(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024070247
(43)【公開日】2024-05-22
(54)【発明の名称】神経変性疾患の治療薬または予防薬のスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/50 20060101AFI20240515BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20240515BHJP
【FI】
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023189554
(22)【出願日】2023-11-06
(31)【優先権主張番号】P 2022180234
(32)【優先日】2022-11-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 綾子
(74)【代理人】
【識別番号】100142996
【弁理士】
【氏名又は名称】森本 聡二
(74)【代理人】
【識別番号】100166268
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 祐
(74)【代理人】
【識別番号】100180231
【弁理士】
【氏名又は名称】水島 亜希子
(72)【発明者】
【氏名】落石 知世
(72)【発明者】
【氏名】新木 和孝
(72)【発明者】
【氏名】戸井 基道
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045AA40
2G045DA36
2G045FB03
(57)【要約】
【課題】 Aβオリゴマーと神経毒性の発現メカニズムに基づく新規な認知症治療薬または予防薬のスクリーニング方法を提供する。
【解決手段】 (1)候補化合物の存在下または非存在下でアミロイドβオリゴマーとダイナミンとを接触させるステップと、(2)前記アミロイドβオリゴマーと前記ダイナミンとの結合を評価するステップとを含む、神経変性疾患の治療薬または予防薬のスクリーニング方法。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)候補化合物の存在下または非存在下でアミロイドβオリゴマーとダイナミンとを接触させるステップと、
(2)前記アミロイドβオリゴマーと前記ダイナミンとの結合を評価するステップと
を含む、神経変性疾患の治療薬または予防薬のスクリーニング方法。
【請求項2】
(3)候補化合物の存在下または非存在下でアミロイドβモノマーと前記ダイナミンとを接触させるステップと、
(4)前記アミロイドβモノマーと前記ダイナミンとの結合を評価するステップと
をさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記アミロイドβオリゴマーが2~15量体である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記ダイナミンがダイナミン1またはダイナミン2である、請求項に1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記神経変性疾患がアルツハイマー病である、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
アミロイドβオリゴマーまたはアミロイドβをコードする核酸と、ダイナミンまたはダイナミンをコードする核酸とを含んでなる、神経変性疾患の治療薬または予防薬のスクリーニングのためのキット。
【請求項7】
前記アミロイドβオリゴマーが2~15量体である、請求項6に記載のキット。
【請求項8】
前記ダイナミンがダイナミン1またはダイナミン2である、請求項6または7に記載のキット。
【請求項9】
前記神経変性疾患がアルツハイマー病である、請求項6~8のいずれか1項に記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経変性疾患の治療薬または予防薬のスクリーニングのための方法およびキットに関する。
【背景技術】
【0002】
現在、高齢人口の増加に伴い、認知症患者の数が増えつつあり、その治療方法の確立が急務とされている。認知症の多くは、アルツハイマー病(AD)などの神経変性疾患である。ADの病理学的特徴としては、(1)脳の萎縮、(2)斑状のアミロイド蓄積物(老人斑)の形成、(3)神経細胞内における繊維状の塊(神経原線維変化:neurofibrillary tangle(NFT))の形成の3つが知られている。老人斑の形成はアミロイドβ(Aβ)の凝集・蓄積によって引き起こされることが知られており、Aβの凝集がアルツハイマー病の発症の発端であると考えられている(アミロイドカスケード仮説)。
【0003】
従来、脳に蓄積した不溶性のAβ線維が神経毒性を発揮すると考えられてきた。しかし最近では、より神経毒性の強いAβ凝集体として、可溶性のAβオリゴマーが注目されつつある(Aβオリゴマー仮説)。これまでに本発明者らは、Aβオリゴマーの細胞内動態を可視化するためのAβ-GFP融合タンパク質およびそれを発現するモデル動物を開発している(特許文献1、非特許文献1および2)。しかし、Aβオリゴマーがどのようなメカニズムにより神経毒性の発現に関与しているのかについては、依然明らかにされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Scientific Reports,Volume 6,Article number:22712(2016)
【非特許文献2】Scientific Reports,Volume 9,Article number:17368(2019)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、Aβオリゴマーの神経毒性を抑制する、新規な認知症治療薬の候補物質を探索するためのスクリーニング方法を提供することを目的としてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鋭意研究の結果、Aβオリゴマーがダイナミンに直接結合することを明らかにし、Aβオリゴマーとダイナミンとの結合を阻害することにより神経毒性を抑制できる可能性を見出した。
【0008】
すなわち、本発明は、一実施形態によれば、(1)候補化合物の存在下または非存在下でアミロイドβオリゴマーとダイナミンとを接触させるステップと、(2)前記アミロイドβオリゴマーと前記ダイナミンとの結合を評価するステップとを含む、神経変性疾患の治療薬または予防薬のスクリーニング方法を提供するものである。
【0009】
前記方法は、(3)候補化合物の存在下または非存在下でアミロイドβモノマーと前記ダイナミンとを接触させるステップと、(4)前記アミロイドβモノマーと前記ダイナミンとの結合を評価するステップとをさらに含むことが好ましい。
【0010】
また、本発明は、一実施形態によれば、アミロイドβオリゴマーまたはアミロイドβをコードする核酸と、ダイナミンまたはダイナミンをコードする核酸とを含んでなる、神経変性疾患の治療薬または予防薬のスクリーニングのためのキットを提供するものである。
【0011】
前記アミロイドβオリゴマーは2~15量体であることが好ましい。
【0012】
前記ダイナミンはダイナミン1またはダイナミン2であることが好ましい。
【0013】
前記神経変性疾患はアルツハイマー病であることが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る方法によれば、Aβオリゴマーとダイナミンとの結合を阻害してAβオリゴマーの神経毒性を抑制するという、新規な作用機序に基づく認知症治療薬の開発が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1は、Aβ-GFPモノマーまたはオリゴマーおよびダイナミン1を共発現する細胞ならびにAβ-GFPモノマーまたはオリゴマーおよびダイナミン2を共発現する細胞から調製されたサンプルについての、Aβ-GFPモノマーまたはオリゴマーおよびダイナミン1またはダイナミン2の共免疫沈降の結果を示す図である。
【
図2】
図2は、MiTMABの存在下または非存在下でAβ-GFPオリゴマーおよびダイナミン1を共発現する細胞から調製されたサンプルについての、Aβ-GFPオリゴマーおよびダイナミン1の共免疫沈降の結果を示す図である。
【
図3】
図3は、MiTMABの存在下または非存在下でAβ-GFPオリゴマーおよびダイナミン1を共発現する細胞から調製されたサンプルについての、Aβ-GFPオリゴマーの免疫沈降の結果を示す図である。
【
図4】
図4は、pAct-Aβ
1-42-GFPを導入したHeLa細胞におけるAβ-GFPオリゴマーの発現を確認した蛍光顕微鏡像(左)および同視野におけるFM4-64色素染色像(右)である。矢印:Aβ-GFPオリゴマー発現細胞、上段:FM4-64色素を負荷してから3分後の細胞、下段:FM4-64色素を負荷してから20分後の細胞。
【
図5】
図5は、Aβ-GFPオリゴマーを導入した(TF)または導入していない(non TF)細胞の、FM4-64色素を負荷してから5分後、10分後、15分後および20分後における蛍光強度(相対値)を示すグラフである。
【
図6】
図6は、MiTMAB存在下で、Aβ-GFPオリゴマーを導入した(TF)または導入していない(non TF)細胞の、FM4-64色素を負荷してから5分後、10分後、15分後および20分後における蛍光強度(相対値)を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を詳細に説明するが、本発明は本明細書中に説明した実施形態に限定されるものではない。
【0017】
本発明は、第一の実施形態によれば、(1)候補化合物の存在下または非存在下でアミロイドβオリゴマーとダイナミンとを接触させるステップと、(2)前記アミロイドβオリゴマーと前記ダイナミンとの結合を評価するステップとを含む、神経変性疾患の治療薬または予防薬のスクリーニング方法である。
【0018】
「神経変性疾患」とは、中枢神経系の神経細胞が徐々に変性して細胞死に至る進行性疾患の総称である。本実施形態における神経変性疾患には、例えば、アルツハイマー病、パーキンソン病、筋萎縮性側策硬化症、ハンチントン舞踏病、プリオン病などが挙げられるが、これらには限定されない。本実施形態における神経変性疾患は、好ましくはアルツハイマー病である。
【0019】
本実施形態において、「治療」とは、神経変性疾患に罹患した対象において、その疾患の病態の進行および悪化を阻止または緩和することを意味し、その疾患を完全に治癒することのみならず、その疾患の諸症状を緩和することをも含む。また、「予防」とは、神経変性疾患に罹患するおそれのある対象において、その罹患を未然に防ぐことを意味する。ここで、「対象」は、任意の哺乳動物であってよいが、好ましくはヒトである。対象は、乳幼児、若年、青年、成人および老人対象を含めた任意の年齢であり得る。
【0020】
本実施形態のスクリーニング方法では、候補化合物の存在下または非存在下でアミロイドβオリゴマーとダイナミンとを接触させる。
【0021】
「アミロイドβオリゴマー」は、2個以上のアミロイドβ(Aβ)モノマーの重合体である。本実施形態におけるAβオリゴマーは、好ましくは2~15量体であり、特に好ましくは2~4量体である。なお、本実施形態におけるAβオリゴマーには、Aβオリゴマーが凝集して形成された不溶性Aβ線維は含まれない。
【0022】
「アミロイドβモノマー」(または、単に「アミロイドβ(Aβ)」とも記載する)は、アミロイド前駆体タンパク質断片(APP)がβセクレターゼおよびγセクレターゼによって切断されることにより生成されるペプチドである。Aβには、セクレターゼの切断位置により、アミノ酸数の異なるAβ1-40、Aβ1-42、Aβ1-43などがある。本実施形態におけるAβは、好ましくはAβ1-42である。
【0023】
本実施形態におけるAβは、任意の哺乳動物の任意のAPPアイソフォームに由来するものであってよいが、好ましくはヒト由来である。APPのアミノ酸配列は公知であり、例えば、ヒトAPPアイソフォームであれば、NP_001129601.1、NP_001129602.1、NP_958817.1、NP_001191231.1、NP_958816.1、NP_001191230.1、NP_000475.1、NP_001129488.1、NP_001129603.1(いずれもNCBI RefSeq ID)などが利用可能である。また、APPをコードする核酸配列情報も公知であり、例えば、上記ヒトAPPアイソフォームをコードする核酸配列であれば、NM_001136129.3、NM_001136130.3、NM_201414.3、NM_001204302.2、NM_201413.3、NM_001204301.2、NM_000484.4、NM_001136016.3、NM_001136131.3(いずれもNCBI RefSeq ID)などが利用可能である。
【0024】
本実施形態におけるAβには、その機能が維持されていることを限度として、データベースに登録されているアミノ酸配列と80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは約95%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質が包含され得る。アミノ酸配列の同一性は、配列解析ソフトウェアを用いて、または、当分野で慣用のプログラム(FASTA、BLASTなど)を用いて算出することができる。また、本実施形態におけるAβには、その機能が維持されていることを限度として、データベースに登録されているアミノ酸配列において、1~数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質が包含され得る。「1~数個」とは、例えば1~30個、好ましくは1~10個、特に好ましくは1~5個であってよい。
【0025】
したがって、本実施形態におけるAβは、家族性アルツハイマー病において見出される公知の変異を含むものであってもよい。すなわち、本実施形態におけるAβは、野生型に限定されず、例えば、オランダ型変異体(E22Q)、北極型変異体(E22G)、イタリア型変異体(E22K)、フランドル型変異体(A21G)、アイオワ型変異体(D23N)などであってもよい。
【0026】
本実施形態におけるAβには、N末端および/またはC末端に、直接またはリンカーを介して、HA、Myc、FLAGなどのタグや、GFPなどのマーカータンパク質が付加されていてもよい。好ましくは、本実施形態の方法では、Aβ-GFP(Scientific Reports,Volume 6,Article number:22712(2016))を用いることができる。
【0027】
Aβオリゴマーは、Aβモノマーを発現する細胞内で形成され得る。したがって、例えば、Aβモノマーをコードする核酸を含む発現ベクターを宿主細胞に導入することにより、Aβオリゴマーを得ることができる。宿主細胞としては、例えば、初代培養神経細胞、HEK293細胞、HeLa細胞、CHO細胞、COS7細胞などの哺乳動物細胞を用いることができる。発現ベクターは、例えば、以下に限定されないが、レトロウイルス、レンチウイルス、アデノウイルス、センダイウイルスなどのウイルスベクターや、pCMVなどのプラスミドベクターなどを用いることができる。発現ベクターは、その種類に応じて当分野において周知の方法により細胞に導入されてよい。例えば、非ウイルスベクターであれば、リポフェクション、エレクトロポレーション、マイクロインジェクションなどにより導入することができる。ウイルスベクターであれば、適切な力価または多重感染度(MOI)において細胞に感染させることにより導入することができる。
【0028】
「ダイナミン」は、細胞内輸送における膜小胞の形成に重要な役割を担うGTPアーゼであり、哺乳動物においては、ダイナミン1、ダイナミン2およびダイナミン3のサブタイプがある。本実施形態において用いることができるダイナミンは、任意の哺乳動物由来の任意のサブタイプであってよいが、好ましくはヒト由来のダイナミン1またはダイナミン2である。ダイナミンのアミノ酸配列は公知であり、例えば、ヒトダイナミン1アイソフォーム1であれば、NCBI RefSeq ID:NP_004399.2、ヒトダイナミン2アイソフォーム1であれば、NCBI RefSeq ID:NP_001005360.1が利用可能である。また、ダイナミンをコードする核酸配列情報も公知であり、例えば、ヒトダイナミン1アイソフォーム1をコードする核酸配列であれば、NCBI RefSeq ID:NM_004408.4、ヒトダイナミン2アイソフォーム1をコードする核酸配列であれば、NCBI RefSeq ID:NM_001005360.3が利用可能である。
【0029】
本実施形態におけるダイナミンには、その機能が維持されていることを限度として、データベースに登録されているアミノ酸配列と80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは約95%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質が包含され得る。また、本実施形態におけるダイナミンには、その機能が維持されていることを限度として、データベースに登録されているアミノ酸配列において、1~数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質が包含され得る。
【0030】
ダイナミンは、ダイナミンをコードする核酸を含む発現ベクターを宿主細胞に導入することにより発現させればよい。好ましい宿主細胞、ならびに発現ベクターおよびその導入方法は、Aβの場合と同様であってよい。また、本実施形態におけるダイナミンには、Aβと同様に、N末端および/またはC末端に、直接またはリンカーを介して、タグまたはマーカータンパク質が付加されていてもよい。
【0031】
本実施形態の方法では、単離精製されたAβオリゴマーおよびダイナミンを用いることもできる。その場合には、好ましくは、宿主細胞としてBL21やRosettaなどの大腸菌を用いてよく、発現ベクターとしてpT7やpETなどのプラスミドベクターを用いてよい。Aβオリゴマーは、当分野において周知の方法により精製されてよく、例えば、アフィニティークロマトグラフィーにより精製されてよい。
【0032】
候補化合物の存在下または非存在下でAβオリゴマーとダイナミンとを接触させるためには、Aβオリゴマーとダイナミンとを共発現させた宿主細胞を、候補化合物を添加したまたは添加していない培地中で一定期間インキュベートすればよい。あるいは、候補化合物を添加したまたは添加していない反応溶液に、単離されたAβオリゴマーおよびダイナミンを添加し、一定時間インキュベートすればよい。反応溶液には、例えば、脳組織の抽出液またはその組成に準じて調製された緩衝液(例えばHEPES緩衝aCSF)などを用いればよい。
【0033】
本実施形態における「候補化合物」は、低分子化合物、核酸、タンパク質、ペプチド、抗体、脂質などであってよく、それらの混合物(例えば、細胞または組織からの抽出物、細胞または組織の培養上清など)であってもよい。また、これらの候補化合物は、新規のものであってもよいし、公知のものであってもよい。培地または反応溶液に添加される候補化合物の終濃度は、候補化合物の種類により異なるが、例えば、低分子化合物であれば、1nM~1mMの範囲で適宜選択することができる。インキュベーション時間は、例えば、60分~48時間であってよい。
【0034】
次いで、Aβオリゴマーとダイナミンとの結合を評価する。Aβオリゴマーとダイナミンとの結合は、タンパク質間相互作用を解析するための任意の手法により評価することができる。好ましい手法としては、例えば、共免疫沈降、蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)、二分子蛍光補完(BiFC)、ELISA、表面プラズモン共鳴(SPR)などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0035】
候補化合物の添加によりAβオリゴマーとダイナミンとの結合が変化したかどうかを判定するためには、候補化合物を添加しない培養または反応を並行して解析して比較してもよいし、過去に実施した候補化合物を添加しない培養または反応についての解析結果と比較してもよい。本実施形態の方法において、候補化合物の存在下でのAβオリゴマーとダイナミンとの結合が、候補化合物の非存在下でのAβオリゴマーとダイナミンとの結合と比較して有意に減少した場合には、当該候補化合物は、神経変性疾患の治療薬または予防薬として有望であると判断することができる。一方、候補化合物の存在下でのAβオリゴマーとダイナミンとの結合が、候補化合物の非存在下でのAβオリゴマーとダイナミンとの結合と比較して同等または有意に増加した場合には、当該候補化合物は、神経変性疾患の治療薬または予防薬として有望ではないと判断することができる。
【0036】
本実施形態のスクリーニング方法は、(3)候補化合物の存在下または非存在下でアミロイドβモノマーと前記ダイナミンとを接触させるステップと、(4)前記アミロイドβモノマーと前記ダイナミンとの結合を評価するステップとをさらに含んでもよい。なお、(1)~(4)の番号は、各ステップの実施の順番を限定するものではなく、例えば、ステップ(3)および(4)を実施した後に(1)および(2)ステップを実施してもよい。
【0037】
Aβモノマーとダイナミンとの結合の評価は、オリゴマーを形成しない変異を含むAβを用いる以外は、上で記載したAβオリゴマーとダイナミンとの結合の評価と同様に実施すればよい。オリゴマーを形成しない変異Aβとしては、例えば、Aβ(F19S/L34P)を用いることができる(Scientific Reports,Volume 6,Article number:22712(2016))。
【0038】
Aβオリゴマーとは異なり、Aβモノマーは細胞毒性ではなく、むしろ神経保護作用を有することが知られる。したがって、実施形態の方法において、候補化合物の存在下でのAβモノマーとダイナミンとの結合が、候補化合物の非存在下でのAβモノマーとダイナミンとの結合と比較して有意に減少した場合は、当該候補化合物は、神経変性疾患の治療薬または予防薬として有望ではないと判断することができる。
【0039】
本発明は、第二の実施形態によれば、アミロイドβオリゴマーまたはアミロイドβをコードする核酸と、ダイナミンまたはダイナミンをコードする核酸とを含んでなる、神経変性疾患の治療薬または予防薬のスクリーニングのためのキットである。本実施形態における「アミロイドβオリゴマー」、「アミロイドβをコードする核酸」、「ダイナミン」、「ダイナミンをコードする核酸」、「神経変性疾患」、「治療」および「予防」は、第一の実施形態で定義したものと同様である。
【0040】
本実施形態のキットは、上記の構成に加え、緩衝液、培地、プレート、説明書などをさらに含んでもよい。
【実施例0041】
以下に実施例を挙げ、本発明についてさらに説明する。なお、これらは本発明を何ら限定するものではない。
【0042】
<1.Aβオリゴマーに結合するタンパク質の探索>
ヒトAβ1-42-GFP融合タンパク質を発現するAβ-GFPトランスジェニックマウス(Scientific Reports,Volume 9,Article number:17368(2019))およびGFPを発現するGFPトランスジェニックマウス(Journal of Neuroscinece,Volume 23(6),pp.2170-2181(2003))の脳組織から調製された試料について、抗GFP抗体(株式会社医学生物学研究所(MBL))を結合させたDynabeads(商標)(Thermo Fisher Scientific)およびGFP-Trap(商標)磁気アガロースビーズ(ChromoTek)を用いて共免疫沈降を行った。回収されたビーズから溶出されたタンパク質を消化して得られたペプチド断片を液体クロマトグラフ質量分析(LC-MS/MS)により解析した。その結果、ダイナミン1およびダイナミン2がAβオリゴマーに結合することが示唆された。
【0043】
<2.Aβモノマーまたはオリゴマーとダイナミンとの結合>
(2-1)Aβオリゴマーとダイナミンとの結合
次に、Aβオリゴマーとダイナミン1またはダイナミン2との結合を生化学的に解析した。ヒトダイナミン1をコードする核酸配列(NM_004408.4)およびFLAGタグをコードする核酸配列を含む、C末端にFLAGタグを付加したヒトダイナミン1(以下、「ダイナミン1-FLAG」と記載する)を発現するプラスミドpCMV-DNM1-FLAG、ならびにヒトダイナミン2をコードする核酸配列(NM_001005360.3)およびFLAGタグをコードする核酸配列を含む、C末端にFLAGタグを付加したヒトダイナミン2(以下、「ダイナミン2-FLAG」と記載する)を発現するプラスミドpCMV-DNM2-FLAGを調製した。ヒトAβ1-42-GFP融合タンパク質を発現するプラスミドには、pAct-Aβ1-42-GFP(Scientific Reports,Volume 6,Article number:22712(2016))を用いた。pCMV-DNM1-FLAGおよびpAct-Aβ1-42-GFP、または、pCMV-DNM2-FLAGおよびpAct-Aβ1-42-GFPを、ポリエチレンイミンベースのトランスフェクションによりHEK293T細胞に導入し、DMEM中で24時間培養した。その後、細胞を回収し、溶解バッファー(10mMのTris(pH7.4),0.5mMのEDTA,1%のTritonX-100,150mMのNaCl,cOmplete(商標)カクテル,1mMのフッ化フェニルメチルスルホニル(PMSF))を加え、10分ごとにピペッティングしながら4℃で30分間インキュベートした。遠心分離(4℃、17000×g、10分間)により上清を回収し、細胞内タンパク質溶液を得た。
【0044】
細胞内タンパク質溶液にGFP-Trap(商標)磁気アガロースビーズを加え、4℃で1時間転倒混和しながらインキュベートした。磁気ビーズ分離ラックでビーズを回収し、洗浄後、2×SDSサンプルバッファーを加え、タンパク質溶出液を得た。タンパク質溶出液をSDS-PAGEに供し、電気泳動後、PVDF膜にタンパク質を転写した。Aβオリゴマーと共免疫沈降したダイナミン1またはダイナミン2は、一次抗体として抗FLAG抗体(富士フイルム和光純薬)(1:2000希釈)、二次抗体としてHRP標識抗マウスIgG(Jackson ImmunoReseach Laboratories,Inc.)(1:2000希釈)を用いて検出した。
【0045】
(2-2)Aβモノマーとダイナミンとの結合
pAct-Aβ1-42-GFPに代えて、ヒトAβ1-42(F19S/L34P)-GFP融合タンパク質を発現するプラスミド(Scientific Reports,Volume 6,Article number:22712(2016))を用いた以外は、上記(2-1)と同様の手順により共免疫沈降およびウェスタンブロッティングを行い、Aβモノマーとダイナミン1またはダイナミン2との結合を評価した。
【0046】
結果を
図1に示す。図中、「DNM1」はダイナミン1-FLAG、「DNM2」はダイナミン2-FLAG、「Aβ oligomer」はヒトAβ
1-42-GFPオリゴマー、「Aβ monomer」はヒトAβ
1-42-GFPモノマー、「IP」は共免疫沈降サンプル、「input」は共免疫沈降前の細胞内タンパク質溶液を示す。ダイナミン1およびダイナミン2はいずれもAβオリゴマーと結合することが確認された(
図1、DNM1/Aβ oligomer IP、DNM2/Aβ oligomer IP)。一方、ダイナミン1はAβモノマーとも結合したが(
図1、DNM1/Aβ monomer IP)、ダイナミン2とAβモノマーとの結合は確認されなかった(
図1、DNM2/Aβ monomer IP)。Aβモノマーは細胞毒性ではなく、むしろ神経保護作用を有することを考慮すると、(1)ダイナミン1とAβオリゴマーとの結合を阻害するが、ダイナミン1とAβモノマーとの結合を阻害しない物質、または(2)ダイナミン2とAβオリゴマーとの結合を阻害する物質が、アルツハイマー病などの神経変性疾患の治療薬として有効であり得ることが示唆された。
【0047】
<3.Aβオリゴマーとダイナミンとの結合を阻害する物質のスクリーニング>
既知のダイナミン阻害剤MiTMABがダイナミン1とAβオリゴマーとの結合を阻害するかどうかを、共免疫沈降およびウェスタンブロッティングにより評価した。FLAG-ダイナミン1プラスミドおよびpAct-Aβ1-42-GFPを細胞に導入すると同時に、培地に終濃度5μMまたは10μMのMiTMAB(Tocris Bioscience)を添加した以外は、上記(2-1)と同様の手順により共免疫沈降およびウェスタンブロッティングを行った。その後、膜をストリッピングし、一次抗体として抗Aβ抗体(6E10)(BioLegend)(1:500希釈)、二次抗体としてHRP標識抗マウスIgG(Jackson ImmunoReseach Laboratories,Inc.)(1:2000希釈)を用い、同様の手順によりウェスタンブロッティングを行った。
【0048】
結果を
図2および
図3に示す。図中、「IP」は共免疫沈降サンプル、「input」は共免疫沈降前の細胞内タンパク質溶液を示す。レーン1および5は10μMのMiTMAB存在下でAβ-GFPとダイナミン1とを共発現させた細胞からのサンプル、レーン2および6は5μMのMiTMAB存在下でAβ-GFPとダイナミン1とを共発現させた細胞からのサンプル、レーン3および7はMiTMAB非存在下でAβ-GFPとダイナミン1とを共発現させた細胞からのサンプル、レーン4および8はAβ-GFPとダイナミン1とを導入していないMiTMAB非存在下の細胞からのサンプルを示す。
【0049】
MiTMABの細胞毒性のため、共免疫沈降前の細胞内タンパク質溶液において、ダイナミン1およびAβ-GFPの発現がMiTMABの濃度依存的に減少したことが確認された(
図2および3、レーン5および6)。そこで、免疫沈降されたAβ-GFP(
図3)のバンド強度に基づいて共免疫沈降されたダイナミン1(
図2)のバンド強度をノーマライズし、Aβ-GFPオリゴマーとダイナミン1との結合量の変化を相対的に評価した。その結果、Aβ-GFPオリゴマーとダイナミン1との結合量は、MiTMAB非存在下と比較して、5μMのMiTMAB存在下では約31%、10μMのMiTMAB存在下では約5%に減少したことが明らかになった。
【0050】
以上の結果から、ダイナミン1とAβ-GFPとの共発現系を用いて、ダイナミン1とAβオリゴマーとの結合を阻害する物質のスクリーニングが可能であることが示された。
【0051】
<4.MiTMABはダイナミンとAβオリゴマーとの結合を阻害することによりエンドサイトーシス障害を改善する>
(4-1)Aβオリゴマーがエンドサイトーシスに及ぼす影響
ダイナミンはエンドサイトーシスにおける細胞膜からの小胞の切断に関与し、ダイナミンの機能が阻害されるとエンドサイトーシスが阻害されることがすでに知られている。そこで、エンドサイトーシスを可視化できるFM4-64色素を用いて、Aβオリゴマーがダイナミンに結合することによりエンドサイトーシスを阻害するかどうかを確認した。
【0052】
Lipofectamine(商標)3000(Thermo Fisher Scientific)を用いてpAct-Aβ1-42-GFPをHeLa細胞にトランスフェクションし、DMEM中で24時間培養した。その後、細胞を回収し、ガラスボトムディッシュに低密度で播種した。4~6時間後、終濃度1.6μMのFM4-64色素(Invitrogen)を培地に添加し、3分後、5分後、10分後、15分後および20分後に共焦点レーザー顕微鏡(Nikon A1R)により撮像し、細胞におけるFM4-64色素の蛍光強度をImageJソフトウェアにより解析した。
【0053】
顕微鏡像を
図4に示す。FM4-64色素を負荷してから3分後の細胞(
図4右上)よりも、20分後の細胞(
図4右下)における蛍光強度が増加しており、FM4-64色素がエンドサイトーシスにより細胞内に取り込まれていることが確認されたが、Aβ-GFPを発現する細胞(矢印)では、Aβ-GFPを発現していない細胞と比較して、色素の取り込みが減少していた。また、5分後、10分後、15分後および20分後の細胞における蛍光強度(FM4-64色素を負荷してから3分後の細胞における蛍光強度を1とした場合の相対値)を
図5に示す。図中、「TF」はAβ-GFPが導入された細胞、「non TF」はAβ-GFPが導入されていない細胞を意味する。Aβ-GFPを発現する細胞では、Aβ-GFPを発現していない細胞と比較して、色素の取り込みが有意に遅くなっていることが明らかになった。これらの結果から、Aβオリゴマーがダイナミンに結合することにより、エンドサイトーシスが阻害されることが示唆された。
【0054】
(4-2)Aβオリゴマーによるエンドサイトーシス障害に対するMiTMABの効果
上記(4-1)と同様の手順により、pAct-Aβ1-42-GFPをHeLa細胞に導入した。DMEM中で24時間培養した後、ガラスボトムディッシュに低密度で播種すると同時に、MiTMAB(終濃度5μM)を培地に添加した。その後、上記(4-1)と同様の手順により、細胞におけるFM4-64色素の蛍光強度(相対値)を算出し、エンドサイトーシス活性を評価した。
【0055】
結果を
図6に示す。図中、「TF」はAβ-GFPが導入された細胞、「non TF」はAβ-GFPが導入されていない細胞を意味する。細胞をMiTMABで処理した場合には、Aβ-GFPを発現する細胞とAβ-GFPを発現していない細胞との間で、5分後、10分後、15分後および20分後のいずれの時点でも、FM4-64色素の細胞内取り込みに有意差は認められなかった。これらの結果から、MiTMABがダイナミンとAβオリゴマーとの結合を阻害することにより、Aβオリゴマーによるエンドサイトーシス障害を改善できる可能性が示唆された。
【0056】
以上の結果から、ダイナミンとAβ-GFPとの共発現系を用いたスクリーニング系により、Aβオリゴマーの神経毒性を抑制可能な、認知症治療薬の候補物質の探索が可能であることが示された。