(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024067168
(43)【公開日】2024-05-17
(54)【発明の名称】細胞培養基材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C12M 1/00 20060101AFI20240510BHJP
C12M 3/00 20060101ALI20240510BHJP
C12N 5/0735 20100101ALN20240510BHJP
C12N 5/10 20060101ALN20240510BHJP
【FI】
C12M1/00 A
C12M3/00 A
C12N5/0735
C12N5/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022177022
(22)【出願日】2022-11-04
(71)【出願人】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100211018
【弁理士】
【氏名又は名称】財部 俊正
(74)【代理人】
【識別番号】100176773
【弁理士】
【氏名又は名称】坂西 俊明
(72)【発明者】
【氏名】久野 豪士
【テーマコード(参考)】
4B029
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA02
4B029AA08
4B029AA21
4B029BB11
4B029CC02
4B029CC08
4B029CC10
4B029DG08
4B029GA01
4B029GA03
4B029GB04
4B029GB05
4B029GB09
4B065AA93X
4B065AA93Y
4B065AB01
4B065AC12
4B065AC20
4B065BA01
4B065BC01
4B065BC42
(57)【要約】
【課題】粒径が均一で、培養後に温度変化を伴うことなく細胞凝集塊を剥離回収可能な細胞培養基材及び該細胞培養基材の製造方法を提供する。
【解決手段】表面に凹凸を有する基材と、上記基材を上記凹凸に沿って被覆する親水性高分子層とを有する細胞培養基材であって、上記細胞培養基材が有する表面凹凸の基準長さ10μmにおける最大高さが0.1~2μmであり、上記細胞培養基材は下記(A)及び(B)の2つの領域を有し、上記(A)領域はプラズマ処理領域である、細胞培養基材。
(A)細胞接着性及び細胞増殖性を有する面積0.001~5mm
2の島状の領域
(B)上記(A)領域に隣接し、細胞増殖性を有しない領域
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に凹凸を有する基材と、前記基材を前記凹凸に沿って被覆する親水性高分子層とを有する細胞培養基材であって、前記細胞培養基材が有する表面凹凸の基準長さ10μmにおける最大高さが0.1~2μmであり、前記細胞培養基材は下記(A)及び(B)の2つの領域を有し、前記(A)領域はプラズマ処理領域である、細胞培養基材。
(A)細胞接着性及び細胞増殖性を有する面積0.001~5mm2の島状の領域
(B)前記(A)領域に隣接し、細胞増殖性を有しない領域
【請求項2】
前記基材が、基材用シートと、前記基材用シート上に配置された、鉛直方向の長さが0.1~3μmの立体要素とを有する、請求項1に記載の細胞培養基材。
【請求項3】
前記立体要素の数密度が、0.1~10個/μm2である、請求項2に記載の細胞培養基材。
【請求項4】
前記表面凹凸の凸部間距離の変動係数が、3~50%である、請求項1に記載の細胞培養基材。
【請求項5】
前記親水性高分子が、下記一般式(1)又は(2)で表される化合物を含有する、請求項1に記載の細胞培養基材。
【化1】
[式(1)中、R
1及びR
2はそれぞれ独立に水素原子又はメチル基を示し、R
3は任意の置換基を示し、m及びnはそれぞれ独立に正の整数を示す。]
【化2】
[式(2)中、R
4、R
5及びR
6はそれぞれ独立に水素原子又はメチル基を示し、R
7は任意の置換基を示し、x、y及びzはそれぞれ独立に正の整数を示す。]
【請求項6】
前記(A)領域が、カルボキシフェニル基を有する、請求項1に記載の細胞培養基材。
【請求項7】
下記(1)及び(2)工程を備える、請求項1~6のいずれか一項に記載の細胞培養基材の製造方法。
(1)表面に凹凸を有する基材上に、前記凹凸に沿って親水性高分子層を形成する工程であって、前記親水性高分子層が有する表面凹凸の基準長さ10μmにおける最大高さが0.1~2μmである工程
(2)前記親水性高分子層の表面の一部のみにプラズマ処理を行い、下記(A)及び(B)の2つの領域を形成する工程
(A)細胞接着性及び細胞増殖性を有する面積0.001~5mm2の島状の領域
(B)前記(A)領域に隣接し、細胞増殖性を有しない領域
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養基材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
胚性細胞(ES細胞)や人工細胞(iPS細胞)などの多能性幹細胞は、生体の様々な組織に分化する能力(分化万能性)を持つ細胞であり、再生医療分野や創薬スクリーニングのための細胞ソースとして大きな注目が寄せられている。多能性幹細胞を再生医療や創薬スクリーニングに応用するには、多能性幹細胞から目的の細胞へと分化させる必要があるが、その際、多能性幹細胞の細胞凝集塊を形成する必要がある。また、多能性幹細胞は様々な細胞へと分化することができるが、分化後の細胞の種類によって最適な細胞凝集塊のサイズが異なることが知られており、サイズを制御し、更にサイズの均一な細胞凝集塊を作製することが望ましい。
【0003】
細胞凝集塊を形成する方法として、従来、多能性幹細胞が接着しない基材を用いることで多能性幹細胞に自発的に凝集体を形成させる方法が知られている(例えば、特許文献1参照。)。この方法は細胞凝集塊の量産性に優れるものの、均一なサイズの細胞凝集塊を得ることができないという問題があった。
【0004】
サイズの均一な細胞凝集塊を形成する方法として、細胞が接着しない処理を施し、細胞のサイズよりも大きな直径の窪みを表面に設けた細胞培養基材を使用する方法が知られている(例えば、特許文献2参照。)。しかしながら、このような窪みを設けた細胞培養基材を使用すると、細胞が細胞培養基材に固定化されていないため、培養中に細胞凝集塊が窪みから飛び出しやすく、飛び出した細胞凝集塊同士が融合するため、細胞凝集塊のサイズが不均一になりやすいという問題があった。
【0005】
上記問題に対し、細胞接着領域と細胞非接着領域の二つの領域を有する細胞培養基材を用い、細胞が細胞培養基材に接着して固定化された状態で細胞凝集塊を形成する方法が提案されている(例えば、特許文献3参照。)。この方法では細胞凝集塊が細胞培養基材に固定化されているため、培養中に細胞凝集塊同士が融合することを防ぐことができ、均一サイズの細胞凝集塊が得られる。しかし、細胞凝集塊を培養した後に、細胞培養基材に強固に接着した細胞凝集塊を剥離する必要があり、剥離する際に細胞にダメージを与えやすく、細胞生存率の低下や分化万能性の消失等の細胞品質を低下させる原因となっていた。
【0006】
この問題に対し、温度変化によって細胞の接着を制御可能なポリマーを被覆した細胞培養基材が提案されている(例えば、特許文献4参照。)。この方法では、細胞凝集塊を培養した後に、細胞培養基材の温度を室温以下にすることで細胞凝集塊を剥離して回収する。しかしながら、細胞は一般に37℃が生存に最適な温度であり、温度低下によって細胞品質が悪化しやすくなるという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平8-140673号公報
【特許文献2】特開2015-073520号公報
【特許文献3】国際公開第2010/134606号
【特許文献4】特開2015-211688号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、粒径が均一で、培養後に温度変化を伴うことなく細胞凝集塊を剥離回収可能な細胞培養基材及び該細胞培養基材の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、以上の点を鑑み鋭意研究を重ねた結果、特定の表面粗さを有し、特定サイズの細胞接着及び細胞増殖領域を形成した細胞培養基材によって上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち本発明の一態様は、下記[1]~[7]に関する。
[1]表面に凹凸を有する基材と、上記基材を上記凹凸に沿って被覆する親水性高分子層とを有する細胞培養基材であって、上記細胞培養基材が有する表面凹凸の基準長さ10μmにおける最大高さが0.1~2μmであり、上記細胞培養基材は下記(A)及び(B)の2つの領域を有し、上記(A)領域はプラズマ処理領域である、細胞培養基材。
(A)細胞接着性及び細胞増殖性を有する面積0.001~5mm
2の島状の領域
(B)上記(A)領域に隣接し、細胞増殖性を有しない領域
[2]上記基材が、基材用シートと、上記基材用シート上に配置又は接着された、鉛直方向の長さが0.1~3μmの立体要素とを有する、[1]に記載の細胞培養基材。
[3]上記立体要素の数密度が、0.1~10個/μm
2である、[2]に記載の細胞培養基材。
[4]上記表面凹凸の凸部間距離の変動係数が、3~50%である、[1]~[3]のいずれかに記載の細胞培養基材。
[5]上記親水性高分子が、下記一般式(1)又は(2)で表される化合物を含有する、[1]~[4]のいずれかに記載の細胞培養基材。
【化1】
[式(1)中、R
1及びR
2はそれぞれ独立に水素原子又はメチル基を示し、R
3は任意の置換基を示し、m及びnはそれぞれ独立に正の整数を示す。]
【化2】
[式(2)中、R
4、R
5及びR
6はそれぞれ独立に水素原子又はメチル基を示し、R
7は任意の置換基を示し、x、y及びzはそれぞれ独立に正の整数を示す。]
[6]上記(A)領域が、カルボキシフェニル基を有する、[1]~[5]のいずれかに記載の細胞培養基材。
[7]下記(1)及び(2)工程を備える、[1]~[6]のいずれかに記載の細胞培養基材の製造方法。
(1)表面に凹凸を有する基材上に、上記凹凸に沿って親水性高分子層を形成する工程であって、上記親水性高分子層が有する表面凹凸の基準長さ10μmにおける最大高さが0.1~2μmである工程
(2)上記親水性高分子層の表面の一部のみにプラズマ処理を行い、下記(A)及び(B)の2つの領域を形成する工程
(A)細胞接着性及び細胞増殖性を有する面積0.001~5mm
2の島状の領域
(B)上記(A)領域に隣接し、細胞増殖性を有しない領域
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、粒径が均一で、培養後に温度変化を伴うことなく細胞凝集塊を剥離回収可能な細胞培養基材及び該細胞培養基材の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、本発明の細胞培養基材の模式図(断面図)である。
【
図3】
図3は、親水性高分子層が設けられた基材の模式図(斜視図)である。
【
図4】
図4は、本発明の細胞培養基材の模式図(斜視図)である。
【
図5】
図5は、本発明の細胞培養基材に貫通孔を有する板を張り合わせた細胞培養ディッシュの模式図(斜視図)である。
【
図6】
図6は、実施例1の細胞培養基材における表面凹凸の電子顕微鏡画像である。
【
図7】
図7は、実施例1の細胞培養基材における(A)領域及び(B)領域のレーザー顕微鏡画像である。
【
図8】
図8は、実施例4の細胞培養基材における表面凹凸の電子顕微鏡画像である。
【
図9】
図9は、実施例5の細胞培養基材における表面凹凸の電子顕微鏡画像である。
【
図10】
図10は、実施例6の細胞培養基材における表面凹凸の電子顕微鏡画像である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を実施するための形態(以下、単に「本実施の形態」という。)について詳細に説明する。以下の本実施の形態は、本発明を説明するための例示であり、本発明を以下の内容に限定する趣旨ではない。本発明は、その趣旨の範囲内で適宜に変形して実施できる。
【0014】
本発明において、「細胞凝集塊」とは、複数の細胞が集まって形成される細胞の三次元凝集体を示し、隙間のある球状や、中空の形状であっても良い。
【0015】
また、本発明において、「温度応答性」とは、温度変化によって親水性/疎水性の程度が変化することを示す。更に、親水性/疎水性の程度が変化する境界温度を「応答温度」と表記する。
【0016】
本発明において、「生体由来物質」とは、生物の体内に存在する物質であるが、天然物であってもよく、遺伝子組み換え技術等で人工的に合成したものであってもよく、また、上記生体由来物質をベースとして化学的に合成した物質であっても良い。生体由来物質に特に限定はないが、例えば、生体を構成する基本材料である核酸、タンパク質、多糖や、これらの構成要素であるヌクレオチドやヌクレオシド、アミノ酸、各種の糖、あるいは脂質やビタミン、ホルモンである。
【0017】
本発明において、「細胞接着性」とは、培養温度における細胞培養基材への接着しやすさを示し、「細胞接着性を有する」とは、細胞が培養温度において基材又は細胞培養基材に直接又は生体由来物質を介して接着可能であることを示す。また、「細胞接着性を有しない」とは、培養温度において細胞が基材又は細胞培養基材に接着できないことを示す。
【0018】
本発明において、「細胞増殖性」とは、培養温度における細胞の増殖しやすさを示し、「細胞増殖性を有する」とは、細胞が培養温度において基材又は細胞培養基材に直接又は生体由来物質を介して接着し、更に増殖可能であることを示す。また、「細胞増殖性を有しない」とは、培養温度において細胞が基材又は細胞培養基材に接着できないか、又は、接着はするが増殖できないことを示す。更に、「細胞増殖性が高い」とは、同一の培養期間で比較した際により多くの細胞へと増殖することを示す。
【0019】
本発明において、親水性高分子層が「基材を凹凸に沿って被覆する」とは、基材の凹凸に由来する表面凹凸が、基準長さ10μmにおける最大高さが0.1~2μmとなるように形成されることを意味し、基材表面の凹凸が親水性高分子層によって埋められて、基準長さ10μmにおける最大高さが0.1μm未満になった状態は含まれない。
【0020】
本発明の一態様に係る細胞培養基材は、表面に凹凸を有する基材と、基材を凹凸に沿って被覆する親水性高分子層とを有する。基材の凹凸に起因して、親水性高分子層も凹凸を有する。親水性高分子層の凹凸は細胞培養基材の凹凸でもあり、本発明ではこれを「表面凹凸」という。以下では、単に「凹凸」という場合には「基材の凹凸」を意味し、「表面凹凸」とは明確に区別される。上記細胞培養基材は、表面凹凸の基準長さ10μmにおける最大高さが0.1~2μmであり、下記(A)及び(B)の2つの領域を有する。(A)領域はプラズマ処理領域である。
(A)細胞接着性及び細胞増殖性を有する面積0.001~5mm2の島状の領域
(B)上記(A)領域に隣接し、細胞増殖性を有しない領域
【0021】
本発明においては、「基材」と「細胞培養基材」とは明確に区別される。
図1を用いて説明すると、基材1は親水性高分子層2と接する部材であり、細胞培養基材10は、細胞凝集塊形成を行うための物品全体である。
【0022】
上記基材の材質は、ガラス、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリカーボネート、セルロースアセテート、ニトロセルロース及びポリフッ化ビニリデンからなる群から選択される少なくとも1種類であることが好ましく、ガラス、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリカーボネートからなる群から選択される少なくとも1種類であることが更に好ましく、ガラス、ポリスチレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリカーボネートから選択される少なくとも1種類であることが特に好ましく、ガラス又はポリエチレンテレフタレートが最も好ましい。
【0023】
基材の形状は、凹凸部分を除いては、板及びフィルムのような平面形状、ファイバー、多孔質粒子、多孔質膜、中空糸等であってよい。
【0024】
基材は、一般に細胞培養等に用いられる容器(ペトリ皿等の細胞培養皿、フラスコ、ウェルプレート、バッグ等)であって、それらの表面(細胞培養面)に凹凸を有するものであってよい。培養操作の容易性から、板及びフィルムのような平面形状の基材、又は平膜の多孔質膜であることが好ましい。また、必要に応じて基材上に仕切り板を設けることにより、各細胞凝集塊を区分するための構造を設けてもよい。
【0025】
基材の表面に存在する凸部分の構造は、錐体構造、錐台構造、柱状構造、柱体が横倒しになった構造、球状構造、半球構造及び山型の構造からなる群より選択される少なくとも一種であってよい。
【0026】
錐体構造としては、三角錐、四角錐、多角錐、円錐等が挙げられる。凸部分が錐体構造の場合、錐体の頂点が細胞に接し得る。錐体構造の底面の面積は、0.01~100μm2、0.1~50μm2又は1~10μm2であってよい。
【0027】
錐台構造としては、三角錐台、四角錐台、多角錐台、円錐台等が挙げられる。凸部分が錐台構造の場合、二つの底面のうち面積が小さい底面が細胞に接し得る。錐台構造の二つの底面のうち面積が小さい底面の面積は、0.01~100μm2、0.1~50μm2又は1~10μm2であってよい。
【0028】
柱状構造としては、三角柱、四角柱、多角柱、円柱等が挙げられる。凸部分が柱状構造の場合、一方の底面が細胞に接し得る。柱状構造の底面の面積は、0.01~100μm2、0.1~50μm2又は1~10μm2であってよい。
【0029】
柱体の横倒し構造としては、三角柱の横倒し構造、円柱の横倒し構造等が挙げられる。柱体を横倒しにすることで、ライン状の凹凸を得ることができる。凸部分が柱体の横倒し構造である場合、一側面又は一側辺が細胞に接し得る。横倒しにされた柱体の基材面内方向の長さは、1~100μm、10~90μm、20~80μm、30~70μm又は40μm~60μmであってよい。
【0030】
凸部分が球状構造又は半球構造である場合、球の直径は0.1~10μm、0.2~5μm又は0.5~1μmであってよい。凸部分が半球構造である場合、球面の頂点が細胞に接し得る。球及び半球の直径は0.1~10μm、0.2~5μm又は0.5~1μmであってよい。
【0031】
凸部分が山型の構造である場合、山の頂点が細胞に接し得る。山形の構造の基材面内方向の長径は、0.1~10μm、0.2~5μm又は0.5~1μmであってよい。
【0032】
基材の凹凸は、平面状の基材用シートに複数の穴をあけて得られる構造(以下、穴構造ともいう)であってもよい。この場合、基材用シートの穴があいていない部分が細胞に接し得る。穴は、三角錐、四角錐、多角錐、円錐等の錐体;三角錐台、四角錐台、多角錐台、円錐台等の錐台;三角柱、四角柱、多角柱、円柱等の柱体;半球;谷型等の形状を有していてよい。基材用シートの材質としては、基材の材質として挙げられた材質と同じものが例示される。
【0033】
基材の凹凸は、ナノインプリント、反応性エッチング、電子ビーム加工等により形成することができる。基材の凹凸は、平面上の基材用シートに、上述した構造(錐体構造、錐台構造、柱体が横倒しになった構造、球状構造、半球構造、山形の構造からなる群より選択される少なくとも一種)を有する、粒子等の立体要素を塗布することによっても形成することができる。
【0034】
基材の凹凸は、親水性高分子層を形成した後の細胞培養基材の最大高さを0.1~2μmとするために好適であることから、基準長さ10μmにおける最大高さが0.1~3μmであることが好ましい。基材の凹凸の、基準長さ10μmにおける最大高さは、0.1μm以上、0.2μm以上、0.3μm以上、0.4μm、0.8μm以上、1μm以上又は1.4以上であってよい。基材の凹凸の、基準長さ10μmにおける最大高さは、3μm以下、2μm以下、1.6μm以下、1.5μm以下、1.2μm以下、1.0μm以下又は0.5μm以下であってよい。ナノインプリント、反応性エッチング、電子ビーム加工等によって最大高さが0.1~3μmとなるように凹凸を形成することができる。基材用シートに接する面から細胞に接し得る点又は面までの高さが0.1~3μmの、立体要素を、基材用シートに塗布することで、最大高さが0.1~3μmとなるように凹凸を形成することができる。
【0035】
基材の凹凸は、細胞凝集塊の剥離回収をより容易にするために好適であることから、高さ0.1~3μmの柱状構造又は深さ0.1~3μmの穴構造が好ましく、0.1~3μmの柱状構造が更に好ましい。
【0036】
上記立体要素の数密度は、細胞凝集塊の剥離回収を容易にすることと、細胞増殖性を両立するために好適であることから、0.1~10個/μm2であることが好ましい。また、細胞凝集塊の剥離回収を容易にするため、0.5個/μm2以上が更に好ましく、1個/μm2以上が特に好ましく、5個/μm2以上が最も好ましい。また、細胞増殖性を高めるため、8個/μm2以下が更に好ましく、5個/μm2以下が特に好ましく、2個/μm2以下が最も好ましい。
【0037】
上記立体要素が塗布された基材としては、直径0.1~3μmの球状粒子が表面に固定化された基材が好ましい。立体要素の材質としては、例えば、シリカ、ポリメチル(メタ)アクリレート、ポリスチレン等が挙げられる。立体用としては、シリカ粒子が好ましい。シリカ粒子としては、細胞培養基材の表面をピンセットやピペットなどで擦ってもキズが付きにくくなる耐擦傷性を高めるのに好適であることから、シランカップリング剤で表面処理されているものが好ましく、反応性基を有するシランカップリング剤で処理されていることが更に好ましい。上記反応性基を有するシランカップリング剤としては、特に制限はないが、反応性二重結合を有するシランカップリング剤が更に好ましく、ビニル基又は(メタ)アクリル基を有するシランカップリング剤が特に好ましく、(メタ)アクリル基を有するシランカップリング剤が最も好ましい。また、立体要素を固定化するための高分子(樹脂)が一緒に塗布されていても良い。
【0038】
上記シランカップリング剤としては、例えば、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、2-(3,4-エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、p-スチリルトリメトキシシラン、3-メタクリロキシプロピルメチルジメトキシシラン、3-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、3-メタクリロキシプロピルメチルジエトキシシラン、3-メタクリロキシプロピルトリエトキシシラン、3-アクリロキシプロピルトリメトキシシラン、N-2-(アミノエチル)-3-アミノプロピルメチルジメトキシシラン、3-アミノプロピルトリメトキシシラン、3-アミノプロピルトリエトキシシラン、トリス-(トリメトキシシリルプロピル)イソシアヌレート、3-ウレイドプロピルトリアルコキシシラン、3-メルカプトプロピルメチルジメトキシシラン、ビス(トリエトキシシリルプロピル)テトラスルフィド、3-イソシアネートプロピルトリエトキシシラン、3-グリシドキシプロピルメチルジメトキシシラン等が挙げられる。
【0039】
立体要素は、高分子(樹脂)によって被覆されていることが好ましい。立体要素を固定化するための高分子(樹脂)としては特に制限はなく、例えば、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリカーボネート、セルロースアセテート、ニトロセルロース及びポリフッ化ビニリデン樹脂からなる群より選択される少なくとも一種、活性エネルギー線架橋性樹脂、熱架橋性樹脂などが挙げられる。活性エネルギー線架橋性樹脂である場合、得られる基材が耐擦傷性に優れたものとなる。ここで、本発明において、「活性エネルギー線」とは、紫外線、電子線、α線、β線、γ線等の電離放射線をいう。上記の活性エネルギー線架橋性樹脂としては、例えば、分子内にアクリル基、メタアクリル基、オキセタン基、脂環式エポキシ基、グリシジル基、ビニルエーテル基、マレイミド基、アクリルアミド基等の架橋性基を有する化合物等が挙げられる。耐擦傷性により優れたものとなることから、アクリル基又はメタアクリル基を有する架橋性樹脂が好ましい。
【0040】
上記のアクリル基又はメタアクリル基を有する架橋性樹脂としては、例えば、(メタ)アクリレート、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、プロピル(メタ)アクリレート、n-へキシル(メタ)アクリレート、2-エチルヘキシル(メタ)アクリレート、シクロヘキシル(メタ)アクリレート、2-メトキシエチル(メタ)アクリレート、p-メトキシシクロヘキシル(メタ)アクリレート等の単官能アクリレート;トリメチロールプロパンエトキシトリアクリレート、トリメチロールプロパンプロポキシトリアクリレート、ペンタエリスリトールエトキシテトラアクリレート、ペンタエリスリトールトリアクリレート、ペンタエリスリトールテトラアクリレート、ジペンタエリスリトールヘキサアクリレート、ポリエチレングリコールジアクリレート、ポリプロピレングリコールジアクリレート、トリシクロデカンジメタノールジアクリレート、エトキシ化フェニルアクリレート等の多官能(メタ)アクリレート;U-4HA、U-6HA、U-6LPA、UA-5300H、UA-122P、U-200PA、UA-7100(新中村化学工業社製2~15官能ウレタンアクリレート)等のウレタン(メタ)アクリレート;EBECRYL600、EBECRYL860、EBECRYL373(ダイセル・オルネクス社製)等のエポキシ(メタ)アクリレート;EBECRYL853、EBECRYL1830(ダイセル・オルネクス社製)等のポリエステル(メタ)アクリレート;アクリル基又はメタクリル基等を側鎖に有するポリマー(例えば、新中村化学工業社製NKポリマーAP-2500、NKポリマーGH-1203等);LINC-3A、LINC-182A(共栄社化学製2~3官能フッ素基含有アクリレート)、1,6-ビス(アクリロイルオキシ)ヘキサン等のフッ素を含有する単官能又は多官能(メタ)アクリレート;アクリル基又はメタクリル基等を側鎖に有する含フッ素ポリマー;(メタ)アクリレート基を有するポリシルセスキオキサン類(例えば東亞合成社製SQシリーズ)、(メタ)アクリレート基を有するシランカップリング剤(例えば信越化学社製KBM、KBEシリーズ)等の(メタ)アクリレート基シリコン系化合物等が挙げられる。これらは単独で用いても、複数の種類の樹脂を組み合わせた混合物を用いても良い。
【0041】
本発明において、親水性高分子層中の親水性高分子は、ホスホリルコリン基又は水酸基のいずれかを有してよい。親水性高分子がホスホリルコリン基又は水酸基を有することにより、親水性高分子が被覆された領域を細胞が接着しない領域とすることが可能である。また、親水性高分子がホスホリルコリン基又は水酸基を有することにより、短時間の弱いプラズマ処理を行うだけで、その領域を細胞接着性及び細胞増殖性を有する領域とすることができる。ホスホリルコリン基又は水酸基のいずれかを有すること以外に、親水性高分子の種類に特に限定はないが、市販品としては例えば、Lipidure(R)CM5206(日油(株)製)、Lipidure(R)CM2001(日油(株)製)、BIOSURFINE(R)-AWP(東洋合成工業(株)製)等を挙げることができる。また、親水性高分子が被覆済みの市販品の基材としては、PrimeSurface(R)(住友ベークライト(社)製)、EZ-BindShut(R)(AGCテクノグラス(社)製)、EZ-BindShutII(R)(AGCテクノグラス(社)製)等を好適に用いることができる。
【0042】
親水性高分子層は、上記一般式(1)又は(2)で表される化合物を含有することが好ましい。親水性高分子層が上記一般式(1)又は(2)で表される化合物を含有することで、(A)領域のみに細胞を接着及び増殖させやすいことから、より均一な形状の細胞凝集塊を形成するのに好適である。
【0043】
上記一般式(1)又は(2)におけるR3又はR7としては、親水性高分子を基材に固定化するのに好適であることから、疎水性基又はUV反応性の官能基が好ましい。疎水性基としては、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、シクロヘキシル基等の直鎖又は環状アルキル基を好適に用いることができる。また、UV反応性の官能基としては、アジド基を好適に用いることができる。R3又はR7は、フェニル基、又は、アジド基等の置換基を有していてもよいフェニレン基であってもよい。
【0044】
上記親水性高分子層の層厚は、5~2000nmが好ましい。親水性高分子層の厚さを5~2000nmであれば、基材の凹凸に沿って基材を被覆しやすくなる。すなわち、基材の凹凸を親水性高分子層が埋めてしまうことが起こりにくくなる。親水性高分子層の層厚が5~2000nmであることにより、(A)領域のみに細胞を接着及び増殖させやすくなり、また、細胞の遊走により(A)領域に細胞を集めやすく、細胞凝集塊の細胞生存率を高めることができる。ここで、本発明において親水性高分子層の「層厚」とは、基材と親水性高分子層の界面から、親水性高分子層の基材とは逆側の界面までの面外方向の長さを示す。層厚が10nmを超える範囲では、ミクロトームにより作成した細胞培養基材の超薄切片を用いて親水性高分子層の平均層厚を求めることができる。具体的には、超薄切片の断面像を透過型電子顕微鏡によって観察し、無作為に選んだ10点の厚みを測定して平均することで、平均層厚を算出することができる。また、層厚が10nm以下の範囲ではエリプソメーターを用いて測定することができる。(B)領域に細胞が接着するのを抑制するのに好適であるため、層厚10nm以上が更に好ましく、50nm以上が特に好ましく、100nm以上が最も好ましい。また、細胞の遊走により(A)領域に細胞を集めることで細胞凝集塊の細胞生存率を高めるのに好適であることから、層厚1000nm以下が更に好ましく、500nm以下が特に好ましく、200nm以下が最も好ましい。
【0045】
本発明の細胞培養基材は、表面凹凸の基準長さ10μmにおける最大高さが0.1~2μmである。最大高さが0.1μm以上であることにより、培養した細胞凝集塊が弱く細胞培養基材に接着するため、培養後に温度変化を伴うことなく、細胞凝集塊を簡単に剥離して回収することができる。また、最大高さが0.1μm以上であることにより、細胞培養基材に播種した細胞が、遊走によって自発的に会合することを促進することができ、細胞生存率の高い細胞から構成される細胞凝集塊を形成できる。細胞凝集塊をより容易に回収し、また、細胞生存率のより高い細胞から構成される細胞凝集塊を形成するのに好適であることから、最大高さは0.2μm以上、0.3μm以上、0.4μm、0.8μm以上、1μm以上又は1.4以上であってよい。最大高さが2μm以下であることにより、細胞接着性及び細胞増殖性を付与することができ、短時間で細胞凝集塊を培養することができる。短時間で細胞凝集塊を培養するために好適であることから、最大高さは1.5μm以下、1.2μm以下、1.0μm以下又は0.5μm以下であってよい。ここで、本発明における細胞培養基材の「最大高さ」とは、JIS B0601:2013に従って求めた基準長さ10μmにおける輪郭曲線の最大高さRz(例えば、
図1の符号Hで示される長さ)を示し、細胞培養基材の代表的な表面の原子間力顕微鏡像を測定し、無作為に選んだ10点の輪郭曲線において、10μmを基準長さとして最大高さを求めることで算出することができる。
【0046】
本発明の細胞培養基材は、表面凹凸の凸部間距離が0.1~10μmであることが好ましい。凸部間距離が0.1~2μmであることで、細胞増殖性を高めて短時間で細胞凝集塊を形成し、温度変化を伴うことなく、細胞凝集塊の剥離をより容易に行うことができ、細胞凝集塊の回収率を高めることができる。短時間で細胞凝集塊を形成するのにより好適であることから、凸部間距離は0.5μm以上、0.6μm以上、0.7μm以上、0.8μm以上、0.9μm以上、1μm以上、1.5μm以上又は3μm以上であってよい。細胞凝集塊の回収率をより高めるのに好適であることから、凸部間距離は5μm以下、2.5μm以下、2μm以下又は1μm以下であってよい。ここで、本発明における細胞培養基材の「凸部間距離」とは、JIS B0601:2013に従って求めた輪郭線要素の長さ(例えば、
図1の符号Pで示される長さ)を示し、細胞培養基材の代表的な表面の原子間力顕微鏡像を測定し、10μmを基準長さとして無作為に選んだ輪郭曲線において、20点以上の凸部間の長さを求めることで算出することができる。
【0047】
本発明の細胞培養基材は、表面凹凸の凸部間距離の変動係数が、3~50%であることが好ましい。凸部間距離の変動係数が3~50%であることで、(A)領域に接着する全ての細胞に均一な表面を提供することができるため、培養した細胞凝集塊を均質に剥離することができる。培養した細胞凝集塊を均質に剥離することで、剥離に際し細胞凝集塊が一部破損し、粒径にばらつきを生じることを抑制できる。培養した細胞凝集塊を均質に剥離するのに好適であることから、表面凹凸の凸部間距離の変動係数が40%以下であることが更に好ましく、30%以下が特に好ましく、20%以下が最も好ましい。ただし、完全に均一な構造の場合、細胞培養基材に光を当てた際に、モアレ(干渉縞)を生じるため、細胞の観察に通常使用する顕微鏡での観察が困難となる場合がある。そのため、顕微鏡観察を容易にするため、表面凹凸の凸部間距離の変動係数が5%以上であることが更に好ましく、7%以上が特に好ましく、10%以上が最も好ましい。ここで、凸部間距離の変動係数は、前述の凸部間距離を求め、20点の測定値に対して変動係数(標準偏差/平均値)を求めることで算出することができる。
【0048】
(A)領域は、細胞接着性及び細胞増殖性を有する。(A)領域が細胞接着性及び細胞増殖性を有することによって、本発明の細胞培養基材は細胞を接着培養して細胞凝集塊を形成することができる。その結果、細胞凝集塊が浮遊して結合し、サイズが不均一になるということを抑制しやすくなる。(A)領域が細胞接着性又は細胞増殖性を有しない場合、細胞を培養して細胞凝集塊を形成することができない。
【0049】
(A)領域は面積0.001~5mm2の島状の領域である。面積0.001~5mm2の島状の領域であることにより、細胞を培養した際に、均一粒径の細胞凝集塊を形成可能しやすくなる。多能性幹細胞の分化誘導等の用途に適した細胞凝集塊を形成するのにより好適であることから、(A)領域の面積は0.005mm2以上、0.01mm2以上又は0.02mm2以上であってよい。多能性幹細胞の分化誘導等の用途に適した細胞凝集塊を形成するのにより好適であることから、(A)領域の面積は1mm2以下、0.5mm2以下、0.2mm2以下、0.1mm2以下又は0.05mm2以下であってよい。
【0050】
より均一なサイズ及び形状の細胞凝集塊を製造するのに好適であることから、(A)領域の面積の標準偏差/平均面積が80%以下であることが好ましく、50%以下であることが更に好ましく、20%以下であることが特に好ましく、5%以下であることが最も好ましい。
【0051】
本発明において「島状」とは、海島構造に存在する島構造のように平面に配置した独立した領域を示す。(A)領域が細胞接着性及び細胞増殖性を有する島状の領域であることにより、本発明の細胞培養基材はより均一なサイズの細胞凝集塊を製造することができる。(A)領域が島状ではない場合、例えばストライプ構造等の場合、細胞凝集塊が製造できない。島状の形状としては特に限定はなく、目的とする細胞凝集塊の形状に応じて適宜設定可能であるが、例えば、円、楕円、多角形、不定形の直線又は曲線からなる閉じた形状等を挙げることができる。また、球に近い形状の細胞凝集塊を製造するのに好適であることから、島状の形状として、円又は楕円、多角形が好ましく、円又は楕円、長方形が更に好ましく、円又は楕円、正方形が特に好ましく、円又は楕円が最も好ましい。
【0052】
また、本発明において、球に近い形状の細胞凝集塊を製造するのに好適であることから、島状の形状のアスペクト比としては5以下が好ましく、2以下が更に好ましく、1.5以下が特に好ましく、1.1以下が最も好ましい。ここで、本発明において「アスペクト比」とは、形状の最大径(長径)と最小径(短径)の比である長径/短径を示す。
【0053】
上記(B)領域は、上記(A)領域に隣接し、細胞接着性又は細胞増殖性を有しない。(A)領域に隣接し、細胞増殖性を有しない領域であることにより、細胞を培養した際に、(A)領域のみに細胞凝集塊を形成し、(A)領域の周囲には細胞が存在しない状態を形成することが可能である。また、製造される細胞凝集塊のサイズ及び形状を均一化するのにより好適であることから、(B)領域が細胞増殖性だけでなく細胞接着性も有しないものであることが好ましい。
【0054】
(B)領域の形状としては、(A)領域に隣接すること以外に限定はないが、均一なサイズ及び形状の細胞凝集塊を製造するのにより好適であることから、(A)領域との境界線の20%以上の長さに(B)領域が隣接していることが好ましく、50%以上が更に好ましく、80%以上が特に好ましく、(A)領域の周囲が全て(B)領域であることが最も好ましい。また、細胞培養基材の量産性を高めるのに好適であることから、(A)領域が島状で(B)領域が海状の海島構造であることが好ましい。
【0055】
上記(A)領域及び(B)領域の面積比としては、特に限定はないが、培養基材の単位面積当たりに製造可能な細胞凝集塊の数量を高めるのに好適であることから、(A)領域の面積が基材全体の10%以上であることが好ましく、30%以上が更に好ましく、50%以上が特に好ましく、70%以上が最も好ましい。また、複数の(A)領域の間に十分な距離を設け、複数の(A)領域の細胞凝集塊が融合して不均一な形状となることを抑制するのに好適であることから、(B)領域の面積が基材全体の20%以上であることが好ましく、40%以上が更に好ましく、60%以上が特に好ましく、80%以上が最も好ましい。
【0056】
上記(A)領域と(B)領域の境界における段差としては、添加した細胞が(A)領域内に多く留まるようにし、細胞の利用効率を高めるのに好適であることから、段差1nm以上が好ましく、10nm以上が更に好ましく、50nm以上が特に好ましく、100nm以上が最も好ましい。また、細胞培養基材に培地を添加した時の気泡付着を抑制するのに好適であることから、また、気泡の付着を抑制するのに好適であることから、段差10000nm以下が好ましく、1000nm以下が更に好ましく、500nm以下が特に好ましく、200nm以下が最も好ましい。気泡が付着すると気泡を除去するために、脱気を行うか、又はピペッターを用いて培地の吐出と吸引を繰り返す必要があり、細胞凝集塊の量産性を損なうため、気泡が付着しないことが望ましい。ここで、本発明において(A)領域と(B)領域の境界における「段差」とは、(A)領域と(B)領域の境界における細胞培養基材の基材面外方向の長さの差であり、段差が10nm未満の範囲ではエリプソメーターを用いて測定することができる。また、段差が10~500nmの範囲ではミクロトームにより作成した細胞培養基材の超薄切片を用いて断面像を透過型電子顕微鏡によって測定することができ、無作為に選んだ10点の該距離を測定し、平均することで算出することができる。更に、段差が500nmを超える範囲では触針式段差計を用いて測定することができる。
【0057】
また、多能性幹細胞を培養して内胚葉細胞又は外胚葉細胞を分化誘導するのに適した細胞凝集塊の形成に好適であるため、上記(A)領域の面積が0.005~0.2mm2であり、且つ上記(A)領域の単位面積当たりの数が200~1000個/cm2であることが好ましく、上記(A)領域の面積が0.01~0.15mm2であり、且つ上記(A)領域の単位面積当たりの数が250~800個/cm2であることが更に好ましく、上記(A)領域の面積が0.02~0.1mm2であり、且つ上記(A)領域の単位面積当たりの数が300~600個/cm2であることが特に好ましく、上記(A)領域の面積が0.03~0.05mm2であり、且つ上記(A)領域の単位面積当たりの数が300~400個/cm2であることが最も好ましい。
【0058】
また、多能性幹細胞を培養して中胚葉細胞を分化誘導するのに適した細胞凝集塊の形成に好適であるため、上記(A)領域の面積が0.2~2mm2であり、且つ上記(A)領域の単位面積当たりの数が3~15個/cm2であることが好ましく、上記(A)領域の面積が0.3~1.5mm2であり、且つ上記(A)領域の単位面積当たりの数が4~12個/cm2であることが更に好ましく、上記(A)領域の面積が0.4~1mm2であり、且つ上記(A)領域の単位面積当たりの数が5~10個/cm2であることが特に好ましく、上記(A)領域の面積が0.5~0.7mm2であり、且つ上記(A)領域の単位面積当たりの数が6~8個/cm2であることが最も好ましい。
【0059】
また、細胞の周囲の酸素濃度を高め、細胞凝集塊の生存率を高めるのに好適であることから、上記(A)領域同士の最小距離が、500~10000μmであることが好ましく、1000~8000μmであることが更に好ましく、2000~5000μmであることが特に好ましく、3000~4000μmであることが最も好ましい。
【0060】
本発明において、上記(A)領域は親水性高分子層がプラズマ処理により改質された領域である。(A)領域がプラズマ処理領域であることで、(A)領域のみで細胞を接着及び増殖させることができる。親水性高分子層のプラズマ処理は短時間で行うことができるので、細胞培養基材の量産性を高めることができる。
【0061】
XPS測定のC1sスペクトルにおける287eVのピーク強度/285eVのピーク強度の比が、上記(A)領域は上記(B)領域よりも0.05以上大きなものであることが好ましい。XPS測定のC1sスペクトルにおける287eVのピーク強度/285eVのピーク強度の比が、上記(A)領域は上記(B)領域よりも0.05以上大きなものであることにより、(A)領域と(B)領域の細胞増殖性の差を大きくすることができる。その結果、(A)領域のみで細胞を増殖させやすくし、より均一な細胞凝集塊を形成可能である。より均一な細胞凝集塊を形成するのに好適であることから、XPS測定のC1sスペクトルにおける287eVのピーク強度/285eVのピーク強度の比が、0.07以上が更に好ましく、0.1以上が特に好ましく、0.15以上が最も好ましい。
【0062】
上記(A)領域は、細胞増殖性を高め、短時間で細胞凝集塊を形成するのに好適であることから、カルボキシフェニル基を有することが好ましい。カルボキシフェニル基の種類としては特に限定はないが、フェニル基に1~3個のカルボキシ基が結合したものが好ましい。例えば、親水性高分子が式(1)又は(2)で表される化合物を含有し、R3又はR7がフェニル基、又は、アジド基等の置換基が結合していてよいフェニレン基を有する場合に、親水性高分子層をプラズマ処理することで、(A)領域にカルボキシフェニル基を導入することができる。
【0063】
上記(A)領域は、温度応答性を有することが妨げられるわけではない。細胞培養基材上で細胞を培養する際に、体温に近い温度で細胞を培養可能であることから、応答温度は50℃以下が好ましく、35℃以下が更に好ましい。細胞培養中に培地交換等の作業を行う際に細胞が剥離してしまうことを抑制しやすくできることから、25℃以下又は15℃以下であってもよい。更に、細胞にダメージを与えない温度での冷却操作によって細胞凝集塊を形成することが可能であることから、応答温度は4℃以上が好ましく、10℃以上が更に好ましく、15℃以上が特に好ましい。
【0064】
本発明の一態様に係る細胞培養基材は、面内方向の断面積が0.05~100cm2の貫通孔を有する板が貼り合わされていてもよい。
【0065】
本発明において、細胞培養基材は、必要に応じて生体由来物質を表面に含有していてもよい。上記生体由来物質としては特に限定はないが、例えば、マトリゲル、ラミニン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、コラーゲン等を挙げることができる。
【0066】
これら生体由来物質は、天然物であってもよく、遺伝子組み換え技術等で人工的に合成したものであってもよく、制限酵素等で切断した断片や、これら生体由来物質をベースとした合成タンパク質あるいは合成ペプチドであってもよい。
【0067】
本発明において、上記マトリゲルとしては、入手容易性から、市販品としては例えば、Matrigel(Corning Incorporated製)やGeltrex(Thermo Fisher Scientific製)を好適に用いることができる。
【0068】
上記ラミニンの種類は特に限定されるものではないが、例えば、ヒトiPS細胞の表面に発現しているα6β1インテグリンに対して高活性を示すことが報告されているラミニン511、ラミニン521又はラミニン511-E8フラグメントを用いることができる。上記ラミニンは、天然物であってもよく、遺伝子組み換え技術等で人工的に合成したものであってもよく、また、上記ラミニンをベースとした合成タンパク質あるいは合成ペプチドであっても良い。入手容易性から、市販品としては例えば、iMatrix-511((株)ニッピ製)を好適に用いることができる。
【0069】
上記ビトロネクチンは、天然物であってもよく、遺伝子組み換え技術等で人工的に合成したものであってもよく、また、上記ビトロネクチンをベースとした合成タンパク質あるいは合成ペプチドであっても良い。入手容易性から、市販品としては例えば、ビトロネクチン,ヒト血漿由来(和光純薬工業(株)製)やsynthemax(Corning Incorporated製)、Vitronectin(VTN-N)(Thermo Fisher Scientific製)を好適に用いることができる。
【0070】
上記フィブロネクチンは、天然物であってもよく、遺伝子組み換え技術等で人工的に合成したものであってもよく、また、上記フィブロネクチンをベースとした合成タンパク質あるいは合成ペプチドであっても良い。入手容易性から、市販品としては例えば、フィブロネクチン溶液、ヒト血漿由来(和光純薬工業(株)製)やRetronectin(タカラバイオ(株)製)を好適に用いることができる。
【0071】
上記コラーゲンの種類は特に限定されるものではないが、例えば、typeIコラーゲンやtypeIVコラーゲンを用いることができる。上記コラーゲンは、天然物であってもよく、遺伝子組み換え技術等で人工的に合成したものであってもよく、また、上記コラーゲンをベースとした合成ペプチドであっても良い。入手容易性から、市販品としては例えば、コラーゲンI,ヒト(Corning Incorporated製)やコラーゲンIV,ヒト(Corning Incorporated製)を好適に用いることができる。
【0072】
本発明において、生体由来物質の変性を抑制することができ、細胞増殖性をより高めることができるため、生体由来物質は共有結合ではなく非共有結合により細胞培養基材上に固定化されていることが好ましい。ここで、本発明において「非共有結合」とは、静電相互作用、水不溶性相互作用、水素結合、π-π相互作用、双極子-双極子相互作用、ロンドン分散力、その他のファンデルワールス相互作用等、分子間力に由来する共有結合以外の結合力を示す。生体由来物質のブロック共重合体への固定化は、単一の結合力によるものであっても、複数の組み合わせであってもよい。
【0073】
本発明において、生体由来物質の固定化方法は特に限定されるものではないが、例えば、細胞培養基材に生体由来物質の溶液を所定時間塗布することで固定化させる方法や、細胞を培養する際に培養液中に生体由来物質を添加することで生体由来物質を細胞培養基材に吸着させ固定化する方法を好適に用いることができる。
【0074】
本発明の細胞培養基材は、滅菌を施してあってもよい。滅菌の方法に特に限定はないが、高圧蒸気滅菌、UV滅菌、γ線滅菌、エチレンオキシドガス滅菌等を用いることができる。ブロック共重合体の変性を抑制するのに好適であることから、高圧蒸気滅菌、UV滅菌、エチレンオキシドガス滅菌が好ましく、基材の変形を抑制するために好適であることからUV滅菌又はエチレンオキシドガス滅菌が更に好ましく、量産性に優れることからエチレンオキシドガス滅菌が特に好ましい。
【0075】
本発明の細胞培養基材を用いて培養される細胞としては、温度降下による刺激付与前の表面に接着可能なものであれば特に限定されるものではない。例えばチャイニーズハムスター卵巣由来CHO細胞やマウス結合組織L929、ヒト胎児腎臓由来HEK293細胞やヒト子宮頸部癌由来HeLa細胞等の種々の株化細胞に加え、例えば生体内の各組織、臓器を構成する上皮細胞や内皮細胞、収縮性を示す骨格筋細胞、平滑筋細胞、心筋細胞、神経系を構成するニューロン細胞、グリア細胞、繊維芽細胞、生体の代謝に関与する肝実質細胞、肝非実質細胞や脂肪細胞、分化能を有する細胞として、間葉系幹細胞、骨髄細胞、Muse細胞のように種々の組織に存在する幹細胞、更にはES細胞、iPS細胞等の分化多能性を有する幹細胞(多能性幹細胞)、それらから分化誘導した細胞等を用いることができる。本発明の培養基材における細胞の増殖性及び剥離性の観点から、幹細胞又は多能性幹細胞が好ましく、間葉系幹細胞又は多能性幹細胞が更に好ましく、多能性幹細胞が特に好ましく、iPS細胞が最も好ましい。
【0076】
本発明の別の一態様に係る細胞培養基材の製造方法は、下記(1)及び(2)工程を備える。
(1)表面に凹凸を有する基材上に、凹凸に沿って親水性高分子層を形成する工程であって、親水性高分子層が有する表面凹凸の基準長さ10μmにおける最大高さが0.1~2μmである工程
(2)上記親水性高分子層の表面の一部のみにプラズマ処理を行い、上記(A)及び(B)の2つの領域を形成する工程
【0077】
(1)工程における表面に凹凸を有する基材は、ナノインプリント、反応性エッチング、電子ビーム加工等によって得ることができる。(1)工程は、(1-1)工程及び(1-2)工程を有していてもよい。
(1-1)高分子で表面が被覆されていてもよい長径0.1~3μmの立体要素を基材用シートに塗布して、立体要素を基材用シート状に配置する工程、又は、高分子で表面が被覆された長径0.1~3μmの立体要素を基材用シートに塗布した後、加熱により立体要素を基材用シートに融着させる工程
(1-2)上記立体要素が配置又は固定化(接着)された基材用シートの表面に、層厚5~200nmで親水性高分子を被覆する工程
【0078】
(1―1)工程において、高分子で表面が被覆された立体要素を用い、加熱により立体要素を基材用シートに融着する場合、立体要素が基材用シートに固定化されるため、(1-2)工程以降の工程において立体要素が移動及び凝集しにくく、細胞培養基材の全面に均一に表面構造を形成しやすくなる。高分子は、上述した粒子等の立体要素を固定化することが可能な高分子(樹脂)である。
【0079】
(1-2)工程では、基材用シートの表面にUV反応性の親水性高分子を被覆し、親水性高分子層を形成する。親水性高分子層を形成することで、細胞培養基材の表面を細胞接着性及び細胞増殖性を有しない状態とすることができる。親水性高分子層を形成する方法としては、特に限定はないが、塗布、はけ塗り、ディップコーティング、スピンコーティング、バーコーディング、流し塗り、スプレー塗装、ロール塗装、エアーナイフコーティング、ブレードコーティング、グラビアコーティング、マイクログラビアコーティング、スロットダイコーティングなど通常知られている各種の方法を用いることが可能である。
【0080】
(1)工程は、上記親水性高分子層にUV照射を行い、親水性高分子層を化学反応させ基材表面に固定化する工程を有していてもよい。UV反応性の親水性高分子にUV照射を行うことで、親水性高分子同士、又は親水性高分子と基材との化学反応が起こり、親水性高分子層が基材表面に固定化される。親水性高分子層が基材表面に固定化されることによって、細胞培養基材の耐擦傷性を高めることができる。(1)工程で用いる、表面に凹凸を有する基材の模式図を
図2に示す。(1)工程により得られる、親水性高分子層により被覆された基材を
図3に示す。
【0081】
(2)工程は、上記固定化した親水性高分子層の表面にプラズマ処理を行い、細胞接着性及び細胞増殖性を有し、面積0.001~5mm
2の領域を形成する。好適なプラズマ処理方法は、使用する親水性高分子の種類や層厚によって適宜調整可能であるが、5秒~30分が好ましく、5秒~10分が更に好ましく、10秒~5分が特に好ましく、15秒~1分が最も好ましい。また、パターニングの方法としては、特に限定はないが、メタルマスクやシリコンマスク、表面保護フィルム等で被覆した状態でプラズマ処理を行うことにより所望の形状に表面処理を行う方法が挙げられる。(1)工程及び(2)工程により得られる、本発明の一態様に係る細胞培養基材を
図4に示す。
【0082】
本発明の一態様に係る細胞培養基材の製造方法は、(3)工程を更に備えていてよい。上記プラズマ処理した親水性高分子の表面に、温度応答性高分子を被覆し、温度応答性高分子による層を形成する。この際、基材の表面に温度応答性物質による層を層厚100nm以下で形成することによって、(2)工程の後に(3)工程を行う場合においても、パターニング工程で形成した細胞増殖性の表面に温度応答性物質の分子鎖が疎な状態で被覆されやすく、パターニングの効果を維持しつつも温度応答性を付与するのに好適である。また、層厚を1nm以上とすることで、十分な温度応答性を付与し、細胞凝集塊形成工程を迅速に行うことが可能な細胞培養基材を製造することができ、好適である。
【0083】
上記温度応答性物質を被覆する方法としては、前述の親水性高分子の塗布方法と同様の方法を好適に用いることができる。
【0084】
上記温度応答性物質を被覆する方法としてはまた、細胞培養基材の全面に温度応答性物質を被覆することが好ましい。温度応答性物質の被覆に際しパターニングを行うことなく、通常用いられる塗工方法を用いて温度応答性物質を被覆することにより、細胞培養基材の量産性を高めることができる。また、細胞培養基材の全面に温度応答性物質を被覆することによって、(A)領域に温度応答性を付与するとともに、(B)領域にも温度応答性物質が被覆される。(B)領域に温度応答性物質が被覆されることにより、(B)領域の細胞接着性を低下させることができる。
【0085】
本発明の一態様に係る細胞培養基材の製造方法は、(4)工程を更に備えていてもよい。
(4)面内方向の断面積が0.05~100cm2の貫通孔を有する板を、上記基材と貼り合わせる工程
【0086】
(4)工程において、面内方向の断面積が0.05~100cm
2の貫通孔を有する板を基材と貼り合わせることにより、培地を入れるための空間を有する、細胞培養ディッシュを高い量産性で作製可能である。(1)工程、(2)工程及び(4)工程により得られる、本発明の一態様に係る細胞培養基材を
図5に示す。
図5の細胞培養基材では、(3)工程は実施されていてもされていなくてもよい。
【0087】
本発明の更に別の一態様は、上記細胞培養基材を用い、細胞凝集塊を製造する方法に関する。細胞凝集塊の製造方法は、以下の(i)及び(ii)工程を備える。
(i)上記細胞培養基材に多能性幹細胞を播種する工程
(ii)上記播種された多能性幹細胞を培養し、基材面外方向の高さ/基材面内方向の直径の平均が0.2~0.8の半球状の細胞凝集塊を形成する工程
【0088】
本発明の更に別の一態様は、上記細胞凝集塊の製造方法に次の(iii)工程を加えた、多能性幹細胞の分化誘導方法にも関する。
(iii)上記細胞凝集塊を分化誘導し、三胚葉細胞の細胞凝集塊を形成する工程
【0089】
(i)工程は、上記細胞培養基材を用い、上記細胞培養基材に細胞を播種する工程である。本発明において「細胞を播種する」とは、細胞が分散した培地(以下、「細胞懸濁液」と表記する。)を細胞培養基材上に塗布、又は、細胞培養基材に注入する等により、細胞懸濁液と細胞培養基材とを接触させることを示す。細胞増殖性の領域を有する細胞培養基材を用いることにより、後述する(ii)工程で細胞を培養することができる。細胞培養基材が細胞増殖性の領域を有していない場合、(ii)工程で細胞を培養することができない。
【0090】
上記(i)工程においては、細胞の未分化性を維持させるのに有効な条件で、培養が実施される。未分化性を維持させるのに有効な条件としては、特に制限はないが、例えば、培養開始時の細胞の密度を下記播種の際の細胞密度として記載した好ましい範囲とすること、適切な液体培地の存在下で行うことなどが挙げられる。細胞の未分化性を維持させるのに有効な培地としては、例えば、細胞の未分化性を維持するための因子として知られている、インスリン、トランスフェリン、セレニウム、アスコルビン酸、炭酸水素ナトリウム、塩基性線維芽細胞増殖因子、トランスフォーミング増殖因子β(TGFβ)、CCL2、アクチビン、2-メルカプトメタノールのうち1つ以上を添加した培地を好適に用いることができる。細胞の未分化性を維持するのに特に好適であることから、インスリン、トランスフェリン、セレニウム、アスコルビン酸、炭酸水素ナトリウム、塩基性線維芽細胞増殖因子、トランスフォーミング増殖因子β(TGFβ)を含有する培地を用いることが更に好ましく、塩基性線維芽細胞増殖因子を添加した培地を用いることが最も好ましい。
【0091】
上記塩基性線維芽細胞増殖因子を添加した培地の種類に特に制限はないが、例えば、市販品としては、DMEM(Sigma-Aldrich Co. LLC製)、Ham’s F12(Sigma-Aldrich Co. LLC製)、D-MEM/Ham’s F12(Sigma-Aldrich Co. LLC製)、Primate ES Cell Medium((株)REPROCELL製)、StemFit AK02N(味の素(株)製)、StemFit AK03(味の素(株)製)、mTeSR1(STEMCELL TECHNOLOGIES製)、TeSR-E8(STEMCELL TECHNOLOGIES製)、ReproNaive((株)REPROCELL製)、ReproXF((株)REPROCELL製)、ReproFF((株)REPROCELL製)、ReproFF2((株)REPROCELL製)、NutriStem(バイオロジカルインタストリーズ社製)、iSTEM(タカラバイオ(株)製)、GS2-M(タカラバイオ(株)製)、hPSC Growth Medium DXF(PromoCell(株)製)等を挙げることができる。細胞の未分化状態を維持するのに好適であることから、Primate ES Cell Medium((株)REPROCELL製)、StemFit AK02N(味の素(株)製)又はStemFit AK03(味の素(株)製)が好ましく、StemFit AK02N(味の素(株)製)又はStemFit AK03(味の素(株)製)が更に好ましく、StemFit AK02N(味の素(株)製)が特に好ましい。
【0092】
上記(i)工程において、細胞の播種方法に特に制限はないが、例えば、細胞培養基材に細胞懸濁液を注入することで行うことが出来る。播種の際の細胞密度は特に制限はないが、細胞を維持することができ、かつ増殖させることができるように、1.0×102~1.0×106cells/cm2が好ましく、5.0×102~5.0×105cells/cm2が更に好ましく、1.0×103~2.0×105cells/cm2が特に好ましく、1.2×103~1.0×105cells/cm2が最も好ましい。
【0093】
上記(i)工程で用いる培地としてはまた、細胞の生存を維持するのに好適であることから、上記塩基性線維芽細胞増殖因子を添加した培地に更にRho結合キナーゼ阻害剤を添加した培地を用いることが好ましい。特にヒトの細胞を用いる場合であって、ヒトの細胞の細胞密度が低い状態において、Rho結合キナーゼ阻害剤が添加されていると、ヒトの細胞の生存維持に効果的な場合がある。Rho結合キナーゼ阻害剤としては、例えば、(R)-(+)-trans-N-(4-pyridyl)-4-(1-aminoethyl)-cyclohexanecarboxamide・2HCl・H2O(和光純薬工業(株)製Y-27632)、1-(5-Isoquinolinesulfonyl)homopiperazine Hydrochloride(和光純薬工業(株)製HA1077)を用いることができる。培地に添加されるRho結合キナーゼ阻害剤の濃度としては、ヒトの細胞の生存維持に有効な範囲であってヒトの細胞の未分化状態に影響を与えない範囲であり、好ましくは1μM~50μMであり、より好ましくは3μM~20μMであり、更に好ましくは5μM~15μMであり、最も好ましくは8μM~12μMである。
【0094】
上記(i)工程を開始するとまもなく、細胞は細胞培養基材に接着し始める。
【0095】
(ii)工程では、上記播種された多能性幹細胞を培養し、基材面外方向の高さ/基材面内方向の直径の平均が0.2~0.8の半球状の細胞凝集塊を形成する。細胞の増殖能や生理活性,機能維持に好適であることから、培養温度としては、好ましくは30~42℃、更に好ましくは32~40℃、特に好ましくは36~38℃、最も好ましくは37℃である。
【0096】
上記(ii)工程を開始して22~26時間後に、最初の培地交換を行うことが好ましい。その48~72時間後に2度目の培地交換を行い、その後、24~48時間毎に培地交換を行うことが好ましい。この間、細胞は増殖し、コロニーと呼ばれる平たい細胞塊を形成する。コロニーは細胞培養基材に細胞が2次元的に接着した状態である。コロニーの大きさが(A)領域のサイズ程度になるまで培養を継続させ、更に培養を継続することで、3次元的な細胞凝集塊を形成する。3次元的な細胞凝集塊の形状は、基材面外方向の高さ/基材面内方向の直径の平均が0.2~0.8の半球状であることが好ましい。基材面外方向の高さ/基材面内方向の直径は、顕微鏡により複数の細胞凝集塊を観察して値を算出し、平均することで求められる。基材面外方向の高さ/基材面内方向の直径の平均が0.2~0.8の半球状の細胞凝集塊を形成することにより、多能性幹細胞から三胚葉細胞への分化誘導を効率的に行うことができる。また、三胚葉細胞への分化誘導効率を高めるのに好適であることから、基材面外方向の高さ/基材面内方向の直径の平均が0.3~0.7であることが更に好ましく、0.4~0.6が特に好ましい。
【0097】
本発明における(iii)工程では、上記細胞凝集塊を分化誘導し、三胚葉細胞の細胞凝集塊を形成する。なお、本発明における(iii)工程は、上記(ii)工程の後に行ってもよいし、上記(ii)工程と並行して行ってもよい。すなわち、播種した多能性幹細胞が細胞培養基材に接着後、すぐに(iii)工程を開始し、細胞凝集塊を形成しつつ分化誘導を行ってもよい。なお、本発明における三胚葉細胞とは、内胚葉細胞、中胚葉細胞、外胚葉細胞のいずれかを示す。(iii)工程では、分化誘導因子を含む培地中で細胞を培養する。
【0098】
内胚葉細胞への分化誘導効率を高めるのに好適のため、上記(iii)工程における分化誘導因子が、内胚葉誘導因子を含有することが好ましい。上記内胚葉誘導因子としては、胚葉体への分化誘導効率を高めるのに好適のため、Wntタンパク質、Bone morphogenetic protein(BMP)、インスリン様成長因子及びアクチビンからなる群より選択される単一又は複数の分化誘導因子であることが好ましく、特にWnt3a、BMP4、IGFI、アクチビンAのいずれかを含有することが好ましい。
【0099】
中胚葉細胞への分化誘導効率を高めるのに好適のため、上記(iii)工程における分化誘導因子が、中胚葉誘導因子を含有することが好ましい。上記中胚葉誘導因子としては、胚葉体への分化誘導効率を高めるのに好適のため、GSK3β阻害剤、Bone morphogenetic protein(BMP)及びアクチビンからなる群より選択される単一又は複数の分化誘導因子であることが好ましく、特にアクチビンA、CHIR99021(GSK3β阻害剤)、BMP4のいずれかを含有することが好ましい。
【0100】
外胚葉細胞への分化誘導効率を高めるのに好適のため、上記(iii)工程における分化誘導因子が、外胚葉誘導因子を含有することが好ましい。上記外胚葉誘導因子としては、Noggin(BMP阻害剤)、dorsomorphin(BMP阻害剤)、SB431542(TGF-β阻害剤)、アクチビン阻害剤、のいずれかを含有することが好ましく、BMP阻害剤及びTGF-β阻害剤を含有することが更に好ましい。
【0101】
また、上記分化誘導因子の培地への添加濃度については特に限定されないが、胚葉体への分化誘導効率を高めるのに好適のため、好ましくは1000~500ng/mLであり、より好ましくは500~100ng/mLであり、最も好ましくは100ng/mL以下である。
【0102】
上記分化誘導因子を含む培地は、十分に分化誘導が進行するために、培養中は24時ごとに交換することが好ましい。24時間以内に培地を交換することで、培地中の分化誘導因子が不足することを防ぎ、均一に全ての細胞を分化させることができる。
【0103】
本発明の多能性幹細胞の分化誘導方法は、以下の(iv)工程を更に有していてもよい。
(iv)Wntタンパク質、Bone morphogenetic protein(BMP)、インスリン様成長因子及びアクチビンからなる群より選択される単一又は複数の分化誘導因子を含む培地中で細胞凝集塊を培養し、腸上皮細胞が有するマーカーを発現させる工程
【0104】
上記腸上皮細胞とは、腸細胞、杯細胞、腸管内分泌細胞、パネート細胞及び腸上皮幹細胞のいずれか又は複数の細胞を有するのが好ましく、腸細胞、杯細胞、腸管内分泌細胞、パネート細胞及び腸上皮幹細胞をすべて含むことが更に好ましい。腸上皮細胞は特有のマーカーを有する。例えば、腸細胞マーカーとして、CDX2及びVIL1、杯細胞マーカーとしてMUC2、腸管内分泌細胞マーカーとしてCGA、パネート細胞マーカーとしてDEFA6、腸上皮幹細胞マーカーとしてLGR5が挙げられる。
【0105】
本発明の細胞培養基材は、基材面外方向の高さが2μmを超えるような高い凹凸構造を表面に有しないことから、培地を接触させた際に気泡が基材表面に付着しづらい。気泡の付着数が(A)領域の数に対して10%以下が好ましく、5%以下が更に好ましく、3%以下が特に好ましく、1%以下が最も好ましい。
【0106】
本発明の細胞培養基材を用いて形成される細胞凝集塊は、従来の微細凹凸構造(基材面外方向の高さが2μmを超えるような高い凹凸構造を有するもの)を利用した細胞凝集塊形成と比較して、接着した細胞が自発的に集合することから、高い細胞生存率を有する。例えば、生存率50%細胞を用いた場合、形成される細胞凝集塊の細胞生存率として70%以上が好ましく、80%以上が更に好ましく、85%以上が特に好ましく、90%以上が最も好ましい。
【実施例0107】
以下、本発明を実施するための形態を挙げて本発明について詳細に説明するが、本発明を説明するための例示であり、本発明を以下の内容に限定する趣旨ではない。また本発明の要旨の範囲内で適宜に変更して実施することができる。なお、断りのない限り、試薬は市販品を用いた。
【0108】
<親水性高分子層の層厚>
基材に被覆された親水性高分子の層厚は、スピンコート条件における液膜の厚みと溶液中の高分子の重量濃度から、高分子の比重を1として単位面積当たりの被覆量を計算することで求めた。
【0109】
<(A)領域の面積>
レーザー顕微鏡(VK-X200、キーエンス(株)製)を用いて表面を観察し、面積を算出した。
【0110】
<表面凹凸の最大高さ>
細胞培養基材の細胞培養面の表面を原子間力顕微鏡(AFM5100、日立ハイテク(株)製)で測定した基準長さ10μmの断面形状曲線において、最大高さRzを求めた。10点の最大高さを平均した。
【0111】
<表面凹凸の凸部間距離>
細胞培養基材の細胞培養面の表面を電子顕微鏡(Miniscope TM3030Plus、日立ハイテク(株)製)で測定した画像において、凸部間の長さを求めた。20点の凸部間の長さを求めて平均した。
【0112】
<表面凹凸の凸部間距離の変動係数>
上記20点の凸部間距離について標準偏差を求め、平均で割ることで変動係数を求めた。
【0113】
<細胞凝集塊の評価>
細胞凝集塊の培養:
基材に培地StemFitAK02N(味の素(株)製)を0.2mL/cm2加え、iMatrix-511溶液((株)ニッピ製)を2.5μL/mLの濃度で加えた。死細胞を混合することで全細胞に対する生存細胞の割合(細胞生存率)が50%となるように調整したヒトiPS細胞201B7株を播種細胞として用い、15000個/cm2、37℃、CO2濃度5%の環境下で培養した。また、細胞播種から24時間後までは、培地にY-27632(和光純薬工業(株)製)(濃度10μM)を添加した。
細胞凝集塊の剥離回収:
培地を10回ピペッティングして細胞凝集塊を細胞培養基材から剥離した。回収した細胞凝集塊をTrypLE-EDTA溶液でシングルセルに乖離し、細胞数を自動セルカウンター(Luna、ショーシンEM(株)製)で測定した(細胞数Aとする。)。次に、未剥離のまま細胞培養基材に残留した細胞をTrypLE-EDTA溶液で処理した後、セルスクレーパーにより剥離し、同様に細胞数を自動セルカウンターで測定した(細胞数Bとする。)。細胞数A/(A+B)を剥離回収率として求めた。
細胞凝集塊の粒径ばらつきの評価:
培地を10回ピペッティングして細胞凝集塊を細胞培養基材から剥離した。剥離した細胞凝集塊を位相差顕微鏡で観察し、粒径を測定した。20点の細胞凝集塊の粒径から変動係数(粒径の標準偏差/平均粒径)を求め、粒径ばらつきとした。
【0114】
<干渉縞の確認>
細胞培養基材に蛍光灯の光を当て、目視で干渉縞の有無を確認した。
【0115】
[実施例1]
イオン交換水18gに粒径0.45μmのアニオン性シリカコロイド(スノーテックMP-4540M、日産化学(株)製)の40wt%水性分散液0.5gを混合し、窒素バブリングしながら30分間脱気した。メタクリル酸3-(トリメトキシシリル)プロピル0.02gを添加し、窒素雰囲気下、マグネチックスターラーを用いて300rpmで30分間撹拌した。その後、イオン交換水10gに溶解したp-スチレンスルホン酸ナトリウム0.08g及びスチレン0.8gを添加し、300rpmで2時間撹拌した後、65℃に加温し、イオン交換水10gに溶解した過硫酸カリウム0.02gを添加した。窒素雰囲気下、300rpmで攪拌しながら65℃で3時間反応させた。反応後、4000rpm、10分間の遠心分離により、全ての粒子を沈殿させた。上澄み液をデカンテーションで除去し、コロイドをイオン交換水に再分散させた。この精製を2回行い、ポリスチレンで被覆されたシリカ粒子を得た。
【0116】
ガラス基板を1mg/mL濃度のポリジアリルジメチルアンモニウムクロライド水溶液に10秒浸漬した後、イオン交換水で洗浄し、エアーブローで乾燥した。このガラス基板上に上記ポリスチレンで被覆されたシリカ粒子1wt%の分散液を滴下した。10秒後にイオン交換水でリンスした後、基板を沸騰水中に5分間浸漬した。その後、室温まで冷却し乾燥させた。
【0117】
親水性高分子としてアジド基を有するポリビニルアルコール(BIOSURFINE(R)-AWP、東洋合成工業(株)製)を固形分濃度0.8wt%で含有するエタノール溶液を上記ポリスチレンで被覆されたシリカ粒子を被覆したガラス基板に滴下し、2000rpmでスピンコートした。UV照射することで膜を硬化させた。親水性高分子層の層厚は約40nmであった。直径0.2mmの円形の穴を複数有するメタルマスクを置き、プラズマ照射装置((株)真空デバイス製、商品名プラズマイオンボンバーダPIB-20)を用いてメタルマスクの上からプラズマ処理(20Paガス圧下、導電電流20mA、照射時間1分間)を行うことで細胞接着性及び細胞増殖性の領域を形成した。上記パターニングを施したガラス基板を、貫通孔を有するウェルプレートの底面に貼り合わせた。
【0118】
作製した細胞培養基材の表面凹凸を
図6に、(A)領域及び(B)領域を測定したレーザー顕微鏡画像を
図7にそれぞれ示す。また、作製した細胞培養基材の構成及び評価結果を表1に示す。作製した細胞培養基材は(A)領域の面積が約0.03mm
2、細胞培養基材の基準長さ10μmにおける表面凹凸の最大高さが0.39μmであった。この細胞培養基材上でヒトiPS細胞の培養評価を行い、培養開始から3日後に細胞凝集塊の形成を確認した。細胞凝集塊の剥離回収率は82.5%、粒径ばらつきは18.1%であった。細胞培養基材に干渉縞は発生していなかった。
【0119】
[実施例2]
粒径0.45μmのアニオン性シリカコロイド(スノーテックMP-4540M、日産化学(株)製)の代わりに、粒径0.2μmのアニオン性シリカコロイド(スノーテックMP-2040M、日産化学(株)製)を用い、その他は実施例1と同様にして細胞培養基材を作製した。作製した細胞培養基材は(A)領域の面積が約0.03mm2、細胞培養基材の基準長さ10μmにおける表面凹凸の最大高さが0.18μmであった。この細胞培養基材上でヒトiPS細胞の培養評価を行い、培養開始から3日後に細胞凝集塊の形成を確認した。細胞凝集塊の剥離回収率は73.4%、粒径ばらつきは25.2%であった。細胞培養基材に干渉縞は発生していなかった。
【0120】
[実施例3]
粒径1.5μmのシリカコロイド粉末(シーホスターKEP-150、(株)日本触媒製)0.2gをエタノールに分散後、遠心分離して純水に溶媒置換を行った。窒素バブリングしながら30分間脱気した。メタクリル酸3-(トリメトキシシリル)プロピル0.02gを添加し、窒素雰囲気下、マグネチックスターラーを用いて300rpmで30分間撹拌した。その後、イオン交換水10gに溶解したp-スチレンスルホン酸ナトリウム0.08g及びスチレン1.6gを添加し、300rpmで2時間撹拌した後、65℃に加温し、イオン交換水10gに溶解した過硫酸カリウム0.02gを添加した。窒素雰囲気下、300rpmで攪拌しながら65℃で3時間反応させた。反応後、4000rpm、10分間の遠心分離により、全ての粒子を沈殿させた。上澄み液をデカンテーションで除去し、コロイドをイオン交換水に再分散させた。この精製を2回行い、ポリスチレンで被覆されたシリカ粒子を得た。
【0121】
ガラス基板を1mg/mL濃度のポリジアリルジメチルアンモニウムクロライド水溶液に10秒浸漬した後、イオン交換水で洗浄し、エアーブローで乾燥した。このガラス基板上に上記ポリスチレンで被覆されたシリカ粒子1wt%の分散液を滴下した。10秒後にイオン交換水でリンスした後、基板を沸騰水中に5分間浸漬した。その後,室温まで冷却し乾燥させた。
【0122】
親水性高分子としてアジド基を有するポリビニルアルコール(BIOSURFINE(R)-AWP、東洋合成工業(株)製)を固形分濃度0.8wt%で含有するエタノール溶液を上記ポリスチレンで被覆されたシリカ粒子を被覆したガラス基板に滴下し、2000rpmでスピンコートした。UV照射することで膜を硬化させた。親水性高分子層の層厚は約40nmであった。直径0.2mmの円形の穴を複数有するメタルマスクを置き、プラズマ照射装置((株)真空デバイス製、商品名プラズマイオンボンバーダPIB-20)を用いてメタルマスクの上からプラズマ処理(20Paガス圧下、導電電流20mA、照射時間1分間)を行うことで細胞接着性及び細胞増殖性の領域を形成した。上記パターニングを施したガラス基板を、貫通孔を有するウェルプレートの底面に貼り合わせた。
【0123】
作製した細胞培養基材は(A)領域の面積が約0.03mm2、細胞培養基材の基準長さ10μmにおける表面凹凸の最大高さが1.45μmであった。この細胞培養基材上でヒトiPS細胞の培養評価を行い、培養開始から3日後に細胞凝集塊の形成を確認した。細胞凝集塊の剥離回収率は88.9%、粒径ばらつきは17.3%であった。細胞培養基材に干渉縞は発生していなかった。
【0124】
[実施例4]
親水性高分子としてアジド基を有するポリビニルアルコール(BIOSURFINE(R)-AWP、東洋合成工業(株)製)を固形分濃度0.8wt%で含有するエタノール溶液をナノインプリントで約0.2μmの突起を形成した樹脂フィルム(FLP230/200-120、SCIVAX(株)製)に滴下し、2000rpmでスピンコートした。UV照射することで膜を硬化させた。親水性高分子層の層厚は約40nmであった。直径0.2mmの円形の穴を複数有するメタルマスクを置き、プラズマ照射装置((株)真空デバイス製、商品名プラズマイオンボンバーダPIB-20)を用いてメタルマスクの上からプラズマ処理(20Paガス圧下、導電電流20mA、照射時間1分間)を行うことで細胞接着性及び細胞増殖性の領域を形成した。上記パターニングを施した樹脂フィルムを、貫通孔を有するウェルプレートの底面に貼り合わせた。
【0125】
作製した細胞培養基材の表面凹凸を
図8に示す。作製した細胞培養基材は(A)領域の面積が約0.03mm
2、細胞培養基材の基準長さ10μmにおける表面凹凸の最大高さが0.18μmであった。この細胞培養基材上でヒトiPS細胞の培養評価を行い、培養開始から3日後に細胞凝集塊の形成を確認した。細胞凝集塊の剥離回収率は71.5%、粒径ばらつきは17.1%であった。細胞培養基材に干渉縞が発生していた。
【0126】
[実施例5]
ナノインプリントで約0.2μmの突起を形成した樹脂フィルム(FLP230/200-120、SCIVAX(株)製)の代わりに、ナノインプリントで約0.5μmの突起を形成した樹脂フィルム(FLP500/500-50×50、SCIVAX(株)製)を用いた。また、直径0.2mmの円形の穴を複数有するメタルマスクの代わりに、直径0.5mmの円形の穴を複数有するメタルマスクを用いた。その他は実施例4と同様にして細胞培養基材を作製した。
【0127】
作製した細胞培養基材の表面凹凸を
図9に示す。作製した細胞培養基材は(A)領域の面積が約0.2mm
2、細胞培養基材の基準長さ10μmにおける表面凹凸の最大高さが0.48μmであった。この細胞培養基材上でヒトiPS細胞の培養評価を行い、培養開始から5日後に細胞凝集塊の形成を確認した。細胞凝集塊の剥離回収率は81.7%、粒径ばらつきは19.2%であった。細胞培養基材に干渉縞が発生していた。
【0128】
[実施例6]
ナノインプリントで約0.2μmの突起を形成した樹脂フィルム(FLP230/200-120、SCIVAX(株)製)の代わりに、ナノインプリントで約0.5μmの穴構造を形成した樹脂フィルム(FLH230/200-120、SCIVAX(株)製)を用いた。その他は実施例4と同様にして細胞培養基材を作製した。
【0129】
作製した細胞培養基材の表面凹凸を
図10に示す。作製した細胞培養基材は(A)領域の面積が約0.03mm
2、細胞培養基材の基準長さ10μmにおける表面凹凸の最大高さが0.16μmであった。この細胞培養基材上でヒトiPS細胞の培養評価を行い、培養開始から3日後に細胞凝集塊の形成を確認した。細胞凝集塊の剥離回収率は71.9%、粒径ばらつきは22.5%であった。細胞培養基材に干渉縞が発生していた。
【0130】
[実施例7]
親水性高分子としてアジド基を有するポリビニルアルコール(BIOSURFINE(R)-AWP、東洋合成工業(株)製)の代わりに、ホスホリルコリン基を有する高分子(LipidureCR-2001、日油(株)製)を用い、その他は実施例1と同様にして細胞培養基材を作製した。親水性高分子層の層厚は約30nmであった。
【0131】
作製した細胞培養基材は(A)領域の面積が約0.03mm2、細胞培養基材の基準長さ10μmにおける表面凹凸の最大高さが0.42μmであった。この細胞培養基材上でヒトiPS細胞の培養評価を行い、培養開始から3日後に細胞凝集塊の形成を確認した。細胞凝集塊の剥離回収率は84.5%、粒径ばらつきは19.9%であった。細胞培養基材に干渉縞は発生していなかった。
【0132】
[実施例8]
直径0.2mmの円形の穴を複数有するメタルマスクの代わりに、直径1.5mmの円形の穴を複数有するメタルマスクを用いた。その他は実施例1と同様にして細胞培養基材を作製した。
【0133】
作製した細胞培養基材は(A)領域の面積が約1.76mm2、細胞培養基材の基準長さ10μmにおける表面凹凸の最大高さが0.34μmであった。この細胞培養基材上でヒトiPS細胞の培養評価を行い、培養開始から14日後に細胞凝集塊の形成を確認した。細胞凝集塊の剥離回収率は86.7%、粒径ばらつきは28.2%であった。細胞培養基材に干渉縞は発生していなかった。
【0134】
[比較例1]
粒径0.45μmのアニオン性シリカコロイド(スノーテックMP-4540M、日産化学(株)製)の代わりに、粒径0.06μmのアニオン性シリカコロイド(スノーテックST-YL、日産化学(株)製)を用い、その他は実施例1と同様にして細胞培養基材を作製した。
【0135】
作製した細胞培養基材は(A)領域の面積が約0.03mm2、細胞培養基材の基準長さ10μmにおける表面凹凸の最大高さが0.01μmであった。この細胞培養基材上でヒトiPS細胞の培養評価を行い、培養開始から3日後に細胞凝集塊の形成を確認した。細胞凝集塊の剥離回収率は20.2%で、細胞凝集塊の剥離回収率が低かった。また、細胞凝集塊の粒径ばらつきは65.6%で、ばらつきの大きいものであった。
【0136】
[比較例2]
粒径2.5μmのシリカコロイド粉末(シーホスターKEP-250、(株)日本触媒製)0.2gをエタノールに分散後、遠心分離して純水に溶媒置換を行った。窒素バブリングしながら30分間脱気した。メタクリル酸3-(トリメトキシシリル)プロピル0.02gを添加し、窒素雰囲気下、マグネチックスターラーを用いて300rpmで30分間撹拌した。その後、イオン交換水10gに溶解したp-スチレンスルホン酸ナトリウム0.08g及びスチレン0.06gを添加し、300rpmで2時間撹拌した後、65℃に加温し、イオン交換水10gに溶解した過硫酸カリウム0.02gを添加した。窒素雰囲気下、300rpmで攪拌しながら65℃で3時間反応させた。反応後、4000rpm、10分間の遠心分離により、全ての粒子を沈殿させた。上澄み液をデカンテーションで除去し、コロイドをイオン交換水に再分散させた。この精製を2回行い、ポリスチレンで被覆されたシリカ粒子を得た。
【0137】
ガラス基板を1mg/mL濃度のポリジアリルジメチルアンモニウムクロライド水溶液に10秒浸漬した後、イオン交換水で洗浄し、エアーブローで乾燥した。このガラス基板上に上記ポリスチレンで被覆されたシリカ粒子1wt%の分散液を滴下した。10秒後にイオン交換水でリンスした後、基板を沸騰水中に5分間浸漬した。その後,室温まで冷却し乾燥させた。
【0138】
親水性高分子としてアジド基を有するポリビニルアルコール(BIOSURFINE(R)-AWP、東洋合成工業(株)製)を固形分濃度0.8wt%で含有するエタノール溶液を上記ポリスチレンで被覆されたシリカ粒子を被覆したガラス基板に滴下し、2000rpmでスピンコートした。UV照射することで膜を硬化させた。直径0.2mmの円形の穴を複数有するメタルマスクを置き、プラズマ照射装置((株)真空デバイス製、商品名プラズマイオンボンバーダPIB-20)を用いてメタルマスクの上からプラズマ処理(20Paガス圧下、導電電流20mA、照射時間1分間)を行うことで細胞接着性及び細胞増殖性の領域を形成した。上記パターニングを施したガラス基板を、貫通孔を有するウェルプレートの底面に貼り合わせた。
【0139】
作製した細胞培養基材は(A)領域の面積が約0.03mm2、細胞培養基材の基準長さ10μmにおける表面凹凸の最大高さが2.41μmであった。この細胞培養基材上でヒトiPS細胞の培養評価を行ったが、細胞が増殖せず、凝集塊は形成できなかった。
【0140】
[比較例3]
実施例1における親水性高分子層の形成を実施せず、その他は実施例1と同様にして細胞培養基材を作製した。
【0141】
作製した細胞培養基材は基準長さ10μmにおける表面凹凸の最大高さが0.46μmであった。この細胞培養基材上でヒトiPS細胞の培養評価を行ったが、シート状に細胞が増殖し、細胞凝集塊は形成できなかった。シート状の細胞を剥離したところ、粒径ばらつきは62.3%で、ばらつきの大きいものであった。
【0142】
[比較例4]
実施例1におけるプラズマ処理を実施せず、その他は実施例1と同様にして細胞培養基材を作製した。
【0143】
作製した細胞培養基材は基準長さ10μmにおける表面凹凸の最大高さが0.4μmであった。この細胞培養基材上でヒトiPS細胞の培養評価を行ったが、細胞凝集塊は形成できなかった。
【0144】
[比較例5]
直径0.2mmの円形の穴を複数有するメタルマスクの代わりに、直径3mmの円形の穴を複数有するメタルマスクを用いた。その他は実施例1と同様にして細胞培養基材を作製した。
【0145】
作製した細胞培養基材は(A)領域の面積が約7.1mm2、細胞培養基材の基準長さ10μmにおける表面凹凸の最大高さが0.38μmであった。この細胞培養基材上でヒトiPS細胞の培養評価を行ったが、シート状に細胞が増殖し、細胞凝集塊は形成できなかった。シート状の細胞を剥離したところ、粒径ばらつきは48.5%で、ばらつきの大きいものであった。
【0146】
実施例1~8、比較例1~5の構成を表1に示す。実施例1~8、比較例1~5の細胞培養基材を用いて作製した細胞凝集塊の評価結果を表2に示す。
【表1】
【表2】