IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 独立行政法人産業技術総合研究所の特許一覧

特開2024-65647グロムス細胞様細胞およびその作製方法
<>
  • 特開-グロムス細胞様細胞およびその作製方法 図1
  • 特開-グロムス細胞様細胞およびその作製方法 図2
  • 特開-グロムス細胞様細胞およびその作製方法 図3
  • 特開-グロムス細胞様細胞およびその作製方法 図4
  • 特開-グロムス細胞様細胞およびその作製方法 図5
  • 特開-グロムス細胞様細胞およびその作製方法 図6
  • 特開-グロムス細胞様細胞およびその作製方法 図7
  • 特開-グロムス細胞様細胞およびその作製方法 図8
  • 特開-グロムス細胞様細胞およびその作製方法 図9
  • 特開-グロムス細胞様細胞およびその作製方法 図10
  • 特開-グロムス細胞様細胞およびその作製方法 図11
  • 特開-グロムス細胞様細胞およびその作製方法 図12
  • 特開-グロムス細胞様細胞およびその作製方法 図13
  • 特開-グロムス細胞様細胞およびその作製方法 図14
  • 特開-グロムス細胞様細胞およびその作製方法 図15
  • 特開-グロムス細胞様細胞およびその作製方法 図16
  • 特開-グロムス細胞様細胞およびその作製方法 図17
  • 特開-グロムス細胞様細胞およびその作製方法 図18
  • 特開-グロムス細胞様細胞およびその作製方法 図19
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024065647
(43)【公開日】2024-05-15
(54)【発明の名称】グロムス細胞様細胞およびその作製方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/079 20100101AFI20240508BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20240508BHJP
   C12Q 1/06 20060101ALI20240508BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20240508BHJP
【FI】
C12N5/079 ZNA
C12N5/10
C12Q1/06
C12N15/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022174625
(22)【出願日】2022-10-31
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 綾子
(74)【代理人】
【識別番号】100142996
【弁理士】
【氏名又は名称】森本 聡二
(74)【代理人】
【識別番号】100166268
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 祐
(74)【代理人】
【識別番号】100180231
【弁理士】
【氏名又は名称】水島 亜希子
(72)【発明者】
【氏名】木田 泰之
(72)【発明者】
【氏名】赤木 祐香
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QQ02
4B063QQ08
4B063QQ63
4B063QR90
4B063QS25
4B063QS32
4B063QX02
4B065AA90X
4B065AA90Y
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA01
4B065BD25
4B065CA24
4B065CA44
(57)【要約】
【課題】 頸動脈小体の低酸素応答を再現し得るグロムス細胞様細胞を提供する。
【解決手段】 (a)多能性幹細胞の自律神経前駆細胞への分化を誘導するステップ、および(b)前記ステップ(a)により得られた自律神経前駆細胞を、FGFシグナル経路活性化剤、EGFシグナル経路活性化剤およびIGF-1シグナル経路活性化剤の存在下で培養するステップを含む、グロムス細胞様細胞を作製する方法。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)多能性幹細胞の自律神経前駆細胞への分化を誘導するステップ、および
(b)前記ステップ(a)により得られた自律神経前駆細胞を、FGFシグナル経路活性化剤、EGFシグナル経路活性化剤およびIGF-1シグナル経路活性化剤の存在下で培養するステップ
を含む、グロムス細胞様細胞を作製する方法。
【請求項2】
(c)前記ステップ(a)の前に、前記多能性幹細胞に内皮PASドメイン含有タンパク質1をコードする外因性核酸を導入するステップ
をさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記FGFシグナル経路活性化剤がbFGFである、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記EGFシグナル経路活性化剤がEGFである、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記IGF-1シグナル経路活性化剤がIGF-1である、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記多能性幹細胞がヒト由来である、請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項に記載の方法により得られたグロムス細胞様細胞。
【請求項8】
内皮PASドメイン含有タンパク質1をコードする外因性核酸を含んでなり、チロシン水酸化酵素、カリウムチャネルサブファミリーKメンバー3および嗅覚受容体51E2を発現する、グロムス細胞様細胞。
【請求項9】
低酸素状態においてATPまたはドーパミンもしくはその代謝物の産生量が増加する、請求項7または8に記載のグロムス細胞様細胞。
【請求項10】
(1)請求項7~9のいずれか1項に記載のグロムス細胞様細胞に候補化合物を接触させるステップ、および
(2)前記グロムス細胞様細胞から放出されたATPを測定するステップ
を含む、グロムス細胞の活性を調節する化合物のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グロムス細胞様細胞およびその作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
頸動脈小体(CB)は、頚動脈の分岐部に位置する末梢性化学受容器である。CBは、神経様のグロムス細胞(I型細胞とも呼ばれる)とグリア様の支持細胞(II型細胞とも呼ばれる)とから構成され、グロムス細胞が化学受容器の機能を有する。グロムス細胞は、低酸素状態、高二酸化炭素血状態またはアシドーシスを感知すると、ATPやドーパミンなどの神経伝達物質を放出し、舌咽神経を介して延髄を刺激し、その結果、呼吸数および心拍数の増加が誘発される。そのため、グロムス細胞の感度や神経伝達物質の放出活性を調節する化合物は、呼吸不全の治療薬の候補となり得る。さらに、近年では、グロムス細胞はインスリンやグルコースを感知し、エネルギー恒常性の維持に関与していることが明らかにされており、糖尿病の新たな治療標的としても注目されている。
【0003】
従来、CBの研究には、ヒト以外の動物モデルが使用されてきた。しかし、多数の治療薬候補を試験するためには相当数の動物が必要であり、多大な時間的・経済的コストがかかることが問題となる。さらに、近年では、動物福祉・愛護などの倫理上の観点からも、動物を用いない代替試験系が強く望まれている。また、動物種差を考慮し、ヒトに近い試験系が求められており、ヒトグロムス細胞を用いたインビトロCBモデルの開発が望まれている。
【0004】
一方、CBの支持細胞はグロムス細胞の前駆細胞であり、インビトロにおいて支持細胞からグロムス細胞を作製できることが報告されている(特許文献1、非特許文献1)。しかし、グロムス細胞を作製するためには支持細胞を動物から採取する必要があるため、特にヒトグロムス細胞の大量培養には困難が存在する。ヒト多能性幹細胞からグロムス細胞または支持細胞を作製する方法は、今までに報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2009/016262
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Pardal,R.et al.,Cell,2007;131(2):364-377
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、インビトロにおいてCBの低酸素応答を再現し得るグロムス細胞様細胞、およびその容易かつ効率的な調製方法を提供することを目的としてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、これまでヒト多能性幹細胞から自律神経細胞またはその前駆細胞を効率的に誘導する技術を開発している(例えば、国際公開第2016/194522)。本発明者らは、上記方法に特定の培養条件を追加することにより、多能性幹細胞から低酸素応答を示すグロムス細胞様細胞を作出することに成功した。
【0009】
すなわち、本発明は、一実施形態によれば、(a)多能性幹細胞の自律神経前駆細胞への分化を誘導するステップ、および(b)前記ステップ(a)により得られた自律神経前駆細胞を、FGFシグナル経路活性化剤、EGFシグナル経路活性化剤およびIGF-1シグナル経路活性化剤の存在下で培養するステップを含む、グロムス細胞様細胞を作製する方法を提供するものである。
【0010】
前記方法は、(c)前記ステップ(a)の前に、前記多能性幹細胞に内皮PASドメイン含有タンパク質1(EPAS1)をコードする外因性核酸を導入するステップをさらに含むことが好ましい。
【0011】
前記FGFシグナル経路活性化剤はbFGFであることが好ましい。
【0012】
前記EGFシグナル経路活性化剤はEGFであることが好ましい
【0013】
前記IGF-1シグナル経路活性化剤はIGF-1であることが好ましい。
【0014】
前記多能性幹細胞はヒト由来であることが好ましい。
【0015】
また、本発明は、一実施形態によれば、上記方法により作製された、グロムス細胞様細胞を提供するものである。
【0016】
また、本発明は、一実施形態によれば、EPAS1をコードする外因性核酸を含んでなり、チロシン水酸化酵素、カリウムチャネルサブファミリーKメンバー3および嗅覚受容体51E2を発現するグロムス細胞様細胞を提供するものである。
【0017】
上記グロムス細胞様細胞は、低酸素状態においてATPまたはドーパミンもしくはその代謝物の産生量が増加するものであることが好ましい。
【0018】
また、本発明は、一実施形態によれば、(1)上記グロムス細胞様細胞に候補化合物を接触させるステップ、および(2)前記グロムス細胞様細胞から放出されたATPを測定するステップを含む、グロムス細胞の活性を調節する化合物のスクリーニング方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係る方法によれば、グロムス細胞様細胞を、高効率かつ容易に作製することができる。また、本発明に係るグロムス細胞様細胞は低酸素応答性に優れており、インビトロCBモデルの開発、CBの活性を調節する化合物の探索、CBが関連する疾患の治療薬の開発のために有用である。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1図1は、グロムス細胞様細胞の作製スケジュールを示す概略図である。
図2図2は、誘導0日目の胚様体(EB)、誘導13日目の細胞(自律神経前駆細胞)および誘導16日目の細胞(グロムス細胞様細胞)の顕微鏡像(明視野)を示す図である。
図3図3は、誘導-3日目のiPS細胞(図中「hiPSC」と表記)、誘導13日目の細胞(「Progenitors」と表記)および誘導16日目の細胞(「Glomus cells」と表記)についてのRNA-seq解析の結果を示すヒートマップである。
図4図4は、誘導0日目のEB、誘導13日目の細胞(自律神経前駆細胞)および誘導18日目の細胞(グロムス細胞様細胞)におけるOR51E2遺伝子の発現量を示すグラフである。
図5図5は、低酸素刺激に応じたグロムス細胞様細胞のATP産生を示すグラフである。
図6図6は、低酸素刺激に応じたグロムス細胞様細胞のエピネフリン産生を示すグラフである。
図7図7は、低酸素刺激に応じたグロムス細胞様細胞のドーパミン(DA)産生を示すグラフである。
図8図8は、低酸素刺激に応じたグロムス細胞様細胞の3,4-ジヒドロキシフェニル酢酸(DOPAC)産生を示すグラフである。
図9図9は、低酸素刺激に応じたグロムス細胞様細胞におけるTH遺伝子の発現量を示すグラフである。
図10図10は、低酸素刺激に応じたグロムス細胞様細胞におけるKCNK3遺伝子の発現量を示すグラフである。
図11図11は、低酸素刺激に応じたグロムス細胞様細胞のATP産生に対するテトラエチルアンモニウムクロリド(TEA)の促進効果を示すグラフである。
図12図12は、低酸素刺激に応じたグロムス細胞様細胞のATP産生に対するニフェジピン(Nif.)の抑制効果を示すグラフである。
図13図13は、低酸素刺激に応じたグロムス細胞様細胞のATP産生に対するリドカイン(Lid.)の抑制効果を示すグラフである。
図14図14は、外因性EPAS1遺伝子を導入したiPS細胞におけるEPAS1遺伝子の発現量を示すグラフである。
図15図15は、外因性EPAS1遺伝子を導入したiPS細胞から調製された誘導17日目の細胞におけるEPAS1遺伝子の発現量を示すグラフである。
図16図16は、EPAS1発現iPS細胞(未分化、誘導-3日目、図中「hiPSC」と表記)、EPAS1発現iPS細胞から誘導された自律神経前駆細胞(誘導13日目、「Progenitors」と表記)およびEPAS1過剰発現グロムス細胞様細胞(誘導17日目、「Glomus cells」と表記)におけるTH遺伝子の発現量を示すグラフである。
図17図17は、EPAS1発現iPS細胞(未分化、誘導-3日目)、EPAS1発現iPS細胞から誘導された自律神経前駆細胞(誘導13日目)およびEPAS1過剰発現グロムス細胞様細胞(誘導17日目)におけるKCNK3遺伝子の発現量を示すグラフである。
図18図18は、EPAS1発現iPS細胞(未分化、誘導-3日目)、EPAS1発現iPS細胞から誘導された自律神経前駆細胞(誘導13日目)およびEPAS1過剰発現グロムス細胞様細胞(誘導17日目)におけるOR51E2遺伝子の発現量を示すグラフである。
図19図19は、通常酸素状態または低酸素状態におけるEPAS1過剰発現グロムス細胞様細胞のATP産生を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を詳細に説明するが、本発明は本明細書中に説明した実施形態に限定されるものではない。
【0022】
本発明は、第一の実施形態によれば、(a)多能性幹細胞の自律神経前駆細胞への分化を誘導するステップ、および(b)前記ステップ(a)により得られた自律神経前駆細胞を、FGFシグナル経路活性化剤、EGFシグナル経路活性化剤およびIGF-1シグナル経路活性化剤の存在下で培養するステップを含む、グロムス細胞様細胞を作製する方法である。
【0023】
本実施形態の方法では、多能性幹細胞から自律神経前駆細胞を誘導する。「多能性幹細胞」には、例えば、胚性幹(ES)細胞、人工多能性幹(iPS)細胞、胚性生殖(EG)細胞、多能性生殖幹(mGS)細胞、Muse細胞などが挙げられるが、これらに限定されない。本実施形態の方法では、いずれの多能性幹細胞を用いてもよいが、ES細胞またはiPS細胞を用いることが好ましく、iPS細胞を用いることがより好ましい。
【0024】
本実施形態における多能性幹細胞は、任意の脊椎動物由来のものであってよく、好ましくは、マウス、ラット、ウサギ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、ウシ、サル、ヒトなどの哺乳動物由来であり、特に好ましくはヒト由来である。
【0025】
多能性幹細胞の調製方法は十分に確立されており(例えば、iPS細胞については、Cell,2007;131(5):861-872,doi:10.1016/j.cell.2007.11.019)、当分野において公知の方法にしたがって、任意の組織または細胞から多能性幹細胞を調製することができる。あるいは、すでに樹立されたiPS細胞株やES細胞株を、例えば、京都大学iPS細胞研究財団(CiRA_F)、理化学研究所バイオリソース研究センター(RIKEN BRC)、American Type Culture Collection(ATCC)などから入手してもよい。
【0026】
本実施形態における「自律神経前駆細胞」とは、神経堤細胞またはそれよりも自律神経系細胞への分化が進んだ細胞であり、交感神経細胞および副交感神経細胞への分化能を有するものをいう。本実施形態における自律神経前駆細胞は、例えばSOX10(神経堤細胞マーカー遺伝子)およびPHOX2B(自律神経細胞マーカー遺伝子)の発現に基づいて定義され得る。
【0027】
多能性幹細胞を自律神経前駆細胞へと誘導する方法はすでに十分に確立されており(例えば、国際公開第2020/040286、国際公開第2016/194522)、当分野において公知の方法にしたがって自律神経前駆細胞を調製することができる。具体的には、例えば、DMEM/HAM’s F-12培地、ヒト幹細胞(hES)培地、N2培地またはそれらの混合物などを基本培地として、ドルソモルフィンのようなBMPシグナル経路阻害剤、SB431542のようなTGFシグナル経路阻害剤、CHIR99021のようなWntシグナル経路活性化剤、塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)のようなFGFシグナル経路活性化剤などを適宜添加した条件下で多能性幹細胞を培養することにより、自律神経前駆細胞を調製することができる。この際、多能性幹細胞は、上記分化誘導前に、Y-27632のようなRhoキナーゼ(ROCK)阻害剤を含む培地中で2~3日培養されることが好ましい。
【0028】
自律神経前駆細胞は、グロムス細胞様細胞への分化を誘導するまで、EGFや塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)などを添加した培地を用いて、分化能を維持したまま安定的に継代培養することができる(Fukuta et al.,PLoS ONE,9(12):e112291,2014)。
【0029】
次いで、自律神経前駆細胞を、FGFシグナル経路活性化剤、EGFシグナル経路活性化剤およびIGF-1シグナル経路活性化剤の存在下で培養する。これにより、自律神経前駆細胞をグロムス細胞様細胞へと誘導することができる。
【0030】
本実施形態における「FGFシグナル経路活性化剤」は、FGF(線維芽細胞増殖因子)受容体およびその下流のシグナル経路を活性化する任意の公知の化合物であってよく、例えば、FGF1ファミリーである酸性線維芽細胞成長因子(FGF1、aFGF)、塩基性線維芽細胞成長因子(FGF2、bFGF)、FGF2の組替え体FGF-G3(商標)、線維芽細胞成長因子キメラ(FGFC)などが挙げられるが、これらに限定されない。本実施形態におけるFGFシグナル経路活性化剤は、好ましくはbFGFであってよく、培地におけるbFGFの濃度は、好ましくは5~50ng/mLとすることができる。
【0031】
本実施形態における「EGFシグナル経路活性化剤」は、EGF(上皮成長因子)受容体およびその下流のシグナル経路を活性化する任意の公知の化合物であってよく、例えばEGF、TGF-β、アンフィレギュリン(AREG)、ヘパリン結合EGF様増殖因子 (HB-EGF)、ベタセルリン(BTC)、エピジェン(EPG)、エピレグリン(EPR)などが挙げられるが、これらに限定されない。本実施形態におけるEGFシグナル経路活性化剤は、好ましくはEGFであってよく、培地におけるEGFの濃度は、好ましくは5~50ng/mLとすることができる。
【0032】
本実施形態における「IGF-1シグナル経路活性化剤」は、IGF-1(インスリン様成長因子1)受容体およびその下流のシグナル経路を活性化する任意の公知の化合物であってよく、例えば、IGF-1、IGF-2、インスリンなどが挙げられるが、これらに限定されない。本実施形態におけるIGF-1シグナル経路活性化剤は、好ましくはIGF-1であってよく、培地におけるIGF-1の濃度は、好ましくは5~50ng/mLとすることができる。
【0033】
ここで用いられる培地は、例えば、DMEM/HAM’s F-12培地を基本培地として、ウシ胎児血清(FBS)、ペニシリン・ストレプトマイシン、非必須アミノ酸溶液、N2サプリメント、B-27サプリメントなどを適宜添加したものであってよい。FBSに代えて、任意の同等の代替品を用いることもでき、そのような代替品には、KnockOut Serum Replacement(KSR)(Thermo Fisher Scientific:10828028)、StemSure(商標)血清代替品(SSR)(富士フイルム和光純薬:191-18375)、XF212 XerumFree(TNC BIO BV:XF212-0100-1s)などが挙げられるが、これらに限定されない。FBSまたはその代替品は、好ましくは10~20%の濃度で添加されてよい。自律神経前駆細胞は、例えば1×10~1×10細胞/mLの濃度範囲で播種されてよい。FGFシグナル経路活性化剤、EGFシグナル経路活性化剤およびIGF-1シグナル経路活性化剤の存在下での培養期間は、例えば3~50日間であってよく、好ましくは3~7日間であってよい。培養条件は、例えば哺乳動物由来の自律神経前駆細胞であれば、37℃、5%CO条件下で培養することが好ましい。
【0034】
本実施形態の方法では、好ましくは、グロムス細胞の発生および/または機能に関連する因子(以下、「グロムス細胞関連因子」と記載する)をコードする外因性核酸を導入する。これにより、機能がより向上したグロムス細胞様細胞を作製し得る。グロムス細胞関連因子には、例えば、内皮PASドメイン含有タンパク質1(EPAS1、別名HIF-2α)、脳由来神経栄養因子(BDNF)、ペアードホメオボックスタンパク質2B(PHOX2B)、SRY-BOX転写因子4(SOX4)、SRY-BOX転写因子11(SOX11)、低酸素誘導因子1A(HIF1A)などが挙げられるが、これらに限定されない。本実施形態の方法では、EPAS1をコードする外因性核酸を導入することが特に好ましい。
【0035】
グロムス細胞関連因子をコードする外因性核酸は、任意の時点で細胞に導入されてよい。例えば、グロムス細胞関連因子をコードする外因性核酸は、分化誘導前の多能性幹細胞に導入されてもよいし、分化誘導によって得られた自律神経前駆細胞に導入されてもよいし、グロムス細胞へと分化しつつある自律神経前駆細胞に導入されてもよい。本実施形態の方法では、グロムス細胞関連因子をコードする外因性核酸は、分化誘導前の多能性幹細胞に導入されることが好ましい。
【0036】
本実施形態におけるグロムス細胞関連因子をコードする外因性核酸は、任意の脊椎動物由来のものであってよく、好ましくは、マウス、ラット、ウサギ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、ウシ、サル、ヒトなどの哺乳動物由来であり、特に好ましくはヒト由来である。グロムス細胞関連因子をコードする遺伝子はすでにクローニングされており、それらの核酸配列情報は、所定のデータベースから入手することができる。例えば、ヒトEPAS1遺伝子であればNM_001430.5、ヒトBDNF遺伝子であればNM_001143805.1、ヒトPHOX2B遺伝子であればNM_003924.4、ヒトSOX4遺伝子であればNM_003107.3、ヒトSOX11遺伝子であればNM_003108.4、ヒトHIF1A遺伝子であればNM_00124308.2(いずれもNCBI RefSeq ID)が利用可能である。
【0037】
本実施形態におけるグロムス細胞関連因子には、同等の活性を有するそれらのバリアントやホモログなども含まれてよい。言い換えれば、本実施形態におけるグロムス細胞関連因子には、その生理活性が維持されていることを限度として、データベースに登録されているアミノ酸配列と80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは約95%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質が包含され得る。アミノ酸配列の同一性は、配列解析ソフトウェアを用いて、または、当分野で慣用のプログラム(FASTA、BLASTなど)を用いて算出することができる。また、本実施形態におけるグロムス細胞関連因子には、その生理活性が維持されていることを限度として、データベースに登録されているアミノ酸配列において、1~数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質が包含され得る。ここで、「1~数個」とは、例えば1~30個であってよく、好ましくは1~10個であってよく、特に好ましくは1~5個であってよい。
【0038】
グロムス細胞関連因子をコードする外因性核酸は、当分野において周知の方法により細胞に導入することができ、例えば、それらの核酸を発現ベクターにクローニングして、細胞に導入すればよい。発現ベクターには、例えば、以下に限定されないが、レトロウイルス、レンチウイルス、アデノウイルス、センダイウイルスなどのウイルスベクターや、pCMVなどのプラスミドベクターなどを用いることができる。
【0039】
本実施形態の方法において、発現ベクターは、その種類に応じて当分野において周知の方法により細胞に導入され得る。非ウイルスベクターであれば、例えば、リポフェクション、エレクトロポレーション、マイクロインジェクションなどにより導入することができる。ウイルスベクターであれば、適切な力価または多重感染度(MOI)において細胞に感染させることにより導入することができる。
【0040】
本実施形態の方法によれば、グロムス細胞様細胞を作製することが可能である。
【0041】
本発明は、第二の実施形態によれば、上記方法により作製されたグロムス細胞様細胞である。
【0042】
ここで、「グロムス細胞様細胞」とは、グロムス細胞に発現するマーカー遺伝子であるチロシン水酸化酵素(TH)、カリウムチャネルサブファミリーKメンバー3(KCNK3)および嗅覚受容体51E2(OR51E2)を発現し、グロムス細胞の低酸素応答を模倣することができる細胞をいう。したがって、本実施形態のグロムス細胞様細胞は、上記マーカーに加え、EPAS1を発現していることが好ましい。本実施形態のグロムス細胞様細胞は、ユビキチンC末端ヒドロラーゼL1(UCHL1)、ヘムオキシゲナーゼ(HO-2)、マキシKチャネル(Maxi-K)、クラスIIIβチューブリン(TUBB3)、低酸素誘導因子1A(HIF1A)、および/またはドーパミン受容体(DRD2)をさらに発現していることがより好ましい。
【0043】
すなわち、本発明は、第三の実施形態によれば、内皮PASドメイン含有タンパク質1(EPAS1)をコードする外因性核酸を含んでなり、チロシン水酸化酵素(TH)、カリウムチャネルサブファミリーKメンバー3(KCNK3)および嗅覚受容体51E2(OR51E2)を発現する、グロムス細胞様細胞である。本実施形態における「外因性核酸」は、第一の実施形態において定義したものと同様である。
【0044】
本実施形態のグロムス細胞様細胞は、EPAS1を過剰発現していることが好ましい。「EPAS1を過剰発現している」とは、EPAS1をコードする外因性核酸を導入せずに調製したグロムス細胞様細胞におけるEPAS1の発現量を超えて、EPAS1を発現している状態をいう。
【0045】
マーカーおよびEPAS1の発現は、RT-PCR、ウェスタンブロット、フローサイトメトリーなどの公知の手法により解析することができる。
【0046】
本実施形態におけるグロムス細胞様細胞は、マーカーおよびEPAS1の発現に加えて、低酸素応答性に基づいて定義されてもよく、例えば、低酸素状態におけるATPまたはドーパミンもしくはその代謝物の産生量の増加に基づいて定義され得る。ドーパミンの代謝物には、例えば、チロシン、L-DOPA、3,4-ジヒドロキシフェニル酢酸(DOPAC)、エピネフリン、ノルエピネフリンなどを挙げることができるが、これらに限定されない。ATPまたはドーパミンもしくはその代謝物は、当分野において周知の方法により測定されてよく、例えば、液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS/MS)やELISAなどにより測定され得る。
【0047】
ここで、「低酸素状態」とは、細胞への酸素供給が生理学的レベルを下回っている状態を意味する。実験的には、例えば10%、5%、3%、2%またはそれ以下の酸素濃度の雰囲気下で細胞を培養することにより、低酸素状態を誘導することができる。一方、「通常酸素状態」とは、細胞への酸素供給が生理学的レベルにある状態をいい、実験的には、大気中の酸素濃度(約21%)の雰囲気下での培養を意味する。
【0048】
第二および第三の実施形態のグロムス細胞様細胞は、インビトロにおいてグロムス細胞の低酸素応答を再現することができるものであり、インビトロCBモデルを作製するために有用である。
【0049】
本発明は、第四の実施形態によれば、(1)上記グロムス細胞様細胞に候補化合物を接触させるステップ、および(2)前記グロムス細胞様細胞から放出されたATPを測定するステップを含む、グロムス細胞の活性を調節する化合物のスクリーニング方法である。
【0050】
本実施形態における「候補化合物」は、低分子化合物、核酸、タンパク質、ペプチド、抗体、脂質などであってよく、それらの混合物(例えば、細胞または組織からの抽出物、細胞または組織の培養上清など)であってもよい。また、これらの候補化合物は、新規のものであってもよいし、公知のものであってもよい。本実施形態の方法では、市販の化合物ライブラリーを用いてもよく、例えば、標準化合物ライブラリー(RIKEN NPDepo)、大阪大学オリジナル化合物ライブラリー(大阪大学)、InhibitorSelect(商標)Libraries(Merck)およびSCREEN-WELL(商標)Compound Library(ENZO LIFE SCIENCES,INC.)などを好ましい化合物ライブラリーとして挙げることができる。
【0051】
候補化合物とグロムス細胞様細胞とを接触させるためには、候補化合物を添加した培地中で一定期間グロムス細胞様細胞を培養すればよい。添加される候補化合物の濃度は、候補化合物の種類により異なるが、例えば、低分子化合物であれば、1pM~100mMの範囲で適宜選択することができる。培養期間は、例えば、1秒~72時間であってよい。
【0052】
次いで、グロムス細胞様細胞から放出されたATPを測定する。ATPは、当分野において周知の方法により測定されてよく、例えば、液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS/MS)やELISAなどにより測定され得る。また、ATP測定用のキットが市販されており、本実施形態の方法では、そのような市販品を使用することもできる。例えば、ATP Determination Kit(サーモフィッシャーサイエンティフィック)などが好ましい市販品として挙げられる。
【0053】
候補化合物の添加によりATP産生が変化したかどうかを判定するためには、候補化合物を添加しない培養を並行して解析して比較してもよいし、過去に実施した候補化合物を添加しない培養についての解析結果と比較してもよい。本実施形態の方法において、候補化合物を添加した培地中のグロムス細胞様細胞からのATP放出が、候補化合物を添加しない培地中のグロムス細胞様細胞と比較して有意に増加または減少した場合には、当該候補化合物は、グロムス細胞の活性を調節する化合物として有望であると評価することができる。グロムス細胞の活性を促進する化合物は、例えば、呼吸不全、低血圧症、低血糖症、感染症による機能不全などの治療のために有用であり得る。グロムス細胞の活性を抑制する化合物は、例えば、糖尿病、高血圧、高山病、感染症による過活動、過呼吸、頸動脈小体腫瘍(別名:傍神経節腫、グロムス腫瘍)などの治療のために有用であり得る。
【実施例0054】
以下に実施例を挙げ、本発明についてさらに説明する。なお、これらは本発明を何ら限定するものではない。
【0055】
<1.iPS細胞からグロムス細胞様細胞への分化誘導>
(1-1)試薬
本実施例において使用した試薬情報(試薬名、製品番号、製造元、略称など)は下記の通りである。
・mTeSR1-cGMP (STEMCELL Technologies: ST-85850G) (以下、「mTeSR1」と表記)
・DMEM/Ham’s F-12 (富士フイルム和光純薬: 048-29785)
・DMEM (high-glucose) (富士フイルム和光純薬: 043-30085)
・Opti-MEM (Thermo Fisher Scientific: 31985062)
・ステムセルバンカー (STEM-CELLBANKER(商標)GMP grade)(ZNQ: CB045)
・Fetal Bovine Serum (Biowest, Nuaille, France) (以下、「FBS」と表記)
・Knockout Serum Replacement (Thermo Fisher Scientific: 10828-028) (以下、「KSR」と表記)
・N2 supplement with transferrin(Apo) (富士フイルム和光純薬: 141-09041) supplement (以下、「N2」と表記)
・MEM non-essential amino acids solution (富士フイルム和光純薬: 139-15651) (以下、「NEAA」と表記)
・B-27 supplement (Thermo Fisher Scientific: 17504044) (以下、「B27」と表記)
・Monothioglycerol solution (富士フイルム和光純薬: 195-15791)
・Penicillin-streptomycin solution (富士フイルム和光純薬: 168-23191) (以下、「P/S」と表記)
・エタノール(99.5) (富士フイルム和光純薬: 057-00456)
・Y-27632 (富士フイルム和光純薬: 036-24023)
・Forskolin(富士フイルム和光純薬: 067-02191) (以下、「FSK」と表記)
・Dorsomorphin (Sigma-Aldrich: P5499-5MG) (以下、「DM」と表記)
・SB431542 hydrate (Sigma-Aldrich: S4317-5MG) (以下、「SB」と表記)
・CHIR99021 (Cayman Chemical Company: 13122) (以下、「CHIR」と表記)
・IWR-1 (Sigma-Aldrich: I0161-5MG)
・SANT1 (Sigma-Aldrich: S4572-5MG)
・骨形成因子4(truncated)、ヒト、組換え体 (富士フイルム和光純薬: 022-17071) (以下、「BMP4」と表記)
・線維芽細胞成長因子(塩基性)(basic FGF)、ヒト、組換え体 (富士フイルム和光純薬: 064-04541) (以下、「bFGF」と表記)
・Epidermal Growth Factor(EGF) (富士フイルム和光純薬: 059-07873)
・インスリン様増殖因子-I (IGF-1) (富士フイルム和光純薬: 096-05741)
・iMatrix-511 (ニッピ: 892012)
・Lipidure (日油株式会社: CM5206)
・Accutase (Thermo Fisher Scientific: A11105-01)
・TrypLE express (Thermo Fisher Scientific: 12604-013)
・Ultrapure distilled water (Thermo Fisher Scientific: 10977-015) (以下、「DW」と表記)
・D-PBS(-) (富士フイルム和光純薬: 045-29795) (以下、「PBS」と表記)
・Tris Buffer Powder, pH7.4 (タカラバイオ: T9153)
・塩酸 (富士フイルム和光純薬: 080-01066)
・Albumin, from Bovine Serum (富士フイルム和光純薬: 017-23294) (以下、「BSA」と表記)
・ジメチルスルホキシド (富士フイルム和光純薬: 046-21981) (以下、「DMSO」と表記)
【0056】
(1-2)ストック溶液
・FSK: DMSOを用いて10mMに調製
・DM: DMSOを用いて1mMに調製
・SB: DMSOを用いて10mMに調製
・CHIR: DMSOを用いて3mMに調製
・IWR-1: DMSOを用いて10mMに調製
・SANT1: DMSOを用いて250μMに調製
・BMP4: 0.1%BSAを添加した4mM塩酸溶液を用いて100μg/mLに調製
・bFGF: 1mM Tris buffer(pH7.4)で500μg/mLに調製後、DMEMを用いて10μg/mLに調製
・EGFおよびIGF-1: PBSを用いて20μg/mLに調製
・アスコルビン酸: PBSを用いて50mg/mLに調製
・Y-27632: Opti-MEMを用いて10mMに調製
・Lipidure: エタノール(99.5)を用いて0.5%に調製
【0057】
(1-3)培地
・ヒト幹細胞培地(hESM): 20%のKSR、1%のNEAA、1%のMonothioglycerol solution、および1%のP/Sが添加されたDMEM/Ham’s F-12
・N2培地: 1%のN2、1%のNEAA、および1%のP/Sが添加されたDMEM/Ham’s F-12
・グロムス細胞分化培地(GDM): 15%のFBS、1%のN2、2%のB27、20ng/mLのbFGF、20ng/mLのEGF、20ng/mLのIGF-1および1%のP/Sが添加されたDMEM/Ham’s F-12
【0058】
(1-4)iPS細胞からグロムス細胞様細胞への分化誘導
・胚様体の形成(-3日目):
ヒトiPS細胞(201B7株)は、RIKEN BRCより入手した。6ウェルプレートをLipidureによりコートし、PBSで洗浄した。ヒトiPS細胞(201B7株)を、10μMのY-27632が添加されたmTeSR1を用いて1×10細胞/ウェルの濃度で播種し、オービタルシェイカー(ワケンビーテック:WB-101SRC)上で培養した(95rpm)。播種後24時間および48時間に、10μMのY-27632が添加されたmTeSR1を2mL/ウェルにて添加した。胚様体(EB)が形成されるまで3日間培養した。
・分化ステップ1(0日目):
培地を、2μMのDM、10μMのSB、および10ng/mlのbFGFが添加されたhESMに交換し(4mL/ウェル)、オービタルシェイカー上で2日間培養した。
・分化ステップ2(2日目):
培地を、3μMのCHIR、20μMのSB、および10ng/mlのbFGFが添加されたhESMに交換し(6mL/ウェル)、オービタルシェイカー上で3日間培養した。
・分化ステップ3(5日目):
培地を、3μMのCHIR、および10ng/mlのbFGFが添加されたhESM:N2(3:1)混合培地に交換し(4mL/ウェル)、オービタルシェイカー上で2日間培養した。
・分化ステップ4(7日目):
培地を、10μMのIWR-1、250nMのSANT1、25ng/mlのBMP4、および10ng/mlのbFGFが添加されたhESM:N2(1:1)混合培地に交換し(3mL/ウェル)、オービタルシェイカー上で2日間培養した。
・分化ステップ5(9日目):
培地を、10μMのIWR-1、250nMのSANT1、25ng/mlのBMP4、および10ng/mlのbFGFが添加されたhESM:N2(1:3)混合培地に交換し(3mL/ウェル)、オービタルシェイカー上で3日間培養し、フレッシュな同培地に交換し、さらに24時間培養した。
・分化ステップ6(13日目):
培地をGDMに交換し(3mL/ウェル)、オービタルシェイカー上で3~4日間培養した。
【0059】
グロムス細胞様細胞の作製スケジュールの概略を図1に示す。誘導0日目の胚様体(EB)、誘導13日目の細胞(自律神経前駆細胞)および誘導16日目の細胞(グロムス細胞様細胞)の顕微鏡像(明視野)を図2に示す。
【0060】
<2.グロムス細胞様細胞における遺伝子発現>
NucleoSpin RNAを用いて、iPS細胞(未分化、誘導-3日目)、自律神経前駆細胞(誘導13日目)およびグロムス細胞様細胞(誘導16日目)から全RNAを抽出した。TruSeq stranded mRNA(Illumina)を用いてRNA-seq用のライブラリーを調製した。NovaSeq 6000(Illumina)を用いて配列を決定した。STAR(2.7.1a)およびRSEM(1.3.1)を用いてマッピングおよび定量を行った。hg38を参照ゲノムとして用い、Ensembl GRCh38を遺伝子アノテーションとして用いた。統計解析ソフトR(バージョン3.5.1)のedgeRパッケージ(バージョン3.24.3)により、差次的に発現する遺伝子を解析した。
【0061】
結果を図3に示す。グロムス細胞様細胞において、グロムス細胞マーカーであるTHをはじめ、低酸素応答や免疫応答に関連する遺伝子や、マウスまたはラットのグロムス細胞において発現が確認されている神経成長因子および受容体遺伝子の発現が増加していることが確認された。
【0062】
次いで、通常酸素状態のiPS細胞、自律神経前駆細胞およびグロムス細胞様細胞におけるOR51E2の発現をqPCRにより解析した。qPCRは、以下の(3-3)と同様の手順により行った。
【0063】
結果を図4に示す。図中、「hiPSC」はiPS細胞(未分化、誘導-3日目)を、「Progenitors」は自律神経前駆細胞(誘導13日目)を、「Glomus cells」はグロムス細胞様細胞(誘導16日目)を示す。分化に伴い、OR51E2の発現が増加したことが確認された(*P<0.05、n=3、Studentのt検定)。
【0064】
<3.グロムス細胞様細胞の低酸素応答>
(3-1)ATPの産生
誘導16~19日目のグロムス細胞様細胞を用いた。KRB(クレブスリンガー緩衝液:120mM NaCl,5mM KCl,25mM NaHCO,2.5mM CaCl,1.1mM MgCl,0.1%ウシ血清アルブミン,2.8mMグルコース,pH7.2)でグロムス細胞様細胞を2回洗浄後、KRBを加え、低酸素COインキュベータ(2%O)中で10~30分間インキュベートした。上清を回収し、ATP Determination Kit(Thermo Fisher Scientific:A22066)を用いてATPを測定した。細胞をRIPAバッファー(富士フイルム和光純薬:182-02451)で溶解し、Pierce(商標)BCA Protein Assay Kit(Thermo Fisher Scientific:23225)により総タンパク質量を測定した。ATPの測定結果を総タンパク質量により補正した。
【0065】
結果を図5に示す。低酸素刺激に応じてグロムス細胞様細胞からのATP産生量が増加したことが確認された(*P<0.05、n=3、Studentのt検定)。
【0066】
(3-2)カテコールアミンの産生
誘導16~19日目のグロムス細胞様細胞を用いた。低酸素刺激は、上記(3-1)と同様の手順により行った。KRBを除去し、HPLCの移動相として用いる緩衝液(10mMリン酸緩衝液、pH5.0)により細胞を懸濁し、超音波処理(10秒間を3セット)により細胞を破砕した。12,000×g、4℃で5分間遠心分離し、上清をタンパク質コンセントレーターに供し、溶液中のタンパク質を除去した。得られた溶液をHPLCに供し、エピネフリン、ドーパミン(DA)および3,4-ジヒドロキシフェニル酢酸(DOPAC)を測定した。
【0067】
エピネフリンの測定結果を図6に、DAの測定結果を図7に、DOPACの測定結果を図8に示す。エピネフリン、DAおよびDOPACの産生量が低酸素刺激に応じて増加したことが確認された(*P<0.05、n=3、Studentのt検定)。
【0068】
(3-3)遺伝子発現
グロムス細胞様細胞における遺伝子発現をqPCRにより解析した。低酸素刺激は、上記(3-1)と同様の手順により行った。NucleoSpin RNA(タカラバイオ、U0955B)を用いて、全RNAを抽出した。ReverTra Ace(商標)qPCR RT Master Mix with gDNA Remover(東洋紡、FSQ-301)を用いてcDNAを調製した。THUNDERBIRD(商標)SYBR(商標)qPCR Mix(東洋紡、QPS-201)を用いてqPCRを行った。内部コントロールとしてハウスキーピング遺伝子36B4を用いた。反応および解析は3重に行った。
【0069】
表1.qPCRに使用したプライマーセット
【表1】
【0070】
THの発現量を図9に、KCNK3の発現量を図10に示す。THおよびKCNK3のいずれも低酸素刺激により発現量が増加したことが確認された(*P<0.05、n=3、Studentのt検定)。
【0071】
(3-4)イオンチャネル阻害による低酸素応答の変化
チャネル阻害剤であるテトラエチルアンモニウムクロリド(富士フイルム和光純薬:206-04501)(終濃度:5mM)、Ca2+チャネル阻害剤であるニフェジピン(富士フイルム和光純薬:141-05783)(終濃度:5μM)、またはNaチャネル阻害剤であるリドカイン(富士フイルム和光純薬:120-02691)(終濃度:1μM)を含有するKRBを用いて、上記(3-1)の手順により細胞を低酸素刺激し、ATP産生量を解析した。対照として、イオンチャネル阻害剤を含まないKRBを用いて、同様にATP産生量を解析した。
【0072】
結果を図11~13に示す(*P<0.05、n=3、Studentのt検定)。Kチャネルを阻害することにより、低酸素刺激に応じたATP産生が増加した(図11)。ATPaseであるアピラーゼ(Sigma-Aldrich:A6132-200UN)(終濃度:2U/mL)を添加した場合にはATPは検出されなかった(図11)。一方、Ca2+チャネルまたはNaチャネルを阻害することにより、低酸素刺激に応じたATP産生が減少した(図12、13)。Ca2+を含まないKRBを用いた場合にも低酸素刺激に応じたATP産生が減少した(図12)。これらの結果から、上記(1-4)の手順により作製されたグロムス細胞様細胞が、グロムス細胞と同様の分子メカニズムにより低酸素応答を示していることが確認された。
【0073】
<4.EPAS1を強制発現させたiPS細胞の作製>
VectorBuilder社に依頼して、EPAS1遺伝子(NCBI RefSeq ID:NM_001430.5)を含むプラスミドを合成した(pLV-hEPAS1、ベクターID:VB11202-1497fcy)。
【0074】
0.1w/v%ゼラチンでコートされた6ウェルプレートにHEK293T細胞(1.5×10/ウェル)を播種した。培地には、10%FBSおよび1%非必須アミノ酸(NEAA)を含有するDMEMを用いた。pLV-hEPAS1プラスミド(4μg)、パッケージプラスミドpsPAX2(addgene、#12260)(2μg)およびエンベローププラスミド(pMD2.G)(addgene、#12259)(2μg)を、500μlのOpti-MEM(Thermo Fisher Scientific)およびポリエチレンイミン(Polysciences inc.)を用いてHEK293T細胞(2ウェル)にトランスフェクションした。20~24時間後に培地全量を10%FBS、1%非必須アミノ酸(NEAA)および1%ペニシリン-ストレプトマイシンを含有するDMEMに交換し、さらに24時間後および48時間後にフレッシュな培地に全量交換し、培養上清を回収した。培養上清をPVDFシリンジフィルター(0.45μm)で濾過した後、Lenti-X Concentrator(クロンテック)を添加し、遠心分離することにより、ウイルスのペレットを得た。ペレットをその後使用する培地に懸濁し、ウイルス懸濁液を-80℃で保管した。
【0075】
iMatrixによりコートされた6ウェルプレートに、ヒトiPS細胞(201B7株)を、10μMのY-27632が添加されたmTeSR1を用いて6×10細胞/ウェルの濃度で播種した(0日目)。翌日、培地をフレッシュなmTeSR1に交換し(2mL/ウェル)、200μL/ウェルのウイルス懸濁液を添加した(1日目)。その後、毎日培地をフレッシュなmTeSR1に交換し、ウイルスの添加から4日後に0.3μg/mLのピューロマイシンを添加したmTeSR1に交換した(5日目)。ウイルスの添加から10日以上、0.3μg/mLのピューロマイシンを添加したmTeSR1中で細胞を培養することにより、ピューロマイシン選択を行った。選択されたiPS細胞(通常酸素状態)におけるEPAS1の発現をqPCRにより解析した。また、上記(1-4)の手順により、選択されたiPS細胞をグロムス細胞様細胞へと誘導し、誘導17日目の細胞(通常酸素状態)におけるEPAS1の発現をqPCRにより解析した。qPCRは、上記(3-3)と同様の手順により行った。
【0076】
結果を図14および15に示す。図中、「Control」は野生型iPS細胞を示す。EPAS1を導入されたiPS細胞は、EPAS1を強く発現していることが確認された(図14、*P<0.05、n=3、Studentのt検定)。この結果に基づき、以下、EPAS1を導入されたiPS細胞を「EPAS1発現iPS細胞」と記載する。EPAS1発現iPS細胞から誘導されたグロムス細胞様細胞も、EPAS1を強く発現していた(図15、*P<0.05、n=3、Studentのt検定)。この結果に基づき、以下、EPAS1発現iPS細胞から誘導されたグロムス細胞様細胞を「EPAS1過剰発現グロムス細胞様細胞」と記載する。
【0077】
<5.EPAS1発現iPS細胞から調製されたグロムス細胞様細胞における遺伝子発現>
EPAS1発現iPS細胞(未分化、誘導-3日目)、EPAS1発現iPS細胞から誘導された自律神経前駆細胞(誘導13日目)およびEPAS1過剰発現グロムス細胞様細胞(誘導17日目)における、グロムス細胞マーカー遺伝子THならびにグロムス細胞関連因子KCNK3およびOR51E2の発現をqPCRにより解析した。qPCRは、上記(3-3)と同様の手順により行った。
【0078】
結果を図16~18に示す。図中、「hiPSC」はEPAS1発現iPS細胞を、「Progenitors」はEPAS1発現iPS細胞から誘導された自律神経前駆細胞(誘導13日目)を、「Glomus cells」はEPAS1過剰発現グロムス細胞様細胞(誘導17日目)を示す。分化に伴い、TH、KCNK3およびOR51E2の発現が増加したことが確認された(*P<0.05、n=3、Studentのt検定)。
【0079】
<6.EPAS1発現iPS細胞から調製されたグロムス細胞様細胞の低酸素応答>
(6-1)ATPの産生
上記(3-1)の手順により、低酸素刺激に応じたEPAS1過剰発現グロムス細胞様細胞(誘導17日目)のATP産生を解析した。通常酸素状態(20%O)におけるEPAS1過剰発現グロムス細胞様細胞(誘導17日目)を対照とした。
【0080】
結果を図19に示す(*P<0.05、n=3、Studentのt検定)。EPAS1過剰発現グロムス細胞様細胞は低酸素刺激に応じて高いATP産生能を示し、その産生量は、EPAS1を導入されていないiPS細胞から調製されたグロムス細胞様細胞(図4)と比較して10倍以上であった。以上の結果から、EPAS1過剰発現グロムス細胞様細胞は低酸素状態に高感度であり、高い低酸素応答性を有することが確認された。
【0081】
<7.グロムス細胞の活性を調節する化合物のスクリーニング>
以下の表2に示す87個の市販化合物に対し、グロムス細胞の活性調節能についてのスクリーニングを実施した。上記1の手順により調製された誘導16~19日目のグロムス細胞様細胞スフェアをKRBで2回洗浄し、化合物を含有するKRBとともに4~5スフェア/ウェル(96ウェルプレート)で添加し、上記(3-1)の手順によりATP産生量を解析した。対照として、DMSO(化合物の溶媒として使用)を含有するKRBを用いた。
【0082】
表2.スクリーニングされた化合物
【表2A】
【表2B】
【表2C】
【0083】
その結果、対照と比較して、ATP産生を1.5倍以上に増加させた化合物が19個、0.5倍以下に減少させた化合物が19個見出された(データは省略)。また、ATP産生を減少させた化合物にはニフェジピンが含まれていた。ニフェジピンはラットのグロムス細胞の低酸素応答を抑制することがすでに報告されている(Buttigieg J.and Nurse CA.,Biochem.Biophys.Res.Commun.,2004;322(1):82-7)。したがって、上記の結果から、本スクリーニング方法がグロムス細胞の活性を調節する化合物を正確に選別できるものであることが裏付けられた。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
【配列表】
2024065647000001.xml