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特開2024-69733心不全およびその併発疾患の治療法、治療剤および診断法。
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024069733
(43)【公開日】2024-05-22
(54)【発明の名称】心不全およびその併発疾患の治療法、治療剤および診断法。
(51)【国際特許分類】
   A61K 38/19 20060101AFI20240515BHJP
   A61P 9/04 20060101ALI20240515BHJP
   C07K 14/495 20060101ALN20240515BHJP
【FI】
A61K38/19
A61P9/04 ZNA
C07K14/495
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021044452
(22)【出願日】2021-03-18
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TRITON
2.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(71)【出願人】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人千葉大学
(74)【代理人】
【識別番号】100137512
【弁理士】
【氏名又は名称】奥原 康司
(72)【発明者】
【氏名】藤生 克仁
(72)【発明者】
【氏名】中山 幸輝
(72)【発明者】
【氏名】小室 一成
(72)【発明者】
【氏名】眞鍋 一郎
【テーマコード(参考)】
4C084
4H045
【Fターム(参考)】
4C084AA01
4C084AA02
4C084BA01
4C084BA08
4C084BA22
4C084BA23
4C084BA44
4C084DA01
4C084DB61
4C084NA14
4C084ZA361
4C084ZA362
4C084ZA371
4C084ZA372
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA10
4H045CA42
4H045DA01
4H045EA20
4H045EA23
4H045FA74
(57)【要約】
【課題】本発明は、心不全および併発疾患の治療方法、治療剤および診断方法(診断の補助的方法)の提供を目的とする。
【解決手段】本発明は、心不全および心不全の併発疾患の治療薬または治療用組成物であって、活性型TGF-β1または全長TGF-β1を含有する、前記治療薬または治療用組成物、または、心不全および心不全の併発疾患の治療薬または治療用組成物であって、心不全の影響を受けていない造血幹細胞を有効成分として含む、前記治療薬または治療用組成物である。さらに、本発明は、心不全の重症化の可能性を判断するための補助的方法であって、被験者由来の造血幹細胞におけるエピジェネティックな変化の有無を指標とする、前記補助的方法である。
【選択図】なし


【特許請求の範囲】
【請求項1】
心不全および心不全の併発疾患の治療薬または治療用組成物であって、
活性型TGF-β1または全長TGF-β1を含有する、前記治療薬または治療用組成物。
【請求項2】
心不全および心不全の併発疾患の治療薬または治療用組成物であって、
心不全の影響を受けていない造血幹細胞を有効成分として含む、前記治療薬または治療用組成物。
【請求項3】
前記心不全の影響をうけていない造血幹細胞において、TGF-β1シグナルの下流の分子が結合する遺伝子領域のクロマチンが閉鎖していないことを特徴とする、請求項2に記載の治療薬または治療用組成物。
【請求項4】
治療対象である心不全が初発の心不全である、請求項1ないし3のいずれかに記載の治療薬または治療用組成物。
【請求項5】
治療対象である心不全が再発した心不全である、請求項1ないし3のいずれかに記載の治療薬または治療用組成物。
【請求項6】
前記併発疾患が、腎不全および/または骨格筋再生不全であることを特徴とする、請求項1ないし5のいずれかに記載の治療薬または治療用組成物。
【請求項7】
心不全の重症化の可能性を判断するための補助的方法であって、
被験者由来の造血幹細胞におけるエピジェネティックな変化の有無を指標とする、前記補助的方法。
【請求項8】
前記エピジェネティックな変化が、TGF-β1シグナルの下流の分子が結合する遺伝子領域のクロマチンの閉鎖である、請求項7に記載の補助的方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、心不全およびその併発疾患の治療法、治療剤および診断法に関する。
【背景技術】
【0002】
心不全は、現在の高齢化社会において、増加している疾患の1つである。従来の心不全症例の治療法は、内服治療が中心であるが、心不全で入院後、軽快退院しても半年で30%程度の再入院が生じる。さらに、心不全は一度心不全を生じると再発を繰り返すという特徴を持っており、再入院した際には、心臓の状態が前回入院より悪化しており、再発の繰り返しにより、最終的に死に至る。
【0003】
また、心不全の再発によって、腎不全、骨格筋再生不全(フレイル)などの併発疾患を発症し、このような病態も心不全の生命予後を悪化させる要因となっている。しかしながら、心不全の再発や併発疾患のメカニズムには不明な点が多く、有効な治療法や治療剤の開発が当該分野における重要な課題となっている。
【0004】
従来、心臓の機能は心筋細胞の働きによってのみ規定されているのではないかと考えられていたが、心臓内に1%程度存在する心臓マクロファージによっても強く規定されていることが報告された(非特許文献1)。また、ある種の心臓マクロファージは、自ら分泌するIL-10を介して、拡張機能障害の進行を促進することが報告されている(非特許文献2)。以上のように、心不全など心臓の機能障害には、心臓マクロファージが重要な役割を果たしていることが明らかになってきたが、心不全の再発および併発疾患の発症と、心臓マクロファージとの関連性については、不明な点が多い。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Fujiuら, Nat Med 24, 1234-1245, doi:10.1038/s41591-018-0059-x, 2017.
【非特許文献2】Hulsmansら, J. Exp. Med. 215, 423-440, https://doi.org/10.1084/Jem.20171274, 2018.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記事情に鑑み、本発明は、心不全および併発疾患の治療方法、治療剤および診断方法の補助的方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
発明者らは、心臓機能が心臓マクロファージによって規定されているということに鑑み、マクロファージの起源である造血幹細胞に着目し、鋭意研究を行った結果、心不全の再発および共存疾患の発症における造血幹細胞の重要な役割を明らかにした。
発明者らは、心不全モデルマウスから採取した骨髄を、心不全を発症していないマウスに移植したところ、心機能障害および心臓線維化が引き起こされることを明らかにした。また、同様の骨髄移植により、腎臓の損傷が悪化し、骨格筋の再生が阻害されること見出した。さらに、発明者らは、心不全を経験したマウス由来の造血幹細胞ニッチにおいて、活性型トランスフォーミング増殖因子β1(transforming growth factor β1:TGF-β1)が、著しく減少していること、その結果、造血幹細胞のエピジェネティック変化が惹起されること、網羅的エピジェネティック解析により、心不全を経験したマウス由来の造血幹細胞の一部の細胞では、TGF-β1のシグナル伝達における下流分子が結合するクロマチン領域が顕著に閉じていることを明らかにした。
【0008】
さらに、発明者らは、TGF-β1のシグナル低下によってエピジェネティック変化が生じた造血幹細胞から分裂および分化した、単球およびマクロファージは、心臓保護的な成熟したマクロファージに分化出来ず、その結果心機能が低下することを見出した。発明者らは、当該知見を踏まえて心不全モデルマウスにTGF-β1を投与したところ、当該エピジェネティック変化が生じた造血幹細胞の増殖を抑制できることを見出した。
以上の結果から、心不全の影響を受けていない造血幹細胞の投与、活性型TGF-β1の投与が、心不全、特に再発した心不全および併発疾患の治療に有効であることが示唆された。また、心不全を経験した造血幹細胞のエピジェネティックな変化を指標にして、心不全の中でも、再発心不全などように重症化のリスクのある症例の診断が可能であることを見出した。
【0009】
すなわち、本発明は以下の(1)~(8)である。
(1)心不全および心不全の併発疾患の治療薬または治療用組成物であって、活性型TGF-β1または全長TGF-β1を含有する、前記治療薬または治療用組成物。
(2)心不全および心不全の併発疾患の治療薬または治療用組成物であって、心不全の影響を受けていない造血幹細胞を有効成分として含む、前記治療薬または治療用組成物。
(3)前記心不全の影響をうけていない造血幹細胞において、TGF-β1シグナルの下流の分子が結合する遺伝子領域のクロマチンが閉鎖していないことを特徴とする、上記(2)に記載の治療薬または治療用組成物。
(4)治療対象である心不全が初発の心不全である、上記(1)ないし(3)のいずれかに記載の治療薬または治療用組成物。
(5)治療対象である心不全が再発した心不全である、上記(1)ないし(3)のいずれかに記載の治療薬または治療用組成物。
(6)前記併発疾患が、腎不全および/または骨格筋再生不全であることを特徴とする、上記(1)ないし(5)のいずれかに記載の治療薬または治療用組成物。
(7)心不全の重症化の可能性を判断するための補助的方法であって、被験者由来の造血幹細胞におけるエピジェネティックな変化の有無を指標とする、前記補助的方法。
(8)前記エピジェネティックな変化が、TGF-β1シグナルの下流の分子が結合する遺伝子領域のクロマチンの閉鎖である、上記(7)に記載の補助的方法。
なお、本明細書において「~」の符号は、その左右の値を含む数値範囲を示す。
【発明の効果】
【0010】
本発明にかかる治療剤は、心不全(初発の心不全および再発心不全)およびこれに伴う併発疾患を効果的に治療することが可能である。
【0011】
さらに本発明にかかる診断の補助的方法によれば、心不全の重症化の可能性の判断および併発疾患の発症の可能性の判断のためのデータ等を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】心不全を経験したマウス由来の骨髄移植によって生じる、心臓機能への影響を検討した結果。a:コントロールまたはTAC(大動脈縮窄術)後マウスから、若いマウスへの骨髄移植を行った。移植後、レシピエントマウスに対し、心エコーによる左室駆出率の評価および免疫組織学的な解析による線維化領域の評価を行った。各グループ n=6。*P<0.05、**P<0.01、two-tailed unpaired Student’s t-test。control:コントロール、pTAC:TAC処置後、BMT:骨髄移植(他の図においても同じ)。b:コントロールマウスとTAC後4週目のマウスからHSC(造血幹細胞)を移植する、競合的HSC移植の手順を示す。レシピエントへの移植から8週間後にフローサイトメトリー解析を行った。c:レシピエントマウスの末梢血のCd45+細胞(左)と心臓マクロファージ(右)をフローサイトメトリーで解析した結果を示す。 n=6。 *P<0.05、one-way ANOVA。d:コントロールの骨髄細胞または心不全を経験した骨髄細胞に由来する、Ly-6Cloマクロファージのトランスクリプトームを比較するための Gene set enrichment analysis(GSEA)の結果。遺伝子セットは、循環血液中の単球と心臓マクロファージ間で、各RNAシークエンスデータにおいて発現差のある遺伝子からなる。左:単球で発現が上昇している遺伝子、右:心臓マクロファージで発現が上昇している遺伝子。両遺伝子セットの構成要素は、図11および図12に、各々示す。NES:normalized enrichment score。e:コントロールマウスおよびTAC後のマウス由来の造血幹細胞のRNAシークエンスデータの主成分分析(Principal component analysis :PCA)結果を示す。
図2】心不全を経験したマウス由来の骨髄移植が心臓以外の器官の機能に与える影響を検討した結果。a:コントロールマウスまたはTAC後マウスの骨髄を移植したレシピエントマウスを片側尿管結紮(unilateral ureteral obstruction:UUO)処置し、7日後の腎臓に関する、腎臓尿細管傷害スコア(左)と線維化面積を示す。n=6。*P<0.05、two-tailed unpaired Student’s t-test。b:コントロールマウスまたはTAC後マウスの骨髄を移植したレシピエントマウスをUUO処置し、3日後の腎臓内におけるドナー由来マクロファージの数をカウントした結果を示す。n=6。*P<0.05、two-tailed unpaired Student’s t-test。c:図1bに示す競合的移植(コントロールマウスとTAC後マウスの骨髄を同時に移植すること)後のレシピエントマウスにおける、TAC後マウスの骨髄およびコントロールマウスの骨髄に由来する、血液中Cd45+細胞、心臓マクロファージおよび腎臓マクロファージの量を比較した結果を示す。データはTAC後マウスの骨髄に由来する細胞の割合を示している。n=6. *P<0.05, ns not significant, one-way ANOVA。Neutro:好中球、mac:マクロファージ。d:カルディオトキシン投与後28日における、前脛骨筋の中心核筋原繊維(centrally nucleated myofiber:CSA)の平均断面積を示す。n=4~5。*P<0.05、two-tailed unpaired Student’s t-test。e:カルディオトキシン投与後28日における、再生した筋原繊維の中心核筋原繊維の断面積の分布を示す。n=4~5。*P<0.05、two-tailed unpaired Student’s t-test。
図3】組織マクロファージとなる細胞の運命を決定付ける要因の検討。a: DNAバーコードを使用して、造血幹細胞が組織マクロファージへ分化する過程を追跡するための手順を示す。レンチウイルスによりバーコード配列(1×106bp)を導入した造血幹細胞(CD45.1マウス由来)を、レシピエントマウス(CD45.2マウス)に移植し、血中単球内のバーコード配列および組織マクロファージ内のバーコード配列をシークエンスした。b:定常状態のマウス由来の読み出されたバーコードの階層クラスタリングを示す。c:図に示した各細胞系列(TおよびB細胞、好中球、単球、腎臓Ly-6Chi/Ly-6Cloマクロファージ、心臓Ly-6Cloマクロファージ(CCR2hi 、CCR2lo))間のバーコードレパトアのPearsonの相関係数を示す。3個体のレシピエントマウスについて解析を行った。T:T細胞、B:B細胞、N:好中球、M:単球。
図4】TGF-βシグナルの阻害による造血幹細胞のエピジェネティック変化。a:コントロールマウスとTACから4週間後のマウスから選別した造血幹細胞のATAC-seqの主成分分析結果を示す。b:コントロールHSCよりもTAC後HSCにおいて、弱いピークを示す領域のモチーフ分析の結果を示す。c:TAC後のHSCで減少したピーク領域に最も近い遺伝子について、上位にランキングされた遺伝子オントロジーを示す。d:コントロールマウスのHSCおよびTACから4週間後のHSC間の単一細胞RNAシークエンス混合データのUMAP(Uniform Manifold Approximation and Projection)を示す。全てのプロットを11のクラスターに分類した。e:コントロールHSCとTAC後HSCのトランスクリプトームを比較した遺伝子オントロジー解析の結果を示す。左図:各クラスターにおけるTGF-βシグナル濃縮のバイオリンプロット。各バイオリンプロットにおいて、オレンジ(左側)がコントロールHSC、グリーン(右側)がTAC後HSC。右図:コントロールHSCとTAC後HSC間のSMAD2/3核内パスウェイのGSEA解析結果を示す。f:コントロールの骨髄およびTACから1、2、3および4週間後の骨髄の抽出液中に存在する活性型TGF-β1濃度をELISAで測定した結果を示す。タンパク質濃度は総タンパク質の量に対して標準化した。n=6~8。*P<0.05、ns:有意差無し、one-way ANOVA。g:hの実験手順を示す。マウスをビークルまたはLY36947で処理し、2週間度にその骨髄をレシピエントマウスに移植した。移植から6週間簿にTAC処理を行った。h:ビークルまたはLY36947で処理した骨髄を移植したレシピエントマウスの左室駆出率をTACから2週間後に測定した結果を示す。n=6。**P<0.01、two-tailed unpaired Student’s t-test。i:心不全によって誘導される造血幹細胞のエピジェネティック変化と再発および共存疾患に及ぼす影響について説明した図である。
図5】コントロールマウスまたは心不全を経験したマウスの造血幹細胞から誘導された心臓マクロファージの表現型の解析。図1bに示すレシピエントマウス由来のCd11b+Cd64+Ly6clo心臓マクロファージのフローサイトメトリー解析の結果を示す。コントロールマウスおよびTAC後4週間のマウス由来の造血幹細胞を同時にレシピエントマウスに移植した。n=6。ns:有意差無し、*P<0.05、two-way ANOVA。
図6】コントロールマウスまたは心不全を経験したマウスから骨髄移植を行ったレシピエントマウスの心臓マクロファージの表現型の解析。図1bに示す手順で骨髄移植を行った。n=12。その後、TACを行わなかったコントロールマウスおよびTACから4週間後のマウス、各々のマウスについて行ったフローサイトメトリー解析を示す(各々n=6、n=6)。a:レシピエントマウスの末梢血中の血液細胞(上)と心臓マクロファージ(下)に関するフローサイトメトリー解析結果を示す。 n=6。 *P<0.05、one-way ANOVA。mono:単球、mac:マクロファージ。b:図5のLy6clo心臓マクロファージについてのフローサイトメトリー解析結果を示す。各々n=6。 *P<0.05、**P<0.01, two-tailed unpaired Student’s t-test。c:図1bに示されるコントロールマウスに関する代表的なフローサイトメトリー解析方法。
図7】組織マクロファージとなる細胞の運命を決定付ける要因の検討。図に示した各細胞系列(TおよびB細胞、好中球、単球、腎臓Ly-6Chi/Ly-6Cloマクロファージ、心臓Ly-6Cloマクロファージ(CCR2hi 、CCR2lo))間のバーコードレパトアのPearsonの相関係数を示す。3個体のレシピエントマウスについて解析を行った。図3cのレシピエントマウスとは別のマウスを用いた解析結果である。
図8】心不全を経験した造血幹細胞の増殖能についての検討。TACから1週間後、2週間後および4週間後において、EdU(5-ethynyl-2’-deoxyuridine)陽性細胞の割合を調べた結果を示す。各々n=4~6。*P<0.05 、one-way ANOVA。
図9】TGF-β1受容体阻害剤で処理した造血幹細胞における白血球の分析。図4gと同様に、ビークルまたはTGF-β1受容体阻害剤(LY364947)で処理したドナーの骨髄をレシピエントに移植した。骨髄移植後のドナーマウス(a)およびレシピエントマウス(b)における、白血球数と各種細胞系列の割合を示す。
図10】造血幹細胞内のTGF-β1シグナル伝達の阻害による、組織マクロファージの再構成への影響。骨髄移植から6週間後における、各細胞系列の再構成割合を示す。ドナーCd45.1マウスをビークルまたはLY364947で2週間前処理した(右図)。ビークルまたはLY364947で前処理したマウスの骨髄細胞を処理していないCd45.2骨髄細胞と混合し、レシピエントマウスに移植した。n=6。*P<0.05、two-tailed unpaired Student’s t-test。BMC:骨髄細胞(bone marrow cell)。
図11図1dのGSEAで使用した、単球で発現が上昇している遺伝子セット。
図12図1dのGSEAで使用した、心臓マクロファージで発現が上昇している遺伝子セット。
図13】全長TGF-β1が骨髄内で活性型TGF-β1となることの確認。組換体ヒト全長TGF-β1を連日、腹腔内投与した後、1週間後に骨髄内の活性型TGF-β1の量を測定した。
図14】心不全を経験した造血幹細胞の増殖能に対するTGF-β1の影響の検討。TAC直後にTGF-β1またはPBS(コントロール)を毎日投与し、7日後(1週間後)において、EdU(5-ethynyl-2’-deoxyuridine)陽性細胞の割合を調べた結果を示す。*P<0.05 、one-way ANOVA後にTukey testを行った。
【発明を実施するための形態】
【0013】
第1の実施形態は、心不全および心不全の併発疾患の治療薬または治療用組成物であって、活性型TGF-β1または全長TGF-β1を含有する、前記治療薬または治療用組成物である。
本実施形態において、「心不全」とは、心筋梗塞や心臓弁膜症、心筋炎などの心臓の種々の疾患が原因となって引き起こされる病態のことである。一般に、心不全になると、心臓のポンプ機能が正常に働かなくなり、全身の血液の循環が滞ってしまう。本実施形態における心不全には、初発の心不全(初発時の心不全)の他、再発した心不全(再発性の心不全)も含まれる。また、心不全の併発疾患または病態としては、例えば、腎不全、筋肉量の低下、るい痩などを挙げることができる。
【0014】
本実施形態において、「TGF-β」とはトランスフォーミング増殖因子(Transforming Growth Factor-β:TGF-β)のことで、哺乳動物では、3つのアイソフォーム(TGF-β1、-β2および-β3)が存在している。TGF-βは、当初線維芽細胞の形質転換を促進する因子として同定されたが、その後の研究により、細胞増殖の抑制、細胞の分化誘導、アポトーシスの誘導などに関与していることが報告されている。TGF-βは、まず、LAP(Latency associated protein)と称されるプレペプチド部分と活性型TGF-βとの複合体(全長TGF-β)(約100 kDポリペプチドの2量体)(潜在型TGF-β)として産生され、何らかの刺激により、潜在型TGF-β複合体から活性型TGF-β(約25 kDポリペプチドの2量体)が放出される。この活性型TGF-βは、TGF-β受容体と結合することが可能で、様々な生理活性を誘導する。
【0015】
活性型TGF-β1は、全長TGF-β1のC末端側の112個のアミノ酸からなる部分がダイマーを作って活性を持ったものである。活性型TGF-β1は2種類のセリン/スレオニンキナーゼ型のTGF-β受容体に結合し、Smadのリン酸化を介して、細胞内にシグナルを伝達する。TGF-β1は生体の恒常性を維持する重要なサイトカインの一つで、その異常が様々な病気の進展、生命維持に関与する重要な因子である。ヒトの全長TGF-β1および活性型TGF-β1のアミノ酸配列を、各々、配列番号4および配列番号5に示す。
本実施形態の治療薬および治療用組成物は、活性型TGF-β1のみならず、全長TGF-β1を含んでもよい。最終的に機能するのは活性型TGF-β1であるが、全長TGFβ1は体内において、活性型TGF-β1となって効果を発揮することが確認されている(実施例を参照のこと)。
本実施形態において、「全長TGF-β1」および「活性型TGF-β1」には、各々、「全長TGF-β1」および「活性型TGF-β1」と実質的に同一のタンパク質も含まれる。「全長TGF-β1」および「活性型TGF-β1」と実質的に同一のタンパク質とは、具体的には、ヒト由来の「全長TGF-β1」および「活性型TGF-β1」の場合、各々、配列番号4および配列番号5に示すアミノ酸配列と80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ、各々、配列番号4および配列番号5からなるタンパク質と同一の活性を有するタンパク質、または、心不全を経験した造血幹細胞もしくはTGF-β1のシグナルの減少によってエピジェネティック変化(第4の実施形態における記載を参照のこと)が生じた造血幹細胞の増殖を抑制する活性を有するタンパク質のことである。ここで、「80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列」は、80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列であれば、何%であってもよいが、たとえば、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上または99%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列がより好ましい。
さらに、本実施形態における「全長TGF-β1」および「活性型TGF-β1」には、ヒト以外の動物由来の「全長TGF-β1」および「活性型TGF-β1」も含まれる。
【0016】
発明者らは、上述の通り、心不全を経験したマウス由来の骨髄(造血幹細胞を含む)を、心不全を発症していないマウス(健常マウス)に移植したところ、心機能障害および心臓線維化など心不全の症状が引き起こされること、腎臓の損傷が悪化し、骨格筋の再生が阻害されること見出した。さらに、本発明者らは、心不全を経験したマウス由来の造血幹細胞ニッチにおいて、活性型TGF-β1が、著しく減少していること、その結果、造血幹細胞のエピジェネティック変化が惹起され、心不全を経験したマウス由来の造血幹細胞の一部の細胞では、TGF-β1のシグナル伝達における下流分子が結合するクロマチン領域が顕著に閉じていることを明らかにした。さらにまた、発明者らは、TGF-β1のシグナルが低下しエピジェネティックな変化が生じた造血幹細胞から分裂、分化して心臓に達した単球およびマクロファージは、心臓保護的な成熟したマクロファージに分化出来ないことが心機能を低下させていることを1細胞シーケンスとRNA velocity解析で明らかにした。このことから、活性型TGF-β1が、心不全または再発心不全、および心不全の併発疾患の改善に有効であることが示唆された。
【0017】
第2の実施形態は、心不全および心不全の併発疾患の治療薬または治療用組成物であって、心不全の影響を受けていない造血幹細胞を有効成分として含む、前記治療薬または治療用組成物である。
ここで「心不全の影響を受けていない造血幹細胞」とは、心不全を発症した経験のない健常者由来の造血幹細胞のことである。また、「心不全の影響を受けていない造血幹細胞」として、特定のクロマチン領域、例えば、Smad転写因子群、GATA3、GATA5、ERG、RUNX2、KLF9などのTGF-β1シグナルの下流で機能する転写因子が結合するクロマチン領域が閉じているとの特徴を有する造血幹細胞を挙げることもでき、特に好ましくは、TGF-β1シグナルの下流分子であるSmad転写因子群が結合するクロマチン領域が閉じている造血幹細胞である。また、本実施形態の「造血幹細胞」は、例えば、ヒトの場合は、CD34陽性およびCD45弱陽性である細胞が好ましい。
本実施形態の「心不全の影響を受けていない造血幹細胞」としては、生体由来の細胞、生体由来の細胞を増殖させた細胞、または多能性幹細胞(ES細胞、iPS細胞など)から誘導したものであってもよい。
【0018】
本発明の実施形態にかかる治療薬は、有効成分(例えば、活性型TGF-β1、全長TGF-β1および心不全を経験していない造血幹細胞)自体を投与してもよいが、一般的には、有効成分である1または複数の物質の他、1または2以上の製剤用添加物を含む治療組成物の形態で投与することが望ましい。また、本発明の治療薬等(治療薬および治療用組成物)には、心不全または心不全の併発疾患に対して治療効果が認められている既知の成分が配合されていてもよい。
【0019】
本発明の実施形態にかかる治療薬等の剤形としては、特に限定はしないが、注射剤、点滴剤などの液体製剤が挙げられる。液体製剤にあっては、用時、水または他の適当な溶媒に溶解または懸濁するものであってもよい。液体製剤を注射剤または点滴剤として使用する場合には、有効成分を水に溶解させて調製されるが、必要に応じて生理食塩水あるいはブドウ糖溶液に溶解させてもよく、また、緩衝剤や保存剤を添加してもよい。
【0020】
本発明の実施形態にかかる治療薬等の製造に用いられる製剤用添加物の種類、有効成分に対する製剤用添加物の割合、あるいは、治療薬等の製造方法は、その形態に応じて当業者が適宜選択することが可能である。製剤用添加物としては無機または有機物質、あるいは、固体または液体の物質を用いることができ、一般的には、有効成分重量に対して1重量%から90重量%の間で配合することができる。具体的には、製剤用添加物の例として乳糖、ブドウ糖、マンニット、デキストリン、シクロデキストリン、デンプン、蔗糖、メタケイ酸アルミン酸マグネシウム、合成ケイ酸アルミニウム、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ヒドロキシプロピルデンプン、カルボキシメチルセルロースカルシウム、イオン交換樹脂、メチルセルロース、ゼラチン、アラビアゴム、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸マグネシウム、タルク、トラガント、ベントナイト、ビーガム、酸化チタン、ソルビタン脂肪酸エステル、ラウリル硫酸ナトリウム、グリセリン、脂肪酸グリセリンエステル、精製ラノリン、グリセロゼラチン、ポリソルベート、マクロゴール、植物油、ロウ、流動パラフィン、白色ワセリン、フルオロカーボン、非イオン性界面活性剤、プロピレングルコール、水等が挙げられる。
【0021】
注射剤を製造するには、有効成分を必要に応じて塩酸、水酸化ナトリウム、乳糖、乳酸、ナトリウム、リン酸一水素ナトリウム、リン酸二水素ナトリウムなどのpH調整剤、塩化ナトリウム、ブドウ糖などの等張化剤と共に注射用蒸留水に溶解し、無菌濾過してアンプルに充填するか、さらにマンニトール、デキストリン、シクロデキストリン、ゼラチンなどを加えて真空凍結乾燥し、用時溶解型の注射剤としてもよい。また、有効成分にレチシン、ポリソルベート80、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油などを加えて水中で乳化せしめ注射剤用乳剤とすることもできる。
【0022】
本発明の実施形態にかかる治療薬等の投与量および投与回数および投与方法は特に限定されず、治療対象疾患の悪化・進展の防止および/または治療の目的、疾患の種類、患者の体重や年齢などの条件に応じて、医師の判断により適宜選択することが可能である。
一般的には、注射剤として用いる場合には、成人に対して一日量0.001~1000mg(有効成分重量)を連続投与または間欠投与することが望ましい。
【0023】
本発明の実施形態にかかる治療薬等は、埋込錠およびマイクロカプセルに封入された送達システムなどの徐放性製剤として、体内から即時に除去されることを防ぎ得る担体を用いて調製してもよい。そのような担体として、エチレンビニル酢酸塩、ポリ酸無水物、ポリグリコール酸、コラーゲン、ポリオルトエステルおよびポリ乳酸などの生物分解性、生物適合性ポリマーを用いることができる。このような材料は、当業者によって容易に調製することができる。また、リポソームの懸濁液も薬学上許容される担体として使用することができる。リポソームは、限定はしないが、ホスファチジルコリン、コレステロールおよびPEG誘導ホスファチジルエタノール(PEG-PE)を含む脂質組成物として、使用に適するサイズになるように、適当なポアサイズのフィルターを通して調製され、逆相蒸発法によって精製することができる。
【0024】
本発明の実施形態にかかる治療薬等は、投与方法等の説明書と共にキットの形態で提供してもよい。キット中に含まれる薬剤は、当該治療薬等の構成成分の活性を長期間有効に持続し、容器内側に吸着することなく、また、構成成分を変質することのない材質で製造された容器により供給される。例えば、封着されたガラスアンプルは、窒素ガスのような中性で不反応性を示すガスの存在下で封入されたバッファーなどを含んでもよい。
また、キットには使用説明書が添付されてもよい。当該キットの使用説明は、紙などに印刷されたものであっても、CD-ROM、DVD-ROMなどの電磁的に読み取り可能な媒体に保存されて使用者に供給されてもよい。
【0025】
第3の実施形態は、本発明の実施形態にかかる治療薬等を患者に投与することを含む、心不全および/または心不全の併発疾患の治療方法である。
ここで「治療」とは、心不全(再発心不全を含む)、心不全の併発疾患(例えば、腎不全、骨格筋再生不全など)を発症したほ乳動物において引き起こされる病態の進行および悪化を阻止または緩和することを意味する。治療の対象となる「ほ乳動物」は、ほ乳類に分類される任意の動物を意味し、特に限定はしないが、例えば、ヒトの他、イヌ、ネコ、ウサギ、フェレット、マウス、ハムスターなどのペット動物、ウシ、ブタ、ヒツジ、ウマなどの家畜動物などのことである。特に好ましい「ほ乳動物」は、ヒトである。
【0026】
第4の実施形態は、心不全の重症化の可能性を判断するための補助的方法であって、被験者由来の造血幹細胞におけるエピジェネティックな変化の有無を指標とする、前記補助的方法である。
本実施形態における「エピジェネティックな変化」とは、細胞核内のクロマチン構造の変化を指し、特に、転写因子が結合する染色体DNA領域のクロマチン構造が開くまたは閉じる変化のことである。染色体DNA領域のクロマチン構造が開くとは、当該DNA領域に転写因子などのタンパク因子が接近し結合可能な状態になることで、染色体DNA領域のクロマチン構造が閉じるとは、逆に当該DNA領域に転写因子などのタンパク因子が結合できなくなる状態のことである。
【0027】
本実施形態における「エピジェネティックな変化」は、被験対象由来の造血幹細胞のクロマチン構造において、閉じた構造と開いた構造の分布状態が、健常者由来の造血幹細胞(すなわち、心不全を経験していない造血幹細胞)の分布状態と比較して、有意に異なる分布状態になることである。ここで、「エピジェネティックな変化」として、例えば、TGF-β1シグナルの下流で機能する転写因子、特に限定はしないが、Smad3、GATA3、GATA5、ERG、RUNX2、KLF9などが結合するクロマチン領域が閉鎖している(閉じている)ことが挙げられ、特に、TGF-β1シグナルの下流分子であるSmad3が結合するクロマチン領域が閉鎖している(閉じている)ことが挙げられる。
より具体的には、本実施形態は、例えば、被験者由来の造血幹細胞のSmad3が結合するクロマチン領域が、健常者由来の造血幹細胞のクロマチンと比較して、有意に閉鎖しているときに、当該被験者の心不全は重症化する可能性がある判断するための補助的な方法である。
【0028】
クロマチン構造が閉じているのか、または開いているのかを選択的に検出する方法として、ATAC(Assay for Transposase-Accessible Chromatin)-seq法、scATACseq (single cell ATAC-seq)法などが挙げられる。
【0029】
本明細書が英語に翻訳されて、単数形の「a」、「an」、および「the」の単語が含まれる場合、文脈から明らかにそうでないことが示されていない限り、単数のみならず複数のものも含むものとする。
以下に実施例を示してさらに本発明の説明を行うが、本実施例は、あくまでも本発明の実施形態の例示にすぎず、本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例0030】
1.方法
1-1.マウス
C57BL/6Jマウスは日本クレアから購入した。CD45遺伝子座に関するコンジェニック系C57BL/6Jマウス(CD45.1マウス)は三協ラボサービス(つくば、日本)から購入した。全てのマウスは、東京大学の動物飼育施設にて、病原体フリーの環境で独立したケージ内で飼育した。マウスには標準的なマウス餌および水を自由摂取させた。全ての実験は、東京大学医学部動物実験倫理委員会の承認を得て、東京大学動物実験ガイドラインを厳密に遵守して行った。
【0031】
1-2.造血幹細胞の単離
骨髄細胞は、MACSバッファー(0.5% ウシ血清アルブミン、2mM EDTAを添加したPBS)中で、乳棒および乳鉢を使用して骨を粉砕し、頸骨、大腿骨、骨盤および脊椎骨から採取した。細胞は、25Gニードルに数回通し、70μmのセルストレイナー(Greiner)で処理した。PharmLyse溶液(BD:Becton、Dickinson and Company)を使用してサンプルから赤血球を除去した後、細胞をMACSバッファーで洗浄し、40μmのセルストレイナーで処理した。マウスCD117μビーズ(Miltenyi)を細胞に添加し、4℃で15分間インキュベートした。細胞を洗浄し、40μmのセルストレイナーで処理した後、サンプルはautoMACS(Miltenyi)を用いて分離した。ポジティブ選択により分離した細胞をFACSバッファー(5% FBSを添加したPBS)で洗浄し、フローサイトメトリーで使用する抗体と混合した。CD45+ Lin- Sca1+ cKit+細胞をLSK細胞として選別し、CD45+ Lin- Sca1+ cKit+CD34-Flt3-CD150+CD48-細胞を造血幹細胞として選別した。
【0032】
1-3.骨髄細胞の移植
骨髄細胞の移植は以下のように行った。骨髄細胞は骨を粉砕し、PBSで洗浄することにより抽出した。得られた細胞は、PBSで2回洗浄し、PBSに再懸濁した。5週齢の雌のレシピエントマウスに9Gyの放射線を体全体に照射し、マウス1個体あたり106細胞を静脈内に注入した。
造血幹細胞またはLSK細胞の競合的移植は、前述のようにして分離した細胞で行った。造血幹細胞の混合物(細胞数は各図に示す)をCD45.1/CD45.2 マウスから分離した105個のCD34+ Lin- Sca1+ cKit+細胞に加えた。LSK細胞の競合的移植については、CD45.1マウスおよびCD45.2マウスから別々に分離したLSK細胞(105個)を、各マウス型由来の Lin+ レスキュー細胞(105個)と混合した。5週齢の雌のレシピエントマウス(CD45.1/CD45.2)に9Gyの放射線を体全体に照射し、細胞懸濁液を静脈内に注入した。
【0033】
1-4.組織ホモジナイゼーション
心臓組織のホモジナイゼーションは既報に従って行った(Fujiuら, Nat. Med. 23, 611-622, 2017:Aronoffら, J Vis Exp, doi:10.3791/58114 2018)。キシラジン(10 mg/kg)とケタミン(100 ng/kg)の混合物をマウスの腹腔内に投与して麻酔を行った。その後、心臓を露出させ10 mlのPBSを左心室から灌流した。その後、心臓全体を摘出し、房室間溝のちょうど心室側で切断をして左右の心房と房室弁を除去した。切除した2心室を弯曲鋏で機械的に細かく刻んだ。その後、1つの心臓から調製した組織は、450 U/mlコラゲナーゼI(Sigma-Aldrich)、60 U/ml ヒラルロニダーゼ(Sigma-Aldrich)および60 U/ml DNase-I(Sigma-Aldrich)を含む1 mlのDMEM中で37℃にて45分間インキュベートした。懸濁液中の細胞を20秒間ボルテックスし、40μmのセルストレイナーで処理し、12 mlの冷やしたHBSS(0.2% FBSと0.2%BSAを含む)で洗浄した。その後、細胞を400 gで5分間遠心し、PBSで洗浄した後、FACSバッファーに再懸濁した。
【0034】
腎臓組織は、gentleMACS dissociator(Miltenyi)を用いて、添付の使用説明書に従って処理を行った。摘出した腎臓を、弯曲鋏で機械的に細かく刻んだ後、腎臓から調製した組織を100μlのEnzyme D、50μlのEnzyme Rおよび12.5μlのEnzyme A(Miltenyi)を含む2.35 mlのDMEMに浸漬した。その後、プロトコール37C_multi_B_01の設定で、gentleMACS中で組織をインキュベートした。消化した腎臓から分離した細胞を70μmのセルストレイナーで処理した後、PBSで洗浄し、FACSバッファーに再懸濁した。
【0035】
骨格筋は、既報に従って処理を行った(Guardiolaら, J Vis Exp, doi:10.3791/54515 2017:Motohasら, J Vis Exp, doi:10.3791/50846 2014)。前脛骨筋を露出させ、はさみで筋膜を除去した。前脛骨筋腱末端を切断し、先端を膝の方に引出した後、腹の中央付近で切断した。末端側半分は病理解析のために使用した。採取した近位側半分を、弯曲鋏で機械的に細かく刻み、0.2 % コラゲナーゼタイプ2(Worthington)および0.01 % DNase-I(Sigma-Aldrich)を添加したDMEM中で、37℃にて40分間インキュベートした。ホモジナイズした混合物にDMEMを添加した後、細胞懸濁物を70μmセルストレイナーで処理し、DMEMで洗浄した後、FACSバッファーに再懸濁した。
【0036】
末梢血は、後眼窩採血によりK3-EDTA(Greiner)でコートしたチューブ中に回収した。細胞数を算出するために、CountBright Absolute Counting beads(Thermo Fisher)をサンプルに添加した。BD PharmLyse solution(BD)でサンプルから赤血球を除去した後、細胞懸濁物をフローサイトメトリー解析またはソーティングに用いた。
【0037】
1-5.フローサイトメトリー
ACSバッファー中の細胞懸濁物を、FcR blocking reagent(Biolegend)と4℃で5分間インキュベートし、その後、蛍光色素を結合した抗体とインキュベートした。造血幹細胞を分離するために、サンプルを、CD45.1-APCもしくはCD45.2-APC、Sca1-PE、cKit-APC/Cy7、CD34-FITC、CD135-BV421、CD48-PE/Cy7、CD150-V786および系統マーカー(CD4、CD8、CD11b、Ly6g、B220、CD127、Ter119)-PerCP/Cy5.5と4℃で90分間インキュベートした。
腎臓マクロファージおよび骨格筋マクロファージを分離するために、サンプルをCD45.1-FITC、CD45.2-APC、CD11b-BV421、F4/80-PE、Ly6g-PE/Cy7およびLy6c-APC/Cy7で、4℃、30分間染色した。染色後、細胞懸濁物をFACSバッファーで2回洗浄した後、ヨウ化プロピジウムを添加したFACSバッファーに再懸濁し、FACS Aria IIIa instrument(BD)を使用したフローサイトメトリー解析およびセルソーティングに供した。結果は、FlowJo(BD)を用いて解析した。
【0038】
1-6.造血幹細胞の増殖解析
増殖する細胞を標識するために、麻酔の4時間前に、マウスの腹腔内に体重1gあたり10μgの5-エチニル-2’-デオキシウリジン(EdU)を投与した。骨髄細胞の懸濁物は前述の方法で調製した。CD117+を、MACSを用いて分離した後、細胞懸濁物をCD45.2-V500、Sca1-PE、cKit-APC/Cy7、CD34-FITC、CD135-BV421、CD150-V786および系統マーカー(CD4、CD8、CD11b、Ly6g、B220、CD127、Ter119)-PerCP/Cy5.5で、4℃、90分間染色し、3 mlのFACSバッファーで洗浄した。Click-iT Plus EdU Alexa Fluor 647 Flow Cytometry Assay Kit(Thermo Fisher)を使用し、添付の使用説明書に従って細胞を、標識した。CD45.2+Lin-Sca1+cKit+CD34-Flt3-CD150+ 造血幹細胞中のAPCポジティブ細胞の割合は、FACS Aria IIIを用いて算定した。
【0039】
1-7.大動脈縮窄術(Transverse aortic constriction:TAC)
TACは既報に従って行った(Fujiuら, Nat. Med. 23, 611-622, 2017)。8週齢の雄のマウスにキシラジン(10 mg/kg)とケタミン(100 ng/kg)の混合物を腹腔内に投与して麻酔を行った。その後、齧歯類用従量式人工呼吸器を使用し、呼吸量0.4 mlの室内空気、呼吸数100呼吸/minで、挿管および換気した。胸骨の基部を切断して心臓を露出させた。大動脈は、26Gニードルを大動脈に沿わせた状態で、7-0ナイロン縫合糸を用いて、腕頭動脈と左総頚動脈の間を締め付け、その後、同ニードルを抜去した。偽手術マウスは、同様の麻酔を施し、大動脈縮窄は行わずに外科的処置を行った。
【0040】
1-8.片側尿管結紮(Unilateral ureteral obstruction:UUO)
UUOは既報に従って行った(Fujiuら, J Clin Invest 121, 3425-3441 2011)。骨髄移植から8週間後、マウスにキシラジンとケタミンの混合物を腹腔内に投与して麻酔を行い、左背部に切り込みを入れた。露出された尿管を尿管腎盂移行部で結紮した。
【0041】
1-9.骨格筋再生モデル
カルディオトキシンは既報に従って投与した(Guardiolaら, J Vis Exp, doi:10.3791/54515 2017:Ahrensら, J Vis Exp, doi:10.3791/60194 2019)。骨髄移植から8週間後、マウスにキシラジンとケタミンの混合物を腹腔内に注射して麻酔をかけ、50μlの20μM カルディオトキシン溶液またはビークルをマウスの右前脛骨筋に注射した。病理学的解析のための筋肉抽出物は凍結化合物(2の部分は至適切削温度化合物、1の部分は30%スクロース脱イオン水溶液)中に浸漬し、液体窒素中で瞬間凍結した。
【0042】
1-10.バーコードプラスミドライブラリの構築
52塩基のランダムSWリピートバーコードオリゴDNAプール(SはG/C; WはA/T)(5’-TAACTTACGGAGTCGCTCTACGSWSWSWSWSWSWSWSWSWSWSWSWSWSWSWSWSWSWSWSWSWSWSWSWSWSWCAGGACCTAAAGAATCCCATCC-3’(配列番号1);フォワードおよびレバースプライマの設定箇所を下線で示す)は、化学合成し、下記の増幅条件を用いてPCRで増幅した。
PCR増幅条件
98℃、30秒、
98℃、10秒を10サイクル、
98℃、10秒、
72℃、10 秒、その後62℃、
72℃、1分、
98℃、10秒を20サイクル、
72℃、1分、および
72℃、5分で最終伸長
PCR増幅産物はレンチウイルスバックボーンベクター、pBC001 v3(Addgene;https://benchling.com/s/seq-cWGPBaROWGixteFedTqA)にクローニングした。pBC001 v3はCMVプロモーターおよびEGFPの後の3’UTR中にバーコードクローニング部位を有している。PCR増幅産物およびバックボーンプラスミドをXbaI(NEB)で37℃、60分間、BamHI(NEB)で37℃一晩消化した後、カラムで精製した。バーコードライブラリのクローニングについては、1,500 fmolのインサートと150 fmolのバックボーンを、T4 DNAリガーゼ(日本ジーン)で、16℃、18時間ライゲーションした。ライゲーション産物はバクテリアの形質転換のために精製した。キットに添付の高効率形質転換プロトコールを使用して、500 ngのDNAで、200μLのケミカルコンピテントセル(NEB)を形質転換した。SOC培地で60分間増殖させた後、バクテリア細胞を100μg/mLのアンピシリンを含む10 LBプレートにプレーティングした。37℃で一晩インキュベートした後、全ての菌叢を500 mLフラスコに回収し、100μg/mLのアンピシリンを含むLB液体培地中で数時間増殖させた。700倍に希釈した別々の形質転換サンプル(2組)から、バーコード全体の複雑度を~7.0×105と評価した。 プールしたプラスミドDNAはMidi-prep(NucleoBond Extra Midi kit)を用いて精製した。ランダムクローンを単離した後、遺伝子型PCRにより、24テストレンチウイルスプラスミドクローンのうち、23クローンがバーコードインサートを含んでいることを確認した。
【0043】
1-11.造血幹細胞のバーコード化
既報(Wilkinsonら, Nature 571, 117-121, doi:10.1038/s41586-019-1244-x 2019)に従い、CD45.1マウスから分離した造血幹細胞をエクスビボで培養した。選別した細胞を、10 ng/ml SCF(Biolegend)、100 ng/ml TPO(Biolegend)およびpenicillin-streptomycin(Gibco)を含むHSC培地(HemEX-Type9A;Cell Science&Technology)に再懸濁し、フィブロネクチンコートの24ウェル平底プレート(Corning)に、1ウェルあたり100-1,000細胞をプレーティングした。プレーティングから5日目、培養した造血幹細胞にバーコードレンチウイルスpBC008を、5 ng/mlポリブレンを含むHSC培地中で感染させた。感染から4日目、感染した造血幹細胞を、Accutase(Thermo Fisher)を用いて検出し、CD45.1-APC、Sca1-PE、cKit-APC/Cy7およびLin-PerCP/Cy5.5で染色した。GFP+Lin-Sca1+cKit+細胞をFACS Aria IIIaを用いて選別し、レスキュー細胞としてのCD45.2+ Lin-cKit+Sca1-細胞と混合した。5週齢のレシピエントCD45.2マウスの全身に9 Gyの放射線を照射し、1マウスあたり2×104個のGFP+LSK細胞と105個のレスキュー細胞を腹腔内に投与した。2ヶ月後、レシピエントマウスを安楽死させ、末梢血、心臓および腎臓を採取し、前述の通り処置を行った。その後、FACSで選別した細胞をBuffer RLT plus(QIAGEN)中に溶解させ、ゲノムDNAをAllPrep DNA/RNA Mini Kit (QIAGEN)を用いて抽出した。ゲノムDNAに取り込まれたバーコード配列は、NEBNext Ultra II Q5 Master Mix(NEB)により、以下に示すプライマーペアを使用してPCR増幅を行った。
プライマーペア
5’-TCT TTC CCT ACA CGA CGC TCT TCC GAT CTT AAC TTA CGG AGT CGC TCT ACG-3’(配列番号2)
5’-GTG ACT GGA GTT CAG ACG TGT GCT CTT CCG ATC TGG ATG GGA TTC TTT AGG TCC TG-3’(配列番号3)
増幅条件は以下の通りである。
98℃、30秒、
98℃、10秒を18サイクル、
60℃、10秒、
72℃、30秒、および
72℃、5分
【0044】
PCRによる複製配列をNEBNext Multiplex Oligos(NEB)を用いて、配列決定のためのライブラリを作製するために9-11サイクル増幅させた。作製したライブラリは、Genewiz社に委託して、Illuminaシークエンサーにより、paired-endシークエンシングを行った。Pair-end配列の両方のバーコード配列を比較し、完全一致した全長バーコード配列のみを集めた。ミスマッチが4ベース以下のバーコード配列を1つのバーコード配列にアセンブリーした。各細胞タイプのバーコードの総数は、6,808221から15,745,444の範囲にあった。バーコードカウントは、各細胞タイプの総カウントが10,000,000となるように標準化した。バーコードカウントをクラスター化するために、少なくとも1つのサンプルに対して、標準化したバーコードカウントが10以上のバーコードを階層クラスター化した(図3b)。Pearsonの相関係数を細胞タイプ間で計算した。
【0045】
1-12.増殖造血幹細胞の解析
増殖細胞を標識するために、麻酔をかける4時間前に、マウスの腹腔内に体重1gあたり10μgの5-エチニル-2’-デオキシウリジン(Edu)を投与した。骨髄細胞の懸濁液を上述の通り調製した。MCSを用いてCD117+細胞を分離した後、細胞懸濁液をCD45.2-V500、Sca1-PE、cKit-APC/Cy7、CD34-FITC、CD135-BV421、CD150-V786および系統マーカー(CD4、CD8、CD11b、Ly6g、B220、CD127、Ter119)-PerCP/Cy5.5で、4℃で90分間染色し、3 mlのFACSバッファーで洗浄した。サンプルは、Click-iT Plus EdU Alexa Fluor 647 Flow Cytometry Assay Kit(Thermo Fisher)を用いて、添付の使用説明書に従って標識した。CD45.2+Lin-Sca1+cKit+CD34-Flt3-CD150+造血幹細胞中の APCポジティブ細胞のパーセンテージをFACS Aria IIIで測定した。
【0046】
1-13.ELISA法
骨髄細胞は既報に従い処理した(Frodermannら, Nat. Med. 25, 1761-1771, doi:10.1038/s41591-019-0633-x 2019)。大腿骨の一方の骨幹端を除去し、切断面を下にして、4℃、2分間、6,000gで骨を遠心し、骨髄を抽出した。抽出物を、1大腿骨あたり200μlの溶解バッファー(1% NP-40または1% Triton X-100、50 mM Tris pH 7.4、150 mM NaCl、2 mM N-ethylmaleimide (NEM)、1 mM EDTAおよびprotease inhibitor cocktail (Roche))中で溶解させた。溶け残った破片を4℃、10分、15,000 rpmで遠心して除去した。タンパク質溶解物を3つに分けた。各画分の一部を、タンパク質濃度の測定に使用した。次いで、活性型TFG-β1の濃度をLegend MAX free active TGF-β1 ELISA kit(Biolegend)を使用し、添付の使用説明書に従い測定した。2組のサンプルを希釈せずに使用した。
【0047】
1-14.RNAシークエンシング
RNAシークエンシングは既報に従って行った(Nakayamaら, Proc Natl Acad Sci U S A 117, 14365-14375, doi:10.1073/pnas.2005924117 2020)。細胞からはRNeasy(Qiagen)を使用し、組織からはRNeasy plus micro RNA Purification kit(Qiagen)を使用して、添付の使用説明書に従って総RNAを精製した。RNAシークエンシングの前に、混入したゲノムDNAを除去するために、細胞溶解物をgDNA Eliminatorスピンカラムに通した。Poly-A mRNAは、NEBNext Poly(A) RNA Magnetic Isolation Module(NEB)のOligo-dTを用いて、総RNAから抽出した。その後、NEBNext Ultra II RNA Library Prep Kit for Illumina(NEB)を使用して、添付のプロトコールに従ってRNA-seqライブラリを調製した。ライブラリは、HiSeq 1500 sequencer(Illumina)を使用して、single-end配列決定またはpaired-end配列決定を行った。リードはSTAR(Dobinら, Bioinformatics 29, 15-21, doi:10.1093/bioinformatics/bts635 2013)を使用してmm10マウスのゲノムに対してアライメントした。アライメントしたリードファイルは、HOMER(Heinzら, Mol Cell 38, 576-589 2010)で解析した。RNA-seqデータの発現解析は、HOMERを用いて行った。Gene set enrichment analysisは、DESeq2(Loveら, Genome Biol. 15, 550, doi:10.1186/s13059-014-0550-8 2014:Moothaら, Nat. Genet. 34, 267-273 2003)を使用して解析された発現データから、既報(http://genomespot.blogspot.com/2015/01/how-to-generate-rank-file-from-gene.html)に従い作成されたランクファイルを用いて、GSEA(Subramanianら, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 15545-15550, doi:10.1073/pnas.0506580102 2005)を使用して行った。
【0048】
1-15.ATAC-seq(Assay for transposase-accessible chromatin with sequencing)
既報(Corcesら, Nat Methods 14, 959-962, doi:10.1038/nmeth.4396 2017)のプロトコールに従った。選別された5,000個のCD45.2+Lin-Sca1+cKit+CD34-Flt3-CD150+細胞を、400μlの再懸濁バッファー(10 mM Tris-HCl pH 7.4, 10 mM NaCl, and 3 mM MgCl2)で洗浄し、0.1% NP40、0.1% Tween-20および0.01% digitoninを添加した 50μlの再懸濁バッファー中で3分間氷上にて溶解させた。0.1% Twee-20を添加した1 mlの再懸濁バッファーで核を洗浄した後、50μlのtransposition mix(16.5μl PBS、5μl 水、25 μl 2× TD Buffer、2.5μl Tn5 enzyme(Illumina)、0.5μl 1% digitoninおよび0.5μl 10% Tween-20)を細胞ペレットに添加した。その後、サンプルを37℃、30分間インキュベートした。反応物は、MinElute reaction Cleanup Kit(Qiagen)で処理し、12μlのEBバッファーで溶出した。ライブラリ調製物のリマインダーは従来のATACプロトコール(Buenrostroら, Nat Methods 10, 1213-1218, doi:10.1038/nmeth.2688 (2013))を用いて行った。
【0049】
断片化したDNAは、Illumina社のガイドラインに従い、増幅、ライブラリの構築およびシークエンスのために使用した。シークエンスデータの質を、FastQCを使用してチェックした。フィルターをかけたリードは、HOMERを使用して、mm10マウスゲノムに対してマッピングした。ピークの検出には、HOMERを使用した。ブラックリスト領域(Dunhamら, Nature 489, 57-74, doi:10.1038/nature11247 2012)またはシンプルリピート領域とオーバーラップしたピークは除去した。6サンプルで検出されたピークをマージして、ピーク周辺の200bp範囲内に標準化したタグを図4aのPCAのためにカウントした。ATACピークに濃縮されたモチーフの同定のために、edgeR(Robinsonら, Bioinformatics 26, 139-140, doi:10.1093/bioinformatics/btp616 2009)を使用して、ピーク周辺の200bp範囲内のカウントをコントロールとTACサンプル間で比較した。TACサンプルにおいてコントロールよりも、顕著に低いカウント(FDR<0.1)のピークに濃縮されたモチーフをHOMERで同定した。
【0050】
1-16.単一細胞のトランスクリプトーム解析
コントロールマウスまたはTAC後4週間のマウスから、CD34-FLT3-LSK細胞の単一細胞懸濁液を調製した後、懸濁液をChromium single cell 3' reagent version 3.1で処理し、10x Genomics platformで解析した。シークエンスデータは、Cell Rangerで処理し、mm10ゲノム上にマッピングした。マッピングしたデータは、Seurat version 3を主に用いてフィルターリングと解析を行った(van Dijkら, Cell 174, 716-729.e727, doi:10.1016/j.cell.2018.05.061 2018)。細胞が700 UMI(unique molecular identifiers)より低い発現状態の場合にフィルターをかけた。ミトコンドリアゲノムにマップされたカウントの割合は、5%以上であった。重複の可能性を回避するために、高いUMIカウント(≧5,500)の細胞も除外した。残りの1,497コントロールマウス由来の細胞および1,715 TAC後マウスの細胞を次の解析に使用した。コントロールおよびTAC細胞のデータベースはSeurat v3’s standard integration procedureを使用し、2,000 highly variable gene(Stuartら, Cell 177, 1888-1902 2019)によりアグリゲートした。発現マトリックスは、corrected integrated gene matrixの主成分分析を用いて、次元削減を行った。クラスターは、Louvain modularity optimization algorithmを使用して、グラフベースアプローチにより同定した。データセットの次元削減および可視化には、tSNE(t-distributed stochastic neighbor embedding)を用いた。図4dに示すクラスタリングを行う前に、小数の紛れ込んだミエロイド(Cd34-Spi1hiItgam+)細胞(65細胞)を予め除去した。コントロール細胞とTAC細胞間において発現差のある遺伝子の解析については、ミトコンドリアおよびリボソーム遺伝子を除去し、HSCクラスター(クラスター1、2、3、4および8)の対数で正規化したデータは、SeuratのFindMarkers機能により、MAST(Finakら, Genome Biol 16, 015-0844 2015)を使用して解析した。GSEAは既報(http://genomespot.blogspot.com/2015/01/how-to-generate-rank-file-from-gene.html)に従って作成したランクファイルを用いて行った。バイオリンプロットとして遺伝子発現を表示するために、MAGICアルゴリズムを用いた。
【0051】
より造血幹細胞を特徴づける遺伝子を発現している造血幹細胞集団(signature HSC)および多能性前駆細胞(multipotent progenitor:MPP)を同定するために、public data baseから入手可能な造血幹細胞およびMPP1-4細胞のバルクRNA-seqデータ(ArrayExpress, E-MTAB-2262)を使用した(Cabezas-Wallscheidら, Cell Stem Cell 15, 507-522 2014)。ダウンロードしたfastqデータを、STARを使用してmm10にマッピングし、遺伝子発現を、HOMERを用いて解析した。造血幹細胞とMPP1-4細胞間で発現が異なる遺伝子を、DESeqを用いて同定した(Loveら, Genome Biol 15, 014-0550 2014)。MPP1-4細胞よりも造血幹細胞において、4倍高く発現している遺伝子(FDR<0.01)を、造血幹細胞シグネチャーセット(225遺伝子)として使用した。造血幹細胞よりもMPP1-4細胞において、高いレベルで発現している遺伝子(FDR<0.01)を、MPPシグネチャーセット(289遺伝子)として使用した。遺伝子セットの発現レベルを可視化するために、既報に従ってMAGIC-imputedデータを使用して遺伝子セットスコアを計算した。コントロール細胞とTAC細胞のクラスターの比率を比較するために、Rを用いてFisher’s exact testを行い、p値は、1×109回の繰り返しで、Monte Carlo simulationにより計算した。
【0052】
1-17.TGF-β1を投与した心不全モデルマウス(大動脈縮窄術(TAC)を施したマウス)由来の造血幹細胞の増殖の評価
40μg/kg体重(投与量)の組換体ヒトTGF-β1(全長)(PeproTech)をPBSに溶解して200μlとし、TAC直後のC57BL6Jマウスの腹腔内に投与した。その後、毎日一回、同様の投与を行った。コントロールとして、200μlのPBSをマウスの腹腔内に投与した。最初の投与から7日後(1週間後)に、骨髄内の造血幹細胞の増殖を前述のEdUを用いて、%EdUとして評価を行った。統計処理は、one-way ANOVA解析後、post-doc testとして、Tukey testで各群比較を行い、P<0.05の値を有意とした。
【0053】
1-18.統計処理
サンプルサイズはパワー計算を基礎としなかった。解析から除いた動物はいなかった。動物実験を行った調査者は、実験中の配置および結果の評価について伏せられていたが、外科的処置中の遺伝子型またはマウスに偽手術を行うのか、またはTAC術を行うかについては、伏せられていなかった。マウスはランダムに各種実験に使用された。
【0054】
図1c、図2a、図2b、図2d、図4h、図6a、図9を除いて、データは、中間値、第1および第3の四分位数および最小値と最大値を示した箱ひげ図で示した。図2a、図2b、図2d、図4h、図9においては、バー±S.D.を使用した。パーセンテージに関数積み上げグラフは、図1c、図6aで使用した。図2cにおいては、同じマウスから取得したデータ点を黒線でつなげた。頻度分布を表す棒グラフは、図2eおよび図10で使用した。
【0055】
等分散性は、F-testを用いて2グループを比較し、複数のグループ間の比較には、Bartlett's testを用いた。2グループ間の比較は、Student's t-testを用いて行った。3以上のグループ間の差は、one-way ANOVA後にTukey-Kramer post-hoc testを行って解析した。P<0.05の値を有意とした。エラーバーは、特に注記しない限り標準偏差を示す。統計分析は、GraphPad Prism 8 software(GraphPad Software)、RおよびPandasとNumPyを用いたPythonを使用して行った。グラフは、GraphPad Prism、Microsoft Excel、Seuratとggplotを用いたR、およびmatplotlibとseabornを用いたPythonを使用して作成した。
【0056】
2.結果
2-1.心不全を経験したマウス由来の造血幹細胞の心臓機能に及ぼす影響
心不全を経験したマウス由来の造血幹細胞(hematopoietic stem cell:HSC)が、心臓の機能に何らかの影響を与えるかどうかについて検討を行った。大動脈狭窄術(transverse aortic constriction:TAC、以下「TAC」 と記載する。)により、マウスの心臓に負荷を課すことで心不全を誘導した。TACにより誘導した心不全モデルマウス由来の造血幹細胞(以下「TAC後HSC」と記載する。)とコントロールマウス由来の造血幹細胞(以下「コントロールHSC」と記載する。)を採集した。採集したTAC後HSCおよびコントロールHSCを、各々、野生型マウスに移植し、4ヶ月および6ヶ月後に左室駆出率と心臓の線維化領域の評価を行った。TAC後HSCを移植したマウスは、コントロールHSCを移植したマウスと比較すると、骨髄移植から4ヶ月後に、線維化を伴う心機能不全の兆候を示し、このような症状は、骨髄移植から6ヶ月後には、より顕著になった(図1a)。
【0057】
上記結果に示されるような、心不全を経験した造血幹細胞の性質の変化が、心臓マクロファージの表現型に影響を与えるかどうかについて次に検討した。TAC後HSCの分化傾向を調べるために、コントロールHSC(CD45.1マウス由来)とTAC後HSC(CD45.2由来)をレシピエントマウスに移植し、コントロールHSCとTAC後HSCからなるモザイク状の骨髄を有するレシピエントマウス(CD45.1/45.2)を作製した後(図1b)、レシピエントマウスにおける血液細胞の構成について調べた(図1c)。末梢血のフローサイトメトリー解析結果から、コントロールHSCに比べて、TAC後HSCからより多くの単球と好中球誘導されていた。この結果から、子孫細胞のミエロイド系へのシフトが起こっていることが示唆された(図1c(左図))。末梢血ではTAC後HSC由来の単球の割合が多かったが、TAC後HSCから誘導される心臓Ly-6Cloマクロファージの誘導量は、定常状態のマウスおよび骨髄移植後にTACを行ったレシピエントマウスのいずれにおいても、コントロールHSCから誘導される量よりも少なかった(図1c、図5および図6a)。レシピエントマウスから別々に選別されたTAC後HSC由来のLy-6CloマクロファージおよびコントロールHSC由来Ly-6Cloマクロファージのトランスクリプトームを比較した(RNA-seq)。図1dに示すように、TAC後HSC由来のLy-6Cloマクロファージでは、心臓マクロファージにおいて発現が上昇する遺伝子の発現が少なく、単球から心臓マクロファージへの分化過程に障害があることが確認された(図1d)。
【0058】
心不全を経験することによって生じる造血幹細胞の変化について検討するために、コントロールマウスとTAC後のマウス由来の造血幹細胞のトランスクリプトームを比較した(図1e)。造血幹細胞のRNAシークエンスデータの主成分分析(principal component analysis:PCA)を行ったところ、TAC後HSCとコントロールHSCではそのトランスクリプトームが著しく異なることが明らかになった。
【0059】
2-2.心不全を経験したマウス由来の造血幹細胞の心臓以外の器官の機能に及ぼす影響
次に、心不全を経験した造血幹細胞が、心臓以外の器官、例えば、腎臓や骨格筋に対して、悪影響を及ぼすかどうかについて調べた。TAC後HSCが外部からのストレスに対する腎臓の脆弱性を誘導するかどうかを明らかにするために、コントロールマウスおよびTAC後マウスの骨髄を移植したレシピエントマウスに、片側尿管結紮(Unilateral ureteral obstruction: UUO)を施した。TAC後マウスの骨髄を移植したレシピエントマウスは、コントロールマウスの骨髄を移植したレシピエントマウスに比べて、著しい尿細管傷害(図2a左)および間質性線維症の症状(図2a右)を呈していた。UUOの初期段階では、コントロールマウスの骨髄を移植したマウスの腎臓に比べて、TAC後の骨髄を移植したマウスの腎臓において、より多くのLy-6Chi炎症促進性マクロファージが認められた(図2b上)。次に、TAC後マウス由来骨髄とコントロールマウス由来骨髄からなるモザイク状の骨髄を持つマウスの腎臓マクロファージについて検討を行った。TAC後マウスの骨髄に由来する細胞群は、心臓マクロファージの場合と同様に、Ly-6Chiマクロファージに比べてLy-6Cloマクロファージが相対的に少なかった(図2c)。
さらに、心不全を経験した骨髄の移植が骨格筋に与える影響について検討した。コントロールまたはTAC後マウス由来の骨髄を移植した後、レシピエントマウスにカルディオトキシン(cardiotoxin)を投与して骨格筋に傷害を与えた。コントロールマウスの骨髄を移植したマウスに比べて、TAC後マウスの骨髄を移植したマウスの傷害を受けた筋原繊維は、再生の程度が低いことが明らかになった(図2dおよびe)。以上の結果から、心不全によって性質が変わった造血幹細胞は、多臓器不全を引き起こし、共存疾患の発症を誘導することが示唆された。
【0060】
2-3.組織マクロファージとなる細胞の運命の決定要因の検討
上記結果は、組織マクロファージの表現型は、造血幹細胞の時点である程度決められていること、心臓のストレスによって性質が変化した造血幹細胞が、成熟した常駐マクロファージに分化すると考えられる。この仮説を検証するため、造血幹細胞の分化を追跡するために、造血幹細胞をバーコード化した(図3a)。DNAコードで標識したHSCsの移植後、我々は、血中白血球、心臓マクロファージおよび腎臓マクロファージの各細胞画分のバーコードのレパトアを比較した。HSCsは不均一(異種性)であることから、B細胞/T細胞とミエロイド系細胞の間でそのレパトアに明らかな相違が認められた。好中球および単球のレパトアは、非常に類似していた(図3b、図7)。Ly-6Chi 腎臓マクロファージは単球に由来しているようであったが、心臓および腎臓のLy-6Cloマクロファージは、末梢血の骨髄細胞系列との関連性は低いようであった(図3b、cおよび図7)。以上の結果は、ミエロイド系偏重へ変化した造血幹細胞由来の単球は、組織成熟マクロファージへ分化しない傾向であることを示唆している。
【0061】
2-4.心不全を経験した造血幹細胞の性質変化の詳細についての検討。
次に、心不全後に、造血幹細胞の性質がどのような過程を経て変化するのか検討を行った。まず、TAC後HSCの増殖能について調べたところ、TAC後4週間の間、増殖する造血幹細胞数が継続的に上昇することが分かった(図8)。次に、このような造血幹細胞の増殖増加が、造血幹細胞にエピジェネティックな影響を与えるかどうかを明らかにするために、TAC後HSCとコントロールHSCのTransposase- Accessible Chromatin Sequencing(ATAC-seq)アッセイを行った。主成分分析(principal component analysis:PCA)の結果、コントロールHSCのATAC-seqデータはさまざまな位置に局在しているのに対し、TAC後HSCのATAC-seqデータは均一で、特定の位置に収束しているようであった(図4a)。コントロールHSCとTAC後HSC間で、明らかに異なるシグナルを持つピーク領域に注目すると、TAC後HSCでは、オープンクロマチン領域(開いたクロマチン領域)が減少しており、例えば、GATA3モチーフおよびSMAD3モチーフに富む、いくつかのクロマチン領域が、TAC処理後のHSCではクローズしている(閉じている)ことが分かった(図4b)。GATA3は、Ly-6Cloマクロファージの極性化およびヘルパーT細胞と自然リンパ球(innate lymphoid cell)の分化のために欠かせない転写因子としてよく知られており、このことは、TACによる造血幹細胞のエピジェネティックな変化がマクロファージの分化を決定し、ミエロイド系への分化にシフトすることを示唆している(図4c)。
【0062】
次に、コントロールHSCとTAC後HSCを比較するために、CD34-FLAT-LSK(Lin- Sca1+c-Kit+Cd45+:成体型造血幹細胞)細胞の単一細胞RNAシークエンス(scRNA-seq)を行った。コントロールHSCおよびTAC後HSCを構成する全細胞を、11のサブ集団に分けた(図4d)。11のクラスター中、造血幹細胞シグネチャー(目印)のスコアが高いクラスター4、5および7について、scRNA-seq のGSEA(Gene Set Enrichment Analysis)を行ったところ、SMAD2/3パスウェイがTAC後HSCでは不活性化されていることが示された(図4d)。この結果は、TGF-βシグナル伝達のダウンレギュレーションが生じていることを示唆している。さらに、活性型TGF-β1の濃度が著しく低下していることが、ELISA分析によって確認された(図4f)。TGF-βシグナルパスウェイは、造血幹細胞の冬眠に重要な役割を果たしている(Yamazakiら, Blooc 113, 1250-1256, 2009)ことを考え合わせると、上記結果は、心不全の発症を導く心臓ストレスが、骨髄におけるTGF-βシグナル伝達を減少させて、造血幹細胞の冬眠の維持を阻害することを示唆している。
【0063】
次に、TGF-βシグナル伝達の阻害が心不全の進行を誘導するかどうか検討した。ドナーマウスをTFG-β1受容体阻害剤(LY364947)またはビークルで処置した後、LY364947で処理された造血幹細胞をレシピエントマウスに移植した後6週間後に、TAC処置を行った(図4g)。レシピエントマウスにおいて、造血幹細胞におけるTGF-β1シグナル伝達を阻害すると、血液中のB細胞数が減少した(図9b)。この結果から、ドナーマウスの造血幹細胞におけるTGF-β1受容体の阻害によって引き起こされたミエロイド系シフト(図9a)は、レシピエントマウスの造血幹細胞においても維持されることが示唆された(図9b)。
また、LY364947で処理した造血幹細胞を移植すると、レシピエントマウスにおいて、圧負荷に対する心臓の適応度が低下し、収縮不全に陥った(図4h)。そこで、TGF-β1シグナルが阻害された造血幹細胞が、心不全を誘導するメカニズムを調べるために、LY364947またはビークルで処理した造血幹細胞の再構成比率を比較した。LY364947処理した造血幹細胞の心臓Ly-6Cloマクロファージの構成割合は、ビークル処理した造血幹細胞よりも低かった(図10)。
【0064】
上記結果は、心不全による心臓ストレスが骨髄中のTGF-β1のシグナルを減少させ、造血幹細胞の性質を変化させることを示唆している(図4i)。性質が変化した造血幹細胞に由来する単球は、心臓を保護する役割を担うLy-6Cloマクロファージに分化しなくなり、その結果、心不全の進行および再発、さらには、腎不全や骨格筋再生不全などの併発疾患を惹起すると考えられる。
【0065】
2-5.心不全によってエピジェネティック変化が生じた造血幹細胞の増殖に対するTGF-β1の影響の検討。
TAC後に骨髄内の活性型TGF-β1の濃度が低下し、造血幹細胞のエピジェネティック変化が生じ(図4)、造血幹細胞が増殖状態になる(図8)。エピジェネティック変化が生じた造血幹細胞から分化して、心臓に供給された単球は心臓保護的な心臓マクロファージに十分に分化できない(図1cおよび図6a)ため、エピジェネティック変化が生じた造血幹細胞の増殖能が高まると、さらなる心機能の低下を惹起することが予想される。従って、活性型TGF-β1の投与により、エピジェネティック変化が生じた造血幹細胞の増殖が抑制されれば、心機能の低下をも抑制できると考えられる。
そこで、C57BL6Jマウスに対して、TAC後直後からヒトTGF-β1全長を投与し、造血幹細胞(エピジェネティック変化が生じた造血幹細胞)の増殖が抑制されるかどうかを検討した。
【0066】
まず、全長TGF-β1が体内で活性型TGF-β1となることを確認した。組換体TGF-β1(全長)をPBSに溶解し、40μg/kg 体重の量を、TAC直後から腹腔内投与し、その後、一日一回同様に投与を行った。コントロールとしては同量のPBSを腹腔内投与した。骨髄内の活性型TGF-β1を上記1-13に記載したELISA法で測定した。TAC後一週間で、低下する活性化TGF-β1の量が、全長TGF-β1を全身投与することによって、骨髄内で活性型TGF-β1の量が増加し、コントロールと同程度の量にまで回復した。このことは、投与した全長TGF-β1が体内で活性型TGF-β1になり、骨髄内の活性型TGF-β1が増加したことを意味する(図13)。
次に、C57BL6Jマウスに対して、TAC直後からヒト全長TGF-β1を投与し、造血幹細胞(エピジェネティック変化が生じた造血幹細胞)の増殖が抑制されるかどうかを検討した。その結果、TACによって増加する造血幹細胞数の増加が(EdU陽性細胞数の割合)が、全長TGF-β1投与群において完全に抑制されることが確認された(図14)。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明は、心不全およびその併発疾患の有効な治療薬等を提供する。また、本発明は、再発した心不全のように重症化の可能性のある心不全の診断を行うための補助的な方法を提供する。従って、本発明は、医薬および医療分野にいての利用が期待される。
図1
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【配列表】
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