。
【0082】
組織学的性比の決定とin situ hybridizationによるamh転写産物の局在化
実験期間終了後に稚魚の体幹を採取し、4%パラホルムアルデヒド溶液で一晩固定した後、昇順エタノール系列で脱水し、無水エタノールで保存した。試料はParaplast Plus(McCormick, St. Louis, USA) に包埋し、厚さ6 μmで横方向に切り出し、スライドグラスにマウントした。切片はヘマトキシリン・エオジンで染色し、顕微鏡で観察して生殖腺の性別を判定した。
生殖腺の組織分化が始まる前(35日後)と後(100日後)に採取した稚魚を用い、先に述べた手順でin situハイブリダイゼーションを行った(34)。プローブは、以前の研究(35)で使用したものと同じプライマーを用いて合成した。ハイブリダイゼーションは、横切片を63℃で一晩行った。NBT/BCIPを製造者の推奨にしたがってシグナル検出に使用した(Roche Diagnostics, Basel, Schweiz)。
【0083】
CRISPR-Cas9によるamh遺伝子の機能欠損
合成CRISPR RNA(crRNA)およびtrans-activating crRNA(tracrRNA)は、株式会社ファスマック(日本、神奈川県)より入手した。amhに対する2つのcrRNAの配列は、Target 1 5′-CUAUCUGCAGCUCGUAGUAguuagcuauguuguug-3′(配列番号28)および Target 2 5′-AAUUAAAAAGCACAUUUGguuagcuauguuguug-3′(配列番号29)であった。これらの配列は、Sawamuraら(Sawamura,R.,Osafune,N.,Murakami,T.,Furukawa, F., Kitano, T. 2017.Generation of biallelic F0 mutants in medaka using the CRISPR/Cas9 system. Gene. Cell 22,756-763.doi:https://doi.org/10.1111/gtc.12511.)に基づき設計された。種類のcrRNA(250ng/μL)、tracrRNA(500ng/μL)およびCas9タンパク質(750ng/μL;富山、日本原産)を混合し、マイクロインジェクター(IM-9B、Narishige、東京、日本)を用いて直ちに受精卵に注入した。実験対照として、2種類のcrRNAとtracrRNAを含まないCas9タンパク質を注入した。
【0084】
人工受精、マイクロインジェクション、実験魚の飼育は、独立行政法人水産研究・教育機構南勢フィールドステーションで行った。卵と精子は、3歳の雌と雄のものを使用した。これらの卵と精子をプラスチックビーカーサンプラーで混合し、滅菌海水(18℃)で活性化し、人工受精を行った。200日後に各魚から生殖腺を分離し、片方の小葉は組織学的分析に、もう片方は性遺伝子型判定に使用した。すべての魚は、2-フェノキシエタノール(和光ケミカルズ)の過量投与によって完全に安楽死させたことを確認した後、サンプリングした。
【0085】
変異の塩基配列解析
単離した生殖腺からISOGEN(商標)(Nippongene社)を用いて、メーカーの説明書にしたがってゲノムDNAを抽出した。ゲノムPCRはAmpliTaq Gold(商標)(Applied Biosystems)を用いて、以下のamh特異的プライマーを用いて行った。Forward 5′-TTTCTTCTCCTGAAGGCCC-3′(配列番号30)およびReverse 5′-ATTAGCTGTCACAGCAGCAG-3′(配列番号31)。PCR条件は、95℃2分の予熱、95℃15秒、59℃30秒、72℃2分の35サイクル、72℃5分の最終伸長であった。増幅されたPCR断片は、TA PCR Cloning Kit(BioDynamics Laboratory Inc,東京、日本)を用いてサブクローニングした後、前述のように塩基配列を決定した。
【0086】
統計解析
GraphPad Prism v6.0(GraphPad Software, San Diego, USA)を用いて、遺伝子発現について一元配置分散分析とTukey検定により群間差の有意性を決定した。差は、p<0.05で統計的に有意であるとみなされた。
【0087】
結果
性決定遺伝子座の連鎖解析とファインマッピング
性決定遺伝子座はファミリーAのLG 9(図1A、表4)に同定された。
【0088】
【表4】
【0089】
ファミリーAの全個体について、連鎖解析のステップ1で同定した性連鎖マーカーとLG 9の追加マイクロサテライトマーカーを用いたところ、ファミリーAでは組換えのない性決定遺伝子座と完全に連鎖するマーカーが29個見つかった。ファミリーBを用いたファインマッピングでは、組換えのない性決定遺伝子座と完全に連鎖した46マーカーを同定した。その中で、性決定遺伝子座と完全に連鎖し、両家で共通しているマーカーを12個検出した(図1B、表2)。
【0090】
性連鎖型マイクロサテライトマーカーを含むスキャフォールドの塩基配列解析
P.olivaceusのゲノムアセンブリから、1,000bp以上の長さのスキャフォールドが2,790個得られた。最長スカフォールドは1.81Mb、N50は357.0 kb、平均スカフォールド長は217.0kb、アセンブリのサイズは605.6Mbであった。12個の性連鎖性マイクロサテライトマーカーは、11個のスキャフォールドに分布していた(表2)。
【0091】
【表5】
【0092】
これらのスキャフォールドには、UniProtデータベースのアノテーションに基づき、合計181個の遺伝子が予測された(表6)。このうち、amh遺伝子は、一部の硬骨魚類における雄性決定への関与が報告されていることから、この遺伝子を選択した。
【0093】
【表6-1】
【表6-2】
【表6-3】
【表6-4】
【表6-5】
【表6-6】
【0094】
SNPと性表現型との連鎖解析
amh遺伝子に69個のSNPを検出し、そのうち15個が雄性と強く関連していた(表7)。
【0095】
【表7】
【0096】
XXおよびXY個体におけるamh遺伝子のコーディング領域および非コーディング領域の詳細な解析により、エクソン2、3、4、6、7に9つのSNPマーカーが検出されたが、いずれも非同義置換ではなかった(表8)。
【0097】
【表8】
【0098】
amh遺伝子のプロモーター領域におけるサイズ多型
開始コドンから5′上流の領域を増幅し、生成物をゲル電気泳動したところ、バンドパターンに性特異的多型が見られた;遺伝的雌は1本のバンドを持ち、遺伝的雄は2本のバンドを持った。雄の2本のバンドのうち1本は雌のバンドと同じ大きさであり、もう1本のバンドはやや短かった(図2A)。配列解析の結果、雄特有のバンドは、274bp、10bp、27bpまたは32bpの3つのセグメントで、それぞれ-14bp、-449bp、-972bpの位置に欠損があった(この位置は、参照として用いたamhxの遺伝子配列に対応する;図2B)。amhyとamhxのコード領域の配列はほぼ同一であり、推定プロモーターが異なるamhの2つの対立遺伝子が存在し、エクソンの一部で検出されたSNPは同義置換であるため理論的には同一のタンパク質をコードしていることを示している。本研究で提供したP.olivaceusゲノムデータベースとの検索により、他の染色体にはamhのホモログは確認されなかった。
【0099】
amhyと雄の表現型との関連性解析
amhyの有無によって遺伝子型の性別が推定される雌雄を用いた関連性解析では、マイクロサテライトマーカーの同定に用いた飼育個体の表現型の性別および遺伝子型と完全な関連性が認められた。また、日本海の舞鶴湾で捕獲された野生個体においても、雌20匹がamhy陰性、雄8匹がamhy陽性であり、完全な関連が確認された。P.olivaceusがXX-XY性決定システムを持つことを考えると、最初の対立遺伝子はY染色体上にあり、その反対はX染色体上にあると推測される。このため、薄い方のバンドをY染色体連鎖型amh遺伝子(amhy)、1つ上のバンドをX染色体連鎖型amh遺伝子(amhx)と名づけた。エクソン2の39bpに見つかった同義のSNPは、amhy特異的欠失のうちの2つと高い相関を示した。
なお、後述する図3においてamh遺伝子の発現解析をする際に、遺伝子発現後(mRNAの状態)は、発現調節領域内の塩基配列長多型は検出できないが、amhyおよびamhxに連鎖したエクソン2のチミン(T)およびシトシン(C)の多型により、amhy、amhxのどちらが発現しているかを識別できることから、図3の解析に用いられた。
【0100】
性分化に伴うamhyの発現解析
qRT-PCRによる発現解析では、XYサンプルでは孵化後20日から80日にかけてamhyの転写物が検出され、25日にピークがあった(図3A)。一方、amhx mRNAの発現は両遺伝子型において同時期に非常に低いか検出されなかった(図3B)。amhrIIの発現は25日齢から検出され、55日齢以降徐々に増加した(図3C)。cyp19a1aの発現は孵化後60日目から増加し、XXサンプルでは孵化後65日目から発現が増加することがわかった(図3D)。in situ hybridizationによるamh mRNAの局在解析では、XY遺伝子型においてのみ生殖腺性分化前および性分化中の生殖腺に陽性シグナルが認められた(図3Eおよび図3F)。孵化後35日目には推定セルトリ細胞にシグナルが検出されたが、精巣分化の特徴が明確に検出される孵化後100日目には、生殖腺腹側の生殖細胞のシストを取り囲む推定セルトリ細胞に強いシグナルが観察された。一部のサンプルではqRT-PCRによりamhxの発現が検出されたが、そのレベルはamhyの発現レベルと比較して極めて低く(図3F)、XY生殖腺で検出されたin situ hybridizationシグナルはおそらくamhyの発現であることが示唆された。
【0101】
飼育実験終了時(孵化後100日目)の表現型性別を18尾の稚魚の生殖腺組織学で解析したところ、卵巣が分化している個体はすべてamhy陰性XX(n=8)、精巣が分化している個体はすべてamhy陽性XY(n=10)であることが分かった。
【0102】
CRISPR-Cas9 システムを用いたamh変異体ヒラメの作製
amhの日本産ヒラメにおける役割を明らかにするため、CRISPR-Cas9システムを用いてamh変異体ヒラメを作製した。amhの機能領域を欠失させる広範囲な欠失変異を得るために、2つの標的配列を選択した(Sawamura,R.,Osafune, N.,Murakami,T.,Furukawa,F.,Kitano,T.2017. Generation of biallelic F0 mutants in medaka using the CRISPR/Cas9 system. Gene. Cell 22, 756-763. doi:https://doi.org/10.1111/gtc.12511)。crRNAの標的配列は、3′末端に保存されたTGF-βドメインをコードするamh遺伝子のエクソン7に設計された。我々は、約680bpの領域を欠失させることによって、コードされたAmhタンパク質は機能を欠くだろうと予想した(図4A)。2つのcrRNAを受精卵に共打ちし、子ガメを孵化後200日目まで飼育し、変異率を調べた。amh-mutantのアンプリコンDNA断片を配列解析で調べたところ、2つの標的配列の間に682 bpまたは684 bpの欠失があり、両方の標的配列にいくつかのインデル変異が見られた(図4A)。遺伝子のある雄魚の広域欠失率は81.3%、75.0%、75%であり、遺伝子のある雌魚の広域欠失率は75.0%、71.4%であった(表9)。
【0103】
【表9】
【0104】
Amh機能の喪失はP. olivaceusの雄-雌の性転換を引き起こす
P.olivaceusのamh変異体の表現型を調べるために、孵化後200日目の野生型(コントロール)およびamh変異体の生殖巣の組織学的解析を実施した。生殖腺の組織学的観察から、コントロール群では、遺伝子の雄生殖腺はすべて多数の精原細胞を含む典型的な精巣であり(図4B)、遺伝子の雌生殖腺はすべて多数の卵母細胞と卵巣腔を保有する、卵巣の形態的特徴を有する典型的な卵巣であることが判明した。amh-mutantでは、遺伝子の雄と雌の生殖腺はすべて、多くの卵母細胞と卵巣腔を含む典型的な正常卵巣であった。これらの結果は、P.olivaceusにおいてAmhの機能喪失が雄-雌の性転換を引き起こしたことを示している。
【0105】
考察
近年、魚類のゲノム解読プロジェクトが増加し、他の多くの魚種においても性決定の遺伝子スイッチの報告が増えている(Hattori, R.S., Castaneda-Cortes, D.C., Arias Padilla, L.F., Strobl-Mazzulla, P.H., Fernandino, J.I., 2020. Activation of stress response axis as a key process in environment-induced sex plasticity in fish. Cell. Mol. Life Sci. 77, 4223-4236. https://doi.org/10.1007/s00018-020-03532-9)。本研究では、性連鎖マイクロサテライトマーカー情報とゲノムデータベース解析を組み合わせ、181の予測遺伝子リストから生殖腺分化に関連する遺伝子を選定した。予測された遺伝子の詳細な比較配列解析の結果、性連鎖遺伝子座に雄特異的なamh遺伝子(amhyと命名)が同定された。amhyのコード領域は、1つの同義語SNPを除いてamhxと同一であったが、推定されるamhyのプロモーターは、1kb断片内の3つの欠失により女性特異的amhxのプロモーターと異なっていた。これらの欠失は、XYにおけるamhyの早期発現(組織学的性分化の開始前に起こる)に関連していると思われる。これらの特徴から、amhyはヒラメの性決定機構の有力な候補であると考えられる。
【0106】
amhyプロモーターと推定される最も長い欠失は、開始コドンに近い領域(位置-14bp)に対応し、他の2つの欠失はさらに上流領域に位置している。これらの欠失のどれがamhyの早期発現に関与しているかは、プロモーターおよび/または機能解析によってさらに検討する必要がある。しかしながら、amhyとamhxのコード領域はほぼ同一であるため、これらの遺伝子の発現プロファイルが異なるのは、その制御領域の修飾が原因であると考えるのが妥当であると思われる。これまでに報告されている性決定遺伝子の中には、コードする塩基配列やアミノ酸配列が異なるものがあり、TakifugurubripesamhrII(Kamiya,T.,Kai,W.,Tasumi,S.,Oka,A.,Matsunaga,T.,Mizuno,N.,Fujita,M.,Suetake,H.,Suzuki,S.,Hosoya,S.,Tohari,S.,Brenner,S.,Miyadai,T.,Venkatesh,B.,Suzuki,Y.,Kikuchi,K.,2012.Atrans-speciesmissenseSNPinAmhr2isassociatedwithsexdeterminationinthetigerPufferfish,Takifugurubripes(Fugu).PLoSGenet.8,e1002798.https://doi.org/10.1371/journal.pgen.1002798)やSeriolaquinqueradiatahsd17b1(Koyama,T.,Nakamoto,M.,Morishima,K.,Yamashita,R.,Yamashita,T.,Sasaki,K.,Kuruma,Y.,Mizuno,N.,Suzuki,M.,Okada,Y.,Ieda,R.,Uchino,T.,Tasumi,S.,Hosoya,S.,Uno,S.,Koyama,J.,Toyoda,A.,Kikuchi,K.,Sakamoto,T.,2019.ASNPinaSteroidogenicEnzymeIsAssociatedwithPhenotypicSexinSeriolaFishes.Curr.Biol.29,1901-1909.e8.https://doi.org/10.1016/j.cub.2019.04.069)ではこれらの違いが遺伝子型の性決定と関連していることが分かっている。P.olivaceusのamhyの発現パターンは、プロモーター領域の9bpの欠失のみで異なるメダカOryziasluzonensissox3Y(Takehana,Y.,Matsuda,M.,Myosho,T.,Suster,M.L.,Kawakami,K.,Shin-I,T.,Kohara,Y.,Kuroki,Y.,Toyoda,A.,Fujiyama,A.,Hamaguchi,S.,Sakaizumi,M.,Naruse,K.,2014.Co-optionofSox3asthemale-determiningfactorontheychromosomeinthefishOryziasdancena.Nat.Commun.5,1-10.https://doi.org/10.1038/ncomms5157)の性決定遺伝子と類似している。
【0107】
これまで多くの性決定遺伝子が報告されているが、amhが性決定遺伝子の地位を占める可能性が高いと思われ、本研究でもそのことが裏付けられた。性連鎖の他に、他の種のamhyに共通するもう一つの特徴は、組織学的性分化が始まる前に前セルトリ細胞で高発現し、プロモーター領域の変化と関連していると思われることである。P.olivaceusでは、20日齢からamhyの発現が検出され、25日齢にピークを示した。20日以前の発現を評価したわけではないが、25日というのは比較的早く、XXにおけるcyp19a1aの発現が65日で増加し始めたのに比べてかなり早い時期であると考えることができる。amhと結合するとされる受容体amhrIIの発現も孵化後20日目で検出され(低レベルであるが)、その後徐々に増加した。興味深いことに、amhxの発現はXY遺伝子型よりもXX遺伝子型において高かった。これはXX個体がamhxを2コピー、XY個体が1コピー持っているためと考えられる。
【0108】
CRISPR-Cas9技術を用いてamh(推定amhy)遺伝子のTGF-βドメインをコードする領域を破壊することにより、XY遺伝子型の卵巣の発生(すなわち雄-雌の性転換)が確認され、この遺伝子がP.olivaceus遺伝子型の雄における精巣形成に必要であることが示され、その下流機能がTGF-βドメインにより媒介されている可能性が示唆された。
【0109】
本結果は、amhyがヒラメの性決定遺伝子の有力な候補であることを支持するものである。このような遺伝子型性決定マーカーが利用できるようになれば、遺伝的性決定と環境的性決定の相互作用を養殖や生態学的な観点から理解するのに役立つと思われる。
図1
図2
図3
図4
【配列表】
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