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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024066199
(43)【公開日】2024-05-15
(54)【発明の名称】生体組織モデル及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20240508BHJP
【FI】
C12N5/071
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022175612
(22)【出願日】2022-11-01
(71)【出願人】
【識別番号】000003193
【氏名又は名称】TOPPANホールディングス株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100169063
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 洋平
(74)【代理人】
【識別番号】100211100
【弁理士】
【氏名又は名称】福島 直樹
(72)【発明者】
【氏名】北野 史朗
(72)【発明者】
【氏名】松▲崎▼ 典弥
(72)【発明者】
【氏名】謝 正田
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065AC20
4B065BD50
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】バイオインクの印刷によって形成可能な組織片を用いた新規な生体組織モデルを提供すること。
【解決手段】バイオインクの印刷物を含む組織片を2以上含み、前記組織片同士が接着した構造を有し、前記バイオインクが断片化細胞外マトリックス成分を含有する、生体組織モデル。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
バイオインクの印刷物を含む組織片を2以上含み、
前記組織片同士が接着した構造を有し、
前記バイオインクが断片化細胞外マトリックス成分を含有する、生体組織モデル。
【請求項2】
前記断片化細胞外マトリックス成分が断片化コラーゲン成分を含む、請求項1に記載の生体組織モデル。
【請求項3】
前記断片化細胞外マトリックス成分の平均径が100nm以下である、請求項1又は2に記載の生体組織モデル。
【請求項4】
前記断片化細胞外マトリックス成分の含有量が、前記バイオインクの全量を基準として、5mg/mL以上30mg/mL以下である、請求項1又は2に記載の生体組織モデル。
【請求項5】
前記組織片同士が接着した構造が、前記組織片同士がフィブリンで接着した構造である、請求項1又は2に記載の生体組織モデル。
【請求項6】
前記組織片同士が接着した構造が、前記組織片同士が架橋性化合物と金属イオンとの架橋反応によって接着した構造である、請求項1又は2に記載の生体組織モデル。
【請求項7】
前記組織片同士が接着した構造が、前記組織片同士が光重合性合物の重合反応によって接着した構造である、請求項1又は2に記載の生体組織モデル。
【請求項8】
バイオインクの印刷物を含む組織片同士を接着させる工程を含み、
前記バイオインクが断片化細胞外マトリックス成分を含有する、生体組織モデルを製造する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体組織モデル及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体組織モデルをインビトロで形成する方法についてはこれまでにも種々の検討がなされている(特許文献1~2及び非特許文献1~2等)。非特許文献1~2には三次元バイオプリンティングを用いて組織体をインビトロで形成する装置等が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特表2013-525077号公報
【特許文献2】特開2020-202856号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】T.Dvir et al.,Adv.Sci.1900344(2019)
【非特許文献2】A.W. Feinberg et al.,Science vol 365,Issue 6452,482-487(2019)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
非特許文献1~2に開示される方法に開示される従来の方法では、作製可能な生体組織モデルのサイズが小さく、生体に近い機能を充分に有しているとはいえない。そのため、移植用途等への応用が困難であった。移植用途等への応用が困難である主たる原因としては、組織の造形を行う3Dプリンターなどの装置そのものの稼働スペースが小さいことがあげられる。単純に稼働スペースを大きくするには、広いスペースの確保が不可欠であるが、膨大なコストと時間を要し現実的でない。
【0006】
本発明は、バイオインクの印刷によって形成可能な組織片を用いた新規な生体組織モデルを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は以下の各発明を提供する。
[1]
バイオインクの印刷物を含む組織片を2以上含み、前記組織片同士が接着した構造を有し、前記バイオインクが断片化細胞外マトリックス成分を含有する、生体組織モデル。
[2]
前記断片化細胞外マトリックス成分が断片化コラーゲン成分を含む、[1]に記載の生体組織モデル。
[3]
前記断片化細胞外マトリックス成分の平均径が100nm以下である、[1]又は[2]に記載の生体組織モデル。
[4]
前記断片化細胞外マトリックス成分の含有量が、前記バイオインクの全量を基準として、5mg/mL以上30mg/mL以下である、[1]~[3]のいずれかに記載の生体組織モデル。
[5]
前記組織片同士が接着した構造が、前記組織片同士がフィブリンで接着した構造である、[1]~[4]のいずれかに記載の生体組織モデル。
[6]
前記組織片同士が接着した構造が、前記組織片同士が架橋性化合物と金属イオンとの架橋反応によって接着した構造である、[1]~[4]のいずれかに記載の生体組織モデル。
[7]
前記組織片同士が接着した構造が、前記組織片同士が光重合性合物の重合反応によって接着した構造である、[1]~[4]のいずれかに記載の生体組織モデル。
[8]
バイオインクの印刷物を含む組織片同士を接着させる工程を含み、前記バイオインクが断片化細胞外マトリックス成分を含有する、生体組織モデルを製造する方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、バイオインクの印刷によって形成可能な組織片を用いた新規な生体組織モデルを提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1(A)はヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)又はヒト皮膚線維芽細胞(NHDF)が配置されたバイオインクの印刷物を接着して作製した生体組織モデルを示す写真であり、図1(B)は生体組織モデル上のHUVECの観察結果を示す写真であり、図1(C)は生体組織モデル上のNHDFの観察結果を示す写真である。
図2図2(A)は生体組織モデル上の細胞の観察結果を示す写真であり、図2(B)は図2(A)中に示す枠内の拡大写真である。
図3図3(A)及び図3(B)は生体組織モデルにおける、HUVECが配置されたバイオインクの印刷物と、NHDFが配置されたバイオインクの印刷物との境界領域を示す写真である。
図4図4(A)は左心室(Left chamber)モデル作製のためのバイオインクの印刷物を含む組織片を示す写真であり、図4(B)は組織片を接着して作製した左心室を示す。
図5図5(A)は右心室(Right chamber)モデル作製のためのバイオインクの印刷物を含む組織片を示す写真であり、図5(B)は組織片を接着して作製した右心室を示す。
図6図6(A)は左心房(Left corona)モデル作製のためのバイオインクの印刷物を含む組織片を示す写真であり、図6(B)はこれらの組織片を接着して作製した左心房を示す。
図7図7(A)は右心房(Right corona)モデル作製のためのバイオインクの印刷物を含む組織片を示す写真であり、図7(B)は組織片を接着して作製した右心房を示す。
図8図8は組織片を接着して作製した心臓モデルを示す写真である。
図9図9(A)及び図9(B)は組織片同士を金属イオン架橋によって接着して得られる構造体を示す写真である。
図10図10(A)及び図10(B)は組織片同士を光重合性化合物の重合反応によって接着して構造体を作製する方法及び当該方法によって作製される構造体示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。ただし、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではない。
【0011】
〔生体組織モデル〕
本実施形態に係る生体組織モデルは、バイオインクの印刷物を含む組織片を2以上含み、組織片同士が接着した構造を有する。生体組織モデルは、臓器又は臓器の一部の構造又は機能を模倣したモデルである。生体組織モデルはインビトロで形成可能な生体組織モデルである。臓器としては、例えば、心臓、胃、小腸、大腸、大静脈及び大動脈が挙げられる。生体組織モデルは、心臓モデル(フルサイズの心臓モデル)又は心臓の一部のモデルであってよい。
【0012】
<組織片>
組織片はバイオインクの印刷物を含む。組織片はバイオインクを三次元バイオプリンティング等を用いて印刷して印刷物を形成することを含む方法によって得ることができる。バイオインクの印刷物は組織片としてそのまま用いてもよく、必要に応じて、架橋処理等が施されていてもよい。
【0013】
バイオインクは、バイオプリンティングによって構造体を形成し得るインク組成物である。具体的には、バイオインクは、生体適合性材料を含み、プリンターで吐出する時点では液状であり、プリンターから吐出した後に、刺激又は時間経過等によって固化するインク組成物である。
【0014】
バイオインクは、断片化細胞外マトリックス成分を含有する。本明細書における「断片化細胞外マトリックス成分」は、細胞外マトリックス成分を断片化して得ることができる。断片化細胞外マトリックス成分は、バイオインク中で分散していてよい。
【0015】
細胞外マトリックス成分は、複数の細胞外マトリックス分子によって形成されている、細胞外マトリックス分子の集合体である。細胞外マトリックス分子とは、多細胞生物において細胞の外に存在する物質であってよい。細胞外マトリックス分子としては、細胞の生育及び細胞集合体の形成に悪影響を及ぼさない限り、任意の物質を用いることができる。細胞外マトリックス分子として、コラーゲン、ラミニン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、エラスチン、テネイシン、エンタクチン、フィブリリン、及びプロテオグリカン等が挙げられるが、これらに限定されない。細胞外マトリックス成分としては、これら細胞外マトリックス分子を1種単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0016】
細胞外マトリックス分子は、上述の細胞外マトリックス分子の改変体及びバリアントであってもよく、化学合成ペプチド等のポリペプチドであってもよい。細胞外マトリックス分子は、コラーゲンに特徴的なGly-X-Yで表される配列の繰り返しを有するものであってよい。ここで、Glyはグリシン残基を表し、X及びYはそれぞれ独立に任意のアミノ酸残基を表す。複数のGly-X-Yは、それぞれ同一であっても異なっていてもよい。Gly-X-Yで示される配列の繰り返しを有することによって、分子鎖の配置への束縛が少なくなる。Gly-X-Yで示される配列の繰り返しを有する細胞外マトリックス分子において、Gly-X-Yで示される配列の割合は、全アミノ酸配列のうち、80%以上であってよく、好ましくは95%以上である。また、細胞外マトリックス分子は、RGD配列を有するポリペプチドであってもよい。RGD配列とは、Arg-Gly-Asp(アルギニン残基-グリシン残基-アスパラギン酸残基)で表される配列をいう。Gly-X-Yで表される配列と、RGD配列とを含む細胞外マトリックス分子としては、コラーゲン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、ラミニン、カドヘリン等が挙げられる。
【0017】
コラーゲンとしては、例えば、線維性コラーゲン及び非線維性コラーゲンが挙げられる。線維性コラーゲンとは、コラーゲン線維の主成分となるコラーゲンを意味し、具体的には、I型コラーゲン、II型コラーゲン、III型コラーゲン等が挙げられる。非線維性コラーゲンとしては、例えば、IV型コラーゲンが挙げられる。
【0018】
プロテオグリカンとして、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、ケラタン硫酸プロテオグリカン、デルマタン硫酸プロテオグリカンが挙げられるが、これらに限定されない。
【0019】
細胞外マトリックス成分は、コラーゲン、ラミニン及びフィブロネクチンからなる群より選択される少なくとも1種を含んでいてよく、コラーゲンを含むことが好ましい。コラーゲンは好ましくは繊維性コラーゲンであり、より好ましくはI型コラーゲンである。線維性コラーゲンは、市販されているコラーゲンを用いてもよく、その具体例としては、日本ハム株式会社製のブタ皮膚由来I型コラーゲンが挙げられる。
【0020】
細胞外マトリックス成分は、動物由来の細胞外マトリックス成分であってよい。細胞外マトリックス成分の由来となる動物種として、例えば、ヒト、ブタ、ウシ等が挙げられるが、これらに限定されない。細胞外マトリックス成分は、一種類の動物に由来する成分を用いてもよいし、複数種の動物に由来する成分を併用して用いてもよい。
【0021】
本明細書において、「断片化」とは、細胞外マトリックス分子の集合体をより小さなサイズにすることを意味する。断片化は、細胞外マトリックス分子内の結合を切断する条件で行われてもよいし、細胞外マトリックス分子内の結合を切断しない条件で行われてもよい。断片化された細胞外マトリックス成分は、上述の細胞外マトリックス成分を物理的な力の印加により解繊した成分である、解繊された細胞外マトリックス成分(解繊細胞外マトリックス成分)を含んでいてよい。解繊は、断片化の一態様であり、例えば、細胞外マトリックス分子内の結合を切断しない条件で行われるものである。
【0022】
細胞外マトリックス成分を断片化する方法としては、特に制限されない。細胞外マトリックス成分を解繊する方法としては、例えば、超音波式ホモジナイザー、撹拌式ホモジナイザー、及び高圧式ホモジナイザー等の物理的な力の印加によって細胞外マトリックス成分を解繊してもよい。撹拌式ホモジナイザーを用いる場合、細胞外マトリックス成分をそのままホモジナイズしてもよいし、生理食塩水等の水性媒体中でホモジナイズしてもよい。また、ホモジナイズする時間、回数等を調整することでミリメートルサイズ、ナノメートルサイズの解繊細胞外マトリックス成分を得ることも可能である。解繊細胞外マトリックス成分は、凍結融解を繰り返すことで解繊することにより得ることもできる。
【0023】
断片化細胞外マトリックス成分は、解繊細胞外マトリックス成分を少なくとも一部に含んでいてよい。断片化細胞外マトリックス成分は、解繊細胞外マトリックス成分のみからなっていてもよい。すなわち、断片化細胞外マトリックス成分は、解繊細胞外マトリックス成分であってよい。解繊細胞外マトリックス成分は、解繊コラーゲン成分を含むことが好ましい。解繊コラーゲン成分は、コラーゲンに由来する三重らせん構造を維持していることが好ましい。解繊コラーゲン成分は、コラーゲンに由来する三重らせん構造を完全に、又は部分的に維持している成分であってよい。
【0024】
断片化細胞外マトリックス成分の形状としては、例えば、線維状が挙げられる。線維状とは、糸状の断片化細胞外マトリックス成分で構成される形状、又は糸状の断片化細胞外マトリックス成分が分子間で架橋して構成される形状を意味する。断片化細胞外マトリックス成分の少なくとも一部は、線維状であってよい。線維状の細胞外マトリックス成分には、複数の糸状細胞外マトリックス分子が集合して形成された細い糸状物(細線維)、細線維が更に集合して形成される糸状物、これらの糸状物を解繊したもの等が含まれる。線維状の細胞外マトリックス成分ではRGD配列が破壊されることなく保存されている。
【0025】
断片化細胞外マトリックス成分の平均長は、100nm以上400μm以下であってよく、100nm以上200μm以下であってよい。一実施形態において、断片化細胞外マトリックス成分の平均長は、5μm以上400μm以下であってよく、10μm以上400μm以下であってよく、22μm以上400μm以下であってよく、100μm以上400μm以下であってよい。他の実施形態において、断片化細胞外マトリックス成分の平均長は、100μm以下であってよく、50μm以下であってよく、30μm以下であってよく、15μm以下であってよく、10μm以下であってよく、1μm以下であってよく、100nm以上であってよい。断片化細胞外マトリックス成分全体のうち、大部分の断片化細胞外マトリックス成分の平均長が上記数値範囲内であってよい。具体的には、断片化細胞外マトリックス成分全体のうち95%の断片化細胞外マトリックス成分の平均長が上記数値範囲内であってよい。断片化細胞外マトリックス成分は、平均長が上記範囲内である断片化コラーゲン成分であってよく、平均長が上記範囲内である解繊コラーゲン成分であってよい。
【0026】
断片化細胞外マトリックス成分の平均径は、例えば、20nm以上30μm以下であってよく、20nm以上10μm以下であってもよい。平均径がナノオーダー(1000nm以下)の断片化細胞外マトリックス成分を、ナノファイバー(NF)とも称する。ナノファイバーの平均径は、例えば、20nm以上1000nm以下であってよく、20nm以上500nm以下であってよく、20nm以上200nm以下であってよく、20nm以上150nm以下であってよく、40nm以上130nm以下であってよく、20nm以上100nm以下であってもよい。平均径がマイクロオーダー(1000nm超)の断片化細胞外マトリックス成分を、マイクロファイバー(MF)とも称する。マイクロファイバーの平均径は、例えば、1μm超30μm以下であってよく、1μm超30μm以下であってよく、1μm超10μm以下であってよく、1.5μm以上8.5μm以下であってよく、2μm以上8.5μm以下であってよい。断片化細胞外マトリックス成分は、平均径が上記範囲内である断片化コラーゲン成分であってよく、平均径が上記範囲内である解繊コラーゲン成分であってよい。本実施形態において、ナノファイバー及びマイクロファイバーの形状は、上述の断片化細胞外マトリックスである限り、線維状でなくともよい。
【0027】
バイオインクは、ナノファイバー及びマイクロファイバーの一方又は両方を含んでいてよい。バイオインクがナノファイバー及びマイクロファイバーの両方を含む場合、ナノファイバーをマイクロファイバーよりも重量換算で多く用いてもよい。バイオインク中の断片化細胞外マトリックス成分全質量を基準とする、ナノファイバーの質量は、例えば、80~100質量%、90~100質量%又は95~100質量%であってよい。
【0028】
断片化細胞外マトリックス成分の平均長及び平均径は、光学顕微鏡によって個々の断片化細胞外マトリックス成分を測定し、画像解析することによって求めることが可能である。本明細書において、「平均長」は、測定した試料の長手方向の長さの平均値を意味し、「平均径」は、測定した試料の長手方向に直交する方向の長さの平均値を意味する。
【0029】
断片化細胞外マトリックス成分の粒子サイズは40μm未満であってよい。粒子サイズ40μm未満の断片化細胞外マトリックス成分は、孔径40μmのフィルターを通過する断片化細胞外マトリックス成分である。断片化細胞外マトリックス成分の粒子サイズは40μm未満である場合、バイオインク中の成分の凝集がより起こりにくくなり、3Dプリンターによる吐出がよりスムーズになる。
【0030】
断片化細胞外マトリックス成分の少なくとも一部は分子間又は分子内で架橋されていてもよい。断片化細胞外マトリックス成分は、断片化細胞外マトリックス成分を構成する分子内で架橋されていてもよく、断片化細胞外マトリックス成分を構成する分子間で架橋されていてよい。
【0031】
少なくとも一部が分子間又は分子内で架橋された断片化細胞外マトリックス成分は、例えば、断片化細胞外マトリックス成分を架橋する工程(架橋工程)を含む方法によって製造することができる。断片化細胞外マトリックス成分は、例えば、断片化及び架橋された細胞外マトリックス成分を含むことができる。断片化及び架橋された細胞外マトリックス成分は、例えば、細胞外マトリックス成分を断片化する工程と、断片化された細胞外マトリックス成分を架橋する工程とをこの順に備える方法、又は、細胞外マトリックス成分を架橋する工程と、架橋された細胞外マトリックス成分を断片化する工程とをこの順に備える方法によって製造することができる。
【0032】
架橋する方法としては、例えば、熱、紫外線、放射線等の印加による物理架橋、架橋剤、酵素反応等による化学架橋等による方法が挙げられるが、その方法は特に限定されない。架橋は、共有結合を介した架橋であってよい。
【0033】
断片化細胞外マトリックス成分が断片化コラーゲン成分を含む場合、架橋は、コラーゲン分子(三重らせん構造)の間で形成されていてもよく、コラーゲン分子によって形成されたコラーゲン細繊維の間で形成されていてもよい。
【0034】
断片化細胞外マトリックス成分は、例えば、架橋剤を使用することによって架橋させることができる。架橋剤は、例えば、カルボキシル基とアミノ基とを架橋可能な架橋剤、又はアミノ基同士を架橋可能な架橋剤であってよい。架橋剤は、例えば、経済性、安全性及び操作性の観点から、アルデヒド系架橋剤、カルボジイミド系架橋剤、エポキシド系架橋剤及びイミダゾール系架橋剤からなる群より選択される少なくとも1種であってよい。架橋剤としては、例えば、グルタルアルデヒド、1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド・塩酸塩、1-シクロヘキシル-3-(2-モルホリニル-4-エチル)カルボジイミド・スルホン酸塩等の水溶性カルボジイミドを挙げることができる。
【0035】
バイオインク中の断片化細胞外マトリックス成分の含有量は、形成する生体組織モデルの形状、用途等に応じて適宜設定することができる。断片化細胞外マトリックス成分の含有量は、バイオインクの全体積を基準として、バイオインクの印刷物を含む組織片の強度がより一層向上することから、1.0mg/mL以上、3.0mg/mL以上、5.0mg/mL以上、10.0mg/mL以上、12.0mg/mL以上、15.0mg/mL以上、又は18.0mg/mL以上であってよく、45.0mg/mL以下、40.0mg/mL以下、35.0mg/mL以下、30.0mg/mL以下、又は25.0mg/mL以下であってよい。断片化細胞外マトリックス成分の含有量は、バイオインクの全体積を基準として、バイオインクの印刷物を含む組織片の強度がより一層向上することから、5mg/mL以上45mg/mL以下、5mg/mL以上40mg/mL以下、5mg/mL以上35mg/mL以下、5mg/mL以上30mg/mL以下、5mg/mL以上25mg/mL以下、10mg/mL以上45mg/mL以下、10mg/mL以上40mg/mL以下、10mg/mL以上35mg/mL以下、10mg/mL以上30mg/mL以下、10mg/mL以上25mg/mL以下、15mg/mL以上45mg/mL以下、15mg/mL以上40mg/mL以下、15mg/mL以上35mg/mL以下、15mg/mL以上30mg/mL以下、又は15mg/mL以上25mg/mL以下であってよい。
【0036】
バイオインクは、構造体形成材料を更に含んでいてよい。構造体形成材料は、バイオプリンティングによって構造体を形成し得る材料である。構造体形成材料は、上記断片化細胞外マトリックス成分に該当する成分を含まない。構造体形成材料は、バイオインクに溶解又は分散していてよい。構造体形成材料は、市販のバイオインク材料を用いることができる。構造体形成材料の種類は、構造体の形状、用途等に応じて適宜選択することができる。構造体形成材料は、例えば、細胞外マトリックス成分であってよい。細胞外マトリックス成分としては、上記例示したものであってよい。
【0037】
構造体形成材料は、具体的には、コラーゲン、フィブリン、キトサン、ナノセルロース、ポリ乳酸(PLA)、ポリカプロラクトン(PCL)、ヒドロキシアパタイト(HA)、β-リン酸三カルシウム(β-TCP)、アルギン酸、ゼラチンメタクリロイル等が挙げられる。
【0038】
構造体形成材料は、架橋されていてよい。構造体形成材料は、例えば、熱、紫外線、放射線等の印加による物理架橋、架橋剤、酵素反応等による化学架橋等による方法によって架橋されていてよい。架橋剤としては、上述した架橋剤を用いることができる。
【0039】
構造体形成材料の含有量は、生体組織モデルの形状、用途等に応じて適宜設定することができる。構造体形成材料の含有量は、例えば、バイオインク全質量を基準として、0.1質量%以上、0.2質量%以上、又は0.5質量%以上であってよく、10質量%以下、5質量%以下、又は2質量%以下であってよい。
【0040】
バイオインクは、水性媒体を含んでいてよい。水性媒体としては、例えば、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)等の生理食塩水、滅菌水、グッドバッファー等のpH緩衝液が挙げられる。
【0041】
バイオインクは、細胞を含んでいてもよく、細胞を含んでいなくてもよい。バイオインクは、上述した成分以外の成分(その他の成分)を更に含んでいてよい。
【0042】
バイオインクのpH、粘度等の各種条件は、バイオインクの組成、生体組織モデルの用途、使用するプリンター等に応じて適宜設定することができる。バイオインクのpHは、例えば、5.0~8.0、6.0~8.0、又は6.5~7.5であってよい。断片化細胞外マトリックス成分を含むバイオインクは、中性又は中性付近の条件(例えば、6.0~8.0、又は6.5~7.5)においてもゲル化が起こりにくい。そのため、断片化細胞外マトリックス成分を含むバイオインクは、中性又は中性付近の条件においてもバイオプリンターによる印刷物の形成が容易である。
【0043】
バイオインクは、例えば、断片化細胞外マトリックス成分と、構造体形成材料とを水性媒体中で混合する工程を含む方法によって得ることができる。
【0044】
組織片は細胞を含んでいてもよく、細胞を含んでいなくてもよい。細胞を含む組織片は、例えば、細胞を含むバイオインクを印刷して、細胞を含む印刷物を形成することによって、又は、バイオインクの印刷物に細胞を播種及び培養することによって得ることができる。
【0045】
細胞は、特に限定されないが、例えば、ヒト、サル、イヌ、ネコ、ウサギ、ブタ、ウシ、マウス、ラット等の哺乳類動物に由来する細胞であってよい。細胞の由来部位も特に限定されず、骨、筋肉、内臓、神経、脳、骨、皮膚、血液等に由来する体細胞であってもよく、生殖細胞であってもよい。さらに、細胞は、幹細胞であってもよく、また、初代培養細胞、継代培養細胞及び細胞株細胞等の培養細胞であってもよい。
【0046】
組織片及びバイオインクの印刷物の形状は生体組織モデルの形状に応じて適宜選択される。バイオインクの印刷物の形状としては、例えば、シート状、ファイバー状、球体状、略球体状、楕円体状、略楕円体状、半球状、略半球状、半円状、略半円状、直方体状、略直方体状又はこれらの形状を結合した形状等が挙げられる。組織片及びバイオインクの印刷物は湾曲した部分又は貫通孔等を有していてもよい。
【0047】
組織片の厚さは生体組織モデルの種類等に応じて適宜設定される。組織片の厚さは、例えば、0.1cm以上、0.3cm以上、又は0.5cm以上であってよく、4.0cm以下、3.0cm以下、2.5cm以下又は2.0cm以下であってよい。組織片の厚さは、例えば、0.5cm以上2.0cm以下であってよい。組織片の厚さは組織片の厚さ方向の最大距離であってよい。
【0048】
生体組織を厚さ方向から平面視したときの長辺の長さ又は直径は、例えば、1cm以上、2cm以上、又は3cm以上であってよく、8cm以下、7cm以下、6cm以下、又は5cm以下であってよい。厚さ方向から平面視したときの長辺の長さ又は直径は、例えば3~5cmであってよい。
【0049】
生体組織モデル中の組織片及びバイオインクの印刷物の数は2以上であり、3以上、4以上、5以上、8以上、10以上、15以上、20以上、25以上、30以上、35以上、40以上、45以上、50以上、又は55以上であってよい。生体組織モデル中の組織片及びバイオインクの印刷物の数は例えば100以下、90以下、80以下、75以下、70以下、又は65以下であってよい。
【0050】
生体組織モデルは、組織片同士が接着した構造を含む。組織片同士が接着した構造は、例えば、組織片同士が接着剤で接着した構造であってよい。接着剤としては、例えば、液体として当該接着部位に塗布した後にゲル化させることが可能な剤を用いることができ、具体的には、フィブリノゲン及びトロンビンの混合物、コラーゲン溶液等が挙げられる。
【0051】
フィブリノゲン及びトロンビンは、これらを反応させることによって、フィブリンを形成することから、組織片同士をフィブリノゲン及びトロンビンの混合物で接着した場合、組織片同士が接着した部分はフィブリンを含む。組織片同士が接着した構造は、組織片同士がフィブリンで接着した構造であることが好ましい。
【0052】
フィブリノゲン及びトロンビンの混合物におけるフィブリノゲンの含有量は、混合物の全量を基準として、30~70mg/mL又は40~60mg/mLであってよい。フィブリノゲン及びトロンビンの混合物における混合物におけるトロンビンの含有量は、混合物の全量を基準として、10~30units/mL又は15~25units/mLであってよい。
【0053】
組織片同士が接着剤で接着した構造は、組織片同士を接着させる部分に接着剤を塗布して組織片同士を接着させる方法によって形成することができる。
【0054】
組織片同士が接着した構造は、組織片同士が架橋性化合物と金属イオンとの架橋反応によって接着した構造であってよい。架橋性化合物は、架橋性基を有する化合物である。架橋性基としては、例えば、カルボキシ等が挙げられる。カルボキシ基を有する架橋性化合物は、金属イオンによって架橋する化合物として好適である。金属イオンとしては例えばアルカリ土類金属類を用いることができ、具体的には、カルシウムイオン、マグネシウムイオン、バリウムイオン等が挙げられる。
【0055】
架橋性化合物としては、例えば、アルギン酸、酸化したメタクリル化アルギン酸(OMA)等が挙げられる。カルボキシ基を有する架橋性化合物を架橋する材料としては、例えば、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、塩化バリウム等が挙げられる。
【0056】
組織片同士が架橋性化合物と金属イオンとの架橋反応によって接着した構造は、組織片に架橋性化合物を含有させることと、組織片同士を接着させる部分において架橋性化合物を金属イオンで架橋して組織片同士を接着させることを含む方法によって形成することができる。架橋性化合物はバイオインクに含有させることによって組織片に含有させてもよい。金属イオンによる架橋は架橋性化合物を含む組織片を金属イオンを含む溶液と接触させることによって行われてよい。具体的には、架橋性化合物を含む組織片を金属イオンを含む溶液に浸漬させることによって、組織片同士が架橋性化合物と金属イオンとの架橋反応によって接着した構造を形成することができる。
【0057】
組織片同士が接着した構造は、組織片同士が光重合性合物の重合反応によって接着した構造であってよい。光重合性化合物は、重合性官能基を有する化合物である。重合性官能基としては、メタクリロイル基、アクリロイル基等が挙げられる。
【0058】
光重合性化合物としては、例えば、酸化したメタクリル化アルギン酸(OMA)が挙げられる。
【0059】
光重合性化合物は、光重合開始剤によって重合させてよい。光重合開始剤としては、例えば、2-ヒドロキシー2-メチルプロピオフェノン等が挙げられる。
【0060】
組織片同士が光重合性合物の重合反応によって接着した構造は、組織片に光重合性化合物と必要に応じて光重合開始剤とを含有させることと、少なくとも組織片同士を接着させる部分に光照射して光重合性化合物を重合して組織片同士を接着させる方法によって形成することができる。光重合性化合物及び光重合開始剤はバイオインクに含有させることによって組織片に含有させてもよい。
【0061】
生体組織モデルの大きさは、目的の生体組織モデルの種類、用途等に応じて、適宜選択することができる。生体組織モデルの大きさは、生体臓器又はその一部の実際の大きさ、又は適宜縮尺を変更した大きさであってよい。生体組織モデルの縦方向、横方向及び高さ方向の長さ(縦×横×高さ)がそれぞれ10mm以上、20mm以上、30mm以上、40mm以上、50mm以上、60mm以上、70mm以上、80mm以上、90mm以上、又は100mm以上であってよく、300mm以下、250mm以下、200mm以下、150mm以下、又は120mm以下であってよい。生体組織モデルは、例えば、縦×横×高さが、50~120mm×50~120mm×50~120mmであるモデル(例えば、フルサイズの心臓モデル)であってよい。
【0062】
生体組織モデルは、複数の組織片同士の接着によって形成されるため、広いスペースを必ずしも必要としない。したがって、組織片を形成するための装置そのものの稼働スペースを広げることなく、大きな生体組織モデルを容易に作製することが可能である。
【0063】
断片化細胞外マトリックス成分を含有するバイオインクの印刷物を含む組織片は、組織片同士を接着させる部分が滑らかであるため、生体組織モデルをより精密に作製可能である。
【0064】
生体組織モデルは、例えば、細胞培養又は組織形成のための足場材料、実験動物の代替品又は移植材料として好適に用いることができる。
【0065】
〔生体組織モデルを製造する方法〕
生体組織モデルを製造する方法は、バイオインクの印刷物を含む組織片同士を接着する工程(接着工程)を含む。これにより、組織片同士が接着した構造を含む生体組織モデルが得られる。組織片同士を接着させる方法は上述したとおりであってよい。
【0066】
生体組織モデルを製造する方法は、接着工程の前にバイオインクの印刷物を含む組織片を形成する工程(印刷工程)を含んでいてもよい。
【0067】
印刷工程は、例えば、上述したバイオインクを印刷することと、印刷されたバイオインクを固化させることとを含む方法によって行われてよい。当該方法では、バイオインクを印刷しながら、固化を進行させてもよく、バイオインクを印刷することによって、所望の形状を有する印刷物前駆体を形成させた後に、印刷物前駆体を固化させて印刷物を形成してもよい。
【0068】
バイオインクを印刷する方法は、構造体の用途、バイオインクの組成等に応じて適宜選択することができる。バイオインクを印刷する方法の具体例としては、例えば、インクジェット法、材料押出法、レーザー転写法、光造形法等が挙げられる。
【0069】
バイオプリンターは、特に制限されないが、モーター、プリントヘッド、プリント基板、プリント構造、カートリッジ、シリンジ、プラットフォーム、レーザー及び制御装置等の標準構成要素を備えるロボット型バイオプリンターであってもよい。バイオプリンターは、CELLINK AB社製のINKREDIBLE(商標)、INKREDIBLE+(商標)若しくはBIO X(商標)等の3Dバイオプリンターであってよい。
【0070】
印刷する際の条件(例えば、温度、プリント圧力、ノズル等)は、プリンター、構造体の形状及び用途等に応じて適宜設定することができる。印刷する際の温度は、例えば、4℃以上であってよく、40℃以下であってよい。印刷する際のプリント圧力は、例えば、1kPa以上であってよく、200kPa以下であってよい。
【0071】
印刷されたバイオインクを固化させる方法は、バイオインクの組成等に応じて適宜選択することができる。印刷されたバイオインクを固化させる方法としては、光、熱等の刺激、時間経過、液状媒体等との接触によって固化させる方法を用いることができる。
【0072】
印刷されたバイオインクは、プリンター等から液状媒体に吐出することによって液状媒体を含む支持浴中で固化させてよい。支持浴中の液状媒体は、バイオインクの組成等に応じて適宜設定することができる。液状媒体のpHは、例えば、5.0~8.0であってよい。
【0073】
支持浴に用いられる液状媒体の一例として、粒子が分散した液状媒体(以下「粒子分散媒体」)が挙げられる。支持浴に用いられる液状媒体が、粒子分散媒体である場合、吐出されたバイオインク、又は、吐出により形成された構造体の前駆体の形状が液状媒体中の粒子によって保持されるため、高い強度を有する構造体の形成がより一層容易になる。
【0074】
粒子分散媒体における粒子は、バイオガムを含んでいてよい。バイオガムは、微生物、又は、植物等の生体が産生する多糖類を意味する。バイオガムとしては、例えば、微生物バイオガム、又は植物性バイオガムが挙げられる。微生物バイオガムとしては、例えば、ジェランガム、キサンタンガム、デュータンガム、ウェランガム、及びプルランガムが挙げられる。植物性バイオガムとしては、例えば、アカシアガム、タラガム、グルコマンナン、ペクチン、ローカストビーンガム、グアーガム、カラギーナン、及びトラガカントが挙げられる。バイオガムは、高強度の構造体の形成に特に好適であることから、ジェランガムであってよい。
【0075】
粒子分散媒体中の粒子の粒径は、例えば、10μm以上、20μm以上、30μm以上、又は40μm以上であってよく、100μm以下、80μm以下、又は60μm以下であってよい。粒径が上記範囲内にある場合、高い強度を有する構造体の形成がより一層容易になる。粒径は、共焦点レーザー走査型顕微鏡(例えば、FV3000)を用いた画像によって測定することができる。具体的には、共焦点レーザー走査型顕微鏡を用いて、粒子分散媒体の画像の取得、及びImage Jによる画像解析を行い、手動で粒径を算出することによって粒径を測定することができる。
【0076】
粒子分散媒体中の粒子の粒径は、粒子分散媒体にクエン酸を添加し、かつ、その添加量を調整することによって制御することができる。粒子分散媒体がクエン酸を含む場合、クエン酸の含有量は、粒子分散媒体全量を基準として、0mol/L超、0.10mol/L以上、0.20mol/L以上、又は0.25mol/L以上であってよく、1.0mol/L以下、0.80mol/L以下、0.60mol/L以下、又は0.40mol/L以下であってよい。
【0077】
バイオガムを含む粒子分散媒体は例えば次の方法によって得ることができる。バイオガムを液状媒体(例えば、リン酸緩衝生理食塩水)に溶解させてバイオガム溶液を得る。バイオガムの濃度は、バイオガムの種類等に応じて適宜設定することができる。バイオガムとしてジェランガムを用いる場合には、バイオガムの濃度は、バイオガム溶液全量に対して、例えば、0.3~0.7質量%であってよい。バイオガム溶液を所定時間静置する等、各物質ごとにゲル化に必要な所定処理を行うによってゲル化させてバイオガムゲルを得る。バイオガムゲルをホモジナイズすることによって、パーティクル化して、バイオガムのパーティクル溶液を得る。バイオガムのパーティクル溶液に、クエン酸緩衝液を加え、更にホモジナイズし、必要に応じて脱気のための遠心を行い、粒子分散媒体を得ることができる。
【0078】
支持浴に用いられる液状媒体の他の一例として、有機溶媒を含む液体が挙げられる。バイオインクが構造体形成材料としてコラーゲンを含む場合では、支持浴に用いられる液状媒体として、例えば、アセトニトリルと水との混合物を用いることもできる。
【0079】
生体組織モデルを製造する方法は、印刷工程の前に、印刷工程により形成する組織片を設計する工程(設計工程)を更に含んでいてよい。設計工程では、生体組織の情報を入手することと、当該生体組織モデルを複数の組織片に分割することとを含んでいてよい。生体組織の情報の入手及び複数の組織片への分割は公知のデータベース及びソフトウェア等を用いて行うことができる。
【実施例0080】
以下、本発明を試験例に基づいてより具体的に説明する。ただし、本発明は、以下の試験例に限定されるものではない。
【0081】
[断片化コラーゲン及びバイオインクの作製]
<材料>
・I型コラーゲン粉末:(ニッピ社、PSC-1-200)
<手順>
I型コラーゲン粉末50mgを10xPBS 5mLに懸濁し、ホモジナイザーを用いて室温で6分間ホモジナイズした後、10000rpm、5分間、室温の条件で遠心分離を行い、沈殿物として、平均径がマイクロメートルオーダーの断片化コラーゲン(CMF)を含むCMF溶液を得た。当該溶液から、上清を除き、1xPBSを加えた。添加量は、所望の最終濃度に応じて、5mLもしくは2.5mLとした。その後、2分間ホモジナイズし、4℃環境下で3日間保存することにより、平均径がナノメートルオーダーの断片化コラーゲン(CNF)を含むバイオインクを調製した。バイオインク中のCNFの最終濃度は実験より適宜調整した。
【0082】
得られた断片化コラーゲンの平均径は、84.4±43.0nmであった(サンプル数:25)。平均径は線維径分布を測定することで算出される。
【0083】
[試験例1:シート状生体組織モデルの作製]
<印刷物の作製>
シート状の印刷物(20mm×10mm×1mm)を、embedding printing methodによりBio-Xプリンターを用いて、CNF濃度が10mg/mLの上記バイオインクを3Dプリントすることにより調製した。支持浴には、0.3Mのクエン酸三ナトリウム(TSC)を混合した粒状ジェランガム(GG)ゲルを用いた。
【0084】
25Gニードル(内径250μm)を有するノズルを備える空気圧シリンジにバイオインクを充填した。バイオインクをノズルから支持浴中に押出しながら、プログラムに従いノズルを動かすことによって設計した印刷物を支持浴中に形成した。
【0085】
印刷条件は、次のとおりとした。
シリンジ圧:20~30kPa
ノズル移動速度:25mm/s
充填密度:99%
レイヤー高さ:0.1mm
【0086】
印刷物は、支持浴中でコラーゲン成分がゲル化するように室温で1時間保持した。次いで、印刷物を、架橋剤として濃度0.25%でグルタルアルデヒド(GA)を含む50%エタノール水溶液に一晩浸漬させることによって、印刷物の架橋を行った。過剰量のMiliQ水を用いて印刷物を洗浄して架橋剤を除去し、その後、得られた印刷物を70%エタノール水溶液に少なくとも30分間浸漬させることにより滅菌した。
【0087】
得られた印刷物は、細胞を培養する足場として使用する前に、クリーンベンチ内でPBSを用いて5回繰り返し洗浄し、溶媒をPBSに置換した。
【0088】
<細胞が配置された印刷物の作製>
滅菌した印刷物を5mm×5mmの大きさの正方形状に切断し、24ウェルプレートの底部に配置した。次いで、ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)又はヒト皮膚線維芽細胞(NHDF)を、約1×10/cmの細胞密度となるように印刷物上に播種した。具体的には、HUVEC又はNHDFを培地に分散させて、細胞が分散した培地を印刷物上に添加した。培地として、HUVECではKBMを使用し、NHDFではDMEMを使用した。HUVEC又はNHDFが配置された印刷物は、37℃、5%COの条件で1日間培養した。HUVECとしては、観察のためにGFPを発現するHUVEC(GFP-HUVEC)を用いた。
【0089】
<組織片同士の接着>
細胞が配置されていない印刷物と、HUVECが配置された印刷物と、NHDFが配置された印刷物とを組織片として用い、図1(A)に示すパターンになるように組み立て、組織片同士の接着を行い、実施例1の生体組織モデルを得た。組織片同士は、接着させる部分にバイオグルー(フィブリノゲン50mg/mLとトロンビン20単位/mLの混合物)を添加し、バイオグルーをゲル化させることにより接着させた。
【0090】
<細胞培養及び細胞の観察>
組織片同士を接着させることにより作製した実施例1の生体組織モデルを6ウェルプレートに入れた。KBMとDMEMとの混合培地(1:1)5mLをプレートに添加し、実施例1の生体組織モデルを37℃、5%COの条件で培養した。1週間培養後、得られた培養物を4%パラホルムアルデヒド(PFA)で固定し、CD31及び核の免疫染色処理を行い、共焦点レーザー走査顕微鏡(CLSM)で、実施例1の生体組織モデル上の細胞を観察した。NHDFは、Cell Tracker(Deep red)で標識した。
【0091】
図1(B)は生体組織モデル上のHUVECを示し、図1(C)は生体組織モデル上のNHDFを示し、図2(A)及び図2(B)は組織片の境界領域の観察結果を示す。図1(B),(C)及び図2(A),(B)は培養1日目における観察結果である。
【0092】
図3(A)及び図3(B)は、HUVECを含む組織片と、NHDFを含む組織片との境界領域の観察結果を示す写真である。図3(A),(B)は培養7日目における観察結果である。
【0093】
図2(A)及び図2(B)から培養期間1日目では組織片同士を接着した部分において細胞の分布には明確な境界が存在することがわかる。図3(A)及び図3(B)から培養期間7日目では組織片同士の境界領域においてNHDFの影響によってHUVECが毛細管(capillaries)を形成していることがわかる。
【0094】
[試験例2:心臓モデルの作製>
<3Dモデル設計>
フルサイズ心臓モデル(115mm×118mm×105mm)を人体各部位の位置や形状を3次元モデルで記述したデータベースであるBodyParts3D/Anatomography(URL:https://lifesciencedb.jp/bp3d/)からダウンロードした。ダウンロードした心臓モデルを5cm未満の幅の組織片に分割し、Autodesk Meshmixer(URL:https://www.meshmixer.com/)によって印刷不可能な欠陥を除去するように修正した。得られた各組織片の3DモデルをソフトウェアRepetier-Host(URL:https://www.repetier.com/)でスライスした。
【0095】
<フルサイズ心臓の各組織片の3D印刷>
バイオインク(PBS中、CNF濃度=2質量%)を25Gニードル付き空気圧シリンジに充填した。30%エタノールと混合した粒状ジェランガム(GG)ゲルを支持浴として用いた。インクを支持浴中に押出しながら、プログラムに従ってノズルを動かすことによって、設計した各組織片(バイオインクの印刷物)を作製した。
【0096】
印刷条件は次のとおりとした。
シリンジ圧60~80kPa
ノズル移動速度25mm/s
充填密度:60%
レイヤー高さ:0.1mm
【0097】
印刷により得た各組織片は、コラーゲン成分がゲル化するように室温で3時間保持した。次いで、各組織片を、架橋剤として濃度0.25%でグルタルアルデヒド(GA)を含む50%エタノール水溶液に一晩浸漬させることによって架橋した。架橋剤を過剰のMiliQ水で洗浄することにより除去し、得られた各組織片は、70%エタノール中に貯蔵した。
【0098】
<組織片同士の接着>
各組織片は、接着させる部分にバイオグルー(50mg/mLフィブリノゲン及び20units/mLトロンビンの混合物)を添加することによって接着させた。図4(A)は左心室(Left chamber)モデル作製のための組織片を示し、図4(B)はこれらの組織片を接着して作製した左心室を示す。図5(A)は右心室(Right chamber)モデル作製のための組織片を示し、図5(B)はこれらの組織片を接着して作製した右心室を示す。図6(A)は左心房(Left corona)モデル作製のための組織片を示し、図6(B)はこれらの組織片を接着して作製した左心房を示す。図7(A)は右心房(Right corona)モデル作製のための組織片を示し、図7(B)はこれらの組織片を接着して作製した右心房を示す。
【0099】
左心室(left chamber)、右心室(right chamber)、左心房(left corona)、右心房(right corona)及びその他の部分を組み立て、各組織片同士を接着させることで、フルサイズ心臓モデルを得た。図8は得られた心臓モデルを示す。得られた心臓モデルは70%エタノール中に保存して細菌の繁殖を阻止した。組織片の総数は60個以上であった。
【0100】
[試験例3:組織片同士が金属イオン架橋によって接着した生体組織モデルの作製]
シート形状を、一辺5mmの略六角形状に作製したこと以外は試験例1と同様にして作成・架橋したシート状の印刷物を図9(A)及び図9(B)となるように7つ組み合わせた状態で、1w/w% OMAおよび1wt% CNFを含んだPBSを接着剤として接合部に塗布した。その後、1wt% CaCl溶液を更に接合物に塗布して、室温で30分インキュベートした。その後、ピンセットで接着した組織片を取り出し、図9(A)及び図9(B)に示すように当該組織片間の各組織片間の接着が良好に固定されていることを確認した。
【0101】
[試験例4:組織片同士が光重合性化合物の重合反応によって接着した生体組織モデルの作製]
シート形状を、一辺10mmの略四角形状に作製し、それぞれに凸部または凹部を設けたこと以外は試験例1と同様にして作成したシート状の印刷物を図10(A)の様に篏合させて組み合わせた状態で、1w/w% OMA、1wt% CNF、および0.1wt% 2-ヒドロキシー2-メチルプロピオフェノンを含んだPBSを接着剤として接合部に塗布した。その後、接合部に1W/cmの強度の紫外線を10分間照射した。その後、ピンセットで接着した組織片を取り出し、図10(B)に示すように当該組織片間の各組織片間の接着が良好に固定されていることを確認した。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10