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特開2024-67750放射線の線量計測装置および線量計測方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024067750
(43)【公開日】2024-05-17
(54)【発明の名称】放射線の線量計測装置および線量計測方法
(51)【国際特許分類】
   G01T 3/00 20060101AFI20240510BHJP
   G01T 1/06 20060101ALI20240510BHJP
【FI】
G01T3/00 G
G01T1/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022178066
(22)【出願日】2022-11-07
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100078813
【弁理士】
【氏名又は名称】上代 哲司
(74)【代理人】
【識別番号】100094477
【弁理士】
【氏名又は名称】神野 直美
(74)【代理人】
【識別番号】100099933
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 敏
(72)【発明者】
【氏名】村田 勲
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 文信
(72)【発明者】
【氏名】玉置 真悟
(72)【発明者】
【氏名】日下 祐江
【テーマコード(参考)】
2G188
【Fターム(参考)】
2G188BB09
2G188EE29
2G188KK04
(57)【要約】
【課題】応答特性変換材料をより簡便に設計することができ、中性子とγ線とが混在する場において、それぞれの線量を個別に精度高く計測して評価することが可能な放射線の線量計測技術を提供する。
【解決手段】中性子とγ線とが混在する混在場において、中性子(γ線)の線量を計測する放射線の線量計測装置であって、異なる応答特性変換材料が取り付けられた第1のガラス線量計および第2のガラス線量計が容器に装荷されており、2本のガラス線量計は、それぞれ異なる定数で補正することにより、γ線(中性子)に対しては同じ応答をする一方、中性子(γ線)に対しては異なる応答をし、その補正後の応答差が、中性子(γ線)のエネルギー依存線量変換係数の定数倍となるように構成されている放射線の線量計測装置。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
中性子とγ線とが混在する混在場において、中性子の線量を計測する放射線の線量計測装置であって、
異なる応答特性変換材料が取り付けられた第1のガラス線量計および第2のガラス線量計が容器に装荷されており、
前記2本のガラス線量計は、
それぞれ異なる定数で補正することにより、前記γ線に対しては同じ応答をする一方、前記中性子に対しては異なる応答をし、その補正後の応答差が、前記中性子のエネルギー依存線量変換係数の定数倍となるように構成されていることを特徴とする放射線の線量計測装置。
【請求項2】
前記中性子に対して異なる応答差が、前記中性子のエネルギー依存線量変換係数の1倍であることを特徴とする請求項1に記載の放射線の線量計測装置。
【請求項3】
中性子とγ線とが混在する混在場において、γ線の線量を計測する放射線の線量計測装置であって、
異なる応答特性変換材料が取り付けられた第1のガラス線量計および第2のガラス線量計が容器に装荷されており、
前記2本のガラス線量計は、
それぞれ異なる定数で補正することにより、前記中性子に対しては同じ応答をする一方、前記γ線に対しては異なる応答をし、その補正後の応答差が、前記γ線のエネルギー依存線量変換係数の定数倍となるように構成されていることを特徴とする放射線の線量計測装置。
【請求項4】
前記γ線に対して異なる応答差が、前記γ線のエネルギー依存線量変換係数の1倍であることを特徴とする請求項3に記載の放射線の線量計測装置。
【請求項5】
前記応答特性変換材料が、γ線減速材料または中性子吸収材料から選択された1種以上の材料種を用いて、
下記式を満たす幅(高さ)分布tに形成されていることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載の放射線の線量計測装置。
【数1】
【請求項6】
中性子とγ線とが混在する混在場において、中性子の線量を計測する放射線の線量計測方法であって、
前記γ線に対する応答倍数aを1、前記中性子に対する応答倍数bを2として、前記γ線に対しては同じ応答をする一方、前記中性子に対してはエネルギー依存線量変換係数の1倍の応答差で異なる応答をするように構成されている第1のガラス線量計および第2のガラス線量計を用いて線量を計測し、
得られた第1のガラス線量計の計測値Dと第2のガラス線量計の計測値Dm,1から、下記式より中性子の線量Dを求めることを特徴とする放射線の線量計測方法。
【数2】
【請求項7】
中性子とγ線とが混在する混在場において、γ線の線量を計測する放射線の線量計測方法であって、
前記γ線に対する応答倍数aを2、前記中性子に対する応答倍数bを1として、前記中性子に対しては同じ応答をする一方、前記γ線に対してはエネルギー依存線量変換係数の1倍の応答差で異なる応答をするように構成されている第1のガラス線量計および第2のガラス線量計を用いて線量を計測し、
得られた第1のガラス線量計の計測値Dと第2のガラス線量計の計測値Dm,2から、下記式よりγ線の線量Dγを求めることを特徴とする放射線の線量計測方法。
【数3】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホウ素中性子捕捉療法の中性子とγ線とが混在する場において、中性子とγ線、各々の線量を分離して個別に計測する放射線の線量計測装置(以下、単に「線量計測装置」ともいう)および線量計測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、次世代を担う新しいがん治療法としてホウ素中性子捕捉療法(BNCT:Boron Neutron Capture Therapy)の実用化に向けての研究が加速している。
【0003】
BNCTは、ホウ素(10B)を腫瘍細胞に予め蓄積させておき、中性子を照射することにより、10B(n,α)Li反応を誘起させて、放出された荷電粒子で腫瘍細胞を破壊するがん治療法である。BNCTは、ホウ素を腫瘍細胞にのみ蓄積させることにより、腫瘍細胞のみを死滅させることができるため、放射線治療では、唯一、腫瘍細胞選択性があると言われており、現在、原子炉に代わり、加速器中性子源ベースのBNCT開発が進められている(例えば、特許文献1)。
【0004】
しかしながら、この中性子の照射は二次γ線の発生を招くため、患者は中性子とγ線が混在する場に曝されて、中性子とγ線、両方の放射線により被曝することになる。このため、中性子とγ線の各々の線量を分離して計測して、患者の被曝線量を厳格に評価して管理することは、BNCTにおいて、重要かつ不可欠なことである。
【0005】
しかしながら、これは、中性子とγ線との混在場であること、中性子が治療に寄与する熱外中性子以外に熱中性子、高速中性子が混在すること、γ線のエネルギーが最大で10MeVと高いこと、などの理由から、極めて困難である。
【0006】
このような状況下、従来、個人用のγ線計測装置(個人線量計)としては、TLD(Thermoluminescent Dosimeter:熱ルミネッセンス線量計)や、RPL(Radio Photo Luminescence:ラジオフォトルミネッセンス)を利用したガラス線量計(Glass Dosimeter:GD)等が用いられていた(例えば、特許文献2、3)。
【0007】
具体的には、中性子について計測する場合には、Li等をドープすることにより、熱中性子に感度を持たせ、γ線について計測する場合には、137Csで表示値を一点校正する。これは、個人線量計の使用に際して、原子炉の中性子が、人が出入りする場所では熱領域に近いことや、γ線は放射化物の場合、エネルギーは3MeV以下であることを考慮して、Li等のドープや、137Csによる一点校正で十分と考えられていたためである。言い換えれば、この計測は、エネルギー依存性が少ない場、即ち、熱中性子場および放射化物からのγ線場における計測を想定している。しかし、中性子とγ線のエネルギー範囲が広く、その依存性を考慮する必要があるBNCTにおける計測に対しては、十分なものとは言えない。
【0008】
また、TLDや金属箔を用いて、測定と計算を組み合わせた近似的な方法が提案され(例えば、非特許文献1)、具体的なγ線検出器として、同じ検出器を2個並べて、中性子とγ線に対して少しだけ応答が異なるフィルターなどで補正を施す双子型検出器が提案されている(例えば、非特許文献2)が、その応答が加速器によって異なり、補正も容易ではないことや、サイズが大きく有線の検出器であり、個人線量計には適さない。
【0009】
そこで、本発明者らは、中性子とγ線とが混在する混在場において、それぞれの線量を個別に計測して評価するために、中性子計測用応答特性変換材料(またはγ線計測用応答特性変換材料)が取り付けられて容器に装荷された2本のガラス線量計が備えられており、γ線(中性子)に対しては2本のガラス線量計が同じ応答をし、中性子(γ線)に対しては2本のガラス線量計が異なる応答をし、その応答差が中性子(γ線)のエネルギー依存線量変換係数の定数倍と等しくなるように構成されている線量計測装置を提案している(特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】WO2018/181395号公報
【特許文献2】特開2016-3892号公報
【特許文献3】特開2018-24863号公報
【特許文献4】特開2021-51016号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】W.A.G.Sauerwein et al.,“Neutron Capture Therapy”,Springer(2012)
【非特許文献2】D.Nigg.,presented in YBNCT-7,Sep.22-26,2013,Granada,Spain(2013)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、上記した本発明者の開発した線量計測装置は、応答特性変換材料を正確に設計することが難しく、さらなる改良が求められている。
【0013】
そこで、本発明は、応答特性変換材料をより簡便に設計することができ、中性子とγ線とが混在する場において、それぞれの線量を個別に精度高く計測して評価することが可能な放射線の線量計測技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者は、上記した課題の解決について鋭意検討を行い、以下に記載する発明により上記課題が解決できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0015】
請求項1に記載の発明は、
中性子とγ線とが混在する混在場において、中性子の線量を計測する放射線の線量計測装置であって、
異なる応答特性変換材料が取り付けられた第1のガラス線量計および第2のガラス線量計が容器に装荷されており、
前記2本のガラス線量計は、
それぞれ異なる定数で補正することにより、前記γ線に対しては同じ応答をする一方、前記中性子に対しては異なる応答をし、その補正後の応答差が、前記中性子のエネルギー依存線量変換係数の定数倍となるように構成されていることを特徴とする放射線の線量計測装置である。
【0016】
請求項2に記載の発明は、
前記中性子に対して異なる応答差が、前記中性子のエネルギー依存線量変換係数の1倍であることを特徴とする請求項1に記載の放射線の線量計測装置である。
【0017】
請求項3に記載の発明は、
中性子とγ線とが混在する混在場において、γ線の線量を計測する放射線の線量計測装置であって、
異なる応答特性変換材料が取り付けられた第1のガラス線量計および第2のガラス線量計が容器に装荷されており、
前記2本のガラス線量計は、
それぞれ異なる定数で補正することにより、前記中性子に対しては同じ応答をする一方、前記γ線に対しては異なる応答をし、その補正後の応答差が、前記γ線のエネルギー依存線量変換係数の定数倍となるように構成されていることを特徴とする放射線の線量計測装置である。
【0018】
請求項4に記載の発明は、
前記γ線に対して異なる応答差が、前記γ線のエネルギー依存線量変換係数の1倍であることを特徴とする請求項3に記載の放射線の線量計測装置である。
【0019】
請求項5に記載の発明は、
前記応答特性変換材料が、γ線減速材料または中性子吸収材料から選択された1種以上の材料種を用いて、
下記式を満たす幅(高さ)分布tに形成されていることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載の放射線の線量計測装置である。
【0020】
【数1】
【0021】
請求項6に記載の発明は、
中性子とγ線とが混在する混在場において、中性子の線量を計測する放射線の線量計測方法であって、
前記γ線に対する応答倍数aを1、前記中性子に対する応答倍数bを2として、前記γ線に対しては同じ応答をする一方、前記中性子に対してはエネルギー依存線量変換係数の1倍の応答差で異なる応答をするように構成されている第1のガラス線量計および第2のガラス線量計を用いて線量を計測し、
得られた第1のガラス線量計の計測値Dと第2のガラス線量計の計測値Dm,1から、下記式より中性子の線量Dを求めることを特徴とする放射線の線量計測方法である。
【0022】
【数2】
【0023】
請求項7に記載の発明は、
中性子とγ線とが混在する混在場において、γ線の線量を計測する放射線の線量計測方法であって、
前記γ線に対する応答倍数aを2、前記中性子に対する応答倍数bを1として、前記中性子に対しては同じ応答をする一方、前記γ線に対してはエネルギー依存線量変換係数の1倍の応答差で異なる応答をするように構成されている第1のガラス線量計および第2のガラス線量計を用いて線量を計測し、
得られた第1のガラス線量計の計測値Dと第2のガラス線量計の計測値Dm,2から、下記式よりγ線の線量Dγを求めることを特徴とする放射線の線量計測方法である。
【0024】
【数3】
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、応答特性変換材料をより簡便に設計することができ、中性子とγ線とが混在する場において、それぞれの線量を個別に精度高く計測して評価することが可能な放射線の線量計測技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】本発明の一実施の形態における線量測装置の構成を示す模式斜視図である。
図2】応答特性変換材料の作用を説明する模式斜視図である。
図3】本発明の一実施の形態における応答特性変換材料(フィルター)の構成を説明する模式斜視図である。
図4】γ線と中性子の混在場におけるγ線の計測方法の概念を説明する図である。
図5】本発明の一実施の形態における応答特性変換材料の材質および幅(高さ)分布の例を示す図である。
図6図5に示した応答特性変換材料(フィルター)を備える線量計で計測されたエネルギーに対するフラックスあたりの吸収線量率を示す図である。
図7】本発明の一実施の形態における照射角度を説明する線量計の模式斜視図である。
図8図7に基づいて計測された各照射角度における応答と線量変換係数との間のMPEを示す図である。
図9】応答特性変換材料が配置された線量計の他の例を示す模式斜視図である。
図10図9に基づいて計測された各照射角度における応答と線量変換係数との間のMPEを示す図である。
図11図9に示す線量計で計測されたエネルギーに対するフラックスあたりの吸収線量率を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
[1]本発明における基本的な考え方
本発明の具体的な実施の形態について説明するに先立って、本発明における基本的な考え方について説明する。
【0028】
前記したように、BNCTにおける中性子とγ線の混在場において、それぞれの線量を個別に計測することは、混在場であること、中性子が熱~熱外~高速中性子の混在であること、γ線エネルギーが高いことにより、容易ではない。
【0029】
本発明者は、前記した「特開2021-51016号公報」(特許文献4)において、中性子やγ線に対する応答特性が異なる鉛などの応答特性変換材料(以下、「フィルター」ともいう)を複数組み合わせて、その幅(高さ)に適切な分布を持たせることにより、中性子の線量の計測時にはγ線による影響を除去し、一方、γ線の線量の計測時には中性子による影響を除去して、γ線および中性子の線量を、それぞれ分離して計測することが可能であることを示した。
【0030】
即ち、中性子の計測におけるLiなどのドープや、γ線の計測における一点校正に替えて、エネルギー依存線量変換係数を適用することにより、中性子とγ線の双方が、共に幅広いエネルギー分布を有するとしても、そのエネルギースペクトルとエネルギー依存線量変換係数とに基づいて、放射線のエネルギーに依存するガラス線量計の応答(線量値)をγ線ないしは中性子の線量値に一致させることができる。
【0031】
具体的には、中性子とγ線が混在する場において、中性子の線量を計測する場合には、2種類のガラス線量計のγ線応答が同じになるように補正した上で応答差を取る。これによりガンマ線の線量が除去できるが、同時に、さらに両者の応答差が中性子の線量に等しくなるようにし、その差(応答差)を求める。これにより、γ線の線量寄与が除去されて、中性子の線量を高い精度で推定することができる。
【0032】
また、逆に、γ線の線量を計測する場合には、2種類のガラス線量計の中性子応答が同じになるように補正した上で応答差を取る。これにより中性子の線量が除去できるが、同時に、さらに両者の応答差がγ線の線量に等しくなるようにし、その差(応答差)を求める。これにより、中性子の線量寄与が除去されて、γ線の線量を高い精度で推定することができる。
【0033】
しかしながら、前記したように、中性子の線量計測用として、γ線応答が同じで、応答差が中性子の線量に等しくなる2種類の線量計のフィルターを正確に設計することは容易なことではない。また、同様に、γ線の線量計測用として、中性子応答が同じで、応答差がγ線の線量に等しくなる2種類の線量計のフィルターを正確に設計することは容易なことではない。
【0034】
このような状況下、本発明者は、フィルターの構成が異なる2種類のガラス線量計について、γ線および中性子の応答を、個別にガラス線量計のγ線に対する線量変換係数および中性子に対する線量変換係数と等しくするのではなく、2種類の線量計の応答の演算、具体的には、後述する(19式)や(20式)に示すように、これらの線量の任意の合算からその応答差を求めることにより、それぞれの線量を個別に計測することが可能であることを発見し、この考えに基づいて、2種類の線量計のフィルターを正確に設計する方法を見出すことにより、本発明を完成させるに至った。
【0035】
[2]実施の形態
以下、実施の形態に基づいて、図面を参照しつつ、本発明を具体的に説明する。なお、以下では、まず、フィルターの設計方法について説明し、その後、混在場における中性子線量とγ線線量の個別の計測方法について説明する。
【0036】
1.フィルターの設計
γ線と中性子との混在場において、γ線の線量評価値Dγは(1式)、中性子の線量評価値Dは(2式)で与えられる。
【0037】
【数4】
【0038】
そして、図1に示すような、ガラス線量計2をフィルター3で覆って構成された線量計測装置1の場合、γ線の線量Φγの計測値Dγ,m、即ち、γ線の応答は(3式)で、中性子の線量Φの計測値Dn,m、即ち、中性子の応答は(4式)で与えられる。
【0039】
【数5】
【0040】
このとき、図2に示すように、ガラス線量計2Aがフィルター3Aで覆われた線量計測装置1Aでは、Φγ、ΦはΦγA、ΦnAへと変化し、ガラス線量計2Bがフィルター3Bで覆われた線量計測装置1Bでは、Φγ、ΦはΦγB、ΦnBへと変化する。
【0041】
ここで、フィルターは、図3に示すように、それぞれ所定の材料を用いて所定の幅(高さ)に形成されたn個の部分で構成されており、それぞれの部分は厚さが異なっている。各部分の全体の幅(高さ)tに占める割合(高さ分布)をt(i=1~n、Σt=1)とすると、tは下記式のように表すことができる。なお、i(1~n)は、材料と厚さを含めたフィルター材料の種類を示している。
【0042】
【数6】
【0043】
この時、γ線に対するガラス線量計の応答α´および中性子に対するガラス線量計の応答β´は、(5式)および(6式)で与えられる。
【0044】
【数7】
【0045】
なお、上記(5式)および(6式)において、RγおよびRは、下記行列で表すことができる。
【0046】
【数8】
【0047】
上記行列において、それぞれの列要素は、1~nのフィルター材料(Material)のγ線、中性子に対するガラス線量計のエネルギー依存応答である。なお、Rγ、Rの計算にはPHITS(Particle and Heavy Ion Transport code System)3.20を用いる。
【0048】
前記(1式)と(3式)、および(2式)と(4式)から、α=α´、β=β´と、それぞれを一致させた場合、計測値は評価値と同じ値になることが分かる。そこで、これらが一致するように、tを決定してフィルターを設計する。そのためには、下記の(5´式)および(6´式)からなる連立方程式を解かなければならない。
【0049】
【数9】
【0050】
しかしながら、上記連立方程式を同時に満たすような解tを求めることは、通常、非常に難しく、ほぼ不可能に近い。
【0051】
そこで、本発明者は、(5´式)、(6´式)に替わるものとして、下記に示す行列方程式(7式)を用いることに思い至った。即ち、γ線と中性子とを分けるのではなく、同時に考えれば、tを求めることが可能であると考えた。
【0052】
【数10】
【0053】
そして(7式)を解くため、α´およびβ´を、前記したαおよびβに任意の定数a、b(それぞれ、正の整数)を掛けて、(8式)のように置く。
【0054】
【数11】
【0055】
そして、さらに、前記したΣt=1を成立させるための規格化定数ηを考慮すると、上記(7式)は、下記の(8式)として表すことができる。
【0056】
【数12】
【0057】
この(8式)を解くため、まず、Rを(9式)のように表し、さらに、R=fR’とおく。なお、fは対角行列であり、その要素fはRの列iの和である。
【0058】
【数13】
【0059】
これにより、(8式)は、(10式)のように表すことができ、さらに、(11式)とおくことにより、(10式)を最終的に(12式)のように表すことができる。
【0060】
【数14】
【0061】
【数15】
【0062】
【数16】
【0063】
これをベイズ推定法で解くことにより、t>0の解を得ることができる。即ち、各部分の幅(高さ)分布の割合tを一様と仮定し、それを事前確率とした上で、aα及びbαを与えられた条件とし、tを事後確率として、応答関数行列Rを用いて(12式)を解く。
【0064】
次に、前記した規格化定数ηを求める。ここで、t´は、(12式)に基づいて、形式的に下記(13式)のように表すことができる。
【0065】
【数17】
【0066】
そして、tは、(11式)に基づいて、形式的に下記(14式)のように表すことができる。
【0067】
【数18】
【0068】
ここで、(14式)の両辺のΣをとる。このとき、前記したように、Σt=1であるため、(14式)から、下記の(15式)次いで(16式)が導かれ、(16式)を用いて規格化定数ηを算出することができる。
【0069】
【数19】
【0070】
【数20】
【0071】
一方、(3式)~(6式)、および、(8式)のηに基づけば、Dγ,mおよびDn,mは、下記(17式)および(18式)のように表すことができる。
【0072】
【数21】
【0073】
ここで、実際の計測値は、γ線と中性子の双方の寄与を含んだ合計値であるため、この合計値をDとすると、Dは下記の(19式)、(20式)で表される。
【0074】
【数22】
【0075】
(20式)は、任意定数a、bによりDγ、mおよびDn、mの計測値Dに対する寄与を制御できることを示しており、(20式)から、a、bを適切に設定し、製作した2つのフィルターを用いた2本の線量計を用いてDを取得し、それらの線量計のDの差を求めることによりγ線または、中性子の線量を求めることが可能であることが分かる。
【0076】
例えば、線量計の中性子線量の計測値、Dn、mが補正することにより等しくなるように設計したフィルターを備える2本の線量計を用意し、この2本の線量計を用いて線量を計測しその補正後の応答差を求めた場合、図4に示すように、2本の線量計の間ではDn、mが相殺されるため、最終的な差はγ線の応答差を含む数値となり、γ線の線量と比例関係にすることができる。なお、補正については、(16式)により規格化定数ηとして求めることができる。
【0077】
2.フィルター
(1)構成材料
フィルターの構成材料は、フィルターを形成できる材料であれば特に制限されない。
【0078】
(2)形状および構成
フィルターは、ガラス線量計の照射面に接し、照射面の全面を覆うように、ガラス線量計の形状およびサイズに合わせた形状を備えており、高さ方向に区切られた複数個の部分からなる。そして、各部分の材料種の種類または厚さによって各部分それぞれのγ線および中性子に対するエネルギー依存応答が決定される。
【0079】
また、複数個の部分の厚さが等しいことが好ましい。そのためには材料種の種類によって上記エネルギー依存応答が決定されるようにする。これにより線量計の応答に対するγ線および中性子の照射角度の影響を抑制することができる。
【0080】
3.線量計
(1)ガラス線量計
ガラス線量計の形状は、特に限定されないが、通常矩形の平板形状および円柱形状が用いられる。平板形状の場合は、一方の面に照射面が設けられており、フィルターの形状として、平板形状が用いられる。また、円柱形状の場合は、その側面(外周面)に照射面が設けられており、フィルターの形状として円筒形状が用いられる。
【0081】
(2)フィルターの設置
フィルターは、平板形状の場合、複数個の部分は照射面において、tの割合に相当する面積を持つようになっていればよく、例えば、短冊状の部分を並べればよい。一方、円筒形状の場合は、リング状の前記複数個の部分がガラス線量計の長手方向に沿って一体に並列されていればよい。
【0082】
これにより、材料種の配置を照射面に対して任意に設定することができる。そして、例えば、BNCTの場合、照射中、照射角度が特定の方向に変化する。一方、照射面の向きは固定されているため、材料種の配置の仕方によって、照射角度が変化することによる線量計の応答への影響の程度が変わる。これに対して、材料種を適切に配置して照射角度の影響を抑制することにより、より精度が高い計測を行うことができる。
【0083】
具体的には、γ線の場合、円筒形状のガラス線量計では、照射面の長手方向の中心に位置する部分から端に位置する部分に向かって原子番号の大きい順に、かつ、前記中心に対して対称に位置するように配置することが好ましい。即ち、原子番号の大きい材料種は、一般的にγ線減速機能が高い。また、斜め入射時には、実効的に透過する厚さが増す。さらに、ガラス線量計の端の方向から線量計に向かって放射線が照射されたとき、放射線がガラスの上部から入射する可能性がある。これらの効果を調べた結果、前記のような配置となった。なお、平板形状のガラス線量計においても、同様に考えることができる。
【0084】
中性子の場合も同様に、照射面の長手方向の中心に位置する部分から端に位置する部分に向かって実効的な断面積の大きい順に、かつ、前記中心に対して対称に位置するように配置することが好ましい。即ち、断面積の大きい材料種は、一般的に中性子の遮へい能力が高い。また、斜め入射時には、実効的に透過する厚さが増す。さらに、ガラス線量計の端の方向から線量計に向かって放射線が照射されたとき、放射線がガラスの上部から入射する可能性がある。これらの効果を調べた結果、前記のような配置となった。
【0085】
また、中心に対して対称に位置するように配置することにより、長手方向の両端のいずれの端の方向から照射されたときでも応答に対する照射角度の影響を等しくすることができ、この結果、端の方向から照射されたときの応答差を小さくすることができる。
【0086】
また、線量計に、ガラス線量計の照射面以外の面が露出しないよう、カバー4(図7参照)を設置することにより、計測精度をより一層向上させることができる。
【0087】
4.線量計測装置
線量計測装置は、同じガラス線量計を備え、ガラス線量計の照射面上に構成が互いに異なるフィルターが設置された線量計を2本備えている。即ち、各フィルターにおけるγ線に対する応答をγ線のエネルギー依存線量変換係数のa倍、中性子に対する応答を中性子のエネルギー依存線量変換係数のb倍としたとき、中性子計測用には倍数aが互いに等しく、倍数bが異なる2本の線量計が用いられ、一方、γ線計測用には倍数aが異なり、倍数bが互いに等しい2本の線量計が用いられる。また、特殊なケースとして、a=bの場合、1種類のフィルターを製作することにより、中性子とγ線の両方を計測することができる。
【0088】
具体的には、第1線量計に用いるフィルター1をa=1、b=1で設計する。この時の第1線量計の計測値Dは、(19式)のように表され、(20式)から、規格化定数ηを用いて(21式)で与えられる。即ち、一つのフィルターで中性子とγ線の線量の合計値が計測できることになる。
【0089】
【数23】
【0090】
一方、第2線量計に用いるフィルターをa=1、b=2で設計する。この時の第2線量計の計測値Dm,1は、規格化定数ηを用いて(22式)で与えられる。
【0091】
【数24】
【0092】
そして、第1線量計と第2線量計の2本の線量計を組み合わせることにより、(21式)と(22式)から中性子の線量Dは、(23式)を用いて2つの線量計の計測結果から演算により求めることができる。
【0093】
【数25】
【0094】
また、第3線量計に用いるフィルターをa=2、b=1で設計する。この時の第3線量計の計測値Dm2は、規格化定数ηを用いて(24式)で与えられる。
【0095】
【数26】
【0096】
そして、第1線量計と第3線量計の2本の線量計を組み合わせることにより、(20式)と(23式)からγ線の線量Dγは、(25式)を用いて2つの線量計の計測結果から演算により求めることができる。
【0097】
【数27】
【0098】
定数aとbには任意の正の実数を適用することができるが、上記の例のように2本の線量計のb同士の差およびa同士の差を1にした場合、演算をより簡略化できるため好ましい。
【0099】
なお、上記において、「同じガラス線量計」の同じとは、材質、形状、サイズが互いに同じであることをいう。
【実施例0100】
以下のような実験を想定して、計算をした結果を示す。
【0101】
1.想定実験1
本実験においては、図3に示す形状の線量計を、フィルターの構成を変えて、2種類作製し、各線量計の照射面に対して垂直方向から中性子を照射し、応答と線量変換係数との一致の程度を見た。
【0102】
具体的には、図5に示す材料および幅(高さ)分布で構成された3種類のフィルターが配置された線量計、即ち、W、Ni、Cの3種類の部分で構成された厚さ1.0mmのフィルターが設けられた第1の線量計、W、Ni、Nb、HDPE、Fe、Cの6種類の部分で構成された厚さ1.3mmのフィルターが設けられた第2の線量計、W、POM、Niの3種類の部分で構成された厚さ1.6mmのフィルターが設けられた第3の線量計を作製し、γ線を照射し、エネルギーに対するフラックスあたりの吸収線量率を求め、応答について評価した。なお、図5において、縦軸はフィルターの幅(高さ)(mm)である。
【0103】
結果を図6に示す。なお、図6において、横軸は放射線のエネルギー(MeV)、縦軸はフラックスあたりの吸収線量率(μGy/h/(cm-2sec-1))であり、比較のために、エアカーマ(Kair)を併せて記載している。
【0104】
図6より、3種類の線量計における応答は、いずれも、Kairとよく一致していることが分かる。そして、具体的に、3種類の線量計における応答とKairと間のMAPE(Mean Absolute percentage Error:平均絶対パーセント誤差)を下式に基づいて算出したところ、順に、6.6%、8.1%、5.0%となり、応答と線量変換係数とがよく一致していることが確認できた。
【0105】
【数28】
【0106】
2.想定実験2
本実験においては、照射角度の影響について評価した。
【0107】
具体的には、実験1における第1の線量計を用いて、図7に示すように配置し、線量計の照射面の長手方向の中心から5cmの距離に設置した照射源から、照射角度θを-60°から60°まで変化させてγ線を照射した。なお、図7では、線量計の中心から水平方向の5cmの距離に位置する点を原点、原点と中心を結ぶ方向をy軸、原点を通る直立方向をz軸としている。そして、照射角度は、線源がy軸の上側に位置している場合を+、下側に位置している場合を-としている。
【0108】
そして、各照射角度における応答と線量変換係数との間のMPE(Mean percentage Error:平均パーセント誤差)を下式に基づいて算出した。
【0109】
【数29】
【0110】
結果を、図8に示す。なお、図8において、横軸は照射角度(度)、縦軸は平均パーセント誤差(%)である。図8より、照射角度が大きいほど、平均パーセント誤差(MPE)が大きくなることが分かり、線量計測の精度を高めるためには、照射角度の影響をできるだけ低減させる必要があることが確認できた。
【0111】
そこで、次に、照射角度の影響の低減について検討を行った。
【0112】
具体的には、照射角度が大きい場合であっても、平均パーセント誤差(MPE)を小さくするには、図8では、プラスの角度では、Wがあるため数値が0°に比べて減少し、マイナスの角度では、炭素があるために増大している。詳しい解析により、図9に示すように、中心から外側に向けて、W、Ni、Cとフィルターの材質が原子番号の降順となるように配置すればよいことが分かった。
【0113】
そして、照射角度の影響は、線量計の上部、および下部がフィルターに覆われていないことも原因していると考え、さらに、図9に示すように、上部カバーおよび下部カバーを設けて線量を調整した場合の影響について調べた。
【0114】
結果を、図10に示す。なお、図10では、図8と同様に、照射角度(度)と平均パーセント誤差(%)との関係で示している。図10より、フィルターの材質が原子番号の降順となるように配置し、カバー材を設けることにより、照射角度が大きくなっても平均パーセント誤差の変化が小さくなり、特に、カバー材としてCを用いた場合には、照射角度45°以内であれば、平均パーセント誤差が3%以内に収まっていることが分かる。
【0115】
そして、この結果に基づいて、図9に示す線量計(Cのカバーおよび厚さ1.0mmのフィルターが設けられている)に0°の照射角度で、中性子を照射した場合、図11に示すように、応答がKairとよく一致していることが分かる(別途求めたMAPEは、6.59%)。
【0116】
以上、本発明を実施の形態に基づいて説明したが、本発明は、上記の実施の形態に限定されるものではない。なお、本発明と同一および均等の範囲内において、上記の実施の形態に対して種々の変更を加えることが可能である。
【符号の説明】
【0117】
1、1A、1B 線量計測装置
2、2A、2B ガラス線量計
3、3A、3B フィルター
4 カバー
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11