(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024074307
(43)【公開日】2024-05-31
(54)【発明の名称】骨又は歯用の接着剤又は充填剤
(51)【国際特許分類】
C09J 185/02 20060101AFI20240524BHJP
C09J 1/00 20060101ALI20240524BHJP
A61L 27/12 20060101ALI20240524BHJP
A61K 6/838 20200101ALI20240524BHJP
【FI】
C09J185/02
C09J1/00
A61L27/12
A61K6/838
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022185360
(22)【出願日】2022-11-21
(71)【出願人】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】100121728
【弁理士】
【氏名又は名称】井関 勝守
(74)【代理人】
【識別番号】100165803
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 修平
(72)【発明者】
【氏名】黒田 章夫
【テーマコード(参考)】
4C081
4C089
4J040
【Fターム(参考)】
4C081AB04
4C081AB06
4C081BA13
4C081BA15
4C081CF011
4C089AA06
4C089AA10
4C089BA16
4J040AA011
4J040EL001
4J040HA281
4J040HA286
4J040JA01
4J040JB09
4J040JB11
4J040LA01
4J040MA14
4J040MA15
4J040NA02
4J040NA03
4J040NA04
4J040PA24
4J040PA28
(57)【要約】
【課題】生体安全性の高い骨又は歯用の接着剤又は充填剤を提供する。
【解決手段】鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムを含む、骨又は歯用の接着剤又は充填剤である。
【選択図】
図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムを含む、骨又は歯用の接着剤又は充填剤。
【請求項2】
前記接着剤又は充填剤は無機成分のみからなる、請求項1に記載の接着剤又は充填剤。
【請求項3】
歯槽骨用である、請求項1又は2に記載の接着剤又は充填剤。
【請求項4】
鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムと、
繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムとを含む、骨又は歯用の接着剤又は充填剤。
【請求項5】
前記繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムの含有量は、前記接着剤又は充填剤全体に対して0.72~36重量%である、請求項4に記載の接着剤又は充填剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、骨又は歯用の接着剤又は充填剤に関し、特に鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムを含む骨又は歯用の接着剤又は充填剤に関する。
【背景技術】
【0002】
骨の接合に使われる接着剤又は充填剤として、例えば有機系の接着剤であるPMMA骨セメントが知られている。PMMA骨セメントは、ポリメチルメタクリレート(PMMA)と重合開始剤である過酸化ベンゾイルを含む粉末成分と、メチルメタクリレート(MMA)を含む液体成分とを混合した医療用セメントである。
【0003】
例えば、特許文献1には、100μm未満のふるい分けした画分の少なくとも1種の粒子状ポリメチルメタクリレート(PMMA)又はポリメチルメタクリレート-コポリマーと、過酸化ベンゾイルなどの開始剤と、発熱性二酸化ケイ素などの添加剤を含有するセメント粉末と、少なくとも1種のメチルメタクリレート(MMA)と、N,N-ジメチル-p-トルイジンなどの活性化剤を含有するモノマー溶液とを含むPMMA骨セメントキットが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述したPMMA骨セメントは、骨の塗布部位又は注入部位において速やかに重合硬化し、骨同士の接着や骨の空隙部分の充填を行えるため、骨用の接着剤又は充填剤として広く利用されている。また、PMMA骨セメントはどのような形状にも適合させやすく、十分な力学的強度を有することが知られている。
【0006】
その一方で、骨や歯はヒドロキシアパタイト(Ca10[PO4]6[OH]2)を主成分として構成されており、すなわち骨や歯はリン酸やカルシウムなどの無機成分のみで構成されている。このため、生体安全性の観点からは、PMMA骨セメントのような有機系の接着剤ではなく、無機系の接着剤を使用することが本来好ましいと考えられる。特にPMMA骨セメントにおいては、該骨セメント中のモノマー成分であるMMAが細胞毒性及び組織毒性を有するため、重合後に残留した未反応の該モノマー成分による生体への毒性が懸念される。
【0007】
本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、その目的は、生体安全性の高い骨又は歯用の接着剤又は充填剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成するために、本発明者らは、鋭意研究の結果、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムが骨又は歯への接着性を有することを見出し、該鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムを含む骨又は歯用の接着剤又は充填剤とすることで本発明を完成した。
【0009】
具体的に、本発明に係る骨又は歯用の接着剤又は充填剤は、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムを含むことを特徴とする。
【0010】
本発明に係る骨又は歯用の接着剤又は充填剤によると、骨又は歯への接着性を有する鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムを含むため、骨又は歯用の接着剤又は充填剤として使用することができる。また、該鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムは、細胞毒性及び組織毒性を有さないため、生体安全性の高い骨又は歯用の接着剤又は充填剤とすることができる。
【0011】
本発明に係る骨又は歯用の接着剤又は充填剤において、前記接着剤又は充填剤は無機成分のみからなるものであってもよい。
【0012】
このようにすると、生体への毒性が高いモノマー成分等の有機成分を含まないため、生体安全性の高い骨又は歯用の接着剤又は充填剤を提供することができる。
【0013】
本発明に係る骨又は歯用の接着剤又は充填剤は、歯槽骨用であってもよい。
【0014】
本発明に係る骨又は歯用の接着剤又は充填剤は、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムと、繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムとを含むことを特徴とする。
【0015】
本発明に係る骨又は歯用の接着剤又は充填剤によると、弾力性と延性を有する鎖長が長いポリリン酸カルシウムを繊維状に加工し、骨又は歯への接着性を有する鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムと繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムとを混ぜることで、優れた接着力を有する骨又は歯用の接着剤又は充填剤、特に歯の象牙質の露出部分の内部の空隙を封鎖する充填剤として好適に使用することができる。また、該鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムと該鎖長が長いポリリン酸カルシウムは、細胞毒性及び組織毒性を有さないため、生体安全性の高い骨又は歯用の接着剤又は充填剤とすることができる。
【0016】
本発明に係る骨又は歯用の接着剤又は充填剤によると、前記繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムの含有量は、前記接着剤又は充填剤全体に対して0.72~36重量%であってもよい。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係る骨又は歯用の接着剤又は充填剤によると、骨又は歯への接着性を有する鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムを含むため、骨又は歯用の接着剤又は充填剤として使用することができる。また、該鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムは、細胞毒性及び組織毒性を有さないため、生体安全性の高い骨又は歯用の接着剤又は充填剤とすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】
図1は本実施例にて用いた鎖長が短いポリリン酸、鎖長が中程度のポリリン酸及び鎖長が長いポリリン酸に対して行ったPAGEの結果を示す写真である。また、鎖長測定用の対照となるDNAラダー10bpは下から、10bp、20bp、30bp、40bp、50bpのバンドを示し、DNAラダー25bpは下から、25bp、50bp、75bpのバンドを示す。
【
図2】
図2は本実施例における実施例1の鎖長が中程度のポリリン酸カルシウム2(上側)、比較例1の鎖長が短いポリリン酸カルシウム3(中央)及び比較例2の鎖長が長いポリリン酸カルシウム4(下側)に対する人工骨5の小ブロックの落下による接着性試験の結果を示す写真である。
【
図3】
図3は本実施例における比較例1の鎖長が短いポリリン酸カルシウム3、及び、比較例2の鎖長が長いポリリン酸カルシウム4を延ばしたときの結果を示す写真である。
【
図4】
図4は本実施例における繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウム6を示す写真である。
【
図5】
図5は本実施例における接着剤又は充填剤のガラスに対する接着力(引張せん断強度)の測定方法を説明するための概要図である。
【
図6】
図6は本実施例における接着剤又は充填剤の人工骨に対する接着力(引張せん断強度)の測定方法を説明するための概要図である。
【
図7】
図7は本実施例における実施例1の鎖長が中程度のポリリン酸カルシウム2を接着剤として用いて人工骨の接合部の横向きの切片を作製し、アリザリンで染色した観察結果を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を実施するための形態を図面に基づいて説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用方法或いはその用途を制限することを意図するものではない。
【0020】
≪第一実施形態≫
本発明の第一実施形態は、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムを含む骨又は歯用の接着剤又は充填剤である。
【0021】
本実施形態において、骨又は歯用の接着剤又は充填剤は、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムを含む。本明細書においてポリリン酸カルシウムとは、下記化学式(I)[式中、nは10以上の整数を表す]により表されるポリリン酸と、カルシウムイオンとが結合した無機化合物である。また、本明細書においてポリリン酸カルシウムは、ポリリン酸部分のnの整数に応じて鎖長が短いポリリン酸カルシウム(n=62未満)、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウム(n=62~162)、及び鎖長が長いポリリン酸カルシウム(n=162超過)とそれぞれ定義する。
【0022】
【0023】
本実施形態において、ポリリン酸カルシウムの鎖長は、カルシウムイオンと結合する前のポリリン酸に対するポリアクリルアミド電気泳動(PAGE)により決定する。具体的には、ポリリン酸とDNAラダーに対してPAGEを行い、ポリリン酸のレーン中の染色や蛍光等の検出強度が最も高いバンド部分とDNAラダーのレーンのバンドを比較して決定する。このように、PAGEにおけるポリリン酸とDNAラダーの移動量の関係からポリリン酸の鎖長を推定する方法は、Smith, S. A., Wang, Y., Morrissey, J. H. (2018) DNA ladders can be used to size polyphosphate resolved by polyacrylamide gel electrophoresis. Electrophoresis., 39(19), 2454-2459において報告されており、これに準じて行うものである。また、このSmith et al., 2018の報告ではDNAラダーとポリリン酸鎖長の関係が示されており、その関係を表1に示す。従って、ポリリン酸のPAGEの結果、下記の表1に準じてポリリン酸鎖長への換算を行い、当該鎖長が62~162の範囲内である場合は鎖長が中程度のポリリン酸カルシウム(n=62~162)とする。また、ポリリン酸鎖長が62未満の範囲内である場合は鎖長が短いポリリン酸カルシウム(n=62未満)、162超過である場合は鎖長が長いポリリン酸カルシウム(n=162超過)として決定する。なお、以上のポリリン酸カルシウムの鎖長の決定については、後の実施例にて詳細に示される。
【0024】
【0025】
本実施形態において、骨又は歯用の接着剤又は充填剤は、添加剤を含むものであってもよい。添加剤の種類及び含有量は特に制限されず、任意である。例えば、添加剤は、繊維加工を施していない鎖長が長いポリリン酸カルシウム、ヒドロキシアパタイト粒子、α-リン酸三カルシウム粒子及びβ-リン酸三カルシウム粒子からなる群から選択することができる。また、添加剤は、有機成分及び無機成分のいずれも含むものであるが、無機成分のみからなることが好ましい。このようにすると、生体への毒性が少なく、生体安全性の高い骨又は歯用の接着剤又は充填剤とすることができる。
【0026】
本実施形態において、骨又は歯用の接着剤又は充填剤のガラス又は人工骨に対する接着力は、特に限定されず、任意である。例えば、骨又は歯用の接着剤又は充填剤のガラスに対する接着力は0.2N/cm2以上とすることができるし、骨又は歯用の接着剤又は充填剤の人工骨に対する接着力は8N/cm2以上とすることができる。
【0027】
本実施形態に係る骨又は歯用の接着剤又は充填剤は、骨又は歯を有する対象であれば特に制限されず適用することができる。例えば、対象として、ヒト、イヌ、ネコなどが挙げられる。また、対象における骨又は歯の部位も特に限定されず、任意である。また、骨は天然骨及び人工骨のいずれであってもよく、歯も天然歯及び人工歯のいずれであってもよい。
【0028】
本実施形態において、骨又は歯用の接着剤とは、例えば骨同士又は歯とレジン等を接合するために使用する接着剤であるが、骨又は歯の用途のために使用する接着剤であれば特に限定されない。また、骨又は歯用の充填剤とは、例えば骨又は歯の空隙部分を充填するために使用する充填剤であるが、骨又は歯の用途のために使用する充填剤であれば特に限定されない。
【0029】
本実施形態において、骨又は歯用の接着剤又は充填剤は、歯槽骨用の接着剤又は充填剤として使用するものであってもよい。歯槽骨とは、上下の顎骨において、それぞれの歯が収まっている部分の骨を指す。本実施形態に係る接着剤又は充填剤は、このような歯槽骨用として好適である。特に、知覚過敏症の対象における歯槽骨用の接着剤又は充填剤として好適である。
【0030】
本実施形態において、骨又は歯用の接着剤又は充填剤に含まれる鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムは、骨又は歯への接着性を有するため、骨又は歯用の接着剤又は充填剤として使用することができる。また、該鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムは、細胞毒性及び組織毒性を有さないため、生体安全性の高い骨又は歯用の接着剤又は充填剤とすることができる。
【0031】
本実施形態において、骨又は歯用の接着剤又は充填剤は、対象の骨又は歯の接合箇所に塗布し、他の骨又はレジン等を接合することで骨又は歯に対して接着を行える。また、骨又は歯用の接着剤又は充填剤は、対象の骨又は歯の空隙部分に注入して固化させることで充填を行える。これらの使用方法は一例であり、特に限定されない。
【0032】
本実施形態において、骨又は歯用の接着剤又は充填剤の製造方法は、特に制限されず、任意である。例えば、市販の鎖長が中程度のポリリン酸から適量を容器に移した後に二価のカルシウム試薬を加え、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムの沈殿を得る。得られた沈殿に適宜精製を行うことで、骨又は歯用の接着剤又は充填剤を製造することができる。また、例えば鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムの沈殿に添加剤を加えてよく混ぜ、適宜精製を行うことで、骨又は歯用の接着剤又は充填剤を製造するものであってもよい。また、例えば市販の鎖長が中程度のポリリン酸と市販の鎖長が長いポリリン酸の両方から適量を容器に移した後に二価のカルシウム試薬を加え、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムと鎖長が長いポリリン酸カルシウムの沈殿を得る。得られた沈殿に適宜精製を行うことで、骨又は歯用の接着剤又は充填剤を製造するものであってもよい。なお、上記二価のカルシウム試薬は、例えば塩化カルシウムなどが挙げられる。また、市販の鎖長が中程度のポリリン酸と鎖長が長いポリリン酸を使用する例を説明したが、化学合成した鎖長が中程度のポリリン酸と鎖長が長いポリリン酸を使用するものであってもよい。
【0033】
≪第二実施形態≫
本発明の第二実施形態は、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムと、繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムとを含む骨又は歯用の接着剤又は充填剤である。
【0034】
本実施形態において、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムと鎖長が長いポリリン酸カルシウムの定義は上述の通りである。
【0035】
本実施形態において、骨又は歯用の接着剤又は充填剤は、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムと繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムを任意の量で含むことができ、特に限定されない。例えば、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムの含有量は、接着剤又は充填剤全体に対して64~99.28重量%とすることができ、繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムの含有量は、接着剤又は充填剤全体に対して0.72~36.0重量%とすることができる。繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムの含有量を0.72重量%以上とすると、人工骨に対する接着力が8N/cm2以上となり、好ましい。さらに、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムの含有量は、接着剤又は充填剤全体に対して64~96.4重量%であり、繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムの含有量は、接着剤又は充填剤全体に対して3.6~36.0重量%であることがより好ましい。繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムの含有量を3.6%重量以上とすると、人工骨に対する接着力が15N/cm2以上となり、骨又は歯に対する接着力が向上する。
【0036】
本実施形態において、骨又は歯用の接着剤又は充填剤は、添加剤を含むものであってもよい。添加剤の種類及び含有量は特に制限されず、任意である。また、添加剤は有機成分及び無機成分のいずれも含むものであるが、無機成分のみからなることが好ましい。このようにすると、生体への毒性が少なく、生体安全性の高い骨又は歯用の接着剤又は充填剤とすることができる。
【0037】
本実施形態において、骨又は歯用の接着剤又は充填剤の適用対象及び歯槽骨用の好ましい用途は、第一実施形態と同様であるため、詳細は省略する。さらに、本実施形態において、骨又は歯用の接着剤又は充填剤は、歯の象牙質の露出部分の内部の空隙を封鎖するための充填剤として好適である。特に、知覚過敏症の対象における歯の象牙質の露出部分の内部の空隙を封鎖するための充填剤として好適である。また、骨又は歯用の接着剤又は充填剤の使用方法は上述の通りであり、一例を示しているが、特に限定されない。
【0038】
本実施形態において、骨又は歯用の接着剤又は充填剤は、弾力性と延性を有する鎖長が長いポリリン酸カルシウムを繊維状に加工し、骨又は歯への接着性を有する鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムと繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムとを混ぜることで、優れた接着力を有する骨又は歯用の接着剤又は充填剤、特に歯の象牙質の露出部分の内部の空隙を封鎖する充填剤として好適に使用することができる。また、該鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムと該鎖長が長いポリリン酸カルシウムは、細胞毒性及び組織毒性を有さないため、生体安全性の高い骨又は歯用の接着剤又は充填剤とすることができる。
【0039】
本実施形態において、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムの調製方法は上述の通りである。また、繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムの調製方法も特に限定されず、任意である。例えば、市販の鎖長が長いポリリン酸から適量を容器に移した後に二価のカルシウム試薬を加え、鎖長が長いポリリン酸カルシウムの沈殿を得る。得られた沈殿に適宜精製を行い、手やピンセットで延ばすことにより、繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムを得る。得られた繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムと、上述のように得られた鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムとを混合し、適宜精製を行うことで、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムと繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムとを含む骨又は歯用の接着剤又は充填剤を製造することができる。また、任意量の添加剤を適宜混合してもよい。さらに、繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムの長さ、直径は特に限定されないが、例えば長さ0.5~2.0mm、直径0.15~0.35mmとすることができる。特に、アスペクト比が3以上であることが好ましい。
【実施例0040】
以下に、本発明に係る骨又は歯用の接着剤又は充填剤について詳細に説明するための実施例を示す。
【0041】
実施例1
骨又は歯用の接着剤又は充填剤を以下の通り作製した。まず、上記化学式(I)で表されるポリリン酸であって市販のポリリン酸C-60(バイオエネックス)から、1M(リン酸等量)の鎖長が中程度のポリリン酸10mLを容器に移した。続いて、当該容器に0.5mol倍量の塩化カルシウム(ナカライテスク)を加え、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムの沈殿を得た。得られた沈殿を回収し、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムからなる骨又は歯用の接着剤又は充填剤を作製した。なお、ここで用いた鎖長が中程度のポリリン酸、後に説明する鎖長が短いポリリン酸(ポリリン酸C-10(バイオエネックス))及び鎖長が長いポリリン酸(ポリリン酸C-700(バイオエネックス))について、PAGEを行った結果を
図1に示す。なお、PAGEは、ゲル溶液(3.9mlのミリQ水、1mlの10×TBE、5mLの30%アクリルアミド、100μlの10%過硫酸アンモニウム、8μlのN,N,N’,N’-テトラメチルエチレンジアミン)を固化したゲルと、泳動バッファーとしての1×TBEを用いて行った。具体的に、リン酸等量としてのモル濃度で作製した10mMの各ポリリン酸20μlに対して、ローディングダイ(5mgのブロモフェノールブルー、3mLのグリセロール、7mLのミリQ水)及び10×TBEを9:1で混合した色素を2μlずつ加えた各サンプルと、10bp及び25bpのDNAラダー(プロメガ)とを10μlずつゲルのウェルにアプライし、ゲル1枚当たり10mAで約90分間泳動した。泳動終了後、ゲルを染色液(25mgのトルイジンブルーOを100mlのメタノール、20mlのグリセロール、280mlのミリQ水に溶解)に浸し、10分間振盪した後、脱色液(100mlのメタノール、20mlのグリセロール、280mlのミリQ水)100mlに浸し、20分間振盪後、脱色液を交換しながら計3回脱色を繰り返した後にゲルを観察した。
図1に示すように、用いた鎖長が中程度のポリリン酸のバンドの最も検出強度が高い部分はDNAラダーの10bp~25bpの間にあり、すなわち当該評価方法においては鎖長が62~107と推定される。また、後に用いる鎖長が短いポリリン酸のバンドの最も検出強度が高い部分はDNAラダーの10bp未満の位置にあり、すなわち鎖長が62未満と推定され、鎖長が長いポリリン酸のバンドの最も検出強度が高い部分はDNAラダーの50bp超過の位置にあり、すなわち鎖長が162超過と推定される。
【0042】
実施例2
ポリリン酸C-60(バイオエネックス)から、1M(リン酸等量)の鎖長が中程度のポリリン酸10mLを容器に移した。また、上記化学式(I)で表されるポリリン酸であって市販のポリリン酸C-700(バイオエネックス)から、接着剤又は充填剤全体に対して含有量が0.72重量%となるように、鎖長が長いポリリン酸を当該容器に加えた。さらに、当該容器に鎖長が中程度のポリリン酸と鎖長が長いポリリン酸の合計量に対して0.5mol倍量の塩化カルシウム(ナカライテスク)を加え、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムと鎖長が長いポリリン酸カルシウムの混合物からなる沈殿を得た。得られた沈殿を回収し、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウム及び鎖長が長いポリリン酸からなる骨又は歯用の接着剤又は充填剤を作製した。
【0043】
実施例3
まず、実施例1と同様の方法により鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムを作製した。また、接着剤又は充填剤全体に対して含有量が0.72重量%となるように、ヒドロキシアパタイト粒子(和光純薬工業、018-14892)を加えて十分に混ぜ、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウム及びヒドロキシアパタイト粒子からなる骨又は歯用の接着剤又は充填剤を作製した。
【0044】
実施例4
ヒドロキシアパタイト粒子に代えて、α-リン酸三カルシウム粒子(和光純薬工業、011-14902)を用いたこと以外は、実施例3と同様にして鎖長が中程度のポリリン酸カルシウム及びα-リン酸三カルシウム粒子からなる骨又は歯用の接着剤又は充填剤を作製した。
【0045】
実施例5
ヒドロキシアパタイト粒子に代えて、β-リン酸三カルシウム粒子(富士フィルム和光純薬、018-14912)を用いたこと以外は、実施例3と同様にして鎖長が中程度のポリリン酸カルシウム及びα-リン酸三カルシウム粒子からなる骨又は歯用の接着剤又は充填剤を作製した。
【0046】
実施例6
まず、実施例1と同様の方法により鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムを作製した。また、ポリリン酸C-60に代えて、上記化学式(I)で表されるポリリン酸であってポリリン酸C-700(バイオエネックス)を使用したこと以外は、実施例1と同様にして鎖長が長いポリリン酸カルシウムを調製した。調製した鎖長が長いポリリン酸カルシウムをピンセットで挟んで延ばすことで細長い繊維状に加工した。得られた繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムは、全長1mm前後となるように細かく切断した。切断後の繊維の平均サイズは、長さが1.4mm±0.1mmであり、直径が0.25mm±0.03mmであった。最後に、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムに、接着剤又は充填剤全体に対して含有量が0.36重量%となるように繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムを加えて十分に混ぜ、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウム及び繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムからなる骨又は歯用の接着剤又は充填剤を作製した。
【0047】
実施例7
接着剤又は充填剤全体に対して含有量が0.36重量%となるように繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムを加えたことに代えて、接着剤又は充填剤全体に対して含有量が0.54重量%となるように繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムを加えたこと以外は、実施例6と同様にして、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウム及び繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムからなる骨又は歯用の接着剤又は充填剤を作製した。
【0048】
実施例8
接着剤又は充填剤全体に対して含有量が0.36重量%となるように繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムを加えたことに代えて、接着剤又は充填剤全体に対して含有量が0.72重量%となるように繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムを加えたこと以外は、実施例6と同様にして、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウム及び繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムからなる骨又は歯用の接着剤又は充填剤を作製した。
【0049】
実施例9
接着剤又は充填剤全体に対して含有量が0.36重量%となるように繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムを加えたことに代えて、接着剤又は充填剤全体に対して含有量が1.1重量%となるように繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムを加えたこと以外は、実施例6と同様にして、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウム及び繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムからなる骨又は歯用の接着剤又は充填剤を作製した。
【0050】
実施例10
接着剤又は充填剤全体に対して含有量が0.36重量%となるように繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムを加えたことに代えて、接着剤又は充填剤全体に対して含有量が1.8重量%となるように繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムを加えたこと以外は、実施例6と同様にして、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウム及び繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムからなる骨又は歯用の接着剤又は充填剤を作製した。
【0051】
実施例11
接着剤又は充填剤全体に対して含有量が0.36重量%となるように繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムを加えたことに代えて、接着剤又は充填剤全体に対して含有量が3.6重量%となるように繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムを加えたこと以外は、実施例6と同様にして、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウム及び繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムからなる骨又は歯用の接着剤又は充填剤を作製した。
【0052】
実施例12
接着剤又は充填剤全体に対して含有量が0.36重量%となるように繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムを加えたことに代えて、接着剤又は充填剤全体に対して含有量が7.2重量%となるように繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムを加えたこと以外は、実施例6と同様にして、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウム及び繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムからなる骨又は歯用の接着剤又は充填剤を作製した。
【0053】
実施例13
接着剤又は充填剤全体に対して含有量が0.36重量%となるように繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムを加えたことに代えて、接着剤又は充填剤全体に対して含有量が10.8重量%となるように繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムを加えたこと以外は、実施例6と同様にして、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウム及び繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムからなる骨又は歯用の接着剤又は充填剤を作製した。
【0054】
実施例14
接着剤又は充填剤全体に対して含有量が0.36重量%となるように繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムを加えたことに代えて、接着剤又は充填剤全体に対して含有量が14.4重量%となるように繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムを加えたこと以外は、実施例6と同様にして、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウム及び繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムからなる骨又は歯用の接着剤又は充填剤を作製した。
【0055】
実施例15
接着剤又は充填剤全体に対して含有量が0.36重量%となるように繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムを加えたことに代えて、接着剤又は充填剤全体に対して含有量が18.0重量%となるように繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムを加えたこと以外は、実施例6と同様にして、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウム及び繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムからなる骨又は歯用の接着剤又は充填剤を作製した。
【0056】
実施例16
接着剤又は充填剤全体に対して含有量が0.36重量%となるように繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムを加えたことに代えて、接着剤又は充填剤全体に対して含有量が21.6重量%となるように繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムを加えたこと以外は、実施例6と同様にして、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウム及び繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムからなる骨又は歯用の接着剤又は充填剤を作製した。
【0057】
実施例17
接着剤又は充填剤全体に対して含有量が0.36重量%となるように繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムを加えたことに代えて、接着剤又は充填剤全体に対して含有量が36.0重量%となるように繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムを加えたこと以外は、実施例6と同様にして、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウム及び繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムからなる骨又は歯用の接着剤又は充填剤を作製した。
【0058】
比較例1
ポリリン酸C-60に代えて、上記化学式(I)で表されるポリリン酸であって市販のポリリン酸C-10(バイオエネックス)を使用したこと以外は、実施例1と同様にして鎖長が短いポリリン酸カルシウムである骨又は歯用の接着剤又は充填剤を作製した。
【0059】
比較例2
ポリリン酸C-60に代えて、上記化学式(I)で表されるポリリン酸であってポリリン酸C-700(バイオエネックス)を使用したこと以外は、実施例1と同様にして鎖長が長いポリリン酸カルシウムである骨又は歯用の接着剤又は充填剤を作製した。
【0060】
(人工骨に対する接着性の測定)
実施例1及び比較例1、2に係る接着剤又は充填剤上に、約5cmの距離から人工骨5を落とし、各接着剤又は充填剤の人工骨に対する接着性を調べた。人工骨5が接着剤又は充填剤に接着した場合は○評価とし、接着せずに弾いた場合は×評価とした。結果は後述する表2及び
図2に示す。
【0061】
(ガラスに対する接着力の測定)
接着強度を測る指標の1つである引張せん断強度(以下、「接着力」とする)を測定することにより、実施例1~11及び比較例1、2に係る接着剤又は充填剤のガラスに対する接着力を調べた。具体的には、
図5に示すように、2枚のスライドガラス7を縦が2.5cm、横が1.25cmになるよう重ねた部分に、実施例1~11及び比較例1、2の接着剤又は充填剤1を塗布して接着させ、5分静置した。そして、スライドガラス7の両端を卓上型引張圧縮試験機(エー・アンド・デイ、フォーステスター、MCT-1150)に固定して上に引っ張っていき、接着部分が破断したときにかかる接着力を測定した。測定は3回行い、それらの平均値を算出し、ガラスに対する接着力とした。結果は後述する表2に示す。
【0062】
(人工骨に対する接着力の測定)
上記ガラスに対する接着力の測定方法において、スライドガラス7を人工骨5に変えて、実施例1、8、11~17に係る接着剤又は充填剤1の人工骨5に対する接着力を調べた。具体的には、
図6に示すように、2つの人工骨5を実施例1、8、11~17に係る接着剤又は充填剤1(約13mg)で接合して、片方の人工骨5のみプラスチック8に埋め込んで卓上型引張圧縮試験機に固定し、上から力をかけて人工骨5の接合部が外れるときにかかる荷重の大きさから接着力を測定した。測定は3回行い、それらの平均値を算出し、人工骨に対する接着力とした。結果は後述する表2に示す。
【0063】
(人工骨接合部の観察)
実施例1に係る骨又は歯用の接着剤又は充填剤を用いて人工骨5同士の接着を行い、人工骨接合部の観察を行った。具体的には、まず、1% Alizarin red S(ナカライテスク、013-03)溶液100mLを1/1000に希釈した28%アンモニア水でpH6.3~6.4に調整し、アリザリン染色液を調製した。続いて、
図7に示すように、3mm四方の立方体の人工骨5(HOYA Technosurgical、アパセラム-AX、GA-3)の側面に実施例1に係る骨又は歯用の接着剤又は充填剤を約13mg塗布して接着させ、人工骨5同士を接合した。断面を観察するために、エタノールで人工骨5を脱水し、60℃で1時間乾燥させてエタノールを飛ばした後、人工骨5が崩れないようにプラスチックに埋め込んで60℃で固めた。そして人工骨5の接合部を切り取って表面を削り、接合部の断面をアリザリン染色液で染色し、蛍光顕微鏡(Primo Star)で観察し、写真撮影を行った。撮影した写真を
図7に示す。
【0064】
表2は実施例1~17、比較例1、2に係る骨又は歯用の接着剤又は充填剤についての、上述した人工骨に対する接着性、ガラスに対する接着力、及び人工骨に対する接着力の測定結果をまとめた表である。なお、表2中、NDは測定しなかったこと(Not Determined)を意味する。
【0065】
【0066】
表2及び
図2に示すように、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウム2である実施例1の接着剤又は充填剤は、人工骨5への接着性を有することが確認され、また、ガラスに対する接着力は0.28N/cm
2であり、人工骨に対する接着力は12N/cm
2であることが確認された。それに対して、鎖長が短いポリリン酸カルシウム3である比較例1及び鎖長が長いポリリン酸カルシウム4である比較例2の接着剤又は充填剤は人工骨5への接着性を有さないことが確認され、また、ガラスに対する接着力は、比較例1では0.0064N/cm
2、比較例2では0.0032N/cm
2であることが確認された。一方で、
図3に示すように、比較例1の鎖長が短いポリリン酸カルシウム3を伸ばすと簡単に切れてしまうのに対し、比較例2の鎖長が長いポリリン酸カルシウム4を伸ばすと簡単には切れず、弾力性と延性があることが確認された。また、
図4に示すように、鎖長が長いポリリン酸カルシウム4の延性を利用することで、細長い繊維状にできることが確認された。このような繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウム6の有用性は、後の実施例6~17の結果として後述される。
【0067】
表2の実施例2~5の欄に示すように、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムを含む接着剤又は充填剤に繊維加工を施していない鎖長が長いポリリン酸カルシウム、ヒドロキシアパタイト粒子、α-リン酸三カルシウム粒子又はβ-リン酸三カルシウム粒子を接着剤又は充填剤全体に対して0.72重量%で加えたところ、ガラスに対する接着力は向上することが確認され、実施例2では0.39N/cm2、実施例3では0.87N/cm2、実施例4では0.89N/cm2、実施例5では0.57N/cm2であることが確認された。このため、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムを含む接着剤又は充填剤に、添加剤を加えてもガラスに対する接着力は損なわれないことが確認された。
【0068】
表2の実施例8の欄に示すように、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムに上述した繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムを接着剤又は充填剤全体に対して0.72重量%で加えた骨又は歯用の接着剤又は充填剤は、ガラスに対する接着力は3.3N/cm2であり、人工骨に対する接着力は9.5N/cm2であることが確認された。従って、繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムは、骨又は歯用の接着剤又は充填剤の成分として有用であることが確認された。
【0069】
表2の実施例6、7、9~11の欄に示すように、接着剤又は充填剤全体に対する繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムの含有量(表2中、「繊維の含有量」としている)を0.36重量%、0.54重量%、1.1重量%、1.8重量%、3.6重量%に変えたところ、繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムの含有量が0.36~3.6重量%の範囲内である実施例6~11に係る接着剤又は充填剤のガラスに対する接着力は、いずれも1N/cm2以上であることが確認された。
【0070】
表2の実施例11~17の欄に示すように、接着剤又は充填剤全体に対する繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムの含有量を3.6重量%、7.2重量%、10.8重量%、14.4重量%、18.0重量%、21.6重量%、36.0重量%に変えたところ、繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムの含有量が0.72~36.0重量%の範囲内である実施例8、11~17に係る接着剤又は充填剤の人工骨に対する接着力は、いずれも8N/cm2以上であることが確認された。また、繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムの含有量が3.6~36.0重量%の範囲内である実施例11~17に係る接着剤又は充填剤の人工骨に対する接着力は、いずれも15N/cm2以上となり、接着力が向上することが確認された。特に14.4重量%の際に、最大の接着力31N/cm2が得られた。このように、繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムを多く含むことによる接着力向上の要因としては、繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムが、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムのひび割れを架橋することによる強度の補強が考えられる。このことは、表2の実施例2から実施例11において示されるように、繊維加工する前の鎖長が長いポリリン酸カルシウムを加えた接着剤又は充填剤のガラスに対する接着力の向上効果は控えめであったこと(実施例2)、また、粒子状のヒドロキシアパタイト等を加えた接着剤又は充填剤のガラスに対する接着力の向上効果も控えめであったこと(実施例3~5)から、鎖長が長いポリリン酸カルシウムは繊維状であることが好ましいことが推察される(実施例6~11)。
【0071】
人工骨の接合部の横向きの切片を作製し、アリザリンで染色した観察結果を
図7に示している。アリザリンはカルシウムを赤色に染色する性質があるので、
図7中において染色された部分が、骨又は歯用の接着剤又は充填剤として使用した実施例1に係る鎖長が中程度のポリリン酸カルシウム2を示している。
図7に示すように、実施例1に係る骨又は歯用の接着剤又は充填剤は約0.54mmの幅で染み込んで人工骨5同士を接着させていることが確認された。これは投錨効果といわれるものであり、人工骨5表面の凹凸の中に接着剤又は充填剤である鎖長が中程度のポリリン酸カルシウム2が入り込んで固まることで機械的に引っかかって接着している。特に天然骨及び人工骨はその表面に多くの凹凸を有しているため、このような投錨効果が得られやすいことが推察された。このため、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムからなる骨又は歯用の接着剤又は充填剤、並びに、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムと繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムからなる骨又は歯用の接着剤又は充填剤は、ガラスに対する接着力よりも人工骨に対する接着力が高くなったものと考えられる。なお、人工骨5は通常、破骨細胞や骨芽細胞が入れるような多数の細孔を有しており、上記のように接着剤又は充填剤が人工骨5に染み込むことは、当該細孔に鎖長が中程度のポリリン酸カルシウム2が入り込んで充填されることによると考えられる。従って、実施例1に係る鎖長が中程度のポリリン酸カルシウム2は、このような人工骨5の細孔を充填するなどといった充填剤として好適に使用できると考えられる。
【0072】
上記の通り、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムを含む接着剤又は充填剤、及び、鎖長が中程度のポリリン酸カルシウムと繊維状の鎖長が長いポリリン酸カルシウムとを含む接着剤又は充填剤は、骨又は歯用の接着剤又は充填剤として有用であることが示された。