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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024074123
(43)【公開日】2024-05-30
(54)【発明の名称】体温制御管理装置及びシステム
(51)【国際特許分類】
   A61F 7/00 20060101AFI20240523BHJP
【FI】
A61F7/00 300
【審査請求】未請求
【請求項の数】20
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022185210
(22)【出願日】2022-11-18
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 「院外心停止患者における体温コントロール療法(TTM)での導入時間について」に係る公開内容が掲載された刊行物(「日本救急医学会雑誌(第49回日本救急医学会総会号),Volume 32,Issue 12,Pages:607-2871,November 2021」の第642頁及び第1186頁, 令和3年(2021年)11月19日 (ウェブサイトでの公開日))
(71)【出願人】
【識別番号】508374520
【氏名又は名称】学校法人獨協学園獨協医科大学
(71)【出願人】
【識別番号】519135633
【氏名又は名称】公立大学法人大阪
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100120134
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 規雄
(74)【代理人】
【識別番号】100153693
【弁理士】
【氏名又は名称】岩田 耕一
(72)【発明者】
【氏名】畠山 稔弘
(72)【発明者】
【氏名】西村 哲郎
【テーマコード(参考)】
4C099
【Fターム(参考)】
4C099AA04
4C099CA01
4C099NA20
(57)【要約】      (修正有)
【課題】心停止後に自己心拍が再開した場合に、心停止後の予後改善を効果的に図ることができる、体温制御管理装置等を提供する。
【解決手段】心停止後に自己心拍が再開された対象の体温の制御及び管理の開始時から、対象の体温が目標体温に最初に到達するまでの時間(T)が、200~400分の範囲内となるように対象の体温を制御する、体温制御管理装置。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
心停止後に自己心拍が再開された対象において、該再開後の体温を制御及び管理するための体温制御管理装置であって、
前記対象の体温を調節するための体温調節部と、
前記対象の体温を計測し体温データを取得する体温計測部と、
取得される前記体温データを記憶する体温データ記憶部と、
前記体温データに基づく体温が目標体温となるように又は目標体温で維持されるように、前記体温調節部に対して前記対象の体温を冷却又は加温する指示を送信し、該対象の体温を制御する体温制御部と
を含み、
前記体温制御部は、前記対象の体温の制御及び管理の開始時から、該対象の体温が目標体温に最初に到達するまでの時間(T)が、200~400分の範囲内となるように、該対象の体温を制御する、
前記体温制御管理装置。
【請求項2】
前記時間(T)が、240~360分であり、場合により290~310分である、請求項1に記載の装置。
【請求項3】
前記体温制御部は、前記対象における体温の制御及び管理の開始時から、目標体温に最初に到達するまで、該対象の体温を冷却するように制御する、請求項1に記載の装置。
【請求項4】
前記目標体温が、33~37.5℃であり、場合により33~34℃である、請求項1に記載の装置。
【請求項5】
前記体温制御部は、前記対象の体温が目標体温に最初に到達した後は、該目標体温を一定時間維持した後、該対象の体温を加温して正常体温まで復温させ、該正常体温を維持するように制御する、請求項1に記載の装置。
【請求項6】
前記体温計測部は、継続的に、前記対象の体温を計測し体温データを取得する、請求項1に記載の装置。
【請求項7】
心停止後に自己心拍が再開された対象において、該再開後の体温を制御及び管理するための体温制御管理システムであって、
前記対象の体温を調節するための体温調節手段と、
前記対象の体温を計測し体温データを取得する体温計測手段と、
取得される前記体温データを記憶する体温データ記憶手段と、
前記体温データに基づく体温が目標体温となるように又は目標体温で維持されるように、前記体温調節手段に対して前記対象の体温を冷却又は加温する指示を送信し、該対象の体温を制御する体温制御手段と
を含み、
前記体温制御手段は、前記対象の体温の制御及び管理の開始時から、該対象の体温が目標体温に最初に到達するまでの時間(T)が、200~400分の範囲内となるように、該対象の体温を制御する、
前記体温制御管理システム。
【請求項8】
前記時間(T)が、240~360分であり、場合により290~310分である、請求項7に記載のシステム。
【請求項9】
前記体温制御手段は、前記対象における体温の制御及び管理の開始時から、目標体温に最初に到達するまで、該対象の体温を冷却するように制御する、請求項7に記載のシステム。
【請求項10】
前記目標体温が、33~37.5℃であり、場合により33~34℃である、請求項7に記載のシステム。
【請求項11】
前記体温制御手段は、前記対象の体温が目標体温に最初に到達した後は、該目標体温を一定時間維持した後、該対象の体温を加温して正常体温まで復温させ、該正常体温を維持するように制御する、請求項7に記載のシステム。
【請求項12】
前記体温計測手段は、継続的に、前記対象の体温を計測し体温データを取得する、請求項7に記載のシステム。
【請求項13】
心停止後に自己心拍が再開された対象において、該再開後の体温を制御及び管理するための体温制御管理方法であって、
前記対象の体温を調節するための体温調節工程と、
前記対象の体温を計測し体温データを取得する体温計測工程と、
取得される前記体温データを記憶する体温データ記憶工程と、
前記体温データに基づく体温が目標体温となるように又は目標体温で維持されるように、前記体温調節工程において前記対象の体温の冷却又は加温を実施し、該対象の体温を制御する体温制御工程と
を含み、
前記体温制御工程は、前記対象の体温の制御及び管理の開始時から、該対象の体温が目標体温に最初に到達するまでの時間(T)が、200~400分の範囲内となるように、該対象の体温を制御する、
前記体温制御管理方法。
【請求項14】
前記時間(T)が、240~360分であり、場合により290~310分である、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
前記体温制御工程は、前記対象における体温の制御及び管理の開始時から、目標体温に最初に到達するまで、該対象の体温を冷却するように制御する、請求項13に記載の方法。
【請求項16】
前記目標体温が、33~37.5℃であり、場合により33~34℃である、請求項13に記載の方法。
【請求項17】
前記体温制御工程は、前記対象の体温が目標体温に最初に到達した後は、該目標体温を一定時間維持した後、該対象の体温を加温して正常体温まで復温させ、該正常体温を維持するように制御する、請求項13に記載の方法。
【請求項18】
前記体温計測工程は、継続的に、前記対象の体温を計測し体温データを取得する、請
求項13に記載の方法。
【請求項19】
コンピュータに、請求項1~6のいずれか一項に記載の装置、請求項7~12のいずれか一項に記載のシステム、又は請求項13~18のいずれか一項に記載の方法を実行させるためのプログラム。
【請求項20】
請求項19に記載のプログラムのプログラムコードを有する記憶媒体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、心停止後の自己心拍再開(ROSC: return of spontaneous circulation)後の体温を制御及び管理するための体温制御管理装置、体温制御管理システム、体温制御管理方法などに関する。
【背景技術】
【0002】
国内外の蘇生ガイドライン(例えば、日本蘇生協議会(JRC: Japan Resuscitation Council)の蘇生ガイドライン(非特許文献1))においては、心停止後に再び心臓が動き出した(自己心拍が再開した)昏睡患者に対し、高体温の状態を回避する体温管理療法(TTM: Targeted Temperature Management)が推奨されている。TTMは心停止後の予後改善を期待できる唯一の方法であるためである。従来、TTM開始後に体温を維持・管理する医療機器自体は存在した。しかしながら、体温をどのように制御し管理すれば、効果的に予後改善を図ることができるかという条件については、未確立のままであった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】一般社団法人 日本蘇生協議会、JRC蘇生ガイドライン2020、2021年06月発行
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
このような状況下において、心停止後に自己心拍が再開した場合に、心停止後の予後改善を効果的に図ることができる、体温制御管理装置、体温制御管理システム、体温制御管理方法などの開発が望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、上記状況を考慮してなされたもので、以下に示す、体温制御管理装置、体温制御管理システム、体温制御管理方法などを提供するものである。
【0006】
(1)心停止後に自己心拍が再開された対象において、該再開後の体温を制御及び管理するための体温制御管理装置であって、
前記対象の体温を調節するための体温調節部と、
前記対象の体温を計測し体温データを取得する体温計測部と、
取得される前記体温データを記憶する体温データ記憶部と、
前記体温データに基づく体温が目標体温となるように又は目標体温で維持されるように、前記体温調節部に対して前記対象の体温を冷却又は加温する指示を送信し、該対象の体温を制御する体温制御部と
を含み、
前記体温制御部は、前記対象の体温の制御及び管理の開始時から、該対象の体温が目標体温に最初に到達するまでの時間(T)が、200~400分の範囲内となるように、該対象の体温を制御する、
前記体温制御管理装置。
ここで、本発明における目標体温とは、体温管理療法の導入後(対象における自己心拍再開後の体温の制御及び管理の開始後)において到達すべき維持管理の目標とする体温を意味する。
【0007】
(2)前記時間(T)が、240~360分であり、場合により290~310分である、上記(1)に記載の装置。
(3)前記体温制御部は、前記対象における体温の制御及び管理の開始時から、目標体温に最初に到達するまで、該対象の体温を冷却するように制御する、上記(1)に記載の装置。
(4)前記目標体温が、33~37.5℃であり、場合により33~34℃である、上記(1)に記載の装置。
【0008】
(5)前記体温制御部は、前記対象の体温が目標体温に最初に到達した後は、該目標体温を一定時間維持した後、該対象の体温を加温して正常体温まで復温させ、該正常体温を維持するように制御する、上記(1)に記載の装置。
(6)前記体温計測部は、継続的に、前記対象の体温を計測し体温データを取得する、上記(1)に記載の装置。
【0009】
(7)心停止後に自己心拍が再開された対象において、該再開後の体温を制御及び管理するための体温制御管理システムであって、
前記対象の体温を調節するための体温調節手段と、
前記対象の体温を計測し体温データを取得する体温計測手段と、
取得される前記体温データを記憶する体温データ記憶手段と、
前記体温データに基づく体温が目標体温となるように又は目標体温で維持されるように、前記体温調節手段に対して前記対象の体温を冷却又は加温する指示を送信し、該対象の体温を制御する体温制御手段と
を含み、
前記体温制御手段は、前記対象の体温の制御及び管理の開始時から、該対象の体温が目標体温に最初に到達するまでの時間(T)が、200~400分の範囲内となるように、該対象の体温を制御する、
前記体温制御管理システム。
【0010】
(8)前記時間(T)が、240~360分であり、場合により290~310分である、上記(7)に記載のシステム。
(9)前記体温制御手段は、前記対象における体温の制御及び管理の開始時から、目標体温に最初に到達するまで、該対象の体温を冷却するように制御する、上記(7)に記載のシステム。
(10)前記目標体温が、33~37.5℃であり、場合により33~34℃である、上記(7)に記載のシステム。
【0011】
(11)前記体温制御手段は、前記対象の体温が目標体温に最初に到達した後は、該目標体温を一定時間維持した後、該対象の体温を加温して正常体温まで復温させ、該正常体温を維持するように制御する、上記(7)に記載のシステム。
(12)前記体温計測手段は、継続的に、前記対象の体温を計測し体温データを取得する、上記(7)に記載のシステム。
【0012】
(13)心停止後に自己心拍が再開された対象において、該再開後の体温を制御及び管理するための体温制御管理方法であって、
前記対象の体温を調節するための体温調節工程と、
前記対象の体温を計測し体温データを取得する体温計測工程と、
取得される前記体温データを記憶する体温データ記憶工程と、
前記体温データに基づく体温が目標体温となるように又は目標体温で維持されるように、前記体温調節工程において前記対象の体温の冷却又は加温を実施し、該対象の体温を制御する体温制御工程と
を含み、
前記体温制御工程は、前記対象の体温の制御及び管理の開始時から、該対象の体温が目標体温に最初に到達するまでの時間(T)が、200~400分の範囲内となるように、該対象の体温を制御する、
前記体温制御管理方法。
【0013】
(14)前記時間(T)が、240~360分であり、場合により290~310分である、上記(13)に記載の方法。
(15)前記体温制御工程は、前記対象における体温の制御及び管理の開始時から、目標体温に最初に到達するまで、該対象の体温を冷却するように制御する、上記(13)に記載の方法。
(16)前記目標体温が、33~37.5℃であり、場合により33~34℃である、上記(13)に記載の方法。
【0014】
(17)前記体温制御工程は、前記対象の体温が目標体温に最初に到達した後は、該目標体温を一定時間維持した後、該対象の体温を加温して正常体温まで復温させ、該正常体温を維持するように制御する、上記(13)に記載の方法。
(18)前記体温計測工程は、継続的に、前記対象の体温を計測し体温データを取得する、上記(13)に記載の方法。
【0015】
(19)コンピュータに、上記(1)~(6)のいずれか一項に記載の装置、上記(7)~(12)のいずれか一項に記載のシステム、又は上記(13)~(18)のいずれか一項に記載の方法を実行させるためのプログラム。
(20)上記(19)に記載のプログラムのプログラムコードを有する記憶媒体。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、心停止後に自己心拍が再開された対象において、該再開後の体温を制御及び管理するための体温制御管理装置、体温制御管理システム、体温制御管理方法などを提供することができる。本発明に係る体温制御管理装置等は、従来未確立であった、心停止後の予後改善を効果的に図ることができる体温制御管理条件が特定されたものであり、自己心拍再開後の対象の予後改善にとって極めて有用性に優れたものである。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明に係る体温制御管理システムの構成及び当該体温制御管理の流れを示すフローチャートである。
図2】本願実施例において、本発明に係る体温制御管理の解析対象の選定手順を示す図である。
図3-a】心停止後に自己心拍が再開した対象(症例数:473例)における、TTM開始(導入)から目標温度到達までの時間に対する、30日後の社会復帰(CPC(Cerebral. Performance Category)1 or 2)の確率を示すグラフである。当該グラフの縦軸スケールは「1.00」が100%の確率を示し、例えば「0.50」は50%の確率を示す。なお、CPCは、蘇生領域での神経学的予後評価のスケールとして、以下のような分類で用いられるものである。一般的に、CPC1及びCPC2は、「脳機能が良好な生存(すなわち社会復帰可能)」と定義づけされている。 CPC1: 脳機能良好(通常の日常生活可能) CPC2: 中等度障害(軽度の後遺症はあるが、日常生活可能) CPC3: 高度障害(日常生活には介助必要) CPC4: 昏睡・植物状態(コミュニケーション不可能) CPC5: 死亡
図3-b】図3-aの説明を参照。
図3-c】図3-aの説明を参照。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を詳細に説明する。本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施することができる。
なお、本明細書において引用された全ての刊行物、例えば先行技術文献、及び公開公報、特許公報その他の特許文献は、参照として本明細書に組み込まれる。
【0019】
本発明に係る体温制御管理システム(以下、本発明のシステム、ということもある)は、前述のとおり、心停止後に自己心拍が再開された対象において、該再開後の体温を制御及び管理するためのシステムであり、
前記対象の体温を調節するための「体温調節手段」と、
前記対象の体温を計測し体温データを取得する「体温計測手段」と、
取得される前記体温データを記憶する「体温データ記憶手段」と、
前記体温データに基づく体温が目標体温となるように又は目標体温で維持されるように、前記体温調節手段に対して前記対象の体温を冷却又は加温する指示を送信し、該対象の体温を制御する「体温制御手段」と
を含み、
ここで、前記体温制御手段は、前記対象の体温の制御及び管理の開始時から、該対象の体温が目標体温に最初に到達するまでの時間(T)が、200~400分の範囲内となるように、該対象の体温を制御することを特徴とするものである。
【0020】
本発明にはまた、前述のとおり、心停止後に自己心拍が再開された対象において、該再開後の体温を制御及び管理するための体温制御管理装置に係る発明、並びに、当該制御及び管理するための体温制御管理方法に係る発明も含まれるが、当該体温制御管理装置における各部の説明や、当該体温制御管理方法における各工程の説明については、いずれも、本発明の体温制御管理システムにおける各手段の説明が同様に適用できる。
【0021】
以下では、本願図1も参照して、本発明に係る体温制御管理システムの実施形態を説明する。図1は、本発明に係る体温制御管理システムの概略を示す構成図であり、かつ当該体温制御管理の流れを示すフローチャートでもある。
【0022】
本発明のシステムにおける体温制御管理は、心停止後に自己心拍が再開された対象(患者、被験者)105に対するものである。本発明における対象は、心停止後症候群(PCAS: post cardiac arrest syndrome)を生じる又は生じる可能性(蓋然性)が高い対象であれば、特に制限されることはない。なお、心停止後症候群(PCAS)とは、心停止から自己心拍が再開した後、全身性の虚血再灌流によって生じる極めて重篤な病態の総称であり、脳障害・心筋障害・全身性虚血再灌流障害・心停止という4種類の病態で構成されている。本発明の体温制御管理システムは、対象に生じる又は生じる可能性(蓋然性)が高いPCASのうち、特に脳障害への影響をより低減することができる(具体的には、好ましくは、CPC1又はCPC2の予後評価となる可能性をより高める)ものである。
【0023】
本発明のシステムにおいて、体温計測手段101は、対象105の体温を計測し体温データを取得する手段である。体温の計測に係る方法及び機器等は、特に制限はないが、対象の深部体温を計測できる方法及び機器等を採用することが好ましい。深部体温の測定は、体腔内に温度計を挿入して行う測定であってもよいし、体の表面に体温計等を接触させて行う測定(例えば、体表面に貼ることができり深部体温センサを用いる測定)であってもよい。また、体温計測手段101は、継続的に、前記対象の体温を計測し体温データを取得することが好ましい。体温計測手段101は、取得した体温データを、後述の体温データ記憶手段102に送信することも含み得る。当該送信は、取得した体温データを暗号化し、電気通信回線(例えばインターネット回線等であり、ワイヤレス通信回線も含む)を通じて、サーバー(必要に応じて外部サーバーも含む)を介して、行うこともできる。なお当該サーバーは、後述する体温データ記憶手段102として用いることもできる。
【0024】
本発明のシステムにおいて、体温データ記憶手段102は、体温データ記憶手段101で取得した体温データを、記憶(記録)し、後述する体温制御手段103に提示する手段である。当該提示は、体温データ記憶手段102から能動的になされるものであってもよいし、体温制御手段103からのアクセス等により受動的になされるものであってもよい。体温データ記憶手段102が取得した体温データを記憶する際は、時間的データ(例えば、現在時刻や、測定及び管理開始からの経過時間等)と関連付けて記憶されることが好ましい。
【0025】
本発明のシステムにおいて、体温制御手段103は、体温データ記憶手段102からの体温データ(時間的データとも関連付けられたデータ)に基づいて、対象105の体温が目標体温となるように、又は目標体温で維持されるように、後述する体温調節手段104に対して対象の体温を冷却又は加温する指示を送信し、対象の体温を制御することを目的とする。ここで、目標体温となるように又は目標体温で維持されるように対象の体温を冷却又は加温するに当たっては、目標体温に到達させるまでの時間や目標体温を維持させる時間の設定及び制御も、体温制御手段103に含まれる。
【0026】
体温制御手段103は、本発明のシステム(並びに本発明の装置や方法等)による体温制御管理において、最も重要な中核的な技術的特徴となる手段である。従来の体温管理療法(TTM)では、各施設等で定められた方法やプロトコルがあり、それに従って実施されているという現実がある。そして、心停止後症候群(PCAS)のリスクを回避・低減するための条件設定として、例えば、体温管理による到達目標温度(対象の体温)の設定や、あるいはその目標温度への到達は迅速に行う(迅速に冷却する)といった設定が存在するに過ぎなかった。しかしながら、本発明においては、TTM後の対象の予後評価において、CPC1又はCPC2となる可能性を高めるためには、TTMによる対象105の体温制御管理の開始時から目標温度(目標体温)に最初に到達するまでの時間(T)が極めて重要であることが見いだされた。具体的には、時間(T)は、200~400分の範囲内とすることが重要であり、場合により、240~360分の範囲内が好ましく、290~310分の範囲内がより好ましく、290~300分の範囲内がさらに好ましく、最も好ましくは295分である。すなわち、従来は、上述のとおり、TTMによる体温制御管理の開始後はできる限り迅速に目標温度まで冷却することが望ましいとも考えられていたが、本発明者が実証した結果に基づけば、むしろ、200~400分という十分な時間をかけて対象の体温を冷却し目標温度に到達するように制御することが、自己心拍再開後の対象の予後評価を高めることになる(本願図3-a、図3-b、図3-cを参照)。本発明者が実証し見出したこのような知見は、当業者が到底予測し得なかった顕著な効果である。
【0027】
なお、本発明のシステムにおいて、体温制御手段103により制御管理する対象105の前記目標温度(目標体温)は、33~37.5℃に設定することができ、好ましくは33~34℃に設定することもできる。
【0028】
また、本発明のシステムにおいては、対象105の自己心拍の再開時から60分以内(好ましくは30分以内)に、体温制御手段103により、対象の体温の制御及び管理を開始することが望ましいが、特に限定はされない。
【0029】
さらに、本発明のシステムにおいては、対象105の体温が前記目標温度に最初に到達した後は、目標体温を一定時間(例えば、少なくとも24時間)維持した後、対象の体温を加温して正常体温(例えば36~37℃)まで復温させ、その正常体温を維持するように制御することが、TTMによる体温制御管理として好ましい。上記復温は、制御された復温速度(例えば、1時間あたり0.15℃~0.25℃)で徐々に復温するようにし、復温後は、例えば少なくとも48時間は体温管理に留意することが好ましい。
【0030】
本発明のシステムにおいて、体温調節手段104は、対象105の体温を調節し得る手段、詳しくは、体温制御手段103からの当該対象の体温の冷却又は加温に関する指示情報を受け、当該対象の体温の冷却又は加温を直接行い得る手段である。体温調節手段104は、体温制御手段103からの前記指示情報が暗号化されたものを、電気通信回線(例えばインターネット回線等であり、ワイヤレス通信回線も含む)を通じて、サーバー(必要に応じて外部サーバーも含む)を介して、受け取ることもできる。体温調節手段104において、対象105を直接冷却又は加温する機能を有する手段・手法としては、限定はされないが、例えば、体表冷却(又は加温)、血管内冷却(又は加温)、冷却(又は加温)輸液の投与などが挙げられるが、好ましくは体表冷却(又は加温)である。体表冷却(又は加温)は、非侵襲で効率よく対象の冷却・維持・加温が可能であり、例えば、ジェルパッドを備えたウォーターパッド特定加温装置コントロールユニットや、ウォーターパッド加温装置コントロールユニットなどにより行うことができる。
【0031】
本発明においては、上述した本発明の体温制御管理システム(あるいは本発明の体温制御管理装置や体温制御管理方法)を実行させるためのプログラム(ソフトウエアも含む)も包含される。本発明に係る体温制御管理のシステムや装置や方法は、当該プログラムがROMに保持されて実現されてもよいが、これには限定されず、当該プログラムのプログラムコードを有する任意の記憶媒体を用いて実現されてもよい。また、同様の動作をする回路で実現されてもよい。
【0032】
なお、本発明は、複数のサーバーから構成されるシステムに適用しても、1つのサーバーからなる装置に適用してもよい。本発明の実施形態の機能を実現するプログラム(ソフトウエアも含む)のプログラムコードを記録した記録媒体を、システム或いは装置に供給し、そのシステムあるいは装置のコンピュータ(又はCPUやMPU)が記録媒体に格納されたプログラムコードを読み出し実行することによっても、達成され得る。この場合、記録媒体から読み出されたプログラムコード自体が本発明の実施形態の機能を実現するため、そのプログラムコードを記録した記録媒体は本発明を構成するものである。プログラムコードを供給するための記録媒体としては、限定はされないが、例えば、フロッピー(登録商標)ディスク、ハードディスク、光ディスク、光磁気ディスク、CD-ROM、CD-R、磁気テープ、不揮発性のメモリカード、ROMなどを用いることができる。また、コンピュータが読み出したプログラムコードを実行することにより、本発明の実施形態の機能が実現されるだけでなく、そのプログラムコードの指示に基づき、コンピュータ上で稼働しているOSなどが実際の処理の一部又は全部を行い、その処理によって本発明の実施形態の機能が実現される場合も含まれる。さらに、記録媒体から読み出されたプログラムコードが、コンピュータに挿入された機能拡張ボードやコンピュータに接続された機能拡張ユニットに備わるメモリに書き込まれた後、そのプログラムコードの指示に基づき、その機能拡張ボードや機能拡張ユニットに備わるCPUなどが実際の処理の一部または全部を行ない、その処理によって本発明の実施形態の機能が実現される場合も含まれる。
【0033】
以下に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例0034】
1.本実施例の概要
<目的>
蘇生領域の最新の国際ガイドラインには、心停止後の体温管理療法に関する具体的なプロトコルがない。本発明者は、院外心停止の登録データを使用し、体温管理療法(TTM)の導入から、維持管理の目標とする体温に到達するまでの適切な時間を特定することを目的とした。
【0035】
<方法>
本実施例は、多施設共同コホート研究である。本研究は、2012年7月1日から2017年12月31日までに、日本の大阪府内の参加施設に搬送された全ての院外心停止患者を登録した。心原性の患者で、病院前救護における救急隊員および病院の医療従事者からの蘇生を受け、体温管理療法を受けた、18歳以上の患者を解析対象とした。主要評価項目は、維持管理する体温に到達するまでの時間によって、心停止から1か月後に、脳機能カテゴリースケール1又は2(CPC1又はCPC2)に従って指定された良好な神経学的生存の確率が予測されるかどうかを判定することであった。重要な因子を考慮した後に、主要評価項目を評価するため、非線形多変量ロジスティック回帰分析を行った。
【0036】
<結果>
本実施例においては、473名の患者を分析した。非線形多変量ロジスティック回帰分析は、ピーク点に到達し、次に低下するまで、良好な神経学的生存の可能性が向上することを示唆した。良好な神経学的生存の可能性が最も高くなるのは、体温管理療法を導入してから維持管理する体温に到達するまでの時間が295分の時であった。
【0037】
<結論>
非線形多変量ロジスティック回帰分析を適用することによって、1か月後の良好な神経学的生存の可能性が最も高くなるのは、体温管理療法の導入後295分であることを示した。
【0038】
2.本実施例に関する詳細な説明
<目的>
主要な公衆衛生上の問題の1つは、必要な治療を受けた院外心停止(OHCA: out-of-hospital cardiac arrest)患者の予後評価が低いことである。心肺蘇生(CPR: cardiopulmonary resuscitation)に関するガイドラインが頻繁に更新され、「救命の連鎖」という概念が普及されているにもかかわらず、日常生活に戻ることができる、いわゆる「神経学的に予後が良好」な患者の割合はかなり低く、ほぼ10%未満である。体温管理療法(TTM)は、心停止後の神経学的な予後を改善するための重要な治療の1つであることが知られている。国際蘇生連絡委員会の最新のガイドラインは、昏睡状態にある院外心停止患者に、TTMを施すよう推奨している。しかし、こうしたガイドラインでは、TTMに関する具体的なプロトコルを策定しておらず、様々なプロトコルが使用されているのが現状である。
【0039】
いくつかの無作為化比較試験により、心停止後の高体温を回避して、神経学的に良好な予後を促すことの有効性が示されてきた。しかし、1つの無作為化比較試験を実施するには、膨大な時間と労力が必要となる。さらに、すべての無作為化比較試験の状況は、実際の臨床とはかなり異なる。したがって、維持管理する体温の違いや、最初に記録された心調律などの患者の背景に着目した無作為化比較試験の各々からTTMプロトコルを確立することは非常に困難である。よって、観察研究からの結果も重要である。これまでの基礎研究では、早い段階で冷却することが患者に推奨される、としている。しかし、TTMの導入と目標温度に到達するまでの間の時間が短いほど、院外心停止患者の転帰が本当に改善するかどうかは不明である。例えば、以前の観察研究により、目標体温に到達するまでの時間が長い人ほど、神経学的な予後が良好であると考えられた。この逆説的な研究結果は、不適切に線形多変量ロジスティック回帰分析モデルを適用されたことが原因ではないかと本発明者は考えた。
【0040】
本発明者は、TTMの導入から維持管理する体温までの時間が、院外心停止後の良好な神経学的予後を予測することができるかどうかを評価するために、非線形多変量ロジスティック回帰分析が必要であると考えた。本発明者は、日本の大阪府内における病院前および院内の多施設共同レジストリデータを用いて、TTMの導入から維持管理する体温までの適切な時間を特定することを目的とした。
【0041】
<方法>
本実施例は、上記レジストリデータベースの後方視的分析とした。このレジストリに記載されている手順は、常套的な臨床実践で行い、レジストリは、患者への余計なリスクをもたらさない。したがって、日本の個人情報保護法、および人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針によって、個人がインフォームドコンセントを提出する必要性は免除された。さらに、このレジストリは、個人的または家族を通じてこの研究に参加することを拒否した患者は除外した。このレジストリは、大阪公立大学大学院医学研究科の倫理委員会(承認番号:4238)および各参加病院によって承認された。この研究は、大学病院医療情報ネットワーク(UMIN: University Hospital Medical Information Network)の臨床試験登録において、UMIN000007528号で登録されている。
【0042】
日本の大阪府でのこの研究は、院外心停止後の予後を改善するための病院ベースの多施設前向き観察データレジストリである。このレジストリの研究概要は、既に公開されている(Kitamura T, et al. The profile of Japanese Association for Acute Medicine - out-of-hospital cardiac arrest registry in 2014-2015. Acute Med Surg 2018; 5: 249-58)。この研究のレジストリデータベースを使用し、本発明者は、院内ケアを含めた、院外心停止患者に関する患者情報を収集した。大阪府では、15箇所の救命救急センターと緊急治療部門を備えた非救命救急センターが、要請に応じてこのレジストリに参加している。このレジストリは、2012年7月1日に始まり、レジストリ期間に終了日はなく、引き続き参加機関を募集している。日本における救命救急センターは、経皮的冠動脈インターベンション(PCI: percutaneous coronary intervention)およびTTMなどの専門性の高い治療を24時間体制で提供することが可能な施設として厚生労働省から認定を受けている。救命救急センターの医療専門家は、院外心停止患者を含む各重症患者を救命するため、高度な治療を提供できる。
【0043】
本発明者は、2012年7月1日から2017年12月31日まで、心停止の原因が心原性であり、救急隊員によって搬送された後、参加施設においてTTMを受けた18歳以上の院外心停止患者を分析した。患者の治療に関するデータが欠落している患者は、解析対象から除外した。
【0044】
全国ウツタイン統計データから院外心停止患者に関する病院到着前蘇生データを取得した。全国ウツタイン統計データは、日本の消防庁(FDMA: Fire and Disaster Management Agency)によって管理されている。日本の救急医療サービス(EMS: Emergency Medical Services)システムに関する詳細情報は、以前に説明されている(Hatakeyama T,et al.: Effectiveness of dispatcher instructions-dependent or independent bystander cardiopulmonary resuscitation on neurological survival among patients with out-of-hospital cardiac arrest. J Cardiol 75:315-322, 2020; Hatakeyama T, et al.: Diagnostic ability of a newly developed system for recognition of cardiac arrests. J Cardiol 77:599-604, 2021; Hatakeyama T, et al.:Physician’s presence in pre-hospital setting improves one-month favorable neurological survival after out-of-hospital cardiac arrest: a propensity score matching analysis of the JAAM-OHCA Registry. Resuscitation 167:38-46, 2021.)。院外心停止の報告におけるウツタイン様式の国際ガイドライン(Perkins GD, et al.: Cardiac arrest and cardiopulmonary resuscitation outcome reports: update of the Utstein resuscitation registry templates for out-of-hospital cardiac arrest: a statement for healthcare professionals from a task force of the International Liaison Committee on Resuscitation(American Heart Association, European Resuscitation Council, Australian and New Zealand Council on Resuscitation, Heart and Stroke Foundation of Canada, InterAmerican Heart Foundation, Resuscitation Council of Southern Africa, Resuscitation Council of Asia); and the American Heart Association Emergency Cardiovascular Care Committee and the Council on Cardiopulmonary, Critical Care, Perioperative and Resuscitation. Resuscitation 2015;96:328-40.)に従って、データを一様に収集した。以下のデータ:心停止が発生した都道府県、EMSパフォーマンスに関わる時間、目撃状況、バイスタンダーが開始したCPR、最初に記録された心調律、および転帰を収集した。緊急通報時間、現場到着、患者との接触および病院到着などのEMSパフォーマンスに関する時間データは、緊急派遣センターに記録された。データフォームは、患者を担当する主治医と連携して、各EMS救急隊員によって完成された。このデータは、FDMAデータベースサーバーのレジストリシステムにアップロードされ、コンピュータシステムによって論理的にチェックされ、実装ワーキンググループが確認した。データシートが不完全な場合、完成するため、FDMAがデータシートを指定消防署に返送した。EMS救急隊員が突然の心停止の患者に遭遇した場合、頸動脈が拍動しているかどうかを判定し、心電図の所見によって心調律を記録する。本実施例では、これを最初に記録された心調律とする。最初に記録された心調律を、最初に記録されたショック不可能な心調律および最初に記録されたショック可能な心調律に細分類する。
【0045】
上記研究のレジストリは、病院到着後の院外心停止患者に関する多くのデータを収集している。詳細は以前の論文において既に提示されている。このレジストリの場合、医師または患者を担当する主治医と共同して取り組む医療スタッフのどちらかによって、匿名化されたデータをWebシートに入力した。次に、これらのデータをシステムによって論理的にチェックした。最後に、これらのデータを緊急医療および臨床疫学の専門家で構成される、上記研究のレジストリ委員会が確認した。データシートに不備があった場合、委員会のメンバーが、参加施設に返却し、可能な限り完全に記入した。両方のデータセットにおける5つの重要な項目:心停止が発生した都道府県、緊急通報時間、患者の年齢、性別、および院外心停止事象の1か月後の脳機能カテゴリー(CPC)スケールを使用して、院内データをFDMAからの全国ウツタイン統計データに基づいて得られた病院到着前蘇生データと体系的に組み合わせた。
【0046】
病院到着後の院外心停止患者の院内データ:心停止が発生した都道府県、緊急通報時間、患者の年齢、性別、心停止の原因、PCIおよびTTMなどの院内での特定の治療、および転帰データは、統一データシートを使用して前向きに収集した。このデータシートでは、心停止の原因を、心原性(急性冠症候群、他の心臓疾患、推定される心臓の原因)および非心原性(脳血管疾患、呼吸器疾患、悪性腫瘍、交通事故、転倒、首吊り、溺水、窒息、薬物の過剰摂取、または任意の他の外的原因を含めた外的原因)に分類した。推定される心臓の原因の分類は、主治医の除外により判定した。1か月間の予後および神経学的状態を含めた患者の転帰データを前向きに収集した。
【0047】
一次転帰は、TTMの導入からその到達目標温度までの時間が、1か月間の良好な神経学的予後を予測するかどうかを判断することであった。1か月間の良好な神経学的予後は、CPC1またはCPC2に従って表した。CPC1は、良好な脳機能を示し;CPC2は、中程度の脳障害を示し;CPC3は、重度の脳障害を示し;CPC4は、昏睡状態または植物状態を示し;CPC5は、死亡を示す。生存者の神経学的状態は、事象の1か月後に、各施設における医療スタッフが評価した。
【0048】
心停止は、血流の兆候がないことによって確認される、心臓の機械的活動の停止として定義した。血流の兆候は、動作、呼吸、頸動脈が拍動しているかどうか、および心電図の所見によって、EMS救急隊員または救急医が確認した。これらの診断は、患者担当医師が、EMS救急隊員と協力して、臨床的に行った。
【0049】
患者の特徴は、連続変数に中央値および四分位範囲(IQR: interquartile range)、カテゴリー変数には数および割合を使用して要約した。非線形多変量ロジスティック回帰分析を行い、TTMの導入からその到達目標温度までの時間と、1か月間の良好な神経学的予後との間を評価した。生物学的に不可欠であり、臨床転帰に関連すると考えられる因子は、非線形多変量ロジスティック回帰モデルの潜在的な交絡因子とみなした。これらの変数は以下のとおりとした:患者の年齢(1年刻み);性別(男性、女性);目撃状況(目撃者あり、なし);バイスタンダーCPR(はい、いいえ);最初に記録された心調律(ショック可能、ショック不可);TTMの目標温度(33℃、34℃、35℃、36℃);TTM導入時の体温(1度刻み)。統計解析はすべて、R、バージョン4.0.1(The R Foundation for Statistical Computing、ウィーン、オーストリア)を使用して実施した。すべての検定は両側検定であり、p値<0.05を統計的に有意であるとみなした。
【0050】
<結果>
本実施例に係る研究期間中に院外心停止を有した合計12,594名の患者を記録した。院外心停止に関し、非心原性の5,310名の患者、心原性に関するデータが不明な322名の患者、TTMを受けていない1,422名の患者、およびいくつかの理由でデータが欠落している274名の患者をそれぞれ除外した後の、473名を解析対象とした(図2)。
【0051】
院外心停止を有する患者の特徴を下記表1に記載する。TTMを使用して治療した患者は、目撃され、バイスタンダーによって蘇生が行われ、ショック可能な心調律が最初に記録される可能性が高かった。
【0052】
【表1】
【0053】
図3-aは、TTMの導入からその到達目標温度までの時間に応じた、院外心停止後の1か月間の良好な神経学的生存の各確率を調整なしで示している。本発明者による非線形多変量ロジスティック回帰分析は、ピーク点に到達し、次に低下するまで、1か月間の良好な神経学的生存の確率が向上したことを示した。TTMの導入後、295分時にピークがあった。本発明者は、非線形多変量ロジスティック回帰分析において、非線形性のpが0.01未満であることを見出した。主成分分析による同様の相関関係が図3-bに示されている。これらの結果と同じ相関関係が、多変量分析を用いて図3-cに示されている。
【0054】
<考察>
本発明者による非線形多変量ロジスティック回帰分析は、ピーク点に到達し、次に低下するまで、1か月間の良好な神経学的生存の確率が向上することを示している。1か月間の良好な神経学的生存の確率のピークにおいて、TTMを導入してからその到達目標温度までの時間は、約300分間であった。国際蘇生連絡委員会の最新のガイドラインは、心停止後、昏睡している患者のすべてにTTMを施すよう推奨している。しかし、質の高いTTMに関する「最も効果的な」プロトコルは、定義されていない。ある研究では、TTMでは早期段階で冷却することが推奨されると述べられている。他の研究により、TTMの導入から目標温度に到達するまでの時間が長いほど、良好な患者の転帰に有利であることが示された。したがって、本実施例における研究結果は、重要な医療の実践に関する将来のガイドラインに重要な影響を及ぼし得る。
【0055】
本実施例における検討では、院外心停止患者の1か月間の良好な神経学的予後のピークは、TTMの導入からほぼ5時間の時点であった。頭部外傷患者に関するこれまでの研究では、転帰が良好な患者の中で、中度のグレードのグループの体温が最も上昇する傾向があったことが示されている。同様に、院外心停止後の中度のグレードのグループの患者は、体温が上昇する可能性が最も高い可能性がある。したがって、TTMから恩恵を最も受ける可能性のある患者としての中度のグレードのグループでは、目標温度に到達するまでに約5時間かかる可能性がある。
【0056】
本発明者は、院外心停止後のTTMに関連する以前のいくつかの無作為化比較試験から多くの情報を得ることができる。例えば、2002年に、Holzerおよび共同研究者らによる1つの無作為化比較試験により、目標温度として33℃に決めたTTMとTTMを行わない場合とが比較された(Hypothermia after Cardiac Arrest Study Group. Mild therapeutic hypothermia to improve the neurologic outcome after cardiac arrest. N Engl J Med. 2002 Feb 21;346(8):549-56. doi: 10.1056/NEJMoa012689. Erratum in: N Engl J Med 2002 May 30;346(22):1756. PMID: 11856793.)。この試験では、6か月間の予後は、それぞれ55%および39%であった。この試験における目標温度に到達するまでの時間は、約8~12時間であった。さらに、Nielsenらによる他の無作為化比較試験により、それぞれ、目標温度として33℃と36℃に決められた2つのTTMが比較された(Nielsen N, et al. Targeted temperature management at 33℃ versus 36℃ after cardiac arrest. N Engl J Med. Dec 2013;369(23):2197-206. doi:10.1056/NEJMoa1310519)。この試験により、6か月間の予後は、それぞれ、46%および48%であることが示された。この試験における目標温度に到達するまでの時間は、約8時間であった。さらに、Krigegaaedらによる無作為化比較試験により、目標温度(33℃)の維持時間を24時間および48時間と決められた2つのTTMが比較された(Hans Kirkegaard, et al. Targeted Temperature Management for 48 vs 24 Hours and Neurologic Outcome After Out-of-Hospital Cardiac Arrest: A Randomized Clinical Trial. JAMA. 2017 Jul 25;318(4):341-350. doi: 10.1001/jama.2017.8978.(以下のウェブサイト:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28742911/ を参照))。この試験では、6か月間の予後が、それぞれ64%および69%であることが分かった。この試験では、目標温度に到達するまでの時間は、約4時間であった。これらの以前の研究結果から、Krigegaaedによる無作為化比較試験では、他の無作為化比較試験と比べて、6か月間の予後がより高いことを本発明者は留意することができる。したがって、本発明者は、目標温度に到達するまでの時間は、院外心停止後の好ましい転帰を予測するための重要な要因となる可能性があるという仮説を立てることができる。本発明者による本実施例の研究の結果は、非線形多変量ロジスティック回帰分析を使用して、院外心停止患者に対するTTMの有効性に関するこのような仮説を支持するものであった。
【符号の説明】
【0057】
101 体温計測部
102 体温データ記憶部
103 体温制御部
104 体温調節部
105 心停止後に自己心拍が再開された対象(患者,被験者)
図1
図2
図3-a】
図3-b】
図3-c】