(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024065530
(43)【公開日】2024-05-15
(54)【発明の名称】赤血球へのグルコース取り込み阻害剤並びに採血管におけるグルコース濃度低下抑制剤およびそれを備えた採血管
(51)【国際特許分類】
G01N 33/66 20060101AFI20240508BHJP
A61B 5/154 20060101ALI20240508BHJP
A61B 5/157 20060101ALI20240508BHJP
G01N 33/48 20060101ALI20240508BHJP
【FI】
G01N33/66 B
A61B5/154 100
A61B5/157
G01N33/48 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022174451
(22)【出願日】2022-10-31
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110003421
【氏名又は名称】弁理士法人フィールズ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】久米 幸夫
(72)【発明者】
【氏名】蔵野 信
【テーマコード(参考)】
2G045
4C038
【Fターム(参考)】
2G045BB33
2G045CA25
2G045DA31
2G045DA48
4C038TA01
4C038UA03
4C038UA07
4C038UB05
4C038UC04
4C038UD10
(57)【要約】
【課題】 赤血球へのグルコース取り込み阻害剤と、グルコース濃度の低下を抑制する採血管の提供。
【解決手段】 本発明によれば、イノシンを有効成分とする、赤血球へのグルコース取り込み阻害剤が提供される。本発明の阻害剤は採血管に採取した全血のグルコース濃度の低下抑制に用いることができる。本発明によればまた、内部空間にイノシンを備えた採血管が提供される。本発明の採血管は血液中のグルコース濃度を測定するために用いることができる。本発明の採血管は解糖系阻害剤をさらに含むことができる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
イノシンを有効成分とする、赤血球へのグルコース取り込み阻害剤。
【請求項2】
イノシンを有効成分とする、採血管におけるグルコース濃度低下抑制剤。
【請求項3】
解糖系阻害剤をさらに含む、請求項2に記載のグルコース濃度低下抑制剤。
【請求項4】
解糖系阻害剤がフッ化塩およびアデノシンリン酸またはその塩からなる群から選択される1種または2種以上である、請求項3に記載のグルコース濃度低下抑制剤。
【請求項5】
抗凝固剤をさらに含む、請求項2または3に記載のグルコース濃度低下抑制剤。
【請求項6】
抗凝固剤が、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)およびその塩並びにそれらの水和物、クエン酸およびその塩並びにヘパリンおよびその塩からなる群から選択される1種または2種以上である、請求項5に記載のグルコース濃度低下抑制剤。
【請求項7】
採取される血液1mLあたり0.10mg以上でイノシンを使用する、請求項2または3に記載のグルコース濃度低下抑制剤。
【請求項8】
内部空間に請求項2または3に記載のグルコース濃度低下抑制剤を備えた採血管であって、血液中のグルコース濃度を測定するための採血管。
【請求項9】
グルコース濃度低下抑制剤が、採取される血液1mLあたり0.10mg以上のイノシンを含む、請求項8に記載の採血管。
【請求項10】
HbA1c、インスリンおよびC-ペプチドからなる群から選択される1種または2種以上をさらに測定するための、請求項8または9に記載の採血管。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は赤血球へのグルコース取り込み阻害剤に関する。本発明はまた、採血管におけるグルコース濃度低下抑制剤と、グルコース濃度低下抑制剤を備えた採血管に関する。
【背景技術】
【0002】
血糖値は、糖尿病および妊娠糖尿病の診断基準(グルコース126mg/dL以上)の必須項目であり、その測定には極めて高い精度、正確度が要求される。日本臨床化学会による血糖値の許容変動幅は±4mg/dL以下と定められている。採血した血液を全血の状態で採血管において室温で保存すると、グルコース濃度の低下が起こりうる。これは血液中の赤血球にグルコースが取り込まれ、赤血球内の解糖系酵素によりグルコースが分解され、時間経過により血液中のグルコース濃度が低下してしまうことが一因である。
【0003】
採血後、血液を直ちに遠心処理して赤血球と上清を分離し、上清について血糖値を測定することで上記のようなグルコース濃度の低下を避けることができる。しかし、開業医や検診会場で採血した場合には、採血後、臨床検査施設に到着するまでに最大12時間程度かかることが多い。開業医のクリニックや検診会場には遠心機が備わっていないことが殆どであるため、これらの施設で採血された場合には採血から遠心処理まで最大12時間程度、採血後全血状態のまま採血管で保存することとなり、グルコース濃度の低下が避けられない。このため開業医や検診会場で採血した場合には糖尿病が見逃される可能性があった。
【0004】
これまでに解糖阻止剤としてフッ化ナトリウムを管内に備えた採血管が実用化されており、さらには解糖阻止剤としてアデノシン3リン酸(ATP)を管内に備えた採血管も提案されている(特許文献1)。
【0005】
一方で、フッ化ナトリウムは初期の4時間までグルコース濃度の経時的低下を抑えることが不十分であることから、その対策として米国臨床生化学アカデミーのガイドラインには採血後すぐに氷水スラリーに浸け30分以内に血漿化できない場合にはクエン酸緩衝液を使用したものが推奨されている(非特許文献1)。しかし、クエン酸緩衝液を含んだ採血管ではHbA1cの測定ができず、効率性と経済性の観点から我が国ではあまり利用されてこなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】David B. Sacks et al., Guidelines and Recommendations for Laboratory Analysis in the Diagnosis and Management of Diabetes Mellitus, Clinical Chemistry 57(6); e1-e7(2011)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、赤血球へのグルコース取り込み阻害剤の提供を目的とする。本発明はまた、採血管におけるグルコース濃度低下抑制剤の提供を目的とする。本発明はさらに、採取した血液のグルコース濃度の低下を抑制する採血管の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、イノシンが赤血球へのグルコース取り込みを阻害すること、イノシンを採血管内に配合することにより全血のグルコース濃度の低下が避けられること、イノシンを配合した採血管によりHbA1c、インスリンおよびC-ペプチドを測定可能であること等を見出した。本発明はこれらの知見に基づくものである。
【0010】
本発明によれば以下の発明が提供される。
[1]イノシンを有効成分とする、赤血球へのグルコース取り込み阻害剤。
[2]イノシンを有効成分とする、採血管におけるグルコース濃度低下抑制剤。
[3]解糖系阻害剤をさらに含む、上記[2]に記載のグルコース濃度低下抑制剤。
[4]解糖系阻害剤がフッ化塩およびアデノシンリン酸またはその塩からなる群から選択される1種または2種以上である、上記[3]に記載のグルコース濃度低下抑制剤。
[5]抗凝固剤をさらに含む、上記[2]~[4]のいずれかに記載のグルコース濃度低下抑制剤。
[6]抗凝固剤が、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)およびその塩並びにそれらの水和物、クエン酸およびその塩並びにヘパリンおよびその塩からなる群から選択される1種または2種以上である、上記[5]に記載のグルコース濃度低下抑制剤。
[7]採取される血液1mLあたり0.10mg以上でイノシンを使用する、上記[2]~[6]のいずれかに記載のグルコース濃度低下抑制剤。
[8]内部空間に上記[2]~[7]のいずれかに記載のグルコース濃度低下抑制剤を備えた採血管であって、血液中のグルコース濃度を測定するための採血管。
[9]グルコース濃度低下抑制剤が、採取される血液1mLあたり0.10mg以上のイノシンを含む、上記[8]に記載の採血管。
[10]HbA1c、インスリンおよびC-ペプチドからなる群から選択される1種または2種以上をさらに測定するための、上記[8]または[9]に記載の採血管。
【0011】
本発明によれば、全血を採血管で長時間保存してもグルコース濃度の低下が避けられる採血管を提供することができる。フッ化ナトリウムおよびエチレンジアミン四酢酸(EDTA)を管内に含む従来の採血管を用いてグルコース濃度を測定すると、4時間程度の時間経過によっても血液中のグルコース濃度が低下する傾向が見られるため、例えば糖尿病であったとしても、陰性と判定されることがある(偽陰性)。本発明によれば採血する施設によらず、正確な血糖値の測定が可能となるため、糖尿病の早期発見や糖尿病の見逃し抑止に資する点で有利である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、採血管に保存した全血の12時間後のグルコース濃度変化とヘマトクリット値との関係を示す図である。(A)は採血管Cを用いた場合であり、(B)は採血管Kを用いた場合である。
【
図2】
図2は、採血管に保存した全血の12時間後のグルコース濃度変化とヘマトクリット値との関係を示す図である。(A)は採血管Iを用いた場合であり、(B)は採血管Jを用いた場合である。
【
図3】
図3は、採血管に保存した全血の24時間後のインスリン濃度の変化を示した図である。(A)は従来の採血管(採血管C)を用いた場合であり、(B)はイノシンを配合した本発明の採血管(採血管K)を用いた場合である。
【
図4】
図4は、採血管に保存した全血の24時間後のc-ペプチド濃度の変化を示した図である。(A)は従来の採血管(採血管C)を用いた場合であり、(B)はイノシンを配合した本発明の採血管(採血管K)を用いた場合である。
【発明の具体的説明】
【0013】
<<赤血球へのグルコース取り込み阻害剤>>
本発明によればイノシンを有効成分として含む、赤血球へのグルコース取り込み阻害剤が提供される。赤血球の細胞膜上にはグルコース輸送体タンパク質(GLUT1)が存在し、グルコースの赤血球内への取り込みを担っている。本発明の阻害剤はGLUT1に作用し、GLUT1によるグルコースの取り込みを阻害すると考えられる。すなわち、本発明によればGLUT1によるグルコース輸送の阻害剤が提供される。
【0014】
本発明の別の側面によれば、イン・ビトロにおいて全血とイノシンとを混合することを含む、全血中の赤血球へのグルコースの取り込み阻害方法が提供される。全血とイノシンとを混合することは、内部にイノシンを備えた採血管に全血を採血し、これを転倒混和する態様を含む。本発明のグルコースの取り込み阻害方法は本発明の阻害剤の記載に従って実施することができる。
【0015】
<<採血管におけるグルコース濃度低下抑制剤>>
本発明の阻害剤は赤血球へのグルコース取り込みを阻害できるため、赤血球に存在する解糖系酵素によるグルコ―スの分解を阻止することができる。従って、本発明の阻害剤は採血管に保存した全血のグルコース濃度の低下を抑制するために用いることができる。すなわち、本発明によればイノシンを有効成分とする、採血管におけるグルコース濃度低下抑制剤が提供される。
【0016】
採取される血液1mLに対するイノシンの使用量の下限値は、0.10mg、0.125mg、0.25mg、0.375mg、0.50mg、0.75mg、1.0mg、1.25mgまたは1.5mgとすることができ、採取される血液1mLに対するイノシンの使用量の上限値は、5.0mg、4.0mg、3.0mgとすることができる。採取される血液1mLに対するイノシンの使用量の範囲は上記の下限値および上限値を組み合わせて設定することができ、例えば、0.10~5.0mg、0.125~5.0mg、0.10~4.0mgまたは0.125~4.0mgとすることができる。
【0017】
本発明のグルコース濃度低下抑制剤はイノシン単独で使用することができるが、解糖系阻害剤と組合わせて使用することもできる。解糖系阻害剤としては、フッ化塩、アデノシンリン酸またはその塩が挙げられる。イノシンを解糖系阻害剤(特にフッ化塩)と組合わせて使用することにより、グルコース濃度低下抑制効果をより強く発揮させることができる。
【0018】
フッ化塩としては、特に限定されないが、例えばフッ化ナトリウムおよびフッ化カリウムが挙げられ、フッ化ナトリウムが好ましい。これらは1種を単独で、あるいは2種以上を組み合わせて用いることができる。フッ化ナトリウムは解糖系中のエノラーゼを阻害することにより、採血管内におけるグルコースの分解阻止効果を発揮する。
【0019】
フッ化塩を採血管におけるグルコース濃度低下抑制剤として使用する場合には、採取される血液1mLに対して、フッ化塩を0.2~3.0mgの範囲で使用することが好ましく、より好ましくは1.0~2.5mgの範囲で、さらに好ましくは1.5~2.0mgの範囲で使用することができる。
【0020】
本発明のアデノシンリン酸およびその塩としては、ATP(アデノシン3リン酸)、ADP(アデノシン2リン酸)、AMP(アデノシン1リン酸)およびこれらの塩が挙げられ、ATPおよびその塩が好ましい。これらは1種を単独で、あるいは2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0021】
アデノシンリン酸の塩としては、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩、カルシウム塩、マグネシウム塩等のアルカリ土類金属塩等が挙げられ、アルカリ金属塩が好ましく、ナトリウム塩がより好ましい。ATPの塩としては、二ナトリウム塩が好適である。
【0022】
アデノシンリン酸またはその塩を採血管におけるグルコース濃度低下抑制剤として使用する場合には、採取される血液1mLに対して、アデノシンリン酸またはその塩を0.1~1000mgの範囲で使用することが好ましく、より好ましくは0.5~200mgの範囲で、さらに好ましくは1~100mgの範囲で使用することができる。
【0023】
本発明のグルコース濃度低下抑制剤は抗凝固剤と組合わせて使用することができる。抗凝固剤としては、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)もしくはその塩またはそれらの水和物、クエン酸またはその塩(例えば、クエン酸ナトリウムのようなクエン酸のアルカリ金属塩)、ヘパリンまたはその塩(例えば、ヘパリンナトリウムのようなヘパリンのアルカリ金属塩)が挙げられる。
【0024】
EDTAの塩としては、特に限定されないが、EDTAアルカリ金属塩(例えば、EDTA2ナトリウムおよびEDTA2カリウム)が挙げられる。EDTAおよびその塩並びにそれらの水和物は1種を単独で、あるいは2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0025】
EDTAもしくはその塩またはそれらの水和物を血液の抗凝固剤として使用する場合には、採取される血液1mLに対して、EDTA無水塩として0.5~2.5mgの範囲で使用することが好ましく、より好ましくは0.75~2.25mgの範囲で、さらに好ましくは1~2mgまたは1.2~2mgの範囲で使用することができる。
【0026】
本発明のグルコース濃度低下抑制剤は採血管への使用を目的の一つとするものであるため、イノシンに加えて、解糖系阻害剤および/または抗凝固剤を含んでいてもよく、あるいはイノシンと、解糖系阻害剤および/または抗凝固剤との組合せであってもよい。
【0027】
本発明の別の側面によれば、イン・ビトロにおいて全血とイノシンとを混合することを含む、全血中のグルコース濃度の低下抑制方法が提供される。イノシンに加えて解糖系阻害剤および/または抗凝固剤を全血に混合してもよい。全血とイノシンとを混合することは、内部にイノシンを備えた採血管に全血を採血し、これを転倒混和する態様を含む。本発明のグルコース濃度低下抑制方法は本発明のグルコース濃度低下抑制剤の記載に従って実施することができる。
【0028】
<<採血管>>
本発明の採血管は、開口を有する上端と有底を有する下端とを長手方向に有する筒状体と、上端の開口を塞ぐ栓とを備える。また、筒状体の内部空間に、本発明の阻害剤または本発明のグルコース濃度低下抑制剤を含有する。すなわち、本発明の採血管は筒状態の内部空間に少なくともイノシンを含有するものである。
【0029】
開口を有する上端と有底を有する下端とは、筒状体の長手方向の両端部であり、採血管の使用時に、上端は地面に対して下端よりも上部に位置して、開口から血液を採取し、下端は地面に対して上端よりも下部に位置し、採取された血液を有底で受け止める。また、筒状体は、その断面が環状であることが好ましい。断面が環状とは、断面が円形又は略円形であればよい。
【0030】
筒状体の素材としては、特に限定されないが、例えばガラスや、ポリエチレンテレフタラート等のプラスチックが挙げられる。内部の状態を視認可能とするため、無色透明の素材が好ましい。
【0031】
筒状体の上端の開口を塞ぐ栓としては、特に限定されないが、例えばゴム栓、フィルム栓が挙げられる。栓中央部は採血針の栓への穿刺を容易かつ安全に行えるように、栓中央部以外と比べて薄く設定してもよい。また、採血管において、栓が筒状体の上端の開口を塞いでおり、筒状体の内部空間が減圧されていることが好ましい。筒状体の内部空間が減圧されていることにより、採血管への採血が容易になる傾向にある。減圧の程度は、採血量、栓による筒状体の内部空間の密封度に応じて適宜設定できる。
【0032】
本発明では、イノシン等の添加剤を含有する筒状体の内部空間の位置は、筒状体の上端よりも下端側であることが、採血した血液と接触することが容易であるため好ましい。
【0033】
本発明の採血管は、本発明の阻害剤または本発明のグルコース濃度低下抑制剤に加えて、採血した血液中の赤血球の解糖を抑制するために、および/または、採血した血液の溶血(pHが4以下であると生じる場合がある)を阻害するために、pH調整剤をさらに含有してもよい。
【0034】
pH調整剤としては、特に限定されないが、例えばクエン酸およびコハク酸並びにそれらの塩が挙げられ、目的に応じてこれら1種を単独で、あるいは2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0035】
本発明では、イノシン等の添加剤は、顆粒、粉末、シート、錠剤等どのような形態で採血管内部空間へ収容してもよく、採血管内部壁面へスプレー塗布し、乾燥させ、壁面へ固着させてもよい。イノシン等の添加剤は2種以上を混合物にして採血管内部空間に収容しても、別々で採血管内部空間に収容してもよい。
【0036】
後記実施例に示される通り本発明の採血管で採血した血液サンプルについてHbA1cの測定を行ったところ、本発明の採血管は測定結果に影響を与えなかった。また、本発明の採血管で採血した血液サンプルについてインスリンおよびc-ペプチドそれぞれの測定を行ったところ、採血直後の血清と比較すると一定の低下が認められたが、その関係は高い相関が認められることから係数を使用すれば臨床上でも十分に使用可能であると考えられた。すなわち、本発明の採血管はグルコース、HbA1c、インスリン、C-ペプチドの4項目すべての測定に使用可能であることから、本発明は検査効率の向上とコスト削減に資する点で有利な発明である。
【実施例0037】
以下の例に基づき本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0038】
採血管
実施例で使用した市販の採血管(採血管A、B、C、D)は以下の通りである。
【表1】
【0039】
採血管A:インセパックII-D 生化学・血清学検査用・高速凝固・分離剤入り採血管 SIM-L1008SQ3 徳山積水工業社
採血管B:ニプロネオチュ-ブA EDTA-2k(顆粒) NP-EK0205 ニプロ社
採血管C:ニプロネオチュ-ブA フッ化Na+EDTA-2Na (顆粒) OP-FN0205 ニプロ社
採血管D:インセパックII 血液学検査用5mL採血管 SMD750ENA 徳山積水工業社
【0040】
市販の採血管を元に作製した採血管は以下の通りである。
【表2】
【0041】
表2の採血管は、各添加物を溶液状態した後に濾紙に浸み込ませ、冷蔵庫(4℃)で48時間乾燥させた状態で採血管へ添加し、作製した。具体的には、ATP(富士フィルム和光純薬社 Code No.309-50513)については、200mg/mL溶液を調製し、直径6mmにカットした濾紙(定性濾紙No.131、アドバンテック社)に25μl(ATP量5mgに相当)を添着・乾燥させ、必要枚数を採血管に投入した。イノシン(富士フィルム和光純薬社 Code No.099-00231)については、10mg/mL:10mg/mL溶液を調製し、直径6mmにカットした濾紙(定性濾紙No.131、アドバンテック社)に25μl(イノシン量0.25mgに相当)を添着・乾燥させ、必要枚数を採血管に投入した。
【0042】
実験方法
以下の実施例において、血糖(グルコース濃度)の測定には自動グルコ-ス測定装置(アダムス グルコ-ス GA-1153、GOD電極法、アークレイ社)を使用した。
【0043】
血清に関しては採血後5分以内に3000rpmで5分間遠心分離して、その上清(血清)を別の試験管に移したものを検体としてグルコース濃度を測定した。血清以外の採血管に関しては、3000rpmで5分間遠心分離して血球と上清(血漿)とを分け、分けた上清(血漿)をグルコース濃度の測定に用いた。
【0044】
例1:採血管における血液のグルコース濃度測定値低下に対するイノシンの効果
(1)方法
ボランティア被験者10名から下記の各種採血管に血液を採取し、採血後、全血状態(すなわち未遠心)で4時間までは室温で保存し、以降は4℃で24時間まで保存した。採血から12時間後の採血管C、I、JおよびKを用いてグルコース濃度(mg/dL)を測定し、この測定値を採血管グルコース濃度とした。
【0045】
また、採血から4時間以内に採血管B(血算用)で採取した全血状態(すなわち未遠心)の血液についてヘマトクリット値を多項目自動血球測定装置XN-1000(シスメックス社)にて測定した。
【0046】
血清に関してはボランティア被験者10名から採取した血液の上清(血清)を4時間までは室温で保存し、以降は4℃で24時間まで保存した。採血から24時間後までのグルコース濃度(mg/dL)を測定し、この測定値を各時の血清グルコース濃度とした。
【0047】
(2)結果
採血管グルコース濃度から血清グルコース濃度を引いた数値を被験者ごとに
図1(A)(採血管C)、
図1(B)(採血管K)、
図2(A)(採血管I)および
図2(B)(採血管J)に示した。解糖阻止剤としてフッ化ナトリウムを備えた従来型の採血管Cではヘマトクリット値が基準範囲(40.7~50.1%)でも、保存により血糖値の測定許容変動幅(±4mg/dL)を超えてグルコース濃度が低下してしまう例が5例中4例認められた。ATPを加えた採血管IおよびJでは、ヘマトクリット値が基準範囲(40.7~50.1%)でも、保存により血糖値の測定許容変動幅(±4mg/dL)を超えてグルコース濃度が低下してしまう例が5例中3例(ATP15mg)と、5例中1例(ATP20mg)認められた。一方で、ATPを5mgに減量した上でイノシン2mgを加えた採血管Kでは、ヘマトクリット値が基準範囲(40.7~50.1%)を超えた例では測定許容変動幅(±4mg/dL)を超えてグルコース濃度が低下してしまう例を認めたが、ヘマトクリット値が基準範囲内の5例ではグルコース濃度が測定許容変動幅を超える例は認められなかった。
【0048】
例2:採血管におけるグルコース濃度低下に対する各種成分の効果
(1)方法
ボランティア被験者1名から下記の各種採血管に血液を採取し、採血後、血清は直後に遠心分離したものを使用し、その他の血液は全血状態(すなわち未遠心)で4時間までは室温で保存し、以降は4℃で24時間まで保存した。採血直後と、採血から4時間後、12時間後および24時間後の採血管B、C、H、L、M、N、O、P、Q、RおよびSのグルコース濃度(mg/dL)を測定し、この測定値を採血管グルコース濃度とした。
【0049】
血清に関してはボランティア被験者1名から採取した血液の上清(血清)を4時間までは室温で保存し、以降は4℃で24時間まで保存した。採血管はポリスチレンスピッツを使用した。採血から4時間後までのグルコース濃度(mg/dL)を測定し、この測定値を各時の血清グルコース濃度とした。
【0050】
(2)結果
血清の採血直後のグルコース濃度と、血清および各種採血管におけるグルコース濃度の経時変化を下記表3に示した。
【0051】
【0052】
解糖阻止剤としてフッ化ナトリウムを備えた従来型の採血管Cと、採血管CにATP5mgを配合した採血管Hでは、12時間後のグルコース濃度と24時間後のグルコース濃度(mg/dL)がそれぞれ、91、90と、90、90であった。一方で、採血管Cにイノシンを配合した採血管L、M、N、O、PおよびQでは、24時間後のグルコース濃度(mg/dL)がいずれも94以上であり、高いグルコース濃度低下抑制効果が認められた。また、採血管CにイノシンおよびATPを配合した採血管RおよびSでは、24時間後のグルコース濃度(mg/dL)がいずれも97であり、より高いグルコース濃度低下抑制効果が認められた。本発明により、高価なATPを使用しないか、あるいはATPの使用量を低減しつつ、安価なイノシンを使用して高いグルコース濃度低下抑制効果を達成できた。
【0053】
例3:採血管におけるグルコース濃度低下に対するイノシンの効果
(1)方法
ボランティア被験者1名から下記の各種採血管(採血管T、UおよびV1~5)に血液を採取した。
【0054】
血清に関してはボランティア被験者1名から採取した血液の上清(血清)を4時間までは室温で保存し、以降は4℃で24時間まで保存した。採血管はポリスチレンスピッツを使用した。採血から4時間後までのグルコース濃度(mg/dL)を測定し、この測定値を各時の血清グルコース濃度とした。
【0055】
採血管Tについては、採血管Dに血液を5mLずつ採取(計2本)し、5分間遠心して、それぞれの採血管から上清を0.85mL廃棄した。1本にまとめよく混和して採血管Tへ注ぎ、採血管Tにおいて4時間までは室温で保存し、以降は4℃で24時間まで保存した。ヘマトクリット値を多項目自動血球測定装置XN-1000(シスメックス社)にて測定したところ、ヘマトクリット値は50.1%であった。
【0056】
採血管UおよびVについては、採血管Dに血液を5mLずつ採取(計10本)し、5分間遠心して、それぞれの採血管から上清を0.85mL廃棄した。1本にまとめよく混和して、高ヘマトクリット検体を作製した。この高ヘマトクリット検体を清浄なポリスチレンチュ-ブ(添加物なし)に2mL分注したものを採血管Tとし、採血管C(血糖用)にイノシン未添加の採血管(採血管U)に、あるいは、採血管C(血糖用)にイノシンを添加した採血管(V1~5)に、2mLずつ分注したものを作製し、4時間までは室温で保存し、以降は4℃で24時間まで保存した。ヘマトクリット値は採血管Tを用いて多項目自動血球測定装置XN-1000(シスメックス社)にて測定したところ、ヘマトクリット値は50.8%であった。
【0057】
(2)結果
各時間のグルコース濃度の血清および各種採血管におけるグルコース濃度の経時変化を下記表4に示した。
【0058】
【0059】
解糖阻止剤としてフッ化ナトリウムを備えた従来型の採血管U(採血管C)と、採血管Cに各種濃度のイノシンを配合した採血管V1~5では、24時間後のグルコース濃度が採血管Uを上回っており、高いグルコース濃度低下抑制効果が認められた。なお、保存した血液はヘマトクリット値が約50%であり、ヘマトクリット値が基準範囲の上限値付近であるにも関わらず、イノシンが配合された採血管Vでは従来型の採血管Uを上回るグルコース濃度低下抑制効果が認められた。
【0060】
例4:赤血球のグルコース取り込みに対する効果
(1)方法
ボランティア被験者から採血管Bに採取した血液を10分以内に3000rpmで5分遠心し、血漿を廃棄して新鮮赤血球を得た。この赤血球をPBS(-)で洗浄して以下の試験に使用した(洗浄赤血球)。
【0061】
被験物質をPBS(-)1mL対して表5に記載の量で溶解させた。一方で、PBS(-)に浸漬し、約15分静置した洗浄赤血球5μLを試験管に取り分け、被験物質溶液を150μLずつ加え、37℃で15分加温した。次いで、グルコース取り込みアッセイキット(Glucose Uptake Assay Kit-Green、同仁化学研究所)内の溶解済みプローブ試薬を2μL加えて、37℃で45分加温した。なお、プローブ試薬は蛍光標識されたグルコース(蛍光標識グルコース)であり、粉末状体の試薬をDMSO20μLに溶解したものを使用した。
【0062】
グルコース取り込みアッセイの試薬への浸漬が完了した後、冷却50倍希釈WI solution(前記アッセイ試薬に付属のものを4℃のPBS(-)で50倍希釈して作製したもの)150μlで赤血球を3回洗浄し、さらに冷却50倍希釈WI solution 150μLを添加し、撹拌した後、20μLをガラススライドに滴下し、スライド上に延ばした。スライドを蛍光顕微鏡で写真撮影した。
【0063】
残りの赤血球を遠心して上清を廃棄し、残った下層の赤血球に注射用水125μLを添加し溶血させた。遠心して得られた上清100μLの蛍光強度をマイクロプレートリーダー(MTP-800Lab、コロナ電気社)を用いて測定した。測定条件は、励起光波長:530nm、測定蛍光波長:492nmであった。
【0064】
(2)結果
被験物質と、観測された蛍光強度を下記表5に示した。
【表5】
【0065】
試験区1は被験物質が存在しない状況であり、蛍光標識グルコースが赤血球に取り込まれた結果、赤血球内に取り込まれた蛍光により強い蛍光が観察された。試験区2は非標識グルコースが蛍光標識グルコ-スに比較し多量に存在するためにグルコ-ストランスポ-タ-(GLUT1)へ競合が起こり、通常にグルコ-スが通過する量が増えたため蛍光標識グルコ-スの通過が抑制され、結果として赤血球内の蛍光は殆ど観察されなかった。試験区5はイノシンが存在する状況であり、イノシンにより蛍光標識グルコースの取り込みが阻害された結果、赤血球内の蛍光は試験区2と同様に殆ど観察されなかった。試験区3および4のフッ化ナトリウムやATPについては蛍光標識グルコースの取り込みが抑制される傾向が見られたが、取り込み抑制の程度はイノシンをはるかに下回った。以上の結果から、イノシンには赤血球のグルコースの取り込みに対する強力な阻害作用が認められた。
【0066】
例5:グルコース濃度以外の検査項目への影響
(1)HbA1c測定への影響
フッ化ナトリウムを配合した従来の採血管(採血管C)と、この採血管にイノシン2mgおよびATP5mgを配合した本発明の採血管(採血管K)にボランティア被験者から採血した全血2mLを室温で24時間保存し、保存後のヘモグロビンA1cを測定した。その結果、いずれの採血管でもHbA1cは5.8%であった。すなわち、本発明の採血管はHbA1cの測定に影響を与えないことが確認された。
【0067】
(2)インスリンおよびc-ペプチド測定への影響
例1(1)の記載に従って、フッ化ナトリウムを配合した従来の採血管(採血管C)と、この採血管にイノシン2mgおよびATP5mgを配合した本発明の採血管(採血管K)に血液を採取し、採血直後と採血から24時間後にインスリン濃度とc-ペプチド濃度を測定した。従来の採血管および本発明の採血管について採血直後の血清と採血管血漿中のインスリン濃度を
図3に示した。従来の採血管および本発明の採血管について採血直後の血清と採血管血漿中のc-ペプチドの濃度を
図4に示した。インスリン濃度とc-ペプチド濃度は採血直後に遠心処理した血清測定値が基準となるところ、従来の採血管と本発明の採血管はいずれも測定値の低下が認められた。しかし、一定の割合で測定値の低下が認められたことから、補正係数を設定することにより血清測定値への換算が可能である。すなわち、本発明の採血管によりインスリン濃度とc-ペプチド濃度を測定できることが確認された。