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特開2024-65993酸化物分子膜、酸化物分子膜集積体、酸化物薄膜、構造体、および酸化物分子膜の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024065993
(43)【公開日】2024-05-15
(54)【発明の名称】酸化物分子膜、酸化物分子膜集積体、酸化物薄膜、構造体、および酸化物分子膜の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C01G 41/00 20060101AFI20240508BHJP
【FI】
C01G41/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022175154
(22)【出願日】2022-10-31
(71)【出願人】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】常松 裕史
(72)【発明者】
【氏名】長田 実
【テーマコード(参考)】
4G048
【Fターム(参考)】
4G048AA04
4G048AB01
4G048AC08
4G048AD02
4G048AD06
4G048AE05
(57)【要約】
【課題】タングステンを含有する酸化物分子膜を提供すること。
【解決手段】単斜晶、斜方晶、立方晶または擬六方晶の結晶構造を有するか、アモルファスであり、
タングステン元素を含有する酸化物分子膜。
【選択図】図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
単斜晶、斜方晶、立方晶または擬六方晶の結晶構造を有するか、アモルファスであり、
タングステン元素を含有する酸化物分子膜。
【請求項2】
斜方晶、立方晶、擬六方晶のいずれかの結晶構造を有する請求項1に記載の酸化物分子膜。
【請求項3】
タングステン-酸素八面体ブロックを含む請求項1または請求項2に記載の酸化物分子膜。
【請求項4】
一般式M(但し、Mは、H、Li、Na、K、Rb、Cs、Be、Mg、Ca、Sr、Ba、Sc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、Mn、Re、Fe、Ru、Os、Co、Rh、Ir、Ni、Pd、Pt、Cu、Ag、Au、Zn、Cd、B、Al、Ga、In、Tl、C、Si、Ge、Sn、Pb、N、P、As、Sb、Bi、S、Se、Te、F、Cl、Br、Iを含む元素群、およびBi、OH、HO、HO、NHを含む原子団群から選択される1種類以上であり、Wはタングステン、Oは酸素、0.001≦x/y≦1、2.0≦z/y≦3.5)で表記される複合タングステン酸化物を含む請求項1または請求項2に記載の酸化物分子膜。
【請求項5】
前記Mが、H、Li、Na、K、Rb、Cs、Ca、Sr、Ba、Fe、Cu、Ag、In、Tl、Sn、Pb、Ybから選択された1種類以上を含む請求項4に記載の酸化物分子膜。
【請求項6】
前記Mが、Cs、Rbから選択された1種類以上を含む請求項4に記載の酸化物分子膜。
【請求項7】
一般式W(但し、Wはタングステン、Oは酸素、2.0≦z/y<3.5)で表記されるタングステン酸化物を含む請求項1または請求項2に記載の酸化物分子膜。
【請求項8】
クロミック特性を有する請求項1または請求項2に記載の酸化物分子膜。
【請求項9】
請求項1または請求項2に記載の酸化物分子膜を含有する酸化物分子膜集積体。
【請求項10】
請求項9に記載の酸化物分子膜集積体を含む酸化物薄膜。
【請求項11】
基材と、
前記基材上に配置された請求項9に記載の酸化物分子膜集積体と、を含む酸化物薄膜。
【請求項12】
積層構造を含む請求項10に記載の酸化物薄膜。
【請求項13】
請求項1または請求項2に記載の酸化物分子膜を含む構造体。
【請求項14】
マトリックスと、
前記マトリックス中に配置された前記酸化物分子膜と、を有する請求項13に記載の構造体。
【請求項15】
酸化物分子膜の製造方法であって、
層状化合物から原料分子膜を製造する原料形成工程と、
前記原料分子膜を基材上に塗布する塗布工程と、
前記基材上に塗布した前記原料分子膜を還元雰囲気中で400℃未満の温度で熱処理する熱処理工程と、を含み、
前記酸化物分子膜は、単斜晶、斜方晶、立方晶または擬六方晶の結晶構造を有するか、アモルファスであり、タングステン元素を含有している、酸化物分子膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化物分子膜、酸化物分子膜集積体、酸化物薄膜、構造体、および酸化物分子膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、赤外線遮蔽材料微粒子が媒体中に分散してなる赤外線遮蔽材料微粒子分散体であって、前記赤外線遮蔽材料微粒子はタングステン酸化物微粒子、または/及び、複合タングステン酸化物微粒子を含有し、前記赤外線遮蔽材料微粒子の粒子直径は、1nm以上800nm以下であることを特徴とする赤外線遮蔽材料微粒子分散体が開示されている。
【0003】
特許文献2には、日射遮蔽機能を有する微粒子を含む中間層を、板ガラス、プラスチック、日射遮蔽機能を有する微粒子を含むプラスチックから選ばれた2枚の合わせ板間に介在させて成る日射遮蔽用合わせ構造体であって、前記日射遮蔽機能を有する微粒子がタングステン酸化物の微粒子、および/または複合タングステン酸化物の微粒子で構成されることを特徴とする日射遮蔽用合わせ構造体が開示されている。
【0004】
特許文献3には、タングステン酸化物、または/及び複合タングステン酸化物を含み、波長400nm以上780nm以下の領域で透過率の最大値が10%以上92%未満であり、膜の表面抵抗(シート抵抗)が1.0×1010Ω/□以下であることを特徴とする透明導電膜が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2005/037932号
【特許文献2】国際公開第2005/087680号
【特許文献3】特開2006-96656号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】ACS Nano 2020,14,15216
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1~特許文献3に開示されているように、タングステン酸化物や、複合タングステン酸化物は、赤外線遮蔽材料や、透明導電膜等として機能することが知られており、各種用途に用いることが可能である。
【0008】
そして、新たな機能の発現や、新たな用途への適用を目的として、タングステンを含有する新たな酸化物分子膜が求められていた。
【0009】
そこで、本発明の一側面では、タングステンを含有する酸化物分子膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一側面では、単斜晶、斜方晶、立方晶または擬六方晶の結晶構造を有するか、アモルファスであり、
タングステン元素を含有する酸化物分子膜を提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明の一側面では、タングステンを含有する酸化物分子膜を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、複合タングステン酸化物の一例である六方晶タングステンブロンズの結晶構造の説明図である。
図2図2は、Cs1135の結晶構造、およびCs1135から得られる分子膜の構造例の説明図である。
図3図3は、Rb1135の結晶構造、およびRb1135から得られる分子膜の構造例の説明図である。
図4図4は、Cs1136の結晶構造、およびCs1136から得られる分子膜の構造例の説明図である。
図5図5は、Biの結晶構造、およびBiから得られる分子膜の構造例の説明図である。
図6図6は、本実施形態の酸化物薄膜の一例の断面模式図である。
図7図7は、本実施形態の酸化物薄膜の一例の断面模式図である。
図8図8は、本実施形態の酸化物薄膜の一例の断面模式図である。
図9図9は、本実施形態の酸化物薄膜の一例の断面模式図である。
図10図10は、本実施形態の構造体の一例の断面模式図である。
図11図11は、本実施形態の構造体の一例の断面模式図である。
図12図12は、本実施形態の構造体の一例の断面模式図である。
図13図13は、本実施形態の構造体の一例の断面模式図である。
図14図14は、本実施形態の構造体の一例の断面模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を実施するための形態について図面を参照して説明するが、本発明は、下記の実施形態に制限されることはなく、本発明の範囲を逸脱することなく、下記の実施形態に種々の変形および置換を加えることができる。
[酸化物分子膜、酸化物分子膜集積体]
(1)構造について
(1-1)酸化物分子膜
本実施形態の酸化物分子膜(以下、「分子膜」とも記載する)は、タングステン元素を含有できる。すなわち、本実施形態の酸化物分子膜は、元素としてタングステンを含有できる。タングステン元素の酸化物としては、後述する複合タングステン酸化物や、タングステン酸化物が知られ、赤外線遮蔽特性を有することから、タングステン元素を含有する酸化物分子膜とすることで、赤外線遮蔽特性を発揮できる。また、上記複合タングステン酸化物等は、可視光領域の光の透過性(透明性)に優れる。
【0014】
特に、本実施形態の導電性酸化物分子膜は、タングステン-酸素八面体ブロックを含むことが好ましい。なお、本実施形態の分子膜は、タングステン-酸素八面体ブロックのみから構成することもできるが、この場合でも製造工程等で混入する不可避不純物を含有することを排除するものではない。
【0015】
本実施形態の分子膜と、分子膜が含有するタングステン-酸素八面体ブロックについて、模式的な平面図である図1を参照しながら説明する。
【0016】
図1では、WO単位にて形成されるタングステン-酸素八面体ブロック11を複数個有する六方晶タングステンブロンズの結晶構造を示している。タングステン-酸素八面体ブロック11は、八面体の頂点に酸素が配置され、該八面体の中心にタングステンが配置された構造を有する。本実施形態の分子膜は、例えば図1に示すように、タングステン-酸素八面体ブロック11を複数個含むことができ、複数のタングステン-酸素八面体ブロック11を例えば平面状や、直線状に配列することができる。
【0017】
本実施形態の分子膜は、例えばタングステン-酸素八面体ブロックの繰り返し構造を基本骨格とした構造を有することもできる。
【0018】
後述するように、本実施形態の分子膜は、複合タングステン酸化物を含有することもできる。この場合、複合タングステン酸化物は、例えば上記タングステン-酸素八面体ブロック11が6個集合して六角形の空隙12が構成され、当該空隙12中に、複合タングステン酸化物が含有するM13を配置して1つの単位を構成し、この1つの単位が多数集合した構造を有することができる。
【0019】
例えば、図2(B)に、図2(A)に示したCs1135から得られる分子膜が有する構造例を示す。図2(B)は、例えば後述する実施例1~3で得られる分子膜が有する構造に相当する。
【0020】
また、図3(B)に、図3(A)に示したRb1135から得られる分子膜の構造の例を示す。図3(B)は、例えば後述する実施例4で得られる分子膜が有する構造に相当する。図2(B)、図3(B)は、上記の通り六角形の空隙12中にM13が配置した構造となっており、図2(B)の場合M13がCs、図3(B)の場合M13がRbになる。
【0021】
一方、例えば図4(B)に、図4(A)に示したCs1136から得られる分子膜が有する構造の例を示す。図4(B)に示した分子膜の構造は、例えばCsWと同じくパイロクロア構造となっている。なお、Cs8.51548から得られる分子膜についても類似の構造となる。これらは、局所的に見ればタングステン-酸素八面体ブロック11の形成する六角形の空隙中にM13が配置した構造となっているが、六角形とMが図4(B)のc軸方向にシフトしながらbc平面垂直方向に積層した構造となっている。
【0022】
また、本実施形態の分子膜は、タングステン酸化物を含むこともでき、この場合タングステン酸化物は、上記タングステン-酸素八面体ブロック等により形成できる。対応する構造として、例えば、図5(B)に、図5(A)に示したBiから得られる分子膜の構造の例を示す。
【0023】
本実施形態の分子膜は、タングステン-酸素八面体ブロックを含むことで、赤外線反射による赤外線遮蔽性能に優れた分子膜とすることができる。また、タングステン-酸素八面体ブロックに酸素欠損を導入することにより、赤外線反射による赤外線遮蔽性能が更に優れた分子膜とすることができる。
【0024】
自由電子を含む材料は、プラズマ振動によって、波長200nmから2600nmの太陽光線の領域周辺の電磁波に、反射吸収応答を示すことができる。そして、本実施形態の分子膜がシート形状の導電性材料、すなわち自由電子を含む材料であるため、上記プラズマ振動によって示される赤外線等の電磁波への反射吸収応答のうち、吸収応答よりも反射応答が顕著になる。このため、本実施形態の分子膜は、上述のように赤外線反射による赤外線遮蔽性能を発揮できる。
【0025】
また、本実施形態の分子膜はシート形状を有するため、例えば膜厚が薄くても高い赤外線遮蔽性能を発揮できる。さらに、特許文献1、2等に開示された赤外線遮蔽材料微粒子を用いた場合と比較して、可視光の光散乱を低減し、可視光透明性を向上できる。
【0026】
なお、本実施形態の分子膜は、上記タングステン-酸素八面体ブロックを含んでいれば既述の赤外線遮蔽性能を発揮できるため、結晶であってもよく、非結晶であってもよい。
【0027】
本実施形態の分子膜は、後述するように例えば、層状の結晶構造を有する複合タングステン酸化物等を原料とし、ソフト化学的な処理により結晶構造の基本最小単位である層1枚にまで剥離して製造できる。本実施形態の分子膜は、厚みが1nm以上10nm以下程度(数~数十原子分に相当)のシート形状を有することができる。本実施形態の分子膜は、ソフト化学的な処理の条件によっては、層2枚分や層3枚分などに剥離し、該膜を用いて製造することもできる。
【0028】
後述するように、本実施形態の分子膜を複数個集積させ、酸化物分子膜集積体とすることもできる。本実施形態の酸化物分子膜集積体が含有する分子膜は、長手方向の長さが長く、厚みに対して異方性が大きいほど赤外線遮蔽性能を期待できる場合がある。
【0029】
ソフト化学的な処理により剥離する前の層状の結晶構造を有する複合タングステン酸化物の合成(焼成)温度を調整することや、複合タングステン酸化物やタングステン酸化物の単結晶を利用することにより、分子膜の長手方向の長さをコントロールできる。例えば、長手方向の長さを20nm以上1mm以下の範囲で調整した分子膜を合成することが可能である。このように長手方向の長さが様々な分子膜であっても、優れた赤外線遮蔽性能を発揮するため、該分子膜を含む本実施形態の酸化物分子膜集積体を、例えば汎用的な窓材として応用することもできる。
【0030】
分子膜はフレキシブルなものであり、液体中などでは曲がったシート形状を有していることもある。固体中でもそのフレキシブル性は保持されるため、例えばフレキシブルな基材と共に該分子膜を曲げることができ、曲げた場合でも、分子膜内の原子配列等の構造は破壊されずに維持される。
【0031】
分子膜は、可視光透明性を確保する観点から厚みが200nm以下であることが好ましく、より好ましくは厚みが100nm以下、さらに好ましくは厚みが50nm以下、さらにより好ましくは10nm以下である。
(1-2)酸化物分子膜集積体
本実施形態の分子膜を複数個集積させ、酸化物分子膜集積体(以下、「分子膜集積体」とも記載する)とすることもできる。すなわち、分子膜集積体は、複数個の分子膜を含有できる。
【0032】
本実施形態の分子膜集積体は、分子膜のみから構成することもでき、分子膜の積層体等から構成することもできる。また、分子膜同士は接触しても良いし、離れていても良い。つまり、便宜上、集積という用語を使っているが、必ずしも分子膜同士を接触させなくとも良い。本実施形態の分子膜集積体は、分子膜を平滑な基板上に敷き詰めて構成することもでき、積層と敷き詰めを組み合わせて構成することもできる。
【0033】
本実施形態の分子膜集積体は、複数の分子膜を、同一平面上に敷き詰めて配置することで、用途に合わせた面積を有する、分子膜集積体とすることができる。
【0034】
分子膜集積体において、分子膜を隙間なく配置することもできるが、分子膜間に隙間が含まれていても良い。
【0035】
本実施形態の分子膜集積体は、上記の様に分子膜間に隙間を有することもできるため、例えばシート抵抗を10Ω/□以上とし、電波透過性に優れた膜とすることができる。すなわち、本実施形態の分子膜集積体は、赤外線遮蔽性能と、電波透過性について、優れた性能を兼ね備えたものとすることもできる。
【0036】
本実施形態の分子膜集積体は、例えば分子膜を平滑な基板上に積層させたり敷き詰めたりすることで製造できる。また、本実施形態の分子膜集積体は、分子膜を平滑な基板上に積層させたり敷き詰めたりした後、熱処理することによっても得られる。このとき、該分子膜のタングステン-酸素八面体ブロックに酸素欠損を導入して、優れた赤外線遮蔽機能を発揮させる観点から、不活性ガス雰囲気や、真空雰囲気、還元雰囲気で熱処理することが好ましく、還元雰囲気で熱処理することがより好ましい。また、高温で熱処理することにより該分子膜間の隙間が無くなる場合もあるが、該分子膜の界面等において導電性の低い領域を部分的に残して電波透過性を保持することもできる。
【0037】
本実施形態の分子膜集積体が有する分子膜は、既述のようにタングステン-酸素八面体ブロックを含有し、該ブロックの繰り返し構造を基本骨格とすることが好ましい。タングステン-酸素八面体ブロックの繰り返し構造を基本骨格とすることは、透過型電子顕微鏡により測定した電子線回折パターンを解析することや、X線回折(XRD)装置により測定したXRDパターンを解析することで確認できる。
【0038】
X線回折装置により本実施形態の分子膜や分子膜集積体の構造測定を行う場合、分子膜や分子膜集積体は厚み1nm以上10nm以下程度のシート形状の場合もあるため、粉末X線回折法ではなく、薄膜X線回折法によりXRDパターンを測定することが必要となる。薄膜X線回折法では、X線の入射角を全反射臨界角度付近の0.5°以下の小さな角度に固定して測定するため、試料へのX線の侵入深さは数十nmであり、回折X線の信号は基材の影響を殆ど受けずに高精度に検出できる。薄膜X線回折法には、斜入射X線回折法(GI-XRD:Grazing Incidence X-ray Diffraction)やインプレーンX線回折法(in-plane X-ray Diffraction)などがあるが、中でもインプレーンX線回折法を用いることが好ましい。インプレーンX線回折法は、φ-2θχスキャン法などとも呼ばれ、ゴニオメーターがサンプル面内で水平方向にスキャンされるために、サンプルの面内での傾きや煽りの軸調整を精度良く行なうことが重要となる。その結果、入射されるX線の角度を0.2°以下まで制御することができ,膜厚が数nm以下の極薄膜の結晶状態や基板面に垂直な方向での結晶面の配向状態を測定することができる。インプレーンX線回折法で測定できる装置としては、リガク製全自動多目的X線回折装置SmartLabなどが挙げられる。
(2)組成について
本実施形態の分子膜は、タングステン元素を含む酸化物の分子膜である。本実施形態の分子膜は、複合タングステン酸化物、およびタングステン酸化物から選択された1種類以上を含有することが好ましい。
【0039】
以下、本実施形態の分子膜が好適に含有することができる、複合タングステン酸化物およびタングステン酸化物について説明する。
(複合タングステン酸化物)
一般的に、自由電子を含む材料は、プラズマ振動によって波長200nmから2600nmの太陽光線の領域周辺の電磁波に、反射吸収応答を示すことが知られている。このような材料の粉末を光の波長より小さい粒子にすると、可視光領域(波長380nmから780nm)の幾何学散乱が低減されて、可視光領域の透明性が得られることが知られている。なお、本明細書において「透明性」とは、「可視光領域の光に対して散乱が少なく透過性が高い」という意味で用いている。
【0040】
タングステン酸化物(WO)中には有効な自由電子が存在しないため、赤外領域の吸収反射特性が少なく、赤外線吸収材料や赤外線反射材料としては有効ではない。
【0041】
一方、酸素欠損を持つWO3-δや、WOにNa等の陽性元素を添加した複合タングステン酸化物は、導電性材料であり、自由電子を持つ材料であることが知られている。そして、これらの自由電子を持つ材料の単結晶等の分析により、赤外領域の光に対する自由電子の応答が示唆されている。
【0042】
上述したWOへ、後述する元素または原子団(分子)であるMを添加し、複合タングステン酸化物とすることで、当該WO中に自由電子が生成され、特に近赤外領域に自由電子由来の強い吸収反射特性が発現し、波長1000nm付近の近赤外線吸収材料や近赤外線反射材料として有効となる。さらに酸素欠損を導入することで、より強い吸収反射特性が発現する。
【0043】
すなわち、当該WOに対し、酸素量の制御と、自由電子を生成するMの添加とを併用することで、優れた赤外線吸収材料や赤外線反射材料を得ることができる。このため、本実施形態の分子膜は、上記複合タングステン酸化物を含有することが好ましい。この酸素量の制御と、自由電子を生成するMの添加とを併用した複合タングステン酸化物の一般式をMと記載したとき、x、y、zは、0.001≦x/y≦1、2.0≦z/y≦3.5の関係を満たすことが好ましい。但し、上記一般式中のMは、元素群、および原子団群から選択される1種類以上とすることができる。上記元素群としては、H、Li、Na、K、Rb、Cs、Be、Mg、Ca、Sr、Ba、Sc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、Mn、Re、Fe、Ru、Os、Co、Rh、Ir、Ni、Pd、Pt、Cu、Ag、Au、Zn、Cd、B、Al、Ga、In、Tl、C、Si、Ge、Sn、Pb、N、P、As、Sb、Bi、S、Se、Te、F、Cl、Br、Iが挙げられる。上記原子団群としては、Bi、OH、HO、HO、NHが挙げられる。また、上記一般式中のWはタングステンを、Oは酸素を表す。本実施形態の分子膜は、既述のように複合タングステン酸化物を含有することもでき、この場合、分子膜が含有する複合タングステン酸化物は、上記一般式を充足することが好ましい。
【0044】
まず、Mの添加量を示すx/yの値について説明する。
【0045】
x/yの値が0.001以上であれば、複合タングステン酸化物において十分な量の自由電子が生成され、目的とする赤外線吸収効果や赤外線反射効果を得ることができる。そして、Mの添加量が多いほど、自由電子の供給量が増加し、赤外線吸収効率や赤外線反射効率も上昇するが、x/yの値が1程度で当該効果も飽和する。また、x/yの値が1以下であれば、不純物相の生成を抑制できるので好ましい。
【0046】
次に、酸素量の制御を示すz/yの値について説明する。一般式Wで表記されるタングステン酸化物の場合、z/yを3よりも小さくすることで酸素欠損により自由電子を生じさせることができる。このため、タングステン酸化物の場合、z/yを3未満とすることで近赤外線吸収能や近赤外線反射能を発揮できる。
【0047】
これに対して、一般式Mで表記される複合タングステン酸化物においては、上記一般式Wで表記されるタングステン酸化物と同様の機構が働くことに加えて、3≦z/y≦3.5においても、上述したMの添加量による自由電子の供給がある。また、分子膜においては、その表面は負に電荷している場合もあるため、z/yは3.5でも自由電子の供給による反射吸収応答を示すことがある。ただし、WOの結晶相は可視光領域の光について吸収や散乱を生じさせ、近赤外領域の光の吸収や反射を低下させる恐れがある。そこで、WOの生成を抑制する観点から、z/yは2.0以上であることが好ましい。以上から、2.0≦z/y≦3.5が好ましく、より好ましくは2.2≦z/y≦3.3、さらに好ましくは2.45≦z/y≦3.3である。
【0048】
ここで、Mを添加された当該Mにおける安定性の観点から、Mは、H、Li、Na、K、Rb、Cs、Ca、Sr、Ba、Fe、Cu、Ag、In、Tl、Sn、Pb、Ybから選択された1種類以上を含むことがさらに好ましい。
【0049】
複合タングステン酸化物の結晶構造は特に限定されず、例えば単斜晶、斜方晶、立方晶、および擬六方晶等から選択された1種類以上の構造を有することができる。なお、複合タングステン酸化物は非晶質、すなわちアモルファスであっても良い。
【0050】
複合タングステン酸化物は、本実施形態の分子膜中で、例えば図1に示した原子配置を有することができる。
【0051】
既述のように、タングステン-酸素八面体ブロック11が6個集合して六角形の空隙12が構成され、当該空隙12中に、複合タングステン酸化物が含有するM13を配置して1つの単位を構成し、この1つの単位が多数集合することができる。係る単位構造は、本実施形態の分子膜中に規則的に配列されていても良く、ランダムに配置されていてもよい。本実施形態の分子膜が、係る構造を含むことで、可視光領域の光の透過が特に向上し、赤外領域の光の反射吸収応答が特に向上する。
【0052】
上記六角形の空隙に上記Mが添加されて存在するとき、可視光領域における光の透過が特に向上し、赤外領域における光の吸収や反射が特に向上する。ここで一般的には、イオン半径や、分子サイズ(原子団サイズ)の大きなMを添加したとき図1に示した単位構造が形成され易い。具体的には、Mとして、Cs、Rb、K、Tl、In、Ba、Li、Ca、Sr、Fe、Snからなる元素群から選択された1種類以上を含有する場合に、図1に示した単位構造が形成され易い。このため、複合タングステン酸化物は、Mとして、Cs、Rb、K、Tl、In、Ba、Li、Ca、Sr、Fe、Snからなる元素群から選択された1種類以上の元素を含むことが好ましい。なお、Mは、上記元素群から選択された1種類以上から構成することもできる。
【0053】
さらに、これらイオン半径の大きな元素のうちでもCs、Rbから選択される1種類以上を含有する複合タングステン酸化物においては、図1に示した単位構造が形成され易く、赤外領域の光の吸収や反射と可視光領域の光の透過とを両立し、かつ特に高い性能を発揮できる。このため、Mとして、Cs、Rbから選択された1種類以上を含むことがより好ましい。なお、Mは、Cs、Rbから選択された1種類以上から構成することもできる。
【0054】
もちろん、Mとして、上記以外の元素や、原子団を含む場合でも、WO単位で形成される六角形の空隙にMが存在すれば良く、上述の元素に限定される訳ではない。
【0055】
上記構造を有する複合タングステン酸化物が均一な結晶構造を有するとき、Mの添加量は、x/yの値で0.001≦x/y≦1が好ましく、0.2≦x/y≦0.6がより好ましい。
(タングステン酸化物)
本実施形態の分子膜は、タングステン酸化物を含むこともできる。タングステン酸化物は、一般式W(但し、Wはタングステン、Oは酸素、2.0≦z/y<3.5)で表記される。一般式Wで表記されるタングステン酸化物において、当該タングステンと酸素との組成範囲は、タングステンに対する酸素の組成比(z/y)が3.5未満であることが好ましく、2.0≦z/y<3.5であることがより好ましく、2.2≦z/y<3.5であることがさらに好ましく、2.45≦z/y≦3.499であることが特に好ましい。
【0056】
上記z/yの値が2.0以上であれば、当該タングステン酸化物中に目的としないWOの相が現れるのを回避することができると共に、材料としての化学的安定性を高めることができるので特に有効な赤外線吸収材料となる。また、当該z/yの値を好ましくは3.5未満、より好ましくは3.499以下とすることで、赤外領域の吸収反射特性を高めるために特に十分な量の自由電子が酸素欠損起因で生成され、効率のよい赤外線吸収材料や赤外線反射材料とすることができる。ここで、分子膜においては、その表面は負に電荷している場合もあるため、z/yは3を超えることもある。ただし、z/y=3.5の場合はタングステン酸化物の分子膜中に酸素欠損を有さず、十分な量の自由電子が生成されず、目的とする赤外線吸収効果や赤外線反射効果を十分に得られない場合がある。
【0057】
さらに、2.45≦z/y≦3.499で表される組成比を有する、いわゆる「マグネリ相」は化学的に安定であり、近赤外領域の光の吸収特性や反射特性も優れるので、赤外線吸収材料としてより好ましく用いることができる。このため、z/yの値は上述した様に2.45≦z/y≦3.499であることがさらに好ましい。
(3)分子膜、分子膜集積体の結晶構造について
本実施形態の分子膜、分子膜集積体は、後述するように、還元雰囲気下で熱処理を行うことで製造できる。係る還元処理の過程で、結晶構造が変化し、例えば斜方晶から擬六方晶、さらには六方晶へと変化する。この時、分子膜や、分子膜集積体が含有するタングステンを含有する酸化物、例えば上記複合タングステン酸化物や、タングステン酸化物について、結晶構造が変化し、それに伴って、電子構造も変化する。
【0058】
そして、本発明の発明者の検討によれば、分子膜について、単斜晶、斜方晶、立方晶または擬六方晶の結晶構造を有するか、アモルファスの場合に、該分子膜の透過色がブルー色の弱い、よりニュートラルな色調となる。このため、本実施形態の分子膜は、単斜晶、斜方晶、立方晶または擬六方晶の結晶構造を有するか、アモルファスであることが好ましく、斜方晶、立方晶、擬六方晶のいずれかの結晶構造を有することがより好ましい。
【0059】
本実施形態の分子膜が、単斜晶、斜方晶、立方晶または擬六方晶の結晶構造を有するか、アモルファスを有する場合に、透過色が青みを帯びることを防止し、透過色をニュートラルな色調にできる。このため、各種用途で使用可能な分子膜とすることができる。
【0060】
なお、擬六方晶とは、斜方晶と六方晶の相転移途中にある中間構造を意味する。結晶構造は、精密測定を行って得られたX線回折パターンか、電子線回折により同定することができる。
【0061】
本実施形態の分子膜集積体が含有する分子膜は、それぞれ結晶構造等が異なっていてもよい。
【0062】
上記のように、本実施形態の分子膜は、透過色がブルー色の弱い、よりニュートラルであることが好ましく、L色指数におけるbがプラス、すなわちb>0であることが好ましい。本実施形態の分子膜集積体についても同様に透過色がブルー色の弱い、ニュートラルな色調であることが好ましく、b>0であることが好ましい。
(4)分子膜、分子膜集積体の特性について
本実施形態の分子膜は、赤外線遮蔽機能以外にクロミック特性を有することもできる。タングステン酸化物や、複合タングステン酸化物は、他の水和タングステン酸化物同様、フォトクロミック材料であり、かつエレクトロクロミック材料として知られている。本実施形態の分子膜もフォトクロミック材料であり、かつエレクトロクロミック材料である。本実施形態の分子膜は、高エネルギーの紫外線や可視光等の光に応答してフォトクロミック反応を示す。また、反応に必要なエネルギーの閾値が低い場合は、赤外線にも応答してフォトクロミック反応を示す。紫外線や可視光等に対する応答で、分子膜周辺で生じたプロトンなどのカチオン種を、分子膜に吸着させることで光吸収・反射域が生まれる。このため、フォトクロミック材料においては、カチオン種を多く吸着させられるよう表面積を増やすことが重要である。また、カチオン種の吸着による光吸収域の生成をより増大させられるよう結晶性を高めることが重要である。なお、紫外線や可視光等に対する応答によるプロトンの供給源としては、有機物等が挙げられる。該プロトンの供給源として、具体的には例えば後述するソフト化学的な処理で用いられる四級アンモニウムイオンに代表される嵩高いゲストなどの添加剤や、構造体のマトリックスとして用いられる樹脂などが挙げられる。
【0063】
既述のように、本実施形態の分子膜は、タングステン元素を含有する酸化物分子膜とすることで、赤外線遮蔽特性を発揮できる。この際、本実施形態の分子膜を、所定の結晶構造もしくはアモルファスとすることで、該分子膜の透過色について、ブルー色の弱い、ニュートラルな色調にできる。
【0064】
また、本実施形態の分子膜は、タングステン-酸素八面体ブロックを含むことで、赤外線反射による赤外線遮蔽性能に優れた分子膜とすることができる。さらに、酸素欠損を導入することで赤外線遮蔽性能を更に高めた分子膜とすることもできる。すなわち、本実施形態の分子膜は赤外線遮蔽材料として用いることができる。
【0065】
また、本実施形態の分子膜集積体は、既述の分子膜を含有できる。そのため、本実施形態の分子膜集積体も赤外線遮蔽材料として用いることができる。
[酸化物分子膜、酸化物分子膜集積体の製造方法]
次に、本実施形態の分子膜の製造方法について説明する。本実施形態の分子膜の製造方法によれば、既述の分子膜を製造できるため、既に説明した事項については説明を省略する。なお、本実施形態の分子膜集積体についても同じ方法により製造できる。
【0066】
本実施形態の分子膜の製造方法は、以下の原料形成工程、塗布工程、熱処理工程を有することができる。
【0067】
原料形成工程では、層状化合物から、原料分子膜を調製できる。
【0068】
塗布工程では、原料分子膜を基材上に塗布できる。
【0069】
熱処理工程では、基材上に塗布した原料分子膜を還元雰囲気中で400℃未満の温度で熱処理できる。
【0070】
以下、各工程について説明する。
(1)原料形成工程
本実施形態の分子膜の製造方法においては、例えば層状の結晶構造を有する複合タングステン酸化物から原料分子膜を調製できる。層状の結晶構造を有する原料をソフト化学的な処理により結晶構造の基本最小単位である層1枚、もしくは複数枚にまで剥離し、原料分子膜を得ることができる。また、原料分子膜を熱処理工程において還元処理することにより透過色をブルー色の弱い、よりニュートラルな色調にした分子膜を得ることができる。
【0071】
ソフト化学的な処理とは、酸処理とコロイド化処理を組み合わせた処理である。すなわち、層状の結晶構造を有する複合タングステン酸化物粉末等に塩酸などの酸水溶液を接触させ、生成物をろ過、洗浄後、乾燥させると、酸処理前に層間に存在していたアルカリ金属イオン等の一部または全部が水素イオンに交換され、水素型物質が得られる。次に、得られた水素型物質をアミンなどの水溶液中に入れ撹拌すると、コロイド化する。このとき、層状の結晶構造を構成していた層が1枚1枚にまで剥離する。なお、層状の結晶構造を構成していた層とは、具体的にはタングステン元素を含有する酸化物であり、例えばタングステン-酸素八面体ブロックの繰り返し構造を基本骨格とするものを意味する。
【0072】
従って、本実施形態の分子膜の製造方法の原料形成工程は、以下の酸処理工程と、コロイド化工程を有することができる。
【0073】
酸処理工程では、層状の結晶構造を有する原料を酸水溶液に接触させ、生成物を洗浄、乾燥させ、水素型物質を得ることができる。
【0074】
コロイド化工程では、水素型物質と、嵩高いゲストを含む液体とを混合し、原料分子膜を得ることができる。
【0075】
原料である層状の結晶構造を有する原料としては、例えば複合タングステン酸化物を用いることができる。該原料は、Rb1135、Cs1135、Cs6+A1136(0≦A≦0.31)、Cs8+B1548(0≦B≦0.5)、(Bi)Wから選択された1種類以上の複合タングステン酸化物を含むことが好ましい。これらの複合タングステン酸化物は、層間にRb、Csのアルカリ金属イオンや、Biなどの陽イオンが存在している。
【0076】
ソフト化学的な処理においては、例えば層状の結晶構造を有する複合タングステン酸化物粉末に、酸水溶液を接触させ、水素型物質を得る。具体的には例えばRb4-a1135(0≦a≦4)、Cs4-b1135(0≦b≦4)、Cs6+A-c1136(0≦c≦6.31)、Cs8+B-d1548(0≦d≦8.5)、(Bi1-e2e(0≦e≦1)の水素型物質を得る。これらの水素型物質は、酸処理前に層間に存在していたアルカリ金属イオンや陽イオンの一部または全部が水素イオンに交換されたものである。水素型物質は水溶液中で水和物となっており、ろ過、洗浄後、乾燥させても室温での風乾では水和物を保持している。また、水素Hをオキソニウムに置き換えた物質を得ることもできる。
【0077】
酸処理に用いる酸水溶液は複合タングステン酸化物を溶解しないものであれば特に限定されず、塩酸、硝酸、硫酸、炭酸などを用いることができる。酸の種類・濃度・処理回数によってイオン交換量を変化させることができる。
【0078】
次いで、例えば酸処理物である水素型物質の層間に嵩高いゲストを挿入することで、該水素型物質を結晶構造の基本最小単位である層1枚にまで剥離し、シート形状の分子膜を得ることができる。具体的には例えばRb4-a1135 a-(0≦a≦4)、Cs4-b1135 b-(0≦b≦4)、Cs6+A-c1136 c-(0≦c≦6.31)、Cs8+B-d1548 d-(0≦d≦8.5)、(Bi1-e e-(0≦e≦1)の分子膜を得ることができる。ここで、分子膜は厳密に切り分けると全て負に帯電した状態で得られるが、嵩高いゲストが陽イオンとして分子膜表面を修飾するため、嵩高いゲストを含めた全体としては中性に近い状態になっていると考えられる。
【0079】
四級アンモニウムイオンに代表される嵩高いゲストは、水や有機溶媒等の液体中で水素型物質に接触させて用いられる。例えば、四級アンモニウム塩に代表される嵩高いゲストを供給する材料を適宜な液体に溶解し、そこに該水素型物質を添加して、液体を混合・振盪することにより該水素型物質を層1枚にまで剥離させることができる。
【0080】
嵩高いゲストとなるイオンとしては、テトラブチルアンモニウムイオン、テトラプロピルアンモニウムイオン、テトラエチルアンモニウムイオン、テトラメチルアンモニウムイオン等から選択された1種類以上の四級アンモニウムイオンを好ましく用いることができるが、テトラブチルアンモニウムイオン(以下、「TBA」とも表記する。)を特に好ましく用いることができる。また、嵩高いゲストを供給する材料としては、上記四級アンモニウム塩を好ましく用いることができ、テトラブチルアンモニウムヒドロキシドを特に好ましく用いることができる。
【0081】
例えば、原料である層状の結晶構造を有する複合タングステン酸化物としてRb1135を用いる場合を考える。図3(A)に示す様に、Rb1135は、タングステン-酸素八面体ブロックの繰り返し構造として六員環構造が配列した層31と、Rbのみが存在する面32とが、交互に積層した層状の結晶構造を有している。すなわち、層31の層間にアルカリ金属のRbが存在する構造を有している。なお、八面体ブロックの六員環構造は、六方晶タングステンブロンズ構造であり、六員環構造内にRbの一次元トンネルが存在している。この層状の結晶構造を有するRb1135に酸処理を施すと、面32に存在するRbの一部または全部がイオンとして酸水溶液中に抽出され、その空隙に水素イオンまたはオキソニウムイオンが導入されて水素型物質が得られる。このとき、酸処理条件によっては、層31の六員環構造内の一次元トンネルに存在するRbも酸処理中に抽出されることがある。次いで、嵩高いゲストとして機能する四級アンモニウムイオンなどを含む液体に該水素型物質を添加し、その液体を混合・振盪する。係る操作を行うことによって、層31の六員環構造とRbの一次元トンネルを保持したまま、該水素型物質を層1枚にまで剥離することができ、層31の分子膜が得られる。このとき、嵩高いゲストとして機能する四級アンモニウムは原料分子膜の表面修飾剤および分散剤として作用するため、原料分子膜は液体中で分散した状態で得られ、すなわち原料分子膜を含む分散液が得られる。該分散液は、例えば後述する塗布工程において、塗布液として用いることができる。
【0082】
酸の種類・濃度・処理回数などの酸処理条件により、例えば、一般式Rb4-a1135(0≦a≦4)で表される水素型物質のaの量、すなわちイオン交換量を変化させることができる。例えば、面32に存在するRbの全部がイオン交換したとき、a=1となりRbHW1135の水素型物質が得られ、Rb1135 の分子膜が得られる。それに加えて、層31の六員環構造内の一次元トンネルに存在するRbの全てもイオン交換したとき、H1135の水素型物質が得られ、W1135 4-の分子膜が得られる。なお、Rb1135 とW1135 4-の両分子膜とも、その表面は負に帯電している。通常、Wの最大価数は6+のため、分子膜はそれぞれ-1と-4の電荷状態となる。ただし、分子膜を得ると同時に嵩高いゲストが陽イオンとして分子膜表面を修飾するため、嵩高いゲストを含めた全体としては中性に近い状態になっていると考えられる。
【0083】
ここで、酸処理後の水素型物質を層1枚にまで剥離する反応を十分に進行させる観点から、面32に存在するRbのイオン量、すなわち層31の層間に存在するRbのイオン量に相当するa=1以上のイオン交換を行うことが好ましい。従って、上記一般式においてaが1以上となるように酸処理を行うことが好ましく、濃度6規定以上の塩酸や、硝酸、硫酸、炭酸を(固体)/(水溶液)=1g/100cm-3以下の固液比で酸処理を行うことが好ましい。ただし、これは原料としてRb1135を用いた場合の好ましい酸処理条件であり、用いる原料によって好ましい条件は変化する。
【0084】
嵩高いゲストの添加量は特に限定されないが、例えば、Rb4-a1135(0≦a≦4)で表される水素型物質の水素イオン量に対して嵩高いゲストとなるイオンであるTBAのモル比が0.5以上2以下の範囲となるように加えることが好ましい。上記モル比を0.5以上とすることで、層間の剥離を特に十分に進行させることができる。また、上記モル比を2以下とすることで、水素型物質や分子膜の結晶構造が崩れることを防止できる。より好ましくは、上記モル比が1程度のときに最も収率良く分子膜を得ることができる。
【0085】
得られる原料分子膜のサイズは特に限定されないが、層31の単層分の厚みを有することができ、例えば2nm以上3nm以下の厚みを有することができる。なお、原料分子膜の厚みは係る範囲に限定されるものではなく、用いる原料等により原料分子膜の厚みを選択できる。
【0086】
また、得られる原料分子膜の長手方向の長さは、例えば20nm以上1mm以下とすることができる。すなわち、アスペクト比は、例えば7以上500000以下とすることができる。これは、原料である層状の結晶構造を有する複合タングステン酸化物の合成(焼成)温度を調整することや、複合タングステン酸化物やタングステン酸化物の単結晶を利用することによりコントロール可能である。また、得られた原料分子膜を含む分散液の攪拌や超音波照射などによって原料分子膜を破壊可能であり、例えば緩い攪拌を加えることで1μm以上の幅(長手方向)の長さにコントロールでき、超音波照射などの強いせん断力を加えれば1μm以下の幅の長さにコントロールできる。ただし、1mmより長い長さを有する巨大な原料分子膜を合成することは現時点において困難である。
【0087】
なお、以上の反応で発生する未反応物は、得られる原料分子膜を含む分散液をさらに遠心分離することによって、取り除くことが可能である。
(2)塗布工程
塗布工程では、原料分子膜を基材上に塗布できる。具体的には、塗布工程では基材の少なくとも一方の表面上に原料分子膜を含む分散液を塗布できる。これにより基材上に原料分子膜や、複数個の原料分子膜を積層等した原料分子膜集積体を得ることができる。ここでは原料分子膜を含む分散液を塗布液と呼ぶ。
【0088】
原料分子膜を含む分散液には、例えば塗布する際に基材上に特に均一に塗布することを目的として、界面活性剤を添加して塗布液としても良い。界面活性剤としては、非イオン系、陰イオン系、陽イオン系、両性系等、目的や基材の材質によって各種使用可能である。
【0089】
基材表面への塗布液の塗布方法は特に限定されないが、基材表面と原料分子膜の主表面が平行となるように均一に塗布することが好ましい。例えばバーコート法、ディップコート法、電気泳動法、スプレーコート法、スピンコート法、ラングミュアブロジェット法(Langmuir-Blodgett法、LB法)、交互吸着法(layer-by-layer法)、非特許文献1に記載の単一液滴集積法(Single-Droplet法)等の湿式法により、基材表面に塗布液を塗布できる。該分散液が有する分子膜は、アスペクト比が大きいため、どのような塗布方法でも基材表面と原料分子膜の主表面とが平行となり易く、均一に塗布し易い。また、原料分子膜を集積させつつ、原料分子膜の単層分だけを広範囲に塗布する観点から、スピンコート法、ラングミュアブロジェット法、交互吸着法、単一液滴集積法から選択された1種類以上を採用するのがより好ましい。中でも、単一液滴集積法は簡便性に優れ、原料分子膜の消費量が最小限に抑えられることから、特に好ましく用いることができる。
【0090】
なお、基材表面へ塗布液を塗布した後、必要に応じて乾燥や、後述する熱処理工程における熱処理温度よりも低温で熱処理を行うこともできる。
【0091】
また、塗布工程を繰り返し実施することや、塗布工程と、乾燥等の上記熱処理とを交互に繰り返し実施してもよい。
(3)熱処理工程
熱処理工程では、基材上に塗布した原料分子膜を還元雰囲気中で400℃未満の温度で熱処理できる。
【0092】
還元雰囲気に用いる還元性ガスは、特に限定されないが、H(水素)が好ましい。そして、還元性ガスとしてHを用いる場合は、還元雰囲気の組成として、例えば、Ar、N等の不活性ガスにHを体積比で0%より多く5.0%以下混合することが好ましい。不活性ガスも特に限定されないが、コストの観点から上述のAr、Nから選択された1種類以上が好ましい。
【0093】
熱処理温度についても特に限定されないが、例えば400℃未満が好ましく、100℃以上400℃未満がより好ましく、200℃以上350℃以下がさらに好ましい。熱処理工程において、500℃未満で熱処理を行うことで得られる分子膜中のタングステン-酸素八面体ブロックに適度な酸素欠損を導入できる。このため、得られる分子膜について、単斜晶、斜方晶、立方晶または擬六方晶の結晶構造を有するか、アモルファスとすることができる。その結果、得られる分子膜について、赤外線遮蔽特性を有しつつも、透過色をニュートラルな色調にできる。
(4)分離工程
本実施形態の分子膜の製造方法はさらに任意の工程を有することもでき、例えば基材から、分子膜を分離する分離工程を有することもできる。基材の材質にもよるが、例えば基材のみを溶解することや、基材から分子膜を剥離すること等で、基材から分子膜を分離することもできる。分離した分子膜は、別の基材上に載せたり、あるいは、後述の構造体中に配置させたりもできる。
【0094】
以上に説明した本実施形態の分子膜の製造方法によれば、既述の分子膜、すなわち単斜晶、斜方晶、立方晶または擬六方晶のいずれかの結晶構造を有するか、アモルファスであり、タングステン元素を含有している酸化物分子膜を製造できる。
[酸化物薄膜]
本実施形態の酸化物薄膜は、分子膜集積体、具体的には既述の分子膜を含有する分子膜集積体を含むことができる。酸化物薄膜は、分子膜集積体単体のみや、分子膜単体のみ、後述する積層構造のみ等から構成し、基材の無い、局所的に支持されたフリースタンディングな状態でも赤外線遮蔽性能を発揮することができる。
【0095】
また、本実施形態の酸化物薄膜は、基材と、基材上に配置された分子膜集積体とを含むこともできる。
【0096】
本実施形態の酸化物薄膜が基材を有する場合の一例として、基材に垂直な面での断面模式図を図6に示す。図6に示すように、本実施形態の一例である酸化物薄膜60は、例えば基材61と、基材61の少なくとも一方の面61A上に配置された分子膜集積体62とを有することができる。なお、分子膜集積体62は分子膜を含有でき、膜状形状を有することができる。
【0097】
図6では、基材61の一方の面61A上にのみ分子膜集積体62を設けた例を示しているが、基材61の他方の面61B上にも分子膜集積体を配置することもできる。一方の面61A上に設ける分子膜集積体と他方の面61B上に設ける分子膜集積体は、異なるものであってもよく、どちらか一方が後述する高屈折率材料で構成されていてもよい。また、酸化物薄膜は、図7に示すように、分子膜集積体62と高屈折率材料63の積層構造であってもよいが、積層構造については後ほど詳述する。
【0098】
また、図8に示した酸化物薄膜80のように、分子膜集積体62と分子膜以外の赤外線遮蔽材料粒子81とを有することもできる。酸化物薄膜80では、分子膜集積体62と赤外線遮蔽材料粒子81とが複合し、1つの層を形成している。なお、分子膜集積体62と、赤外線遮蔽材料粒子81との複合層を含む酸化物薄膜80についても、図8に示すように基材61を有していてもよく、基材61を有しない構成としてもよい。赤外線遮蔽材料粒子としては、AgやAuなどの金属粒子、WO3-xなどのタングステン酸化物粒子、Cs0.33WO3-xなどの複合タングステン酸化物粒子、LaBなどの六ホウ化物粒子、In:Snなどの元素ドープ酸化インジウム粒子、SnO:Sbなどの元素ドープ酸化錫粒子、ZnO:Gaなどの元素ドープ酸化亜鉛粒子、などが挙げられる。
【0099】
さらに、図9に示した酸化物薄膜90のように、酸化物薄膜は、赤外線遮蔽材料粒子81を含む分子膜集積体62と、高屈折率材料63との積層構造を有してもよい。この場合も酸化物薄膜は基材を有していてもよく、基材を有しない構成としてもよい。他にも、酸化物薄膜は、図10~12に示すように、マトリックスを有することもできるが、マトリックスについては後ほど詳述する。
【0100】
以下、本実施形態の酸化物薄膜について、(1)酸化物薄膜が基材を有する場合、(2)酸化物薄膜が積層構造である場合、のそれぞれについて説明する。
(1)酸化物薄膜が基材を有する場合
基材61としては、分子膜集積体を支持できる基材であればよく、材料や、その形状は特に限定されない。酸化物薄膜は、窓材や、ビニールハウスのフィルム等に用いられることが多いため、酸化物薄膜は、シート形状、ボード形状、フィルム形状のいずれかの形状を有することが好ましい。このため、基材61についてもシート形状、ボード形状、フィルム形状のいずれかの形状を有することが好ましい。
【0101】
基材61の材料は特に限定されず、酸化物薄膜に要求される透過、吸収、反射する光の波長域や、酸化物薄膜に要求される強度、厚さ等に応じて選択できる。
【0102】
基材61としては、単結晶材料、多結晶材料、ガラス、金属、合金、セラミックス、樹脂のうちから選択される1種類以上を含むことができる。基材61は、上記いずれかの材料から構成することもでき、単結晶材料基材、多結晶材料基材、ガラス基材、金属基材、合金基材、セラミックス基材、樹脂基材のいずれかとすることもできる。また、基材61は、必要に応じて表面に被膜が設けられていても良い。
【0103】
基材61が単結晶材料を含む場合、単結晶材料は特に限定されないが、シリコン基板、酸化被膜付きシリコン基板、銀基板、アルミニウム基板、金基板、ビスマス基板、カドミウム基板、コバルト基板、クロム基板、銅基板、ジスプロシウム基板、エルビウム基板、鉄基板、ゲルマニウム基板、ガドリニウム基板、ハフニウム基板、ホルミウム基板、インジウム基板、イリジウム基板、リチウム基板、マグネシウム基板、モリブデン基板、ニオブ基板、ニッケル基板、ニッケルアルミニウム基板、鉛基板、パラジウム基板、白金基板、レニウム基板、ロジウム基板、ルテニウム基板、アンチモン基板、錫基板、タンタル基板、テルビウム基板、テルル基板、チタン基板、バナジウム基板、タングステン基板、イットリウム基板、亜鉛基板、ジルコニウム基板、合金結晶基板、炭化ケイ素基板、窒化ガリウム基板、リン化ガリウム基板、リン化インジウム基板、フッ化リチウム基板、フッ化ランタン基板、フッ化マグネシウム基板、フッ化ストロンチウム基板、臭化カリウム基板、塩化カリウム基板、塩化ナトリウム基板、マイカ基板、酸化アルミニウム基板、酸化チタン基板、酸化コバルト基板、酸化クロム基板、酸化マンガン基板、酸化ニッケル基板、酸化錫基板、酸化亜鉛基板、酸化銅基板、酸化鉄基板、チタン酸ストロンチウム基板、ニオブ酸リチウム基板、タンタル酸リチウム基板、タンタル酸カリウム基板、アルミン酸イットリウム基板、アルミン酸ランタン基板、アルミン酸ランタンストロンチウム基板、ガリウム酸ランタンストロンチウム基板、スカンジウム酸ジスプロシウム基板、スカンジウム酸ガドリニウム基板、スカンジウム酸ネオジウム基板、ガドリニウム・ガリウム・ガーネット基板、イットリウム・アルミニウム・ガーネット基板、から選択された1種類以上が挙げられる。
【0104】
基材61が多結晶材料を含む場合は、構成する材料が多結晶である点を除いて、上述の単結晶材料と同様の材料の基板を好適に用いることができる。
【0105】
基材61がガラスを含む場合、該ガラス材料は特に限定されないが、溶融石英ガラス、合成石英ガラス、ソーダライムガラス、ホウケイ酸ガラス、クリスタルガラス、無アルカリガラス、鉛ガラス、ウランガラス、強化ガラス、耐熱ガラス、熱線吸収ガラスやLow-Eガラス等の各種機能性ガラスから選択された1種類以上であることが好ましい。
【0106】
基材61が金属を含む場合、その具体的な材料は特に限定されないが、例えば、銀、アルミニウム、金、ビスマス、カドミウム、コバルト、クロム、銅、ジスプロシウム、エルビウム、鉄、ガリウム、ゲルマニウム、ガドリニウム、ハフニウム、ホルミウム、インジウム、イリジウム、リチウム、マグネシウム、モリブデン、ニオブ、ニッケル、鉛、パラジウム、白金、レニウム、ロジウム、ルテニウム、アンチモン、スカンジウム、錫、タンタル、テルビウム、チタン、バナジウム、タングステン、イットリウム、亜鉛、ジルコニウム、SUS(ステンレス鋼)から選択された1種類以上であることが好ましい。
【0107】
基材61が合金を含む場合、その材料は特に限定されないが、例えば、アルミニウム合金、金合金、コバルト合金、クロム合金、銅合金、鉄系合金、ゲルマニウム合金、マグネシウム合金、マンガン合金、ニッケル合金、パラジウム合金、白金合金、チタン合金、タングステン合金、ジルコニウム合金から選択された1種類以上であることが好ましい。
【0108】
基材61がセラミックスを含む場合、その具体的な材料は特に限定されないが、例えば、酸化物以外にホウ化物、炭化物、窒化物から選択された1種類以上であることが好ましい。なお、セラミックスは単結晶材料、多結晶材料、ガラスと重複する部分がある。
【0109】
基材61が樹脂を含む場合、用いる樹脂としては特に限定されないが、該樹脂を含む基材の表面状態や耐久性に不具合を生じないものであることが好ましい。樹脂としては、例えば、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリエチレン-2,6-ナフタレート等のポリエステル系ポリマー、ジアセチルセルロース、トリアセチルセルロース等のセルロース系ポリマー、ポリカーボネート等のカーボネート系ポリマー、ポリメチルメタクリレート等のアクリル系ポリマー、ポリスチレン、アクリロニトリル・スチレン共重合体等のスチレン系ポリマー、ポリエチレン、ポリプロピレン、環状ないしノルボルネン構造を有するポリオレフィン、エチレン・プロピレン共重合体等のオレフィン系ポリマー、塩化ビニル系ポリマー、芳香族ポリアミド等のアミド系ポリマー、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルエーテルケトン等のエーテル系ポリマー、イミド系ポリマー、スルホン系ポリマー、フェニレンスルフィド系ポリマー、塩化ビニリデン系ポリマー、オキシメチレン系ポリマー、エポキシ系ポリマー、ビニルアルコール系ポリマー、ポリビニルブチラール等のポリビニルアセタール、さらにこれらの樹脂群から選択された2種類以上の樹脂の二元系、三元系の各種共重合体、グラフト共重合体、ブレンド物等から選択されたいずれかの樹脂が挙げられる。基材61が樹脂を含有する場合、該樹脂は、特に、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレン-2,6-ナフタレート、ポリカーボネート、ポリメチルメタクリレート、ポリビニルブチラールから選択された1種類以上であることが好ましく、特に基材61が上記ポリエチレンテレフタレートなどのポリエステル系2軸配向フィルムであることが、機械的特性、光学特性、耐熱性および経済性の点でより好適である。当該ポリエステル系2軸配向フィルムは共重合ポリエステル系であっても良い。
【0110】
基材61の厚さは特に限定されず、酸化物薄膜に要求される強度や、光学特性等に応じて選択できる。例えば0.001mm以上100mm以下であることが好ましく、0.01mm以上30mm以下であることがより好ましい。
(2)酸化物薄膜が積層構造である場合
本実施形態の酸化物薄膜は積層構造を含むこともできる。本実施形態の酸化物薄膜は、赤外線反射による優れた赤外線遮蔽性能を発揮する観点から、分子膜集積体を含む層と高屈折率材料とを含む層の積層構造であることが好ましい。
【0111】
すなわち、図6に示した酸化物薄膜60において、分子膜集積体62を配置した領域601に替えて、積層構造を有することもできる。具体的には例えば、図7に示した酸化物薄膜70の様に、基材61の少なくとも一方の面61A上に積層構造71を有することもできる。積層構造71は、既述の分子膜集積体62に加えて、積層構造71の一部として高屈折率材料63を含むこともできる。なお、図7は、本実施形態の酸化物薄膜70の、積層方向に沿った面での断面模式図である。酸化物薄膜が積層構造である場合においても、図7に示した様に酸化物薄膜は基材を有していても良く、基材を有さない、すなわち積層構造71のみから構成しても良い。
【0112】
図7においては、積層構造の酸化物薄膜70が、分子膜集積体62を含む層と、高屈折率材料63を含む層とを交互に2層ずつ有する例を示したが、係る形態に限定されない。積層構造の酸化物薄膜70は、分子膜集積体62を含む層と、高屈折率材料63を含む層とを1層ずつ、もしくは3層ずつ以上含むこともできる。また、2種類以上の分子膜集積体や2種類以上の高屈折率材料を、それぞれ同一の層や別々の層に含むこともできる。さらには、分子膜集積体62と、高屈折率材料63以外の材料を含む層を有することもできる。また、図9に示した酸化物薄膜90のように、分子膜集積体62や高屈折率材料63とは異なる赤外線遮蔽材料粒子81などの赤外線遮蔽材料などを有することもできる。
【0113】
図7では、基材61の一方の面61A上にのみに分子膜集積体62を含む積層構造71を配置した例を示したが、係る形態に限定されない。例えば、基材61の他方の面61B側にも積層構造71をさらに配置しても良い。また、基材61の他方の面61B側に、積層構造でない分子膜集積体62からなる層、もしくは積層構造でない高屈折率材料63からなる層等を配置してもよい。
【0114】
積層構造の酸化物薄膜が高屈折率材料を含む層を有することで、各層の界面で屈折率差に応じた特定波長の光を反射し、各層の膜厚制御により赤外領域の光を特に遮蔽することが可能になる。
【0115】
高屈折率材料を含む層は、上述のように高屈折率材料を含んでいればよく、さらに、高屈折率材料を含む層を形成する際に高屈折率材料を分散していた分散媒やバインダー等を含有することもできる。高屈折率材料を含む層は、高屈折率材料のみから構成することもできるが、この場合でも不可避不純物を含有する場合を排除するものではない。
【0116】
高屈折率材料は特に限定されず、例えば屈折率が2以上の材料を用いることが好ましい。
【0117】
高屈折率材料としては、例えば酸化チタン、酸化マンガン、酸化タンタル、酸化ニオブ、チタン酸塩、タンタル酸塩、ニオブ酸塩、窒化ホウ素から選択された1種類以上を好適に用いることができる。これらの材料は可視光透明性が高いため、赤外線遮蔽性能を低下させない。また、これらの材料は、本実施形態の分子膜と同様にソフト化学的な処理により厚さ約1nmの膜状のものとして得ることができるため、本実施形態の分子膜と同様の工程を採用でき、コスト的に優位となる。さらには、分子膜を積層させることにより、簡便に各層の膜厚を1nm単位で制御でき、任意の波長の光を特に遮蔽することができる。
(3)酸化物薄膜の特性について
本実施形態の酸化物薄膜の光学特性は特に限定されないが、例えば、波長400nm以上780nm以下の領域の光の透過率の最大値が50%以上であり、波長780nm以上2600nm以下の領域の光の反射率の最大値が50%以上であることが好ましい。
【0118】
可視光領域である波長400nm以上780nm以下の領域の光の透過率の最大値を50%以上とすることで、可視光を十分に透過させることができる。また、赤外領域である波長780nm以上2600nm以下の領域の光の反射率の最大値を50%以上とすることで、赤外領域の光を十分に遮蔽できる。このため、上記特性を有する本実施形態の酸化物薄膜は、優れた赤外線遮蔽性能を有している。
[酸化物薄膜の製造方法]
次に、本実施形態の酸化物薄膜の製造方法について説明する。なお、本実施形態の酸化物薄膜の製造方法によれば、既述の酸化物薄膜を製造できる。このため、既に説明した事項については説明を省略する。
【0119】
本実施形態の酸化物薄膜は、既述の分子膜の製造方法と同じ方法、手順により製造できる。ただし、本実施形態の酸化物薄膜が高屈折率層を有する場合、さらに以下の高屈折率原料塗布工程を有することができる。
(高屈折率原料塗布工程)
既述のように、本実施形態の酸化物薄膜は、高屈折率材料を含む積層構造を有することもできる。そこで、本実施形態の酸化物薄膜の製造方法は、必要に応じて、第2塗布液を塗布する高屈折率原料塗布工程をさらに有することもできる。なお、本工程を実施する場合、本工程の第2塗布液と識別するため、既述の原料分子膜を含む塗布液を第1塗布液のように表記することもできる。
【0120】
高屈折率原料塗布工程は、分子膜の製造方法で説明した塗布工程の後、熱処理工程の前または後に、塗布液の塗布膜上に、高屈折率材料を含む高屈折率層の原料を含む塗布液である第2塗布液を塗布できる。
【0121】
また、既述の塗布工程と、高屈折率原料塗布工程とを、積層する層の数に応じて繰り返し実施できる。そして、既述の熱処理工程は塗布工程の前後や塗布工程と高屈折率原料塗布工程の間で任意に実施できる。
【0122】
第2塗布液は、上述のように高屈折率材料を含むことができる。既述のように高屈折率材料は、特に限定されないが、例えば屈折率が2以上の材料を用いることが好ましい。
【0123】
第2塗布液においても、高屈折率材料はシート形状を有することが好ましく、分子膜であることがより好ましい。このため、高屈折率材料は、層状の結晶構造を有する材料から剥離して得ることが好ましく、例えば酸化チタン、酸化マンガン、酸化タンタル、酸化ニオブ、チタン酸塩、タンタル酸塩、ニオブ酸塩、窒化ホウ素から選択された1種類以上を好適に用いることができる。
【0124】
特に高屈折率材料は酸化チタンであることが好ましく、該酸化チタンは、例えばTi1-α(0.09≦α≦0.13)であることがより好ましい。
【0125】
第2塗布液を調製する場合も、塗布液の場合と同様に、例えばまず層状の結晶構造を有する複合酸化チタンについて、塩酸などの酸性水溶液で酸処理して水素型物質等に変換できる。
【0126】
次いで、例えば層間に嵩高いゲストを挿入することで、高屈折率材料の結晶構造を維持したまま、層1枚にまで剥離し、シート形状の分子膜にすることができる。具体的には嵩高いゲストとして機能する材料を、上記酸処理物に混合できる。嵩高いゲストとして機能する材料としては、例えば四級アンモニウムイオンなどが挙げられる。
【0127】
従って、第2塗布液の調製工程は、以下の酸処理工程と、コロイド化工程を有することができる。
【0128】
酸処理工程では、層状の結晶構造を有する原料を酸水溶液に接触させ、生成物を洗浄、乾燥させ、水素型物質を得ることができる。
【0129】
コロイド化工程では、水素型物質と、嵩高いゲストを含む液体とを混合し、高屈折率材料の分子膜を得ることができる。
【0130】
そして、コロイド化工程後に得られた分散液を第2塗布液にできる。
【0131】
高屈折率材料が酸化チタンの場合を例に説明するが、メカニズムは分子膜の製造方法で例示した複合タングステン酸化物の場合と同様である。該酸化チタンの原料としては、例えばチタン酸リチウムカリウムなどの層状の結晶構造を有する複合チタン酸化物を用いる。これに酸処理を施すと、層間のリチウムイオンやカリウムイオンが水素イオンやオキソニウムイオンに交換される。そして、嵩高いゲストとして機能する四級アンモニウムイオンなどを添加することによって、層1枚まで剥離した酸化チタン分子膜が液体中に分散した状態で得られ、すなわち酸化チタン分子膜を含む分散液が得られる。なお、高屈折率材料の原料は上記形態に限定されるものではなく、層状の結晶構造を有している場合、同様のメカニズムにより、分子膜を含む分散液を得ることができる。
【0132】
嵩高いゲストとなるイオンとしては、テトラブチルアンモニウムイオン、テトラプロピルアンモニウムイオン、テトラエチルアンモニウムイオン、テトラメチルアンモニウムイオン等から選択された1種類以上を用いることができる。嵩高いゲストとなるイオンとしては、テトラブチルアンモニウムイオン(TBA)を特に好ましく用いることができる。
【0133】
酸化チタンとなる高屈折率材料の原料について酸処理することで、例えば一般式HβTi1-α・HO(0≦β≦1、0.09≦α≦0.13)で表される水素型物質を得られる。そして、上記水素型物質中の水素イオン量に対して嵩高いゲストとなるイオンであるTBAのモル比が0.5以上2以下となるように加えることが好ましい。
【0134】
得られる分子膜のサイズは特に限定されないが、層状化合物の単層分の厚みを有することができ、例えば1nm以上2nm以下程度の厚みを有することができる。また、得られる分子膜の長手方向の長さは、例えば20nm以上1mm以下とすることができる。すなわち、アスペクト比は、例えば10以上1000000以下とすることができる。分子膜の長さは、原料である層状の結晶構造を有する複合チタン酸化物の合成条件、分子膜を含む分散液の攪拌や超音波照射などによって調整可能である。
【0135】
以上のようにして得られた第2塗布液には、例えば塗布する際に基材上に特に均一に塗布することを目的として、界面活性剤を添加しても良い。界面活性剤としては、非イオン系、陰イオン系、陽イオン系、両性系等、目的や基材の材質によって各種使用可能である。
【0136】
基材表面への第2塗布液の塗布方法は既述の塗布液の場合と同様のため、説明を省略する。
【0137】
また、第2塗布液の塗布後、必要に応じて乾燥や、熱処理工程における熱処理温度よりも低温で熱処理することもできる。
【0138】
また、塗布工程と高屈折率原料塗布工程の順番を入れ替えて、高屈折率材料を含む第2塗布液を基材の直上に塗布することもできる。
[構造体]
次に本実施形態の構造体について説明する。
【0139】
本実施形態の構造体は、既述の酸化物分子膜を含むことができる。なお、本実施形態の構造体において、分子膜は既述の分子膜集積体や、酸化物薄膜の形態を有することもできる。このため、本実施形態の構造体は、分子膜、分子膜集積体、および酸化物薄膜から選択された1種類以上を含むことができる。
【0140】
本実施形態の構造体は、例えば固体媒体等のマトリックスと、該マトリックス中に配置された既述の分子膜とを有することもできる。この場合も、マトリックス中において、分子膜は、既述の分子膜集積体や、酸化物薄膜の形態を有することもできる。このため、本実施形態の構造体は、マトリックスと、マトリックス中に配置された分子膜、分子膜集積体、および酸化物薄膜から選択された1種類以上を含むことができる。
【0141】
上述のように、本実施形態の構造体は、樹脂などの適宜な固体媒体のマトリックスと、該マトリックス中に練り込む等により配置した、フィラーである既述の分子膜とを有することができる。マトリックスは、一般的には母材のことであるが、ここではフィラーである分子膜等を練り込む固体媒体のことを指す。
【0142】
本実施形態の構造体は、例えば図10に示す構造体100のように、マトリックス102と、マトリックス102内に配置された赤外線遮蔽体101とを有することができる。赤外線遮蔽体101は、例えば既述の分子膜単体とすることができる。また、赤外線遮蔽体101は、図10中に例示しているように分子膜集積体62とすることや、後述するように酸化物薄膜とすることもできる。
【0143】
本実施形態の構造体は、例えば図11に示した構造体110のように、マトリックス102と、マトリックス102内に配置された赤外線遮蔽体101とを有することができる。図11に示した構造体110の場合、赤外線遮蔽体101として、基材61上に分子膜集積体62、および高屈折率材料63の積層構造を含む酸化物薄膜を配置した例を示している。なお、赤外線遮蔽体101として酸化物薄膜を用いる場合、図11に示した構造に替えて、赤外線遮蔽体として、図6や、図8図9を用いて説明した、各種酸化物薄膜を用いることもできる。
【0144】
このように、本実施形態の構造体が有する赤外線遮蔽体101は、基材上に配置された分子膜集積体等の酸化物薄膜を、該基材と共にマトリックス中に練り込むこともできる。すなわち、構造体は、マトリックス中に基材を含むこともでき、より具体的には基材と、基材上に配置された分子膜集積体等とを有する酸化物薄膜を含むこともできる。
【0145】
図12に示した構造体120のように、本実施形態の構造体は基材を有することもできる。すなわち、構造体120は、基材121と、基材121上に設けられた既述の分子膜等の赤外線遮蔽体101を含有するマトリックス102とを有することもできる。
【0146】
赤外線遮蔽体101の構成は特に限定されず、例えば図13に示した構造体130の場合の様に、基材61と、基材61上に分子膜集積体62を有する酸化物薄膜とすることもできる。なお、赤外線遮蔽体101として酸化物薄膜を用いる場合、図13に示した構造の酸化物薄膜に替えて、赤外線遮蔽体として、図7図9を用いて説明した、各種酸化物薄膜を用いることもできる。
【0147】
また、図14に示した構造体140のように、本実施形態の構造体は、さらに赤外線遮蔽材料粒子141を含有することもできる。赤外線遮蔽材料粒子141は、例えばマトリックス102内に配置できる。赤外線遮蔽材料粒子141は、分子膜、分子膜集積体、酸化物薄膜以外の部材になる。
【0148】
構造体140においても、上記赤外線遮蔽材料粒子141や、赤外線遮蔽体101を含有するマトリックス102を基材121上に設けることもできる。なお、構造体140は、基材121を有しないこともできる。
【0149】
なお、図12図14に示した構造体は基材上に形成されていることから、構造体ではなく酸化物薄膜に分類することもできる。
【0150】
マトリックスは、分子膜または分子膜集積体または酸化物薄膜を練り込めるマトリックスであればよく、材料や、その形状は特に限定されない。固体媒体中に分子膜等を配置した構造体は、窓材や、ビニールハウスのフィルム等に用いられることが多いため、シート形状、ボード形状、フィルム形状のいずれかの形状を有することが好ましい。このため、マトリックスについてもシート形状、ボード形状、フィルム形状のいずれかの形状を有することが好ましい。
【0151】
マトリックスの材料は、特に限定されず、窓材に要求される透過、吸収、反射する光の波長域や、窓材に要求される強度、厚さ等に応じて選択できる。
【0152】
マトリックスは、酸化物薄膜で既述の基材と同様の材料を含むことができるが、分子膜等を練り込む際の簡便性や加工性に加え、窓材としての軽量性、経済性、耐久性が要求される観点から、樹脂を含むことが好ましい。樹脂であれば軟化点が低いため、溶融混合と延伸加工などにより、フィラーである分子膜等を練り込んだシート形状、ボード形状、フィルム形状のマトリックスを得られやすい。
【0153】
用いる樹脂としては特に限定されないが、該樹脂を含むマトリックスの表面状態や耐久性に不具合を生じないものであることが好ましい。樹脂としては、例えば、既述の酸化物薄膜の「(1)酸化物薄膜が基材を有する場合」の、基材61が樹脂を含む場合の中で説明した材料から好適に選択できる。該樹脂は、特に、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレン-2,6-ナフタレート、ポリカーボネート、ポリメチルメタクリレート、ポリビニルブチラールから選択された1種類以上であることが、機械的特性、光学特性、耐熱性および経済性の点でより好適である。ポリエステル系の樹脂は共重合ポリエステル系であっても良い。
【実施例0154】
以下、実施例を参照しながら本発明を具体的に説明する。但し、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
[実施例1]
(1)原料形成工程
まず、以下の手順により塗布液を調製した。
【0155】
Cs:Wのモル比が4:11となるよう、炭酸セシウム10.2gと、酸化タングステン(VI)40.0gとを混合し、大気雰囲気で850℃、5時間の焼成を行った。焼成物の粉末X線回折パターンからCs1135が得られていることを確認した。組成を表1の焼成物の組成の欄に示す。同時に、得られたCs1135がタングステン-酸素八面体ブロックの繰り返し構造を基本骨格とする斜方晶の結晶構造を有することも確認した。
【0156】
得られたCs1135を0.5g分取し、12規定の塩酸50mLに添加し、1日間室温で、すなわち加熱や冷却等の熱処理を行わずに混合・攪拌して酸処理を行った。さらに、デカンテーションにより塩酸を除去した後、新しい塩酸に入れ替えて同様の酸処理を追加で4日間行い(計5日間の酸処理)、濾過、水洗、風乾を行って酸処理物である固体残留物を回収した(酸処理工程)。
【0157】
得られた固体残留物のCs、W濃度をICP発光分光分析装置(島津製作所製 型式ICPE-9000)により分析したところ、それぞれ13wt%、66wt%であった。また、その結果から化学式を算出し、モル比Cs/W=3/11の固体残留物であることを確認した。酸処理工程後に得られた固体残留物である、上記水素型物質の分析結果を表1の水素型物質の欄に示す。具体的には、表1中、水素型物質の欄のうち、Cs、Rb、Wで示した各元素の欄に得られた水素型物質についての各元素の質量割合を、Cs/W、Rb/Wの欄にCsまたはRbと、Wとのモル比をそれぞれ示す。
【0158】
得られた固体残留物0.4gに、0.0016mol/Lのテトラブチルアンモニウムヒドロキシド水溶液100cmを加え、200rpmで14日間混合攪拌した後、遠心分離で沈降成分を取り除き、Cs1135 の分子膜を含む分散液を得た(コロイド化工程)。ここで、分子膜は負に帯電した状態で得られるが、分子膜表面はテトラブチルアンモニウムイオンのTBAに修飾されており、全体としては中性に近い状態になっていると考えられる。
【0159】
得られたCs1135 の分子膜を含む分散液を透過型電子顕微鏡像観察用のマイクログリッド上に滴下し、分子膜を転写して透過型電子顕微鏡により形態観察を行った。形態観察を行った10個の分子膜について、分子膜の長手方向の長さは平均で5μmであることが確認できた。また、分子膜の電子線回折パターンから結晶構造を解析したところ、得られた分子膜は、酸処理前のCs1135と同様に、タングステン-酸素八面体ブロックの繰り返し構造を基本骨格とする分子膜であることを確認できた。
【0160】
(2)塗布工程
得られたCs1135 の分子膜を含む分散液と、0.1mL、純水5.0mL、エタノール0.03mLを混合し、実施例1に係る塗布液を作製した。これを用いて単一液滴集積法により塗布作業を行なった。ホットプレートで厚さ1mmの石英基板を温度120℃まで熱した後、実施例1に係る塗布液を基板上に垂らし、次いで供給した塗布液をピペットでゆっくり吸い上げることで、Cs1135 から構成された分子膜集積体を石英基板上に作製した。そして、200℃3分間の乾燥処理を行ない、分子膜集積体を石英基板に密着させた。
【0161】
単一液滴集積法による塗布工程の一連のコーティング作業を計30回繰り返し、分子膜集積体を積層させた。これにより、分子膜、分子膜集積体を30枚重ねた状態、すなわち30層の積層体とすることができる。表1の積層数の欄にコーティング作業の繰り返し回数を示す。
【0162】
石英基板上に形成した分子膜の塗布膜である分子膜集積体のX線回折パターンを、X線回折装置によりインプレーンX線回折法で測定した。X線回折パターンを解析したところ、分子膜集積体は、タングステン-酸素八面体ブロックの繰り返し構造を基本骨格とする斜方晶の結晶構造の分子膜を含有することを確認できた。また、回折ピークは全て該分子膜由来のものであったことから、得られた塗布膜は、該分子膜を結晶性物質の主成分として含有することを確認できた。
【0163】
(3)熱処理工程
そして、Arガスをキャリアガスとした、体積割合で4%のHガスを含む気体の供給下で加熱し、300℃で30分間の還元熱処理を行った。これにより、基材の一方の面上に、Cs11(z<35)からなる酸化物分子膜を含有する酸化物分子膜集積体を備えた、実施例1に係る酸化物薄膜を得た。表1の熱処理工程の条件の欄に、上記熱処理工程における熱処理の条件を示す。
【0164】
実施例1に係る酸化物薄膜のX線回折パターンを、X線回折装置によりインプレーンX線回折法で測定し、X線回折パターンを解析した。その結果、実施例1に係る酸化物薄膜は、タングステン-酸素八面体ブロックの繰り返し構造を基本骨格とする酸化物分子膜を含む酸化物分子膜集積体を含有することを確認できた。また、X線回折パターンのピーク位置は、斜方晶のCs1135(ICDD 00-051-1891)のピーク位置と六方晶のCs0.33WO(ICDD 01-086-2578)のピーク位置との中間あたりに位置していることが確認できた。このことから、得られた酸化物薄膜中の酸化物分子膜は擬六方晶の結晶構造であることが確認できた。
【0165】
実施例1に係る酸化物薄膜についてX線光電子分光(アルバック・ファイ製XPS-Versa Probe III)により分析した。25WのAl-KαX線を照射して励起された光電子を測定し、ピークフィッティング法により30eV~45eV付近に観察されるW4fスペクトルをW4f7/2 6+、W4f5/2 6+、W4f7/2 5+、W4f5/2 5+、W5p3/2の5つにピーク分離した。各ピークの強度面積からW価数が6+と5+の割合をそれぞれ求めると、W6+は95.71%、W5+は4.29%となった。ここから組成を算出すると、Cs11のzは34.8となった。すなわち、実施例1に係る酸化物薄膜中の酸化物分子膜集積体を構成する酸化物分子膜の組成は、Cs1134.8であることを確認できた。上記XPSの評価結果を、表1のXPSの欄に示す。
【0166】
ここで、zの算出方法について説明する。Cs11の帯電状態は定かではないが、zが最大値を取る場合として、熱処理前と同じくCs11が-1の電荷状態で負に帯電していると仮定する。Csの価数は+1のため、電荷バランスを考えると、3×1+11×(95.71×6+4.29×5)/100-2×z=-1となる。これを解くと、z=34.8となる。以降の実施例でも同様の算出方法を採用した。
【0167】
得られた酸化物薄膜の透明性と赤外線遮蔽特性と色味について、分光光度計(株式会社日立ハイテクサイエンス製UH4150)を用いて評価した。波長200nm以上2600nm以下の範囲において5nmの間隔で透過光プロファイルを測定し、可視光透過率、日射透過率をJIS R 3106(2019)に基づき、波長300nm以上2500nm以下の範囲で算出した。その結果、酸化物薄膜の可視光透過率は78%、日射透過率は55%であった。
【0168】
また、L色指数を、JIS Z 8701(1999)に準拠して、D65標準光源、光源角度10°に対する三刺激値X、Y、Zを算出し、三刺激値からJIS Z 8729(2004)に準拠して求めた。その結果、酸化物薄膜のL色指数は、L=90、a=-0.54、b=5.3となり、b>0のため、ブルー色が非常に弱く中性色に近い、すなわちニュートラルな色調を示した
[実施例2]
実施例1に係る塗布液を用いて単一液滴集積法により塗布作業を行なった。ホットプレートで石英基板を温度120℃まで熱した後、実施例1に係る塗布液を基板上に垂らし、次いで供給した塗布液をピペットでゆっくり吸い上げることで、Cs1135 から構成された分子膜集積体を厚さ1mmの石英基板上に作製した。そして、100℃15分間の乾燥処理を行ない、分子膜集積体を石英基板に密着させた。
【0169】
単一液滴集積法による塗布工程の一連のコーティング作業を計5回繰り返し、分子膜集積体を積層させた。
【0170】
そして、Arガスをキャリアーとした、体積割合で4%のHガスを含む気体の供給下で加熱し、200℃で30分間の還元熱処理を行った。
【0171】
単一液滴集積法による塗布工程5回分と還元熱処理1回分を1セットとし、計6セット繰り返して、分子膜集積体を積層させた。従って、分子膜、分子膜集積体と30枚重ねた状態、すなわち30層の積層体とした。このようにして基材の一方の面上に、Cs11(z<35)からなる酸化物分子膜を含有する酸化物分子膜集積体を備えた、実施例2に係る酸化物薄膜を得た。
【0172】
実施例2に係る酸化物薄膜のX線回折パターンを、実施例1と同様に測定した。X線回折パターンを解析したところ、実施例2に係る酸化物薄膜は、タングステン-酸素八面体ブロックの繰り返し構造を基本骨格とする酸化物分子膜を含む酸化物分子膜集積体を含有することを確認できた。また、X線回折パターンのピーク位置は、斜方晶のCs1135(ICDD 00-051-1891)のピーク位置と合致し、得られた酸化物薄膜中の酸化物分子膜は斜方晶の結晶構造であることが確認できた。
【0173】
実施例2に係る酸化物薄膜について実施例1と同様にX線光電子分光により分析した。各ピークの強度面積からW価数が6+と5+の割合をそれぞれ求めると、W6+は96.12%、W5+は3.88%となった。ここから組成を算出すると、Cs11のzは34.8となった。すなわち、実施例2に係る酸化物薄膜中の酸化物分子膜集積体を構成する酸化物分子膜の組成は、Cs1134.8であることを確認できた。
【0174】
得られた酸化物薄膜の透明性と赤外線遮蔽特性と色味について、実施例1と同様に評価した。可視光透過率は79%、日射透過率は57%、L=91、a=-0.81、b=3.6となった。
[実施例3]
実施例2の厚さ1mmの石英基板の代わりに厚さ1mmのポリカーボネート基板を用いた以外は、実施例2と同様にして実施例3に係る酸化物薄膜を得た。
【0175】
実施例1と同様に実施例3に係る酸化物薄膜を評価し、得られた酸化物薄膜中の酸化物分子膜は斜方晶の結晶構造であることを確認した。また、W価数が6+と5+の割合をそれぞれ求めると、W6+は95.97%、W5+は4.03%となり、組成を算出すると、Cs11のzは34.8となった。すなわち、実施例3に係る酸化物薄膜中の酸化物分子膜集積体を構成する酸化物分子膜の組成は、Cs1134.8であることを確認できた。可視光透過率は77%、日射透過率は54%、L=90、a=-0.98、b=4.1となった。
[実施例4]
炭酸セシウム10.2gの代わりに炭酸ルビジウム7.24gを用いた。また、5日間の酸処理の代わりに10日間の酸処理を行い、0.0016mol/Lのテトラブチルアンモニウムヒドロキシド水溶液100cmの代わりに0.0014mol/Lのテトラブチルアンモニウムヒドロキシド水溶液100cmを用いた。以上の点以外は実施例1と同様にして、焼成物としてタングステン-酸素八面体ブロックの繰り返し構造を基本骨格とする斜方晶のRb1135を合成し、またRb1135 の分子膜を含む分散液を得た。そして、該分散液を用いた点以外は実施例1と同じ条件で純水、エタノールと混合して塗布液を作製し、該塗布液を用いて、Rb11(z<35)からなる酸化物分子膜を含有する酸化物分子膜集積体を備えた、実施例4に係る酸化物薄膜を得た。
【0176】
塗布液を形成する過程で、酸処理物である固体残留物を回収したところで、Rb、W濃度を分析すると、それぞれ9wt%、70wt%となった。また、その結果から化学式を算出し、モル比Rb/W=3/11の固体残留物であることを確認した。
【0177】
実施例1と同様に実施例4に係る酸化物薄膜を評価し、得られた酸化物薄膜中の酸化物分子膜は斜方晶の結晶構造であることを確認した。また、W価数が6+と5+の割合をそれぞれ求めると、W6+は96.35%、W5+は3.65%となり、組成を算出すると、Rb11のzは34.8となった。すなわち、実施例4に係る酸化物薄膜中の酸化物分子膜集積体を構成する酸化物分子膜の組成は、Rb1134.8であることを確認できた。可視光透過率は76%、日射透過率は54%、L=91、a=-0.73、b=4.5となった。
[比較例1]
熱処理工程において、300℃で30分間の還元熱処理の代わりに400℃で30分間の還元熱処理を行なった以外は実施例1と同様にして、比較例1に係る酸化物薄膜を得た。
【0178】
実施例1と同様に比較例1に係る酸化物薄膜を評価し、得られた酸化物薄膜中の酸化物分子膜は六方晶の結晶構造であることを確認した。また、W価数が6+と5+の割合をそれぞれ求めると、W6+は95.39%、W5+は4.61%となり、組成を算出すると、Cs11のzは34.7となった。すなわち、比較例1に係る酸化物薄膜中の酸化物分子膜集積体を構成する酸化物分子膜の組成は、Cs1134.7であることを確認できた。可視光透過率は71%、日射透過率は50%、L=87、a=-1.2、b=-5.8となった。b>0のため、得られた酸化物薄膜は、ブルー色を帯びていることを確認できた。
【0179】
【表1】
【符号の説明】
【0180】
11 タングステン-酸素八面体ブロック
12 空隙
13 M
31 層
32 面
60、70、80、90 酸化物薄膜
61 基材
61A 一方の面
61B 他方の面
62 分子膜集積体
63 高屈折率材料
71 積層構造
81、141 赤外線遮蔽材料粒子
100、110、120、130、140 構造体
101 赤外線遮蔽体
102 マトリックス
121 基材
図1
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