(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024007439
(43)【公開日】2024-01-18
(54)【発明の名称】硫化物固体電解質の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01B 13/00 20060101AFI20240110BHJP
C01B 25/14 20060101ALI20240110BHJP
H01B 1/06 20060101ALN20240110BHJP
【FI】
H01B13/00 Z
C01B25/14
H01B1/06 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023105762
(22)【出願日】2023-06-28
(31)【優先権主張番号】P 2022106677
(32)【優先日】2022-06-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000183646
【氏名又は名称】出光興産株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002620
【氏名又は名称】弁理士法人大谷特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】戸塚 翔太
【テーマコード(参考)】
5G301
【Fターム(参考)】
5G301CA05
5G301CA16
5G301CA19
5G301CD01
(57)【要約】
【課題】生産性に優れ、また粒径が小さい硫化物固体電解質を製造する方法を提供することである。
【解決手段】リチウム原子、リン原子及び硫黄原子を含む原料含有物と、第一溶媒とを混合して前駆体含有混合物を得ることと、前記前駆体含有混合物を、前記第一溶媒と相溶しない第二溶媒と混合してエマルションを得ることと、前記エマルションより第一溶媒及び第二溶媒を除去することと、を含む硫化物固体電解質の製造方法である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウム原子、リン原子及び硫黄原子を含む原料含有物と、第一溶媒とを混合して前駆体含有混合物を得ることと、前記前駆体含有混合物を、前記第一溶媒と相溶しない第二溶媒と混合してエマルションを得ることと、前記エマルションより第一溶媒及び第二溶媒を除去することと、を含む硫化物固体電解質の製造方法。
【請求項2】
前記第一溶媒及び第二溶媒の一方がアルコール溶媒を含有し、他方が炭素数5~40の炭化水素溶媒を含有する請求項1に記載の硫化物固体電解質の製造方法。
【請求項3】
前記第一溶媒が炭素数5~40の炭化水素溶媒を含有し、前記第二溶媒がアルコール溶媒を含有する請求項1又は2に記載の硫化物固体電解質の製造方法。
【請求項4】
前記エマルションより第一溶媒及び第二溶媒の一方を除去して硫化物固体電解質を含有するスラリーを得ることと、該スラリーより第一溶媒及び第二溶媒の他方を除去することにより、前記エマルションより第一溶媒及び第二溶媒を除去する請求項1~3のいずれかに記載の硫化物固体電解質の製造方法。
【請求項5】
前記エマルションを、第一溶媒の沸点よりも高温であり、第二溶媒の沸点よりも高温であり、かつ、液体又は気体である媒体に供給し、第一溶媒及び第二溶媒を蒸発させることにより、前記エマルションより第一溶媒及び第二溶媒を除去する請求項1~3のいずれか1項に記載の硫化物固体電解質の製造方法。
【請求項6】
前記第一溶媒が、錯化剤を含有する請求項1~5のいずれか1項に記載の硫化物固体電解質の製造方法。
【請求項7】
前記原料含有物が、さらにハロゲン原子を含む請求項1~6のいずれか1項に記載の硫化物固体電解質の製造方法。
【請求項8】
さらに、前記エマルションより第一溶媒及び第二溶媒を除去した後に、硫化物固体電解質を加熱処理して結晶化することを含む請求項1~7のいずれか1項に記載の硫化物固体電解質の製造方法。
【請求項9】
前記第一溶媒と第二溶媒との比率が、質量比で10:90~90:10である請求項1~8のいずれか1項に記載の硫化物固体電解質の製造方法。
【請求項10】
前記原料含有物と第一溶媒との比率が、第一溶媒100mlに対して原料含有物1.0g以上20.0g以下である請求項1~9のいずれか1項に記載の硫化物固体電解質の製造方法。
【請求項11】
前記前駆体含有混合物と第二溶媒とを混合する際の撹拌動力が、0.01W/m3以上である請求項1~10のいずれか1項に記載の硫化物固体電解質の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硫化物固体電解質の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年におけるパソコン、ビデオカメラ、及び携帯電話等の情報関連機器や通信機器等の急速な普及に伴い、その電源として利用される電池の開発が重要視されている。従来、このような用途に用いられる電池において可燃性の有機溶媒を含む電解液が用いられていたが、電池を全固体化することで、電池内に可燃性の有機溶媒を用いず、安全装置の簡素化が図れ、製造コスト、生産性に優れることから、電解液を固体電解質層に換えた電池の開発が行われている。
【0003】
固体電解質の製造方法として、特許文献1には、固体電解質原料と溶媒とを含有する液を、高温の媒体に供給し、溶媒を蒸発させてアルジロダイト型結晶構造を析出させる方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、生産性に優れ、また粒径が小さい硫化物固体電解質を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る硫化物固体電解質の製造方法は、
リチウム原子、リン原子及び硫黄原子を含む原料含有物と、第一溶媒とを混合して前駆体含有混合物を得ることと、前記前駆体含有混合物を、前記第一溶媒と相溶しない第二溶媒と混合してエマルションを得ることと、前記エマルションより第一溶媒及び第二溶媒を除去することと、を含む硫化物固体電解質の製造方法、
である。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、生産性に優れ、また粒径が小さい硫化物固体電解質を製造する方法を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明の実施形態(以下、「本実施形態」と称することがある。)について説明する。なお、本明細書において、「以上」、「以下」、「~」の数値範囲に係る上限及び下限の数値は任意に組み合わせできる数値であり、また実施例の数値を上限及び下限の数値として用いることもできる。また、好ましいとされている規定は任意に採用することができる。即ち、好ましいとされている一の規定を、好ましいとされている他の一又は複数の規定と組み合わせて採用することができる。好ましいもの同士の組み合わせはより好ましいといえる。
【0009】
(本発明に至るために本発明者らが得た知見)
本発明者らは、上記の課題を解決するべく鋭意検討した結果、下記の事項を見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
特許文献1に記載されている方法では、固体電解質原料と溶媒とを含有する液を、高温の媒体に供給し、溶媒を蒸発させてアルジロダイト型結晶構造を析出させる方法が開示されているが、二種類の溶媒を用いてエマルションを形成することで、得られる固体電解質の粒径を小径化できることについては開示されていない。
硫化物固体電解質の粒径は小さいことが望まれている。リチウムイオン電池では、正極材、負極材及び電解質の全てが固体である。そのため、硫化物固体電解質の粒径を小さくすることで、活物質と硫化物固体電解質との接触界面を形成しやすくなり、イオン伝導と電子伝導のパスが良好になるからである。
しかし、特許文献1の方法では、得られる固体電解質の粒径を調整すること、とりわけ小径化することについての開示はない。
これに対し本発明者は、原料含有物を溶媒と混合し、さらに別の溶媒と混合してエマルションを得た上で、これらの溶媒を除去することで粒径が小さい硫化物固体電解質が製造できることを見出した。
【0011】
(本実施形態の各種形態について)
本実施形態の第一の形態に係る硫化物固体電解質の製造方法は、
リチウム原子、リン原子及び硫黄原子を含む原料含有物と、第一溶媒とを混合して前駆体含有混合物を得ることと、前記前駆体含有混合物を、前記第一溶媒と相溶しない第二溶媒と混合してエマルションを得ることと、前記エマルションより第一溶媒及び第二溶媒を除去することと、を含む硫化物固体電解質の製造方法、
である。
【0012】
従来、小粒径の固体電解質を得るためには、ビーズミル等の粉砕機を用いて、事後的に固体電解質を粉砕する方法が一般的であった。しかし本発明においては、互いに相溶しない二種の溶媒を組み合わせて用いることで、エマルションを形成することに着目した。固体電解質前駆体をエマルションとし、その後に溶媒を除去するという操作だけで小粒径の硫化物固体電解質を製造できるのではないかと考えた。溶媒の操作だけで小さい粒径の硫化物固体電解質が得られるとすれば、生産効率の観点においては極めて効率的である。
【0013】
本実施形態の製造方法において、「前駆体」とは、溶媒を除去後に必要に応じて加熱により結晶化させる又は溶媒中で結晶化させることにより硫化物固体電解質となる固体電解質の前駆体を示す。原料含有物を第一溶媒及び第二溶媒と順次混合してエマルションを形成することで、固体電解質原料が均一に混合され、場合によってはさらに互いに反応して硫化物固体電解質に近い構造を形成して前駆体となり、ここから第一溶媒及び第二溶媒を除去し、必要に応じて結晶化させる又は溶媒中で結晶化させることで、原料同士の反応が進行し、硫化物固体電解質が形成するものと考えられる。
また、本実施形態の製造方法において、「前駆体含有混合物」とは、少なくとも上記前駆体と第一溶媒とを含有する混合物であり、さらに未反応の原料等を含んでいてもよい。
【0014】
本実施形態の第二の形態に係る硫化物固体電解質の製造方法は、上記第一の形態において、
前記第一溶媒及び第二溶媒の一方がアルコール溶媒を含有し、他方が炭素数5~40の炭化水素溶媒を含有する、
というものである。
【0015】
第一溶媒又は第二溶媒がアルコール溶媒を含有すると、原料の分散状態がより均一になりやすく、このためより効率的に電解質前駆体が得られ、結果として製造効率を向上させ、かつ高品質な硫化物固体電解質を容易に製造することが可能となる。
また、第一溶媒及び第二溶媒のうちの他方としては、アルコール溶媒との相溶性が低い炭素数5~40の炭化水素溶媒を用いることで、効率よくエマルションを形成することができる。
【0016】
本実施形態の第三の形態に係る硫化物固体電解質の製造方法は、上記第一又は第二の形態において、
前記第一溶媒が炭素数5~40の炭化水素溶媒を含有し、前記第二溶媒がアルコール溶媒を含有する、
というものである。
【0017】
第一溶媒が炭化水素溶媒を含むことで、まず固体電解質原料を第一溶媒中に均一に分散させた上で、アルコール溶媒を含む第二溶媒と混合してエマルションを形成することで、前駆体とアルコール溶媒との接触時間が長時間に亘ることで発生し得る副反応を抑制することができ、その結果より高いイオン伝導度を有する硫化物固体電解質が得られやすくなる。
【0018】
本実施形態の第四の形態に係る硫化物固体電解質の製造方法は、上記第一~第三の形態において、
前記エマルションより第一溶媒及び第二溶媒の一方を除去して硫化物固体電解質を含有するスラリーを得ることと、該スラリーより第一溶媒及び第二溶媒の他方を除去することにより、前記エマルションより第一溶媒及び第二溶媒を除去する、
というものである。
【0019】
第一溶媒及び第二溶媒を含むエマルションよりこれらを除去する具体的な好ましい方法としては、まずこれらのうち一方を除去した上で、次いで他方を除去する段階的な方法が挙げられる。このような方法とすることで、溶媒の除去を行いやすく、効率よく粒径の小さい硫化物固体電解質が得られる。
【0020】
本実施形態の第五の形態に係る硫化物固体電解質の製造方法は、上記第一~第三の形態において、
前記エマルションを、第一溶媒の沸点よりも高温であり、第二溶媒の沸点よりも高温であり、かつ、液体又は気体である媒体に供給し、第一溶媒及び第二溶媒を蒸発させることにより、前記エマルションより第一溶媒及び第二溶媒を除去する、
というものである。
【0021】
この方法によれば、高温に保持された媒体にエマルションを供給し、第一溶媒及び第二溶媒をほぼ同時に除去することができるため、効率よく粒径の小さい硫化物固体電解質を得ることができる観点から好ましい。
【0022】
本実施形態の第六の形態に係る硫化物固体電解質の製造方法は、上記第一~第五の形態において、
前記第一溶媒が、錯化剤を含有する、
というものである。
【0023】
ここで、錯化剤とは錯体を形成し得る化合物を意味する。溶媒が錯化剤を含有することで、錯体の形成が促進され、固体電解質原料の分散状態が均一に保たれやすくなる。そのため、原料含有物に含まれる原料がもれなく硫化物固体電解質の形成に寄与しやすくなり、その結果より高いイオン伝導度を有する硫化物固体電解質が得られやすくなる。
【0024】
本実施形態の第七の形態に係る硫化物固体電解質の製造方法は、上記第一~第六の形態において、
前記原料含有物が、さらにハロゲン原子を含む、
というものである。
【0025】
原料含有物がハロゲン原子を含むことで、より高いイオン伝導度を示す硫化物固体電解質が得られやすくなる。
【0026】
本実施形態の第八の形態に係る硫化物固体電解質の製造方法は、上記第一~第七の形態において、
さらに、前記エマルションより第一溶媒及び第二溶媒を除去した後に、硫化物固体電解質を加熱処理して結晶化することを含む、
というものである。
【0027】
硫化物固体電解質を加熱処理することで、結晶構造が形成したり、あるいはその結晶度が向上する(すなわち「結晶化」する)ことから、高品質な硫化物固体電解質が得られる。
【0028】
本実施形態の第九の形態に係る硫化物固体電解質の製造方法は、上記第一~第八の形態において、
前記第一溶媒と第二溶媒との比率が、質量比で10:90~90:10である、
というものである。
また、本実施形態の第十の形態に係る硫化物固体電解質の製造方法は、上記第一~第九の形態において、
前記原料含有物と第一溶媒との比率が、第一溶媒100mlに対して原料含有物1.0g以上20.0g以下である、
というものである。
【0029】
第一溶媒と第二溶媒との比率や、原料含有物と第一溶媒との比率は、第一溶媒と第二溶媒のいずれがアルコール溶媒を含むものであるか、用いられる原料含有物や目的とする硫化物固体電解質の結晶構造などの様々な要素によって異なるが、例えば上記範囲内とすることで、より効率的に小さい粒径の硫化物固体電解質を得ることができる。
【0030】
本実施形態の第十一の形態に係る硫化物固体電解質の製造方法は、上記第一~第十の形態において、
前記前駆体含有混合物と第二溶媒とを混合する際の撹拌動力が、0.01W/m3以上である、
というものである。
【0031】
本実施形態の製造方法においては、エマルションを形成する際の撹拌動力をより大きくすることで、エマルションの液滴径を小さくできるため、得られる硫化物固体電解質をより小径化する観点から好ましい。
撹拌動力は以下の一般式で表され、回転数や翼形状などで調整可能である。
撹拌動力(W/m3)=Np×ρ×n3×d5/V
Np:動力数(-)
ρ:密度(kg/m3)
n:回転数(rps)
d:翼スパン(m)
V:容量(m3)
【0032】
(固体電解質)
本明細書において、「固体電解質」とは、窒素雰囲気下25℃で固体を維持する電解質を意味する。本実施形態における固体電解質は、リチウム原子、硫黄原子及びリン原子を含み、リチウム原子に起因するイオン伝導度を有する固体電解質である。
【0033】
「固体電解質」には、非晶性固体電解質と、結晶性固体電解質と、の両方が含まれる。
本明細書において、結晶性固体電解質とは、X線回折測定におけるX線回折パターンにおいて、固体電解質由来のピークが観測される固体電解質であって、これらにおいての固体電解質の原料由来のピークの有無は問わないものである。すなわち、結晶性固体電解質は、固体電解質に由来する結晶構造を含み、その一部が該固体電解質に由来する結晶構造であっても、その全部が該固体電解質に由来する結晶構造であってもよい。そして、結晶性固体電解質は、上記のようなX線回折パターンを有していれば、その一部に非晶性固体電解質が含まれていてもよい。したがって、結晶性固体電解質には、非晶質固体電解質を結晶化温度以上に加熱して得られる、いわゆるガラスセラミックスが含まれる。
また、本明細書において、非晶性固体電解質とは、X線回折測定におけるX線回折パターンにおいて、材料由来のピーク以外のピークが実質的に観測されないハローパターンであるもののことであり、固体電解質の原料由来のピークの有無は問わないものである。
【0034】
[硫化物固体電解質の製造方法]
本実施形態の硫化物固体電解質の製造方法は、
リチウム原子、リン原子及び硫黄原子を含む原料含有物と、第一溶媒とを混合して前駆体含有混合物を得ることと、前記前駆体含有混合物を、前記第一溶媒と相溶しない第二溶媒と混合してエマルションを得ることと、前記エマルションより第一溶媒及び第二溶媒を除去することと、を含む硫化物固体電解質の製造方法、
である。
【0035】
〔前駆体含有混合物を得ること〕
本実施形態の製造方法は、リチウム原子、リン原子及び硫黄原子を含む原料含有物と、第一溶媒とを混合して、前駆体含有混合物を得ること、を含む。
本実施形態の製造方法について、まず原料含有物から説明する。
【0036】
(原料含有物)
本実施形態で用いられる原料含有物は、リチウム原子、硫黄原子及びリン原子を含むものであり、好ましくはリチウム原子、硫黄原子、リン原子及びハロゲン原子を含むものであり、より具体的にはこれらの原子からなる群より選ばれる1種以上を含む物質(以下、「固体電解質原料」とも称する。)を含む含有物である。ハロゲン原子としては、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子が好ましく、塩素原子、臭素原子がより好ましく、原料含有物として少なくとも二種のハロゲン原子を含むことが好ましい。
【0037】
原料含有物に含まれる原料としては、例えば硫化リチウム;フッ化リチウム、塩化リチウム、臭化リチウム、ヨウ化リチウム等のハロゲン化リチウム;三硫化二リン(P2S3)、五硫化二リン(P2S5)等の硫化リン;各種フッ化リン(PF3、PF5)、各種塩化リン(PCl3、PCl5、P2Cl4)、各種臭化リン(PBr3、PBr5)、各種ヨウ化リン(PI3、P2I4)等のハロゲン化リン;フッ化チオホスホリル(PSF3)、塩化チオホスホリル(PSCl3)、臭化チオホスホリル(PSBr3)、ヨウ化チオホスホリル(PSI3)、二塩化フッ化チオホスホリル(PSCl2F)、二臭化フッ化チオホスホリル(PSBr2F)等のハロゲン化チオホスホリル;などの上記四種の原子から選ばれる少なくとも二種の原子からなる原料、フッ素(F2)、塩素(Cl2)、臭素(Br2)、ヨウ素(I2)等のハロゲン単体、好ましくは塩素(Cl2)、臭素(Br2)が代表的に挙げられる。
【0038】
上記以外の原料として用い得るものとしては、例えば、上記四種の原子から選ばれる少なくとも一種の原子を含み、かつ該四種の原子以外の原子を含む原料、より具体的には、酸化リチウム、水酸化リチウム、炭酸リチウム等のリチウム化合物;硫化ナトリウム、硫化カリウム、硫化ルビジウム、硫化セシウム等の硫化アルカリ金属;硫化ケイ素、硫化ゲルマニウム、硫化ホウ素、硫化ガリウム、硫化スズ(SnS、SnS2)、硫化アルミニウム、硫化亜鉛等の硫化金属;リン酸ナトリウム、リン酸リチウム等のリン酸化合物;ヨウ化ナトリウム、フッ化ナトリウム、塩化ナトリウム、臭化ナトリウム等のハロゲン化ナトリウム等のリチウム以外のアルカリ金属のハロゲン化物;ハロゲン化アルミニウム、ハロゲン化ケイ素、ハロゲン化ゲルマニウム、ハロゲン化ヒ素、ハロゲン化セレン、ハロゲン化スズ、ハロゲン化アンチモン、ハロゲン化テルル、ハロゲン化ビスマス等のハロゲン化金属;オキシ塩化リン(POCl3)、オキシ臭化リン(POBr3)等のオキシハロゲン化リン;などが挙げられる。
【0039】
原料含有物に含まれる原料としては、上記の中でも、硫化リチウム、三硫化二リン(P2S3)、五硫化二リン(P2S5)等の硫化リン、フッ素(F2)、塩素(Cl2)、臭素(Br2)、ヨウ素(I2)等のハロゲン単体、フッ化リチウム、塩化リチウム、臭化リチウム、ヨウ化リチウム等のハロゲン化リチウムが好ましい。また、酸素原子を固体電解質に導入する場合、酸化リチウム、水酸化リチウム及びリン酸リチウム等のリン酸化合物が好ましい。
【0040】
ハロゲン原子としては、塩素原子、臭素原子及びヨウ素原子が好ましく、これらの中から選ばれる少なくとも一種であることが好ましい。
よって、上記ハロゲン化リチウムとしては、塩化リチウム、臭化リチウム、ヨウ化リチウムが好ましく、ハロゲン単体としては、塩素(Cl2)、臭素(Br2)、ヨウ素(I2)が好ましい。また、これらを単独で、又は複数種を組み合わせて用いることができる。
【0041】
原料の組み合わせとしては、例えば、硫化リチウム、五硫化二リン及びハロゲン化リチウムの組み合わせ、硫化リチウム、五硫化二リン及びハロゲン単体の組み合わせが好ましく挙げられ、ハロゲン化リチウムとしては塩化リチウム、臭化リチウム、ヨウ化リチウムが好ましく、ハロゲン単体としては塩素、臭素及びヨウ素が好ましい。
【0042】
本実施形態においては、PS4構造を含むLi3PS4を原料の一部として用いることもできる。具体的には、先にLi3PS4を製造する等して用意し、これを原料として使用する。
原料の合計に対するLi3PS4の含有量は、60~100mol%が好ましく、65~90mol%がより好ましく、70~80mol%が更に好ましい。
【0043】
また、Li3PS4とハロゲン単体とを用いる場合、Li3PS4に対するハロゲン単体の含有量は、1~50mol%が好ましく、10~40mol%がより好ましく、20~30mol%が更に好ましく、22~28mol%が更により好ましい。
【0044】
本実施形態で用いられる硫化リチウムは、粒子であることが好ましい。
硫化リチウム粒子の平均粒径(D50)は、0.1μm以上1000μm以下であることが好ましく、0.5μm以上100μm以下であることがより好ましく、1μm以上20μm以下であることがさらに好ましい。本明細書において、平均粒径(D50)は、粒子径分布積算曲線を描いた時に粒子径の最も小さい粒子から順次積算して全体の50%(体積基準)に達するところの粒子径であり、体積分布は、例えば、レーザー回折/散乱式粒子径分布測定装置を用いて測定することができる平均粒径のことである。また、上記の原料として例示したもののうち固体の原料については、上記硫化リチウム粒子と同じ程度の平均粒径を有するものが好ましい、すなわち上記硫化リチウム粒子の平均粒径と同じ範囲内にあるものが好ましい。
【0045】
原料として、硫化リチウム、五硫化二リン及びハロゲン化リチウムを用いる場合、硫化リチウム及び五硫化二リンの合計に対する硫化リチウムの割合は、より高い化学的安定性及びより高いイオン伝導度を得る観点から、70~82mol%が好ましく、72~80mol%がより好ましく、74~80mol%が更に好ましい。
硫化リチウム、五硫化二リン、ハロゲン化リチウム及び必要に応じて用いられる他の原料を用いる場合、これらの合計に対する硫化リチウム及び五硫化二リンの含有量は、50~100mol%が好ましく、55~85mol%がより好ましく、60~80mol%が更に好ましい。
【0046】
ハロゲン化リチウムとして、塩化リチウムと臭化リチウムとを組み合わせて用いる場合、イオン伝導度を向上させる観点から、塩化リチウム及び臭化リチウムの合計に対する塩化リチウムの割合は、1~99mol%が好ましく、10~80mol%がより好ましく、20~70mol%が更に好ましく、25~45mol%が特に好ましい。
【0047】
原料としてハロゲン単体を用いる場合であって、硫化リチウム、五硫化二リンを用いる場合、ハロゲン単体のモル数と同モル数の硫化リチウムを除いた硫化リチウム及び五硫化二リンの合計モル数に対する、ハロゲン単体のモル数と同モル数の硫化リチウムとを除いた硫化リチウムのモル数の割合は、60~90%の範囲内であることが好ましく、65~85%の範囲内であることがより好ましく、68~82%の範囲内であることが更に好ましく、72~78%の範囲内であることが更により好ましく、73~77%の範囲内であることが特に好ましい。これらの割合であれば、より高いイオン伝導度が得られるからである。
また、これと同様の観点から、硫化リチウムと五硫化二リンとハロゲン単体とを用いる場合、硫化リチウムと五硫化二リンとハロゲン単体との合計量に対するハロゲン単体の含有量は、1~50mol%が好ましく、2~40mol%がより好ましく、3~25mol%が更に好ましく、3~15mol%が更により好ましい。
【0048】
硫化リチウムと五硫化二リンとハロゲン単体とハロゲン化リチウムとを用いる場合には、これらの合計量に対するハロゲン単体の含有量(αmol%)、及びハロゲン化リチウムの含有量(βmol%)は、下記式(2)を満たすことが好ましく、下記式(3)を満たすことがより好ましく、下記式(4)を満たすことが更に好ましく、下記式(5)を満たすことが更により好ましい。
2≦2α+β≦100…(2)
4≦2α+β≦80 …(3)
6≦2α+β≦50 …(4)
6≦2α+β≦30 …(5)
【0049】
二種のハロゲンを単体として用いる場合には、一方のハロゲン原子の物質中のモル数をA1とし、もう一方のハロゲン原子の物質中のモル数をA2とすると、A1:A2が1~99:99~1が好ましく、10:90~90:10であることがより好ましく、20:80~80:20が更に好ましく、30:70~70:30が更により好ましい。
【0050】
(第一溶媒)
本実施形態で用いられる第一溶媒としては、固体電解質の製造において従来用いられてきた溶媒を広く採用することが可能であり、例えば、脂肪族炭化水素溶媒、脂環式炭化水素溶媒、芳香族炭化水素溶媒等の炭化水素溶媒;アルコール溶媒、エステル系溶媒、アルデヒド系溶媒、ケトン系溶媒、エーテル系溶媒、炭素原子とヘテロ原子を含む溶媒等の炭素原子含む溶媒;等が挙げられ、これらの中から、適宜選択して用いればよい。
【0051】
より具体的には、ヘキサン、ペンタン、2-エチルヘキサン、ヘプタン、オクタン、デカン、ウンデカン、ドデカン、トリデカン等の脂肪族炭化水素溶媒;シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン等の脂環式炭化水素溶媒;ベンゼン、トルエン、キシレン、メシチレン、エチルベンゼン、tert-ブチルベンゼン、トリフルオロメチルベンゼン、ニトロベンゼン、クロロベンゼン、クロロトルエン、ブロモベンゼン等の芳香族炭化水素溶媒;エタノール、ブタノール等のアルコール溶媒;ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、ジメチルホルムアミド等のアルデヒド系溶媒、アセトン、メチルエチルケトン等のケトン系溶媒;ジブチルエーテル、シクロペンチルメチルエーテル、tert-ブチルメチルエーテル、アニソール等のエーテル系溶媒;アセトニトリル、ジメチルスルホキシド、二硫化炭素等の炭素原子とヘテロ原子を含む溶媒等が挙げられる。
【0052】
これらの溶媒の中でも、脂肪族炭化水素溶媒、脂環式炭化水素溶媒、芳香族炭化水素溶媒、エーテル系溶媒、アルコール溶媒が好ましい。
第一溶媒としては、これらの溶媒成分を単独で用いてもよいが、複数種の溶媒成分を組み合わせて用いてもよい。
【0053】
本実施形態で用いられる第一溶媒は、固体電解質原料の反応促進の観点からは、アルコール溶媒と錯化剤とを含有することが好ましい。一方、固体電解質原料の反応を促進しつつ、得られる硫化物固体電解質のイオン伝導度を改善する観点からは、第一溶媒が錯化剤及び炭化水素溶媒を含有することが好ましい。
【0054】
(アルコール溶媒)
アルコール溶媒の具体例としては、例えばメタノール、エタノール、イソプロパノール、ブタノール、2-エチルヘキシルアルコール等の1級及び2級の脂肪族アルコール;エチレングリコール、プロピレングリコール、ブタンジオール、ヘキサンジオール等の多価アルコール;シクロペンタノール、シクロヘキサノール、シクロペンチルメタノール等の脂環式アルコール;ブチルフェノール、ベンジルアルコール、フェネチルアルコール、ナフトール、ジフェニルメタノール等の芳香族アルコール;メトキシエタノール、プロポキシエタノール、ブトキシエタノール等のアルコキシアルコール;などが挙げられる。
アルコール溶媒としては、上記の各種溶媒の中でも、脂肪族アルコールが好ましく、1級の脂肪族アルコールがより好ましく、メタノール、エタノールが更に好ましく、エタノールが特に好ましい。
【0055】
(炭化水素溶媒)
炭化水素溶媒としては、上述のように、脂肪族炭化水素溶媒、脂環式炭化水素溶媒及び芳香族炭化水素溶媒等が挙げられ、これらから選択される1種又は2種以上を用いることができるが、脂肪族炭化水素溶媒から選択されるものを用いることが好ましい。
また、炭化水素溶媒の炭素数は、アルコール溶媒との相溶性が低い炭素数5~40の炭化水素溶媒を用いることが好ましく、炭素数6~30の炭化水素溶媒を用いることがより好ましく、炭素数7~20の炭化水素溶媒を用いることがさらに好ましい。
【0056】
本実施形態で用いられる第一溶媒は、以下に述べる錯化剤をその一部として含有することが好ましい。
【0057】
(錯化剤)
錯化剤は、既述のように、原料含有物に含まれる固体電解質原料と錯体を形成しやすい化合物であり、例えば固体電解質原料として好ましく用いられる硫化リチウム、五硫化二リン、またこれらを用いた場合に得られるLi3PS4、更にハロゲン原子を含む固体電解質原料(以下、これらをまとめて「固体電解質原料等」とも称する。)と錯体を形成可能な化合物である。
【0058】
錯化剤としては、上記の性状を有するものであれば特に制限なく用いることができ、特にリチウム原子との親和性が高い原子、例えば窒素原子、酸素原子、塩素原子等のヘテロ原子を含む化合物が好ましく、これらのヘテロ原子を含む基を有する化合物がより好ましく挙げられる。これらのヘテロ原子、該へテロ原子を含む基は、リチウムと配位(結合)し得るからである。
【0059】
錯化剤の分子中に存在するヘテロ原子はリチウム原子との親和性が高く、固体電解質原料等と結合して錯体(以下、単に「錯体」とも称する。)を形成しやすい性状を有するものになると考えられる。そのため、上記固体電解質原料と、錯化剤とを混合することにより錯体が形成し、固体電解質原料の分散状態、とりわけハロゲン原子の分散状態が均一に保たれやすくなるので、結果としてイオン伝導度が高い硫化物固体電解質が得られるものと考えられる。
【0060】
錯化剤が、固体電解質原料等と錯体を形成可能であることについては、例えばFT-IR分析(拡散反射法)により測定される赤外線吸収スペクトルよって、直接的に確認することができる。
【0061】
本実施形態の製造方法において、錯化剤としてはヘテロ原子として酸素原子を含む化合物が好ましい。
酸素原子を含む化合物としては、酸素原子を含む基としてエーテル基及びエステル基から選ばれる1種以上の官能基を有する化合物が好ましく、その中でも特にエーテル基を有する化合物が好ましい。すなわち、酸素原子を含む錯化剤としては、エーテル化合物が特に好ましい。
【0062】
エーテル化合物としては、例えば、脂肪族エーテル、脂環式エーテル、複素環式エーテル、芳香族エーテル等のエーテル化合物が挙げられ、単独で、又は複数種を組み合わせて用いることができる。
【0063】
より具体的には、脂肪族エーテルとしては、ジメチルエーテル、ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、ジブチルエーテル、tert-ブチルメチルエーテル等のモノエーテル;ジメトキシメタン、ジメトキシエタン、ジエトキシメタン、ジエトキシエタン等のジエーテル;ジエチレングリコールジメチルエーテル(ジグリム)、トリエチレンオキサイドグリコールジメチルエーテル(トリグリム)等のエーテル基を3つ以上有するポリエーテル;またジエチレングリコール、トリエチレングリコール等の水酸基を含有するエーテル等も挙げられる。
脂肪族エーテルの炭素数は、好ましくは2以上、より好ましくは3以上、更に好ましくは4以上であり、上限として好ましくは10以下、より好ましくは8以下、更に好ましくは6以下である。
また、脂肪族エーテル中の脂肪族炭化水素基の炭素数は、好ましくは1以上であり、上限として好ましくは6以下、より好ましくは4以下、更に好ましくは3以下である。
【0064】
脂環式エーテルとしては、エチレンオキシド、プロピレンオキシド、テトラヒドロフラン、テトラヒドロピラン、ジメトキシテトラヒドロフラン、シクロペンチルメチルエーテル、ジオキサン、ジオキソラン等が挙げられ、また、複素環式エーテルとしては、フラン、ベンゾフラン、ベンゾピラン、ジオキセン、ジオキシン、モルホリン、メトキシインドール、ヒドロキシメチルジメトキシピリジン等が挙げられる。
脂環式エーテル、複素環式エーテルの炭素数は、好ましくは3以上、より好ましくは4以上であり、上限として好ましくは16以下、より好ましくは14以下である。
【0065】
また、芳香族エーテルとしては、メチルフェニルエーテル(アニソール)、エチルフェニルエーテル、ジベンジルエーテル、ジフェニルエーテル、ベンジルフェニルエーテル、ナフチルエーテル等が挙げられる。
芳香族エーテルの炭素数は、好ましくは7以上、より好ましくは8以上であり、上限として好ましくは16以下、より好ましくは14以下、更に好ましくは12以下である。
【0066】
本実施形態で用いられるエーテル化合物は、アルキル基、アルケニル基、アルコキシル基、水酸基、シアノ基等の置換基、ハロゲン原子により置換されたものであってもよい。
【0067】
上記のエーテル化合物の中でも、より高いイオン伝導度を得る観点から、脂肪族エーテルが好ましく、ジメトキシエタン、テトラヒドロフランがより好ましい。
【0068】
エステル化合物としては、例えば、脂肪族エステル、脂環式エステル、複素環式エステル、芳香族エステル等のエステル化合物が挙げられ、単独で、又は複数種を組み合わせて用いることができる。
【0069】
より具体的には、脂肪族エステルとしては、蟻酸メチル、蟻酸エチル、蟻酸トリエチル等の蟻酸エステル、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸プロピル、酢酸イソプロピル、酢酸ブチル、酢酸イソブチル等の酢酸エステル;プロピオン酸メチル、プロピオン酸エチル、プロピオン酸プロピル、プロピオン酸ブチル等のプロピオン酸エステル、シュウ酸ジメチル、シュウ酸ジエチル等のシュウ酸エステル;マロン酸ジメチル、マロン酸ジエチル等のマロン酸エステル;コハク酸ジメチル、コハク酸ジエチル等のコハク酸エステルが挙げられる。
【0070】
脂肪族エステルの炭素数は、好ましくは2以上、より好ましくは3以上、更に好ましくは4以上であり、上限として好ましくは10以下、より好ましくは8以下、更に好ましくは7以下である。また、脂肪族エステル中の脂肪族炭化水素基の炭素数は、好ましくは1以上、より好ましくは2以上であり、上限として好ましくは6以下、より好ましくは4以下、更に好ましくは3以下である。
【0071】
脂環式エステルとしては、シクロヘキサンカルボン酸メチル、シクロヘキサンカルボン酸エチル、シクロヘキサンジカルボン酸ジメチルシクロヘキサンジカルボン酸ジブチル、シクロヘキセンジカルボン酸ジブチル等が挙げられ、また、複素環式エステルとしては、ピリジンカルボン酸メチル、ピリジンカルボン酸エチル、ピリジンカルボン酸プロピル、ピリミジンカルボン酸メチル、ピリミジンカルボン酸エチル、またアセトラクトン、プロピオラクトン、ブチロラクトン、バレロラクトン等のラクトン類等が挙げられる。
【0072】
脂環式エステル、複素環式エステルの炭素数は、好ましくは3以上、より好ましくは4以上であり、上限として好ましくは16以下、より好ましくは14以下である。
【0073】
芳香族エステルとしては、安息香酸メチル、安息香酸エチル、安息香酸プロピル、安息香酸ブチル等の安息香酸エステル;ジメチルフタレート、ジエチルフタレート、ジブチルフタレート、ブチルベンジルフタレート、ジシクロヘキシルフタレート等のフタル酸エステル;トリメチルトリメリテート、トリエチルトリメリテート、トリプロピルトリメリテート、トリブチルトリメリテート、トリオクチルトリメリテート等のトリメリット酸エステル等が挙げられる。
【0074】
芳香族エステルの炭素数は、好ましくは8以上、より好ましくは9以上であり、上限として好ましくは16以下、より好ましくは14以下、更に好ましくは12以下である。
【0075】
本実施形態で用いられるエステル化合物は、アルキル基、アルケニル基、アルコキシル基、水酸基、シアノ基等の置換基、ハロゲン原子により置換されたものであってもよい。
【0076】
上記のエステル化合物の中でも、より高いイオン伝導度を得る観点から、脂肪族エステルが好ましく、酢酸エステルがより好ましく、特に酢酸エチルが好ましい。
【0077】
第一溶媒が錯化剤とアルコール溶媒とを含有する場合、第一溶媒中における錯化剤の比率は、第一溶媒全量に対する錯化剤の体積比で1.0~50体積%が好ましく、5.0~40体積%がより好ましく、10~30体積%がさらに好ましい。
また、第一溶媒中におけるアルコール溶媒の比率は、第一溶媒全量に対するアルコール溶媒の体積比で50~99体積%が好ましく、60~95体積%がより好ましく、70~90体積%がさらに好ましい。
さらに、第一溶媒中における錯化剤及びアルコール溶媒の合計量の比率は、第一溶媒全量基準で50~100体積%が好ましく、70~100体積%がより好ましく、90~100体積%がさらに好ましい。
【0078】
一方、第一溶媒が錯化剤と炭化水素溶媒とを含有する場合、第一溶媒中における錯化剤の比率は、第一溶媒全量に対する錯化剤の体積比で1.0~50体積%が好ましく、5.0~40体積%がより好ましく、10~30体積%がさらに好ましい。
また、第一溶媒中における炭化水素溶媒の比率は、第一溶媒全量に対する炭化水素溶媒の体積比で50~99体積%が好ましく、60~95体積%がより好ましく、70~90体積%がさらに好ましい。
また、第一溶媒中における錯化剤及び炭化水素溶媒の合計量の比率は、第一溶媒全量基準で50~100体積%が好ましく、70~100体積%がより好ましく、90~100体積%がさらに好ましい。
【0079】
第一溶媒と第二溶媒との比率は、効率よくエマルションを形成する観点から、質量比(第一溶媒の質量比:第二溶媒の質量比)で10:90~90:10であることが好ましく、20:80~80:20であることがより好ましく、30:70~70:30であることがさらに好ましい。
【0080】
(混合)
本実施形態の製造方法においては、上記の原料含有物と、第一溶媒とを混合して前駆体含有混合物を得る。
ここで、原料含有物と第一溶媒との比率は、粒径の小さい硫化物固体電解質を得る観点から、第一溶媒100mlに対して原料含有物1.0g以上20.0g以下であることが好ましく、1.5g以上15.0g以下であることがより好ましく、2.0g以上12.0g以下であることがさらに好ましい。
【0081】
原料含有物と第一溶媒とを混合する方法に特段の制限はなく、原料含有物及び溶媒を混合できる装置に、原料含有物及び第一溶媒を投入して混合すればよい。
ただし、固体電解質原料としてハロゲン単体を用いる場合、固体電解質原料が固体ではない場合があり、具体的には常温常圧下において、フッ素及び塩素は気体、臭素は液体となる。このような場合、例えば固体電解質原料が液体の場合は、他の固体の固体電解質原料とは別に溶媒とともに槽内に供給すればよく、また固体電解質原料が気体の場合は、溶媒に固体の固体電解質原料を加えたものに吹き込むように供給すればよい。
【0082】
本実施形態の製造方法は、原料含有物と第一溶媒とを混合することを含むことを特徴とする。その際には、ボールミル、ビーズミル等の媒体式粉砕機等の、一般に粉砕機と称される固体電解質原料の粉砕を目的として用いられる機器を用いない方法でも混合でき、固体電解質の前駆体を含有する混合物(前駆体含有混合物)が得られる。
なお、前駆体を得るための混合時間を短縮したり、微粉化したりするために、原料含有物と第一溶媒とを混合する際に、あるいは一旦混合した上で粉砕機によって粉砕してもよい。
【0083】
原料含有物と第一溶媒とを混合する装置としては、例えば槽内に撹拌翼を備える機械撹拌式混合機が挙げられる。機械撹拌式混合機は、高速撹拌型混合機、双腕型混合機等が挙げられ、固体電解質原料と溶媒との混合物中の固体電解質原料の均一性を高め、より高いイオン伝導度を得る観点から、高速撹拌型混合機が好ましく用いられる。また、高速撹拌型混合機としては、垂直軸回転型混合機、水平軸回転型混合機等が挙げられ、どちらのタイプの混合機を用いてもよい。
【0084】
機械撹拌式混合機において用いられる撹拌翼の形状としては、アンカー型、ブレード型、アーム型、リボン型、多段ブレード型、二連アーム型、ショベル型、二軸羽型、フラット羽根型、C型羽根型等が挙げられ、固体電解質原料の均一性を高め、より高いイオン伝導度を得る観点から、ショベル型、フラット羽根型、C型羽根型等が好ましい。また、機械撹拌式混合機においては撹拌対象を混合機外部に排出してから再び混合機内部に戻す循環ラインを設置してもよい。これにより、比重が重い原料が沈降、また滞留することなく撹拌され、より均一な混合が可能となる。
【0085】
循環ラインの設置個所は特に限定されないが、混合機の底から排出して混合機の上部に戻すような箇所に設置されることが好ましい。こうすることで、沈降しやすい固体電解質原料を循環による対流に乗せて均一に撹拌しやすくなる。さらに、戻り口が撹拌対象の液面下に位置していることが好ましい。こうすることで、撹拌対象が液跳ねして混合機内部の壁面に付着することを抑制することができる。
【0086】
固体電解質原料と第一溶媒とを混合する際の温度条件としては、特に制限はなく、例えば-30~100℃、好ましくは-10~50℃、より好ましくは室温(23℃)程度(例えば室温±5℃程度)である。また混合時間は、0.1~150時間程度、より均一に混合し、より高いイオン伝導度を得る観点から、好ましくは1~120時間、より好ましくは4~100時間、更に好ましくは8~80時間である。
【0087】
第一溶媒として錯化剤を用いる場合、固体電解質原料と錯化剤とを混合することで、上記の固体電解質原料等と錯化剤とにより錯体が形成する。錯体は、より具体的には、固体電解質原料に含まれるリチウム原子、硫黄原子、リン原子及びハロゲン原子と錯化剤との作用により、これらの原子が錯化剤を介して及び/又は介さずに直接互いに結合したものと考えられる。すなわち、本実施形態の製造方法において、固体電解質原料と錯化剤とを混合して得られる錯体は、錯化剤、リチウム原子、硫黄原子、リン原子及びハロゲン原子により構成されるものともいえる。
本実施形態において得られる錯体は、液体である錯化剤に対して完全に溶解するものではなく、通常、固体であるため、錯体を含む溶媒中に錯体が懸濁した懸濁液として得られる。
【0088】
〔前駆体含有混合物を第二溶媒と混合すること〕
本実施形態の製造方法は、
前記前駆体含有混合物を、前記第一溶媒と相溶しない第二溶媒と混合してエマルションを得ること、
を含む。
前駆体含有混合物と第二溶媒とを混合してエマルションを形成する事により、エマルション中に分散している前駆体含有混合物中に含まれる前駆体は、エマルション全体において島状に散在することとなるため、後述する第一溶媒及び第二溶媒を除去した際に得られる硫化物固体電解質は、事後的に粉砕処理等を行わずとも粒径の小さなものとなる。
【0089】
(第二溶媒)
本実施形態で用いられる第二溶媒としては、上述のように、上述の第一溶媒と相溶しないものであることを要し、これにより第一溶媒を含む前駆体含有混合物と第二溶媒とを混合することでエマルションを形成することができる。
第二溶媒として選択し得るものの詳細は、上述の第一溶媒として挙げたものと同様であるが、但し上述の通り第一溶媒として選択したものと相溶しないものであることを要する。
【0090】
第一溶媒と第二溶媒の具体的な組合せとしては、例えば、第一溶媒及び第二溶媒の一方がアルコール溶媒を含有し、他方が炭素数5~40の炭化水素溶媒を含有するものが挙げられ、より具体的には、以下に示す(1)~(4)の態様が挙げられる。
(1)第一溶媒がアルコール溶媒を含有するものであり、第二溶媒が炭素数5~40の炭化水素溶媒を含有するものである。
(2)第一溶媒が炭素数5~40の炭化水素溶媒を含有するものであり、第二溶媒がアルコール溶媒を含有するものである。
(3)第一溶媒が錯化剤及びアルコール溶媒を含有するものであり、第二溶媒が炭素数5~40の炭化水素溶媒を含有するものである。
(4)第一溶媒が錯化剤及び炭素数5~40の炭化水素溶媒を含有するものであり、第二溶媒がアルコール溶媒を含有するものである。
上記(1)~(4)の態様において、第一溶媒がアルコール溶媒を含有する(1)及び(3)においては、固体電解質原料同士の反応が迅速に進行しやすいという利点がある。一方、第二溶媒がアルコール溶媒を含有する(2)及び(4)においては、前駆体とアルコール溶媒との接触時間が短くなるため、副反応が生じにくくなるという利点がある。
また、第一溶媒が錯化剤を含有する(3)及び(4)においては、前駆体中において錯体の形成が促進され、固体電解質原料の分散状態が均一となるため、より高いイオン伝導度を有する硫化物固体電解質が得られやすくなる。
【0091】
前駆体含有混合物を第二溶媒と混合する際には、より強力に撹拌して前駆体をエマルション中により均一に分散させることが好ましく、具体的には、撹拌動力を0.010W/m3以上とすることが好ましく、1.00W/m3以上とすることがより好ましく、10.0W/m3以上とすることがさらに好ましい。
【0092】
〔第一溶媒及び第二溶媒を除去すること〕
本実施形態の製造方法は、
前記エマルションより第一溶媒及び第二溶媒を除去すること、
を含む。
【0093】
前記エマルションより第一溶媒及び第二溶媒を除去する具体的な方法としては、下記(1)の段階的除去、及び下記(2)の一括除去の態様が挙げられる。
(1)前記エマルションより第一溶媒及び第二溶媒の一方を除去して硫化物固体電解質を含有するスラリーを得ることと、該スラリーより第一溶媒及び第二溶媒の他方を除去すること。
(2)前記エマルションを、第一溶媒の沸点よりも高温であり、第二溶媒の沸点よりも高温であり、かつ、液体又は気体である媒体に供給し、第一溶媒及び第二溶媒を蒸発させることにより、前記エマルションより第一溶媒及び第二溶媒を除去すること。
【0094】
さらに、上記(1)の段階的除去の態様の具体例としては、下記(1-1)及び(1-2)の態様が挙げられる。
(1-1)前記エマルションより第一溶媒を除去して硫化物固体電解質を含有するスラリーを得た後、該スラリーより第二溶媒を除去する。
(1-2)前記エマルションより第二溶媒を除去して硫化物固体電解質を含有するスラリーを得た後、該スラリーより第一溶媒を除去する。
【0095】
上述の段階的除去においては第一溶媒及び第二溶媒を段階的に除去するが、第一段階(すなわち、態様(1-1)における第一溶媒を除去する段階や、態様(1-2)における第二溶媒を除去する段階)において第一溶媒又は第二溶媒を除去する具体的な方法としては、前駆体の凝集を防ぐ観点から、エマルションの分散状態を維持したまま除去することが好ましいため、遠心分離機を用いた液液分離処理等ではなく、常圧下又は減圧下における乾燥処理によって行うことが好ましい。
上記乾燥処理は、室温下で行ってもよく、また乾燥機等を用いて加熱しつつ行ってもよい。
また上記乾燥処理は、加圧下、常圧下及び減圧下のいずれの圧力条件によって行ってもよいが、常圧下又は減圧下で行うことが好ましい。特により低温で乾燥することを考慮すると、真空ポンプ等を用いて減圧下、さらには真空下で乾燥することが好ましい。
乾燥のための温度条件としては、除去対象となる溶媒の沸点以上の温度で行えばよい。使用する第一溶媒、第二溶媒の種類に応じてかわり得るため、具体的な温度条件については一概には言えないが、好ましくは5℃以上、より好ましくは10℃以上、更に好ましくは15℃以上であり、よりさらに好ましくは50℃以上であり、特に好ましくは100℃以上であり、上限として好ましくは250℃以下、より好ましくは200℃以下、更に好ましくは150℃以下である。
【0096】
また、圧力条件としては、既述のように常圧下又は減圧下とすることが好ましく、減圧下とする場合は、具体的には、好ましくは85kPa以下、より好ましくは80kPa以下、更に好ましくは70kPa以下であり、下限としては真空(0Kpa)でもよく、圧力の調整の容易さを考慮すると、好ましくは1kPa以上、より好ましくは2kPa以上、更に好ましくは3kPa以上である。
【0097】
上述のようにして得られたスラリーから、残された第一溶媒又は第二溶媒を除去する際には、さらにより高温化や減圧条件下において乾燥処理を行ってもよいが、スラリー中に残存する第一溶媒又は第二溶媒が高沸点のものである場合には、ろ過、遠心分離、デカンテーション等の固液分離により除去することが好ましい。さらに、このようにして得られた硫化物固体電解質に対して、低沸点の溶媒の添加と固液分離による除去を繰り返して洗浄したり、加えて乾燥処理を行ってもよい。
【0098】
上記(2)の一括除去の態様では、上記エマルションを、高温に加熱された媒体に供給することで、第一溶媒と第二溶媒とをほぼ同時に除去し、硫化物固体電解質を製造することができるため、生産効率の面で優れている。
【0099】
(溶媒の沸点よりも高温に加熱された媒体)
本実施形態の製造方法において用いられる、第一溶媒及び第二溶媒の沸点よりも高温に加熱される媒体は、気体であっても液体であってもよいが、液体の媒体を用いる場合、溶媒よりも高い沸点を有する高沸点液状媒体を用いることとなる。
高沸点液状媒体としては、得られる粒子状の硫化物固体電解質と反応したり、あるいはこれを溶解したりしないものが好ましいため、炭化水素化合物を用いることが好ましい。
【0100】
上記媒体として用いられる炭化水素化合物としては、上記の前駆体含有混合物を得ることにおいて用いられ得る溶媒として例示したものからより高い沸点を有するものを選択して用いればよく、好ましくは脂肪族炭化水素溶媒、脂環式炭化水素溶媒、芳香族炭化水素溶媒として記載されているもの、より好ましくは脂肪族炭化水素溶媒、脂環式炭化水素溶媒として記載されているものが挙げられる。
【0101】
高沸点液状媒体の炭素数としては、溶媒の沸点よりも高い沸点を有しやすいことを考慮すると、好ましくは8以上、より好ましくは10以上であり、上限として好ましくは40以下、より好ましくは20以下、更に好ましくは16以下の脂肪族炭化水素化合物が挙げられる。
【0102】
高沸点液状溶媒として好ましく用いられる脂肪族炭化水素化合物としては、例えばオクタン、2-エチルヘキサン、デカン、ウンデカン、ドデカン、トリデカン等の脂肪族炭化水素化合物が挙げられる。
高沸点液状媒体は、上記例示した中から、一種単独で用いてもよいし、複数種を組み合わせて用いることもできる。
【0103】
上記気体の媒体の具体例としては、窒素、アルゴン等の不活性ガスが挙げられるが、硫化水素や、硫化水素と不活性ガスの混合物を用いることもできる。
【0104】
(加熱)
本実施形態の製造方法では、上記媒体は、第一溶媒及び第二溶媒の沸点よりも高温に加熱される。
ここで、第一溶媒及び第二溶媒のそれぞれが複数の成分からなる混合物である場合における各溶媒の沸点とは、各溶媒が含む各成分の内、最も高い沸点を示す成分の沸点を示す。但し、溶媒中に3質量%以下の比率で含まれる微量成分の沸点は考慮しないものとする。
また、上記媒体は、第一溶媒及び第二溶媒の沸点よりも20℃以上高温に加熱されることが好ましく、40℃以上高温に加熱されることがより好ましく、60℃以上高温に加熱されることがさらに好ましい。
【0105】
媒体が液体である場合における、媒体が加熱される具体的な温度としては、前駆体の分解を抑制しつつ溶媒を効率よく蒸発させる観点から、120℃以上500℃以下が好ましく、150℃以上450℃以下がより好ましく、170℃以上400℃以下がさらに好ましい。
媒体が気体である場合における、媒体が加熱される具体的な温度としては、上記と同様の理由から、120℃以上700℃以下が好ましく、150℃以上600℃以下がより好ましく、170℃以上500℃以下がさらに好ましい。
【0106】
上記エマルションを加熱された媒体に供給する際における圧力条件としては、特に限定されないが、溶媒を効率よく除去する観点からは、常圧下又は減圧下であることが好ましい。
【0107】
(供給する方法)
上記(2)の一括除去の態様におけるエマルションを上記媒体に供給する具体的な方法としては、注入、滴下又は噴霧する方法が挙げられるが、得られる硫化物固体電解質を微粒化する観点からは、1滴に含まれる前駆体の量を少なることが好ましいため、前駆体含有物を滴下又は噴霧して媒体に供給することが好ましく、より具体的には、チューブポンプを用いて注入又は滴下したり、マイクロスプレーを用いて噴霧する方法が挙げられる。
ここで、固体電解質の微粒化及び均質化のため、前駆体含有混合物の供給量は少量ずつ一定量とすることが好ましい。供給量は、使用する媒体や温度等により適宜調整することができるが、前駆体含有混合物を媒体に滴下する場合においては、例えば1つの供給口あたり0.1~10リットル/分程度とすることが好ましい。
【0108】
(加熱処理すること)
本実施形態の製造方法は、上述のようにして得られた硫化物固体電解質をそのまま用いてもよいが、さらに当該硫化物固体電解質を加熱処理することを含んでいてもよい。上述のようにして得られた硫化物固体電解質を加熱処理することで、結晶構造が形成したり、あるいはその結晶度が向上することから、高品質な硫化物固体電解質が得られる。
【0109】
加熱処理における加熱温度としては、通常好ましくは130℃以上、より好ましくは140℃以上、更に好ましくは150℃以上であり、上限として好ましくは700℃以下、より好ましくは600℃以下、更に好ましくは500℃以下である。なお、加熱温度は、加熱処理する際の最高温度を意味する。
また、加熱処理する時間は、使用する装置や量により適宜調整することができるが、通常1分~24時間、好ましくは10分~20時間、より好ましくは30分~16時間、更に好ましくは1時間~12時間である。なお、加熱処理する時間は、加熱処理による加熱温度を保持する時間を意味する。
【0110】
加熱処理の方法は、特に制限されるものではないが、例えば、真空加熱装置、焼成炉を用いる方法等を挙げることができる。また、工業的には、加熱手段と送り機構を有するローラーハースキルンやロータリーキルン等を用いることもでき、加熱する処理量に応じて選択すればよい。
【0111】
(非晶性硫化物固体電解質)
本実施形態の製造方法により得られる硫化物固体電解質は、非晶性硫化物固体電解質、結晶性硫化物固体電解質のいずれかとなる。
本実施形態の製造方法により得られる非晶性硫化物固体電解質としては、リチウム原子、硫黄原子及びリン原子を含んでおり、好ましくはリチウム原子、硫黄原子、リン原子及びハロゲン原子を含んでおり、代表的なものとしては、例えば、Li2S-P2S5-LiI、Li2S-P2S5-LiCl、Li2S-P2S5-LiBr、Li2S-P2S5-LiI-LiBr等の、硫化リチウムと硫化リンとハロゲン化リチウムとから構成される固体電解質;更に酸素原子、珪素原子等の他の原子を含む、例えば、Li2S-P2S5-Li2O-LiI、Li2S-SiS2-P2S5-LiI等の固体電解質が好ましく挙げられる。より高いイオン伝導度を得る観点から、Li2S-P2S5-LiI、Li2S-P2S5-LiCl、Li2S-P2S5-LiBr、Li2S-P2S5-LiI-LiBr等の、硫化リチウムと硫化リンとハロゲン化リチウムとから構成される非晶性硫化物固体電解質が好ましい。
非晶性硫化物固体電解質を構成する原子の種類は、例えば、ICP発光分光分析装置により確認することができる。
【0112】
(結晶性硫化物固体電解質)
本実施形態の製造方法により得られる結晶性硫化物固体電解質は、非晶性硫化物固体電解質を結晶化温度以上に加熱して得られる、いわゆるガラスセラミックスであってもよく、その結晶構造としては、Li3PS4結晶構造、Li4P2S6結晶構造、Li7PS6結晶構造、Li7P3S11結晶構造、2θ=20.2°近傍及び23.6°近傍にピークを有する結晶構造(例えば、特開2013-16423号公報)等が挙げられる。
【0113】
Li4-xGe1-xPxS4系チオリシコンリージョンII(thio-LISICON Region II)型結晶構造(Kannoら、Journal of The Electrochemical Society,148(7)A742-746(2001)参照)、Li4-xGe1-xPxS4系チオリシコンリージョンII(thio-LISICON Region II)型と類似の結晶構造(Solid State Ionics,177(2006),2721-2725参照)等も挙げられる。本実施形態の固体電解質の製造方法により得られる結晶性硫化物固体電解質の結晶構造は、より高いイオン伝導度が得られる点で、上記の中でもチオリシコンリージョンII型結晶構造であることが好ましい。ここで、「チオリシコンリージョンII型結晶構造」は、Li4-xGe1-xPxS4系チオリシコンリージョンII(thio-LISICON Region II)型結晶構造、Li4-xGe1-xPxS4系チオリシコンリージョンII(thio-LISICON Region II)型と類似の結晶構造のいずれかであることを示す。
【0114】
本実施形態の製造方法で得られる結晶性硫化物固体電解質は、上記チオリシコンリージョンII型結晶構造を含むものであってもよいし、主結晶として含むものであってもよいが、より高いイオン伝導度を得る観点から、主結晶として含むものであることが好ましい。本明細書において、「主結晶として含む」とは、結晶構造のうち対象となる結晶構造の割合が80%以上であることを意味し、90%以上であることが好ましく、95%以上であることがより好ましい。また、本実施形態の製造方法により得られる結晶性硫化物固体電解質は、より高いイオン伝導度を得る観点から、結晶性Li3PS4(β-Li3PS4)を含まないものであることが好ましい。
【0115】
CuKα線を用いたX線回折測定において、Li3PS4結晶構造の回折ピークは、例えば2θ=17.5°、18.3°、26.1°、27.3°、30.0°付近に現れ、Li4P2S6結晶構造の回折ピークは、例えば2θ=16.9°、27.1°、32.5°付近に現れ、Li7PS6結晶構造の回折ピークは、例えば2θ=15.3°、25.2°、29.6°、31.0°付近に現れ、Li7P3S11結晶構造の回折ピークは、例えば2θ=17.8°、18.5°、19.7°、21.8°、23.7°、25.9°、29.6°、30.0°付近に現れ、Li4-xGe1-xPxS4系チオリシコンリージョンII(thio-LISICON Region II)型結晶構造の回折ピークは、例えば2θ=20.1°、23.9°、29.5°付近に現れ、Li4-xGe1-xPxS4系チオリシコンリージョンII(thio-LISICON Region II)型と類似の結晶構造の回折ピークは、例えば2θ=20.2、23.6°付近に現れる。なお、これらのピーク位置については、±0.5°の範囲内で前後していてもよい。
【0116】
上記のLi7PS6の構造骨格を有し、Pの一部をSiで置換してなるアルジロダイト型結晶構造を有する結晶性硫化物固体電解質も好ましく挙げられる。
アルジロダイト型結晶構造の組成式としては、例えば組成式Li7-xP1-ySiyS6及びLi7+xP1-ySiyS6(xは-0.6~0.6、yは0.1~0.6)で示される結晶構造が挙げられる。この組成式で示されるアルジロダイト型結晶構造は、立方晶又は斜方晶、好ましくは立方晶で、CuKα線を用いたX線回折測定において、主に2θ=15.5°、18.0°、25.0°、30.0°、31.4°、45.3°、47.0°、及び52.0°の位置に現れるピークを有する。
【0117】
アルジロダイト型結晶構造の組成式としては、組成式Li7-x-2yPS6-x-yClx(0.8≦x≦1.7、0<y≦-0.25x+0.5)も挙げられる。この組成式で示されるアルジロダイト型結晶構造は、好ましくは立方晶で、CuKα線を用いたX線回折測定において、主に2θ=15.5°、18.0°、25.0°、30.0°、31.4°、45.3°、47.0°、及び52.0°の位置に現れるピークを有する。
また、アルジロダイト型結晶構造の組成式としては、組成式Li7-xPS6-xHax(HaはClもしくはBr、xが好ましくは0.2~1.8)も挙げられる。この組成式で示されるアルジロダイト型結晶構造は、好ましくは立方晶で、CuKα線を用いたX線回折測定において、主に2θ=15.5°、18.0°、25.0°、30.0°、31.4°、45.3°、47.0°、及び52.0°の位置に現れるピークを有する。
なお、これらのピーク位置については、±0.5°の範囲内で前後していてもよい。
【0118】
(硫化物固体電解質の性状)
本実施形態の製造方法により得られる硫化物固体電解質の形状は、粒子状である。
粒子状の硫化物固体電解質の平均粒径(D50)としては、例えば、0.01μm以上、さらには0.03μm以上、0.05μm以上、0.1μm以上であり、上限としては15μm以下であることが好ましく、9.0μm以下であることがより好ましく、4.0μm以下であることがさらに好ましい。このように、本実施形態の製造方法により得られる硫化物固体電解質は、原料含有物と溶媒との比率を一定以下とすることで、平均粒子径は上記範囲の小さいものとなる。
よって、本実施形態の製造方法においては、粉砕(微粒化)処理を行わなくてもよい。
【0119】
同様に、硫化物固体電解質の累積体積10%の粒径(D10)は、好ましくは0.05μm以上10.0μm以下であり、より好ましくは0.50μm以上6.0μm以下であり、さらに好ましくは1.0μm以上3.0μm以下である。
また、硫化物固体電解質の累積体積90%の粒径(D90)は、好ましくは0.10μm以上20.0μm以下であり、より好ましくは1.0μm以上15.0μm以下であり、さらに好ましくは2.5μm以上8.0μm以下である。
【0120】
(用途)
本実施形態の製造方法により得られる硫化物固体電解質は、塗工適性に優れ、溶媒等を用いなくても電池の製造に供することができることから、効率的に優れた電池性能を発現し得るものである。また、イオン伝導度が高く、優れた電池性能を有しているため、電池に好適に用いられる。
本実施形態の製造方法により得られる硫化物固体電解質は、正極層に用いてもよく、負極層に用いてもよく、電解質層に用いてもよい。なお、これら各層は、公知の方法により製造することができる。
【0121】
また、上記電池は、正極層、電解質層及び負極層の他に集電体を使用することが好ましく、集電体は公知のものを用いることができる。例えば、Au、Pt、Al、Ti、又は、Cu等のように、上記の固体電解質と反応するものをAu等で被覆した層が使用できる。
【実施例0122】
次に実施例により、本発明を具体的に説明するが、本発明は、これらの例によってなんら制限されるものではない。
【0123】
(粒径分布の測定)
累積体積10%の粒径(D10)、平均粒径(D50)及び累積体積90%の粒径(D90)は、以下のようにして得た粒子径分布積算曲線より求めた。
レーザー回折/散乱式粒径分布測定装置(「Partica LA-950(型番)」、株式会社堀場製作所製)を用いて測定した。具体的には、装置のフローセル内に、測定対象の粉末を添加して超音波処理した後、粒径分布を測定した。
また、平均粒径(D50)は、上記粒径分布の積算曲線を描いた時に粒子径の最も小さい粒子から順次積算して全体の50%(体積基準)に達するところの粒子径とした。
【0124】
(イオン伝導度の測定)
実施例及び比較例で得られた硫化物固体電解質の粉末を用いて、直径6~10mm(断面積S:0.283~0.785cm2)、高さ(L)0.1~0.3cmの円形ペレットを成形して試料とした。その試料の上下から電極端子を取り、25℃において交流インピーダンス法により測定し(周波数範囲:1MHz~0.1Hz、振幅:10mV)、Cole-Coleプロットを得た。高周波側領域に観測される円弧の右端付近で、-Z’’(Ω)が最小となる点での実数部Z’(Ω)を電解質のバルク抵抗R(Ω)とし、以下式に従い、イオン伝導度σ(S/cm)を計算した。
R=ρ(L/S)
σ=1/ρ
【0125】
(実施例1)
硫化リチウム0.597g、五硫化二リン0.759g、塩化リチウム0.289g及び臭化リチウム0.356gを嫌気性グローブボックス内で秤量し、テトラヒドロフラン(THF)10mLを加えて12時間撹拌し、さらにここにエタノールを40mL加えて前駆体含有混合物を得た。(原料含有物と溶媒との比率:溶媒100mLに対して原料含有物4.0g)
この前駆体含有混合物に対し、トリデカン40mLを加え、低速(撹拌動力:0.017W/m3)で撹拌してエマルションを得た。
【0126】
得られたエマルションに対して撹拌動力0.017W/m3で撹拌しつつ、室温下で4時間の真空乾燥処理を行い、次いで50℃で2時間の真空乾燥処理を行い、エタノールを除去してトリデカンと固形分からなるスラリーを得た。
【0127】
上記スラリーからデカンテーションにより固形分を分離した。分離した固形分にトルエンを添加した後に再度デカンテーションを行って固形分を分離する洗浄操作を3回実施した。その後、150℃にて真空乾燥を行って固形分(硫化物固体電解質)を回収した。
回収した固形分の粒径分布を確認したところ、累積体積10%の粒径(D10)は4.5μmであり、平均粒径(D50)は8.3μmであり、累積体積90%の粒径(D90)は12.4μmであった。
【0128】
得られた固形分に対し、430℃で8時間の加熱処理を行った。
得られた硫化物固体電解質のイオン伝導度を測定したところ、イオン伝導度は4.3mS/cmであった。
【0129】
(実施例2)
エマルション形成時(前駆体含有混合物に対しトリデカンを加えてからエタノールを除去してスラリーを得るまで)の撹拌動力を19W/m3に変更してエマルションを得た以外は実施例1と同様にして硫化物固体電解質を得た。
回収した固形分の粒径分布は、累積体積10%の粒径(D10)は1.8μmであり、平均粒径(D50)は3.2μmであり、累積体積90%の粒径(D90)は5.5μmであった。
【0130】
得られた固形分に対し、430℃で8時間の加熱処理を行った。
得られた硫化物固体電解質のイオン伝導度を測定したところ、イオン伝導度は4.2mS/cmであった。
【0131】
(実施例3)
エタノールとトリデカンの添加順序を逆にした以外は、実施例2と同様にして固形分を回収したところ、回収した固形分の粒径分布は、累積体積10%の粒径(D10)は1.8μmであり、平均粒径(D50)は3.2μmであり、累積体積90%の粒径(D90)は5.5μmであった。
また、その後実施例2と同様にして得た硫化物固体電解質のイオン伝導度を測定したところ、イオン伝導度は4.2mS/cmであった。
【0132】
(比較例1)
前駆体含有混合物に対してトリデカンの添加を行わず、そのまま150℃にて真空乾燥を行って硫化物固体電解質を得た以外は実施例1と同様にして硫化物固体電解質を得た。
回収した固形分の粒径分布は、累積体積10%の粒径(D10)は3.8μmであり、平均粒径(D50)は188.0μmであり、累積体積90%の粒径(D90)は355.1μmであった。
【0133】
得られた固形分に対し、430℃で8時間の加熱処理を行った。
得られた硫化物固体電解質のイオン伝導度を測定したところ、イオン伝導度は4.4mS/cmであった。
【0134】
実施例1~3及び比較例1における前駆体含有混合物とトリデカンとを撹拌した際の撹拌動力と、得られた硫化物固体電解質の性状とを以下の表1に示す。
【0135】
【0136】
上記実施例1~3と比較例1との対比より明らかなように、前駆体含有混合物をエタノール及びトリデカンと混合してエマルションを得た実施例1~3においては、得られる硫化物固体電解質の粒径(D10、D50、D90)が小さくなっている。
本実施形態の製造方法により得られる硫化物固体電解質は、パソコン、ビデオカメラ、及び携帯電話等の情報関連機器や通信機器等に用いられる電池に好適に用いられる。