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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024064960
(43)【公開日】2024-05-14
(54)【発明の名称】炭素濃度分布の解析方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 8/22 20060101AFI20240507BHJP
   C21D 1/06 20060101ALI20240507BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20240507BHJP
   C22C 38/22 20060101ALN20240507BHJP
【FI】
C23C8/22
C21D1/06 A
C22C38/00 301N
C22C38/22
【審査請求】有
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023079554
(22)【出願日】2023-05-12
(31)【優先権主張番号】P 2022172391
(32)【優先日】2022-10-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100087398
【弁理士】
【氏名又は名称】水野 勝文
(74)【代理人】
【識別番号】100128783
【弁理士】
【氏名又は名称】井出 真
(74)【代理人】
【識別番号】100128473
【弁理士】
【氏名又は名称】須澤 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100160886
【弁理士】
【氏名又は名称】久松 洋輔
(72)【発明者】
【氏名】武藤 康政
【テーマコード(参考)】
4K028
【Fターム(参考)】
4K028AA01
4K028AB01
4K028AC03
4K028AC07
4K028AC08
(57)【要約】
【課題】 浸炭処理が行われる鋼材について、鋼材の位置に応じた炭素濃度の分布を解析するときの精度を担保する。
【解決手段】 浸炭処理が行われる鋼材について、鋼材の位置に応じた炭素濃度の分布を解析する方法である。拡散方程式に基づいて炭素濃度の分布を解析するとき、拡散方程式に含まれる炭素の拡散係数、易動度及び拡散流束のうちの少なくとも1つに対して補正係数を乗算する。補正係数は、拡散方程式から解析される炭素濃度の分布と、予め測定した炭素濃度の分布との誤差が閾値以下となる条件を満たすように設定される。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
浸炭処理が行われる鋼材について、鋼材の位置に応じた炭素濃度の分布を解析する方法であって、
拡散方程式に基づいて前記炭素濃度の分布を解析するとき、前記拡散方程式に含まれる炭素の拡散係数、易動度及び拡散流束のうちの少なくとも1つに対して補正係数を乗算し、
前記補正係数は、前記拡散方程式から解析される前記炭素濃度の分布と、予め測定した前記炭素濃度の分布との誤差が閾値以下となる条件を満たすように設定されることを特徴とする炭素濃度分布の解析方法。
【請求項2】
前記拡散方程式は下記式(I)及び下記式(II)で表され、前記補正係数は、拡散流束及び拡散係数の少なくとも一方に乗算されることを特徴とする請求項1に記載の炭素濃度分布の解析方法。
【数1】

上記式(I)において、Jは炭素の拡散流束であり、Dγは鋼材中のオーステナイト中の炭素の拡散係数であり、xγはオーステナイト中の炭素濃度であり、zは鋼材の表面から深さ方向の位置である。
上記式(II)において、xは鋼材中の炭素濃度であり、tは浸炭処理を開始してからの経過時間であり、Jは炭素の拡散流束であり、zは鋼材の表面から深さ方向の位置である。
【請求項3】
前記拡散方程式は下記式(III)及び下記式(IV)で表され、前記補正係数は、拡散流束及び易動度の少なくとも一方に乗算されることを特徴とする請求項1に記載の炭素濃度分布の解析方法。
【数2】

上記式(III)において、Jは炭素の拡散流束であり、mγはオーステナイト中の炭素の易動度であり、xγはオーステナイト中の炭素濃度であり、μは炭素の化学ポテンシャルであり、zは鋼材の表面から深さ方向の位置である。
上記式(IV)において、xは鋼材中の炭素濃度であり、tは浸炭処理を開始してからの経過時間であり、Jは炭素の拡散流束であり、zは鋼材の表面から深さ方向の位置である。
【請求項4】
前記式(III)に代えて、下記式(V)を用いることを特徴とする請求項3に記載の炭素濃度分布の解析方法。
【数3】

上記式(V)において、Jは炭素の拡散流束であり、mγはオーステナイト中の炭素の易動度であり、Rは気体定数であり、Tは温度であり、xγはオーステナイト中の炭素濃度であり、γγはオーステナイト中の炭素の活量係数[-]であり、zは鋼材の表面から深さ方向の位置である。
【請求項5】
前記拡散方程式は下記式(VI)及び下記式(VII)で表され、前記補正係数は、拡散流束及び拡散係数の少なくとも一方に乗算されることを特徴とする請求項1に記載の炭素濃度分布の解析方法。
【数4】

上記式(VI)において、Jは炭素の拡散流束であり、Dγはオーステナイト中の炭素の拡散係数であり、Cγはオーステナイト中の炭素濃度であり、gradは位置の勾配である。
上記式(VII)において、Cは鋼材中の炭素濃度であり、tは時間であり、divは発散であり、Jは炭素の拡散流束である。
【請求項6】
前記拡散方程式は下記式(VIII)及び下記式(IX)で表され、前記補正係数は、拡散流束及び易動度の少なくとも一方に乗算されることを特徴とする請求項1に記載の炭素濃度分布の解析方法。
【数5】

上記式(VIII)において、Jは炭素の拡散流束であり、mγはオーステナイト中の炭素の易動度であり、Cγはオーステナイト中の炭素濃度であり、gradは位置の勾配であり、μは炭素の化学ポテンシャルである。
上記式(IX)において、Cは鋼材中の炭素濃度であり、tは時間であり、divは発散であり、Jは炭素の拡散流束である。
【請求項7】
前記式(VIII)に代えて、下記式(X)を用いることを特徴とする請求項6に記載の炭素濃度分布の解析方法。
【数6】

上記式(X)において、Jは炭素の拡散流束であり、mγはオーステナイト中の炭素の易動度であり、Rは気体定数であり、Tは温度であり、Cγはオーステナイト中の炭素濃度であり、γγはオーステナイト中の炭素の活量係数[-]であり、gradは位置の勾配である。
【請求項8】
前記の浸炭処理が行われる鋼材は、エッジ形状を有する鋼材であることを特徴とする請求項5乃至7のうちいずれか一つに記載の炭素濃度分布の解析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、浸炭処理後の鋼材の内部における炭素濃度を解析する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄鋼材料の製品(例えばギア等の駆動系製品)においては、製品表面の耐摩耗性、疲労強度等の必要特性を確保するために、所望の形状に加工された加工品に対して浸炭処理を行っている。近年、環境負荷の低減の観点から減圧浸炭処理に代表される減圧浸炭処理が広がってきている。
【0003】
減圧浸炭処理では、加熱炉において、ガスを排気して減圧した状態で炭素を含んだ浸炭ガスを注入した雰囲気中で、一定の温度および時間で加工品を加熱した後に、油などの冷却媒体に加工品を浸漬して冷却している。この減圧浸炭処理では、浸炭ガスの注入が続けられる浸炭期と、浸炭ガスの注入を止めた状態となる拡散期が存在する。
【0004】
減圧浸炭処理において、製品の表層部に過大に炭素が侵入し、表層部よりも内部に炭素が十分に拡散しない場合には、粗大な炭化物が形成されてしまい、製品の疲労強度等の特性が低下してしまうことがある。このような不具合を回避するために、以下に説明する技術が開示されている。
【0005】
特許文献1では、浸炭パターンを設定し、拡散方程式を用いて、対象部品の表層部における任意のセルの炭素濃度を求めている。そして、求めた炭素濃度と、所望の炭素濃度とを比較することにより、設定した浸炭条件を評価して合否を決定している。
【0006】
特許文献2には、浸炭部品の浸炭ばらつきを抑制できる減圧浸炭処理方法が記載されている。浸炭工程は、浸炭工程の開始から交差時間teまでの前期浸炭工程と、交差時間teから浸炭時間taまでの後期浸炭工程とを有している。前期浸炭工程では、実際浸炭ガス流量を、浸炭工程の開始から基準時間ta/5時点での理論浸炭ガス流量以上、かつ、浸炭工程の開始から20秒時点での理論浸炭ガス流量以下としている。後期浸炭工程では、実際浸炭ガス流量を、理論浸炭ガス流量の1.00~1.20倍の範囲内としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2008-208403号公報
【特許文献2】特許第6583600号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】真空浸炭におけるエッジ部過剰浸炭の疲労強度に対する影響,鉄と鋼,社団法人日本鉄鋼協会,2010年,Vol.96、No.6,48~53頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1では、公知の拡散方程式を用いて炭素濃度の分布を解析するようにしているが、公知の拡散方程式を用いただけでは、炭素濃度の分布を解析する上では不十分である。
【0010】
特許文献2は、浸炭部品の浸炭ばらつきを抑制することを目的として、減圧浸炭処理の条件を設定するものであり、減圧浸炭処理を行う鋼材について、炭素濃度の分布を解析するものではない。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために、本願発明に係る炭素濃度分布の解析方法は、(1)浸炭処理が行われる鋼材について、鋼材の位置に応じた炭素濃度の分布を解析する方法であって、拡散方程式に基づいて前記炭素濃度の分布を解析するとき、前記拡散方程式に含まれる炭素の拡散係数、易動度及び拡散流束のうちの少なくとも1つに対して補正係数を乗算し、前記補正係数は、前記拡散方程式から解析される前記炭素濃度の分布と、予め測定した前記炭素濃度の分布との誤差が閾値以下となる条件を満たすように設定されることを特徴とする。
【0012】
(2)前記拡散方程式は下記式(I)及び下記式(II)で表され、前記補正係数は、拡散流束及び拡散係数の少なくとも一方に乗算されることを特徴とする上記(1)に記載の炭素濃度分布の解析方法。
【数1】

上記式(I)において、Jは炭素の拡散流束であり、Dγは鋼材中のオーステナイト中の炭素の拡散係数であり、xγはオーステナイト中の炭素濃度であり、zは鋼材の表面から深さ方向の位置である。
上記式(II)において、xは鋼材中の炭素濃度であり、tは浸炭処理を開始してからの経過時間であり、Jは炭素の拡散流束であり、zは鋼材の表面から深さ方向の位置である。
【0013】
(3)前記拡散方程式は下記式(III)及び下記式(IV)で表され、前記補正係数は、拡散流束及び易動度の少なくとも一方に乗算されることを特徴とする上記(1)に記載の炭素濃度分布の解析方法。
【数2】
上記式(III)において、Jは炭素の拡散流束であり、mγはオーステナイト中の炭素の易動度であり、xγはオーステナイト中の炭素濃度であり、μは炭素の化学ポテンシャルであり、zは鋼材の表面から深さ方向の位置である。
上記式(IV)において、xは鋼材中の炭素濃度であり、tは浸炭処理を開始してからの経過時間であり、Jは炭素の拡散流束であり、zは鋼材の表面から深さ方向の位置である。
【0014】
(4)前記式(III)に代えて、下記式(V)を用いることを特徴とする上記(3)に記載の炭素濃度分布の解析方法。
【数3】

上記式(V)において、Jは炭素の拡散流束であり、mγはオーステナイト中の炭素の易動度であり、Rは気体定数であり、Tは温度であり、xγはオーステナイト中の炭素濃度であり、γγはオーステナイト中の炭素の活量係数[-]であり、zは鋼材の表面から深さ方向の位置である。
【0015】
(5)前記拡散方程式は下記式(VI)及び下記式(VII)で表され、前記補正係数は、拡散流束及び拡散係数の少なくとも一方に乗算されることを特徴とする上記(1)に記載の炭素濃度分布の解析方法。
【数4】
上記式(VI)において、Jは炭素の拡散流束であり、Dγはオーステナイト中の炭素の拡散係数であり、Cγはオーステナイト中の炭素濃度であり、gradは位置の勾配である。
上記式(VII)において、Cは鋼材中の炭素濃度であり、tは時間であり、divは発散であり、Jは炭素の拡散流束である。
【0016】
(6)前記拡散方程式は下記式(VIII)及び下記式(IX)で表され、前記補正係数は、拡散流束及び易動度の少なくとも一方に乗算されることを特徴とする上記(1)に記載の炭素濃度分布の解析方法。
【数5】
上記式(VIII)において、Jは炭素の拡散流束であり、mγはオーステナイト中の炭素の易動度であり、Cγはオーステナイト中の炭素濃度であり、gradは位置の勾配であり、μは炭素の化学ポテンシャルである。
上記式(IX)において、Cは鋼材中の炭素濃度であり、tは時間であり、divは発散であり、Jは炭素の拡散流束である。
【0017】
(7)前記式(VIII)に代えて、下記式(X)を用いることを特徴とする上記(6)に記載の炭素濃度分布の解析方法。
【数6】
上記式(X)において、Jは炭素の拡散流束であり、mγはオーステナイト中の炭素の易動度であり、Rは気体定数であり、Tは温度であり、Cγはオーステナイト中の炭素濃度であり、γγはオーステナイト中の炭素の活量係数[-]であり、gradは位置の勾配である。
【0018】
(8)前記の浸炭処理が行われる鋼材は、エッジ形状を有する鋼材であることを特徴とする上記(5)乃至(7)のうちいずれか一つに記載の炭素濃度分布の解析方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、拡散方程式に含まれるパラメータ(拡散係数、易動度、拡散流束)を補正係数によって補正することにより、浸炭処理による鋼材中の炭素濃度を解析するときの精度を担保しやすくなる。特に、炭化物が析出しない単相領域だけでなく、例えば、オーステナイト及び炭化物を含む複相領域においても、炭素濃度の分布を精度良く解析することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】鋼材中の炭素濃度を解析する拡散シミュレーションを補正する方法を説明するフローチャートである。
図2】鋼材表面からの深さに応じた炭素濃度について、実施例1及び比較例1による解析結果と実測値との関係を示す図である(第1実施形態に対応)。
図3】鋼材表面からの深さに応じた炭素濃度について、実施例2及び比較例2による解析結果と実測値との関係を示す図である(第1実施形態に対応)。
図4】鋼材表面からの深さに応じた炭素濃度について、実施例3及び比較例3による解析結果と実測値との関係を示す図である(第1実施形態に対応)。
図5】鋼材表面からの深さに応じた炭素濃度について、実施例4による解析結果と実測値との関係を示す図である(第1実施形態に対応)。
図6】鋼材表面からの深さに応じた炭素濃度について、実施例5による解析結果と実測値との関係を示す図である(第1実施形態に対応)。
図7】鋼材サンプルの斜視図である。
図8】鋼材サンプルの断面図である。
図9】鋼材表面からの深さに応じた炭素濃度について、実施例6及び比較例4による解析結果と実測値との関係を示す図である(第2実施形態に対応)。
図10】鋼材表面からの深さに応じた炭素濃度について、実施例7による解析結果と実測値との関係を示す図である(第2実施形態に対応)。
図11】鋼材表面からの深さに応じた炭素濃度について、実施例8による解析結果と実測値との関係を示す図である(第2実施形態に対応)。
【発明を実施するための形態】
【0021】
(第1実施形態)
浸炭処理を行ったときの鋼材の内部における炭素濃度の分布は、後述する拡散シミュレーション(拡散方程式)に基づいて解析することができる。炭素濃度の分布とは、鋼材の表面から任意の深さまでの領域において、深さ方向の位置に応じた炭素濃度を示す分布である。
【0022】
本実施形態は、拡散シミュレーションを補正する方法であり、補正後の拡散シミュレーションを用いて炭素濃度を解析すれば、解析精度を向上させることができる。以下、拡散シミュレーションを補正する方法について、図1に示すフローチャートを用いて説明する。
【0023】
ステップS101では、拡散シミュレーションに基づいて、浸炭処理(例えば、減圧浸炭処理)を行ったとしたときの鋼材の内部における炭素濃度の分布を解析する。拡散シミュレーションに対して浸炭処理の条件(温度や時間)を適用することにより、炭素濃度の分布を解析することができるが、詳細な内容については、後述する。
【0024】
ステップS102では、鋼材に対して浸炭処理を行った後、この鋼材の内部における炭素濃度の分布を測定する。ステップS102の処理で用いられる鋼材は、ステップS101の処理で用いられる鋼材と同じであり、ステップS102の処理で用いられる浸炭処理の条件は、ステップS101の処理で用いられる浸炭処理の条件と同じである。浸炭処理で用いられる浸炭ガスとしては、例えば、アセチレンを用いることができる。炭素濃度の測定方法としては、公知の測定方法を適宜採用することができ、例えば、電子線マイクロアナライザー(EPMA)を用いて鋼材中の炭素濃度を測定することができる。
【0025】
なお、ステップS101及びステップS102の処理を行う順序は、特に限定されない。すなわち、ステップS102の処理を行った後に、ステップS101の処理を行ってもよい。
【0026】
ステップS103では、ステップS101の処理で解析した炭素濃度の分布と、ステップS102の処理で測定した炭素濃度の分布との誤差Ecが閾値Eth以下となるように、ステップS101の処理で用いた拡散シミュレーションを補正するための補正係数k[-]を決定する。
【0027】
誤差Ecとしては、例えば、平均絶対誤差(MAE)や平均二乗誤差(MSE)を用いることができる。閾値Ethは、炭素濃度の解析精度を考慮して適宜設定することができる。ここで、閾値Ethが小さいほど、炭素濃度の解析精度を向上させることができる。閾値Ethは21%以下とすることで、解析精度を向上させることができる。また、閾値Ethは18%以下が望ましく、14%以下が更に望ましい。
【0028】
後述するように、拡散シミュレーションで用いられる拡散方程式には、炭素の拡散流束J(以下、「拡散流束J」と略記する場合がある)、鋼材中のオーステナイト中の炭素の拡散係数Dγ(以下、「拡散係数Dγ」と略記する場合がある)、オーステナイト中の炭素の易動度mγ(以下、「易動度mγ」と略記する場合がある)が含まれるが、これらのパラメータの少なくとも1つに対して補正係数kを乗算することにより、拡散シミュレーションを補正することができる。補正係数kは、0よりも大きく、1よりも小さい値である。
【0029】
補正係数kを任意に設定した上で拡散シミュレーションに基づいて炭素濃度を解析し、誤差Ecを求める。この誤差Ecが閾値Eth以下であれば、この誤差Ecが得られたときの補正係数kを、拡散シミュレーションを補正するための補正係数kとして決定する。一方、誤差Ecが閾値Ethよりも大きければ、補正係数kを設定し直した上で拡散シミュレーションに基づいて炭素濃度を解析し、誤差Ecを求める。そして、誤差Ecが閾値Eth以下になるまで、補正係数kを探索し続ける。
【0030】
ステップS104では、ステップS103の処理で決定した補正係数kを用いて、ステップS101の処理で用いた拡散シミュレーションを補正する。具体的には、拡散シミュレーションの拡散方程式に含まれるパラメータ(拡散流束J、拡散係数Dγ、易動度mγ)に対して、決定した補正係数kを導入して、拡散方程式を補正する。
【0031】
拡散シミュレーションを補正した後では、浸炭処理を行うときの鋼材中の炭素濃度を解析するとき、補正後の拡散シミュレーションを用いる。ここで、浸炭条件、鋼材の形状(部位)、鋼種が変化した場合でも、予め求めた前述の補正係数kを用いて拡散シミュレーションを補正することができる。ただし、浸炭条件、鋼材の形状(部位)、鋼種毎にステップS101~S103の処理を実施して、それぞれに対応した補正係数kを決定したほうが、解析精度は向上する。後述する第2実施形態においても、補正係数kの決定方法は同様である。
【0032】
本実施形態によれば、拡散シミュレーションを補正することにより、浸炭処理による鋼材中の炭素濃度を解析するときの精度を担保しやすくなる。特に、後述する実施例から理解できるように、炭化物が析出しない単相領域だけでなく、例えば、オーステナイト及び炭化物を含む複相領域においても、炭素濃度の分布を精度良く解析することができる。
【0033】
上述した拡散シミュレーションとしては、以下に説明するように、拡散方程式に基づく拡散シミュレーションや、熱力学計算を利用した拡散シミュレーションが挙げられる。炭素濃度の解析においては、これらの拡散シミュレーションのいずれかを使用することができる。
【0034】
(拡散方程式に基づく拡散シミュレーション)
浸炭処理では、鋼材のオーステナイト中を炭素が拡散し、Fickの法則が成立する。この場合、炭素の拡散流束Jは下記式(1)の拡散方程式で表されるとともに、炭素濃度の時間変化量(∂x/∂t)は下記式(2)の拡散方程式で表される。
【0035】
【数7】
【0036】
上記式(1)において、Jは炭素の拡散流束[m・mol%/s]であり、Dγは鋼材のオーステナイト中の炭素の拡散係数[m/s]であり、xγはオーステナイト中の炭素濃度であり、zは鋼材の表面から深さ方向の位置[m]である。上記式(2)において、xは鋼材中の炭素濃度であり、tは浸炭処理を開始してからの経過時間[s]であり、Jは炭素の拡散流束[m・mol%/s]であり、zは鋼材の表面から深さ方向の位置[m]である。なお、上記式(1),(2)における∂は、偏微分記号である。また、炭素濃度xは、モル濃度[mol%](もしくは[-])であってもよいし、質量濃度[mass%](もしくは[-])であってもよい。ここで、上記式(1),(2)では、炭素濃度xγ、xをモル濃度[mol%]としているが、炭素濃度xγ、xの単位に応じて、拡散流束Jの単位は変化する。
【0037】
炭素濃度の変化量を化学ポテンシャルの勾配に基づいて計算すれば、炭素の拡散駆動力を厳密に取り扱うことになる。この場合、炭素の拡散流束J[m・mol%/s]は下記式(3)の拡散方程式で表されるとともに、炭素濃度の時間変化量は下記式(4)の拡散方程式で表される。
【0038】
【数8】
【0039】
上記式(3)において、Jは炭素の拡散流束[m・mol%/s]であり、mγはオーステナイト中の炭素の易動度[m・mol/J・s]であり、xγはオーステナイト中の炭素濃度であり、μは炭素の化学ポテンシャル[J/mol]であり、zは鋼材の表面から深さ方向の位置[m]である。上記式(4)において、xは鋼材中の炭素濃度であり、tは浸炭処理を開始してからの経過時間[s]であり、Jは炭素の拡散流束[m・mol%/s]であり、zは鋼材の表面から深さ方向の位置[m]である。なお、上記式(3),(4)における∂は、偏微分記号である。また、炭素濃度xγ、xは、モル濃度[mol%](もしくは[-])であってもよいし、質量濃度[mass%](もしくは[-])であってもよい。ここで、上記式(3),(4)では、炭素濃度xγ、xをモル濃度[mol%]としているが、炭素濃度xγ、xの単位に応じて、拡散流束Jの単位は変化する。
【0040】
(熱力学計算を利用した拡散シミュレーション)
熱力学計算による熱力学平衡状態を考慮すると、上記式(3)は下記式(5)の拡散方程式で表すことができる。
【0041】
【数9】
【0042】
上記式(5)において、Jは炭素の拡散流束[m・mol%/s]であり、mγはオーステナイト中の炭素の易動度[m・mol/J・s]であり、Rは気体定数(8.314[J/(K・mоl)]であり、Tは温度[K]であり、xγはオーステナイト中の炭素濃度であり、γγはオーステナイト中の炭素の活量係数[-]であり、zは鋼材の表面から深さ方向の位置[m]である。なお、上記式(5)における∂は、偏微分記号である。また、炭素濃度xγは、モル濃度[mol%](もしくは[-])であってもよいし、質量濃度[mass%](もしくは[-])であってもよい。ここで、上記式(5)では、炭素濃度xγをモル濃度[mol%]としているが、炭素濃度xγの単位に応じて、拡散流束Jの単位は変化する。
【0043】
(拡散シミュレーションでの計算方法)
まず、浸炭処理の対象となる鋼材の表層を複数のセルで区分したメッシュデータを作成する。各セルのサイズは適宜設定することができ、例えば、1~500μmとすることができる。また、セルのサイズは、均等のサイズにすることもできるし、鋼材の表面から内部に向かって徐々に大きくする(言い換えれば、鋼材の内部から表面に向かって徐々に小さくする)こともできる。メッシュ・要素の種類は特に限定されないが、例えば、二次元では、三角形、四角形が存在しており、三次元では、四面体、六面体などが存在しており、適宜選択することができる。また、一次要素・二次要素のどちらを利用してもよい。
【0044】
拡散シミュレーションを行う対象領域は一次元としてもよい。鋼材の形状が丸棒又は円筒である場合には、メッシュデータを円筒座標系とすることで一次元として取り扱うことができる。拡散シミュレーションの解析時間(ステップ時間)は特に限定されないが、例えば、0.001~1.0秒とすることができる。
【0045】
減圧浸炭の浸炭期における鋼材表面においては、黒鉛と平衡状態であるとする。そこで、浸炭処理の対象となる鋼材のCを除く化学組成に基づいて、浸炭温度における、黒鉛と平衡状態での平衡相及び平衡組成を、周知の熱力学計算により求める。熱力学計算により求めた平衡相及び平衡組成により、鋼材中のC濃度、Cの化学ポテンシャル、オーステナイトの体積分率、オーステナイト中の固溶C濃度、及び、Cの活量係数を特定できる。
一方、減圧浸炭の拡散期など鋼材表面からの炭素侵入が起きない期間は、閉鎖系とする。
【0046】
鋼材表面や鋼材内部において、浸炭処理によってセメンタイト(θ)が析出する場合がある。この場合、鋼材中の炭素が、セメンタイトとオーステナイトとに分配される。そこで、その時の温度及びその位置の化学組成における、鋼材中の平衡相及び平衡組成を、上述の熱力学計算により求め、Cの化学ポテンシャル、オーステナイトの体積分率、オーステナイト中の固溶C濃度、及び、Cの活量係数を特定できる。
【0047】
鋼材中のオーステナイト中の炭素の拡散係数Dγは、浸炭処理の対象となる鋼材を用いて予め実験により求めた数値を利用してもよいし、実験データとして報告されているデータを用いてもよい。たとえば、オーステナイト中のCの拡散係数(m/s)として、Gray G.Tibbettsらにより提唱されたものを参考に、下記式(6)を用いてもよい。
【0048】
【数10】
【0049】
上記式(6)において、Dγは鋼材中のオーステナイト中の炭素の拡散係数[m/s]であり、Cはオーステナイト中の固溶C濃度[質量%]であり、Tは浸炭温度[K]である。
【0050】
鋼材中のオーステナイト中の炭素の易動度mγは、たとえば、熱力学データベース及び拡散データベースを用いた熱力学計算から求めることができる。
【0051】
以上の前提条件に基づいて、ステップ時間ごとに、以下に説明する(A)~(C)の計算を行う。
【0052】
(A)各セルでの炭素濃度と、熱力学計算結果とに基づいて、浸炭温度での各セルでのオーステナイト中の固溶C濃度(つまり、拡散に寄与するCの濃度)、オーステナイトの体積分率、化学ポテンシャルを特定する。
【0053】
(B)各セルにおいて、特定した固溶C濃度もしくは化学ポテンシャルに基づいて、上記式(1)、上記式(3)又は上記式(5)を用いて、数値解析(例えば、差分法)により、各セルでの拡散流束Jを求める。浸炭期の鋼材表面の炭素濃度は、黒鉛と平衡状態時の炭素濃度とする。拡散期には表面からの炭素侵入は想定しないよう、閉鎖系とする。
【0054】
(C)求めた各セルでの拡散流束Jに基づいて、そのステップ時間経過時点での各セルのC濃度を決定する。
【0055】
(拡散シミュレーションの補正)
上述したように拡散シミュレーションを補正する場合には、拡散方程式に含まれるパラメータに対して補正係数kを乗算する。下記式(1a),(2a),(3a),(4a),(5a)はそれぞれ、式(1),(2),(3),(4),(5)のパラメータ(拡散係数、易動度及び拡散流束の少なくとも一つ)に補正係数kを乗算した、補正後の拡散方程式である。
【0056】
【数11】
【0057】
式(1)及び式(2)を用いて、炭素濃度の分布を解析するときは、式(1a)及び式(2a)に示すように、拡散流束J及び拡散係数Dγの少なくとも一方に補正係数kを乗算することになる。「少なくとも一方」であるから、式(1a)及び式(2)を用いて、炭素濃度の分布を解析してもよいし、式(1)及び式(2a)を用いて、炭素濃度の分布を解析してもよい。また、式(1a)及び式(2a)を用いて、炭素濃度の分布を解析してもよく、この場合、各式に含まれる補正係数kは異なる値を用いてもよい。
【0058】
式(3)及び式(4)を用いて、炭素濃度の分布を解析するときは、式(3a)及び式(4a)に示すように、拡散流束J及び易動度mγの少なくとも一方に補正係数kを乗算することになる。「少なくとも一方」であるから、式(3a)及び式(4)を用いて、炭素濃度の分布を解析してもよいし、式(3)及び式(4a)を用いて、炭素濃度の分布を解析してもよい。また、式(3a)及び式(4a)を用いて、炭素濃度の分布を解析してもよく、この場合、各式に含まれる補正係数kは異なる値を用いてもよい。
【0059】
式(5)及び式(4)を用いて、炭素濃度の分布を解析するときは、式(5a)及び式(4a)に示すように、拡散流束J及び易動度mγの少なくとも一方に補正係数kを乗算することになる。「少なくとも一方」であるから、式(5a)及び式(4)を用いて、炭素濃度の分布を解析してもよいし、式(5)及び式(4a)を用いて、炭素濃度の分布を解析してもよい。また、式(5a)及び式(4a)を用いて、炭素濃度の分布を解析してもよく、この場合、各式に含まれる補正係数kは異なる値を用いてもよい。
【0060】
(第2実施形態)
第1実施形態では、拡散シミュレーションを行う対象領域を一次元としたが、本実施形態は一次元であってもよいし、二次元又は三次元であってもよい。すなわち、本実施形態の解析方法は、浸炭処理時に炭素が二次元又は三次元方向に拡散する鋼材(例えば、エッジ形状部を有する鋼材)に対しても適用することができる。
ここで「エッジ形状」とは、先端の幅が基端の幅よりも小さい先鋭形状のことであり、例えば、ギアの刃先形状が「エッジ形状」に相当する。この種の鋼材では、浸炭処理を実施した際に、エッジ形状部において炭素が二次元又は三次元方向に拡散する。
【0061】
本実施形態でも、図1のフローチャートにしたがった拡散シミュレーションが実施される。ただし、拡散シミュレーションを行う対象領域をエッジ形状とする場合には、ステップS103における閾値Ethを13%以下とすることで、解析精度の向上を図ることができる。また、閾値Ethは12%以下が望ましく、11%以下が更に望ましい。
【0062】
(拡散方程式に基づく拡散シミュレーション)
第1実施形態で説明したように、浸炭処理では、鋼材のオーステナイト中を炭素が拡散するため、Fickの法則が成立すると考えることができる。この場合、炭素の拡散流束Jは下記式(7)の拡散方程式で表されるとともに、炭素濃度の時間変化量(∂C/∂t)は下記式(8)の拡散方程式で表される。
【数12】
式(7)の拡散方程式に含まれるパラメータの定義は、以下の通りである。
J:炭素の拡散流束[m・mol%/s](ベクトル表記)である。Jの定義は、式(8)も同様である。
γ:オーステナイト中の炭素の拡散係数[m/s]である。
γ:オーステナイト中の炭素濃度である。炭素濃度Cγは、モル濃度[mol%](もしくは[-])であってもよいし、質量濃度[mass%](もしくは[-])であってもよい。
grad:位置の勾配である。なお、例えば、x軸、y軸、z軸を直行座標軸とする三次元を対象としている場合、grad Cγ=(∂Cγ/∂x,∂Cγ/∂y,∂Cγ/∂z)となる(以下、同様である)。
式(7)では、炭素濃度Cγを、モル濃度[mol%]としているが、濃度の単位に応じて拡散流束Jの単位は変化する。
【0063】
式(8)に含まれるパラメータの定義は、以下の通りである。
C:鋼材中の炭素濃度である。炭素濃度は、モル濃度[mol%](もしくは[-])であってもよいし、質量濃度[mass%](もしくは[-])であってもよい。
t:時間[s]である。
div:発散である。なお、例えば、x軸、y軸、z軸を直行座標軸とする三次元を対象としている場合、div J=∂Jx/∂x + ∂Jy/∂y+∂Jz/∂z となり、Jx、Jy、Jzはそれぞれ炭素の拡散流束J(ベクトル表記)のx成分、y成分、z成分である(以下、同様である)。
ここでは、濃度をモル濃度[mol%]としているが、濃度の単位に応じて、拡散流束Jの単位は変化する。
【0064】
第1実施形態で説明したように、炭素の拡散流束J[m・mol%/s]を、化学ポテンシャルの勾配に基づいて計算すれば、より精度に優れた解析を行うことができる。この場合、炭素の拡散流束J[m・mol%/s]は、下記式(9)の拡散方程式で表されるとともに、炭素濃度の時間変化量(∂C/∂t)は下記式(10)の拡散方程式で表される。
【数13】
式(9)の拡散方程式に含まれるパラメータの定義は、以下の通りである。
J:炭素の拡散流束[m・mol%/s](ベクトル表記)である。
γ:オーステナイト中の炭素の易動度[m・mol/J・s]である。
γ:オーステナイト中の炭素濃度である。炭素濃度Cγは、モル濃度[mol%](もしくは[-])であってもよいし、質量濃度[mass%](もしくは[-])であってもよい。
grad:位置の勾配である。
μ:炭素の化学ポテンシャル[J/mol]である。
式(9)では、炭素濃度Cγを、モル濃度[mol%]としているが、濃度の単位に応じて拡散流束Jの単位は変化する。
【0065】
式(10)に含まれるパラメータの定義は、以下の通りである。
C:鋼材中の炭素濃度である。炭素濃度は、モル濃度[mol%](もしくは[-])であってもよいし、質量濃度[mass%](もしくは[-])であってもよい。
t:時間[s]である。
div:発散である。
ここでは、濃度をモル濃度[mol%]としているが、濃度の単位に応じて、拡散流束Jの単位は変化する。
【0066】
(熱力学計算を併用する拡散シミュレーション)
熱力学計算による熱力学平衡状態を考慮すると、上記式(9)は下記式(11)の拡散方程式に置換され、式(11)に基づき、炭素の拡散流束J[m・mol%/s]を計算してもよい。
【数14】
式(11)の拡散方程式に含まれるパラメータの定義は、以下の通りである。
J:炭素の拡散流束[m・mol%/s](ベクトル表記)である。
γ:オーステナイト中の炭素の易動度[m・mol/J・s]である。
R:気体定数(8.314[J/(K・mоl)]である。
T:温度[K]である。
γ:オーステナイト中の炭素濃度である。炭素濃度Cγは、モル濃度[mol%](もしくは[-])であってもよいし、質量濃度[mass%](もしくは[-])であってもよい。
γγ:オーステナイト中の炭素の活量係数[-]である。
∂:偏微分記号である。
grad:位置の勾配である。
式(11)では、炭素濃度Cγを、モル濃度[mol%]としているが、濃度の単位に応じて拡散流束Jの単位は変化する。
【0067】
上述の式(7)、式(9)、式(11)の拡散方程式では、オーステナイト単相が連続した状態を仮定しているため、オーステナイト及び炭化物を含む複相領域を含む鋼材を対象とする場合、より厳密に解析をするため、複相領域において下記式(12)に示す迷宮度(labyrinth factor)λ(ただし、λ≠1)を式(7)、式(9)、式(11)の右辺の拡散係数または易動度に乗算し、炭素の拡散流束J[m・mol%/s]を算出してもよい。なお、単相領域では、λ=1である。
第1実施形態においても、オーステナイト及び炭化物を含む複相領域を含む鋼材を対象とする場合には、複相領域において式(1)、式(3)、式(5)の右辺の拡散係数または易動度に、迷宮度(labyrinth factor)λ(ただし、λ≠1)を乗算し、炭素の拡散流束J[m・mol%/s]を算出してもよい。
【数15】

式(12)に含まれるパラメータの定義は、以下の通りである。
λ:迷宮度[-]である。
Vγ:オーステナイトの体積分率[-]である。
n:整数である。一般的には、nを1または2に設定した解析方法が公知例として存在する。
【0068】
(拡散シミュレーションでの計算方法)
まず、浸炭処理の対象となる鋼材の表層を複数のセルで区分したメッシュデータを作成する。各セルのサイズは適宜設定することができ、例えば、1~500μmとすることができる。また、セルのサイズは、均等のサイズにすることもできるし、鋼材の表面から内部に向かって徐々に大きくする(言い換えれば、鋼材の内部から表面に向かって徐々に小さくする)こともできる。メッシュ・要素の種類は特に限定されないが、例えば、二次元では、三角形、四角形が存在しており、三次元では、四面体、六面体などが存在しており、適宜選択することができる。また、一次要素・二次要素のどちらを利用してもよい。
【0069】
例えば、浸炭処理時に二次元または三次元方向に炭素が拡散する鋼材(例えばエッジ形状部を有する鋼材)を対象とする場合には、二次元または三次元でのモデル化を必要とする。切欠付き丸棒試験片などの軸対象形状の鋼材を対象とする場合には、メッシュデータを円筒座標系とすることで二次元として取り扱ってもよい。拡散シミュレーションの解析時間(ステップ時間)は特に限定されないが、例えば、0.001~1.0秒とすることができる。
【0070】
減圧浸炭の浸炭期における鋼材表面においては、黒鉛と平衡状態であるとする。そこで、浸炭処理の対象となる鋼材のCを除く化学組成に基づいて、浸炭温度における、黒鉛と平衡状態での平衡相及び平衡組成を、周知の熱力学計算により求める。熱力学計算により求めた平衡相及び平衡組成により、鋼材中のC濃度、Cの化学ポテンシャル、オーステナイトの体積分率、オーステナイト中の固溶C濃度、及び、Cの活量係数を特定できる。
一方、減圧浸炭の拡散期など鋼材表面からの炭素侵入が起きない期間は、閉鎖系とする。
【0071】
鋼材表面や鋼材内部において、浸炭処理によってセメンタイト(θ)が析出する場合がある。この場合、鋼材中の炭素が、セメンタイトとオーステナイトとに分配される。そこで、その時の温度及びその位置の化学組成における、鋼材中の平衡相及び平衡組成を、上述の熱力学計算により求め、Cの化学ポテンシャル、オーステナイトの体積分率、オーステナイト中の固溶C濃度、及び、Cの活量係数を特定できる。
【0072】
鋼材のオーステナイト中の炭素の拡散係数Dγは、浸炭処理の対象となる鋼材を用いて予め実験により求めた数値を利用してもよいし、実験データとして報告されているデータを用いてもよい。なお、拡散係数Dγは、式(7)から拡散流束Jを求める場合に必要となる。
たとえば、オーステナイト中の炭素の拡散係数Dγとして、上述の非特許文献1に示された下記式(13)を用いてもよい。
【数16】
式(13)に含まれるパラメータの定義は、以下の通りである。
Dγ:オーステナイト中の拡散係数[μm/s]である。
Cγ:オーステナイト中の炭素濃度[質量%]である。
T:温度[K]である。
鋼材中のオーステナイト中の炭素の易動度mγは、たとえば、熱力学データベース及び拡散データベースを用いた熱力学計算から求めることができる。
拡散方程式に基づいたシミュレーションを実施するための数値解析手法は、差分法、有限要素法、有限体積法などが挙げられ、特に限定されない。
【0073】
(拡散シミュレーションの補正)
上述したように拡散シミュレーションを補正する場合には、拡散方程式に含まれるパラメータに対して補正係数kを乗算する。下記式(7a),(9a),(11a),(8a),(10a)はそれぞれ、式(7),(9),(11),(8),(10)のパラメータ(拡散係数、易動度及び拡散流束の少なくとも一つ)に補正係数kを乗算した、補正後の拡散方程式である。
【0074】
【数17】
【0075】
式(7)及び式(8)を用いて、炭素濃度の分布を解析するときは、式(7a)及び式(8a)に示すように、拡散流束J及び拡散係数Dγの少なくとも一方に補正係数kを乗算することになる。「少なくとも一方」であるから、式(7a)及び式(8)を用いて、炭素濃度の分布を解析してもよいし、式(7)及び式(8a)を用いて、炭素濃度の分布を解析してもよい。
また、式(7a)及び式(8a)を用いて炭素濃度の分布を解析してもよい。この場合、各式に含まれる補正係数は異なる値を用いてもよい。
【0076】
式(9)及び式(10)を用いて、炭素濃度の分布を解析するときは、式(9a)及び式(10a)に示すように、拡散流束J及び易動度mγの少なくとも一方に補正係数kを乗算することになる。「少なくとも一方」であるから、式(9a)及び式(10)を用いて、炭素濃度の分布を解析してもよいし、式(9)及び式(10a)を用いて、炭素濃度の分布を解析してもよい。
また、式(9a)及び式(10a)を用いて、炭素濃度の分布を解析してもよい。この場合、各式に含まれる補正係数は異なる値を用いてもよい。
【0077】
式(11)及び式(10)を用いて、炭素濃度の分布を解析するときは、式(11a)及び式(10a)に示すように、拡散流束J及び易動度mγの少なくとも一方に補正係数kを乗算することになる。「少なくとも一方」であるから、式(11a)及び式(10)を用いて、炭素濃度の分布を解析してもよいし、式(11)及び式(10a)を用いて、炭素濃度の分布を解析してもよい。
また、式(11a)及び式(10a)を用いて、炭素濃度の分布を解析してもよい。この場合、各式に含まれる補正係数は異なる値を用いてもよい。
【0078】
補正係数kの決定方法については、上述したから説明を繰り返さない。
【0079】
(第1実施形態に対応する実施例)
減圧浸炭処理の対象となる鋼材としては、下記表1に示す組成を有する鋼材サンプル1~3を用意した。また、鋼材としては、一辺が20[mm]である立方体ブロックを用いた。
【0080】
【表1】
【0081】
減圧浸炭処理の条件としては、下記表2に示す減圧浸炭条件A(温度、時間)と、下記表3に示す減圧浸炭条件B(温度、時間)を設定した。
【0082】
【表2】
【0083】
【表3】
【0084】
(炭素濃度の測定)
鋼材サンプル1~3のそれぞれに対して減圧浸炭条件Aで減圧浸炭処理を行い、減圧浸炭処理後における鋼材サンプル1~3のそれぞれにおいて、炭素濃度(実測値)を測定した。また、鋼材サンプル1,2に対して減圧浸炭条件Bで減圧浸炭処理を行い、減圧浸炭処理後における鋼材サンプル1,2のそれぞれにおいて、炭素濃度(実測値)を測定した。
【0085】
(拡散シミュレーション)
以下、拡散シミュレーションにおけるモデリング方法について説明する。本実施例では、熱力学計算を利用し、化学ポテンシャル勾配を駆動力とした拡散方程式(式(3))に基づく拡散シミュレーションが可能であるDICTRA(Diffusion Control Transformations)を用いた。
【0086】
(I)メッシュデータの作成
拡散シミュレーションの対象として、一次元である3[mm]の領域において、鋼材表面でのメッシュが最も細かくなるようにメッシュデータを作成した。具体的には、メッシュのサイズを1~500μmの範囲内で設定した。
【0087】
(II)境界条件の設定
減圧浸炭処理の浸炭期では、鋼材の表面に相当する位置(z=0[mm])において、グラファイトの炭素活量を与えた。また、拡散期では、鋼材の表面から炭素の浸入はないものとみなし、境界条件は設定しなかった。
【0088】
(III)温度の設定
減圧浸炭処理の温度条件としては、上記表2,3に示す温度を設定した。
【0089】
(IV)炭素の易動度mγの設定
オーステナイト中の炭素の易動度mγとしては、市販データベース(TCFE10及びMOBFE1)を用いて熱力学計算により算出される値を用いた。
【0090】
(V)熱力学計算
DICTRAに組込まれたプログラムに基づいて、ステップ時間ごとに、各位置zにおいて成分及び温度から相分率を計算するとともに、各相内の成分を計算した。
【0091】
(VI)補正係数kの設定
炭化物が固溶する拡散期において、浸炭期に炭化物が析出した領域で補正係数kを設定した。
【0092】
(誤差の計算)
浸炭期に炭化物が析出する表面から深さが0.1[mm]までの領域において、炭素濃度の解析値と実測値の平均絶対誤差(MAE)を計算した。
【0093】
(実施例1)
実施例1に関する拡散シミュレーションでは、鋼材サンプル1に対して減圧浸炭条件Aで減圧浸炭処理を行う条件において、上記式(4a)に示す補正係数kを変更しながら、鋼材サンプル1の内部における炭素濃度を解析した。ここで、鋼材サンプル1の表面から深さが3[mm]までの領域において、深さ毎の炭素濃度を解析した。そして、解析した炭素濃度と、減圧浸炭条件Aでの炭素濃度(実測値)との誤差MAEが7%であるときの補正係数k(k=0.26)を上記式(4a)に示す補正係数kとして決定した。
【0094】
(実施例2)
実施例2に関する拡散シミュレーションでは、鋼材サンプル2に対して減圧浸炭条件Aで減圧浸炭処理を行う条件において、上記式(4a)に示す補正係数kを変更しながら、鋼材サンプル2の内部における炭素濃度を解析した。ここで、鋼材サンプル2の表面から深さが3[mm]までの領域において、深さ毎の炭素濃度を解析した。そして、解析した炭素濃度と、減圧浸炭条件Aでの炭素濃度(実測値)との誤差MAEが8%であるときの補正係数k(k=0.27)を上記式(4a)に示す補正係数kとして決定した。
【0095】
(実施例3)
実施例3に関する拡散シミュレーションでは、鋼材サンプル3に対して減圧浸炭条件Aで減圧浸炭処理を行う条件において、上記式(4a)に示す補正係数kを変更しながら、鋼材サンプル3の内部における炭素濃度を解析した。ここで、鋼材サンプル3の表面から深さが3[mm]までの領域において、深さ毎の炭素濃度を解析した。そして、解析した炭素濃度と、減圧浸炭条件Aでの炭素濃度(実測値)との誤差MAEが7%であるときの補正係数k(k=0.27)を上記式(4a)に示す補正係数kとして決定した。
【0096】
(比較例1)
比較例1に関する拡散シミュレーションでは、鋼材サンプル1に対して減圧浸炭条件Aで減圧浸炭処理を行う条件において、補正係数kを用いない上記式(4)に基づいて、鋼材サンプル1の内部における炭素濃度を解析した。ここで、鋼材サンプル1の表面から深さが3[mm]までの領域において、深さ毎の炭素濃度を解析した。そして、解析した炭素濃度と、減圧浸炭条件Aでの炭素濃度(実測値)との誤差MAEを求めたところ、誤差MAEは26%であった。
【0097】
(比較例2)
比較例2に関する拡散シミュレーションでは、鋼材サンプル2に対して減圧浸炭条件Aで減圧浸炭処理を行う条件において、補正係数kを用いない上記式(4)に基づいて、鋼材サンプル2の内部における炭素濃度を解析した。ここで、鋼材サンプル2の表面から深さが3[mm]までの領域において、深さ毎の炭素濃度を解析した。そして、解析した炭素濃度と、減圧浸炭条件Aでの炭素濃度(実測値)との誤差MAEを求めたところ、誤差MAEは23%であった。
【0098】
(比較例3)
比較例3に関する拡散シミュレーションでは、鋼材サンプル3に対して減圧浸炭条件Aで減圧浸炭処理を行う条件において、補正係数kを用いない上記式(4)に基づいて、鋼材サンプル3の内部における炭素濃度を解析した。ここで、鋼材サンプル3の表面から深さが3[mm]までの領域において、深さ毎の炭素濃度を解析した。そして、解析した炭素濃度と、減圧浸炭条件Aでの炭素濃度(実測値)との誤差MAEを求めたところ、誤差MAEは22%であった。
【0099】
下記表4は、上述した実施例1~3及び比較例1~3の結果をまとめたものである。
【0100】
【表4】
【0101】
図2には、実施例1及び比較例1のそれぞれによって解析した炭素濃度の分布と、減圧浸炭条件Aで減圧浸炭処理を行った鋼材サンプル1について、測定した炭素濃度の分布を示す。図2から分かるように、比較例1で解析した炭素濃度分布に比べて、実施例1で解析した炭素濃度分布のほうが炭素濃度(実測値)の分布に近い挙動を示した。特に、鋼材サンプル1の表層部分(0.0~0.1[mm])において、この傾向が高いことが分かる。このため、実施例1は、比較例1よりも炭素濃度の解析精度が高いことが分かる。
【0102】
図3には、実施例2及び比較例2のそれぞれによって解析した炭素濃度の分布と、減圧浸炭条件Aで減圧浸炭処理を行った鋼材サンプル2について、測定した炭素濃度の分布を示す。図3から分かるように、比較例2で解析した炭素濃度分布に比べて、実施例2で解析した炭素濃度分布のほうが炭素濃度(実測値)の分布に近い挙動を示した。特に、鋼材サンプル2の表層部分(0.0~0.1[mm])において、この傾向が高いことが分かる。このため、実施例2は、比較例2よりも炭素濃度の解析精度が高いことが分かる。
【0103】
図4には、実施例3及び比較例3のそれぞれによって解析した炭素濃度の分布と、減圧浸炭条件Aで減圧浸炭処理を行った鋼材サンプル3について、測定した炭素濃度の分布を示す。図4から分かるように、比較例3で解析した炭素濃度分布に比べて、実施例3で解析した炭素濃度分布のほうが炭素濃度(実測値)の分布に近い挙動を示した。特に、鋼材サンプル3の表層部分(0.0~0.1[mm])において、この傾向が高いことが分かる。このため、実施例3は、比較例3よりも炭素濃度の解析精度が高いことが分かる。
【0104】
次に、実施例1,2で決定した補正係数kを用い、上記式(4a)に基づいて炭素濃度を解析した。以下、実施例4,5として説明する。
【0105】
(実施例4)
実施例4に関する拡散シミュレーションでは、鋼材サンプル1に対して減圧浸炭条件Bで減圧浸炭処理を行う条件において、補正係数k(k=0.26)を用いた上記式(4a)に基づいて、鋼材サンプル1の内部における炭素濃度を解析した。ここで、鋼材サンプル1の表面から深さが3[mm]までの領域において、深さ毎の炭素濃度を解析した。そして、解析した炭素濃度と、減圧浸炭条件Bでの炭素濃度(実測値)との誤差MAEを求めたところ、誤差MAEは12%であった。
【0106】
(実施例5)
実施例5に関する拡散シミュレーションでは、鋼材サンプル2に対して減圧浸炭条件Bで減圧浸炭処理を行う条件において、補正係数k(k=0.27)を用いた上記式(4a)に基づいて、鋼材サンプル1の内部における炭素濃度を解析した。ここで、鋼材サンプル2の表面から深さが3[mm]までの領域において、深さ毎の炭素濃度を解析した。そして、解析した炭素濃度と、減圧浸炭条件Bでの炭素濃度(実測値)との誤差MAEを求めたところ、誤差MAEは13%であった。
【0107】
下記表5は、上述した実施例4,5の結果をまとめたものである。
【0108】
【表5】
【0109】
上記表5から分かるように、補正後の拡散シミュレーションを用いて炭素濃度を解析したときの誤差MAEは、比較例1~3の誤差MAE(上記表4参照)よりも低くなった。このため、補正後の拡散シミュレーションを用いることにより、減圧浸炭条件に応じた炭素濃度の分布を精度良く解析することができる。
【0110】
(第2実施形態に対応する実施例)
減圧浸炭処理に供される鋼材として、下記表6に示す組成の鋼材サンプルを準備した。
【0111】
【表6】
【0112】
図7は鋼材サンプル斜視図である。同図を参照して、鋼材サンプルは、台形断面の角柱形状(エッジ形状部を有する鋼材)とした。台形断面の長辺L、短辺S及び高さHをそれぞれ、16[mm]、10[mm]及び10[mm]とした。角柱長さKは、50[mm]とした。台形断面は、2角が90°、1角がα(60°)とした。
【0113】
減圧浸炭処理として、減圧した加熱炉内で鋼材サンプルを浸炭温度まで加熱する加熱工程と、浸炭温度で鋼材サンプルを均熱する均熱工程と、炉内に浸炭ガス(アセチレンガス)を導入して浸炭温度で鋼材サンプルを浸炭処理する浸炭工程と、侵入した炭素を鋼材サンプル中に拡散させる拡散工程と、鋼材サンプルの温度を保持温度まで降温する降温工程と、保持温度で鋼材サンプルの温度を保持する保持工程と、をこの順序で実施した。なお、浸炭工程以外の工程では、浸炭ガスを導入しなかった。減圧浸炭処理の条件として、下記表7に示す減圧浸炭処理条件A及び下記表8に示す減圧浸炭処理条件Bを設定した。
【0114】
【表7】
【0115】
【表8】
【0116】
(炭素濃度の測定)
鋼材サンプルに対して減圧浸炭条件Aで減圧浸炭処理を行い、減圧浸炭処理後における鋼材サンプルのそれぞれにおいて、炭素濃度(実測値)を測定した。同様に、鋼材サンプルに対して減圧浸炭条件Bで減圧浸炭処理を行い、減圧浸炭処理後における鋼材サンプルのそれぞれにおいて、炭素濃度(実測値)を測定した。
図8は鋼材サンプルの断面図である。同図を参照して、鋼材サンプルの角柱長さ方向中央(つまり、図7の長さKの中央)における断面を検査位置として、矢印で示す測定方向MDに向かって、炭素濃度を測定した。測定方向MDは二方向とした。具体的には、断面の直角部(以下、「90°角部」ともいう)を二等分する線を測定方向MDとし、断面の角度αの角部(以下、「60°角部」ともいう)を二等分する線を測定方向MDとした。
なお、測定方向MDはいずれもエッジ頂点(台形断面の頂点)を通過することは、言うまでもない。
【0117】
(拡散シミュレーション)
以下、拡散シミュレーションにおけるモデリング方法について説明する。本実施例では、上述の式(7)の拡散方程式(鋼材中のオーステナイト中の炭素濃度の勾配を駆動力とした拡散方程式)を用いて炭素の拡散流束を計算するプログラムを使用した。
【0118】
(I)メッシュデータの作成
90°角部及び60°角部に対してエッジ頂点から半径6[mm]以内を含む領域の2次元断面をモデル化し、鋼材表面でのメッシュが最も細かくなるようにメッシュデータを作成した。具体的には、メッシュのサイズを1~500[μm]の範囲内で設定した。メッシュの種類は、四角形メッシュとした。
【0119】
(II)境界条件の設定
減圧浸炭処理の浸炭期(浸炭工程)では、鋼材の表面に相当する位置において、熱力学計算により得られるグラファイトと平衡時の炭素濃度を与えた。また、拡散期(拡散工程)以降の時間では、鋼材の表面から炭素の浸入はないものとみなし、閉鎖系とした。
【0120】
(III)温度の設定
減圧浸炭処理の温度条件としては、上記表7,8に示す温度を計算モデルにて設定した。ただし、計算簡便化のために、降温工程における温度を880[℃]に固定して、解析モデルにて設定した。
【0121】
(IV)拡散係数Dγの設定
オーステナイト中の拡散係数Dγは式(13)に基づき計算し、拡散シミュレーションに使用した。
式(13)に含まれるオーステナイト中の炭素濃度Cγは、鋼材中の成分、及び上記(III)で記述した設定温度から熱力学計算により算出した。
(V)迷宮度(labyrinth factor)の設定
迷宮度は式(12)に基づき計算し、拡散シミュレーションに使用した。つまり、式(12)に基づき計算した迷宮度を、式(7)右辺の拡散係数Dγに乗算した。
式(12)に含まれるオーステナイトの体積分率Vγは、熱力学計算により計算される値を用いた。nは1に設定した。
(VI)熱力学計算
熱力学計算は、市販の熱力学計算ソフトウェアThermo-Calcを用いて行った。計算には市販のデータベースTCFE10を使用した。
(VII)誤差の計算
測定方向MDに沿って、60°角部または90°角部のエッジ頂点から0.25[mm]までの範囲における炭素濃度の解析値と実測値の平均絶対誤差(MAE)を計算した。
(VIII)補正係数kの設定
炭化物が固溶する拡散期(拡散工程)以降の時間において、浸炭期(浸炭工程)に炭化物が析出した領域で補正係数kを設定した。補正係数は、実施例6に示す条件にて解析精度が向上するように決定した。具体的には平均絶対誤差(MAE)が13%以下となるように補正係数(0.83)を設定した。
なお、補正係数kは、式(7)の右辺にのみ乗算した。つまり、式(7a)及び式(8)を用いて、炭素濃度の分布を解析した。
【0122】
下記表9は、実施例6~8及び比較例4の結果をまとめたものである。なお、比較例4では、補正係数kを乗算しなかった。
それぞれの炭素濃度分布を図9~11に示す。
【0123】
【表9】

実施例6~8から明らかなように、拡散方程式に補正係数kを乗算することにより、高い精度で炭素濃度分布を解析できることがわかった。
【符号の説明】
【0124】
L 長辺
S 短辺
H 高さ
K 角柱長さ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
【手続補正書】
【提出日】2024-04-19
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
浸炭処理が行われる鋼材について、鋼材の位置に応じた炭素濃度の分布を解析する方法であって、
拡散方程式に基づいて前記炭素濃度の分布を解析するとき、前記拡散方程式に含まれる炭素の拡散係数、易動度及び拡散流束(ただし、浸炭処理中の鋼材中において、炭化物の析出領域での拡散係数、易動度及び拡散流束とする)のうちの少なくとも1つに対して補正係数を乗算し、
前記補正係数は、前記拡散方程式から解析される前記炭素濃度の分布と、予め測定した前記炭素濃度の分布との誤差が閾値以下となる条件を満たすように設定されることを特徴とする炭素濃度分布の解析方法。
【請求項2】
前記拡散方程式は下記式(I)及び下記式(II)で表され、前記補正係数は、拡散流束及び拡散係数の少なくとも一方に乗算されることを特徴とする請求項1に記載の炭素濃度分布の解析方法。
【数1】

上記式(I)において、Jは炭素の拡散流束であり、Dγは鋼材中のオーステナイト中の炭素の拡散係数であり、xγはオーステナイト中の炭素濃度であり、zは鋼材の表面から深さ方向の位置である。
上記式(II)において、xは鋼材中の炭素濃度であり、tは浸炭処理を開始してからの経過時間であり、Jは炭素の拡散流束であり、zは鋼材の表面から深さ方向の位置である。
【請求項3】
前記拡散方程式は下記式(III)及び下記式(IV)で表され、前記補正係数は、拡散流束及び易動度の少なくとも一方に乗算されることを特徴とする請求項1に記載の炭素濃度分布の解析方法。
【数2】

上記式(III)において、Jは炭素の拡散流束であり、mγはオーステナイト中の炭素の易動度であり、xγはオーステナイト中の炭素濃度であり、μは炭素の化学ポテンシャルであり、zは鋼材の表面から深さ方向の位置である。
上記式(IV)において、xは鋼材中の炭素濃度であり、tは浸炭処理を開始してからの経過時間であり、Jは炭素の拡散流束であり、zは鋼材の表面から深さ方向の位置である。
【請求項4】
前記式(III)に代えて、下記式(V)を用いることを特徴とする請求項3に記載の炭素濃度分布の解析方法。
【数3】

上記式(V)において、Jは炭素の拡散流束であり、mγはオーステナイト中の炭素の易動度であり、Rは気体定数であり、Tは温度であり、xγはオーステナイト中の炭素濃度であり、γγはオーステナイト中の炭素の活量係数[-]であり、zは鋼材の表面から深さ方向の位置である。
【請求項5】
前記拡散方程式は下記式(VI)及び下記式(VII)で表され、前記補正係数は、拡散流束及び拡散係数の少なくとも一方に乗算されることを特徴とする請求項1に記載の炭素濃度分布の解析方法。
【数4】

上記式(VI)において、Jは炭素の拡散流束であり、Dγはオーステナイト中の炭素の拡散係数であり、Cγはオーステナイト中の炭素濃度であり、gradは位置の勾配である。
上記式(VII)において、Cは鋼材中の炭素濃度であり、tは時間であり、divは発散であり、Jは炭素の拡散流束である。
【請求項6】
前記拡散方程式は下記式(VIII)及び下記式(IX)で表され、前記補正係数は、拡散流束及び易動度の少なくとも一方に乗算されることを特徴とする請求項1に記載の炭素濃度分布の解析方法。
【数5】

上記式(VIII)において、Jは炭素の拡散流束であり、mγはオーステナイト中の炭素の易動度であり、Cγはオーステナイト中の炭素濃度であり、gradは位置の勾配であり、μは炭素の化学ポテンシャルである。
上記式(IX)において、Cは鋼材中の炭素濃度であり、tは時間であり、divは発散であり、Jは炭素の拡散流束である。
【請求項7】
前記式(VIII)に代えて、下記式(X)を用いることを特徴とする請求項6に記載の炭素濃度分布の解析方法。
【数6】

上記式(X)において、Jは炭素の拡散流束であり、mγはオーステナイト中の炭素の易動度であり、Rは気体定数であり、Tは温度であり、Cγはオーステナイト中の炭素濃度であり、γγはオーステナイト中の炭素の活量係数[-]であり、gradは位置の勾配である。
【請求項8】
前記式(I)の右辺の拡散係数に、迷宮度(labyrinth factor)λ(ただし、λ≠1)を乗算することを含む、請求項2に記載の炭素濃度分布の解析方法。
λ=V γ ・・・(XI)
式(XI)に含まれるパラメータの定義は、以下の通りである。
λ:迷宮度[-]である。V γ :オーステナイトの体積分率[-]である。n:整数である。
【請求項9】
前記式(III)の右辺の易動度に、迷宮度(labyrinth factor)λ(ただし、λ≠1)を乗算することを含む、請求項3に記載の炭素濃度分布の解析方法。
λ=V γ ・・・(XI)
式(XI)に含まれるパラメータの定義は、以下の通りである。
λ:迷宮度[-]である。V γ :オーステナイトの体積分率[-]である。n:整数である。
【請求項10】
前記式(V)の右辺の易動度に、迷宮度(labyrinth factor)λ(ただし、λ≠1)を乗算することを含む、請求項4に記載の炭素濃度分布の解析方法。
λ=V γ ・・・(XI)
式(XI)に含まれるパラメータの定義は、以下の通りである。
λ:迷宮度[-]である。V γ :オーステナイトの体積分率[-]である。n:整数である。
【請求項11】
前記式(VI)の右辺の拡散係数に、迷宮度(labyrinth factor)λ(ただし、λ≠1)を乗算することを含む、請求項5に記載の炭素濃度分布の解析方法。
λ=V γ ・・・(XI)
式(XI)に含まれるパラメータの定義は、以下の通りである。
λ:迷宮度[-]である。V γ :オーステナイトの体積分率[-]である。n:整数である。
【請求項12】
前記式(VIII)の右辺の易動度に、迷宮度(labyrinth factor)λ(ただし、λ≠1)を乗算することを含む、請求項6に記載の炭素濃度分布の解析方法。
λ=V γ ・・・(XI)
式(XI)に含まれるパラメータの定義は、以下の通りである。
λ:迷宮度[-]である。V γ :オーステナイトの体積分率[-]である。n:整数である。
【請求項13】
前記式(X)の右辺の易動度に、迷宮度(labyrinth factor)λ(ただし、λ≠1)を乗算することを含む、請求項7に記載の炭素濃度分布の解析方法。
λ=V γ ・・・(XI)
式(XI)に含まれるパラメータの定義は、以下の通りである。
λ:迷宮度[-]である。V γ :オーステナイトの体積分率[-]である。n:整数である。
【請求項14】
前記の浸炭処理が行われる鋼材は、エッジ形状を有する鋼材であることを特徴とする請求項5~7、11~13のうちいずれか一つに記載の炭素濃度分布の解析方法。