(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024074058
(43)【公開日】2024-05-30
(54)【発明の名称】A/Dコンバータ、アナログ/デジタル変換方法
(51)【国際特許分類】
H03M 1/08 20060101AFI20240523BHJP
H03M 1/12 20060101ALI20240523BHJP
H03M 1/46 20060101ALI20240523BHJP
【FI】
H03M1/08 A
H03M1/12 A
H03M1/46
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022185120
(22)【出願日】2022-11-18
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和3年11月19日に、「東京大学学内大学院輪講」に発表 [刊行物等] 令和3年11月25日に、「東京大学学内大学院輪講」に発表 [刊行物等] 令和4年5月27日に、「ISCAS2022」に発表 [刊行物等] 令和4年6月1日に、「ISCAS2022」に発表
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】飯塚 哲也
(72)【発明者】
【氏名】柴田 凌弥
【テーマコード(参考)】
5J022
【Fターム(参考)】
5J022AA01
5J022BA01
5J022BA02
5J022BA06
5J022CA10
5J022CD07
5J022CE05
(57)【要約】
【課題】高精度なA/Dコンバータを提供する。
【解決手段】SR-ADC100は、アナログの入力信号V
inをデジタル値D
outに変換する。サンプルホールド回路110は、入力信号V
inをサンプリングする。ノイズ重畳回路120は、サンプリングされた入力信号V
shに、強度が可変である擬似ノイズNを重畳可能であり、1回の変換動作において、擬似ノイズの強度をN
comp回(N
comp≧2)、更新する。電圧コンパレータ130は、擬似ノイズが重畳された入力信号V
inをしきい値電圧V
thと比較する。カウンタ140は、擬似ノイズの強度が更新されるたびに、電圧コンパレータ130の出力COMPを監視し、電圧コンパレータ130の出力COMPが所定レベルをとると、カウント値countを変化させる。擬似ノイズの強度をN
comp回、更新した後のカウンタ140のカウント値が、デジタル値D
outとして出力される。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アナログの入力信号をデジタル値に変換するA/Dコンバータであって、
前記入力信号をサンプリングするサンプルホールド回路と、
前記サンプルホールド回路によってサンプリングされた前記入力信号に、強度が可変である擬似ノイズを重畳可能であり、1回の変換動作において、前記擬似ノイズの前記強度をNcomp回(Ncomp≧2)、更新するノイズ重畳回路と、
前記擬似ノイズが重畳された前記入力信号をしきい値電圧と比較する電圧コンパレータと、
前記擬似ノイズの前記強度が更新されるたびに、前記電圧コンパレータの出力を監視し、前記電圧コンパレータの出力が所定レベルをとると、カウント値を変化させるカウンタと、
を備え、前記擬似ノイズの前記強度をNcomp回、更新した後の前記カウンタの前記カウント値を、前記デジタル値として出力することを特徴とするA/Dコンバータ。
【請求項2】
前記ノイズ重畳回路は、容量D/Aコンバータであることを特徴とする請求項1に記載のA/Dコンバータ。
【請求項3】
前記容量D/Aコンバータの容量アレイに境界を設け、前記境界より上位ビット側のスイッチの状態を固定し、前記境界より下位ビット側のスイッチをランダムにスイッチングすることを特徴とする請求項2に記載のA/Dコンバータ。
【請求項4】
アナログの入力信号をデジタル値に変換する方法であって、
入力信号をサンプリングするステップと、
(i)サンプリングされた前記入力信号に、強度が可変である擬似ノイズを重畳し、前記擬似ノイズが重畳された前記入力信号をしきい値電圧と比較し、所定の比較結果が得られたときにカウント値を変化させる処理を、前記強度を更新しながらNcomp回(Ncomp≧2)、繰り返すステップと、
前記カウント値を前記デジタル値として出力するステップと、
を備えることを特徴とする方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、A/Dコンバータ(アナログ-デジタル変換器)に関する。
【背景技術】
【0002】
さまざまな用途において、高い変換精度と低消費電力を実現できる逐次比較型(SAR:Successive Approximation Register)のA/Dコンバータ(A/Dコンバータ)が広く利用されている。SAR-ADCは、二分探索法によって、MSB(最上位ビット)からLSB(最下位ビット)に向かって値を確定させていく。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】I. A. Bangsa, D. P. N. Mul and W. A. Serdijn, “Stochastic Resonance Mixed-Signal Processing : Analog-to-Digital Conversion and Signal Processing Employing Noise,” in Proc. IEEE Int. Symp. Circuits Syst., pp. 1-5, 2018.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
SAR-ADCの変換精度は、電圧コンパレータが発生するノイズによって制約を受ける。電圧コンパレータのノイズの影響を低減するためには、電圧コンパレータの消費電力を上げる必要があった。電圧コンパレータのノイズと同程度の微弱な信号を処理するためには、電圧コンパレータの消費電力をさらに増やす必要がある。
【0005】
本開示は係る状況においてなされたものであり、その例示的な目的のひとつは、高精度なA/Dコンバータの提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示のある態様は、アナログの入力信号をデジタル値に変換するA/Dコンバータに関する。A/Dコンバータは、入力信号をサンプリングするサンプルホールド回路と、サンプルホールド回路によってサンプリングされた入力信号に、強度が可変である擬似ノイズを重畳可能であり、1回の変換動作において、擬似ノイズの強度をNcomp回(N≧2)、更新するノイズ重畳回路と、擬似ノイズが重畳された入力信号をしきい値電圧と比較する電圧コンパレータと、擬似ノイズの強度が更新されるたびに、電圧コンパレータの出力を監視し、電圧コンパレータの出力が所定レベルをとると、カウント値を変化させるカウンタと、を備える。A/Dコンバータは、擬似ノイズの強度をNcomp回、更新した後のカウンタのカウント値を、デジタル値として出力する。
【発明の効果】
【0007】
本開示のある態様によれば、A/Dコンバータの精度を改善できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】実施形態に係るA/Dコンバータのブロック図である。
【
図2】
図1のA/Dコンバータの動作を説明するタイムチャートである。
【
図3】A/Dコンバータの複数の変換サイクルの動作を説明する図である。
【
図4】一実施例に係るA/Dコンバータの回路図である。
【
図5】ノイズの確率密度関数(Probability Density Function; PDF)を示す図である。
【
図7】A/Dコンバータにおいて想定されるノイズのPDFを示す図である。
【
図8】A/Dコンバータの性能のシミュレーション結果を示す図である。
【
図9】実施例に係るA/Dコンバータと、従来のSAR-ADCの、SNDRのシミュレーション結果を示す図である。
【
図10】周波数f
compを変化させたときのSNDRを示す図である。
【
図11】入力信号の振幅Aの変化させたときのSNDRを示す図である。
【
図12】σ
comp/A=0.01,0.1,1のときの、容量DACから加わるノイズとコンパレータノイズを合わせたノイズのPDFとP(x)を示す図である。
【
図13】N
noise=6のときのノイズのPDFおよびそれに対応するP(x)を示す図である。
【
図14】ノイズ強度が大きいときのSNDRを示す図である。
【
図15】ノイズ強度が大きいときのSR-ADCおよびSAR-ADCそれぞれのSNDRを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
(実施形態の概要)
本開示のいくつかの例示的な実施形態の概要を説明する。この概要は、後述する詳細な説明の前置きとして、実施形態の基本的な理解を目的として、1つまたは複数の実施形態のいくつかの概念を簡略化して説明するものであり、発明あるいは開示の広さを限定するものではない。この概要は、考えられるすべての実施形態の包括的な概要ではなく、すべての実施形態の重要な要素を特定することも、一部またはすべての態様の範囲を線引きすることも意図していない。便宜上、「一実施形態」は、本明細書に開示するひとつの実施形態(実施例や変形例)または複数の実施形態(実施例や変形例)を指すものとして用いる場合がある。
【0010】
本開示の一実施形態では、ノイズが信号の検出精度向上に寄与する確率共鳴(Stochastic Resonance; SR)現象を、A/Dコンバータに利用することで、入力信号が電圧コンパレータのノイズよりさらに小さい場合に、従来の逐次比較型を上回る精度を達成する。
【0011】
一実施形態に係るA/Dコンバータは、アナログの入力信号をデジタル値に変換する。A/Dコンバータは、入力信号をサンプリングするサンプルホールド回路と、サンプルホールド回路によってサンプリングされた入力信号に、強度が可変である擬似ノイズを重畳可能であり、1回の変換動作において、擬似ノイズの強度をNcomp回(Ncomp≧2)、更新するノイズ重畳回路と、擬似ノイズが重畳された入力信号をしきい値電圧と比較する電圧コンパレータと、擬似ノイズの強度が更新されるたびに、電圧コンパレータの出力を監視し、電圧コンパレータの出力が所定レベルをとると、カウント値を変化させるカウンタと、を備える。A/Dコンバータは、擬似ノイズの強度をNcomp回、更新した後のカウンタのカウント値を、デジタル値として出力する。
【0012】
一実施形態において、ノイズ重畳回路は、容量D/Aコンバータ(CDAC)であってもよい。この構成では、サンプルホールド回路、ノイズ重畳回路、電圧コンパレータは、SAR(逐次比較型)-ADCの入力段と同じ構成を有するため、SAR-ADCの回路アーキテクチャをそのまま転用することができる。
【0013】
一実施形態において、容量D/Aコンバータの容量アレイに境界を設け、境界より上位ビット側のスイッチの状態を固定し、境界より下位ビット側のスイッチをランダムにスイッチングしてもよい。これにより、境界の位置に応じて、ノイズの強度を調節することができる。
【0014】
(実施形態)
以下、好適な実施形態について、図面を参照しながら説明する。各図面に示される同一または同等の構成要素、部材、処理には、同一の符号を付するものとし、適宜重複した説明は省略する。また、実施形態は、開示および発明を限定するものではなく例示であって、実施形態に記述されるすべての特徴やその組み合わせは、必ずしも開示および発明の本質的なものであるとは限らない。
【0015】
本明細書において、「部材Aが、部材Bと接続された状態」とは、部材Aと部材Bが物理的に直接的に接続される場合のほか、部材Aと部材Bが、それらの電気的な接続状態に実質的な影響を及ぼさない、あるいはそれらの結合により奏される機能や効果を損なわせない、その他の部材を介して間接的に接続される場合も含む。
【0016】
同様に、「部材Cが、部材Aと部材Bの間に接続された(設けられた)状態」とは、部材Aと部材C、あるいは部材Bと部材Cが直接的に接続される場合のほか、それらの電気的な接続状態に実質的な影響を及ぼさない、あるいはそれらの結合により奏される機能や効果を損なわせない、その他の部材を介して間接的に接続される場合も含む。
【0017】
図1は、実施形態に係るA/Dコンバータ100のブロック図である。A/Dコンバータ100は、アナログの入力信号V
inをデジタルの出力信号D
outに変換する。このA/Dコンバータ100は、確率共鳴現象(SR:Stochastic Resonance)を利用したものであり、以下では、SR-ADC100と称する。
【0018】
SR-ADC100は、サンプルホールド回路110、ノイズ重畳回路120、電圧コンパレータ130、カウンタ140を備える。
【0019】
サンプルホールド回路110は、入力信号Vinをサンプリングし、変換期間の間、ホールドする。ノイズ重畳回路120は、サンプルホールド回路110によってサンプリングされた入力信号Vshに、強度が可変である擬似ノイズ(以下、単にノイズと称する)Nを重畳する。ノイズ重畳回路120は、1回の変換動作において、ノイズNの強度をNcomp回(Ncomp≧2)、更新する。
【0020】
たとえばノイズ重畳回路120は、ノイズ発生源122および加算器124を含む。ノイズ発生源122が発生するノイズNは、1回更新されてから次に更新されるまで同じレベルを保つ。加算器124は、電圧VshとノイズNを加算する。
【0021】
電圧コンパレータ130は、ノイズNが重畳された入力信号Vtop(=Vsh+N)を、しきい値電圧Vthと比較する。
【0022】
カウンタ140は、ノイズNの強度が更新されるたびに、VtopとVthの比較結果を示す電圧コンパレータ130の出力COMPを監視する。カウンタ140は、電圧コンパレータ130の出力COMPがハイ、ローの一方である所定レベル(たとえばハイ)をとるとカウントアップし、カウント値countを変化させる。ノイズNの強度をNcomp回(N≧2)、更新した後のカウンタ140のカウント値countが、デジタル値Doutとして出力される。
【0023】
以上がSR-ADC100の構成である。続いてその動作を説明する。
【0024】
図2は、
図1のSR-ADC100の動作を説明するタイムチャートである。
図2には、1回の変換サイクルT
convが示される。1段目(最上段)には、サンプルホールドされた入力信号V
sh(一点鎖線)と、ノイズNが示される。1回の変換動作の間に、ノイズNは、N
comp回、更新される。つまり、1回の変換サイクルT
convは、N
comp個のサブ期間T
sに分割されており、各サブ期間T
sの間はノイズNのレベルは一定に保たれる。ノイズNは、N
noiseビットのランダムパターンで表され、サブ期間T
sごとに更新される。
【0025】
図2の2段目には、ノイズが重畳された入力信号V
top(=V
sh+N)が示され、3段目には、電圧V
top(=V
sh+N)としきい値電圧V
thとの比較結果COMPが示される。この例ではしきい値電圧V
thは0Vである。比較結果COMPは、V
top>V
thのときにハイ、V
top<V
thのときにローとなる。
【0026】
図2の4段目(最下段)には、カウンタ140のカウント値countが示される。カウント値countは、比較結果COMPがハイのときにカウントアップする。N
comp回の比較が完了した時点での、カウント値countが、A/Dコンバータの出力D
outを示す。
【0027】
図3は、SR-ADC100の複数の変換サイクルの動作を説明する図である。ここでは入力信号V
inが正弦波である場合を示している。変換サイクルT
convごとに入力信号V
inがサンプリングされ、サンプリングされた入力信号Vinの電圧レベルに応じたカウント値countが、出力D
outとして出力される。
【0028】
以上がSR-ADC100の動作である。続いてSR-ADC100のより具体的な実装について、具体的な例を説明する。
【0029】
図4は、一実施例に係るSR-ADC100Aの回路図である。
【0030】
この実施例において、サンプルホールド回路110およびノイズ重畳回路120は、SAR-ADCで使用されるキャパシタDAC(CDAC)150を用いて構成される。CDAC150は、Nbitビットで構成されており、(Nbit+1)個のキャパシタを含むキャパシタアレイ152と、Nbit個のスイッチS1~SNbitを含むスイッチアレイ154を備える。図中、(Nbit+1)個のキャパシタを右から順に、0番目~Nbit番目とする。0番目のキャパシタの容量はCであり、残りのNbit個のキャパシタの容量は、バイナリで重み付けされている。具体的にはi番目(1≦i≦Nbit)のキャパシタの容量は2i-1・Cである。
【0031】
i番目のスイッチSiは、対応するキャパシタの一端に、電源電圧VDD、接地電圧GND(0V)、中点電圧VDD/2の3つの電圧レベルのうち一つを印加可能に接続されている。
【0032】
SR-ADCにおいて、ノイズNの強度は、変換精度に大きな影響を及ぼす。
図4のSR-ADC100Aでは、ノイズNの強度は、CDAC150において設定することができる。すなわち、ノイズNの強度に応じて、境界156を定め、境界よりも上位ビット側については、スイッチSを中点電圧VDD/2に固定し、境界よりも下位ビット側についてのみ、ノイズの重畳のために、スイッチSをVDDとGNDの間でスイッチングする。つまり、境界156の位置が、ノイズNのビット数N
noiseに対応する。
図4の例は、N
noise=3であり、下位3ビットのスイッチS1~S3のみがランダムにスイッチングされる。N
noiseを大きく、つまり境界156を上位ビット側にシフトすれば、ノイズNの強度は大きくなり、N
noiseを小さく、つまり境界156を下位ビット側にシフトすれば、ノイズNの強度は小さくできる。
【0033】
ノイズ発生源122は、擬似ランダムパターン(PRBS:Pseudo-Random Binary Sequence)発生器であり、0と1がランダムに並んだ信号列PRBSを発生する。ノイズ発生源122は、サブ周期Tsごとに信号列PRBSを更新し、下位のスイッチS1~S3の状態を切り替える。
【0034】
コントローラ160は、電圧コンパレータ130の出力を監視し、あるサブ周期Tsにおいて電圧比較が完了すると、次のサブ周期Tsに遷移し、ノイズ発生源122に信号列PRBSの更新を指示する。
【0035】
以上がSR-ADC100Aの構成である。続いてその動作を説明する。
【0036】
SR-ADC100Aの動作は、サンプリングとノイズ印加の段階に分かれる。サンプリングの段階では、すべてのCDAC150のスイッチS1~SNbitが、VDD/2にセットされ、Vtop=Vinとなる。
【0037】
ノイズ印加の段階では、CDAC150のスイッチがVDDまたはGNDにランダムに切り替えられる。ここで加えられるノイズの強度は、上述のように境界156の位置によって規定され、境界156よりも下位のスイッチがランダムに制御され、境界156より上位のスイッチはVDD/2に固定される。1つの変換サイクルの間に、信号列PRBSは、Ncomp回更新される。
【0038】
以上がSR-ADC100Aの動作である。
【0039】
このSR-ADC100Aのノイズ重畳回路120および電圧コンパレータ130の部分は、広く用いられるSAR-ADCの一部と同じ構成を有しているため、SAR-ADCの設計アーキテクチャをそのまま転用することができるという利点がある。
【0040】
またCDAC150の境界156の位置に応じて、ノイズの強度を自由に設定することができる。
【0041】
続いて、SR-ADC100Aについて詳細に説明する。ノイズ重畳回路120によりノイズが印加された電圧Vtopは以下の式(1)で表される。siはスイッチSiの状態を表しており、VDDを選択した状態を1、GNDを選択した状態を-1とする。式(1)の右辺第二項が加えられるノイズを意味する。
【0042】
【0043】
式(1)を見るとわかるように、実際に入力信号Vinに加えられるノイズは離散的な値をとるが、ここでは簡単のために連続的な値をとるものとして考える。
【0044】
図5は、ノイズの確率密度関数(Probability Density Function; PDF)を示す図である。連続的なノイズは中心を0とする一様分布となっており、Δの幅を持っている。Δはノイズの強度を示しているのでN
noiseに依存している。このような分布をもったノイズが入力信号値xを有する入力信号V
inに加わるとき、ノイズを含んだ入力信号値V
topが電圧コンパレータ130のしきい値V
thを超える確率P(x)を考えることができる。P(x)は入力信号値xによって変化し、その変化は
図5の下段に、ノイズのPDFと併せて示されている。確率P(x)は式(2)で表される。
【数2】
【0045】
ノイズのPDFが連続的な一様分布であることから、絶対値がΔ/2以下では、xの増加に伴いP(x)が直線的に増加する。xがΔ/2よりも大きい場合は、最大のノイズが負の方向に印加されても必ずノイズを加えた入力信号は閾値を超えるため、P(x)は1となる。同様にxが-Δ/2よりも小さい場合はP(x)は必ず0となる。また、このP(x)はノイズのPDFの累積分布関数(Cumulative Distribution Function; CDF)にもなっている。実施形態に係るSR-ADCは比較をN
comp回繰り返すため、最終的なカウンタの出力の期待値^y
countは式(3)で表される。
【数3】
【0046】
ここで入力信号V
inとして周期T=2π/ω
sig=1/f
sigをもつ正弦波Asin(ω
sigt)を考える。SR-ADCの性能評価にはSNDR(Signal to Noise and Distortion Ratio)を用いる。SNDRは、式(4)で表される。
【数4】
【0047】
P
outおよびP
HDは、^y
countをフーリエ変換することにより得ることができる。P
noiseは式(5)から計算できる。
【数5】
【0048】
式(5)について、提案するSR-ADCで用いられる電圧コンパレータ130の出力は0または1であるため、入力信号Vinに依存せずランダムにそれが出力されたときの平均的なパワーは1/2となり、これが電圧コンパレータ130の出力のパワーとなる。そこから、コンパレータ出力の期待値のパワーを引いたものは、比較一回当たりのノイズのパワーとなる。よって全体のノイズのパワーは、1回当たりのパワーに比較回数Ncompをかけたものとなる。
【0049】
ノイズのPDFが連続的な一様分布であるとき、出力は次の二つの場合に分けられる。
【0050】
3.1 線形出力の場合
図6は、入力信号とノイズの関係を示す図である。
図6の上段には、入力信号V
inの振幅AがCDAC150から加わるノイズの幅の半分Δ/2よりも小さいとき(A<Δ/2)場合が示されており、このとき入力と出力の関係は線形となる。このときの^y
countは式(6)で表される。
【数6】
【0051】
このように線形の場合は、高調波歪みは生じないのでSNDRを求める際のPHDは計算する必要がない。入力信号としてAsin(ω
sigt)を考えるとき、残りのP
outとP
noiseはそれぞれ式(7a)、(7b)のように計算できる。
【数7】
【0052】
以上より、入力振幅Aに対するノイズ強度Δ/2の比としてr=Δ/(2A)を定義することによって、SN(D)Rは式(8)のように表される。
【数8】
【0053】
式(8)はΔ/2=A(r=1)のとき、最大値としてNcompをとる。
【0054】
3.2 非線形出力の場合
図6の下段(b)には、入力振幅AがCDAC150からのノイズの強度Δ/2以上の場合(A>Δ/2)が示されており、この場合、入力と出力の関係は非線形となる。したがってP
outとP
HDを求めるためには、^y
countのフーリエ級数を考える必要がある。これについては簡単のためにN
compとオフセットの影響を取り除いたf(t)=^y
count/N
comp-1/2のフーリエ級数を考えればよい。このときf(t)は式(9)で表される。
【数9】
【0055】
f(t)は奇関数であるので、f(t)のフーリエ級数は奇数項のみを計算すればよい。そしてAがΔ/2よりも大きいがその差は非常に小さいと考えられるとき、f(t)の非線形も同様に非常に小さいと考えることができる。よって、このような条件のときのフーリエ級数の奇数項は3次までを計算すればよい。フーリエ級数の係数は1次と3次でそれぞれ式(10a)、(10a)となる。
【数10】
【0056】
ここからP
outとP
HDが式(11a)、(11b)で表される。
【数11】
【0057】
P
noiseは式(5)から計算できて、式(12)で表される。
【数12】
【0058】
ここまでの計算から出力が非線形のときのSNDRは式(13)のように表される。
【数13】
【0059】
高調波歪みに関しては3次までしか考慮していなかったため、上記のSNDRの式は、r<1のとき、具体的には、rが1よりわずかに下回っている範囲において有効である。式(13)の最大値はr=Δ/(2A)=1のときNcompである。これは線形出力の場合の最大値と一致する。このことからSR-ADCの性能を最も高めるためには、CDAC150からのノイズの強度を入力信号の振幅と同等にする必要があるということがわかる。
【0060】
ここまでの議論では解析の簡単化のために、連続的な分布をもったノイズのPDFを考えてきたが、
図4のSR-ADC100Aでは、ノイズは離散的な数値を持つ。このときノイズのPDFは、
図5の右に示したようになる。そしてこのようなPDFに対してP(x)は同図に示したように階段状の形状となる。CDAC150から加えられるノイズの強度は上述したように、CDAC150の境界156の位置にもとづくN
noiseによって制御されるので、このときのP(x)は式(14)のように表される。
【数14】
【0061】
ここでk(x)は式(15)を満たす整数値である。
【数15】
【0062】
ノイズが離散的な場合でも出力の期待値は連続的な場合と同様に^ycount=NcompP(x)であるので、SNDRを計算する際も同様にPoutとPHDを^ycountのフーリエ変換から求め、Pnoiseを式(15)から求めることによってSNDRが得られる。しかしこの離散的な場合のSNDRの解析結果は連続的な場合に比べて複雑になるため、数値計算によって離散的な場合のSNDRを計算する。
【0063】
図7は、SR-ADC100Aにおいて想定されるノイズのPDFを示す図である。SR-ADC100Aの実装においては電圧コンパレータ130のような回路要素からのノイズが必ず生じる。そしてこのノイズはトランジスタの熱ノイズに起因し、そのノイズは白色ガウスノイズだと仮定することができる。この電圧コンパレータ130からのノイズが存在するとき、CDAC150から加えられる離散的なノイズを含めた総合的なノイズのPDFは、
図7のようになる。図では電圧コンパレータ130からのノイズの強度が大きくなるにつれて総合的なノイズのPDFが連続的になり、それに対応するP(x)も階段状からなめらかな形状に変化していく様子が示されている。この変化によって、適切な強度のコンパレータノイズが存在すればノイズのPDFは連続的なノイズのPDFに近づくので、離散的なノイズを印加する実装したSR-ADCも、連続的なノイズを印加する性能解析したSR-ADCに近い動作をすることが予想できる。
【0064】
・解析とシミュレーション結果
ノイズの確率密度分布が連続と離散の両方の場合で実施例に係るSR-ADC100Aの性能をシミュレーションによって検証した。
【0065】
図8は、SR-ADC100Aの性能のシミュレーション結果を示す図である。ここではN
bit=10、N
comp=1024としており、電圧コンパレータからのノイズは考慮していない。実線は連続的なノイズ分布の場合で、解析的な結果を示している。シミュレーションにはランダムなノイズを用いているため、結果のプロットは20回の試行の平均値を示している。丸で示したのは連続的なノイズの場合のシミュレーション結果であり、r~0.1の領域を除いて解析結果と一致している。rが小さく、そして1から遠ざかると解析結果とのずれが生じる理由は、非線形性が弱いという仮定が不正確になっていき、3次よりも高次の高調波歪みが無視できなくなるためである。
【0066】
SNDRは、r=1のときに最大値をとっており、解析の結果と一致している。離散的なノイズの場合のシミュレーション結果は、r=1の付近で連続的なノイズの場合に比べてSNDRが落ちている。特にこの領域においてコンパレータからのノイズが連続と離散の場合の差を埋め、実施例に係るSR-ADC100AのSNDRを高めることが期待できる。
【0067】
次に一般的によく使用されているSAR-ADC(10ビット)と実施例に係るSR-ADC100Aをシミュレーションによって比較した。
【0068】
図9は、実施例に係るSR-ADC100Aと、従来のSAR-ADCの、SNDRのシミュレーション結果を示す図である。前述したように、両者の回路は同じ構造をもっている。入力信号V
inをAsin(2πf
sigt)としたとき、NbitのSAR-ADCのSNRは、式(16)で計算できる。
【数16】
【0069】
ここでVppとσ
compはそれぞれ、SAR-ADCのピーク・ピーク値と電圧コンパレータのノイズの標準偏差である。SR-ADCとSAR-ADCのコンパレータが両者ともf
compのレートで動作すると仮定すると、NビットのSAR-ADCのサンプリングレートはf
s,SAR =f
comp/N
bitとなる。一方でSR-ADCSR-ADCのサンプリングレートはf
s,SR=f
comp/N
compとなる。一般にN
comp≫N
bitであるため、SAR-ADCは、SR-ADCよりも広い帯域をサンプリングすることができ、オーバーサンプリングによってSNRを上げることができる。2つの回路を対等に比較するために、
図9ではSAR-ADCのSNRはN
comp/N
bitに従って改善したものを示しており、そこではSAR-ADCとSR-ADCは等しいf
compで等しい帯域幅をサンプリングしている。
【0070】
図9では、電圧コンパレータのノイズを変化させたときのSN(D)Rを比較していて、ここではf
sig=4.39MHz、Vpp=2.0V、A=6.80mV、f
comp=5GHzである。また、r=1としてSR-ADCが最大のSNDRをとるようにしている。σ
compがAと同等かそれ以上のとき、SR-ADCはSAR-ADCよりも高いSNDRをとっている。これはコンパレータのノイズ程度に微弱な入力信号を扱うときにはSR-ADCの方が優位であることを示している。さらに入力信号が微弱な場合は回路内のノイズさえも有効に利用できることから、従来までそのノイズを抑えることに使われてきた電力を削減することができるような低消費電力なADCの実装にもつながるといえる。
【0071】
さらに詳しい比較として、
図9においてSR-ADCがSAR-ADCよりも優位な条件下において、コンパレータノイズ以外のパラメータを変えたとき、再度両者の回路をシミュレーションにより比較する。ここではσ
comp=13.6mVを固定したときに、コンパレータの動作速度f
compと入力信号V
inの振幅Aを変化させた。なお、採用したσ
compは先ほど用いたAの2倍となっている。
【0072】
図10は、周波数f
compを変化させたときのSNDRを示す図である。入力信号V
inの周波数f
sigなどの他のパラメータは変えておらず、変化するのはf
compに伴うf
s,SARとN
compである。これらはそれぞれSAR-ADCとSR-ADCの場合で変化したパラメータを示しており、SAR-ADCの場合はコンパレータの速度が変わることによってf
s,SARが変化し、オーバーサンプリングの度合いが変化する。
図10においてSAR-ADCの結果が線形なのは、SNDRの変化がオーバーサンプリングの変化にのみ依存しているからである。
【0073】
SR-ADCではN
compが変化するため、それに伴いSNDRが変化する。
図10ではお互いにSNDRがf
compに対して直線的に変化しており、常にSR-ADCの優位が保たれていることが確認できる。
【0074】
図11は、入力信号の振幅Aの変化させたときのSNDRを示す図である。ここでr=1は常に保たれているが、それ以外のパラメータに関してはこれまでと同様に変化を加えていない。SAR-ADCはAの変化に伴い直線的に変化していくが、SR-ADCの方はある程度Aが大きくなるとSNDRの変化が緩やかになる。これは
図9の結果を用いて考えると、Aが大きくなったことによって相対的なσ
compの値が小さくなり、コンパレータノイズがSNDRに寄与されにくくなったからだと考えることができる。SR-ADCが優位を保つにはAに合わせてσ
compの大きさも変化させる必要がある。
【0075】
図9で用いたAはN
noise=3に対応しており、このときコンパレータノイズのσ
compが変化することによってSNDRの上下が見られたが、
図7で考えたようなノイズのPDFやそれに伴うP(x)はこのときどうなっているのかを確認する。
【0076】
図12は、σ
comp/A=0.01,0.1,1のときの、CDAC150から加わるノイズとコンパレータノイズを合わせたノイズのPDFとP(x)を示す図である。
図9でSR-ADCのSNDRが上昇する前に対応するσ
comp/A=0.01のときはコンパレータノイズが少なく、P(x)が階段上になっているのがわかる。σ
comp/A=0.1のときはコンパレータノイズの影響により、連続的なノイズ分布に近い滑らかなP(x)となっているのがわかる。σ
comp/A=1以上にコンパレータノイズが大きくなると、P(x)に非線形性が出てきて再びSNDRが下降することが予想できる。
図12に示したP(x)の形状は、
図9におけるSR-ADCのSNDRの上下の原因を直観的に表していると言える。
【0077】
ここで述べたような
図9におけるSR-ADCのSNDRの上下は、r=1を想定する場合、Aの値、すなわちN
noiseの値によってふるまいが変化する。
図9ではN
noise=3でr=1となるようなAであったが、次はN
noise=6となるようなA=61.5mVのときのSNDRの変化をシミュレーションによって確認する。
【0078】
図13は、N
noise=6のときのノイズのPDFおよびそれに対応するP(x)を示す図である。
図12のときと比べてN
noiseが大きく、ノイズの離散値の目盛りの密度が増すため、σ
comp/Aの値が低くても非常に線形に近いP(x)となっていることがわかる。これはすなわちN
noiseが大きいときにはノイズが離散的な場合と連続的な場合の差が小さいということを意味している。
【0079】
図14は、ノイズ強度が大きいときのSNDRを示す図である。r=1において
図8では生じていた不連続ノイズと連続ノイズの差が埋まっていることがわかる。このような場合は
図9でみられたコンパレータノイズによって起こるSR-ADCのSNDRの上下の挙動は見られなくなる。
【0080】
図15は、ノイズ強度が大きいときの、SR-ADCおよびSAR-ADCそれぞれのSNDRを示す図である。ノイズ強度が大きい場合、コンパレータノイズが大きくなってもSNDRが上昇していないことがわかる。SNDRの理論の最大値は10log
10N
compであり、これはコンパレータノイズが存在せず、CDAC150からのノイズが連続的な場合でのSNDRに等しい。ここからN
noiseが大きいとコンパレータノイズが存在せずとも、ノイズが離散的な場合と連続的な場合の差が生じづらいということがわかる。
【0081】
この解析から分かるように、微弱な入力信号Vinに対して、SR-ADCは、従来のSAR-ADCに比べて優位性を示す。さらに入力信号Vinが微弱な場合は電圧コンパレータからのノイズのような回路内のノイズさえも性能の改善に寄与することから、ノイズは大きいが消費電力は小さいというような回路要素の使用が可能になり、それが低消費電力なADCの実装につながることが期待できる。
【0082】
実施形態では、容量DACを用いてデジタル制御される離散的なノイズを、入力信号に重畳したが、本開示はそれに限定されず、連続的なノイズを重畳してもよい。たとえば、アナログノイズ源によって、白色ノイズを生成し、サンプルホールド回路によってサブ周期Tsごとに白色ノイズをサンプルホールドし、アナログ加算器によって、入力信号と、サンプルホールドされた白色ノイズを加算する処理を繰り返してもよい。
【符号の説明】
【0083】
100 A/Dコンバータ
110 サンプルホールド回路
120 ノイズ重畳回路
122 ノイズ発生源
124 加算器
130 電圧コンパレータ
140 カウンタ
150 CDAC
160 コントローラ